以下に、本発明の実施の形態にかかるワイヤ放電加工装置および半導体ウエハ製造方法を図面に基づいて詳細に説明する。なお、これらの実施の形態によりこの発明が限定されるものではない。
実施の形態1.
図1は、実施の形態1にかかるワイヤ放電加工装置16の一構成例を示す図である。ワイヤ放電加工装置16は、放電加工式マルチワイヤソであって、ボビン1,4と、1本のワイヤ電極2と、複数のガイドローラ3a〜3dと、制振ガイドローラ5a,5bと、加工用電源6と、複数の加工電源ユニット61と、放電波形発振制御装置62と、給電子7A,7Bと、ノズル9と、ボビン回転制御装置10a,10bと、ボビン駆動制御装置11と、加工制御装置12と、切断送り用ステージ13と、切断ステージ駆動制御装置14と、トラバース制御装置15a,15bとを備えている。
ボビン1,4は、正回転および逆回転する回転機構(図示省略)に支持されており、正回転および逆回転可能となっている。また、ボビン1,4は、ボビン1,4の回転軸方向D1,D2(長手方向)に往復動作するトラバースステージ(図示省略)に搭載されている。
1本のワイヤ電極2は、ボビン1がワイヤ電極2の繰り出し側であって、ボビン4がワイヤ電極2の巻き取り側の場合、ボビン1から繰り出されて、順次、複数のガイドローラ3a〜3d間を、複数回、互いに微小な間隔を隔てて巻回され、さらに、制振ガイドローラ5a,5bのワイヤ案内溝51a,51bに並列する部分が1つずつ架けられて、必要とされる複数の切断ワイヤ部2aを形成し、そして、ボビン4に巻き付けられている。ワイヤ電極2は、実質的に複数の切断ワイヤ部2aで被加工物8を切断加工する。1本のワイヤ電極2を繰り返し折り返すことにより複数の切断ワイヤ部2aが形成されるのであれば、必ずしも4本のガイドローラ3a〜3dにワイヤ電極2を巻き掛ける必要はなく、例えば、3本のガイドローラで切断ワイヤ部2aを形成してもよい。
制振ガイドローラ5a,5bは、その間に被加工物8を挟むように、被加工物8の両側に設置されている。また、制振ガイドローラ5a,5bは、表面に等ピッチで加工された複数のワイヤ案内溝51a,51bが形成されている。
ボビン1からガイドローラ3аに至るワイヤ電極2の経路中、および、ボビン4とガイドローラ3dに至るワイヤ電極2の経路中には、ワイヤ電極2の走行方向を変更もしくは触れ抑制するためのガイド用プーリ、ワイヤ電極2の張力を測定するロードセル、および、ワイヤ張力変動に対して高応答制御するためのダンサローラなどが設置されるが、ここでは図示を省略してある。
加工用電源6は、電圧や電流を給電子7A,7Bおよび複数の加工電源ユニット61を介して、各切断ワイヤ部2aおよび被加工物8に給電し、各切断ワイヤ部2aと被加工物8の間に放電加工電圧を印加する。
複数の加工電源ユニット61は、各給電子7A,7Bおよび被加工物8に接続されており、各給電子7A,7Bおよび被加工物8に対して、互いに独立して電圧および電流を印加する。
放電波形発振制御装置62は、加工用電源6および複数の加工電源ユニット61に接続されており、加工用電源6および複数の加工電源ユニット61を制御することによって、前述した放電加工電圧を制御する。放電波形発振制御装置62は、放電加工電圧をパルス状に印加する場合では、その周波数を変更し、また、ワイヤ電極2が走行方向を反転する時にワイヤ電極2の速度が停止する場合では、放電加工電圧の印加、すなわち、パルス発振を停止する。
給電子7A、7Bは、互いに電気的に絶縁されて整列している。給電子7A,7Bの夫々には、複数の切断ワイヤ部2aの夫々が接触している。給電子7A,7Bは互いに絶縁された複数の給電子ユニットで構成されているので、給電子7A,7Bの夫々が各切断ワイヤ部2aに対して独立して給電できる。
ノズル9は、切断ワイヤ部2aによって被加工物8が放電加工される部分へ加工液(図示省略)を吹き掛ける位置に設置されている。ノズル9には外部に設置された加工液タンクとポンプ(いずれも図示省略)が接続される。また、被加工物8は、通常、加工液が貯められた加工槽(図示省略)の内側に設置され、放電加工中は加工液に浸漬される。
ボビン回転制御装置10а,10bは、ボビン1,4の回転速度を制御し、ボビン1,4間でワイヤ電極2を往復走行させる機能を備えており、前述の回転機構に接続されている。
ボビン駆動制御装置11は、ボビン回転制御装置10а,10bを介して、ボビン1,4の回転を制御するとともに、ワイヤ電極2の走行速度情報をボビン回転制御装置10a,10bから収集して、加工制御装置12に出力する。この走行速度情報とは、例えば、ワイヤ電極2の走行速度もしくはボビン1,4の回転速度である。
加工制御装置12は、放電波形発振制御装置62、ボビン駆動制御装置11および切断ステージ駆動制御装置14を統括し、ボビン駆動制御装置11から入力されるワイヤ電極2の走行速度情報に基づき、前記放電加工電圧およびワイヤ電極2と被加工物8の間隔を制御することによって、被加工物8に対する放電加工エネルギーを制御する。
切断送り用ステージ13は、切断ワイヤ部2aに対して垂直方向、すなわち、接近または離反する方向に移動する機能を備えており、被加工物8が設置されている。切断送り用ステージ13は、ワイヤ電極2の切断ワイヤ部2aに対して前記垂直方向へ移動することによって、被加工物8を切断ワイヤ部2aに対して相対的に接近もしくは離反するように変化させる。
