この発明の基本的思想.
実施の形態の詳細な説明に入る前に、この発明の基本的思想について説明する。もちろん、この基本的思想も本発明に含まれる。
一次磁束制御では、界磁磁束の位相を基準としたd−q座標系(d軸は界磁磁束と同相、q軸はd軸に対して90度進相)に対して(つまり回転電動機の回転子の回転に対して)位相差φcで進相となるδc−γc座標系を設定する。そして一次磁束と同相のδ軸にδc軸が一致するように、回転電動機に対して印加する電圧を調節する。
d−q座標系は回転子と同期して回転する回転座標系であるので、δc−γc座標系も回転子の回転方向に回転する回転座標系である。
これら二つの回転座標系の関係を考慮すると、d−q座標系における電圧方程式から、以下のようにしてδc−γc座標系における電圧方程式が得られる。
まずd−q座標系における電圧方程式は、回転電動機に印加される電圧のd軸成分たるd軸電圧vd、回転電動機に印加される電圧のq軸成分たるq軸電圧vq、回転電動機が備える電機子巻線のインダクタンスのd軸成分たるd軸インダクタンスLd、電機子巻線のインダクタンスのq軸成分たるq軸インダクタンスLq、電機子巻線の抵抗成分R、電機子電流のd軸成分たるd軸電流id、電機子電流のq軸成分たるq軸電流iq、界磁磁束Λ0、回転電動機の回転角速度ω0、時間微分の演算子sを導入して、下式(1)で表される。
界磁磁束Λ0は時間に依存しないことを考慮して、式(1)は式(2)に変形できる。ここでベクトル[Λ0 0]t(括弧の後の上付の“t”は行列の転置を示す:以下同様)はd−q座標系における界磁磁束Λ0を表す。式(2)の右辺第2項の記号{}(波括弧:curly brace)内の数式はd−q座標系における一次磁束[λ1]を表す。
さて、δc−γc座標系がd−q座標系に対して位相差φcで進相であるので、式(2)を位相差φcで進相した表現を求める。具体的には式(2)に対して式(3)で示される回転行列Dを用いて座標変換を行う。これにより式(4)が得られる。
回転電動機に印加される電圧のδc軸成分たるδc軸電圧vδc、回転電動機に印加される電圧のγc軸成分たるγc軸電圧vγcで得られるベクトル[vδc vγc]tは、式(4)の左辺と一致する。よって当該ベクトルは式(5)で表される。
次に、式(5)の右辺第2項の記号{}内の数式を変形する。この数式はδc−γc座標系における一次磁束[λ1]を表す。当該数式に対して式(3)を代入して、式(6)が得られる。
式(6)の右辺第1項は電機子電流[iδc iγc]tが流れることによって発生する磁束(電機子反作用)であり、第2項は界磁磁束Λ0に起因する磁束である。
更に、式(7)を導入して、式(8)が得られる。
式(8)を式(5)の右辺第2項の記号{}内の数式に代入して、式(9)が得られる。
式(9)の右辺第2項の記号{}内の数式がδc−γc座標系における一次磁束[λ1]を表すので、そのδc軸成分λ1δc及びγc軸成分λ1γcを導入して式(10)を得る。
式(10)は更に、式(11)を経て式(12)に変形できる。
但し、式(12)はδc−γc座標系についての式であるものの、回転電動機の回転角速度ω0に依存している。一次磁束指令値が変動した直後には、過渡的に、回転角速度ω0はδc−γc座標系の回転角速度ω1に一致せず、位相差φcも時間的に変動することを考慮しなければならない。
この点に注意して式(12)を変形する。まず式(3)を参照して回転行列D−1を具体的に示して式(13)が得られる。
そして演算子sを作用させて式(14)を得る。上述のように位相差φcも時間的に変動することを考慮し、式(3)を参照して回転行列Dを具体的に示して式(15)が得られる。但し、位相差φcの上に付記された点(ドット)は時間微分を示す。
式(15)の一次磁束[λ1δc λ1γc]tの係数となる行列を計算して式(16)が得られる。
