ところで、モータの回生制動力を使って車輪を制動しているときに、車両運動制御を行う場合、特定の車輪のモータが他の車輪のモータに比べて早く回生能力限界に達してしまうという問題がある。以下、その理由について、図2に示した例を使って説明する。
前輪10fの接地点と瞬間回転中心Cfとを結ぶ線と接地水平面とのなす角度をθf、後輪10rの接地点と瞬間回転中心Crとを結ぶ線と接地水平面とのなす角度をθrとすると、上下力の大きさは、前輪10f側については制駆動力Ff(Ff1またはFf2)にtan(θf)を乗算した値となり、後輪10r側については制駆動力Fr(Fr1またはFr2)にtan(θr)を乗算した値となる。このtan(θf)あるいはtan(θr)が、制駆動力を車体Bの上下力に変換する変換率(上下力変換率と呼ぶ)となる。一般的な車両においては、サスペンションの構造から、θfに比べてθrの方が大きい(θf<θr)。従って、上下力変換率については、前輪10fのサスペンションのほうが後輪10rのサスペンションよりも小さくなる。このため、モータの回生制動力によって発生させることができる上下力の制御範囲は、後輪10rに比べて前輪10fの方が狭くなり、上記問題が発生する。
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、車輪の制動時において良好な車両運動制御ができるようにすることを目的とする。
上記目的を達成するために、本発明の特徴は、
前後の車輪に、少なくとも前後輪独立した大きさの駆動トルクおよび回生制動トルクを伝達して前記車輪に制駆動力を発生させるモータ(30)と、
前記車輪に、少なくとも前後輪独立した大きさの機械的な摩擦抵抗を付与して前記車輪に制動力を発生させる摩擦ブレーキ装置(40,45)と、
前記車輪を車体に連結するとともに、前記モータの駆動トルクおよび回生制動トルクを車体の上下方向の力に変換可能なサスペンション(20)と、
車両を減速させるために要求されるトータル要求制動力を、前記モータにより発生させる要求回生制動力と、前記摩擦ブレーキ装置で発生させる要求摩擦制動力とに、前後輪独立して配分する要求制動力配分手段(53,S24)と、
前記要求制動力配分手段により配分された要求回生制動力と、前記車体の上下方向の力を必要とする車両運動制御のために必要な制御用制駆動力とに基づいて、前記モータで発生させる車輪の目標制駆動力を演算し、前記目標制駆動力に基づいて前記モータの作動を制御するモータ制御手段(51,52,S41)と、
前記要求摩擦制動力に基づいて前記摩擦ブレーキ装置の作動を制御する摩擦ブレーキ制御手段(53,S28)と
を備えた車両用制動力制御装置において、
前記サスペンションは、前輪(10f)側と後輪(10r)側とで、前記車輪の制駆動力を前記車体の上下方向の力に変換する変換率(tan(θf),tan(θr))が異なるように構成され、
前記要求制動力配分手段は、前記要求回生制動力が、前記変換率が大きい側のサスペンションに連結される車輪よりも、前記変換率が小さい側のサスペンションに連結される車輪の方が小さくなるように、前記前後輪毎の、前記要求回生制動力と前記要求摩擦制動力との配分を設定することにある。
本発明の車両用制動力制御装置は、前後の車輪に、少なくとも前後輪独立した大きさの駆動トルクおよび回生制動トルクを伝達して車輪に制駆動力を発生させるモータと、車輪に、少なくとも前後輪独立した大きさの機械的な摩擦抵抗を付与して車輪に制動力を発生させる摩擦ブレーキ装置とを備えている。従って、モータの回生制動力と、摩擦ブレーキ装置の摩擦制動力とによって、車輪を制動することができる。
要求制動力配分手段は、車両を減速させるために要求されるトータル要求制動力を、モータにより発生させる要求回生制動力と、摩擦ブレーキ装置で発生させる要求摩擦制動力とに、前後輪独立して配分する。即ち、例えば、要求制動力配分手段は、トータル要求制動力を、前輪要求制動力と後輪要求制動力に配分する。更に、要求制動力配分手段は、その前輪要求制動力を前輪要求回生制動力と前輪要求摩擦制動力とに配分するとともに、その後輪要求制動力を後輪要求回生制動力と後輪要求摩擦制動力とに配分する。勿論、要求制動力配分手段は、トータル要求制動力を、前輪要求制動力と後輪要求制動力に配分する手順を踏むことなく、前輪要求回生制動力、前輪要求摩擦制動力、後輪要求回生制動力及び後輪要求摩擦制動力へと直接的に配分してもよい。
モータ制御手段は、要求制動力配分手段により配分された要求回生制動力と、車体の上下方向の力を必要とする車両運動制御のために必要な制御用制駆動力とに基づいてモータで発生させる車輪の目標制駆動力を演算し、目標制駆動力に基づいてモータの作動を制御する。摩擦ブレーキ制御手段は、要求摩擦制動力に基づいて摩擦ブレーキ装置の作動を制御する。
各車輪は、サスペンションによって車体に連結されている。サスペンションは、モータの駆動トルクおよび回生制動トルクを車体の上下方向の力に変換可能となっている。従って、モータの制駆動トルクを制御することにより、車両運動を制御することができる。例えば、車両のピッチ運動、ロール運動、ヒーブ運動などの少なくとも1つを制御することができる。
このサスペンションは、前輪側と後輪側とで、車輪の制駆動力を車体の上下方向の力(上下力と呼ぶ)に変換する変換率が異なるように構成されている。従って、前輪と後輪とで同程度の大きさの上下力を発生させるためには、変換率の大きいサスペンションに連結される車輪に比べて、変換率の小さいサスペンションに連結される車輪の制御用制駆動力を大きくする必要がある。このため、仮に、変換率が互いに相違する車輪に対して同等の上下力が要求される場合にその要求される上下力が大きくなるとき、変換率の小さい側のサスペンションに連結される車輪を制駆動するモータが、変換率の大きい側のサスペンションに連結される車輪を制駆動するモータよりも先に回生能力の限界に達してしまう。このような状況は、特に、変換率の小さい側のサスペンションに連結される車輪に対する要求回生制動力が大きい場合、顕著に発生する。
