以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
図1は本発明の第1実施形態の筒内直接噴射式エンジンの概略構成図である。燃焼室21はペントルーフ型である。この燃焼室21に左側から吸気ポート22が、右側から排気ポート23が開口し、吸気ポート22の燃焼室21への開口端に吸気弁24が、また排気ポート23の燃焼室21への開口端に排気弁25が設けられている。燃焼室21天井のほぼ中央に、燃料噴霧がシリンダ10壁面を指向するように、燃料を噴射する燃料噴射弁31が設けられ、その燃料噴射弁の近傍に点火プラグ27が配置されている。
図2は燃料噴射弁31の概略構成図である。燃料噴射弁31はピエゾアクチュエータ32に電圧を印加することで、針弁33が下方にリフトし、ノズル部34がシート部35から離れて開口することによって燃料流路36の燃料を噴射する外開き式の燃料噴射弁である。燃料流路36は図示しない高圧燃料ポンプに接続されており、高圧燃料ポンプから吐出された燃料は、燃料噴射弁31に供給される。高い燃圧の下で針弁33が下方にリフトすると、燃料は円錐面上の微小な一定の間隔であるノズル部34とシート部35の隙間へと押し出され、これを通過するとともに、噴射された後の燃料噴霧は、隙間を延長してできる仮想の円錐面に沿って、略円錐面形の噴霧となって燃焼室21内を進む。一方、電圧を印加していないときにはスプリング37の上方への付勢力でノズル部34がシート部35に着座して閉じられ、このとき燃料は噴射されない。ピエゾアクチュエータ32に印加する電圧を調節することでノズル部34のリフト量を変化させ、ノズル部34とシート部35の隙間で代表される開口部寸法を調節することができる。燃料流路36には、上記の高圧燃料ポンプを含み、燃圧を調節可能な燃圧可変機構38(図5参照)を介して所定燃圧の燃料が供給されている。ここで、本実施形態では、ガソリンまたはガソリン代替燃料のような揮発性が高く、オクタン価の高い燃料を用いている。
燃料噴射弁31を設ける位置は、燃焼室21の天井に限られない。例えば、図16に示したように、吸気ポート22の下方に燃焼室21に臨んで燃料噴射弁31を設けてもかまわない。
本実施形態の燃料噴射弁31は、開口部寸法としてノズル部34とシート部35の隙間を変化させることによって燃料噴射量を調整し得るものであるが、他の方法で噴孔の面積を変化させることによって燃料噴射量を調整し得る燃料噴射弁であってもかまわない。燃料噴射弁の噴孔は複数あってもかまわない。
エンジンには圧縮比可変機構を備える。なお、圧縮比可変機構を備えるエンジンは、本出願人が先に提案しており、例えば特開2001−227367号公報等によって公知となっている。従って、その概要のみを図3を参照して説明する。
図3において、クランクシャフト2には、エンジン本体の一部を構成するシリンダブロック1内の主軸受(図示しない)に回転可能に支持されるクランクジャーナル3が各気筒毎に設けられている。各クランクジャーナル3は、その軸心Oがクランクシャフト2の軸心(回転中心)と一致しており、クランクシャフト2の回転軸部を構成している。
また、クランクシャフト2は、軸心Oから偏心して各気筒毎に設けられたクランクピン4と、クランクピン4をクランクジャーナル3へ連結するクランクアーム4aと、軸心Oに対してクランクピン4と反対側に配置され、主としてピストン運動の回転1次振動成分を低減するカウンターウェイト4bとを有している。クランクアーム4aとカウンターウェイト4bとは、この実施形態では一体的に形成されている。
そして、各気筒毎に形成されたシリンダ10に摺動可能に嵌合するピストン9と、上記のクランクピン4とが、複数のリンク部材、すなわちアッパーリンク6とロアーリンク5とにより機械的に連携されている。アッパーリンク6の上端側は、ピストン9に固定的に設けられたピストンピン8に、軸心Oc周りに相対回転可能に外嵌している。また、アッパーリンク6の下端側とロアーリンク5の、ほぼ二等分された一方の本体5aとは、両者を挿通するアッパーピン7によって、軸心Od周りに相対回転可能に連結されている。
ロアーリンク5は、クランクピン4を狭持するように、2つの本体5a、5bを取付けて構成されており、この狭持部分でクランクピン4と軸心Oe周りに相対回転可能に装着されている。ほぼ2等分された他方のロアーリンク本体5bとコントロールリンク(サードリンク)11の上端側とは、両者を挿通するコントロールピン12によって軸心Of周りに相対回転可能に連結されている。
このコントロールリンク11の下端側は、シリンダブロック1に回動可能に支持される、偏心カム部14を有するコントロールシャフト13に、その軸心Ob周りに揺動可能に外嵌,支持されている。すなわち、コントロールシャフト13の外周には偏心カム部14が回転可能に設けられており、偏心カム部14の軸心Oaは、コントロールシャフト13の軸心Obに対して所定量偏心している。この偏心カム部14は、ウォームギア15を介して圧縮比制御アクチュエータ16によって、機関の運転状態に応じて回動制御されるとともに、任意の回動位置で保持されるようになっている。
このような構成により、クランクシャフト2の回転に伴って、クランクピン4,ロアーリンク5,アッパーリンク6及びピストンピン8を介してピストン9がシリンダ10内を昇降するとともに、ロアーリンク5に連結するコントロールリンク11が、下端側の揺動軸心Obを支点として揺動する。
また、上記の圧縮比制御アクチュエータ16により偏心カム部14を回動制御することにより、コントロールリンク11の揺動軸心となるコントロールシャフト13の軸心Obが偏心カム部14の軸心Oa周りに回転し、つまりコントロールリンク11の揺動中心位置Obが機関本体(及びクランクシャフト回転中心O)に対して移動する。これにより、ピストン9の行程が変化して、エンジンの各気筒の圧縮比が可変制御される。参考として、図4に、ピストン上死点位置における3つのリンク6、5、11の姿勢を模式的に示すと、図4上段左側は高圧縮比位置での、図4上段右側は低圧縮比位置での各リンク姿勢である。高圧縮比において、コントロールシャフト13の挙動により、コントロールリンク11は比較的下げられた位置にある。ロアーリンク5は傾斜が大きく、アッパーリンク6を持ち上げている。低圧縮比化する場合、コントロールシャフト13をコントロールリンク11を下げる方向に回転させる。ロアーリンク5の傾斜が小さくなり、アッパーリンク6が下がり、上死点位置も下がり圧縮比が下がる。
図4下段に高圧縮比時と低圧縮比時のコントロールリンク11とコントロールシャフト13の拡大図を示す。燃焼圧によりピストン9が推力を受けるとコンロトールシャフト13に図4下段において反時計回りに負荷トルクが発生する。負荷発生時に低圧縮比から高圧縮比へ変更する場合、圧縮比制御アクチュエータ16(電動機)により負荷トルク以上のトルクを時計回りに発生させる。逆に、負荷発生時に高圧縮比から低圧縮比へ変更する場合において摩擦抵抗以上の負荷トルクを発生しているとき、圧縮比制御アクチュエータ16(電動機)でトルクを発生することなく低圧縮比へと変化する。