位相差φcの時間微分は、δc−γc座標系のd−q座標系に対する相対的な角速度であるので、角速度差(ω1−ω0)として把握できる。これにより式(16)は式(17)へ変形される。
式(17)の右辺第2項と第4項とを纏めて式(18)が得られる。これにより、δc−γc座標系において一次磁束[λ1]を制御するための、電圧方程式が導かれた。式(18)は過渡状態をも反映した、回転座標系における電圧方程式である。
次に、式(18)に基づいて、固定座標系における電圧方程式を求める。固定座標はどのような座標系を採用しても良い。以下では、二相の固定座標系α−β座標系(β軸はα軸に対して回転子の回転方向において90度進相:例えばα軸は電機子電流のU相と同相に設定される)を採用した場合を例にとって説明する。δc−γc座標系はα−β座標系に対して位相θで回転する。
式(19)で示される回転行列Cを導入して、式(18)に対して座標変換を行う。これにより式(20)が得られる。
回転電動機に印加される電圧のα軸成分たるα軸電圧vα、回転電動機に印加される電圧のβ軸成分たるβ軸電圧vβで得られるベクトル[vα vβ]tは、式(20)の左辺と一致する。よって当該ベクトルは式(21)で表される。なお、電機子電流のα−β座標系における一対の電流成分、即ちα軸成分iα、β軸成分iβを導入した。
式(21)の右辺第2項のうち、δc−γc座標系における一次磁束[λ1](=[λ1δc λ1γc]t)の係数を変形して式(22)が得られる。
例えば式(22)の右辺第2項において一次磁束のδc軸成分λ1δcを有する項について、式(23)が成立する。
よって式(22)は式(24)で示されるように変形される。
更に式(24)の右辺第2項を変形して式(25)が得られる。
これにより式(25)の右辺第2項と第3項とが纏められ、式(26)が得られる。
式(26)は(19)を用いて式(27)に変形される。
ここで、α−β座標系における一次磁束[λ1α λ1β]t=C[λ1δc λ1γc]t(以下、これを一次磁束[λ2]と表記することがある)を導入して式(28)が得られる。
α−β座標系において一次磁束[λ2]を制御するためには、α軸成分λ1α及びβ軸成分λ1βのそれぞれの指令値λ1α*,λ1β*に基づいてα軸電圧vα及びβ軸電圧vβのそれぞれの指令値vα*,vβ*を得ることになる。よって式(28)に基づいて、ベクトル[vα* vβ*]tは式(29)で得られる。これは電機子巻線に印加される電圧の指令値(以下「電圧指令値」と称す)[v*]を表している。また、ベクトル[λ1α* λ1β*]tはαβ座標系における一次磁束指令値を表しており、以下これを一次磁束指令値[Λ2*]と表すことがある。またδc−γc座標系の一次磁束指令値[Λ1*](=[λ1δc* λ1γc*]t=C−1[Λ2*])を導入した。
式(29)の二つの右辺のいずれにおいても第1項は時間微分を含まず、第2項は時間微分を含む。従来の技術では、電圧指令値を求めるに際し、定常的な動作のみを考慮していた。よって右辺第2項が正確に把握されていなかった。第2項は一次磁束指令値の変動に応じた過渡項と見ることができ、式(12)の右辺第2項及び第3項に対応するところ、従来の技術では式(12)の右辺第3項を考慮していなかったからである。
例えば特許文献1では、電圧指令値を設定する式(8)の導出において、定常状態での一次磁束制御を前提としており、一次磁束指令値の変動に対する一次磁束の過渡的な振る舞いを考慮できていない。
また特許文献2では、電圧方程式を示す式(8)において、定常状態を前提としている。
また非特許文献1では、電圧指令値を設定する式(8)の導出において、本願の式(18)に相当する式から出発してはいるものの、一次磁束指令値の時間的変動が正確に反映されていない。
また非特許文献2では、電圧指令値を設定する式(13)の導出において、本願の式(18)に相当する式(7)から出発してはいるものの、その式(12a),(12b)において一次磁束指令値を一定値としている。