そこで、本発明では、要求制動力配分手段は、要求回生制動力が、変換率が大きい側のサスペンションに連結される車輪よりも、変換率が小さい側のサスペンションに連結される車輪の方が小さくなるように、前後輪毎の、要求回生制動力と要求摩擦制動力との配分を設定する。トータル要求制動力の前後配分比率は、上記の要求回生動力の関係を維持するように前輪用の要求摩擦制動力及び後輪用の要求摩擦制動力を設定することによって、所望の値に維持され得る。
従って、本発明によれば、車体の上下方向の力を必要とする車両運動制御に要求される制御用制駆動力の増大に伴って、変換率の小さい側のサスペンションに連結される車輪を制駆動するモータが、変換率の大きい側のサスペンションに連結される車輪を制駆動するモータよりも先に回生能力の限界に達してしまうという可能性を低減することができる。この結果、車両運動制御能力を向上させることができる。
本発明の一側面の特徴は、
前記要求制動力配分手段は、前記車輪の制駆動力によって前記サスペンションを介して車体に追加的に付与することのできる上下方向の力の余力(Fzft,Fzrt)が、前輪側と後輪側とで同等となるように、前記前後輪毎の、前記要求回生制動力と前記要求摩擦制動力との配分を設定することにある。
本発明の一側面によれば、車体に追加的に付与することのできる上下方向の力の余力(現時点から更に車体に付与することのできる上下方向の力)が、前輪側と後輪側とで同等となる。従って、モータの有する能力を、前輪側と後輪側とで、それぞれ、車両運動制御に有効に使うことができる。つまり、前後輪の各モータをバランス良く能力限界まで使うことができる。
本発明の一側面は、
前記要求制動力配分手段は、前記トータル要求制動力が予め設定された設定値未満となる場合には、前記要求回生制動力を前記変換率が大きい側のサスペンションに連結される車輪のみに配分するとともに、前記要求摩擦制動力を前記変換率が小さい側のサスペンションに連結される車輪のみに配分するように、前記前後輪毎の、前記要求回生制動力と前記要求摩擦制動力との配分を設定することにある。
車輪の制駆動力によってサスペンションを介して車体に付与することのできる上下方向の力の余力が、前輪側と後輪側とで同等となるようにすることは、トータル要求制動力がある値よりも小さくなるとできなくなる。そこで、本発明の一側面においては、トータル要求制動力が予め設定された設定値未満となる場合には、要求回生制動力を変換率が大きい側のサスペンションに連結される車輪のみに配分するとともに、要求摩擦制動力を変換率が小さい側のサスペンションに連結される車輪のみに配分する。従って、変換率が小さい側のサスペンションに連結される車輪で発生させることができる上下力の余力を最大にしておくことができる。これにより、トータル要求制動力が小さい場合の、前後輪ごとの、要求回生制動力と要求摩擦制動力との配分を適切に行うことができ、車両運動制御を良好に実施することができる。
本発明の一側面の特徴は、
前記モータは、前後左右の車輪を独立して駆動するように設けられており、
前記モータ制御手段は、前後左右の車輪ごとに前記車両運動制御のために必要な制御用制駆動力を演算するように構成されたことにある。
本発明の一側面によれば、左右前後輪に対して独立して制駆動力を発生させることができるため、車両のロール運動、ピッチ運動及びヒーブ運動、並びに、ヨー運動を良好に制御することができる。
上記説明においては、発明の理解を助けるために、実施形態に対応する発明の構成に対して、実施形態で用いた符号を括弧書きで添えているが、発明の各構成要件は、前記符号によって規定される実施形態に限定させるものではない。
以下、本発明の実施形態について図面を用いて詳細に説明する。図1は、本実施形態の車両用制駆動力制御装置が搭載される車両1の構成を概略的に示している。
車両1は、左前輪10fl、右前輪10fr、左後輪10rl、右後輪10rrを備えている。左前輪10fl、右前輪10fr、左後輪10rl、右後輪10rrは、それぞれ独立したサスペンション20fl、20fr、20rl、20rrにより車体Bに懸架されている。
サスペンション20fl、20fr、20rl、20rrは、車体Bと車輪10fl、10fr、10rl、10rrとを連結する連結機構であってサスペンションアーム等から構成されるリンク機構21fl、21fr、21rl、21rrと、上下方向の荷重を支え衝撃を吸収するためのサスペンションバネ22fl、22fr、22rl、22rrと、バネ上(車体B)の振動を減衰させるショックアブソーバ23fl、23fr、23rl、23rrとを備えている。サスペンション20fl、20fr、20rl、20rrは、ウイッシュボーン型サスペンションやストラット型サスペンションなど公知の4輪独立懸架方式のサスペンションを採用することができる。
左前輪10fl、右前輪10fr、左後輪10rl、右後輪10rrのホイール内部には、モータ30fl、30fr、30rl、30rrがそれぞれ組み込まれている。モータ30fl、30fr、30rl、30rrは、いわゆるインホイールモータであって、それぞれ左前輪10fl、右前輪10fr、左後輪10rl、右後輪10rrとともに車両1のバネ下に配置され、モータトルクを左前輪10fl、右前輪10fr、左後輪10rl、右後輪10rrに伝達可能に連結されている。この車両1においては、各モータ30fl、30fr、30rl、30rrの回転をそれぞれ独立して制御することにより、左前輪10fl、右前輪10fr、左後輪10rl、右後輪10rrに発生させる駆動力および制動力をそれぞれ独立して制御することができるようになっている。
また、左前輪10fl、右前輪10fr、左後輪10rl、右後輪10rrには、摩擦ブレーキ機構40fl,40fr,40rl,40rrが設けられている。摩擦ブレーキ機構40fl,40fr,40rl,40rrは、左前輪10fl、右前輪10fr、左後輪10rl、右後輪10rrとともに回転するブレーキディスクロータ41fl,41fr,41rl,41rrと、油圧により図示しないホイールシリンダが作動してブレーキパッドをブレーキディスクロータ41fl,41fr,41rl,41rrに押し付けるブレーキキャリパ42fl,42fr,42rl,42rrとを備えている。
