以下、本発明に係る気体圧縮機の具体的な実施形態について、図面を参照して詳細に説明する。
<実施形態1>
本発明に係る気体圧縮機の一実施形態であるベーンロータリーコンプレッサ(以下、単に「コンプレッサ」という)1は、自動車等に設置された、蒸発器、気体圧縮機、凝縮器及び膨張弁(いずれも不図示)を有する空気調和システムにおける気体圧縮機として用いられている。この空気調和システムは、冷媒ガスG(気体)を循環させることで冷凍サイクルを構成している。
コンプレッサ1は、図1に示すように、主に、本体ケース11とフロントカバー12とから構成されているハウジング10の内部に、モータ90と圧縮機本体60と油分離器70とが収容された構成である。
本体ケース11は、略円筒形状であり、その円筒形状の一方の端部が塞がれたように形成され、他方の端部は開口して形成されている。
フロントカバー12は、この本体ケース11の開口側の端部に接した状態でこの開口を塞ぐように蓋状に形成されていて、この状態で締結部材により本体ケース11に締結されて本体ケース11と一体化され、内部に空間を有するハウジング10を形成する。
フロントカバー12には、ハウジング10の内部と外部とを通じさせて、空気調和システムの蒸発器(不図示)から低圧の冷媒ガスGをハウジング10の内部に導入する吸入ポート12aが形成されている。
一方、本体ケース11には、ハウジング10の内部と外部とを通じさせて、高圧の冷媒ガスGをハウジング10の内部から空気調和システムの凝縮器(不図示)に吐出する吐出ポート11aが形成されている。
本体ケース11の内部に設けられたモータ90は、永久磁石のロータ90aと電磁石のステータ90bとを備えた多相ブラシレス直流モータを構成している。
ステータ90bは本体ケース11の内周面に嵌め合わされて固定され、回転するロータ90aには回転軸51が固定されている。
そして、モータ90は、フロントカバー12に取付けられた電源コネクタ90cを介して供給された電力によってステータ90bの電磁石を励磁することにより、ロータ90aが回転駆動される。これにより、回転軸51をその軸心回りに回転駆動させる。
なお、電源コネクタ90cとステータ90bとの間に、インバータ回路90dなどを備えた構成を採用することもできる。
本実施形態のコンプレッサ1は上述したとおり、モータ90を使った電動式のものであるが、本発明に係る気体圧縮機は電動式のものに限定されるものではなく、機械式のものであってもよい。
例えば、仮に本実施形態のコンプレッサ1を機械式のものとした場合は、モータ90を備える代わりに、回転軸51をフロントカバー12から外部へ突出するまで延長して、そのフロントカバー12から突出した回転軸51の先端部に、車両のエンジン等から動力の伝達を受けるプーリーや歯車等を備えた構成とすればよい。
モータ90とともにハウジング10の内部に収容された圧縮機本体60は、回転軸51の延びた方向に沿ってモータ90と並んで配置されており、ボルト等の締結部材15により、本体ケース11に固定されている。
ハウジング10の内部に収容された圧縮機本体60は、軸心回りに回転自在の回転軸51と、回転軸51と一体的に回転する略円柱状のロータ50と、図2に示すように、このロータ50を、その外周面52の外方から取り囲む輪郭形状の内周面41を有するシリンダ40と、ロータ50に形成されたベーン溝59にそれぞれ挿入され、所定の油路からベーン溝59に供給された冷凍機油Rによる背圧を受けてロータ50の外周面52からシリンダ40の内周面41に向けて突出自在に設けられた5枚の板状のベーン58と、ロータ50およびシリンダ40の各両端面に接してこれら各両端面を覆う2つのサイドブロック(フロントサイドブロック20、リヤサイドブロック30)とを備えている。
ここで、回転軸51は、フロントカバー12に形成された軸受12b、圧縮機本体60の各サイドブロック20,30にそれぞれ形成された軸受27,37により、回転自在に支持されている。
