この発明に係る生体インプラントは、プラスチックから成り、緻密な実質部と、その実質部の表面上に形成された多孔質の表面層とを備える。更に、前記実質部はその最表面に凹凸構造を有し、前記表面層は3次元的に気孔が連結して成り、前記凹凸構造の凹部分に形成される前記表面層の厚みが、前記凹凸構造の凸部に形成される表面層の厚みの2倍以上である。
先ず、図1を参照しつつ、この発明に係る生体インプラントの一実施態様について説明する。図1に示すように、この発明に係る生体インプラント1は、実質部2と、その表面に形成されて成る表面層3とを備えている。実質部2は、その形状が鋸歯状であり、その鋸歯状の表面を表面層3が被覆している。図1に示す実質部2の鋸歯形状は、実質部の表面に形成される凹凸構造の一例である。図1に示す実質部2において、上方に***している部分を凸部4とし、下方に沈降している部分を凹部5とする。
この発明に係る生体インプラントにおいて、実質部の凹凸構造は、実質部の表面に凸部及び凹部が形成されている限り、その形状及び大きさには制限が無い。
凸部及び凹部の好ましい形状としては、例えば凸部形状が円錐、円柱、多角錐、多角柱又は半球等である態様を挙げることができる。更に好ましくは、凸部の先端が鋭角である形状を成すと良い。なお、この発明に係る生体インプラントにおいて、凹凸構造の各凹部及び各凸部の形状は、揃っていても良く、また揃っていなくとも良い。
図1に示すように各凸部4及び各凹部5の大きさが揃っている場合は、実質部2の凹凸構造の大きさ及び表面層3の厚みを計測し易い。しかしながら、図2に示すように各凸部及び各凹部の形状と大きさとが揃っていない場合には、実質部2の凹凸構造の大きさ及び表面層3の厚みが計測し難い。ここで、この発明に係る生体インプラントにおける、実質部の凹凸構造の大きさの定義を、図2を用いて説明する。
図2に示すように、生体インプラント102は、凸部と凹部との形状及び大きさが揃っていない。この発明に係る生体インプラントにおける凹凸構造の大きさは、次のようにして決定することができる。
先ず、実質部において、任意の凹部とその凹部に直近の2つの凸部とを計測対象として選択する。図2の生体インプラント102においては、実質部2の凸部X、凹部Y及び凸部Zを選択している。
次に、選択した2つの凸部であって実質部に接する直線を引き、更にその凸部の接線の平行線を選択した凹部であって実質部に接するように引く。図2の生体インプラント102においては、実質部2の凸部X及び凸部Zに接するように直線iを引き、直線iの平行線である直線iiを実質部2の凹部Yに接するように引いてある。
次いで、前記凸部の接線の平行線を、2つの凸部を覆う表面層に接するように2本引き、更に前記凸部の接線の平行線を、凹部を覆う表面層に接するように引く。図2の生体インプラント102においては、凸部X及び凸部Zをそれぞれ覆う表面層3に接するように、直線iの平行線である直線iii及び直線vを引き、更に凹部Yを覆う表面層3に接するように、直線iの平行線である直線ivを引いてある。
そして、凸部と2つの凸部の接線との接点を通り、2つの凸部の接線に直交する直線を2つの凸部についてそれぞれ引く。図2の生体インプラント102においては、凸部Xと直線iとの接点を通り、直線iの垂線viを引いた。凸部Zにおいても同様に、凸部Zと直線iとの接点を通り、直線iの垂線viiを引いてある。
凸部Xにおける表面層3の厚みは、直線iと直線iiiとの距離により定義される。凹部Yにおける表面層3の厚みは、直線iiと直線ivとの距離により決定することができる。凸部Zにおける表面層3の厚みは、直線iと直線vとの距離により決定することができる。凹部Yの開口幅は、垂線viと垂線viiとの距離により決定することができる。また、凹部Yの深さは、直線iと直線iiとの距離により決定することができる。
以上の定義付けにより実質部の凹凸構造の大きさが決定するこの発明に係る生体インプラントは、凹部を覆う表面層の厚みが、凸部を覆う表面層の厚みの少なくとも2倍、好ましくは3〜8倍程度である。図1に示す生体インプラント1は、凹部5を覆う表面層3の厚みが凸部4を覆う表面層3の厚みの少なくとも2倍である。図2に示す生体インプラント102も、凹部Yを覆う表面層3の厚みが凸部X及びZを覆う表面層3の厚みの少なくとも2倍である。なお、この発明に係る生体インプラントは、1つの凹部の厚みと、その凹部に隣接する2つの凸部の各厚みとをそれぞれ比べて、両方とも2倍以上であると良い。
凹部を覆う表面層の厚みが凸部を覆う表面層の厚みの少なくとも2倍であることにより、この発明の生体インプラントが生体内に埋入されたときに、骨からの荷重を主に受ける凸部が骨へのアンカーリング効果を発揮すると共に、凸部の表面に形成される表面層内部に骨組織が侵入して骨との結合力が高まり、更に骨からの荷重を直に受けない又は受け難い凹部の表面に形成される厚みのある表面層内に骨組織が多量に侵入することによって、この発明に係る生体インプラントの骨への結合性が更に高まる。換言すると、この発明に係る生体インプラントは、凸部が骨に食い込むと共に凸部を覆う表面層内に骨組織が侵入することにより凸部が骨に係止状態と成り、凸部の根元部分、つまり凹部の底部分を覆う厚い表面層内に多量の骨組織が侵入することにより凸部の根元部分を骨と強固に結合させることができるので、骨への結合性が高まることとなる。また、従来技術にもあるような実質部が平坦である場合は、荷重を直に受ける実質部の表面に表面層が形成されていたとしても、使用条件が厳しい箇所の表面層、例えば過大の荷重を受ける箇所の表面層がその荷重により潰れてしまうことがあった。平坦な実質部の表面に形成された表面層が潰れてしまうと、表面層が骨組織を内部に侵入させるという表面層の機能を十分に発揮することができなかった。すなわち、表面層が潰れた状態であると、例えば骨等と実質部とが直接接触することになるので、潰れた表面層及びその他の表面層と実質部に当接している骨等とは結び付くことは実質的に無かった。しかしながら、この発明に係る生体インプラントは、実質部が凹凸構造を有しているので、受ける荷重の大小が生じており、受ける荷重が小さい凹部に表面層が集中して形成されていることにより、表面層全体が潰れることなく、骨組織を内部に侵入させるという表面層の機能が損なわれることが無い。
