以下、本発明の望ましい実施の形態を図面を参照して説明する。図1は本発明の運動制御装置の一実施形態の構成の概要を示すもので、車両の各車輪FL,FR,RL,RRに設けたホイールシリンダWfl,Wfr,Wrl,Wrrのブレーキ液圧を少くともブレーキペダルBPの操作に応じて制御し各車輪に対する制動力を制御するブレーキ液圧制御装置PCと、車両の運動状態を判定する車両状態判定手段DRと、この車両状態判定手段DRの判定結果に基づきブレーキ液圧制御装置PCを駆動制御し車両の各車輪に制動力を付与して車両の安定性を制御する制動操舵制御手段STと、車両状態判定手段DRの判定結果に基づき車両の制動時の各車輪の回転状態に応じてブレーキ液圧制御装置PCを駆動制御し各車輪に対する制動力を制御してスリップを防止するアンチスキッド制御手段ABを備えている。そして、車両の各車輪のうち一つの制御対象の車輪に対し、アンチスキッド制御手段ABによる制御と制動操舵制御手段STによる制御とが同時に行なわれるときには、ブレーキ液圧制御装置PCによる減圧作動後のブレーキ液圧の増圧速度を、アンチスキッド制御手段ABのみによる制御時の増圧速度より大に設定して制御する増圧補償手段PMを設けることとしたものである。
上記増圧補償手段PMとしては、アンチスキッド制御手段ABによる制御と制動操舵制御手段STによる制御とが同時に行なわれ、且つブレーキ液圧制御装置PCの制御モードが急増圧モードの場合、その急増圧時間を、アンチスキッド制御手段ABのみによる制御時の前記急増圧時間より長く設定するように構成することができる。また、上記増圧補償手段PMとして、アンチスキッド制御手段ABによる制御と制動操舵制御手段STによる制御とが同時に行なわれ、且つブレーキ液圧制御装置PCの制御モードがパルス増圧モードの場合、そのデューティ比を、アンチスキッド制御手段ABのみによる制御時のデューティ比より大に設定するように構成することもできる。
図2に全体構成を示すように、本実施形態のエンジンEGはスロットル制御装置TH及び燃料噴射装置FIを備えた内燃機関で、スロットル制御装置THにおいてはアクセルペダルAPの操作に応じてメインスロットルバルブMTのメインスロットル開度が制御される。また、電子制御装置ECUの出力に応じて、スロットル制御装置THのサブスロットルバルブSTが駆動されサブスロットル開度が制御されると共に、燃料噴射装置FIが駆動され燃料噴射量が制御されるように構成されている。本実施形態のエンジンEGは変速制御装置GS及びディファレンシャルギヤDFを介して車両後方の車輪RL,RRに連結されており、所謂後輪駆動方式が構成されているが、本発明における駆動方式をこれに限定するものではない。
制動系については、車輪FL,FR,RL,RRに夫々ホイールシリンダWfl,Wfr,Wrl,Wrrが装着されており、これらのホイールシリンダWfl等にブレーキ液圧制御装置PCが接続されている。このブレーキ液圧制御装置PCについては図3を参照して後述する。尚、車輪FLは運転席からみて前方左側の車輪を示し、以下車輪FRは前方右側、車輪RLは後方左側、車輪RRは後方右側の車輪を示している。
図2に示すように、車輪FL,FR,RL,RRには車輪速度センサWS1乃至WS4が配設され、これらが電子制御装置ECUに接続されており、各車輪の回転速度、即ち車輪速度に比例するパルス数のパルス信号が電子制御装置ECUに入力されるように構成されている。更に、ブレーキペダルBPが踏み込まれたときオンとなるブレーキスイッチBS、車両前方の車輪FL,FRの舵角δf を検出する前輪舵角センサSSf、車両の横加速度を検出する横加速度センサYG及び車両のヨーレイトを検出するヨーレイトセンサYS等が電子制御装置ECUに接続されている。ヨーレイトセンサYSにおいては、車両重心を通る鉛直軸回りの車両回転角(ヨー角)の変化速度、即ちヨー角速度(ヨーレイト)が検出され、実ヨーレイトγとして電子制御装置ECUに出力される。
