高純度水素は、半導体や光ファイバ、薬品などの製造に使用されており、その使用量は、年々増加している。また、最近では、燃料電池での燃料としても水素が注目され、将来本格的に燃料電池が使用されることになれば、高純度の水素が大量に必要とされる。したがって、高純度の水素を低コストで大量に生産可能な方法の開発が望まれている。
水素の大量生産の方法としては、(1)非化石資源を利用する水の電気分解による方法と、(2)化石資源を利用する炭化水素の改質による方法がある。(1)の電気分解法では、電力源として太陽光発電で得た電気を用いて行う水の電気分解が研究されているが、現在の技術レベルでは実用化は困難である。したがって、当面は(2)の炭化水素の水蒸気改質で水素を製造することが現実的である。
前述したように、水素の大量生産のためには炭化水素の改質が適している。例えば、CH4にH2Oを加えた反応系においては、大量の水素の他にCO、CO2、H2O、CH4等の不純物ガスが発生する。水素を燃料電池への供給原料として利用するには、水素をこれら不純物から分離・精製しなければならない。また、精製水素中のCO含量を10ppm以下にしないと、燃料電池のPt電極の損傷が発生する。すなわち、水素の燃料電池への利用のためには、精製して、高純度化することが条件となる。
水素の精製法にはさまざまな方式があるが、燃料電池用高純度水素を得るには、金属膜による膜分離法が適している。金属膜による水素の精製は、分離係数と透過係数との影響が極めて大きいことが特徴である。金属膜を用いる水素の精製では、例えば、99%程度の水素を99.99999%程度に純化することが可能である。
水素透過膜に用いる水素透過性金属膜として、Pdを主体とする合金、例えばPd−Ag合金、Pd−Ti合金等が知られている(例えば、特許文献1参照)。
ところで、水素の透過用金属膜としては、Pd−Ag合金膜が実用化されている。しかし、燃料電池の使用が本格化して大量の水素が必要となれば、それに応じて水素の透過用金属膜としてのPd−Ag合金の需要が増すことになる。そうなれば、高価で資源的にも少ないPdが制約となって、Pd−Ag合金膜では対応不可能と推測され、それに替わる金属膜の材料開発が急務となっている。
Pdより水素透過性の高いV、Nb、Ta等の5A族元素を基とした合金の開発が試みられたが(例えば、特許文献2参照)、これらの合金は水素を固溶すると脆化するため、使用中に破壊することが問題となっている。そのため、これら合金をアモルファス化することが試みられた。しかし、アモルファス中での水素の拡散は遅く、水素中で容易に結晶化して、脆い平衡相へ変態するため、実用上使用できない(例えば、特許文献3参照)。そのため、高い水素透過性を有するとともに、安定で水素脆化に強い材料が切望されてきた。
上記問題を解決する材料として、複相水素透過合金が提案されている。これは、水素透過性を担う相と耐水素脆化性を担う相の複相化により、水素透過性と耐水素脆化性の両立を達成したものである。例えば、Ni−Ti−Nb系においては、水素透過性を担うbcc構造のNiTi相とB2構造のNiTi相の複相化により、耐水素透過性に優れ、純Pdと同等以上の水素透過合金を作製できることが知られている(特許文献4参照)。
一般に、水素透過合金は水素固溶体を形成する領域で使用され、そのような場合には、単位時間、単位面積当たりに合金膜を透過する水素量J(molH2m−2s−1)と水素透過係数Φ(molH2m−1s−1Pa−0.5)との間には次式で示す関係がある。
J=Φ(Pu 0.5−Pd 0.5)/L (1)
上式中、PuおよびPd(Pa)は、それぞれ上流側および下流側の水素圧力であり、Lは水素透過合金膜の厚さ(m)である。
水素透過量Jを増大させるには、水素透過係数Φの大きい合金を用いることの他に、薄い膜をより高い圧力差をつけて使用することが要求される。効率的な水素製造のために、水素透過合金は膜状で使用される。優れた水素透過特性と耐水素脆化性を兼備したNi−Ti−Nb合金を水素透過合金膜として利用する場合、薄膜化までの製造プロセスの確立が不可欠である。
