図1は、本発明の実施例に係る制振制御装置が搭載される車両の概略図である。以下の説明では、車両10の通常の走行時における進行方向を前方とし、進行方向の反対方向を後方として説明する。また、以下の説明におけるばね上振動とは、路面から車両の車輪への入力により、サスペンションを介して車体に発生する振動、例えば、1〜4Hz、さらに言えば1.5Hz近傍の周波数成分の振動をいい、この車両のバネ上振動には、車両のピッチ方向またはバウンス方向(上下方向)の成分が含まれている。また、ばね上制振とは、上記車両のばね上振動を抑制するものである。
図1に示す車両10は、実施例に係る制振制御装置1を備えており、この車両10は、内燃機関であるエンジン22が動力源として車両10の進行方向における前側部分に搭載され、エンジン22の動力によって走行可能になっている。車両10の動力源として設けられるエンジン22は、軽油を燃料とするレシプロ式の圧縮点火内燃機関であるディーゼルエンジンとなっている。この動力源であるエンジン22にはトルクコンバータ24を介して自動変速機26が接続されており、エンジン22が発生した動力は、トルクコンバータ24を介して自動変速機26に伝達される。この自動変速機26は、それぞれ変速比が異なる複数のギア段を切り替え可能な変速機として設けられており、ギア段を切り替えることにより、エンジン22から伝達された動力を変速することができる。なお、自動変速機26は、CVT(Continuously Variable Transmission)などの無段の変速機であってもよく、また、変速機は運転者が手動で変速をする手動変速機であってもよい。
自動変速機26で変速した動力はプロペラシャフト27、差動歯車装置28、ドライブシャフト29を介して、車両10が有する車輪12のうち駆動輪として設けられる左右の後輪12RL、12RRへ駆動力として伝達されることにより、車両10は走行可能になっている。これらのように、エンジン22、トルクコンバータ24、自動変速機26、差動歯車装置28等、駆動輪である後輪12RL、12RRに駆動力を伝達可能な装置は、駆動装置20として設けられている。この駆動装置20は、車両10の運転席に設けられるアクセルペダル14の踏み込みに応じて作動し、後輪12RL、12RRに伝達する駆動力を発生可能に設けられている。
車両10が有する車輪12のうち後輪12RL、12RRは駆動輪として設けられるのに対し、左右の前輪12FL、12FRは車両10の操舵輪として設けられている。操舵輪である前輪12FL、12FRは、ステアリング装置(図示省略)に接続されており、車両10の運転席に配設されるハンドル(図示省略)によって操舵可能に設けられている。また、車両10には、各車輪12に制動力を発生させる制動装置(図示省略)が設けられている。
このように、実施例に係る制振制御装置1を備える車両10は、エンジン22が車両10の進行方向における前側部分に搭載され、後輪12RL、12RRに駆動力が伝達される、いわゆるFR(Front engine Rear drive)の駆動形式となっているが、車両10の駆動形式はFR以外でもよい。車両10の駆動形式は、例えば、エンジン22が車両10の進行方向における前側部分に搭載され、前輪12FL、12FRに駆動力が伝達される、いわゆるFF(Front engine Front drive)の駆動形式や、前輪12FL、12FRと後輪12RL、12RRとの双方に駆動力が伝達される四輪駆動車両などであってもよい。
また、駆動装置20は、動力源としてディーゼルエンジンを用いているが、動力源はディーゼルエンジン以外のものであってもよく、駆動装置20が有する動力源は、ガソリンを燃料とするレシプロ式の火花点火内燃機関である、いわゆるガソリンエンジンでもよい。また、駆動装置20は、動力源として内燃機関以外を使用してもよく、駆動源として電動機を用いる電気式の駆動装置20や、エンジン22と電動機との双方を用いるハイブリッド式の駆動装置であってもよい。
これらのように設けられる駆動装置20は、車両10に搭載される電子制御装置50に接続されており、駆動装置20の作動は、電子制御装置50により制御される。電子制御装置50は、通常の形式の、双方向コモン・バスにより相互に連結されたCPU(Central Processing Unit)、ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)及び入出力ポート装置を有するマイクロコンピュータ及び駆動回路を含んでいてよい。電子制御装置50には、各車輪12の近傍に設けられる車輪速センサ30i(i=FL、FR、RL、RR)からの車輪速Vwi(i=FL、FR、RL、RR)を表す信号と、車両の各部に設けられたセンサからのエンジン22の回転速Er、自動変速機26の回転速Dr、アクセルペダル踏込量θa等の信号が入力される。なお、電子制御装置50には、これらの信号以外に、車両10の走行時において実行されるべき各種制御に必要な種々のパラメータを得るための各種検出信号が入力される。
