JP4688793B2 - 多能性幹細胞の増殖方法 - Google Patents
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Description
「再生医療」を実施するにあたり、中心的な役割を果たすのが「幹細胞(stem cells)」である。一般に「幹細胞」とは、ある特定の、または複数の機能的細胞に分化する能力、及び自らと同じ細胞を繰り返し産生できる自己複製能とを有する未分化な細胞と定義することができる。各種組織・細胞には固有の幹細胞が存在し、例えば、赤血球やリンパ球、巨核球等の一連の血液細胞は、造血幹細胞(hematopoietic stem cells)と呼ばれる幹細胞から当該細胞に由来する前駆細胞(progenitor cells)を経て産生され、骨格筋細胞は、筋衛星細胞(satellite cells)や筋芽細胞(myoblasts)と呼ばれる幹細胞/前駆細胞から生じる。その他、脳や脊髄等の神経組織に存在し、神経細胞やグリア細胞を産生する神経幹細胞、表皮細胞や毛根細胞を産生する表皮幹細胞、肝細胞や胆管細胞を作る卵円形細胞(肝幹細胞)、心筋細胞を作る心幹細胞等がこれまでに特定されている。
幹細胞又は当該細胞に由来する前駆細胞を用いた再生医療法の一部は既に実用化されており、白血病や再生不良性貧血等、血球系細胞の不足・機能不全に起因する疾患の治療のため、造血幹細胞又は造血前駆細胞を注入移植する方法がよく知られている。ところが、脳や心臓、肝臓等の実質臓器内に存在する幹細胞の場合、生体組織からの採取及び/又はin vitro培養が技術的に困難であり、しかも一般にこれらの幹細胞は増殖能が低い。一方、当該幹細胞を死体組織から回収することも可能であるが、この様にして得られた細胞を医療に用いることは、倫理的に問題がある。そのため、神経疾患や心疾患等を対象とした再生治療を実施するためには、この様な対象組織内に存在する幹細胞以外の細胞を用いて、所望する細胞種を作製する技術の開発が必要である。
この様な観点に基く試みとしては、まず「多能性幹細胞(pluripotent stem cells)」を利用する方法が挙げられる。「多能性幹細胞」とは、試験管内(以下、in vitroと称する)培養により未分化状態を保ったまま、ほぼ永続的または長期間の細胞増殖が可能であり、正常な核(染色体)型を呈し、適当な条件下において三胚葉(外胚葉、中胚葉、および内胚葉)すべての系譜の細胞に分化する能力をもった細胞と定義される。現在、多能性幹細胞としては、初期胚より単離される胚性幹細胞(Embryonic Stem cells:ES細胞)、及びその類似細胞であり、胎児期の始原生殖細胞から単離される胚性生殖細胞(Embryonic Germ cells:EG細胞)が最もよく知られており、様々な研究に利用されている。
ES細胞は、胚盤胞(blastocyst)期胚の内部にある内部細胞塊(inner cell mass)と呼ばれる細胞集塊をin vitro培養に移し、細胞塊の解離と継代を繰り返すことにより、未分化幹細胞集団として単離できる。また、当該細胞は、マウス胎児組織に由来する初代培養の線維芽細胞(Murine Embryonic Fibroblasts;以下、MEF細胞)や、STO細胞等の間質系細胞を用いて作製したフィーダー細胞上で、適切な細胞密度を保ち、頻繁に培養液を交換しながら継代培養を繰り返すことにより、未分化幹細胞の性質を保持したまま細胞株として樹立することが可能である。また、ES細胞の別の特徴としてテロメラーゼを有することが挙げられ、染色体のテロメア長を保持する活性を呈する当該酵素の存在により、ES細胞はin vitroにおけるほぼ無制限な細胞***能を有している。
この様にして作製されたES細胞株は、正常核型を維持しながらほぼ無限に増殖と継代を繰り返すと共に、様々な種類の細胞に分化する能力、すなわち、多分化能を有している。例えば、ES細胞を動物個体の皮下や腹腔内、精巣内等に移植すると、奇形腫(テラトーマ)と呼ばれる腫瘍が形成されるが、当該腫瘍は神経細胞や骨・軟骨細胞、腸管細胞、筋細胞等、様々な種類の細胞・組織が混ざり合ったものである。また、マウスの場合、ES細胞を胚盤胞期胚に注入移植したもの又は8細胞期胚と凝集させて作らせた集合胚を偽妊娠マウスの子宮内に移植することにより、体内のすべて、若しくは一部の器官・組織内に、ES細胞に由来した分化細胞をある割合で含む仔個体、いわゆるキメラマウスを作出することができる。この技術は、所望の遺伝子を人為的に破壊、若しくは改変を加えたマウス個体、いわゆるノックアウトマウスを作製するための基幹技術として頻用されている。
さらに、ES細胞は、試験管内培養においても、多種多様な細胞種に分化誘導できることが知られている。細胞種によりその詳細な方法は異なるが、ES細胞を浮遊培養により凝集させ、擬似胚状態の細胞塊、いわゆる胚様体(Embryoid Body;以下、EBと略す)を形成させることによって分化を誘導する方法が一般的に用いられる。この様な方法により、胎児期の内胚葉や外胚葉、中胚葉の性質を有した細胞や、血球細胞、血管内皮細胞、軟骨細胞、骨格筋細胞、平滑筋細胞、心筋細胞、グリア細胞、神経細胞、上皮細胞、メラノサイト、ケラチノサイト、脂肪細胞等の分化細胞を作製することができる。この様にしてin vitro培養下で作製された分化細胞は、臓器・組織中に存在する細胞と、構造的から機能的にほぼ同じ形質を有しており、実験動物を用いた移植実験により、ES細胞由来細胞が臓器・組織中に定着し、正常に機能することが示されている。
以上、ES細胞の特性や培養法、及びそのin vivo/in vitro分化能に関する総説として、複数の参考書籍、例えば、Guide to Techniques in Mouse Development(Wasserman et al.,Academic Press,1993);Embryonic Stem Cell Differentiation in vitro(M.V.Wiles、Meth.Enzymol.225:900,1993);Manipulating the Mouse Embryo:A laboratory manual(Hogan et al.,Cold Spring Harbor Laboratory Press,1994)(非特許文献1参照);Embryonic Stem Cells(Turksen編、Humana Press,2002)(非特許文献2参照)等を参照することができる。
また、EG細胞は、始原生殖細胞(primordial germ cells)と呼ばれる胎児期の生殖細胞を、ES細胞の場合と同様、MEF細胞やSTO細胞等のフィーダー細胞上で、白血病阻害因子(Leukemia Inhibitory Factor;以下、LIFと略す)及び塩基性線維芽細胞増殖因子(basic Fibroblast Growth Factor:以下、bFGF/FGF−2)若しくはフォルスコリン等の薬剤で刺激することにより作製することができる(Matsui et al.,Cell 70:841,1992参照;Koshimizu et al.,Development 122:1235,1996参照)。EG細胞は、ES細胞ときわめて類似した性質を有しており、分化多能性を有していることが確認されている(Thomson & Odorico、Trends Biotechnol.18:53,2000)。そのため、以下、「ES細胞」と表記した場合は、「EG細胞」も含むことがある。
1995年、Thomsonらが初めて霊長類(アカゲザル)からES細胞を樹立したことにより、多能性幹細胞を用いた再生医療の実用化が現実味を帯びてきた(米国特許第5,843,780号;Proc.Natl.Acad.Sci.USA 92:7844,1995)。続いて同様の方法により、彼らはヒト初期胚からES細胞株を単離・樹立することに成功した(Science 282:114,1998)。その後、オーストラリアとシンガポールの研究グループからも同様の報告(Reubinoffら、Nat.Biotech.18:399,2000;国際公開番号第00/27995号)がなされており、現在、米国・国立衛生研究所(NIH)のリスト(http://stemcells.nih.gov/registry/index.asp)には20種以上のヒトES細胞株が登録されている。一方、Gearhart et al.は、ヒト始原生殖細胞からヒトEG細胞株を樹立することに成功している(Shamblott et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA 95:13726,1998;米国特許第6,090,622号)。
これらの多能性幹細胞を研究材料若しくは再生医療製品の作製のために使用する場合、当該細胞の未分化性及び高い増殖能を保持する方法で継代培養することが不可欠である。一般的にES/EG細胞は、MEF細胞若しくはその類似細胞(STO細胞など)をフィーダーとして用いることにより、当該細胞の未分化性及び増殖能を維持することができる。培養液に添加する牛胎児血清(Fetal Bovine Serum;以下、FBS)の存在も重要であり、ES/EG細胞の培養に適したFBSを選定し、当該FBSを通常、10〜20%量添加することが肝要である。さらに、マウス胚に由来するES/EG細胞の場合、その未分化状態を維持する因子としてLIFが同定されており(Smith & Hooper、Dev.Biol.121:1,1987;Smith et al.,Nature 336:688,1988;Rathjen et al.,Genes Dev.4:2308,1990)、培養液中にLIFを添加することにより、より効果的に未分化状態を保つことができる(以上、参考書籍として、Manipulating the Mouse Embryo:A laboratory manual(Hogan et al.,Cold Spring Harbor Laboratory Press,1994(非特許文献1)や、Embryonic Stem Cells(Turksen編、Humana Press,2002)(非特許文献2)等を参照のこと)。
ところが、これらの古典的なES/EG細胞の培養法は、特にヒトES(又はEG)細胞を、再生医療またはその他の実用的な目的のために使用する場合、適した方法であるとは言えない。その理由として、第一に、ヒトES細胞はLIFに対する反応性を有しておらず、フィーダー細胞が存在しないと当該細胞は死滅するか又は未分化性を失って異種細胞に分化してしまう(Thomson et al.,Science 282:114,1998)ことが挙げられる。また、フィーダー細胞の使用自体にも問題があり、この様な共培養系は生産コストを高めるとともに培養スケールの拡大を困難にし、しかもES細胞を実際に使用する際に、ES細胞をフィーダー細胞から分離・精製する必要が生じてくる。また、将来的にヒトES細胞をはじめとする多能性幹細胞を再生医療用、特に細胞移植治療用の細胞ソースとして使用する場合、MEF細胞やFBS等、非ヒト動物に由来する細胞や製品の使用は、ES細胞が異種動物由来のウイルスに感染する可能性や、異種抗原として認識され得る抗原分子に対する汚染等が危惧され、好ましくない(Martin et al.,Nature Med.11:228,2005)。
そのため、ES/EG細胞の培養法を、より洗練され、将来的な実用化に適した方法に改良するため、FBS代替品の開発(国際公開番号WO98/30679)や、MEF細胞の代わりにヒト細胞をフィーダーとして用いる試み(Richards et al.,Nature Biotech.20:933,2002;Cheng et al.,Stem Cells 21:131,2003;Hovatta et al.,Human Reprod.18:1404,2003;Amit et al.,Biol.Reprod.68:2150,2003)が精力的に進められている。また、フィーダーを使用しない培養法の開発も目覚しい。Carpenter及びその共同研究者らは、ES細胞をマトリゲル又はラミニンでコーティングした培養プレートに播種し、MEF細胞の培養上清(conditioned medium)を培養液に添加することにより、ヒトES細胞を未分化かつ分化多能性を保有した状態で長期間培養できることを報告した(Xu et al.,Nature Biotech.19:971,2001(非特許文献3);国際公開番号第01/51616号(特許文献1)参照)。さらに、同グループは、bFGF/FGF−2や幹細胞増殖因子(Stem Cell Factor;以下、SCF)を添加した無血清培地を開発することにより、より効果的なES細胞培養系の構築に成功した(国際公開番号第03/020920号(特許文献2)参照)。同様の無血清培地を用いた、フィーダー不要のES細胞培養系が、イスラエルの研究グループからも報告されている(Amit et al.,Biol.Reprod.70:837,2004(非特許文献4)参照)。また、最近では、bFGF/FGF−2と、骨形成因子(bone morphogenetic proteins)アンタゴニストであるノギン(Noggin)を添加することにより、ヒトES細胞の未分化性を維持する方法も報告された(Xu et al.,Nature Methods 2:185,2005)。一方、グリコーゲン合成酵素キナーゼ(Glycogen Synthase Kinase:GSK)−3阻害剤を培養液に添加するだけで、特に成長因子等の添加をしなくても、フィーダー細胞を使わずにマウス及びヒトES細胞の未分化性を効率的に維持できることも示されている(Sato et al.,Nature Med.10:55,2004(非特許文献5)参照)。
この様に、フィーダー細胞を使用しない多能性幹細胞の培養法に関し、新しい方法が考案されつつあるが、当該細胞の実用化及び産業的な使用のためには、多能性幹細胞の増殖効果及び培養法の至便性を、より一層、高めることが必要である。
マウスES/EG細胞の未分化状態を維持し、かつ、その増殖能を高める因子としては、上記のLIFが公知であり、LIFに類似するIL−6ファミリー分子もその範疇に含まれる(Yoshida et al.,Mech.Dev.45:163,1994;Koshimizu et al.,Development 122:1235,1996参照)が、その他の例はほとんど報告されていない。最近、bFGF/FGF−2やSCFを添加した無血清培地が、ヒトES細胞の増殖能を著明に亢進することが報告された(国際公開番号第03/020920号(特許文献2)参照)。