尚、車輪毎に設けられる構成については、その符号の末尾に、左前輪についてはfl、右前輪についてはfr、左後輪についてはrr、右後輪についてはrlを付しているが、以下の説明においては、車輪位置を特定する必要がある場合にのみ、末尾の符号を付すものとする。また、前輪と後輪とを特定する必要がある場合には、符号の末尾に、前輪についてはf、後輪についてはrを付す。図面においては、車輪位置を特定する符号を末尾に付している。
本実施形態のサスペンション20の構成(ジオメトリ)においては、図2に示すように、前輪10fの接地点と瞬間回転中心Cfとを結ぶ線と接地水平面とのなす角度(小さい方の角度)をθf、後輪10rの接地点と瞬間回転中心Crとを結ぶ線と接地水平面とのなす角度(小さい方の角度)をθrとすると、θfに比べてθrの方が大きいという関係を有する(θf<θr)。従って、前輪10fのサスペンション20fの上下力変換率は、後輪10rのサスペンション20rの上下力変換率よりも小さい。以下、θf,θrを瞬間回転中心角度と呼ぶ。
車体Bに働く上下力の大きさは、図2に示すように、前輪10f側については制駆動力Ff1(またはFf2)にtan(θf)を乗算した値となり、後輪10r側については制駆動力Fr1(またはFr2)にtan(θr)を乗算した値となる。制駆動力を車体Bの上下力に変換する上下力変換率は、tan(θf)、tan(θr)で表される。上下力変換率を決定するのは、瞬間回転中心Cf,Crの位置であり、瞬間回転中心Cf,Crは、サスペンション20(主に、リンク機構21)によって決定される。
各モータ30は、例えば、ブラシレスモータが使用される。各モータ30は、モータドライバ35に接続される。モータドライバ35は、例えば、インバータであって、各モータ30に対応するように4組設けられ、バッテリ70から供給される直流電力を交流電力に変換して、その交流電力を各モータ30に独立して供給する。これにより、各モータ30は、独立に駆動制御されてトルクを発生し、各車輪10に対して駆動力を付与する。このように、モータ30に電力供給して駆動トルクを発生させることを力行と呼ぶ。
また、各モータ30は、発電機としても機能し、各車輪10の回転エネルギーにより発電して、発電電力をモータドライバ35を介してバッテリ70に回生することができる。このモータ30の発電により発生する制動トルクは、車輪10に対して制動力を付与する。以下、駆動力と制動力とに関して、両者を区別する必要が無い場合には、それらを制駆動力と呼び、駆動力であることを特定する必要がある場合には駆動力、制動力であることを特定する必要がある場合には制動力と呼ぶ。
各摩擦ブレーキ機構40は、ブレーキアクチュエータ45に接続される。ブレーキアクチュエータ45は、摩擦ブレーキ機構40に内蔵されたホイールシリンダに供給する油圧を調整するアクチュエータである。こうしたブレーキアクチュエータ45は、周知であるため、詳細については説明しないが、例えば、摩擦ブレーキ機構40のホイールシリンダに油圧を供給する油圧回路、ブレーキペダルの踏力によって作動油を加圧するマスタシリンダ、昇圧ポンプ等を備えブレーキペダル踏力とは無関係に高圧の油圧を発生する動力油圧発生装置、動力油圧発生装置の出力する油圧を調整して目標油圧に制御するリニア制御弁、各輪のホイールシリンダに独立して油圧を供給する油圧回路を開閉する開閉制御弁、油圧回路の油圧を検出する油圧センサ等を備える。
ブレーキアクチュエータ45は、こうした構成を備えることにより、前輪10fの摩擦ブレーキ機構40fと後輪10rの摩擦ブレーキ機構40rとをそれぞれ独立して制御できるように構成されている。つまり、前後輪10f,10rで独立した摩擦制動力を発生させることができるように構成されている。こうしたブレーキアクチュエータ45としては、例えば、左右前後輪10のホイールシリンダ圧を独立して制御可能なリニア制御弁を備えた形式のもの(特開2014−19247号公報)などを適用することができる。
モータドライバ35およびブレーキアクチュエータ45は、統合電子制御ユニット50に接続されている。統合電子制御ユニット50(以下、統合ECU50と呼ぶ)は、パワーマネジメントECU51と、モータECU52と、ブレーキECU53とから構成されている。パワーマネジメントECU51(以下、パワーECU51と呼ぶ)は、モータECU52およびブレーキECU53と相互に通信可能に接続されている。統合ECU50(パワーECU51、モータECU52、および、ブレーキECU53)は、CPU、ROM、RAMなどからなるマイクロコンピュータを主要部として備え、各種プログラムを実行して、モータ30および摩擦ブレーキ機構40の作動を制御する。
統合ECU50は、ドライバーが車両を走行させるために操作した操作状態を検出する操作状態検出装置60と、車両の運動状態を検出する運動状態検出装置65とを接続し、それらの検出装置60,65から出力される検出信号が入力されるように構成されている。
操作状態検出装置60は、アクセルペダルの踏み込み量(あるいは、角度や圧力など)からドライバーのアクセル操作量を検出するアクセルセンサ、ブレーキペダルの踏み込み量(あるいは、角度や圧力など)からドライバーのブレーキ操作量を検出するブレーキセンサ、ドライバーが操舵ハンドルを操作した操舵操作量を検出する操舵角センサ、シフトポジションを検出するシフトポジションセンサなどを含む。運動状態検出装置65は、各車輪10の回転速度である車輪速を検出する車輪速センサ、4輪の車輪速に基づいて車体Bの走行速度である車体速を演算して検出する車速センサ、車体Bのヨーレートを検出するヨーレートセンサ、各車輪位置における車体B(バネ上)の上下方向の加速度を検出するバネ上加速度センサ、車体Bの左右方向における横加速度を検出する横加速度センサ、車体Bのピッチレートを検出するピッチレートセンサ、車体Bのロールレートを検出するロールレートセンサ、各サスペンション20のストローク量を検出するストロークセンサ、各車輪10のバネ下の上下方向における上下加速度を検出するバネ下加速度センサなどを含む。尚、方向要素が含まれるセンサ値については、その符号によって方向が識別される。センサ値の大きさについて論じる場合には、センサ値の絶対値が用いられる。
パワーECU51は、主に、各モータ30の目標制御量を演算する処理と、バッテリ70の充電状態(SOC:State Of Charge)、バッテリの端子電圧、バッテリに流れる電流、バッテリの温度などを監視する処理とを担当する。各モータ30の目標制御量は、こうしたバッテリ70の状態に応じて制限される。パワーECU51は、演算した各モータ30の目標制御量をモータECU52に送信する。