また、圧縮機本体60は、ハウジング10の内部の空間を、圧縮機本体60を挟んだ左側の空間と右側の空間とに仕切っている。
これらハウジング10の内部に仕切られた2つの空間のうち圧縮機本体60に対して左側の空間は、吸入ポート12aを通じて蒸発器から低圧の冷媒ガスGが導入され、この低圧の冷媒ガスGが圧縮機本体60の内部に吸入される前に通過する低圧雰囲気の吸入室13であり、モータ90は吸入室13に配置されている。
一方、圧縮機本体60に対して右側の空間は、圧縮機本体60から油分離器70を介して吐出された高圧の冷媒ガスGが、吐出ポート11aから凝縮器に吐出される前に通過する高圧雰囲気の吐出室14である。
圧縮機本体60の内部には、図2に示すように、シリンダ40の内周面41とロータ50の外周面52と両サイドブロック20,30とに囲まれた略C字状の単一のシリンダ室42が形成されている。
具体的には、シリンダ40の内周面41とロータ50の外周面52とが、回転軸51の軸心回りの1周(角度360[度])の範囲で1箇所だけ近接するように、シリンダ40の内周面41の輪郭形状が設定されていて、これにより、シリンダ室42は単一の空間を形成している。
なお、シリンダ40の内周面41の輪郭形状のうち、シリンダ40の内周面41とロータ50の外周面52とが最も離れた(ロータ50の外周面52からの距離が最大となる)部分として形成された遠隔部49が、シリンダ40の内周面41とロータ50の外周面52とが最も近接した(ロータ50の外周面52からの距離が最小となる)部分として形成された近接部48に対して、ロータ50の回転方向W(図2において時計回り方向)の上流側に偏った位置に形成されている。
すなわち、遠隔部49から、ロータ50の回転方向Wに沿って角度180[度]を超える回転角度(本実施形態においては、角度270[度]以上(360[度]未満)であるが、偏りの程度は、ベーン58の枚数等に応じて適宜変更可能である)の位置に近接部48が形成されている。
シリンダ40の内周面41の輪郭形状は、回転軸51及びロータ50の回転方向Wに沿って遠隔部49から近接部48に至るまで、ロータ50の外周面52とシリンダ40の内周面41との間の距離が徐々に減少するような形状に設定されている。
ベーン58は、ロータ50に形成されたベーン溝59に収容されていて、後述する油路からベーン溝59に供給される冷凍機油Rによる背圧により、ロータ50の外周面52から外方に突出する。
また、ベーン58は、単一のシリンダ室42を複数の圧縮室43に仕切るものであり、回転軸51及びロータ50の回転方向Wに沿って相前後する2つのベーン58によって1つの圧縮室43が形成される。
したがって、5枚のベーン58が回転軸51回りに角度72[度]の等角度間隔で設置された本実施形態においては、5つ乃至6つの圧縮室43が形成される。
なお、2枚のベーン58,58の間に近接部48が存在する圧縮室43については、近接部48と1枚のベーン58とによって1つの閉じた空間を構成するため、2枚のベーン58,58の間に近接部48が存在する圧縮室43は、近接部48によって2つの圧縮室43,43に分割されることになり、5枚のベーンのものであっても6つの圧縮室43が形成される。
ベーン58によりシリンダ室42を仕切って得られた圧縮室43の内部の容積は、回転方向Wに沿って圧縮室43が遠隔部49から近接部48に至るまで徐々に小さくなる。
このシリンダ室42の、ロータ50の回転方向Wの最上流側の部分(ロータ50の回転方向Wに沿って、近接部48に対する下流側の直近部分)には、フロントサイドブロック20に形成された、吸入室13に通じる吸入孔23(図2において、フロントサイドブロック20はこの図の手前側に位置するため、このフロントサイドブロック20に形成された吸入孔23は二点鎖線の想像線で記載している)が臨んでいる。
一方、シリンダ室42の、ロータ50の回転方向Wの最下流側の部分(回転方向Wに沿って、近接部48に対する上流側の直近部分)には、シリンダ40に形成された吐出部45の吐出孔45bが臨み、その上流側には、シリンダ40に形成された2つ目の吐出部46の吐出孔46bが臨んでいる。