また非特許文献3では、回転子角速度(ωr)と制御を行うための回転座標系(本願にいうδc−γc座標系)とが区別されておらず、過渡状態を十分に考慮できていない。
また非特許文献4では、定常状態での制御を前提とした電圧指令生成式を採用しており、過渡状態を考慮できていない。
これらの従来技術とは異なり、式(29)に基づいて得られる電圧指令ベクトルで表される電圧指令値[v*]を用いることにより、α−β座標系での電動機制御において一次磁束指令値が変動した際、一次磁束の追従性を、従来よりも高めることができる。
もちろん、本発明のように一次磁束指令値の時間的変動に基づいて得られた電圧指令値に対し、特許文献1にいう電流フィードバックの項や、特許文献2にいう補正項や、非特許文献2にいう磁束誤差をフィードバックする項を、フィードバック項として追加してもよい。
式(29)の右辺は、電機子巻線の抵抗成分Rという既知量、電機子電流[i](=[iα iβ]t)という可観測量、一次磁束指令値[Λ2*](あるいは位相θ及び一次磁束指令値[Λ1*])という入力に基づいて決定されるフィードフォワード量として把握される。よって式(29)の左辺を[vα*_F vβ*_F]tと書き改めてフィードフォワード項として把握し、フィードバック項を[vα*_B vβ*_B]tと表現すると、一次磁束指令値の時間的変動のみならず、そのフィードバックをも考慮した電圧指令値[vα* vβ*]tが式(30)で表される。
以上のようにして一次磁束についてのフィードバックを制御に組み込むことができる。
なお、以下の実施の形態では、回転電動機の回転角速度ω0の指令値(以下「回転角速度指令値」と称す)ω*を導入して説明をおこなう。
第1の実施の形態.
図1は本実施の形態にかかる電動機制御装置1の構成及びその周辺装置を示すブロック図である。
回転電動機3は不図示の電機子と、界磁たる回転子とを備える。技術的な常識として、電機子は電機子巻線を有する。回転電動機3は例えば埋込磁石型の三相の電動機であり、界磁には界磁磁石が埋め込まれる。回転電動機3において、回転子は電機子に対して相対的に回転する。
電圧供給源2は例えば電圧制御型インバータ及びその制御部を備え、三相の電圧指令値[V*]=[Vu* Vv* Vw*]tに基づいて、三相電圧を回転電動機3に印加する。これにより、回転電動機3には三相電流[I]=[Iu Iv Iw]tが流れる。但し、電圧指令値[V*]や三相電流[I]が有する成分は、例えばU相成分、V相成分、W相成分の順に記載されている。
電動機制御装置1は、回転電動機3に対し、一次磁束指令値及び電機子電流に基づいて回転角速度ω0を制御する装置である。
電動機制御装置1は、座標変換部101,104、計算部102、積分器106、定数倍部108、減算器109、ハイパスフィルタ110を備えている。
座標変換部101は、第1変換部101aと第2変換部101bとを有する。第1変換部101aは、三相電流[I]を、一次磁束制御(但し通常の一次磁束制御のようにδc−γc回転座標系における一次磁束指令値[Λ1*]のγc軸成分λ1γc*を零にする場合には限定されない)を行うα−β固定座標系における電機子電流[i]に変換する。第2変換部101bは、位相θに基づいて、三相電流[I]から、電機子電流のδc−γc回転座標系におけるγc軸成分iγc(以下「γc軸電流」と称す)あるいは更にδc軸成分iδc(以下「δc軸電流」と称す)を得る。このような固定座標系や回転座標系への座標変換は公知の技術であるので、その詳細な説明を省略する。
計算部102はα−β座標系における電圧指令値[v*]を、式(29)に則って求める。具体的な構成は後述する。
