JP3677939B2 - 表面処理転動部材を有する転動装置 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、耐焼付き性及び耐摩耗性を向上させる表面処理を施した金属製の転動体及び軌道を備えた転動部材を有する転動装置、具体的には転がり軸受,直動案内装置,ボールねじ装置における潤滑性の改善に関する。
【0002】
【従来の技術】
従来、上記転動部材を有する転動装置の潤滑にはオイル又はグリース等の潤滑剤が使用されている。それらの潤滑剤の役割は、転動装置の金属同士の接触面に油膜を形成して当該接触面での摩擦力を低減させ、耐摩耗性を付与することにある。また、潤滑被膜が破れ金属表面同士が接触して固体摩擦や混合摩擦を生じるおそれのあるいわゆる境界潤滑条件下では、耐摩耗性や耐焼付き性を向上させる極圧添加剤を潤滑剤に添加して金属同士の焼付きや摩耗を防止している。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】
しかしながら、潤滑油やグリース等の潤滑剤は、粘性指数に表されるように、高温になると粘度,稠度が低下する。そのため油膜形成機能が低下して、転動装置の金属製の転動部材の接触面は境界潤滑になる。境界潤滑では、潤滑剤中に添加された極圧添加剤の化学反応によって焼付き等を防止する作用があるが、その場合、極圧添加剤と金属表面との化学反応を起こさせる外的要因(例えば熱)がないと期待する焼付き防止効果は得られないという問題がある。
【0004】
そこで本発明は、このような従来の転動装置における潤滑上の問題点に着目してなされたもので、接触すべき金属表面に予め極圧性反応膜を形成して潤滑剤との濡れ性を改善し、且つその状態を保持することにより耐焼付き性,耐摩耗性を向上させた表面処理転動部材を有する転動装置を提供することを目的とする。
【0005】
【課題を解決するための手段】
上記の目的を達成するために、請求項1に係る発明は、金属からなる転動体とその軌道を備えた転動部材を有する転動装置において、その転動部材の少なくとも一方の表面に、当該金属成分とリン化合物,イオウ化合物,ハロゲン化合物又は有機金属化合物の単体またはそれら化合物の組み合せたものとの化合物反応膜層を形成し、且つ有機リン化合物,有機イオウ化合物,有機ハロゲン化合物又は有機金属化合物の少なくともいずれかが極圧成分として添加された潤滑剤(オイルまたはグリース)を前記転動部材の金属接触面間に存在せしめたものである。
【0006】
即ち、前記化合物反応膜層の形成により、表面の潤滑剤との濡れ性を向上させ、潤滑剤中の極圧性化合物との反応性を促進することができる(耐焼付性,耐摩耗性向上)。よって、通常の金属表面に比べ、極圧添加成分の焼付き,摩耗に対する効果が得られやすい利点がある。
【0007】
本発明における化合物反応膜層の形成は、有機リン化合物,有機イオウ化合物,有機ハロゲン化合物または有機金属化合物の単体またはそれらの化合物の二種以上の組み合わせ体を油や有機溶剤等で希釈した反応液中に、表面処理すべき金属製の転動部材を浸漬するか、または当該転動部材表面に前記化合物の単体またはそれらの化合物の二種以上の組み合わせ体を含む反応液を塗布し、熱分解させながら反応させることにより行う。上記化合物反応膜層の厚み及び表面粗さは、反応液中の化合物の濃度あるいは反応温度と時間により制御することができる。
【0008】
本発明の化合物反応膜層であるリン化合物反応膜層を形成するのに必要な有機リン化合物としては、例えば亜リン酸エステル類,正リン酸エステル類,酸性リン酸エステル類等の有機リン化合物を挙げることができ、これらを単独または二種以上混合して用いることができる。
【0009】
