JP3980630B2 - アポトーシスに陥る傾向を判定する方法及びその利用 - Google Patents

アポトーシスに陥る傾向を判定する方法及びその利用 Download PDF

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Description

本発明は、特定の細胞がアポトーシスに陥る傾向を判定する方法に関する。詳しくは、海馬錐体細胞がアポトーシスに陥る傾向を判定する方法、当該方法に使用される試薬等、当該方法を利用した診断法などに関する。本発明はアルツハイマーの診断、アルツハイマー病に関する研究等に利用される。
国、地域の境をこえて、全世界で考えていかなくてはならない問題の一つにアルツハイマー病を含む痴呆性疾患の問題がある。各国の高齢化に伴いアルツハイマー病を含む痴呆性疾患の方は年々増え続けており、現在その数は、世界でおよそ1800万人、日本でもおよそ160万人にのぼる。以前は脳の循環障害(脳梗塞、脳出血などの血管性痴呆)が代表的な痴呆の原因であったが、最近の疫学調査ではアルツハイマー病の割合が増加する傾向にある。現在、はっきり認定されているアルツハイマー病の危険因子の中で、唯一確実な危険因子が加齢である以上、高齢化社会になるにつれ、痴呆性疾患のなかでのアルツハマー病の占める割合は年々増加の一途をたどる事は間違いのないことと思われる。
日本は歴史上例のない高齢化社会を迎えており、高齢者の2〜3%はアルツハイマー病になると推定されている。2000年で患者数は45万〜55万となり、2020年にはその倍近い70〜80万人にのぼり、さらに増加するものと推測されている。今後このような問題が日本だけでなく、世界に広がることから我々は逃れることは出来ない状況にある。
現在、アルツハイマー病の確定診断は神経病理学的検索をおいて他にはない。従って、在命中に真の意味で確定診断をつける事は現実的には非常に難しいのが現状である。しかし、臨床の現場においては、臨床症状と病歴経過によって診断がなされ、補助的検査として、CT、MRIさらにはPET/SPECTといった画像診断、また脳波、血液・髄液生化学的検査等が行われる。
数年前まではアルツハイマー病の病理学的な確定診断は治療法がなかったゆえに重要視されていなかった。しかし最近の研究、すなわち家族性アルツハイマー病における原因遺伝子の解明によって、老人斑の根幹をなすアミロイドβ蛋白の形成過程やタウ蛋白質のリン酸化の機序などが明らかにされるとともに、アポリポ蛋白E4が危険因子である点からコレステロール代謝等がアルツハイマー病の病態に大きく関与していること、などが判明してきている。これらの知見に基づき、新しい治療法の開発がすすみつつあり、アルツハイマー病の病態解析、ケアは大きく進歩しつつある。特に今日ではコリンエステラーゼ阻害薬が実際に臨床の場で使用されそれなりの成果をあげ、発病初期であれば症状の進行をある程度抑えることも可能になっている。またワクチン療法の開発は、現在は臨床治験段階でストップしているが、近い将来必ずや再開されアルツハイマー病の予防や治療に大きく貢献できるものと思われる。さらに、昨今の目覚ましい技術の進歩に伴うCT、MRI、PET/SPECTなどの画像診断はアルツハイマー病の早期診断、予後予測診断に重点がおかれるようになってきている。特にPET probeの開発により老人斑の描出までをも可能にしつつある状況である。
病気の治療の第一歩は、病態と原因疾患の正確な診断から始まる。アルツハイマー病においても例外ではない。日本ではそれほど一般的とは言えないが、欧米ではアルツハイマー病、種々の変性疾患、脳腫瘍、脳炎、脳の感染症を含めて、原因疾患の検索、治療方針の決定の際に、脳組織生検による病理診断の果たす重要性が増している。脳組織生検の技術もCT、MRIをガイドとして使用、定位装置を使用したステレオバイオプシー(定位生検術)が一般的となり極小箇所を正確に生検する事が可能となっている。アルツハイマー病の場合、Braakのstagingによれば、海馬領域(海馬、海馬支脚、海馬傍回)の中で、海馬傍回(側頭葉内側面)が最もはじめに病変が出るとされるが、海馬(アンモン角、Cornu Ammonis、CA1-CA4を含む部分)に病変が及んではじめて病理学的な確定診断が可能となる。
日本においては、アルツハイマー病で在命中の確定診断に生検による病理診断法が用いられる事は現在のところ無い。倫理面での問題、安全性の問題、など種々の理由から、海馬あるいはその近傍が実際に生検の標的とされることは無い。しかしながら、海馬がてんかん発作の原因部位である場合を含め、実際に海馬を標的とした電極挿入、あるいは片側海馬の切離術、などの実施例は多数ある。従って同部位のピンポイントで正確な生検は、現在技術的には殆ど問題はない。欧米における生検によるアルツハイマー病の診断状況を考えると、将来的にその必要性が徐々に増してくる事に疑いは無いと思われる。
アルツハイマー病を1906年に最初の報告したのは、ドイツの精神科医で神経病理学者のアルツハイマーである。健忘と見当識障害を初発症状として、やがて抑うつ、幻覚を示し4年半の経過で著しい痴呆を呈して死亡した51歳女性における、特異的な神経病理学的変化が報告された。特徴の一つは、神経細胞の周囲間質に鍍銀染色で染まる多数の斑状構造物(老人斑、senile plaque; SP)が認められること、第2には神経細胞内に鍍銀染色で染まる線維状の構造物(神経原線維変化、neurofibrillary tangle; NFT)が多数出現することである。現在までの研究で、SPは神経細胞外組織へのアミロイドβ蛋白の凝集、蓄積とこれに伴う組織反応(変性した神経突起や反応性グリア細胞)からなり、アルツハイマー病での疾患特異性が比較的高いとされる。またNFTは神経細胞内に形成され、細胞骨格蛋白であるtau(タウ)が異常にリン酸化を受け凝集、蓄積したもので、他の疾患での出現も知られ疾患特異性はさほど高くないとされている。そのような背景のもと、現在、確定診断の際に使用されている、主要病理所見は3つある。すなわち、(A)アミロイドβ蛋白沈着によるSP、(B)tauの異常凝集によるNFT形成、(C)単純萎縮による神経細胞死、である。その3つの所見がどのように出現し、進展していくかを総合的にみて判断していくかにより確定診断がなされる。上記所見中の細胞死に関して補足すると、神経細胞死には形態学的に2つのタイプがある。一つはNFT形成に伴う細胞死で、もう一つは細胞が萎縮して消滅してゆく死に方であり、この過程は「単純萎縮」と呼ばれている。アルツハイマー病では神経細胞が変性して脱落、すなわち、神経細胞死が起こることが病態の基本となる。特に海馬領域(海馬、海馬支脚、海馬傍回)はアルツハイマー病の脳で最も高度に侵される部位で、最初期少量の記憶障害に対応していることはよく知られた事実である。
本発明に関連する報告を以下に列挙する。
Miura et al. Cloning and characterization of an ATBF1 isoform that expresses in a neuronal differentiation-dependent manner. J. Biol. Chem. (1995) 270: 26840-26848 Kaspar et al. Myb-interacting protein, ATBF1, represses transcriptional activity of Myb oncoprotein. J. Biol. Chem. (1999) 274: 14422-14428 Ishii et al. ATBF1-A protein, but not ATBF1-B, is preferentially expressed in developing rat brain. J. Compartive Neurology (2003) 465: 57-71 Miura et al. Susceptibility to killer T cells of gastric cancer cells enhanced by mitomycin-C induction of ATBF1 and activation of p21 (Waf1-/Cip1) promoter. Microbiol. Immunol (2004) 48: 137-145 Sun X et al. Frequent somatic mutations of the transcription factor ATBF1 in human prostate cancer. Nat Genet. 2005 Apr;37(4):407-412.
さて、実際の神経病理学的診断の際に、上記(A)アミロイドβ蛋白沈着によるSP、(B)tauの異常凝集によるNFT形成、は鍍銀、Galyas Braak 染色を施した後の顕微鏡観察で決定する事が出来る。また(C)単純萎縮による神経細胞死も、剖検例の脳のごとく、脳全体のサイズ縮小の検討が可能な場合は、顕微鏡観察を加え判断することが出来る。しかしながら、海馬の脳組織が少量生検された場合を想定すると、萎縮を明確に出来ないだけに「単純萎縮による神経細胞死」の決定は難しく、診断に難渋する事が予測される。上記(A)(B)の病理所見が同時に存在すればほぼアルツハイマー病の診断を下すことができる。しかし、それぞれはアルツハイマー病特異的な所見ではなく、個別には他の痴呆性疾患にも存在する。このため、他疾患との誤診を避け、少量の脳組織で(C)単純萎縮による神経細胞死を決定して確定診断を確実に行うための簡便な「細胞死判定法」が望まれているところである。
少量生検された海馬の脳神経組織において「単純萎縮による神経細胞死」を正確に判定出来ることは、将来的にアルツハイマー病の確定診断、治療方針の決定上、極めて重要である。一方、その判定は、正確であることは勿論のこと、迅速性、簡便性も要求される。海馬領域が記憶に関係する大切な部位であることを考慮すれば、生検により多量の脳神経組織を得ることは不可能である。従って、正確で且つ簡便、再現性のある「神経細胞死」の決定が行えてはじめて正確な診断、さらには出来るだけ早期の治療開始による治療効果を期待できる。従って、正確であることに加えて、過度の負担を患者にかけることなく「神経細胞死」を判定できる手法が開発されれば、アルツハイマー病診断に対する貢献は計り知れない。今後さらに発展が期待されるアルツハイマー病の病態解析、痴呆進行を止めるための治療法の開発への貢献、ひいてはアルツハイマー病患者への大きな福音となると思われる。
本発明は以上の背景の下、アルツハイマー病の診断に有効な手段を提供することを目的とする。
以上の目的の下、本発明者らはATBF1(ATモチーフ結合因子1)に注目した。ATBF1には2つのアイソフォーム(ATBF1-AとATBF1-B)の存在が知られている。ATBF1-AとATBF1-Bは、異なったプロモータの使用および選択的スプライシングにより形成される(非特許文献1を参照)。ATBF1-Aはタンパク質N末端側がATBF1-Bよりも920アミノ酸長い構造を有している。後述の実施例に示すように本発明者らは、ATBF1-A蛋白のN末端側(ATBF1遺伝子のエクソン3に対応する部位)を特異的に認識する2種類の抗体(抗体名;NT440及び1-12)、中央部(ATBF1遺伝子のエクソン10(従来はエクソン8と考えられていたエクソンであり、非特許文献5ではエクソン9と記載される)に対応する部位)を特異的に認識する抗体(抗体名;D1-120)、C末端側(ATBF1遺伝子のエクソン11(従来はエクソン9と考えられていたエクソンであり、非特許文献5ではエクソン10と記載される)に対応する部位)を特異的に認識する抗体(抗体名;AT6)を用いて、海馬錐体細胞におけるATBF1の局在を検索した(核抗体の認識部位、エクソンの配列等については図1を参照)。その結果、以下の知見が得られた。
(1)高度の脳萎縮が観察されるアルツハイマー病(以下ADと略す)脳の海馬錐体細胞内ではATBF1量が顕著に増加していた。つまり、ATBF1量の増加とADにおける神経細胞死との間に高い相関を認めた。この結果からATBF1量の増加を指標として神経細胞死を判定できると考えられた。
(2)ATBF1蛋白は少なくとも三つの部分に分断されるプロセシングを受け、AD脳の海馬錐体細胞内ではD1-120に認識される部分ATBF1(ATBF1遺伝子のエクソン10に対応する領域を含む部分であり、ATBF1-Aの中央に位置する)が核に局在するとともに(核主体の局在)、その量も増大していた。つまり、当該部分ATBF1量が核に局在すること及びその発現量とADにおける神経細胞死との間に高い相関を認めた。この結果から、当該部分ATBF1の検出(特に局在態様を明らかにすること)が神経細胞死の判定に有効であると考えられた。
(3)AD脳の海馬錐体細胞内ではAT6に認識される部分ATBF1(ATBF1遺伝子のエクソン11に対応するC末端領域を含む部分)が細胞質に局在するとともに(細胞質主体の局在)、その量も増大していた。つまり、当該部分ATBF1量が細胞質に局在すること及びその発現量とADにおける神経細胞死との間に高い相関を認めた。この結果から当該部分ATBF1の検出(特に局在態様を明らかにすること)が神経細胞死の判定に有効であると考えられた。
(4)AD脳の海馬錐体細胞内では1-12に認識される部分ATBF1(ATBF1遺伝子のエクソン3に対応するN末端領域を含む部分)が細胞質に局在するとともに(細胞質主体の局在)、その量が増大していた。つまり当該部分ATBF1量が細胞質に局在すること及びその発現量とADにおける神経細胞死との間に高い相関を認めた。この結果から、当該部分ATBF1の検出(特に局在態様を明らかにすること)が神経細胞死の判定に有効であると考えられた。
ここで、ATBF1量の増加等をアポトーシスへ移行する傾向として捉え、実際にATBF1量の増加等が認められる脳組織では高度の脳萎縮が観察されたことを併せて考えると、「神経細胞死の判定」と「神経細胞がアポトーシスへ陥る傾向の判定」との間に実質的な差異はないといえる。このように考えれば上記の各知見から、神経細胞がアポトーシスへ陥る傾向を判定するための手段として、ATBF1の細胞内存在量及び/又はATBF1の特定部分の局在態様の検出が有効であるといえる。つまり当該検出によって、被検対照の海馬錐体細胞がアポトーシスに陥る傾向、即ちアルツハイマー病の診断に有用な情報を得ることが可能と考えられた。
