従来知られた車両は、アクセルやブレーキが操作されていないときには、車両の走行慣性力によって惰性走行するように制御される。そのように惰性走行する際には、動力源である内燃機関から車両を走行させるための動力を駆動輪に伝達する必要がないので、惰性走行している間は、内燃機関に自立回転する程度の燃料を供給したり、燃料の供給を停止したりするように制御して、燃費の向上を図っている。具体的には、内燃機関と駆動輪との動力の伝達を選択的に遮断することができるクラッチを設け、そのクラッチを開放して内燃機関と駆動輪との動力の伝達を遮断することによって、内燃機関を自立回転させあるいは内燃機関を停止させて惰性走行させるいわゆるニュートラル惰性走行をさせたり、クラッチを係合して内燃機関と駆動輪との動力の伝達を可能にした状態で、内燃機関への燃料の供給を停止して、内燃機関のポンピングロスなどの制動力、すなわちエンジンブレーキを駆動輪に作用させて惰性走行させるいわゆるフューエルカットをさせたりすることで、燃費の向上を図っている。
また、車両が停止することに伴って内燃機関の出力側に設けられたトルクコンバータの出力側の回転部材であるタービンが停止した状態となると、内燃機関を自立回転させるための燃料が増大してしまうので、タービンを回転自在として内燃機関を自立回転させるために供給する燃料を低減することで燃費の向上を図っている。具体的には、タービンと駆動輪との動力の伝達を選択的に遮断することができるクラッチをタービンと駆動輪との間に設け、そのクラッチを開放してタービンと駆動輪との動力の伝達を遮断してタービンを回転自在とすることで、内燃機関の回転数を低下させるようにトルクコンバータが作用することを抑制して、燃費の向上を図っている。
これらクラッチとしては、動力源から出力されたトルクを変速して駆動輪に伝達する変速機の入力側あるいは出力側に設けられた発進クラッチや、複数の変速段に変速比を変更する有段変速機に設けられたクラッチなどであり、一般的に、油圧や電力によって駆動するアクチュエータによって係合力が制御される。すなわち、クラッチの係合力は、アクチュエータに供給される油圧や電力に依存して変化する。そのため、アクチュエータやそのアクチュエータの油圧を制御するバルブあるいは電力を制御するインバータなどの経時劣化により、目標とする係合力を発生させるために供給するべき油圧あるいは電力などの制御量が変化する可能性がある。
特許文献1には、クラッチの係合力を制御するアクチュエータに供給する油圧を学習補正するように構成された装置が記載されている。特許文献1に記載された装置は、有段変速機の変速段を変更するクラッチの係合力を過不足なく制御するために、係合するクラッチを切り替えたときにおける内燃機関の回転数のオーバーシュート量に基づいてアクチュエータに供給する油圧を学習補正するように構成されている。一方、変速段を変更しているときに、他の変速段へ変更する信号が入力されるなどの外乱が生じた場合には、上記のように係合力を制御するための制御油圧を学習すると、却って制御油圧が不安定となってしまう可能性がある。すなわち、経時劣化以外の一時的に生じた要因を含んだ油圧に応じたオーバーシュート量から制御油圧を学習補正してしまう可能性がある。そのため、特許文献1に記載された装置は、外乱などが生じた場合に学習補正を禁止するように構成されている。
なお、特許文献2には、車両が停止したときに内燃機関を停止させるように制御する装置が記載されている。また、特許文献2には、車両が停止したときに内燃機関を停止させることができない場合、具体的には、内燃機関の動力によって駆動するコンプレッサやオルタネータを駆動させる必要がある場合には、内燃機関を停止させずにクラッチを開放して内燃機関と駆動輪との動力の伝達を遮断したニュートラル状態とすることによって燃費を向上させるように構成された装置が記載されている。
一方、車両が停止したときにクラッチを完全に開放してニュートラル状態としてしまうと、クラッチの表面温度が低温である場合には、再度、クラッチを係合するときに安定した制御をすることができない。そのため、特許文献3には、車両の停止時におけるクラッチの表面温度が低温である場合には、微少量のクラッチ圧の印加による滑り制御を実行するように構成された制御装置が記載されている。
さらに、車両が走行しているときには、クラッチを開放した後に内燃機関を停止することで、内燃機関の停止に伴うショックを抑制することができるので、特許文献4に記載された装置は、内燃機関を停止する条件が成立してから所定時間経過した後に内燃機関を停止させ、その間にクラッチを開放するように構成されている。また、クラッチの温度に起因してクラッチの開放時間が変化するため、特許文献4に記載された装置は、クラッチの温度を検出して、その温度に応じて内燃機関を停止する条件が成立してから内燃機関を停止させるまでの所定時間を変化させるように構成されている。