ここで、この発明に係る生体インプラントにおいて、実質部の凹凸構造の大きさについての更に好ましい態様を挙げることとする。
この発明に係る生体インプラントは、前記実質部の表面に形成されている凹凸構造の凹部の開口幅が300μm以上1500μm以下であると好ましい。更に、この発明に係る生体インプラントは、前記実質部の表面に形成されている凹凸構造の凹部の深さが300μm以上2000μm以下であると好ましい。凹部の開口幅及び凹部の深さが上述の範囲内であると、凹部に形成される表面層の量が適量と成り易く、骨組織が侵入することのできる表面層の量が適量に維持できるので、この発明に係る生体インプラントの骨への良好な結合性を確保することができる。
前記実質部の凹凸構造の形状及び大きさは、この発明に係る生体インプラントの埋入する箇所に応じて、例えばこの発明に係る生体インプラントが当接する骨の形状に合わせて凸部の形状、並びに凸部及び凹部の大きさを適宜に設定すれば良い。
実質部の凹凸構造の形成方法としては、所望の形状及び大きさを有する凹凸構造を形成することができる限り特に制限はなく、例えば平坦な実質部に溝を切るように切削加工を施す方法、又は、予め凸部及び凹部の形状及び大きさを決定した金型による射出成形を用いる方法等を採用することができる。
この発明に係る生体インプラントについて、別の好ましい態様としては、前記表面層が小径気孔及び大径気孔を有しており、前記小径気孔及び前記大径気孔の一部は前記表面層の表面に開口する開気孔を形成しており、前記開気孔は平均開気孔径が5μm以下の小径開気孔と平均開気孔径が10〜700μmの大径開気孔とを有し、前記大径開気孔と前記小径気孔及び前記大径気孔とが連通する連通孔が、前記大径開気孔の内壁面に形成されて成るという態様を挙げることができる。この好ましい態様について、図3及び4を参照しつつ説明をする。
図3は、図1における凸部4の頂部近傍Aを拡大した図であり、図4は、図1における凹部5の底部近傍Bを拡大した図である。
図3に示す生体インプラント1は、緻密な実質部2と、小径気孔6及び大径気孔7を多数有する表面層3とを備えて成る。前記生体インプラント1はプラスチックにより形成されて成り、前記小径気孔6及び大径気孔7の一部は前記表面層3の表面に開口する開気孔8を形成している。前記開気孔8は、開気孔の大きさの平均値(以下、「平均開気孔径」と称することがある)が5μm以下の小径開気孔12と、平均開気孔径が10〜700μmの大径開気孔13とを有している。図3に示されるように、前記表面層3の表面に開口する大径開気孔13と小径気孔6及び大径気孔7とが連通する連通孔9が、大径開気孔13の内壁面に形成されている。
表面層3は、大きさの異なる小径気孔6及び大径気孔7を複数有している。これらの気孔は、独立して形成されている独立気孔10、及び2つ以上の独立気孔10が連通して形成されている連通気孔11を形成している。また、一部の小径気孔6及び大径気孔7は表面層3の表面に開口する開気孔8を形成している。生体インプラント1の凸部における開気孔8としては、平均開気孔径が大きくとも5μm、好ましくは大きくとも3μmの小径開気孔12と、平均開気孔径が10〜700μm、好ましくは20〜300μmの大径開気孔13とを有している。この大径開気孔13の内壁面には、小径気孔6及び大径気孔7と連通して形成される連通孔9が形成されている。連通孔9は、一つの開気孔8に対して複数の連通孔9が形成されているのが好ましい。連通孔9としては、小径気孔6同士が連通、又は小径気孔6と大径気孔7とが連通して形成される小径連通孔14、及び、大径気孔7同士が連通して形成される大径連通孔15を挙げることができる。なお、骨形成に関与するタンパク質及び細胞等が付着し易くするには、小径連通孔14の開口径の平均値が大きくとも5μmであると好ましく、大きくとも3μmであると更に好ましい。また、骨組織を表面層3の内部まで侵入させると共に、凸部における表面層3の強度を適度に保つには、凸部における大径連通孔15の開口径の平均値が10〜300μmであると好ましく、20〜200μmであると更に好ましい。
図3にも示すように、小径気孔6及び大径気孔7は、球状、扁球状及び長球状よりなる群より選択される少なくとも1つの形状を成す。生体インプラント1は、多数の小径気孔6及び大径気孔7等の気孔を有する表面層3を備えていることにより、生体インプラント1を体内に埋設した場合に、表面層3の表面に開口している多数の開気孔8及びこの開気孔8と連通孔9とを介して、骨組織を表面層3の内部に侵入させることができる。その結果、表面層3の内部に存在する空間を充填するように新たな骨が形成されるので、骨と生体インプラント1とが結合することとなる。さらに、大径気孔7により形成されている大径開気孔13の内壁面に連通孔9、特に大径連通孔15が多数形成されている程、骨組織を表面層3の表面から深部まで到達させることができるので、表面層3の深部において新たな骨を形成させることができることになり、骨と生体インプラント1とを良好な結合性を確保することができる。
すなわち、生体インプラント1は、図3に示すように実質部2の表面を多孔質の表面層3が覆っているので、図1に示す凸部4が骨に食い込んだ場合に、凸部4の表面においても、骨への結合性を確保することができる。
なお、表面層3の表面に開口する小径開気孔12の平均開気孔径と大径開気孔13の平均開気孔径は、表面層3の表面を走査型電子顕微鏡又はデジタルマイクロスコープで観察して得られる画像を利用して求めることができる。
先ず大径開気孔13の平均開気孔径の算出方法について詳述すると、表面層3の表面を走査型電子顕微鏡又はデジタルマイクロスコープにより、所定の倍率、例えば300倍に設定した画像を得る。次いで、前記画像の全視野における比較的大型の最表面部の開気孔、例えば平均径が約10μm以上の開気孔の長径と短径とを測定する。そして、これらの測定値の平均値を算出することにより、大径開気孔13の平均開気孔径を求めることができる。