本発明は以上の成果及び知見に基づき完成されたものであって、次の構成を提供する。
本発明は以下のステップを含んでなる、海馬錐体細胞がアポトーシスに陥る傾向を判定する方法である。
(a)被検対象から採取された海馬錐体細胞を用意するステップと(b)前記海馬錐体細胞内におけるATBF1量を検出するステップ。
本発明の一態様では、ステップ(b)において、以下の(1)〜(4)からなる群より選択される一又は二以上が検出される。
(1)前記海馬錐体細胞内における総ATBF1量;(2)ATBF1遺伝子のエクソン10に対応する領域を含む部分ATBF1の前記海馬錐体細胞における核内存在量及び/又は細胞質内存在量;(3)ATBF1遺伝子のエクソン11に対応するC末端領域を含む部分ATBF1の前記海馬錐体細胞における核内存在量及び/又は細胞質内存在量;(4) ATBF1遺伝子のエクソン3に対応するN末端領域を含む部分ATBF1の前記海馬錐体細胞における核内存在量及び/又は細胞質内存在量。
本発明の好ましい一態様では少なくとも(2)が検出される。本発明のさらに好ましい一態様ではステップ(b)において上記(2)〜(4)が検出される。
本発明の方法では、検出法として免疫組織化学的染色法が好適に利用される。
本発明は他の局面として、本発明の方法に利用可能な試薬及びキットを提供する。本発明の試薬は、抗ATBF1抗体からなるアポトーシス傾向判定用試薬である。抗ATBF1として、(1)ATBF1遺伝子のエクソン10に対応する領域を含む部分ATBF1を認識する抗体、(2)ATBF1遺伝子のエクソン11に対応するC末端領域を含む部分ATBF1認識する抗体、又は(3) ATBF1遺伝子のエクソン3に対応するN末端領域を含む部分ATBF(部分ATBF1-A)を認識する抗体を用いることができる。
本発明のキットは以下の(1)〜(3)からなる群より選択される一以上の抗体を含む。
(1)ATBF1遺伝子のエクソン10に対応する領域を含む部分ATBF1を認識する抗体、(2) ATBF1遺伝子のエクソン11に対応するC末端領域を含む部分ATBF1を認識する抗体、及び(3)ATBF1遺伝子のエクソン3に対応するN末端領域を含む部分ATBF(部分ATBF1-A)を認識する抗体からなる群。
好ましい態様では、本発明のキットは付加的にATBF1を含む。また、タグ又はキャリアタンパク質との融合タンパク質である抗原を用いて作製された抗体をキットに使用する場合には、付加的にタグ又はキャリアタンパク質を更に含めてキットとしてもよい。
本発明によれば、脳より採取された海馬組織を使用して、アルツハイマー病診断に重要な錐体細胞(大型神経細胞)がアポトーシスに陥る傾向、すなわち神経細胞死を簡便に判定することができる。
図1は、ATBF1のN末端部を認識するNT440, 1-12、中央部を認識するD1-120、C末端を認識するAT6の部位の概略、ATBF1遺伝子の各エクソンと蛋白配列の対応、免疫に使用したポリペプチドのアミノ酸配列を示す。NT440, 1-12についてはヒトとマウスにおけるATBF1の配列との差異を示した。 図2は、ATBF1とp21及びp53との関連を模式的に示す図である。胃癌細胞においてマイトマイシンCを使用してDNA傷害が起こることにより細胞周期が止まる機構、ATBF1の関与の機序を概説してある。 図3はP19細胞におけるATBF1発現と、フローサイトメトリーによる検索を示す。上段はいずれもDAPI(核DNAの染色), ATBF1, β-tubulinの3重染色像を示す。図3aはレチノイン酸(RA)を作用させてないP19細胞である。ATBF1、β-tubulinともに発現を認めない。図3bはレチノイン酸(RA)の作用後24時間のP19細胞であり、β-tubulinは陰性だが、細胞質にATBF1が染色される。図3cはレチノイン酸(RA)作用を中止し、さらに4日間培養を続けたP19細胞である。核にATBF1の染色性が集中し、細胞質からは細胞群の周辺には、β-tubulin陽性の神経突起が伸びてくる。図3d、3e、及び3fはそれぞれ図3a、3b、及び3cに示したP19細胞のフローサイトメトリーによる解析である。図3fにのみ細胞周期の停止を認める。 図4aはATBF1における核内保留シグナルのコンピュータ解析による潜在的な位置を示す。共通配列に類似の配列の存在が2箇所(それぞれ、アミノ酸277番、及び2987番から始まる)に予想される。図4bは同じくATBF1における核外輸出シグナルの潜在的位置を示す。核外輸出シグナルの存在が三箇所(それぞれ、アミノ酸1267番、2471番、2504番から始まる)に予想される。 レチノイン酸処理後、培養皿にフィブロネクチンと、ポリ−L−オルニチンを塗布した場合と塗布しない場合の、P19細胞におけるATBF1の発現部位を示す。図5aは塗布しない場合のP19細胞のATBF1発現を示す。細胞は浮遊状態にあり、ATBF1は細胞質には出現するが、核へ移行しない。図5bは培養皿にフィブロネクチンと、ポリ−L−オルニチンを塗布後培養3時間のP19細胞のATBF1発現である。ATBF1の核への移行が観察される。図5cは24時間後の状態を示し、核のATBF1発現は明らかに増強する。 図6はP19培養細胞におけるATBF1の核移行に対する、Leptomycin Bの影響を示す。図6aはLeptomycinBを作用させない場合のP19細胞でのATBF1の発現状態である。核でのATBF1の存在を認める。図6bはLeptomysin Bを作用させた時の、P19細胞におけるATBFの発現状態である。ATBF1の核内濃度が増大した事が明らかである。 図7はP19細胞におけるATBF1の核への移行に関し、PI3Kファミリータンパク質の拮抗剤2種(Wortmannin,カフェイン)を作用させた場合の影響を調べるための実験の結果である。図7aはP19細胞の核でのATBF1発現を示す。図7bはWortmanninの作用によりATBF1が核内に移行が阻害され、ATBF1が細胞質中心に存在する事を示す。図7cはカフェインの作用を示す。Wortmanninに比較し、より完全にATBF1の核への移行が阻害された事が解る。 図8はマウス神経芽腫由来細胞株Neuro2A細胞へ完全長のATBF1 cDNAを強制発現させた共焦点レーザー顕微鏡写真の所見を示す。細胞を固定観察する直前の1時間だけ培養液にBrdUを添加してDNA合成細胞を標識した。BrdU取込み細胞を緑の蛍光を発する二次抗体で検出すると同時に強制発現ベクターに付加されているHAタグを赤の蛍光を発する二次抗体で検出した。図8aの矢印で示されるようにBrdU陽性細胞の緑色が、HAタグの赤色と重なり、黄色の発色をしている細胞群が検出された。一方図8bの矢印の頭で示されるようにHAタグ付きのATBF1導入細胞群はすべて赤色を呈し、BrdU陽性細胞の緑色と重ならないことを示している。この実験結果はATBF1cDNAの強制発現によって細胞周期が完全に抑制されることを示している。これらの事実は図8cの棒グラフとしてまとめられる。図8cにはATBF1のないHAタグだけの導入実験結果で、斜線部分に示されるように、約40%のBrdU陽性細胞がHAタグと二重陽性となり黄色を呈したことを示している。一方ATBF1のcDNAを含むHAタグの遺伝子導入細胞は、すべて赤色を呈しBrdU陰性であることが示されている。これらの遺伝子導入実験の結果に加え、さらにFACScanを使ってそれぞれの細胞群の細胞周期を検定した。図8dに示した HAタグだけ入った遺伝子導入群の細胞周期に比較して、図8eに示したATBF1 cDNAの遺伝子導入群の細胞周期はM1領域、即ちG1/G0期の細胞群が10%以上増加していることから、DNA導入効率と合わせて考えるとATBF1の強制発現によってほぼ完全に細胞周期がG1/G0期に停止されることが明らかとなった。 図9は膀胱の尿路上皮癌のうち非浸潤癌、浸潤癌症例それぞれに行った抗原賦活法による染色性の差異を示したものである。各種バッファーを使用しオートクレーブ処理を行い、ATBF1染色を施行した。黒丸(●)は核主体の染色結果が得られた事を示す。白丸(○)は細胞質主体の染色結果が得られた事を示す。 図10は膀胱の尿路上皮癌のうち非浸潤癌、浸潤癌症例それぞれに行った抗原賦活法による染色性の差異を示したものである。各種バッファーを使用し電子レンジ処理を行い、ATBF1染色を施行した。黒丸(●)は核主体の染色結果が得られた事を示す。白丸(○)は細胞質主体の染色結果が得られた事を示す。 図11は膀胱の尿路上皮癌のうち非浸潤癌、浸潤癌症例それぞれに行った抗原賦活法による染色性の差異を示したものである。各種バッファーを使用し圧力釜処理を行い、ATBF1染色を施行した。黒丸(●)は核主体の染色結果が得られた事を示す。白丸(○)は細胞質主体の染色結果が得られた事を示す。 図12は膀胱の尿路上皮癌のうち非浸潤癌、浸潤癌症例それぞれに行った抗原賦活法選択による染色性の差異の代表例を提示したものである。上段(図12a, c, e)は非浸潤癌、下段(図12b, d, f)は浸潤癌例を示す。左(図12a, b)は50mMトリス塩酸バッファーpH10.0を使用し、オートクレーブ処理を行った症例を示す。非浸潤癌(図12a)、浸潤癌(図12b)ともに核でのATBF1染色性を認める。中(図12c, d)はDAKO TRS pH6.0を使用し電子レンジ処理を行った症例を示す。非浸潤癌(図12c)、浸潤癌(図12d)ともに矢印に示した細胞のごとく核周囲の細胞質主体の染色性を認める。右(図12e, f)は10mMクエン酸バッファーpH6.0を使用し圧力釜処理を行った症例を示す。非浸潤癌(図12e)ではATBF1が核に、浸潤癌(図12f)ではATBF1が矢印で示すごとく核周囲の細胞質主体に局在を示し、核と細胞質主体の局在の差を際立たせる事が可能となる事を示している。 図13はヒト正常脳における海馬領域(海馬体)、前額断の解剖図であり、アンモン角(Cornu Ammonis, CAと略す)CA1−CA4(Lorente de Noの海馬の分類)、歯状回、海馬台(海馬支脚、海馬前支脚)、海馬傍回(矢印)の位置の概略を示す。さらに脳の外側(表面側)および脳の内側(脳幹側)の方向を示す。 図14は、特に痴呆性疾患を患っていない正常と判断された剖検症例79歳、88歳ともに女性2例の脳を使用して得られたATBF1(NT440部分)の免疫染色所見である。代表的と思われる錐体細胞での所見(図14a-l)および海馬におけるNT440陽性細胞の分布(図14m)が図示してある。実線矢印は錐体細胞核での陽性像、破線矢印は錐体細胞細胞質での陽性像、矢頭は核、細胞質ともに染色性の欠落した細胞を示す。海馬錐体細胞での染色性は主に細胞質に局在するが、一部の錐体細胞では核における局在も認め、核細胞質ともに染色性が欠落する細胞も混在する。 図15は、アルツハイマー病と臨床的に診断され、剖検において病理所見で確定診断が得られた剖検症例78歳、84歳ともに女性2例の脳を使用して得られたATBF1(NT440部分)の免疫染色所見である。代表的と思われる錐体細胞での所見(図15a-l)および海馬におけるNT440陽性細胞の分布(図15m)が図示してある。破線矢印は錐体細胞細胞質での陽性像を示す。ほぼすべての錐体細胞で細胞質主体に染色性の局在を認める。 図16は、特に痴呆性疾患を患っていない正常と判断された剖検症例79歳、88歳ともに女性2例の脳を使用して得られたATBF1(1-12部分)の免疫染色所見である。代表的と思われる錐体細胞での所見(図16a-l)および海馬における1-12陽性細胞の分布(図16m)が図示してある。実線矢印は錐体細胞核での陽性像、破線矢印は錐体細胞細胞質での陽性像、矢頭は核、細胞質ともに染色性の欠落した細胞を示す。1-12染色性は海馬錐体細胞において主に細胞質に局在を示すが、一部の錐体細胞では核での局在も認め、核細胞質ともに染色性が欠落する細胞も混在する。 図17は、アルツハイマー病と臨床的に診断され、剖検において病理所見で確定診断が得られた剖検症例78歳、84歳ともに女性2例の脳を使用して得られたATBF1(1-12部分)の免疫染色所見である。代表的と思われる錐体細胞での所見(図17a-l)および海馬における1-12陽性細胞の分布(図17m)が図示してある。破線矢印は錐体細胞細胞質での陽性像、矢頭は核、細胞質ともに染色性の欠落した細胞を示す。1-12染色性は、ほぼすべての錐体細胞で細胞質に局在する。ごく少数であるが染色性が欠落する細胞も混在する。 図18は、特に痴呆性疾患を患っていない正常と判断された剖検症例79歳、88歳ともに女性2例の脳を使用して得られたATBF1(D1-120部分)の免疫染色所見である。代表的と思われる錐体細胞での所見(図18a-l)および海馬におけるD1-120陽性細胞の分布(図18m)が図示してある。実線矢印は錐体細胞核での陽性像、破線矢印は錐体細胞細胞質での陽性像、矢頭は核、細胞質ともに染色性の欠落した細胞を示す。海馬錐体細胞におけるD1-120の染色性は核、細胞質ともに少量で、核あるいは細胞質に染色性が集中する傾向は不明瞭である。また、一部核細胞質ともに染色性が欠落する細胞も混在する。 図19は、アルツハイマー病と臨床的に診断され、剖検において病理所見で確定診断が得られた剖検症例78歳、84歳ともに女性2例の脳を使用して得られたATBF1(D1-120部分)の免疫染色所見である。代表的と思われる錐体細胞での所見(図19a-l)および海馬におけるD1-120陽性細胞の分布(図19m)が図示してある。実線矢印は錐体細胞核での陽性像、破線矢印は錐体細胞細胞質での陽性像、白色矢印は核に染色性が欠落し、細胞質のみに染色性が限局した細胞を示す。錐体細胞でのD1-120の染色性は核主体となり、染色強度が高度に増加している。一部核での染色性が欠落し細胞質のみに染色性が局在した細胞が少数であるが散見される。 図20は、特に痴呆性疾患を患っていない正常と判断された剖検症例79歳、88歳ともに女性2例の脳を使用して得られたATBF1(AT6部分)の免疫染色所見である。