尚、従動輪側の左右の車輪(本実施形態では車両前方の車輪FL,FR)の車輪速度差Vfd(=Vwfr −Vwfl )に基づき実ヨーレイトγを推定することができるので、車輪速度センサWS1及びWS2の検出出力を利用することとすればヨーレイトセンサYSを省略することができる。更に、車輪RL,RR間に舵角制御装置(図示せず)を設けることとしてもよく、これによれば電子制御装置ECUの出力に応じてモータ(図示せず)によって車輪RL,RRの舵角を制御することもできる。
本実施形態の電子制御装置ECUは、図2に示すように、バスを介して相互に接続されたプロセシングユニットCPU、メモリROM,RAM、入力ポートIPT及び出力ポートOPT等から成るマイクロコンピュータCMPを備えている。上記車輪速度センサWS1乃至WS4、ブレーキスイッチBS、前輪舵角センサSSf、ヨーレイトセンサYS、横加速度センサYG等の出力信号は増幅回路AMPを介して夫々入力ポートIPTからプロセシングユニットCPUに入力されるように構成されている。また、出力ポートOPTからは駆動回路ACTを介してスロットル制御装置TH及びブレーキ液圧制御装置PCに夫々制御信号が出力されるように構成されている。マイクロコンピュータCMPにおいては、メモリROMは図4乃至図8に示したフローチャートを含む種々の処理に供するプログラムを記憶し、プロセシングユニットCPUは図示しないイグニッションスイッチが閉成されている間当該プログラムを実行し、メモリRAMは当該プログラムの実行に必要な変数データを一時的に記憶する。尚、スロットル制御等の各制御毎に、もしくは関連する制御を適宜組合せて複数のマイクロコンピュータを構成し、相互間を電気的に接続することとしてもよい。
図3は本実施形態におけるブレーキ液圧制御装置PCの一例を示すもので、マスタシリンダMC及び液圧ブースタHBがブレーキペダルBPの操作に応じて駆動される。液圧ブースタHBには補助液圧源APが接続されており、これらはマスタシリンダMCと共に低圧リザーバRSに接続されている。
補助液圧源APは、液圧ポンプHP及びアキュムレータAccを有する。液圧ポンプHPは電動モータMによって駆動され、低圧リザーバRSのブレーキ液を昇圧して出力し、このブレーキ液が逆止弁CV6を介してアキュムレータAccに供給され、蓄圧される。電動モータMは、アキュムレータAcc内の液圧が所定の下限値を下回ることに応答して駆動され、またアキュムレータAcc内の液圧が所定の上限値を上回ることに応答して停止する。尚、アキュムレータAccと低圧リザーバRSとの間にはリリーフバルブRVが介装されている。而して、アキュムレータAccから所謂パワー液圧が適宜液圧ブースタHBに供給される。液圧ブースタHBは、補助液圧源APの出力液圧を入力し、マスタシリンダMCの出力液圧をパイロット圧として、これに比例したブースタ液圧に調圧するもので、これによってマスタシリンダMCが倍力駆動される。
マスタシリンダMCと車両前方のホイールシリンダWfr,Wflの各々を接続する前輪側の液圧路には、電磁切換弁SA1及びSA2が介装されており、これらは制御通路Pfr及びPflを介して夫々電磁開閉弁PC1,PC5及び電磁開閉弁PC2,PC6に接続されている。また、液圧ブースタHBとホイールシリンダWfr等の各々を接続する液圧路には電磁開閉弁SA3、給排制御用の電磁開閉弁PC1乃至PC8が介装されており、後輪側には比例減圧弁PVが介装されている。そして、電磁開閉弁STRを介して補助液圧源APが電磁開閉弁SA3の下流側に接続されている。図3では前輪の液圧制御系と後輪の液圧制御系に区分された前後配管が構成されているが、所謂X配管としてもよい。