切断ステージ駆動制御装置14は、切断送り用ステージ13に接続されており、加工制御装置12の指令に基づき切断送り用ステージ13の前述した垂直方向への移動を制御する。
トラバース制御装置15a,15bは、前述した図示しないトラバースステージが接続されており、トラバースステージを、ボビン1,4の回転に同期して制御する。具体的に、トラバース制御装置15a,15bは、ボビン1,4におけるワイヤ電極2の繰り出し位置および巻き取り位置に応じて、各ボビン1,4をボビンの回転軸方向D1,D2に往復駆動させ、ボビン1,4からのワイヤ電極2の繰り出し、および、巻き取りが安定して行われるようにトラバースステージを制御する。
次に、実施の形態1にかかるワイヤ放電加工装置16の動作について説明する。ボビン1,4の取り付けられた回転機構によって、ワイヤ電極2の繰り出し側となるボビン1およびワイヤ電極2の巻き取り側となるボビン4を同期して回転させることにより、ワイヤ電極2は巻き取られる方向に走行する。ワイヤ電極2の走行速度は、ボビン1,4の回転速度によって制御される。
また、前記回転機構に接続されたボビン回転制御装置10a,10bによって、ボビン1,4の夫々の回転速度を調整し、ワイヤ電極2の繰り出し速度とワイヤ電極2の巻き取り速度とのわずかな差によって、ワイヤ電極2の張力を変化させることができるので、ワイヤ電極2の走行経路中に設置されたロードセル(図示省略)によってワイヤ電極2の張力が計測され、ワイヤ電極2の張力が急変する状況が発生すれば、ダンサローラ(図示省略)の高速動作によってワイヤ電極2に張力が付加もしくは弛緩され、ワイヤ電極2と切断ワイヤ部2aは所定の張力に維持される。
次に、実施の形態1にかかるワイヤ放電加工装置16の切断ワイヤ部2aと被加工物8との間で放電加工を行うための動作について説明する。まず、切断ワイヤ部2aを構成するワイヤ電極2に接触する給電子7A,7Bの各給電子は、切断ワイヤ部2aの並列間隔と等しい間隔で整列しているので、給電子7A,7Bが各切断ワイヤ部2aに接触することによって、切断ワイヤ部2aにワイヤ電極2の走行方向に対して垂直かつ水平方向の外力が作用することはなく、切断ワイヤ部2aの並列間隔などが影響を受けることはない。また、切断ワイヤ部2aの並列間隔が被加工物8の切断ピッチとなり、被加工物8から加工された薄板厚さに略等しいものとなる。
加工用電源6からの電圧や電流は、加工電源ユニット61および給電子7A,7Bを介して各切断ワイヤ部2aに給電されるとともに、加工電源ユニット61を介して被加工物8に給電され、各切断ワイヤ部2aと被加工物8の間に放電加工電圧が印加される。放電波形発振制御装置62によって、放電加工電圧の電圧値、パルス幅および周波数や電流ピーク値などが制御される。
切断送り用ステージ13に被加工物8を設置した状態で、各切断ワイヤ部2aと被加工物8との間に放電加工電圧をパルス的に印加しながら、切断ステージ駆動制御装置14の指令に基づいて切断送り用ステージ13に設置された被加工物8を各切断ワイヤ部2aに対して切断送りする。被加工物8と各切断ワイヤ部2aとの間隙が所定の距離になると放電が発生し、放電の高熱により被加工物8が溶融し除去され、加工溝81が形成される。
切断ステージ駆動制御装置14によって、切断送り用ステージ13の送り速度を制御しながら、切断ワイヤ部2aと被加工物8との極間距離や加工中における放電加工電圧や電流を制御することで、安定したパルス放電を発生させ、そのパルス放電を継続させることによって被加工物8が次第に放電加工によって切断されていく。
また、当然ながら、放電加工電圧の印加極性は一般的なワイヤ放電加工と同様に、必要に応じて適宜反転可能となっている。被加工物8は、図示しない位置制御装置により、ガイドローラ3cおよび3dの間に巻回されたワイヤ電極2の切断ワイヤ部2aと微小間隙を隔てるように位置が制御されるので、適正な放電ギャップ長が維持される。
なお、ノズル9から加工液が、通常のワイヤ放電加工と同様に、吹きかけ、もしくは、浸漬によって被加工物8とワイヤ電極2との間に供給され、被加工物8と切断ワイヤ部2aとの間で短絡を発生させる要因となる被加工物8の加工屑を加工溝81から排出する。
切断ワイヤ部2aとの放電加工によって、被加工物8からは複数枚の薄板が同時に加工される。ワイヤ放電加工では、加工速度は被加工物8の硬度に依存しないことから、硬度の高い素材に対して特に有効である。被加工物8として、例えば、スパッタリングターゲットとなるタングステンやモリブデンなどの金属、各種構造部材として使われる多結晶シリコンカーバイド(炭化珪素)などのセラミックス、半導体デバイス作製用のウエハ基板となる単結晶シリコンや単結晶シリコンカーバイドやガリウムナイトライドなどの半導体素材、太陽電池用ウエハとなる単結晶または多結晶シリコンなどを対象とすることができる。特に、炭化珪素に関しては、硬度が高いため、機械式ワイヤソによる方式では生産性が低く、加工精度が低いという問題もあり、ガリウムナイトライド(窒化ガリウム)に関しては、結晶方位と切断方向との関係から劈開しやすいという問題もあるが、本発明により、高い生産性と高い加工精度を両立しながら炭化珪素や窒化ガリウムのウエハ作製を行うことが可能となる。
