以下に、本件発明に係る「炭素鋼の急速軟質化焼鈍処理方法」の実施形態について詳述する。
本件発明に係る炭素鋼の急速軟質化焼鈍処理方法は、所定の硬さを備えた炭素鋼を極めて短時間で、軟質化焼鈍処理する方法であり、「第1熱処理工程」と、「第2熱処理工程」と、「第3熱処理工程」と、「冷却工程」とを必須の工程として備えることを特徴とする。まずはじめに、処理対象となる炭素鋼について説明した後、第1熱処理工程〜第3熱処理工程及び冷却工程について詳述する。
1.炭素鋼
本件発明に係る急速軟質化焼鈍処理方法において用いる炭素鋼は、高強度を必要とする中空ラックバー等の炭素鋼製品を製造する際に必要とする成分を所定量含むものである。すなわち、本件発明において用いる炭素鋼は、炭素が0.27質量%〜0.58質量%、ケイ素が0.15質量%〜0.35質量%、マンガンが0.30質量%〜1.50質量%、リンが0.03質量%以下、硫黄が0.03質量%以下、ニッケルが0.25質量%以下、クロムが0.35質量%以下であり、残部が鉄及び不可避的不純物からなる化学組成を備えるものであることが好ましい。当該化学組成を備えた炭素鋼の一例として、SMn433(JIS G 4053)を挙げることができる。
炭素:中空ラックバー等の高強度が要求される機械構造用鋼材における炭素含有量は、0.27質量%〜0.58質量%であることが好ましく、0.30質量%〜0.36質量%であることがより好ましい。合金成分としての炭素は、焼入処理後の芯部強度を確保するために必要な元素であり、0.27質量%未満では、その硬さが不十分であり、0.58質量%を超えると、芯部の靱性を低下させるため、含有量を0.27質量%〜0.58質量%とした。
ケイ素:ケイ素は、焼戻しの軟化抵抗性の向上に大きく寄与する元素であり、十分な効果を得るためには、0.15質量%以上必要である。一方で、過剰にケイ素を含有させると、切削加工性を低下させるため、軟質化焼鈍処理後に、部分的に切削等の機械加工を行う中空ラックバー等に用いる場合には、ケイ素の含有量の上限を0.35質量%とすることが好ましい。
マンガン:中空ラックバー等の機械構造用鋼材におけるマンガン含有量は、0.30質量%〜1.50質量%であることが好ましい。マンガンは精錬時の脱酸剤として必要で、酸化物系介在物を低減して鋼の清浄度を高める元素である。また、焼入性を向上させて鋼の芯部硬さや硬化層深さを高める元素でもある。本実施の形態のように所定の硬さが要求される中空ラックバー等の機械構造用鋼材に用いるためには、炭素鋼中に0.30質量%以上のマンガンを含有させることが必要となる。一方で、過剰にマンガンを添加すると、焼入性が過剰となり、靱性が劣化して加工性も低下するため、マンガン含有量の上限を1.50質量%とした。
リン:リンは、鋼の熱間加工性や靱性を低下させる不純物である。よって、炭素鋼中のリンの含有量は少ない方が好ましい。リン含有量の上限は、0.03質量%以下である。
硫黄:中空ラックバー等の機械構造用鋼材における硫黄含有量は、0.030質量%以下であることが好ましい。
ニッケル:中空ラックバー等の機械構造用鋼材におけるニッケル含有量は、0.25質量%以下であることが好ましい。
クロム:中空ラックバー等の機械構造用鋼材におけるクロム含有量は、0.35質量%以下であることが好ましい。
なお、本件発明において用いられる炭素鋼は、機械構造用鋼材としての用途に応じて他の成分、例えば、モリブデン、バナジウム、ニオブ、ホウ素、チタン、テルル、カルシウム、マグネシウム、ジルコニウム等の成分を含むものを用いてもよい。
本願発明の急速軟質化焼鈍処理方法の処理対象となる上述の炭素鋼は、そのままでは硬さが高く、歯部などに加工を行うための切削性研削性や塑性加工性が低くなる。よって、本件発明では、当該炭素鋼の加工対象となる部分に急速軟質化焼鈍処理を施して、当該加工対象部分を機械加工が容易な金属組織とする。
本願発明では、軟質化焼鈍処理によって、処理前の炭素鋼の硬さを基準としてビッカース硬さを8%以上低下させるものであることが好ましい。処理前の炭素鋼の硬さを基準として、軟質化焼鈍処理により、硬さを8%以上低下させることにより、軟質化焼鈍処理前の炭素鋼と比較して、切削性・研削性・塑性加工性が良好となる。従って、加工精度に優れ、高い品質の製品を提供することが可能になる。また、本願発明では、当該軟質化焼鈍処理によって、処理前の炭素鋼の硬さを基準としてビッカース硬さを8%〜20%低下させるものであることがより好ましい。例えば、上述した化学組成である炭素鋼のビッカース硬さが155HV(1)〜190HV(1)である場合、軟質化焼鈍処理後のビッカース硬さは、124HV(1)〜174HV(1)であることが好ましい。当該軟質化焼鈍処理によって、処理前の炭素鋼の硬さを基準としてビッカース硬さを上述した範囲で低下させることにより、炭素鋼の硬さをある程度維持しつつ、加工性を良好とすることができる。
次に、図1の熱処理サイクルの模式図を参照して、上述の金属組織、及び硬さを実現するための具体的な急速軟質化焼鈍処理方法について、各工程毎に説明する。
2.第1熱処理工程
この第1熱処理工程では、炭素鋼を加熱し、当該炭素鋼の表面をAc1+20℃〜Ac1+50℃のオーステナイト化温度T1に10℃/s以上の速度で上昇させる。従って、Ac1が740℃程度の炭素鋼を用いた場合には、オーステナイト化温度T1は、760℃〜785℃であることが好ましいことになる。
当該第1熱処理工程において、炭素鋼をAc1+20℃以上の温度に急速加熱することにより、炭素鋼の金属組織のうち、炭化物(パーライト組織中のセメンタイト組織)の一部のみをオーステナイト化することができる。一方、当該第1熱処理工程において、炭素鋼をAc1+50℃を超える温度に急速加熱すると、金属組織中において炭化物がオーステナイト化する量が過剰となり、処理後の金属組織中にパーライト析出量が多くなるため好ましくない。
また、この第1熱処理工程におけるオーステナイト化温度T1までの昇温速度は、90℃/s〜150℃/sとすることが好ましい。当該昇温速度で加熱することで、炭化物の一部のみを効率的にオーステナイト化することが可能となり、軟質化焼鈍処理に要する時間を短縮することが可能となるからである。
上述した昇温速度での加熱を行うため、炭素鋼の加熱方法としては、高周波誘導加熱法を用いることが好ましい。高周波誘導加熱法を用いることにより、容易に高い昇温速度で炭素鋼をオーステナイト化温度T1まで加熱することが可能となるからである。
3.第2熱処理工程