従来はそもそもES細胞の特性、すなわち、当該細胞の増殖性が他の細胞と比較して旺盛であることから増殖能に係る知見を得る試みは少なく、かつ、再生医療現場のニーズから当該細胞の増殖性を高める必要性がある。
現状における多能性幹細胞の培養に関する課題の1つとして、当該細胞は一般に堅固なコロニーを形成するため、継代培養等の際の取り扱いが困難であることが挙げられる。未分化なES/EG細胞は、通常、細胞同士が互いに強く接着した状態を呈し、1つ1つの細胞の境界が不明瞭になるほどの細胞集塊、すなわち、コロニーを形成する。そのため、ES/EG細胞の継代や、分化誘導等の実験に供する際には、トリプシン等のタンパク質分解酵素溶液で処理し、できるだけ短時間でコロニーを分散させる必要がある。しかしながら、その場合、ES/EG細胞のコロニーを分散させ、単一細胞とするためには、比較的高濃度のタンパク質分解酵素処理及び/又は激しい機械的撹拌を施す必要があり、これらの操作はES/EG細胞の生存性や生着性を著しく低下させる。
さらに、ES/EG細胞は、密集した状態で培養を続けると自発的に分化が進んでしまうので、継代時に単一細胞になるまで分散させること、また、コロニーが過度な大きさに成長する前に継代を行なうことが必要である。例えばマウスES細胞の場合、通常、2〜3日ごとに継代をする必要があるが、その際、適切な方法で継代を行なわないと、未分化状態を逸脱した細胞が集団中に出現して、使用に適さない細胞となってしまう。これは、単にES/EG細胞の未分化性を維持する因子、例えば、上記のLIFやGSK−3阻害剤を十分量添加しただけでは解決できず、過剰なコロニーの成長は、分化形質を有した細胞の出現を誘起する。そのため、ES/EG細胞がコロニーを形成しない状態で、すなわち、細胞が1つずつ分散した状態で増殖させる方法は、ES/EG細胞を産業上の利用に供する場合、きわめて有用であると考えられる。しかしながら、この様な試み及び/又は成功例は、これまで皆無であった。
以前、発明者らは、胚性癌腫細胞の一種であり、通常はコロニーを形成して増殖することが知られているF9細胞を、E−カドヘリンをコーティングした培養プレート(Nagaoka et al.,Biotechnol.Lett.24:1857,2002(非特許文献6)参照)に播種することにより、当該細胞のコロニーが形成されなくなることを見い出した(International Symposium on Biomaterials and Drug Delivery Systems、2002.04.14〜16、台北、台湾;第1回日本再生医療学会、2002.4.18〜19.、京都、日本)。すなわち、F9細胞の細胞接着分子として知られるE−カドヘリンを無処理のポリスチレン製培養プレートに固相化した培養プレート(以下、E−cadプレート)上において、F9細胞は分散型の細胞形態を呈した。
F9細胞は、ES/EG細胞の特異マーカーとして知られるアルカリ性フォスファターゼ(ALkaline Phosphatase;以下、ALP)やSSEA−1、Oct−3/4等を発現する等、一部、ES細胞に似た形質を呈する(Lehtonen et al.,Int.J.Dev.Biol.33:105,1989,Alonso et al.,35:389,1991)。しかしながら、F9細胞の場合、フィーダー細胞やLIF等は当該細胞の未分化性を維持するために必要とはされず、その未分化維持機構には差異が認められる。また、ES細胞は三胚葉への分化能を有しているのに対し、F9細胞の分化は内胚葉系細胞に限られており、キメラ形成能も有さない。すなわち、F9細胞は、ある種の実験ではES/EG細胞のモデル系として使用される場合もあるけれども、培養法や培養条件に関しては、ES/EG細胞と異なる点が多い。
そのため、上記E−cadプレートを、フィーダー細胞を必要としないES細胞培養法に適用し得るか、また、その様な方法で培養したES細胞が未分化性及び分化多能性を保持した状態で継代培養し得るか、さらには当該ES細胞の増殖能を促進し得るか等の点に関しては、科学的根拠に基づいて予測することはできなかった。実際、E−cadプレートで培養したF9細胞の増殖能は、従来の細胞培養用プレートで培養したF9細胞とほぼ同等であり、ES細胞の増殖能を促進し得ることを類推できる事実は得られなかった。
E−カドヘリンは、未分化なマウスES細胞で発現していることが公知であり、また、E−カドヘリン遺伝子の発現を遺伝子工学的に欠失させたES細胞では、その細胞間接着が著しく阻害されることが知られている(Larue et al.,Development 122:3185,1996)。しかしながら、ES/EG細胞の培養法において、E−カドヘリンを接着基質として使用する試みは、これまで皆無であった。
上記の効率的な増殖法に加え、ES細胞をはじめとする多能性幹細胞を、研究材料若しくは再生医療製品の作製のために使用する場合、当該細胞に対し、所望する外来遺伝子を効率的に細胞内に導入し、発現させるための方法の構築も必要とされる。特にES細胞を様々な疾患治療等の再生医療に応用していくためには、当該細胞の増殖能や分化能などの細胞特性、又は薬剤感受性などを変えることも1つの手段として考えられ、その実現のためには、適当な外来遺伝子を細胞内に導入し、発現させる方法が好適である。また、マウスES細胞の場合、その遺伝子を人為的に改変することにより、いわゆるトランスジェニックマウスやノックアウトマウス等の作製ができることも広く公知であり、この場合も効率的な遺伝子導入法はきわめて有用である。
一般的に細胞に外来遺伝子を導入する場合、リン酸カルシウムやDEAE−デキストラン、更にはカチオン性脂質製剤等を用いる方法が頻用される。しかし、これらの方法をES細胞に適用した場合、他の細胞系と比較してその効率は低いことが知られている(Lakshmipathy et al.,Stem Cells 22:531,2004(非特許文献8)参照)。また、外来遺伝子を導入するための方法として、各種ウイルスベクターを用いた方法も報告されている。例えば、レトロウイルス・ベクター(Cherry et al.,Mol.Cell Biol.,20:7419,2000)やアデノウイルス・ベクター(Smith−Arica et al.,Cloning Stem Cells5:51,2003)、レンチウイルス・ベクター(Hamaguchi et al.J.Virol.74:10778,2000;Asano et al.,Mol.Ther.6:162,2002;国際公開番号第WO02/101057)、センダイウイルス・ベクター(Sasaki et al.,Gene Ther.12:203,2005;日本国特許公開番号第2004−344001)等が公知である。しかしながら、ウイルスベクターの構築及び作製には比較的煩雑かつ長期の作業を必要とするとともに、用いるウイルスによっては生物学的安全性の問題も懸念され、簡便かつ汎用的な方法とは言えない。
そのため、ES細胞に外来遺伝子を導入する場合、電気穿孔法(electroporation)と呼ばれる方法が頻用される。本法は、細胞に電気パルスをかけることにより、細胞膜に一過的に孔を開け、外来遺伝子を細胞内に導入させる方法であり、汎用性が高い。最近では、方法の改良法として、外来遺伝子を細胞核内にまで導入し、その発現効率を著しく向上させる、Nucleofectionと呼ばれる方法も確立されている(Lorenz et al.,Biotech.Lett.26:1589,2004;Lakshmipathy et al.,Stem Cells 22:531,2004(非特許文献8)参照)。ただし、これらの方法は特別な電気パルス発生装置を必要とし、至適条件の設定も難しい。また、細胞をいったんトリプシン等の蛋白分解酵素で処理して単一細胞に分散させる必要もあり、細胞傷害性も比較的高い。
そのため、ES細胞をはじめとする多能性幹細胞の遺伝子導入法において、安価に購入できる、又は簡便に作製できる遺伝子導入剤を用い、細胞を培養器上で培養したままの状態で効率的に外来遺伝子を導入し得る方法は、きわめてその有用性が高いと考えられる。
[非特許文献1]Manipulating the Mouse Embryo:A laboratory manual(Hogan et al.,Cold Spring Harbor Laboratory Press,1994
[非特許文献2]Embryonic Stem Cells(Turksen編、Humana Press,2002)
[非特許文献3]Xu et al.,Nature Biotech.19:971,2001
[非特許文献4]Amit et al.,Biol.Reprod.70:837,2004
[非特許文献5]Sato et al.,Nature Med.10:55,2004
[非特許文献6]Nagaoka et al.,Biotechnol.Lett.24:1857,2002
[非特許文献7]Nagaoka et al.,Protein Eng.16:243,2003
[非特許文献8]Lakshmipathy et al.,Stem Cells 22:531,2004
[特許文献1]国際公開番号第01/51616号
[特許文献2]国際公開番号第03/020920号
発明の概要
以上の様な背景から、本発明では、ES細胞をはじめとする多能性幹細胞を、フィーダー細胞を用いずに培養する方法に関し、当該細胞の増殖能を促進する方法、及び遺伝子導入効率を高める方法の提供を課題とする。
上記課題を解決するために、発明者らは、ES細胞を、コロニーを形成しない状態、すなわち、分散状態で培養することにより、当該細胞の増殖能が促進される可能性、及び遺伝子導入効率が促進される可能性について検討を行なった。
上述のように、本発明者らは、胚性癌腫細胞の一種であるF9細胞を、コロニーを形成しない状態、すなわち、分散状態で培養することに成功している。E−カドヘリンを固相表面に固定又はコーティングした細胞培養プレート(E−cadプレート)を作製し、そのプレート上にF9細胞を播種したところ、当該F9細胞はコロニーを形成せず、分散型の細胞形態を呈した。その際、E−cadプレートで培養したF9細胞と、通常プレートで培養したF9細胞の増殖能はほぼ同じであった。
ES細胞をE−cadプレートに播種してみたところ、ほぼすべての細胞が当該プレートに付着し、F9細胞と同様に、コロニーを形成せず、分散型の細胞形態を呈することがわかった。特筆すべきことに、本培養条件において、E−cadプレートに播種したES細胞の増殖能は、通常プレートで培養したES細胞の増殖能よりも有意に高いことが示された。また、外来遺伝子の導入効率並びに発現量も有意に高いことが示された。
E−cadプレート上で複数回継代培養したES細胞は、液体培地に未分化性を維持する因子等を添加することにより、未分化状態を保ち、多分化能を維持できることも確認できた。また、当該方法により調製されたES細胞は、既知の方法を用いることにより神経細胞や心筋細胞といった機能的分化細胞を分化誘導できること、さらにはマウス初期胚に移植することによりキメラマウスを作製できることも併せて証明し、本発明の完成に至った。
すなわち、本発明は、第1の態様において、ES細胞をはじめとする多能性幹細胞の増殖方法に関し、フィーダー細胞を使用しない新規の増殖方法を提供する。本発明の方法は、多能性幹細胞が接着性を有する分子を一定濃度で基材固相表面に固定又はコーティングした培養容器を用いることを特徴とし、当該細胞を分散状態で培養させ、その増殖能を高めることが可能である。この様にして調製された多能性幹細胞は、未分化性及び分化多能性を保持している。
第2の態様において、本発明の方法は、多能性幹細胞が接着性を有する分子を一定濃度で基材固相表面に固定又はコーティングした培養容器を用いることを特徴とし、当該細胞を分散状態で培養させることにより、当該細胞に対する遺伝子導入効率を高めることが可能である。
別の実施態様として、本発明は、本発明で開示された方法により調製された、未分化性及び分化多能性を有した多能性幹細胞に関する。本開示において、多能性幹細胞の「未分化な」状態とは、少なくとも1つ以上の未分化マーカーの発現により確認することができる。
また別の実施態様において、本発明は、本発明で開示された方法により調製された多能性幹細胞から、適当な分化誘導処理により作製した分化細胞に関する。分化細胞としては、一般的に多能性幹細胞から分化誘導することができる種の細胞であれば、特にこれを限定しない。具体的には、外胚葉細胞又は外胚葉由来の細胞、中胚葉細胞又は中胚葉由来の細胞、内胚葉細胞または内胚葉由来の細胞等が挙げられる。
さらに別の実施態様として、本発明は、本発明で開示された方法により調製された多能性幹細胞を用いてキメラ胚又はキメラ動物を作製する方法、及び作製したキメラ胚またはキメラ動物に関する。
本発明は主に以下の事項に関する。
(1)多能性幹細胞の増殖方法において、液体培地と、当該多能性幹細胞と接着性を有する分子を基材固相表面に固定又はコーティングした培養容器とを用いることにより、当該多能性幹細胞を、フィーダー細胞を使用せずに、その未分化性及び分化多能性を保持したまま分散状態で、増殖させることを特徴とする、前記方法。
(2)多能性幹細胞の遺伝子導入法において、液体培地と、当該多能性幹細胞と接着性を有する分子を基材固相表面に固定又はコーティングした培養容器とを用いることにより、当該多能性幹細胞に効率的に遺伝子を導入、発現させることを特徴とする、前記方法。
(3)前記多能性幹細胞と接着性を有する分子が、前記多能性幹細胞において発現する分子であるか、又は当該分子と構造的に類似性を有する分子であって当該多能性幹細胞と同種親和性の結合能を有する分子である、前記(1)又は(2)に記載の方法。
(4)前記多能性幹細胞と接着性を有する分子が、カドヘリン・ファミリーに属する分子である、前記(3)に記載の方法。
(5)前記カドヘリン・ファミリーに属する分子が、E−カドヘリンであるか、又は当該分子と構造的に類似性を有する分子であってE−カドヘリンに係るEC1ドメイン並びにEC2ドメイン、EC3ドメイン、EC4ドメイン及びEC5ドメインのうち1つ以上のドメインを含み、かつ、前記多能性幹細胞と同種親和性の結合能を有する分子である、前記(4)に記載の方法。
(6)前記E−カドヘリンが哺乳動物由来である、前記(5)に記載の方法。
(7)前記E−カドヘリンがヒト又はマウス由来である、前記(6)に記載の方法。
(8)前記多能性幹細胞と接着性を有する分子が、免疫グロブリンのFc領域と融合され、当該Fc領域を介して前記基材固相表面に固定される、前記(1)〜(7)のいずれかに記載の方法。
