(1)エンジンの全体構成
図1は、本発明の一実施形態にかかるエンジンの全体構成を示す図であり、図2は、そのエンジン本体1の具体的構成を示す断面図である。これらの図に示されるエンジンは、走行駆動用の動力源として車両に搭載される往復ピストン型の多気筒ガソリンエンジンである。このエンジンのエンジン本体1は、一軸方向に並ぶ複数の気筒2A〜2Dを有するシリンダブロック2と、シリンダブロック2の上面に設けられたシリンダヘッド3と、各気筒2A〜2Dに往復摺動可能に挿入されたピストン4とを有している。なお、エンジン本体1に供給される燃料は、ガソリンを主成分とするものであればよく、その中身は、全てガソリンであってもよいし、ガソリンにエタノール(エチルアルコール)等を含有させたものでもよい。
上記ピストン4はコネクティングロッド12を介してクランク軸13と連結されており、上記ピストン4の往復運動に応じて上記クランク軸13が中心軸回りに回転するようになっている。
上記ピストン4の上方には燃焼室5が形成され、燃焼室5に吸気ポート6および排気ポート7が開口し、各ポート6,7を開閉する吸気弁8および排気弁9が、上記シリンダヘッド3にそれぞれ設けられている。なお、図例のエンジンはいわゆるダブルオーバーヘッドカムシャフト式(DOHC)エンジンであり、各気筒につき上記吸気ポート6および排気ポート7が2つずつ設けられるとともに、上記吸気弁8および排気弁9も2つずつ設けられている。
なお、「燃焼室」とは、狭義には、ピストン4が上死点まで上昇したときに当該ピストン4の上方に形成される空間のことを指すが、本明細書でいう燃焼室5とは、ピストン4の上下位置にかかわらずその上方に形成される空間のことを指すものとする(広義の燃焼室)。
ここで、当実施形態のエンジン本体1の幾何学的圧縮比は、理論熱効率の向上や、後述するHCCI燃焼(圧縮自己着火燃焼)の安定化等を目的として、14以上という比較的高い値に設定されている。なお、幾何学的圧縮比の上限値は、実用上の観点等から20程度であると考えられるため、上記エンジン本体1の幾何学的圧縮比は、14以上20以下の範囲の適宜の値に設定される。
図2に示すように、上記吸気弁8および排気弁9は、それぞれ、シリンダヘッド3に配設された一対のカムシャフト(図示省略)等を含む動弁機構15,16によりクランク軸13の回転に連動して開閉駆動される。
上記吸気弁8用の動弁機構15には、吸気弁8のリフト特性を変更するための可変機構17が組み込まれている。この可変機構17は、少なくとも吸気弁8の閉時期を変更し得るものであればよいが、吸気弁8の閉時期のみを変更し、開時期については変更しないといった操作が可能なものがより好ましい。このような構成の可変機構17としては、例えば、吸気弁8の動作タイミング(位相角度)を変更するVVT(可変バルブタイミング機構;Variable Valve Timing Mechanism)と、吸気弁8のリフト量を変更するVVL(可変バルブリフト機構;Variable Valve Lift Mechanism)とを組み合わせたものが考えられる。このようなタイプの可変機構であれば、吸気弁8の閉時期だけでなく開弁期間(つまり吸気弁8を開き始めてから閉じるまでの期間)をも変更できるため、吸気弁8の閉時期のみを変更する(開時期は変更しない)という操作が可能である。
上記排気弁9用の動弁機構16には、吸気行程中に排気弁9を押し下げる機能を有効または無効にする切替機構18が組み込まれている。すなわち、この切替機構18は、排気弁9を排気行程だけでなく吸気行程でも開弁可能にするとともに、この吸気行程中の排気弁9の開弁動作(いわゆる排気弁9の2度開き)を実行するか停止するかを切り替える機能を有している。
上記切替機構18の作用により排気弁9が吸気行程中に開弁すると、一旦排気ポート7に排出された高温の排気ガスが燃焼室5に逆流し、次回の排気行程まで燃焼室5に残留する。以下では、このような排気弁9の2度開き(吸気行程中の開弁)による排気ガスの残留操作を、後述する外部EGR装置39,44による排気ガスの還流操作(外部EGR)と区別して、内部EGRと称する。
なお、上記可変機構17および切替機構18としては、同様の機能を備えた種々の従来構造から適宜のものを選択して使用し得る。
上記エンジン本体1のシリンダヘッド3には、インジェクタ10および点火プラグ11が、各気筒2A〜2Dにつきそれぞれ1組ずつ設けられている。
上記インジェクタ10は、各気筒2A〜2Dの燃焼室5をその吸気側の側方から臨むように設けられている。インジェクタ10は、その先端部に複数の噴孔を有した多噴孔型のインジェクタであり、当実施形態では、合計で12個の噴孔がインジェクタ10の先端部に設けられている。
また、上記インジェクタ10の各噴孔から噴射される燃料(ガソリンを主成分とする燃料)の圧力は、20MPa以上という高い値に設定されている。このインジェクタ10からの噴射圧力は、より好ましくは、20MPaよりもさらに高い値(例えば30〜40MPa)に設定されるが、実用上の観点等から、噴射圧力の上限は120MPa程度であると考えられる。このことから、上記インジェクタ10からの噴射圧力は、20MPa以上120MPa以下の範囲の適宜の値に設定される。
なお、上記のような高い噴射圧力を実現するには、例えば、各気筒2A〜2Dのインジェクタ10に接続された燃料供給管と、その上流側に設けられた燃料ポンプとの間に、燃料ポンプから圧送された燃料を蓄圧しつつ貯蔵するコモンレールを設けた、いわゆるコモンレール式の燃料供給システムを採用することが考えられる。
上記点火プラグ11は、各気筒2A〜2Dの燃焼室5を上方から臨むように設けられている。具体的に、この点火プラグ11は、燃焼室5に露出する電極を先端部に有し、図外の点火回路からの給電に応じて上記電極から火花を放電する。
図2に示すように、上記エンジン本体1のシリンダブロック2やシリンダヘッド3の内部には、冷却水が流通するウォータジャケット(図示省略)が設けられており、このウォータジャケット内の冷却水の温度を検出するための水温センサSW1が、上記シリンダブロック2に設けられている。
上記シリンダブロック2には、クランク角センサSW2が設けられている。クランク角センサSW2は、クランク軸13と一体に回転するクランクプレート(図示省略)の回転に応じてパルス信号を出力するものであり、このパルス信号に基づいて、クランク軸13の回転角度(クランク角)および回転速度(エンジン回転速度)が検出されるようになっている。
上記シリンダヘッド3には、動弁機構15におけるカムシャフトの角度を検出するためのカム角センサSW3が設けられている。カム角センサSW3は、カムシャフトと一体に回転するシグナルプレートの歯の通過に応じて、気筒判別(各気筒が吸気、圧縮、膨張、排気のいずれの行程にあるかの判別)用のパルス信号を出力するものである。
上記エンジン本体1の吸気ポート6および排気ポート7には、吸気通路20および排気通路30がそれぞれ接続されている。すなわち、外部からの吸入空気(新気)が上記吸気通路20を通じて燃焼室5に供給されるとともに、燃焼室5で生成された排気ガス(既燃ガス)が上記排気通路30を通じて外部に排出されるようになっている。
図1に示すように、上記吸気通路20は、単一の管路からなる共通管部23と、共通管部23の下流端(図中に矢印で示す吸入空気の流れ方向の下流端)に接続されたサージタンク22と、気筒2A〜2Dごとに分岐して設けられ、上記サージタンク22と各気筒2A〜2Dの吸気ポート6とを接続する分岐管部21とを有している。
上記排気通路30は、単一の管路からなる共通管部32と、気筒2A〜2Dごとに分岐して設けられ、上記共通管部32の上流端(図中に矢印で示す排気ガスの流れ方向の上流端)と各気筒2A〜2Dの排気ポート7とを接続する分岐管部31とを有している。
当実施形態のエンジンには、排気ターボ式の過給機35と、排気通路30に排出された排気ガスを吸気通路20に還流させる第1および第2の外部EGR装置39,44とが装備されている。
上記過給機35は、排気通路30の共通管部32に配設されたタービン36と、吸気通路20の共通管部23に設けられたコンプレッサ37と、これらタービン36およびコンプレッサ37どうしを互いに連結する連結軸38とを有している。エンジンの運転中に、上記排気通路30を通じて排気ガスがタービン36に流入すると、その排気ガスのエネルギによりタービン36が回転するとともに、これと連動してコンプレッサ37が高速回転することにより、上記吸気通路20を通過する空気(吸入空気)が加圧されつつ燃焼室5に送り込まれるようになっている。
