次に、本発明の実施形態について、適宜図面を参照しながら詳細に説明する。
図1に示すように、車両用ブレーキ液圧制御装置100は、車両CRの各車輪Tに付与する制動力を適宜制御する装置である。車両用ブレーキ液圧制御装置100は、液圧路や各種部品が設けられる液圧ユニット10と、液圧ユニット10内の各種部品を適宜制御するための車両用制御装置の一例としての制御部20とを主に備えている。
各車輪Tには、それぞれ車輪ブレーキFL,RR,RL,FRが備えられ、各車輪ブレーキFL,RR,RL,FRには、液圧源であるマスタシリンダMから供給される液圧により制動力を発生するホイールシリンダWが備えられている。マスタシリンダMとホイールシリンダWとは、それぞれ液圧ユニット10に接続されている。そして、ブレーキペダルPの踏力(運転者の制動操作)に応じてマスタシリンダMで発生したブレーキ液圧が、制御部20および液圧ユニット10で制御された上でホイールシリンダWに供給されている。
制御部20には、マスタシリンダM内の液圧を検出する圧力センサ91と、各車輪Tの車輪速度WVを検出する車輪速センサ92とが接続されている。そして、この制御部20は、例えば、CPU(Central Processing Unit)、RAM(Random Access Memory)、ROM(Read Only Memory)および入出力回路を備えており、圧力センサ91および車輪速センサ92からの入力と、ROMに記憶されたプログラムやデータに基づいて各種の演算処理を行うことによって、車輪ブレーキFL,RR,RL,FRの液圧を増減する制御を実行する。なお、制御部20の詳細は、後述することとする。
図2に示すように、液圧ユニット10は、マスタシリンダMと車輪ブレーキFL,RR,RL,FRとの間に配置されている。マスタシリンダMの二つの出力ポートM1,M2は、液圧ユニット10の入口ポート10Aに接続され、出口ポート10Bが、各車輪ブレーキFL,RR,RL,FRに接続されている。そして、通常時は液圧ユニット10内の入口ポート10Aから出口ポート10Bまでが連通した液圧路となっていることで、ブレーキペダルPの踏力が各車輪ブレーキFL,RR,RL,FRに伝達されるようになっている。
液圧ユニット10には、各車輪ブレーキFL,RR,RL,FRに対応して四つの入口弁1、四つの出口弁2、および四つのチェック弁1aが設けられている。また、出力ポートM1,M2に対応した各出力液圧路81,82に対応して二つのリザーバ3、二つのポンプ4、二つのオリフィス5aが設けられ、二つのポンプ4を駆動するための電動モータ6を備えている。
入口弁1は、マスタシリンダMから各車輪ブレーキFL,RR,RL,FRへの液圧路(各車輪ブレーキFL,RR,RL,FRの上流側)に配置された常開型比例電磁弁である。入口弁1は、通常時に開いていることで、マスタシリンダMから各車輪ブレーキFL,RR,RL,FRへブレーキ液圧が伝達するのを許容している。また、入口弁1は、車輪Tがロックしそうになったときに制御部20により閉塞されることで、ブレーキペダルPから各車輪ブレーキFL,RR,RL,FRに伝達する液圧を遮断する。
また、詳細は図示しないが、入口弁1の弁体は、付与される電流に応じた電磁力によってマスタシリンダM側へ付勢され、この付勢力によって車輪ブレーキFL,RR,RL,FRの液圧を調整することができるようになっている。
出口弁2は、各車輪ブレーキFL,RR,RL,FRと各リザーバ3との間(入口弁1のホイールシリンダW側の液圧路からリザーバ3、ポンプ4およびマスタシリンダMに通じる液圧路上)に配置された常閉型の電磁弁である。出口弁2は、通常時に閉塞されているが、車輪Tがロックしそうになったときに制御部20により開放されることで、各車輪ブレーキFL,RR,RL,FRに加わる液圧を各リザーバ3に逃がす。
チェック弁1aは、各入口弁1に並列に接続されている。このチェック弁1aは、各車輪ブレーキFL,RR,RL,FR側からマスタシリンダM側へのブレーキ液の流入のみを許容する弁であり、ブレーキペダルPからの入力が解除された場合に入口弁1を閉じた状態にしたときにおいても、各車輪ブレーキFL,RR,RL,FR側からマスタシリンダM側へのブレーキ液の流れを許容する。
リザーバ3は、各出口弁2が開放されることによって逃がされるブレーキ液を吸収する機能を有している。
ポンプ4は、リザーバ3で吸収されているブレーキ液を吸入し、そのブレーキ液を、オリフィス5aを介してマスタシリンダMへ戻す機能を有している。これにより、リザーバ3によるブレーキ液圧の吸収によって減圧された各出力液圧路81,82の圧力状態が回復される。