この第2熱処理工程では、上述の第1熱処理工程を終了した直後に、前記炭素鋼をMs点〜600℃の低温保持温度T2まで1℃/s以上の速度で降下させる。この際、当該低温保持温度T2で30秒以下の時間、保持することが好ましい。
当該第2熱処理工程において、上述の第1熱処理工程でオーステナイト化温度T1まで加熱された直後の炭素鋼の温度をMs点以上の低温保持温度T2に急速に下げることにより、炭素鋼の金属組織のうち、オーステナイト組織をマルテンサイト変態させることなく、当該オーステナイト化した組織からフェライトと炭化物(セメンタイト組織)へ拡散変態させて、その際に、残存した炭化物に炭素が分配されることで炭化物の成長を促進させることができる。一方、当該第2熱処理工程における低温保持温度T2を600℃を超える温度とすると、第1熱処理工程においてオーステナイト化した組織からフェライトと炭化物へ拡散変態するための駆動力が低くなってしまい、拡散変態に時間がかかるため、好ましくない。したがって、Ms点が400℃程度の炭素鋼を用いた場合には、低温保持温度T2は450℃〜600℃であることが好ましいことになる。
本件発明は、当該第2熱処理工程における低温保持温度T2の保持時間を、30秒以下とすることが好ましい。当該低温保持温度T2の保持時間を30秒以下とすることにより、従来の球状化焼鈍処理と比べて大幅に処理時間の短縮化を図ることが可能となる。
また、この第2熱処理工程における低温保持温度T2までの冷却速度は、3℃/s〜170℃/sとすることがより好ましい。オーステナイト化温度T1から低温保持温度T2までの冷却速度を3℃/s〜170℃/sとすることにより、炭素鋼の金属組織中のオーステナイト組織中の炭素を効率的にセメンタイト組織に分配させて炭化物の成長を行うことが可能となり、軟質化焼鈍処理に要する時間を大幅に短縮することが可能となるからである。
なお、第2熱処理工程における炭素鋼の加熱方法としては、第1熱処理工程と同様に、高周波誘導加熱法を用いることが好ましい。高周波誘導加熱法を用いることにより、容易に温度制御が可能となるからである。
4.第3熱処理工程
この第3熱処理工程では、上述の第2熱処理工程を終了した前記炭素鋼を、Ae1−130℃〜Ae1−20℃の高温保持温度T3まで10℃/s以上の速度で上昇させる。例えば、高温保持温度T3は、600℃〜700℃であることが好ましい。
当該第3熱処理工程において、上述の第2熱処理工程で低温保持温度T2に保持された炭素鋼の温度をAe1−130℃以上の温度に急速加熱することにより、炭素鋼の金属組織のうち、第2熱処理工程において、オーステナイト組織中から炭素が分配された炭化物(セメンタイト組織)を効率的に成長させ、合体、凝集させて、球状化することができる。当該第3熱処理工程における高温保持温度T3がAe1−130℃を下回る場合には、炭化物の成長速度を遅延させ、効率的な炭化物の球状化処理が困難となるため、好ましくない。一方、当該第3熱処理工程における高温保持温度T3をAe1−20℃を超える温度とすると、炭素鋼の金属組織のうち、一部が再度オーステナイト化してしまい、急冷時にマルテンサイト変態して、炭素鋼の軟質化を行うことができなくなるため、好ましくない。
また、この第3熱処理工程における低温保持温度T2から高温保持温度T3までの昇温速度は、20℃/s〜350℃/sであることが好ましい。当該昇温速度で加熱することで、効率的に炭化物を球状化させることが可能となり、軟質化焼鈍処理に要する時間を短縮することが可能となるからである。
本件発明では、当該第3熱処理工程における高温保持温度T3の保持時間を、60秒以下とすることが好ましい。当該高温保持温度T3の保持時間を60秒以下とすることにより、従来の球状化焼鈍処理と比べて大幅に処理時間の短縮化を図ることが可能となる。
なお、第3熱処理工程における炭素鋼の加熱方法としては、第1熱処理工程及び第2熱処理工程と同様に、高周波誘導加熱法を用いることが好ましい。高周波誘導加熱法を用いることにより、容易に高い昇温速度で炭素鋼を高温保持温度T3まで加熱することが可能となるからである。
5.冷却工程
この冷却工程では、第3熱処理工程を終了した前記炭素鋼を冷却して軟質化処理した炭素鋼を得る。
当該冷却工程において、第3熱処理工程を終了した炭素鋼を冷却することにより、炭素鋼の金属組織のうちフェライト組織中の固溶している炭素を分配させる。当該冷却工程における冷却速度は、特に限定されない。すなわち、当該冷却工程における冷却速度によって、得られる軟質化炭素鋼の硬さへの影響はほとんどないからである。よって、急冷方法を採用することにより、軟質化処理に要する時間を短縮することが可能となる。急冷方法としては、強制空冷や水冷、その他の冷却剤を用いた冷却方法を採用することができる。
これら一連の第1熱処理工程〜冷却工程を行うことにより、所定の強度を備える炭素鋼は、球状化焼鈍処理されることによって軟質化され、加工性を著しく向上させることができる。
特に、本件発明によれば、従来、30分から1時間以上の処理時間が必要であった炭素鋼の球状化焼鈍処理を、第1熱処理工程から冷却工程まで極めて短時間で実現することが可能となる。よって、本件出願に係る炭素鋼の急速軟質化焼鈍処理方法は、極めて短時間で炭素鋼の球状化焼鈍処理を行うことができるため、製造ラインの中で、炭素鋼の部分的な軟質化焼鈍処理を実現することができる。ゆえに、本件出願に係る炭素鋼の急速軟質化焼鈍処理方法は、炭素鋼のうち機械加工や塑性加工が必要となる部分のみを、局所的に軟質化焼鈍処理できるため、硬さが必要な部分において硬さ低下を回避し、且つ、加工が必要な部分の加工性を著しく向上させることが可能となる。従って、本件出願に係る炭素鋼の急速軟質化焼鈍処理方法を採用することで、加工精度に優れ、高い品質の製品を提供できるようになる。
なお、本件発明における急速軟質化焼鈍処理方法では、上述した第1熱処理工程と、第2熱処理工程と、第3熱処理工程とを順次行った後、冷却工程を行うものとしているが、これに限定されるものではない。例えば、第1熱処理工程と第2熱処理工程とを複数サイクル実施した後、第3熱処理工程を行い、その後、冷却工程を行う場合や、第1熱処理工程から第3熱処理工程までを複数サイクル実施した後、冷却工程を行うことも好ましい。さらに、第1熱処理工程から冷却工程までを複数サイクル行うことも好ましい。このように第1熱処理工程と第2熱処理工程、又は、第1熱処理工程から第3熱処理工程まで、もしくは、第1熱処理工程から冷却工程までを複数サイクル実施することにより、炭素鋼をより一層軟質化焼鈍処理することができる。特に、サイクルの繰り返し回数を調整することにより、炭素鋼の軟質化の程度を高い精度で調整することが可能となる。よって、加工の程度や、種類に応じて、炭素鋼の硬さを調整することが可能となり、所望の硬さの炭素鋼を得ることが可能となる。いずれの場合であっても、各熱処理工程は、サイクルが極めて短い時間で実行可能であるため、第1熱処理工程から冷却工程までの一連の熱処理サイクルを数サイクル繰り返し行った場合であっても、従来と比較して極めて短い時間で軟質化焼鈍処理を実行することが可能となる。