そして、特許文献5には、車両が所定の車速以下まで減速して内燃機関を停止させる条件が成立した場合に、クラッチを開放状態とするとともに、クラッチの出力側に設けられた変速機の変速比を増加させるように変速する制御が記載されている。
この発明で対象とする車両は、エンジン(E/G)1と発進クラッチ(C1 クラッチ)2とを備えている。これを模式的に示せば図6のとおりであり、ここに示す例では、更にトルクコンバータ3と変速機(T/M))4とを備え、その変速機4から終減速機5を介して左右の駆動輪6にトルクを伝達するように構成されている。そのエンジン1は要は燃料を燃焼して動力を出力する内燃機関であり、特に燃料と空気との混合気に火花で点火し、クランク角度に対する点火の時期を遅らせる(遅角させる)ことにより出力トルクが低下するエンジンであり、したがって一般的にはガソリンエンジンである。また、このエンジン1には、従来知られているエンジンと同様に、スタータモータ1Sが付設されており、燃料の供給や点火を一旦止めて自立回転を自動停止させた後にスタータモータ1Sによってモータリングすることによりエンジン1を再始動させることができる。
トルクコンバータ3は従来知られているものと同様の構成のものであって、エンジン1によって回転させられるポンプインペラー7と、ポンプインペラー7によって生じさせられたオイルの螺旋流を受けて回転するタービン8と、これらポンプインペラー7とタービン8との間に、ワンウェイクラッチを介して所定の固定部(それぞれ図示せず)に取り付けられて配置されたステータ9とを備えている。したがって、コンバータ領域においてはトルクの増幅作用が生じるので、発進クラッチ2に対する入力トルクがトルクコンバータ3における速度比もしくはトルク比に応じて変化することになる。
さらに、トルクコンバータ3は、その入力側の部材と出力側の部材とを機械的に直接連結するロックアップクラッチ(直結クラッチ)10を備えている。このロックアップクラッチ10は従来知られているものと同様の構成であって、油圧によって動作し、その油圧に応じて伝達トルク容量が連続的に変化する摩擦クラッチによって構成されている。
発進クラッチ2は、エンジン1と変速機4との間でトルクを伝達し、またそのトルクの伝達を遮断する係合機構であって、伝達トルク容量を連続的に変化させることができるように構成され、その例は摩擦クラッチであり、油圧によって伝達トルク容量が制御される多板クラッチが一般的である。さらに、変速機4は、変速比がステップ的に変化する有段式の自動変速機、あるいは変速比が連続的に変化する無段変速機であり、前記発進クラッチ2はこの変速機4に組み込まれていてもよい。
上述したパワートレーンを備えた車両は、エンジン1を所定の実行条件の成立によって一時的に停止させ、また所定の復帰条件の成立によってエンジン1を再始動させるいわゆるエコラン制御もしくはストップ・アンド・スタート制御(S&S制御)を行うことができる。エコラン制御もしくはS&S制御(以下仮に、これらをまとめてS&S制御と記す)には、車両が停止していることによりエンジン1を停止させる停止S&S制御と、アクセルペダルを戻しかつブレーキペダルを踏み込んで停止に向けて減速している場合にエンジン1を自動停止させる減速S&S制御と、ある程度以上の車速で走行している際にアクセルペダルが戻されることによりエンジン1を自動停止させるフリーランS&S制御とがある。その実行条件と復帰条件とを説明すると、停止S&S制御は、車速が「0」でかつブレーキペダルが踏み込まれるブレーキ・オンで実行され、ブレーキペダルが戻されるブレーキ・オフで復帰し、エンジン1が始動させられる。減速S&S制御は、所定の車速以下の車速で走行している場合にアクセルペダルが戻されるアクセル・オフ、かつブレーキ・オンとなることにより実行され、ブレーキ・オフもしくはアクセルペダルが踏み込まれるアクセル・オンで復帰し、エンジン1が始動させられる。フリーランS&S制御は、所定の車速以上の車速で走行している状態でアクセル・オフで実行され、アクセル・オンで復帰し、エンジン1が始動させられる。
上記のエンジン1およびスタータモータ1S、ロックアップクラッチ10、発進クラッチ2、変速機4などを制御する電子制御装置(ECU)11が設けられている。ここで説明している電子制御装置11は、エンジン用電子制御装置やトルクコンバータ用電子制御装置、変速機用電子制御装置、エコラン電子制御装置などを統合した装置として示してあり、入力されたデータや予め記憶しているデータ、制御プログラムなどによって演算を行い、その演算結果を制御指令信号として出力するように構成されている。なお、具体的な制御動作は、制御回路や油圧アクチュエータなどによって実行される。その制御の例を挙げると、エンジン1の点火時期の遅角制御や進角制御、スタータモータ1Sの起動および停止、エンジン1における燃料の供給制御、ロックアップクラッチ10の係合および開放などの伝達トルク容量の制御、発進クラッチ2の係合および開放などの伝達トルク容量の制御、変速機4の変速比制御などである。また、入力されているデータの例を挙げると、エンジン回転数NE 、トルクコンバータ3におけるタービン回転数(発進クラッチ2の入力側回転数)NT 、変速機4の入力回転数(発進クラッチ2の出力側回転数)NIN、アクセル開度ACC、車速V、変速機4のシフトポジション、ブレーキ信号などである。