上記排気通路30の共通管部32には、上記過給機35のタービン36をバイパスするためのバイパス管48が設けられている。バイパス管48にはウェストゲートバルブ49が設けられており、当該バルブ49の開閉に応じて排気ガスの流通経路が切り替えられ、上記過給機35による過給のON/OFF等が切り替えられるようになっている。
すなわち、上記ウェストゲートバルブ49が閉弁されると、排気ガスがタービン36に流入することにより、コンプレッサ37が回転駆動されて吸入空気が加圧される一方、ウェストゲートバルブ49が開弁されると、排気ガスが主にバイパス管48を通過する(タービン36をパイパスする)ことにより、コンプレッサ37による吸入空気の加圧が実質的に停止される。なお、ウェストゲートバルブ49を100%(全開)未満の中間開度に設定することにより、コンプレッサ37の仕事量(過給能力)を調節することも可能である。
上記第1外部EGR装置39は、タービン36よりも下流側の排気通路30とコンプレッサ37よりも上流側の吸気通路20とを連通させる第1EGR通路40と、第1EGR通路40の途中部に設けられ、その内部を通過する排気ガスの流量を制御する第1EGRバルブ41と、第1EGR通路40を通過する排気ガスの温度を低下させる水冷式のEGRクーラ42とを有している。
上記第1EGR通路40は、排気通路30の共通管部32のうちタービン36よりも下流側(排ガス流れ方向の下流側)に位置する部分と、吸気通路20の共通管部23のうちコンプレッサ37よりも上流側(吸気流れ方向の上流側)に位置する部分とを連通している。このため、上記第1EGRバルブ41が開弁されると、タービン36を通過した後の排気ガスが第1EGR通路40に流れ込み、当該通路40を通じてコンプレッサ37よりも上流側の吸気通路20(共通管部23)へと戻される。すなわち、第1外部EGR装置39は、タービン36を通過した後の比較的圧力の低い排気ガスを吸気通路20に還流させるものである。
上記第2外部EGR装置44は、タービン36よりも上流側の排気通路30とコンプレッサ37よりも下流側の吸気通路20とを連通させる第2EGR通路45と、第2EGR通路45の途中部に設けられ、その内部を通過する排気ガスの流量を制御する第2EGRバルブ46と、第2EGR通路45を通過する排気ガスの温度を低下させる水冷式のEGRクーラ47とを有している。
上記第2EGR通路45は、排気通路30の共通管部32のうちタービン36よりも上流側(排ガス流れ方向の上流側)に位置する部分と、吸気通路20の共通管部23のうちコンプレッサ37よりも下流側(吸気流れ方向の下流側)に位置する部分とを連通している。このため、上記第2EGRバルブ46が開弁されると、タービン36を通過する前の排気ガスが第2EGR通路45に流れ込み、当該通路45を通じてコンプレッサ37よりも下流側の吸気通路20(共通管部23)へと戻される。すなわち、第2外部EGR装置44は、タービン36を通過する前の比較的圧力の高い排気ガスを吸気通路20に還流させるものである。
上記吸気通路20の共通管部23におけるコンプレッサ37よりも上流側には、吸入空気に含まれる異物等を除去するためのエアクリーナ26が設けられるとともに、上記コンプレッサ37よりも下流側の共通管部23には、過給により温度上昇した吸入空気を冷却するためのインタークーラ25が設けられている。
また、上記吸気通路20の共通管部23におけるインタークーラ25よりも下流側には、スロットルバルブ24が開閉可能に設けられている。ただし、当実施形態のエンジンでは、排気弁9の2度開き(吸気行程中の開弁)により排気ガスを燃焼室5に残留させる操作(内部EGR)や、第1、第2外部EGR装置39,44を用いて吸気通路20に排気ガスを還流させる操作(外部EGR)が可能で、さらには、過給機35の作動により過給量を調節することが可能なことから、これらの操作に基づいて、スロットルバルブ24を操作することなく、燃焼室5に導入される空気(新気)の量を調整することが可能である。このため、スロットルバルブ24は、エンジンの停止時等を除いて、基本的に全開状態に維持される。
上記排気通路30の共通管部32におけるタービン36よりも下流側には、排気ガス浄化用の触媒コンバータ28が設けられている。触媒コンバータ28には三元触媒が内蔵されており、排気通路30を通過する排気ガス中の有害成分が上記三元触媒の作用により浄化されるようになっている。
(2)制御系
図3は、エンジンの制御系を示すブロック図である。本図に示されるECU50は、エンジンの各部を統括的に制御するための装置(本発明にかかる制御手段)であり、周知のCPU、ROM、RAM等から構成されている。
上記ECU50には、エンジンに設けられた各種センサから種々の情報が入力される。すなわち、ECU50は、エンジンに設けられた上記水温センサSW1、クランク角センサSW2、およびカム角センサSW3と電気的に接続されており、これら各センサSW1〜SW3からの入力信号に基づいて、エンジンの冷却水温、クランク角、エンジン回転速度、および気筒判別情報といった種々の情報を取得する。
また、ECU50には、車両に設けられた各種センサからの情報も入力される。例えば、車両には、運転者により踏み込み操作される図外のアクセルペダルの開度(アクセル開度)を検出するアクセル開度センサSW4が設けられており、このアクセル開度センサSW4により検出されたアクセル開度が、上記ECU50に入力される。
上記ECU50が有するより具体的な機能について説明すると、上記ECU50は、その主な機能的要素として、判定手段51、インジェクタ制御手段52、吸気弁制御手段53、内部EGR制御手段54、外部EGR制御手段55、点火制御手段56、および過給制御手段57を有している。
上記判定手段51は、クランク角センサSW2の検出値から特定されるエンジン回転速度と、アクセル開度センサSW4の検出値から特定されるエンジン負荷(目標トルク)とに基づいて、エンジンをどのような態様で制御すべきかを都度判定するものである。なお、以下では、エンジン回転速度をNe、エンジン負荷をTとする。
図4および図5は、上記エンジン回転速度Neおよび負荷Tに基づいてエンジンの制御内容を決定するための領域判定マップの一例を示すものである。なお、図4のマップは、エンジン水温センサSW1により検出された冷却水温が高い(例えば80℃以上)温間状態のときのものであり、図5のマップは、エンジンの冷却水温が低い冷間状態のときのものである。
まず、温間時のマップ(図4)について説明する。図4のマップのうち、エンジン負荷Tが比較的低い領域(低負荷域)には、全ての回転速度域にわたって第1運転領域A1が設定されている。また、この第1運転領域A1よりも高負荷側の領域(主に中負荷域)には、全ての回転速度域にわたって第2運転領域A2が設定されている。さらに、この第2運転領域A2よりも高負荷側の領域(主に高負荷域)には、低回転側から順に第3運転領域A3および第4運転領域A4が設定されている。つまり、第2運転領域A2よりも高負荷側の領域において、回転速度Neが所定値(例えば2000〜3000rpm程度)よりも低い領域に第3運転領域A3が設定されるとともに、この第3運転領域A2よりも回転速度Neの高い領域に第4運転領域A4が設定されている。
エンジンの運転中においては、エンジンの運転ポイント(負荷Tおよび回転速度Neの各値から特定されるマップ上でのポイント)が上記図4中のどの運転領域(A1〜A4)に該当するかが都度判断され、各運転領域に応じた適切な制御が実行されるようになっている。
上記図4のマップに基づく制御の中身について簡単に説明しておく。このマップのうち、第3、第4運転領域A3,A4を除く部分負荷の領域、つまり第1運転領域A1および第2運転領域A2は、そのいずれもが、ピストン4の圧縮作用により混合気を自着火させるHCCI燃焼(圧縮自己着火燃焼)の実行領域として設定されている。ただし、第1運転領域A1では、過給機35が実質的に停止される自然吸気(Natural Aspiration)による運転が行われる一方、第2運転領域A2では、過給機35による過給が行われる。よって、以下では、上記第1、第2運転領域A1,A2での制御のことを、それぞれ「NA−HCCIモード」および「過給HCCIモード」と称する。