図2は、図1に示す電子制御装置の構成概略図である。電子制御装置50は、図2に示すように、駆動装置20の作動を制御する駆動制御装置50aと、制動装置の作動を制御する制動制御装置50bとを有している。このうち、駆動制御装置50aには、運転者の要求する駆動装置20の目標出力トルクである運転者要求トルクを演算する運転者要求トルク演算部51と、車体11(図3参照)のピッチ方向またはバウンス方向の振動を含む振動であるばね上振動を抑制可能な制御量である補償量を演算する補償量演算部52と、制振制御に異常があるか否かの判定を行う異常判定部53と、駆動装置20に対して制振制御を行う際の制御指示を複数の種類の制御指示により出力する出力部である出力処理部54と、が設けられている。また、制動制御装置50bには、車輪速センサ30FR、FL、RR、RLでの検出値より車輪速を演算する車輪速演算部55が設けられている。
このように設けられる駆動制御装置50aと制動制御装置50bとのうち、制動制御装置50bには、各車輪12の近傍に設けられる車輪速センサ30FR、FL、RR、RLからの、車輪12が所定量回転する毎に逐次的に生成されるパルス形式の電気信号が入力される。制動制御装置50bは、このように逐次的に入力されるパルス信号が伝達される時間間隔を計測することにより車輪12の回転速を算出し、これに車輪12の半径を乗ずることにより、車輪速演算部55で車輪速値を算出する。車輪速値を算出した制動制御装置50bは、後述するように駆動制御装置50aで車輪トルク推定値を算出するために、駆動制御装置50aに送信する。なお、車輪回転速から車輪速への演算は、駆動制御装置50aで行ってもよい。その場合、車輪回転速が制動制御装置50bから駆動制御装置50aに伝達される。
駆動制御装置50aでは、運転者からの駆動要求が、アクセルペダル踏込量θaに基づいて運転者の要求する駆動装置20の目標出力トルク(運転者要求トルク)として決定される。ここで、この駆動制御装置50aでは、駆動力を制御することによる車体11のピッチやバウンスを抑制する制御、つまり、ばね上振動を抑制する制御である制振制御を実行するべく、運転者要求トルクが修正され、その修正された要求トルクに対応する制御指令が駆動装置20へ与えられる。かかる制振制御においては、(1)駆動輪において路面との間に作用する力による駆動輪の車輪トルク推定値の算出、(2)車体振動の運動モデルによるばね上振動状態量の演算、(3)ばね上振動状態量を抑制する車輪トルクの修正量の算出と、これに基づく要求トルクの修正が実行される。(1)の車輪トルク推定値は、制動制御装置50bから受信した駆動輪の車輪速値(または、駆動輪の車輪回転速)に基づいて算出される。
図3は、車体の運動方向の説明図である。次に、車体11の制振制御を行う駆動力制御の構成について説明する。運転者の駆動要求に基づいて駆動装置20が作動して車輪トルクの変動が生ずると、図3に示すように車体11には、車体11の重心Cgの鉛直方向(z方向)の振動であるバウンス振動と、車体11の重心周りのピッチ方向(θ方向)の振動であるピッチ振動が発生し得る。また、車両10の走行中に路面から車輪12上に外力またはトルク(外乱)が作用すると、その外乱が車両10に伝達され、伝達された外乱に起因して、やはり車体11にバウンス方向及びピッチ方向の振動が発生し得る。
そこで、実施例に係る制振制御装置1では、車体11のピッチやバウンスなどのばね上振動の運動モデルを構築し、そのモデルにおいて運転者要求トルク、つまり運転者が要求するトルクを車輪トルクに換算した値と、現在の車輪トルクの推定値とを入力した際の車体11の変位z、θとその変化率dz/dt、dθ/dt、即ち、車体振動の状態変数を算出し、モデルから得られた状態変数が0に収束するように駆動装置20の駆動トルクが調節される。換言すると、ばね上振動が抑制されるように、運転者要求トルクが修正される。
