JP6990921B2 - 上位運動ニューロンの誘導方法 - Google Patents
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Description
ニューロンはそのような細胞の代表であり、特定のニューロンが変性することで発症する神経変性疾患は、細胞モデルの恩恵が特に大きい疾患と考えられている。なかでも、アルツハイマー型認知症、パーキンソン症、及び筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis;ALS)は、社会の高齢化とともに患者数が急増しており、研究の加速化が切望されている。
しかしながら、上位運動ニューロンを分化誘導する方法はまだ知られていない。Neuronal induction法に限らず、外的シグナルを用いた分化誘導法においても、成熟した上位運動ニューロンが分化誘導できた例は報告されていない。
さらに、家族性ALS患者由来人工多能性幹細胞から上記方法により製造した上位運動ニューロンは、ALSに特徴的な病的性質(TDP-43タンパクの細胞内凝集等)を自発的に生じることが見出された。
これらの知見に基づいて、本発明を完成するに至った。
[1] 多能性幹細胞に外来性のNgn2及びFezlを発現させて培養する工程を含む、多能性幹細胞から錐体細胞を製造する方法。
[2] 前記外来性のNgn2及びFezlを薬剤応答性プロモーターで発現させる、前記[1]に記載の方法。
[3] 前記外来性のNgn2及びFezlを2A配列を用いてポリシストロニックに発現させる、前記[1]又は[2]に記載の方法。
[4] 前記培養期間が21日間以上である、前記[1]-[3]のいずれかに記載の方法。
[5] 前記錐体細胞が上位運動ニューロンである、前記[1]-[4]のいずれかに記載の方法。
[6] Ngn2をコードする外来性核酸及びFezlをコードする外来性核酸を染色体内に含む多能性幹細胞。
[7] 前記Ngn2をコードする外来性核酸及びFezlをコードする外来性核酸が、薬剤応答性プロモーターに機能的に接合された核酸である、前記[6]に記載の多能性幹細胞。
[8] 前記Ngn2をコードする外来性核酸及びFezlをコードする外来性核酸が、2A配列を介して連結されている、前記[6]又は[7]に記載の多能性幹細胞。
[9] 前記多能性幹細胞が、ヒト由来人工多能性幹細胞である、前記[6]-[8]のいずれかに記載の多能性幹細胞。
[10] 前記ヒトが、筋萎縮性側索硬化症患者である、前記[9]に記載のヒト由来人工多能性幹細胞。
[11] 前記[5]に記載された方法で製造された上位運動ニューロンをシナプス前細胞、下位運動ニューロンをシナプス後細胞とするシナプス結合を含む培養物。
[12] 前記下位運動ニューロンが、多能性幹細胞から製造された下位運動ニューロンである、前記[11]に記載の培養物。
[13] 前記下位運動ニューロンが、多能性幹細胞に外来性のLhx3、Ngn2、及びIsl1を発現させて製造された下位運動ニューロンである、前記[12]に記載の培養物。
[14] 下記工程を含む、筋萎縮性側索硬化症の予防又は治療薬のスクリーニング方法;
(1)家族性ALS患者由来人工多能性幹細胞に外来性のNgn2及びFezlを発現させて培養して、該多能性幹細胞から上位運動ニューロンを製造する工程、
(2)(1)で得られた上位運動ニューロンを、被験物質と接触させる工程、
(3)(2)で被験物質と接触させた上位運動ニューロン、及び接触させなかった上位運動ニューロン(すなわち、対照細胞)を培養し、神経突起長、凝集化したTDP-43タンパク量、又はGPR50の発現量を測定する工程、
(4)前記被験物質と接触させた上位運動ニューロンの神経突起長もしくはGPR50の発現量が対照細胞の該値よりも高値である被験物質、又は、前記被験物質と接触させた上位運動ニューロンにおける凝集化したTDP-43タンパク量が対照細胞の該値よりも低値である被験物質を、筋萎縮性側索硬化症の予防又は治療薬として選択する工程。
本明細書では、遺伝子から生じる転写物のヌクレオチド配列(NM_~)、及びタンパクのアミノ酸配列(NP_~)の情報として、NCBI(National Center for Biotechnology Information)データベースに登録されている標準配列(Reference Sequence)のIDを記載する。複数の標準配列が登録されているものについても一配列のみを記載するが、当該記載は例示であり、記載された配列への限定を意味するものではない。なお、本明細書では特に断りがない限り、遺伝子のOfficial symbol及びIDはヒト遺伝子のものを表す。
本発明により、多能性幹細胞に外来性のNgn2及びFezlを発現させて培養することで、多能性幹細胞から上位運動ニューロンを含む錐体細胞を製造する方法が提供される。当該方法では、約80%という高効率で多能性幹細胞を錐体細胞へと分化させることができ、そのうちの約20%が上位運動ニューロンである。
本発明においてNgn2とは、Ngn2(Official symbol:NEUROG2、Official full name:neurogenin 2)遺伝子及びNgn2タンパクのことである。Ngn2タンパク(例として、ヒト:NP_076924、マウス:NP_033848)は、Activator-typeの塩基性helix-loop-helix型転写因子(bHLH因子)であり、神経幹細胞を神経細胞へと分化誘導するプロニューラル因子の一つである(非特許文献8)。