前輪側液圧系において、電磁開閉弁PC1及びPC2は電磁開閉弁STRに接続されている。電磁開閉弁STRは2ポート2位置の電磁開閉弁であり、非作動時の閉位置では遮断状態で、作動時の開位置では電磁開閉弁PC1及びPC2を直接アキュムレータAccに連通する。電磁切換弁SA1及び電磁切換弁SA2は3ポート2位置の電磁切換弁で、非作動時は図3に示す第1位置にあってホイールシリンダWfr,Wflは何れもマスタシリンダMCに連通接続されているが、ソレノイドコイルが励磁され第2位置に切換わると、ホイールシリンダWfr,Wflは何れもマスタシリンダMCとの連通が遮断され、夫々電磁開閉弁PC1及びPC5、電磁開閉弁PC2及びPC6と連通する。
これら電磁開閉弁PC1及びPC2に対して並列に逆止弁CV1及びCV2が接続されており、逆止弁CV1の流入側が制御通路Pfrに、逆止弁CV2の流入側が制御通路Pflに夫々接続されている。逆止弁CV1は、電磁切換弁SA1が作動位置(第2位置)にある場合において、ブレーキペダルBPが開放されたときには、ホイールシリンダWfrのブレーキ液圧を液圧ブースタHBの出力液圧の低下に迅速に追従させるために設けられたもので、液圧ブースタHB方向へのブレーキ液の流れは許容されるが逆方向の流れは阻止される。尚、逆止弁CV2についても同様である。
次に、後輪側液圧系について説明すると、電磁開閉弁SA3は2ポート2位置の電磁開閉弁で、非作動時には図3に示す開位置にあって、電磁開閉弁PC3,PC4は比例減圧弁PVを介して液圧ブースタHBと連通する。このとき、電磁開閉弁STRは閉位置とされ、アキュムレータAccとの連通が遮断される。電磁開閉弁SA3が作動時の閉位置に切換えられると、電磁開閉弁PC3,PC4は液圧ブースタHBとの連通が遮断され、比例減圧弁PVを介して電磁開閉弁STRに接続され、この電磁開閉弁STRが作動時にアキュムレータAccと連通する。
また、電磁開閉弁PC3及びPC4に対して並列に逆止弁CV3及びCV4が接続されており、逆止弁CV3の流入側がホイールシリンダWrrに、逆止弁CV4の流入側がホイールシリンダWrlに夫々接続されている。これらの逆止弁CV3,CV4は、ブレーキペダルBPが開放されたときには、ホイールシリンダWrr,Wrlのブレーキ液圧を液圧ブースタHBの出力液圧の低下に迅速に追従させるために設けられたもので、電磁開閉弁SA3方向へのブレーキ液の流れが許容され逆方向の流れは阻止される。更に、逆止弁CV5が電磁開閉弁SA3に並列に設けられており、電磁開閉弁SA3が閉位置にあるときにも、ブレーキペダルBPによる踏み増しが可能とされている。
上記電磁切換弁SA1,SA2及び電磁開閉弁SA3,STR並びに電磁開閉弁PC1乃至PC8は前述の電子制御装置ECUによって駆動制御され、アンチスキッド制御のみならず、制動操舵制御を初めとする各種制御が行なわれる。例えば、車両が旋回運動中において、過度のオーバーステアと判定されたときには、例えば旋回外側の前輪に制動力が付与され、車両に対し外向きのヨーモーメント、即ち車両を旋回外側に向けるヨーモーメントが生ずるように制御される。これをオーバーステア抑制制御と呼び、安定性制御とも呼ばれる。また、車両が旋回運動中に過度のアンダーステアと判定されたときには、本実施形態のように後輪駆動車の場合、旋回外側の前輪及び後二輪に制動力が付与され、車両に対し内向きのヨーモーメント、即ち車両を旋回内側に向けるヨーモーメントが生ずるように制御される。これはアンダーステア抑制制御と呼び、コーストレース性制御とも呼ばれる。そして、オーバーステア抑制制御とアンダーステア抑制制御は制動操舵制御と総称される。