次に、上述の炭素鋼の急速軟質化焼鈍処理方法を用いることで、得られる軟質化炭素鋼について説明する。当該軟質化炭素鋼は、処理前の炭素鋼の硬さを基準として、ビッカース硬さを8%以上低下させたものである。本件発明の急速軟質化焼鈍処理方法により得られる軟質化炭素鋼は、炭素鋼全体を均一に軟質化させて得られるものに限られず、加工が必要となる部分のみを軟質化焼鈍処理したものも含まれる。よって、中空ラックバー等の機械構造部品の場合には、加工が必要となる成形箇所のみを、高周波加熱法を用いることにより、部分的に軟質化焼鈍処理してもよい。従って、軟質化焼鈍処理をしない部分については素材自体の硬さを維持しつつ、加工が必要となる部分のみ軟質化焼鈍処理することができるため、加工性が非常に良好となる。ゆえに、加工精度を向上でき、高い品質を実現することができる。
次に、本件発明に係る炭素鋼の急速軟質化焼鈍処理方法を用いた実施例及び比較例について述べる。
以下に示す実施例1〜実施例19は、本件発明に係る炭素鋼の急速軟質化焼鈍処理方法により焼鈍処理を行った。各実施例では、供試材として中空ラックバーの素管(SMn433:JIS G 4053)を採用した。当該素管の表1に示す成分組成を有する鋼材からなる中空管である。表1において、数値の単位は質量%であり、残部は鉄及び不可避不純物である。当該素管は、直径32mm、肉厚5mmであり、各実施例1〜実施例16は、当該素管から、直径3mm、長さ10mmの円柱状の試験片を、当該試験片の長さ方向が素管の長さ方向と一致するようにワイヤーカッター放電加工機により切り出して用いた。実施例16〜実施例18は、当該素管に断面減少率2%程度の絞り加工を行った後、平つぶし加工を行った試験鋼管を用いた。当該試験片として用いたSMn433のAc1は740℃程度であり、Ae1は713℃、Ms点は386℃である。
また、当該素管の金属組織、すなわち、各実施例において用いる軟質化焼鈍処理前の試験片の金属組織の顕微鏡写真を図2に示す。当該顕微鏡写真の倍率は、400倍、1000倍、2000倍であり、400倍と1000倍の顕微鏡写真は光学顕微鏡で撮影し、2000倍の顕微鏡写真は走査型電子顕微鏡により撮影した。軟質化焼鈍処理前の試験片の金属組織は、パーライト組織中にセメンタイト組織の球状化が一部進行しており、固まり状のパーライト組織も残存している状態となっている。なお、図2からは当該素管の金属組織が縞状であるように見えるが、これは当該素管の前処理の一部として引抜加工が実施されたものだからである。
そして、各実施例1〜実施例19では、各試験片について、フォーマスター試験機(富士電波工業株式会社製、変態点測定装置 Formaster−EDP)を用いて、本願発明に係る急速軟質化焼鈍処理を行った。以下に、各実施例1〜実施例19の急速軟質化焼鈍処理条件をまとめた表2を示す。表2中の米印は、第1熱処理工程〜第3熱処理工程又は第1熱処理工程〜第2熱処理工程を3サイクル行ったものを示す。
まずはじめに、図3の熱処理サイクルの模式図を参照して、実施例1の急速軟質化焼鈍処理について説明する。この図3には、実施例1以外にも、実施例2及び実施例3の熱処理サイクルを合わせて示す。実施例1は、第1熱処理工程において試験片を760℃のオーステナイト化温度T1に加熱した。当該実施例1では、8秒で室温から760℃まで加熱したので、当該第1熱処理工程の昇温速度は、約91.3℃/sであった。第1熱処理工程において、試験片を760℃に加熱した直後、第2熱処理工程において試験片を550℃の低温保持温度T2まで温度を降下させた後、当該低温保持温度T2を10秒間保持した。当該実施例1では、2秒で760℃から550℃まで降下させたので、当該第2熱処理工程の冷却速度は、105℃/sであった。第2熱処理工程を終了した後、第3熱処理工程において、試験片を670℃の高温保持温度T3まで加熱し、当該高温保持温度T3を10秒間保持した。当該実施例1では、1秒で550℃から670℃まで昇温させたので、当該第3熱処理工程の昇温速度は、120℃/sであった。当該第3熱処理工程を終了した後、冷却工程において、試験片を室温まで急冷し、実施例1の軟質化炭素鋼を得た。当該実施例1における冷却工程で室温までの冷却に要した時間は10秒であった。以上より、当該実施例1において、当該一連の熱処理サイクルの実行に要した時間は、41秒(0.68分)であった。
実施例2は、実施例1と第1熱処理工程におけるオーステナイト化温度T1のみが異なり、それ以外の工程の条件は同じとした。即ち、実施例2は、第1熱処理工程において試験片を770℃のオーステナイト化温度T1に加熱した。当該実施例2では、実施例1と同様に8秒で室温からオーステナイト化温度T1まで加熱したので、当該第1熱処理工程の昇温速度は、約92.5℃/sであった。その後、実施例2についても、実施例1と同様に、第2熱処理工程、第3熱処理工程、冷却工程を経て、実施例2の軟質化炭素鋼を得た。当該実施例2では、2秒で770℃から550℃まで降下させたので、当該第2熱処理工程の冷却速度は、110℃/sであった。
実施例3は、実施例1と第1熱処理工程におけるオーステナイト化温度T1のみが異なり、それ以外の工程の条件は同じとした。即ち、実施例3は、第1熱処理工程において試験片を785℃のオーステナイト化温度T1に加熱した。当該実施例3では、実施例1と同様に8秒で室温からオーステナイト化温度T1まで加熱したので、当該第1熱処理工程の昇温速度は、約94.4℃/sであった。その後、実施例3についても、実施例1と同様に、第2熱処理工程、第3熱処理工程、冷却工程を経て、実施例3の軟質化炭素鋼を得た。当該実施例3では、2秒で785℃から550℃まで降下させたので、当該第2熱処理工程の冷却速度は、118℃/sであった。