以上説明したようなワイヤ放電加工装置16の構成および動作によって、被加工物8から同時に複数枚の半導体ウエハが加工される。加工初期の段階や、被加工物8の断面積が小さい場合であれば、前述の加工液は加工溝81に供給され、安定した放電加工が行われる。しかし、加工が進行するにしたがい、被加工物8の加工溝81が深く、もしくは、切断幅が厚くなると、被加工物8の加工位置となる加工溝81の底部まで加工液が供給されにくくなる。そうすると、加工溝81からの加工屑の排出、および、ワイヤ電極2の冷却も不十分となり、安定した放電加工の継続が困難となる。
また、被加工物8が高価な素材の場合におけるインゴットあたりのウエハ収量を増大する要求に対して、切り代を少なくするために実施される狭スリット加工でも同様に放電加工が不安定になり、ワイヤ断線を発生しやすい。このように、放電加工が不安定となる要因は、ワイヤ放電加工により被加工物8に形成される加工溝81の幅が狭く、加工溝81の側面との摩擦による抵抗が大きく、加工液が十分に供給されないことにある。
狭スリット加工として、例えば、4インチサイズのSiCインゴットからのウエハ加工において、直径0.100mmのワイヤ電極2を使用した場合の加工溝81の幅は約0.180mm程度であるが、直径0.050mmのワイヤ電極2を使用した場合の加工溝81の幅を0.090mm以下にしてウエハ加工が可能であることを検証するに至っている。ただし、狭スリット加工においては、加工液流量や加工液圧力が、加工の初期段階や被加工物8の切断厚さが薄い場合と同じ設定であると、加工の最先端部まで十分に加工液が供給されないことが推察される。したがって、加工溝81の幅が狭い狭スリット加工では、加工溝81の深さや被加工物8の切断厚さの増大に応じて加工液の流量や液圧などを増大することが考えられる。また、加工液供給能力は、ポンプ性能やノズル形状なども大きく影響する。
そこで、次に、加工液供給機構の能力向上以外に加工屑を効果的に加工溝81から排出する方法として、ワイヤ電極2、もしくは、切断ワイヤ部2aの高速走行によって切断ワイヤ部2aの周辺の加工液のせん断力を増大し、加工溝81に生じる加工屑をワイヤ電極2とともに加工溝81から掻き出す場合における、実施の形態1にかかるワイヤ放電加工装置16の加工制御を説明する。
図1に示すような放電加工式マルチワイヤソによる大口径インゴット加工、もしくは、狭ギャップ加工では、加工溝81からの加工屑の排出が不可欠である。この課題に対しては、加工液の供給以外にワイヤ電極2の高速走行が有効となる。
ワイヤ電極2の高速走行は、ワイヤ放電加工装置16においては、ボビン1,4の回転速度を、ボビン駆動制御装置11がボビン回転制御装置10а,10bを制御して行う。このとき、ワイヤ電極2の繰り出しと巻き取りをスムーズかつ均一に行うために、ボビン1,4の回転に同期したトラバースステージ駆動をトラバース制御装置15а,15bにより制御する。
ワイヤ電極2の繰り出し側として動作するボビン1に巻き付けられたワイヤ電極2の残量が所定値になると、ボビン駆動制御装置11は、ワイヤ電極2の走行方向を反転するために、ボビン回転制御装置10а,10bを介して、ボビン1とワイヤ電極2の巻き取り側として動作するボビン4の回転速度を制御し、ボビン1,4を減速する。ワイヤ電極2の走行方向の反転後は、それまでワイヤ電極2の繰り出し側であったボビン1は、ワイヤ電極2の巻き取り側として動作し、ワイヤ電極2の巻き取り側であったボビン4は、ワイヤ電極2の繰り出し側として動作して、ボビン駆動制御装置11の制御に基づきボビン回転制御装置10а,10bによって、ボビン1,4の回転が加速される。そして、ボビン4から繰り出されたワイヤ電極2は、ボビン1に巻き取られていく。このようにして、ワイヤ電極2および切断ワイヤ部2aは、ボビン1,4間で往復走行する。
前述のようなワイヤ電極2および切断ワイヤ部2aの往復走行において、切断ワイヤ部2aと被加工物8との間に放電加工電圧を印加し、切断送り用ステージ13を上昇させると、切断送り用ステージ13に固定されている被加工物8が切断ワイヤ部2aに徐々に接近する。被加工物8と切断ワイヤ部2aとの間隙が、数十〜数百ミクロン程度になると、発生した放電によって被加工物8が溶融し、除去されて加工溝81が形成される。
このような放電状態が継続するように間隙、すなわち、極間距離を維持するように加工送り速度、放電加工電圧の電圧値もしくは印加周波数、加工電流、最大加工電流、加工液流量、加工液圧力およびワイヤ走行速度などのワイヤ放電の加工条件を変更しながらワイヤ放電加工状態を制御することにより、被加工物8には並列する各切断ワイヤ2aによる切断溝、すなわち、被加工物8を複数枚の薄板に切断する加工溝81が次第に深く加工されていく。
前述のようなワイヤ電極2および切断ワイヤ部2aの走行によれば、被加工物8の切断距離が長い場合、すなわち、加工時間を要する大口径ウエハの切断加工であっても、ワイヤ繰り出し側として動作するボビン1もしくはボビン4に巻き付けられたワイヤ電極2が尽きて加工が中断することはなくなり、ウエハ加工を完了できる。