代表的と思われる錐体細胞での所見(図20a-l)および海馬におけるAT6陽性細胞の分布(図20m)が図示してある。実線矢印は錐体細胞核での陽性像、破線矢印は錐体細胞細胞質での陽性像、矢頭は核、細胞質ともに染色性の欠落した細胞を示す。海馬錐体細胞におけるAT6の染色性は核、細胞質ともに少量で、核あるいは細胞質に染色性が集中する傾向は不明瞭である。一部核細胞質ともに染色性が欠落する細胞が混在する。 図21は、アルツハイマー病と臨床的に診断され、剖検において病理所見で確定診断が得られた剖検症例78歳、84歳ともに女性2例の脳を使用して得られたATBF1(AT6部分)の免疫染色所見である。代表的と思われる錐体細胞での所見(図21a-l)および海馬におけるAT6陽性細胞の分布(図21m)が図示してある。破線矢印は錐体細胞細胞質での陽性像を示す。海馬錐体細胞ではATBF1(AT6部分)の染色性は高度に増大し、染色性の局在は明らかに細胞質主体となる。 図22は、抗体が指摘するATBF1-A蛋白における部位の概略を示し(図22A)、ATBF1を指摘する各抗体の核および細胞質の移行方向および染色性の増大傾向の概略図である(図22B)。ATBF1の染色性、すなわちATBF1のタンパク量、細胞内での局在を斜線四角囲みにより図解し、正常の錐体細胞がアルツハイマー病に変化することによりATBF1の細胞内の局在がどのように変化するのかを示した。 図23は、今回使用してきた症例に対して、従来から行われている古典的なアルツハイマー病の病理診断法による所見をあらためて取り(図23A)、その特徴をまとめ、今回のATBF1を使用したアルツハイマー病診断法による所見(図23B)とともに図解した。ATBF1所見に関しては代表的な海馬錐体細胞における染色強度に特に注目してある。 図24は、アルツハイマー病と臨床的に診断され、剖検において病理所見で確定診断が得られた剖検症例78歳、女性の脳海馬を使用して得られたATBF1(D1-120部分)の免疫染色所見(図24a, c)およびGalyas Braak (GB)染色所見(図24b, d)の比較である。図24a, cの四角黒染囲み部位の拡大が図24b, dである。実線矢印はそれぞれの染色(D1-120, GB) の強陽性像を示す代表的な錐体細胞を、破線矢印はGB染色の弱陽性像を示す代表的な錐体細胞を例示した。 図25は、アルツハイマー病と臨床的に診断され、剖検において病理所見で確定診断が得られた剖検症例84歳、女性の脳海馬を使用して得られたATBF1(D1-120部分)の免疫染色所見(図25a, c)およびGalyas Braak (GB)染色所見(図25b, d)の比較である。図25a, cの四角黒染囲み部位の拡大が図25b, dである。実線矢印はそれぞれの染色(D1-120, GB) の強陽性像を示す代表的な錐体細胞を、破線矢印はGB染色の弱陽性像を示す代表的な錐体細胞を例示してある。 図26は非特許文献1、5に示された異なるプロモータ使用と、Alternative splicingにより、ATBF1-A, B2種類のmRNAが出来る仕組みと、ヒト悪性腫瘍におけるエクソン10の異常スキッピングによる変異蛋白産生の概略説明図である(非特許文献5)。 ATBF1の各エクソン(エクソン2〜11)の配列を示す図である。下線部がエクソン領域である。各エクソンの配列の右上にエクソン番号を付した。エクソン番号は、ATBF1遺伝子の5’側最上流に存在するATBF1-B特異的な非翻訳領域エクソンを1番、それに続くATBF1-A特異的な非翻訳領域エクソンを2番、最初のATBF1-A翻訳領域を含むエクソンを3番とし、以下これに続くエクソンを順に4〜11番としている。 図27の続き。 図28の続き。 図29の続き。
(用語)
本明細書において「ある物質の量(例えばATBF1量)を検出する」とは、検出対象の存在量を絶対量として又は相対量として把握することをいう。ここでの相対量は例えば、アルツハイマー病を含めたいわゆる痴呆症状を呈していなかった剖検例の海馬錐体細胞内に認められる検出対象の量を標準存在量として算出することができる。核内の存在量と細胞質内の存在量をそれぞれ求める場合には、細胞質内の存在量を基準とした相対量として核内の存在量を求めることができ、同様に核内の存在量を基準とした相対量として細胞質内の存在量を求めることができる。用語「ある物質の量(例えばATBF1量)の検出」は、検出対象の有無(存在するか否か)を調べることも含む概念を表す。通常は検出対象の有無が調べられると同時にその存在量が調べられることになる(存在する場合)。尚、厳密に検出対象を定量することは必須でなく、例えば、同時に検索を行った標準資料の錐体細胞における検出量と比較することによって、被検海馬錐体細胞のアポトーシス傾向を判定可能となる程度に検出対象の量を測定できればよい。
「ATBF1」とは、AT motif binding factor 1(ATモチーフ結合因子1)をいう。ATBF1は、AFP(アルファフェトプロテイン)調節因子のATリッチドメインに結合し、AFP遺伝子の発現を下方調節する転写因子であることが知られている(非特許文献1を参照)。上記の通り「ATBF1」には2つのアイソフォーム(ATBF1-A及びATBF1-B)が存在する。本明細書では用語「ATBF1」をこれら2つのアイソフォームを包括する表現として使用する。従って、特に言及しない限り、「ATBF1量」とは各アイソフォームの存在量の総和を意味する。本発明の方法では原則として当該総和を検出対象とする。但し、いずれかのアイソフォームの量のみを検出対象にすることを妨げるものではない。尚、単に「ATBF1」と記載した場合、その他の意味であることが明らかであるときを除いて、それはATBF1タンパク質を意味する。
ATBF1遺伝子の構造を図26に示す(非特許文献1、非特許文献5を参照)。また、ATBF1遺伝子のエクソン2〜11の配列を図27〜図30に示す。ATBF1遺伝子にはエクソン1〜11が存在し、選択的スプライシングの結果としてATBF1-A及びATBF1-BのmRNAが形成される。尚、図26においてエクソン10及び11として示した領域は、非特許文献5ではそれぞれエクソン9及び10と記載されている。
エクソン3、エクソン10、及びエクソン11に対応するアミノ酸配列及び塩基配列については、添付の配列表に以下の配列番号で記載する。
エクソン3に対応する領域のアミノ酸配列(配列番号:11)、エクソン3の塩基配列(配列番号:12)、エクソン10に対応する領域のアミノ酸配列(配列番号:13)、エクソン10の塩基配列(配列番号:14)、エクソン11に対応する領域のアミノ酸配列(配列番号:15)、エクソン11の塩基配列(配列番号:16)。
(アポトーシス傾向判定法)
本発明の第1の局面は、海馬錐体細胞がアポトーシスに陥る傾向(本明細書において「アポトーシス傾向」ともいう)を判定する方法に関する。
上記のように、海馬錐体細胞の「アポトーシス傾向の判定」は「単純萎縮による細胞死の判定」と実質的に差はないとみることができる。従って、アポトーシス傾向の判定結果を利用して、単純萎縮による細胞死で特徴づけられるアルツハイマー病の診断を行うことができる。このように本発明の方法はアルツハイマー病の診断に有用な情報を与える。尚、「アポトーシス傾向の判定」は、実際の細胞の生死区別の判定や、多数の神経細胞の細胞死により脳萎縮を来した状態を判定するものではない。
「アポトーシスに陥る傾向(アポトーシス傾向)」の判定では典型的には、アポトーシス傾向の有無が判定される。アポトーシス傾向に高低を設け、被検海馬錐体細胞がどの程度の確率でアポトーシスに陥るかを判定することにしてもよい。尚、本明細書において「アポトーシス傾向が有る」という判定結果は、アポトーシスに陥る可能性が極めて高いことを意味し、神経細胞死が認定されると考える。
本発明のアポトーシス傾向判定法の一態様では以下のステップが実施される。
(a)被検対象から採取された海馬錐体細胞を用意するステップ。
(b)前記海馬錐体細胞内におけるATBF1量を検出するステップ。
(ステップa)
ステップaでは被検対象から採取された海馬錐体細胞を用意する。ヒトに限らず、例えば、サル、チンパンジー等の非ヒト霊長類、マウス、ラット、モルモット等の齧歯類、ニワトリ、ウズラ等の鳥類等を被検対象とすることができる。ヒト以外の動物を被検対象とした場合に得られる情報(判定結果)は、当該非ヒト動物のアルツハイマー病の診断にも利用され得るが、むしろそれをヒトのアルツハイマー病の診断法の確立に利用できる点で有用である。
特にヒト生体から海馬錐体細胞を採取する場合は通常、他の診断法によってアルツハイマー病が疑われる者(患者)が被検対象となる。ここでの他の診断法としては例えば、臨床症状および病歴、CT検査、MRI検査、PET/SPECT検査、脳波検査、生化学的検査を用いた診断法などが該当する。通常は、これらの一つ以上によってアルツハイマー病が疑われる生体脳組織から海馬錐体細胞が採取される。
海馬錐体細胞は、被検対象の脳、海馬領域より採取される。具体的には、生体の場合は被検対象の脳海馬組織の一部をバイオプシー(生検)で採取し、採取された組織片を、海馬錐体細胞を含む試料として使用する。剖検例(死体)の場合は、剖検時に採取された海馬領域全体又は一部を、海馬錐体組織を含む試料として使用することができる。このように、生体又は死体より分離された状態の海馬錐体細胞が用意される。ここで「生体(又は死体)より分離された」とは、海馬錐体細胞が存在する生体(又は死体)脳組織の海馬の一部を摘出することによって、その由来の生体(又は死体)と完全に隔離されている状態をいう。海馬錐体細胞は通常、生体(又は死体)で存在していた状態、即ち周囲の各種の細胞や間質結合組織と結合した状態(即ち組織片として)で採取され、本発明の方法に使用される。
(ステップb)
ステップbでは、ステップaで用意した海馬錐体細胞(被検海馬錐体細胞)内のATBF1量を検出する。その結果得られたATBF1検出量に基づいて被検海馬錐体細胞のアポトーシスに陥る傾向を判定する。具体的には例えば、多量のATBF1が検出された場合にアポトーシスに陥る傾向がある(又は高い)と判断し、細胞死を認定できる。
ここで「ATBF1」とは、AT motif binding factor 1(ATモチーフ結合因子1)をいう。ATBF1は、AFP(アルファフェトプロテイン)調節因子のATリッチドメインに結合し、AFP遺伝子の発現を下方調節する転写因子であることが知られている(非特許文献1を参照)。ATBF1には2つのアイソフォーム(ATBF1-AとATBF1-B)の存在が知られている。ATBF1-Aはタンパク質N末端側がATBF1-Bよりも920アミノ酸長い構造を有している。ATBF1-Aのアミノ酸配列(404kDa)を配列番号:1に示す。また、ATBF1-Aをコードする塩基配列(GenBank accession number:L32832)を配列番号:2に示す。同様に、ATBF1-Bのアミノ酸配列(306kDa)を配列番号:3に示し、ATBF1-Bをコードする塩基配列(GenBank accession number:L32833)を配列番号:4に示す。
ATBF1量として、以下の(1)〜(4)の中の少なくとも一つが検出される。
(1)海馬錐体細胞内における総ATBF1量。
(2)ATBF1遺伝子のエクソン10に対応する領域を含む部分ATBF1の海馬錐体細胞における核内存在量及び/又は細胞質内存在量。
(3)ATBF1遺伝子のエクソン11に対応するC末端領域を含む部分ATBF1の海馬錐体細胞における核内存在量及び/又は細胞質内存在量。
(4)ATBF1遺伝子のエクソン3に対応するN末端領域を含む部分ATBF1の海馬錐体細胞における核内存在量及び/又は細胞質内存在量。
(1)海馬錐体細胞内における総ATBF1量の検出
総ATBF1量の検出では、ATBF1-A及びATBF1-Bの両者が検出対象となる。但し、海馬錐体細胞内では、ATBF1-Aが主に発現し、ATBF1-Bの発現量は無視できる程度である。従って、ATBF1-A量のみを検出することにしても通常は、ATBF1-A及びATBF1-Bの両者を検出した場合と同等の検出結果が得られる。
典型的には、海馬錐体細胞の核内及び細胞質内においてATBF1量を検出するが、核内又は細胞質内のいずれかにおいてのみATBF1を検出することにしてもよい。また、核内及び細胞質内を区別せずに、海馬錐体細胞全体に含まれるATBF1量を検出することにしてもよい。
後述の実施例に示すようにアルツハイマー病脳の海馬錐体細胞では、ATBF1が増量していることを認めた。つまりATBF1量の増加が、アポトーシス傾向を判定するための好適且つ重要な指標になることが判明した。従って例えば、被検海馬錐体細胞内に多量のATBF1が検出された場合にアポトーシスに陥る傾向がある(又は高い)と判定できる(細胞死を認定)。
(2)ATBF1遺伝子のエクソン10に対応する領域を含む部分ATBF1の海馬錐体細胞における核内存在量及び/又は細胞質内存在量の検出
この検出では、ATBF1遺伝子のエクソン10に対応する領域を含む部分ATBF1(以下、「第1部分ATBF1」ともいう)の海馬錐体細胞における核内存在量及び/又は細胞質内存在量が検出対象となる。後述の実施例に示すようにアルツハイマー病脳の海馬錐体細胞では、(a)第1部分ATBF1が増量していること、及び(b)第1部分ATBF1が核主体に局在していることを認めた。つまり(a)及び(b)がアポトーシス傾向を判定するための好適且つ重要な指標になることが判明した。従って例えば、被検海馬錐体細胞において多量の第1部分ATBF1が検出されたとき、被検海馬錐体細胞はアポトーシスに陥る傾向がある(又は高い)と判定できる(細胞死を認定)。このように被検海馬錐体細胞内における第1部分ATBF1の発現量を指標として判定を行う場合は通常、第1部分ATBF1の核内存在量及び細胞質内存在量が検出されるが、アポトーシス傾向のある(高い)海馬錐体細胞では第1部分ATBF1が核主体に局在する(即ち、第1部分ATBF1の多くが核に存在する)ことから、核内存在量のみを検出対象としても、第1部分ATBF1の増量傾向を十分に把握することが可能である。従って、核内存在量と細胞質内存在量を検出対象とするのではなく、核内存在量のみを検出対象にしてもよい。
