(第1実施形態)
図1は、本発明の第1実施形態におけるモーター制御装置を示す構成図である。
モーター制御装置100は、例えば、ハイブリッド車両に搭載されるモーター150を制御する装置である。
モーター150は、永久磁石同期モーターである。本実施形態ではモーター150として、埋込磁石同期モーター(Interior Permanent Magnet Synchronous Motor:IPMSM)が用いられる。なお、埋込磁石同期モーター以外にも適用できる。
モーター150は、U相、V相、W相の三相の交流電流によって駆動する。U相の交流電流については、V相の交流電流よりも位相が120度だけ遅れている。V相の交流電流については、W相の交流電流よりも位相が120度だけ遅れている。W相の交流電流については、U相の交流電流よりも位相が120度だけ遅れている。
モーター150では、ステーターに設けられたティースごとに、ティースの側面にコイル(ステーターコイル)が巻かれている。W相の交流電流が流れるコイルと、U相の交流電流が流れるコイルと、V相の交流電流が流れるコイルとが、ひとつの組として円周方向に並べて配置される。三相の交流電流によって回転方向に向かって永久磁石を引き寄せるコイルが順次切り替えられるため、永久磁石が設けられた回転子(ローター)が回転する。
モーター150の外周には、加速度センサー160が設けられている。加速度センサー160は、モーター150の半径方向の振動を検出する。加速度センサー160は、例えば、検出した振動が大きいほど、信号レベルの大きな振動検出信号を出力する。
モーター制御装置100は、ベクトル制御に基づいてモーター150に供給する電流を制御する。モーター制御装置100は、ベクトル電流指令部110と、モーター電流制御部130と、インバーター140と、を備える。
ベクトル電流指令部110は、ベクトル制御で用いられるq軸電流指令値とd軸電流指令値を算出する。q軸電流指令値は、永久磁石が設けられた回転子と同軸方向の電流成分(q軸電流)を指定する指令値である。d軸電流指令値は、回転子に直交する軸方向の電流成分(d軸電流)を指定する指令値である。
ベクトル電流指令部110には、トルク指令信号線101からトルク指令値が入力されると共に、回転速度信号線102からモーターの回転速度の目標値(以下「目標回転速度」という)が入力される。
ベクトル電流指令部110は、トルク指令値と目標回転速度とに基づいてd軸電流指令値とq軸電流指令値を演算する。例えば、ベクトル電流指令部110には、トルク指令値と目標回転速度とで特定される運転点ごとに、d軸電流指令値とq軸電流指令値とを互いに対応付けたトルクマップ(ベクトル制御情報)が記憶されている。そしてトルク指令値と目標回転速度が入力されると、トルクマップを参照して、トルク指令値と目標回転速度との運転点に対応付けられたd軸電流指令値とq軸電流指令値を算出する。
本実施形態では、ベクトル電流指令部110は、トルク指令値が大きくなるほど、大きなq軸電流指令値を出力する。ベクトル電流指令部110は、目標回転速度が大きくなるほど、モーター150で運転効率を低下させる方向に生じる誘起電力を打ち消すために負のd軸電流指令値を出力する。例えば、−5[A](アンペア)程度のd軸電流指令値がベクトル電流指令部110から出力される。
ベクトル電流指令部110は、d軸電流指令線121を介して、d軸電流指令値を切替器211に出力すると共に、q軸電流指令線122を介して、q軸電流指令値をモーター電流制御部130に出力する。
モーター電流制御部130は、d軸電流指令値とq軸電流指令値に基づいて、モーター150に三相の交流電流を供給するためのPWM(パルス幅変調:pulse width modulation)信号を生成する。
モーター電流制御部130には、U相電流検出線141からU相の交流電流がフィードバックされると共に、V相電流検出線142からV相の交流電流がフィードバックされる。モーター電流制御部130は、フィードバックされるU相及びV相の交流電流に応じてPWM信号を調整する。
モーター電流制御部130は、PWM信号線131を介して、PWM信号をインバーター140に出力する。