上記の車両を対象としてS&S制御でエンジン1を運転者の操作によらずに自動停止させる場合、エンジン1を停止させる制御に関連して発進クラッチ2を開放させることにより、エンジン1と変速機4との間、あるいはエンジン1と駆動輪6との間のトルク伝達を遮断する。また、発進クラッチ2の開放に合わせてロックアップクラッチ10を開放する。これらのクラッチ2,10の制御の例を以下に説明する。
図3は、S&S制御に向けた発進クラッチ2の制御の一例を説明するためのフローチャートであって、車両の減速時にエンジン1を停止するいわゆる減速S&S制御に関連して実行されるクラッチの開放制御の例である。この図3に示すルーチンは、所定の短時間に繰り返し実行される。図3に示す制御例では、先ず、シフトレンジもしくはシフトパターンが減速S&S制御を許可する状態になっているか否かが判断される(ステップS301)。シフトレンジあるいはシフトパターンは、変速機4が自動変速機の場合、車速やアクセル開度などの車両の走行状態に基づいて設定される変速段あるいは変速比の領域あるいはパターンを設定するためのものであって、運転者の操作によって選択される。そのシフトレンジあるいはシフトパターンには、車両を前進走行させるためのドライブ以外に、車両を停止状態に設定するパーキングや後進走行させるリバース、駆動輪6に対するトルクの伝達を遮断するニュートラルなどが含まれている。これらのうち前進走行させるためのレンジもしくはパターン以外が選択されている場合には、減速S&S制御を実行することがないので、ステップS301では先ず、そのシフトレンジあるいはシフトパターンを判断することとしたのである。したがって、ステップS301で否定的に判断された場合には、特に制御を行うことなく図3に示す制御を一旦終了する。
これに対して前進走行のためのシフトレンジあるいはシフトパターンが設定されていることによりステップS301で肯定的に判断された場合には、車速V以外の条件が減速S&S制御を実行できる条件になっているか否かが判断される(ステップS302)。この判断は、例えば、エンジン1や補機類あるいはバッテリーなどの減速S&S制御を実行するための各種の機器に異常がないか否か、あるいはアクセルペダルが戻されているか否か、言い換えるとエンジン1から駆動輪6,6へトルクを伝達する要求があるか否かなどで行うことができる。ステップS302で否定的に判断された場合、すなわち車速V以外の条件が減速S&S制御を実行できる条件になっていない場合には図3に示す制御を一旦終了する。それとは反対に車速V以外の条件が減速S&S制御を実行できる条件になっている場合にはステップS302で肯定的に判断され、その場合には、ロックアップクラッチ10を係合状態に維持するモード(L/Uモード)がオフになっているか否か、すなわちロックアップクラッチ10が開放状態か否か、あるいはロックアップクラッチ10をスムースに開放する制御中か否かが判断される(ステップS303)。この判断は、ロックアップクラッチ10に対する制御信号の内容によって行うことができる。なお、ステップS302におけるいわゆるフェール判断は、車両における各種の制御で実行されるから、図3に示すルーチンでは特に行わずに、他の制御での判断結果を利用するようにしてもよい。
このステップS303で否定的に判断された場合、すなわちロックアップクラッチ10を係合させるL/Uモードがオンになっていたり、あるいはロックアップクラッチ10を係合させる制御が実行されている場合には、特に制御を行うことなく図3に示す制御を一旦終了する。ロックアップクラッチ10は、エンジン回転数が低回転数であり、また車速が低車速の場合には、エンジン1のトルク変動に起因する振動をも伝達してしまうので、ロックアップクラッチ10を係合させるいわゆるロックアップ領域やスリップ状態に制御するスリップ(ハーフロックアップ)領域が車速やアクセル開度(もしくはスロットル開度)に基づいて定められている。したがってアクセルペダルが踏み込まれていたり、高車速で走行しているなど、S&S制御を実行する条件が成立していない場合には、ステップS303で否定的に判断される。これに対してアクセルペダルが戻されてエンジン回転数あるいは車速が低下している場合には、ロックアップクラッチ10が開放状態に制御されるので、ステップS303で肯定的に判断され、その場合は、車速Vが予め定めた基準車速V1 以下か否かが判断される(ステップS304)。このステップS304の判断は、車両が被駆動状態(クリープトルクが作用していない状態)になっているか否かを判断するためのものであり、その基準車速V1 はアクセル開度や変速機4で設定されている変速比などに応じて予め決められた車速、あるいは車速の低下率である減速度とロックアップクラッチ10を開放させる目標時間との積から求められる車速であって、その車速に基づいてステップS304を判断することができる。