本発明においてFezlとは、Fezl(Official symbol:FEZF2、Official full name:FEZ family zinc finger 2)遺伝子及びFezlタンパクのことである。Fezlタンパク(例として、ヒト:NP_060478、マウス:NP_536681)は、zinc finger型転写因子であり、大脳皮質第5層及び6層に細胞体が存在し、皮質外に投射する錐体細胞(subcerebral projection neuron)の細部系譜で特異的に発現することが知られている(非特許文献9、10)。
Ngn2をコードする核酸及びFezlをコードする核酸を多能性幹細胞に導入する方法は特に限定されないが、例えば、ウイルス、プラスミド、人工染色体などのベクターに導入した形態で、リポフェクション、リポソーム、マイクロインジェクションなどの手法によって多能性幹細胞内に導入することができる。
ウィルスベクターとしては、レトロウィルスベクター、レンチウィルスベクター、アデノウィルスベクター、アデノ随伴ウィルスベクター、センダイウィルスベクター等が例示される。また、人工染色体ベクターとしては、例えばヒト人工染色体(HAC)、酵母人工染色体(YAC)、細菌人工染色体(BAC、PAC)等が挙げられる。プラスミドとしては、哺乳動物用プラスミド全般を使用することができる。なお、前記Ngn2及びFezlを発現させるための制御配列、選択マーカー配列、及び、レポーター遺伝子配列等は、ベクターによって供給されてもよい。
前記Ngn2をコードする核酸及びFezlをコードする核酸からの当該Ngn2及びFezlの発現は、誘導可能なプロモーターに制御されることが好ましい。誘導可能なプロモーターの例としては、薬剤応答性プロモーターが挙げられ、その好適な例として、テトラサイクリン応答性プロモーター(tetO配列が7回連続したテトラサイクリン応答配列(TRE)を有するCMV最小プロモーター)が挙げられる。該プロモーターは、リバーステトラサイクリン制御性トランス活性化因子(rtTA;reverse tetR(rTetR)とVP16ADから構成される融合タンパク質)の発現下において、テトラサイクリン又はその誘導体が供給されることにより活性化されるプロモーターである。よって、テトラサイクリン応答性プロモーターを用いて発現誘導を行う場合には、前記活性化因子を発現する様式を併せ持つベクターを用いることが好ましい。前記テトラサイクリンの誘導体としては、ドキシサイクリン(doxycycline、本願では以降、DOXと略記する)を好適に用いることができる。
上述したような薬剤応答性プロモーターを用いる場合には、当該プロモーターの活性化を誘導し得る薬剤(例えば、前記テトラサイクリン応答性プロモーターを含むベクターの場合には、テトラサイクリン又はDOX)を培地に所望の期間添加し続けることで、外来性Ngn2及びFezlの発現を維持することができる。そして、培地から当該薬剤を除去する(例えば、該薬剤を含まない培地に置換する)ことで、前記遺伝子の発現を停止させることが可能である。
上記目的で用いることができる構成的プロモーターとしては、SV40プロモーター、 LTRプロモーター、CMV(cytomegalovirus)プロモーター、RSV(Rous sarcoma virus)プロモーター、MoMuLV(Moloney mouse leukemia virus) LTR、HSV-TK(herpes simplex virus thymidine kinase)プロモーター、EF-αプロモーター、及びCAGプロモーター等が挙げられる。
上記のようにCre、FLP、トランスポゾンを用いて接合状態を変換することで発現誘導を行った場合には、所望の期間経過後に再度Cre、FLP、トランスポゾンを作用させて前記配列(LoxP配列、FRT配列、又はトランスポゾン配列)で挟まれた配列を除去することで、前記遺伝子の発現を停止させることもできる。
本発明において、多能性幹細胞とは、生体に存在するすべての細胞に分化可能な多能性を有し、かつ、増殖能を併せもつ幹細胞のことである。例として、以下に限定するものではないが、胚性幹細胞(embryonic stem cell;ES細胞)、核移植により得られるクローン胚由来の胚性幹細胞(nuclear transfer embryonic stem cell;ntES細胞)、***幹細胞(spermatogonial stem cell;GS細胞)、胚性生殖細胞(embryonic germ cell;EG細胞)、人工多能性幹細胞(pluripotent stem cell;iPS細胞)、培養線維芽細胞や骨髄幹細胞由来の多能性細胞(Muse細胞)等が挙げられる。これらのうち、本発明に好適な多能性幹細胞は、ES細胞及びiPS細胞であり、特に好ましくはiPS細胞である。
当業者は上記刊行物を参照することにより、本発明に好適に使用できる遺伝子を適宜選択し、周知の方法に従ってiPS細胞を製造することができる。
外来性のNgn2及びFezlが導入され、且つ、該Ngn2及びFezlを発現する多能性幹細胞は、ニューロンへの分化誘導に適した培地(本書では以降、神経分化用培地と呼ぶ)中で培養されることが好ましい。そのような培地としては、基本培地のみ、又は、神経栄養因子を添加した基本培地を用いることができる。本発明における神経栄養因子とは、神経細胞の生存と機能維持に重要な役割を果たしている膜受容体のリガンドであり、例えば、Nerve Growth Factor(NGF)、Brain-derived Neurotrophic Factor(BDNF)、Neurotrophin 3(NT-3)、Neurotrophin 4/5(NT-4/5)、Neurotrophin 6(NT-6)、basic FGF、acidic FGF、FGF-5、Epidermal Growth Factor(EGF)、Hepatocyte Growth Factor(HGF)、Insulin、Insulin Like Growth Factor 1(IGF 1)、Insulin Like Growth Factor 2(IGF 2)、Glia cell line-derived Neurotrophic Factor(GDNF)、TGF-b2、TGF-b3、Interleukin 6(IL-6)、Ciliary Neurotrophic Factor(CNTF)及びLIF等が挙げられる。