この圧縮比可変機構の最大の特徴はコントロールシャフト13の角位置制御により、ピストン9の上死点位置(燃焼室容積)を変えられる点にあり、いわゆる圧縮比可変機構としての機能を発揮する。本実施形態では、複リンク式圧縮比可変機構で説明しているが、可変圧縮比機構は複リンク式に限られるものではないし、例えば吸気弁の閉時期を変更することにより実圧縮比を変化させることも可能である。
ところで、燃焼室の全体に均一な混合気を形成し、この均一混合気を圧縮自己着火させることによって非常に小さな当量比(大きな空燃比)での運転を行い、熱効率を高めるとともにNOxの排出を低減する均一圧縮自己着火燃焼(HCCI)が公知である。また、燃焼室内に火花点火が可能な空燃比の成層混合気を形成して成層燃焼させることでポンピングロスを低減する筒内直接噴射式ガソリンエンジンが公知である。
上記の均一圧縮自己着火燃焼(HCCI)ではエンジンの負荷が小さくなるほど燃料噴射量が少なくなり、その少なくなった燃料噴射量で燃焼室の全体に均一な混合気を形成することとなるため、エンジンの負荷が小さくなるほど当量比が小さくなる(空燃比が大きくなる)。空燃比が大きくなり過ぎる、つまり混合気が希薄になり過ぎると、混合気の燃焼温度が不足してCOの酸化が進みづらくなるため、エンジンの負荷が小さい低負荷域で未燃COが急増するという問題がある。また、火花点火式エンジンにおける成層燃焼では、エンジンの負荷が低い場合でも成層混合気内の空燃比を濃くして運転するので未燃損失の増加は少ないものの、火炎伝播による燃焼が可能な程度まで成層混合気内の空燃比を濃くする必要があり、局所的な燃焼温度が比較的高くなるため、圧縮自己着火燃焼に比べてNOx排出量は増加してしまう。また、局所的に比熱比も低下してしまうので理論熱効率は圧縮自己着火燃焼に比べて低下してしまう。
これに対処するため、低回転速度側の低負荷域で燃焼室内の一部に均一な混合気、つまり成層混合気を形成する成層圧縮自己着火燃焼(Stratified Compression Combustion Ignition)を本出願人が提案している(特願2009−061116号参照)。
この成層圧縮自己着火燃焼(SCCI)における当量比制御を図7を参照して説明すると、図7は横軸に圧縮上死点を中心とするクランク角を、縦軸に成層混合気全体(燃料が到達せずに吸入空気がそのまま残っている部分を除く)の当量比をとったときの成層混合気全体の当量比の変化を示している。成層圧縮自己着火燃焼では、着火開始時期を所定のクランク角位置、例えば図示のように圧縮上死点(TDC)の付近にする必要があり、着火開始時期に目標当量比が得られるようにしなければならない。従って、着火開始時期より着火遅れ時間の前が燃料噴射開始時期となる。図7では、着火開始時期が圧縮上死点(TDC)と一致する場合を示しているが、着火開始時期は圧縮上死点(TDC)より少し進角側であったり少し遅角側であってもかまわない。なお、着火開始時期は、上死点付近における混合気内の当量比(の分布)に影響を与えるパラメータとしての燃料噴射時期の他にも、例えば圧力や温度によっても影響を受ける。すなわち、通常のピストンストロークによる燃焼室容積の変化で生じる圧力変化や温度変化の他に、吸入空気やEGRガスの量や温度、あるいは冷却水温度等に応じた圧力変化や温度変化の影響も受ける。これより、着火開始時期は、圧縮上死点付近の燃焼室内の圧力や温度に影響を与えるパラメータを変更することによっても調整される。
このように、着火開始時期が上死点付近にくるように、つまり成層混合気全体が上死点付近で着火を開始するように主噴射時期を設定することで、高い熱効率を得ることができる。
また、成層圧縮自己着火燃焼では、燃焼室21の全体に均一な混合気を形成する均一圧縮自己着火燃焼の場合よりも濃い混合気が燃焼室21内の一部に存在するため、この濃い混合気が着火して燃焼を開始する。つまり、成層圧縮自己着火燃焼では、燃焼室21のうちに部分的に濃い混合気を形成してやればよいので、燃焼温度が不足してCOの酸化が進みづらくなることがなく、低回転速度側の低負荷域での未燃COの急増を防止できるのである。
このため、図6に示したように、運転領域を、低回転速度側の低負荷域、低回転速度側の中負荷域、それ以外の3つの領域に分けている。すなわち、低回転速度側の中負荷域(均一圧縮自己着火燃焼領域)で燃焼室21内の全体に均一な混合気を形成する均一圧縮自己着火燃焼(HCCI)を、低回転速度側の低負荷域(成層圧縮自己着火燃焼領域)で燃焼室21内の一部に成層混合気を形成する成層圧縮自己着火燃焼(SCCI)を行わせる。また、それ以外の高負荷域では、ガソリンエンジンで公知の、混合気に対して火花で点火して燃焼させる火炎伝播燃焼を行わせる。このように、低回転速度側の低負荷域で成層圧縮自己着火燃焼を行なうので、均一圧縮自己着火燃焼における燃焼室21全体の混合気の当量比が小さくなりすぎて未燃HCが排出される、ということが防止される。また、低回転速度側の中負荷域では成層圧縮自己着火燃焼は行わないようにしているので、成層圧縮自己着火燃焼を行なった場合の成層混合気が濃くなり過ぎて燃焼温度が高くなり、NOxの排出が増加してしまうのを回避することができる。
こうした3つの燃焼形態の切換制御を行うのはエンジンコントロールユニット41である。図5に示したように、アクセルセンサ42からのアクセル開度(アクセルペダルの踏み込み量)、エアフローメータ43からの吸入空気流量、回転速度センサ44からのエンジン回転速度が入力されるエンジンコントロールユニット41では、エンジンの負荷と回転速度から定まる運転条件が、均一圧縮自己着火燃焼領域にあるのか、それとも成層圧縮自己着火燃焼領域にあるのかを判定し、運転条件が均一圧縮自己着火燃焼領域にある場合に均一圧縮自己着火燃焼が行われるように、また運転条件が成層圧縮自己着火燃焼領域にある場合に成層圧縮自己着火燃焼が行われるように燃料噴射弁31からの燃料噴射量及び燃料噴射時期を制御する。また、運転条件が均一圧縮自己着火燃焼領域や成層圧縮自己着火燃焼領域を外れて高負荷側にある場合には、従来からある点火プラグ27で着火する火炎伝播燃焼が行われるように燃料噴射弁31からの燃料噴射量及び燃料噴射時期と点火時期とを制御する。
さて、成層圧縮自己着火燃焼を行う場合には、低回転速度側の低負荷域(成層圧縮自己着火燃焼領域)でも濃い成層混合気で運転するので、未燃COの急増は抑制できるものの、この場合に、当量比を大きくし過ぎると、成層混合気内部で一部の燃料の燃焼温度が局所的に高くなり、均一圧縮自己着火燃焼の場合に比べて、NOxの排出が増加してしまう。上記のように、成層圧縮自己着火燃焼を行なうのは低回転速度側の低負荷域にすることで、成層混合気が全体としては濃くなり過ぎるのを回避しているものの、成層混合気の内部で部分的に当量比が大きくなった場合には、相変わらずその部分の燃焼温度が高くなりNOxの排出が増加してしまう。このような課題は、均一圧縮自己着火燃焼における燃焼室21内に均一に分布する均一混合気と異なり、時間が経過するに連れて混合気濃度が薄くなっていく成層圧縮自己着火燃焼における成層混合気特有の課題である。また、後述するように、本発明の成層圧縮自己着火燃焼の混合気は、火花点火式エンジンの成層燃焼に比べて、当量比が相対的に極めて小さく、かつ、着火時期における当量比を狭い分布幅の中に納める必要があり、火炎伝播による燃焼が可能な程度の大きな当量比で、しかも相対的に広い当量比分布になっている火花点火式エンジンの成層燃焼の混合気とは、当量比の絶対的の大きさ及び精度(予め定められた狭い範囲に納める)の点で大きな違いがある。