入口弁1および出口弁2は、制御部20により開閉状態が制御されることで、各車輪ブレーキFL,RR,RL,FRのホイールシリンダWにおける液圧(以下、「ホイールシリンダ圧」ともいう。)を制御する。例えば、入口弁1が開、出口弁2が閉となる通常状態では、ブレーキペダルPを踏んでいれば、マスタシリンダMからの液圧がそのままホイールシリンダWへ伝達して増圧状態となり、入口弁1が閉、出口弁2が開となれば、ホイールシリンダWからリザーバ3側へブレーキ液が流出して減圧状態となり、入口弁1と出口弁2が共に閉となれば、ホイールシリンダ圧が保持される保持状態となる。また、マスタシリンダMの液圧が上昇している最中に、出口弁2を閉じた状態で、入口弁1に全閉に至らない適宜な電流を流せば、その電流に応じてマスタシリンダMからホイールシリンダWへのブレーキ液の流入が制限され、ホイールシリンダWの液圧を徐々に上昇させることができる。
次に、制御部20の詳細について説明する。図3に示すように、制御部20は、車体速度算出手段101、スリップ量推定手段の一例としてのスリップ量算出手段102、アンチロックブレーキ制御手段110、急制動判定手段120、ブレーキ力制限手段の一例としてのホイールシリンダ圧制限手段130、弁駆動部140および記憶部180を有する。
車体速度算出手段101は、車輪速センサ92から出力されてくる車輪速度WVに基づき、公知の計算方法により車体速度CVを算出(推定)する機能を有している。車体速度CVの算出方法は、様々な方法を利用できるが、一例を挙げるとすると、例えば、原則として前輪の車輪速度を車体速度とし、前輪の車輪速度の加速度または減速度の大きさが所定の上限値の大きさを超えた場合には、車体速度の加速度または減速度が上限値になるように、車体速度を換算する方法が挙げられる。なお、車両に前後方向の加速度を検出する加速度センサが設けられる場合には、車体速度は、前後方向の加速度に基づいて算出してもよい。車体速度算出手段101は、車体速度CVを算出すると、算出した車体速度CVをスリップ量算出手段102およびホイールシリンダ圧制限手段130に出力する。
スリップ量算出手段102は、車輪速センサ92から出力されてくる車輪速度WVと、車体速度算出手段101から出力されてくる車体速度CVとに基づき、各車輪Tのスリップ量SLを演算する機能を有する。具体的に、スリップ量SLは、車体速度CVと車輪速度WVとの差として求めることができる。スリップ量算出手段102は、スリップ量SLを算出すると、算出したスリップ量SLをアンチロックブレーキ制御手段110およびホイールシリンダ圧制限手段130に出力する。
アンチロックブレーキ制御手段110は、公知のABS制御装置のように車輪速度WVから推定される車輪加速度WAとスリップ量SLとに基づいて、各車輪Tのブレーキ液圧(ホイールシリンダ圧)を減圧状態、増圧状態および保持状態のいずれにするかを判定して弁駆動部140に出力する機能を有する。すなわち、スリップ量SLが所定の閾値SLthより大きくなり、車輪加速度WAが0以下(車輪減速度が0以上)である場合に車輪Tがロックしそうになったと判定して、ホイールシリンダ圧を減圧状態にすることを決定する。また、車輪加速度WAが0よりも大きい場合に、ホイールシリンダ圧を保持状態にすることを決定し、スリップ量SLが所定の閾値SLth以下となり、かつ、車輪加速度WAが0以下である場合に、ホイールシリンダ圧を増圧状態にすることを決定する。なお、本実施形態において、車輪加速度と車輪減速度は、1つのパラメータ(車輪加速度WA)により扱う。車輪加速度WAが負のときは、車輪が減速していると見ることができる。
また、アンチロックブレーキ制御手段110は、ABS制御の介入前においては、前述した3種類の判定条件のうち減圧条件のみを判定している。つまり、ABS制御の介入前においては、減圧条件におけるスリップ量SLの閾値SLthが、ABS制御に介入するための介入閾値となっている。アンチロックブレーキ制御手段110は、このような介入閾値やABS制御中のスリップ量SLの閾値となる閾値SLthを設定するための閾値設定手段111を備えている。
閾値設定手段111は、急制動判定手段120によって急制動がなかったと判定された場合に、閾値SLthを第1閾値TH1に設定し、急制動があったと判定された場合に、閾値SLthを、第1閾値TH1よりも小さな第2閾値TH2(ABS制御に介入しやすい値)に設定する機能を有している。つまり、閾値設定手段111は、ABS制御の介入前においては、閾値SLthを第1閾値TH1または第2閾値TH2に設定する。