しかしながら、ワイヤ電極2の供給量の制限から生じる被加工物8の加工可能量の制約は解消されるが、放電加工式マルチワイヤソであるワイヤ放電加工装置16では、安定加工の観点からワイヤ電極2の走行速度と放電加工エネルギーとの間に密接な関係があり、ワイヤ電極2の走行速度に応じた放電加工の条件設定が重要となる。
図2は、実施の形態1にかかるワイヤ電極2の走行速度と放電加工電圧の関係を示す図である。図2(a)は、ワイヤ電極2の走行速度の変化を示す。なお、以降の説明において、ワイヤ電極2の走行速度と切断ワイヤ部2aの走行速度は一致するものとして取り扱う。図2(b)は、被加工物8に対して印加される放電加工電圧を示し、その時間軸は、図2(a)の時間軸に対応し、同一の時間を示す。
図2(a)に示すとおり、ボビン回転制御装置10a,10bおよびボビン駆動制御装置11でワイヤ電極2の走行方向を反転する場合、ワイヤ電極2が所定の走行速度VAで定速走行する区間T2または所定の走行速度−VAで定速走行する区間T5に至るまでに、ワイヤ電極2の走行方向の変化に対応して2つのボビン1,4の回転速度には短時間ではあるが、「減速」→「停止」→「加速」の状態が発生し、ワイヤ電極2も加減速状態および停止状態が発生する。
仮に、そのため、ワイヤ電極2が加速の状態にある区間T1,T4,T7もしくは減速の状態にある区間T3,T6において、加工電源6から印加される放電加工電圧が区間T2,T5における設定条件と同様の条件で行われていると、ワイヤ電極2の単位長さあたりの放電エネルギーが区間T2,T5よりも増大する。
この場合、区間T1,T3,T4,T6,T7の夫々においては、被加工物8の放電加工量が増大し、切断ワイヤ部2aが被加工物8を放電加工して形成されるウエハ加工精度が低下する。特に、ワイヤ電極2の走行方向が反転する時間t1,t2で切断ワイヤ部2aが停止状態になるため、放電加工電圧の印加が継続されることで、時間t1,t2では、被加工物8に対向する切断ワイヤ部2aの特定部分に放電が集中して発生し、切断ワイヤ部2aが断線する危険が高くなる。
そこで、実施の形態1では、放電加工式マルチワイヤソであるワイヤ放電加工装置16に関して、ワイヤ電極2の往復走行時の区間T1〜T7における切断ワイヤ部2аの走行速度の違いに応じた放電加工エネルギーの制御に関する高度の要求に応えることを意図しており、ワイヤ電極2の走行速度とワイヤ放電の加工条件とを協調制御する点に特徴がある。
この協調制御は、加工制御装置12によって実現される。加工制御装置12は、ボビン駆動制御装置11から入力されるワイヤ電極2の走行速度情報に基づき、ワイヤ電極2の走行速度の変化に応じてワイヤ放電の加工条件の変更を放電波形発振制御装置62に指令し、加工中のワイヤ電極2の走行速度と放電加工エネルギーを統括する。加工制御装置12は、ワイヤ電極2の単位長さあたりの放電加工エネルギーが一定になるように、ワイヤ放電の加工条件の変更を指令する。これによりワイヤ電極2の断線が防止され、安定した放電加工を継続して行うことができる。放電加工電圧は、このワイヤ放電の加工条件の1つであり、加工制御装置12は、図2(b)に示すように、ワイヤ電極2の走行方向が反転する前後において、放電波形発振制御装置62に対して放電加工電圧を増減させてパルス的に変更するよう指令する。
図2(b)に示される放電加工電圧は、区間T1において電圧値ゼロの状態から電圧値VBまで上昇し、区間T2において電圧値VBの一定値となり、区間T3において電圧値VBから下降して時間t1で電圧値ゼロになる。そして、区間T4において再び電圧値ゼロの状態から電圧値VBまで上昇し、区間T5において再び電圧値VBの一定値となり、区間T6において再び電圧値VBから下降して時間t2で電圧ゼロになる。以降、加工制御装置12によって制御される放電加工電圧は、このような変動を繰り返す。なお、図示した範囲においては、この繰り返される変動として、放電加工電圧は、区間T7において電圧ゼロの状態から電圧値VBまで上昇する。
図2(b)からも明らかであるが、ワイヤ電極2の走行方向が反転する直前直後のワイヤ電極2が加減速される区間T1,T3,T4,T6,T7では、走行速度±VAで定速走行している定常状態の区間T2,T5に比較して、切断ワイヤ部2aの単位長さあたりの被加工物8との対向時間は長くなる。仮に、区間T1,T3,T4,T6,T7において、放電加工電圧など放電加工に関する電気条件や被加工物8の加工送り速度などのワイヤ放電の加工条件が区間T2,T5と同一設定であれば、切断ワイヤ部2aの単位長さあたりの加工電圧の印加時間は長くなり、放電頻度、すなわち、放電加工量が増大する。
そこで、放電波形発振制御装置62は、加工制御装置12からの放電加工電圧の変更指令に基づき、図2(b)に示すとおり、ワイヤ電極2の走行方向の反転前後における加減速状態にある区間T1,T3,T4,T6,T7では放電加工電圧の電圧値を昇降させ、ワイヤ電極2が停止する状態の時間t1,t2では放電加工電圧の印加、すなわち、パルス発振を停止する。