このステップS304で否定的に判断された場合には、車両がエンジン1の出力トルクによって駆動されるいわゆる力行状態になっているので、エンジン1を自動停止する条件が成立していないことになり、したがってこの場合は特に制御を行うことなく図3に示す制御を一旦終了する。これとは反対に車速Vが基準車速V1 以下であることによりステップS304で肯定的に判断された場合には、スロットル開度がアイドル開度になってから予め定めた所定時間が経過したか否かが判断される(ステップS305)。アクセルペダルが戻されることによりスロットルバルブを閉じる指令信号が出力されるから、その指令信号の出力に基づいてアイドル開度になったことを判定することができる。これに対して、エンジン1の吸入空気量は、空気の圧縮および膨張による脈動などで直ちには変化しない。そこで、上記の所定時間は、そのような吸入空気量の変化の遅れを見込んで予め定めた時間であり、アクセル開度が急に減じられた場合であっても確実に被駆動状態になってからクラッチの開放制御を行うためにステップS305の判断を行うこととしてある。
したがって、ステップS305で否定的に判断された場合には、特に制御を行うことなく図3に示す制御を一旦終了する。これとは反対に肯定的に判断された場合には、S&S制御によってエンジン1を自動停止することに関連して発進クラッチ(C1 クラッチ)2を制御しているか否かが判断される(ステップS306)。エンジン1を駆動して走行している状態からアクセルペダルが戻されるなど、S&S制御の実行条件が成立した後、初めてそのステップS306に到った場合には、その判断結果は否定的になる。この場合、S&S制御に関連して、あるいはS&S制御を実行するために、クラッチを開放する制御を開始する判断が成立し(ステップS307)、クラッチ制御モードが開放制御モードに設定される(ステップS308)。その開放制御モードでは、その発進クラッチ2を開放する(伝達トルク容量を低下させる)手順あるいは過渡的な指示圧さらにはその継続時間が予め定められており、クラッチ制御モードが開放制御モードに切り替えられることにより、発進クラッチ2が予め定められた内容に従って制御される。すなわち、ステップS309ではその開放制御モードに従って発進クラッチ2の開放油圧の制御が開始される。その制御の一例は、指示圧を所定値までステップ的に低下させ、その後、所定の勾配で指示圧を低下させる制御であり、あるいは入力側の回転数と出力側の回転数との差回転数に目標値を設定し、実際の差回転数がその目標値に追従するように指示圧を設定するフィードバック制御である。その後、一旦、図3に示すルーチンが終了される。
上述したステップS307でクラッチを開放する制御を開始する判断が成立した後は、ステップS306で肯定的に判断され、その場合は発進クラッチ2の開放制御が行われているか否かが判断される(ステップS310)。発進クラッチ2の開放制御が未だ開始されていないことにより、すなわち開放制御中でないことによりステップS310で否定的に判断された場合には、特に制御を行うことなく図3に示す制御を一旦終了する。これとは反対に開放制御が開始していてステップS310で肯定的に判断された場合には、発進クラッチ2の前後回転数差の絶対値が予め定めた基準回転数N1 以上で、かつ発進クラッチ2の指示圧が所定値以下か否かが判断される(ステップS311)。ここで前後回転数差とは、タービン回転数NT と入力回転数NINとの差である。また、基準回転数N1 は発進クラッチ2の開放が進行していることを判断するためのものであり、前側(エンジン1側)の回転数もしくはトルクの変化がショックなどの違和感の要因にならない回転数として実験などによって定めた回転数である。さらに、発進クラッチ2指示圧を判断する上記の所定値は、発進クラッチ2の開放制御が進行したこと、あるいは伝達トルク容量が十分に低下したことを判断するためのものであって、上記の回転数差についての理由と同様に、前側(エンジン1側)の回転数もしくはトルクの変化がショックなどの違和感の要因にならない係合圧として実験などによって定められている。
このステップS311で否定的に判断されれば、発進クラッチ2が未だ十分に開放しておらず、その伝達トルク容量が大きいことになるから、特に制御を行うことなく図3に示す制御を一旦終了する。これに対してステップS311で肯定的に判断された場合には、発進クラッチ2の開放制御が進行してその伝達トルク容量が小さくなっていることになるから、エンジン1の停止を許可する(ステップS312)。この許可に基づくエンジン1の停止制御については後述する。そして、所定の条件が成立することにより発進クラッチ2の制御モードを通常の制御である定常制御モードに切り替え(ステップS313)、図3のルーチンを一旦終了する。