小径開気孔12は、通常、大径開気孔13と他の大径開気孔13との間の骨格部分に存在する。小径開気孔12を観察する場合、走査型電子顕微鏡を用いる。小径開気孔12の平均開気孔径を測定する場合には、走査型電子顕微鏡の倍率を大径開気孔13の観察に要した倍率よりも上げることにより、測定誤差が小さくなるので好ましい。例えば、走査型電子顕微鏡を3000倍に設定したSEM画像を用いることができる。次いで、骨格部分に形成されている開気孔の長径と短径とを測定する。すなわち、先に測定した大径開気孔13を除く全ての開気孔の長径と短径とを測定する。次いで、これらの測定値の平均値を算出することにより、小径開気孔12の平均開気孔径を求めることができる。
表面層3の表面に開口する開気孔8に小径気孔6及び大径気孔7が連通して形成されている連通孔9の孔径は、上記と同様に、所定の倍率で撮影したSEM画像から求めることができる。SEM画像を用いる方法以外の平均開気孔径を求める方法として、例えば水銀ポロシメータを使用して求めることもできる。
続いて、図4を用いて、図1に示した凹部5について説明する。なお、生体インプラント1の一部を示す図4では、図3と同様の気孔等を図示する場合に、図3と共通の番号を付して説明することとする。また、図4において、既に図3に示した気孔等については、詳しい説明を省略することがある。
生体インプラント1について、凸部における表面層と凹部における表面層との相違点としては、図4に示すように、表面層の厚みと架橋部16の存在とを挙げることができる。表面層の厚みにおいて凸部に比べて凹部の方が大きいので、上述した通り、凹部における厚みのある表面層3内に多量の骨組織が侵入することができる。よって、この発明に係る生体インプラントは、骨への良好な結合性を確保することができる、という技術的効果を奏することになる。
図4において、表面層3の一部が架橋部16と成っている。架橋部16は、ある凸部と隣接する凸部との間に形成される凹部において、例えば図4に示すような表面層3の底部近傍において、糸状と成った表面層3の一部が、一方の凸部から他方の凸部へと架された部位である。生体インプラント1の凹部においては、架橋部16の数が多いのが好ましい。更に好ましくは、架橋部16が3次元的に形成され、網目状に交差している態様を挙げることができる。凹部における表面層3の気孔内等に骨組織が侵入しようとした場合に、架橋部16が存在することにより、骨組織と架橋部16との絡み合いが生じるので、生体インプラント1と骨との結合性が更に高まる。もっとも、この発明に係る生体インプラントは、架橋部が存在していなくとも、凹部の表面層の厚みが凸部の厚みに比べて厚いことによって、凹部において骨組織が厚い表面層の奥深くまで侵入することができるので、骨との強固な結合を実現することができる。なお、この発明に係る生体インプラントにおいては、架橋部も表面層の一部とする。
生体インプラント1の凹部における表面層3の厚みは、図2を用いて説明したように複数の直線を引いて定義するが、表面層3の外縁が必要となる。図3及び図4に示すように、生体インプラント1は、微視的に観察すると、表面層3の表面に多数の開気孔8が存在している。特に図4に示す凹部においては、架橋部16も表面層3の一部であるので、図4に示す架橋部16のうちの最表面に位置する架橋部16の外縁を縁取った輪郭線Cを凹部における表面層3の外縁に設定すれば良い。
表面層3の厚さは、例えば10〜2000μmであるのが好ましく、20〜1500μmであるのが特に好ましい。表面層3の厚さが上記範囲内であれば、生体インプラントを体内に埋設した後に、表面層3の表面に開口している多数の開気孔8、及び、この開気孔8と表面層3の内部に形成されている小径気孔6及び大径気孔7とが連通することにより形成される連通孔9を通じて、多くの骨組織を表面層3の内部に侵入させることができる。その結果、表面層3の内部に新たな骨が形成される。
この発明に係る生体インプラントについて、更なる好ましい態様としては、前記凹部に形成される表面層の大径開気孔の平均気孔径が、前記凸部に形成される表面層の大径開気孔の平均気孔径よりも大きいという態様を挙げることができる。凹部における大径開気孔の平均気孔径が、凸部における大径気孔の平均気孔径よりも大きいことにより、凹部における大径開気孔内に多くの骨組織が侵入し易いので、凹部における表面層と骨との結合性がより一層高まることとなる。
この発明に係る生体インプラントを形成する材料としては、力学的特性が骨又は歯に近いプラスチック、すなわち、弾性率が1〜50GPa、曲げ強度は100MPa以上であることが好ましい。
力学的特性が骨又は歯に近いプラスチックとしては、エンジニアリングプラスチック又は繊維強化プラスチック等が挙げられる。エンジニアリングプラスチックとしては、例えば、ポリアミド、ポリアセタール、ポリカーボネート、ポリフェニレンエーテル、ポリエステル、ポリフェニリンオキサイド、ポリブチレンテレフタラート、ポリエチレンテレフタレート、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリフェニレンスルフィド、ポリアリレート、ポリエーテルイミド、ポリエーテルエーテルケトン、ポリアミドイミド、ポリイミド、フッ素樹脂、エチレンビニルアルコール共重合体、ポリメチルペンテン、フェノール樹脂、エポキシ樹脂、シリコーン樹脂、ジアリルフタレート樹脂、ポリオキシメチレン、ポリ四フッ化エチレン等が挙げられる。
繊維強化プラスチックのマトリックスとなるプラスチックとしては、前記エンジニアリングプラスチックに加えて、例えば、ポリエチレン、ポリ塩化ビニル、ポリプロピレン、EVA樹脂、EEA樹脂、4−メチルペンテン−1樹脂、ABS樹脂、AS樹脂、ACS樹脂、メタクリル酸メチル樹脂、エチレン塩化ビニル共重合体、プロピレン塩化ビニル共重合体、塩化ビニリデン樹脂、ポリビニルアルコール、ポリビニルホルマール、ポリビニルアセトアセタール、ポリフッ化エチレンプロピレン、ポリ三フッ化塩化エチレン、メタクリル樹脂、リノル樹脂、ポリアリルエーテルケトン、ポリエーテルスルホン、ポリケトンスルフィド、ポリスチレン、ポリアミノビスマレイミド、ユリア樹脂、メラミン樹脂、キシレン樹脂、イソフタル酸系樹脂、アニリン樹脂、フラン樹脂、ポリウレタン、アルキルベンゼン樹脂、グアナミン樹脂、ポリジフェニルエーテル樹脂等が挙げられる。