シリンダ40の内周面41の輪郭形状は、吸入室13からフロントサイドブロック20に形成された吸入孔23を通じた冷媒ガスGの圧縮室43への吸入、圧縮室43内での冷媒ガスGの圧縮及び圧縮室43から吐出孔45bを通じた吐出部45への冷媒ガスGの吐出を、ロータ50の1回転の期間に1サイクルだけ行うように設定されている。
即ち、シリンダ40の内周面41の断面輪郭形状は、ロータ50の外周面52に略接する近接部48から、ロータ50の回転方向Wに沿った角度90[度]以内に設定された遠隔部49までの範囲で、シリンダ40の内周面41とロータ50の外周面52との間の距離が、急激に大きくなり、ロータ50の回転方向Wに沿って遠隔部49から近接部48までの、角度270[度]以上の広い範囲で、シリンダ40の内周面41とロータ50の外周面52との間の距離が、徐々に小さくなるように形成されている。
そして、圧縮室43の、ロータ50の回転方向Wの下流側に位置しているベーン58が、近接部48近くの吸入孔23を通過し始めてから、ロータ50の回転方向Wの上流側に位置しているベーン58が、吸入孔23を通過し終わるまでの範囲では、ロータ50の回転方向Wへの回転に伴って圧縮室43の容積が大きくなることによる負圧により、吸入孔23を通じて圧縮室43内に冷媒ガスGが吸入される行程(吸入行程)となる。
ロータ50の回転が進み、圧縮室43の上流側のベーン58が、ロータ50の回転方向Wの下流に向かって、吸入孔23を通過し終わると、圧縮室43は閉じた空間となるとともに、遠隔部49から近接部48に向かう回転方向Wへの回転により、圧縮室43の容積が減少し、圧縮室43内に閉じこめられた冷媒ガスGが圧縮される行程(圧縮行程)となる。
圧縮行程の終盤では、圧縮室43の内部の圧力が所定の吐出圧力に達し、そのとき圧縮室43が近接部48の手前に形成された吐出部45,46に到達しているときは、圧縮室43の内部の冷媒ガスGが後述する吐出孔45b,46bを通じて吐出部45,46に吐出される行程(吐出行程)となる。
そして、ロータ50の1回転の間に、各圧縮室43が吸入行程、圧縮行程、吐出行程をこの順序で繰り返すことにより、吸入室13から吸入された低圧の冷媒ガスGは高圧になり、吐出部45,46から油分離器70を介して吐出室14に吐出させる。
油分離器70は、冷凍機油Rが混ざった冷媒ガスGから冷凍機油Rを分離するものである。
つまり、圧縮機本体60の内部には、ベーン58の背圧を供給するために冷凍機油Rが封入されているが、この冷凍機油Rは、ベーン58とベーン溝59との間の隙間や、ロータ50と両サイドブロック20,30との間の隙間等から滲みだす。そして、ロータ50と両サイドブロック20,30との間の接触部分や、ベーン58とシリンダ40や両サイドブロック20,30との間の接触部分などにおける潤滑や冷却等の機能も発揮し、その冷凍機油Rの一部が、圧縮室43の内部の冷媒ガスGと混ざる。
大量の冷凍機油Rが混ざったままの冷媒ガスGが凝縮器に吐出されると、空気調和システムの効率が低下するため、冷媒ガスGから冷凍機油Rを分離する必要があり、遠心力を利用した油分離器70によって冷凍機油Rの分離が行われる。
各吐出部45,46は、シリンダ40の外周面、本体ケース11の内周面及びリヤサイドブロック30とによって囲まれた空間(以下、「吐出チャンバ」という)45a,46aを有している。そして、吐出チャンバ45a,46aには、該吐出チャンバ45a,46aと圧縮室43とを通じさせる吐出孔45b,46bと、吐出弁45c,46cと、弁サポート45d,46dを備えている。
吐出弁45c,46cは、圧縮室43内の冷媒ガスGの圧力が吐出チャンバ45a,46a内の圧力(吐出室14側に吐出される冷媒ガスの圧力(以下、「吐出圧力Pd」という)以上のとき、差圧により吐出チャンバ45a,46aの側に反るように弾性変形して吐出孔45b,46bを開く。一方、圧縮室43内の冷媒ガスGの圧力が吐出チャンバ45a,46a内の吐出圧力Pd未満のときは、吐出弁45c,46cの弾性力によって吐出孔45b,46bを閉じる。なお、弁サポート45d,46dは、吐出弁45c,46cが吐出チャンバ45a,46aの側に過度に反るのを防止する。
