以下、添付図面を参照しながら本発明の実施形態について説明する。
図1は、車両の概略構成図である。車両は動力源としてエンジン1を備える。エンジン1の動力は、パワートレインPTを構成するトルクコンバータ2、第1ギヤ列3、変速機4、第2ギヤ列5及び差動装置6を介して、駆動輪7へと伝達される。第2ギヤ列5には駐車時に変速機4の出力軸を機械的に回転不能にロックするパーキング機構8が設けられる。
トルクコンバータ2は、ロックアップクラッチ2aを備える。ロックアップクラッチ2aが締結されると、トルクコンバータ2における滑りがなくなり、トルクコンバータ2の伝達効率が向上する。以下では、ロックアップクラッチ2aをLUクラッチ2aと称す。
変速機4は、バリエータ20を備える無段変速機である。バリエータ20は、プライマリプーリであるプーリ21と、セカンダリプーリであるプーリ22と、プーリ21、22の間に掛け回されるベルト23とを備える無段変速機構である。プーリ21は主動側回転要素を構成し、プーリ22は従動側回転要素を構成する。
プーリ21、22それぞれは、固定円錐板と、固定円錐板に対してシーブ面を対向させた状態で配置され固定円錐板との間にV溝を形成する可動円錐板と、可動円錐板の背面に設けられて可動円錐板を軸方向に変位させる油圧シリンダとを備える。プーリ21は油圧シリンダとして油圧シリンダ23aを備え、プーリ22は油圧シリンダとして油圧シリンダ23bを備える。
油圧シリンダ23a、23bに供給される油圧を調整すると、V溝の幅が変化してベルト23と各プーリ21、22との接触半径が変化し、バリエータ20の変速比Ratioが無段階に変化する。バリエータ20は、トロイダル型の無段変速機構であってもよい。
変速機4は、副変速機構30をさらに備える。副変速機構30は、前進2段・後進1段の変速機構であり、前進用変速段として、1速と、1速よりも変速比の小さな2速を有する。副変速機構30は、エンジン1から駆動輪7に至るまでの動力伝達経路において、バリエータ20と直列に設けられる。
副変速機構30は、この例のようにバリエータ20の出力軸に直接接続されていてもよいし、その他の変速ないしギヤ列等の動力伝達機構を介して接続されていてもよい。あるいは、副変速機構30はバリエータ20の入力軸側に接続されていてもよい。
車両にはさらに、エンジン1の動力の一部を利用して駆動されるオイルポンプ10と、オイルポンプ10がオイル供給によって発生させる油圧を調整して変速機4の各部位に供給する油圧制御回路11と、油圧制御回路11を制御する変速機コントローラ12とが設けられる。
油圧制御回路11は複数の流路、複数の油圧制御弁で構成される。油圧制御回路11は、変速機コントローラ12からの変速制御信号に基づき、複数の油圧制御弁を制御して油圧供給経路を切り換える。また、油圧制御回路11は、オイルポンプ10がオイル供給によって発生させる油圧から必要な油圧を調整し、調整した油圧を変速機4の各部位に供給する。これにより、バリエータ20の変速、副変速機構30の変速段の変更、LUクラッチ2aの締結・解放が行われる。
図2は、変速機コントローラ12の概略構成図である。変速機コントローラ12は、CPU121と、RAM・ROMからなる記憶装置122と、入力インターフェース123と、出力インターフェース124と、これらを相互に接続するバス125とを有して構成される。
入力インターフェース123には例えば、アクセルペダルの操作量を表すアクセル開度APOを検出するアクセル開度センサ41の出力信号、変速機4の入力側回転速度を検出する回転速度センサ42の出力信号、プーリ22の回転速度Nsecを検出する回転速度センサ43の出力信号、変速機4の出力側回転速度を検出する回転速度センサ44の出力信号が入力される。
変速機4の入力側回転速度は具体的には、変速機4の入力軸であるドライブシャフトの回転速度、したがってプーリ21の回転速度Npriである。変速機4の出力側回転速度は具体的には、変速機4の出力軸の回転速度、したがって副変速機構30の出力軸の回転速度である。変速機4の入力側回転速度は、例えばトルクコンバータ2のタービン回転速度など、変速機4との間にギヤ列等を挟んだ位置の回転速度であってもよい。変速機4の出力側回転速度についても同様である。