一方、海馬錐体細胞内における第1部分ATBF1の局在態様を指標として判定を行う場合は通常、第1部分ATBF1の核内存在量及び細胞質内存在量を同時に検出する。そして、検出結果を比較することで第1部分ATBF1の局在態様を調べ、第1部分ATBF1が核主体に局在していたとき、被検海馬錐体細胞はアポトーシスに陥る傾向がある(又は高い)と判定する。このように核内での検出量と細胞質での検出量とを比較することによって、第1ATBF1の細胞内局在態様を明確に把握することが可能となる。尚、第1部分ATBF1の核内存在量及び細胞質内存在量のいずれかの検出結果から第1ATBF1の細胞内局在を予想し判定することにしてもよい。この場合、いずれかの存在量のみを検出すればよいことになる。
好ましくは上記(a)及び(b)の両者を指標としてアポトーシス傾向を判定する。これによって、より確度の高い判定を行える。
(3)ATBF1遺伝子のエクソン11に対応するC末端領域を含む部分ATBF1の海馬錐体細胞における核内存在量及び/又は細胞質内存在量の検出
この検出では、ATBF1遺伝子のエクソン11に対応するC末端領域を含む部分ATBF1領域(以下、「第2部分ATBF1」ともいう)の海馬錐体細胞における核内存在量及び/又は細胞質内存在量が検出対象となる。後述の実施例に示すようにアルツハイマー病脳の海馬錐体細胞では、(c)第2部分ATBF1が増量していること、及び(d)第2部分ATBF1が細胞質主体に局在していることが観察された。つまり(c)及び(d)がアポトーシス傾向を判定するための好適な指標になることが判明した。従って例えば、海馬錐体細胞において多量の第2部分ATBF1が検出されたとき、被検海馬錐体細胞はアポトーシスに陥る傾向がある(又は高い)と判定できる(細胞死を認定)。このように海馬錐体細胞内における第2部分ATBF1の発現量を指標として判定を行う場合は通常、第2部分ATBF1の核内存在量及び細胞質内存在量が検出されるが、アポトーシス傾向のある(高い)海馬錐体細胞では第2部分ATBF1が細胞質主体に局在する(即ち、第2部分ATBF1の多くが細胞質に存在する)ことから、細胞質内存在量のみを検出対象としても、第2部分ATBF1の増量傾向を十分に把握することが可能である。従って、核内存在量と細胞質内存在量を検出対象とするのではなく、細胞質内存在量のみを検出対象にしてもよい。
一方、海馬錐体細胞内における第2部分ATBF1の局在態様を指標として判定を行う場合は通常、第2部分ATBF1の核内存在量及び細胞質内存在量を同時に検出する。そして、検出結果を比較することで第2部分ATBF1の局在態様を調べ、第2部分ATBF1が細胞質主体に局在していたとき、被検海馬錐体細胞はアポトーシスに陥る傾向がある(又は高い)と判定する。このように核内での検出量と細胞質での検出量とを比較することによって、第2部分ATBF1の細胞内局在態様を明確に把握することが可能となる。尚、第2部分ATBF1の核内存在量及び細胞質内存在量のいずれかの検出結果から第2部分ATBF1の細胞内局在を予想し判定することにしてもよい。この場合、いずれかの存在量のみを検出すればよいことになる。
好ましくは上記(c)及び(d)の両者を指標としてアポトーシス傾向を判定する。これによって、より確度の高い判定を行える。
(4)ATBF1遺伝子のエクソン3に対応するN末端領域を含む部分ATBF1の海馬錐体細胞における核内存在量及び/又は細胞質内存在量の検出
この検出では、ATBF1遺伝子のエクソン3に対応するN末端領域を含む部分ATBF1領域(以下、「第3部分ATBF1」ともいう)の海馬錐体細胞における核内存在量及び/又は細胞質内存在量が検出対象となる。後述の実施例に示すようにアルツハイマー病脳の海馬錐体細胞では、(e)第3部分ATBF1が増量していること、及び(f)第3部分ATBF1が細胞質主体に局在していることが観察された。つまり(e)及び(f)がアポトーシス傾向を判定するための好適な指標になることが判明した。従って例えば、海馬錐体細胞において多量の第3部分ATBF1が検出されたとき、海馬錐体細胞はアポトーシスに陥る傾向がある(又は高い)と判定できる(細胞死を認定)。このように海馬錐体細胞内における第3部分ATBF1の発現量を指標として判定を行う場合は通常、第3部分ATBF1の核内存在量及び細胞質内存在量が検出されるが、アポトーシス傾向のある(高い)海馬錐体細胞では第3部分ATBF1が細胞質主体に局在する(即ち、第3部分ATBF1の多くが細胞質に存在する)ことから、細胞質内存在量のみを検出対象としても、第3部分ATBF1の増量傾向を十分に把握することが可能である。従って、核内存在量と細胞質内存在量を検出対象とするのではなく、細胞質内存在量のみを検出対象にしてもよい。
一方、海馬錐体細胞内における第3部分ATBF1の局在態様を指標として判定を行う場合は通常、第3部分ATBF1の核内存在量及び細胞質内存在量を同時に検出する。そして、検出結果を比較することで第3部分ATBF1の局在態様を調べ、第3部分ATBF1が細胞質主体に局在していたとき、海馬錐体細胞はアポトーシスに陥る傾向がある(又は高い)と判定する。このように核内での検出量と細胞質での検出量とを比較することによって、第3部分ATBF1の細胞内局在態様を明確に把握することが可能となる。尚、第3部分ATBF1の核内存在量及び細胞質内存在量のいずれかの検出結果から第3部分ATBF1の細胞内局在を予想し判定することにしてもよい。この場合、いずれかの存在量のみを検出すればよいことになる。
好ましくは上記(e)及び(f)の両者を指標としてアポトーシス傾向を判定する。これによって、より確度の高い判定を行える。
好ましくは上記(1)〜(4)の二以上を検出し、各検出結果を考慮して被検海馬錐体細胞のアポトーシス傾向を判定する。このように二以上の検出を行えば、より詳細且つ正確な判定・評価が行える。
検出項目の中に、(2)第1部分ATBF1の検出を含めることが好ましい。(2)で検出される第1部分ATBF1の存在量又は細胞内局在態様はアポトーシス傾向を最も特徴付けるものといえる。従って、アポトーシス傾向の判定において(2)の検出は特に重要度が高い。
一層好ましい態様として、上記(2)と(3)を検出する態様、上記(2)と(4)を検出する態様、上記(2)〜(4)を検出する態様を挙げることができる。このように検出項目を増加させれば、より確度の高い判定を行える。中でも上記(2)〜(4)を検出し、各検出結果を用いて総合評価することが最も好ましい。詳細な情報が得られ、より一層確度の高い判定を行えるからである。
ここで、ATBF1遺伝子にはエクソン1〜11が存在する(図26参照)。この中でエクソン10は最も長い配列からなり、4個のホメオドメインすべてをコードする。後述の実施例に示すようにATBF1は翻訳後のプロセスにおいて、複数の部分に切断されることが示唆された。また、エクソン10の異常スキッピングによって、エクソン10に対応する領域が欠落した変異タンパク質が産生されることが報告された(非特許文献5)。
細胞内においてATBF1が完全な状態であれば(全長タンパク質として存在していれば)、「ATBF1遺伝子のエクソン10に対応する領域を含む部分ATBF1(第1部分ATBF1)」、「ATBF1遺伝子のエクソン11に対応する領域を含む部分ATBF1(第2部分ATBF1)」、及び「ATBF1遺伝子のエクソン3に対応する領域を含む部分ATBF1(第3部分ATBF1)」はそれぞれ、このようなATBF1の一部として存在する。一方、翻訳後のプロセスにおいてATBF1が分断されたときは、分断によって生じた部分ATBF1の一つ(又はその中の一部)として各部分ATBF1は存在する。
尚、第1部分ATBF1は、ATBF1-Aタンパク質の中央領域の一部(エクソン10のホメオドメイン以外の領域)を抗原として作製された抗体D1-120によって認識される。同様に第2部分ATBF1は、ATBF1-Aタンパク質のC末端領域の一部を抗原として作製された抗体AT6によって認識され、第3部分ATBF1は、ATBF1-Aタンパク質のN末端領域の一部を抗原として作製された抗体NT440及び1-12によって認識される。これらの抗体の作製方法は後述の実施例の欄で詳述される。
上記各ステップにおけるATBF1量や部分ATBF1量の検出は、これに限定されるものではないが、好ましくは免疫組織化学的染色法を利用して行う。免疫組織化学的染色法によれば、迅速に且つ感度よくATBF1量等を検出できる。また、操作も簡便である。従って、ATBF1量等の検出に伴う被検者(患者)への負担も小さくなる。
免疫組織化学的染色法では検出対象を特異的に認識する抗体(抗ATBF1抗体、抗第1部分ATBF1抗体など)が使用され、当該抗体の結合性(結合量)を指標としてATBF1量が検出される。
免疫組織化学的染色法では通常、まず被検海馬錐体細胞に対して、検出対象に特的な抗体(例えば抗ATBF1抗体)を接触させる。その後、細胞全体、核、及び/又は細胞質に対する当該抗体の結合量を測定する。そして測定結果から、被検海馬錐体細胞の細胞全体、核内、及び/又は細胞質内の検出対象の存在量を算出する。具体的には、以下に示す免疫組織化学的染色法に従って本発明の方法を実施することができる。
被検海馬錐体細胞を含む組織の免疫組織化学的染色は一般に以下の手順(1)〜(9)で実施される。尚、組織の免疫組織化学的染色法については様々な文献及び成書を参照することができる(例えば、「酵素抗体法、改訂第3版」、渡辺慶一、中根一穂編集、学際企画)。
(1)固定・パラフィン包埋
生体(剖検症例の場合は死体)より採取した組織をホルマリンやパラフォルムアルデヒド等によって固定する。その後パラフィン包埋する。一般にアルコールで脱水した後キシレンで処理し、最後にパラフィンで包埋する。パラフィンで包埋された標本を所望の厚さ(例えば3〜5μm)に薄切し、スライドガラス上に伸展させる。尚、パラフィン包埋標本に代えて凍結標本を用いる場合もある。
(2)脱パラフィン
一般にキシレン、アルコール、及び精製水で順に処理する。
(3)前処理(抗原賦活)
必要に応じて抗原賦活のために酵素処理、加熱処理及び/又は加圧処理等を行う。
(4)内因性ペルオキシダーゼ除去
染色の際の標識物質としてペルオキシダーゼを使用する場合、過酸化水素水で処理して内因性ペルオキシダーゼ活性を除去しておく。
(5)非特異的反応阻害
切片をウシ血清アルブミン溶液(例えば1%溶液)で数分から数十分程度処理して非特異的反応を阻害する。尚、ウシ血清アルブミンを含有させた抗体溶液を使用して次の一次抗体反応を行うこととし、この工程を省略してもよい。
(5)一次抗体反応
適当な濃度に希釈した抗体をスライドガラス上の切片に滴下し、その後数十分〜数時間反応させる。反応終了後、リン酸緩衝液など適当な緩衝液で洗浄する。
(6)標識試薬の添加
標識物質としてペルオキシダーゼが頻用される。ペルオキシダーゼを結合させた2次抗体をスライドガラス上の切片に滴下し、その後数十分〜数時間反応させる。反応終了後、リン酸緩衝液など適当な緩衝液で洗浄する。
(7)発色反応
トリス緩衝液にDAB(3,3'-diaminobenzidine)を溶解する。続いて過酸化水素水を添加する。このようにして調製した発色用溶液を数分間(例えば5分間)切片に浸透させ、発色させる。発色後、切片を水道水で十分に洗浄し、DABを除去する。
(8)核染色
マイヤーのヘマトキシリンを数秒〜数十秒反応させて核染色を行う。流水で洗浄し色出しする(通常、数分間)。
(9)脱水、透徹、封入
アルコールで脱水した後、キシレンで透徹処理し、最後に合成樹脂やグリセリン、ゴムシロップなどで封入する。
免疫組織化学的染色法に使用する抗体(検出用抗体)は、検出対象に特異的結合性を有する限りその種類や由来などは特に限定されない。検出用抗体はポリクローナル抗体、オリゴクローナル抗体(数種〜数十種の抗体の混合物)、及びモノクローナル抗体のいずれでもよい。ポリクローナル抗体又はオリゴクローナル抗体としては、動物免疫して得た抗血清由来のIgG画分のほか、抗原によるアフィニティー精製抗体を使用できる。抗ATBF1抗体が、Fab、Fab'、F(ab')2、scFv、dsFv抗体などの抗体断片であってもよい。
尚、総ATBF1量の測定には、後述の実施例に示すD1-120抗体を使用することができる。この抗体は、ATBF1-AとATBF1-Bの共通部分であるD1-120部位(エクソン10に対応する領域であってホメオドメイン1のごく一部およびその直前の領域)を特異的に認識する。従って、この抗体を用いればATBF1-AとATBF1-Bの両者を同時に検出することが可能である。一方、この抗体はATBF1がプロセシングされて生ずる第1部分ATBF1に対して特異的に結合することから、この抗体による検出量は第1部分ATBF1量を反映したものとなる。従って、この抗体を用いれば、第1部分ATBF1量又はその局在を把握することが可能となる。同様に、ATBF1遺伝子のエクソン11に対応するC末端領域を認識する抗体AT6を用いれば、C末端領域を含む第2部分ATBF1量又はその局在を把握することが可能となり、ATBF1遺伝子のエクソン3に対応するN末端領域を認識する抗体1-12を用いればN末端領域を含む第3部分ATBF1量又はその局在を把握することが可能となる。
抗ATBF1抗体等は、免疫学的手法、ファージディスプレイ法、リボソームディスプレイ法などを利用して調製することができる。
免疫学的手法によるポリクローナル抗体の調製は次の手順で行うことができる。抗原(例えばATBF1のD1-120部分又はその一部)を調製し、これを用いてウサギ等の動物に免疫を施す。ヒト以外の種(例えばマウス)のATBF1(又はその一部)を抗原として用いることができる。抗原は生体試料を精製することにより得ることができる。また、遺伝子組換え技術を利用して得た抗原を用いることもできる。組換えヒトATBF1は例えば、ATBF1をコードする遺伝子(遺伝子の一部であってもよい)を、ベクターを用いて適当な宿主に導入し、得られた組換え細胞内で発現させることにより調製される。