このように、成層圧縮自己着火燃焼を行うに際して、NOxの排出が増加しないように図ろうとすれば、成層混合気内部の着火時期における局所的な燃料の当量比にまで着目する必要がある。燃焼室21全体に分布する均一混合気についての着火開始時期や着火遅れ時間を考える場合には、混合気の全体は均一であり、従ってこの均一混合気全体に対する着火(圧縮自己着火)の時期と当量比は1点でだけ生じるものとみなすわけである。これに対して本発明では、成層混合気内部の局所的な燃料の濃度は一様でなく、成層混合気内部の局所的な燃料は、空間的に2箇所以上で同時に着火したり、時間的に前後して着火が生じ得るものとして扱う。例えば、図8に示したように、成層混合気を空間的にある広がりを有するものとし、この成層混合気内部の局所aに存在する燃料(局所的な燃料)と局所bに存在する燃料(局所的な燃料)とが時刻t11に着火し、時刻t11よりも遅いが1サイクル中における時刻である時刻t12に局所cに存在する燃料(局所的な燃料)が着火することが考えられる。この場合であれば、局所aに存在する燃料と局所bに存在する燃料の各着火時期は時刻t11であり、局所cに存在する燃料の着火時期は時刻t12である。以下で単に「着火する時期」や「着火時期」といえば、それは成層混合気内部の局所的な燃料の「着火する時期」や「着火時期」のことである。そして、本発明の筒内直接噴射式エンジンは、局所的な燃料の着火する時期において、それぞれの燃料によって形成されている混合気の当量比が、所定の当量比範囲に収まるように構成されている。
このように本発明では、成層混合気内部の局所的な燃料のそれぞれに対して「着火する時期」や「着火時期」を新たに導入するものである。そして、成層混合気内部のいずれの部分においても、自己着火時における成層混合気内部の局所的な燃料から形成される混合気の当量比が、NOxが発生しにくい濃い側の限界である第1当量比以下で、かつCOが発生しにくい薄い側の限界である第2当量比以上の、所定の範囲内となるようにエンジンを構成する。例えば、内部の燃料の濃度が時間の経過に伴って希薄化する成層混合気を形成し、NOxが多く発生しない限界の当量比である0.5(第1当量比)まで成層混合気内部の局所的な燃料の濃度が希薄化した後かつCOが多く発生しない限界の当量比である0.3(第2当量比)まで成層混合気内部の局所的な燃料の濃度が希薄化する前の予め定めた当量比範囲で成層混合気内部の局所的な燃料に着火させることとする。
詳細には、着火時期において、当量比が0.3から0.5までの当量比範囲に収まる成層混合気内部の局所的な燃料がなるべく多くなるように、また未燃焼のままシリンダ壁面(燃焼室壁面)に到達する成層混合気内部の局所的な燃料がなるべく少なくなるように、かつ成層混合気全体の着火開始時期が上死点付近となるように、筒内直接噴射式エンジンを構成する。すなわち、成層混合気内部の局所的なそれぞれの燃料について、燃焼室壁面に到達しないうちに、所定の時期に自己着火を生じ、着火時期の成層混合気内部の局所的な燃料から形成される混合気の当量比が所定範囲に納まるように、例えば、
〈1〉成層混合気内部の局所的な燃料の濃度が時間の経過に伴って希薄化する速度、
〈2〉燃料噴射弁31から噴射される燃料の噴射時期(例えば噴射開始時期)、
〈3〉燃料噴射時期(例えば開始時期)から着火までの時間で定義される着火遅れ時間、
〈4〉燃料噴射弁31から噴射される燃料の噴射率、
〈5〉成層混合気内部の局所的な燃料がシリンダ壁面に近づく速度
を調節する。
繰り返すと、上記〈2〉の燃料噴射開始時期、上記〈3〉の着火遅れ時間、上記〈4〉の燃料噴射率、着火開始時期の値は成層混合気全体に関する値である。上記〈1〉や〈5〉の値は成層混合気内部の局所的な燃料に対して導入した値となる。
図9は成層混合気内部の局所的な燃料から形成される混合気の当量比と、成層混合気内部の局所的な燃料の着火時期との関係を示した概念図、図10は成層混合気内部の局所的な燃料の燃焼室内における位置と、成層混合気内部の局所的な燃料の着火時期との関係を示した模式図である。
図10に示したように、燃料噴射弁31から噴射された燃料噴霧は、希薄化しながら、所定の広がりを有するリング状の成層混合気を形成すると共に(図10中段、下段参照)、全体として左右に位置するシリンダ10の円筒状壁面へと近づいていく。成層混合気内部の局所的な燃料のうち、噴射されてからの時間が長い局所的な燃料すなわちシリンダ壁面に近い側の局所的な燃料から着火し燃焼が進んでいく(図10下段参照)。このとき、成層混合気内部の局所的な燃料が未燃焼のままシリンダ10の円筒状壁面に到達する前に、その成層混合気内部の局所的な燃料に着火させるように、上記〈5〉の成層混合気内部の局所的な燃料がシリンダ壁面に近づく速度を調節する。
成層混合気内部の局所的な燃料の状態は燃料噴射開始時期(図9横軸左端のt0のタイミング)を基準として時間の経過と共に変化してゆくので、図9には燃料噴射開始時期(t0)を基準として第1、第2、第3、第4、第5、第6、第7の時間が経過したt1、t2、t3、t4、t5、t6、t7の各時刻における成層混合気内部の局所的な燃料から形成される混合気の当量比分布を時系列的に並べて示している。図10と対応付けると、図10上段、中段、下段での成層混合気内部の局所的な燃料の状態が図9においてt2、t3、t4の各時刻での状態に対応する。
図9に示したように、噴射された後に燃料噴霧は、内部の燃料の濃度が徐々に希薄化する1つの塊としての成層混合気を形成していくが、t0からt3直前までの燃料噴射期間中にはノズル部34の直後に液滴状態または非常に濃い状態の局所的な燃料が成層混合気の内部に存在し、その一方で成層混合気内部の局所的な燃料のうち初期に噴射された局所的な燃料の濃度は希薄化が進んでいく。t3の時刻直前で燃料噴射が終了すると、成層混合気の全体が、ある程度の当量比の幅を持ちながら全体として成層混合気内部の燃料の濃度が希薄化していく。このとき、成層混合気内部の局所的な燃料は燃料噴霧が噴射直後に持っていた運動量を周囲の空気と交換しながら希薄化していくので、希薄化が進むほど成層混合気内部の局所的な燃料が周囲の空気に向かう速度が低下し、希薄化の速度も低下していく。その結果として、t3からt7までに示したように成層混合気内部の局所的な燃料から形成される混合気の当量比が分布する幅は徐々に狭くなっていく。