また、本発明の化合物反応膜層であるイオウ反応膜層を形成するのに必要な有機イオウ化合物としては、例えば硫化油脂類,硫化オレフィン類,メルカプタン類,サルファイド類,スルホキシド類,スルホン類等を挙げることができ、これらを単独または二種以上混合して用いることができる。
【0010】
また、本発明の化合物反応膜層であるハロゲン反応膜層を形成するのに必要な有機ハロゲン化合物としては、例えばハロゲン化パラフィン類,ハロゲン化油脂類、特に塩素化パラフィン類,塩素化油脂類等を挙げることができ、これらを単独または二種以上混合して用いることができる。
【0011】
また、本発明の化合物反応膜層である有機金属化合物反応膜層を形成するのに必要な有機金属化合物としては、例えば金属ジヒドロカルビルジチオフォスフェート類,金属ジヒドロカルビルジチオカーバメート類,ナフテン酸塩類等を挙げることができる。
【0012】
本発明の化合物反応膜層と共に使用する潤滑剤は、オイルでもグリースでもよく、少なくともリン,イオウ,ハロゲンのいずれかを含む化合物の少なくとも一つが極圧成分としてオイルまたはグリース中に添加されていればよい。その潤滑剤の極圧成分として添加される極圧添加剤は、潤滑剤を構成するベースオイルとの相溶性がありさえすれば、極性化合物,非極性化合物を問わない。また、前記金属製の転動部材の金属表面に形成された化合物反応膜層との取り合わせを特に考慮する必要はない。上記ベースオイルに添加する極圧添加剤の具体例として、リン酸エステル類,有機金属化合物類,ジチオリン酸亜鉛,あるいは有機モリブデン化合物であるMoDTP,Mo−ジチオカルバメート等を例示することができる。
【0013】
上記潤滑剤への極圧成分の配合量は、リン,イオウ,ハロゲンの各濃度として10ppm以上あれば良く、好ましくは10〜5000ppm、さらに好ましくは50〜5000ppmの範囲である。潤滑剤中の極圧成分の配合量下限値が10ppm未満の場合には、金属製の転動部材の金属表面に本発明の化合物反応膜層を形成しても耐焼付き性向上の効果に乏しい。一方、潤滑剤中の極圧成分の配合量の上限が5000ppmを超えると、極圧成分の配合比率が高くなり過ぎて潤滑剤としての油膜形成が損なわれる可能性がある。従って、極圧成分中のリン,イオウ,ハロゲンの含有率にもよるが、5000ppm以下が配合比率としては望ましい。
【0014】
本発明によれば、転動装置における転動部材の金属表面にリン,イオウ,ハロゲンまたは有機金属化合物の単体またはそれら化合物の組み合せ体のいずれかを含む化合物反応膜層を形成することで、金属表面と潤滑剤との濡れ性が向上して金属面が露出し難くなる。さらに、潤滑剤に一定濃度範囲で配合添加された極圧成分が、活性化した化合物反応膜層と再反応するため、潤滑剤による油膜形成が保持される。よって、通常の金属表面に比べて極圧添加成分の焼付きや摩耗に対する効果が得られやすくなり、転動装置における耐焼付き性や耐摩耗性が改善される。
【0015】
なお、本発明の転動装置は転がり軸受(図1)とすることができ、その場合の転動部材は、転動体が金属ころ又はボールで、軌道はその転動体が転動する軌道輪である。また、本発明の転動装置はリニアガイド装置(図4)とすることができ、その場合の転動部材は、転動体が金属ころ又はボールで、軌道はその転動体が転動する案内レールの転動体転動溝である。
【0016】
【発明の実施の形態】
以下、本発明の実施の形態を図面を参照して説明する。
〔第1の実施形態〕:
図1は、本発明を、金属製転動体とその軌道を備えた転動部材を有する転動装置としてのスラスト軸受に適用して耐焼付き性を改善した第1の実施形態の断面図である。
【0017】
図示の転動装置であるスラスト軸受1は、軌道としての上レース2及び下レース3と、その軌道を転動する転動体としての玉5とを有する転動部材であり、保持器のない総ボール型の軸受である。このスラスト軸受1の上レース2及び下レース3に、本発明の表面処理を施して化合物反応膜層を形成した後、極圧添加剤成分を配合した潤滑油を組み合わせて焼付き試験を行った。