入力インターフェース123にはさらに、車速VSPを検出する車速センサ45の出力信号、変速機4の油温TMPを検出する油温センサ46の出力信号、セレクトレバーの位置を検出するインヒビタスイッチ47の出力信号、エンジン1の回転速度Neを検出する回転速度センサ48の出力信号、変速機4の変速範囲を1よりも小さい変速比に拡大するためのODスイッチ49の出力信号、LUクラッチ2aへの供給油圧を検出する油圧センサ50の出力信号などが入力される。入力インターフェース123には、エンジン1が備えるエンジンコントローラ51から、エンジントルクTeのトルク信号も入力される。
記憶装置122には、変速機4の変速制御プログラム、変速制御プログラムで用いる各種マップ等が格納されている。CPU121は、記憶装置122に格納されている変速制御プログラムを読み出して実行し、入力インターフェース123を介して入力される各種信号に基づき変速制御信号を生成する。また、CPU121は、生成した変速制御信号を出力インターフェース124を介して油圧制御回路11に出力する。CPU121が演算処理で使用する各種値、CPU121の演算結果は記憶装置122に適宜格納される。
ところで、変速機4では、パワートレインPTの共振周波数でドライブシャフトのねじり振動が発生する。このため、後述する変速比制御系100において進み補償を行うことでねじり振動を低減することが考えられる。しかしながら、進み補償を行うと高周波でゲインが高くなり、変速比制御系100の安定性を確保できなくなることが懸念される。
このため、変速機コントローラ12は、以下で説明するように変速制御を行う。以下では、変速機4の変速比としてバリエータ20の変速比Ratioを用いて説明する。変速比Ratioは、後述する実変速比Ratio_A、目標変速比Ratio_D及び到達変速比Ratio_Tを含むバリエータ20の変速比の総称であり、これらのうち少なくともいずれかであることを含む。プーリ21への供給油圧であるプライマリ圧Ppri、プーリ22への供給油圧であるセカンダリ圧Psecについても同様である。変速機4の変速比は、バリエータ20及び副変速機構30全体の変速比であるスルー変速比とされてもよい。以下では、変速機コントローラ12を単にコントローラ12と称す。
図3は、変速比制御系100の要部を示すブロック図の一例を示す図である。変速比制御系100は、実変速制御値が目標変速制御値になるように変速機4の変速比制御を行う。変速比制御系100は、コントローラ12、アクチュエータ111、アクチュエータ112、バリエータ20を有して構成される。
コントローラ12は、油圧制御FF制御部131、変速制御FB制御部132、位相進み補償器133、作動領域判定部134、スイッチ部135、フィルタ部136、フィルタ部137を有する。FFはフィードフォワードの略で、FBはフィードバックの略である。
油圧制御FF制御部131と変速制御FB制御部132とには、バリエータ20の到達変速比Ratio_Tが入力される。到達変速比Ratio_Tは、変速比Ratioを変速制御値とした最終目標変速制御値であり、変速マップで車両の運転状態に応じて予め設定されている。車両の運転状態は例えば、車速VSP及びアクセル開度APOである。
油圧制御FF制御部131は、到達変速比Ratio_Tに基づき、セカンダリ圧PsecをFF制御するための指示圧Psec_Dを算出する。指示圧Psec_Dは、ベルト23の挟持力を確保するように設定される。油圧制御FF制御部131は、算出した指示圧Psec_Dを変速制御FB制御部132に出力する。
変速制御FB制御部132は、バリエータ20の実変速比Ratio_A、到達変速比Ratio_T、指示圧Psec_Dに基づき、プライマリ圧PpriをFB制御するための指示圧Ppri_Dを算出する。指示圧Ppri_Dは、プライマリ圧Ppriの実圧Ppri_Aが到達プライマリ圧Ppri_Tになるまでの過渡的な目標プライマリ圧として設定される。到達プライマリ圧Ppri_Tは、到達変速比Ratio_Tに対応するプライマリ圧Ppriである。変速制御FB制御部132は、算出した指示圧Ppri_Dを位相進み補償器133及びスイッチ部135に出力する。
位相進み補償器133は、指示圧Ppri_Dの位相進み補償を行う。位相進み補償器133は例えば、時定数C(s)のフィルタで構成することができる。位相進み補償器133によって位相進み補償が行われた指示圧Ppri_Dは、後述するフィルタ部137を介してスイッチ部135に入力される。位相進み補償器133は、変速比制御系100において進み補償を行う進み補償器を構成する。