一方、上記第1、第2運転領域A1,A2よりも高負荷側に設定された第3、第4運転領域A3,A4は、HCCI燃焼ではなく、点火プラグ11を用いた火花点火(Spark Ignition)をきっかけに混合気を火炎伝播により燃焼させるSI燃焼の実行領域として設定されている。ただし、上記第3、第4運転領域A3,A4でのSI燃焼は、一般的なSI燃焼とは異なり、燃料の噴射時期および点火時期を遅めに設定しつつ混合気を急速な火炎伝播により燃焼させるというものである(その詳細については後述する)。また、第3運転領域A3および第4運転領域A4では、ともに排気ガスを排気通路30から吸気通路20に還流させる外部EGRが実行されるが、その外部EGRのために第1外部EGR装置39または第2外部EGR装置44のいずれを使用するかが異なる。以下では、第3運転領域A3での制御のことを「第1リタードSIモード」と称し、第4運転領域A4での制御のことを「第2リタードSIモード」と称する。
次に、図5に示される冷間時のマップについて説明すると、このマップにおけるエンジンの低負荷域には第5運転領域B1が設定され、これよりも負荷Tの高い中高負荷域には第6運転領域B2が設定されている。このマップ(図5)が使用される冷間時は、上述した温間時(図4)と異なり、HCCI燃焼は実行されず、いずれの運転領域でもSI燃焼が実行される。ただし、低負荷側の第5運転領域B1では過給機35による過給が停止され、高負荷側の第6運転領域B2では過給機35による過給が行われる。以下では、第5運転領域B1での制御のことを「NA−SIモード」と称し、第6運転領域B2での制御のことを「過給SIモードと称する」。
再び図3に戻って、上記インジェクタ制御手段52は、上記インジェクタ10に内蔵された図外のニードル弁(インジェクタ10の先端部の噴孔を開閉する弁)を電磁的に開閉することにより、インジェクタ10から燃焼室5に噴射される燃料の噴射量や噴射時期を制御するものである。
上記吸気弁制御手段53は、上記可変機構17を駆動することにより、吸気弁8のリフト特性(開閉タイミング等)を変更する制御を実行するものである。
上記内部EGR制御手段54は、上記切替機構18を駆動して排気弁9の吸気行程中の開弁(2度開き)を実行または停止することにより、燃焼室5に排気ガスを残留(逆流)させる操作(内部EGR)の有無を切り替えるものである。
上記外部EGR制御手段55は、上記第1外部EGR装置39および第2外部EGR装置44の各EGRバルブ41,46の開度を制御することにより、排気通路30から吸気通路20に排気ガスを還流する操作(外部EGR)の有無を切り替えるとともに、外部EGRの実行時に排気ガスの還流量(外部EGR量)を調節するものである。
上記点火制御手段56は、上記点火プラグ11による火花点火のタイミング(点火時期)等を制御するものである。ただし、当実施形態において、点火プラグ11は、エンジンがSI燃焼により運転される場合や、混合気の自着火をアシストする着火アシストが必要な場合にのみ作動し、それ以外のときは基本的に(カーボン除去のために行われる吸気行程や排気行程中の点火動作を除いて)作動しない。
上記過給制御手段57は、ウェストゲートバルブ49の開度を制御することにより、過給機35による過給の有無を切り替えるとともに、過給の実行時にその過給量を調節するものである。
(3)温間時の各運転領域における燃焼形態
次に、以上のような機能を有するECU50の制御に基づき、図4に示した温間時の各運転領域(A1,A2,A3,A4)で、それぞれどのような燃焼形態が選択されるのかを説明する。エンジンが温間状態で運転されているとき、ECU50は、上記クランク角センサSW2およびアクセル開度センサSW4の各検出値に基づいて、エンジンの運転ポイント(負荷Tおよび回転速度Ne)が図4の制御マップにおけるどの運転領域に該当するかを逐次判定する。そして、判定された運転領域が、図4中の第1〜第4運転領域A1〜A4の中のいずれであるかに応じて、それぞれ以下のような制御を実行する。
(i)第1運転領域A1(NA−HCCIモード)
図6は、エンジンの運転ポイントが第1運転領域A1にあるためにエンジンがNA−HCCIモードで運転されている場合の燃焼形態を説明するための図である。本図に示すように、このNA−HCCIモードでは、吸気行程中に噴射された燃料と空気とに基づく混合気をピストン4の圧縮作用によって自着火させる、一般的なHCCI燃焼が実行される。
具体的に、当実施形態において、NA−HCCIモードで運転されているときには、吸気行程中の所定時期にインジェクタ10から燃焼室5に対し比較的少量の燃料が噴射(P1)される。また、図9に示すように、ウェストゲートバルブ49が全開にされることにより、過給機35が実質的に停止され、自然吸気によって吸気通路20から燃焼室5に空気が導入される。そして、上記燃料噴射P1により噴射された少量の燃料と、吸気通路20から燃焼室5に導入される空気(新気)とに基づき形成される均質でかつリーンな混合気が、ピストン4の圧縮作用により高温、高圧化し、圧縮上死点(圧縮行程と排気行程の間のTDC)付近で自着火する。すると、このような自着火に基づき、波形Q1に示すような熱発生を伴う燃焼が生じることになる。
上記NA−HCCIモードでは、燃焼室5内の混合気の空燃比(混合気に含まれる空気の質量を燃料の質量で割った実空燃比)を理論空燃比(14.7)で割った値である空気過剰率λが2以上となるように設定される。ただし、このように大幅にリーンでかつ均質な空燃比下では、筒内温度を意図的に上昇させないと、失火が起きるおそれがある。そこで、上記NA−HCCIモードでは、切替機構18を駆動して排気弁9を吸気行程中に開弁させる、いわゆる排気弁9の2度開きを行うことにより、燃焼室5で生成された排気ガスを燃焼室5に逆流させる内部EGRが実行される。このように、高温の排気ガスを燃焼室5に逆流(残留)させることで、燃焼室5を高温化して、混合気の自着火を促進する。
上記内部EGRにより燃焼室5に残留する排気ガスの量(内部EGR量)は、着火性が悪い低負荷側ほど多く設定され、逆に高負荷側ほど少なく設定される。上記可変機構17に吸気弁8のリフト量を変更する機能が備わっている場合には、上記のように内部EGR量を制御するために、負荷Tの増大とともに吸気弁8のリフト量を徐々に増大させる操作を、上記可変機構17を用いて行うとよい。もしくは、当実施形態では排気弁9が1気筒あたり2つ設けられているので、吸気行程中に開弁(2度開き)される排気弁9の数を0,1,2の間で切り替えることにより、上記内部EGR量を段階的に変化させることも可能である。この場合は、吸気弁8のリフト量を変更してなくても内部EGR量を調節し得る。
なお、上記NA−HCCIモードが実行される第1運転領域A1のうち、燃料の噴射量が大幅に減らされる負荷Tの極めて低い(無負荷に近い)運転領域、あるいは、噴射された燃料の受熱期間(燃料が高温・高圧環境下に晒される実時間)が短くなる高回転側の領域では、たとえ内部EGRにより燃焼室5の高温化を図ったとしても、混合気が安定的に自着火しないおそれがある。そこで、このような運転領域では、点火プラグ11の補助的な火花点火により混合気の一部を燃焼させ、その燃焼をきっかけに残りの混合気を自着火により燃焼させる、いわゆる着火アシストを行うとよい。
上記NA−HCCIモードでは、上記のような排気弁9の2度開きに基づく内部EGRが実行されるため、外部EGRについては停止される。すなわち、上記第1、第2外部EGR装置39,44の各EGRバルブ41,46の開度が全閉に設定されることにより、排気通路30から吸気通路20への排気ガスの還流が停止される。
(ii)第2運転領域A2(過給HCCIモード)
上記第1運転領域A1よりも負荷Tが高い領域に設定された第2運転領域A2では、過給HCCIモードとして、図7に示すような制御が実行される。すなわち、過給HCCIモードでは、上記NA−HCCIモードのときと同じく混合気を自着火により燃焼(HCCI燃焼)させるために、吸気行程を含む所定時期に少なくとも1回の燃料噴射P2が実行される。また、図10に示すように、排気通路30を流れる排気ガスが全て過給機35のタービン36に流入するように、ウェストゲートバルブ49が全閉にされ、これに伴ってタービン36およびコンプレッサ37が回転駆動されることにより、吸入空気の過給がフルに行われる。