低分子量のために有効な免疫惹起作用を期待できないと予想されれば、キャリアタンパク質を結合させた抗原を用いることが好ましい。キャリアタンパク質としてはKLM(Keyhole Light Hemocyanin)、BSA(Bovine Serum Albumin)、OVA(Ovalbumin)などが使用される。キャリアタンパク質の結合にはカルボジイミド法、グルタルアルデヒド法、ジアゾ縮合法、MBS(マレイミドベンゾイルオキシコハク酸イミド)法などを使用できる。一方、ATBF1(又はその一部)を、GST、βガラクトシダーゼ、マルトース結合タンパク、又はヒスチジン(His)タグ等との融合タンパク質として発現させた抗原を用いることもできる。このような融合タンパク質は、汎用的な方法により簡便に精製することができる。
本発明者らは、胎仔および成ラットの脳組織、未分化胚性癌細胞株(P19細胞)さらに2種類の神経芽細胞腫細胞株(NB-1, GOTO)においてウエスタンブロットによる実際の組織中でのATBF1タンパク質のサイズを検定した。その際に使用した抗体はATBF1-A (404kDa)タンパク質の中央部を検出するD1-120である。これらの抗体を用いたウエスタンブロットの結果、抗体が認識するタンパク質(即ちATBF1タンパク質)のサイズは腫瘍細胞によって404kDaを示す場合と、その約半分の210kDa、さらにそれより短い多数のサイズを示す場合があった。しかしながら、本発明の実施にあたりD1-120に相当する部位に対する抗体を海馬錐体細胞におけるアポトーシス傾向の判定に使用する場合には、この蛋白サイズの差異を考慮する必要は無いと考えられる。但し、組換えATBF1を用いる場合において後述の実施例に示した結果と同等の結果を出すためには、ATBF1遺伝子(遺伝子の一部であってもよい)のうち、ATBF1-Aアミノ酸配列のD1-120部分をコードする遺伝子部分(エクソン10に対応する部位)を選択し、ベクターを用いて適当な宿主に導入して調製した抗原を用いて作製した抗体を使用することが必要と考えられる。NT440、1-12、及びAT6を使用した実験の結果が示すようにD1-120部位から大きく離れた部位を認識する抗ATBF1抗体を使用した場合の検出結果(局在態様など)は、D1-120を使用した場合の検出結果と全く異なったものとなる。しかしながらその近傍であれば、D1-120部位以外の部位を認識する抗体を用いても、D1-120が検出する部分ATBF1(第1部分ATBF1)を同様に検出できる可能性はある。ある抗体がD1-120と同様の特異性を有するか否かはP19細胞等を用いた予備実験、アルツハイマー病や対照脳の海馬を使用したATBF1の局在の検索実験などによって検証することができる。その結果D1-120と同等の特異性を当該抗体が有すると判断されれば、当該抗体をD1-120と同様の目的で使用することができる。
必要に応じて免疫を繰り返し、十分に抗体価が上昇した時点で採血し、遠心処理などによって血清を得る。得られた抗血清をアフィニティー精製する。一方、モノクローナル抗体については次の手順で調製することができる。まず、上記と同様の手順で免疫操作を実施する。必要に応じて免疫を繰り返し、十分に抗体価が上昇した時点で免疫動物から抗体産生細胞を摘出する。次に、得られた抗体産生細胞と骨髄腫細胞とを融合してハイブリドーマを得る。続いて、このハイブリドーマをモノクローナル化した後、目的タンパク質に対して高い特異性を有する抗体を産生するクローンを選択する。選択されたクローンの培養液を精製することによって目的の抗体が得られる。一方、ハイブリドーマを所望数以上に増殖させた後、これを動物(例えばマウス)の腹腔内に移植し、腹水内で増殖させて腹水を精製することにより目的の抗体を取得することもできる。上記培養液の精製又は腹水の精製には、プロテインG、プロテインA等を用いたアフィニティークロマトグラフィーが好適に用いられる。また、抗原を固相化したアフィニティークロマトグラフィーを用いることもできる。更には、イオン交換クロマトグラフィー、ゲルろ過クロマトグラフィー、硫安分画、及び遠心分離等の方法を用いることもできる。これらの方法は単独ないし任意に組み合わされて用いられる。
検出対象への特異的結合性を保持することを条件として、得られた抗体に種々の改変を施すことができる。本発明では、このような改変抗体を利用してもよい。
抗ATBF1抗体等として標識化抗体を使用すれば、標識量を指標に結合抗体量を直接検出することが可能である。従って、より簡易な方法となる。その反面、標識物質を結合させた抗ATBF1抗体等を用意する必要があることに加えて、検出感度が一般に低くなるという問題点がある。そこで、標識物質を結合させた二次抗体を利用する方法、二次抗体と標識物質を結合させたポリマーを利用する方法など、間接的検出方法を利用することが好ましい。ここでの二次抗体とは、抗ATBF1抗体等に特異的結合性を有する抗体であって例えばウサギ抗体として抗ATBF1抗体等を調製した場合には抗ウサギIgG抗体が使用される。ウサギやヤギ、マウスなど様々な種の抗体に対して使用可能な標識二次抗体が市販されており(例えばフナコシ株式会社やコスモ・バイオ株式会社など)、本発明で使用する抗ATBF1抗体に応じて適切なものを適宜選択して使用することができる。
標識物質には、ペルオキシダーゼ、β−D−ガラクトシダーゼ、マイクロペルオキシダーゼ、ホースラディッシュペルオキシダーゼ(HRP)、フルオレセインイソチオシアネート(FITC)、ローダミンイソチオシアネート(RITC)、アルカリホスファターゼ、ビオチン、及び放射性物質の中から任意に選択されるものが好適に用いられる。特に、ビオチンを標識物質として用いてアビジンペルオキシダーゼを反応させる方法によれば、より高感度の検出が可能である。
本発明の第2の局面は、上記本発明の方法を実施するための試薬(アポトーシス傾向判定用試薬)及びキット(アポトーシス傾向判定用キット)を提供する。
本発明の試薬の一態様は、上記のように免疫学的手法によって本発明の方法を実施する際に使用される抗ATBF1抗体(検出用抗体)である。ここでの抗体はポリクローナル抗体、オリゴクローナル抗体(数種〜数十種の抗体の混合物)、及びモノクローナル抗体のいずれでもよい。ポリクローナル抗体又はオリゴクローナル抗体としては、動物免疫して得た抗血清由来のIgG画分のほか、抗原によるアフィニティー精製抗体を使用できる。抗ATBF1抗体が、Fab、Fab'、F(ab')2、scFv、dsFv抗体などの抗体断片であってもよい。所望の標識化が施されている抗体であってもよいことは上記の通りである。
検出用抗体の抗体として、(1)ATBF1遺伝子のエクソン10に対応する領域を含む部分ATBF1を認識する抗体、(2)ATBF1遺伝子のエクソン11に対応するC末端領域を含む部分ATBF1を認識する抗体、(3)ATBF1遺伝子のエクソン3に対応するN末端領域を含む部分ATBF(部分ATBF1-A)認識する抗体を好適に用いることができる。
(1)の抗体によれば、エクソン10に対応する領域を含む部分ATBF1、即ち第1部分ATBF1を検出可能である。(2)の抗体によれば、エクソン11に対応するC末端領域を含む部分ATBF1、即ち第2部分ATBF1を検出可能である。(3)の抗体によれば、エクソン3に対応するN末端領域を含む部分ATBF(部分ATBF1-A)、即ち第3部分ATBF1を検出可能である。
(1)の抗体、(2)の抗体、及び(3)の抗体の具体例として、後述の実施例において使用される以下のものを挙げることができる。
(1)の抗体:D1-120、(2)の抗体:AT6、(3)の抗体:1-12、NT440(NT440-1、NT440-2、NT440-3の混合物)
尚、認識する部位、ATBF1遺伝子のエクソンとの対応など、これらの抗体の特性の詳細については図1に示される。
本発明のキットは、ATBF1に特異的結合性を有する試薬を含む。当該試薬の好適な例は抗ATBF1抗体であるが、これに限られるものではない。本発明のキットを用いることによって、本発明の方法をより簡便に且つより短時間で実施することが可能となる。
好ましい一態様として、抗ATBF1抗体を含む免疫学的測定(検出)用キットが提供される。抗ATBF1抗体の結合量を直接検出する方法用のキットの場合には、標識化された抗ATBF1抗体が用いられる。一方、間接的検出方法用のキットの場合には、未標識の抗ATBF1抗体が用いられる。この場合には、標識物質で標識化された二次抗体(標識二次抗体)をキットに含めてもよい。二次抗体と標識物質を結合させたポリマーを利用した検出法用のキットとする場合には、当該ポリマーをキットに含めてもよい。
一方、キットにATBF1(抗原)を更に含めることにしてもよい。典型的には、キットに使用する抗ATBF1抗体を作製する際の抗原として用いたものと実質的に同一、又は同等のATBF1をキットに含める。従って完全長のATBF1でなくともよい。また、組み換えATBF1であってもよい。ATBF1は、キットを使用して得られた染色性が抗ATBF1抗体とATBF1との特異的結合に基づくものであることを確認するために使用される。具体的にはまず、ATBF1で抗ATBF1抗体を処理する。処理後の抗ATBF1抗体を用いて免疫染色を行う。得られた染色像と、未処理の抗ATBF1抗体を使用して得られた染色像とを比較する。後者の染色像の方に強い染色性が認められれば、その染色性は抗ATBF1抗体とATBF1との特異的結合に基づくものであることを確認できる。
また一方で、タグやキャリアタンパク質(以下、タグ等という)との融合タンパク質を抗原として作製した抗ATBF1抗体をキットに使用する場合には、用いたタグ等をキットに更に含めることにしてもよい。キットを構成する抗ATBF1抗体中に、その作製過程で使用したタグ等に反応性を有する抗体が混在しているおそれのある場合に当該タグ等が必要となる。以下のように当該タグ等を利用すれば、キットを使用して得られた染色性が抗ATBF1抗体とATBF1抗体との特異的結合に基づくものであることを確認することができる。まず、このタグ等で抗ATBF1抗体を処理する。処理後の抗ATBF1抗体を用いて検体の免疫染色を行う。得られた染色像と、未処理の抗ATBF1抗体を使用して得られた染色像とを比較する。両者の間で染色性に相違がなければ、後者の染色像における染色性は抗ATBF1抗体とATBF1との特異的結合に基づくものであることを確認できる。
本発明のキットに、抗原抗体反応や染色等、免疫染色を実施する上で必要な一以上の試薬(例えば、組織固定・包埋用のホルマリンやパラフィン、非特異的結合を阻害するためのBSA、DAB等の発色試薬、核染色用のヘマトキシリン溶液など)や器具などを更に含めてもよい。また通常は、本発明のキットには取り扱い説明書が添付される。
以下、実施例(実験例を含む)を用いて本発明をより詳細に説明する。
1.ATBF1と細胞周期制御系との関連性の検討
本発明者らは分子生物学的手法である酵母ツーハイブリッド(yeast two-hybrid)法による分子相互作用の研究成果として、DNA結合転写調節因子であるATBF1が、DNAと結合するばかりでなく細胞質に存在する細胞骨格タンパク質GFAP (glial fibrillary acidic protein)と結合する新事実を発見した。従来から生理的な状態ではDNA結合タンパク質は核に存在することが当然のように予想され、観察されるが、ATBF1も核タンパク質と予想されながら、核で機能するだけでなく細胞質でも細胞骨格タンパク質と結合して存在する可能性が示されたことになる。これはATBF1の核細胞質移行を見出す原点となった。しかも、既報(非特許文献4)のごとく胃癌培養細胞を使用した別の実験系で、本発明者らはATBF1が核内ではp53タンパク質と結合し、p21のプロモータを活性化、細胞周期を抑制する働きがあることを発見している(図2を参照)。故に、ATBF1の細胞周期制御機能に着目することとなり、種々の癌細胞におけるATBF1の動向を調べる事とした。その結果、癌細胞の中には核タンパク質としてATBF1(ATBF1-Aの中央部を検出するD1-120を使用)が核に局在する細胞以外に、細胞周期制御系が乱れ、増殖性の強くなった癌細胞においては、ATBF1が核から細胞質に移出が観察され、核のATBF1の染色性が極端に低下する例が存在するという新事実の重要性に本発明者らは気付く事となった。さらに、これらの現象は神経細胞に分化させたP19という未分化胚性癌細胞株での研究を通じ、癌細胞以外の正常の神経細胞でも応用できることに発明者らは気付いた。すなわち癌細胞の核でATBF1の染色性が極端に低下した場合その癌細胞が高度の増殖性を獲得する事実や、P19細胞でATBF1の発現が認められない状態および細胞質にATBF1が限局する間は増殖性が維持されるの事実とは全く逆に、脳の神経細胞の核でATBF1の染色性が極端に増強すると正常細胞である神経細胞がアポトーシスへと移行する現象である。この現象を利用して発見者らはアルツハイマー病の診断に重要な神経細胞の細胞死判定法を確立するに至った。以下に示すごとく抗原賦活をふくめた染色条件の検討などの基礎実験は脳の海馬組織ではなく種々の癌組織を使用して行ったが、癌組織で有用だった条件は脳の海馬組織においても全く同様に使用できることを確認している。
2.抗ATBF1抗体の作製(図1を参照)
2−1.抗原の調製(抗体D1-120の場合)
マウスATBF1(Ido et al., (1996). Gene, 168, 227-231)の41アミノ酸残基(2114〜2154:LQTLPAQLPPQLGPVEPLPADLAQLYQHQLNPTLLQQQNKR:配列番号:5、抗体D1-120作製時の抗原部分)をグルタチオンSトランスフェラーゼ(GST)に融合した組み換えペプチドを抗原として使用した。尚、上記の41アミノ酸残基は、ヒトATBF1のアミノ酸残基(2170〜2147)と完全に一致する。
具体的には、以下(1)及び(2)の手順で当該抗原を調製した。抗原調製、抗体作製の詳細は既報(J. Compartive Neurology (2003) 465: 57-71:非特許文献3)に記載される。
(1)上記のごとく標的アミノ酸部分をマウスcDNAより切り出し、GST融合タンパク質作製用のベクターpGEX-KT に組換え(サブクローニング)を行った。