作動領域判定部134は、動作点Mが進み補償領域Rにあるか否かを判定し、判定結果をスイッチ部135に出力する。
図4は、進み補償領域Rの説明図である。図4では、複数の動作点Mで動作点Mの分布を示す。進み補償領域Rは、回転速度Npri及びプーリ22への入力トルクTsecに応じて設定される。入力トルクTsecは例えば、エンジン1及びプーリ22間に設定された変速比、したがって本実施形態では第1ギヤ列3のギヤ比及びバリエータ20の変速比RatioをエンジントルクTeに乗じた値として算出することができる。
進み補償領域Rは、入力トルクTsecが所定トルクTsec1よりも小さい領域R1を含む。進み補償領域Rは、入力トルクTsecが所定トルクTsec1以上、且つ回転速度Npriが所定回転速度Npri1以上の領域R2をさらに含む。
所定回転速度Npri1は、入力トルクTsecが大きくなるほど大きくなるように設定される。所定回転速度Npri1は、境界Bを規定するように設定される。境界Bは、入力トルクTsecに比例して回転速度Npriが増加する直線とされる。
所定トルクTsec1、所定回転速度Npri1は、ねじり振動が発生する入力トルクTsec及び回転速度Npriを規定するための値であり、実験等により予め設定することができる。進み補償領域Rは、コースト走行時にロードロードすなわち道路負荷に見合う開度でアクセルペダルが踏み込まれた場合の動作点Mを含む。動作点Mは、エンジン1のアイドル回転速度に対応する回転速度Npriよりも低い領域には分布しない。
境界Bで進み補償領域Rと区分された領域は、跳ね返り領域RXである。跳ね返り領域RXについては後述する。
ところで、このような進み補償領域Rは、変速比Ratioが所定変速比Ratio1よりも大きい場合、換言すれば、変速比Ratioが所定変速比Ratio1よりもLowである場合に対して設定される。所定変速比Ratio1は、前後振動が発生する変速比を規定するための値であり、例えば1である。所定変速比Ratio1は、実験等により予め設定することができる。
進み補償領域Rはさらに、変速比Ratioの変化率αが所定値α1よりも小さい場合に対して設定される。所定値α1は、ねじり振動が発生する変速比Ratioの変化率を規定するための値であり、具体的には変速比Ratioが定常状態であるか否かを判定する判定値として設定される。所定値α1は、実験等により予め設定することができる。
進み補償領域RはさらにLUクラッチ2aが締結されている場合に対して設定される。
本実施形態では、進み補償領域Rそのものがさらに変速比Ratio、変化率α及びLUクラッチ2aの締結状態に応じて設定されるかたちで、進み補償領域Rがさらにこれらに応じて設定される。動作点Mについても同様である。
このため、作動領域判定部134は、動作点Mが進み補償領域Rにあるか否かを判定することで、これらについての判定も併せて行う。
図5は、コントローラ12が行う作動領域判定処理の一例をフローチャートで示す図である。本フローチャートの処理は具体的には、作動領域判定部134によって行われる。
ステップS1で、コントローラ12は、入力トルクTsecが所定トルクTsec1よりも小さいか否かを判定する。ステップS1で否定判定であれば、処理はステップS2に進む。
ステップS2で、コントローラ12は、回転速度Npriが、所定回転速度Npri1よりも大きいか否かを判定する。ステップS2で肯定判定であれば、処理はステップS3に進む。ステップS1で肯定判定の場合も、処理はステップS3に進む。
ステップS3で、コントローラ12は、変速比Ratioが所定変速比Ratio1よりも大きいか否かを判定する。作動領域判定部134は具体的には、実変速比Ratio_Aまたは目標変速比Ratio_Dが、所定変速比Ratio1よりも大きいか否かを判定する。
変速比Ratioが所定変速比Ratio1よりも大きいか否かは例えば、ODスイッチ49がOFFであるか否かで判定することができる。実変速比Ratio_A及び目標変速比Ratio_Dは、演算値であってもよい。ステップS3で肯定判定であれば、処理はステップS4に進む。