(9)前記多能性幹細胞が、哺乳動物の胚性幹細胞(ES細胞)又は胚性生殖細胞(EG細胞)である、前記(1)〜(8)のいずれかに記載の方法。
(10)前記(1)〜(9)のいずれかに記載の方法により製造された多能性幹細胞。
図2:E−cad−Fcプレートに播種したES細胞の形態を示す。ES細胞をゼラチン、I型コラーゲン、フィブロネクチン、又はE−cad−Fcをコーティングしたプレート(図中、それぞれGel.、Col.、Fn.、E−cad−Fcと表記)に播種した後2日目の細胞像。
図3A:E−cad−Fcプレートに播種したES細胞の増殖能を示す。ES細胞をゼラチン・プレート(図中Cont)又はE−cad−Fcプレートに播種し、3日目の細胞数を比較した。※:Cont群に対し、p<0.01。
図3B:E−cad−Fcプレートに播種したES細胞のBrdU取り込み能を示す。ES細胞(EB3)をゼラチン・プレート(図中Cont)又はE−cad−Fcプレートに播種し、BrdUで標識した。3日後に細胞内に取り込まれたBrdUを、蛍光色素を用いた抗体染色により検出し、その蛍光強度を測定した。※:Cont群に対し、p<0.01。
図4A:E−cad−Fcプレートに播種したES細胞における未分化マーカーの発現。ES細胞(EB3細胞株)をゼラチン・プレート(図中Cont)又はE−cad−Fcプレートに播種し、培養14日目にALP活性の検出を行なった。図中LIF(+)及び(−)は、それぞれ培養用培地にLIFを添加/未添加したことを示す。
図4B:E−cad−Fcプレートに播種したES細胞における未分化マーカーの発現。ES細胞(EB3細胞株)をゼラチン・プレート(図中Cont)又はE−cad−Fcプレートに播種し、培養14日目にOct−3/4タンパク質の検出を行なった。DAPIによる核染色像。Merged:DAPIとOct−3/4抗体による染色像を重ね合わせたもの。
図5:E−cad−Fcプレートに播種したES細胞における未分化マーカー遺伝子の発現。ES細胞をゼラチン・プレート(図中Cont)又はE−cad−Fcプレートに播種し、培養14日目にOct−3/4及びRex−1遺伝子の発現をRT−PCR法で調べた。図中+及び−は、それぞれ、培養用培地へのLIFの添加と非添加を示す。
図6:E−cad−Fcプレートに播種したES細胞のLIF反応性を示す。ES細胞(R1株)をゼラチン・プレート(図中Cont)又はE−cad−Fcプレートに播種し、各種LIF濃度で培養した後にコロニーを形成させ、そのALP活性を検出することにより、「未分化型」コロニーの割合を測定した。※:Cont/LIF 1000U/mL群に対し、p<0.05。
図7:E−cad−Fcプレートで継代培養したES細胞の分化多能性。ゼラチン・プレート(図中Cont)又はE−cad−Fcプレートに播種し、継代培養したES細胞(R1株)を回収し、LIF非添加培地中でEBを形成させることにより分化誘導を行なった。EB形成後16日目に回収したサンプル(図中、EB)を用い、各種分化マーカー遺伝子の発現をRT−PCR法にて検討した。対照群として、上記の継代培養を行なう前のES細胞、及び当該細胞を用いて形成させた16日目のEB(それぞれ、図中の左から1番目と2番目)を用いた。T/Bra:T/Brachyury、βHl:hemoglobin、AFP:α−fetoprotein、TTR:transthyretin、GAPDH:glyceraldehyde−3−phosphate dehydrogenase。
図8:E−cad−Fcプレートで継代培養したES細胞の分化多能性を示す。E−cad−Fcプレートに播種したES細胞(R1株)を神経細胞(上)及び心筋細胞(下)に分化誘導した。分化誘導後12日目に細胞を固定し、神経細胞及び心筋細胞に特異的なマーカー分子の抗体で染色した像を示す。
図9:E−cad−Fcプレートで培養したES細胞の生殖細胞寄与能を示す。E−cad−Fcプレートで培養したES細胞から作出したキメラマウスを、野生型C57BL/6系マウスと交配して得られた仔マウスについて、2種のマイクロサテライト・マーカーを用いてPCR解析を行った。M:DNAサイズ・マーカー、ES:ES細胞(EB3株)、B6:C57BL/6マウス、#1〜#4:毛色からES細胞が寄与していないと予想した個体、#5〜#8:毛色からES細胞が寄与していると予想した個体。縦軸の数値はDNAのサイズ(bp)を示す。
図10:E−cad−Fcプレートに播種したES細胞の遺伝子導入・発現効率を示す。ES細胞(EB3)をゼラチン・プレート(図中Cont)又はE−cad−Fcプレートに播種し、GFP発現ベクターを遺伝子導入した。1日後に細胞内のGFP蛋白を、蛍光色素を用いた抗体染色により検出し、その蛍光強度を測定した。※:Cont群に対し、p<0.01。
図11:ヒト型E−cad−Fcプレートに播種したES細胞の形態を示す。ES細胞をゼラチン(Cont)又はE−cad−Fcをコーティングしたプレートに播種した後2日目の細胞像。
発明の詳細な説明
定義
本明細書中に使用するとき、用語「多能性幹細胞」とは、in vitro培養により未分化状態を保ったまま、ほぼ永続的または長期間の細胞増殖が可能であり、正常な核(染色体)型を呈し、適当な条件下において三胚葉(外胚葉、中胚葉、および内胚葉)すべての系譜の細胞に分化する能力をもった細胞をいう。「多能性幹細胞」は、初期胚より単離されるES細胞、及びその類似細胞であり、胎児期の始原生殖細胞から単離されるEG細胞を含むが、これに限定されない。本明細書中、「ES細胞」と表記した場合は「EG細胞」も含むこともある。
本明細書中に使用するとき、用語「未分化性」とは、多能性幹細胞において、少なくとも1つ以上の未分化マーカー、例えばALP活性やOct−3/4遺伝子(産物)の発現、または種々の抗原分子の発現により確認することができる未分化な状態を呈する性質を意味する。多能性幹細胞における未分化な状態とは、多能性幹細胞が、ほぼ永続的または長期間の細胞増殖が可能であり、正常な核(染色体)型を呈し、適当な条件下において三胚葉すべての系譜の細胞に分化する能力をもった状態を意味する。
本明細書中に使用するとき、用語「分化多能性」とは、様々な種類の細胞に分化する能力をいう。分化細胞としては、一般的に多能性幹細胞から分化誘導することができる種の細胞であれば、特にこれを限定しない。具体的には、外胚葉細胞または外胚葉由来の細胞、中胚葉細胞または中胚葉由来の細胞、内胚葉細胞または内胚葉由来の細胞等が挙げられる。
本明細書中に使用するとき、用語「液体培地」とは、多能性幹細胞を継代培養する従来の方法に適用することができる液体培地をすべて含む。
本明細書中に使用するとき、用語「多能性幹細胞と接着性を有する分子」とは、多能性幹細胞と親和性をもって結合・付着する分子であればよく、タンパク質、ペプチド、糖鎖、低分子化合物(薬剤)等、形状は特に問わない。多能性幹細胞の接着分子としては、当該細胞に発現し、同種親和性の結合能を有した分子が好ましく、例えばカドヘリン・ファミリー分子が挙げられる。未分化なES細胞の場合、E−カドヘリンを発現していることが知られており、当該分子の利用が好適であるが、特にこれに限定しない。これらの接着性分子がタンパク質性またはペプチド性分子である場合、そのペプチド断片が当該タンパク質またはペプチド分子と同様の接着活性を有するものであれば、これも使用できる。
多能性幹細胞と接着性を有する分子は、培養容器または培養基材(以下、培養基材とする)の固相表面に固定又はコーティングすることにより、本発明の培養法に使用することができる。本発明の培養基材としては、プレートやフラスコ等、従来から細胞培養に用いられているもののいずれをも使用できる。これらの培養基材は、ガラス等の無機材料、またはポリスチレンやポリプロピレン等の有機材料のいずれかからなることができるが、滅菌可能な耐熱性及び耐水性を有している材料からなるものが好ましい。
多能性幹細胞と接着性を有する分子を、培養基材の固相表面に固定又はコーティングする方法としては、吸着等の物理学的方法や共有結合等の化学的方法を適用することができるが、操作の容易さから吸着による方法が好ましい。また、前もって接着性分子に人為的に抗原性分子を付加・融合させておき、当該抗原性分子に対する特異抗体との結合を利用することもできる。この場合、特異抗体を、前もって培養基材の固相表面に、吸着等の物理学的方法や共有結合等の化学的方法によって、固定又はコーティングしておく必要がある。
上述の様に作製した培養基材は、多能性幹細胞の通常の培養法にそのまま使用することができる。すなわち、適当数の多能性幹細胞を、通常用いられる液体培地又は細胞培養液に懸濁し、それを当該培養基材に添加すればよい。その後の液体培地の交換や継代も、従来法と同様に行なうことができる。
本明細書中に使用するとき、用語「同種親和性の結合」とは、細胞接着において、細胞−細胞又は細胞−基材間の接着性分子を介した結合において、同じ種類の接着性分子同士が結合又は会合することによりなされているものを意味する。
本明細書中に使用するとき、用語「フィーダー細胞」とは、支持細胞とも称され、単独では生存・培養できない細胞を培養する際に、あらかじめ培養され、培地中に不足する栄養分や増殖因子の補給などの役割を担う別の細胞をいう。「フィーダー細胞」には、MEF細胞や、STO細胞等の間質系細胞を含むが、これに限定されない。
本明細書中に使用するとき、用語「分散状態」とは、細胞が培養基材表面に接着した状態で生育している場合において、明確なコロニーを形成せず、個々の細胞が他の細胞と接触していない、または、一部接触していても、その接触領域がごく小さい状態を意味する。
本明細書中に使用するとき、用語「遺伝子」とは遺伝物質を指し、転写単位を含む核酸を言う。遺伝子はRNAであってもDNAであってもよく、天然由来又は人為的に設計された配列であり得る。また、遺伝子は蛋白質をコードしていなくてもよく、例えば遺伝子はリボザイムやsiRNA(short/small interefering RNA)等の機能的RNAをコードするものであってもよい。
本発明の上記効果や他の利点および特徴を、以下の好適な実施態様の詳細な説明において詳述する。
本発明の実施において、分子生物学や組換えDNA技術等の遺伝子工学の方法及び一般的な細胞生物学の方法及び従来技術について、実施者は、特に示されなければ、当該分野の標準的な参考書籍を参照し得る。これらには、例えば、Molecular Cloning:A Laboratory Manual第3版(Sambrook & Russell、Cold Spring Harbor Laboratory Press、2001);Current Protocols in Molecular biology(Ausubel et al.編、John Wiley & Sons、1987);Methods in Enzymologyシリーズ(Academic Press);PCR Protocols:Methods in Molecular Biology(Bartlett & Striling編、Humana Press、2003);Animal Cell Culture:A Practical Approach第3版(Masters編、Oxford University Press、2000);Antiboides:A Laboratory Manual(Harlow et al.& Lane編、Cold Spring Harbor Laboratory Press、1987)等を参照のこと。また、本明細書において参照される細胞培養、細胞生物学実験のための試薬及びキット類はSigma社やAldrich社、Invitrogen/GIBCO社、Clontech社、Stratagene社等の市販業者から入手可能である。
また、多能性幹細胞を用いた細胞培養、及び発生・細胞生物学実験の一般的方法について、実施者は、当該分野の標準的な参考書籍を参照し得る。これらには、Guide to Techniques in Mouse Development(Wasserman et al.編、Academic Press,1993);Embryonic Stem Cell Differentiation in vitro(M.V.Wiles、Meth.Enzymol.225:900,1993);Manipulating the Mouse Embryo:A laboratory manual(Hogan et al.編、Cold Spring Harbor Laboratory Press,1994);Embryonic Stem Cells(Turksen編、Humana Press,2002)が含まれる。本明細書において参照される細胞培養、発生・細胞生物学実験のための試薬及びキット類はInvitrogen/GIBCO社やSigma社等の市販業者から入手可能である。
マウス及びヒトの多能性幹細胞の作製、継代、保存法については、すでに標準的なプロトコールが確立されており、実施者は、前項で挙げた参考書籍に加えて、複数の参考文献(Matsui et al.,Cell 70:841,1992;Thomson et al.,米国特許第5,843,780号;Thomson et al.,Science 282:114,1998;Shamblott et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA 95:13726,1998;Shamblott et al.,米国特許第6,090,622号;Reubinoff et al.,Nat.Biotech.18:399,2000;国際公開番号第00/27995号)等を参照することにより、これらの多能性幹細胞を使用し得る。また、その他の動物種に関しても、例えばサル(Thomson et al.,米国特許第5,843,780号;Proc.Natl.Acad.Sci.USA,92,7844,1996)やラット(Iannaccone et al.,Dev.Biol.163:288,1994;Loring et al.,国際公開番号第99/27076号)、ニワトリ(Pain et al.,Development 122:2339,1996;米国特許第5,340,740号;米国特許第5,656,479号)、ブタ(Wheeler et al.,Reprod.Fertil.Dev.6:563,1994;Shim et al.,Biol.Reprod.57:1089,1997)等に関してES細胞又はES細胞様細胞の樹立方法が知られており、各記載の方法に従って、本発明に用いられるES細胞を作製することができる。