本実施形態では、2つの吐出部45,46のうち、ロータ50の回転方向Wの下流側に設けられている吐出部、すなわち近接部48に近い側の吐出部45を、主たる吐出部とする(以下、この吐出部45を「主吐出部45」という)。
この主吐出部45は、圧縮室43が臨んでいる期間中に、その圧縮室43内の圧力は必ず吐出圧力Pdに達して、圧縮室43内で圧縮された冷媒ガスGを必ず吐出する部分である。
一方、2つの吐出部45,46のうち、回転方向Wの上流側に設けられている吐出部、すなわち近接部48から遠い側の吐出部46を、副次的な吐出部とする(以下、この吐出部46を「副吐出部46」という)。
この副吐出部46は、圧縮室43が主吐出部45に臨む以前の段階で吐出圧力Pdに達したときに、圧縮室43内の過圧縮(吐出圧力Pdを超える圧力に圧縮されること)を防止するために設けられたものである。即ち、図2に示すように、圧縮室43(43A)が副吐出部46に臨んでいる期間中にこの圧縮室43(43A)の圧力が吐出圧力Pdに達した場合に限って、圧縮室43(43A)の内部の冷媒ガスGを副吐出部46から吐出させる。また、この圧縮室43(43A)の圧力が吐出圧力Pdに達しない場合は、圧縮室43(43A)の内部の冷媒ガスGは副吐出部46から吐出されず、主吐出部45に臨んでいる期間中に主吐出部45から吐出される。
主吐出部45の吐出チャンバ45aは、リヤサイドブロック30の外面(吐出室14に向いた面)まで貫通して形成された吐出路38を介して、リヤサイドブロック30の外面に取り付けられた油分離器70に通じている。
主吐出部45の吐出チャンバ45aと副吐出部46の吐出チャンバ46aとの間には、両吐出チャンバ45a,46aを通じさせる連通路39がシリンダ40の外周部に形成されていて、副吐出部46の吐出チャンバ46aは、この連通路39、吐出チャンバ45aおよび吐出路38を介して、リヤサイドブロック30の外面に取り付けられた油分離器70に通じている。
油分離器70は、前述したように、冷媒ガスGに混ざった冷凍機油Rを冷媒ガスGから分離するものであるが、本実施形態におけるものは、各吐出チャンバ45a,46aに吐出されて、吐出路38を通って導入された高温、高圧の冷媒ガスGを、吐出室14に吐出する以前に、螺旋状に旋回させることで生じる遠心力により、冷凍機油Rを冷媒ガスGから遠心分離する構造となっている。
そして、冷媒ガスGから分離された冷凍機油Rは吐出室14の底部に溜まり、冷凍機油Rが分離された後の高圧の冷媒ガスGは吐出室14に吐出された後、吐出ポート11aを通って凝縮器に吐出される。
吐出室14の底部に溜められた冷凍機油Rは、吐出室14に吐出された高圧(吐出圧力Pdと同じ)の冷媒ガスGによる高圧雰囲気により、リヤサイドブロック30に形成された油路34aを通じて、図3に示すリヤサイドブロック30の、ロータ50の端面55bに対向する内面35に形成された背圧供給用の凹部であるサライ溝31に供給される。
なお、図3は、リヤサイドブロック30を示しているが、フロントサイドブロック20は、リヤサイドブロック30に対して略線対称に表すことができる。
また、この冷凍機油Rは、リヤサイドブロック30に形成された油路34a,34b、シリンダ40に形成された油路44及びフロントサイドブロック20に形成された油路24を通じて、フロントサイドブロック20の、ロータ50の端面55aに対向する内面35に形成された背圧供給用の凹部であるサライ溝21に供給される。
ここで、各サライ溝21,31はともに、ロータ50の回転方向Wに沿った所定の回転角度の範囲α(所定の回転角度範囲)に対応して形成されていて、各油路34a,34b,44,24の内面25,35における出口を、広い回転角度の範囲αに拡げるための開口ということができる。