【0018】
(1)供試体の作製:
試料としてスラスト軸受1の軸受レース2,3の表面(軌道)4を石油ベンジンで洗浄後、ジブチルサルファイドを10重量%に希釈した合成油に浸漬して温度160℃で10時間加熱処理し、レース表面4に40nmのイオウ化合物反応膜層を形成した。
【0019】
この化合物反応膜層の膜厚は、X線光電子分光分析機(XPS)を用いて測定した。XPSは、試料表面にX線を照射し、試料の最外表面(およそ数オングストローム)より放出される光電子のエネルギー解析により、試料表面の元素の定性,定量情報及び結合状態を知るものである。更にアルゴン(Ar)イオン銃を用いて試料表面をスパッタ(エッチング)しながら測定を行うことにより、元素の深さ方向の分布状態の解析も可能である。例えば有機イオウ化合物によって得られた化合物反応膜層の厚みを測定する場合、アルゴンイオン銃による一定のエッチング速度(例えば3nm/min)でスパッタしながらXPSを用いて試料のデプスプロファイルをとり、化合物反応膜層中のイオウの光電子強度が変化しなくなる直前までを膜厚とする。
【0020】
ちなみに、本発明の化合物反応膜層は、試料(母材)の表面の上に積層されるものではない。母材と化学的に反応し母材成分と入り混じって表面から内部に向かって一体的に形成された反応膜層であり、単に母材表面上に積層された膜とは異なり、極めて剥離しにくいという特性を備えたものである。したがって、その膜厚(即ち、母材表面からの深さ)測定も上記のようなイオン銃によるスパッタリングを必要とする。
【0021】
(2)耐焼付き性試験:
こうして得られた表面処理を施した供試体スラスト軸受1について、耐焼付き性を評価した。
【0022】
焼付き性試験は、図2に示す縦型スピンドル6に、供試体であるスラスト軸受1の上レース2と下レース3を取り付け400kgfのスラスト加重Faを負荷して7000rpmで回転させて行った。供試体スラスト軸受1には、予めマイクロシリンジで3マイクロリッタのスピンドル油を潤滑剤として転動体5およびレース面4に滴下しておく。当該潤滑剤は極圧添加剤成分としてn−ブチルメルカプタンを、その配合量を変えて添加したものを複数種用意し、これを用いて複数の試験を実施し、起動時から焼付き発生までの時間を測定した。焼付き発生までの時間は、下レース3に挿入した熱電対による測定値が、100℃以下の平衡状態から逸脱して200℃を超える迄とした。
【0023】
焼付き迄の耐久時間を図3に示す。
この試験結果から、イオウを含む化合物反応膜層を形成した軸受1のレース2,3の表面4と、有機イオウ化合物を含む極圧添加剤との組み合わせは、極圧成分の広い範囲の濃度にわたって未処理の場合に比べ耐焼付き性が大きく向上していることが明らかである。
【0024】
この実施形態における化合物反応膜層の膜厚は、表面粗さに悪影響を及ぼさない範囲であれば特には限定されず、処理条件により膜厚を自由に制御することができる。
【0025】
極圧成分(この場合はイオウ)の好適な含有量の範囲は10〜50000ppmであり、さらに好適には100〜10000ppmの範囲が耐焼付き性には特に効果があるといえる。10ppm未満であると耐焼付き性向上の効果は少ない。一方、50000ppmを超えると潤滑剤の基油の潤滑特性が劣る結果、性能向上が望めない。
【0026】
〔第2の実施形態〕:
続いて、本発明の第2の実施形態について説明する。
図4は、金属製転動体とその軌道を備えた転動部材を有する転動装置としてのリニアガイド装置の全体斜視図、図5はその断面図である。
【0027】