また、閾値設定手段111は、ABS制御に介入した際の最初の減圧制御が行われた後、2回目以降の減圧制御等を行う場合には、閾値SLthを、第1閾値TH1よりも小さな第3閾値TH3(ABS制御に介入しやすい値)に設定する機能も有している。なお、本実施形態では、第3閾値TH3と第2閾値TH2とを同じ値とするが、本発明はこれに限定されず、それぞれ異なる値に設定してもよい。
また、アンチロックブレーキ制御手段110は、急制動判定手段120によって急制動があったと判定された場合には、路面摩擦係数が所定値よりも高い高摩擦係数であると推定する機能も有している。
急制動判定手段120は、ABS制御が介入される前において、車輪速度WVの変化量に基づいて急制動の有無を判定する手段である。具体的には、急制動判定手段120は、車輪加速度の絶対値|WA|(つまり、車輪減速度の絶対値)が急制動判定閾値WAth2を超えたか否かにより急制動があったか否かを判定しており、そのために、閾値設定タイマ121と閾値設定部122とを有する。
閾値設定タイマ121は、車輪加速度の絶対値|WA|(つまり、車輪減速度の絶対値)が所定値WAth1以上になってからの時間をカウントする機能を有する。なお、減速時において、車輪加速度は上下に変動しながら小さくなっていくため、純粋な減速傾向のみを急制動判定閾値WAth2に反映させるため、カウント値TM1は、車輪加速度が減少している間(車輪減速度の絶対値が増大している間)だけカウントする。
閾値設定部122は、急制動判定閾値WAth2を設定する手段である。具体的には、閾値設定部122は、閾値設定タイマ121のカウント値TM1の値に応じて図7のテーブルを参照して急制動判定閾値WAth2を設定する。図7に示すように、急制動判定閾値WAth2を決定するテーブルは、TM1の増加に応じて段階的に小さく(車輪加速度WAが負の場合が車輪Tが減速している場合であるので絶対値は大きく)なっている。これにより、急制動判定閾値WAth2は、車輪減速度の絶対値が所定値WAth1以上になった時点からの時間(カウント値TM1)に応じて、減速度の絶対値が大きい側へ変更されるようになっている。
ホイールシリンダ圧制限手段130は、急制動判定手段120によって急制動があったと判定された場合に、ホイールシリンダ圧を保持、または、急制動の判定前のホイールシリンダ圧の勾配よりも小さな制限用勾配Aでホイールシリンダ圧を増加(緩増圧)させる機能を有している。具体的に、ホイールシリンダ圧制限手段130は、スリップ量算出手段102から出力されてくるスリップ量SLが第2スリップ量SL3未満の場合には、ホイールシリンダ圧を緩増圧させる制御を実行し、スリップ量SLが第2スリップ量SL3以上の場合には、ホイールシリンダ圧を保持する制御を実行する。
なお、本実施形態では、スリップ量SLの条件だけで、緩増圧制御をするか保持制御をするかを決めているが、本発明はこれに限定されず、スリップ量SLと車体速度CVの両方の条件から緩増圧制御・保持制御の選択を決めるようにしてもよい。
緩増圧制御において、ホイールシリンダ圧制限手段130は、スリップ量算出手段102から出力されてくるスリップ量SLと、車体速度算出手段101から出力されてくる車体速度CVと、図8に示す勾配設定用マップとに基づいて、制限用勾配Aを設定している。詳しくは、ホイールシリンダ圧制限手段130は、そのときのスリップ量SLおよび車体速度CVに応じて、随時(リアルタイムで)制限用勾配Aを設定している。言い換えると、ホイールシリンダ圧制限手段130は、スリップ量SLや車体速度CVの変動に応じて随時制限用勾配Aを変更している。
図8を参照して、勾配設定用マップについて説明する。ここで、図8においては、各パラメータ(車体速度CV、スリップ量SL、制限用勾配A)の最後に付した数字が大きい程、パラメータの値が大きいことを示しており、例えば制限用勾配Aにおいては、A1よりもA2の方が大きい。また、スリップ量SLについて、0〜SL1は、0≦SL<SL1の範囲を示し、SL1〜SL2は、SL1≦SL<SL2の範囲を示し、SL2〜SL3は、SL2≦SL<SL3の範囲を示している。また、車体速度CVについて、0〜V1は、0≦CV<V1の範囲を示し、V1〜V2は、V1≦CV<V2の範囲を示している。