また、上述した発進クラッチ2の開放制御を行っている過程で、すなわち発進クラッチ2が完全に開放したことの判断の成立を待たずに、エンジン1の出力トルクを低下させる遅角制御を実行する。その制御ルーチンを図4に示してあり、ここに示す例では、先ず、S&S制御によるエンジン停止要求があるか否かが判断される(ステップS401)。これは、例えば電子制御装置11からのエンジン停止要求により、より具体的には、車両の走行状態に応じてエンジン1を停止させたり発進クラッチ2を開放させたりする制御を行う制御装置であるエコラン電子制御装置からのエンジン停止要求により行うことができる。エンジン停止要求がないことによりステップS401で否定的に判断された場合には、特に制御を行うことなく図4のルーチンを一旦終了する。これとは反対にエンジン停止要求があることによりステップS401で肯定的に判断された場合は、エンジン1の点火時期を遅らせる遅角制御が実行される(ステップS402)。この制御は、点火時期を失火限界まで徐々に遅角させる制御であり、その点火時期の変化率(変化勾配)は、エンジン1の停止およびそれに伴うトルクの変化がショックなどの違和感の要因にならないように予め設定することができる。また、失火限界は、エンジン1の気筒数や排気量などによって決まっている。
また、エコラン電子制御装置からのエンジン停止要求が成立したことに伴うエンジン1の具体的な停止制御について説明する。図5はその制御例を説明するためのフローチャートである。エンジン1の自動停止は、S&S制御として実行されるので、先ず、S&S制御によるエンジン停止要求があるか否かが判断され(ステップS501)、そのエンジン停止要求がないことによりステップS501で否定的に判断された場合には図5のルーチンを一旦終了し、これとは反対に肯定的に判断された場合には、発進クラッチ2の開放が完了しているか否かが判断される(ステップS502)。このステップS502の判断は、前述したステップS312でエンジン1の停止許可が成立した後に実行される。図5に示す制御例は、発進クラッチ2の開放制御の途中でエンジン停止のための遅角制御を実行するものであって、最初にステップS502の判断を行った場合には判断結果は否定的になり、その場合は、前述した遅角制御が終了しているか否かが判断される(ステップS503)。ここで遅角制御の終了とは、点火時期が失火限界まで遅角されたことであり、したがってステップS503の判断はエンジン1の点火時期の制御指令に基づいて行うことができる。
遅角制御が終了していないことによりステップS503で否定的に判断された場合には、図5のルーチンを一旦終了し、再度、ステップS501からの制御を行う。これに対して遅角制御が終了していることによりステップS503で肯定的に判断された場合には、エンジン1を自動停止させる(ステップS504)。具体的にはエンジン1に対する燃料の供給を停止し、また点火プラグへの通電を止めるなど、エンジン1の自立回転を停止する制御である。一方、ステップS502で発進クラッチ2の開放が完了していることが判断された場合、すなわちステップS502で肯定的に判断された場合、直ちにステップS504に進んで、エンジン1を自動停止させ、図5のルーチンを一旦終了する。
したがって、S&S制御によってエンジン1を自動停止させる場合、図3ないし図5に示す制御例では、発進クラッチ2を開放させる制御の過程で、エンジン1の遅角制御を実行してエンジントルクを停止に向けて低下させる。言い換えれば、発進クラッチ2が完全に開放することを待つことなくエンジン1を自動停止させる停止制御を開始するので、エンジン1の自動停止の遅れを従来になく短縮でき、それに伴って車両の燃費の向上効果を増大させることができる。
一方、上述したステップS311やステップS503で否定的に判断されてエンジン1が停止されずに車両が停止したときには、発進クラッチ2を開放することによって、エンジン1を自立回転させるために供給する燃料を低減するように制御される。このようにエンジン1を自立回転させつつ発進クラッチ2を開放させる制御を、以下の説明では、ニュートラル制御と記す。そして、ニュートラル制御を実行する条件が成立すると、発進クラッチ2の係合力を制御する油圧アクチュエータの指示圧を初期圧までステップ的に一旦低下させ、その後に、発進クラッチ2を開放させることに起因するショックが生じないように、指示圧の変化率が所定の変化率となるように低下させ、あるいは入力側の回転数と出力側の回転数との差回転数に目標値を設定し、実際の差回転数がその目標値に追従するように指示圧を低下させる。一方、油圧アクチュエータやその油圧アクチュエータに油圧を供給するためあるいは制御するためのバルブは不可避的な経時劣化などがあり、油圧アクチュエータの油圧を制御するための信号、具体的には、バルブを開閉させるための信号圧や電力に対する発進クラッチ2の係合力が変化してしまう可能性がある。そのため、ニュートラル制御を実行して油圧アクチュエータの指示圧を一旦低下させる際の目標圧である初期圧を学習補正するように制御される。すなわち、前回ニュートラル制御を行ったときにおける初期圧に応じて変化した発進クラッチ2の係合力の変化量に基づいて、次にニュートラル制御を行うときの初期圧を増減させるように制御される。