例えば、Ni−Ti−Nb系複相水素透過合金を作製する場合、平衡状態でNbを固溶したNiTi相とNiを固溶したTiNb相の2相共存が得られるような合金組成を選定する必要がある。通常、合金の作製方法として、溶解・凝固法が一般的に用いられているが、本合金の場合、次のような理由から合金作製が困難である。
まず、Nbの融点が2469℃と高いことである。NiおよびTiの融点はそれぞれ1455℃、1670℃であるので、これらの元素の混合物を加熱すると、NiおよびTiがNbより先に融解する。すると、Ni液体、Ti液体またはこれらが反応して生成したNiTi液体がNbを取り囲み、Nbが融解する温度まで加熱することが困難になり、Nbの溶け残りが発生する場合がある。Nbの溶け残りを防止するには、原料金属の配置方法や溶解手順に制約があり、問題となっていた。
また、たとえ原料金属をすべて溶解できた場合でも、凝固の際に、合金の周辺部と中心部では冷却速度の差が生じて、均一な合金組織が得られない場合が多い。すると、合金部位によって水素透過性に差が生じるため、実用上の問題となっている。
水素の透過量は膜厚に反比例するので、得られた合金インゴットを薄膜化することが必要である。そのために圧延等の加工により水素透過合金薄膜を作製することが想定されている。ところが、Ni−Ti−Nb系のNiTi+TiNb2相合金は、室温で数十%の圧延が可能であるが、一般的な鉄鋼材料と比較するとかなり低い。そのため、水素透過合金として適切な厚さにまで圧延するには、圧延と焼鈍を何度も繰り返す必要があり、製造コスト増加の原因となっている。
高融点元素や蒸気圧の高い元素を含む材料を製造する場合、粉末プロセスを用いる場合がある。このような手法は、例えば希土類永久磁石の作製方法として知られている(特許文献5)。溶解・凝固法を用いて作製した合金を粉砕し、圧粉化した後、焼結処理を行い均一で保持力の高い永久磁石を作製できる。本複相水素透過合金においても、この手法を用いて均一材を作製できると考えられるが、溶解・凝固法により作製した合金インゴットは非常に高い延性を示すため、粉砕することが不可能である。
特開平8−215551号公報(段落0006)
特開2000−159503号公報(段落0006)
特開2004−042017号公報(段落0005、0009)
特開2005−232491号公報(段落0029)
特開2005−076045号公報(段落0017、0018)
以下、本発明を実施するための最良の形態を、図面を参照しつつさらに具体的に説明する。重複した説明は省略されている。なお、ここでの説明は本発明が実施される最良の形態であることから、本発明は当該形態に限定されるものではない。
本発明者らは、水素透過性を担う相と耐水素脆化性を担う相からなる複相水素透過合金の作製方法について種々検討した結果、複相水素透過合金を構成する純金属粉末原料から作製できることを見出した。また、溶解・凝固法により作製した複相水素透過合金と水素との反応性生物の粉末を原料とした場合でも、複相水素透過合金を作製できることを見出した。
本発明の実施の形態は、水素透過性を担う相と耐水素脆化性を担う相とで構成された複相水素透過合金の製造方法であって、複数の粉末原料を選択し、これらを相互に混合する第1の工程と、前記粉末原料を加圧して圧粉体を作製する第2の工程と、前記圧粉体に加熱処理を施す第3の工程からなる。
前記粉末原料を選択し混合する第1の工程においては、複相水素透過合金を構成する元素の純金属粉末が粉末原料として選択される。粉末原料の粒度は特に限定されないが、本製造方法では、固相拡散によって合金化が行われるため、通常の溶解・凝固法より原子の拡散距離は小さい。そのため、粒の小さい粉末が必要である。好ましくは100メッシュ以下である。
あるいは、前記粉末原料を選択し混合する第1の工程においては、溶解・凝固法にて作製された複相水素透過合金と水素との反応性生物が粉末原料として選択される。前述した理由により、粉末原料の粒度は100メッシュ以下が望ましい。