次に、図4の熱処理サイクルの模式図を参照して、実施例4の急速軟質化焼鈍処理について説明する。この図4には、実施例4以外にも、上述した実施例1及び実施例5の熱処理サイクルを合わせて示す。実施例4は、上述した実施例2と第2熱処理工程における低温保持温度T2のみが異なり、それ以外の工程の条件は同じとした。即ち、実施例4は、実施例2と同様に第1熱処理工程で試験片を770℃のオーステナイト化温度T1に加熱した直後に、第2熱処理工程において試験片を450℃の低温保持温度T2まで温度を降下させた後、当該低温保持温度T2を10秒間保持した。当該実施例4では、2秒で770℃から450℃まで降下させたので、当該第2熱処理工程の冷却速度は、160℃/sであった。第2熱処理工程を終了した後、実施例4についても、実施例2と同様に、第3熱処理工程及び冷却工程を経て、実施例4の軟質化炭素鋼を得た。
実施例5は、上述した実施例2と第2熱処理工程における低温保持温度T2のみが異なり、それ以外の工程の条件は同じとした。即ち、実施例5は、実施例2と同様に第1熱処理工程で試験片を770℃のオーステナイト化温度T1に加熱した直後に、第2熱処理工程において試験片を500℃の低温保持温度T2まで温度を降下させた後、当該低温保持温度T2を10秒間保持した。当該実施例5では、2秒で770℃から500℃まで降下させたので、当該第2熱処理工程の冷却速度は、135℃/sであった。第2熱処理工程を終了した後、実施例5についても、実施例2と同様に、第3熱処理工程及び冷却工程を経て、実施例5の軟質化炭素鋼を得た。
実施例6は、上述した実施例2と第2熱処理工程における低温保持温度T2のみが異なり、それ以外の工程の条件は同じとした。即ち、実施例6は、実施例2と同様に第1熱処理工程で試験片を770℃のオーステナイト化温度T1に加熱した直後に、第2熱処理工程において試験片を600℃の低温保持温度T2まで温度を降下させた後、当該低温保持温度T2を10秒間保持した。当該実施例6では、2秒で770℃から600℃まで降下させたので、当該第2熱処理工程の冷却速度は、85℃/sであった。第2熱処理工程を終了した後、実施例6についても、実施例2と同様に、第3熱処理工程及び冷却工程を経て、実施例6の軟質化炭素鋼を得た。
次に、図5の熱処理サイクルの模式図を参照して、実施例7の急速軟質化焼鈍処理について説明する。この図5には、実施例7以外にも、実施例8及び実施例9の熱処理サイクルを合わせて示す。実施例7は、上述した実施例2と第3熱処理工程における高温保持温度T3のみが異なり、それ以外の工程の条件は同じとした。即ち、実施例7は、実施例2と同様の条件で第1熱処理工程及び第2熱処理工程を行った後、第3熱処理工程において、試験片を550℃の低温保持温度T2から600℃の高温保持温度T3まで加熱し、当該高温保持温度T3を10秒間保持した。当該実施例7では、1秒で550℃から600℃まで昇温させたので、当該第3熱処理工程の昇温速度は、50℃/sであった。当該第3熱処理工程を終了した後、冷却工程において、試験片を室温まで急冷し、実施例7の軟質化炭素鋼を得た。
実施例8は、上述した実施例2と第3熱処理工程における高温保持温度T3のみが異なり、それ以外の工程の条件は同じとした。即ち、実施例8は、実施例2と同様の条件で第1熱処理工程及び第2熱処理工程を行った後、第3熱処理工程において、試験片を550℃の低温保持温度T2から650℃の高温保持温度T3まで加熱し、当該高温保持温度T3を10秒間保持した。当該実施例8では、1秒で550℃から650℃まで昇温させたので、当該第3熱処理工程の昇温速度は、100℃/sであった。当該第3熱処理工程を終了した後、冷却工程において、試験片を室温まで急冷し、実施例8の軟質化炭素鋼を得た。
実施例9は、上述した実施例2と第3熱処理工程における高温保持温度T3のみが異なり、それ以外の工程の条件は同じとした。即ち、実施例9は、実施例2と同様の条件で第1熱処理工程及び第2熱処理工程を行った後、第3熱処理工程において、試験片を550℃の低温保持温度T2から700℃の高温保持温度T3まで加熱し、当該高温保持温度T3を10秒間保持した。当該実施例9では、1秒で550℃から700℃まで昇温させたので、当該第3熱処理工程の昇温速度は、150℃/sであった。当該第3熱処理工程を終了した後、冷却工程において、試験片を室温まで急冷し、実施例9の軟質化炭素鋼を得た。
次に、図6の熱処理サイクルの模式図を参照して、実施例10の急速軟質化焼鈍処理について説明する。実施例10は、上述した実施例2と冷却工程における冷却速度のみが異なり、それ以外の工程の条件は同じとした。即ち、実施例10は、実施例2と同様の条件で第1熱処理工程〜第3熱処理工程を行った後、冷却工程において、試験片を670℃の高温保持温度T3から450℃まで5℃/sの速度で冷却した後、室温まで20℃/sで冷却し、実施例10の軟質化炭素鋼を得た。当該実施例10における冷却工程で室温までの冷却に要した時間は65秒であった。以上より、当該実施例10において、当該一連の熱処理サイクルの実行に要した時間は、96秒(1.60分)であった。
次に、図7の熱処理サイクルの模式図を参照して、実施例11の急速軟質化焼鈍処理について説明する。この図7には、実施例11以外にも、実施例12及び実施例13の熱処理サイクルを合わせて示す。実施例11は、上述した実施例2と第2熱処理工程における低温保持温度T2の保持時間と、冷却工程における冷却速度のみが異なり、それ以外の工程の条件は同じとした。即ち、実施例11は、第1熱処理工程において試験片を室温から92.5℃/sの昇温速度で770℃のオーステナイト化温度T1に加熱した。第1熱処理工程において、試験片を770℃に加熱した直後、第2熱処理工程において試験片を110℃/sの冷却速度で550℃の低温保持温度T2まで温度を降下させた後、当該低温保持温度T2を5秒間保持した。第2熱処理工程を終了した後、第3熱処理工程において、試験片を120℃/sの昇温速度で670℃の高温保持温度T3まで加熱し、当該高温保持温度T3を10秒間保持した。当該第3熱処理工程を終了した後、冷却工程において、試験片を室温まで1℃/sの冷却速度で冷却し、実施例11の軟質化炭素鋼を得た。当該実施例11における冷却工程で室温までの冷却に要した時間は640秒であった。以上より、当該実施例11において、当該一連の熱処理サイクルの実行に要した時間は、666秒(11.10分)であった。