座標変換部104は、電圧指令値[v*]を座標変換して、回転電動機3に印加する電圧の他の座標系における電圧指令値[V*]へ変換する。この「他の座標系」は例えばd−q回転座標系であっても良いし、UVW固定座標系であっても良いし、極座標系であっても良い。いずれの座標系を「他の座標系」として採用するかは、電圧供給源2がどのような制御を行うかに依存する。例えば電圧指令値[V*]がUVW固定座標系で設定される場合、[V*]=[Vu* Vv* Vw*]t(但し先に示された成分から順にU相、V相、W相の各相成分である)となる。
積分器106は回転角速度ω1に基づいて、δc軸のα軸に対する位相θを計算する。つまり積分器106はδc−γc回転座標系の、より正確にはδc軸のα軸に対する位相を計算する、制御軸位相計算部として機能する。
δc−γc座標系の回転角速度ω1は、減算器109の出力として設定される。γc軸電流iγcからその直流分をハイパスフィルタ110で除去し、更に定数倍部108で所定ゲインKm倍した値が、減算器109によって回転角速度ω0の指令値ω*から差し引かれて、回転角速度ω1が得られる。つまり、定数倍部108、減算器109、ハイパスフィルタ110は相まって、指令値ω*及び電機子電流に基づいて回転角速度ω1を求める速度算出部として把握することができる。
一次磁束制御が理想的に行われ、かつ定常状態においてはγc軸電流iγcは一定であり、ω1=ω0=ω*となる。
図2は、計算部102の構成を例示するブロック図である。図中、円で囲まれた×は乗算器を、円で囲まれた+は加算器を、それぞれ示している。電機子巻線の抵抗成分Rは既知であるので、計算部102において設定することができる。
計算部102は一次磁束指令値[Λ1*](=[λ1δc* λ1γc*]t)を入力する。通常の一次磁束制御では、λ1γc*=0に設定されるので、指令値λ1δc*のみを入力し、計算部102においてλ1γc*=0を設定してもよい。そして計算部102は位相θをも入力し、その有する第1計算部102aにおいて、一次磁束指令値[Λ1*]を一次磁束指令値[Λ2](=[λ1α* λ1β]t)に変換する。つまり第1計算部102aの処理は回転行列Cを用いた座標変換に相当する。
計算部102は第2計算部102bをも有する。第2計算部102bは微分器1021、乗算器1022、加算器1023を備える。微分器1021には一次磁束指令値[Λ2]が与えられ、一次磁束指令値[Λ2]の微分を出力する。当該出力はα軸成分sλ1α*と、β軸成分sλ1β*とを有している。
計算部102は電機子電流[i]=[iα iβ]tも入力し、α軸成分、β軸成分に対して乗算器1022によってそれぞれ抵抗成分Rが乗じられ、電圧降下のα軸成分R・iα、同β軸成分R・iβが生成される。これらは、それぞれ加算器1023に与えられる。
加算器1023には更に、(一次磁束指令値[Λ2]の微分の)α軸成分sλ1α*と、β軸成分sλ1β*とが与えられる。これらにはそれぞれ(電圧降下の)α軸成分R・iα、β軸成分R・iβが加算される。
以上のようにして、計算部102において、式(29)に従った電圧指令値[v*]が得られる。
第1計算部102aにおける計算は、一次磁束[λ1]のδc−γc回転座標系における指令値たる一次磁束指令値[Λ1*]と、回転座標系のα軸に対する位相θとから、一次磁束[λ2]のα−β固定座標系における指令値たる一次磁束指令値[Λ2*]を求めること、と把握することができる。
第2計算部102bにおける計算は、一次磁束指令値[Λ2*]の微分値を用いて、回転電動機3に印加する電圧のα−β固定座標系における指令値たる電圧指令値[v*]を求めること、と把握することができる。
そして電機子巻線の抵抗成分Rが無視できない場合、これと電機子電流[i]との積も加算して、電圧指令値[v*]が求められる。
第1計算部102aの計算に供される一次磁束指令値[Λ1*]には、ローパスフィルタを適用してもよい。これにより磁束の目標値応答の設計自由度が高まる。
第2の実施の形態.