而して、ブレーキペダルBPが操作されていない状態で行なわれる制動操舵制御時には、液圧ブースタHB及びマスタシリンダMCからはブレーキ液圧が出力されないので、電磁切換弁SA1,SA2が第2位置とされ、電磁開閉弁SA3が閉位置とされ、そして電磁開閉弁STRが開位置とされる。これにより、補助液圧源APの出力パワー液圧が電磁開閉弁STR並びに開状態の電磁開閉弁PC1乃至PC8を介してホイールシリンダWfr等に供給され得る状態となる。このように、電磁開閉弁PC1乃至PC8が適宜開閉駆動されることによって各ホイールシリンダ内のブレーキ液圧が急増圧、パルス増圧(緩増圧)、パルス減圧(緩減圧)、急減圧、及び保持状態とされ、上記のオーバーステア抑制制御及び/又はアンダーステア抑制制御が行なわれる。
上記のように構成された本実施形態においては、電子制御装置ECUにより制動操舵制御、アンチスキッド制御等の一連の処理が行なわれ、イグニッションスイッチ(図示せず)が閉成されると図4乃至図8等のフローチャートに対応したプログラムの実行が開始する。図4は車両の運動制御作動を示すもので、先ずステップ101にてマイクロコンピュータCMPが初期化され、各種の演算値がクリアされる。次にステップ102において、車輪速度センサWS1乃至WS4の検出信号が読み込まれると共に、前輪舵角センサSSfの検出信号(舵角δf )、ヨーレイトセンサYSの検出信号(実ヨーレイトγ)及び横加速度センサYGの検出信号(即ち、実横加速度であり、Gyaで表す)が読み込まれる。
続いてステップ103に進み、各車輪の車輪速度Vw** (**は各車輪FR等を表す)が演算されると共に、これらが微分され各車輪の車輪加速度DVw** が求められる。続いて、ステップ104において各車輪の車輪速度Vw** の最大値が車両重心位置での推定車体速度Vsoとして演算される(Vso=MAX( Vw**))。また、各車輪の車輪速度Vw** に基づき各車輪毎に推定車体速度Vso**が求められ、必要に応じ、車両旋回時の内外輪差等に基づく誤差を低減するため正規化が行われる。更に、推定車体速度Vsoが微分され、車両重心位置での推定車体加速度DVsoが演算される。そして、ステップ105において、上記ステップ103及び104で求められた各車輪の車輪速度Vw** と推定車体速度Vso**(あるいは、正規化推定車体速度)に基づき各車輪の実スリップ率Sa** がSa** =(Vso**−Vw** )/Vso**として求められる。次に、ステップ106において、車両重心位置での推定車体加速度DVsoと横加速度センサYGの検出信号の実横加速度Gyaに基づき、路面摩擦係数μが近似的に(DVso2 +Gya2)1/2 として求められる。更に、路面摩擦係数を検出する手段として、直接路面摩擦係数を検出するセンサ等、種々の手段を用いることができる。
続いて、ステップ107にて車体横すべり角速度Dβが演算されると共に、ステップ108にて車体横すべり角βが演算される。この車体横すべり角βは、車両の進行方向に対する車体のすべりを角度で表したもので、次のように演算し推定することができる。即ち、車体横すべり角速度Dβは車体横すべり角βの微分値dβ/dtであり、ステップ107にてDβ=Gy /Vso−γとして求めることができ、これをステップ108にて積分しβ=∫(Gy /Vso−γ)dtとして車体横すべり角βを求めることができる。尚、Gy は車両の横加速度、Vsoは車両重心位置での推定車体速度、γはヨーレイトを表す。あるいは、進行方向の車速Vx とこれに垂直な横方向の車速Vy の比に基づき、β=tan-1(Vy /Vx )として求めることもできる。