図4は、駆動力制御における制御の構成を示すブロック図である。なお、図4を用いて説明する各制御ブロックの作動は、C0、C3を除き、電子制御装置50の駆動制御装置50aまたは制動制御装置50bのいずれかにより実行される。図4に示すように、実施例に係る制振制御装置1では、運転者の駆動要求を車両10へ与える駆動制御器と、車体11のばね上振動を抑制するよう運転者の駆動要求を修正するための制振制御器とから構成される。駆動制御器においては、運転者の駆動要求、即ち、アクセルペダル14の踏み込み量(C0)が、通常の態様にて、運転者要求トルクに換算された後(C1)、運転者要求トルクが、駆動装置の制御指令に変換され(C2)、駆動装置(C3)へ送信される。この制御指令は、具体的にはディーゼルエンジンの運転時における目標燃料噴射量となっている。なお、この制御指令は、動力源がガソリンエンジンの場合は目標スロットル開度等になり、動力源がモータの場合は目標電流量等になる。制御指令は、駆動装置20の構成によって適宜設定される。
一方、制振制御器は、フィードフォワード制御部分とフィードバック制御部分とから構成される。フィードフォワード制御部分およびフィードバック制御部分は、いわゆる、最適レギュレータの構成を有する。ここでは、下記に説明するように、C1の運転者要求トルクを車輪トルクに換算した値(運転者要求車輪トルクTw0)が車体11のばね上振動の運動モデル部分(C4)に入力され、運動モデル部分(C4)では、入力されたトルクに対する車体の状態変数の応答が算出され、その状態変数を最小に収束する運転者要求車輪トルクの修正量が算出される(C5)。
また、フィードバック制御部分においては、車輪トルク推定器(C6)にて、後述するように車輪トルク推定値Twが算出され、車輪トルク推定値は、FBゲイン(運転モデルにおける運転者要求車輪トルクTw0と車輪トルク推定値Twとの寄与のバランスを調整するためのゲイン)が乗ぜられた後、外乱入力として、運転者要求トルクに加算されて運動モデル部分(C4)へ入力され、これにより、外乱に対する運転者要求車輪トルクの修正分も算出される。C5の運転者要求車輪トルクの修正量は、駆動装置の要求トルクの単位に換算されて、加算器(C1a)に送信され、かくして、運転者要求トルクは、ばね上振動が発生しないように修正された後、制御指令に変換されて(C2)、駆動装置(C3)へ与えられることとなる。
次に、制振制御の原理について説明する。実施例に係る制振制御装置1では、上述したように、まず、車体11のバウンス方向及びピッチ方向の力学的運動モデルを仮定して、運転者要求車輪トルクTw0と車輪トルク推定値Tw(外乱)とを入力したバウンス方向及びピッチ方向の状態変数の状態方程式を構成する。そして、かかる状態方程式から、最適レギュレータの理論を用いてバウンス方向及びピッチ方向の状態変数を0に収束させる入力(トルク値)を決定し、得られたトルク値に基づいて運転者要求トルクが修正される。
図5は、バウンス方向及びピッチ方向の力学的運動モデルの説明図であり、ばね上振動モデルを用いた場合の説明図である。車体11のバウンス方向及びピッチ方向の力学的運動モデルとして、例えば、図5に示すように、車体11を質量M及び慣性モーメントIの剛体Sとみなし、かかる剛体Sが、弾性率kfと減衰率cfの前輪サスペンションと弾性率krと減衰率crの後輪サスペンションにより支持されているとする(車体のばね上振動モデル)。この場合、車体11の重心のバウンス方向の運動方程式とピッチ方向の運動方程式は、下記の数1のように表される。
式(1a)、(1b)において、Lf、Lrは、それぞれ、重心Cgから前輪軸及び後輪軸までの距離であり、rは、車輪半径であり、hは、重心Cgの路面からの高さである。なお、式(1a)において、第1、第2項は、前輪軸から、第3、第4項は、後輪軸からの力の成分であり、式(1b)において、第1項は、前輪軸から、第2項は、後輪軸からの力のモーメント成分である。式(1b)における第3項は、駆動輪において発生している車輪トルクT(=Tw0+Tw)が車体11の重心周りに与える力のモーメント成分である。
上記の式(1a)及び(1b)は、車体11の変位z、θとその変化率dz/dt、dθ/dtを状態変数ベクトルX(t)として、下記の式(2a)のように、(線形システムの)状態方程式の形式に書き換えることができる。
dX(t)/dt=A・X(t)+B・u(t)・・・(2a)
ここで、X(t)、A、Bは、それぞれ下記の行列X(t)、A、Bとなっている。
また、行列Aの各要素a1−a4及びb1−b4は、それぞれ、式(1a)、(1b)にz、θ、dz/dt、dθ/dtの係数をまとめることにより与えられ、
a1=−(kf+kr)/M
a2=−(cf+cr)/M
a3=−(kf・Lf−kr・Lr)/M
a4=−(cf・Lf−cf・Lr)/M