ES細胞とは、胚盤胞期胚の内部にある内部細胞塊(inner cell mass)と呼ばれる細胞集塊をin vitro培養に移し、細胞塊の解離と継代を繰り返すことにより、未分化幹細胞集団として単離した多能性幹細胞である。マウス由来ES細胞としては、E14、D3、CCE、R1、J1、EB3等、様々なものが知られており、一部はAmerican Type Culture Collection社やCell & Molecular Technologies社、Thromb−X社等から購入することも可能である。ヒト由来ES細胞は、現在、全世界で50種以上が樹立されており、米国・国立衛生研究所(NIH)のリスト(http://stemcells.nih.gov/registry/index.asp)には20種以上の株が登録されている。その一部はES Cell International社やWisconsin Alumni Research Foundationから購入することが可能である。
ES細胞は、一般に初期胚を培養することにより樹立されるが、体細胞の核を核移植した初期胚からもES細胞を作製することが可能である(Munsie et al.,Curr.Biol.10:989,2000;Wakayama et al.,Science 292:740,2001;Hwang et al.,Science 303:1669,2004)。また、異種動物の卵細胞、又は脱核した卵細胞を複数に分割した細胞小胞(cytoplastsやooplastoidsと称される)に、所望する動物の細胞核を移植して胚盤胞期胚様の細胞構造体を作製し、それを基にES細胞を作製する方法も考案されている(国際公開番号第99/45100号;第01/46401号;01/96532号;米国特許公開第02/90722号;02/194637号)。また、単為発生胚を胚盤胞期と同等の段階まで発生させ、そこからES細胞を作製する試み(米国特許公開第02/168763号;Vrana K et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA 100:11911−6)や、ES細胞と体細胞を融合させることにより、体細胞核の遺伝情報を有したES細胞を作る方法も報告されている(国際公開番号第00/49137号;Tada et al.,Curr.Biol.11:1553,2001)。本発明で使用されるES細胞は、この様な方法により作製されたES細胞又はES細胞の染色体上の遺伝子を遺伝子工学的手法により改変したものも含まれる。
本発明に使用できるEG細胞は、始原生殖細胞と呼ばれる胎児期の生殖細胞を、ES細胞の場合と同様、MEF細胞やSTO細胞、Sl/Sl4−m220細胞等のフィーダー上で、LIF及びbFGF/FGF−2、又はフォルスコリン等の薬剤で刺激することにより作製されたものであり(Matsui et al.,Cell 70:841,1992;Koshimizu et al.,Development 122:1235,1996)、ES細胞ときわめて類似した性質を有している(Thomson & Odorico、Trends Biotechnol.18:53,2000)。ES細胞の場合と同様、EG細胞と体細胞を融合させて作製したEG細胞(Tada et al.,EMBO J.16:6510,1997;Andrewら)やEG細胞の染色体上の遺伝子を遺伝子工学的手法により改変したものも、本発明の方法に使用することができる。
また、本発明に係る増殖方法を用いることができる多能性幹細胞は、ES細胞やEG細胞のみに限らず、哺乳動物の胚や胎児、臍帯血、又は成体臓器や骨髄等の成体組織、血液等に由来する、ES/EG細胞に類似した形質を有するすべての多能性幹細胞が含まれる。例えば生殖細胞を特殊な培養条件下で培養することにより得られるES様細胞は、ES/EG細胞ときわめて良く似た形質を呈しており(Kanatsu−Shinohara et al.,Cell 119:1001,2004)、多能性幹細胞として使用することができる。その他の例としては、骨髄細胞から単離され、三胚葉すべての系譜の細胞に分化能を有する多能性成体幹細胞(multipotent adult progenitor/stem cells:MAPC)を挙げることができる。また、毛根鞘細胞やケラチノサイト(国際公開番号第02/51980号)、腸管上皮細胞(国際公開番号第02/57430号)、内耳細胞(Li et al.,Nature Med.9:1293,2003)等を特別な培養条件下で培養することにより得られた多能性幹細胞や、血液中の単核球細胞(又はその細胞核分に含まれる幹細胞)をM−CSF(Macrophage−Colony Stimulating Factor;マクロファージコロニー刺激因子)+PMA(phorbol 12−myristate 13−acetate)処理(Zhao et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA 100:2426,2003)、又はCR3/43抗体処理(Abuljadayel、Curr.Med.Res.Opinion 19:355,2003)することにより作製される多能性幹細胞等に関しても、ES/EG細胞と類似の形質を有する幹細胞であればすべて含まれる。この場合、ES/EG細胞と類似の形質とは、当該細胞に特異的な表面(抗原)マーカーの存在や当該細胞特異的な遺伝子の発現、さらにはテラトーマ形成能やキメラマウス形成能といった、ES/EG細胞に特異的な細胞生物学的性質をもって定義することができる。
本発明は、ES細胞をはじめとする多能性幹細胞の培養法に関し、多能性幹細胞と接着性を有する分子(以下、多能性幹細胞の接着性分子ともいう)を用いることを特徴とする。本発明の実施において、多能性幹細胞の接着性分子は、培養容器又は培養器材(以下、培養基材ともいう)の固相表面に固定又はコーティングされることにより、本発明の培養法に使用される。本発明の培養基材としては、多能性幹細胞を培養できるものであればいかなるものでも用いることができるが、好ましくは従来から細胞培養用に用いられるものが望ましい。細胞培養用の培養基材としては、例えば、ディッシュやプレート、フラスコ、チャンバースライド、チューブ、セルファクトリー、ローラーボトル、スピンナーフラスコ、フォロファイバー、マイクロキャリア、ビーズ等が挙げられる。これらの培養基材は、ガラス等の無機材料又はポリスチレン等の有機材料のいずれからなっていてもよいが、蛋白質やペプチド等に対する吸着性が高いポリスチレン等の材料や、又は吸着性を高める処理、例えば親水処理や疎水処理等を施した材料の使用が好適である。また、滅菌可能な耐熱性及び耐水性を有している材料からなるのが好ましい。そのための好適な器材の一例としては、主に大腸菌等の培養に頻用される、細胞培養用の処理を特にしていないポリスチレン製ディッシュ及び/又はプレート(以下、無処理ポリスチレン製プレートと称する)を挙げることができ、当該培養基材は一般に市販されている。 多能性幹細胞の接着性分子とは、多能性幹細胞と親和性をもって結合・付着する分子であればよく、タンパク質、ペプチド、糖鎖、低分子化合物、又はこれらの2種以上から構成される分子等、形状は特に問わない。未分化状態のES/EG細胞に対する接着性分子に関しては、あまり報告例がないが、例えば、イムノグロブロリン・スーパーファミリーに属するICAM−1、VCAM−1、NCAM等が発現していることが知られている(Tian et al.,Biol.Reprod.57:561,1997)。多能性幹細胞の接着性分子は、好ましくは、使用する多能性幹細胞の細胞膜表面に発現していること、さらに好ましくは同種親和性の結合能を有した分子が望ましい。細胞接着における同種親和性の結合とは、細胞−細胞又は細胞−基質間の接着性分子を介した結合において、同じ種類の接着性分子同士が結合・会合することによりなされているものを意味する。この様な性質を示す接着分子としては、NCAMやL1、プレキシン、カドヘリン等が知られているが、その中でも接着性の強さからカドヘリン・ファミリー分子の使用が好適である。未分化状態のES細胞の場合、E−カドヘリンが特異的に発現している(Larue et al.,Development 122:3185,1996)ことが報告されているため、当該分子の使用が更に好適である。しかしながら、使用する接着性分子としては、E−カドヘリンのみに限定されるわけではなく、使用する多能性幹細胞に発現しているカドヘリン・ファミリー分子又は同種親和性の接着性分子であれば、使用することができる。また、通常のES細胞に発現していなくても、遺伝子工学的手法により、同種親和性の結合能を有した分子をコードする遺伝子の全長若しくは一部分を恒常的に発現する様、ES細胞に遺伝子改変を加えることにより、当該分子を本発明の方法に使用することも可能である。
カドヘリンとは、接着結合又はアドヘレンス・ジャンクション(adherens junction)と呼ばれるCa2+依存性の細胞間接着・結合に関与する接着分子であり、E(上皮)型、N(神経)型、P(胎盤)型の3種が代表例として知られている。これらのカドヘリン分子は、700〜750アミノ酸残基からなる膜結合型糖タンパク分子であり、その細胞外領域には、約110アミノ酸残基からなる繰り返し構造、いわゆるExtracellular Cadherin(EC)ドメインと呼ばれる領域が5個存在する。例えば、ヒトE−カドヘリン(そのアミノ酸配列を配列番号1に示す)の場合、EC1、EC2、EC3、EC4、EC5の各ドメインは、それぞれ157〜262、265〜375、378〜486、487〜595、596〜700に相当する(数値は配列番号1に示すアミノ酸配列内の残基の番号である)。また、マウスE−カドヘリン(そのアミノ酸配列を配列番号2に示す)の場合、EC1、EC2、EC3、EC4、EC5の各ドメインは、それぞれ159〜264、267〜377、380〜488、489〜597、598〜702に相当する(数値は配列番号2に示すアミノ酸配列内の残基の番号である)。これらのECドメインは、異なるカドヘリン分子種の間で相同性を有しており、特にN末端側に位置するドメイン(EC1、EC2)の相同性が高い。この様な類似の構造を呈するカドヘリン分子としては、現在、50種類以上のものが知られており、これらの分子を総称してカドヘリン・ファミリーと呼ぶ。以上、カドヘリンに関する総説としては、Takeichi、Curr.Opin.Cell Biol.7:619,1995;Marrs & Nelson、Int.Rev.Cytol.165:159,1996;Yap et al.,Annu.Rev.Cell Dev.Biol.13:119,1997;Yagi & Takeichi、Genes Dev.14:1169,2000;Gumbiner、J.Cell Biol.148:399,2000、等を参照のこと。
E−カドヘリン(別名、カドヘリン−1)は、肝臓や腎臓、肺等の内臓臓器の実質細胞やケラチノサイト等の上皮細胞に広く発現し、その細胞間接着を担う重要な接着分子であることが知られている(総説として、Mareel et al.,Int.J.Dev.Biol.37:227,1993;Mays et al.,Cord Spring Harb.Symp.Quant.Biol.60:763,1995;El−Bahrawy & Pignatelli、Microsc.Res.Tech.43:224,1998;Nollet et al.,Mol.Cell.Biol.Res.Commun.2:77,1999)。また、E−カドヘリンは、未分化なマウスES細胞にも強く発現しており、E−カドヘリン遺伝子の発現を遺伝子工学的に欠失させたES細胞は、細胞間接着が著しく阻害されることが知られている(Larue et al.,Development 122:3185,1996)。また、米国National Center for Biotechnology Information(NCBI)の公的な遺伝子発現データベースに登録されている情報から、E−カドヘリン遺伝子がヒトES細胞株でも発現していることが確認できる。
本発明の実施において、E−カドヘリンをはじめとするカドヘリン分子又はその他の接着性分子を作製する方法としては、特にこれを限定しないが、当該分子がタンパク質性又はペプチド性の分子であれば、分子生物学的手法を用いてリコンビナント・タンパク質を作製・精製し、これを使用することが望ましい。その他にも、同様の効果を示す方法であれば、いずれをも用いることができ、例えば、多能性幹細胞の接着性分子を、生体組織・細胞から抽出、精製して使用すること、又は当該ペプチドを化学的に合成して使用することも可能である。
多能性幹細胞の接着性分子に関し、そのリコンビナント・タンパク質を作製するための方法、及び当該分子をコードする遺伝子を取得する方法は、すでに標準的なプロトコールが確立されており、実施者は、上記で挙げた参考書籍を参照することができるが、特にこれを限定しない。E−カドヘリンを例とした場合、E−カドヘリン遺伝子は、既にヒト(配列番号1)、マウス(配列番号2)、ラット等の動物で単離・同定され、その塩基配列が、NCBI等の公的なDNAデータベースにおいて利用可能である(アクセス番号:(ヒト)NM_004360;(マウス)NM_009864;(ラット)NM_031334)。そのため、当業者であれば、E−カドヘリン遺伝子に特異的なプライマー又はプローブを設計し、一般的な分子生物学的手法を用いることにより、E−カドヘリン遺伝子のcDNAを取得・使用することが可能である。また、E−カドヘリン遺伝子のcDNAは、理化学研究所ジーンバンク(日本・筑波)やAmerican Type Culture Collection(ATCC)、Invitrogen社/ResGen等からも購入することができる。使用する接着性分子をコードする遺伝子としては、多能性幹細胞が由来する種と同種の動物由来のものが好ましく、例えば、マウスES細胞を用いて本発明を実施する場合、マウスのE−カドヘリンcDNAの使用が望ましい。しかし、異種動物由来のもの、即ち、ヒトやサル、ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、又は鳥類(例えば、ニワトリ等)、又は両生類(例えば、アフリカツメガエル等)由来のE−カドヘリンcDNAも使用することができる。