サライ溝21,31が形成された回転角度の範囲αは、図2,3に示したように、圧縮室43が吸入行程にあるときから、圧縮行程の終盤に近づく(圧縮室43が副吐出部46に臨み始める)角度位置までの範囲に対応している。
この回転角度の範囲αは、圧縮室43の回転方向Wの上流側(後ろ側)に位置するベーン58の突出側の先端が、シリンダ40の近接部48に接する位置を基準位置(回転角度0[度])としたときの、ロータ50の回転方向Wへの回転角度を表すものであり、回転角度の範囲αとしては、例えば、0〜220[度]に設定されている。
ただし、この回転角度の範囲αの具体的な範囲は、例示の範囲に限定されるものではなく、シリンダ40の内周面41の断面輪郭形状やベーン58の枚数、設定された吐出圧力Pdの値等によって適宜設定される。
本実施形態のコンプレッサ1においては、各油路34a,34b,44,24とサライ溝21,31とを含めて、ベーン溝59に冷凍機油Rを供給する油路ということができる。
各ベーン溝59は、ロータ50の両端面55a,55bまで貫通して形成されており、これら両端面55a,55bにおいて開口している。
そして、ロータ50の端面55aに開口したベーン溝59が、サライ溝21,31が形成された回転角度の範囲αに位置している期間中は、サライ溝21とベーン溝59とが通じて、サライ溝21からベーン溝59に冷凍機油Rが供給される。
一方、ベーン溝59が、サライ溝21,31が形成された回転角度の範囲αを除いた回転角度の範囲β(他の回転角度範囲)にあるときは、サライ溝21,31とベーン溝59とが通じていないため、サライ溝21,31からベーン溝59への冷凍機油Rの供給は遮断されるとともに、ベーン溝59は閉じた空間となる。
サライ溝21,31からベーン溝59に供給された冷凍機油Rは、ベーン58をシリンダ40の内周面41に向けて突出させる背圧となる。
ここで、リヤサイドブロック30のサライ溝31に供給される冷凍機油Rは、油路34aから、リヤサイドブロック30の軸受37とこの軸受37に支持された回転軸51の外周面との間の非常に狭い隙間を通過したものである。
そして、冷凍機油Rは、油路34aにおいては吐出室14の高圧雰囲気に応じた高い圧力(吐出圧力Pd)であったが、この狭い隙間を通過する間の圧力損失により、サライ溝31に到達したときは、吐出室14の内部の吐出圧力Pdよりも低い圧力である中圧Pmになっている。
ここで、中圧Pmとは、吸入室13における冷媒ガスGの圧力(低圧Ps)よりも高く、吐出室14における冷媒ガスGの圧力(吐出圧力Pd)よりも低い圧力である(Ps<Pm<Pd)。
同様に、フロントサイドブロック20の油路24とサライ溝21との間で冷凍機油Rが通過する通路は、フロントサイドブロック20の軸受27とこの軸受27に支持された回転軸51の外周面との間の非常に狭い隙間である。
そして、冷凍機油Rは、油路24においては吐出室14の高圧雰囲気に応じた高圧(吐出圧力Pd)であるが、この狭い隙間を通過する間の圧力損失により、サライ溝21に到達したときは、吐出室14の内部の吐出圧力Pdよりも低い圧力(中圧Pm)になっている。
したがって、サライ溝21,31からベーン溝59に供給されてベーン58をシリンダ40の内周面41に向けて突出させる背圧は中圧Pmである。
サライ溝21,31は、前述したように、圧縮室43が吸入行程にあるときから圧縮行程の終盤に近づくまでの範囲(回転角度の範囲α)に対応して形成されているが、この範囲においては、圧縮室43の内部の圧力は、最大でも中圧Pmであるため、サライ溝21,31からベーン溝59に供給される中圧Pmの冷凍機油Rによって、ベーン58の背圧が不足することはない。
一方、ベーン溝59が、サライ溝21,31が形成された回転角度の範囲αを超えて回転角度の範囲βに移行すると、ベーン溝59は、サライ溝21,31に連通せずに、冷凍機油Rの供給が遮断され、供給された冷凍機油Rで満たされた(完全に冷凍機油Rのみで満たされた状態だけでなく、冷媒ガスGが僅かに混入している状態も含む)閉じた空間となる。そして、圧縮が進むにしたがってベーン58がベーン溝59の底部側に進入して来ると、ベーン溝59内の閉じた空間では略液圧縮状態となる。