成層混合気内部の局所的な燃料が徐々に希薄化しつつ、成層混合気内部の局所的な燃料から形成される混合気の当量比分布幅が狭くなっていくに際して、成層混合気内部の局所的な燃料のうち、当量比が0.5(第1当量比)から0.3(第2当量比)まで希薄化した局所的な燃料から着火していく。成層混合気内部でもより希薄化した局所的な燃料は、燃料噴射期間の中でも初期に噴射された燃料であり、噴射されてから経過した時間が長く、着火遅れ時間に早く到達しやすいため、成層混合気内部でもより希薄化した局所的な燃料の着火時期が最も早くなる。成層混合気内部でもより希薄化したこの局所的な燃料が着火すると、燃焼室内の温度と圧力が上昇するので、成層混合気内部の残りの燃料は連鎖的に着火していくが、この場合にも噴射されてからの時間が長い局所的な燃料から着火が進むため、成層混合気内部ではより希薄化の進んだ局所的な燃料から着火し燃焼が進んでいく。
上記の0.5は、NOxが多く発生しないとして予め定めた当量比の範囲のうちの大きい側の境界(限界)である。すなわち、当量比が0.5より大きい範囲で成層混合気内部の局所的な燃料に着火されると、燃焼温度が上昇してNOxが多く発生する。一方、上記の0.3はCOが多く発生しないとして予め定めた当量比の範囲のうちの小さい側の境界(限界)である。すなわち、当量比が0.3より小さい範囲で成層混合気内部の局所的な燃料に着火されると、燃焼状態が悪く未燃COが多く発生する。従って、成層圧縮自己着火燃焼を行わせるに際して、NOx排出の急増を避けかつ未燃COの急増を避けるためには、着火時期での当量比が0.3から0.5までの範囲で成層混合気内部の局所的な燃料に着火させる必要があるのである。
この場合、NOxが多く発生しない限界の当量比である0.5(第1当量比)及びCOが多く発生しない限界の当量比である0.3(第2当量比)は、エンジンの仕様に左右される値ではなく、エンジンの仕様に影響されない汎用性を有する値であることを確認している。
なお、図9では燃料噴射期間の終了後に成層混合気内部の局所的な燃料に着火する場合を示しているが、必ずしも燃料噴射期間が終了してから最初の着火をさせる必要はない。着火する時期に成層混合気内部の局所的な燃料から形成される混合気の当量比が0.3から0.5の範囲に入っていればよい。すなわち、当量比が0.3から0.5の範囲で成層混合気内部の局所的な燃料のなるべく多くが着火するように上記〈2〉の燃料噴射開始時期や上記〈3〉の着火遅れ時間等を調節する。なお、当量比の分布が小さすぎると、成層混合気内部で局所的な燃料の着火時期の差が小さくなるため、成層混合気全体の燃焼期間が短くなり、燃焼騒音が増加してしまう。従って、成層混合気内部の局所的な燃料から形成される混合気が着火するときの当量比を燃焼全体で見たときには、第1当量比と第2当量比の範囲内でなるべく広く分布しているのが良く、さらに着火時の混合気を形成する燃料の当量比別総量についても、ばらつきが少ないことが望ましい。
成層混合気内部の局所的な燃料から形成される混合気について、成層混合気内部の局所的な燃料が燃焼室壁面に到達しないうちに自己着火を生じ、着火時期の成層混合気内部の局所的な燃料から形成される混合気の当量比が所定範囲に納まるように、燃圧、燃料噴射弁31のリフト量(開口部寸法)、燃料噴射期間(燃料噴射時間)、燃料噴射時期、圧縮比、EGR量等を設定する。図11は、燃料噴射からの経過時間に対する燃料噴霧(=成層混合気内部の局所的な燃料)の到達距離と、燃料噴霧から形成される混合気の当量比の関係を、燃圧別に示し、図12は、燃料噴射からの経過時間に対する燃料噴霧の到達距離と、燃料噴霧から形成される混合気の当量比の関係を、開口部寸法別に示している。両図によれば、経過時間に応じて燃料噴霧の到達距離は長くなり、長くなる度合は経過時間に応じて徐々に低下する。また、経過時間に応じて燃料噴霧から形成される混合気の当量比は減少し、減少する度合は経過時間に応じて徐々に低下する。さらに図11によると、燃圧が高い場合は低い場合に比べて、燃料噴霧の初期速度が大きく燃料噴霧の到達距離は長くなり、また燃圧が高い場合に燃料噴霧の拡散が進みやすいため燃料噴霧から形成される混合気の当量比は減少する。また図12によると、開口部寸法が大きい場合は小さい場合に比べて、燃料噴霧の運動エネルギーが大きく燃料噴霧の到達距離は長くなり、また開口部寸法が大きい場合に燃料噴霧の希薄化が進み難いため燃料噴霧から形成される混合気の当量比は増大する。
ここで、燃圧、燃料噴射弁31のリフト量(開口部寸法)、燃料噴射期間(時間)、燃料噴射時期、圧縮比、EGR量等の設定について、一例を挙げると次のようになる。
着火時期の成層混合気内部の局所的な燃料から形成される混合気の当量比を所定の範囲まで低下させるためには、燃圧を上昇させるか開口部寸法を低下させることである。ここで、もし成層圧縮自己着火燃焼領域内で、負荷増加により燃料噴射量が増えた際に、燃料噴霧から形成される混合気の当量比を低下させるために開口部寸法を小さくした場合、時間当たりの燃料噴射量が減少してしまう。燃料噴射量を確保するため燃料噴射弁31の開弁時間を長くすることもできるが、燃料噴霧から形成される混合気の当量比が逐次変化することを考えると、燃料噴射時間を長くすると燃料噴霧から形成される混合気の当量比を所望の当量比範囲に納めるのが難しくなる。このような場合には、燃料噴射量が多い高負荷側において開口部寸法の低下に依存しないで燃料噴霧から形成される混合気の当量比を低下させることとし、すなわち、燃圧を高めに設定するのが望ましい。一方、負荷が低下して燃料噴射量が減少した際、制御応答性を考慮すれば燃圧を急変させるよりは、開口部寸法を小さくし、場合によっては燃料噴射期間(時間)を短くするのが望ましい。このように、高負荷側では、燃圧を高めに設定し、燃料噴霧から形成される混合気について、燃焼室壁面に到達しないうちに、所定の時期に自己着火を生じ、着火時期の燃料噴霧から形成される混合気の当量比が所定範囲に納まるように、開口部寸法を決定し、負荷が低下したときに、開口部寸法を小さくする、というパターンが1つの選択肢として挙げられる。ただし、負荷に応じて燃圧を変化させることが否定される訳ではないのは勿論である。
このようにして負荷変化に対応するように燃圧、開口部寸法を設定することができる。そしてさらに、燃圧が高めでかつ開口部寸法が大きい高負荷側において、燃料噴霧から形成される混合気が、燃焼室壁面に到達しないうちに、所定の時期に自己着火を生じ、着火時期の燃料噴霧から形成される混合気の当量比が所定範囲に納まるように、燃料噴射期間(時間)、燃料噴射時期、圧縮比、EGR量等を設定する。仮に低負荷側で開口部寸法を小さくした場合、開口部寸法が小さいほど燃料噴射後に燃料噴霧から形成される混合気の当量比が所望の当量比に低下するまでの時間が短くなるので、燃料噴射時期は遅い時期にするのが良い。開口部寸法を小さくすると燃料噴霧から形成される混合気の当量比の低下が速いので、所定の当量比分布幅に納めることを考えても、開口部寸法を小さくするのは比較的燃料噴射量が少ない低負荷側での設定が適している。燃料噴射時期を遅い時期にしても、開口部寸法を小さくしたときは燃料噴霧の到達距離が減少するので、燃料噴霧から形成される混合気が着火する前に燃焼室壁に到達することが避けられる。