そして、上記過給機35の過給により多量に供給される空気(新気)と、上記燃料噴射P2により噴射された燃料とに基づいて、空気過剰率λが2以上(λ≧2)となるリーンな混合気が形成されるとともに、その混合気がピストン4の圧縮作用により圧縮上死点付近で自着火し、図7の波形Q2に示すような熱発生を伴う燃焼が生じる。なお、上記過給HCCIモードの実行領域である第2運転領域A2は、上述したNA−HCCIモードの実行領域である第1運転領域A1よりも負荷Tが高く、噴射される燃料の量も多くなるため、ここでの熱発生量(波形Q2)は、第1運転領域A1のときの熱発生量(図6の波形Q1)よりも多くなる。
上記のように、負荷に応じた比較的多くの燃料が噴射される第2運転領域A2では、燃料を吸気行程中の1回で噴射すると、特にその高負荷側の一部において、燃焼圧力が急上昇して大きな燃焼騒音が発生したり、燃焼温度が過度の高くなってNOxの生成量が増大したりするおそれがある。そこで、第2運転領域A2における高負荷側の一部では、吸気行程中の燃料噴射P2に加えて、圧縮行程の中期以降にも燃料噴射(図7に破線で示す噴射P2’)を実行するとよい。このように、必要量の燃料を吸気行程と圧縮行程の2回に分けて噴射するようにした場合には、燃料の受熱期間が平均的に短くなるとともに、特に圧縮行程の中期以降という遅めのタイミングで実行される2回目の燃料噴射P2’の気化潜熱によって圧縮上死点付近の燃焼室5の温度が低下するため、燃焼が緩慢化し、上記のような燃焼騒音やNOxの増大が防止される。
また、上記過給HCCIモードでは、吸気行程中に排気弁9を押し下げる機能を無効にするように切替機構18が駆動され、排気弁9の吸気行程中の開弁(2度開き)が停止される。これにより、排気ガスが燃焼室5に逆流することがほとんどなくなり、内部EGRが禁止される。
一方、過給HCCIモードでは、上記のように禁止された内部EGRに代わり、外部EGRが実行される。ここでの外部EGRは、当時実施形態では、第1外部EGR装置39を用いた外部EGRとされる。すなわち、第1外部EGR装置39のEGRバルブ41が開弁されることにより、過給機35のタービン36を通過した後の比較的圧力の低い排気ガスが、第1EGR通路40を通じて吸気通路20に還流される。
上記(i)(ii)で説明したように、エンジンの部分負荷域(第1、第2運転領域A1,A2)では、混合気の空気過剰率λを2以上とした大幅にリーンな環境下でHCCI燃焼が実行される(NA−HCCIモードおよび過給HCCIモード)。このように大幅にリーンに設定された混合気をHCCI燃焼させると、燃焼温度が大幅に低下するため、冷却損失を低減して熱効率(燃費)を向上させることができる。なお、λ≧2にまでリーンになると、三元触媒によるNOxの浄化作用はほとんど期待できなくなるが、λ≧2での低温燃焼により生じるNOx量(生のNOx量)は大幅に少なくなるため、三元触媒以外に特別な触媒(例えばNOxトラップ触媒)を設けなくても、排気ガス中に含まれるNOxの量を十分に小さい値に抑制することができる。
ここで、上記のようなλ≧2でのHCCI燃焼をエンジンの全ての負荷域で(エンジンの最高負荷まで)継続的に行わせることも考えられる。しかしながら、先にも述べたように、エンジン負荷Tがある程度高まれば(例えば第2運転領域A2の高負荷側まで高まれば)、燃焼騒音やNOx生成量の問題から、燃料の分割噴射によって燃焼を緩慢化させる必要が生じる。このため、λ≧2でのHCCI燃焼を第2運転領域A2よりも高負荷側まで継続させるには、上記のような燃焼の緩慢化をさらに進める必要があり、そのためには、例えば必要量の燃料のうちの多くを圧縮行程の中期以降に噴射させたり、さらには、吸気弁8の閉時期に基づくエンジンの有効圧縮比を極端に低下させたりする必要がある。しかも、エンジンの最高負荷の近傍では、噴射される燃料の量がかなり多くなるため、そのような多量の燃料に対しλ≧2のリーンな空燃比を維持するには、過給機35による過給量を極端に増大させる必要があり、過給機35の要求性能が過大になってしまう。そして、過給量が増えすぎると、エンジンの排圧(タービン36より上流側の排気ガスの圧力)が過度に上昇し、ポンプ損失が増大する結果、かえって熱効率が悪化することが懸念される。
そこで、本願発明者は、エンジンの主に高負荷域では、上記のようなλ≧2でのHCCI燃焼ではなく、λ=1(理論空燃比)でのSI燃焼に切り替えた方が得策であるという結論に至った。ただし、単に従来通りのSI燃焼に切り替えたのでは、高負荷域での熱効率が悪化し、燃費向上等の効果が減殺されてしまう。そこで、上記第2運転領域A2よりも高負荷側の第3、第4運転領域A3,A4では、次のような特殊なSI燃焼を実行させる。
(iii)第3、第4運転領域A3,A4(第1、第2リタードSIモード)
エンジンの最高負荷を含む比較的負荷の高い領域に設定された上記第3、第4運転領域A3,A4では、リタードSIモード(第1、第2リタードSIモード)として、図8に示すような制御が実行される。すなわち、圧縮行程の後期にインジェクタ10から燃料を噴射させ(P3)、この燃料噴射P3の後に点火プラグ11に火花点火を行わせることにより、圧縮上死点を過ぎたタイミング(膨張行程の初期)から火炎伝播により混合気を燃焼させる制御が実行される。なお、当明細書において、ある行程の「後期」とか「初期」とかいう場合は、その行程を初期、中期、後期に3分割したときの後期あるいは初期を指すものとする。例えば、圧縮行程の後期であれば、圧縮上死点前(BTDC)60〜0°CAの範囲を指し、膨張行程の初期であれば、圧縮上死点後(ATDC)0〜60°CAの範囲を指すことになる。
また、上記第1、第2リタードSIモードでは、排気通路30に排出された排気ガスを吸気通路20に還流させる外部EGRが実行される。ただし、上記第3運転領域A3で選択される第1リタードSIモードと、上記第4運転領域A4で選択される第2リタードSIモードとでは、外部EGRを行うための装置として、第1外部EGR装置39および第2外部EGR装置44のいずれを使用するかが異なる。
具体的に、当実施形態において、エンジン回転速度Neが相対的に低い第3運転領域A3(第1リタードSIモード)のときには、図10に示すように、第1外部EGR装置39を用いた外部EGRが実行され、第3運転領域A3よりも高回転側の第4運転領域A4(第2リタードSIモード)のときには、図11に示すように、第2外部EGR装置44を用いた外部EGRが実行される。このように、回転速度Neによって第1、第2外部EGR装置39,44のいずれかを選択的に使用するのは、排気通路30を通過する排気ガスの流量の相違に由来する。
すなわち、低回転側の第3運転領域A3では、排気通路30を通過する排気ガスの流量が少ないため、仮に第2外部EGR装置44を用いた外部EGRを行ったと仮定すると(図11参照)、過給機35のタービン36よりも上流側から排気ガスが分流することにより、タービン36に流入する排気ガスの流量が減少して、過給機35の過給能力が十分に確保できなくなるおそれがある。一方、高回転側の第4運転領域A4では、排気通路30を通過する排気ガスの流量が多いため、仮に第1外部EGR装置39を用いてタービン36よりも下流側から排気ガスを分流させたと仮定すると(図10参照)、タービン36に流入する排気ガスの流量が過剰になり、エンジンの排圧の過上昇や、それに基づくポンプ損失の増大を招くおそれがある。
以上のような事情から、当実施形態では、第3運転領域A3(第1リタードSIモード)で第1外部EGR装置39を使用し(図10)、第4運転領域A4(第2リタードSIモード)で第2外部EGR装置44を使用するようにしている(図11)。なお、第4運転領域A4(第2リタードSIモード)では、エンジンの排圧(タービン36よりも上流側の排気ガスの圧力)が過度に上昇しないように、図11に示すように、ウェストゲートバルブ49を100%(全開)未満の範囲で開弁させ、排気ガスの一部をバイパス管48に導入する(タービン36をバイパスさせる)ようにしている。