モータECU52は、パワーECU51から送信された各車輪10の目標制御量に基づいて、各モータ30の通電を制御する処理を担当する。
ブレーキECU53は、各車輪10に付与する制動力の目標制御量を回生制動による回生制御量と摩擦制動による摩擦制御量とに分けて演算する処理、回生制動に係る目標制御量をパワーECU51に送信する処理、および、摩擦制動に係る目標制御量に基づいてブレーキアクチュエータ45の作動を制御する処理を担当する。
次に、アクセル操作時におけるパワーECU51の処理について説明する。図4は、パワーECU51により実施される駆動制御ルーチンを表すフローチャートである。パワーECU51は、ブレーキECU53から回生制動要求を受信していない場合に、駆動制御ルーチンを所定の演算周期で繰り返し実施する。
本ルーチンが起動すると、パワーECU51は、ステップS11において、ドライバー操作状態と車両運動状態とを検出する。この場合、パワーECU51は、操作状態検出装置60のセンサ値から得られるアクセル操作量、操舵操作量を取得するとともに、運動状態検出装置65により検出されるセンサ値から得られる車速、および、車体Bの運動状態(ヨー運動、ロール運動、ピッチ運動、ヒーブ運動)の程度を表す運動状態量を取得する。
続いて、パワーECU51は、ステップS12において、アクセル操作量に基づいてドライバー要求駆動力Fareqを演算する。ドライバー要求駆動力Fareqは、ドライバーの要求している車両全体で発生させるべき車両前後方向の駆動力、つまり、走行用の駆動力(車輪10の回転速度を増加させる向きの力)である。パワーECU51は、アクセル操作量からドライバー要求駆動力Fareqを導くマップ等の関係付けデータを記憶しており、この関係付けデータを使ってドライバー要求駆動力Fareqを演算する。例えば、ドライバー要求駆動力Fareqは、アクセル操作量(アクセル開度等)が大きくなるに従って増加する値に設定される。
続いて、パワーECU51は、ステップS13において、車両運動制御を行うために必要な制御量である、左前輪10flの制御用制駆動力Fcfl,右前輪10frの制御用制駆動力Fcfr,左後輪10rlの制御用制駆動力Fcrl,右後輪10rrの制御用制駆動力Fcrrを演算する。以下、4輪の制御用制駆動力Fcfl,Fcfr,Fcrl,Fcrrについては、対応する車輪10毎に区別する必要が無い場合には、それらを制御用制駆動力Fcxと総称する。
車両運動制御は、理想ヨーレートとヨーレートセンサにより検出される実ヨーレートとの偏差が許容値を超えている場合、あるいは、ロール状態量、ピッチ状態量、ヒーブ状態量の少なくとも一つが許容値を超えている場合等において実行される。従って、車両運動制御を実行する必要がない場合には、制御用制駆動力Fcxはゼロに設定される。
例えば、各車輪10の制御用制駆動力Fcxは、車両の重心Cgを通る前後方向軸(ロール軸)回りの車体Bのロール運動を抑制する目標ロールモーメントMxと、車両の重心Cgを通る左右方向軸(ピッチ軸)回りの車体Bのピッチ運動を抑制する目標ピッチモーメントMyと、車両の重心Cgを通る鉛直方向軸(ヨー軸)回りに車両を旋回させる目標ヨーモーメントMzと、車両の重心Cg位置における上下運動であるヒーブ運動(バウンシング)を抑制する目標ヒーブ力Fzとを用いて演算される。これらの目標値の演算については、公知の種々の演算手法を採用することができる。
例えば、パワーECU51は、ストロークセンサ、バネ上上下加速度センサにより検出されるセンサ値により4輪位置での上下方向の位置、速度、加速度を検出してロール状態量、ピッチ状態量、ヒーブ状態量を検出し、これらの運動を打ち消すように、検出した状態量と予め所定の関係を有する目標ロールモーメントMx、目標ピッチモーメントMy、目標ヒーブ力Fzを演算する。また、パワーECU51は、操舵角および車速に基づいて設定される理想ヨーレートとヨーレートセンサにより検出される実ヨーレートとの偏差に基づいて、その偏差が無くなるように設定される目標ヨーモーメントMzを演算する。
パワーECU51は、例えば、次式により制御用制駆動力Fcfl,Fcfr,Fcrl,Fcrrを計算する。
ここで、tfは、左右前輪10fのトレッド幅、trは、左右後輪10rのトレッド幅を表す。Lfは、車両の重心Cgと左右前輪10fの中心との間の前後方向水平距離、Lrは、車両の重心Cgと左右後輪10rの中心との間の前後方向水平距離を表す。
この場合、モータECU52は、目標ロールモーメントMx、目標ピッチモーメントMy、目標ヨーモーメントMz、目標ヒーブ力Fzのうちの3つを選択して制御用制駆動力Fcfl,Fcfr,Fcrl,Fcrrを計算する。これは、最終的に各車輪10に発生させる制駆動力が、ドライバー要求駆動力Fareqで決められるため、つまり、制御用制駆動力Fcfl,Fcfr,Fcrl,Fcrrの合計値をゼロにするという制約があるため、4つの目標値を同時に使って演算できないからである。この場合、モータECU52は、ヨー運動制御が必要な場合には、目標ヨーモーメントMzと目標ロールモーメントMxとを優先的に選択し、その2つの目標値Mz,Mxと、残りの目標ピッチモーメントMy、目標ヒーブ力Fzの何れか一方の目標値とを使って、制御用制駆動力Fcfl,Fcfr,Fcrl,Fcrrを演算する。
続いて、パワーECU51は、ステップS14において、左前輪10flの目標制駆動力Ffl,右前輪10frの目標制駆動力Ffr,左後輪10rlの目標制駆動力Frl,右後輪10rrの目標制駆動力Frrを次式により演算する。
Ffl=αf・Fareq+Fcfl
Ffr=αf・Fareq+Fcfr
Frl=αr・Fareq+Fcrl
Frr=αr・Fareq+Fcrr
ここで、αfは、ドライバー要求駆動力Fareqが前輪10fの1輪に配分される配分比を表し、αrは、ドライバー要求駆動力Fareqが後輪10rの1輪に配分される配分比を表す(2αf+2αr=1)。前後輪配分比αf、αrは、前後輪10f,10rともに同じ値(=1/4)に設定されてもよいし、前輪10fと後輪10rとで異なるように設定されてもよい。以下、4輪の目標制駆動力Ffl,Ffr,Frl,Frrについては、対応する車輪10毎に区別する必要が無い場合には、それらを目標制駆動力Fxと総称する。