そして、ステップ109に進み制動操舵制御処理が行なわれ、後述するように制動操舵制御に供する目標スリップ率が設定され、後述のステップ117の液圧サーボ制御により、車両の運転状態に応じてブレーキ液圧制御装置PCが制御され各車輪に対する制動力が制御される。この制動操舵制御は、後述する全ての制御モードにおける制御に対し重畳される。この後ステップ110に進み、アンチスキッド制御開始条件を充足しているか否かが判定される。開始条件を充足し制動操舵時にアンチスキッド制御開始と判定されると、ステップ111にて制動操舵制御及びアンチスキッド制御の両制御を行なうための制御モードに設定される。
ステップ110にてアンチスキッド制御開始条件を充足していないと判定されたときには、ステップ112に進み前後制動力配分制御開始条件を充足しているか否かが判定され、制動操舵制御時に前後制動力配分制御開始と判定されるとステップ113に進み、制動操舵制御及び前後制動力配分制御の両制御を行なうための制御モードに設定され、充足していなければステップ114に進みトラクション制御開始条件を充足しているか否かが判定される。制動操舵制御時にトラクション制御開始と判定されるとステップ115にて制動操舵制御及びトラクション制御の両制御を行なうための制御モードに設定され、制動操舵制御時に何れの制御も開始と判定されていないときには、ステップ116にて制動操舵制御開始条件を充足しているか否かが判定される。制動操舵制御開始と判定されるとステップ117に進み制動操舵制御のみを行なう制御モードに設定される。そして、これらの制御モードに基づきステップ118にて液圧サーボ制御が行なわれ、ステップ102に戻る。ステップ116において制動操舵制御開始条件も充足していないと判定されると、ステップ119にて全ての電磁弁のソレノイドがオフとされた後ステップ102に戻る。尚、ステップ111,113,115,117に基づき、必要に応じ、車両の運転状態に応じてスロットル制御装置THのサブスロットル開度が調整されエンジンEGの出力が低減され、駆動力が制限されるように構成してもよい。
尚、アンチスキッド制御モードにおいては、前述のように、車両制動時に車輪がロックしないように、各車輪に付与する制動力が制御される。また、前後制動力配分制御モードにおいては、車両の制動時に車両の安定性を維持するように、後輪に付与する制動力の前輪に付与する制動力に対する配分が制御される。そして、トラクション制御モードにおいては、車両駆動時に駆動輪のスリップを防止するように、駆動輪に対し制動力が付与されると共にスロットル制御が行なわれ、これらの制御によって駆動輪に対する駆動力が制御される。
図5は、図4のステップ109の制動操舵制御処理における目標スリップ率の設定の具体的処理内容を示すもので、制動操舵制御にはオーバーステア抑制制御及びアンダーステア抑制制御が含まれ、各車輪に関しオーバーステア抑制制御及び/又はアンダーステア抑制制御に応じた目標スリップ率が設定される。先ず、ステップ201,202においてオーバーステア抑制制御及びアンダーステア抑制制御の開始・終了判定が行なわれる。
ステップ201で行なわれるオーバーステア抑制制御の開始・終了判定は、図9に斜線で示す制御領域にあるか否かに基づいて行なわれる。即ち、判定時における車体横すべり角βと車体横すべり角速度Dβの値に応じて制御領域に入ればオーバーステア抑制制御が開始され、制御領域を脱すればオーバーステア抑制制御が終了とされ、図9に矢印の曲線で示したように制御される。従って、制御領域と非制御領域の境界(図9に二点鎖線で示す)が、開始領域の境界に相当する。また、後述するように、図9に二点鎖線で示した境界から制御領域側に外れるに従って制御量が大となるように各車輪の制動力が制御される。
一方、ステップ202で行なわれるアンダーステア抑制制御の開始・終了判定は、図10に斜線で示す制御領域にあるか否かに基づいて行なわれる。即ち、判定時において目標横加速度Gytに対する実横加速度Gyaの変化に応じて、一点鎖線で示す理想状態から外れて制御領域に入ればアンダーステア抑制制御が開始され、制御領域を脱すればアンダーステア抑制制御が終了とされ、図10に矢印の曲線で示したように制御される。