(2)大腸菌 AD202に遺伝子導入を行い、AD202に発現させたタンパク質をSepharose-glutathione beaded agarose (Sigma社)を使用して常法で精製を行った(例えば、「はじめての組換えタンパク質精製ハンドブック」1999年発行、アマシャム ファルマシア バイオテク株式会社、を参照)。
2−2.免疫及び抗体の分離・精製
2−1.で調製した抗原(ATBF1-GST融合タンパク質)を用いて、以下(1)〜(4)の手順で抗ATBF1抗体(D1-120)を取得した。
(1)PBS(pH7.5)に融解した抗原(1 mg/ml)をTiter Max Gold (CytRx社)と等量混合して、免疫用エマルジョンを作成した。
(2)2mlのエマルジョンをウサギ背部に皮下注射して免疫(0,14,28,49,70日目の5度にわたり)を行った。
(3)91日間経過した時点で、屠殺採血して血清を分離した。
(4)免疫に使用した抗原による抗原カラムを作成し、血清から抗原抗体カラム精製後に抗ATBF1抗体を取得した(例えば、「はじめての抗体精製ハンドブック」2000年発行、アマシャム ファルマシア バイオテク株式会社、を参照)。
2−3.他の3種類の抗体作製(図1を参照)
まず、以下の手順で各抗原を調製した。
(1)抗体NT440の場合(ポリクローナル抗体)
ヒトATBF1-A(非特許文献1を参照)の3種類のアミノ酸残基(4〜15:CDSPVVSGKDNG:配列番号:6、429〜445: CKSSEGKDSGAAEGEKQE:配列番号:7、500〜516:CPSELDEELEDRPHEEPG:配列番号:8)の合成ペプチドを混合して [配列番号:7および8の合成ペプチドのN末端の下線を付したCは合成ペプチドの安定性を確保するために本来のヒトのアミノ酸配列に追加してある] ペプチド抗原として使用した。
(2)抗体1-12の場合(モノクローナル抗体)
ヒトATBF1-Aのアミノ酸残基(143〜155:CIVESLS 148QLTQGGG:配列番号:9)の合成ペプチドを使用、N末端にC(下線付き)を付加するとともに、148番のセリン(下線付き、右肩に148と付記)をリン酸化したペプチドを抗原として使用した。従って、この抗体はATBF1-Aの148番のセリンがリン酸化されている場合のみを認識するように設計してある。
(3)抗体AT6の場合(ポリクローナル抗体)
ヒトATBF1-A, B共通のアミノ酸残基(3405〜3549:PGAPSPDKDPAKESPKPEEQKNTPREVSPLLPKLPEEPEAESKSADSLYDPFIVPKVQYKLVCRKCQAGFSDEEAARSHLKSLCFFGQSVVNLQEMVLHVPTGGGGGGSGGGGGGGGGGGGGGSYHCLACESALCGEEALSQHLE:配列番号:10をグルタチオンSトランスフェラーゼ(GST)に融合した組み換えペプチドを抗原として使用した。
調製した各抗原を用いて抗体(ポリクローナル又はモノクローナル)を作製し、精製した。ポリクローナル抗体の作製、精製はD1-120抗体の項で記載した方法と同様の方法で、モノクローナル抗体の作製、精製は様々な文献及び成書同様の方法を使用した(例えば、「酵素抗体法、改訂第3版」、渡辺慶一、中根一穂編集、学際企画)。
3.培養癌細胞におけるATBF1発現と細胞周期の関係
マウス未分化胚性癌(embryonal caricinoma)細胞株P19培養細胞を使用し、未分化癌の培養細胞を神経細胞に分化させる実験を行い、その過程におけるATBF1発現(ATBF1-Aの中央部を検出するD1-120を使用)と細胞周期制御との関連に着目した検討を行った。
3−1.P19培養開始時のATBF1発現、細胞周期
P19癌細胞培養開始時、特に分化刺激を加えない未分化増殖状態の細胞を採取し以下に示す手順で免疫組織化学的染色(ATBF1染色, D1-120を使用)を実施した。細胞をチャンバースライドで培養しPBSで調整した4%パラフォルムアルデヒドで固定し、固定後洗浄を行った。抗ATBF1抗体, D1-120を5μg/mlとなるように、0.05Mトリス緩衝液(pH7.6、ウシ血清アルブミン1%溶液、アジ化ナトリウム含有)に溶解した一次抗体溶液を切片に滴下し、37℃で約30分反応させた(一次抗体反応)。十分に洗浄した後、2次抗体Alexa Fluor 594-conjugated goat anti-rabbit IgG (以下の実施例中で示されるごとく、他のモノクローナル抗体と2重染色を行う場合はAlexa Fluor 488-conjugated goat anti-mouse IgGも同時に使用する。尚、いずれもMolecular Probes社製)を標本に作用させ、室温で約1時間反応させた(二次抗体反応)。十分に洗浄した後、封入を行い。蛍光顕微鏡 (AX70; オリンパス社製) か、共焦点レーザー顕微鏡 (LSM5; ZWISS社製)で観察を行った。染色の結果、ATBF1は核、細胞質ともに発現を認めず(図3aを参照)、フローサイトメトリーを使用した検索では細胞は増殖状態を示し、細胞周期G1期の細胞とともに、S期の細胞、G2, M期の細胞が高い割合で混在した(図3dを参照)。
3−2.P19、レチノイン酸処理後、24時間でのATBF1発現、細胞周期
培養細胞に神経分化を促す薬剤、レチノイン酸を投与した24時間後、上記3−1に記載した方法でATBF1染色、さらにフローサイトメトリー検索を行った。形態的には細胞はやはり未分化増殖状態を維持したが、ATBF1の細胞質での発現を認めるようになった(図3bを参照)。フローサイトメトリーを使用した検索では細胞はやはり増殖状態を示し、G1期の細胞とともに、S期の細胞、G2, M期の細胞の割合は依然高かった(図3eを参照)。
3−3.レチノイン酸中断、4日後のATBF1発現、細胞周期
レチノイン酸を中断し、さらに4日間培養後に上記3−1に記載した方法でATBF1染色、さらにフローサイトメトリー検索を行った。形態的に培養細胞は突起を有する神経細胞に分化した細胞群に変化した。するとATBF1は細胞質から核に移動し、核主体の発現に変化した(図3cを参照)。フローサイトメトリーを使用した検索ではS期の細胞、G2、M期の細胞の割合が極端に減少し、ほとんどがG1期の細胞集団に変化した(図3fを参照)。これは明らかな細胞周期の停止を意味し、G1期停止、言い換えると増殖抑制が認められた。この実験結果は、そのアミノ酸配列番号:277及び2987から始まる2箇所の推定核内保留シグナル(Nuclear localization signal)の存在(図4aを参照)から予想されたごとくATBF1が実際に細胞質から核へ移行を示すタンパク質であることを証明しただけでなく、核へのATBF1移行により細胞周期の停止が起こることをも示すものである。
4.P19細胞におけるATBF1(ATBF1-Aの中央部を検出するD1-120を使用)の細胞質から核への移行、核から細胞質への移出の調節機構の検討
4−1.ATBF1の核への移入の促進機序の検討
P19細胞では、レチノイン酸又はその誘導化学物質を作用させると、ATBF1のmRNA転写量、細胞内タンパク量が増加する。しかしながらP19細胞を培養液に浮遊する状態で培養する限り、ATBF1は細胞質に留まり、核移行は観察されない。ここでは細胞を培養皿に接着するような条件設定をすることによりATBF1発現がどのように変化するかを検索するための検討を行った。生体内の細胞外部環境に類する特徴を持つフィブロネクチン、ラミニンや、ゲラチン、ポリ-L-オルニチン、ポリ-Lリジンを培養皿へ塗布した後の細胞におけるATBF1の局在を観察した。上記3−1.に記載したのと同様の方法でATBF1染色を施行した。フィブロネクチンなどを培養皿へ塗布しない場合、細胞は浮遊状態でATBF1は細胞質には出現するが、核へは移行しない(図5aを参照)のに対して、培養皿にフィブロネクチンとポリ−L−オルニチンを塗布し細胞が付着できる状態にした場合、培養後3時間以内に、かなりの細胞においてATBF1の核への移行が観察され(図5bを参照)、24時間では殆ど全ての細胞でATBF1の核への移行が観察された(図5cを参照)。ラミニンやゲラチンを培養皿へ塗布した場合でも、培養皿表面にP19細胞はよく付着することができ、その条件でもやはりATBF1の核への移行が観察された。これはATBF1の細胞質から核への移行は、細胞の培養皿への接着を促進するフィブロネクチンのごとき因子(あるいは接着刺激それ自体)の影響で調節される事を意味している。浮遊状態から付着状態への変化は細胞表面に存在する受容体が関与する可能性があり、細胞外部環境に応じた情報を細胞内へ伝えることでATBF1の細胞内局在が変化すると思われた。
4−2.核から細胞質へのATBF1輸出機序の検討
最近、CRM1(Exportin 1 or chromosome region maintenance 1)により様々な因子の核から細胞質への運搬移出が調節される事実が報告されている。ATBF1では、CRM1の標的配列、即ち核外輸出シグナル(Nuclear export signal)の存在が三箇所(アミノ酸配列の1267番目、2471番目、及び2504番目からそれぞれ始まる)想定されている(図4bを参照)。従ってCRM1の阻害剤である抗生剤Leptomycin Bの作用により、核からの細胞質へのATBF1移出阻害が起こる事が予想された。今回、P19細胞を使用し、上記のフィブロネクチンおよびポリ−L−オルニチンを塗布した培養皿にレチノイン酸を作用させ、さらに抗生剤Leptomycin Bを加える実験を行い、上記3−1に記載した方法でATBF1染色(ATBF1-Aの中央部を検出するD1-120を使用)を施行することでATBF1の動向を観察した。その結果、Leptomycin Bを作用させない場合の発現量に比較して(図6aを参照)、Leptomysin Bを作用させる事で、P19細胞におけるATBF1の核内濃度が明らかに増大する(図6bを参照)とともに、アポトーシスに陥る細胞数が明らかに増加した。また、さらに1日培養を追加すると、翌日には殆どの細胞が死滅した。この実験結果はATBF1の核外輸出はCRM1に制御されている事と、ATBF1濃度が核内で増加する状態は、神経細胞への分化を示したP19細胞のアポトーシスを促進する状態である事を示している。この実験結果は、実際にヒト脳の海馬錐体細胞でATBF1(D1-120で検出出来る部位)の核内濃度が極端に増加している状態が、アポトーシスへの移行が促進された状態、すなわち「細胞死」の予想につながる事を理解するのに重要な示唆を与えると思われた。
4−3.細胞質から核への移行の調節機序の検討
細胞周期に関連する種々の因子などに関して過去に検討された事実として、タンパク質の核・細胞質移行にはアミノ酸のリン酸化が関係する事が知られ、特に核移行には核内保留シグナルのリン酸化及び脱リン酸化が重要であることが判明している。リン酸化反応を触媒する酵素の中でもPI3K (phosphatidylinositol 3-kinase)ファミリータンパク質は良く研究されており、最近ATBF1と同様に、核・細胞質を移行し機能するN-CoR (The nuclear receptor co-repressor)の核から細胞質へ局在が移行する際、401番セリンのリン酸化にPI3Kが関与している事が報告された(Hermanson O,et al, N-CoR controls differentiation of neural stem cells into astrocytes.Nature 419, 934-939, 2002 を参照)。本発明者らはラット胎仔の脳神経細胞におけるATBF1発現とN-CoR発現が相補的であるという事実から、N-CoRが核から細胞質に輸出される場合とは逆に、ATBF1が細胞質から核への移行する際に、PI3Kによる核内保留シグナルのリン酸化が関与する事を予想した。そこで上記同様に、P19細胞を使用し、フィブロネクチン塗布培養皿でレチノイン酸を作用させた後にPI3Kの拮抗剤2種(Wortmannin、カフェイン)を作用させる実験を行い、上記3-1に記載した方法でATBF1染色(D1-120を使用)を施すことでATBF1の動向を観察した。その結果、薬剤を加えない場合のP19細胞内のATBF1は核への移行を示す(図7aを参照)のに比較し、薬剤を加えた場合のP19細胞ではATBF1産生自体は影響を受けなかったものの、核内へのタンパク質の移行は阻止される傾向(作用はカフェインがWortmanninより強い)を示した(図7b, 7cを参照)。その際、細胞は***像が散在し増殖状態を維持した。細胞質のATBF1は核周囲の細胞質部分(小胞体内を予想)にリング状となるように集合する像を認め、これは、ATBF1の細胞質(小胞体)から核への移行がPI3Kに依存した事象である事、核へのATBF1移行が無いと細胞は増殖状態を維持出来る事を意味している。
5.ATBF1強制発現と細胞周期の関連の検討
3.の結果より、ATBF1が細胞質から核へ、さらに細胞質へと行き来をする事で細胞周期の時期や増殖状態が切り替わる事が明らかとなった。ATBF1のみが主な原因でこれらの事象が起こったのか、それとも他の何らかの因子が作用した結果なのかを明らかにするために、本発明者らはATBF1単独発現ベクターを用いて、マウス神経芽細胞腫由来の培養細胞株Neuro2A細胞で強制発現実験を行った。Neuro2AにATBF1発現ベクターを導入して強制的にATBF1を発現させた後、上記3−1に記載した方法でATBF1染色(ATBF1-Aの中央部を検出するD1-120を使用)を施すことでATBF1の動向を観察するとともに、フローサイトメトリーで細胞周期を検索した。また同時に培養液にBrdU (5-bromodeoxyuridine)を混入し、細胞のDNA複製のためのチミジン取り込みが行われているかどうかも検索した。その結果、ATBF1を強制発現させることで核への集積を認める細胞はBrdUが取り込まれない事が明らかとなり(図8bを参照)、培養細胞全体では細胞周期を停止している細胞の割合が増加した(図8cを参照)。この実験結果は、ATBF1の核での発現が、細胞のDNA複製の停止、細胞周期の停止の直接的原因となる事を意味している。