この発明に係る生体インプラント形成する材料として、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)が特に好ましい。PEEKは、生体適合性を有し、力学的特性が骨と近い。したがって、生体インプラントを形成する材料としてPEEKを採用すると、大きな荷重が連続的に長期間かかるような部位に生体インプラントを埋設した場合に、ストレスシールディング、すなわち骨に加わる応力の遮蔽によって生じ得る骨減少及び骨密度の低下等が起こらない、高強度の生体インプラントを得ることができる。
前記繊維強化プラスチックにおける繊維としては、炭素繊維、ガラス繊維、セラミック繊維、金属繊維又は有機繊維が挙げられる。炭素繊維については、ここではカーボンナノチューブも含まれる。ガラス繊維としては、ホウケイ酸ガラス(Eガラス)、高強度ガラス(Sガラス)、高弾性ガラス(YM−31Aガラス)等の繊維、セラミック繊維としては、炭化ケイ素、窒化ケイ素、アルミナ、チタン酸カリウム、炭化ホウ素、酸化マグネシウム、酸化亜鉛、ホウ酸アルミニウム、ホウ素等の繊維、金属繊維としては、タングステン、モリブデン、ステンレス、スチール、タンタル等の繊維、有機繊維としては、ポリビニルアルコール、ポリアミド、ポリエチレンテレフタレート、ポリエステル、アラミド等の繊維、又はこれらの混合物を用いることができる。
また、この発明に係る生体インプラントを形成する材料中に、必要に応じて帯電防止剤、酸化防止剤、ヒンダードアミン系化合物などの光安定剤、滑剤、ブロッキング防止剤、紫外線吸収剤、無機充填剤、顔料などの着色料等の各種添加剤が含有されていても良い。
この発明に係る生体インプラントの更なる好ましい態様として、表面層における開気孔の内壁面及び/又は表面層の表面に生体活性物質を有している態様を挙げることができる。生体活性物質が表面層における内壁面及び/又は表面層の表面に担持されていると、生体インプラントを生体内に埋設した後に、この生体活性物質と生体の骨組織との化学的な反応が始まり、新たな骨の形成が速やかに行われるので、骨と生体インプラントとを早期に結合させることができる。
この発明に係る生体インプラントに担持させることのできる生体活性物質としては、生体との親和性が高く、歯を含む骨組織と化学的に反応する性質を有する物質であれば特に限定されず、例えばリン酸カルシウム系材料、バイオガラス、結晶化ガラス(ガラスセラミックスとも称する。)、炭酸カルシウム等が挙げられる。リン酸カルシウム系材料としては、例えば、リン酸水素カルシウム、リン酸水素カルシウム水和物、リン酸二水素カルシウム、リン酸二水素カルシウム水和物、α型リン酸三カルシウム、β型リン酸三カルシウム、ドロマイト、リン酸四カルシウム、リン酸八カルシウム、水酸アパタイト、フッ素アパタイト、炭酸アパタイト及び塩素アパタイト等が挙げられる。バイオガラスとしては、例えば、SiO2−CaO−Na2O−P2O5系ガラス、SiO2−CaO−Na2O−P2O5−K2O−MgO系ガラス、及び、SiO2−CaO−Al2O3−P2O5系ガラス等が挙げられる。結晶化ガラスとしては、例えば、SiO2−CaO−MgO−P2O5系ガラス(アパタイトウォラストナイト結晶化ガラスとも称する。)、及び、CaO−Al2O3−P2O5系ガラス等が挙げられる。これらのリン酸カルシウム系材料、バイオガラス及び結晶化ガラスは、例えば、「化学便覧 応用化学編 第6版」(日本化学会、平成15年1月30日発行、丸善株式会社)、「バイオセラミックスの開発と臨床」(青木秀希ら編著、1987年4月10日発行、クインテッセンス出版株式会社)等に詳述されている。
前記生体活性物質としては、生体活性に優れる点でリン酸カルシウム系材料が特に好ましい。更に好ましくは、実際の骨と組成や構造、性質が似ているので体内環境における安定性が優れており、体内で顕著な溶解性を示さないことから水酸アパタイトを用いると良い。
また、前記生体活性物質は、低結晶性であることが好ましい。ここでいう低結晶性とは、結晶の発達程度が低い状態を意味し、水酸アパタイトを例にすると、粉末X線回折測定において2θ=25.878°、面間隔(d値)=3.44Åの回折線における半価幅が0.2°以上のものを示す。骨の水酸アパタイトは低結晶性(上記条件下における半価幅:0.4°程度)であることから、同様の結晶性(同条件下における半価幅:0.2〜1.0°)にすることにより生体インプラントと骨とが速やかに結合できる。
生体活性物質の結晶性は、例えば、生体活性物質をカルシウム又はリンを含有する溶液に浸漬する方法により形成させる場合は、この溶液の組成成分の種類や組成比率及び/又は浸漬温度により調整することができる。
図5(a)及び(b)に、表面に生体活性物質を有する生体インプラント103a及び103bの模式図を示す。図5(a)及び(b)に示す生体インプラント103a及び103bの各部位の内、図1〜4に示した部位と同様の部位については、共通の番号を付すこととする。共通の番号を付した部位については、詳しい説明を省略することがある。
図5(a)に示すように、生体インプラント103aにおける生体活性物質17は、表面層3における開気孔8の内壁面18と表面層3の表面との全面に形成されている。また、図5(b)に示すように、生体インプラント103bにおける生体活性物質17は、開気孔8の内壁面18の一部及び/又は表面層3の表面の一部に形成されている。好ましくは、開気孔8の内壁面18に生体活性物質17が形成されている場合に、生体活性物質17が開気孔8を全て埋めてしまうように形成されているのではなく、図5(a)及び(b)に示すように、表面層3の表面に開口する開気孔8の内壁面18の一部又は全面に生体活性物質17が形成されているのが良い。例えば図5(a)に示すように、小径開気孔12が生体活性物質17によって全て埋められていても良いが、大径開気孔13は、大径開気孔13の容積をある程度保持した状態で、内壁面18に生体活性物質17が担持されているのが、好ましい。