インバーター140は、モーター電流制御部130からのPWM信号に応じて、不図示のバッテリーの直流電力を三相交流電力に変換する。また、インバーター140は、モーター150の回転力によって発生した回生電力(三相交流電力)を直流電力に変換してバッテリーに供給する。
インバーター140は、変換した三相交流電力をモーター150に供給する。すなわち、インバーター140は、U相、V相及びW相の交流電流を、モーター150内のU相、V相及びW相のコイルにそれぞれ供給する。これにより、モーター150は回転する。
このようなモーター制御装置を使用する場合、レイアウトによっては、薄型のモーターを用いなければならない場合がある。しかしながら、モーターでは、回転軸方向の厚さを薄くするほど、筺体の強度が弱くなるため、半径方向の電磁加振力に起因する振動や音が大きくなりやすい。
ここにいう電磁加振力とは、モーターのコイルに交流電流を流すことによって生じる、永久磁石をコイルに引き寄せる力と、コイルから永久磁石を引き離す力とによって発生する力のことである。この電磁加振力についてモーターの半径方向に働く力をラジアル力という。ラジアル力は、永久磁石とティースの間に発生する力に起因するため、電気角2次の周波数成分をもつ。
U相、V相、W相のコイルと永久磁石との間で生じるラジアル力は、各ティースで大きさが異なり、回転子の角度に応じて変動する。この変動によってモーターの筺体が波打つように曲がって振動が発生する。
そこで、発明者らは、モーター内の磁束分布を考慮してラジアル力をモデル化し、ラジアル力に起因する振動の抑制手法を発明した。
ラジアル力をモデル化するために、まず、IPMSMのdq座標モデルについて説明する。
回転磁界に同期したdq座標系における電圧方程式は、次式(1)によって表わされる。ここでは、UVW座標系からdq座標系に変換するUVW/dq変換において絶対変換を用いる。
ただし、vdはd軸電圧を示し、vqはq軸電圧を示す。idはd軸電流を示し、iqはq軸電流を示す。Ldはd軸インダクタンスを示し、Lqはq軸インダクタンスを示す。Rは電気子巻線抵抗を示す。ωeは電気角速度を示す。Ψaはq軸電機子鎖交磁束を示す。
また、dq座標系におけるトルクTは、次式(2)によって表わされる。
ただし、Kmt=P×Ψaであり、Krt=P(Ld−Lq)である。Pは極対数を示す。
さらに、dq座標系における機械角速度ωmは、次式(3)によって表わされる。
ただし、Jはイナーシャを示す。Dは摩擦係数を示す。また、電気角速度ωeは、次式(4)によって表わされる。
次に、dq座標モデルにおけるIPMSMの電磁加振力について説明する。
IPMSMの磁束分布をモデル化するにあたり、機械角0(ゼロ)度の時のU相ティースの中心から、マクスウェル応力を考える点との間の角度をステーター位置角φmと定義する。また、ステーター位置角φmにおける磁束密度の半径方向成分をBr(φm)とし、磁束密度の周方向成分をBθ(φm)とする。
IPMSMの電磁加振力は、マクスウェル応力の式より、以下のとおり表わされる。
半径方向マクスウェル応力fr(φm)と周方向マクスウェル応力fθ(φm)は、次の式(5)と式(6)によって表わされる。
そしてU相のラジアル力FrUと、V相のラジアル力FrVと、W相のラジアル力FrWとは、次式(7)によって表わされる。
ただし、Sは、各ティースに磁束が鎖交する面積を示す。
なお、各相のラジアル力FrU、FrV、FrWは、ひとつのティースの表面に働くラジアル力である。
次に、ラジアル力の近似モデルに用いられる前提条件について説明する。
磁束分布Br(φm)は、d軸電流id、q軸電流iq、永久磁石の磁束ψm、及び、ローターの回転角θeによって決まる。また、d軸電流と永久磁石とによって生じる磁束分布は線形独立と仮定する。
このため、磁束分布Br(φm)は、次式(8)によって表わされる。
ここで、Brd(φm,id)は、d軸電流によって生じるステーター位置角φmでの磁束密度を示す。Brq(φm,iq)は、q軸電流によって生じるステーター位置角φmでの磁束密度を示す。Brm(φm)は、永久磁石によって生じるステーター位置角φmでの磁束密度を示す。