ステップS4で、コントローラ12は、変化率αが所定値α1よりも小さいか否かを判定する。変化率αが所定値α1よりも小さいか否かは例えば、インヒビタスイッチ47の出力に基づき、セレクトレバーでマニュアルレンジが選択されているか否かなど、ドライバ操作によって変速比Ratioが固定される状態であるか否かで判定することができる。ステップS4で肯定判定であれば、処理はステップS5に進む。
ステップS5で、コントローラ12は、LUクラッチ2aが締結されているか否かを判定する。LUクラッチ2aが締結されているか否かは例えば、油圧センサ50の出力に基づき判定することができる。
ステップS5で肯定判定であれば、処理はステップS6に進み、コントローラ12は、動作点Mが進み補償領域Rにある、と判定する。
ステップS5で否定判定であれば、処理はステップS7に進み、コントローラ12は、動作点Mが進み補償領域Rにない、と判定する。ステップS2からステップS4で否定判定の場合も同様である。
ステップS7では、換言すれば、動作点Mが跳ね返り領域RXにあると判定される。跳ね返り領域RXでは、指示圧Ppri_D2を指示圧Ppri_Dとして設定すると、指示圧Ppri_Dが振動する結果、実圧Ppri_Aの振動が引き起こされることになる。
このため、動作点Mが進み補償領域Rにない場合に、指示圧Ppri_D1を指示圧Ppri_Dとして設定することで、変速比Ratioの安定性、換言すれば、ねじり振動の制振性が不要に高められることが防止されるだけでなく、実圧Ppri_Aの振動が発生することも防止される。
図3に戻り、スイッチ部135は、作動領域判定部134の判定結果に応じて、変速制御FB制御部132によって当初算出された指示圧Ppri_Dである指示圧Ppri_D1と、位相進み補償器133によって位相進み補償が行われた指示圧Ppri_Dである指示圧Ppri_D2のいずれかを指示圧Ppri_Dとして選択する。
スイッチ部135は、動作点Mが跳ね返り領域RXにある場合、したがって動作点Mが進み補償領域Rにない場合、指示圧Ppri_D1を指示圧Ppri_Dとして選択する。
スイッチ部135は、動作点Mが進み補償領域Rにある場合に、指示圧Ppri_D2を指示圧Ppri_Dとして選択する。
スイッチ部135は作動領域判定部134とともに、回転速度Npri、入力トルクTsec、変速比Ratio、及び変化率αに応じて、指示圧Ppri_D2を指示圧Ppri_Dとして設定する設定部139を構成する。
アクチュエータ111はプライマリ圧Ppriを制御し、アクチュエータ112はセカンダリ圧Psecを制御する。アクチュエータ111、アクチュエータ112は具体的にはともに、油圧制御弁であり、油圧制御回路11に設けられる。
アクチュエータ111には、スイッチ部135から選択後の指示圧Ppri_Dが入力され、アクチュエータ112には、油圧制御FF制御部131から指示圧Psec_Dが入力される。アクチュエータ111は、プライマリ圧Ppriの実圧Ppri_Aが指示圧Ppri_Dになるようにプライマリ圧Ppriを制御し、アクチュエータ112は、セカンダリ圧Psecの実圧Psec_Aが指示圧Psec_Dになるようにセカンダリ圧Psecを制御する。実圧Ppri_Aは実変速制御値を、指示圧Ppri_Dは目標変速制御値を構成する。
指示圧Ppri_Dに応じた実圧Ppri_Aはアクチュエータ111からバリエータ20に、指示圧Psec_Dに応じた実圧Psec_Aはアクチュエータ112からバリエータ20に、それぞれ入力される。結果、実変速比Ratio_Aが目標変速比Ratio_Dになるように変速比Ratioが制御される。実変速制御値及び目標変速制御値は、変速比Ratioを変速制御値とする実変速比Ratio_A及び目標変速比Ratio_Dで構成されてもよい。
ベルト23の挟持力は、実圧Psec_Aによって確保される。このため、エンジントルクTeに応じたプーリ21への入力トルクTpriがバリエータ20に入力されても、ベルト23の滑りは発生しない。
実変速比Ratio_Aは、エンジン1に入力される。また、実変速比Ratio_Aは、フィルタ部136を介して変速制御FB制御部132に入力される。実変速比Ratio_Aには、回転速度センサ42、回転速度センサ43の出力に基づき、コントローラ12で算出したものを適用することができる。