更に大径気孔7と連通して形成される大径連通孔15も生体活性物質17により閉塞されることなく、骨組織を侵入させることができる程度の開口径を有する大径連通孔15が形成されていると良い。表面層3に開気孔8が形成され、開気孔8に連通する大径連通孔15が形成されていると、生体インプラント103aを生体内に埋設した後に、開気孔8から表面層3の内部に骨組織を侵入させることができる。その結果、開気孔8の内壁面18に存在する生体活性物質17と生体の骨組織との化学的な反応が始まり、新たな骨を形成させることができる。この形成した新たな骨は、大径開気孔13及びこの大径開気孔13に連通している小径気孔6及び大径気孔7により形成される空間を充填するように骨形成が進むので、生体活性物質17及び新たな骨が、表面層3の内部に複雑に樹枝状に広がって形成されることになる。したがって、表面層3の表面に開口する開気孔8及び開気孔8に連通する連通孔9、特に大径連通孔15を有し、かつ、開気孔8の内壁面18に生体活性物質17が存在すると、生体インプラント103aと骨とを早期に、更に強固に結合させることができる。
表面層3を投影した場合の生体活性物質17の面積割合は、少なくとも5%以上であるのが好ましく、20%以上であるのが特に好ましい。前記生体活性物質17は、表面層3の表面に存在する生体活性物質17だけでなく、開気孔8の内壁面18に存在し、かつ表面層3の外側から視覚できる生体活性物質17も含む。生体活性物質17が、表面層3における開気孔8の内壁面18及び/又は表面層3の表面に、前記範囲内で存在すると、生体インプラント103a及び103bを生体内に埋設した後に、この生体活性物質17と生体の骨組織との化学的な反応が始まり、新たな骨の形成が速やかに行われるので、骨と生体インプラント103a及び103bとを早期に結合させることができる。
表面層3を投影した場合の生体活性物質17の面積割合は、表面層3の表面を走査型電子顕微鏡により撮影した画像を画像解析ソフト、例えばScion社製 Scion Image等を使用して、生体活性物質17とそれ以外の部分とに2値化し、次いで画像全体の面積に対する生体活性物質の面積割合を算出することにより、求めることができる。
生体活性物質17は、表面層3の体積に対して0.5〜30%含有するのが好ましい。生体活性物質17は、表面層3における開気孔8の内壁面18及び/又は表面層3の表面及び/又は表面層3の内部に、独立した状態及び/又はこれらの生体活性物質17が結合して樹枝状に表面層3内部に張り巡らされた状態で存在する。上記範囲内の生体活性物質17が表面層3に存在すると、生体インプラント103a及び103bを生体内に埋設した後に、これらの生体活性物質17と生体の骨組織との化学的な反応が始まり、新たな骨の形成が速やかに行われるので、骨と生体インプラント103a及び103bとを早期に結合させることができる。
表面層3に含まれる生体活性物質17の体積割合は、上述した生体活性物質17の面積割合を測定する方法と同様にして求めることができる。すなわち、表面層3の表面に直交する断面における生体活性物質17の面積割合を算出することができれば、この算出値から生体活性物質17の体積割合を推定することができる。
次に、この発明に係る生体インプラントの製造方法の一実施例について説明する。
先ず、この発明に係る生体インプラントの製造方法は、プラスチックにより形成されて成る基材の表面に凹凸構造を形成することにより凹凸基材を得る第1工程と、前記第1工程で得られた前記凹凸基材の表面に、微小気孔を形成することにより微小気孔基材を得る第2工程と、前記第2工程で得られた微小気孔基材を、発泡剤を含有する溶液に浸漬することにより発泡剤保持基材を得る第3工程と、前記第3工程で得られた発泡剤保持基材を、プラスチックを膨潤させ、かつ、発泡剤を発泡させる発泡溶液に浸漬することにより発泡基材を得る第4工程と、前記第4工程で得られた発泡基材を、膨潤したプラスチックを凝固させる凝固溶液に浸漬する工程5とを有する。
第1工程では、プラスチック製の基材の表面に凹凸構造を形成して凹凸基材を作製する。凹凸構造を基材の表面に形成する方法としては、特に制限は無く、例えば予め決定した凹凸構造の形状を成す金型を用いて射出成形する方法、又は凹凸構造の無い基材に切削加工を施す方法等を採用することができる。
第2工程では、第1工程を経て所望の凹凸構造を有することとなったプラスチック製の基材の表面に、多数の微小気孔を有する微小気孔基材を作製する。プラスチック製の基材の表面に微小気孔を形成させる方法としては、公知の方法を採用することができ、例えば、プラスチック製の基材を、濃硫酸、濃硝酸、又はクロム酸等の腐食性溶液に所定時間浸漬し、次いで、この基材をプラスチックが溶出しない洗浄用溶液、例えば純水に浸漬させる方法を挙げることができる。プラスチックとして、例えばポリエーテルエーテルケトン(PEEK)を採用した場合には、濃硫酸にPEEKを所定時間浸漬させ、次いで、純水に浸漬させることにより微小気孔を形成させることができる。
プラスチック製の基材の表面に形成される微小気孔の気孔径は、次の第3工程において使用される発泡剤をプラスチック製の基材内に浸入させることのできる気孔径を有していれば良く、発泡剤の種類により適宜選択することができる。発泡剤として、例えば炭酸ナトリウムを採用した場合には、微小気孔の気孔径は、0.1〜200μmであるのが好ましい。
プラスチック製の基材の表面に形成されている微小気孔の気孔率は、第3工程において使用される発泡剤を十分に保持することができれば良く、例えば、発泡剤として炭酸ナトリウムを採用した場合には、プラスチック製の基材の微小気孔が形成されている層の気孔率は、10〜90%であるのが好ましい。前記気孔率の範囲の内、気孔率が低い範囲にある場合には、例えば基材の表面から内部方向に気孔が連通して形成されている状態又は基材の表面から内部方向に垂直に柱状の気孔が形成されている状態等、発泡剤が基材の表面から所望の深さに保持されるように孔が形成されているのが好ましい。
多数の微小気孔が形成されている層の厚さは、最終生成物である生体インプラントにおける表面層と同等の厚さがあれば良く、10〜2000μmであるのが好ましく、20〜1500μmであるのが更に好ましい。