なお、以下では、ラジアル力の近似式の導出のため、Brq(φm,iq)の項を除いて検討する。また、d軸電流値を明記した上で、Bri(φm)=Brd(φm,id)の簡易表記を用いる場合がある。この場合、d軸電流と、d軸電流による磁束密度とが線形の関係にあると仮定すると共に、Bθ 2(φm)の値は十分に小さいとして無視する。
次に、電磁界解析(FEM analysis)を用いて永久磁石により生じる磁束分布の近似モデルについて説明する。なお、電磁界解析では、モーターの理想状態を前提に2次元解析を使用している。例えば、三相の交流電流を正弦波電流とし、インバーターのスイッチングの影響やモーターのパラメーター誤差の影響等は考慮されていない。また、IPMSMのモーター構造は、12極18スロットのインナーロータ型集中巻IPMSMとし、スキューは施していない。また、モーターに用いた磁石はパラレル異性体で着磁している。
図2は、電磁界解析による永久磁石のみの磁束密度を示す図である。図2(A)は、永久磁石によって各相のティースに発生する磁束を示す図である。図2(B)は、電磁解析による各相の半径方向成分の磁束密度Brを示す図である。横軸がステーター位置角φmであり、θeは0(ゼロ)である。
図2(A)には、W相ティース151と、U相ティース152と、V相ティース153と、4つの永久磁石154と、が示されている。また、破線によって永久磁石による磁力線が示されている。なお、各相のティースに巻かれているコイルは省略している。
図2(B)に示すように、U相ティース152の表面では、永久磁石による磁束分布Brはほぼ均一である。一方、W相ティース151とV相ティース153の表面では、永久磁石による磁束密度Brは不均一である。
そこで、V相、W相のティース表面全体の面積Sのうち、永久磁石による磁束が面積γSのみに分布すると近似する。なお、磁束が分布する領域γSを鎖交磁束面積と呼ぶ。そしてγは、0<γ≦1の係数であり、鎖交磁束面積係数と呼ばれる。
ここで、電磁界解析より得られた値を用いて、U相ではγ=1と、V相及びW相ではγ=0.5とする。
永久磁石による各相のティース表面に鎖交する総磁束ψmU、ψmV、ψmWは、次の式(9)と式(10)によって表わされる。
ここで、式(9)及び式(10)中の磁束ψは、次式(11)によって表わされる。
ここで、√(2/3)は、2相/3相の絶対変換での係数である。Nは、1ティースのターン数を示す。
そして、永久磁石による磁束分布をBrmj=ψmj/Sjとして近似する。
ただし、jは、ティースのU相、V相又はW相を示す。Brmjは、永久磁石によるj相のティース表面の磁束密度を示す。ψmjは、j相に鎖交する磁石磁束を示す。Sjは、j相ティースの鎖交磁束面積を示す。
図2(A)及び図2(B)では、SU=S、SV=γS、SW=γSとなり、これを用いた磁束密度の近似結果(approximate model)が実線で示されている。
次に、d軸電流によって生じる磁束分布の近似モデルについて説明する。
図3は、電磁界解析によるd軸電流の磁束密度を示す図である。図3(A)は、d軸電流によって各相のティースに発生する磁束を示す図である。図3(B)は、各相の半径方向成分の磁束密度Brを示す図である。
図3(A)では、線形独立の仮定の下、id=1[A]における磁束密度から、磁石磁束により生じる磁束密度を除いた磁束密度を、電流により生じる磁束密度とする。
図3(B)に示すように、ティース表面では、U相ティース152の磁束分布はほぼ均一である。W相ティース151とV相ティース153の磁束分布は、いずれもU相ティース側に磁束密度が集中している。簡略化のため、V相、W相においても磁束分布が均一に分布すると仮定して、d軸電流による磁束分布を近似する。
このため、d軸電流によるU相、V相、W相の総磁束ψiU、ψiV、ψiWは、次の式(12)と式(13)によって表わされる。
ここで、式(12)及び式(13)中のldは、次式(14)で表わされる。
次に、磁束分布の近似により求められるラジアル力の近似式について説明する。
まず、U相ティースに発生するラジアル力の近似式について説明する。
U相ティース表面の磁束密度分布Br(φm)は、式(9)と式(12)の結果より、次式(15)で近似できる。
また、U相ティース表面のマクスウェル応力fr(φm)は、式(5)の結果より、次式(16)で近似できる。