このうち、本発明において好ましい神経栄養因子は、GDNF、BDNF、及びNT-3である。前記基本培地としては、例えば、Glasgow's Minimal Essential Medium(GMEM)培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle's Minimum Essential Medium(EMEM)培地、αMEM培地、Dulbecco's modified Eagle's Medium(DMEM)培地、Ham's F12(F12)培地、Dulbecco's Modified Eagle Medium:Nutrient Mixture F-12(DMEM/F-12)培地、RPMI 1640培地、Fischer's培地、Neurobasal Medium培地(Lifetechnologies社)、及びこれらの混合培地等が挙げられる。基本培地には血清が含まれていてもよく、含まれていなくても(すなわち、無血清)良い。培地には、必要に応じて、例えば、Knockout Serum Replacement(KSR)(ES細胞培養時のFBSの血清代替物)、N2 supplement(Invitrogen)、B27 supplement(Invitrogen)、アルブミン、トランスフェリン、アポトランスフェリン、脂肪酸、インスリン、コラーゲン前駆体、微量元素、2-メルカプトエタノール、3'-チオールグリセロール等の1以上の血清代替物を添加することができ、また、脂質、アミノ酸、L-グルタミン、Glutamax(Invitrogen)、非必須アミノ酸、ビタミン、増殖因子、低分子化合物、抗生物質、抗酸化剤、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類、セレン酸、プロゲステロン及びプトレシン等の1以上の物質を添加してもよい。
グリア細胞は、当業者に周知の方法に従い、マウス胎児又は新生児の脳から容易に調製することができる(例として、Jacquier A., et al, Hum. Mol. Genet., 18:2127-2139, 2009参照)。各社から市販されている製品を用いてもよく、また、細胞バンクからも入手可能である(例として、国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所のJCRB細胞バンク(http://cellbank.nibiohn.go.jp/)のMA-89(寄託番号:IFO50293))。
錐体細胞は、大脳皮質と海馬に存在するグルタミン酸作動性の興奮性ニューロンである。錐体細胞は、形態的及び生理学的な特徴からさまざまなサブタイプに分類されており、それぞれが機能的にも異なる役割を果たしていると考えられている。
本明細書では、“前記錐体細胞の定義を満たす細胞であって、さらにシナプス形成能を獲得した細胞”を、機能的な分化が完了した錐体細胞という意味で、“成熟した錐体細胞”と呼ぶ。
大脳皮質第5層のマーカー遺伝子を1以上発現し、且つ、運動野のマーカー遺伝子を1以上発現する細胞、又は、
大脳皮質第5層のマーカー遺伝子もしくは運動野のマーカー遺伝子を1以上発現し、且つ、細胞体の直径が15μm以上(さらに好ましくは、20μm以上)の細胞”、
を“上位運動ニューロン”と定義する。
本明細書では、“前記上位運動ニューロンの定義を満たす細胞であって、さらに、下位運動ニューロンに対して自身をシナプス前細胞とするシナプス結合を形成し得る細胞”を、機能的な分化が完了した上位運動ニューロンという意味で“成熟した上位運動ニューロン”と呼ぶ。
本発明の第2の態様として、上位運動ニューロンに変換可能な多能性幹細胞が提供される。前記外来性Ngn2及びFezlが導入された多能性幹細胞は、該Ngn2及びFezlを発現することで、約80%という高効率で錐体細胞に変換され、さらに、約16%(すなわち、前記錐体細胞の約20%)という効率で上位運動ニューロンに変換され得る細胞である。これまで、錐体細胞に変換可能な多能性幹細胞として、外来性遺伝子としてAscl1のみ(非特許文献11)又はNgn2のみ(非特許文献3、特許文献1)が導入された多能性幹細胞が報告されているが、いずれも上位運動ニューロンを生じ得ることは示されていない。
よって、本発明に係る外来性Ngn2及びFezlが導入された多能性幹細胞は、上位運動ニューロンに変換可能であることが確認された初めての多能性幹細胞である。
本発明の第3の態様として、上位運動ニューロンが下位運動ニューロンに投射した皮質脊髄路の細胞モデルが提供される。
これまで、動物組織から神経連絡を保ったままのニューロンを培養下に移す技術としてスライスカルチャー法が知られているが、該方法では脳と脊髄のような異なる組織にまたがる神経結合を温存することは(少なくとも現時点では)不可能である。また、実験動物の脳及び脊髄から上位・下位運動ニューロンを採取して共培養することは可能だが、培養下で両運動ニューロン間の神経連絡を再構築できた例は、哺乳類では報告されていない。
このように、ヒトを含む哺乳類では、皮質脊髄路の培養モデル(細胞モデル)を作製することは極めて困難であった。
本発明の第4の態様として、上位運動ニューロンの異常を伴う疾患の細胞モデルが提供される。当該細胞モデルは、本発明に係る上位運動ニューロンを製造する方法を、上位運動ニューロンが障害される疾患の患者由来iPS細胞、又は、該患者に由来する遺伝子変異を導入された多能性幹細胞に適用することで得ることが可能である。