続いて、ステップ203にてオーバーステア抑制制御が制御中か否かが判定され、制御中でなければステップ204にてアンダーステア抑制制御が制御中か否かが判定され、これも制御中でなければそのままメインルーチンに戻る。ステップ204にてアンダーステア抑制制御と判定されたときにはステップ205に進み、各車輪の目標スリップ率が後述するアンダーステア抑制制御用に設定される。ステップ203にてオーバーステア抑制制御と判定されると、ステップ206に進みアンダーステア抑制制御か否かが判定され、アンダーステア抑制制御でなければステップ207において各車輪の目標スリップ率は後述するオーバーステア抑制制御用に設定される。また、ステップ206でアンダーステア抑制制御が制御中と判定されると、オーバーステア抑制制御とアンダーステア抑制制御が同時に行なわれることになり、ステップ208にて同時制御用の目標スリップ率が設定される。
ステップ207におけるオーバーステア抑制制御用の目標スリップ率の設定には、車体横すべり角βと車体横すべり角速度Dβが用いられる。また、アンダーステア抑制制御における目標スリップ率の設定には、目標横加速度Gytと実横加速度Gyaとの差が用いられる。この目標横加速度GytはGyt=γ(θf)・Vsoに基づいて求められる。ここで、γ(θf)はγ(θf)={θf/( N・L)}・Vso/(1+Kh ・Vso2 )として求められ、Kh はスタビリティファクタ、Nはステアリングギヤレシオ、Lはホイールベースを表す。
ステップ205における各車輪の目標スリップ率は、旋回外側の前輪がStufoに設定され、旋回外側の後輪がSturoに設定され、旋回内側の後輪がSturiに設定される。ここで示したスリップ率(S)の符号については "t"は「目標」を表し、後述の「実測」を表す "a"と対比される。 "u"は「アンダーステア抑制制御」を表し、 "r"は「後輪」を表し、 "o"は「外側」を、 "i"は「内側」を夫々表す。
ステップ207における各車輪の目標スリップ率は、旋回外側の前輪がStefoに設定され、旋回外側の後輪がSteroに設定され、旋回内側の後輪がSteriに設定される。ここで、 "e"は「オーバーステア抑制制御」を表す。そして、ステップ208においては、各車輪の目標スリップ率は、旋回外側の前輪がStefoに設定され、旋回外側の後輪がSturoに設定され、旋回内側の後輪がSturiに夫々設定される。即ち、オーバーステア抑制制御とアンダーステア抑制制御が同時に行なわれるときには、旋回外側の前輪はオーバーステア抑制制御の目標スリップ率と同様に設定され、後輪は何れもアンダーステア抑制制御の目標スリップ率と同様に設定される。尚、何れの場合も旋回内側の前輪(即ち、後輪駆動車における従動輪)は推定車体速度設定用のため非制御とされている。
オーバーステア抑制制御に供する旋回外側前輪の目標スリップ率Stefoは、Stefo=K1 ・β+K2 ・Dβとして設定され、旋回外側後輪の目標スリップ率SteroはStero=K3 ・β+K4 ・Dβとして設定され、目標スリップ率SteriはSteri=K5 ・β+K6 ・Dβとして設定される。ここで、K1 乃至K6 は定数で、旋回外側の車輪に対する目標スリップ率Stefo及びSteroは、加圧方向(制動力を増大する方向)の制御を行なう値に設定される。これに対し、旋回内側の車輪に対する目標スリップ率Steriは、減圧方向(制動力を低減する方向)の制御を行なう値に設定される。