図3は本実施の形態にかかる電動機制御装置1の構成及びその周辺装置を示すブロック図である。本実施の形態にかかる電動機制御装置1の構成では、第1の実施の形態にかかる電動機制御装置1の構成に対して、補正部103が、計算部102と座標変換部104との間に介在して追加されている。
補正部103は計算部102からの演算結果(これは第1の実施の形態においては電圧指令値[v*]として採用されていた)[v*’]に対し、フィードバック項を加算して電圧指令値[v*]として出力する。
具体的には、補正部103は一次磁束[λ1]、一次磁束指令値[Λ1*]を入力し、δc−γc回転座標系における磁束偏差[ΔΛ1](=[λ1δc*−λ1δc λ1γc*−λ1γc]tを求める。そして磁束偏差[ΔΛ1]に対して比例積分微分処理(PID制御)を施す。比例積分微分処理された結果はδc−γc回転座標系における電圧指令値のフィードバック量であるので、これらに対して回転行列Cで示される座標変換を行い、α−β固定座標系におけるフィードバック項[B]を求める。そして演算結果[v*’]=[vα*’ vβ*’]tに対してフィードバック項[B]を加算し、その結果を電圧指令値[v*]として出力する。
つまり補正部103は、演算結果[v*’]を式(30)の第1項[vδc*_F vγc*_F]tとして扱い、フィードバック項[B]を式(30)の第2項[vδc*_B vγc*_B]tとして扱って、式(30)の左辺[vα* vβ*]tを求める処理を行う。つまり補正部103は第1の実施の形態で得られた電圧指令値をフィードバック項を用いて補正する処理を行う、と把握できる。
但し、本実施の形態において一次磁束[λ1]は可観測値、あるいは既に推定済みの値として取り扱う。
図4は補正部103の構成を例示するブロック図である。図中、円で囲まれた+は加算器を、+−が付記された円は減算器を、それぞれ示している。減算器は一次磁束指令値[Λ1*]と一次磁束[λ1]とを入力し、磁束偏差[ΔΛ1]を出力する。加算器は比例積分微分処理(PID制御)の結果に対して座標変換して得られるフィードバック項[B]と、演算結果[v*’]とを入力し、電圧指令値[v*]を出力する。
このようにフィードバック項を採用することにより、過渡状態であるか定常状態であるかに拘わらず、一次磁束[λ1]の一次磁束指令値[Λ1*]に対する追従性を高めることができる。
第3の実施の形態.
図5は本実施の形態にかかる電動機制御装置1の構成及びその周辺装置を示すブロック図である。本実施の形態にかかる電動機制御装置1の構成では、第2の実施の形態にかかる電動機制御装置1の構成に対して、一次磁束推定部105が追加されている。
一次磁束推定部105は第2の実施の形態において可観測値、あるいは既に推定済みの値として取り扱われていた一次磁束[λ1]を推定する。以下、一次磁束[λ1]の推定値を一次磁束推定値[λ1^]として説明する。
上述のように式(6)や式(8)は一次磁束[λ1]を示す。これらの式において、界磁磁束Λ0、d軸インダクタンスLd、q軸インダクタンスLqは既知量であり、電機子電流のδc−γc回転座標系におけるδc軸電流iδc、γc軸電流iγcは可観測量である。よって、位相差φcが得られれば式(6)あるいは式(7),(8)から一次磁束推定値[λ1^]を得ることができる。
但し、位相差φcは可観測量ではないので、これも推定する必要がある。位相差φcはδc軸電圧vδc、γc軸電圧vγc、δc軸電流iδc、γc軸電流iγc、q軸インダクタンスLq、電機子巻線の抵抗成分Rとの間に、式(31)の関係を有する。
この際、用いられるδc軸電圧vδc、γc軸電圧vγcは、実測された電圧を座標変換部101によって変換して求めてもよい。但し図5では、既に求められた電圧指令値[v*]を採用し、新たな位相差φcの推定に用いる場合が例示されている。あるいは電圧指令値[v*]に代えて、計算部102の演算結果[v*’]を用いてもよい。
図6は一次磁束推定部105の構造を例示するブロック図である。一次磁束推定部105は、座標変換部105a、負荷角推定部105b、電機子反作用推定部105c、界磁磁束ベクトル生成部105d、加算器105eを備えている。