一方、ATBF1発現ベクターの遺伝子導入と同時に培養液にBrdU (5-bromodeoxyuridine)を添加し、DNA複製中の細胞を標識した。その結果、ATBF1の強制発現を認める細胞では、例外なくBrdUの取り込みを認めない事が明らかとなり、ATBF1が主な原因で細胞周期が停止する事実が明らかとなった。
6.抗ATBF1抗体使用時の、最適なATBF1検出条件(抗原の賦活化条件)の検討
外科的に採取され、ホルマリン固定後にパラフィン包埋された通常の病理検体からATBF1を抗体で精密に検出するには、抗原の賦活化反応条件を決定することが重要となる。核・細胞質ともに程良く抗原が賦活される事がATBF1の核細胞質移行を検索する上では特に重要となる。今回、外科的に採取され、診断された膀胱癌のうち、上皮内の乳頭状非浸潤性膀胱尿路上皮癌(非浸潤癌と略す)及び上皮下の浸潤性膀胱尿路上皮癌(浸潤癌と略す)を各一例使用し、最適な抗原賦活法を見出すべく以下の検討を行った。使用した抗体はD1-120である。まず、ホルマリン固定後、パラフィン切片を作成し、後述の7.と同様の手技でATBF1染色を行った。ただし抗原賦活法として、以下に示すごとく、熱処理3種類と賦活液9種類の組合せ(計27種類の組み合わせ)と、酵素処理3種類を使用しその染色性を検討した。熱処理3種類:(1)オートクレーブ、121℃、15分、(2)圧力釜、4分、(3)電子レンジ、煮沸しない程度の温度設定、15分。抗原賦活液9種類:(1)DAKO Target Retrieval Solution PH 6.0,(2)DAKO Target Retrieval Solution High pH, pH 10.0,(3)10mM クエン酸バッファー pH6.0,(4)10 mM NaOH加クエン酸バッファーpH7.0,(5)TEバッファー (1mM EDTA + 10 mM トリス塩酸バッファー) pH9.0,(6)50 mMトリス塩酸バッファー pH10.0, (7)20 mM トリス/0.65 mM EDTA/0.0005% Tween 20,(8)1mM EDTA溶液, pH8.0、(9)5% Urea溶液。酵素処理3種類:(1)トリプシン、(2)ペプシン、(3)プロティナーゼK;である。
染色結果を概説すると、熱処理法、バッファーの種類により、非浸潤癌、浸潤癌における染色強度、細胞内で核、細胞質の染色パターンが変化した。27種類の染色性は全て異なったが、大きな傾向として、オートクレーブ処理を行うと核の染色性が際立ちやすく、バッファーの選択によっては細胞質の染色が得られなくなった(図9を参照)。逆に電子レンジ処理では核の染色性を出すのが難しくなり、細胞質の染色性が際だつ傾向があった(図10を参照)。圧力釜処理は、温度設定がオートクレーブ、電子レンジの中間で、核と細胞質の染色性を同時に出せる傾向を示した(図11を参照)。またいずれの酵素処理でも、非浸潤癌、浸潤癌とも全く染色性は得られなかった。抗原賦活法およびバッファーの種類により、非浸潤癌で核及び細胞質の両方に(図12a、cを参照)、浸潤癌でも核及び細胞質の両方に(図12b、dを参照)ATBF1は局在することになり、その評価に非常に困惑した。客観的な評価は一見不可能にも思われたが、27種類の染色全体を通しての傾向の評価は、以下の(1)及び(2)に示すように可能であった。つまり(1)ATBF1(D1-120部分)は核、細胞質両方に存在し得るタンパク質で、膜や血漿成分中には存在しない。(2)今回使用した非浸潤癌及び浸潤癌では、ATBF1は核、細胞質ともに存在を認める。しかし核/細胞質の細胞内局在のタンパク比率に差があり、非浸潤癌では核主体、浸潤癌では細胞質主体と判断できる。この2つの評価を基礎に考えると、外科的に切除されホルマリン固定された標本に対する対応を決定できる。すなわち、ATBF1染色後に、核細胞質の移行を検索する目的のためには、癌細胞でのATBF1発現の有無だけでなく、核、細胞質のATBF1量の相対的な比較を実現することが重要である。そのためには、10mMクエン酸緩衝液(pH6.0)を使用し圧力釜で4分間(110℃)熱処理することが最適であると判断された(図12e、fを参照)。さらに、マイクロウェーブ(95℃)や、オートクレーブ(121℃)使用による熱処理は、核と細胞質を移動するATBF1局在の検出を明確には表現することは出来ないためATBF1染色には不適当であると考えられた。今回この良好な抗原賦活条件検索実験に使用した抗体はD1-120だけであるが、他の抗体(NT440, 1-12, AT6)を使用した染色を行った場合もD1-120に使用した条件と同様の抗原賦活条件を選択することにより、細胞(正常、癌細胞を含む)における核および細胞質のATBF1の局在の差異を良好に染色することが出来た。従って4種類すべての抗ATBF1抗体の使用は10mMクエン酸緩衝液(pH6.0)を使用し圧力釜で4分間 (110℃)熱処理することが最適と判断している。
7.アルツハイマー病脳組織の抗ATBF1抗体による染色性
本発明者らは、剖検されたヒト高齢者正常脳組織(非痴呆症)とアルツハイマー病脳組織を使用して、海馬の錐体細胞におけるATBF1(使用した抗体はNT440, 1-12, D1-120, AT6の4種類)の細胞内存在量及び局在態様を比較検討した。使用したのはアルツハイマー病と臨床的に診断され、剖検において病理所見で確定診断が得られた剖検症例78歳、84歳ともに女性2例の脳である。対照として、特に痴呆性疾患を患っていない正常と思われる剖検症例79歳、88歳ともに女性2例の脳を使用した。
7−1.標本の作製及び染色
剖検時に採取した脳組織全体を4%パラフォルムアルデヒドで固定した。固定液が浸透した後、海馬、海馬傍回、歯状回を含む部位を切り出し、パラフィン包埋し、約3μmに薄切し、スライドガラス上に伸展させた。脱パラフィン後、クエン酸緩衝液(pH6.0)を使用して圧力釜で4分間(110℃)熱処理を実施した(当該抗原賦活法を選択した理由については実施例5を参照)。続いて過酸化水素水で処理して内因性ペルオキシダーゼを除去した。次に、4種類の抗ATBF1抗体(NT440, 1-12, D1-120, AT6)を5μg/mlとなるように0.05Mトリス緩衝液(pH7.6、ウシ血清アルブミン1%溶液、アジ化ナトリウム含有)に溶解した一次抗体溶液を切片に滴下し、室温で約1時間反応させた(一次抗体反応)。十分に洗浄した後、二次抗体(DAKO Enivision, Labelled polymer, HRP [Code No. K1491] Anti-mouse and Anti rabbit)を標本に作用させ、室温で約1時間反応させた(二次抗体反応)。十分に洗浄した後、トリス緩衝液にDABを溶解し、過酸化水素水を添加した発色溶液を5分間標本に浸透させて発色させた(発色反応)。発色後、標本を水道水で十分に洗浄し、DABを除去した。続いて、マイヤーのヘマトキシリンで15秒程度染色した後、流水で8分間洗浄して色出しを行った。最後にアルコール系列及びキシレン系列を通し、透徹及び封入を行った。以上の手順でヒト脳組織を染色することにより、4種類の抗体で検出可能なATBF1部位に関して、錐体細胞での核・細胞質での局在を明確にすることが出来た。
ヒト海馬は脳梁の後方に存在し大脳半球内側面でロール状に巻き込まれた構造を取っている(図13を参照)。厳密に言うと海馬とはアンモン角(Cornu Ammonis, CAと略す)を指しCA1−CA4の区域に分ける(Lorente de Noの海馬の分類)。このアンモン角と歯状回さらに海馬台(海馬前支脚、海馬支脚)を合わせて海馬体と呼ぶ。海馬(アンモン角)の神経細胞には、大型で錐体類似に見えるその形態から錐体細胞と呼称される大型神経細胞と、非錐体細胞と呼称される小型神経細胞がある。非錐体細胞(小型神経細胞)はその大きさからグリア細胞と区別するのが容易ではなく、神経細胞死を判定する場合の確実性を欠く。それに比較して、少量の組織中でも見出すのが容易で、脳に存在するグリア、ミクログリア、オリゴデンドログリアなどの神経細胞以外の細胞と確実に区別出来るのが錐体細胞(大型神経細胞)であり、発明者らはこの錐体細胞に観察の焦点を絞った。以下にそれぞれの抗体を使用したATBF1の錐体細胞内の局在を概説するが、特に大型の錐体細胞が存在するCA3−CA4および歯状回の亜区域(図13を参照)を観察して得られた所見である。従って将来、ヒト海馬の生検が実施される可能性があるとすれば、亜区域CA3−CA4の錐体細胞層にピンポイントで狙いを定めた定位脳生検が必要となるわけである。
7−2.NT440での染色性
まずATBF1-AのN末端側を検出可能なNT440(図1を参照)を使用すると、対照の正常脳の大多数の海馬錐体細胞での染色性は細胞質に局在を示したが、一部の錐体細胞で核における局在も認めた(図14を参照)。それに比較してアルツハイマー病の海馬におけるNT440の染色性は、ほぼすべての錐体細胞で細胞質主体に局在を認めた(図15を参照)。この局在の変化はアルツハイマー病におけるNT440染色性の特徴の一つと言える。しかしながら、染色性が核に限局する錐体細胞の割合は正常脳海馬でも非常に少ないため、極少量の材料からアルツハイマー病を診断する際には補助的な特徴に留まると判断した。
7−3.1-12での染色性
次にNT440と同じくATBF1-AのN末端を検出するが、その中でも特に148番目のセリンがリン酸化された場合のみを検出可能な1-12(図1を参照)を使用すると、その染色性は対照の正常脳の大多数の海馬錐体細胞において細胞質に局在を示したが、一部の錐体細胞では核での局在も認めた(図16を参照)。それに比較しアルツハイマー病の海馬においては、ほぼすべての錐体細胞で細胞質主体の局在に認めた(図17を参照)。この局在の変化はNT440同様に、アルツハイマー病における1-12の染色性の特徴であると考えた。さらにNT440と異なる顕著な特徴は、1-12の染色強度がアルツハイマー病の海馬が、正常脳と比較して明らかに強いという点である。しかし染色強度の判定は通常、他の試料との比較が必要であるため、正常の脳、アルツハイマー病の脳を単独で検索した場合には、染色強度が強いか弱いか、その判断は難しい。さらに核から細胞質への局在の変化に関しては、NT440の染色性同様に、染色性が核に限局する錐体細胞の割合が正常脳海馬でも非常に少ないため、1-12による染色性は、アルツハイマー病の診断の指標として有効なものの、極少量の材料からアルツハイマー病を診断する際には補助的な特徴に留まると判断した。
7−4.D1-120による染色性
次にATBF1-A, B共通部分で蛋白中央部を検出可能なD1-120(図1を参照)を使用すると、正常の脳組織では、海馬錐体細胞におけるD1-120の染色性は核、細胞質ともに少量であり、核あるいは細胞質に染色性が集中する傾向は不明瞭であった(図18を参照)。それに比較して、アルツハイマー病の海馬錐体細胞ではATBF1量は高度に増加し、D1-120の染色性は明らかに核主体となった(図19を参照)。この核主体の高度のD1-120染色性は正常の脳組織ではほとんど見ることが出来ない現象であるのに対し、アルツハイマー病の錐体細胞でこの核での発現集中が起こる確率が非常に高いため、極少量の海馬材料からアルツハイマー病を診断するのに価する最も顕著で、一番重要な特徴とはなり得ると判断した。
7−5.AT6による染色性
最後にATBF1-A, B共通部分で蛋白のC末端を検出可能なAT6(図1を参照)を使用すると、正常の脳組織では、海馬錐体細胞におけるAT6の染色性は核、細胞質ともに少量であり、核あるいは細胞質に染色性が集中する傾向は不明瞭であった(図20を参照)。それに比較して、アルツハイマー病の海馬錐体細胞ではATBF1量は高度に増加し、AT6の染色性は明らかに細胞質主体となった(図21を参照)。この細胞質主体の高度のAT6染色性は正常の脳組織ではごく一部分しか見出すことが出来ない現象(この点には注意が必要である。逆の言い方をすると一部ではあるが正常でもこの現象を見出す事は出来る。これはD1-120の場合と大きく異なる点である)であるのに対し、アルツハイマー病の錐体細胞でこの細胞質での発現集中が起こる確率は、D1-120程ではないものの、かなり高いため、極少量の海馬材料からアルツハイマー病を診断するのに価する。従ってD1-120に続いて価値のある2番目に重要な特徴となり得ると判断した。
以上の染色性の検討から、アルツハイマー病の錐体細胞におけるATBF1染色性の特徴は、(1)D1-120の核への局在の集中(最も重要)、(2)AT6の細胞質での局在の集中(2番目に重要)、(3)1-12の細胞質への局在集中と染色強度の増強(補助的)、(4)NT440の細胞質への局在集中(補助的)の4点とまとめる事が出来る。尚、細胞全体としてみたときのATBF1量の増加もアルツハイマー病の錐体細胞に認められる特徴の一つである。図22にATBF1の染色性、すなわちATBF1のタンパク量、細胞内の局在を斜線四角囲みにより図解し、正常の錐体細胞がアルツハイマー病になることによりATBF1の細胞内の局在がどのように変化するのかを示した。
従来行われてきたアルツハイマー病の神経病理学的診断の基本は、(A)アミロイドβ蛋白沈着による老人斑SP(鍍銀法)、(B)tauの異常凝集による神経原線維変化NFT形成(Galyas Braak 染色)さらに(C)単純萎縮による神経細胞死、の3つを明確にする事である。そこで今回使用した症例に従来から行われている古典的なアルツハイマー病の病理診断法による所見をあらためて取り、今回ATBF1を使用したアルツハイマー病診断法による所見とともに図23に示し、その所見の差異と有用性の比較、考察を行った。従来の古典的な観察方法では、アルツハイマー病脳の海馬領域では正常脳の海馬領域に比較すると、(a)明らかな体積の減少、(b)錐体細胞層での大型の錐体細胞の整然とした平行な配列の消失、(c)散在する老人斑(SP)、(d)神経細胞内の神経原線維変化(NFT)の散在、が認められた。従って以上4所見を代表的所見として、まとめる事が出来る(図23)。一方でATBF1染色の場合は、(1)D1-120の核への局在の集中(染色強度の増強を伴う)、(2)AT6の細胞質への局在の集中(染色強度の増強を伴う)、(3)1-12の細胞質への局在の集中(染色強度の増強を伴う)、(4)NT440の細胞質への局在集中の4点であった。