上記第1、第2リタードSIモードでの燃料噴射P3のタイミングは、圧縮行程の後期(BTDC60〜0°CA)における適宜のタイミングに設定される。また、同モードでの火花点火のタイミングは、膨張行程の初期(ATDC0〜60°CA)の中でも比較的早めのタイミング、具体的には、ATDC0〜20°CA程度の範囲内に設定される。ただし、エンジン回転速度Neが相対的に高い第4運転領域A4で選択される第2リタードSIモードでは、低回転側の第3運転領域A3で選択される第1リタードSIモードのときと比べて、燃料噴射P3および火花点火のタイミングが、上記のクランク角範囲の中でもより進角側に設定される。これは、単位時間あたりのクランク角の変化量が大きくなる高回転時においても、低回転時と同様のタイミングで混合気の燃焼を開始させるためである。
上記燃料噴射P3による噴射量は、燃焼室5全体の平均の空燃比が理論空燃比(空気過剰率λ=1)となるような値に設定される。そして、燃料噴射P3に基づき形成される理論空燃比(λ=1)の混合気は、上記燃料噴射P3の完了から比較的短い期間を空けたタイミング(図8の例では圧縮上死点の少し後)で実行される火花点火をきっかけに、通常よりも急速な火炎伝播によって燃焼し始め、図8の波形Q3に示すように、膨張行程のそう遅くない時期までに燃焼を完了させる(このような急速な火炎伝播燃焼が実現される理由については後述する)。
次に、上記第1、第2リタードSIモードに基づきどのようなSI燃焼が実現されるのかについてより具体的に説明する。なお、以下では、第1、第2リタードSIモードにより実現されるSI燃焼のことを、「急速リタードSI燃焼」と称する。
図12は、第1、第2リタードSIモードによる急速リタードSI燃焼(実線)の場合と、吸気行程中に燃料噴射を実行する従来のSI燃焼(破線)の場合とで、熱発生率(上図)および未燃混合気の反応進行度(下図)がそれぞれどのように異なるかを概念的に示す説明図である。なお、この比較の前提として、エンジンの幾何学的圧縮比はともに18とする。また、負荷Tおよび回転速度Neは同一であり、したがって燃料の噴射量も同一であるものとする。ただし、燃料噴射の圧力は、急速リタードSI燃焼の方が、従来のSI燃焼よりも大幅に高いものとする(例えば前者の噴射圧力が40MPaで後者の噴射圧力が7MPa)。
まず、従来のSI燃焼では、吸気行程中に燃料噴射P’を実行する。燃焼室5では、その燃料噴射P’の後、ピストン4が圧縮上死点に至るまでの間に、十分に均質な混合気が形成される。そして、この例では、圧縮上死点を過ぎた遅めのタイミングで火花点火が実行され、それをきっかけに(所定の着火遅れ時間の後に)、時点θig’で火炎伝播による燃焼が開始される。その後は、図12の上図に破線の波形で示すように、燃焼開始時期θig’から所定期間が経過した時点で熱発生率のピークを迎え、そこからさらに時間が経過した時点θend’で燃焼が完了する。
ここで、燃料噴射の開始から燃焼の終了までの間は、未燃混合気が存在し得る期間(未燃混合気の存在期間)ということができる。図12の下図に破線で示すように、未燃混合気の反応は、上記未燃混合気の存在期間中に徐々に進行する。従来のSI燃焼は、未燃混合気の存在期間が非常に長く、その間、未燃混合気の反応が進行し続けることから、火花点火後の火炎伝播の途中で未燃混合気が自着火する異常燃焼、つまりノッキングが起きてしまうという問題があった。特に、同一のクランク角変化量に対応する実時間が相対的に長くなるエンジンの低回転側では、ピストン4が混合気を圧縮している間に未燃混合気の反応がどんどん進行するため、火花点火に基づく燃焼開始時期θig’よりも早いタイミングで未燃混合気の反応度が着火しきい値を超えてしまい(つまり火花点火とは関係なく未燃混合気が自着火してしまい)、プリイグニッション(過早着火)を招く結果となってしまう。
以上のことから、当実施形態のような高圧縮比エンジンにおいて、第3、第4運転領域A3,A4のような高負荷域で従来のSI燃焼を適用した場合(つまり吸気行程中のようなかなり早いタイミングで燃料を噴射した場合)には、たとえ火花点火のタイミングを調節しても、プリイグニッションまたはノッキングといった異常燃焼が避けられないということが分かる。
これに対し、急速リタードSI燃焼では、上述したように、20MPa以上(例えば30〜40MPa)という非常に高い噴射圧力で、しかも圧縮行程の後期(例えばBTDC20〜0°CA)という大幅に遅角した期間に燃料が噴射される(図8のP3)。このような高圧でかつ遅いタイミングの噴射(以下、高圧リタード噴射という)を行うことは、未燃混合気の存在期間を短縮し、異常燃焼を回避することにつながる。すなわち、未燃混合気の存在期間は、図13にも示すように、インジェクタ10からの燃料噴射に要する期間((A)噴射期間)と、噴射終了後、点火プラグ11の周りに可燃混合気が形成されるまでの期間((B)混合気形成期間)と、点火によって開始された燃焼が終了するまでの期間((C)燃焼期間)とを足し合わせた時間、つまり、(A)+(B)+(C)である。以下に説明するように、高圧リタード噴射は、噴射期間、混合気形成期間、および燃焼期間をそれぞれ短縮し、それによって未燃混合気の存在期間を短縮する。
まず、高い噴射圧力は、単位時間当たりにインジェクタ10から噴射される燃料の量を相対的に多くする。このため、燃料噴射量を一定とした場合には、図13の下段に示すように、噴射圧力が高いほど、上記噴射量を噴射するのに要する期間(噴射期間)は短くなる。したがって、噴射圧力が従来に比べて大幅に高く設定された高圧リタード噴射は、上記噴射期間(A)の短縮に貢献する。
また、高い噴射圧力は、噴射された燃料噴霧の微粒化に有利になるとともに、燃料噴霧の貫徹力を強く(飛翔速度を速く)する。このため、噴射圧力が高いほど、燃料の蒸発に要する時間(燃料蒸発時間)は短くなり、点火プラグ11の周りに噴霧が到達するまでの時間(噴霧到達時間)も短くなる。上記混合気形成期間(B)は、燃料蒸発時間と噴霧到達時間とを足し合わせた期間であるから、図13の下段に示すように、噴射圧力が高いほど、上記混合気形成期間(B)は短くなる。したがって、噴射圧力の高い高圧リタード噴射は、上記混合気形成期間(B)の短縮に貢献する。
このように、高い噴射圧力によって燃料の噴射期間(A)および混合気形成期間(B)を短縮することができれば、これに伴って、燃料の噴射タイミング、より正確には、噴射開始タイミングを遅らせることが可能になる。図12および図8では、このような背景から、燃料噴射P3のタイミングが圧縮行程の後期にまで遅角されている。そして、圧縮行程の後期という遅いタイミングで燃料を高圧噴射することは、燃焼期間中の乱流エネルギーを増大させることにつながる。
すなわち、燃料噴射タイミングを圧縮行程後期にまで遅らせた場合、燃料の噴射圧力が高いほど乱流エネルギーは高くなる。これに対し、たとえ高い噴射圧力で燃焼室5に燃料を噴射したとしても、そのタイミングが早すぎる(例えば吸気行程中に噴射した)場合には、点火時期までの時間が長いことや、圧縮行程中にピストン4から圧縮を受けることに起因して、燃焼室5内の乱れは減衰してしまう。このため、吸気行程中のような早いタイミングで燃料噴射を行った場合には、燃焼期間中の乱流エネルギーは、噴射圧力の高低にかかわらず著しく低下してしまう。
燃焼期間中の乱流エネルギーは、これが高いほど燃焼期間を短くする作用をもたらす。したがって、噴射タイミングが圧縮行程後期である場合には、図13の下段に示すように、噴射圧力が高いほど燃焼期間(C)が短くなる。つまり、圧縮行程の後期に高圧で燃料噴射する高圧リタード噴射は、上記燃焼期間(C)の短縮に貢献する。
なお、図13の下段には、従来通りの低い噴射圧力で吸気行程中に燃料を噴射した場合の燃焼期間を白丸の点で示している。この従来の燃焼期間との比較からも明らかなように、20MPa以上の高い噴射圧力で圧縮行程後期に燃料を噴射する当実施形態の高圧リタード噴射によれば、燃焼期間を大幅に短縮できることが分かる。
しかも、当実施形態のインジェクタ10のように、12個という多数の噴孔を有したインジェクタであれば、より乱流エネルギーが高まるため、燃焼期間の短縮により有利となる。