所定の燃圧と開口部寸法の下で、必要燃料量を満足するために燃料噴射期間(時間)が長くなり過ぎると、着火時期の燃料噴霧から形成される混合気の当量比の分布幅が所望の範囲に納まらなくなり、あるいは燃料噴射開始時期が(燃焼終了前に全量噴き終えるため)早くなって燃料噴霧が燃焼室壁面に到達する可能性が高まるため、その場合には燃料噴射率を高めなければならない。燃料噴射率は、燃圧を高めたり、開口部寸法を大きくしたりして高めることができる。本発明の成層混合気は、火炎伝播による燃焼が可能な程度の大きな当量比で相対的に広い当量比分布幅になっている火花点火式エンジンの成層燃焼の混合気に比べ、燃料噴霧から形成される混合気の当量比が相対的に極めて小さく、かつ、着火時期における燃料噴霧から形成される混合気の当量比を狭い分布幅の中に納める必要がある。そのような着火時期の燃料噴霧から形成される混合気の当量比分布が得られるような燃料噴射率を予め決めて、燃料噴射率が目標値になるように制御することができる。
さらに、燃料噴霧から形成される混合気が所望の当量比範囲において確実に自己着火するように、圧縮比あるいはEGR量を設定する。所望の当量比範囲において燃料噴霧から形成される混合気を確実に自己着火させるために、着火性を高めることを利用するならば、圧縮比を高くし、EGR量を増大させる。この場合のEGRは、高温の内部EGRとし、例えば吸排気弁24、25の開閉時期を変更するなどの公知の方法で内部EGR量を増大させる。このようにして、燃料噴霧から形成される混合気が、燃焼室壁面に到達しないうちに自己着火を生じ、着火時期の燃料噴霧から形成される混合気の当量比が所望の当量比範囲に収まるように、エンジンを構成することができる。
図9に示した成層混合気内部の局所的な燃料から形成される混合気の当量比と、成層混合気内部の局所的な燃料の着火時期との関係および図10に示した成層混合気内部の局所的な燃料の燃焼室内における位置と、成層混合気内部の局所的な燃料の着火時期との関係の両方を満足させるためには、例えば、
〈ア〉成層混合気内部の局所的な燃料がシリンダ壁面に未燃焼のまま到達するよりも前に、当量比が0.3から0.5までの間の当量比の範囲に収まるように成層混合気内部の局所的な燃料の濃度を希薄化する必要があり、かつ
〈イ〉この当量比の範囲で成層混合気内部の局所的な燃料に着火させる必要があり、また
〈ウ〉成層混合気全体としての着火開始時期は高い熱効率を得るために上死点付近とする必要がある、と捉えることができる。
本実施形態では、上記〈1〉の成層混合気内部の局所的な燃料の濃度が希薄化する速度、上記〈4〉の燃料噴射率、上記〈5〉の成層混合気内部の局所的な燃料がシリンダ壁面に近づく速度の3つを、主に燃料噴射弁31に供給する燃料の圧力である燃圧及び燃料噴射弁31の開口部寸法で調節し、かつ着火開始時期と上記〈3〉の着火遅れ時間とを、主に上記〈2〉の燃料噴射開始時期及び圧縮比で調節することで、上記〈ア〉〜〈ウ〉の全てを満足させることとする。燃圧を増大すると、成層混合気内部の局所的な燃料の濃度が希薄化する速度、燃料噴射率、成層混合気内部の局所的な燃料がシリンダ壁面に近づく速度は、大きくなり、開口部寸法を増大すると、成層混合気内部の局所的な燃料の濃度が希薄化する速度は小さくなる一方、燃料噴射率、成層混合気内部の局所的な燃料がシリンダ壁面に近づく速度は、大きくなる。燃料噴射時期は、着火時期の成層混合気内部の局所的な燃料から形成される混合気の当量比が所望の範囲に納まるように設定する。燃料噴射時期を早めると、燃焼室21内の密度が低い状態で燃料噴射が行われるようになるので成層混合気内部の局所的な燃料の濃度が希薄化する速度が低下し、成層混合気内部の局所的な燃料から形成される混合気の濃度が高めになって着火し易くなる一方、燃焼室21内温度は低い状態となるため、着火遅れ時間が長くなるか短くなるかはどちらともいえない。着火開始時期については、仮に着火遅れ時間が一定であれば、燃料噴射時期を早めた分だけ進角する。圧縮比を高めると、着火開始時期が早まり、着火遅れ時間が短くなる。
図11は、上述の通り燃圧を変えた場合に特定燃料から形成される混合気の当量比と特定燃料の燃料噴射弁31からの到達距離とが時間の経過と共にどのように変化するのかを示す概念図である。ここで、「特定燃料」とは、特定の時期に噴射された燃料つまり燃料噴射期間中の特定の瞬間に噴射された燃料のことである。特定燃料は、成層混合気内部の局所的な燃料を構成する。従って、図11に示したように、燃圧を高くするほど特定燃料から形成される混合気の当量比が小さくなり、燃料噴射弁31からの到達距離が大きくなる。つまり、燃圧を高くするほど特定燃料の濃度が希薄化する速度は早まり、成層混合気内部の局所的な燃料が移動する速度が速まる。
図12は、上述の通り燃料噴射弁31の開口部寸法を変えた場合に特定燃料から形成される混合気の当量比と特定燃料の燃料噴射弁31からの到達距離とが時間の経過と共にどのように変化するするのかを示す概念図である。図12に示したように、燃料噴射弁31の開口部寸法を大きくするほど特定燃料から形成される混合気の当量比が大きくなり、燃料噴射弁31からの到達距離が大きくなる。つまり、燃料噴射弁31の開口部寸法を大きくするほど特定燃料の濃度が希薄化する速度は遅くなり、成層混合気内部の局所的な燃料が移動する速度が速まる。図示しないが、圧縮比は高いほど着火遅れ時間が短くなる。
このようにして、上記〈ア〉〜〈ウ〉の全てを満足させるために具体的に調節すべき対象は、燃圧、燃料噴射弁31の開口部寸法、燃料噴射開始時期、圧縮比の4つにまとめることができる。従って、上記〈ア〉〜〈ウ〉の全てを満足させるこれら燃圧、燃料噴射弁31の開口部寸法、燃料噴射開始時期、圧縮比それぞれの具体的な数値は実験またはシミュレーションによってあらかじめ定めて、図5に示すエンジンコントロールユニット41にマップやテーブルとして記憶させておき、センサ42、44により検出されるそのときのエンジンの負荷と回転速度とからマップやテーブルを検索することにより、そのときのエンジンの負荷と回転速度とに最適な燃圧、燃料噴射弁31の開口部寸法、燃料噴射開始時期、圧縮比を読み出す。そして、読み出した燃圧が得られるように燃圧可変機構38を調節し、読み出した燃料噴射弁31の開口部寸法及び燃料噴射開始時期が得られるように燃料噴射弁31を調節し、読み出した圧縮比が得られるように圧縮比制御アクチュエータ16を調節する。
燃圧、燃料噴射弁31の開口部寸法、燃料噴射開始時期、圧縮比の4つの各値はエンジンの諸元や運転状態によって異なるが、一例として自動車用エンジンの常用域にあたる1000rpmから2000rpmの低負荷領域(成層圧縮自己着火燃焼領域)では、次の通りとなる。
〈a〉燃圧
燃圧としては10MPaから25MPaまでの燃圧範囲である。具体的には、成層圧縮自己着火燃焼領域において回転速度が高いほどあるいは負荷が大きいほど上記の燃圧範囲で燃圧が高くなるように設定する。このように燃圧を設定するのは、負荷の増加に応じて燃料噴射量が大きくなってもあるいは回転速度が高くなっても、成層混合気内部の局所的な燃料から形成される混合気の当量比が第1当量比と第2当量比の間にある時に自己着火が行われるようにしつつ、燃料の全てを所定の時期までに噴き終える必要があるためである。
〈b〉燃料噴射弁31の開口部寸法