フィルタ部136は、実変速比Ratio_Aのフィルタ処理を行う。フィルタ部136は、高次のローパスフィルタを構成する。フィルタ部136は例えば、複数の1次のローパスフィルタを有した構成とすることができる。
フィルタ部137は、変速比制御系100において安定性を調整するフィルタリングを行う。フィルタ部137は具体的には、ノッチフィルタで構成され、さらに具体的には次の数1に示す双2次の伝達関数で表されるフィルタで構成される。
[数1]
F(s)=ωd 2/ωn 2・(s2+2ζnωns+ωn 2)/(s2+2ζdωds+ωd 2)
「s」はラプラス変数、「ω」は角周波数、「ζ」は減衰比である。添字の「d」は極を示し、添字の「n」は零点を示す。
数1に示すフィルタ部137の伝達関数、換言すれば、上記フィリタリングの伝達関数には、次に説明する第1の設定を適用することができる。第1の設定では、「ωn」は、発散周波数Fdの角周波数又は当該角周波数の近傍の値に設定され、「ωd」は、「ωn」以下の値に設定される。発散周波数Fdは、フィルタ部137の発散周波数であり、変速比制御系100の一巡伝達関数のボード線図において、位相が−180°のときの周波数とされる。発散周波数Fdは、例えば8Hzである。
図6は、第1の設定を適用したフィルタ部137のボード線図の一例を示す図である。図6では、上述の設定に基づき、ωn=50、ωd=48.3、ζn=0.17、ζd=0.22とした場合を実線で示す。破線、一点鎖線については後述する。振動周波数Fv1、振動周波数Fv2はともに、ドライブシャフトのねじり振動の振動周波数Fvである。振動周波数Fv1は例えば4Hzであり、パワートレインPTの共振周波数に対応する。振動周波数Fv2は、振動周波数Fv1よりも発散周波数Fdに近い振動周波数Fvであり、例えば5Hzである。振動周波数Fvは例えば、回転速度センサ42の出力信号に基づき検出することができる。
第1の設定では、「ωd」を「ωn」以下の値に設定することで、振動周波数Fv1の位相に与える影響を小さくしつつ、発散周波数Fdのゲインを低下させることができる。これにより、発散周波数Fdのゲインを下げるとともに振動周波数Fv1の位相を維持するようにして、変速比制御系100の安定性を調整するフィルタリングを行える。
第1の設定では、「ωn」を発散周波数Fdの角周波数又は当該角周波数近傍の値に設定することで、零点の周波数が発散周波数Fdになるように、フィルタ部137の伝達関数が設定される。これにより、発散周波数Fd又は発散周波数Fd近傍でゲインが最も下がるようにすることができる。
ところで、変速機4では、変速比Ratioが大きいほど、つまりLowであるほど、ねじり振動は大きくなる傾向がある。また、例えばコースト走行時など、変速機4の入力トルクが小さいほど、ねじり振動は大きくなる傾向がある。変速比Ratioは具体的には、実変速比Ratio_Aである。変速比Ratioは、目標変速比Ratio_Dとされてもよい。変速機4の入力トルクは具体的には、トルク伝達方向が入力側から出力側となる場合に正とされ、出力側から入力側となる場合に負とされるトルクである。変速機4の入力トルクは、入力トルクTpriや入力トルクTsecに応じたねじり振動の変化傾向を把握することを条件に入力トルクTpriや入力トルクTsecとされてもよい。
これらの場合、ねじり振動を抑制するために位相進み補償の進み量を大きくしたいところ、進み量を大きくすると高周波でゲインが高くなる。このため、進み量を大きくしつつ安定性を確保するには、発散周波数Fdのゲインをさらに下げる必要がある。
このような事情に鑑み、第1の設定ではさらに、発散周波数Fdの要求ゲイン低減量が大きいほど、ζn/ζdが小さくなるように、「ζn」、「ζd」が設定される。例えば、振動周波数Fv1で進み量を25°から30°に変化させる場合、このような設定に従って、ζn=0.11、ζd=0.16とする。
この場合、破線で示すように、発散周波数Fdのゲインをさらに下げることができる。したがって、変速比Ratio、入力トルクに応じて発散周波数Fdの要求ゲイン低減量を可変にすれば、変速比Ratio、変速機4の入力トルクに応じて「ζn」、「ζd」を適切に設定することができる。このためには、次のように要求ゲイン低減量を設定することができる。