多数の微小気孔を有する層の厚さ、気孔径及び気孔率は、PEEKの腐食性溶液として例えば濃硫酸を採用する場合には、PEEKを濃硫酸に浸漬する時間及び/又は温度などにより層の厚さを調整することができる。また、濃硫酸に浸漬した後に、浸漬する洗浄用溶液の種類及び/又は温度などによって気孔径及び気孔率を調整することができる。
次いで、第3工程として、第2工程で得られた微小気孔基材を、発泡剤を含有する溶液に所定時間浸漬させて、多数の微小気孔を有する微小気孔基材の表面に発泡剤が保持されて成る発泡剤保持基材を作製する。発泡剤としては、プラスチック製の基材の表面に所望の多孔質構造を形成させることのできる物質であれば良く、そのような発泡剤として、炭酸塩、アルミニウム粉末などの無機系発泡剤や、アゾ化合物、イソシアネート化合物などの有機系発泡剤を挙げることができる。発泡剤は生体に悪影響を与えない物質であるのが好ましく、そのような発泡剤としては炭酸塩が好ましく、例えば、炭酸水素ナトリウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウムを挙げることができる。
次いで、第4工程として、第3工程で得られた発泡剤保持基材を、プラスチックを膨潤させ、かつ、発泡剤を発泡させる発泡溶液に所定時間浸漬させて、プラスチックの膨潤と発泡剤の発泡とを同時に進行させることにより形成されて成る発泡基材を作製する。前記発泡溶液としては、例えば、濃硫酸、塩酸及び硝酸などの酸性溶液を挙げることができる。発泡剤保持基材を形成する材料がPEEKであり、発泡剤が炭酸塩である場合には、前記発泡溶液としては、濃度が90%以上の濃硫酸が好ましい。
この第4工程において、膨潤したプラスチックは、その表面張力によって、凹凸構造の凸部よりも凹部及び凹部近傍に膨潤したプラスチックが多く溜まることになる。すなわち、第4工程において、膨潤したプラスチックの厚みが凸部よりも凹部の方が厚くなる。第4工程を完了した時点で、凹部における膨潤プラスチックの厚みが凸部における膨潤プラスチックの厚みの2倍以上であれば良い。膨潤したプラスチックの厚みの調整は、例えば前記発泡剤の濃度、前記発泡剤に浸漬する時間及び発泡溶液に浸漬する時間等を適宜に調整することにより、達成される。なお、第4工程における前記発泡溶液の浸漬時間は5〜60分が好ましい。
次いで、工程5として、第4工程で得られた発泡基材を、膨潤したプラスチックを凝固させる凝固溶液に浸漬することにより生体インプラントを作製する。前記凝固溶液、すなわちプラスチックが溶出しない溶液としては、例えば、水、アセトン、エタノールなどの水性溶液を挙げることができる。発泡基材を形成する材料がPEEKである場合には、上記に挙げた他に、濃度が90%未満の硫酸、硝酸、リン酸、塩酸等の無機酸水溶液、水溶性有機溶剤がある。水溶性有機溶剤としては、例えばN−メチル−2−ピロリドン、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキサイド、テトラヒドロフラン、エチレングリコ−ル、ジエチレングリコ−ル、トリエトレングリコ−ル、プロピレングリコ−ル、ジプロピレングリコ−ル、グリセリンエタノ−ル、プロパノ−ル、ブタノ−ル、ペンタノ−ル、ヘキサノ−ル等のアルコ−ル及びこれらの水溶液、ポリエチレングリコ−ル、ポリプロピレングリコ−ル、ポリビニルピロリドン等液状高分子またはそれらの水溶液及びこれらの混合物を挙げることができる。
第4工程で得られた発泡基材は、凝固溶液として使用できる複数種類の溶液から選択される少なくとも1つの溶液に浸漬すれば良く、複数種類の溶液に順次浸漬しても良い。また、少なくとも2つの種類の溶液を混合して使用しても良い。
工程5の後には、生体インプラントに残存している発泡剤及び凝固溶液等を純水で洗浄するのが好ましい。
プラスチック製の基材の表面に形成される多孔質構造、すなわち生体インプラントの表面層の多孔質構造を規定する大径開気孔径、小径開気孔径、連通孔径及び気孔率等は、発泡剤の種類及び濃度、発泡溶液の種類及び濃度、発泡溶液への浸漬時間、凝固溶液の種類及び濃度、凝固溶液への浸漬時間並びに各工程における温度等を適宜選択することにより調整することができる。
上述した中でも特に、凝固溶液の種類と、凝固溶液の濃度と、凝固溶液への浸漬時間とから選択される少なくとも1つを変化させることにより、生体インプラントの表面層が所望の多孔質構造を有する生体インプラントを、容易に得ることができる。これらのパラメータを変化させることにより、発泡基材の表面における膨潤したプラスチックの凝固速度を制御することができる。凝固溶液の種類及び濃度としては、水と、膨潤したプラスチックを凝固させるのに水よりも長時間を要する低凝固溶液の少なくとも1つを適宜選択するのが好ましい。発泡基材を形成する材料がPEEKである場合には、低凝固溶液として、濃度が90%未満の硫酸を挙げることができる。
例えば、PEEKにより形成される発泡基材を、低凝固溶液として濃度が86%の硫酸に浸漬すると、水に浸漬する場合に比べて緩やかにPEEKが凝固する。すなわち、凝固速度が遅くなる。そのため、発泡基材を低凝固溶液に浸漬する時間の経過に従って、発泡基材の表面の多孔質構造は変化する。
以下に、発泡基材の低凝固溶液への浸漬時間の違いによる、発泡基材における表面の構造の変化を、上述の生体インプラント1において定義されるところの大径気孔7と大径連通孔15と小径気孔6とに分けて説明する。
大径気孔7が表面に開口する大径開気孔13と大径連通孔15との孔径は、浸漬時間の経過に従って次第に大きくなる。所定時間以上経過すると、これらの孔径は逆に小さくなる。また、大径開気孔13と大径連通孔15との数は、浸漬時間の経過に従って次第に少なくなる。浸漬時間の経過に従って、孔径が大きくなるのは、発泡剤により形成された複数の孔が、膨潤したPEEKが緩やかに凝固する間に連結して大きくなるからである、と理解される。一方、所定時間以上経過すると孔径が小さくなってしまうのは、膨潤したPEEKが緩やかに凝固する間に、発泡剤の効力が弱まってしまい、連結して大きくなった孔も含めて、全ての孔が小径化してしまうからである、と考えられる。また、浸漬時間の経過に従って、大径開気孔13と大径連通孔15の数が少なくなるのは、膨潤したPEEKが緩やかに凝固する間に、複数の大径開気孔13及び大径連通孔15が連結して統合されてしまうからである、と理解される。