燃料噴射弁31の開口部寸法としては5μmから20μmまでの寸法範囲である。具体的には、燃料噴射弁31の開口部寸法は、燃圧を回転速度、負荷に応じて上記〈a〉のように設定できる場合には、ほぼ一定の5μmでよい。燃圧に上限がある場合(例えば燃料ポンプの制約上20MPaまでしか使えない場合)には成層圧縮自己着火燃焼領域において回転速度が高いほどあるいは負荷が大きいほど上記の寸法範囲で燃料噴射弁31の開口部寸法が大きくなるように設定する。
〈c〉燃料噴射開始時期
燃料噴射開始時期としては10°BTDCから30°BTDCまでの範囲である。具体的には、燃料噴射開始時期は、成層圧縮自己着火燃焼領域において上記の範囲で回転速度が高いほど進角側に設定する。このように燃料噴射開始時期を設定するのは、回転速度が高くなっても燃料の全てを所定の時期までに噴き終えることができるようにするためである。なお、成層混合気内部の局所的な燃料から形成される混合気の当量比が第1当量比と第2当量比の間にあるときに自己着火が行われるようにするためには、燃圧を一定にしたまま燃料噴射弁31の開口部寸法を変化させる場合と、燃料噴射弁31の開口部寸法を一定にしたまま燃圧を変化させる場合とで、燃料噴射量が同一の場合であっても燃料噴射開始時期を異なるものとしなければならない場合もあり得る。
〈d〉圧縮比
圧縮比としては18から20程度までの圧縮比範囲である。具体的には、圧縮比は成層圧縮自己着火燃焼領域において上記の圧縮比範囲で回転速度が高いほど高く設定する。これは回転速度が高いほど成層混合気内部の局所的な燃料に着火しにくいので、回転速度が高いほど圧縮比を大きくして、成層混合気内部の局所的な燃料に着火しやすくするためである。
ここで、本実施形態の作用効果を説明する。
本実施形態(請求項4に記載の発明)によれば、内部の燃料濃度が時間の経過に伴って希薄化する成層混合気を形成し、NOxが多く発生しない限界の当量比である0.5(第1当量比)まで成層混合気内の局所的な燃料の濃度が希薄化した後かつCOが多く発生しない限界の当量比である0.3(第2当量比)まで成層混合気内の局所的な燃料の濃度が希薄化する前の予め定めた当量比範囲で着火させるので、成層混合気内部の局所的な燃料が着火する時期において、当量比が0.5以上であれば生じるNOx排出の急増を避け、かつ当量比が0.3以下であれば生じる未燃COの急増を避けることができる。
また、本実施形態(請求項4に記載の発明)によれば、燃焼室内に火花点火が可能な空燃比の成層混合気を形成して成層燃焼させることでポンピングロスを低減する筒内直接噴射式ガソリンエンジンに比べて、成層混合気内の局所的な燃料の比熱比を高めて運転するので、NOxの排出を抑制しつつ高い熱効率を得ることができる。
本実施形態(請求項6に記載の発明)によれば、成層混合気内部の局所的な燃料の濃度が希薄化する速度を調節する局所的燃料濃度希薄化速度調節手段を備え、この局所的燃料濃度希薄化速度調節手段を用いて、0.5から0.3までの予め定めた当量比範囲で成層混合気内部の局所的な燃料に着火させるように成層混合気内部の局所的な燃料の濃度が希薄化する速度を調節するので、着火時期における成層混合気内部の局所的な燃料から形成される混合気の当量比を、予め定めた当量比範囲に収めることが可能となり、低NOxかつ高効率の運転を行わせることができる。成層混合気内部の局所的な燃料の濃度が希薄化する速度は主に、燃圧、開口部寸法によって調節される。
本実施形態(請求項4に記載の発明)によれば、成層混合気全体が着火を開始する時期を調節する着火開始時期調節手段を備え、この着火開始時期調節手段を用いて、成層混合気全体が上死点付近で着火を開始するように成層混合気全体が着火を開始する時期を調節するので、成層混合気全体の着火開始時期を上死点付近にすることが可能となり、高い熱効率を得ることができる。成層混合気全体が着火を開始する時期は主に、燃料噴射時期、圧縮比によって調節される。
本実施形態(請求項13に記載の発明)によれば、成層混合気全体が着火を開始する時期を制御するにあたって、燃料噴射時期の制御と、着火遅れ期間(時間)の制御とに分けて捉え直し、着火開始時期調節手段として、燃料噴射弁31から噴射された燃料の噴射(開始)時期を調節する燃料噴射(開始)時期調節手段と、着火遅れ時間を調節する着火遅れ時間調節手段との両方を備えるので、着火開始時期における成層混合気全体の当量比を調節することが可能となり、これに加えて上死点付近の着火開始時期とすることが可能なる。これによって、成層混合気全体の当量比と着火開始時期の両方の面において高い熱効率を得ることができる。成層混合気全体が着火を開始する時期の制御を、燃料噴射時期の制御と、着火遅れ期間(時間)の制御とに分けて捉える場合には、着火遅れ時間は主に、圧縮比によって調節される。
燃料噴射期間が長すぎると初期に噴射された燃料が作る成層混合気内部の局所的な混合気の状態と、後期に噴射された燃料が作る成層混合気内部の局所的な混合気の状態とは、大きく異なることになるため、成層混合気内部の局所的な燃料の濃度の希薄化の度合いにも大きな違いが生じ、成層混合気内部に大きな当量比の分布が生じる。その結果として、着火時期の成層混合気内部の局所的な燃料から形成される混合気の当量比が、高効率かつ低NOxとなる当量比の範囲から外れる割合が大きくなってしまう。その一方で燃料噴射期間が短すぎると、成層混合気内部の局所的な燃料から形成される混合気の当量比の分布は小さくなり、成層混合気内部で局所的な燃料の着火時期の差が小さくなるため、成層混合気全体の燃焼期間が短くなり、燃焼騒音が増加してしまう。このように、燃料噴射期間が長すぎても短すぎても燃焼騒音と熱効率およびNOx排出のバランスが悪くなるのであるが、本実施形態(請求項7に記載の発明)によれば、燃料噴射弁31から噴射される燃料の噴射率を調節する燃料噴射率調節手段を備え、この燃料噴射率調節手段を用いて、予め定めた当量比範囲で成層混合気内部の局所的な燃料に着火させるように燃料噴射弁31から噴射される燃料の噴射率を調節するので、燃料噴射期間が最適となり、着火したときの成層混合気内部の局所的な燃料から形成される混合気の当量比は、燃焼室全体で見たときに第1当量比と第2当量比の範囲内で広く分布し、着火時の成層混合気内部の局所的な燃料から形成される混合気の当量比に対応する燃料量もばらつきが少なくなって、燃焼騒音と熱効率およびNOx排出のバランスを取ることができる。燃料噴射率は主に、燃圧または燃料噴射弁31の開口部寸法で調節され、燃圧を高めると燃料噴射率が上昇し、開口部寸法を拡大したときも燃料噴射率が上昇する。