電機子反作用推定部105cは位相差φc、d軸インダクタンスLd、q軸インダクタンスLq、δc軸電流iδc、γc軸電流iγcを入力し、式(6)の右辺第1項を計算する。
図6では式(6)の右辺第1項の電機子電流[iδc iγc]tを[ic]として示し、またその係数となる行列を{L}として示した。
界磁磁束ベクトル生成部105dは界磁磁束Λ0を入力し、式(6)の右辺第2項を計算する。図6では式(6)の右辺第2項をベクトル[Λ0]で示している。
加算器105eはγc軸成分とδc軸成分との二つの成分のそれぞれにおいて加算を行うことによって、式(6)の右辺の第1項と第2項の加算を実現し、一次磁束推定値[λ1^](=[λ1δc^ λ1γc^]t)を出力する。
位相差φcを推定するため、補正部103で求められた電圧指令値[v*]を用いる。電圧指令値[v*]はα−β固定座標系における指令値なので、式(31)に用いるためにはこれをδc−γc回転座標系に変換しなければならない。よって座標変換部105aは回転行列C−1に基づいた座標変換を電圧指令値[v*]に対して施して、負荷角推定部105bに与える。負荷角推定部105bでは式(31)に従って位相差φcが計算される。
なお、現時点で得られている電圧指令値[v*]を採用するのではなく、一つ前の制御タイミングにおいて求められた電圧指令値[v*]を採用してもよい。この場合には座標変換部105aにおいて、制御タイミング一つ分の遅延を伴わせることとなる。
本実施の形態によれば、一次磁束[λ1]の直接的な検出が不要となる。
第4の実施の形態.
図7は本実施の形態にかかる電動機制御装置1の構成及びその周辺装置を示すブロック図である。本実施の形態にかかる電動機制御装置1の構成では、第2の実施の形態にかかる電動機制御装置1の構成(図3参照)に対して、補正部103にはδc−γc回転座標系における一次磁束[λ1]及びその指令値[Λ1*]の代わりに、α−β固定座標系における一次磁束[λ2]及びその指令値[Λ2*]が入力している点で相違する。
第1の実施の形態で説明したように一次磁束指令値[Λ2*]は計算部102から得られる。但し、本実施の形態において一次磁束[λ2]は可観測値、あるいは既に推定済みの値として取り扱う。
図8は補正部103の構成を例示するブロック図である。図中、円で囲まれた+は加算器を、+−が付記された円は減算器を、それぞれ示している。減算器は一次磁束指令値[Λ2*]と一次磁束[λ2]とを入力し、α−β固定座標系における磁束偏差[ΔΛ2]を出力する。加算器は比例積分微分処理(PID制御)の結果として得られるフィードバック項[B]と、演算結果[v*’]=[vα*’ vβ*’]tとを入力し、電圧指令値[v*]を出力する。
このようにして、フィードバックのために採用される量として、第2の実施の形態で紹介されたδc−γc回転座標系における一次磁束[λ1]の代わりにα−β固定座標系における一次磁束[λ2]を採用しても、第2の実施の形態と同様の効果を得ることができる。
一次磁束[λ2]は、例えば、実測値[λ1]若しくは第3の実施の形態で示された手法で得られた推定値[λ1^]に対して、回転行列C−1を用いた座標変換によって求めることができる。
あるいは、座標変換部104から得られた電圧指令値[v*]と、座標変換部101から得られた電流[i]とを用いて、式(32)に基づいて一次磁束[λ2]の推定値[λ2^]=[λ1α^ λ1β^]tを得ても良い。
式(32)において電圧指令値[v*]の代わりに、α−β固定座標系における電圧の実測値[vα vβ]tを用いても良い。実測値[vα vβ]tは例えば、UVW系固定座標で実測した三相の電機子電圧[Vu Vv Vw]tに対して座標変換を行って得ることができる。当該座標変換は例えば座標変換部101で行ってもよい。
本実施の形態によれば、一次磁束[λ2]の直接的な検出が不要となる。
上記のいずれの実施の形態においても、固定座標系としてα−β固定座標の他、例えばUVW固定座標系を採用することができる。この場合、式(29)と同様にして、式(33a),(33b)が成立する。但し、UVW固定座標系における電機子電流[iu iv iw]tと、UVW固定座標系における一次磁束指令値[λ1u* λ1v* λ1w*]tと、UVW固定座標系における電圧指令値[Vu* Vv* Vw*]tとを導入した。