したがって、U相ティースに働くラジアル力FrUは、次式(17)によって表わされる。
このように、U相に働くラジアル力の近似式(17)が得られる。
次にV相又はW相ティース表面に発生するラジアル力の近似式について説明する。
V相又はW相のティース表面の磁束分布は、永久磁石による磁束分布が不均一であるため、ティース表面の領域を分けて求める。
図4は、V相、W相ティースに発生する磁束分布を示す観念図である。
図4(A)は、ひとつのティース表面において、永久磁石による磁束が鎖交する領域γSと、電流による磁束が鎖交する領域Sと、を別々に示した図である。ここでは、Bri(φm)は、負のd軸電流における方向で表している。
図4(A)の下矢印は、永久磁石によって発生する総磁束(0.5×ψ)を示している。一方、上矢印は、d軸成分のインダクタンスldのコイルにd軸電流idを流すことによって発生する磁束(−0.5×ldid)を示している。
図4(B)は、永久磁石による総磁束とd軸電流による磁束とを足し合わせた磁束分布を示す図である。
図4(B)において、領域γSの磁束分布Br(φm)は、次式(18)によって表わされる。
一方、d軸電流による磁束のみが鎖交する領域(1−γ)Sの磁束分布B’r(φm)は、次式(19)によって表わされる。
したがって、V相、W相ティースに働くラジアル力FrV、FrWは、次式(20)によって表わされる。
このように、V相とW相に働くラジアル力の近似式(20)が得られる。
次に、ラジアル力の2次成分を抑制するためのd軸電流の制御について説明する。
2次ラジアル力の抑制のためのd軸電流の導出にあたり、電気角θeでの各相のラジアル力をFrU(θe)、FrV(θe)、FrW(θe)と定義する。
一般に、振動するラジアル力を抑制するためには、ラジアル力の最大値と最小値の差を小さくすればよい。U相ティースに働くラジアル力の最大値は、電気角が0、π[rad]の時であり、式(17)で導いたFrUと等しい。
また、電気角が1/2π又は3/2π[rad]の時にラジアル力は最小となる。しかしながら、これらの瞬間の磁束分布は、周方向の磁束密度が無視できず、鎖交面積係数を用いた近似では精度が悪い。
そこで、電気角1/3π[rad]のラジアル力に着目する。IPMSMが三相平衡であれば、FrU(2/3π)=FrV(0)が成立する。V相のラジアル力FrV(0)は、式(20)において近似したラジアル力FrVである。さらにモーター構造の対称性により、電気角が1/3π、2/3π、4/3π、5/3π[rad]において、FrU(θe)は等しい。
このため、次式(21)が成り立つようにd軸電流をコイルに流すことで、2次ラジアル力を大幅に抑制することが可能となる。
FrU=FrVの方程式とFrU=FrWの方程式とを整理し、d軸電流idについて解くと、以下のとおり、2次ラジアル力の抑制に必要なd軸電流値を導出する式(22)が得られる。
そこで、本発明では、式(22)で算出されるd軸電流によって、モーターに生じるラジアル力、すなわち、半径方向の電磁加振力を抑制する。
本発明の第1実施形態では、図1に示したモーター制御装置100に、さらにd軸電流補正部210と切替器211とを加えている。
d軸電流補正部210は、式(22)に基づいてd軸電流指令値idを算出する。すなわち、d軸電流補正部210は、ティース表面Sのうち、永久磁石の磁束が通過する部分(鎖交磁束面積)の比率(鎖交磁束面積係数)γに基づいて、d軸電流指令値を補正する。
本実施形態では、d軸電流補正部210には、鎖交磁束面積係数γと、ティースに巻き付けられたコイルのd軸インダクタンスldと、ティースを通過する永久磁石の磁束ψと、が入力される。
そしてd軸電流補正部210は、「1」から鎖交磁束面積係数γを減算し、減算した値(1−γ)を3γで除算する。さらにd軸電流補正部210は、除算した値((1−γ)/3γ)の平方根の値を算出し、算出した平方根の値を「−1」に加算、又は、「−1」から減算してd軸電流係数を算出する。
d軸電流補正部210は、d軸電流係数を算出すると、d軸インダクタンスldに対する永久磁石の磁束ψの比率(ψ/ld)にd軸電流係数を乗算して、d軸電流指令値を算出する。