燃料噴射弁31から噴射される燃料の噴射率を調節するために例えば開口部寸法を調節した場合、燃料噴射率と共に成層混合気内部の局所的な燃料の濃度が希薄化する速度も変化する。例えば開口部寸法を低下させると、燃料噴射率が低下するのに対して、図12に示されるように燃料噴霧から形成される混合気(成層混合気内部の局所的な燃料から形成される混合気)の当量比は低下し易くなって、成層混合気内部の局所的な燃料の濃度が希薄化する速度は増大する。同じように燃圧を調節した場合、燃料噴射率と共に成層混合気内部の局所的な燃料の濃度が希薄化する速度も変化する。例えば燃圧を低下させると、燃料噴射率が低下するのに対して、図11に示されるように燃料噴霧から形成される混合気(成層混合気内部の局所的な燃料から形成される混合気)の当量比は上昇し易くなって成層混合気内部の局所的な燃料の濃度が希薄化する速度は低下する。このため、着火時期の成層混合気内部の局所的な燃料から形成される混合気の当量比が、高効率かつ低NOxとなる当量比の範囲から外れて、小さく(濃く)なったり大きく(薄く)なってしまう。このように燃料噴射率を調節する手段が成層混合気内部の局所的な燃料の濃度が希薄化する速度に影響する場合に、成層混合気内部の局所的な燃料の濃度が希薄化する速度を、低下させる一方または高める一方であると、着火時期における成層混合気内部の局所的な燃料から形成される混合気の当量比を、予め定めた当量比範囲に収めることができない場合があるのであるが、本実施形態(請求項8に記載の発明)によれば、燃料噴射率調節手段として、燃料噴射弁31から噴射される燃料の噴射率を高める一方で成層混合気内部の局所的な燃料の濃度が希薄化する速度を低下させる燃料噴射率増大・局所的燃料濃度希薄化速度低下手段と、燃料噴射弁31から噴射される燃料の噴射率を高める一方で成層混合気内部の局所的な燃料の濃度が希薄化する速度を高める燃料噴射率増大・局所的燃料濃度希薄化速度増大手段との両方を備えるので、燃料噴射率を調節した場合でも着火時期における成層混合気内部の局所的な燃料から形成される混合気の当量比を予め定めた当量比範囲に収めることができる。例えば、燃料噴射率を低下させるために開口部寸法を減少させるときに、成層混合気内部の局所的な燃料の濃度が希薄化する速度が高くなり過ぎる場合には、成層混合気内部の局所的な燃料の濃度が希薄化する速度を低下させるために燃圧を低下させる。また、燃料噴射率を低下させるために燃圧を低下させるときに、成層混合気内部の局所的な燃料の濃度が希薄化する速度が低くなりすぎる場合には、成層混合気内部の局所的な燃料の濃度が希薄化する速度を高めるために開口部寸法を減少させる。成層混合気内部の局所的な燃料の濃度が希薄化する速度を調節するための燃圧の変化または開口部寸法の変化は燃料噴射率の変化をもたらすことになるので、着火時の成層混合気内部の局所的な燃料から形成される混合気の当量比分布を所定の範囲に納めるための燃料噴射率と、成層混合気内部の局所的な燃料の濃度が希薄化する速度とが得られるように、燃圧および開口部寸法の組合せを決める。着火時の成層混合気内部の局所的な燃料から形成される混合気の当量比分布を所定の範囲に納めるための燃料噴射率と、成層混合気内部の局所的な燃料の濃度が希薄化する速度とが、燃圧および開口部寸法の実現可能な組合せで得られない場合、さらに燃料噴射時期、圧縮比、あるいはEGR量等を変化させる。
成層混合気内部の局所的な燃料を未燃焼のままシリンダ壁面に到達させたのでは、消炎し熱効率が悪くなるのであるが、本実施形態(請求項9に記載の発明)によれば、時間の経過とともにシリンダ壁面(燃焼室壁面)に近づいていく成層混合気を形成し、成層混合気内部の局所的な燃料が未燃焼のままシリンダ壁面に到達する前にその未燃焼である局所的な燃料から形成される混合気に着火させるので、シリンダ壁面の近傍での消炎を抑制することが可能となり高い熱効率を得ることができる。着火時の成層混合気内部の局所的な燃料から形成される混合気の当量比分布を所定の範囲に納めるための燃料噴射率と、成層混合気内部の局所的な燃料の濃度が希薄化する速度とが、ある条件下で成層混合気内部の局所的な燃料がシリンダ壁面に付着することになって、燃圧および開口部寸法の組合せで得られないときに、燃料噴射時期あるいは圧縮比を変化させる。例えば、シリンダ壁面に付着するのを避けるには、圧縮比を高めつつ燃料噴射時期を遅くすることで、燃料噴霧の到達距離を低下させる。
本実施形態(請求項10に記載の発明)によれば、成層混合気内部の局所的な燃料がシリンダ壁面に近づいていく速度を調節する局所的燃料壁面接近速度調節手段を備えるので、着火時期における成層混合気内部の局所的な燃料の位置を調節することが可能となり、成層混合気内部の局所的な燃料がシリンダ壁面に到達する度合いを小さくし消炎による未燃燃料を低減することができる。
成層混合気内部の局所的な燃料がシリンダ壁面に近づいていく速度を調節するために例えば燃圧を調節した場合、シリンダ壁面に近づいていく速度と共に、成層混合気内部の局所的な燃料の濃度が希薄化する速度も変化する。このため、着火時期の成層混合気内部の局所的な燃料から形成される混合気の当量比が、高効率かつ低NOxとなる当量比の範囲から外れてしまう。このように局所的な燃料壁面接近速度調節手段が、成層混合気内部の局所的な燃料の濃度が希薄化する速度に影響する場合に、成層混合気内部の局所的な燃料の濃度が希薄化する速度を、低下させる一方または高める一方であると、着火時期における成層混合気内部の局所的な燃料から形成される混合気の当量比を予め定めた当量比範囲に収めることができない場合があるのであるが、本実施形態(請求項11に記載の発明)によれば、局所的燃料壁面接近速度調節手段として、成層混合気内部の局所的な燃料がシリンダ壁面に近づいていく速度を低下させる一方で成層混合気内部の局所的な燃料の濃度が希薄化する速度を低下させる局所的燃料壁面接近速度低下・局所的燃料濃度希薄化速度低下手段と、成層混合気内部の局所的な燃料がシリンダ壁面に近づいていく速度を低下させる一方で成層混合気内部の局所的な燃料の濃度が希薄化する速度を高める局所的燃料壁面接近速度低下・局所的燃料濃度希薄化速度増大手段との両方を備えるので、成層混合気内部の局所的な燃料がシリンダ壁面に近づいていく速度を調節した場合でも、着火時期における成層混予合気内部の局所的な燃料から形成される混合気の当量比を予め定めた当量比範囲に収めることができる。成層混合気内部の局所的な燃料がシリンダ壁面に近づいていく速度は、主に、燃圧を低下させあるいは開口部寸法を小さくすることにより、低下させることができる。成層混合気内部の局所的な燃料がシリンダ壁面に近づいていく速度を低下する場合に燃圧を低下させるときは、開口部寸法を小さくすることで成層混合気内部の局所的なの濃度が希薄化する速度を増大させ、開口部寸法を大きくすることで成層混合気内部の局所的な燃料の濃度が希薄化する速度を減少させる。成層混合気内部の局所的な燃料がシリンダ壁面に近づいていく速度を低下する場合に開口部寸法を低下させるときは、燃圧を大きくすることで成層混合気内部の局所的な燃料の濃度が希薄化する速度を増大させ、燃圧を小さくすることで成層混合気内部の局所的な燃料の濃度が希薄化する速度を減少させることができる。
図13は第2実施形態の筒内直接噴射式エンジンの概略構成図で、第1実施形態の図1と同一部分には同一符号を付している。
第2実施形態は、可変圧縮比機構を有しない筒内直接噴射式エンジンを対象とすると共に、第1実施形態と相違して、排気の一部をEGRガスとして吸気系に還流するEGR装置(図示しない)と、吸気管内に着火性向上剤を供給する着火性向上剤供給装置51(着火性向上剤供給手段)を備えている。
第1実施形態は、着火開始時期と着火遅れ時間とを燃料噴射開始時期及び圧縮比で調節するものであった。これに対して、第2実施形態では、エンジンに可変圧縮比機構を有しないため、圧縮比を調節することができない。そこで、第2実施形態は、EGR装置と着火性向上剤供給装置51とを用いて着火遅れ時間を調節するようにしたものである。