また、ワイヤ電極2の走行速度情報がボビン駆動制御装置11から加工制御装置12に送られると、加工制御装置12は、ワイヤ電極2の走行速度情報からワイヤ電極2の走行速度に応じた放電加工電圧の印加周波数を算出し、その算出された印加周波数にて放電加工電圧を被加工物8に印加するよう放電波形発振制御装置62に指令する。そして、放電波形発振制御装置62は、その算出された印加周波数にて放電加工電圧を被加工物8に印加するように加工用電源6および加工電源制御ユニット61を制御する。すなわち、加工制御装置12は、放電加工電圧の印加周波数の増減によって放電頻度を制御することでも、放電加工エネルギーを制御して、結果として、ワイヤ電極2の単位長さあたりの放電加工エネルギーが一定となるように制御できる。
なお、加工制御装置12は、放電波形発振制御装置62に対して、前述の放電加工電圧の印加周波数以外にも、ワイヤ電極2の単位長さあたりの放電加工エネルギーを一定に制御するためのワイヤ放電の加工条件である、放電加工電圧の電圧値、放電1発あたりの放電加工電圧の印加時間、放電発生後の加工電流の継続時間(放電パルス幅)、放電電流のピーク値の変更を指令することによって、もしくは放電加工電圧の電圧値、放電1発あたりの放電加工電圧の印加時間、放電発生後の加工電流の継続時間(放電パルス幅)、放電電流のピーク値を指令することによって、放電加工電圧を制御することができる。さらに、加工制御装置12は、切断ステージ駆動制御装置14に対して、切断送り用ステージ13の送り速度の変更を指令することによって、もしくは切断送り用ステージ13の送り速度を指令することによって、ワイヤ電極2の単位長さあたりの放電加工エネルギーを一定に制御するためのワイヤ放電の加工条件である、ワイヤ切断部2aと被加工物8の間隔を制御する。
実施の形態1によれば、ワイヤ放電加工装置16は、2つのボビン1,4の回転を制御するボビン駆動制御装置11と、ワイヤ電極2と被加工物8との間で発生する放電加工電圧を制御する放電波形発振制御装置62と、被加工物8をワイヤ電極2に対して相対的に変化させる切断送り用ステージ13と、切断送り用ステージ13を制御する切断ステージ駆動制御装置14と、ボビン駆動制御装置11、放電波形発振制御装置62および切断ステージ駆動制御装置14を統括し、ボビン駆動制御装置11から入力されるワイヤ電極2の走行速度情報に基づき、放電加工電圧およびワイヤ電極2と被加工物8の間隔を制御する加工制御装置12とを備える。したがって、実施の形態1にかかるワイヤ放電加工装置16によれば、ワイヤ電極2の走行方向が反転する前後の加速時、減速時、および、走行停止時において、例えば、加工電圧が一定条件で印加される場合に比較して、切断ワイヤ部2аに対する単位長さあたりの放電エネルギーの増大がなく、被加工物8に対して均一な放電加工を行うように放電加工エネルギーを制御できる。したがって、ワイヤ走行速度が変化する状況であっても、ワイヤの断線が抑止され、加工面性状が均一なウエハを得ることができるとともに、ウエハ加工品質が向上する。
また、実施の形態1にかかるワイヤ放電加工装置16によれば、切断ワイヤ部2аに対する局所的な放電発生(放電集中)を防止し、ワイヤ断線の危険が大幅に減少するので、切断ワイヤ部2aを繰り返し往復走行させることによる長時間のワイヤ放電加工においても、安定した放電加工を行い、厚さばらつきが小さいウエハを一度に複数枚製作することが可能になる。
さらに、実施の形態1にかかるワイヤ放電加工装置16によれば、切断ワイヤ部2аに対する局所的な放電発生を防止し、ワイヤ断線の危険が大幅に減少するので、切断ワイヤ部2aを繰り返し高速往復走行させ、放電加工によって発生した加工屑を切断ワイヤ部2aの走行とともに極間から掻き出すことによって、極間に加工屑を滞留させることがなく、大口径のウエハのワイヤ放電加工においても安定した放電加工を行うことができる。
また、上記の効果を奏するワイヤ放電加工装置を用いることにより、炭化珪素や窒化ガリウムなどの硬質材料を含む被加工物8を、高い生産性をもって薄板状に切断加工することができる。
実施の形態2.
図1に示すワイヤ放電加工装置16は、被加工物8を放電加工によって切断する加工メカニズムにおいて、ワイヤ電極2自体も少なからず放電加工によって損傷する。ワイヤ電極2は高速走行により、単位長さあたりの損傷部は分散するが、ワイヤ電極2の往復走行による繰り返し使用によって、ワイヤ電極2の損傷領域は拡大し、ワイヤ破断強度が低下して断線の危険が高くなる。一方、ワイヤ電極2の張力を低減することによって、切断ワイヤ部2аにかかる引っ張り応力が緩和され、断線しにくくなる。
そこで、実施の形態2では、実施の形態1におけるワイヤ放電加工装置16に対して、ワイヤ電極2の繰り返し使用回数に応じてワイヤ電極2の張力を弛緩する加工制御を行う機能が付与されている。当然、実施の形態2におけるワイヤ放電加工装置16も実施の形態1と同様の構成および機能を備えている。
ワイヤ電極2の往復走行による繰り返し使用回数は、例えば、ボビン駆動制御装置11によってワイヤ電極2の走行方向の反転回数の総計によって計数できる。この反転回数の増加にともない、ワイヤ電極2は放電加工による損傷が蓄積していくため、繰り返し使用回数にほぼ比例してワイヤ電極2の破断強度は低下する。そこで、実施の形態2にかかる加工制御装置12は、ボビン駆動制御装置11から入力されるワイヤ電極2の繰り返し使用回数に関する情報に基づき、ワイヤ電極2の繰り返し使用回数があらかじめ設定された使用回数に達すると、ワイヤ電極2の張力を、ワイヤ電極2の使用回数に応じて予め設定されている張力に設定を変更する。ただし、ワイヤ電極2の走行中にワイヤ電極2の張力を急に変更するとワイヤ電極2が断線する危険があるため、ボビン駆動制御装置11でワイヤ電極2の走行速度を減速し、ワイヤ電極2が停止した後に加工制御装置12でワイヤ電極2の張力を所定値に変更し、その後、再びボビン駆動制御装置11でボビン1,4の回転を開始し、ワイヤ電極2の走行速度を加速させる必要がある。