前記疾患としては、筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis;ALS)、原発性側索硬化症(Primary lateral sclerosis;PLS)等が挙げられる。このうち、ALSについては、これまでに多数の家族性患者/家系が報告されており、当該患者/家系において見出された遺伝子変異の情報が英国King’s College London大学の公開データベース“ALSOD:The Amyotrophic Lateral Sclerosis Online Database”(http://alsod.iop.kcl.ac.uk)から入手可能である。
なお、本発明における“健常者”とは、上位運動ニューロンが障害される疾患に罹患していない者の意である。
例えば、ALSを引き起こすことが知られるSOD1、TDP-43、及びFUS遺伝子変異の多くは機能獲得型変異であるため、当該遺伝子変異の導入は、該変異型遺伝子を健常者由来多能性幹細胞に導入して行ってもよい。前記変異型遺伝子を多能性幹細胞に導入する方法は特に限定されず、例えば、<外来性Ngn2及びFezlの導入>の項で説明した方法を用いてもよい。
一方でALSを引き起こす遺伝子変異には機能喪失型変異も知られており(例として、ALS2及びADAR2遺伝子変異)、これらの遺伝子変異の導入は、内在性遺伝子の機能破壊(すなわち、knockout)であってよい。前記遺伝子の機能破壊は当業者に周知の方法を用いて行うことができ、例えば、CRISPR-Cas9システム(Gaj T., et al, Trends Biotechnol., 31:397-405, 2013; Doudna J.A., et al, Science, 346, no.6213, 2014)、及び、TALエフェクターヌクレアーゼ(Transcription Activator-Like Effector Nuclease;TALEN)システム(Miller J.C., et al, Nat. Biotechnol., 29:143-148, 2011)等を用いてもよい。
本発明の第5の態様として、上位運動ニューロンの異常を伴う疾患に対する予防又は治療薬をスクリーニングする方法が提供される。当該方法は、前述した疾患モデル(上位運動ニューロンモデル、皮質脊髄路モデル等)に対し、被験物質の効果を解析する工程を含むことを特徴とする。
(1)家族性ALS患者由来人工多能性幹細胞に外来性のNgn2及びFezlを発現させて培養して、該多能性幹細胞から上位運動ニューロンを製造する工程、
(2)(1)で得られた上位運動ニューロンを、被験物質と接触させる工程、
(3)(2)で被験物質と接触させた上位運動ニューロン、及び接触させなかった上位運動ニューロン(すなわち、対照細胞)を培養し、神経突起長、凝集化したTDP-43タンパク量、又はGPR50の発現量を測定する工程、
(4)前記被験物質と接触させた上位運動ニューロンの神経突起長、もしくはGPR50の発現量が対照細胞の該値よりも高値である被験物質、又は、前記被験物質と接触させた上位運動ニューロンにおける凝集化したTDP-43タンパク量が対照細胞の該値よりも低値である被験物質を、筋萎縮性側索硬化症の予防又は治療薬として選択する工程。
本発明のスクリーニング方法に供される被験物質としては、例えば、タンパク質、ペプチド、抗体、非ペプチド性化合物、合成化合物、合成低分子化合物、天然化合物、細胞抽出物、植物抽出物、動物組織抽出物、血漿、海洋生物由来の抽出物、細胞培養上清、及び微生物発酵産物等が挙げられる。これらの物質は新規なもの、公知なもののいずれでもよい。
本発明に係るスクリーニング方法では、上位運動ニューロンの神経突起長、凝集化したTDP-43タンパク量、及びGPR50の発現量から選ばれる1以上の値を指標として、被験物質を選別してもよい。具体的には、前記被験物質と接触させた上位運動ニューロンにおける神経突起長又はGPR50発現量の値が被験物質と接触させなかった上位運動ニューロン(対照細胞)の該値よりも高い場合、又は、前記被験物質と接触させた上位運動ニューロンにおける凝集化したTDP-43タンパク量の値が対照細胞の該値よりも低い場合に、当該被験物質をALSの予防又は治療薬として選択することができる。なお、本発明における予防及び/又は治療薬は、シード化合物となるものも含めた意である。
TDP-43タンパクは、健常人では主に核内に局在するが、ALS患者では核から細胞質に移行して(細胞質で)凝集することが知られており、当該移行と凝集体の形成がALS発症に深く関わると考えられている。
GPR50の発現量がALS患者で有意に低下することは、本願において初めて明らかにされたことである。
以下の実施例では、特に断りがない限り、ヒトiPS細胞として、京都大学iPS細胞研究所の山中伸弥博士より分与された201B7株を用いた(Takahashi K, et al, Cell, 131:861-72, 2007)。201B7株は健常者より樹立されたiPS細胞株で、理化学研究所バイオリソースセンター細胞開発材料室からも入手可能である(寄託番号HPS0063)。また、TDP-43遺伝子にG298S変異を有する家族性ALS患者より樹立したiPS細胞株(実施例3で使用)は、米国コリエル インスティチュートから入手したND32947E18株を用いた。
以下の実施例では、外来性遺伝子として下記のマウスcDNAを用いた;
Ngn2(NM_009718)、Fezl(NM_080433)、Brn2(NM_008899)、Ascl1(NM_008553)、Myt1l(NM_001093775)、Lhx3(NM_001039653)、Isl1(NM_021459AC)。