ここで、高圧リタード噴射(図8および図12の燃料噴射P3)は、圧縮行程後期の所定時期に必要量の燃料を1回で噴射するものであってもよいが、圧縮行程後期の2回に分けて燃料を噴射するものであってもよい。後者のように、高圧リタード噴射を2回に分割した場合には、燃料の気化霧化の促進と乱流エネルギーの向上とをより高次元で両立することができる。
すなわち、燃料噴射P3を2回に分けた場合、その1回目の燃料噴射は、相対的に長い混合気形成期間を確保することにつながるため、燃料の気化霧化に有利である。そして、1回目の燃料噴射によって十分な混合気形成期間が確保される分、2回目の燃料噴射のタイミングは、より一層遅れたタイミングに設定することが可能になる。このことは、燃焼室5内の乱流エネルギーの向上に有利になり、燃焼期間の短縮に貢献する。この場合において、1回目の燃料噴射と2回目の燃焼噴射の割合は、2回目の燃料噴射の噴射量を、1回目の燃料噴射の噴射量よりも多く設定するとよい。このようにすることで、燃焼室5内の乱れエネルギーが十分に高まり、燃焼期間の短縮、ひいては異常燃焼の回避に有利になる。
さらに、圧縮行程後期に実行される上記燃料噴射P3の前に、予備噴射として、吸気行程中に少量の燃料を噴射するようにしてもよい。特に、上記第4運転領域A4の高回転側では、圧縮行程後期に燃料噴射P3を実行した後、燃料の気化およびミキシング時間を十分に確保できないため、それを補うための措置として、吸気行程中に予備噴射を実行しておくことが考えられる。
以上のように、高圧リタード噴射は、燃料の噴射期間(A)、混合気形成期間(B)、および燃焼期間(C)をそれぞれ短縮し、その結果、図12に示したように、燃料の噴射開始時期θinjから燃焼終了時期θendまでの期間(未燃混合気の存在期間)を、吸気行程中に燃料噴射する従来の場合と比較して大幅に短縮することができる。そして、当該期間の短縮により、圧縮比が高くしかも負荷Tの高い条件下であっても、異常燃焼を引き起こすことなく、適正な火炎伝播によって混合気を燃焼し切ることができる。すなわち、図13の上段に示すように、低い噴射圧力で吸気行程噴射する従来のSI燃焼では、白丸の点で示すように、未燃混合気の反応進行度が着火しきい値を超えてしまい、異常燃焼が発生してしまうのに対し、高圧リタード噴射を用いたSI燃焼、つまり急速リタードSI燃焼では、黒丸の点で示すように、未燃混合気の反応進行度が燃焼終了時期まで着火しきい値を越えないように反応の進行を抑制することができ、異常燃焼を回避することが可能になる。
しかも、急速リタードSI燃焼では、燃焼期間(C)が大幅に短縮されることから、たとえ火花点火に基づく燃焼開始時期θigが、図12の例のように圧縮上死点からある程度遅れたタイミング(膨張行程初期)に設定されていたとしても、膨張行程がかなり進行するまで燃焼が緩慢に継続するといったことがなく、熱効率および出力トルクの低下が避けられる。もちろん、点火時期を図12の例よりもさらに進角させれば、これに伴って燃焼開始時期θigが圧縮上死点により近づくため、熱効率および出力トルクのさらなる向上が期待できるが、点火時期を早めると今度はノッキングが起き易くなるため、点火時期は、ノッキングを起こさないという制約の下、できるだけ進角側に設定される。このような事情から、点火時期は、上述したように、例えば圧縮上死点後(ATDC)0〜20°CA程度の範囲内に設定される。このような範囲内に点火時期が設定されることで、圧縮上死点をある程度過ぎた適正なタイミングに燃焼開始時期θigが設定され、ノッキングが回避される。
(iv)運転状態の変化に伴う制御の具体例
まず、エンジンの低速域で負荷Tのみが変化したときの制御例について説明する。図14(a)〜(f)は、エンジンの低速域内で負荷Tが低負荷から高負荷まで変動することにより、図4に示した領域判定マップにおいて、エンジンの運転ポイントが第1運転領域A1→第2運転領域A2→第3運転領域A3へと変化し、これによってエンジンの制御モードが、NA−HCCIモード→過給HCCIモード→第1リタードSIモードと変化した場合の、各種制御パラメータの変化を示す図である。このうち、図14(a)は、燃焼室5への燃料およびガス(新気およびEGRガス)の充填量の内訳を示している。また、図14(b)はスロットルバルブ24の開度、(c)は排気2度開き(排気弁9の吸気行程中の開弁)の有無、(d)は第1EGRバルブ41の開度、(e)は第2EGRバルブ46の開度、(f)はウェストゲートバルブ49の開度をそれぞれ示している。
スロットルバルブ24の開度は、図14(b)に示すように、エンジンの負荷Tにかかわらず(つまりいずれの制御モードかにかかわらず)、常に全開に維持される。
排気弁9は、図14(c)に示すように、NA−HCCIモードのときに、排気行程だけでなく吸気行程でも開弁(2度開きON)され、過給HCCIモードおよび第1リタードSIモードのときに、上記吸気行程中の開弁が禁止(2度開きOFF)されて、排気弁9は排気行程でのみ開弁される。これにより、燃焼室5に排気ガスを逆流(残留)させる内部EGRが、NA−HCCIモードのときにのみ実行され、過給HCCIモードおよび第1リタードSIモードのときには禁止される。
第1EGRバルブ41の開度は、図14(d)に示すように、NA−HCCIモードのときに全閉に設定される(つまり外部EGRが禁止される)。これに対し、過給HCCIモードに移行すると、第1EGRバルブ41が所定の中間開度まで開かれることにより、第1外部EGR装置39を用いた外部EGR、つまりタービン36を通過した後の比較的圧力の低い排気ガスを吸気通路20に還流させる操作が開始される。さらに、第1リタードSIモードにまで移行すると、第1外部EGRバルブ41の開度がさらに増大され(一旦全開に設定され)、その後は、負荷Tの増大とともに漸減される。このように、過給HCCIモードから第1リタードSIモードへの移行時に第1外部EGRバルブ41の開度を一旦増大させるのは、図14(a)に示すように、過給HCCIモードのときは、空気過剰率λが2以上(つまりλ=1相当の新気に対し2倍以上の新気が燃焼室5に導入される)ことから、その分だけ外部EGR量が少なく済む一方、第1リタードSIモードのときは、空気過剰率λが1であり、λ=1相当の新気以外を全て外部EGRによる排気ガスで満たす必要があるからである。
第2EGRバルブ46の開度は、図14(e)に示すように、エンジンの負荷Tにかかわらず(つまりいずれの制御モードかにかかわらず)、常に全閉に維持される。つまり、第2外部EGR装置44を用いた外部EGRは、NA−HCCIモード、過給HCCIモード、第1リタードSIモードのいずれにおいても実行されない。
ウェストゲートバルブ49の開度は、図14(f)に示すように、NA−HCCIモードのときに全開にされ、過給HCCIモードおよび第1リタードSIモードのときに全閉にされる。これにより、NA−HCCIモードのときは過給機35が実質的に停止される一方、過給HCCIモードおよび第1リタードSIモードのときは、過給機35が駆動されて吸入空気の加圧が行われる。これにより、過給HCCIモードおよび第1リタードSIモードでは、燃焼室5に充填される全ガス量(新気およびEGRガスの合計の量)が、自然吸気時の最大値(NA時max)よりも多くなる。ただし、図14に例示するエンジンの低速域では、排気ガスの流量が少なく、過給機35による過給量は比較的早期に頭打ちになるため、負荷Tがある程度まで高まれば、充填ガス量がそれ以上増えることはない。
そして、以上のような各種パラメータ制御の結果として、図14(a)のような筒内環境が実現される。すなわち、NA−HCCIモード、過給HCCIモード、第1リタードSIモードのいずれにおいても、負荷Tの増大とともに燃料の噴射量が徐々に増大され、かつこれに応じたλ=1相当の新気が少なくとも確保される。一方、λ=1相当の新気を除くその他のガス(余剰ガス)については、上記各モードで内訳が異なる。例えば、リーンHCCIモードのときは、余剰ガスが内部EGRガスと新気とによって構成され、過給HCCIモードのときは、余剰ガスが外部EGRガスと新気とによって構成され、急速リタードSIモードのときは、余剰ガスが外部EGRガスのみによって構成される。これにより、空気過剰率λは、NA−HCCIモードおよび過給HCCIモードのときに2以上に設定され、第1リタードSIモードのときに1に設定される。なお、図14(a)において、「λ=1」および「λ=2」の線は、空気過剰率λを1または2に設定するために必要な新気の量を表しており、「G/F=35」の線は、燃焼室5内の全ガス質量(新気およびEGRガスの質量)を燃料の質量で割った値であるガス空燃比(G/F)を35にするために必要なガス量を表している。