図3は、実施の形態2にかかるワイヤ電極2の走行速度と放電加工電圧の関係を示す図である。図3(a)は、ワイヤ電極2の張力変更にともなう走行速度の変化を示す。図示するとおり、ワイヤ電極2は、区間T8〜T13で第1の張力で往復走行した後に時間t3で第2の張力への設定変更をするために一旦停止し、その後、区間T14〜T19で第2の張力で往復走行した後に時間t4で第3の張力への設定変更をするために一旦停止し、その後、区間T20〜T25で第3の張力で往復走行した後に時間t5で一旦停止する状態を示す。図3(a)において、この第1〜第3張力の変化を明確にするために、区間T14〜T19の走行速度曲線を他の区間T8〜T13,T20〜T25の走行速度曲線よりも太く表示する。ワイヤ電極2の使用回数が多くなると、ワイヤ電極2の破断強度が低下するため、実施の形態2において、ワイヤ電極2の張力の大きさは、第1の張力>第2の張力>第3の張力の関係となるように、加工制御装置12で徐々に小さい値が設定されていく。
また、図3(a)に図示するとおり、ワイヤ電極2は、区間T8,T11,T14,T17,T20,T23で加速状態にあり、区間T9,T12,T15,T18,T21,T24で速度±VAの定速状態にあり、区間T10,T13,T16,T19,T22,T25で減速状態にある。実施の形態2では、ワイヤ電極2の走行速度の加減速時にかかる張力による破断を防止するために、その加減速もワイヤ電極2の使用回数に応じて緩やかに行われる。したがって、区間T14,T16,T17,T19における加減速条件は、区間T8,T10,T11,T13の加減速条件よりも緩く、区間T20,T22,T23,T25の加減速条件は、区間T14,T16,T17,T19の加減速条件よりも緩いものとなる。
ワイヤ電極2の張力が第1の張力から第2の張力に変化する場合を例にとって説明すると、ボビン駆動制御装置11がワイヤ電極2を区間T13で減速して時間t3で停止させた後に、加工制御装置12がワイヤ電極2の張力を第1の張力から第2の張力に変更し、その張力変更が完了したらボビン駆動制御装置11は、ワイヤ電極2を区間T14で区間T8〜T13の加減速よりも緩く加速する。これは、区間T14の走行速度の傾きが区間T13の走行速度の傾きよりも小さいことから明らかである。
また、ワイヤ電極2の張力が第2の張力から第3の張力に変化する場合を例にとって説明すると、ボビン駆動制御装置11がワイヤ電極2を区間T19で減速して時間t4で停止させた後に、加工制御装置12がワイヤ電極2の張力を第2の張力から第3の張力に変更し、その張力変更が完了したらボビン駆動制御装置11は、ワイヤ電極2を区間T20で区間T14〜T19の加減速よりも緩く加速する。これは、区間T20の走行速度の傾きが区間T19の走行速度の傾きよりも小さいことから明らかである。
図3(b)は、図3(a)に示すワイヤ電極2の走行速度の変化に対応して制御された放電加工電圧を示す。図3(b)での時間軸は、図3(a)の時間軸に対応し、同一の時間を示す。また、図3(a)に対応して、区間T14〜T19の電圧曲線を他の区間T8〜T13,T20〜T25の電圧曲線よりも太く表示する。図3(b)に示す放電加工電圧の印加も、実施の形態1と同様に行われ、図3(a)に示すワイヤ電極2の走行速度に応じてパルス的に制御される。図示した範囲では、放電加工電圧の最高電圧値は、ワイヤ電極2の繰り返し使用回数に関係なく電圧値VBで一定となっているが、放電加工状態に応じて適切に調整される。
図3では放電加工電圧の印加周波数による放電加工エネルギーの制御を例としているが、放電加工の加工電圧値、放電1発あたりの放電加工電圧の印加時間、放電発生後の加工電流の継続時間(放電パルス幅)、放電電流のピーク値、もしくは、切断送り用ステージ13の送り速度など放電エネルギーを制御するものであれば、その制御パターンに大差はない。
なお、加工制御装置12は、ワイヤ電極2の繰り返し使用回数に応じて、ワイヤ電極2の加減速状態およびワイヤ電極2の走行停止状態に応じて、放電加工電圧の電圧値、放電加工電圧の印加周波数、放電周波数、放電1発あたりの放電加工電圧の印加時間、放電発生後の加工電流の継続時間(放電パルス幅)、放電電流のピーク値および切断送り用ステージ13の送り速度を変更するように、放電波形発振制御装置62および切断ステージ駆動制御装置14に指令して放電加工エネルギーの制御を行う。
実施の形態2によれば、ワイヤ放電加工装置16は、ワイヤ電極2の張力に応じて、ワイヤ放電の加工条件としての、ワイヤ電極2の張力およびワイヤ電極2の走行速度を変更するので、ワイヤ電極2の繰り返し使用によって、ワイヤ電極2の表面に放電加工による損傷が蓄積され、ワイヤ電極2の破断強度が次第に低下しても、ワイヤ電極2を断線させることなく、被加工物8から複数枚のウエハを一度に加工することができる。
実施の形態3.