勾配設定用マップでは、スリップ量SLが大きいほど制限用勾配Aが小さくなるように設定され、スリップ量SLが第1スリップ量SL1未満である場合には、制限用勾配Aは、車体速度CVが高いほど小さく設定されている。ここで、「車体速度CVが高いほど制限用勾配Aが小さい」とは、図にも示すように、CVとAが比例関係であることを意味しているものではなく、小さな車体速度CVに対応した制限用勾配Aに対して、これよりも大きな車体速度CVに対応した制限用勾配Aが同じ値または小さな値であればよいことを意味している。
以上のように構成されるホイールシリンダ圧制限手段130は、スリップ量SLが第2スリップ量SL3未満である場合には、制限用勾配Aを0よりも大きな値(A1〜A4)に設定してホイールシリンダ圧(ブレーキ力)を増加していき、当該ホイールシリンダ圧の増加中に、スリップ量SLが第2スリップ量SL3以上になった場合には、ホイールシリンダ圧を保持することが可能となっている。
なお、制限用勾配Aは、入口弁1の閉弁力を調整することでマスタシリンダMから流入するブレーキ液を制限して得られるものであるので、入口弁1を仮に開放した場合(電流を流さない場合)に比較すると小さな勾配となる。このような制限用勾配Aでホイールシリンダ圧を緩増圧させるためには、例えば、マスタシリンダMの圧力と車輪ブレーキFR,FLの圧力を比較しながら、車輪ブレーキFR,FLの圧力が、設定した制限用勾配Aで上昇するように入口弁1に流す電流を変化させればよい。
なお、入口弁1への指示電流値と制限用勾配Aとの関係は、制限用勾配Aが小さいほど、指示電流値が大きくなる関係となっている。そして、ホイールシリンダ圧制限手段130は、ホイールシリンダ圧を緩増圧する場合には、制限用勾配Aに対応した指示電流値を設定し、ホイールシリンダ圧を保持する場合には、入口弁1が全閉になるような指示電流値(例えばデューティ比100%)に設定する。さらに説明すると、ホイールシリンダ圧制限手段130によるホイールシリンダ圧の制限は、ABS制御に入る前の制御であるため、ホイールシリンダ圧の制限を行うときの入口弁1と出口弁2の状態は、必ず電流が流されていない通常状態(つまり入口弁1が開で、出口弁2が閉の状態)となっている。そのため、ホイールシリンダ圧制限手段130によってホイールシリンダ圧の制限を行うときには、出口弁2を制御することなく、制限用勾配Aに対応した指示電流値や保持制御を行うときの指示電流値を入口弁1に与えるだけで、ホイールシリンダ圧の緩増圧または保持を行うことが可能となっている。
この緩増圧および保持は、ABS制御の介入条件が満たされるまで、つまり前記した基本的なABS制御における減圧条件(WA≦0かつSL>SLth)が満たされるまで行われる。
また、ホイールシリンダ圧制限手段130は、圧力制御タイマ131を有しており、当該圧力制御タイマ131によって、制限用勾配Aによる制限を開始してからの経過時間を測定する機能も有する。さらに、ホイールシリンダ圧制限手段130は、圧力制御タイマ131のカウント値TM2が所定値TM2thを超えた場合、つまり、制限用勾配Aによる制限を開始してから所定時間が経過しても減圧制御が行われない場合には、制限用勾配Aによる制限を中止して入口弁1を全開させる機能も有する。これにより、急制動の判定を万一誤ったときなど、異常事態の場合にも、ABS制御に介入させることができる。
なお、上記の制限用勾配Aによる制限は、本実施形態においては、前輪のみを対象としている。これは、急制動を行うと、前輪は荷重が増加する一方後輪は荷重が減少するので、制動初期は、前輪の制動制御が車両の安定性に大きな影響力を有するからである。
そして、ホイールシリンダ圧制限手段130は、制限用勾配Aを設定すると、当該制限用勾配Aを弁駆動部140に出力する。
弁駆動部140は、アンチロックブレーキ制御手段110から出力された、減圧、増圧または保持の指示や、ホイールシリンダ圧制限手段130から出力された制限用勾配Aに従い、入口弁1および出口弁2に制御信号を出力する機能を有する。すなわち、前記したように、減圧状態にするには、入口弁1を閉じ、出口弁2を開き、増圧状態にするには、入口弁1を開き、出口弁2を閉じ、保持状態にするには、入口弁1、出口弁2を共に閉じるようにする。また、制限用勾配Aでホイールシリンダ圧を制限する場合には、弁駆動部140は、制限用勾配Aに応じた電流を入口弁1に流してマスタシリンダMから前輪の車輪ブレーキFR,FLへの流れを制限する。
記憶部180は、上記の各制御のための各閾値やテーブルなどを記憶している。