液圧縮状態では、吐出室14の内部の吐出圧力Pdを超える高い圧力Ph(Pd<Ph)が得られるため、ベーン58の背圧として、この高い圧力Phを供給することができる。
ここで、回転角度の範囲βは、圧縮行程の終盤に近づいた位置(圧縮室43が副吐出部46に臨み始める角度位置)から吐出行程までの範囲に対応している。このため、この範囲では、圧縮室43の内部の圧力が中圧Pmを超え始めて、仮にベーン溝59がサライ溝21,31に連通し続けてベーン58に作用する背圧が中圧Pmのままであると、圧縮室43の内部の圧力に負けて、ベーン58がチャタリングを起こすおそれがある。
特に、本実施形態のコンプレッサ1のように、ロータ50の1回転の間に冷媒ガスの吸入行程、圧縮行程、吐出行程を1サイクルしか行わないベーンロータリー型のコンプレッサでは、ロータ50の1回転当たり、吸入行程、圧縮行程、吐出行程を2サイクル行うものよりも、圧縮行程の長さが長い。このため、図2に示したように、先行する圧縮室43Aが圧縮行程の終盤にあるとき、その圧縮室43Aに後続する圧縮室43Bの内部も比較的高い圧力になる。
しかも、本実施形態のコンプレッサ1は、遠隔部49が近接部48に対して、回転方向Wの上流側に偏って形成されていて、具体的には遠隔部49から近接部48までの回転方向Wに沿った角度が270[度]以上と広く設定されている。このため、圧縮行程の長さが一層長くなり、相前後する2つの圧縮室43A,43Bの内部の圧力は、ともに吐出圧力Pdに近い高圧となり易い。
この結果、両圧縮室43A,43Bを仕切っているベーン58(図2では、先行する圧縮室43Aの上流側のベーン58A)には、背圧と反対向き(ベーン溝59の底部方向)の高い圧力が作用し易くなる。このため、このベーン58Aがチャタリングを起こして、効率が低下したり、異音などの問題を生じるおそれがある。
しかしながら、本実施形態のコンプレッサ1は、前述したように、回転角度の範囲βでは、ベーン溝59が中圧Pmの冷凍機油Rで略満たされた閉じた空間となり、圧縮が進むにしたがってベーン溝59内の底部側に進入するベーン58の進入量が増大する。そして、ベーン58の進入量が増大するにしたがって、略液圧縮状態のベーン溝59の内部の圧力は急激に上昇する。このため、両圧縮室43A,43Bの内部の圧力がともに吐出圧力Pd程度の高圧となる程度まで圧縮が進むと、ベーン58Aに作用する背圧が、両圧縮室43A,43Bの吐出圧力Pdを超える圧力Ph(Pd<Ph)となる。
これにより、圧縮行程の終盤において、ベーン58A先端がシリンダ40の内周面41から離れることなく安定して摺動する状態が保持されるので、ベーン58Aがチャタリングを起こすのを防止することができる。
以上のように、本実施形態に係るコンプレッサ1によれば、圧縮行程の終盤に、両圧縮室43(図2では、圧縮室43A,43B)の内部の圧力が吐出圧力Pd程度の高圧に達した場合でも、吐出圧力Pdを超える圧力Phを、ベーン58(図2では、ベーン58A)に背圧として供給することができる。
しかも、本実施形態に係るコンプレッサ1は、圧縮が進むにしたがって圧縮室43の内部の圧力は高くなるが、圧縮が進むことで、ベーン溝59に対するベーン58の進入量が増え、ベーン58がベーン溝59の底部側に押下げられる。これにより、ベーン溝59の内部の圧力(ベーン58の背圧)も増大するので、圧縮室43の内部の圧力の増大とベーン58の背圧の増大とを常に対応付けた構造とすることができる。
<実施形態2>
上述した実施形態1のコンプレッサ1は、所定の回転角度の範囲αを除いた他の回転角度の範囲βでは、ベーン溝59が閉じた空間とされているものであり、所定の回転角度の範囲αでは、中圧Pmの冷凍機油Rが供給されている。このため、ベーン溝59が閉じた空間とされた時点でのベーン溝の59の内部の圧力は中圧Pmである。したがって、冷凍機油Rの液圧縮による背圧の上昇の始点は中圧Pmとなる。