実施例12は、上述した実施例11と第3熱処理工程における高温保持温度T3の保持時間のみが異なり、それ以外の工程の条件は同じとした。即ち、実施例12は、実施例11と同様の条件で第1熱処理工程及び第2熱処理工程を行った後、第3熱処理工程において、試験片を550℃の低温保持温度T2から670℃の高温保持温度T3まで加熱し、当該高温保持温度T3を60秒間保持した。当該第3熱処理工程を終了した後、冷却工程において、試験片を室温まで1℃/sの冷却速度で冷却し、実施例12の軟質化炭素鋼を得た。以上より、当該実施例12において、当該一連の熱処理サイクルの実行に要した時間は、716秒(11.93分)であった。
実施例13は、上述した実施例11と第3熱処理工程における高温保持温度T3の保持時間のみが異なり、それ以外の工程の条件は同じとした。即ち、実施例13は、実施例11と同様の条件で第1熱処理工程及び第2熱処理工程を行った後、第3熱処理工程において、試験片を550℃の低温保持温度T2から670℃の高温保持温度T3まで加熱し、当該高温保持温度T3を900秒間保持した。当該第3熱処理工程を終了した後、冷却工程において、試験片を室温まで1℃/sの冷却速度で冷却し、実施例13の軟質化炭素鋼を得た。以上より、当該実施例13において、当該一連の熱処理サイクルの実行に要した時間は、1556秒(25.90分)であった。
次に、図8の熱処理サイクルの模式図を参照して、実施例14の急速軟質化焼鈍処理について説明する。実施例14は、実施例11と同様の条件で第1熱処理工程〜第3熱処理工程を行った後、冷却工程において、試験片を670℃の高温保持温度T3から450℃まで5℃/sの速度で冷却した後、室温まで20℃/sで冷却し、実施例14の軟質化炭素鋼を得た。当該実施例14における冷却工程で室温までの冷却に要した時間は65秒であった。以上より、当該実施例14において、当該一連の熱処理サイクルの実行に要した時間は、91秒(1.52分)であった。
次に、図9を熱処理サイクルの模式図を参照して、実施例15の急速軟質化焼鈍処理方法について説明する。実施例15は、上述した実施例13における第1熱処理工程から第3熱処理工程までの熱処理条件と同様の条件で、第1熱処理工程から第3熱処理工程までを3サイクル行ったのち、実施例13と同様の条件で冷却工程を行って、実施例15の軟質化炭素鋼を得た。以上より、当該実施例15において、当該一連の熱処理サイクルの実行に要した時間は、1604秒(26.70分)であった。
次に、実施例16の急速軟質化焼鈍処理方法について説明する。実施例16は、上述した実施例11における第1熱処理工程から第3熱処理工程までの熱処理条件と同様の条件で、第1熱処理工程から第2熱処理工程までを3サイクル行ったのち、実施例11と同様の条件で第3熱処理工程及び冷却工程を行って、実施例16の軟質化炭素鋼を得た。以上より、当該実施例16において、当該一連の熱処理サイクルの実行に要した時間は、696秒(11.60分)であった。
次に、図10の熱処理サイクルの模式図を参照して、実施例17の急速軟質化焼鈍処理について説明する。当該実施例17では、絞り加工及び平つぶし加工が施された試験鋼管を用いた。当該絞り加工及び平つぶし加工が施された試験鋼管は、中空ラックバーの製造に用いられるものである。当該絞り加工及び平つぶし加工が施された平つぶし面には、軟質化焼鈍処理後に塑性加工によって歯が形成される。
実施例17は、第1熱処理工程において絞り加工及び平つぶし加工が施された試験鋼管を752℃のオーステナイト化温度T1に加熱した。当該実施例17では、5秒で室温から752℃まで加熱したので、当該第1熱処理工程の昇温速度は、144.4℃/sであった。第1熱処理工程において、試験鋼管を752℃に加熱した直後、第2熱処理工程において525℃の低温保持温度T2まで温度を降下させた。当該実施例17では、72秒で752℃から525℃まで降下させたので、当該第2熱処理工程の冷却速度は、約3℃/sであった。第2熱処理工程を終了した後、第3熱処理工程において、試験鋼管を625℃の高温保持温度T3まで加熱した。当該実施例17では、5秒で525℃から625℃まで昇温させたので、当該第3熱処理工程の昇温速度は、20℃/sであった。当該第3熱処理工程を終了した後、冷却工程において、試験鋼管を543℃まで約1.4℃/sの速度で冷却した後、室温まで20℃/sで冷却して、実施例17の軟質化炭素鋼を得た。当該実施例17における冷却工程で室温までの冷却に要した時間は80秒であった。以上より、当該実施例17において、当該一連の熱処理サイクルの実行に要した時間は、162秒(2.70分)であった。
次に、図11の熱処理サイクルの模式図を参照して、実施例18の急速軟質化焼鈍処理について説明する。実施例18は、第1熱処理工程において絞り加工及び平つぶし加工が施された試験鋼管を767℃のオーステナイト化温度T1に加熱した。当該実施例18では、5秒で室温から767℃まで加熱したので、当該第1熱処理工程の昇温速度は、147.4℃/sであった。第1熱処理工程において、試験鋼管を767℃に加熱した直後、第2熱処理工程において539℃の低温保持温度T2まで温度を降下させた。当該実施例18では、72秒で767℃から539℃まで降下させたので、当該第2熱処理工程の冷却速度は、約3℃/sであった。第2熱処理工程を終了した後、第3熱処理工程において、試験鋼管を665℃の高温保持温度T3まで加熱した。当該実施例18では、5秒で539℃から665℃まで昇温させたので、当該第3熱処理工程の昇温速度は、25.2℃/sであった。当該第3熱処理工程を終了した後、冷却工程において、試験鋼管を565℃まで約1.4℃/sの速度で冷却した後、室温まで20℃/sで冷却して、実施例18の軟質化炭素鋼を得た。当該実施例18における冷却工程で室温までの冷却に要した時間は80秒であった。以上より、当該実施例18において、当該一連の熱処理サイクルの実行に要した時間は、162秒(2.70分)であった。
実施例19は、上述した実施例18における第1熱処理工程から第3熱処理工程までの熱処理条件と同様の条件で、第1熱処理工程から第3熱処理工程までを3サイクル行った後、実施例18と同様の条件で冷却工程を行って、実施例19の軟質化炭素鋼を得た。当該実施例19における冷却工程で室温までの冷却に要した時間は80秒であった。以上より、当該実施例19において、当該一連の熱処理サイクルの実行に要した時間は、486秒(8.10分)であった。
比較例
以下に示す比較例1〜比較例8は、上述した各実施例1〜実施例16と同様の試験片を用いて軟質化炭素鋼を作製した。以下に、各比較例1〜比較例8の軟質化焼鈍処理条件をまとめた表3を示す。
[比較例1]