以上のように構成された車両用ブレーキ液圧制御装置100による制御を図4から図6を参照して説明する。
まず、図4を参照して制御の全体的な処理を説明する。車両CRの制動中において、アンチロックブレーキ制御手段110、車体速度算出手段101、スリップ量算出手段102および急制動判定手段120は、車輪速センサ92から車輪速度WVを取得する(S1)。その後、車体速度算出手段101は、車輪速度WVから車体速度CVを算出し、スリップ量算出手段102は、車輪速度WVおよび車体速度CVからスリップ量SLを演算する(S2)。その後、アンチロックブレーキ制御手段110は、ABSフラグがONであるか否かを判定する(S4)。ここで、ABSフラグは、ABS制御の開始条件が満たされた場合にONとなり、ABS制御の終了条件が満たされた場合にOFFとなるフラグである。
ABSフラグがONでない場合には(S4,No)、急制動判定手段120が、急制動の有無を判定する(S100)。急制動判定の処理の詳細については後述するが、急制動が判定されれば急制動フラグがONとなり、判定されなければ急制動フラグがOFFとなる。そして、ステップS5において、急制動判定手段120により急制動フラグがONか否かが判定される。急制動が行われたと判定されて急制動フラグがONになっている場合には(S5,Yes)、閾値設定手段111が閾値SLthを第2閾値TH2に設定し(S21)、ホイールシリンダ圧制限手段130が急制動時制御(S200)を行う。一方、急制動フラグがOFFの場合には(S5,No)、閾値設定手段111が閾値SLthを第1閾値TH1に設定し(S22)、アンチロックブレーキ制御手段110は、ABS制御の開始条件が満たされたか否か、つまり車輪加速度WAが0以下であり、かつ、スリップ量SLが閾値SLthより大きいか判定する(S6)。
アンチロックブレーキ制御手段110は、ABS制御の開始条件(介入条件:減圧条件と同条件)が満たされたと判定した場合には(S6,Yes)、ABSフラグをONにして(S7)、ステップS8〜S12に示すABS制御を実行し、開始条件が満たされないと判定した場合には(S6,No)、本制御を終了する。なお、アンチロックブレーキ制御手段110は、ステップS4においてABSフラグがONであると判定した場合には(Yes)、前述した急制動判定(S100)などを行うことなく、ステップS8〜S12に示すABS制御を実行する。つまり、急制動判定(S100)や急制動時制御(S200)は、ABS制御が実行されていないとき(ABSフラグがOFFであるとき)のみに実行され、ABS制御中は実行されないようになっている。
ステップS8において、アンチロックブレーキ制御手段110は、車輪加速度WAが0以下かどうか判定し、0以下でない場合には(S8,No)、入口弁1を全閉して保持制御を行う(S12)。車輪加速度WAが0以下の場合には(S8,Yes)、アンチロックブレーキ制御手段110は、スリップ量SLが閾値SLthより大きいか判定し、大きい場合には(S9,Yes)、出口弁2を開いて減圧制御を行う(S10)。ステップS9においてスリップ量SLが閾値SLthよりも大きくないと判定された場合には(No)、閾値設定手段111が閾値SLthを第3閾値TH3に設定し(S23)、アンチロックブレーキ制御手段110が入口弁1を全開にして増圧制御を行う(S11)。つまり、ABS制御の2回目以降の減圧制御等において閾値SLthを第3閾値TH3に設定すべく、本実施形態では、1回目の増圧制御が開始される前に閾値SLthを第3閾値TH3に設定している。なお、本発明はこれに限定されず、閾値SLthを第3閾値TH3に設定する処理は、例えば保持制御(S12)の前に設けてもよい。
ステップS10,S11,S12の後、アンチロックブレーキ制御手段110は、ABS制御の終了条件が満たされたか否かを判定する(S13)。ここで、ABS制御の終了条件としては、例えば、車両が停止したことなどが挙げられる。ステップS13において、アンチロックブレーキ制御手段110は、ABS制御の終了条件を満たすと判定すると(Yes)、ABSフラグをOFFにし(S14)、終了条件を満たしていないと判定すると(No)、本制御を終了する。