一方、アンダーステア抑制制御に供する目標スリップ率は、目標横加速度Gytと実横加速度Gyaの偏差ΔGy に基づいて以下のように設定される。即ち、旋回外側の前輪に対する目標スリップ率StefoはK7 ・ΔGy と設定され、定数K7は加圧方向(もしくは減圧方向)の制御を行なう値に設定される。また、後輪に対する目標スリップ率Sturo及びSturiは夫々K8 ・ΔGy 及びK9 ・ΔGy に設定され、定数K8 ,K9 は何れも加圧方向の制御を行なう値に設定される。
図6及び図7は図4のステップ118で行なわれる液圧サーボ制御の処理内容を示すもので、各車輪についてホイールシリンダ液圧のスリップ率サーボ制御が行なわれる。先ず、前述のステップ205,207又は208にて設定された目標スリップ率St** がステップ301にて読み出され、これらがそのまま各車輪の目標スリップ率St** として読み出される。次に、ステップ302に進みアンチスキッド制御中か否かが判定され、そうであればステップ303にて、目標スリップ率St** に対し、図13に示すように所定の制限が課せられる。
即ち、制動操舵制御上の要請から車体横すべり角βに基づいて設定される目標スリップ率St** が20%を超える場合には、アンチスキッド制御中であれば、20%以下とされる。而して、ステップ304に進み、この目標スリップ率St** にアンチスキッド制御用のスリップ率補正量ΔSs** が加算されて、目標スリップ率St** が更新される。アンチスキッド制御中でなければ、ステップ305に進み前後制動力配分制御中か否かが判定される。ステップ305で前後制動力配分制御中と判定されると、ステップ306にて目標スリップ率St** にスリップ率補正量ΔSb** が加算されて更新され、そうでなければステップ307に進む。
ステップ307ではトラクション制御中か否かが判定され、そうであればステップ308にて目標スリップ率St** にスリップ率補正量ΔSr** が加算されて更新される。ステップ304,306及び308で目標スリップ率St** が更新された後、あるいはステップ307にてトラクション制御中でもないと判定されたときにはそのままで、ステップ309に進み各車輪毎にスリップ率偏差ΔSt** が演算されると共に、ステップ310にて車体加速度偏差ΔDVso**が演算される。尚、図6ではアンチスキッド制御、前後制動力配分制御及びトラクション制御を例示したが、図5及び図6に列挙した各制御についても同様に目標スリップ率St** が設定される。
上記ステップ309においては、各車輪の目標スリップ率St** と実スリップ率Sa** の差が演算されスリップ率偏差ΔSt** が求められる(ΔSt** =St** −Sa** )。また、ステップ310においては車両重心位置での推定車体加速度DVsoと制御対象の車輪における車輪加速度DVw** の差が演算され、車体加速度偏差ΔDVso**が求められる。このときの各車輪の実スリップ率Sa** 及び車体加速度偏差ΔDVso**はアンチスキッド制御、トラクション制御等の制御モードに応じて演算が異なるが、これらについては説明を省略する。
続いて、ステップ311に進みスリップ率偏差ΔSt** が所定値Ka と比較され、所定値Ka 以上であればステップ312にてスリップ率偏差ΔSt** の積分値が更新される。即ち、今回のスリップ率偏差ΔSt** にゲインGI** を乗じた値が前回のスリップ率偏差積分値IΔSt** に加算され、今回のスリップ率偏差積分値IΔSt** が求められる。スリップ率偏差|ΔSt** |が所定値Ka を下回るときにはステップ313にてスリップ率偏差積分値IΔSt** はクリア(0)される。次に、図7のステップ314乃至317において、スリップ率偏差積分値IΔSt** が上限値Kb 以下で下限値Kc 以上の値に制限され、上限値Kbを超えるときはKb に設定され、下限値Kc を下回るときはKc に設定された後、ステップ318に進む。