図7は、変速比Ratioに応じた発散周波数Fdの要求ゲイン低減量の設定例を示す図である。図7に示すように、発散周波数Fdの要求ゲイン低減量は、変速比Ratioに応じて可変とされる。具体的には、変速比Ratioが大きいほど、発散周波数Fdの要求ゲイン低減量は大きくされる。
したがって、このような設定によれば、変速比Ratioが大きいほど、ζn/ζdが小さくなるように「ζn」、「ζd」が設定される。結果、変速比Ratioが大きいほど、発散周波数Fdのゲイン低減量を大きくするかたちで、変速比Ratioに応じて、発散周波数Fdのゲイン低減量を可変とすることができる。なお、変速比Ratioと発散周波数Fdの実際のゲイン低減量との関係も、図7に示す関係と同様である。つまり、フィルタ部137のフィルタ特性も、図7に示す関係と同様である。このことは、以下で説明する図8、図9についても同様である。
図8は、変速機4の入力トルクに応じた発散周波数Fdの要求ゲイン低減量の設定例を示す図である。図8に示すように、発散周波数Fdの要求ゲイン低減量は、変速機4の入力トルクに応じて可変とされる。具体的には、変速機4の入力トルクが小さいほど、発散周波数Fdのゲイン低減量は大きくされる。
したがって、このような設定によれば、変速機4の入力トルクが小さいほど、ζn/ζdが小さくなるように「ζn」、「ζd」が設定される。結果、変速機4の入力トルクが小さいほど、発散周波数Fdのゲイン低減量を大きくするかたちで、変速機4の入力トルクに応じて、発散周波数Fdのゲイン低減量を可変とすることができる。
これらにより、変速比Ratio、変速機4の入力トルクに応じて進み量を可変にして進み量を大きくした場合であっても、安定性を確保することができる。
図6に戻り、振動周波数Fvが振動周波数Fv1から振動周波数Fv2になった場合、実線で示される特性のままだと、振動周波数Fv2で位相の遅れが発生することになる。このような遅れは、振動周波数Fvが高くなって発散周波数Fdと近くなるほど大きくなる。
これに対し、振動周波数Fvが振動周波数Fv1から振動周波数Fv2になった場合に、ζn=0.11、ζd=0.14とすると、一点鎖線で示すように、ゲインの減衰度合いを急峻にして、振動周波数Fvの位相に与える影響を抑制することができる。このため、第1の設定では、「ζn」、「ζd」はさらに、振動周波数Fvが高くなって発散周波数Fdと近くなるほど、ゲインの減衰度合いが急峻になるように設定される。
図9は、ゲインの要求減衰度合いの設定例を示す図である。図9に示すように、振動周波数Fvが高くなって発散周波数Fdと近くなるほど、発散周波数Fdから振動周波数Fvを引いて得られる振動周波数Fv及び発散周波数Fdの差分は小さくなる。そして、差分が小さくなるほど、ゲインの要求減衰度合いは急峻とされる。
したがって、このように設定されたゲインの要求減衰度合いに応じて「ζn」、「ζd」を設定すれば、振動周波数Fvが高くなって発散周波数Fdと近くなるほど、ゲインの減衰度合いが急峻になるように、フィルタリングを行うことができる。ゲインの減衰度合い、要求減速度合いは、振動周波数Fv、発散周波数Fd間における最大値とすることができる。ゲインの要求減衰度合いに応じた「ζn」、「ζd」は、実験等により予め設定することができる。
フィルタ部137の伝達関数には、次に説明する第2の設定を適用することもできる。
図10は、変速比制御系100の一巡伝達関数のボード線図を示す図である。図11は、第2の設定を適用したフィルタ部137のボード線図の一例を示す図である。図10において、実線は本実施形態の場合を示し、破線は比較例の場合を示す。比較例は、位相進み補償を行う一方、安定性確保のためのフィルタリングを行わない場合を示す。
比較例の場合、一巡伝達関数のボード線図は、図10に破線で示す通りとなる。このとき、ωn=62.8、ωd=69.1、ζn=0.2、ζd=0.25とすると、フィルタ部137のボード線図は、図11に示す通りとなる。このため、このような設定によれば、発散周波数Fdの位相を進めることで、発散周波数Fdの位相をずらすことができる。結果、本実施形態の場合、一巡伝達関数のボード線図は、図10に実線で示す通りとなる。
したがって、このような設定によれば、発散周波数Fdの位相をゲインが低い周波数にずらすとともに振動周波数Fv1の位相を維持するようにして、フィルタリングを行うことができる。
次に、本実施形態の主な作用効果について説明する。