ここで、油圧アクチュエータの指示圧を学習補正する制御の一例を説明する。まず、ニュートラル制御を実行すると、変速機4の入力部材とトルクコンバータ3の出力部材であるタービン8との動力の伝達が遮断されるので、タービン8は、変速機4の入力部材とは独立して回転することができる。そのため、タービン8の回転数は、エンジン1の回転数とトルクコンバータ3の速度比とに基づいた回転数となる。すなわち、発進クラッチ2が係合した状態で車両が停止した時点では、タービン8は停止しており、その後に発進クラッチ2が開放されるとタービン8が所定の回転数まで増大する。このように発進クラッチ2を開放させ始めてからタービン8の回転数が所定の回転数となるまでの時間が、予め定めた時間より長い場合、言い換えると、油圧アクチュエータの指示圧の制御量に応じた時間より長い場合には、油圧アクチュエータやバルブなどが経時劣化してしまっている可能性が高いため、その時間の偏差に基づいて初期圧を低下させるように学習補正する。同様に、このように発進クラッチ2を開放させ始めてからタービン8の回転数が所定の回転数となるまでの時間が予め定めた時間より短い場合には、その時間の偏差に基づいて初期圧を増大させるように学習補正する。すなわち、発進クラッチ2が完全に開放されることに伴ってタービン8の回転数が所定の回転数となるので、上記学習補正は、発進クラッチ2が完全に開放されるまでの時間、言い換えると発進クラッチ2の係合圧が所定の係合圧まで低下する時間が、予め定めた時間以内となるように、油圧アクチュエータの指示圧を学習補正する。なお、学習補正する油圧アクチュエータの指示圧は、初期圧を補正するものであってもよく、指示圧の変化率を補正するものであってもよい。
一方、図3ないし図5に示す制御例では、車両が走行しているときに、発進クラッチ2を開放するとともに、エンジン1を停止させることができるが、運転者による制動力要求が大きい場合には、発進クラッチ2を開放させたもののエンジン1が停止せずに車両が停止してしまうことがある。このように発進クラッチ2が開放されかつエンジン1が停止していない状態で車両が停止し、オイルポンプやコンプレッサを駆動させているときなどには、エンジン1を停止することができないため、発進クラッチ2を開放しかつエンジン1を自立回転させるニュートラル制御へ移行する。また、減速S&S制御を実行していた状態からニュートラル制御へ移行したときには、発進クラッチ2が既に開放されているため、ニュートラル制御へ移行したときに発進クラッチ2の係合力を制御する油圧アクチュエータの指示圧を学習補正することを禁止する。これは、上述したように油圧アクチュエータの指示圧を学習補正する制御は、ニュートラル制御を開始したときから、タービン8の回転数が所定の回転数となるまでの時間を基準として油圧アクチュエータの指示圧を学習補正するため、ニュートラル制御を開始した時点で既に発進クラッチ2が開放されていると、ニュートラル制御を開始したときから、タービン8の回転数が所定の回転数となるまでの時間が「0」となってしまい、そのような場合も油圧アクチュエータの指示圧を学習補正してしまうと、却って発進クラッチ2の係合力が不安定となってしまうからである。
つぎに、油圧アクチュエータの指示圧の学習補正を禁止する制御の一例について説明する。図1は、その制御例を説明するためのフローチャートであって、図3ないし図5と並行して実行され、また短時間毎に繰り返し実行される。まず、エンジン1が停止中か否かを判断する(ステップS101)。このステップS101の判断は、エンジン1への燃料の供給が停止しているか否か、あるいはスロットルバルブが閉じているか否かによって判断することができる。この発明に係る制御装置は、発進クラッチ2が開放された状態でニュートラル制御を実行した時点での油圧アクチュエータの指示圧の学習補正を禁止するものであるため、エンジン1が停止しているとき、すなわちステップS101で肯定的に判断されたときには、図1に示すルーチンを一旦終了する。それとは反対に、エンジン1が停止しておらずステップS101で否定的に判断された場合は、エンジン1を停止させる条件が成立しているか否かを判断する(ステップS102)。このステップS102の判断は、上述したステップS312やステップS504に基づいて判断することができる。ステップS102で肯定的に判断された場合、すなわちエンジン1を停止させる条件が成立している場合には、図3あるいは図5に示す制御に応じてエンジン1を停止させる減速S&S制御を実行するため、図1に示すルーチンは一旦終了する。それとは反対に、ステップS102で否定的に判断された場合、すなわちエンジン1を停止させる条件が成立していない場合には、車両が停止しているか否かを判断する(ステップS103)。