ヒト由来NF安定導入株は、Accutase(Innovative Cell Technologies社)処理によって単一細胞に解離させた後、matrigel(BD Biosciences社製)でコートされたプラスチックプレート、又は、アストロサイトが培養されたプラスチックプレートに、約2×105 cell/wellの細胞密度で播種した。使用した培地は、神経分化用培地(1% N2 supplement(Invitrogen社)、2% B27 supplement(Invitrogen社)、10ng/ml BDNF(R&D Systems社)、10ng/ml GDNF(R&D Systems社)、及び10ng/ml NT3(R&D Systems社)が添加された、DMEM/F12培地とNeurobasal Medium培地の混合培地(混合体積比は1:1、いずれもLife Technologies社)である。なお、前記アストロサイトは生後1日目の野生型マウス(C57BL/6J)の大脳皮質より文献(Jacquier A., et al, Hum. Mol. Genet., 18:2127-2139, 2009)に記載の方法で調製し、10日間培養して単層(フィーダー層)にした。
翌日、培地を1μg/ml DOX(Clontech社)を添加した神経分化用培地(以降、DOX含有培地と呼ぶ)に置換して、当該外来性遺伝子の発現を誘導した。その後は、2日置きに培地を半量ずつ交換した。
胎生期の大脳皮質の神経発生では、脳室帯で神経幹細胞が***と分化を繰り返してニューロン(厳密には、ニューロンへと分化が方向付けられた細胞)を生じ、該ニューロンは将来の定住場所に向かって移動しながら特定のサブタイプのニューロンへと分化する。前記ニューロンへの分化の方向付けにはNgn2又はAscl1の発現が重要であり、その後様々な転写因子が連続して協調的に働くことでサブタイプが決定すると考えられている(非特許文献10)。
これまでの研究により、Ngn2を多能性幹細胞に単独で導入・発現させると、ほぼすべての細胞が大脳皮質第2及び3層のグルタミン酸作動性ニューロンへと分化し(非特許文献3)、Ascl1を単独で導入・発現させると、グルタミン酸作動性ニューロンだけでなく、GABA作動性ニューロンを含むさまざまなサブタイプのニューロンを生じることが報告されている(非特許文献11)。そこで、Ascl1の単独発現によって得られる細胞集団の中に上位運動ニューロンが含まれていることを期待して、KH2株(正常マウスES細胞株)及び201B7株にAscl1をコードする核酸を導入・発現させて、得られた細胞を免疫染色法を用いて解析した。しかしながら、各々の細胞株について約200,000個の細胞を解析しても、前記上位運動ニューロンの定義を満たす細胞は見出されなかった(データは非開示)。
そこで、多能性幹細胞にBAM因子を導入・発現させて得られるニューロンのなかに、上位運動ニューロンが含まれるかどうかを解析した。
pDEST31発現ベクター(Invitrogen Life Technologies社製)をベースとして、Brn2、Ascl1、及びMyt1lをコードする核酸が2A配列を介して連結され、その下流にIRES配列を介してmCherryをコードする核酸が連結された核酸が、テトラサイクリン応答性プロモーターに機能的に接合された発現カセット(以降、BAM発現カセットと呼ぶ)を含むベクター(以降、BAM発現ベクターと呼ぶ)を作製した。よって、当該発現カセットからは、テトラサイクリン又はその誘導体に応答して、Brn2、Ascl1、Myt1l、及びmCherryがポリシストロニックに発現する。なお、前記BAM発現ベクターにおいて、前記BAM発現カセットは2つのFrt配列の間に挿入されている。
前記BAM発現ベクターをflipaseをコードする核酸とともに、エレクトロポレーション法を用いてKH2株に導入した。KH2株は、ColA1座の下流にFrt配列を有し、内在性のR26プロモーターの制御下でリバーステトラサイクリン制御性トランス活性化因子であるM2rtTAを発現するマウスES細胞株である(Beard C, et al., Genesis 2006;44:23-28)。前記導入細胞に対して薬剤セレクションを行い、前記BAM発現カセットが染色体に挿入された細胞を選別して株化した。当該株化細胞に対して免疫染色を行い、未分化細胞のマーカー遺伝子(NANOG及びSSEA1)の発現を維持している細胞株をさらに選別して、クローン1及びクローン8を得た。
これまで、主にマウスを用いた解析により、サブタイプ決定期に上位運動ニューロンの細胞系譜(将来上位運動ニューロンになる細胞)で発現する遺伝子が多数同定されている。なかでも、非特許文献9では、2種類の錐体細胞(皮質第5層に存在し、右脳に投射するCallosal projection neuron、及び、視覚野に存在し、視蓋前域に投射するCorticotectal projection neuron)をコントロールとした詳細な解析を行い、サブタイプ決定期の初期にはSox5、Ctip2、Clim1等、中期にはCrim1、mu-crystallin等、後期にはencephalopsin、csmn1、cadherin22、pcp4、netrin-G1等の遺伝子が上位運動ニューロンの細胞系譜で有意に発現上昇することを報告している。さらに、発生期を通して上位運動ニューロンで発現する遺伝子として、fezl、cadherin13等を、また、Callosal projection neuronとの比較において上位運動ニューロンの細胞系譜に特異的な遺伝子として、lgfbp4、diap3、S100a10等を報告している。なお、fezl及びcadherin13は、上位運動ニューロンに限らず、皮質第5層に存在する他の皮質下投射ニューロン(例として、Corticotectal projection neuron)でも発現することが知られている(非特許文献10)。