この供試体のリニアガイド装置10は、側面に軌道としての転動体転動溝12を有する金属製の案内レール11と、その転動体転動溝12を転動する金属製ボールからなる多数の転動体13と、それらの転動体13を介して案内レール11に嵌合されたスライダ14とを備えている。そのスライダ14には、軸方向の貫通孔15と、両端に取り付けたエンドキャップ16に設けられたU型の通路とで、転動体循環回路が形成されており、転動体13がその循環回路を循環しつつスライダ14が案内レール11に沿って往復運動するようになっている。なお、17は合成樹脂製のボール保持器である。
【0028】
(1)供試体の作製:
この実施形態では、化合物反応膜層を転動体13の表面に形成した。すなわち、合成炭化水素で5重量%の濃度に希釈したジラウリルハイドロゲンフォスファイト中に転動体13を浸漬して温度110℃で4時間処理することにより膜厚50nmの化合物反応膜層を転動体13の表面に形成した。この処理を施した転動体13をスライダ14に組み込み、そのスライダ14を案内レール11に取り付けて供試体のリニアガイド装置10とした。
【0029】
(2)耐摩耗性試験:
こうして得られた表面処理を施した供試体リニアガイド装置10について、耐摩耗性を評価した。
【0030】
すなわち、供試体リニアガイド装置10に取り付けたスライダ14内の空間容積中に、潤滑剤として極圧添加剤を添加した市販グリースを1g充填した。転動体13のボール径を調節することにより200kgfの予圧を付与した状態で、案内レール11上にスライダ14を延べ500km往復走行させ、その後案内レール11の転動体転動溝12の摩耗量を測定した。
【0031】
グリース中に配合した極圧添加剤としては、トリオクチルフォスファイトを選定し、そのリン濃度を変えたグリースを組み合わせた複数種の供試体を用いて、同一条件で試験して転動体転動溝12の摩耗量を測定した。その結果を図6に示す。
【0032】
この結果から、グリース中に配合した極圧成分(この場合はリン)の好適な含有量の範囲は10〜20000ppmであり、さらに好適には100〜5000ppmの範囲が耐摩耗性の向上に対し特に効果があるといえる。10ppm未満であると耐摩耗性向上の効果は少ない。一方、20000ppmを超えるとグリースの基油の潤滑性能に悪影響を及ぼす結果、耐摩耗性向上が望めない。
【0033】
この実施形態によって、リンを含む化合物反応膜層とグリース中の極圧添加剤である有機リン化合物とを組み合わせた場合の耐摩耗性の改善効果が大きいことが明らかである。
【0034】
〔第3の実施形態〕:
供試体に単列深溝玉軸受(6206)を使用し、図2に示す試験装置に横置きにセットして回転試験を実施した。すなわち、供試体玉軸受の玉(ボール)または内輪のいずれかに、本発明の表面処理を施して化合物反応膜層を形成した後、極圧添加剤成分を配合した潤滑油を組み合わせて焼付き試験を行い、比較例と比べた。
【0035】
(1)供試体の作製:
試料の玉軸受のボールまたは内輪を、合成炭化水素中に4重量%のTCP(トリクレシルフォスフェート)を添加した希釈オイル中に浸漬して、180℃,40時間熱分解反応させ、試料表面に厚み0.2μmの化合物反応膜層を形成した。
【0036】
(2)耐焼付き性試験:
こうして得られた表面処理を施した供試体玉軸受について、耐焼付き性を評価した。
【0037】
焼付き性試験は、図2に示す縦型スピンドル6に、供試体である玉軸受を横置きしてに取り付け、400kgfのスラスト加重Faを負荷して6000rpmで回転させて行った。供試体玉軸受の潤滑剤には、鉱油系グリースを使い、極圧成分としてMoDTC(モリブデンジチオカルバメート)をS量で10000ppmまでグリース中に添加したものを使用した。
【0038】
焼付き迄の耐久時間と、添加剤濃度(S量:ppm)との関係を図7に示す。また、各供試体の表面処理を施した部位及び潤滑剤(グリース)中の極圧添加剤含有量を表1に示す。
【0039】
【表1】
【0040】