小径気孔6が表面に開口する小径開気孔12の孔径及び気孔率は、浸漬時間の経過に従って次第に小さくなる。大径気孔7が発泡剤の作用により形成されるのに対し、小径気孔6は膨潤したPEEKの相分離現象に基づき形成されていると考えられる。膨潤したPEEKは、緩やかに凝固が進行する低凝固溶液との間では相分離が生じにくく、低凝固溶液の浸漬時間が長いほど、膨潤したPEEKと低凝固溶液とが均質化しながら凝固が進行するため、小径開気孔12の数や孔径が小さくなると共に、気孔率も低下すると考えられる。
以上に説明したように、発泡基材の低凝固溶液への浸漬時間の違いにより、生体インプラント1の表面層3の多孔質構造が異なる生体インプラント1を得ることができる。特に、大径開気孔13及び大径連通孔15の孔径が最大となる時間に、水などに浸漬することにより速やかに凝固を完了させれば、表面層3の内部まで連通性が良好な生体インプラント1を提供することができる。
上記においては、低凝固溶液として濃度が86%の硫酸を例として説明したが、更に低濃度の硫酸を低凝固溶液として使用した場合には、発泡基材における表面の構造の時間経過による変化の有様は、相違する。例えば、さらに低濃度の硫酸を使用すると、濃度が86%の硫酸を使用する場合よりも短時間で膨潤したPEEKが凝固するので、発泡剤の効力が弱まる前に、大径気孔7が凝固することがある。その場合には、発泡基材を低凝固溶液に長時間浸漬しておいても、大径開気孔13及び大径連通孔15の孔径が小さくなったり、数が少なくなったりすることがない。
低凝固溶液の種類及び濃度により、上述したように、浸漬時間の経過に伴う、発泡基材における表面の構造の変化の仕方は相違する。従って、所望の低凝固溶液を選択し、所定時間発泡基材を浸漬して、発泡基材の表面の構造が所望の多孔質構造を有する時間になったら、水に浸漬すれば、速やかに膨潤したプラスチックを凝固させることができるので、表面層3が所望の多孔質構造を有する生体インプラントを得ることができる。なお、膨潤したプラスチックを凝固させるために、発泡基材を水に浸漬させることの他に、膨潤したプラスチックが凝固するのに十分な時間だけ低凝固溶液に浸漬させておいても良い。
次に、表面層の表面及び/又は内部に生体活性物質を有している生体インプラントの製造方法の一実施例を説明する。
生体活性物質は、表面層における開気孔の内壁面及び/又は前記表面層の表面に固定されて形成される限り、任意の方法により形成させることができ、例えば、第1工程〜工程5により形成されて成る生体インプラント1を、少なくとも10mMのカルシウムイオンを含む溶液及び少なくとも10mMのリン酸イオンを含む溶液の両方にいずれか先に浸漬する液相法を採用することができる。
以下においては、前記液相法により、生体活性物質が表面に固定されて成る生体インプラントを製造する方法の一実施例を説明する。
まず、第1工程〜工程5により形成されて成る生体インプラントを、少なくとも10mMのカルシウムイオンを含む溶液に所定時間浸漬する。このカルシウムイオンを含む溶液は、少なくともカルシウムイオンを含んでいれば良く、ナトリウムイオン、カリウムイオン、マグネシウムイオン、炭酸イオン、ケイ酸イオン、硫酸イオン、硝酸イオン、塩素イオン、水素イオンなどを含んでいても良いが、リン酸イオンは実質的に含まないほうが好ましい。カルシウムイオンを含む溶液としては、通常、水溶性が高く、人体に悪影響を与えない化合物の水溶液を挙げることができ、例えば、塩化カルシウム、水酸化カルシウム、硝酸カルシウム、蟻酸カルシウム、酢酸カルシウム、プロピオン酸カルシウム、酪酸カルシウム、乳酸カルシウム、及びこれらの混合溶液等が挙げられ、塩化カルシウムの水溶液が好ましい。
カルシウムイオンを含む溶液に所定時間浸漬した後に、生体インプラントを、少なくとも10mMのリン酸イオンを含む溶液に浸漬する。このリン酸イオンを含む溶液は、少なくともリン酸イオンを含んでいればよく、ナトリウムイオン、カリウムイオン、マグネシウムイオン、炭酸イオン、ケイ酸イオン、硫酸イオン、硝酸イオン、塩素イオン、水素イオンなどを含んでいても良いが、カルシウムイオンは実質的に含まないほうが好ましい。リン酸イオンを含む溶液としては、通常、水溶性が高く、人体に悪影響を与えない化合物の水溶液を挙げることができ、例えば、リン酸、リン酸水素二ナトリウム、リン酸二水素ナトリウム、リン酸水素二カリウム、リン酸二水素カリウム、およびこれらの混合溶液等が挙げられ、リン酸水素二カリウムの水溶液が好ましい。
生体インプラントを上記2種類の水溶液に浸漬する順序は、特に限定されないが、例えば生体活性物質として水酸アパタイトを表面層の内部、すなわち多孔質構造内に生成させる場合は、水酸アパタイトの溶解度がより低いアルカリ域で生成反応が進むことが生成量の面から好ましい。この場合、後半に浸漬する溶液のpHがpH8〜10のアルカリ域であることが好ましい。
少なくとも10mMのカルシウムイオンを含む溶液及び少なくとも10mMのリン酸イオンを含む溶液に、生体インプラントを浸漬する時間は、それぞれ1分〜5時間が好ましく、3分〜3時間が特に好ましい。1分〜5時間の範囲内であれば、十分にカルシウムイオン及びリン酸イオンが生体インプラントの内部まで染み込み、生体インプラントの表面層における開気孔及び連通気孔の内壁面に生体活性物質が生成されて固定されるからである。また、生体活性物質の生成量を増やしたい場合、各溶液に浸漬する操作を複数回繰り返しても良い。
最終工程として、適宜、前記工程で得られた生体活性物質が形成されて成る生体インプラントを、純水に浸漬して洗浄した後に、乾燥させると、生体インプラントの表面層における少なくとも開気孔の内壁面及び/又は前記表面層の表面に生体活性物質を有している生体インプラントを得ることができる。