粉末原料を混合する手段としては特に限定されず、乾式混合、湿式混合、あるいはボールミリング等を利用した機械式混合のいずれでもよい。
上記第1の工程の後、粉末原料を混合し、最終形状に近い形状に圧粉化される第2の工程が行われる。この工程は、水素以外のガスを透過しない緻密な合金を作製するため、および水素圧力差に耐える強度を有する合金を作製するためには不可欠な工程である。
粉末原料を装填した後、真空引きを行う。粉末を装填した段階では、粉末粒子間に多量の大気が存在するので、真空引きを行わないで加圧すると、混入した大気は最終的に空隙となって合金中に残る。この空隙は、膜の強度低下、水素分離能の低下の原因となるため、真空引きによる大気の除去が不可欠である。真空引きの後に粉末を上下から加圧すると、粉末粒子の塑性変形や破壊が起こり、次第に粒子間の空隙が減少して粒子同士が複雑に絡み合った圧粉体が作製できる。
上記方法で作製した圧粉体は、水素透過を担う相と耐水素脆化性を担う相から構成されないため、水素分離能は得られない。そこで、圧粉化第2の工程の後に、熱処理によって目的相を生成させ(例えば、Ni−Ti−Nb系では、NiTi相とTiNb相)、粒子間の密着性を向上させるために熱処理第3の工程が行われる。
第1の工程において純金属粉末原料を選択し混合した場合には、加熱処理中に純金属粉末が合金化し、NiTi相とTiNb相が形成される。また同時に、生成した合金粒子同士が強固に結合され、水素以外のガスを透過しない緻密な合金を作製できる。
一方、第1の工程において溶解・凝固法により作製された前記複相水素透過合金と水素との反応生成物の粉末原料を選択し混合した場合は、加熱処理によりまず合金水素化物から水素が放出される。その後生成したNiTi相およびTiNb相同士が強固に結合され、水素以外のガスを透過しない緻密な合金が作製できる。
本発明の複相水素透過合金からなる金属膜は、Pd合金膜に比ベ1/4〜1/8の費用で作製可能のため低コストであり、また、将来懸念されるPdの資源枯渇の際の代替品として適用できる材料といえる。
また、溶解時の溶け残り、凝固時の偏析等の影響を受けず、最終形状に近い形状で合金を得ることができるので、合金製造工程の簡略化が可能である。
このようにして作製された水素透過用金属膜は、厚さが薄いほど水素透過束(量)が大きくなり、水素透過効率が良くなる。しかし、金属膜の厚さが薄くなれば機械的強度が弱くなる。そのためこれら合金系の場合、厚さは0.01〜3mmであることが好ましい。
これら合金材を水素透過用金属膜として利用するためには、その合金材を挟んで、原料ガス側(上流、高圧水素側)である水素を取り込む側の面と精製水素側(下流、低圧水素側)である水素と取り出す側の面との両面に、水素の解離と再結合のために、さらにPd膜またはPd合金膜を形成することが必要である。その厚さは、一般に50〜400nm、好ましくは100〜200nmである。
水素の解離と再結合のために、これら合金膜の両側にPdまたはPd合金膜を形成する方法は特に制限されず、例えば、真空蒸着、スパッタリング、イオンプレーティング、電解めっき、無電解めっき等のいずれで行ってもよい。
以下、本発明の実施例および比較例を説明する。
(実施例1)
合金材の組成がNi21Ti23Nb56(原子%)になるように、Ni粉末(純度99.9重量%、100メッシュ以下)、Ti粉末(純度99.9重量%、100メッシュ以下)およびNb粉末(純度99.9重量%、100メッシュ以下)を配合した。配合した混合粉末にエタノールを加えて泥状とし、メノウ乳鉢内でこれらを相互に混合した。
混合した泥状粉末混合物を、錠剤成型器の直径10mmの円筒内に装填した。その後円筒内を油回転ポンプで15分間の真空引きを行い、円筒内の大気を除去しエタノールを揮発させた。その後、油回転ポンプを用いて真空引きを行いながら油圧プレス機により円筒内の粉末に200kg/cm2の圧力を印加し、10分間保持した。圧力を減じた後に試料を取り出し、直径10mm、厚さ1mmの圧粉体を得た。