以上の制御の中で、急制動の判定処理について説明すると、図5に示すように、まず、閾値設定タイマ121は、カウント値TM1をインクリメントするか否かの決定のため、車輪加速度の絶対値|WA|(車輪減速度の絶対値)が所定値WAth1以上か否かを判定する。ここでは、車輪加速度WAを変数にしているため、WAが負であって、かつ、WAの絶対値がWAth1以上か否かを判定する(S101)。この2つの条件が満たされている場合には(S101,Yes)、さらに、車輪加速度WAが減少しているかどうかを判定するため、dWA/dtが負であるかを判定する(S102)。dWA/dtが負である場合には(S102,Yes)、カウント値TM1をインクリメントし(S103)、ステップS104に進む。dWA/dtが負でない場合(S102,No)およびステップS101の条件を満たさない場合には、カウント値TM1をインクリメントすることなくステップS104に進む。そして、閾値設定部122は、カウント値TM1に応じて図7のテーブルに従い急制動判定閾値WAth2を設定する(S104)。そして、急制動判定手段120は、車輪加速度WAが急制動判定閾値WAth2より小さいか(車輪減速度が閾値を超えたか)を判定し、車輪加速度WAが急制動判定閾値WAth2より小さい場合には(S105,Yes)、急制動が行われたと判定し、急制動フラグをONにする(S107)。一方、車輪加速度WAが急制動判定閾値WAth2より小さくない場合には(S105,No)、急制動が行われていないと判定する(S106)。
次に、ステップS200の急制動時制御の処理について説明する。
図6に示すように、ホイールシリンダ圧制限手段130は、ステップS201において、急制動制御を抜けるための条件判定として、ABSの開始条件(減圧条件と同条件)を満たすか否か、すなわち、車輪加速度WAが0以下であり、かつ、スリップ量SLが閾値SLthより大きいか否かを判定する(S201)。ABSの開始条件を満たすと判定された場合(S201,Yes)、ホイールシリンダ圧制限手段130は、急制動制御の目的を果たしたので急制動フラグをOFFにする(S202)。その後、アンチロックブレーキ制御手段110は、ABSフラグをONにし(S203)、弁駆動部140により出口弁2を開いて減圧制御を行う(S204)。
ステップS201においてABSの開始条件を満たさない場合(S201,No)、圧力制御タイマ131は、急制動時制御を行っている時間としてカウント値TM2をインクリメントする(S205)。そして、ホイールシリンダ圧制限手段130は、カウント値TM2が所定値TM2thより大きいか否か判定する。急制動時制御に入ったばかりのときは、カウント値TM2は小さいので、所定値TM2thより大きくなく(S206,No)、ステップS211に進む。
ホイールシリンダ圧制限手段130は、ステップS211において、スリップ量SLが第2スリップ量SL3未満であるか否かを判断し、スリップ量SLが第2スリップ量SL3未満であると判断した場合には(Yes)、ステップS207に進む。ホイールシリンダ圧制限手段130は、ステップS207において、スリップ量SLと車体速度CVと勾配設定用マップとに基づいて、制限用勾配Aを設定する。その後、ホイールシリンダ圧制限手段130は、設定した制限用勾配Aを弁駆動部140に出力することで、当該弁駆動部140によってホイールシリンダ圧を緩増圧させる(S208)。
また、ホイールシリンダ圧制限手段130は、ステップS211においてスリップ量SLが第2スリップ量SL3以上であると判断した場合には(No)、ホイールシリンダ圧を保持する(S212)。すなわち、ステップS208またはステップS212においては、入口弁1に全閉に至らない程度の所定の電流または全閉に至る電流が流されるなどしてマスタシリンダMからのブレーキ液が前輪の車輪ブレーキFR,FLに流れるのが制限され、緩増圧制御をしない場合に比較して前輪の車輪ブレーキFR,FLのブレーキ液圧が緩やかに高くなる、もしくは保持される。このような緩増圧または保持によってスリップ量SLが大きくなると、前記したステップS201においてABSの開始条件が満たされたと判定されて、急制動フラグがOFFとなるとともに(S202)、ABSフラグがONとなり(S203)、減圧制御(S204)に入る。
急制動時制御に入った後、ステップS208の緩増圧またはステップS212の保持がされ続け、ABSの開始条件を満たさない場合には、ホイールシリンダ圧制限手段130は、カウント値TM2が所定値TM2thより大きくなった時点で(S206,Yes)、入口弁1に電流を流すのを止め、入口弁1を開放して(S209)、急制動フラグをOFFにし(S210)、急制動時制御を終了する。