例えば、鎖交磁束面積係数γが0.5であり、d軸インダクタンスldが53.1[μH]であり、磁束ψが3.65[mWb]である場合には、d軸電流補正部210は、−29[A]のd軸電流指令値を算出する。このd軸電流指令値の絶対値は、ベクトル電流指令部110から出力される値(例えば−5[A])よりも大きい。
d軸電流補正部210に入力される鎖交磁束面積係数γは、図2(A)で示したように、ティースの形状(ツバを含む)、永久磁石の形状(例えば長さ)や、ティースに対する永久磁石の傾き等によって決まる。このため、これらのティースの形状等のパラメーターに基づいて、d軸電流補正部210で鎖交磁束面積係数γを算出するようにしてもよい。
d軸電流補正部210は、鎖交磁束面積係数γに基づいてd軸電流指令値を算出すると、d軸電流指令値を切替器211に出力する。
切替器211は、加速度センサーで検出した振動の大きさに応じて、モーター電流制御部130との接続を、ベクトル電流指令部110からd軸電流補正部210に切り替える。
本実施形態では、切替器211は、加速度センサー160からの振動検出信号が振動閾値を超えると、補正実行条件が成立していると判断し、d軸電流補正部210とモーター電流制御部130との間を接続する。このため、ベクトル電流指令部110で算出したd軸電流指令値を補正した値として、d軸電流補正部210からのd軸電流指令値(例えば、−29[A])がモーター電流制御部130に入力される。
そしてモーター電流制御部130によって、モーター150のコイルに補正後のd軸電流が供給されるため、モーター150において半径方向の電磁加振力(ラジアル力)が抑制され、筺体の振動やその振動によって生じる音が低減される。
一方、切替器211は、加速度センサー160からの振動検出信号が振動閾値を超えないときは、d軸電流指令線121とモーター電流制御部130との間を接続する。これにより、ベクトル電流指令部110からのd軸電流指令値(例えば、−5[A])がモーター電流制御部130に入力されるため、モーター電流制御部130によって、補正実行時よりも小さなd軸電流がコイルに流れる。
コイルに流れるd軸電流が小さいほど、モーターで消費される電力も小さくなって電力損失も小さくなる。このため、モーター150の振動が小さいときには、ベクトル電流指令部110からのd軸電流指令値に切り替えることで、モーター150の消費電力を抑制して効率よくモーター150を駆動することができる。
次に、d軸電流指令値の補正によるラジアル力の変動について電磁界解析の結果を参照して説明する。
図5は、近似モデルに基づくd軸電流の制御によるラジアル力の抑制効果を示す図である。図5(a)は、iq=0[A](無負荷時)のときのU相ラジアル力の変化を示す図である。図5(b)は、iq=10[A]のときのU相ラジアル力の変化を示す。
図5(a)及び図5(b)では、d軸電流が−29.1[A]のときのラジアル力が実線で示され、d軸電流が0[A]のときのラジアル力が点線で示されている。
図5(a)に示すように、式(22)に基づくd軸電流をモーターのコイルに流すことによって、モーターに生じるラジアル力の変動が抑制されている。また、図5(b)に示すように、負荷があるとき(iq=10[A])においても、同様にラジアル力の変動が抑制されていることがわかる。
本発明の第1実施形態によれば、ベクトル電流指令部110が、モーター150の目標回転速度とトルク指令値とに基づいてq軸電流指令値とd軸電流指令値とを演算する。また、d軸電流補正部210が、モーター150のティース表面Sのうち永久磁石の磁束が通過する部分の比率である鎖交磁束面積係数γに基づいてd軸電流指令値を補正する。
これにより、d軸電流指令値が、式(22)中の鎖交磁束面積係数γによって補正されるため、モーター150のコイルに補正後のd軸電流が流れるので、電磁加振力による振動を抑制することができる。このため、モーター筺体の円周方向に波打つような振動が抑えられ、共振による大きな振動を回避することができる。
さらに、本実施形態では、d軸電流補正部210は、ティースのd軸インダクタンス値ldに対する永久磁石の磁束値ψの比率に基づいて、d軸電流指令値を算出する。