なお、式(33b)では3相/2相変換として、変換の前後での電力が整合する、いわゆる絶対変換を採用した。3相/2相変換として、変換の前後での電圧が整合する、いわゆる相対変換を採用する場合には、式(33b)の係数√(2/3)が(2/3)に変更される。
α−β固定座標の代わりにUVW固定座標系を採用した場合、第4の実施の形態において一次磁束[λ2]の推定値[λ2^]=[λ1α^ λ1β^]tを式(34)で得ることができる。ここでベクトル[λ1u^ λ1v^ λ1w^]tはUVW固定座標系における一次磁束の推定値を表す。
電圧指令値[Vu* Vv* Vw*]tの代わりに、実測した三相の電機子電圧[Vu Vv Vw]tを採用することもできる。
上記のいずれの実施の形態においても、電動機制御装置1はマイクロコンピュータと記憶装置を含んで構成される。マイクロコンピュータは、プログラムに記述された各処理ステップ(換言すれば手順)を実行する。上記記憶装置は、例えばROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)、書き換え可能な不揮発性メモリ(EPROM(Erasable Programmable ROM)等)、ハードディスク装置などの各種記憶装置の1つ又は複数で構成可能である。当該記憶装置は、各種の情報やデータ等を格納し、またマイクロコンピュータが実行するプログラムを格納し、また、プログラムを実行するための作業領域を提供する。
なお、マイクロコンピュータは、プログラムに記述された各処理ステップに対応する各種手段として機能するとも把握でき、あるいは、各処理ステップに対応する各種機能を実現するとも把握できる。また、電動機制御装置1はこれに限らず、電動機制御装置1によって実行される各種手順、あるいは実現される各種手段又は各種機能の一部又は全部をハードウェアで実現しても構わない。
例えばマイクロコンピュータでは、離散時間系で制御を処理することが多い。非特許文献5では、離散時間系でモータの制御を行う技術が開示されている。下記の処理のための変換方法として、非特許文献5で紹介されたPTC(完全追従制御法)を採用してもよい。
第5の実施の形態及び第6の実施の形態では、それぞれ第2及び第4の実施の形態において電圧指令値[v*]を求めるときの離散時間系の処理を説明する。
第5の実施の形態.
図9は、第2の実施の形態における計算部102及び補正部103に相当する部分についての、離散時間系の処理を示すブロック図である。
第5の実施の形態及び第6の実施の形態において、ベクトルの各要素の末尾に丸括弧(round brackets)つきで付記された値は、制御周期Ts毎に更新される値を示す。具体的には(n−1)が付記された値は、(n)が付記された値よりも制御周期Tsの一つ分前の値を示し、(n+1)が付記された値は、(n)が付記された値よりも制御周期Tsの一つ分後の値を示す。
処理S101,S102は、いずれも遅延処理である。処理S101は一次磁束指令値[λ1α*(n+1) λ1β*(n+1)]tを制御周期Tsの一つ分遅延させる。処理S102は、一次磁束指令値[λ1δc*(n+1) λ1γc*(n+1)]tを、制御周期Tsの二つ分遅延させる。これらの処理により、それぞれ一次磁束指令値[λ1α*(n) λ1β*(n)]t,一次磁束指令値[λ1δc*(n−1) λ1γc*(n−1)]tが得られる。
なお、一次磁束指令値[λ1α*(n+1) λ1β*(n+1)]tは、一次磁束指令値[λ1δc*(n+1) λ1γc*(n+1)]tに対して回転行列Cn+1を用いた座標変換である処理S105を施すことによって得られる。ここで回転行列Ckは式(35a)で示される。位相θ(k)は、k番目の制御タイミングにおける位相θを表す。後の参考のため、回転行列Ckの逆行列となる回転行列C−1 kを式(35b)で示す。
処理S103は減算処理であり、一次磁束指令値[λ1α*(n+1) λ1β*(n+1)]tから一次磁束指令値[λ1α*(n) λ1β*(n)]tを引き、制御周期Tsの一つ分での一次磁束指令値の差分が求められる。この差分は、処理S104によって制御周期Tsで除され、一次磁束指令値の微分値に相当する値が得られる。これは式(29)の右辺第2項に相当する。