比較例3−1と実施例3−1との耐久試験結果から、本発明の表面処理と潤滑剤中の極圧添加剤との相乗作用による軸受寿命延長効果が確認できる。
また、比較例3−2と実施例3−1,3−2との比較から、極圧添加剤含有の条件下での本発明の表面処理の効果が確認できる。
【0041】
潤滑剤中の極圧添加剤含有量の有効な濃度範囲としては、図7から好ましくはS量として10〜2000ppmであり、更に好ましくは10〜1500ppmである。
【0042】
なお、上記の濃度範囲は、極圧添加剤として使用する有機化合物中のS量の比率などにより変わり得るものであり、必ずしも上記に限定されるものではない。
〔第4の実施形態〕:
前記第3の実施形態におけると同じ玉軸受を用い、表面への化合物反応膜層の形成条件である熱分解反応の反応温度と反応時間とを制御して、試料表面の化合物反応膜層厚み(深さ)0.003〜0.6μm(3〜600nm)の範囲とした供試体を作製し、その供試体について上記同様の焼付き性試験を行って化合物反応膜層深さが軸受耐久時間に及ぼす影響を評価した。
【0043】
各供試体の表面処理を施した部位及び形成された化合物反応膜層の深さを表2に示す。
【0044】
【表2】
【0045】
供試体玉軸受の潤滑剤には鉱油系グリースを使い、極圧成分としてMoDTCをS量で500ppm添加したものをもちいた。
得られた焼付き迄の耐久時間と化合物反応膜層深さ(nm)との関係を図8に示す。図8中に示される比較例4−1と実施例4−1,4−2との比較から、本発明の表面処理の効果が確認できる。当該表面処理によって得られる化合物反応膜層の深さの有効な範囲としては、10〜500nmであり、好ましくは30〜300nm、更に好ましくは30〜200nm、最適には50〜100nmである。
【0046】
上記第3及び第4の両実施形態によって、リンを含む化合物反応膜層と極圧添加剤が有機イオウ化合物である潤滑剤とを組み合わせた場合の耐摩耗性の改善効果も、第1の実施形態(イオウ系化合物反応膜層とイオウ系添加剤を含む潤滑剤との組合せ)及び第2の実施形態(リン系化合物反応膜層とリン系添加剤を含む潤滑剤との組合せ)の場合と同様に大きいことが明らかである。
【0047】
なお、本発明の潤滑剤に使用する極圧添加剤の種類としては、上記以外に有機金属イオウ化合物,有機金属リン化合物,有機金属塩素化合物,金属を含まない有機イオウ化合物,有機リン化合物,有機塩素化合物などが有効であり、その中で窒素,酸素等が構成元素として含まれるものがある。しかして、一般に、市販の潤滑剤にはリン(P)系とイオウ(S)系の添加剤が単独ではなく併用して添加されているのが普通であり、したがって本発明の化合物反応膜層はリン系,イオウ系のいずれであっても、こうした市販の潤滑剤と有効に組合せて使用することができる。
【0048】
〔第5の実施形態〕:
供試体として過給器主軸用軸受を使用し、これに本発明を適用したものを給油遮断状態で試験した場合について説明する。
【0049】
供試体玉軸受は転動体(ボール)及び内外輪の全てに、本発明の表面処理を施して化合物反応膜層を形成し、極圧添加剤成分を配合した潤滑油を組み合わせて焼付き試験を行い、比較例と比べた。
【0050】
(1)供試体の作製:
試料の過給器主軸用軸受は、内径42mm,外径86mmで内輪が二つ割れの三点接触玉軸受である。実施例の供試体は、玉軸受のボール,内輪,外輪を、合成炭化水素中に5重量%のTCPを添加した希釈オイル中に浸漬して、200℃,50時間熱分解反応させ、試料表面に厚み(深さ)100〜120nmとほぼ一定の化合物反応膜層(リンと酸素とを含む)を形成した。比較例の供試体は、玉軸受のボール,内輪,外輪を、10ppm未満のTCPを含む合成炭化水素中に浸漬して200℃,50時間の表面処理を施した。
【0051】
(2)耐焼付き性試験:
こうして得られた表面処理を施した供試体玉軸受について、耐焼付き性を評価した。
【0052】
すなわち、供試体玉軸受に対し、アメリカ空軍規格であるMILL−23699適合のガスタービンオイルを潤滑剤として使用し、給油遮断試験を次の如く行った。当該潤滑剤油中のリン系極圧添加剤のリン濃度はTCPでいろいろに調整した。毎分3リットルの給油量で前記供試体を50000rpmで回転させた後、給油を遮断して供試体の温度を測定しつつ10分間運転を継続する。その後、供試体を分解して各部材を点検した。給油遮断後、供試体の温度は上昇するが、定常温度にならずに発散するものについては、その発散状態に至るまでの時間を耐久時間としてリン濃度の異なる各潤滑剤につきプロットした。
【0053】
耐久時間と、添加剤濃度(P量:ppm)との関係を図9に示す。また、各供試体の表面処理を施した部位及び潤滑剤(オイル)中の極圧添加剤含有量を表3に示す。
【0054】
【表3】
【0055】
比較例5と実施例5との試験結果(図9)から、ガスタービンオイル中のリン濃度は、TCPの場合10ppm以上あれば耐久性向上の効果が認められる。それ以下の濃度では添加剤の効果は薄い。しかし10000ppmを越えると、オイル中の含有水分による腐食の問題が生じてくる。したがって、潤滑剤中のリン濃度の範囲は10〜10000ppmとするのが良く、好ましくは、100〜10000ppmであり、更に好ましくは200〜5000ppmである。
【0056】
ここで、市販のガスタービンオイルに含まれるリン濃度をみてみると、例えばモービルジェットオイル2,モービルジェットオイル2254はリン濃度2000〜5000ppm、エーロシェルタービンオイル555,560はリン濃度400ppm以上、エクソンターボオイル25はリン濃度100ppm以上、エクソンターボオイル238はリン濃度1500ppm以上であり、いずれも上述の本発明におけるリン添加濃度の有効範囲にある。よって、本発明の化合物反応膜層との共存で良好な耐久寿命をうることができる潤滑剤といえる。
【0057】
なお、本発明の潤滑剤としては、その他の市販の潤滑油やグリースも十分に使用可能である。それらに既に、有機リン化合物,有機イオウ化合物,有機ハロゲン化合物又は有機金属化合物の少なくともいずれかが極圧添加剤として予め配合されているものをも包含する。具体的に例示すれば、市販のタービンオイル,ガソリンエンジンオイル,ディーゼルエンジンオイル,2サィクルエンジンオイル,レーシングエンジンオイル,オートマチツクトランスミツションオイル,ギヤーオイル,ハイポイドギヤーオイル,スピンドル油なども適用可能である。さらに詳細には、例えば特にタービンオイルであれば、ガスタービンオイルに代表される、モービルジェットオイル254,モービルジェットオイル2,エ一ロシェルタービンオイル308,同390,同500,同555,同560,同750,エクソンターボオイル2380,同25,同274,同85,同2389,同390等があげられる。同様に他のオイルやグリースであれぱ、エクソン化学(株),エッソ石油(株),エヌ・オー・ケイ・クリューバー(株),カストロール(株),キグナス石油(株),出光興産(株),九州石油(株),共同石油(株),協同油脂(株),コスモ石油(株),三愛石油(株),(株)ジャパンエナジー,昭和シェル石油(株),新日鉄化学(株),ダウコーニング(株),日本グリース(株),日本石油(株),宮士興産(株),三井石油(株),松村石油(株)三菱石油(株),モービル石油(株),ユシロ化学工業(株)等の製品も使用可能である。グリースの銘柄・製造業者はこれらに限定されるものではない。
【0058】
〔第6の実施形態〕:
前記第5の実施形態におけると同じ過給器主軸用軸受を用い、潤滑剤中のリン濃度を3000ppmに固定し、化合物反応膜層深さを種々に変化させたものについて、上記同様に給油遮断状態で焼付き性を試験した。