b1=−(Lf・kf−Lr・kr)/I
b2=−(Lf・cf−Lr・cr)/I
b3=−(Lf2・kf+Lr2・kr)/I
b4=−(Lf2・cf+Lr2・cr)/I
である。また、u(t)は、
u(t)=T
であり、状態方程式(2a)にて表されるシステムの入力である。従って、式(1b)より、行列Bの要素p1は、
p1=h/(I・r)
である。
状態方程式(2a)において、
u(t)=−K・X(t)・・・(2b)
とおくと、状態方程式(2a)は、
dX(t)/dt=(A−BK)・X(t)・・・(2c)
となる。従って、X(t)の初期値X0(t)をX0(t)=(0,0,0,0)と設定して(トルク入力がされる前には振動はないものとする。)、状態変数ベクトルX(t)の微分方程式(2c)を解いたときに、X(t)、即ち、バウンス方向及びピッチ方向の変位及びその時間変化率、の大きさを0に収束させるゲインKが決定されれば、バウンス・ピッチ振動を抑制するトルク値u(t)が決定されることとなる。
ゲインKは、いわゆる最適レギュレータの理論を用いて決定することができる。かかる理論によれば、2次形式の評価関数
J=∫(XTQX+uTRu)dt・・・(3a)
(積分範囲は、0から∞)
の値が最小になるとき、状態方程式(2a)においてX(t)が安定的に収束し、評価関数Jを最小にする行列Kは、
K=R−1・BT・P
により与えられることが知られている。ここで、Pは、リカッティ方程式
−dP/dt=ATP+PA+Q−PBR−1BTP
の解である。リカッティ方程式は、線形システムの分野において知られている任意の方法により解くことができ、これにより、ゲインKが決定される。
なお、評価関数J及びリカッティ方程式中のQ、Rは、それぞれ、任意に設定される半正定対称行列、正定対称行列であり、システムの設計者により決定される評価関数Jの重み行列である。例えば、ここで考えている運動モデルの場合、Q、Rは、
などと置いて、式(3a)において、状態ベクトルの成分うち、特定のもの、例えば、dz/dt、dθ/dt、のノルム(大きさ)をその他の成分、例えば、z、θのノルムより大きく設定すると、ノルムを大きく設定された成分が相対的に、より安定的に収束されることとなる。また、Qの成分の値を大きくすると、過渡特性重視、即ち、状態ベクトルの値が速やかに安定値に収束し、Rの値を大きくすると、消費エネルギーが低減される。
実際の制振制御においては、図4のブロック図に示されているように、運動モデルC4において、トルク入力値を用いて式(2a)の微分方程式を解くことにより、状態変数ベクトルX(t)が算出される。次いで、式(1a)及び(1b)で表されるシステムは、共振システムであり、C5にて、上述したように状態変数ベクトルX(t)を0又は最小値に収束させるべく決定されたゲインKを運動モデルC4の出力である状態ベクトルX(t)に乗じた値U(t)が、駆動装置のトルクに換算され、加算器(C1a)において、運転者要求トルクから差し引かれる。なお、この場合、運動モデルC4の演算のために、運動モデルC4のトルク入力値にもフィードバックされる(状態フィードバック)。この共振システムにおいては、任意の入力に対して状態変数ベクトルの値は、実質的にシステムの固有振動数の成分のみとなる。
従って、U(t)(の換算値)が運転者要求トルクから差し引かれるよう構成することにより、運転者要求トルクのうち、システムの固有振動数の成分、即ち、車体11においてピッチ・バウンス振動に代表されるばね上振動を引き起こす成分が修正され、車体11におけるばね上振動が抑制されることとなる。つまり、運転者から与えられる要求トルクにおいて、システムの固有振動数の成分がなくなると、駆動装置へ入力される要求トルク指令のうち、システムの固有振動数の成分は、−U(t)のみとなり、Tw(外乱)による振動が収束することとなる。
図6は、バウンス方向及びピッチ方向の力学的運動モデルの説明図であり、ばね上・ばね下振動モデルを用いた場合の説明図である。なお、車体11のバウンス方向及びピッチ方向の力学的運動モデルとして、例えば、図6に示すように、図5の構成に加えて、前輪及び後輪のタイヤのばね弾性を考慮したモデル(車体のばね上・下振動モデル)が採用されてもよい。前輪及び後輪のタイヤが、それぞれ、弾性率ktf、ktrを有しているとすると、車体11の重心Cgのバウンス方向の運動方程式とピッチ方向の運動方程式は、下記の数4のように表される。