以上のような処理による車両CRの挙動の一例を図9を参照して説明する。なお、図9においては、車輪加速度WAのチャートとTM1のチャートは時間軸を拡大して示している(t3の位置を参照)。
急制動が行われると、(b)のホイールシリンダ圧のチャートのように、ホイールシリンダ圧が急上昇する。そして、車両CRが急減速して、(c)のように、車輪加速度WA(負の値)が減少していく(車輪減速度の絶対値が大きくなっていく)。車輪加速度WAが所定値WAth1以下となると(t1)、(d)のようにカウント値TM1がカウントされ(t1〜t5)、このカウント値TM1の値に応じて、急制動判定閾値WAth2が設定される(t1,t2,t4、(c)参照)。そして、時刻t3において車輪加速度WAが急制動判定閾値WAth2を下回ると、急制動が判定される。これにより、急制動の判定前に第1閾値TH1であった閾値SLthが、第1閾値TH1よりも小さな第2閾値TH2に変更される。
時刻t3においては、(a)に示すように、車体速度CVと車輪速度WVの差であるスリップ量SLが比較的小さな値(0〜SL1)であるため、ホイールシリンダ圧制限手段130は、図8の勾配設定用マップに基づいて、制限用勾配Aを所定の勾配A3またはA4に設定する。つまり、ホイールシリンダ圧制限手段130は、時刻t3での車体速度CVがV2未満である場合には、制限用勾配AをA4に設定し、V2以上である場合には制限用勾配AをA4よりも小さなA3に設定する。
このように制限用勾配Aが所定の勾配A3またはA4に設定されることで、(b)に示すように、ホイールシリンダ圧が、急制動の判定前よりも緩やかな勾配A3またはA4で緩増圧されていく。その後、スリップ量SLが徐々に増加していくと、制限用勾配Aは、徐々に小さな勾配となっていく(図10参照)。
そして、スリップ量SLが第2スリップ量SL3以上になると(時刻t6)、ホイールシリンダ圧が保持される。その後、ABSの開始条件、つまり減圧条件(特にSLth≧TH2)を満たすことで、ABS制御に介入し、減圧がなされる((a)および(b)のt7〜t9)。ここで、(a)および(b)に2点鎖線で示すように、ABS制御の介入閾値を変更しない、つまり第1閾値TH1のままにする制御では、時刻t7においてスリップ量SLがまだ第1閾値TH1に達していないので、ABS制御に入るタイミングも本実施形態よりも遅くなる(時刻t8)。つまり、本実施形態では、急制動時において閾値SLthを急制動前の第1閾値TH1よりも小さな第2閾値TH2に設定するので、2点鎖線で示す介入閾値を変更しない形態に比べ、ABS制御の介入タイミングが遅れることを抑制することができる。
また、本実施形態では、急制動時において閾値SLthを小さな第2閾値TH2にすることで、2点鎖線で示す形態に比べ、ABS制御に入るときのスリップ量SLを小さくすることができるので、その後の減圧制御によって車輪加速度WAが正に転じるタイミングを2点鎖線の形態よりも早くすることができる。そのため、本実施形態では、初回の減圧制御での総減圧量を2点鎖線の形態よりも小さくすることができる。
なお、2点鎖線のグラフは、本実施形態において急制動がなかったと判定された場合を表すグラフ(つまり、時刻t8のホイールシリンダ圧まで緩やかな勾配でホイールシリンダ圧が立ち上がっていくグラフ)としても見ることができる。そのため、本実施形態にかかるアンチロックブレーキ制御手段110は、急制動がなかったと判定された場合には、ABS制御の介入時においてホイールシリンダ圧を所定の第1減少量で減少させ(2点鎖線参照)、急制動があったと判定された場合には、ABS制御の介入時においてホイールシリンダ圧を第1減少量よりも小さな第2減少量で減少させるように実質構成されている。
このように急制動があった場合には、ホイールシリンダ圧を小さな第2減少量で減少させることで、ABS制御の介入直後のホイールシリンダ圧の変動を小さくすることができ、安定したABS制御を行うことができる。
ABS制御に介入した後は、通常のABS制御と同様に、車輪加速度WAとスリップ量SLに応じて保持((a)および(b)のt9〜t10)、増圧((a)および(b)のt10〜t11)とホイールシリンダ圧の制御が続けられる。なお、時刻t10〜t11にかけて、増圧は2段階で増圧制御を行っているが、1段階で増圧してもよい。
本実施形態の車両用ブレーキ液圧制御装置100においては、急制動があったと判定された場合に、アンチロックブレーキ制御手段110が路面摩擦係数を高摩擦係数であると推定するので、ABS制御の介入直後の制御を路面摩擦係数に適した制御にすることができる。