比較例1は、実施例1と第1熱処理工程におけるオーステナイト化温度T1のみが異なり、それ以外の工程の条件は同じとした。即ち、比較例1は、第1熱処理工程において試験片を740℃のオーステナイト化温度T1に加熱した。当該比較例1では、実施例1と同様に8秒で室温からオーステナイト化温度T1まで加熱したので、当該第1熱処理工程の昇温速度は、89℃/sであった。その後、比較例1についても、実施例1と同様に、第2熱処理工程、第3熱処理工程、冷却工程を経て、比較例1の軟質化炭素鋼を得た。当該比較例1では、2秒で740℃から550℃まで降下させたので、第2熱処理工程の冷却速度は、95℃/sであった。
[比較例2]
比較例2は、実施例1と第1熱処理工程におけるオーステナイト化温度T1のみが異なり、それ以外の工程の条件は同じとした。即ち、比較例2は、第1熱処理工程において試験片を800℃のオーステナイト化温度T1に加熱した。当該比較例2では、実施例1と同様に8秒で室温からオーステナイト化温度T1まで加熱したので、当該第1熱処理工程の昇温速度は、96℃/sであった。その後、比較例2についても、実施例1と同様に、第2熱処理工程、第3熱処理工程、冷却工程を経て、比較例2の軟質化炭素鋼を得た。当該比較例2では、2秒で800℃から550℃まで降下させたので、第2熱処理工程の冷却速度は、125℃/sであった。
[比較例3]
比較例3は、上述した実施例2と第2熱処理工程における低温保持温度T2のみが異なり、それ以外の工程の条件は同じとした。即ち、比較例3は、実施例2と同様に第1熱処理工程で試験片を770℃のオーステナイト化温度T1に加熱した直後に、第2熱処理工程において試験片を100℃の低温保持温度T2まで温度を降下させた後、当該低温保持温度T2を10秒間保持した。当該比較例3では、2秒で770℃から100℃まで降下させたので、当該第2熱処理工程の冷却速度は、335℃/sであった。第2熱処理工程を終了した後、比較例3についても、実施例2と同様に、第3熱処理工程及び冷却工程を経て、比較例3の軟質化炭素鋼を得た。
[比較例4]
比較例4は、上述した実施例2と第2熱処理工程における低温保持温度T2のみが異なり、それ以外の工程の条件は同じとした。即ち、比較例4は、実施例2と同様に第1熱処理工程で試験片を770℃のオーステナイト化温度T1に加熱した直後に、第2熱処理工程において試験片を650℃の低温保持温度T2まで温度を降下させた後、当該低温保持温度T2を10秒間保持した。当該比較例4では、2秒で770℃から650℃まで降下させたので、当該第2熱処理工程の冷却速度は、60℃/sであった。第2熱処理工程を終了した後、比較例4についても、実施例2と同様に、第3熱処理工程及び冷却工程を経て、比較例4の軟質化炭素鋼を得た。
[比較例5]
比較例5は、上述した実施例2と第3熱処理工程における高温保持温度T3のみが異なり、それ以外の工程の条件は同じとした。即ち、比較例5は、実施例2と同様の条件で第1熱処理工程及び第2熱処理工程を行った後、第3熱処理工程において、低温保持温度T2と同じ、550℃の高温保持温度T3を10秒間維持した。この場合、低温保持温度T2から高温保持温度T3への温度変化はないため、第3熱処理工程の昇温速度は、0℃/sである。当該第3熱処理工程を終了した後、冷却工程において、試験片を室温まで急冷し、比較例5の軟質化炭素鋼を得た。
[比較例6]
比較例6は、上述した実施例2と第3熱処理工程における高温保持温度T3のみが異なり、それ以外の工程の条件は同じとした。即ち、比較例6は、実施例2と同様の条件で第1熱処理工程及び第2熱処理工程を行った後、第3熱処理工程において、試験片を550℃の低温保持温度T2から720℃の高温保持温度T3まで加熱し、当該高温保持温度T3を10秒間保持した。当該比較例6では、1秒で550℃から720℃まで昇温させたので、当該第3熱処理工程の昇温速度は、170℃/sであった。当該第3熱処理工程を終了した後、冷却工程において、試験片を室温まで急冷し、比較例6の軟質化炭素鋼を得た。
[比較例7]
次に、図12の熱処理サイクルの模式図を参照して、比較例7は軟質化焼鈍処理について説明する。比較例7は、試験片を100℃/sの昇温速度で760℃に加熱した後、当該温度を10秒保持した。その後、試験片を650℃まで5℃/sの速度で冷却した後、20℃/sで室温まで冷却して、比較例7の軟質化炭素鋼を得た。当該比較例7における冷却工程で室温までの冷却に要した時間は53秒であった。以上より、当該比較例7において、当該一連の熱処理サイクルの実行に要した時間は、71秒(1.18分)であった。
[比較例8]
次に、図13の熱処理サイクルの模式図を参照して、比較例8は軟質化焼鈍処理について説明する。比較例8は、試験片を100℃/sの昇温速度で760℃に加熱した後、当該温度を3600秒(1時間)保持した。その後、試験片を15秒で室温まで冷却して比較例8の軟質化炭素鋼を得た。当該比較例8における冷却工程で室温までの冷却に要した時間は15秒であった。以上より、当該比較例8において、当該一連の熱処理サイクルの実行に要した時間は、3623秒(60.38分)であった。
[評価]
上述により得られた実施例1〜実施例16の軟質化炭素鋼と、比較例1〜比較例8の軟質化炭素鋼、及び軟質化焼鈍処理前の素材についてビッカース硬さHV(1)を測定し、評価を行った。また、上述により得られた実施例17〜実施例19の軟質化炭素鋼と、軟質化焼鈍処理前の素材についてビッカース硬さHV(5)を測定し、評価を行った。以下に、実施例1〜実施例16と、比較例1〜比較例8と、処理前の素材のビッカース硬さの測定結果をまとめた表4を示す。なお、表4には、実施例1〜実施例10及び比較例1〜比較例6については、ビッカース硬さ測定を8点実施し、それらの平均値を示し、実施例11〜実施例16及び比較例7、比較例8については、ビッカース硬さ測定を3点実施し、それらの平均値を示す。
表4に示す各実施例及び比較例において用いた処理前の炭素鋼のビッカース硬さは、186HV(1)であり、処理後の各実施例1〜実施例16の軟質化炭素鋼のビッカース硬さは、いずれも170HV(1)以下であった。なお、第1熱処理工程〜第3熱処理工程までを1サイクルのみ行った実施例1〜実施例14は、上述したように、これら熱処理に要する時間が、冷却工程を含めて41秒〜25分56秒であった。第1熱処理工程〜第3熱処理工程を3サイクル行った実施例15は、熱処理に要する時間が26分44秒であった。第1熱処理工程〜第2熱処理工程を3サイクル行った後、第3熱処理工程を行った実施例16は、熱処理に要する時間が11分36秒であった。これに対し、比較的短時間(1.11秒)で軟質化焼鈍処理を行うことができる比較例7では、183HV(1)であり、1時間かけて軟質化焼鈍処理を行う比較例8では、164HV(1)であった。