式(4a)、(4b)、(4c)、(4d)において、xf、xrは、前輪、後輪のばね下変位量であり、mf、mrは、前輪、後輪のばね下の質量である。式(4a)−(4b)は、z、θ、xf、xrとその時間微分値を状態変数ベクトルとして、図5の場合と同様に、式(2a)のように状態方程式を構成し(ただし、行列Aは、8行8列、行列Bは、8行1列となる。)最適レギュレータの理論に従って、状態変数ベクトルの大きさが0を収束させるゲイン行列Kを決定することができる。実際の制振制御は、図5の場合と同様である。
次に、車輪トルク推定値算出について説明する。図4の制振制御器のフィードバック制御部分において、フィードフォワード制御部分へ外乱として入力される車輪トルクは、理想的には、各輪にトルクセンサを設け、実際に検出されればよいが、上述したように、通常の車両10の各輪にトルクセンサを設けることは困難なので、走行中の車両10におけるその他の検出可能な値から車輪トルク推定器(C6)にて推定された車輪トルク推定値が用いられる。
車輪トルク推定値Twは、典型的には、駆動輪の車輪速センサから得られる車輪回転速ω又は車輪速値r・ωの時間微分を用いて、
Tw=M・r2・dω/dt・・・(5)
と推定することができる。なお、式(5)において、Mは車両の質量であり、rは車輪半径である。
詳しくは、駆動輪が路面の接地個所に於いて発生している駆動力の総和が、車両の全体の駆動力M・G(Gは、加速度)に等しいとすると、車輪トルクTwは、
Tw=M・G・r・・・(5a)
にて与えられる。車両10の加速度Gは、車輪速度r・ωの微分値より、
G=r・dω/dt・・・(5b)
で与えられるので、車輪トルクは、式(5)のように推定される。
図7は、制振制御時における演算処理の流れを示すブロック図である。実施例に係る制振制御装置1では、これらのように運転者要求トルクに、車輪速センサ30FR、FL、RR、RLから得られる結果より車輪トルク推定器(C6)で算出した車輪トルク推定値に基づいて制振制御器で算出した運転者要求車輪トルクの修正量が、駆動制御器で加算されることにより、ばね上振動が発生しないように制振制御を行うが、さらに、駆動装置20に出力をする運転者要求車輪トルクの修正量に対して限界値を設定する。実施例に係る制振制御装置1では、このように運転者要求車輪トルクの修正量に対して限界値を設定し、所定の範囲内に収まるように算出された運転者要求車輪トルクの修正量である制振制御補償トルクを算出し、この制振制御補償トルクを駆動装置20に出力することにより、制振制御を行う。つまり、制振制御を行う場合は、駆動装置20で発生する駆動力を修正することにより制振制御を行うが、制振制御補償トルクは、制振制御時に駆動力を修正する際における修正量となっている。
このように、制振制御を行う場合の処理の流れを、各演算処理のモジュールごとに説明すると、まず、各種センサでの検出値など、制振制御を行う際に用いる各種参照変数の入力101が行われる。制振制御装置1は、このうち、アクセルペダル14の踏み込み量を検出するアクセルペダルセンサ(図示省略)の検出値、即ち運転者の駆動要求に基づいて、駆動制御装置50aが有する運転者要求トルク演算部51で運転者要求トルク演算103を行う。同様に、車輪速センサ30FR、FL、RR、RLでの検出値に基づいて、制動制御装置50bが有する車輪速演算部55で車輪速演算102を行う。
次に、制振制御をする際の補償量演算104を行う。この補償量の演算は、制動制御装置50bで演算した車輪速と、駆動制御装置50aで演算した運転者要求トルクとに基づいて、制振制御を行う際の補償量を、駆動制御装置50aが有する補償量演算部52で演算する。具体的には、制動制御装置50bで車輪速を演算した後、算出した車輪速は駆動制御装置50aに伝達され、伝達された車輪速に基づいて所定の限界値の範囲内で、車輪速に基づいた補償量を補償量演算部52で演算する。補償量演算部52は同様に、運転者要求トルク演算部51で演算した運転者要求トルクに基づいて所定の限界値の範囲内で、運転者要求トルクに基づいた補償量を当該補償量演算部52で演算する。
補償量演算部52で演算した2種類の補償量は、駆動制御装置50aが有する出力処理部54に伝達され、伝達された補償量に基づいて出力処理部54で、駆動装置20に出力する制振制御補償トルクを演算する。また、出力処理部54では、駆動制御装置50aが有する異常判定部53での判定結果に応じて、制振制御を実行するか否かを示す制振制御可否指令である制振制御実行中フラグを制御する。即ち、出力処理部54は、異常判定部53による判定で異常がないと判定された場合には、制振制御実行中フラグを、制振制御を実行する状態を示すONの状態にする。これに対し、異常判定部53による判定で異常があると判定された場合には、制振制御実行中フラグを、制振制御を禁止する状態を示すOFFの状態にする。出力処理部54では、これらのように駆動装置20に出力をする際の出力処理105を行う。