次に、エンジンの高速域で負荷Tのみが変化したときの制御例について説明する。図15(a)〜(f)は、エンジンの高速域内で負荷Tが低負荷から高負荷まで変動することにより、図4に示した領域判定マップにおいて、エンジンの運転ポイントが第1運転領域A1→第2運転領域A2→第4運転領域A4へと変化し、これによってエンジンの制御モードが、NA−HCCIモード→過給HCCIモード→第2リタードSIモードと変化した場合の、各種制御パラメータの変化を示す図である。
図15(a)〜(f)によれば、NA−HCCIモードのときと、過給HCCIモードのときでは、先の図14(a)〜(f)において説明したケースと基本的に同じ制御が実行される。一方、第2リタードSIモードのときは、上記図14(a)〜(f)に示した第1リタードSIモードのときと異なり、第1EGRバルブ41の開度(図15(d))が全閉に設定される一方、第2EGRバルブ46の開度(図15(e))が全開に設定される。つまり、第2リタードSIモードのときは、第1リタードSIモードのときと異なり、第1外部EGR装置39を用いた外部EGRが禁止され、第2外部EGR装置44を用いた外部EGRに切り替えられる。これにより、外部EGRガスとしては、タービン36を通過する前の比較的高い圧力の排気ガスが還流されることになる。
また、第2リタードSIモードのときは、上記第1リタードSIモードのときと異なり、ウェストゲートバルブ49の開度が全開(100%)よりも低い中間開度に設定される。より具体的には、過給HCCIモードから第2リタードSIモードへの移行時に、ウェストゲートバルブ49の開度が全閉(0%)から全開(100%)未満の中間開度に設定され、その後、負荷Tの増大とともに漸減される。これは、図15に例示したエンジンの高速域では、図14のようなエンジンの低速域よりも排気ガスの流量が多く、排気ガスのエネルギーが高いからである。すなわち、第2リタードSIモードの実行領域(第4運転領域A4)のような高回転・高負荷でかつλ=1の燃焼が行われる運転領域(つまり排気ガスのエネルギーが高まる運転領域)では、ウェストゲートバルブ49を全閉にしなくても、過給機35による過給量が十分に確保されるため、排気ガスの一部をタービン36からバイパスさせるべく、ウェストゲートバルブ49の開度を中間開度に設定するようにしている。このように、排気ガスのエネルギーが最も高まる第4運転領域A4で、ウェストゲートバルブ49の開度を全開よりも低い中間開度に設定することにより、過給機35による過給量が過剰になってポンプ損失が増大することが防止されるようになっている。
エンジンの高速域では、以上のような各種パラメータ制御により、図15(a)のような筒内環境が実現される。本図に示すように、NA−HCCIモード、過給HCCIモード、および第2リタードSIモードの各モードにおいて、燃焼室5に充填されるガスの種類および空気過剰率λの値は、先に説明した図14(a)のときと同様である。ただし、図15(a)の場合は、排気ガスの流量が多く、過給機35による過給量が十分に確保されるため、図14(a)のときと異なり、過給HCCIモードおよび第2リタードSIモードのときの全ガス量は、自然吸気時の最大値(NA時max)を越えて上昇し続ける。このため、燃焼室5内のガス空燃比(G/F)は、全ての負荷域に亘って35以上に維持される。
(4)冷間時の各運転領域における燃焼形態
次に、図5に示したエンジンの冷間時の各運転領域(B1,B2)での燃焼形態について簡単に説明する。エンジンの冷間時は、混合気の着火性が悪いため、エンジンの全ての運転領域で、混合気を自着火させるHCCI燃焼ではなく、火花点火を用いたSI燃焼が実行される。
具体的に、エンジン冷間時の低負荷域に設定された第5運転領域B1では、NA−SIモードとして、過給機35を実質的に停止した自然吸気によるSI燃焼が実行される。このNA−SIモードでのSI燃焼は、従来のSI燃焼と基本的に同じである。つまり、吸気行程中に燃料が噴射され、それに基づくλ=1(理論空燃比)の混合気に対し、圧縮上死点の少し手前で火花点火が実行されることにより、火炎伝播による燃焼が圧縮上死点付近から開始される。
一方、上記第5運転領域B1よりも高負荷側の第6運転領域B2では、過給SIモードとして、過給機35を作動させながらのSI燃焼が実行される。すなわち、この過給SIモードでは、ウェストゲートバルブ49が閉弁されて排気ガスがタービン36に流入することにより、過給機35による吸入空気の加圧(過給)が行われるとともに、吸気行程中の燃料噴射に基づく混合気が火花点火をきっかけに圧縮上死点付近から火炎伝播燃焼を開始する。
ただし、当実施形態のように、幾何学的圧縮比が14以上に設定された高圧縮比エンジンでは、たとえ冷間時であっても、特に高負荷域においてプリイグニッションやノッキングといった異常燃焼が起きるおそれがある。そこで、上記過給SIモードが実行される第6運転領域B2のうち、少なくとも高負荷側の一部では、上記可変機構17を駆動することにより、図16に示すように、吸気弁8の閉時期(IVC)を吸気下死点(吸気行程と圧縮行程の間の下死点BDC)よりも早い時期に変更する。これにより、エンジンの有効圧縮比が幾何学的圧縮比よりも小さい値に設定され、圧縮端圧力・温度(圧縮上死点付近での筒内圧力および筒内温度)が低下するため、混合気が自着火し難くなり、プリイグニッションやノッキングが回避される。
なお、エンジンの有効圧縮比を低下させる操作は、吸気弁8の閉時期(IVC)を吸気下死点(BDC)よりも遅い時期(例えば図16のX)に変更することによっても可能である。しかしながら、このようにした場合には、圧縮行程に移行した後もしばらく吸気弁8が開き続けることにより、燃焼室5に一旦導入された空気が再び吸気ポート6に吹き返される、いわゆる吸気の吹き返しが起きるようになる。この吹き返された吸気は、吸気ポート6内の熱によって高温化し、次の吸気行程で再び燃焼室5に導入されるため、燃焼室5内の空気の温度が上昇して、異常燃焼が起き易い環境がつくり出されてしまう。
このように、エンジンの有効圧縮比を低下させるために吸気弁8の閉時期(IVC)を下死点(BDC)よりも遅くした場合には、下死点より早めた場合と比較して、異常燃焼を回避する効果が相対的に低くなってしまう。したがって、異常燃焼を確実に回避するには、吸気弁8の閉時期(IVC)を下死点(BDC)に対しより遅角側まで変更することにより、有効圧縮比の低下幅をより大きく確保する必要が生じる。
このような観点から、当実施形態では、エンジンの冷間時における少なくとも高負荷域(第6運転領域B2の高負荷側の一部)で、有効圧縮比を低下させるために吸気弁8の閉時期を吸気下死点よりも早いタイミングに設定している。これにより、吸気弁8の閉時期を吸気下死点よりも遅くした場合と比較して、有効圧縮比の低下幅が小さく済み、エンジン出力や燃費の犠牲が最小限に抑えられる。
(5)作用効果等
以上説明したように、当実施形態の過給機付き火花点火式エンジンでは、少なくともエンジンの温間時における高負荷域を含んだ第3、第4運転領域A3,A4(図4)で、点火プラグ11の火花点火による火炎伝播燃焼を圧縮上死点を過ぎてから開始させるリタードSIモード(第1、第2リタードSIモード)が実行される一方、このリタードSIモードの実行領域(A3,A4)よりも負荷Tの低い第2運転領域A2では、過給機35に過給を行わせつつ混合気を自着火により燃焼させる過給HCCIモードが実行される。そして、上記過給HCCIモードでは、過給により多量の空気を燃焼室5に導入することで混合気の空気過剰率λをλ≧2に設定するとともに、このλ≧2のリーンな混合気を圧縮上死点付近から自着火により燃焼させる制御が実行され、上記リタードSIモードでは、混合気の空気過剰率λをλ=1(理論空燃比)に設定するとともに、インジェクタ10からの20MPa以上の噴射圧力による燃料噴射と、点火プラグ11による火花点火とを、圧縮行程後期から膨張行程初期までの期間内に実行することにより、圧縮上死点を所定期間以上過ぎてから混合気を火炎伝播により急速に燃焼させる制御が実行される。このような構成によれば、HCCI燃焼とSI燃焼とを使い分けながら、熱効率が高くかつエミッション性に優れた燃焼を高負荷域まで適正に継続させることができるという利点がある。