この圧粉体のSEM写真を図1に、圧粉体作製直後のX線回折図形を図2(a)に示す。SEM写真(図1)より、圧粉化により粉末粒子が塑性変形し、粒子同士が複雑に絡み合っていることが分かる。また、X線回折図形(図2)より、この圧粉体がfcc構造のNi、hcp構造のTiおよびbcc構造のNbから構成されていることが分かる。
次に、水素透過合金として適切な相を得るために熱処理を行った。作製した圧粉体を透明石英管内に装填し、石英管内を真空引きした。真空引きは、油回転ポンプと油拡散ポンプを用い、5×10−3Pa以下まで行った。真空引き完了後に石英管を封じた後、熱処理を行った。熱処理温度、時間は、1100℃、1時間である。熱処理終了後に石英管を取り出し、空冷により室温まで冷却した。
熱処理終了後の試料の両側を紙ヤスリ、バフ、次いで、直径0.5μmのαアルミナで研磨して鏡面状態にした。この試料のX線回折図形を図2(b)に示す。熱処理後に、B2構造を有する相とbcc構造を有する相の2相構造に変化していることが分かる。この合金の走査電子顕微鏡(SEM)写真を図3に示す。この図3より、灰色の相と白色の相の2相になっていることが観察された。エネルギー分散型X線分析(EDS)の結果、灰色の相の組成はNi47.3Ti42.3Nb10.4(原子%)、白色の相はNi2.7Ti6.2Nb91.1(原子%)であった。以上の結果より、灰色の相はB2構造のNiTi相、白色の相はbcc構造のTiNb相であることが言える。また、熱処理中に試料が溶解した形跡は見られず、固相反応により合金が作製できたといえる。
図3にはTiNb相中に数μm程度の空隙が観察されるが、膜厚と比較して十分小さいので、空隙が膜を貫通することはなく、水素以外のガスが透過することはない。また、黒色のNiTi2相が観察されるが、その生成量はごくわずかであり、主にNiTi相とTiNb相の2相合金であるといえる。以上より、熱処理工程において合金化と緻密化が同時に起こっているといえる。
次に、この試料の水素透過試験を以下の手順で行った。
上記αアルミナで研磨した試料をアセトンで洗浄後、高周波マグネトロンスパッタ装置内にセットした。油回転ポンプ、クライオポンプを用いて、3×10−5Torrまで真空引きを行った。その後、試料表面に付着した酸化被膜等を除去するため、RF電源を用いて10分間の逆スパッタを行った。次いで、試料をスパッタ装置内で350℃に加熱し、DC電源を用いて5分間Pdのスパッタを行った。この条件で被覆されるPd膜の厚さは190nmである。
水素透過測定は次のような流量法により実施した。先ず、Pd成膜した円盤試料をCuガスケットでシールした。次いで、円盤の両側を油拡散ポンプにより排気して3×10−3Pa以下の圧力にし、その後円盤を加熱して673Kにし、そのまま保持した。水素ガスを導入する前に、アルゴンガスによる透過試験を行った。アルゴンガスの透過が確認された場合には、合金の破断や粒子間の密着性不良の恐れがあり、水素透過合金として使用することはできない。合金の下流側および上流側に、アルゴンガスをそれぞれ0.1および0.2MPa導入し、アルゴンガスの透過を調べた。その結果、アルゴンガスの透過は観察されず、合金試料は健全であることが確認された。
アルゴンガスの透過試験後、合金の両側を再度油回転ポンプで真空引きした。その後、水素ガス(純度99.99999%)を下流側および上流側に、それぞれ0.1および0.2MPa導入し、その後水素透過測定を行った。上流側の水素圧力を0.2MPaから0.8MPaまで増大させ、また、温度は段階的に673Kから523Kまで50K間隔で下げた。一定温度に30分保持してから水素透過試験を開始した。水素透過束J(molH2m−2s−1)はマスフローメータを用いて測定した。
数式(1)に示されるように、J×L対(Pu0.5−Pd0.5)プロットの傾きから水素透過係数Φが求められる。
上記したように得られた合金材について、J×L対(Pu0.5−Pd0.5)プロットの傾きから計算した水素透過係数Φの温度依存性をアレニウスプロットの形で図4に示す。図4には、比較のために、純Pdおよび溶解・鋳造法で作製した同一組成の合金の結果も示してある。