これらの制振制御補償トルク及び制振制御実行中フラグは、出力処理部54から駆動装置20に出力される。即ち、出力処理部54は、駆動装置20に対して制振制御を行う際の制御指示として、制振制御補償トルクと制振制御実行中フラグとを用いて出力107を行う。駆動装置20は、制振制御実行中フラグがONの場合にのみ、運転者要求トルクに制振制御補償トルクを加算して制振制御を行い、制振制御実行中フラグがOFFの場合には、運転者要求トルクには制振制御補償トルクを加算せず、制振制御は行わない。
具体的には、制振制御実行中フラグがONの場合には、ディーゼルエンジンの運転時における目標燃料噴射量が、制振制御補償トルクの分、修正された状態で出力処理部54から駆動装置20に出力される。これにより、駆動装置20が有するディーゼルエンジン、即ちエンジン22は、制振制御補償トルクの分、噴射量が修正された燃料によって運転をするため、エンジン22で発生するトルクは、制振制御補償トルクの分、修正される。このように、エンジン22で発生するトルクを、制振制御補償トルクの分、修正することにより、ばね上振動を抑制することができる。
なお、実施例に係る制振制御装置1では、駆動装置20が有する動力源としてディーゼルエンジンが用いられているため、運転者要求トルクに制振制御補償トルクを加算して制振制御を行う場合、ディーゼルエンジンの運転時における目標燃料噴射量を、制振制御補償トルクの分、修正した状態で駆動装置20に出力しているが、駆動装置20への出力は、動力源に応じて適宜設定される。例えば、動力源がガソリンエンジンの場合は、目標スロットル開度等を制振制御補償トルクの分、修正し、動力源がモータの場合は目標電流量等を制振制御補償トルクの分、修正して、出力処理部54から駆動装置20に出力する。
また、出力処理部54では、制振制御補償トルクを演算し、制振制御実行中フラグを制御するのと同時に、制振制御補償トルクを反転処理した反転値と、制振制御実行中フラグを反転処理した反転値、即ち、制振制御補償トルクと制振制御実行中フラグとのミラー値を算出する。つまり、出力処理部54を備える電子制御装置50は、全ての情報を2進数で処理するため、制振制御補償トルク及び制振制御実行中フラグも、0と1とが組み合わされた状態で示されるが、出力処理部54は、制振制御補償トルクを演算し、制振制御実行中フラグを制御するのと同時に、制振制御補償トルク及び制振制御実行中フラグを示す2進数の0と1とを反転させた値であるミラー値を算出する。
これらのように、出力処理部54で算出、または制御された制振制御補償トルク、制振制御実行中フラグ、制振制御補償トルクのミラー値、制振制御実行中フラグのミラー値は、全て一時的に電子制御装置50が有するRAMに記憶される。また、これらの算出等を行った出力処理部54は、制振制御補償トルク及び制振制御実行中フラグの正規の値と、それぞれのミラー値を、異常判定部53に伝達する。その際に、出力処理部54は、RAMに記憶された各値を、異常判定部53に伝達する。
制振制御補償トルク及び制振制御実行中フラグの正規の値と、それぞれのミラー値とが伝達された異常判定部53は、制振制御補償トルクと制振制御実行中フラグとの正規の値をそれぞれ反転させる。即ち、出力処理部54における制振制御補償トルクと制振制御実行中フラグとのミラー値の算出と同様の反転処理をする。制振制御補償トルクと制振制御実行中フラグとの正規の値を反転させた異常判定部53は、この反転させた値と、出力処理部54から伝達されたミラー値とを比較することにより異常判定106を行う。
つまり、この比較により、出力処理部54から伝達されたミラー値と、異常判定部53で正規の値を反転させた値とが一致した場合には、異常判定部53は、異常はないと判定する。これに対し、出力処理部54から伝達されたミラー値と、異常判定部53で正規の値を反転させた値とが一致しない場合には、異常判定部53は、異常があると判定する。