本実施形態の車両用ブレーキ液圧制御装置100においては、第1閾値TH1を、2回目以降の減圧制御等に介入するための第3閾値TH3よりも大きな値にしているので、急制動がない通常時において、ABS制御が早く介入しすぎるのを抑えることができる。
本実施形態の車両用ブレーキ液圧制御装置100においては、急制動時制御を開始してから所定時間(TM2th)が経過してもABS制御の開始条件を満たさない場合には、入口弁1を全開にして増圧するので、万が一、急制動の判定の誤りなどがあったとしても、通常の制動力を発生させることができる。
また、本実施形態の車両用ブレーキ液圧制御装置100においては、車輪速度WVの変化量(車輪加速度WA)に基づいて急制動がなされたか否かを判定するので、ペダルの踏み込み量を検出するセンサなどを用いることなく、急制動がなされたか否かを判定することができる。
さらに、急制動判定手段120は、車輪減速度の絶対値が所定値WAth1以上になった時点からの時間に応じて、急制動判定閾値WAth2を減速度の絶対値が大きい側へ変更するので、急制動の有無を精度良く判定することができる。
スリップ量SLが第1スリップ量SL1未満の小さな値であっても車体速度CVがV2以上の高い値である場合には、制限用勾配Aが小さな値(A3)に設定されるので、車体速度CVが高い場合にもABS制御に安定して介入することができる。
ホイールシリンダ圧の増圧中にスリップ量SLが第2スリップ量SL3以上になった場合にはホイールシリンダ圧を保持するので、ABS制御に介入する直前の高めのホイールシリンダ圧を利用することができ、良好な制動制御を行うことができる。
スリップ量SLが変動するたびに現在のスリップ量SLに適した制限用勾配Aが随時設定されるので、良好な制動制御を行うことができる。
以上に本発明の一実施形態について説明したが、本発明は、前記した実施形態に限定されることなく適宜変形して実施することができる。
前記実施形態では、急制動の判定後においてスリップ量SL等に基づいて設定した制限用勾配Aでホイールシリンダ圧を緩増圧または保持する形態に本発明を適用したが、例えば急制動の判定後には必ずホイールシリンダ圧を保持する従来技術のような形態に本発明を適用してもよい。
前記実施形態では、急制動時において閾値SLthを小さな第2閾値TH2にすることで、急制動があったと判定された場合において、初回の減圧制御におけるホイールシリンダ圧の総減圧量を、急制動がなかったと判定された場合よりも小さくなるようにしたが、本発明はこれに限定されるものではない。例えば、減圧制御において、基本的には路面摩擦係数などに応じて設定した基本減圧量で減圧する場合には、基本減圧量を、急制動がなかったと判定された場合に第1減圧量に設定し、急制動があったと判定された場合に第1減圧量よりも小さな第2減圧量に設定してもよい。なお、このような減圧制御では、基本減圧量の減圧が完了しても車輪速度が増加傾向にならない場合には、その後、基本減圧量よりも単位時間当たりの減圧量が小さな微小減圧量で減圧するとよい。
前記実施形態においては急制動判定閾値WAth2を段階的に小さく(絶対値を大きく)していたが、徐々に(連続的に)小さくしてもよい。
また、前記実施形態においては、前輪についてのみ急制動時制御を行っていたが、後輪についても同じように急制動時制御を行っても構わない。
前記実施形態においては、説明を簡単にするため、ABS制御のみを行う車両用ブレーキ液圧制御装置を例示したが、制御弁を適宜追加して、車両の姿勢制御や、ブレーキアシスト制御など、他の制御を組み合わせて行ってもよい。
また、急制動判定は、前記実施形態の方法によらず公知の他の手法を用いることも可能である。
前記実施形態では、スリップ量SLと車体速度CVとから制限用勾配Aを設定したが、本発明はこれに限定されず、例えばスリップ量のみから制限用勾配を設定してもよい。また、制限用勾配は、スリップ量に基づいて設定されればよいため、例えばスリップ量を車輪速度で割ったスリップ率に基づいて制限用勾配を設定してもよい。また、制限用勾配は、スリップ量と車体速度と制限用勾配との関係を示す計算式から算出してもよい。
前記実施形態では、制御部20(車両用制御装置)が、ブレーキ液を利用した液圧ブレーキ装置を制御するように構成されていたが、これに限定されるものではない。例えば、車両用制御装置は、ブレーキ液を利用せずに電動モータによりブレーキ力を発生させる電動ブレーキ装置を制御するように構成されていてもよい。