上述した測定結果から、処理前の炭素鋼の硬さを基準として、比較例7に示すような従来の急速軟質化焼鈍処理方法では、ビッカース硬さをわずか1.6%しか軟質化できないのに対し、本件発明により急速軟質化焼鈍処理された軟質化炭素鋼は、30分に満たない短時間でビッカース硬さを8%以上低下させることが可能となったことがわかる。本件発明の急速軟質化焼鈍処理によれば、比較例8に示すような処理時間に1時間を要する軟質化焼鈍処理と同等に、炭素鋼の硬さを低下させることが可能となったことがわかる。
特に、冷却工程における冷却時間を短縮することにより、極めて短時間で炭素鋼の球状化焼鈍処理を行うことができるため、製造ラインの中で、炭素鋼の部分的な軟質化焼鈍処理を連続的に行うことが可能になる。よって、本願発明は、炭素鋼のうち機械加工や塑性加工が必要となる部分を、局所的に軟質化焼鈍処理できるため、硬さが必要な部分における硬さ低下を回避し、且つ、加工が必要な部分の加工性を著しく向上させることが可能となる。従って、本件出願に係る炭素鋼の急速軟質化焼鈍処理方法を採用することで、加工精度に優れ、高い品質の製品を提供できるようになる。
次に、本件発明における各温度T1〜T3、第3熱処理工程における高温保持時間、冷却工程における冷却速度、熱処理サイクルの回数の最適条件について、上述の実施例及び比較例を挙げて述べる。
(1)オーステナイト化温度T1
図14は実施例1〜実施例3、比較例1、比較例2のオーステナイト化温度T1と硬さとの関係を示す図である。図3に示すように、実施例1〜実施例3と、比較例1及び比較例2は、オーステナイト化温度T1の条件のみが異なり、他の条件をすべて同じ熱処理サイクルを行ったものである。オーステナイト化温度T1は、比較例1が740℃、実施例1が760℃、実施例2が770℃、実施例3が785℃、比較例2が800℃であった。
図14から、オーステナイト化温度T1が760℃〜785℃の範囲である場合には、処理前ビッカース硬さが186HV(1)であった炭素鋼を、いずれも170HV(1)を下回る程度にまで軟質化焼鈍処理することができたことがわかる。これに対し、オーステナイト化温度T1が760℃より低い場合及び785℃を超える場合には、ビッカース硬さを172HV(1)や、174HV(1)までしか軟質化焼鈍処理することができなかったことがわかる。
以上のことから、第1熱処理工程におけるオーステナイト化温度T1は、760℃〜785℃を採用することにより、186HV(1)であった処理前の炭素鋼を、170HV(1)以下に軟質化させることが可能となることがわかる。よって、当該オーステナイト化温度T1を採用することにより、処理前の炭素鋼の硬さを基準としてビッカース硬さを8%以上、低下させることが可能となることが確認できる。
(2)低温保持温度T2
図15は実施例1、実施例4〜実施例6、比較例3、比較例4の低温保持温度T2と硬さとの関係を示す図である。図4に示すように、実施例1、実施例4〜実施例6と、比較例3及び比較例4は、低温保持温度T2の条件のみが異なり、他の条件をすべて同じ熱処理サイクルを行ったものである。低温保持温度T2は、比較例3が100℃、実施例4が450℃、実施例5が500℃、実施例1が550℃、実施例6が600℃、比較例4が650℃であった。
図15から、低温保持温度T2が当該炭素鋼のMs点(この場合386℃)〜600℃の範囲である場合には、処理前ビッカース硬さが186HV(1)であった炭素鋼を、いずれも170HV(1)を下回る程度にまで軟質化焼鈍処理することができたことがわかる。これに対し、低温保持温度T2が当該炭素鋼のMs点である386℃より低い場合には、ビッカース硬さを178HV(1)までしか軟質化焼鈍処理することができなかったことがわかる。また、低温保持温度T2が600℃を超える場合には、ビッカース硬さが194HV(1)となり、処理前よりも硬さが高くなってしまったことがわかる。
以上のことから、第2熱処理工程における低温保持温度T2は、当該炭素鋼のMs点である386℃〜650℃を採用することにより、186HV(1)であった処理前の炭素鋼を、170HV(1)以下に軟質化させることが可能となることがわかる。よって、当該低温保持温度T2を採用することにより、処理前の炭素鋼の硬さを基準としてビッカース硬さを8%以上、低下させることが可能となることが確認できる。
(3)高温保持温度T3
図16は実施例1、実施例7〜実施例9、比較例5、比較例6の高温保持温度T3と硬さとの関係を示す図である。図5に示すように、実施例1、実施例7〜実施例9、比較例5、比較例6は、高温保持温度T3の条件のみが異なり、他の条件をすべて同じ熱処理サイクルを行ったものである。高温保持温度T3は、比較例5が550℃、実施例7が600℃、実施例8が650℃、実施例1が670℃、実施例9が700℃、比較例6が720℃であった。
図16から、高温保持温度T3が600℃〜700℃の範囲である場合には、処理前ビッカース硬さが186HV(1)であった炭素鋼を、いずれも170HV(1)以下にまで軟質化焼鈍処理することができたことがわかる。これに対し、高温保持温度T3が600℃より低い場合には、ビッカース硬さを177HV(1)までしか軟質化焼鈍処理することができなかったことがわかる。また、高温保持温度T3が700℃を超える場合には、ビッカース硬さが227HV(1)となり、処理前よりも硬さが高くなってしまったことがわかる。
以上のことから、第3熱処理工程における高温保持温度T3は、600℃〜700℃を採用することにより、186HV(1)であった処理前の炭素鋼を、170HV(1)以下に軟質化させることが可能となることがわかる。よって、当該高温保持温度T3を採用することにより、処理前の炭素鋼の硬さを基準としてビッカース硬さを8%以上、低下させることが可能となることが確認できる。
(4)第3熱処理工程における高温保持時間
図7に示すように、実施例11〜実施例13は、第3熱処理工程において高温保持温度T3を保持する時間のみが異なり、他の条件をすべて同じ熱処理サイクルを行ったものである。高温保持温度T3の保持時間は、実施例11が10秒、実施例12が60秒、実施例13が900秒であった。