本発明を実施するために用いる接着性分子のリコンビナント・タンパク質を作製するための好適な方法の一例は、当該分子をコードする遺伝子を、COS細胞や293細胞、CHO細胞等の哺乳動物細胞に導入し、発現させることを特徴としている。好ましくは、当該遺伝子は、広範な哺乳動物細胞における遺伝子の転写および発現を可能にする核酸配列、いわゆるプロモーター配列と、当該プロモーターの制御下に転写・発現が可能になる様な形で連結される。また、転写・発現させる遺伝子は、さらにポリA付加シグナルと連結されることが望ましい。好適なプロモーターとしては、SV(Simian Virus)40ウイルスやサイトメガロウイルス(Cytomegaro Virus;CMV)、ラウス肉腫ウイルス(Rous sarcoma virus)等のウイルスに由来するプロモーターや、β−アクチン・プロモーター、EF(Elongation Factor)1αプロモーター等が挙げられる。
上記のリコンビナント・タンパク質を作製するために用いる遺伝子は、当該分子をコードする遺伝子の全長領域を含むものである必要はなく、部分的な遺伝子配列であっても、その部分配列がコードするタンパク質またはペプチド分子が、本来の当該分子と同程度、又はそれ以上の接着活性を有するものであればよい。例えば、本発明の好適な事例に用いられるE−カドヘリンの場合、細胞外領域をコードする、N末端側から690〜710アミノ酸残基を含む部分配列から作製されるリコンビナント・タンパク質、すなわちEC1〜EC5ドメインを含むタンパク質を使用することができる。また、一般的にカドヘリン分子は、最もN末端側に位置するドメイン(EC1)が、当該分子の結合特異性、すなわち、同種親和性を規定している(Nose et al.,Cell 61:147,1990)ため、少なくともEC1を含み、それ以外のドメインの1個又は数個を除いたタンパク質分子を作製、使用することも可能である。さらには、上記のタンパク質分子と、アミノ酸レベルで80%以上、好ましくは85%以上、さらに好ましくは90%以上、最も好ましくは95%以上の相同性を示し、かつ、接着活性を有するタンパク質も使用することができる。
また、上記のリコンビナント・タンパク質は、他のタンパク質やペプチドとの融合タンパク質として作製することも可能である。例えば、イムノグロブリンのFc領域やGST(Glutathione−S−Transferase)タンパク質、MBP(Mannnose−Binding Protein)タンパク質、アビジン・タンパク質、His(オリゴ・ヒスチジン)タグ、HA(HemAgglutinin)タグ、Mycタグ、VSV−G(Vesicular Stromatitis Virus Glycoprotein)タグ等との融合タンパク質として作製し、プロテインA/Gカラムや特異的抗体カラム等を用いることにより、リコンビナント・タンパク質の精製を容易に、しかも効率よく行なうことができる。特にFc融合タンパク質は、ポリスチレン等を材料とした培養基材に吸着する能力が高まるため、本発明の実施において好適である。
イムノグロブリンのFc領域をコードする遺伝子は、既にヒトをはじめとする哺乳動物で、多数、単離・同定されている。その塩基配列も数多く報告されており、例えば、ヒトIgG1、IgG2、IgG3、及びIgG4のFc領域を含む塩基配列の配列情報は、NCBI等の公的なDNAデータベースにおいて利用可能であり、それぞれ、アクセス番号:AJ294730、AJ294731、AJ294732、及びAJ294733として登録されている。したがって、当業者であれば、Fc領域に特異的なプライマー又はプローブを設計し、一般的な分子生物学的手法を用いることにより、Fc領域部分をコードするcDNAを取得・使用することが可能である。この場合、使用するFc領域をコードする遺伝子としては、動物種やサブタイプは特にこれを限定しないが、プロテインA/Gとの結合性が強いヒトIgG1やIgG2、又はマウスIgG2aやIgG2b等のFc領域をコードする遺伝子が好ましい。また、Fc領域に変異を導入することによりプロテインAとの結合性を高める方法も知られており(Nagaoka et al.,Protein Eng.16:243,2003(非特許文献7)参照)、当該法により遺伝子改変を加えたFcタンパク質も使用することもできる。
なお、本発明を実施するための好適に用いられるE−カドヘリンの場合、当該リコンビナント・タンパク質の作製法の一例として、発明者らの既報告論文を挙げることができる(Nagaoka et al.,Biotechnol.Lett.24:1857,2002(非特許文献6);Protein Eng.16:243,2003(非特許文献7)参照)。
また、マウス又はヒトのE−カドヘリンの細胞外領域をコードするcDNAに、ヒトIgGのFc領域部分をコードする配列及びHisタグ配列のcDNAを連結させた融合遺伝子をマウス細胞に導入し、これを発現させて作製した精製リコンビナント・タンパク質(Recombinant Human/Mouse E−cadherin−Fc Chimera;R&D systems社、Genzyme Techne社)が市販されており、マウス又はヒト由来のE−カドヘリン・タンパク質として使用することもできる。
本発明で開示される方法の実施において、多能性幹細胞の接着性分子を、上記の培養基材固相表面に固定又はコーティングする方法としては、吸着等の物理学的方法や共有結合等の化学的方法を適用することができるが、操作の容易さから吸着による方法が好ましい。接着性分子がタンパク質性やペプチド性の分子、又は糖鎖を含む高分子化合物等である場合、プレート等の培養基材固相表面に当該分子の溶液を接触させ、一定時間後に溶媒を除去することにより、簡便に当該分子を吸着させることができる。さらに具体的には、例えば、蒸留水やPBS等を溶媒とする接着性分子の溶液を、ろ過、滅菌した後、プレート等の培養基材に接触させ、数時間から一昼夜放置するだけで、当該接着性分子が固定又はコーティングされた細胞培養用基材が得られる。好ましくは、蒸留水やPBS等で数回洗浄し、PBS等の平衡塩溶液等で置換してから使用する。
また、接着性分子に前もって人為的に抗原性分子が付加・融合させている場合は、当該抗原性分子に対する特異抗体との結合を利用することもでき、接着性分子を効率的に基材表面に修飾することができるため、より好ましい。この場合、特異抗体を前もって培養基材表面に、吸着等の物理学的方法や共有結合等の化学的方法によって固定又はコーティングしておく必要がある。例えば、接着性分子にIgGのFc領域タンパク質を融合させたリコンビナント・タンパク質の場合、培養基材に前もって修飾しておく抗体としては、IgGのFc領域を特異的に認識するものを使用することができる。接着性分子に各種タンパク質やタグ配列ペプチドを融合させたリコンビナント・タンパク質の場合、融合させた分子に特異的な抗体を、培養基材に前もって修飾することにより、使用することができる。
本発明の実施において、細胞培養基材の固相表面に固定又はコーティングされる接着性分子は少なくとも1種であるが、2種以上の接着性分子を組み合わせて用いてもよい。その場合、各々の接着性分子の溶液を混合し、その混合溶液を上述の方法に基き、修飾すればよい。
上記の接着性分子溶液の濃度は、当該分子の吸着量及び/又は親和性、さらには当該分子の物理学的性質によって適宜、検討する必要があるが、E−カドヘリンの細胞外領域にFc領域を融合させたリコンビナント・タンパク質の場合、0.01〜1000μg/mL程度までの濃度範囲とし、好ましくは、0.1〜200μg/mL程度、さらに好ましくは1〜50μg/mL、そして最も好ましくは5〜10μg/mLである。
本発明の実施において、多能性幹細胞は、上記の方法により作製された培養基材に播種される。多能性幹細胞の培養方法や培養条件は、当該培養基材を使用することを除き、多能性幹細胞の通常の培養方法や培養条件をそのまま使用することができる。多能性幹細胞の通常の培養方法や培養条件は、上記の参考書籍、すなわち、Guide to Techniques in Mouse Development(Wasserman et al.編、Academic Press,1993);Embryonic Stem Cell Differentiation in vitro(M.V.Wiles、Meth.Enzymol.225:900,1993);Manipulating the Mouse Embryo:A laboratory manual(Hogan et al.編、Cold Spring Harbor Laboratory Press,1994);Embryonic Stem Cells(Turksen編、Humana Press,2002)や、参考文献(Matsui et al.,Cell 70:841,1992;Thomsonら、米国特許第5,843,780号;Thomson et al.,Science 282:114,1998;Shamblott et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA 95:13726,1998;Shamblott et al.米国特許第6,090,622号;Reubinoff et al.,Nat.Biotech.18:399,2000;国際公開番号第00/27995号)等を参照することができるが、特にこれらに限定されない。
多能性幹細胞を培養するための液体培地としては、多能性幹細胞を継代培養する従来の方法に適用することができるものであれば、すべて使用可能である。その具体例としては、Dulbecco’s Modified Eagle’s Medium(DMEM)、Glasgow Minimum Essential Medium(GMEM)、RPMI1640培地等が挙げられ、通常、2mM程度のグルタミン及び/又は100μM程度の2−メルカプトエタノールを添加して使用する。また、ES細胞培養用培地として市販されているKnockOut DMEM(Invitrogen社)や、ES cell−qualified DMEM(Cell & Molecular Technologies社)、TX−WES(Thromb−X社)等も用いることができる。これらの培地にはFBSを5〜25%程度添加することが好ましいが、無血清培養することも可能で、例えば、15〜20%のKnockOut Serum Replacement(Invitrogen社)を代用することができる。また、MEF細胞の培養上清やbFGF/FGF−2、SCF等を添加した培地を使用してもよく、その詳細な方法は公知である(Xu et al.,Nature Biotech.19:971,2001;国際公開番号第01/51616号;国際公開番号第03/020920号;Amit et al.,Biol.Reprod.,70:837,2004)。
上記の多能性幹細胞を培養するための液体培地には、多能性幹細胞の未分化状態を維持する作用を有する物質・因子を添加することが望ましい。具体的な物質・因子としては、特にこれを限定しないが、マウスES/EG細胞の場合、LIFが好適である。LIFは既報告論文(Smith & Hooper、Dev.Biol.121:1,1987;Smith et al.,Nature 336:688,1988;Rathjen et al.,Genes Dev.4:2308,1990)や、NCBIの公的なDNAデータベースにアクセス番号X13967(ヒトLIF)、X06381(マウスLIF)、NM_022196(ラットLIF)等で公知のタンパク質性因子であり、そのリコンビナント・タンパク質は、例えばESGRO(Chemicon社)の商品名で購入することができる。また、GSK−3阻害剤を培養液に添加することにより、特に他の成長因子・生理活性因子等の添加をしなくても、マウス及びヒトES細胞の未分化性を効率的に維持することができる(Sato et al.,Nature Med.10:55,2004)。この場合、GSK−3の活性を阻害できる作用を有した物質であれば、すべて使用可能であり、例えばWntファミリー分子(Manoukian & Woodgett、Adv.Cancer Res.84:203,2002;Doble & Woodgett、J.Cell Sci.116:1175,2003)等を挙げることができる。
本発明の実施において、従来の方法に基づき継代維持した多能性幹細胞を、上記の方法により作製された培養基材に播種し、かつ、上記の培養条件・方法に基いて培養することにより、当該細胞を分散した状態で、しかも当該細胞が本来有する未分化な状態を保持したまま継代培養することが可能である。この様な状態で培養した多能性幹細胞は、細胞***の際に物理的な抑制がかからないため、及び/又は細胞間接触に起因する細胞増殖抑制機構が作用しないため、及び/又は細胞の生存性が高まり、死細胞数が減少するため、細胞の著しい増加や増殖が認められる。一つの事例として、本発明の方法によりマウスES細胞を培養した場合、従来の方法で培養した場合と比較して、少なくとも1.25倍以上、好ましくは1.5倍以上、より好ましくは2倍以上の増殖能を呈することが可能である。また、当該条件で4代ほど継代すると、従来法と比べて少なくとも3倍、好ましくは10倍以上の細胞を回収することが可能である。増殖能は、単位時間における細胞数の増加率や倍化速度等の指標で表すことができ、その計測・算出方法としては、一般の細胞を用いた実験で使用され、公知となっている方法であれば、いずれも用いることができる。
上述のように、多能性幹細胞における未分化な状態とは、多能性幹細胞が、ほぼ永続的または長期間の細胞増殖が可能であり、正常な核(染色体)型を呈し、適当な条件下において三胚葉すべての系譜の細胞に分化する能力をもった状態を意味する。また、好ましくは、多能性幹細胞のその他の特性、例えば、テロメアーゼ活性の維持やテラトーマ形成能、又はキメラ形成能等の性質のうち、少なくとも1つを有していることが望ましい。これらの性質・特性を調べる方法は、既に標準的なプロトコールが確立されており、例えば、上記の参考書籍、即ち、Guide to Techniques in Mouse Development(Wassermanら編、Academic Press,1993);Embryonic Stem Cell Differentiation in vitro(M.V.Wiles、Meth.Enzymol.225:900,1993);Manipulating the Mouse Embryo:A laboratory manual(Hogan et al.編、Cold Spring Harbor Laboratory Press,1994);Embryonic Stem Cells(Turksen編、Humana Press,2002)等を参照することにより、容易に実施することができるが、特にこれらに記載の方法には限定されない。