詳しく説明すると、出力処理部54から伝達されたミラー値は、制振制御補償トルク及び制振制御実行中フラグの正規の値を反転させた値なので、制振制御に異常がない場合、例えば、制振制御補償トルクと制振制御実行中フラグとの正規の値、及びこれらのミラー値が一時的に記憶されたRAMが正常な場合は、出力処理部54から伝達されたミラー値と、異常判定部53で正規の値を反転させた値が一致する。これに対し、RAMの一部のビットが固着するなどRAMに異常がある場合には、このRAMに記憶された制振制御補償トルクと制振制御実行中フラグとの正規の値、及びこれらのミラー値のいずれかは、正確な値ではない場合がある。この場合、出力処理部54から伝達されたミラー値と、異常判定部53で正規の値を反転させた値とが一致しない場合があり、この場合には、異常判定部53は、異常があると判定する。このように、異常判定部53は、出力処理部54から出力する制振制御補償トルクと制振制御実行中フラグとのミラー値と、制振制御補償トルクと制振制御実行中フラグとの正規の値とを比較して、異常があるか否かを判定する。
異常判定部53での判定結果は、出力処理部54に伝達される。判定結果が伝達された出力処理部54は、上述したように、異常判定部53での判定結果に応じて、制振制御実行中フラグのONとOFFとを切り替える。さらに、異常判定部53で異常があると判定された場合には、出力処理部54は制振制御補償トルクを0にする。異常判定部53で異常があると判定された場合には、出力処理部54は、このように制振制御実行中フラグをOFFに切り替え、制振制御補償トルクを0にすることにより、制振制御を禁止する制御指示を駆動装置20に対して出力する。
出力処理部54から制御指示が出力された駆動装置20は、制振制御補償トルクが0の場合、または制振制御実行中フラグがOFFの場合は、制振制御補償トルクにより修正されずに駆動力を発生する。即ち、出力処理部54は、制振制御を禁止する制御指示が出力する場合は、運転者要求トルクに基づいて決定されるトルクを制振制御補償トルクで修正せずに、駆動装置20に対して駆動力を発生させる。
以上の制振制御装置1は、制振制御に異常があるか否かの判定を行う異常判定部53を設け、異常判定部53は、出力処理部54から出力される制振制御補償トルクと制振制御実行中フラグとに基づいて、即ち、複数の制御指示に基づいて、異常があるか否かの判定を行っている。このように、複数の制御指示に基づいて異常があるか否かの判定を行うことにより、電子制御装置50のRAMに異常が発生するなど制振制御に異常があり、制振制御の効果を得ることができない状態の場合に、より確実に異常の判定を行うことができる。この結果、効果的にばね上振動を抑制することができる場合にのみ制振制御を行うことができる。
また、制振制御に異常があるか否かの判定を行う異常判定部53を設け、異常判定部53は、制振制御補償トルクと制振制御実行中フラグとに基づいて異常があるか否かの判定を行っている。このように、複数の判定対象に基づいて異常があるか否かの判定を行うことにより、制振制御に異常があるか否かの判定を、より確実に行うことができる。また、異常判定部53による判定で制振制御に異常があると判定された場合には、制振制御補償トルクを0にし、且つ、制振制御実行中フラグをOFFにするので、制振制御に異常があり、制振制御の効果を得ることができない場合に、より確実に制振制御を停止することができる。つまり、電子制御装置50のRAMに異常が発生するなどにより、制振制御補償トルクの数値や制振制御実行中フラグの制御を的確に行えない状態でも、制振制御補償トルクを0にし、且つ、制振制御実行中フラグをOFFにして双方を制振制御の停止状態にすることにより、制振制御を停止する場合に、より確実に制振制御を停止することができる。この結果、効果的にばね上振動を抑制することができる場合にのみ制振制御を行うことができる。
また、異常判定部53は、制振制御に異常があるか否かの判定をする際に、制御指示を反転処理した反転値であるミラー値と、制御指示とに基づいて異常があるか否かを判定するので、異常があるか否かの判定を、より的確に行うことができる。つまり、制御指示のミラー値と制御指示とを用いることにより、他の異常判定手段を用いることなく、出力処理部54で出力する制御指示に異常があるか否かの判定を的確に行うことができる。この結果、より確実に、効果的にばね上振動を抑制することができる場合にのみ制振制御を行うことができる。
また、異常判定部53による判定で異常があると判定された場合には、出力処理部54は、制振制御を禁止する制御指示を駆動装置20に対して出力するため、制振制御に異常があり、制振制御の効果を得ることができない場合に、より確実に制振制御を停止することができる。この結果、より確実に、効果的にばね上振動を抑制することができる場合にのみ制振制御を行うことができる。