生体活性物質の形成は、上記の方法に限られず、例えば生体インプラントを、あらかじめ多量の生体活性物質を含む溶液に浸漬し、これを乾燥させることにより、生体インプラントにおける多孔質構造を有する表面層内部に生体活性物質を固定した後、純水に浸漬して洗浄した後に、再度乾燥させることにより、行うこともできる。
この発明に係る生体インプラントの製造方法は、一実施態様と示した生体インプラント1以外の生体インプラントをも製造することができる。この発明に係る生体インプラントは、生体内の使用部位に合わせて様々な形状、例えば、粒子状、繊維状、ブロック状、フィルム状等で用いられる。好ましくは、この生体インプラントが補填される骨欠損部又は歯欠損部等の形状と同様の形状、又は骨欠損部若しくは歯欠損部等の形状に相当する形状、例えば相似形等に、成形、整形及び/又は調製されて用いられる。
前記生体インプラントは、PEEKなどのプラスチックを所望の形状に成形、整形及び/又は調製した後に、プラスチック製の基材の表面部に多孔質構造を有する表面層を形成させることもできるし、プラスチック製の基材の表面に多孔質構造を有する表面層を形成させた後に、生体インプラントを所望の形状に成形、整形及び/又は調製することもできる。前記液相法により生体インプラントを形成すると、PEEKなどのプラスチックを、複雑な形状に成形、整形及び/又は調製した後に、プラスチック製の基材の表面部に多孔質構造を有する表面層を形成させることを、容易にすることができる。
前記表面層は、プラスチック製の基材の全表面部に形成させても良いし、骨又は歯との結合が必要な面のみに形成させても良い。また、表面層における少なくとも開気孔の内壁面及び/又は前記表面層の表面に生体活性物質を有している生体インプラントとして用いることもできる。
この発明に係る生体インプラントの実施例及び比較例として、様々な寸法及び作製条件の生体インプラントを作製した。
・第1工程
先ず、基材として、PEEK(VICTREX社製、450G、φ9×20mm)を用いることとした。実施例1〜6として、各基材の表面が様々な寸法の凹凸構造を有するように、切削加工により溝を形成した。凹凸構造の各寸法は、表1に示す。また、比較例として表面に凹凸構造を有しない、平坦な基材を用いることとした。
・第2工程
第1工程で得られた実施例1〜6及び比較例の各基材を、所定の時間で、濃度97%の濃硫酸に浸漬した。これにより、基材の表面を膨潤させ、その後、純水に浸漬し、微細な孔を有する微小気孔基材を得た。濃硫酸に浸漬した時間は、表1に示す。
・第3工程
第2工程で得られた微小気孔基材を純水で繰り返し洗浄後、濃度3Mの炭酸カリウム水溶液に1時間以上浸漬し、発泡剤保持基材を得た。
・第4工程
第3工程で得られた発泡剤保持基材を所定の時間で濃硫酸に浸漬し、発泡基材を得た。濃硫酸に浸漬した時間は、表1に示す。
・工程5
第4工程で得られた発泡基材を濃度86%の硫酸に5分間浸漬し、その後、純水に浸漬することにより発泡した表面を凝固させた。この凝固操作により、発泡表面を有する表面発泡体を得た。得られた表面発泡体を純水で繰り返し洗浄し、生体インプラントを得た。
得られた生体インプラントにおける表面層の性状について、測定結果を表1に示す。
表面層の厚みは、表面層の表面をデジタルマイクロスコープで観察して得られる画像を用いて、図2に示した定義方法により求めた。
表面層における大径開気孔と小径開気孔との各平均開気孔径は、走査型電子顕微鏡を用いて、上述した方法で算出した。
先ず、大径開気孔の平均開気孔径の算出方法について詳述すると、表面層の表面を走査型電子顕微鏡により、300倍に設定して、SEM画像を得た。次いで、前記SEM画像の全視野における平均径が約10μm以上の最表面部の開気孔の長径と短径とを測定した。そして、これらの測定値の平均値を算出することにより、大径開気孔の平均開気孔径を求めた。
小径開気孔の平均開気孔径を測定するには、走査型電子顕微鏡の倍率を3000倍に設定したSEM画像を用いた。次いで、骨格部分に形成されている開気孔の長径と短径とを測定した。すなわち、先に測定した大径開気孔を除く全ての開気孔の長径と短径とを測定した。次いで、これらの測定値の平均値を算出することにより、小径開気孔の平均開気孔径を求めた。
実施例1〜6及び比較例をデジタルマイクロスコープにより観察して得られた画像を図6〜23に示す。実施例1の生体インプラントを俯瞰した画像を図6に示し、表面層から実質部に向う鉛直方向に実施例1の生体インプラントを切断した断面画像を図7に示す。実施例2の生体インプラントを俯瞰した画像を図8に示し、実施例2の生体インプラントを切断した断面画像を図9に示す。実施例3の生体インプラントを俯瞰した画像を図10に示し、図10の拡大画像を図11に示し、実施例3の生体インプラントを切断した断面画像を図12に示す。実施例4の生体インプラントを俯瞰した画像を図13に示し、図13の拡大画像を図14に示し、実施例4の生体インプラントを切断した断面画像を図15に示す。実施例5の生体インプラントを俯瞰した画像を図16に示し、図16の拡大画像を図17に示し、実施例5の生体インプラントを切断した断面画像を図18に示す。実施例6の生体インプラントを俯瞰した画像を図19に示し、図19の拡大画像を図20に示し、実施例6の生体インプラントを切断した断面画像を図21に示す。比較例の生体インプラントを俯瞰した画像を図22に示し、比較例の生体インプラントを切断した断面画像を図23に示す。
図6〜21に示されるように、この発明の実施例に係る生体インプラントでは、ある凸部と隣接する凸部との間に架橋部が多数形成されている。これに対して、比較例に係る生体インプラントでは、架橋部が形成されていない。架橋部の存在により、骨組織と架橋部とが絡み合いを起こすので、実施例1〜6の生体インプラントと骨とは結合性が高いと推測される。
表1に示すように、実施例1〜6の生体インプラントにおける表面層は、凹部の厚みが大きく、更に、凹部における大径開気孔の平均開気孔径も大きいので、凹部において多量の骨組織が表面層内に侵入することができる。実施例1〜6の生体インプラントを生体内に埋入した場合には、骨との良好な結合性を確保することができると考えられる。