本実施形態では、車両に搭載される変速機4の制御方法であって、変速機4の変速比制御系100において位相進み補償を行うことと、変速比制御系100において安定性を調整するフィルタリングを行うことと、を含む変速機4の制御方法が実現される。
このような方法によれば、変速比制御系100において位相進み補償を行うことで、高周波でゲインが高くなり安定性が低下する結果、十分な安定余裕が確保できなくなることを改善できる。したがって、変速比制御系100において位相進み補償を行っても、変速比制御系100が不安定になることを改善できる。
図12Aから図12Cは、ドライブシャフトトルクの比較図である。図12Aは、第1の比較例の場合を示し、図12Bは、第2の比較例の場合を示し、図12Cは、本実施形態の場合を示す。第1の比較例は、位相進み補償及び安定性確保のためのフィルタリングを行わない場合を示す。第2の比較例は、位相進み補償を行う一方、安定性確保のためのフィルタリングを行わない場合を示す。
位相進み補償及び安定性確保のためのフィルタリングを行わない場合、パワートレインPTの共振周波数で、図12Aに示すようにドライブシャフトのねじり振動が発生する。位相進み補償を行う一方、安定性確保のためのフィルタリングを行わない場合、図12Aに示すねじり振動は低減される。しかしながら、制御が不安定になる結果、図12Bに示すように、制御発散による振動が発生する場合がある。本実施形態の場合、位相進み補償及び安定性確保のためのフィルタリングを行うので、図12Cに示すように、ねじり振動も制御発散による振動も抑制することができる。
変速機4の制御方法は、前述の第1の設定で説明したように、発散周波数Fdのゲインを下げるとともに振動周波数Fvの位相を維持するようにして、フィルタリングを行う方法とすることができる。このような方法によれば、ねじり振動の振動低減効果を保持しつつ、安定性を向上させることができる。
変速機4の制御方法は、変速比Ratioに応じて、発散周波数Fdのゲイン低減量を可変にすること、をさらに含む。このような方法によれば、変速比Ratioが大きいほど、つまりLowであるほど、位相進み補償の進み量を大きくしても、発散周波数Fdのゲインをさらに下げることができるので、安定性を確保することができる。
変速機4の制御方法は、変速機4の入力トルクに応じて、発散周波数Fdのゲイン低減量を可変にすること、をさらに含む。このような方法によれば、変速機4の入力トルクが小さいほど、位相進み補償の進み量を大きくしても、発散周波数Fdのゲインをさらに下げることができるので、安定性を確保することができる。
変速機4の制御方法は、零点の周波数が発散周波数Fdになるように、フィルタリングの伝達関数を設定することをさらに含む。このような方法によれば、ゲインを低下させたい発散周波数Fd又は発散周波数Fd近傍でゲインを最も低下させることができる。
変速機4の制御方法は、振動周波数Fvが高くなって発散周波数Fdと近くなるほど、ゲインの減衰度合いを急峻にして、フィルタリングを行うこと、をさらに含む。このような方法によれば、位相に影響を与えたくない振動周波数Fvが高くなった場合でも、その周波数での位相遅れを小さくすることができる。
変速機4の制御方法は、前述の第2の設定で説明したように、発散周波数Fdの位相をゲインが低い周波数にずらすとともに振動周波数Fvの位相を維持するようにして、フィルタリングを行う方法とされてもよい。このような方法でも、ねじり振動の振動低減効果を保持しつつ、安定性を向上させることができる。このような方法は、少なくとも振動周波数Fv1を維持するようにして行うことができる。
以上、本発明の実施形態について説明したが、上記実施形態は本発明の適用例の一部を示したに過ぎず、本発明の技術的範囲を上記実施形態の具体的構成に限定する趣旨ではない。
上述した実施形態では、位相進み補償器133からフィルタ部137を介してスイッチ部135に指示圧Ppri_Dを入力するようにフィルタ部137を設けた場合について説明した。しかしながら、フィルタ部137は例えば、フィルタ部137を介して位相進み補償器133に指示圧Ppri_Dを入力するように設けられてもよい。
上述した実施形態では、フィルタ部137を含むコントローラ12で変速機4の制御方法が実現される場合について説明した。しかしながら、変速機4の制御方法は例えば、複数のコントローラで実現されてもよい。