これにより、鎖交磁束面積係数γと、d軸インダクタンスldと、永久磁石の磁束値ψとを用いて式(22)で求めた値にd軸電流指令値が補正されるので、図5(a)に示したように、d軸方向に働くラジアル力をほぼ均一にすることができる。
また、本実施形態では、切替器211は、モーター150の振動が大きいときには、補正実行条件が成立していると判断し、d軸電流指令値を補正する。
これにより、モーターの150の振動が大きいときに限り、ベクトル電流指令部110の指令値に比べて大きなd軸電流をコイルに流すことで、ラジアル力の振動を抑制することができる。一方、モーターの振動が小さいときには、大きなd軸電流がコイルに流れることがないので、モーター150の消費電力を抑制し、効率良くモーター150を駆動することができる。
本実施形態では切替器211が、加速度センサー160で検出した振動検出信号が振動閾値を超えたときに、ベクトル電流指令部110のd軸電流指令値に代えて、d軸電流補正部210のd軸電流指令値を補正値として出力する。
これにより、切替器211からは、モーター150に振動が生じているときに補正値が出力されるので、的確にモーター150の振動を抑止できる。さらに、モーター150が振動していないときに大きなd軸電流を流すことを防止できるので、モーター150で消費される無駄な電力を低減することができる。
また、d軸電流補正部210は、ティースの長さと、永久磁石の傾き及び長さと、フラッグスバリアの形状と、に基づいて鎖交磁束面積係数γを計算してもよい。これにより、電磁界解析を用いることなく、簡易に鎖交磁束面積係数γを求めることができるようになる。
(第2実施形態)
図6は、本発明の第2実施形態におけるベクトル電流指令部を示す構成図である。
ベクトル電流指令部310は、図1に示したベクトル電流指令部110と同様、q軸電流指令値とd軸電流指令値を算出する。ベクトル電流指令部310は、トルク指令値と目標回転速度とに基づいて、d軸電流指令値を補正する。
ベクトル電流指令部310は、切替情報保持部311と、補正実行判断部312と、セレクター313と、ベクトル制御情報保持部314と、ベクトル補正情報保持部315と、電流指令値算出部316と、を備える。
切替情報保持部311は、d軸電流指令値を補正するか否かを判断するための切替情報を保持する。切替情報には、d軸電流の補正を実行する運転領域(以下、「補正運転領域」と称する)が規定されている。本実施形態では、切替情報には、トルク指令値と目標回転速度とで特定される補正運転領域が規定されている。
補正運転領域は、例えば、モーター150に生じる2次又は6次のラジアル成分が大きくなる運転領域であり、実験データーに基づいて決定される。なお、目標回転速度のみによって補正運転領域を規定してもよい。
補正実行判断部312は、トルク指令信号線101からのトルク指令値と、回転速度信号線102からの目標回転速度とが入力されると、切替情報保持部311を参照して、d軸電流指令値を補正するか否かを判断する。また、補正実行判断部312は、トルク指令値と目標回転速度とを電流指令値算出部316にそれぞれ出力する。
補正実行判断部312は、モーターのトルク指令値と目標回転速度とで特定される運転点が、切替情報の補正運転領域にあるか否かを判断する。補正実行判断部312は、モーターの運転点が補正運転領域にあるときは、ベクトル補正情報保持部315に設定する制御信号をセレクター313に出力する。
一方、補正実行判断部312は、モーターの運転点が補正運転領域にないときは、補正実行条件が成立していないと判断し、ベクトル制御情報保持部314に設定する制御信号をセレクター313に出力する。
ベクトル制御情報保持部314は、図1で述べたトルクマップ、すなわちベクトル制御において一般に使用されるベクトル制御情報を保持する。
ベクトル補正情報保持部315は、2次又は6次のラジアル力を抑制するためのd軸電流指令値が含まれるベクトル補正情報を保持する。ベクトル補正情報には、式(22)に基づいて定められたd軸電流指令値とq軸電流指令値とが、モーターの運転点ごとに互いに対応付けられている。
具体的には、モーター150の半径方向に生じる振動の発生周波数は、モーターの仕様によって決まるため、ベクトル補正情報保持部315には、モーター150によって定まる発生周波数に応じたd軸電流指令値が記録される。