ステップ318においては、各制御モードにおけるブレーキ液圧制御に供する一つのパラメータY**がGs** ・(ΔSt** +IΔSt** )として演算される。ここでGs** はゲインであり、車体横すべり角βに応じて図12に実線で示すように設定される。また、ステップ319において、ブレーキ液圧制御に供する別のパラメータX**がGd** ・ΔDVso**として演算される。このときのゲインGd** は図12に破線で示すように一定の値である。
この後、ステップ320に進み、各車輪毎に、上記パラメータX**,Y**に基づき、図11に示す制御マップに従って液圧制御モードが設定される。図11においては予め急減圧領域、パルス減圧領域、保持領域、パルス増圧領域及び急増圧領域の各領域が設定されており、ステップ320にてパラメータX**及びY**の値に応じて、何れの領域に該当するかが判定される。尚、非制御状態では、液圧制御モードは設定されない(ソレノイドオフ)。更に、ステップ320にて今回判定された領域が、前回判定された領域に対し、増圧から減圧もしくは減圧から増圧に切換わる場合には、ステップ321において増減圧補償処理が行われるが、これについては後述する。そして、ステップ322にて上記液圧制御モードに応じて、ブレーキ液圧制御装置PCを構成する各電磁弁のソレノイドが駆動され、各車輪の制動力が制御される。
図8は上記ステップ321で実行される増減圧補償処理のうちの増圧補償処理の内容を示すもので、先ずステップ401において、制動操舵制御及びアンチスキッド制御の両制御を行なうための制御モード(図4のステップ111で設定)に設定されているか否かが判定される。「制動操舵制御+アンチスキッド制御」の制御モードに設定されていると判定されると、ステップ402に進み、急増圧モードか否かが判定され、急増圧モードでなければ更にステップ403に進み、パルス増圧モードか否かが判定される。而して、急増圧モードであれば、ステップ404にて急増圧時間が修正され、パルス増圧モードであれば、ステップ405にて増圧勾配が修正される。
上記ステップ404において実行される急増圧時間の修正は、「制動操舵制御+アンチスキッド制御」の制御モード時の急増圧時間を、アンチスキッド制御のみの制御モード時の急増圧時間より長く設定することによって行なわれる。例えば、前回までの総減圧時間に応じて設定されるホイールシリンダ液圧回復時の目標液圧係数がKt倍とされる(例えば、Kt=1.2)。具体的には、今回の急増圧時間がアンチスキッド制御のみの制御モード時のKt倍とされる。
一方、上記ステップ405において実行されるパルス増圧モード時の増圧勾配の修正は、図14及び図15に基づき、「制動操舵制御+アンチスキッド制御」の制御モード時のデューティ比を、アンチスキッド制御のみの制御モード時のデューティ比より大に設定することによって行なわれる。具体的には、パルス増圧の実行回数に応じて増圧時間(電磁弁のオン時間)が図14に示すように設定される。また、マスタシリンダ液圧とホイールシリンダ液圧の液圧差に応じて、パルス増圧信号の周期が図15に示すように設定される。
この後、ステップ406に進み、アンチスキッド制御のみの制御モードにおける増減圧補償処理、マスタシリンダ液圧及びホイールシリンダ液圧の変動に伴う増減圧補償処理等、種々の増減圧補償処理が行なわれる。尚、これらについては本願発明に直接関係しないので説明を省略する。
而して、上記ステップ404,405の処理によって急速に目標スリップ率St** が増大し、迅速に(μピークを超えて)図16のc点乃至d点に至り、コーナリングフォースCFを急減させることができ、これによりアンチスキッド制御中でも操舵制御が可能となる。しかも、ステップ303において目標スリップ率St**の上限値が設定されているので、過剰な制御が防止される。