続いて、パワーECU51は、ステップS15において、各車輪10ごとの目標制駆動力Fxをモータ30を駆動するための目標モータトルクTxに変換し、目標モータトルクTxを表す制駆動指令信号をモータECU52に送信する。これにより、モータECU52は、目標モータトルクTxに従って、モータ30が目標トルクを発生するように生成した制御信号(例えば、PWM制御信号)をモータドライバ35に出力する。こうして、モータドライバ35のスイッチング素子のデューティ比が制御されて、目標トルクに対応した電流がモータ30に流れ、車輪10に制駆動力が発生する。
目標モータトルクTxが駆動トルクを表している場合には、モータ30が力行制御されてモータドライバ35からモータ30に電流が流れる。目標モータトルクTxが制動トルクを表している場合には、モータ30が回生制御されてモータ30からモータドライバ35を介してバッテリ70に電流が流れる。こうして、各車輪10に目標制駆動力Fx相当の制駆動力が発生する。各車輪10の制駆動力の合計は、ドライバー要求駆動力Fareq相当の値となる。
パワーECU51は、制駆動指令信号をモータECU52に送信すると、駆動制御ルーチンを一旦終了する。そして、所定の短い周期にて駆動制御ルーチンを繰り返す。
次に、ブレーキ操作時における処理について説明する。図5は、ブレーキECU53により実施されるメインブレーキ制御ルーチンを表すフローチャートであり、図6は、パワーECU51により実施される回生ブレーキ制御ルーチンを表すフローチャートである。ブレーキECU53は、ブレーキペダル操作が行われているあいだ、メインブレーキ制御ルーチンを所定の演算周期で繰り返し実施する。また、パワーECU51は、ブレーキECU53から回生制動要求を受信しているあいだ、回生ブレーキ制御ルーチンを所定の演算周期で繰り返し実施する。
メインブレーキ制御ルーチンが起動すると、ブレーキECU53は、ステップS21において、ドライバー操作状態と車両運動状態とを検出する。この場合、ブレーキECU53は、操作状態検出装置60のセンサ値から得られるブレーキ操作量、運動状態検出装置65のセンサ値から得られる車速、車輪速を取得する。
続いて、ブレーキECU53は、ステップS22において、ブレーキ操作量に基づいて車両の目標減速度を演算する。ブレーキECU53は、ブレーキ操作量から目標減速度を導く関係付けデータを記憶しており、この関係付けデータに基づいて目標減速度を演算する。続いて、ブレーキECU53は、ステップS23において、車両を目標減速度で減速させるために必要となる車輪10のドライバー要求制動力Fbreqを演算する。ドライバー要求制動力Fbreqは、本発明のトータル要求制動力に相当する。
続いて、ブレーキECU53は、ステップS24において、ドライバー要求制動力Fbreqを、前後輪別に、回生制動力と摩擦制動力とに配分した、前輪要求回生制動力Fr_f、前輪要求摩擦制動力Ff_f、後輪要求回生制動力Fr_r、後輪要求摩擦制動力Ff_rを演算する。これらの前輪要求回生制動力Fr_f、前輪要求摩擦制動力Ff_f、後輪要求回生制動力Fr_r、後輪要求摩擦制動力Ff_rは、それぞれ左右2輪分の値とする。(左右片側輪は、その半分の値となる。)尚、記号Fに続く、記号「r」は、regenerativeの頭文字、記号「f」は、frictionの頭文字を表す。また、それらの記号の後に続く、記号「f」はfrontの頭文字を表し、記号「r」はrearの頭文字を表す。
このステップS24における演算処理については、本発明の特徴部分に関係するため、本ルーチンの全体説明の後に詳述する。
ブレーキECU53は、ステップS24において、前輪要求回生制動力Fr_f、前輪要求摩擦制動力Ff_f、後輪要求回生制動力Fr_r、後輪要求摩擦制動力Ff_rを演算すると、続くステップS25において、前輪要求回生制動力Fr_f、および、後輪要求回生制動力Fr_rをパワーECU51に送信する。パワーECU51は、前輪要求回生制動力Fr_f、および、後輪要求回生制動力Fr_rを受信すると、図6に示す回生ブレーキ制御ルーチンを実施する。
回生ブレーキ制御ルーチンが起動すると、パワーECU51は、ステップS41において、左右前後輪の目標制駆動力Fxを演算する。パワーECU51は、前輪要求回生制動力Fr_f、後輪要求回生制動力Fr_r、および、制御用制駆動力Fcxを使って、左前輪10flの目標制駆動力Ffl,右前輪10frの目標制駆動力Ffr,左後輪10rlの目標制駆動力Frl,右後輪10rrの目標制駆動力Frrを次式により演算する。この場合、前輪要求回生制動力Fr_f、後輪要求回生制動力Fr_rは、左右輪間において2等分される。また、パワーECU51は、このステップS41において、制御用制駆動力Fcxを上述(S13)のように演算する。
Ffl=Fcfl−Fr_f/2
Ffr=Fcfr−Fr_f/2
Frl=Fcrl−Fr_r/2
Frr=Fcrr−Fr_r/2
続いて、パワーECU51は、ステップS42において、各車輪10ごとの目標制駆動力Fxをモータ30を駆動するための目標モータトルクTxに変換し、目標モータトルクTxを表す制駆動指令信号をモータECU52に送信する。これにより、モータECU52は、目標モータトルクTxに従って、モータドライバ35に駆動信号を出力する。目標モータトルクTxが駆動トルクを表している場合には、モータ30が力行制御されてモータドライバ35からモータ30に電流が流れる。目標モータトルクTxが制動トルクを表している場合には、モータ30が回生制御されてモータ30からモータドライバ35を介してバッテリ70に電流が流れる。こうして、各車輪10に目標制駆動力Fx相当の制駆動力が発生する。
続いて、パワーECU51は、ステップS43において、4輪において実際に発生させた回生制動力である実行回生制動力(左前輪実行回生制動力Fr_fl_real,右前輪実行回生制動力Fr_fr_real,左後輪実行回生制動力Fr_rl_real,右後輪実行回生制動力Fr_rr_real)をブレーキECU53に送信して回生ブレーキ制御ルーチンを一旦終了する。パワーECU51は、ブレーキECU53から回生制動要求を受信しているあいだ回生ブレーキ制御ルーチンを繰り返し実施する。