先に示した表4からわかるように、高温保持温度T3の保持時間が10秒〜900秒のいずれの場合であっても、処理前のビッカース硬さが186HV(1)であった炭素鋼を、いずれも160HV(1)を下回る程度にまで軟質化焼鈍処理することができたことがわかる。即ち、高温保持温度T3の保持時間が900秒の場合と、10秒の場合とでは、軟質化できる程度にほとんど差がなかったことがわかる。よって、処理時間の短縮化を考慮すると、より短い時間、例えば、60秒以下で処理することが適切であることがいえる。
(5)冷却工程における冷却速度
上述した実施例2と実施例10とは、冷却工程における冷却速度のみが異なり、他の条件はすべて同じ熱処理サイクルを行ったものである。実施例2は、冷却工程において急冷を行っており、実施例10は450℃まで5℃/sの速度で冷却を行った後、室温まで20℃/sで冷却を行った。また、図8に示すように、実施例11と実施例14とは、冷却工程における冷却速度のみが異なり、他の条件はすべて同じ熱処理サイクルを行ったものである。実施例11は冷却工程において1℃/sの速度で冷却を行い、実施例14は冷却工程において450℃まで5℃/sの速度で冷却を行った後、室温まで20℃/sで冷却を行った。
先に示した表4からわかるように、冷却工程における冷却速度が、異なる場合であっても、処理前のビッカース硬さが186HV(1)であった炭素鋼を、いずれも164HV(1)を下回る程度にまで軟質化焼鈍処理することができたことがわかる。よって、冷却工程における冷却速度は、軟質化できる程度に殆ど影響を与えないことがわかる。従って、処理時間の短縮化を考慮すると、より短い時間で冷却することが適切であることがいえる。
(6)熱処理サイクルの回数
上述した実施例13と実施例15とは、第1熱処理工程から第3熱処理工程までの熱処理サイクルの実施回数のみが異なり、他の条件はすべて同様に行ったものである。実施例13は、第1熱処理工程から第3熱処理工程までの熱処理サイクルを1回行った後、冷却工程を行ったものであり、実施例15は、上述の熱処理サイクルを3回繰り返し行った後、冷却工程を行ったものである。
先に示した表4からわかるように、熱処理サイクルの実施回数が1回の場合は、処理前のビッカース硬さが186HV(1)であった炭素鋼を、157HV(1)まで軟化処理することができ、熱処理サイクルの実施回数が3回の場合は、更に、156HV(1)まで軟化処理することができたことがわかる。よって、熱処理サイクルの実施回数を繰り返すことにより、僅かに炭素鋼の硬さを低下させることができることがわかる。ゆえに、より高い精度で軟質化焼鈍処理を行うことが要求される場合には、熱処理サイクルの実施回数を調整することが有効であることがいえる。
また、上述した実施例11と実施例16とは、第1熱処理工程から第2熱処理工程までの熱処理サイクルの実施回数のみが異なり、他の条件はすべて同様に行ったものである。実施例11は、第1熱処理工程から第3熱処理工程までの熱処理サイクルを1回行った後、冷却工程を行ったものであり、実施例16は、第1熱処理工程から第2熱処理工程までの熱処理サイクルを3回繰り返し行った後、第3熱処理工程及び冷却工程を行ったものである。
先に示した表4からわかるように、第1熱処理工程及び第2熱処理工程までの熱処理サイクルの実施回数が1回の場合は、処理前のビッカース硬さが186HV(1)であった炭素鋼を、159HV(1)まで軟化処理することができ、第1熱処理工程及び第2熱処理工程までの熱処理サイクルの実施回数が3回の場合は、更に、157HV(1)まで軟化処理することができたことがわかる。よって、熱処理サイクルの実施回数を繰り返すことにより、僅かに炭素鋼の硬さを低下させることができることがわかる。ゆえに、より高い精度で軟質化焼鈍処理を行うことが要求される場合には、熱処理サイクルの実施回数を調整することが有効であることがいえる。
次に、平つぶし加工が施された試験鋼管を本件発明の急速軟質化焼鈍処理方法により軟質化焼鈍処理した実施例17〜実施例19の各部の硬さについて述べる。実施例17〜実施例19は、各部についてビッカース硬さHV(5)を測定し、評価を行った。図17は実施例17〜実施例19において用いた試験鋼管の断面模式図及び硬さ測定位置を示しており、図18は処理前の試験鋼管と、実施例17〜実施例19の試験鋼管の各測定位置での硬さを示している。また、表5には、実施例17〜実施例19の試験鋼管の各測定位置の硬さと共に、硬さ低下率及び適正に軟質化処理されているか否かの評価結果を示す。硬さの測定位置は、測定部1として、平つぶし面中央部表面0.5mm位置、測定部2として、平つぶし面角部表面0.5mm位置、測定部3として、平つぶし面裏部表面0.5mm位置である。
処理前の試験鋼管は、加工度の小さい測定部1と測定部3でのビッカース硬さは210HV(5)程度であったが、加工度の大きな測定部3ではビッカース硬さが259HV(5)程度にまで高くなっていた。
本件発明の急速軟質化焼鈍処理を施した各実施例17及び実施例18の試験鋼管は、図18及び表5に示すように、試験鋼管の表面全体のビッカース硬さがほぼ均一となるように、軟質化焼鈍処理されていることがわかる。また、各実施例17及び実施例18の試験鋼管は、従来、短時間での軟質化焼鈍処理が困難であった加工度の小さい測定部1及び測定部3であっても、軟質化焼鈍処理されていることがわかる。
また、図18及び表5からわかるように、測定部3では、処理前の試験鋼管を基準として、大きく硬さが低下している。これは、平つぶし加工による加工度の大きな角部での加工された金属組織の回復、再結晶も、本発明による急速軟質化焼鈍処理によって生じたためと考えられる。
以上のことから、本件発明の急速軟質化焼鈍処理方法によれば、平つぶし加工が施された試験鋼管についても、当該平つぶし加工面の表面全体が硬さが均一となるように軟質化焼鈍処理することができることがいえる。よって、上述から、平つぶし面全体の硬さが均一に軟質化されることで、当該平つぶし面への機械加工や塑性加工等を高い精度で行うことが可能となることがわかる。
また、図18及び表5には、実施例18と同様の条件の熱処理サイクルを3回繰り返して行った実施例19の試験鋼管についても示している。図18及び表5から、上述したように、第1熱処理工程から第3熱処理工程までの熱処理サイクルを3回繰り返して行った場合には、平つぶし面の表面全体のビッカース硬さが、より一層、低下していることがわかる。このことからも、上述したように、熱処理サイクルの実施回数を繰り返すことにより、炭素鋼の硬さを低下させることができることがいえる。