また、異常判定部53による判定で制振制御に異常があると判定された場合には、制振制御補償トルクを0にするので、制振制御が実質的に行われない状態にすることができる。即ち、制振制御に異常があり、制振制御の効果を得ることができない場合には、駆動装置20で出力するトルクが制振制御補償トルクによって修正されないため、より確実に制振制御を停止することができる。この結果、より確実に、効果的にばね上振動を抑制することができる場合にのみ制振制御を行うことができる。
また、異常判定部53で異常がないと判定された場合には、制振制御実行中フラグをONにし、異常判定部53で異常があると判定された場合には、制振制御実行中フラグをOFFにするので、制振制御に異常があり、制振制御の効果を得ることができない場合に、より確実に制振制御を停止することができる。この結果、より確実に、効果的にばね上振動を抑制することができる場合にのみ制振制御を行うことができる。
また、駆動装置20は、制振制御補償トルクが0の場合、または制振制御実行中フラグがOFFの場合は、制振制御補償トルクにより修正されずに駆動力を発生するので、制振制御に異常がある場合には、制振制御を行わない状態で車両10を走行させることができる。この結果、効果的にばね上振動を抑制することができない場合には、制振制御を行わずに車両10を走行させることができ、車両10の走行を維持することができる。
なお、実施例に係る制振制御装置1では、出力処理部54から制振制御補償トルク及び制振制御実行中フラグの正規の値と、それぞれのミラー値とが伝達された異常判定部53は、制振制御補償トルクと制振制御実行中フラグとの正規の値をそれぞれ反転させているが、これらに基づいて異常判定をする場合には、ミラー値を反転させてもよい。ミラー値は、制振制御補償トルク及び制振制御実行中フラグの正規の値を反転させた値なので、これらの値が一時的に記憶されたRAMが正常な場合には、ミラー値を反転させた場合、この反転させた値と正規の値とは一致するが、RAMに異常がある場合には、ミラー値を反転させた値と正規の値とは一致しない場合がある。このため、ミラー値を反転させた値と正規の値とを比較することによっても、RAMに異常があるか否かを判定することができ、制振制御に異常があるか否かを判定することができる。このように、制振制御補償トルク及び制振制御実行中フラグの正規の値と、それぞれのミラー値とに基づいて異常判定をすることを目的として反転処理をする場合には、制振制御補償トルク及び制振制御実行中フラグの正規の値と、それぞれのミラー値との、どちらを反転させてもよい。異常判定をする場合には、正規の値とミラー値とのいずれか一方を反転して比較することにより、他の異常判定手段を用いることなく、的確に異常判定を行うことができる。
また、実施例に係る制振制御装置1では、運転者要求トルクに基づいて算出された車輪トルクに対する車体の状態変数を、最小に収束すべくC5で算出された運転者要求車輪トルクの修正値Uが、運動モデルC4の演算のために、運動モデルC4のトルク入力値にもフィードバックされているが、Uは、運動モデルC4のトルク入力値にフィードバックしなくてもよい。演算量の軽減の観点から、Uを運動モデルC4のトルク入力値にフィードバックしなくても所望の制振性能が得られるなら、フィードバックを行わなくてもよい。
また、実施例に係る制振制御装置1では、車輪トルク推定器C6にて算出された車輪トルク推定値にFBゲインが乗ぜられて運転者要求車輪トルクに加算され、運動モデルC4に入力されているが、重み調整ゲインとしてFF(フィードフォワード)ゲインも使用し、運転者要求車輪トルクにFFゲインを乗じてもよい。または、運転者要求車輪トルクに対する車体の状態変数の応答を運動モデルC4で算出してFFゲインを乗じ、車輪トルク推定値に対する車体の状態変数の応答を運動モデルC4で算出してFBゲインを乗じた後、双方を加算して外乱に対する運転者要求車輪トルクの修正分を算出してもよい。
また、実施例に係る制振制御装置1では、電子制御装置50は駆動制御装置50aと制動制御装置50bとを有しており、さらに、運転者要求トルク演算部51、補償量演算部52、異常判定部53、出力処理部54は駆動制御装置50aに設けられ、車輪速演算部55は制動制御装置50bに設けられているが、電子制御装置50の構成はこれ以外でもよい。電子制御装置50は、これらの各機能を備えていればよく、これらの各機能を備えていれば、実施例に係る制振制御装置1が有する電子制御装置50の構成以外の構成でもよい。電子制御装置50が、これらの各機能を有していることにより、制振制御に異常があるか否か判定することができるため、これにより、効果的にばね上振動を抑制することができる場合にのみ、制振制御を行うことができる。