上述したようにこの発明に係る制御装置は、減速S&S制御を実行して発進クラッチ2を開放したものの、エンジン1が停止せずに車両が停止したときに、油圧アクチュエータの指示圧の学習補正を禁止するものであるので、車両が停止していない場合には、ステップS103で否定的に判断され、図1に示すルーチンを一旦終了する。それとは反対に、車両が停止しており、ステップS103で肯定的に判断された場合には、ニュートラル制御を実行する条件が成立しているか否かを判断する(ステップS104)。このステップS104の判断は、ブレーキペダルが踏み込まれているか否かあるいはクリープ力を駆動輪6,6に作用させる必要があるかなど、発進クラッチ2を開放してもよいか否かを判断すればよい。そして、ステップS104で否定的に判断された場合は、ニュートラル制御を実行することがないので、図1に示すルーチンを一旦終了する。それとは反対に、ニュートラル制御を実行する条件が成立して、ステップS104で肯定的に判断された場合は、ニュートラル制御の実行中か否かを判断する(ステップS105)。
ステップS105の判断は、発進クラッチ2を制御するモードや発進クラッチ2に付設された油圧アクチュエータの指示圧に基づいて判断することができる。具体的には、ニュートラル制御を実行していることを示すフラグがONとなっているか、あるいは発進クラッチ2を制御する油圧アクチュエータへの指示圧が、ニュートラル制御を実行して発進クラッチ2をステップ的に低下させる初期圧以上かを判断する。ニュートラル制御が実行されておりステップS105で肯定的に判断された場合には、そのままニュートラル制御を実行した状態を維持しつつ、図1に示すルーチンを一旦終了する。それとは反対に、ニュートラル制御が実行されておらずステップS105で否定的に判断された場合には、ニュートラル制御を開始して(ステップS106)、ついで発進クラッチ2が開放済みか否かを判断する(ステップS107)。このステップS107の判断は、発進クラッチ2に付設された油圧アクチュエータへの信号圧やタービン回転数NT と変速機4の入力回転数NIN(以下、単に入力回転数NINと記す。)との偏差に基づいて判断することができる。
そして、この発明に係る制御装置は、ニュートラル制御を実行する時点で、発進クラッチ2が既に開放されているときに学習補正を禁止するものであるから、発進クラッチ2が未だ開放されておらず、ステップS107で否定的に判断された場合は、そのまま図1に示すルーチンを一旦終了する。それとは反対に、ニュートラル制御を実行する時点で、発進クラッチ2が既に開放されており、ステップS107で肯定的に判断された場合は、発進クラッチ2を開放させ始めてからタービン8の回転数が所定の回転数となるまでの時間と予め定めた時間との偏差に基づいて油圧アクチュエータの指示圧を学習補正する制御を禁止して(ステップS108)、図1に示すルーチンを一旦終了する。なお、上記偏差を求めるための予め定めた時間とは、発進クラッチ3を完全に開放させるまでの目標時間などである。
上述した図1および図3ないし図5に示す制御を実行した場合における油圧アクチュエータの指示圧やニュートラル制御のON/OFF、エンジン1およびタービン8ならびに変速機4の入力軸の回転数などの変化を図2にタイムチャートで示してある。ここに示す例は、ブレーキペダルが踏み込まれて減速している状態で、エンジン1を停止する減速S&S制御を実行し、エンジン1が停止する以前に車両が停止してニュートラル制御へ切り替えられた例であり、ブレーキペダルの操作量に応じて車速が一定の変化率で減速し、またロックアップクラッチ10を係合させておくための指示圧(LU指示圧)および発進クラッチ2を係合させておくための指示圧(C1 指示圧)がライン圧程度の高い圧力に維持されている。そのため、エンジン1、タービン8ならびに変速機4の入力軸が一体となって回転している。この状態で車速がロックアップクラッチ10をスムースに開放する制御(L/Uスムース制御)を開始する下限の車速となると(t1時点)、LU指示圧およびC1 指示圧がステップ的に低下させられ、その後それら指示圧が一定の変化率で低下させられる。
そして、LU指示圧が低下してロックアップクラッチ10がスリップし始めると、エンジン回転数NE がタービン回転数NT および入力回転数NINより低回転数となる。これは、減速時には、エンジン1から動力を駆動輪6,6に伝達する必要がなくエンジン1へ供給する燃料を低下させるアイドルオンフューエルカット(FC)を実行しかつ車両の走行慣性力によってエンジン1が回転させられている状態から、ロックアップクラッチ10を開放すると、エンジン1の回転数を増大させるようにタービン8からエンジン1へ車両の走行慣性力が作用しにくくなるとともに、エンジン1におけるポンピングロスなどが生じるためである。