実施形態2のコンプレッサは、両サイドブロック20,30を、図3に示したものから図4に示したものに代えた以外は、図1,2に示した実施形態1のコンプレッサ1と同じ構成、構造であり、重複する説明は省略する。
図4に示すように、このリヤサイドブロック30には、ロータ50(図2参照)の回転方向Wに沿った、中圧Pmの冷凍機油Rが供給されるサライ溝31(21)の回転角度の範囲αを超えた位置に、サライ溝31(21)とは別の、吐出室14の内部の吐出圧力Pdに対応した冷凍機油Rを供給する高圧油路32(22)が追加して形成されている。
なお、図4は、リヤサイドブロック30を示しているが、フロントサイドブロック20は、リヤサイドブロック30に対して略線対称に表すことができる。よって、フロントサイドブロック20にも、図4と同様にサライ溝21、高圧油路22が形成されている。
この高圧油路22,32が形成されている位置は、回転軸51の回転方向Wに沿ってサライ溝21,31の下流側端縁から、ベーン溝59の幅分乃至この幅分よりわずかに大きい長さだけ離れた位置である。
つまり、回転方向Wに沿って回転するロータ50のベーン溝59が、回転角度の範囲αに位置しているとき(圧縮室43が吸入行程にあるときから、圧縮行程の終盤に近づく(圧縮室43が副吐出部46に臨み始める)角度位置までの範囲)は、上述した実施形態1と同様に、ベーン溝59に中圧Pmの冷凍機油Rが供給される。そして、ベーン溝59が回転角度の範囲αを通り過ぎた時点で、ベーン溝59は瞬間的に閉じた空間とされるが、その直後、ベーン溝59は高圧油路22,32に通じるため、ベーン溝59と高圧油路22,32とが通じている回転角度の範囲γにおいては、ベーン溝59に高圧(吐出圧力Pd)の冷凍機油Rが供給される。
この高圧油路22,32は、例えば、油路24,34aから分岐して、サライ溝21,31に通じる油路(軸受け27,37と回転軸51の外周面との間の隙間)とは別の経路で、両サイドブロック20,30の内面25,35(図1参照)に開口している。
したがって、高圧油路22,32は、軸受け27,37と回転軸51の外周面との間の隙間での圧力損失がないため、吐出室14の雰囲気圧力である吐出圧力Pdの冷凍機油Rをベーン溝59に供給することができる。
そして、ベーン溝59に高圧(吐出圧力Pd)の冷凍機油Rが供給され、ベーン溝59が回転角度の範囲γを通り過ぎた時点から、次にベーン溝59がサライ溝21,31に通じるまでの回転角度の範囲βにあるときは、ベーン溝59は閉じた空間となる。
よって、実施形態2のコンプレッサでは、ベーン溝59が回転角度の範囲βにあるときは、ベーン溝59内が液圧縮状態となり、図3に示した両サイドブロック20,30を有する実施形態1の場合に対して、さらに高い圧力Ph′(Pd<Ph<Ph′)の背圧をベーン58に供給することができる。そして、更に実施形態2のコンプレッサでは、上記したように、ベーン溝59が閉じた空間とされた時点でのベーン溝59の内部の圧力を、中圧Pmよりも高い吐出圧力Pdとすることができる。
したがって、実施形態2のコンプレッサは、ベーン58の背圧として供給される非常に高い圧力Ph′を、上記した実施形態1においてベーン58の背圧として供給される圧力Phよりもさらに高い圧力とすることができる。
これにより、ベーン58の背圧として、吐出圧力Pdを超える圧力Phよりも高い圧力が求められる場合にも、チャタリングを発生することがなく適切に対応することができる。
なお、高圧油路22,32を、サライ溝21,31の下流側端縁からベーン溝59の幅分乃至この幅分よりわずかに大きい長さだけ離れた位置に形成しているのは、ベーン溝59を介して、中圧Pmの冷凍機油Rが供給されるサライ溝21,31と、高圧(吐出圧力Pd)の冷凍機油Rが供給される高圧油路22,32とが連通するのを防止するためである。
<実施形態3>