この純金属粉末から作製した合金の水素透過係数は、673Kで4.61×10−8(molH2m−1s−1Pa−0.5)であり、温度の下降に従って水素透過係数が減少した。また、純Pdや溶解・鋳造法により作製した合金材の水素透過係数より高いことが分かる。さらに、純金属粉末から作製した合金は523Kでも破壊せず、良好な耐水素脆化性も有している。以上より、本プロセスによって作製した合金は、溶解・凝固材(1.8×10−8(molH2m−1s−1Pa−0.5))と比較して高い水素透過性を有し、水素透過合金として使用可能であった。
この純金属粉末を原料とした合金材が、溶解・凝固材より高い水素透過性を有する理由として、TiNb相中のNb濃度の違いが考えられる。本複相合金は、NiTi相とTiNb相の2相から構成され、TiNb相が合金の水素透過性を担っている。この合金を構成するNi、Ti、Nbを比較すると、Nbが最も高い水素透過係数を有している。したがって、TiNb相中のNbが合金の水素透過性を担っていると考えられる。粉末から作製した合金と溶解・鋳造合金のTiNb相中のNb濃度を比較すると、前者は約91原子%、後者は約83原子%であった。つまり、粉末から作製した合金のTiNb相には、高い水素透過係数を有するNbが濃縮している。このことにより、粉末から作製した合金が高い水素透過係数を有すると考えられる。
(実施例2)
実施例1と同様の組成、方法で合金試料を作製した。ただし、熱処理温度、時間は1100℃、30分である。X線回折、SEM観察、EDS分析の結果、この試料も主にNiTi相とTiNb相の2相構造を呈していた。
実施例1と同様の方法でこの合金試料の水素透過性を測定した。この合金試料の水素透過係数は673Kで4.65×10−8(molH2m−1s−1Pa−0.5)であり、溶解・凝固材と比較して高い水素透過性を有し、水素透過合金として使用可能であった。
(実施例3)
実施例1と同様の組成、方法で合金試料を作製した。ただし、熱処理温度、時間は1050℃、6時間である。X線回折、SEM観察、EDS分析の結果、この試料も主にNiTi相とTiNb相の2相構造を呈していた。
実施例1と同様の方法でこの合金試料の水素透過性を測定した。この合金試料の水素透過係数は673Kで4.41×10−8(molH2m−1s−1Pa−0.5)であり、溶解・凝固材と比較して高い水素透過性を有し、水素透過合金として使用可能であった。
(実施例4)
実施例1と同様の組成、方法で合金試料を作製した。ただし、熱処理温度、時間は1050℃、1時間である。X線回折、SEM観察、EDS分析の結果、この試料も主にNiTi相とTiNb相の2相構造を呈していた。
実施例1と同様の方法でこの合金試料の水素透過性を測定した。この合金試料の水素透過係数は673Kで4.28×10−8(molH2m−1s−1Pa−0.5)であり、溶解・凝固材と比較して高い水素透過性を有し、水素透過合金として使用可能であった。
(実施例5)
実施例1と同様の方法で合金試料を作製した。ただし、合金組成がNi30Ti30Nb40(原子%)になるようにした。熱処理温度、時間は1100℃、1時間である。X線回折、SEM観察、EDS分析の結果、この試料も主にNiTi相とTiNb相の2相構造を呈していた。
実施例1と同様の方法でこの合金試料の水素透過性を測定した。この合金試料の水素透過係数は673Kで2.45×10−8(molH2m−1s−1Pa−0.5)であり、溶解・凝固材の透過係数と比較して高い水素透過性を有し、水素透過合金として使用可能であった。
以上の結果より、Ni粉末、Ti粉末およびNb粉末の混合粉末を原料とし、圧粉体を作製した後に熱処理を行うと、熱処理中に粉末原料が反応してNiTi相およびTiNb相が生成し、この反応性生物が強固に結合することが分かる。したがって、本方法は、高い水素透過係数を有する複相水素透過合金の作製方法として有効といえる。
(実施例6)