なお、式(22)は、理想的な状態を想定して近似された近似式であるため、トルクの変動に応じて誤差が生じる。このため、ベクトル補正情報保持部315には、式(22)中の鎖交磁束面積係数γに基づいて修正されたd軸電流指令値がモーターの運転点又はd軸電流指令値ごとに保持されている。あるいは、ベクトル補正情報には、電磁界解析や実験データーで運転点ごとに求められたd軸電流指令値が用いられてもよい。
セレクター313は、補正実行判断部312からの制御信号に従って、ベクトル制御情報保持部314又はベクトル補正情報保持部315に保持された情報を電流指令値算出部316に出力する。
電流指令値算出部316は、補正実行判断部312からのトルク指令値と目標回転速度とに基づいて、ベクトル制御情報保持部314又はベクトル補正情報保持部315のいずれかを参照し、d軸電流指令値とq軸電流指令値とを演算する。
例えば、電流指令値算出部316は、トルク指令値と目標回転速度とで特定されるモーターの運転点が補正運転領域内にあるときは、ベクトル補正情報に対応付けられたq軸電流指令値と、式(22)に基づくd軸電流指令値とを取得する。すなわち、電流指令値算出部316は、ベクトル補正情報保持部315を参照することで、モーター150の振動の発生周波数に応じてd軸電流指令値を補正する。
一方、電流指令値算出部316は、モーターの運転点が補正運転領域内にないときは、ベクトル制御情報に対応付けられた、通常のd軸電流指令値とq軸電流指令値を出力する。
このように、電流指令値算出部316は、補正実行判断部312によってモーター150が補正運転領域にあると判断されたときは、セレクター313からベクトル補正情報が出力されるので、式(22)に基づくd軸電流指令値を算力することができる。このため、ベクトル電流指令部310は、モーター150の運転状態に応じてd軸電流指令値を補正することができる。
なお、補正実行判断部312に、加速度センサー160からの振動検出信号がフィードバックされる構成にしてもよい。この場合、補正実行判断部312は、振動検出信号が振動閾値を超えたときは、モーターの運転点が補正運転領域外のときでも、セレクター313をベクトル補正情報保持部315に設定する。これにより、モーター150の振動をより確実に低減することができる。
次に、ベクトル電流指令部310の動作について説明する。
図7は、d軸電流指令値の補正方法を示すフローチャートである。
まず、ステップS911において補正実行判断部312は、トルク指令信号線101からトルク指令値を取得すると共に、回転速度信号線102から目標回転速度を取得する。
ステップS912において補正実行判断部312は、切替情報保持部311を参照して、トルク指令値と目標回転速度とで特定されるモーター運転点が補正運転領域内か否かを判断する。
ステップS913において補正実行判断部312は、モーター運転点が補正運転域内のときは、セレクター313をベクトル補正情報保持部315に設定する。これにより、電流指令値算出部316は、セレクター313を介してベクトル補正情報保持部315を参照する。
一方、ステップS915において補正実行判断部312は、モーター運転点が補正運転領域外のときは、セレクター313をベクトル補正情報保持部315に設定する。これにより、電流指令値算出部316は、セレクター313を介してベクトル制御情報保持部314を参照する。
次にステップS914において、電流指令値算出部316は、ベクトル制御情報保持部314を参照するときは、通常のd軸電流指令値とq軸電流指令値をモーター電流制御部130に出力する。また、電流指令値算出部316は、ベクトル補正情報保持部315を参照するときは、q軸電流指令値と、式(22)に基づくd軸電流指令値を出力する。
第2実施形態によれば、補正実行判断部312は、切替情報保持部311を参照し、目標回転速度とトルク指令値とで特定される運転点が、補正運転領域にあるときは、補正実行条件が成立していると判断する。この場合には、電流指令値算出部316は、ベクトル補正情報を用いてd軸指令電流値を補正する。