上記した実施形態1では、圧縮行程の終盤に、吐出圧力Pdを超える圧力Phを、ベーン58に背圧として供給するようにしている。また、上記した実施形態2では、前記圧力Phよりもさらに高い圧力Ph′を、ベーン58に背圧として供給するようにしている。
よって、圧縮行程の終盤において、ベーン58先端がシリンダ40の内周面41から離れることなく安定して摺動する状態に保持できる。しかしながら、例えば、冷凍機油Rの粘度の変化等によってベーン58に作用させる背圧がさらに昇圧されると、ベーン58先端のシリンダ40の内周面41への押し付け荷重が過大となるおそれがある。このように、ベーン58先端のシリンダ40の内周面41への押し付け荷重が過大となると、ベーン58先端が摩耗によって損傷したり、ロータ50の回転駆動時に無駄な動力が必要となって運転効率が低下する。
そこで、本実施形態では、図5に示すように、シリンダ40の内周面41表面の、ロータ50の回転方向Wに沿って圧縮工程の終盤付近から近接部48付近の間の範囲全域に、周知のショットピーニングによって微細凹部A(図6参照)を形成した。
詳細には、前記実施形態1の場合では、シリンダ40の内周面41表面の微細凹部Aの形成範囲は、図3に示したように、ベーン溝59が、両サイドブロック20,30のサライ溝21,31が形成された回転角度の範囲αを超えて、回転角度の範囲βに位置している範囲に対応している(ベーン溝59が、回転角度の範囲αに位置している範囲では、微細凹部Aは形成されていない)。即ち、微細凹部Aの形成範囲は、ベーン溝59が中圧Pmの冷凍機油Rで略満たされた閉じた空間の範囲と対応しており、ベーン58に作用する背圧が、吐出圧力Pdを超える圧力Phとなっている領域である。
また、前記実施形態2の場合では、シリンダ40の内周面41表面の微細凹部Aの形成範囲は、図4に示したように、ベーン溝59が、両サイドブロック20,30のサライ溝21,31が形成された回転角度の範囲αを超えて、高圧油路22,32とが通じている回転角度の範囲γを通り過ぎた時点から、サライ溝21,31に通じるまでの回転角度の範囲βにある範囲に対応している(ベーン溝59が、回転角度の範囲α及び回転角度の範囲γに位置している範囲では、微細凹部Aは形成されていない)。即ち、微細凹部Aの形成範囲は、ベーン溝59が中圧Pmの冷凍機油Rで液圧縮状態の閉じた空間の範囲と対応しており、ベーン58に作用する背圧がさらに高い圧力Ph′となっている領域である。
図6に示すように、シリンダ40の内周面41表面の微細凹部Aは、粒径が数μm〜数十μm程度の硬質な多数のショット材をこの内周面41表面に高速で衝突させて、微細なディンプル面状に形成したものであり、表層部は加工硬化されている。なお、使用するショット材としては、固体潤滑剤として高い潤滑性能を有する二硫化モリブデン粉体が好ましい。
このように、ショットピーニングによって微細凹部Aを形成することで、シリンダ40の内周面41表面のこの微細凹部Aを形成した範囲に、油溜まりが形成される。よって、ベーン58先端のシリンダ40の内周面41への押し付け荷重が過大となった場合でも、圧縮室43内の冷媒ガスに混ざっている冷凍機油が微細凹部Aに溜まり、シリンダ40の内周面41に対して摺動するベーン58先端の潤滑性を向上させることができる。
よって、ベーン58先端の摩耗が抑制され、更に、ロータ50の回転駆動時に無駄な動力ロスを低減することができる。
また、微細凹部Aの形成範囲は、ベーン溝59が中圧Pmの冷凍機油Rで液圧縮状態の閉じた空間の範囲のみに対応させて形成しているので、シリンダ40の内周面41の全周に設ける必要がなく、作業時間の短縮化や作業コストの低減を図ることができる。
なお、上述した各実施形態のコンプレッサは、ベーン58を5枚有する構成であったが、本発明に係る気体圧縮機はこの形態に限定されるものではなく、ベーンの数は2枚、3枚、4枚、6枚等適宜選択可能であり、そのように選択された枚数のベーンを適用した気体圧縮機でも同様の効果を得ることができる。