PB-TAC-ERNベクター(Tanaka A., et al, PLoS One, 8:e61540, 2013参照)をベースとして、Ngn2をコードする核酸とFezlをコードする核酸が2A配列を介して連結され、下流にIRES配列を介してmCherryをコードする核酸が連結された核酸が、テトラサイクリン応答性プロモーターに機能的に接合された発現カセット(以降、NF発現カセットと呼ぶ)を含むベクター(以降、NF発現ベクターと呼ぶ)を作製した(特許文献1参照)。前記NF発現カセットからは、テトラサイクリン又はその誘導体に応答して、Ngn2、Fezl、及びmCherryがポリシストロニックに発現する。さらに、前記NF発現ベクターはrtTA-NeoR発現カセット(=EF1αプロモーターの制御下にrtTAとneomycin耐性遺伝子をポリシストロニックに発現する発現カセット)を有し、前記NF発現カセットとrtTA-NeoR発現カセットからなる2つの発現カセットの前後にpiggyBacトランスポゾンの逆向き反復配列を有している。
コントロールとして、前記NF発現カセットからNgn2をコードする核酸が欠失したベクター(以降、F発現ベクターと呼ぶ)も作製した。当該F発現ベクターからは、テトラサイクリン又はその誘導体に応答して、Fezl及びmCherryがポリシストロニックに発現する。
前記NF発現ベクターを、piggyBacトランスポゼースをコードする核酸とともに、エレクトロポレーション法を用いて201B7株に導入した。その後、neomycin(50μg/ml)を含む培地で培養して、前記2つの発現カセットが染色体に挿入された細胞を選別し、株化した。さらに、前記株化細胞に対して免疫染色を行い、未分化細胞のマーカー遺伝子(NANOG及びSSEA1)の発現を維持している細胞株(以降、NF安定導入株と呼ぶ)を選別した。
また、前記F発現ベクターについても、同じ手法を用いて安定導入株(以降、F安定導入株と呼ぶ)を作製した。
(1)免疫学的解析
前記NF安定導入株を前記手法1に従ってアストロサイトのフィーダー層上に播種し、翌日、外来性Ngn2及びFezlの発現を誘導した(図2B)。発現誘導から7日後の細胞に対し、β-III tubulinに対するTuji抗体と、ヒト特異的Nuc抗体(←hNuc抗体とは何でしょうか?)で二重免疫染色した結果を図2Aに示す。ほぼ全てのhNuc陽性細胞(すなわち、ヒト細胞)において、β-III tubulinの発現が認められた。当該β-III tubulin陽性細胞では細胞体が肥厚して神経突起が長く伸展しており、典型的なニューロンの形態を呈していた。
よって、NF安定導入株において外来性Ngn2及びFezlの発現を誘導すると、約7日後にはほぼすべての細胞がニューロンに分化することが明らかとなった。
よって、NF安定導入株から外来性Ngn2及びFezlの発現により分化したニューロンの約80%は、錐体細胞であることが明らかとなった。
発現誘導から7日後のNF安定導入株に対し、全細胞パッチクランプ法を用いてニューロンとしての機能的な成熟度を解析した。典型的な測定結果を図3Aに示す。測定した全ての細胞において、Na/K電流及び活動電位が観察されたが、シナプス電流は観察されなかった。よって、発現誘導から7日後のNF安定導入株では、電位依存性Naチャネル及びKチャネルが発現して活動電位を生じることができるが、シナプスはまだ形成していないことがわかった。
次に、発現誘導から21日後のNF安定導入株に対して同じ解析を行った。その結果、測定したすべての細胞において、活動電位とシナプス電流が記録された(図3B)。
外来性Ngn2とFezlの発現によって多能性幹細胞から分化誘導されるニューロンのサブタイプを解析した。
(1)大脳皮質第5層及び運動野のマーカー遺伝子の発現解析
前記NF安定導入株を前記手法1に従ってmatrigel-coatedプラスチックプレート上に播種し、翌日外来性Ngn2及びFezlの発現を誘導した。発現誘導から7日後の細胞を回収してRNAを抽出し、real-time PCR法を用いて種々の遺伝子の発現量を解析した。結果を図4に示す。分化誘導した細胞(DOX+)では、分化誘導しなかったコントロール細胞(DOX不含培地で7日間培養した細胞;DOX-)と比べて、錐体細胞のマーカー遺伝子(OTX1及びCaMKII)、大脳皮質第5層のマーカー遺伝子(Ctip2、TLE4、ER81、及びSox5)、及び前頭野のマーカー遺伝子(SPGAP1、Robo1、及びPCDH17)の発現がいずれも大幅に増加していた。さらに、運動野のマーカー遺伝子(Crim1、Diap3、Igfbp4)のうち、Crim1とDiap3の発現が大幅に増加し、Igfbp4の発現も僅かながら増加していた(図3)。
さらに、発現誘導から21日後の細胞に対し、Crim1とβ-III tubulin(図5B)、及びCaMKIIとβ-III tubulin(図5C)に対する二重免疫染色を行った。図5B及び図5Cにおいて、β-III tubulin陽性細胞はいずれも肥厚した細胞体と長い神経突起を有しており、ニューロンに分化したことがわかる。そして、図5Cではβ-III tubulin陽性細胞のほぼすべてがCaMKII陽性であることから、ニューロンに分化した細胞のほぼすべてが錐体細胞であることが確認された。これに対し、図5Bでは、β-III tubulin陽性細胞の一部(約20%)がCrim1陽性であり、該二重陽性細胞の細胞体の直径はいずれも15μm以上であった(図5B)。さらに、前記Crim1陽性細胞は、Ctip2(第5層マーカー)で免疫染色した場合にもすべて陽性であった(データは非開示)。