すなわち、上記実施形態では、エンジンの温間時における所定の負荷域(第2運転領域A2)で、過給機35により過給された多量の空気に基づくλ≧2の混合気を自着火により燃焼(HCCI燃焼)させることにより、燃焼温度が十分に低く抑えられるため、燃焼により生じるNOx量(生のNOx量)を大幅に低減できるとともに、熱効率を効果的に向上させることができる。
一方、エンジンの温間時における上記HCCI燃焼の実行領域よりも高負荷側(第3、第4運転領域A3,A4)では、圧縮行程の後期以降という遅めのタイミングで20MPa以上の高圧噴射(燃料噴射P3)を実行するとともに、それに基づくλ=1の混合気に対し火花点火を実行することにより、この火花点火をきっかけに、圧縮上死点を過ぎてから(つまり筒内温度・圧力がある程度低下してから)混合気を急速に火炎伝播により燃焼(SI燃焼)させることができる。このため、吸気行程等の早いタイミングで燃料を噴射させる従来のSI燃焼と異なり、プリイグニッションやノッキングといった異常燃焼の発生を確実に回避しながら、燃焼期間の短い熱効率に優れた燃焼を実現することができる。特に、混合気の空気過剰率λがλ=1(理論空燃比)に設定されるため、λ≧2のリーンな空燃比を維持した場合と異なり、吸入空気の過給量を極端に増大させる必要がなく、エンジンの排圧が過度に上昇することによるポンプ損失の増大や、それに基づく燃費の悪化を招くことがない。また、λ=1での燃焼であれば、触媒コンバータ28に内蔵された三元触媒のみによってNOxを十分に浄化することが可能であり、エミッション性についても良好に確保される。
また、上記実施形態では、インジェクタ10として、多数の(当実施形態では12個の)噴孔を有した多噴孔型のインジェクタが設けられているため、上記リタードSIモードのときに、インジェクタ10の燃料噴射P3に基づき生成される乱流エネルギーがより高まるとともに、燃料の気化霧化がより促進されるため、燃焼期間をより短縮して熱効率を向上させることができる。
また、上記実施形態では、過給HCCIモードの実行領域(第2運転領域A2)で、第1外部EGR装置39を用いた外部EGR(排気通路30から吸気通路20へ排気ガスを還流させる操作)が実行されるため、λ≧2のリーンな空燃比を実現するための過給量を適正に確保しつつ、混合気の燃焼温度をより低下させてNOx生成量を効果的に低減できるという利点がある。
また、上記実施形態では、過給HCCIモードの実行領域(第2運転領域A2)よりも低負荷側(第1運転領域A1)で、過給機35による過給を行うことなく混合気を自着火により燃焼させるNA−HCCIモードが実行され、当該モードでは、燃焼により生じた高温の排気ガスを燃焼室5に残留させる内部EGRが実行される。このような構成によれば、エンジン負荷Tが低く混合気の着火性が悪い運転領域で、内部EGRを駆使して燃焼室5の高温化を図ることにより、混合気を自着火により確実に燃焼させることができる。
また、上記実施形態では、リタードSIモードの実行領域(第3、第4運転領域A3,A4)のうち低回転側の一部に設定された第3運転領域A3で、第1外部EGR装置39を用いた外部EGRが実行される一方、上記第3運転領域A3よりも高回転側の第4運転領域A4では、第2外部EGR装置44を用いた外部EGRが実行される。このように、回転速度Neが低く排気ガスの流量が少ない第3運転領域A3で、第1外部EGR装置39を用いてタービン36を通過した後の排気ガスを吸気通路20に還流させる一方、回転速度Neが高く排気ガスの流量が多い第4運転領域A4で、第2外部EGR装置44を用いてタービン36を通過する前の排気ガスを吸気通路20に還流させるようにした場合には、低回転側での過給性能の確保と高回転側でのポンプ損失の低減とを両立できるという利点がある。
すなわち、排気ガスの流量が少ない低回転側の第3運転領域A3では、タービン36を通過した後の排気ガスが吸気通路20に還流されることにより、タービン36に流入する排気ガスの量が減少することによる過給能力の低下が防止される。一方、排気ガスの流量が多い高回転側の第4運転領域A4では、タービン36を通過した後の排気ガスが吸気通路20に還流されることにより、タービン36に無用に多くの排気ガスが流入することによるポンプ損失の増大が防止される。
また、上記実施形態において、エンジンが冷間状態にあるときは、エンジンの低負荷域を除く第6運転領域B2(図5)で、過給機35に過給を行わせつつ混合気を火花点火により燃焼させる過給SIモードが実行されるとともに、この過給SIモードの実行領域(B2)における少なくとも高負荷側の一部で、可変機構17が駆動されて吸気弁8の閉時期が吸気下死点よりも早いタイミングに設定される。このような構成によれば、エンジンの冷間時であっても、負荷Tが高いために異常燃焼(プリイグニッションやノッキング)が起き易い状況では、吸気弁8の閉時期を吸気下死点よりも早めることにより、エンジンの有効圧縮比を低下させて異常燃焼を防止することができる。しかも、有効圧縮比の低下のために吸気弁8の閉時期を吸気下死点よりも遅くした場合と異なり、吸気ポート6に吹き返された空気が再び燃焼室5に導入されることによる燃焼室5の高温化を回避でき、異常燃焼の防止効果をより高めることができる。この結果、有効圧縮比の低下幅を低く抑えることができ、エンジン出力や燃費の犠牲を最小限に抑えることができる。
なお、上記実施形態では特に言及しなかったが、第1外部EGR装置39のEGR通路40に、EGRクーラ42をパイパスするためのバイパス管を設けてもよい。このバイパス管を通じて排気ガスを吸気通路20に還流させた場合には、排気ガスが比較的高温を維持しながら燃焼室5に導入されることになるので、混合気の着火性が悪いときにこのような操作を行えば、混合気の着火性を改善することができる。例えば、過給HCCIモードの実行領域(第2運転領域A2)における高回転側の一部では、燃料の受熱期間(燃料が高温・高圧に晒される実時間)が短く、混合気の自着火が比較的起き難い。そこで、このような運転領域に移行したときに、上記のようなバイパス管を通じてEGRクーラ42を介さず排気ガスを還流させることにより、燃焼室5を高温化させて混合気を確実に自着火させることができる。
また、上記実施形態では、エンジンの温間時における主に中負荷域に設定された第2運転領域A2と、この第2運転領域A2よりも負荷Tの高い領域における低回転側の一部に設定された第3運転領域A3とにおいて、第1外部EGR装置39を用いた外部EGRを実行し、上記第2運転領域A2よりも負荷Tが高くかつ第3運転領域A3よりも回転速度Neが高い第4運転領域A4で、第2外部EGR装置44を用いた外部EGRを実行するようにしたが、これはあくまで一例に過ぎず、いずれの運転領域でいずれの外部EGR装置を用いるかは、エンジンの特性等によって適宜変更可能である。
また、上記実施形態では、インジェクタ10が多噴孔型のインジェクタであり、その先端部に12個の噴孔が設けられるものとしたが、噴孔の数は12個に限られず、12個より多くても少なくてもよい。ただし、噴孔の数があまりに少ないと、インジェクタ10から噴射された燃料の濃度が周方向に大きくばらつくことになる。このため、噴孔の数は8個以上とすることが望ましい。噴孔の数が8個以上であれば、特に燃料噴射時期が圧縮行程の後期以降にまで遅らされるリタードSIモード(第1、第2リタードSIモード)において、インジェクタ10からの燃料噴射の後、ごく短時間で、周方向にほぼ均一な空燃比をもった混合気を形成することができ、その後の燃焼を適正に行わせることができる。
また、上記実施形態では、インジェクタ10からの燃料の噴射圧力を、20MPa以上で一定としたが、噴射圧力は一定でなくてもよく、運転領域に応じて可変的に設定されるものであってもよい。ただし、この場合でも、少なくとも急速リタードSIモードの実行領域(第3、第4運転領域A3,A4)では、燃料噴射圧力が20MPa以上に設定される。