処理S110は乗算処理であり、電機子電流[iα(n) iβ(n)]tに抵抗成分Rを乗じ、式(29)の右辺第1項に相当する積を得る。電機子電流[iα(n) iβ(n)]tは、電機子電流[iα(n−1) iβ(n−1)]tに対して二つの座標変換を施して得られる。まず回転行列C−1 n−1による座標変換を行って、一旦は電機子電流[iα(0) iβ(0)]tを求める。次に回転行列Cnによる座標変換を行うことにより、電機子電流[iα(n) iβ(n)]tが得られる。つまり式(36)が成立する。
処理S111は減算処理であり、一次磁束指令値[λ1δc*(n−1) λ1γc*(n−1)]tから一次磁束[λ1δc(n−1) λ1γc(n−1)]tを差し引いて磁束偏差を得る。処理S109は当該磁束偏差に対してPI制御を行って、フィードバック項に相当する値を出力する。処理S109の結果には回転行列Cnを用いた座標変換である処理S112が施される。
処理S107,S108は加算処理であり、処理S104,S112,S110の処理結果を加算する。これにより、電圧指令値[vα*(n) vβ*(n)]tが得られる。
第6の実施の形態.
第5の実施の形態においてはフィードバックのために、δc−γc回転座標系の(n−1)番目の制御タイミングにおける)一次磁束[λ1δc(n−1) λ1γc(n−1)]tが入力されていた。本実施の形態ではこれに代えて、α−β固定座標系の(n−1)番目の制御タイミングにおける)一次磁束[λ1α(n−1) λ1β(n−1)]tを用いてフィードバック項を生成する技術を説明する。
図10は、第4の実施の形態において計算部102及び補正部103に相当する部分についての、離散時間系の処理を示すブロック図である。
第6の実施の形態においては、第5の実施の形態と異なり、処理S102は、処理S105で得られた一次磁束指令値[λ1α*(n+1) λβ*(n+1)]tを、制御周期Tsの二つ分遅延させる。この処理により一次磁束指令値[λ1α*(n−1) λ1β*(n−1)]tが得られる。
処理S111は減算処理であり、一次磁束指令値[λ1α*(n−1) λ1β*(n−1)]tから一次磁束[λ1α(n−1) λ1β(n−1)]tを差し引いて磁束偏差を得る。処理S109は第5の実施の形態と同様に、当該磁束偏差に対してPI制御を行って、フィードバック項に相当する値を出力する。
但し、処理S109の出力はα−β固定座標系において用いられるべき値である。よって本実施の形態では第5の実施の形態とは異なり、処理S112は設けられない。
処理S107,S108は加算処理であり、処理S104,S109,S110の処理結果を加算する。これにより、電圧指令値[vα*(n) vβ*(n)]tが得られる。
第5の実施の形態や第6の実施の形態で示されたこのような離散時間系での処理は、処理S102,S107,S109,S111、あるいは更に処理S112を省略することによって、フィードバックを行わない第1の実施の形態にも適用できることは明白である。また、第1の実施の形態で示されたローパスフィルタでも離散時間系での処理が可能なことは明白である。
また、離散時間系での処理を得るための変換方法としては、標準z変換の他、双一次z変換を採用することもできる。
他の技術への応用.
本件は、通常の一次磁束制御のように、λ1γc*=0に選定する場合に限定されない。上記各式の導出及び一次磁束指令値[Λ1*]の扱いからも判るように、一次磁束指令値[λ1]のγc軸成分λ1γc*が零でない場合にも適用できることは明白である。
また、非特許文献4は、一次磁束制御ではなく、永久磁石同期電動機のV/f制御を紹介している。しかしこの文献において電圧指令生成式は過渡状態が反映しておらず、過渡状態での効率は低下すると考えられる。よって本願の発明の基本的思想で説明したように、過渡状態を反映した電圧指令を求めることにより、本願と同様の効果を得ることが期待できる。
また特許文献2は一次磁束制御ではないものの、電圧指令生成式において過渡状態を反映させることで、本願と同様の効果を得ることが期待できる。