前記上位運動ニューロンの機能的な成熟度を調べるために、下位運動ニューロンとのシナプス形成能を解析した。
<LNI安定導入株の改変>
下位運動ニューロンのリソースとして、本発明者が特許文献1において作製した“MN化因子導入-ヒト正常対照由来iPS細胞”の株化細胞を用いた。当該細胞株(本明細書では以降、LNI安定導入株と呼ぶ)は、前記NF安定発現株作製と同じ手法により、テトラサイクリン又はその誘導体に応答してLhx3、Ngn2、及びIsl1をポリシストロニックに発現する発現カセットが染色体に挿入された201B7株である。当該LNI安定導入株は、DOX処理により、約14日で機能的に成熟した下位運動ニューロンを生じることができる(特許文献1)。
このLNI安定導入株に、HB9プロモーターによって発現制御されるTdTOMATOをコードするレンチウイルスを感染させて、下位運動ニューロンに分化するとTdTOMATOの蛍光(赤色)を発するように改変した。
実施例1で作製したNF安定導入株に、CaMKIIプロモーターによって発現制御されるEGFPをコードするレンチウイルスを感染させて、錐体細胞に分化するとEGFPの蛍光(緑色)を発するように改変した。
前記レンチウイルス感染から4時間後の改変LNI安定導入株及び改変NF安定導入株を、前記手法1に従ってアストロサイトのフィーダー層上に播種した。翌日、培地をDOX含有培地に置換して、それぞれの外来遺伝子の発現を誘導した。発現誘導から2週間後に細胞を固定し(4%PFA使用)、グルタミン酸作動性ニューロンのマーカーであるvGLT1(vesicular glutamate transporter 1)に対する免疫染色を行った。vGLT1は、グルタミン酸作動性ニューロンのシナプス小胞の膜上に局在し、グルタミン酸を該小胞内に運び入れるトランスポーターである。通常、成熟したグルタミン酸作動性ニューロンの神経終末には多数のシナプス小胞が集積するため、vGLT1はシナプス部位を検出するマーカーとして汎用されている。
前記共培養系に対して蛍光顕微鏡観察を行い、赤色で視覚化された下位運動ニューロンと、緑色で視覚化され且つ細胞体の直径が15μm以上である上位運動ニューロンが接触している部位を探索した(図6A参照)。図6B及びCに、下位運動ニューロンの細胞体及び/又はその神経突起に、上位運動ニューロンの神経突起が接触している部位のイメージを示す。
図6Cは、図6Bとは別の視野において、下位運動ニューロンの神経突起に、視野の左側から伸展してきた上位運動ニューロンの神経突起が接触した部位のTdTOMATO/EGFP/vGLT1三重イメージ(左パネル)、及びTdTOMATO/vGLT1二重イメージ(中央パネル)である。右パネルは、左パネルにおいて四角で囲んだ領域(接触部)を拡大した三重イメージで、上位運動ニューロンの神経突起(緑色)のうち、下位運動ニューロンと接触している先端部分にvGLT1のドット状シグナル(青色)が集積していることがわかる。
ALS患者由来iPS細胞から本発明に係る方法で上位運動ニューロンを製造して、当該ニューロンの性質を解析した。
<ALS-iPSC NF安定導入株の作製と分化誘導>
TDP-43遺伝子にG298S変異を有する家族性ALS患者の体細胞から本発明者が樹立したiPS細胞株(非特許文献12参照、本明細書では以降、“ALS-iPSC”と呼ぶ)に、実施例1と同じ手法を用いて、前記NF発現カセットが染色体に挿入された安定導入株(以降、ALS-iPSC NF安定導入株と呼ぶ)を作製した。
前記ALS-iPSC NF安定発現株を前記手法1に従ってアストロサイトのフィーダー層上に播種し、翌日外来性Ngn2及びFezlの発現を誘導した。なお、コントロールとして、実施例1で201B7株から作製したNF安定発現株を用いた。
これまで、ALSモデル動物及び家族性ALS患者由来iPS細胞から分化誘導された下位運動ニューロンを用いた解析により、ALSを発症する下位運動ニューロンに特徴的な異常(病態)が複数報告されている。そのうち、本来核タンパクであるTDP-43タンパクの細胞質への移行と凝集化は、孤発性ALS患者の剖検組織でも頻繁に観察されることから、家族性・孤発性を問わずALSの発症機序に深く関わると考えられている(参照:Scotter E.L., et al, Neurotherapeutics, 12:352-363, 2015)。また、神経突起の伸展不良は、変性し易い(脆弱な)ニューロンに広く認められる特徴である。
そこで、前記ALS-iPSC NF安定発現株から得られる上位運動ニューロンについて、これらの病的性質の有無を解析した。
発現誘導から28日後の細胞に対し、TDP-43に対する抗体及びSMI-32抗体を用いた二重免疫染色を行った(図7A)。コントロールから分化誘導された上位運動ニューロン(以降、Control-UMNと呼ぶ)では、TDP-43(緑色)とSMI-32(赤色)のシグナルがマージした領域(黄色)はほとんど観察されないが(図7Aの左パネル)、ALS-iPSC NF安定発現株から分化誘導された上位運動ニューロン(以降、ALS-UMNと呼ぶ)では、黄色の領域を有する細胞が多数観察された(図7Aの右パネル)。さらに、DAPI核染色との三重イメージでは(図7B)、Control-UMNでは核内にのみTDP-43のドット状シグナルが観察されたのに対し(図7B、左パネル)、ALS-UMNでは核内だけでなく細胞質にも複数のTDP-43ドット状シグナルが観察された(図7B、右パネル)。
よって、前記家族性ALS患者由来iPSCから外来性Ngn2及びFezlの発現によって分化した上位運動ニューロンでは、自発的にTDP-43タンパクが細胞質に移行して凝集化することが示された。