また、未分化状態の多能性幹細胞は、以下に記載する少なくとも1つ、好ましくは複数の方法により、少なくとも1つ、好ましくは複数のマーカー分子の存在が確認できる細胞と定義することもできる。未分化状態の多能性幹細胞に特異的な種々のマーカーの発現は、従来の生化学的又は免疫化学的手法により検出される。その方法は特に限定されないが、好ましくは、免疫組織化学的染色法や免疫電気泳動法の様な、免疫化学的手法が使用される。これらの方法では、未分化状態の多能性幹細胞に結合する、マーカー特異的ポリクローナル抗体又はモノクローナル抗体を使用することができる。個々の特異的マーカーを標的とする抗体は市販されており、容易に使用することができる。未分化状態の多能性幹細胞に特異的なマーカーとしては、例えばALP活性や、Oct−3/4またはRex−1/Zfp42等の遺伝子産物の発現が利用できる。また、各種抗原分子も用いることができ、マウスES細胞ではSSEA−1、ヒトES細胞ではSSEA−3やSSEA−4、TRA−1−60、TRA−1−81、GCTM−2等が未分化マーカーとして挙げられる。これらの未分化マーカーの発現は、ES細胞が分化することにより低減、消失する。
あるいは、未分化状態の多能性幹細胞マーカーの発現は、特にその手法は問わないが、逆転写酵素介在性ポリメラーゼ連鎖反応(RT−PCR)やハイブリダイゼーション分析といった、任意のマーカー・タンパク質をコードするmRNAを増幅、検出、解析するための従来から頻用される分子生物学的方法により確認できる。未分化状態の多能性幹細胞に特異的なマーカー・タンパク質(例えば、Oct−3/4やRex−1/Zfp42、Nanog等)をコードする遺伝子の核酸配列は既知であり、NCBIの公共データベース等において利用可能であり、プライマー又はプローブとして使用するために必要とされるマーカー特異的配列を容易に決定することができる。
多能性幹細胞への遺伝子導入法としての利用
本発明の別の態様として、本発明記載の方法は、所望する外来遺伝子を、多能性幹細胞の細胞内に効率的に導入する方法として使用することができる。導入する外来遺伝子としては、特に制限はないが、例えば増殖因子や受容体、酵素、転写因子等の天然の蛋白質や、例えば、遺伝子工学的手法を用いて改変、作製した、人工的な蛋白質である。また、導入遺伝子としては、リボザイムやsiRNA等の機能的RNAでも良い。更には、外来遺伝子として、遺伝子の導入効率または発現安定性等を評価するためのマーカー遺伝子、例えば、GFP(Green Fluorescent Protein)やβ−ガラクトシダーゼ、ルシフェラーゼなどをコードする遺伝子も利用可能である。
好適な実施態様の1つとして、導入する外来遺伝子は、遺伝子の転写及び発現を可能にする核酸配列、いわゆるプロモーター配列と、当該プロモーターの制御下に転写・発現が可能になる様な形で連結される。又、この場合、当該遺伝子は、更にポリA付加シグナルと連結されることが望ましい。多能性幹細胞において外来遺伝子の転写および発現を可能にするプロモーターとしては、SV40ウイルスやCMV、ラウス肉腫ウイルス等のウイルスに由来するプロモーターや、β−アクチン・プロモーター、EF1αプロモーター等が挙げられる。また、目的の如何によっては、ある種の細胞/組織又はある分化段階の細胞で特異的に遺伝子の転写および発現を可能にする核酸配列、いわゆる細胞/組織特異的プロモーター配列や分化段階特異的プロモーター、或いはRNAの発現に適したPol.IIIプロモーター等も使用できる。これらプロモーターの塩基配列は、NCBI等の公共のDNAデータベースにおいて利用可能であり、一般的な分子生物学的手法を用いることにより、所望の遺伝子配列を利用した遺伝子ベクターを作製することが可能である。また、これらのプロモーターを利用可能なベクターが、Invitrogen社や、Promega社、Ambion社等から購入可能である。
上記の遺伝子(ベクター)の導入のための方法としては、特にこれを制限せず、例えばリン酸カルシウムやDEAE−デキストランを用いたトランスフェクション法を挙げることができる。また、遺伝子導入対象の細胞が細胞内に取りこむことが可能であり、かつ、細胞毒性の低い脂質製剤、例えばLipofectoamine(Invitrogen社)やSuperfect(Qiagen社)、DOTMA(Roche社)等を用いて、目的とする遺伝子とリポソーム−核酸複合体を形成させた上でトランスフェクションする方法も好適である。更には、レトロウイルスやアデノウイルス等のウイルスベクターに目的の遺伝子を組み込み、その組み換えウイルスを細胞に感染させる方法等も使用可能である。この場合、ウイルスベクターとは、ウイルスDNAまたはRNAの全長若しくは一部を欠損・変異させた核酸配列に、目的とする遺伝子を組み込み、発現することができる様にした構築物である。
本発明の方法により増殖させた多能性幹細胞の利用
本発明に係る増殖方法により増殖させた多能性幹細胞は、引き続き、公知の方法による細胞回収法を用いることにより、未分化な状態を維持した多能性幹細胞を、効率的かつ多量に得ることができる。また、本発明に係る遺伝子導入法により、所望する遺伝子を導入・発現させた多能性幹細胞を効率的かる多量に得ることができる。この様にして得られた多能性幹細胞を、以下、本発明により調製された多能性幹細胞と呼ぶ。
多能性幹細胞の回収法としては、多能性幹細胞の一般的な継代培養法において用いられる、公知の酵素消化による方法が挙げられる。その具体例としては、多能性幹細胞を培養している培養容器から培地を除き、PBSを用いて数回、好ましくは2〜3回洗浄し、適当なタンパク質分解酵素を含む溶液(例えば、トリプシンやディスパーゼ等のタンパク質分解酵素を含む溶液)を加え、37℃で適当時間、好ましくは1〜20分間、より好ましくは3〜10分間程度培養した後、上記のES細胞培養用培地等の適当な溶液に懸濁し、単一細胞状態とする方法が挙げられる。また、酵素を用いない方法も使用することができ、例えば、多能性幹細胞を培養している培養容器から培地を除き、PBSを用いて数回、好ましくは2〜3回洗浄した後、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)溶液を終濃度0.01〜100mM、好ましくは0.1〜50mM、より好ましくは1〜10mMになる様に添加し、37℃で適当時間、好ましくは1〜60分間、好ましくは10〜30分間程度処理して細胞を剥離させ、更にES細胞培養用培地等の適当な溶液に懸濁し、単一細胞状態とする方法が挙げられる。また、EDTAの代わりにエチレングリコールビス(2−アミノエチルエーテル)四酢酸(EGTA)溶液を、同様の方法で用いることもできる。
また、本発明は、本発明により調製された多能性幹細胞から適当な分化誘導処理により作製した分化細胞をも提供する。分化細胞としては、一般的に多能性幹細胞から分化誘導することができる種の細胞であれば、特にこれを限定しない。具体的には、外胚葉細胞または外胚葉由来の細胞、中胚葉細胞または中胚葉由来の細胞、内胚葉細胞または内胚葉由来の細胞等が挙げられる。
外胚葉由来の細胞とは、神経組織、松果体、副腎髄質、色素体および表皮組織といった組織・器官を構成する細胞であるが、これらに限定されない。中胚葉由来の細胞とは、筋組織、結合組織、骨組織、軟骨組織、心臓組織、血管組織、血液組織、真皮組織、泌尿器および生殖器といった組織・器官を構成する細胞であるが、これらに限定されない。内胚葉由来の細胞とは、消化管、呼吸器、胸腺、甲状腺、副甲状腺、膀胱、中耳、肝臓および膵臓といった組織・器官を構成する細胞であるが、これらに限定されない。
本発明により調製された多能性幹細胞、及び/又は当該細胞から作製した分化細胞は、各種生理活性物質(例えば、薬物)や機能未知の新規遺伝子産物などの薬理評価や活性評価に有用である。例えば、多能性幹細胞や種々の分化細胞の機能調節に関する物質や薬剤、及び/又は多能性幹細胞や種々の分化細胞に対して毒性や障害性を有する物質や薬剤のスクリーニングに利用することができる。特に現状では、ヒト細胞を用いたスクリーニング法はほとんど確立しておらず、本発明により調製された多能性幹細胞に由来する各種分化細胞は、当該スクリーニング法を実施するための有用な細胞ソースとなる。
さらに、本発明は、本発明で開示された方法により調製された多能性幹細胞を用いてキメラ胚またはキメラ動物を作製する方法、及び作製したキメラ胚またはキメラ動物をも提供する。キメラ胚またはキメラ動物を作製する方法は、既に標準的なプロトコールが確立されており、例えば、Manipulating the Mouse Embryo:A laboratory manual(Hogan et al.編、Cold Spring Harbor Laboratory Press,1994)等を参照することにより、容易に実施することができるが、特にこれを限定しない。
実施例1:リコンビナントE−カドヘリン・タンパク質の調製
マウスE−カドヘリンの細胞外領域と、IgGのFc部分(IgG/Fc)の融合タンパク質(以下、E−cad−Fcと称する)を発現するベクターの構築並びに当該タンパク質の産生及びその精製法は、発明者らが報告した方法(Nagaoka et al.,Biotechnol.Lett.24:1857,2002(非特許文献6);Protein Eng.16:243,2003(非特許文献7))に準じている。まず、マウスE−カドヘリンの全長を含むcDNA(理化学研究所ジーンバンクより分譲;RDB No.1184)を鋳型として、E−カドヘリンcDNAの細胞外ドメイン(E−cad−ECD)をコードするDNA断片(アミノ酸残基番号1〜699に相当)を増幅した。マウスIgG/FcをコードするDNA断片は、マウスIgG1を発現するハイブリドーマからmRNAを調製し、Reverse Transcriptaseにより逆転写を行って作製したcDNAから単離した。両DNA断片とも塩基配列を確認した後、発現ベクターpRC−CMV(Invitrogen社)に組み込み、E−cad−ECD及びIgG/Fc配列を含む発現ベクター、pRC−E−cad−Fcを構築した。
E−cad−Fcタンパク質を産生するために、CHO−K1細胞(理科学研究所〔筑波〕より入手)を用いた。直鎖化したpRC−E−cad−Fc(1.0μg)を5.0μLのLIPOFECTAMINE(登録商標)試薬(Invitrogen社)と混合し、製品添付書記載の推奨プロトコールの方法に従い、CHO−K1細胞に遺伝子導入を行った。引き続き、E−cad−Fcタンパク質を恒常的かつ大量に産生する細胞クローンを得るため、遺伝子導入の2日後に細胞を回収し、96ウェル・プレート(IWAKI)に1ウェル当たり0.2個の細胞が入る様に播種した。400μg/mLのG418(Invitrogen社)を添加したRPMI 1640培地で7日間培養した後、生存している細胞が存在するウェルから培養上清を回収し、培養上清中のE−cad−Fcタンパク質量を測定した。この様にして最もE−cad−Fcタンパク質産生量の高い細胞クローン(4G7株)を単離し、以後の実験に使用した。これらの細胞は、無血清培地(CHO−S−SFM II;Invitrogen社)に馴化させた後、スピナーフラスコを用いた大量培養を行い、培養上清を回収した。
培養上清は、0.45μmのメンブレンフィルターで濾過した後、ポアサイズ100kDaの限外濾過膜(YM100;Amicon社)および攪拌式セル(amicon 8200;amicon社)を用いて濃縮した。この濃縮液を20mMのリン酸緩衝液(pH7.2)で透析した後、常法により、Protein Aカラム(Amersham Biosciences社)を用いて精製したものを以下の実験に使用した。
実施例2:E−cad−FcプレートへのES細胞の接着
E−cad−Fcタンパク質をコーティングした細胞培養用プレート(以下、E−cad−Fcプレート)へのES細胞の接着性を検討した。E−cad−Fcタンパク質のPBS希釈溶液を各種サイズの無処理ポリスチレン製培養プレートに注ぎ、37℃で一晩、コーティング処理をした。洗浄後、細胞の非特異的接着を抑えるため、細胞を播種する前に、0.1%BSA溶液で1〜2時間のブロッキング処理を行った。なお、コントロールとして、BSA(0.1%)やゼラチン(0.1%)、I型コラーゲン(0.01%;KOKEN社)、フィブロネクチン(5.0μg/mL;KOKEN社)でコーティングしたプレートを使用した。
ES細胞株としては、EB3細胞(丹羽仁史博士〔理科学研究所〕より恵与)、R1細胞(Nagy et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA 90:8424,1993)、及び129SV細胞(大日本製薬株式会社より購入)を用いたが、総じてES細胞種の違いによる実験結果の相違はみられなかった。これらのES細胞は、10%FBS、0.1mM MEM非必須アミノ酸液、2mM L−グルタミン、及び0.1mM 2−メルカプトエタノールを含むKnockout−DMEM(Invitrogen社)培地(以下、ESMと称する)に1000U/mLのLIF(ESGRO;Chemicon社)を添加したものを用い、Manipulating the Mouse Embryo:A Laboratory Manual(Hogan et al.編、Cold Spring Harbor Laboratory Press,1994);Embryonic Stem Cells:Methods and Protocols(Turksen編、Humana Press,2002)等に記載の方法に従い、未分化な形質を保ちながら継代培養したものを実験に供した。以下、この条件で継代培養したES細胞を、通常の培養条件下で継代培養したES細胞と称する。
通常の培養条件下で継代培養したES細胞を無血清培地で2回洗浄後、1mM EDTAを含む0.25%トリプシン溶液で処理して単一細胞状態にし、ESMに懸濁した。以下、特に明示しない限り、ES細胞をプレートから剥離し、継代培養その他の実験に使用する際は、当該条件を用いた。精製したE−cad−Fcタンパク質を上記の方法で、無処理96ウェル・プレート(IWAKI社)にコーティングし、その上に3.0×105細胞/mLに調製した細胞懸濁液を100μLずつ播種し、4時間培養した。無血清培地で洗浄後、10%のAlamarBlue(Biosource International社)を含む培地と交換し、4時間反応させた後に吸光度を測定し、生細胞数の指標とした。