【0059】
実施例の供試体の化合物反応膜層の深さは、反応温度と反応時間とを制御して10〜1000nmの範囲とした。その供試体について焼付き性試験を行って化合物反応膜層深さが軸受耐久時間に及ぼす影響を評価した。使用した潤滑剤、各供試体の表面処理を施した部位及び形成された化合物反応膜層の深さを表4に示す。
【0060】
【表4】
【0061】
潤滑剤にはオイルに極圧成分としてTCP添加(リン濃度3000ppm)したものをもちいた。
焼付き迄の耐久時間と化合物反応膜層深さ(nm)との関係を図10に示す。図10中に示される実施例6から、本発明の表面処理の効果が確認できる。化合物反応膜層の深さが30nm未満では耐久性が劣る。好ましくは30〜600nmであり、更に好ましくは50〜500nm、最適には80〜300nmである。600nmを越えると表面粗さが悪くなって耐久性向上効果が低くなる。
【0062】
また、前記市販オイルのモービルジェットオイル2,同じく254を使用した実施形態でも、化合物反応膜層が50〜500nmのとき600sec以上の耐久性が得られた。
【0063】
更に、これらの化合物反応膜層を形成させるには、潤滑油として使用した前記市販のガスタービンオイルを使用して例えば浸漬加熱などをしても生成可能である。
【0064】
なお、上記各実施形態では、金属からなる転動体とその軌道を備えた転動部材を有する転動装置として、転がり軸受を例示して説明したが、本発明はこの実施形態に限定するものではなく、その他の転動装置としてリニアガイド装置及びボールねじ装置に対しても本発明を適用することができる。ボールねじ装置の場合、転動体は金属ボール、その転動体の軌道はボールねじ軸のねじ溝であって、当該ボールとボールねじ軸で転動部材が構成される。
【0065】
【発明の効果】
以上説明したように、請求項1に係る発明によれば、転動装置の金属製の転動部材の表面に形成されたリン,イオウ,ハロゲンなどの化合物反応膜層が当該金属製部材の表面と潤滑剤との濡れ性を向上させ、更に潤滑剤に配合された極圧成分が活性化した前記化合物反応膜層と再反応するため、転動装置の耐焼付き性や耐摩耗性が従来より向上するという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明をスラスト軸受に適用した第1の実施形態の断面図である。
【図2】第1の実施形態の評価試験装置の断面図である。
【図3】第1の実施形態の評価試験結果のグラフである。
【図4】本発明をリニアガイド装置に適用した第2の実施形態の斜視図である。
【図5】第2の実施形態の断面図である。
【図6】第2の実施形態の評価試験結果のグラフである。
【図7】第3の実施形態の評価試験結果のグラフである。
【図8】第4の実施形態の評価試験結果のグラフである。
【図9】第5の実施形態の評価試験結果のグラフである。
【図10】第6の実施形態の評価試験結果のグラフである。
【符号の説明】
1 転動部材(スラスト軸受)
2 軌道(上レース)
3 軌道(下レース)
5 転動体
10 転動装置(リニアガイド装置)
12 軌道(転動体転動溝)
13 転動体
Claims (1)
- 金属からなる転動体とその軌道を備えた転動部材を有する転動装置において、
その転動部材の少なくとも一方の表面に、当該金属成分とリン化合物との化合物反応膜層であってリンと酸素とを含む層からなる化合物反応膜層を形成し、前記化合物反応膜層の深さが30〜600nmであり、
且つ有機リン化合物が極圧成分として添加されて、その配合量がリンの濃度として10〜10000ppmである潤滑剤を前記転動部材の金属接触面間に存在せしめたことを特徴とする表面処理転動部材を有する転動装置。
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