再び、図5を参照して、ブレーキECU53は、ステップS26において、パワーECU51から送信された実行回生制動力(左前輪実行回生制動力Fr_fl_real,右前輪実行回生制動力Fr_fr_real,左後輪実行回生制動力Fr_rl_real,右後輪実行回生制動力Fr_rr_real)を受信する。続いてブレーキECU53は、ステップS27において、4輪ごとに、要求回生制動力と実行回生制動力との差ΔFr(Fr_f/2−Fr_fl_real,Fr_f/2−Fr_fr_real,Fr_r/2−Fr_rl_real,Fr_r/2−Fr_rr_real)を演算する。そして、この差ΔFrを補正値として、この補正値を、それぞれ各輪の要求摩擦制動力(左前輪要求摩擦制動力Ff_f/2,右前輪要求摩擦制動力Ff_f/2,左後輪要求摩擦制動力Ff_r/2,右後輪要求摩擦制動力Ff_r/2)に加算して、補正後左前輪要求摩擦制動力Ff_fl*,補正後右前輪要求摩擦制動力Ff_fr*,補正後左後輪要求摩擦制動力Ff_rl*,補正後右後輪要求摩擦制動力Ff_rr*を算出する。
Ff_fl*=Ff_f/2+(Fr_f/2−Fr_fl_real)
Ff_fr*=Ff_f/2+(Fr_f/2−Fr_fr_real)
Ff_rl*=Ff_r/2+(Fr_r/2−Fr_rl_real)
Ff_rr*=Ff_r/2+(Fr_r/2−Fr_rr_real)
続いて、ブレーキECU53は、ステップS28において、補正後左前輪要求摩擦制動力Ff_fl*,補正後右前輪要求摩擦制動力Ff_fr*,補正後左後輪要求摩擦制動力Ff_rl*,補正後右後輪要求摩擦制動力Ff_rr*に基づいて、ブレーキアクチュエータ45の作動を制御する。ブレーキECU53は、油圧回路の制御油圧と摩擦制動力との関係を設定する関係付けデータを記憶し、この関係付けデータを使って、補正後左前輪要求摩擦制動力Ff_fl*,補正後右前輪要求摩擦制動力Ff_fr*,補正後左後輪要求摩擦制動力Ff_rl*,補正後右後輪要求摩擦制動力Ff_rr*を発生させるために必要な4輪ごとの目標制御油圧を設定する。ブレーキECU53は、油圧センサにより検出される左右前後輪10のホイールシリンダ圧が目標制御油圧に追従するようにリニア制御弁の通電を制御する。これにより摩擦ブレーキ機構40が作動して、各車輪10を摩擦力によって制動する。
ブレーキECU53は、ステップS28の処理を実行するとメインブレーキ制御ルーチンを一旦終了する。ブレーキECU53は、所定の演算周期でメインブレーキ制御ルーチンを繰り返す。
これにより、車輪10は、モータ30の電力回収によって発生する回生制動力と、摩擦ブレーキ機構40の摩擦抵抗によって発生する摩擦制動力とによって制動される。
次に、ステップS24の演算処理について説明する。ステップS24は、ドライバー要求制動力Fbreqを、前後輪別に、回生制動力と摩擦制動力とに配分した、前輪要求回生制動力Fr_f、前輪要求摩擦制動力Ff_f、後輪要求回生制動力Fr_r、後輪要求摩擦制動力Ff_rを演算する処理である。上述したように、前輪10fのサスペンション20fと後輪10rのサスペンション20rとでは、瞬間回転中心角θf,θrが異なっている(θf<θr)。このため、上下力変換率は、前輪10fのサスペンション20fの方が後輪10rのサスペンション20rに比べて小さい(tan(θf)<tan(θr))。従って、仮に、前輪10fと後輪10rとで同等の大きさの上下力が要求される場合にその要求される上下力が大きくなるとき、上下変換率の小さい側のサスペンション20fに連結される前輪10fを制駆動するモータ30fが、上下変換率の大きい側のサスペンション20rに連結される後輪10rを駆動するモータ30rよりも先に回生能力の限界に達してしまう。
そこで、ステップS24においては、ドライバー要求制動力Fbreqを要求摩擦制動力と要求回生制動力とに配分するにあたって、上下力変換率の小さい側のサスペンション20fに連結される車輪10(本実施形態では前輪10f)に対しては、上下力変換率の大きい側のサスペンション20rに連結される車輪10(本実施形態では後輪10r)に比べて、要求回生制動力を小さく設定する。本実施形態においては、車輪10の制駆動力によってサスペンション20を介して車体Bに追加的に付与することができる上下方向の力(上下力)の余力が、前輪10fと後輪10rとで同等となるように、要求摩擦制動力と要求回生制動力との配分を決定する。
ここでは、演算に使用する符号を以下のように定義する。以下においては既に説明した符号も改めて定義されている。前輪の制動力、後輪の制動力に関しては、左右両輪(2輪)の制動力の合計値として説明する。尚、前輪の制動力、後輪の制動力に関して、左右片側輪(1輪)の値として考えても同じことであるが、その場合には、下記のドライバー要求制動力は、Fbreq/2となる。
前輪の要求回生制動力:Fr_f
前輪の要求摩擦制動力:Ff_f
後輪の要求回生制動力:Fr_r
後輪の要求摩擦制動力:Ff_r
前輪のトータル要求制動力:Fbf(=Fr_f+Ff_f)
後輪のトータル要求制動力:Fbr(=Fr_r+Ff_r)
前輪における要求回生制動力と要求摩擦制動力との配分比:(Kr_f:Kf_f)
(Kr_f+Kf_f=1)
後輪における要求回生制動力と要求摩擦制動力との配分比:(Kr_r:Kf_r)
(Kr_r+Kf_r=1)
前後輪における制動力配分比:(前輪側K_f:後輪側K_r)
(K_f+K_r=1)
ドライバー要求制動力:Fbreq(=Fbf+Fbr)
前輪10fにおける要求回生制動力は、次式にて計算される。
Fr_f=Fbreq×K_f×Kr_f
後輪10rにおける要求回生制動力は、次式にて計算される。
Fr_r=Fbreq×K_r×Kr_r
前輪10fにおける要求摩擦制動力は、次式にて計算される。
Ff_f=Fbreq×K_f×Kf_f
後輪10rにおける要求摩擦制動力は、次式にて計算される。
Ff_r=Fbreq×K_r×Kf_r