したがって、ベクトル電流指令部310は、モーター150の運転状態に応じてd軸電流指令値を補正することができる。このため、第1実施形態と同様、モーター150の電力利用効率の低下を低減しつつ、モーター150の振動を抑制することができる。また、第1実施形態と異なり、モーター150で振動が発生する前にラジアル力を抑制することができる。さらにd軸電流補正部210、切替器211及び加速度センサー160を設ける必要がないので、簡易な構成でモーター制御装置を実現することができる。
また、本実施形態では、ベクトル補正情報保持部315には、鎖交磁束面積係数γに基づいて定められたd軸電流指令値、又は、電磁界解析で求められたd軸電流指令値をモーターの運転点ごとに記憶される。
このため、電流指令値算出部316は、ベクトル補正情報保持部315を参照し、近似式(22)に基づいて運転点ごとに補正したd軸電流指令値を、モーター電流制御部130に出力する。これにより、近似式(22)の誤差に伴うモーターの振動を抑制することができる。
また、ベクトル補正情報保持部315には、モーターの仕様によって定まる半径方向の振動の発生周波数に適したベクトル補正情報が記録される。このため、電流指令値算出部316は、ベクトル補正情報保持部315を参照することで、振動の発生周波数に応じた値にd軸電流指令値を補正することができる。したがって、モーター150のコイルにd軸電流を流し過ぎることがないので、モーター150の電力損失を抑制することができる。
(第3実施形態)
図8は、本発明の第3実施形態におけるモーター制御装置を示す構成図である。
モーター制御装置400は、図1で示したモーター制御装置のd軸電流補正部210と切替器211に代えて、d軸電流補正部410と演算器411を備えている。なお、他の構成は、モーター制御装置100と同じであるため、同一符号を付してここでの説明を省略する。
d軸電流補正部410には、加速度センサー160から振動検出信号がフィードバックされる。d軸電流補正部410は、フィードバックされる振動検出信号に応じてd軸電流指令値を増減させる。
d軸電流補正部410は、例えば、式(22)で求めた値(−29[A])を上限値として設定された増幅器を備える。d軸電流補正部410は、振動検出信号に応じてd軸電流指令値の補正係数(利得)を調整する。d軸電流補正部410は、振動検出信号の信号レベルが高くなるほど、補正係数を式(22)で求めたd軸電流指令値に近づける。一方、d軸電流補正部410は、振動検出信号が低くなるほど、ベクトル電流指令部110で算出されたd軸電流指令値(例えば、−5[A])に補正係数を近づける。
d軸電流補正部410は、振動検出信号の信号レベルに応じて調整された補正係数をd軸電流指令値として演算器411に出力する。
演算器411は、ベクトル電流指令部110からのd軸電流指令値に、d軸電流補正部410からの補正係数を加算する。演算器411は、加算されたd軸電流指令値をモーター電流制御部130に出力する。すなわち、演算器411は、振動検出信号と鎖交磁束面積係数γとに基づいて補正されたd軸電流指令値をモーター電流制御部130に出力する。
本発明の第3実施形態によれば、d軸電流補正部410は、振動検出信号の大きさに応じてd軸電流指令値を増減させる。
モーター150のコイルに供給されるd軸電流は、ベクトル電流指令部110で算出された値(例えば−5[A])から、式(22)で求めた値(例えば−29[A])に近くなるほど、ラジアル力に起因する振動は低減される。
このため、モーター150の振動の大きさに応じてd軸電流指令値を調整することで、他の実施形態よりもモーター150の振動に伴うd軸電流の過剰な供給を低減することが可能となる。したがって、モーターのラジアル力の抑制と運転の効率化とを両立することができる。
以上、本発明の実施形態について説明したが、上記実施形態は本発明の適用例の一部を示したに過ぎず、本発明の技術的範囲を上記実施形態の具体的構成に限定する趣旨ではない。
例えば、本発明は、埋込型磁石同期モーター以外の電動モーターにも適用することができる。本実施形態ではモーター150としてIPMSMが用いられたが、SPMSM(Surface Permanent Magnet Synchronous Motor)が用いられても、同様の効果を得ることができる。
なお、上記実施形態は、適宜組み合わせ可能である。