図14は着火性向上剤供給装置51の拡大図で、図14(A)は着火性向上剤供給装置51の縦断面図を、図14(B)は着火性向上剤供給装置51の平面図を示している。
着火性向上剤供給装置51は、図14(A)に示したように、軸状の中心電極52がエンジン本体に接地した有底円筒状の外周電極53に絶縁体54を介して取り付けられている。中心電極の端子52aには交流電圧印加装置(図示しない)が接続され、エンジンコントロールユニット41からの信号に基づいて交流電圧が印加される。中心電極の端子52aに交流電圧が印加されると、外周電極53と絶縁体54の間の空間55では非平衡プラズマ放電が生じ、着火性を向上させる化学種(例えばオゾン)が生成される。着火性向上剤供給装置51はこれに限らず、特開2002−221060の公報に示されているような着火性向上剤供給装置であってもかまわない。
第3実施形態では、着火遅れ時間を長くする場合にEGR(排気還流)を行い、着火遅れ時間を短くする場合に着火性向上剤としてのオゾンを供給する。例えば、図6の成層圧縮自己着火燃焼領域におけるほぼ中央の位置を適合点とし、この適合点においてEGRを行わない状態(EGR率がゼロ)かつ着火性向上剤を供給しない状態(着火性向上剤がゼロ)の場合に最適な着火遅れ時間(つまり上記〈ア〉〜〈ウ〉の全てを満足させることのできる着火遅れ時間)が得られるように適合したとする。この場合に、成層圧縮自己着火燃焼領域において適合点の回転速度より小さい回転速度になると、適合点より成層混合気内部の局所的な燃料に着火しやすくなる。ということは、適合点の回転速度より小さい回転速度のときの着火遅れ時間は適合点での着火遅れ時間より短くなることを意味するので、適合点の回転速度より小さい回転速度のときにはEGRを行って(正の値のEGR率とし)着火遅れ時間が長くなるようにすることで、適合点の回転速度より小さい回転速度のときにも適合点での着火遅れ時間と同じ着火遅れ時間が得られるようにする。一方、成層圧縮自己着火燃焼領域において適合点の回転速度より大きい回転速度になると、適合点より成層混合気内部の局所的な燃料に着火しにくくなる。ということは、適合点の回転速度より大きい回転速度のときの着火遅れ時間は適合点での着火遅れ時間より長くなることを意味するので、適合点の回転速度より大きい回転速度のときには着火性向上剤を供給して着火遅れ時間が短くなるようにすることで、適合点の回転速度より大きい回転速度のときにも適合点での着火遅れ時間と同じ着火遅れ時間が得られるようにする。
なお、EGRを行うと燃焼室内ガスの酸素濃度が低下するので、成層混合気内部の局所的な燃料により形成される混合気の当量比が変化するが、本発明で成層混合気内部の局所的な燃料により形成される混合気の当量比を調節している狙いは、成層混合気内部の局所的な燃料により形成される混合気の当量比が大きい(つまり空燃比が小さい)領域で燃焼温度が高くなりNOxが多く排出されるのを避けることと、成層混合気内部の局所的な燃料により形成される混合気の当量比が小さい(つまり空燃比が大きい)領域で燃焼温度が低くなり未燃COが多く排出されるのを避けることとであるので、EGRを考慮したうえでの成層混合気内部の局所的な燃料の燃焼温度を、当量比が0.3から0.5の範囲でEGRを行わない場合の成層混合気内部の局所的な燃料の燃焼温度と同等の範囲に入れるように調節する。
図15は第3実施形態の筒内直接噴射式エンジンの概略構成図で、第2実施形態の図13と同一部分には同一符号を付している。
第3実施形態の基本的な構成は第2実施形態とほぼ同じであり、燃料噴射弁31の噴射方向とピストン9の冠面形状のみが第2実施形態と相違している。すなわち、第3実施形態では、ピストン9冠面の中央部にほぼ円柱状のキャビティ61が設けられる。また、第2実施形態では燃料噴射弁31からの燃料噴霧が、シリンダ10の円筒状壁面を指向するものであったが、第3実施形態では第2実施形態と相違して、燃料噴霧がキャビティ61を指向する燃料噴射弁31を配置している。
成層圧縮自己着火燃焼を行わせる際に、第3実施形態では、成層混合気内部の局所的な燃料がシリンダ壁面に到達することがないように成層混合気内部の局所的な燃料がシリンダ壁面に近づく速度を調節するのではなく、燃料噴霧つまり成層混合気内部の局所的な燃料をキャビティ61の壁面に衝突させてキャビティ61内に受け止めさせることで、成層混合気内部の局所的な燃料の濃度が希薄化する速度を低下させる(成層混合気内部の局所的な燃料の濃度が過度に希薄化しないようする)。成層混合気内部の局所的な燃料の濃度が希薄化する速度が低下するのは、キャビティ61内に受け止められた燃料はそれ以上外側に向かって広がりようがないためである。なお、成層混合気内部の局所的な燃料がキャビティ61に衝突することによってキャビティ61の壁面への燃料付着が生じるが、その燃料付着量はわずかであり、この燃料付着が現状の技術レベルで問題となることはない。
第3実施形態によれば、第2実施形態に比べ、より長い着火遅れ時間であっても成層混合気内部の局所的な燃料の濃度が過剰に希薄になるのを防止できるので、着火性向上剤の供給量を第2実施形態の場合より低減できるほか、圧縮比を低く設定して全負荷時のトルクを向上することができる。
最後に、図17は各請求項に記載の手段と、3つの実施形態のAからFまでの各手段とを対応させた表図である。請求項6の局所的燃料濃度希薄化速度調節手段は、Aの燃圧調節手段、Bの開口部寸法調節手段、Cの燃料噴射開始時期調節手段、Dの圧縮比調節手段の少なくとも一つから構成される(請求項12に記載の発明)。請求項4の着火開始時期調節手段は、Dの圧縮比調節手段から構成される。請求項13の着火遅れ時間調節手段は、Dの圧縮比調節手段から構成される。請求項8の燃料噴射率増大・局所的燃料濃度希薄化速度低下手段は、Dの圧縮比調節手段から、また燃料噴射率増大・局所的燃料濃度希薄化速度増大手段は、Aの燃圧調節手段から構成される(請求項14に記載の発明)。請求項11の局所的燃料壁面接近速度低下・局所的燃料濃度希薄化速度低下手段は、Aの燃圧調節手段から、また局所的燃料壁面接近速度低下・局所的燃料濃度希薄化速度増大手段は、Dの圧縮比調節手段から構成される(請求項15に記載の発明)。
図17の読み方の一例を示すと、例えば、局所的燃料濃度希薄化速度調節手段により成層混合気内部の局所的な燃料の濃度が希薄化する速度を速くするには、Aの燃圧調節手段により燃圧を高くするか、Dの圧縮比調節手段により圧縮比を高くすることとなる。一方、局所的燃料濃度希薄化速度調節手段により成層混合気内部の局所的な燃料の濃度が希薄化する速度を遅くするには、Bの開口部寸法調節手段により開口部寸法を大きくするか、Cの燃料噴射開始時期調節手段により燃料噴射開始時期を進角させることとなる。「どちらともいえない」とあるのは、一様な傾向を持たず、エンジンの仕様が相違すれば、異なる傾向を有する場合のあることを示している。従って、「どちらともいえない」とある箇所では、エンジン毎に個々に適合して値の傾向を設定することとなる。