前後輪における制動力配分比(K_f:K_r)については、例えば、図7(a)に示すように、ドライバー要求制動力Fbreqの大きさに応じて設定される。図7(b)は、前輪トータル要求制動力Fbfと後輪トータル要求制動力Fbrとの関係を表している。この図からわかるように、前後輪における制動力配分比特性は、ドライバー要求制動力Fbreqが大きくなるに従って、前輪制動力配分比K_fが大きくなり、後輪制動力配分比K_rが小さくなるように設定されている。
1.上下力の余力
前輪10fのモータ30fと後輪10rのモータ30rとの最大発生トルクが等しいとして、前輪10fおよび後輪10rでそれぞれ発生できる最大の回生制動力をFmmaxとすると、前輪10fで追加的に車体に付与できる上下力の余力Fzft、後輪10rで追加的に車体に付与できる上下力の余力Fzrtは、次式にて表すことができる。
Fzft=(Fmmax−Fr_f)・tan(θf)
Fzrt=(Fmmax−Fr_r)・tan(θr)
この場合、Fr_f,Fr_rは、左右2輪分の制動力として取り扱っているため、Fmmaxについても、左右2輪分とする。
2.上下力余力の均等化
前輪側上下力余力Fzftと後輪側上下力余力Fzrtとを等しくすれば、上下力を必要とする車両運動制御(車両のロール運動、ピッチ運動及びヒーブ運動)において、特定の車輪10(本実施形態では前輪10f)だけが先に回生制動限界(モータで発生することのできる力の最大値)に達してしまうことを抑制することができる。従って、次式のように定義する。
Fzft=Fzrt
この式から、前輪要求回生制動力Fr_fと後輪要求回生制動力Fr_rとの関係を導き出す。ここで、tan(θr)/tan(θf)をΘとする。
(Fmmax−Fr_f)・tan(θf)=(Fmmax−Fr_r)・tan(θr)
Fmmax−Fr_f=(Fmmax−Fr_r)・Θ
この式を解くと、後輪要求回生制動力Fr_rは、次式(1)のように前輪要求回生制動力Fr_fの一次関数として表すことができる。
Fr_r={(Θ−1)/Θ}・Fmmax+(1/Θ)・Fr_f ・・・(1)
3.具体的な配分
図8は、上記式(1)を表したグラフである。A点における後輪要求回生制動力Fr_rは、次式にて表すことができる。
Fr_r={(Θ−1)/Θ}・Fmmax=Fbreq・K_r
従って、要求回生制動力を前輪10fと後輪10rとに配分するにあたって、ドライバー要求制動力Fbreqが、(1/K_r)・{(Θ−1)/Θ}・Fmmaxより小さい場合には、前輪側上下力余力Fzftと後輪側上下力余力Fzrtとを等しくすることはできない。この場合には、図8の0点からA点を直線で結んだライン上を移動する配分特性を設定すれば、前輪側上下力余力Fzftと後輪側上下力余力Fzrtとが互いに最も近い値となる。
そこで、ブレーキECU53は、ドライバー要求制動力Fbreqが、(1/K_r)・{(Θ−1)/Θ}・Fmmaxより小さい場合には、以下のように前後輪別に摩擦制動力Ff_f,Ff_rと回生制動力Fr_f,Fr_rとを設定する。
前輪要求回生制動力Fr_f=0
前輪要求摩擦制動力Ff_f=Fbreq・K_f
後輪要求回生制動力Fr_r=Fbreq・K_r
後輪要求摩擦制動力Ff_r=0
従って、ドライバー要求制動力Fbreqが(1/K_r)・{(Θ−1)/Θ}・Fmmaxより小さい場合には、前輪10fに関しては、摩擦制動力のみによって制動力を発生させ、後輪10rに関しては、回生制動力のみによって制動力を発生させるように回生/摩擦制動力配分が設定される。
また、ドライバー要求制動力Fbreqが、(1/K_r)・{(Θ−1)/Θ}・Fmmax以上となる場合には前輪側上下力余力Fzftと後輪側上下力余力Fzrtとを等しくすることができる。この場合には、上記式(1)で表される関係式を満たすように、前輪要求回生制動力Fr_fおよび後輪要求回生制動力Fr_rを設定すればよい。また、前輪要求摩擦制動力Ff_fは、前輪トータル要求制動力Fbf(=Fbreq・K_f)から前輪要求回生制動力Fr_fを減算した値に設定し、後輪要求摩擦制動力Ff_rは、後輪トータル要求制動力Fbr(=Fbreq・K_r)から後輪要求回生制動力Fr_rを減算した値に設定すればよい。
図9は、上記の演算によって得られる、ドライバー要求制動力Fbreqと、前輪要求回生制動力Fr_f、前輪要求摩擦制動力Ff_f、後輪要求回生制動力Fr_rおよび後輪要求摩擦制動力Ff_rのそれぞれとの関係を表している。ブレーキECU53は、図9で表される関係式、あるいは、マップ等のデータを記憶しており、ステップS24においては、このデータを使って、前輪要求回生制動力Fr_f、前輪要求摩擦制動力Ff_f、後輪要求回生制動力Fr_r、後輪要求摩擦制動力Ff_rを演算する。この場合、図10に示すように、前輪トータル要求制動力Fbfと後輪トータル要求制動力Fbrとは、配分特性(K_f:K_r)に維持される。
以上説明した本実施形態の車両用制動制御装置によれば、ドライバー要求制動力における要求回生制動力が、上下変換率が大きい側のサスペンション20rに連結される後輪10rよりも、上下変換率が小さい側のサスペンション20fに連結される前輪10fの方が小さくなるように、前後輪毎の、要求回生制動力と要求摩擦制動力との配分が設定される。従って、車体の上下方向の力を必要とする車両運動制御に要求される制御用制駆動力Fcxの増大に伴って、前輪10fのモータ30fが後輪10rのモータ30rよりも先に回生能力の限界に達してしまうという可能性を低減することができる。
例えば、図11に示すように、上下変換率が小さい側の前輪10fを摩擦制動力によって制動し、上下変換率が大きい側の後輪10rを回生制動力によって制動することで、前輪10fのモータ30fの最大制駆動力Fmmaxをフルに使える範囲で制御用制駆動力Fcxを発生させることができる。従って、車両運動制御能力を向上させることができる。ここでは、最大制駆動力Fmmaxは、モータ30の回生トルクによって発生できる最大制動力、および、その最大制動力と大きさ(絶対値)の等しい駆動力を表している。