図1に示すワイヤ放電加工装置16によって被加工物8を加工する場合、切断ワイヤ部2аが通過した部分には加工溝81が形成される。被加工物8の切断加工によって形成される加工溝81は、素材の損失を意味し、加工溝81の幅が狭いほど、素材の切り代が少ない状態で加工できていることになる。特に、高価な半導体素材の切断加工では低コスト化の要因となる。切り代を狭くできれば、被加工物8から切り出されるウエハ厚さの設定を変えることなく、切断ピッチを狭くできるため、被加工物8からのウエハの収量が増大し、ウエハコストを低減できる。それゆえ、加工溝81の幅を狭くすることは、ウエハ製造上、重要であり、ワイヤ電極2の転写加工ともいえるワイヤ放電加工装置16による加工では、直径の小さいワイヤ電極2を使用することで実現可能となる。
しかし、加工溝81の幅が狭くなると、被加工物8が放電加工された際に発生する加工屑が加工溝81から排出されにくくなる。そうなると、加工溝81の内側に加工屑が溜まり、滞留した加工屑に対する二次放電の増大によって加工溝81の幅が拡大する。この課題に対して、ワイヤ放電加工装置16は、ノズル9から加工溝81の内側に向けて加工液を供給し、その液流とともに加工屑を加工溝81から外部へ排出する措置がとられる。ただし、こうした加工液による加工屑の排出は、加工溝81の内側に加工液が入らないと効果がなく、加工溝81の幅が狭くなると加工溝81の側面による摩擦の影響が大きくなり、加工液は加工溝81に流入しにくくなる。
そこで、加工溝81が狭い状況では、切断ワイヤ部2аの走行とともに加工屑を加工溝81から掻き出すことが有効な手段となる。切断ワイヤ部2аの走行によって切断ワイヤ部2аの周辺に生じるせん断力によって発生する加工液流とともに加工屑が加工溝81から排出される。ワイヤ電極2の走行速度が速いほど前述の効果は大きくなり、直径の小さいワイヤ電極2であっても、ボビン1,4への巻き量制限のため、往復走行が不可欠となる。
一方、ワイヤ電極2の破断耐力は材質が同じであれば、ワイヤ電極2の直径が大きく影響し、直径が小さいワイヤ電極2ほど破断耐力は低くなる。例えば、鋼線において、直径0.100mmの破断耐力が約30[N]であるのに対し、直径0.050mmでは10[N]以下に低下する。それゆえ、直径の小さいワイヤ電極2の往復走行では、加減速時および停止時における放電加工エネルギーの制御が重要となる。
そこで、実施の形態3では、実施の形態1または実施の形態2におけるワイヤ放電加工装置16に対して、ワイヤ電極2の直径に応じて、ワイヤ電極2の走行速度と電気条件との協調制御を行う機能が付与されている。
図4は、実施の形態3にかかるワイヤ電極2の走行速度と放電加工電圧の関係を示す図である。図4(a)は、ワイヤ電極2の直径に応じた、ワイヤ電極2の2つの加減速パターンを示し、実線で直径の小さいワイヤ電極2の往復走行における加減速パターン1を示し、破線で直径の大きなワイヤ電極2の往復走行における加減速パターン2を示す。加減速パターン1および加減速パターン2は、ボビン駆動制御装置11がワイヤ電極2の直径が小さいほど加減速を緩やかに行うようにボビン回転制御装置10а,10bおよびトラバース制御装置15а,15bに指令することによって、実現される。
加減速パターン1におけるワイヤ電極2の加速する区間T26,T29,T32および減速する区間T28,T31の夫々は、加減速パターン2におけるワイヤ電極2の加速する区間T33,T36,T39および減速する区間T35,T38,41よりも長く、加減速に時間をかけた設定となる。
さらに、加工制御装置12は、ボビン駆動制御装置11からワイヤ電極2の走行速度情報が伝えられると、ワイヤ電極2の直径と走行速度に応じて、放電加工電圧の電圧値、放電加工電圧の印加周波数、放電1発あたりの放電加工電圧の印加時間、放電発生後の加工電流の継続時間(放電パルス幅)、放電電流のピーク値および切断送り用ステージ13の送り速度を変更するように、放電波形発振制御装置62および切断ステージ駆動制御装置14に指令して放電加工エネルギーを制御する。
その一例として、図4(b)は、図4(a)に示すワイヤ電極2の走行状態の変化に対応して制御された放電加工電圧を示す。実線が加減速パターン1に対応する放電加工電圧であり、破線が加減速パターン2に対応する放電加工電圧である。図4(b)の時間軸は、図4(a)の時間軸に対応し、同一の時間を示す。放電加工電圧の印加は、ワイヤ電極2の加減速に応じて、実施の形態1と同様にパルス的に制御される。加減速パターン1の最大電圧値は、区間T27,T30で電圧値VCとなり、加減速パターン2の最大電圧値は、区間T34,T37,T40で電圧値VBとなる。放電加工エネルギーを低く抑えて直径の小さいワイヤ電極2の断線を防止するべく、電圧値Vcは、電圧値VBよりも低くなるように制御される。
また、ボビン駆動制御装置11は、ワイヤ電極2の走行方向を反転する場合、繰り出し側として動作するボビン1のワイヤ電極2の残量がなくなる前に減速を完了するように、ワイヤ電極2の走行速度の減速を開始する。そして、加減速パターン1で説明すると、ボビン駆動制御装置11は、ワイヤ電極2の直径に応じて一定の速度±VAで定速走行している区間T27,T30から停止するまでの時々刻々遅くなるワイヤ電極2の走行速度をボビン回転制御装置10а,10bおよびトラバース制御装置15а,15bに指令する。加速パターン2で説明すると、ボビン駆動制御装置11は、ワイヤ電極2の直径に応じて一定の走行速度で走行している区間T34,T37,T40から停止するまでの時々刻々遅くなるワイヤ走行速度をボビン回転制御装置10а,10b、およびトラバース制御装置15а,15bに指令する。
実施の形態3によれば、ワイヤ放電加工装置16は、ワイヤ電極2の直径に応じて、ワイヤ放電の加工条件としての、ワイヤ電極2の走行速度を制御するので、切断ワイヤ部2aを構成するワイヤ電極2にワイヤ破断強度の低い直径の小さい線を使用した場合であっても、ワイヤ電極2を断線させることなく、被加工物8から複数枚のウエハを一度に加工することができる。また、切断ワイヤ部2aを繰り返し往復走行させ、時間的に長い加減速区間が必要なワイヤ放電加工においても安定した放電加工を行い、厚さばらつきが小さいウエハを一度に複数枚製作することができる。さらに、ワイヤ電極2を高速往復走行させ、放電加工によって発生した加工屑を切断ワイヤ部2aの走行とともに加工溝81から掻き出すことによって、加工溝81に加工屑を滞留させることがなく、大口径のウエハのワイヤ放電加工においても安定した放電加工を行うことができる。
実施の形態4.