実施例1と同様の方法で合金試料を作製した。ただし、合金組成がCo21Ti23Nb56(原子%)になるように、純Co粉末、純Ti粉末および純Nb粉末を混合した。なお、熱処理温度、時間は1210℃、1時間である。X線回折、SEM観察、EDS分析の結果、この試料は主にNbを固溶したCoTi相とCoを固溶したTiNb相の2相構造を呈していた。
実施例1と同様の方法でこの合金試料の水素透過性を測定した。この合金試料の水素透過係数は673Kで3.80×10−8(molH2m−1s−1Pa−0.5)であり、同一組成の溶解・凝固材の水素透過係数(3.31×10−8(molH2m−1s−1Pa−0.5))と比較して高い水素透過性を有し、水素透過合金として使用可能であった。
以上の結果より、本複相水素透過合金作製法はNi−Ti−Nb系に限らず、Co−Ti−Nb系にも適用可能であることが分かる。複相水素透過合金として使用できる合金系は、A−B−C系(ただし、AはFe、Co、Niからなる群であり、BはTi、Zr、Hfからなる群であり、CはV、Nb、Taからなる群である)と記述できる。前記A−B−C系合金が水素透過合金として使用可能なのは、Cを固溶したAB相とAを固溶したBC相の2相領域が形成された場合である。これらの系においてもAとB、AとC間の生成エンタルピーは大きいため、Ni−Ti−Nb系やCo−Ti−Nb系以外の合金系においても、本作製方法を適用できると考えられる。
(実施例7)
合金組成がNi21Ti23Nb56(原子%)になるように、Ni(純度99・9%)、Ti(純度99.5%)、Nb(99.9%)の所定量を配合した。この配合物をアーク溶解炉に装填し、真空引きを行った。真空引きは、油回転ポンプと油拡散ポンプを用い、1.3×10−3Pa以下まで行った。真空引き完了後、36mmHgのアルゴンガスを導入しアーク溶解を行った。均一な合金を作製するため、溶解後の鋳塊を反転し再溶解を行った。鋳塊の反転−再溶解は6回行った。このようにして得られた鋳塊を室温で圧延し、幅15mm、厚さ1mmの板状試料を得た。
この板状試料をアセトンで洗浄した後、ステンレス製の耐圧反応容器内に装填し、ジーベルツ型水素吸蔵装置に固定した。次いで、油回転ポンプと油拡散ポンプを用い、1.3×10−3Pa以下まで反応容器内を真空引きした。その後、電気炉を用いて反応容器を400℃まで加熱し、真空引きを行いながら1時間保持した。この処理を活性化処理といい、合金表面に生成した酸化被膜等を除去し、水素吸蔵速度を高める効果がある。活性化終了後、温度を維持したまま5MPaの水素を導入し、1時間水素と反応させた。この状態で反応容器を室温まで冷却し、12時間保持した。その後、反応容器内の水素を放出し、水素化試料を取り出した。
取り出した試料は水素を吸蔵して非常に脆くなっていた。この試料を乳鉢で100メッシュ以下に粉砕した。その後、実施例1と同様の方法で圧粉体を作製した。ただし、圧粉化の際、直径20mmの円筒を用いたので、得られた圧粉体の直径は20mmである。
水素化後の試料の水素吸蔵量および水素放出曲線は、水素分析装置を用いて調べた。黒鉛坩堝に試料を装填後、坩堝を毎秒2Kで加熱して放出した水素を測定した。その結果、試料中の水素濃度は1.7重量%であり、すべての水素を放出させるには、700℃以上に加熱する必要があることが分かった。
圧粉体を石英間内に装填し、実施例1と同様に真空引きを行った。その後、真空引きを行ったまま、電気炉を用いて石英管を1100℃まで加熱し6時間保持した。その後石英管を室温まで空冷し、合金試料を取り出した。
図5にアーク溶解で作製した鋳造状態の合金試料のX線回折図形((a))、水素化後に作製した圧粉体試料のX線回折図形((b))、および熱処理後の試料のX線回折図形((c))を示す。また、上記(a)〜(c)に対応した試料のSEM写真を図6(a)〜(c)に示す。
アーク溶解で作製した試料は、複相水素透過合金として必要なB2型NiTi相とbcc型TiNb相から構成されている。また、TiNb相が初晶として生成し、共晶(NiTi+TiNb)で囲まれた組織を有している。この合金はこのままで水素透過が可能であるが、場所によって組織が異なるため、水素透過特性にばらつきが生じる。