結果を図1に示す。ES細胞は一般的な線維芽細胞や上皮系細胞と比べて接着力が強くなく、無処理又はBSAでコーティングしたポリスチレン製プレートにはほとんど接着できず、培地中で細胞凝集塊を形成してしまうが、培養プレートをゼラチンやコラーゲン、フィブロネクチン等で前処理しておくと、通常の細胞培養用プレートに播種した時と同様に接着することができる。E−cad−Fcの濃度を変えてコーティングしたプレートを用いてES細胞の接着性を検討したところ、5.0μg/mL以上の濃度条件で、R1細胞株及びEB3細胞株ともに良好な接着性を示した。なお、ES細胞は無血清条件下でもE−cad−Fcプレートへ接着することが可能であり、当該プレートへの接着は、血清中の接着分子、例えばフィブロネクチン等を介したものではないことが明らかである。
E−カドヘリンを介した結合はCa2+依存性であることが知られている(Mareel et al.,Int.J.Dev.Biol.37:227,1993;Takeichi、Curr.Opin.Cell Biol.7:619,1995;Marrs & Nelson、Int.Rev.Cytol.165:159,1996)。E−cad−FcプレートへのES細胞の接着性に及ぼすキレート剤添加の影響を調べるため、上記と同様にE−cad−Fcプレート上で4時間培養したES細胞を、終濃度5mMのエチレンジアミン四酢酸(EDTA)又はエチレングリコールビス(2−アミノエチルエーテル)四酢酸(EGTA)溶液で30分間処理し、細胞をPBSで洗浄した後、上記と同様にAlamarBlueによる細胞数の測定を行なった。金属イオンに対する選択性が低いEDTAで処理した場合、E−cad−Fc及びフィブロネクチンに対するES細胞の接着をどちらとも解離したが、Ca2+選択性の高いEGTAで処理した場合、フィブロネクチンに対する結合は阻害されず、E−カドヘリンに対する結合のみが特異的に解離された。また、EGTA処理の際に5mMのMg2+を添加してもその効果は抑制されなかった。以上の結果から、E−cad−FcプレートへのES細胞の接着は、ES細胞の表面上に存在するE−カドヘリン分子と、E−cad−Fcプレート固相表面に固定されたE−カドヘリン分子との相互作用であることが示唆された。
次に、通常の培養条件下で継代培養したES細胞を、E−cad−Fcプレート又は他の基質でコーティングした24ウェル・プレート(IWAKI社)に播種し、培養を行なった。一般にES細胞は、フィーダー細胞上又は細胞培養用の通常プレート上では堅固な、盛り上がった状態のコロニーを形成することが知られている。今回、無処理ポリスチレン製培養プレートにゼラチンやI型コラーゲン、フィブロネクチンをコーティングしたプレートの場合も、ES細胞は同様に明瞭な、堅固なコロニーを形成した(図2参照)。ところが、特筆すべきことに、E−cad−Fcプレートに播種したES細胞は、EB3細胞株とR1細胞株の両者とも、播種して2、3日後においても明暸なコロニーをほとんど形成せず、1つ1つの細胞が分散して増えている状態が観察された。
実施例3:E−cad−Fcプレートを用いたES細胞の培養
E−cad−Fcプレート上におけるES細胞の増殖能を検討するため、通常の培養条件下で継代培養したES細胞を回収し、500個のES細胞をE−cad−Fcプレート又はゼラチン・プレート(96ウェル・プレート)に播種し、3日間乃至4日間培養した。細胞を無血清培地で洗浄した後、上記と同様にAlamarBlueによる細胞数の測定を行なった。その結果、培養3日目において、ゼラチン・プレートで培養したES細胞に対し、E−cad−Fcプレートで培養したES細胞の数は、EB3細胞株とR1細胞株の両者とも、有意に多かった(図3A参照)。また、培養4日目には両ES細胞株とも、E−cad−Fcプレート群の細胞数は約2倍程度多かった。更に、同様の継代培養を4回行なった後にES細胞を回収し、その数を計測したところ、通常のゼラチン・プレートで培養したものに比べ、E−cad−Fcプレートで培養したES細胞の数は3〜5倍以上多かった。ES細胞を播種した直後の接着率は両プレート間で差はなく、E−cad−Fcプレートで培養したES細胞の方が高い増殖能及び生存能を有していることが示唆される。なお、上記と同様の実験をF9細胞で行った場合、E−cad−Fcプレート培養群と通常プレート培養群の細胞増殖能に差異は認められなかった。
引き続き、5−ブロモ−2’−デオキシウリジン(5−Bromo−2’−deoxyuridine;BrdU)の取り込みを指標にES細胞のDNA合成能を検討した。上記条件下で3日間培養したES細胞をBrdU(10μM)で30分間標識した後に単一細胞として回収し、96ウェル・プレートに再播種した。4時間後、付着したES細胞をFixDenat溶液(Roche Applied Science社)で固定し、PBSで洗浄後、抗BrdU抗体(BMG 6H8;Roche Applied Science社)(100倍希釈)と反応させた後、シアノーゲン3(Cy3)標識抗体(Jackson Immunoresearch Laboratory社)(1:1000希釈)を用いて染色した。また、細胞核は4’,6−diamidino−2−phenylindole(DAPI)溶液(0.1μg/mL)で染色した。これらの抗体や色素による染色像を、ArrayScanTMシステム(Cellomics社)下にて観察した。その結果、E−cad−Fcプレート培養群は通常プレート培養群よりも有意に高いBrdU取り込み率を示した(図3B参照)。
一般的に、ES細胞は密集し、コロニーを形成した状態では自発的に分化が進むことが知られている。そのため、本検討で用いた3種のマウスES細胞の場合、通常のプレートで培養する際は、2日又は3日ごとに継代をしないと、コロニーが過度な大きさに成長し、形態の異なる、分化型の細胞が出現する。一方、E−cad−Fcプレートで培養した場合は、最初の播種数を少なくすることにより、5日〜7日間に一度程度の継代で十分となり、この様な培養条件下においても、コロニーの過形成や分化細胞の出現は認められなかった。そこで、E−cad−Fcプレート上で培養したES細胞が未分化状態を維持しているか、また、複数回の継代培養を経ても、ES細胞の分散状態及び未分化状態が維持されるのかを確認するため、当該プレート上で数回の継代を行い、その後のES細胞の特性を調べた。
まず、ES細胞の分化状態を確認するため、未分化なES細胞の指標であるALP活性及びOct−3/4タンパク質の発現を検討した。ALP活性の検出は、Sigma Diagnostics Alkaline phosphataseキット(シグマ社)を用いて行なった。培養したES細胞(EB3細胞株とR1細胞株)をPBSで洗浄した後、66%アセトン/3%ホルマリンを含むクエン酸溶液で固定し、PBSで洗浄後、上記キットに付属するnaphthol AS−BI phosphate alkaline染色液で15分間処理し、発色反応を行った(図4A参照)。
Oct−3/4タンパク質の発現は免疫染色法を用いて調べた。すなわち、培養したES細胞を8%ホルムアルデヒド(Wako Pure Chemical社)で固定し、PBSで洗浄後、抗Oct−3/4抗体(品番;Santa Cruz社)(1:200希釈)と反応させた後、Alexa Fluor標識抗体(Alexa−488;Molecular Probes社)(1:1000希釈)を用いて染色した。また、細胞核はDAPI溶液(0.1μg/mL)で染色した。これらの抗体や色素による染色像を、蛍光顕微鏡下にて観察した(図4B参照)。
その結果、E−cad−Fcプレートで14日間培養したES細胞では、対照群として用いたゼラチンでコーティングしたプレート(以下、ゼラチン・プレート)で培養したES細胞と同様、高いALP活性(図4A参照)及びOct−3/4タンパク質の発現(図4B参照)を確認することができた。
次に、未分化なES細胞のマーカーとなるOct−3/4、及びRex−1/Zfp42遺伝子の発現を調べた。E−cad−Fcプレート若しくはゼラチン・プレートで14日間培養したES細胞を回収し、1mLのTRIZOL(Invitrogen社)を使用して全RNAを調製した。続いて、常法に従い、M−MLV逆転写酵素(Invitrogen社)を用いてcDNAを合成し、これを鋳型として以下のプライマーを用いたポリメラーゼ連鎖反応(Polymerase Chain Reaction;PCR)により各種遺伝子断片の増幅を行なった。
Oct−3/4〔増幅サイズ:528bp〕
5’−プライマー:5’−GAAGTTGGAGAAGGTGGAACC−3’(配列番号3)
3’−プライマー:5’−GCCTCATACTCTTCTCGTTGG−3’(配列番号4)
Rex−1〔増幅サイズ:930bp〕
5’−プライマー:5’−AAAGTGAGATTAGCCCCGAG−3’(配列番号5)
3’−プライマー:5’−TCCCATCCCCTTCAATAGCA−3’(配列番号6)
Nanog〔増幅サイズ:710bp〕
5’−プライマー:5’−GAGGAAGCATCGAATTCTGG−3’(配列番号7)
3’−プライマー:5’−AAGTTATGGAGCGGAGCAGC−3’(配列番号8)
GAPDH(glyceraldehyde−3−phosphate dehydrogenase)〔増幅サイズ:858bp〕
5’−プライマー:5’−GGAAGCTTGTCATCAACGG−3’(配列番号9)
3’−プライマー:5’−CTCTTGCTCAGTGTCCTTGC−3’(配列番号10)
耐熱性DNAポリメラーゼとしてTaKaRa Taq(TAKARA社)を使用し、TaKaRa PCR Thermal Cycler MP(TaKaRa社)を用いて行った。まずcDNAを含むPCR反応液を94℃で加熱した後、94℃:30秒→59℃:30秒→72℃:60秒の加熱サイクルを22回繰り返し、最後に72℃で5分加熱した後、4℃で冷却した。PCR産物を1.5%アガロースゲルで電気泳動し、SYBR Green I(TAKARA社)で染色し、Typhoon 8600(Amersham Biosciences社)で検出した。
結果を図5に示す。通常のゼラチン・プレートで培養したES細胞は、LIF存在下で、Oct−3/4及びRex−1、Nanogの強い発現が認められ、LIF非存在下ではその発現が有意に減少した。E−cad−Fcプレートで培養したES細胞でも同様であり、LIF存在下ではOct−3/4及びRex−1、Nanogを強く発現していることが示された。なお、同じサンプルを用いて神経系細胞や中胚葉系細胞、内胚葉系細胞の指標となる分化マーカー遺伝子、例えば、NeuroD3やSox−1、T/Brachyury、Flk−1、hemoglobin、α−fetoprotein、transthyretin等の発現も同様に調べてみたが、LIF存在下では、ゼラチン・プレート及びE−cad−Fcプレートで培養したES細胞のどちらにおいても、分化マーカー遺伝子の発現は認められなかった。図4A、図4B、及び図5の結果から分かるように、E−cad−Fcプレートで培養したES細胞は、コロニーを形成せず、通常の培養時と異なる形態を呈しながら増殖するが、その未分化状態が保持されていることが確認された。
続いて、E−cad−Fcプレートで培養したES細胞のLIFに対する反応性が変化するか否かを検討した。通常のゼラチン・プレート、及びE−cad−Fcプレートで継代したES細胞を、0〜1000U/mLのLIF濃度下で5日間、継代をせずに培養し、その後、両群の細胞ともゼラチン・プレートに播き直して、さらに3日間培養した(LIF濃度は培養期間中一定)。プレート上に形成されたES細胞コロニーのALP活性を、上記と同様の方法で検出し、未分化状態に維持されているコロニーの割合を計測した。コロニー中、80%以上の細胞にALP活性が認められるコロニーを「未分化型」と判定した。
ゼラチン・プレートで培養したES細胞は、最初の5日間の培養が終わった時点で、過大なコロニーを形成していたが、この時点では明瞭に分化型細胞と判断し得る細胞は観察されなかった。E−cad−Fcプレートで培養したES細胞は、上記実験と同様、コロニーを形成せずに増殖し、分散した状態を維持した。再播種後、通常プレートで培養したES細胞は、1000U/mLのLIF濃度を添加した群ではほとんどのコロニーがALP活性を維持していたが、処理したLIF濃度が低くなるのに伴い、未分化型コロニーの割合も低くなった(図6参照)。一方、前もってE−cad−Fcプレートで培養したES細胞は、100U/mLのLIF濃度でもほとんどのコロニーが未分化型の性質を維持することができた。その際、LIF濃度の低下に伴う増殖能の抑制は認められなかった。この結果、E−cad−Fcプレートを用いて培養することにより、LIF等、ES細胞の培養に必要な添加因子の量を、従来法の場合より低減させ得ることが示唆された。
続いて、ES細胞をフィーダー非依存性に馴化させる際に、E−cad−Fcプレートを利用することができるかどうかを検討した。一般に、ES/EG細胞はフィーダー細胞との共培養により継代・維持されているが、このフィーダー依存的な培養状態をフィーダー非依存的な状態に馴化させることができる。しかし、その場合にはES細胞を高密度で、しかも高濃度のLIF(通常の約5〜10倍量)を添加した培地中で継代培養を繰り返す必要がある。例えば、フィーダー依存的な状態で継代培養されたES細胞(R1株)をフィーダー非依存的な状態に馴化させるためには、5.0 x 104細胞/cm2程度の細胞密度で播種し、1 x 104U/mLのLIFを添加する必要がある。しかしながら、500細胞/cm2の細胞密度でES細胞をE−cad−Fcプレートに播種し、1 x 103U/mLのLIFを添加したESMで継代培養を行なったところ、従来法と同様、ES細胞をフィーダー非依存的な状態に馴化することができた。この様にして調製したES細胞は、その未分化性及び分化多能性を十分に保持していることも確認できた。
実施例4:E−cad−Fcプレートで培養したES細胞の分化能の検討