図5は、実施の形態4にかかるワイヤ電極2の走行速度と放電加工電圧の関係を示す図である。図5(a)は、本切断ワイヤ部2аが被加工物8を切断加工する状態を、被加工物8の切断方向に対して垂直方向から見た状態を示す。半導体素材のウエハ加工では、一般に被加工物8は、切断後のウエハの結晶構造が所定の方向となるように、外周が研削・研磨加工された円柱形状であることが多い。被加工物8を所定の厚さの薄板に切断後、その薄板表面を研磨すれば、半導体用ウエハとなる。
このような形状の被加工物8を、被加工物8の切断厚さ(被加工物8と切断ワイヤ部2aが重なる部分における、被加工物8に対する切断ワイヤ部2аの対向長)がゼロの切断位置P0から切断を開始する場合、切断初期の段階である、被加工物8に対するワイヤ電極2の切断が浅い切断位置P1では、被加工物8の切断厚さL1は薄く(短く)、切断が進行する段階である切断位置P2,P3に到達するにしたがい、切断厚さL2,L3は厚く(長く)なっていく。被加工物8の中心付近である切断位置P3を切断する場合の切断厚さL3が最も厚く、それ以降に切断の進行する切断位置P4での切断厚さL4は、再び薄くなり、切断終了となる切断位置P5での切断厚さL5をもって被加工物8の切断が終了する。このように、切断厚さL1〜L5は、被加工物8の切断方向の切断位置に応じて変化する。したがって、被加工物8の切断位置P0〜P5に応じて、その切断厚さL1〜L5が厚くなると、放電加工によって生成した加工屑が加工溝内部から排出されにくくなる。
そこで、実施の形態4では、実施の形態1〜3のいずれかにおけるワイヤ放電加工装置16に対して、被加工物8の切断厚さL1〜L5の変化に応じて、ワイヤ電極2の走行速度を変化させて、切断ワイヤ部2аに対する放電による損傷の均一化を行う機能が付与されている。
図5(b)は、図5(a)に示す切断方向の各切断位置に対応したワイヤ電極2の走行速度を示す。図示するように、ワイヤ電極2は、ボビン駆動制御装置11の制御によって、切断位置P0〜切断位置P3において加速状態となり、切断位置P3〜切断位置P5まで減速状態となり、切断位置P5〜走行を停止する切断位置P6まで定速運転する。
仮に、被加工物8の切断厚さが薄い部分(例えば切断位置P1)と、切断厚さが厚い部分(例えば切断位置P2〜P4)の加工時のワイヤ電極2の走行速度が同様であった場合、切断厚さが厚い部分を加工したワイヤ電極2では単位長さあたりの放電による損傷が多くなる。これに対して、図5(b)に示すように、ワイヤ電極2の走行速度を制御する場合、ワイヤ電極2の品質が均一となり、ワイヤ電極2の走行中の断線が発生しにくく、形成されるウエハ面への放電加工も均一になり、加工されたウエハの品質も向上する。
図5(a)に示すウエハ加工の場合、被加工物8の切断厚さL1〜L5の変化は、切断送り用ステージ13の加工開始時からの移動距離から換算できる。もしくは、加工開始からの加工時間および切断送り用ステージ13の送り速度からも被加工物8の切断厚さL1〜L5を算出できる。さらに、加工中のウエハの切断厚さL1〜L5は、前記移動距離に基づいて計算できる。
加工制御装置12は、現在加工中のウエハの切断厚さL1〜L5に関する情報が入力されると、切断厚さL1〜L5に応じて、放電加工電圧の電圧値、放電加工電圧の印加周波数、放電1発あたりの放電加工電圧の印加時間、放電発生後の加工電流の継続時間(放電パルス幅)、放電電流のピーク値および切断送り用ステージ13の送り速度を変更し、ウエハ加工状態およびワイヤ電極の損傷状態が均一になるように、放電波形発振制御装置62および切断ステージ駆動制御装置14に指令して放電加工エネルギーの制御を行う。
その一例として、図5(c)は、放電加工電圧の電圧値の変化を示す。図5(c)の切断位置の軸は、図5(b)の切断位置の軸に対応し、同じ切断位置を示す。加工制御装置12は、図示するように、切断位置P0で被加工物8に放電加工電圧を印加し、切断位置P3までは電圧値を上昇させ、切断位置P3を過ぎてから切断位置P5までは電圧値を下降させ、切断位置P5を過ぎてからは切断位置P6まで電圧値を一定値に保持し、切断位置P6で電圧値をゼロにするように放電波形発振制御装置62を制御し、放電加工エネルギーの制御を行う。
実施の形態4によれば、被加工物8の切断厚さL1〜L5の変化に応じて、ワイヤ放電の加工条件としての、ワイヤ電極2の走行速度および放電加工電圧を制御するので、被加工物8の切断厚さL1〜L5が切断位置P1〜P5によって異なる場合でも、ワイヤ電極2の損傷を均一にし、ワイヤ電極2を断線させることなく、被加工物8から複数枚のウエハを一度に加工することができる。また、ワイヤ電極2の損傷を均一にすることで、安定した放電加工を行い、切断ワイヤ部2aを繰り返し往復走行させて、厚さばらつきが小さいウエハを一度に複数枚製作することができる。さらに、ワイヤ電極2を高速往復走行させ、放電加工によって発生した加工屑を切断ワイヤ部2aの走行とともに加工溝81から掻き出すことによって、加工溝81に加工屑を滞留させることがなく、大口径のウエハのワイヤ放電加工においても安定した放電加工を行うことができる。