水素化後の圧粉体試料は、TiNbH相(正方晶)、TiNbH2相(立方晶)、NiTiH相(正方晶)およびNiTi2H0.5相(立方晶)の4種の水素化物から構成されていた。鋳造状態で存在していたNiTi相およびTiNb相は水素吸蔵により、4種の水素化物へ分解する。圧粉体のSEM写真では、純金属を圧粉した場合と比較して粉末粒子の充填が不完全であることが分かる。水素化物粉末は硬くて塑性変形しないためと考えられる。
熱処理後の試料の水素分析を行った結果、水素含有量はほぼ0であった。1100℃×6時間の熱処理で、水素は完全に放出されることが分かる。この合金のX線回折図形を見ると、一部NiTi2相の生成が見られるが、B2型のNiTi相とbcc型のTiNb相が生成していることが分かる。したがって、水素化物から水素が放出されると元の相構造に戻ることがいえる。
実施例1と同様の方法でこの合金試料の水素透過性を測定した。水素透過性の測定前に、Arガスの透過試験を行ったが、Arガスの透過は観察されなかった。この合金試料の水素透過係数は673Kで4.66×10−8(molH2m−1s−1Pa−0.5)であり、溶解・凝固材の透過係数と比較して高い水素透過性を有し、水素透過合金として使用可能であった。
以上より、溶解・凝固で作製した合金を水素と反応させて水素化物粉末とし、圧粉化および熱処理によって、元の構造(NiTi+TiNb)を有する緻密な合金を作製することができる。
(比較例1)
実施例1と同様の組成、方法で合金試料を作製した。ただし、熱処理温度、時間は1000℃、6時間である。X線回折、EDS分析の結果、この合金材は主にNiTi相とTiNb相からなるが、脆い金属間化合物であるNiTi2相やNiNb相が比較的多く生成していた。また、空隙も多く観察された。
実施例1と同様の方法でこの合金のArガスの透過試験を行ったところ、Arガスの透過が観察された。合金の緻密化が不十分であると考えられる。この合金は水素透過合金として使用できなかった。
(比較例2)
実施例1と同様の組成、方法で合金試料を作製した。ただし、熱処理温度、時間は800℃、6時間である。X線回折、EDS分析の結果、この合金材はNiTi相やTiNb相が少量生成していたものの、純Ni、純Tiおよび純Nb相が多く観察され、合金化が十分に進行していないことが分かった。また、実施例1と同様の方法でこの合金のArガスの透過試験を行ったところ、Arガスの透過が観察された。合金の緻密化が不十分であると考えられる。この合金は水素透過合金として使用できなかった。
(比較例3)
実施例1と同様の組成、方法で合金試料を作製した。ただし、熱処理温度、時間は1150℃、1時間である。SEM観察の結果、結晶粒が球状化し、合金が溶解した形跡が観察された。また、直径200μmを超える空隙が多数存在していた。したがって、この合金材は水素透過合金として使用できなかった。
以上の結果より、純金属粉末の合金化が進行するには800℃より高い温度が必要と考えられる。さらに、1000℃以下の温度で熱処理しても緻密な合金は得られない。したがって、水素透過合金として使用可能な合金材を得るには、1000℃を超える温度での熱処理が不可欠である。また、合金が溶解すると、粉末法の利点、例えば、TiNb相にNbが高い濃度で存在することなどの効果が得られないので、熱処理温度は合金材の融点以下に限定される。
(比較例4)
実施例7と同様の組成、方法で合金試料を作製した。ただし、熱処理温度、時間は1000℃、6時間である。熱処理後の試料はNiTi+TiNbの2相組織を有していたが、実施例1と同様の方法でこの合金のArガスの透過試験を行ったところ、Arガスの透過が観察された。合金の緻密化が不十分であると考えられる。この合金は水素透過合金として使用できなかった。以上より、水素化物を経由した製法でも、緻密な合金を作製するには1000℃を超える温度が必要になるといえる。