E−cad−Fcプレートで複数回の継代培養を行なったES細胞が、その分化多能性を有していることの確認を行なった。まず、当該ES細胞をLIF非存在下で浮遊培養して胚様体(Embryoid Body:EB)を形成させ、その自発的な分化の進行を、分化マーカー遺伝子の発現を指標に検討した。具体的には、ES細胞からEBを形成させるため、E−cad−Fcプレートで3回以上継代したES細胞を回収して、単一細胞状態にし、引き続き、LIF非添加のESM 15μL中に500個の細胞を含む液滴を作製して懸滴(hanging−drop)培養を行った。懸滴中に形成されたEBは経時的に回収し、上記の方法と同様にRNAの調製、並びにcDNAの合成を行なった。このcDNAを鋳型とし、以下のプライマーを用いてRT−PCR反応を行い、各種マーカー遺伝子断片の増幅を行なった。
NeuroD3〔増幅サイズ:405bp〕
5’−プライマー:5’−CATCTCTGATCTCGACTGC−3’(配列番号11)
3’−プライマー:5’−CCAGATGTAGTTGTAGGCG−3’(配列番号12)
Sox−1〔増幅サイズ:407bp〕
5’−プライマー:5’−GCACACAGCGTTTTCTCGG−3’(配列番号13)
3’−プライマー:5’−ACATCCGACTCCTCTTCCC−3’(配列番号14)
T/Brachyury〔増幅サイズ:528bp〕
5’−プライマー:5’−TCCAGGTGCTATATATTGCC−3’(配列番号15)
3’−プライマー:5’−TGCTGCCTGTGAGTCACAAC−3’(配列番号16)
Flk−1〔増幅サイズ:398bp〕
5’−プライマー:5’−TAGGTGCCTCCCCATACCCTGG−3’(配列番号17)
3’−プライマー:5’−TGGCCGGCTCTTTCGCTTACTG−3’(配列番号18)
hemoglobin〔増幅サイズ:415bp〕
5’−プライマー:5’−AACCCTCAATGGCCTGTGG−3’(配列番号19)
3’−プライマー:5’−TCAGTGGTACTTGTGGGACAGC−3’(配列番号20)
α−fetoprotein〔増幅サイズ:997bp〕
5’−プライマー:5’−TGCTCAGTACGACAAGGTCG−3’(配列番号21)
3’−プライマー:5’−ACTGGTGATGCATAGCCTCC−3’(配列番号22)
transthyretin〔増幅サイズ:440bp〕
5’−プライマー:5’−AGTCCTGGATGCTGTCCGAG−3’(配列番号23)
3’−プライマー:5’−TCAGAGGTCGGGCAGCCCAGC−3’(配列番号24)
結果を図7に示す。通常のゼラチン・プレートで培養したES細胞では、LIFを培地中から除きEBの自発的分化を誘導したところ、外胚葉(NeuroD3、Sox−1)、中胚葉(T/Brachyury、Flk−1、hemoglobin)、及び内胚葉(α−fetoprotein、transthyretin)のすべての胚葉特異的マーカー遺伝子の発現がみられた。一方、E−cad−Fcプレートで培養したES細胞の場合も、すべての胚葉マーカーの遺伝子発現が、ゼラチン・プレート群とほぼ同様の強さで確認できた。
引き続き、当該ES細胞の神経細胞及び心筋細胞への分化能を検討した。ES細胞を、培養プレート上に前もって播種したストローマ系細胞をフィーダー細胞として共培養することにより、神経細胞及び/又は心筋細胞への分化を誘導できることが報告されている(Yamane et al.,Methods Mol.Biol.184:261,2002;Schroeder et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA 100:4018,2003)。そこで、ES細胞の神経細胞への分化能を、PA6細胞を用いた分化系で、心筋細胞への分化能を、ST2細胞を用いた系で調べた。PA6細胞又はST2細胞(両細胞とも理研・細胞バンクから購入)を細胞培養用6ウェル・プレート(CORNING社)に播種し、DMEM(Invitrogen社)に10%のFBSを添加した培地を用いてコンフルエント状態にまで培養したものをフィーダー細胞として使用した。引き続き、単一細胞状態にしたES細胞の懸濁液を調製し、フィーダー細胞をPBSで2回洗浄後、各ウェルに2000細胞ずつ播種した。翌日、培養液を神経分化系(PA6フィーダー)の場合、20% KnockOut Serum Replacement(Invitrogen社)を含むESMに、一方、心筋分化系(ST2フィーダー)の方は10% FBSを含むESMに交換した。培養後12日目に細胞を70%エタノール溶液で固定し、1次抗体として抗Microtubule−Associated Protein−2(MAP−2)抗体(AB5622;Chemicon社)、又は抗サルコメア・ミオシン抗体(MF20;American Type Culture Collection社)を反応させ、引き続きHorseradish Peroxidase標識2次抗体(ヒストファイン シンプルステインP0(R)又はP0(M);ニチレイ社)と順次反応させ、最後にACE(3−amino−9−ethylcarbazole)基質液(ニチレイ社)を用いた呈色反応を行った後、光学顕微鏡下にて観察を行った。結果を図8に示す。
この培養条件において、通常のゼラチン・プレートで培養したES細胞をPA6細胞上に播種した場合、培養開始後数日以内に肉眼で観察できる大きさのコロニーを形成し、培養7日目前後から明暸な神経突起様の構造を呈した分化細胞へと形態的変化を示した。この細胞は神経細胞マーカーであるMAP−2強陽性であり、ES細胞が神経細胞へ分化したことがわかる。また、ST2細胞上に播種したES細胞は、培養12日目前後から自立的拍動を呈する細胞コロニーを形成し、当該細胞コロニーは心筋細胞マーカーであるサルコメア・ミオシン強陽性であることから、ES細胞が心筋細胞へ分化したことが明らかであった。E−cad−Fcプレートで培養したES細胞を用いた場合も、コントロール群と同様に神経細胞及び心筋細胞への分化を確認することができた。以上の実験結果より、E−cad−Fcプレートで培養したES細胞が、in vitroにおける分化多能性を保持していることが証明された。
さらに、当該ES細胞のテラトーマ(teratoma:奇形腫)形成能を検討した。テラトーマは、ES細胞をマウス等の動物の体内に移植した場合に生じる、内胚葉、中胚葉、外胚葉の三胚葉に由来する胎児性組織および成熟性組織を含む腫瘍であり、テラトーマ形成能はES細胞の分化多能性を示す指標の1つとして用いられる。
ES細胞(EB3株)を、ゼラチン・プレート及びE−cad−Fcプレートに播種し、3日ごとに5回の継代培養を行なった。これらのES細胞を、常法によりBalb/c系ヌードマウスの精巣(約200個ずつ)に注入したところ、60日後にはES細胞を移植した全ての精巣においてテラトーマの形成が認められ、ゼラチン・プレート培養群とE−cad−Fcプレート培養群において、腫瘍サイズの差異は認められなかった。また、常法に基き組織切片を作製し、その組織像を観察したところ、両群のテラトーマの中には、表皮様組織や各種神経マーカー(βIII−チューブリン、GFAP、ニューロフィラメントM、GAP−43)陽性の神経細胞といった外胚葉性組織/細胞、骨や軟骨、骨格筋様組織等の中胚葉性組織/細胞、腸管や気管支上皮様組織等の内胚葉性組織/細胞の形成が観察され、E−cad−Fcプレートで培養したES細胞が、テラトーマ形成能を維持していることが確認できた。
実施例5:E−cad−Fcプレートで培養したES細胞のキメラ形成能の検討
E−cad−Fcプレートで複数回の継代培養を行なったES細胞がキメラ形成能を保持していることの確認を行なった。同一ロット細胞においてキメラ形成能が確認されている凍結ストックから起こしたES細胞(EB3細胞株)を、ゼラチン・プレート及びE−cad−Fcプレートに播種し、3日ごとに5回の継代培養を行なった。これらのES細胞を、常法によりC57BL/6系マウスの胚盤胞(約100個ずつ)へ注入し、偽妊娠ICRマウス(8−10週齢)の子宮に移植し、出産させた。本来、C57BL/6マウスの毛色は黒であるが、得られた産仔中、体の一部(5〜80%)にES細胞に由来する野ネズミ(agouti)色の毛を有する個体が存在しており、この様なキメラマウスが、ゼラチン・プレート培養したES細胞からは計4匹、E−cad−Fcプレート培養したES細胞からは計7匹得られた。
引き続き、このキメラマウスを正常なICR系マウスと交配して仔マウスを出産させ、ES細胞に由来する毛色が次世代に伝達することを確認した。E−cad−Fcプレート培養したES細胞の移植により作製されたキメラマウス雄2匹からそれぞれ14匹、17匹の産仔を得たところ、ホスト胚盤胞として用いたC57BL/6マウスに由来する毛色を呈する個体の中に、ES細胞に由来する毛色を呈する個体が各5匹及び6匹得られた。これらの個体がES細胞に由来する遺伝形質を有していることは、系統特異的なマイクロサテライト・マーカーによる解析からも確認することができた(図9)。即ち、各仔個体から、常法に基きゲノムDNAを回収し、ES細胞が由来する129系マウスと、キメラマウス作製及び交配に用いたC57BL/6系マウスの遺伝子の差異を認識することができるD4Mit72、D4Mit116、D7Mit276、D10Mit186の4種のマイクロサテライト・マーカーの検出を行った。その結果、毛色からES細胞の遺伝的寄与がないと予想された個体(図中、#1〜4)では、すべてのマイクロサテライト・マーカーにおいて、C57BL/6系マウスと同じパターンが見られた。一方、毛色からES細胞の遺伝的寄与があると予想された個体(図中、#5〜8)では、C57BL/6系マウスのパターンと、ES細胞に特異的なパターンの両方が共に認められ、これらの個体ではES細胞の遺伝子が伝達していることが確認できた。
実施例6:E−cad−Fcプレートで培養したES細胞に対する遺伝子導入効率の検討
ゼラチン・プレート及びE−cad−Fc・プレート上で3日間培養したES細胞に、GFP発現ベクターであるpEGFP−N2(Clontech社)を、常法に基きLipofectamine 2000(Invitrogen社)を用いて導入した。1日後に単一細胞として回収し、96ウェル・プレートに再播種した。その4時間後、付着したES細胞を8%ホルマリン溶液で10分間固定し、さらに0.2% Triton X−100/PBS溶液、Image−iT FX signal enhancer(Invitrogen社)で処理した。PBSで洗浄後、抗GFPモノクローナル抗体(Nacalai Tesque社)と反応させた後、Alexa Fluor 546標識抗ラットIgG抗体を用いて染色した。細胞核はDAPI溶液(0.1μg/mL)で染色した。これらの抗体や色素による染色像を、ArrayScanTMシステム(Cellomics社)下にて観察した。その結果、E−cad−Fcプレート培養群では、通常プレート培養群よりも有意に高いGFPの発現が認められ、E−cad−Fcプレートで培養したES細胞は、通常の培養法で培養したES細胞と比較して、遺伝子の導入効率及び/又は発現効率が高いことが示された(図10参照)。
実施例7:ヒトE−cad−Fcタンパク質の調製とその有用性の検討
ヒトE−カドヘリンの細胞外領域とIgG/Fcの融合タンパク質(以下、hE−cad−Fcと称する)を発現するベクターを構築するため、ヒト扁平上皮癌細胞株であるA431細胞由来cDNAを鋳型として、ヒトE−カドヘリンcDNAの細胞外ドメイン(hE−cad−ECD)をコードするDNA断片(アミノ酸残基番号1〜697に相当)を増幅した。塩基配列を確認した後、実施例1記載のIgG/Fc配列を含む発現ベクターに組み込み、pRC−hE−cad−Fcを構築した。当該ベクターを用いたhE−cad−Fcの作製及び精製は、実施例1記載の方法に基づいて行った。
hE−cad−Fcタンパク質をコーティングした細胞培養用プレート(以下、hE−cad−Fcプレート)へのマウスES細胞の接着および増殖性を検討した。hE−cad−Fcプレートの作製法は、上記実施例2記載の方法と同じである。即ち、hE−cad−Fcタンパク質のPBS希釈溶液を無処理ポリスチレン製培養プレートに注ぎ、37℃で一晩、コーティング処理をしたものを、hE−cad−Fcプレートとして使用した。ES細胞(EB3株およびR1株)を当該プレートに播種したところ、マウス型E−cad−Fcタンパク質をコーティングしたプレートを使用した時と同様、強い接着性を示した。また、hE−cad−Fcプレートに播種したES細胞は、播種して2、3日後においても明瞭なコロニーをほとんど形成せず、1つ1つの細胞が分散して、活発に増えている状態が観察された(図11)。ES細胞の未分化性および分化多能性に関しても、マウス型E−cad−Fcプレートを用いて培養した時と同様、維持されていた。
Claims (7)
- 多能性幹細胞の増殖方法において、液体培地と、当該多能性幹細胞と接着性を有するカドヘリン・ファミリーに属する分子を基材固相表面に固定又はコーティングした培養容器とを用いることにより、当該多能性幹細胞を、フィーダー細胞を使用せずに、その未分化性及び分化多能性を保持したまま分散状態で、増殖させることを特徴とする、前記方法。
- 多能性幹細胞の遺伝子導入法において、液体培地と、当該多能性幹細胞と接着性を有するカドヘリン・ファミリーに属する分子を基材固相表面に固定又はコーティングした培養容器とを用いることにより、当該多能性幹細胞を、フィーダー細胞を使用せずに、その未分化性及び分化多能性を保持したまま分散状態で、遺伝子を導入、発現させることを特徴とする、前記方法。
- 前記カドヘリン・ファミリーに属する分子が、E-カドヘリンであるか、又は当該分子と構造的に類似性を有する分子であってE-カドヘリンに係るEC1ドメイン並びにEC2ドメイン、EC3ドメイン、EC4ドメイン及びEC5ドメインのうち1つ以上のドメインを含み、かつ、前記多能性幹細胞と同種親和性の結合能を有する分子である、請求項1又は2に記載の方法。
- 前記E-カドヘリンが哺乳動物由来である、請求項3に記載の方法。
- 前記E-カドヘリンがヒト又はマウス由来である、請求項4に記載の方法。
- 前記多能性幹細胞と接着性を有するカドヘリン・ファミリーに属する分子が、免疫グロブリンのFc領域と融合され、当該Fc領域を介して前記基材固相表面に固定される、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
- 前記多能性幹細胞が、哺乳動物の胚性幹細胞(ES細胞)又は胚性生殖細胞(EG細胞)である、請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法。
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