突起進展の様子を生きたまま観察できるように、前記ALS-iPSC NF安定発現株に、CaMKIIプロモーターによって発現制御されるEGFPをコードするレンチウイルス(実施例2で使用したものと同じ)を感染させて、錐体細胞に分化するとEGFPの蛍光(緑色)を発するように改変した。
前記手法1に従ってアストロサイトのフィーダー層上に播種し、翌日に外来性Ngn2及びFezlの発現を誘導して蛍光顕微鏡観察を行った。すると、発現誘導から14日目以降に、細胞体の直径が15μm以上の錐体細胞において、神経突起の先端(すなわち、成長円錐)が縮小して突起伸展が停止する現象が頻繁に観察された(図8、右パネル中の矢印)。これに対し、前記コントロールから分化誘導されたニューロンでは、28日後まで解析しても突起の伸展停止は観察されなかった(図8、左パネル)。さらに、上記異常が認められた錐体細胞では、大脳皮質第5層のマーカー遺伝子の発現が確認された。
よって、前記家族性ALS患者由来iPSCから外来性Ngn2及びFezlの発現によって分化した上位運動ニューロンは、神経突起を伸展させる能力が低いことがわかった。
実施例3で作製したALSモデル上位運動ニューロンにおいて、特異的に発現量が変化する遺伝子を探索した。
前記ALS-iPSC NF安定導入株及びコントロールNF安定導入株を実施例3と同じ方法を用いて分化誘導し、28日後に上位運動ニューロンに分化した細胞を選んでシングルセルRNA-sequencing法を行った(Illimina社のHiSeq 2500 Sequencing Systemを用いて、100-cycle Single-Read modeで解析)。当該ALS-UMN及びControl-UMN間で遺伝子発現パターンを比較した結果、ALS-UMNでは発現が検出されない遺伝子として、GPR50(Official symbol:G protein-coupled receptor 50、NM_004224)が見出された(図8)。GPR50は、Gタンパク質共役受容体の一種で、これまで大鬱病性障害や双極性障害等の精神疾患と遺伝的相関が報告されているが(Thomson PA., et al, Mol. Psychiatry, 10:470-478, 2005)、運動ニューロン疾患との関わりを示唆する知見はない。図8に示されるように、Control-UMNでは解析した細胞の約80%においてGPR50の強いシグナルが検出されたのに対し、ALS-UMNでは解析した細胞すべてにおいてGPR50のシグナルは検出されなかった。
よって、GPR50の発現消失は、ALSのマーカーとなり得ることが示された。
本発明に係る多能性幹細胞は、当該外来性遺伝子の発現を誘導するだけで機能的な上位運動ニューロンへと変換され、下位運動ニューロンと神経結合を形成し得る細胞である。よって、本発明に係る上位運動ニューロンモデルと皮質脊髄路モデルの普及により、ALSを含む上位運動ニューロン疾患の治療方法と治療薬の研究が大幅に加速されることが期待される。
Claims (13)
- 多能性幹細胞に外来性のNgn2及びFezlを発現させて培養する工程を含む、多能性幹細胞から上位運動ニューロンを製造する方法であって、
前記多能性幹細胞が人工多能性幹細胞であり、
前記上位運動ニューロンがCtip2を発現するものである、方法。 - 前記外来性のNgn2及びFezlを薬剤応答性プロモーターで発現させる、請求項1に記載の方法。
- 前記外来性のNgn2及びFezlを2A配列を用いてポリシストロニックに発現させる、請求項1又は2に記載の方法。
- 前記培養期間が21日間以上である、請求項1~3のいずれかに記載の方法。
- Ngn2をコードする外来性核酸及びFezlをコードする外来性核酸を染色体内に含む多能性幹細胞。
- 前記Ngn2をコードする外来性核酸及びFezlをコードする外来性核酸が、薬剤応答性プロモーターに機能的に接合された核酸である、請求項5に記載の多能性幹細胞。
- 前記Ngn2をコードする外来性核酸及びFezlをコードする外来性核酸が、2A配列を介して連結されている、請求項5又は6に記載の多能性幹細胞。
- 前記多能性幹細胞が、ヒト由来人工多能性幹細胞である、請求項5~7のいずれかに記載の多能性幹細胞。
- 前記ヒトが、筋萎縮性側索硬化症患者である、請求項8に記載のヒト由来人工多能性幹細胞。
- 請求項1に記載された方法で製造された上位運動ニューロンをシナプス前細胞、下位運動ニューロンをシナプス後細胞とするシナプス結合を含む培養物。
- 前記下位運動ニューロンが、多能性幹細胞から製造された下位運動ニューロンである、請求項10に記載の培養物。
- 前記下位運動ニューロンが、多能性幹細胞に外来性のLhx3、Ngn2、及びIsl1を発現させて製造された下位運動ニューロンである、請求項11に記載の培養物。
- 下記工程を含む、筋萎縮性側索硬化症の予防又は治療薬のスクリーニング方法;
(1)家族性ALS患者由来人工多能性幹細胞に外来性のNgn2及びFezlを発現させて培養して、該多能性幹細胞から上位運動ニューロンを製造する工程、ここで、前記上位運動ニューロンはCtip2を発現するものである、
(2)(1)で得られた上位運動ニューロンを、被験物質と接触させる工程、
(3)(2)で被験物質と接触させた上位運動ニューロン、及び接触させなかった上位運動ニューロン(すなわち、対照細胞)を培養し、神経突起長、凝集化したTDP-43タンパク量、又はGPR50の発現量を測定する工程、
(4)前記被験物質と接触させた上位運動ニューロンの神経突起長もしくはGPR50の発現量が対照細胞の該値よりも高値である被験物質、又は、前記被験物質と接触させた上位運動ニューロンにおける凝集化したTDP-43タンパク量が対照細胞の該値よりも低値である被験物質を、筋萎縮性側索硬化症の予防又は治療薬として選択する工程。
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