さらに、車速がアイドルオンフューエルカット復帰車速まで低下すると(t2時点)、フューエルカット制御が中止されてエンジン1に対する燃料の供給が再開され、またエンジン回転数NE はアイドル回転数に低下する。また、フューエルカット制御が中止されてから一時遅れて、タービン回転数NT が低下し始める。これは、C1 指示圧が低下して発進クラッチ2がスリップし始めるので、車両の慣性力によってタービン8が連れ回されにくくなるためである。また、タービン8は、エンジン1と連結されているから、エンジン1の回転数に応じた回転数NT となる。具体的には、トルクコンバータ3の速度比とエンジン1の回転数NE とに応じた回転数となる。
そして、車速が更に低下してエンジン1を停止させる車速(減速S&Sエンジン停止車速)まで低下すると(t3時点)、エンジン1を停止させるための制御を実行するが、図2に示す例では、ブレーキペダルが一定に踏み込まれて車速が低下し続け、エンジン1を停止させる以前に車両が停止している。そのため、車両が停止した時点(t4時点)では、エンジン1が駆動した状態となっておりニュートラル制御へ移行される。すなわち、ニュートラル制御を実行することを示すフラグがONされる。なお、ニュートラル制御に移行した時点では、C1 指示圧が低下して発進クラッチ2が開放されている。
そのように発進クラッチ2が開放されている状態でニュートラル制御に移行した場合には、発進クラッチ2の係合力を制御する油圧アクチュエータの指示圧を学習補正することを禁止する。
なお、図2には、発進クラッチ2を係合した状態のまま減速して車両が停止したとき、すなわち、減速S&S制御を実行せずに車両が停止してニュートラル制御に移行したときのタービン回転数NT とC1 指示圧の変化を破線で示している。図2に破線で示すように車速が低下してもC1 指示圧は、発進クラッチ2を係合させることができる程度の油圧に維持されており、そのため、タービン回転数NT と入力回転数NINとが一致したまま低下する。そして、車両が停止したt4時点では、タービン回転数NT と入力回転数NINとが「0」となる。また、車両が停止したことによりニュートラル制御に移行して発進クラッチ2を開放するためにC1 指示圧が初期圧までステップ的に低下させられ、さらに一定の変化率でC1 指示圧が低下させられる。したがって、C1 指示圧が所定の油圧まで低下すると、発進クラッチ2がスリップし始めるため、トルクコンバータ3内の流体を介してエンジン1からタービン8に動力が伝達されてタービン8が、トルクコンバータ3の速度比とエンジン回転数NE とに応じた回転数まで増大する。そして、ニュートラル制御に移行したときから、タービン回転数NT がトルクコンバータ3の速度比とエンジン回転数NE とに応じた回転数となるまでの時間と予め定めた時間との偏差に基づいて、ニュートラル制御に移行した時にC1 指示圧をステップ的に低下させる初期圧を学習補正する。
上述したように発進クラッチ2を係合している状態からニュートラル制御に移行したときに、ニュートラル制御に移行したときからタービン回転数NT がトルクコンバータ3の速度比とエンジン回転数NE とに応じた回転数となるまでの時間と、予め定めた時間との偏差に基づいて、ニュートラル制御に移行した時にC1 指示圧をステップ的に低下させる初期圧を学習補正することによって、発進クラッチ2の係合力を制御する油圧アクチュエータやその油圧アクチュエータへ油圧を供給するバルブなどの経時劣化を加味した制御量とすることができる。そのため、発進クラッチ2の係合力が意図した係合力となるように油圧アクチュエータの制御量に追従させて変化させることができる。
また、発進クラッチ2が開放された状態でニュートラル制御に移行した時に、上記学習補正を禁止することによって、発進クラッチ2の係合力が不安定となってしまうことを抑制もしくは防止することができる。すなわち、発進クラッチ2が開放された状態でニュートラル制御に移行した時点で、既にタービン回転数NT がトルクコンバータ3の速度比とエンジン回転数NE とに応じた回転数となっている可能性があり、そのような場合に、初期圧を学習補正してしまうと上記偏差が「0」となってしまい、却って発進クラッチ2の係合力が不安定となってしまう可能性があるが、上述したようにそのような条件下で学習補正を禁止することによって、発進クラッチ2の係合力が不安定となってしまうことを抑制もしくは防止することができる。すなわち、既に開放された発進クラッチの制御量に基づいて誤って学習補正してしまうことを抑制もしくは防止することができる。言い換えると、油圧アクチュエータの制御量を適切に学習させることができる。
なお、この発明は上述した具体例に限定されないのであって、発進クラッチは油圧によって伝達トルク容量が変化させられるクラッチ以外に、電気的に伝達トルク容量が制御されるクラッチであってもよく、その場合、上記の油圧に替えて電流もしくは伝達トルク容量が制御の対象となる。また、この発明で対象とする車両は、ロックアップクラッチあるいはトルクコンバータを備えていない車両であってもよく、その場合は制御の対象となる発進クラッチ2は発進クラッチのみとなる。