また、本実施形態においては、車体Bに発生させることができる上下方向の力の余力が、前輪10fと後輪10rとで同等となるように、要求摩擦制動力と要求回生制動力との配分を決定する。従って、モータ30の有する能力を、前輪10f側と後輪10r側とで、それぞれ、車体の上下方向の力を必要とする車両運動制御に有効に使うことができる。つまり、特定の車輪10のモータ30が先に能力限界に達してしまうことを低減して、前後左右輪10の各モータ30をバランス良く能力限界まで使うことができる。
また、車体Bに発生させることができる上下方向の力の余力が、前輪10fと後輪10rとで同等にできない場合、つまり、ドライバー要求制動力Fbreqが設定値((1/K_r))・{(Θ−1)/Θ}・Fmmax)未満になる場合には、前輪10fに配分されるトータル要求制動力の全てが摩擦制動力に設定される。従って、前輪10f側で発生させることができる上下力の余力を最大にしておくことができる。これにより、ドライバー要求制動力Fbreqが少ない場合であっても、車体の上下方向の力を必要とする車両運動制御を良好に実施することができる。
ここで、ヨー運動制御について検討してみる。例えば、図3(a)に示すように、回生制動力によって車両の制動中に、車体を左回り方向にヨー運動をさせる場合を考える。この場合、前後左右輪に要求回生制動力(−Fr_fl,−Fr_fr,−Fr_rl,−Fr_rr)を均等に発生させている状態から、左前輪10flにはヨー制御用制動力(−Fc_yaw)が加えられ、右前輪10frにはヨー制御用制動力(−Fc_yaw)とは反対方向のヨー制御用駆動力(+Fc_yaw)が加えられる。
このようにヨー運動を制御した場合には、車体がロールしてしまう。そこで、ヨー運動制御時においては、前輪10f側で発生するロールモーメントと反対方向のロールモーメントを後輪10r側に発生させる必要がある。この場合、前輪10f側で発生するロールモーメントを打ち消すように、つまり、車両全体としてロールモーメントがゼロになるように、左後輪10rlにロール制御用制動力(−Fc_roll)、右後輪10rlにロール制御用制動力(−Fc_roll)とは反対方向のロール制御用駆動力(+Fc_roll)を加えればよい。
しかし、前輪10f側と後輪10r側とで上下力変換率が異なるため、旋回方向の前後輪の合成制駆動力(要求回生制動力+制御用制駆動力)を比較してみると、左前輪10flの合成制駆動力Fflのほうが後輪10rlの合成制駆動力Frlよりも大きくなる。このため、左前輪10flのモータ30flが、他の車輪10fr,10rl,10rrのモータ30fr,30rl,30rrに比べて早く能力限界に達してしまう。従って、良好な車両運動制御を実施できないおそれがある。
これに対して、本実施形態においては、図3(b)に示すように、前輪10f側の要求回生制動力(−Fr_fl,−Fr_fr)を、後輪10r側の要求回生制動力(−Fr_rl,−Fr_rr)に比べて小さくしている(その分、前輪10f側には要求摩擦制動力が加えられている)。このため、左前輪10flの合成制駆動力Fflと後輪10rlの合成制駆動力Frlとをほぼ等しくすることができる。従って、車両運動制御を前後輪10f,10rのモータ30f,30rの能力をフルに使って実施することができる。このため、車両運動制御を良好に実施することができる。
以上、本実施形態にかかる車両用制動力制御装置について説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の目的を逸脱しない限りにおいて種々の変更が可能である。
<変形例1:上下力変換率>
例えば、本実施形態は、後輪10rのサスペンション20rが前輪10fのサスペンション20fよりも上下力変換率が大きい車両に適用されるものであるが、その逆、つまり、前輪10fのサスペンション20fが後輪10rのサスペンション20rよりも上下力変換率が大きい車両にも適用できる。その場合には、ドライバー要求制動力における要求回生制動力の配分比は、前輪10f側に比べて後輪10r側の値を大きくすればよい。
<変形例2:車両形式>
また、本実施形態においては、前後左右輪10にそれぞれインホイールモータ30を設け、前後左右輪10を独立して制駆動する車両に適用される車両用制動力制御装置について説明したが、本発明の車両用制動力制御装置は、こうした形式の車両への適用に限るものではない。例えば、4つのモータを車体B側に設け、前後左右輪10に独立した駆動トルクおよび制動トルクを伝達する形式の車両に適用することもできる。
また、例えば、左右前輪10fを共通のモータで駆動し、左右後輪10rを他のモータで共通に駆動する前後輪独立駆動形式の車両に適用することもできる。共通のモータで左右輪を駆動する形式の場合、左右輪に異なった大きさの制駆動力を発生させることができないため、車両の重心Cgを通る前後方向軸回りのロール運動、車両の重心Cgを通る鉛直方向軸回りのヨー運動に関しては制御することはできない。しかし、車両の重心Cgを通る左右方向軸回りのピッチ運動、および、車両の重心Cg位置における上下運動であるヒーブ運動については、要求回生制動力Fr_f,Fr_rに、左右輪で互いに等しい制御用制駆動力Fcxを加算することによって、制御することができる。
<変形例3:トータル要求制駆動力>
また、本実施形態においては、ブレーキペダル操作によって発生したドライバー要求制動力を要求回生制動力と要求摩擦制動力とに配分するが、必ずしも、ブレーキペダル操作時に限るものではない。例えば、自動走行運転中における自動制動時、トラクション制御(TRC)の実施による制動時、車両の横滑りを抑制する横滑り抑制制御の実施による制動時、等において発生する要求制動力(本発明のトータル要求制動力に相当する)を、上記実施形態のように、前後輪別に、要求回生制動力と要求摩擦制動力とに配分することもできる。従って、本発明におけるトータル要求制動力は、ドライバー要求制動力に限るものではなく、自動走行運転時等において発生する要求制動力であってもよい。
<変形例4:回生制動力の配分>
また、例えば、本実施形態においては、車体Bに発生させることができる上下方向の力の余力が、前輪10fと後輪10rとで同等となるように、前後輪毎の、要求回生制動力と要求摩擦制動力との配分を設定するが、必ずしも、そのように配分を設定する必要はなく、前輪要求回生制動力が後輪要求回生制動力よりも小さく設定される構成であればよい。