さてATBF1を使用した診断法のなかで、D1-120については種々の基礎実験を最も綿密に行っている部位でもあり、その局在が意味するところの解釈を理論的に明確にし易い。従って、この最も診断価値の高いと判断できるD1-120の錐体細胞の核への局在集中を、アルツハイマー病、同一患者の海馬錐体細胞層で、Galyas Braak (GB)染色、すなわちNFTの散在との比較を試みた(図24、25を参照)。図24では78歳の女性アルツハイマー病海馬のアンモン角CA3, 4を中心とした部位(四角囲み)のD1-120染色、GB染色を比較した。核内のD1-120陽性となる錐体細胞は27個であり、ほとんどの細胞が実線の矢印で示すごとく陽性の判断は容易であった。それに対し、GB染色で細胞内にNFTが存在する細胞はNFTが明らかな細胞(図の実線の矢印)12個、染色性は薄いがNFTの存在を疑う(図の破線の矢印)細胞12個、合計24個であった。次に図25では84歳の女性アルツハイマー病のアンモン角CA3を中心とした部位(四角囲み)のD1-120染色、GB染色を比較した。核内のD1-120陽性となる錐体細胞は62個であり、GB染色で細胞内にNFTが存在する細胞はNFTが明らかな細胞22個、染色性は薄いがNFTの存在を疑う細胞33個、合計55個であった。GB染色によるNFTの存在の判定よりD1-120の核陽性の像の方が、染色性がより明確な分、判定が容易であり、GB染色で染色が薄く判定がやや難しい細胞を含めても、GB染色で細胞内にNFTを認める錐体細胞数の合計数より、ATBF1のD1-120部分が核に局在する錐体細胞の方を数多く指摘出来る傾向が存在した。D1-120の核での染色性がアポトーシスへの移行を示唆する基礎実験結果から推定するに、この事実は抗体D1-120で検出できるATBF1部分が核に局在を示す細胞を検索する事は、明らかにNFT沈着が原因で将来的に神経細胞死を迎える細胞群と、NFTの沈着が少量あるいは認めないものの将来的に神経細胞死を迎える可能性が高い細胞群とを同時に判定出来る可能性を示していると思われた。
剖検症例では海馬領域全体を観察できることから(A)アミロイドβ蛋白沈着による老人斑SP(鍍銀法) [従来法上記(c)散在する老人斑(SP)に一致]、(B)tauの異常凝集による神経原線維変化NFT形成(Galyas Braak 染色)散在 [従来法上記(d)神経細胞内の神経原線維変化 (NFT)の散在に一致] に加えて、(a)明らかな海馬の体積の減少、(b)錐体細胞層での大型の錐体細胞の整然とした平行な配列の消失、から(C)単純萎縮による神経細胞死も容易に想定する事が出来る。しかし生検例など検体が少量で体積の減少や細胞配列の乱れなどを明らかにできない場合は特に、(d)GB染色による神経細胞内の神経原線維変化 (NFT)の散在よりも感度が高く、NFTが未だ沈着しない状態でも将来的に細胞死を来す神経細胞が含まれる可能性を含むと思われる抗ATBF1抗体を使用して(1)D1-120の核への局在の集中(染色強度の増強を伴う)をみることがアルツハイマー病の診断に有効といえる。また、(2)AT6の細胞質への局在の集中、(3)1-12の細胞質への局在の集中(染色強度の増強を伴う)、及び(4)NT440の細胞質への局在集中は、補助的な所見ながらもアルツハイマー病の判定に有益な情報を与える。
D1-120で検出できるATBF1部位の高度の核への集中は発明者らが基礎実験を通して予想してきた内容と完全に合致し、アルツハイマー病の錐体細胞の最も重要かつ印象的な特徴と位置づける事が出来た。D-120以外のATBF1の異なる領域を認識する抗体(1-12、NT440, AT-6)も、それぞれ独立した染色性を示すことが明らかとなり、ATBF1の受けたタンパク質のプロセシングやリン酸化状態を知ることが可能となると思われた。従ってアルツハイマー病診断という実用面においては補助的ではあるが利用価値は十分と判断できた。理論的な側面をさらに補足すれば、エクソン3対応アミノ酸配列を認識するものに1-12とNT440があり、1-12抗体は148番のセリンがリン酸化されている状態を認識し、NT440はリン酸化の有無にかかわらず認識する。エクソン3に対応するアミノ酸配列には核内保留シグナルが存在するが、核外輸出シグナルは存在しないことがわかっており(図1および図4を参照)、この部分が他の領域から分断された場合には、核だけに存在して、細胞質には存在しない特異的な状態となり、1-12抗体とNT440抗体はこの特異的状態を検出することが可能である。AT-6はエクソン11に対応するアミノ酸配列を認識する。このアミノ酸配列には核内保留シグナルも核外輸出シグナルも構造的には存在しないために(図1および図4を参照)、他の領域から分断された場合には、核には積極的に移動できない断片となり、主に細胞質に集積することが予想される。この状態をAT-6は特異的に検出することが可能である。すなわちATBF1がプロセシングを受けるなどによりATBF1の全体構造に変化が起こる病態が予想される場合には、D1-120に加えて、1-12、NT440, AT-6の所見も総合して検討することが好ましい訳である。結論としてD1-120の所見を中心とし、他の抗体の所見を総合して診断を補助する方法をとる事が診断の確実性を増すと思われる。今回の観察のごとく剖検例ではなく、生検などの小部分の検体を取り扱う時は特に、細胞種類の同定を含めこれらの抗体の同時使用(好ましくは4つの抗体の同時使用)は有効な方法になると予想される。
従来までの病理組織学的観察によっても、死にゆく錐体細胞は脳内から消失する時に特徴的な像を示すとされている。しかし、一般の観察者にとっては難解で再現性に乏しい。また消失してしまった死細胞は実際には見ることは出来ないわけであり「萎縮による神経細胞死」とは表現するものの、少量の生検組織中で細胞死そのものを形態学的に捉えることには難しい点がある。しかしD1-120で検出できるATBF1が核に集中して存在することをアポトーシスへの移行する傾向として捉え、実際にそのような脳組織では高度の脳萎縮が観察されることを併せて考えると、「神経細胞死」を判定するという意味は、「神経細胞がアポトーシスへ陥る傾向」を判定することと差異はないと判断できる。この考え方に従えば、神経細胞の核内でのATBF1量(D1-120で検出できる部位)が「神経細胞がアポトーシスに陥る傾向」の判定に関連すること、それはすなわち神経細胞核内のATBF1量(D1-120で検出できる部位)が「神経細胞死」の判定に関連することと同義であり、このATBF1を使用した診断法が「萎縮による神経細胞死」を判定しアルツハイマー病の診断に有効となるのは明らかである。
8.アポトーシス傾向判定用(アルツハイマー病診断判定用)キットの構築
8−1.各試薬の調製
以下の試薬を組み合わせてキットとした。尚、ここでは抗ATBF1抗体としてD1-120を含むキットの構築例を示す。
A試薬:抗ATBF1抗体原液
B試薬:ATBF1抗原液
C試薬:GST抗原液
A試薬は、上記2.で調製した抗ATBF1抗体を250μg/mlに調整して得られる。B試薬は、D1-120抗体作製時に調整したマウスATBF1の41アミノ酸残基(2114〜2154:LQTLPAQLPPQLGPVEPLPADLAQLYQHQLNPTLLQQQNKR:配列番号:5)をGSTに融合した組み換えペプチドを2mg/mlに調整して得られる。C試薬は、GST(例えばSigma社製)を2mg/mlに調整して得られる。
8−2.キットの使用方法
以下、キットの使用方法の一例(DAB発色による免疫組織学的染色)を示す。
(1)脳外科的な生検或いは剖検時に切除した被検脳海馬組織を、通常の病理検査と同様の手順で、10%ホルマリン固定、パラフィン包埋する。ホルマリンの代わりにパラフォルムアルデヒド固定を使用してもよい。ATBF1の染色性に関してホルマリンとパラフォルムアルデヒド固定では特に差はない。採取後即座に固定した脳組織材料を使用することが基本となる。
(2)パラフィン包埋後の組織を切削、薄切してスライドガラスに載せる。スライドガラスとしては例えばSuperfrost、MASコート付き、S-9441(商品名、マツナミ製)を使用する。当該スライドガラスは圧力釜による熱処理に対する耐久性に優れている。
(3)通常の病理標本作製に使用される、通常の脱パラフィン系列で切片を処理し、最終的にアルコールから精製水に置換する。
(4)(3)の間に圧力釜(一般的な調理に使用されるものを使用できる)にクエン酸緩衝液を2リットル入れ、強火で沸騰させる。市販のクエン酸緩衝液(例えば、三菱化学ヤトロン製、インスタントクエン酸緩衝液[20倍濃縮液RM-102C], pH6.0)を使用することができる。原則、一回熱処理を行った緩衝液は再使用しない。
(5)切片を金属製の標本かごに入れ、圧力釜の蓋をとり、緩衝液中に横向きで、切片の載っている面が上に向くように置く。
(6)蓋をした後、蒸気音が出始めるまで強火で加熱し、その後は弱火にして4分間加熱を続ける。加熱を停止し、1分間放置する。
(7)流水(水道水)で釜全体を冷却する。約40分後に圧力釜の蓋を取り、標本かごを釜から出して精製水に置換する。続いて内因性ペルオキシダーゼをブロックするために、過酸化水素水で処理を行う。次に精製水に置換し、過酸化水素水を除去した後、20mMトリス緩衝液になじませる。その後、0.05Mトリス緩衝液pH7.6に置換する。
(8)アジ化ナトリウム含有ウシ血清アルブミン1%溶液を添加した0.05Mトリス緩衝液pH7.6を用意し、これでA試薬を50倍希釈する(抗体溶液)。切片に抗体溶液を添加し、加湿条件下(モイストチャンバー内)、室温で1時間反応させる(一次抗体反応)。通常の検体には1回の反応に約40μl、比較的大きな検体には約80μlの抗体溶液を使用する。ピペットの先をプレパラート手前にあて、切片に触れないように注意しながら抗体溶液を切片によくなじませる。
(9)0.05Mトリス緩衝液pH7.6を用いて切片を洗浄する(5分間、合計2回)。洗浄処理後、余分な洗浄液を拭き取る。
(10)HRP標識2次抗体(DAKO Enivision, Labelled polymer, HRP(Code No. K1491)Anti-mouse and Anti-rabbit)を切片に添加し、室温で1時間反応させる(二次抗体反応)。
(11)(9)と同様の洗浄を行う。
(12)DAB Chromogen (DAKO, Code. S3000)を2錠、40mlの0.05Mトリス緩衝液pH7.6に溶解する。これに過酸化水素水を30μl加えた後、切片に浸透させ(5分間)、発色させる。
(13)流水(水道水)でDAB液を洗浄、除去する。
(14)マイヤーヘマトキシリンで切片を15秒程度染色する。
(15)切片を流水中に8分間静置する(色出し洗浄)。
(16)通常の病理標本作製と同様にアルコール系列及びキシレン系列を通し、透徹、封入を行う。
(17)以上の結果得られた標本を用いて顕微鏡観察を行う。
8−2−1.ATBF1(D1-120)特異的染色であることの確認1
DABによる発色(茶褐色)がATBF1特異的な免疫染色の結果であることを確認するためには以下の操作を行う。
(1)A試薬(ATBF1抗体原液)10μl、B試薬(ATBF1, D1-120抗原)1μl、PBS 10μl、及び5% BSA 4μlをマイクロチューブ内で混合する。
(2)チューブ全体(全量25μl)を、37℃で2時間反応させる。
(3)反応終了後、抗体希釈時に使用する緩衝液(アジ化ナトリウム含有ウシ血清アルブミン1%溶液を添加した0.05Mトリス緩衝液pH7.6)を25μl添加する。このようにして得られた溶液全量50μlを1次抗体反応用の試薬として使用し、上記の方法で免疫組織化学染色を行う。その結果DABによる染色が認められなければ、ATBF1特異的な免疫染色が行われていることを確認できる。
8−2−2.ATBF1(D1-120)特異的染色であることの確認2
GST融合抗原を使用して調製したため、抗ATBF1抗体(A試薬)にはGSTに対する反応性が混在している可能性がある。DABによる発色が抗ATBF1抗体のGSTに対する反応性の結果でないことを確認するためには以下の操作を行う。
(1)A試薬(ATBF1, D1-120抗体原液)10μl、C試薬(GST)1μl、PBS 10μl、及び5% BSA 4μlをマイクロチューブ内で混合する。
(2)チューブ全体(25μl)を、37℃で2時間反応させる。
(3)反応終了後、抗体希釈時に使用する緩衝液(アジ化ナトリウム含有ウシ血清アルブミン1%溶液を添加した0.05Mトリス緩衝液pH7.6)を25μl添加する。このようにして得られた溶液全量50μlを1次抗体反応用の試薬として使用し、上記の方法で免疫組織化学染色を行う。その結果DABによる染色が認められれば、ATBF1特異的な免疫染色が行われていることを確認できる。
以上、D1-120を検出用抗体として構築したキットを説明したが、D1-120抗体が認識するATBF1の部位と異なる部位を認識する抗ATBF1抗体をさらに組み合わせてキットとしてもよい。具体例として以下に示す構成のキットとすることができる。
A試薬:抗ATBF1抗体原液(NT440, 1-12, D1-120, AT6に合致する4種類のATBF1部分)
B試薬:ATBF1抗原液 (NT440 [3種類のペプチドの混合液], 1-12, D1-120, AT6の4種類、)
C試薬:GST抗原液
このキットでは4種類の抗体による染色結果を得ることができることから、より高い信頼度でアポトーシス傾向の判定が可能となる。
本発明によれば被検海馬錐体細胞のアポトーシス傾向を判定できる。つまり、本発明はアルツハイマー病の診断にとって有益な情報を与える。従来、例えば脳定位生検を行ったごとく、より小部分の海馬脳組織を利用してアルツハイマー病の診断を行うことは事実上不可能であったが、本発明はこのような少量の被検対象に対しても有効である。
本発明を利用すれば、例えばラット、マウス、モンキーなど各種モデル動物を使用したアルツハイマー病の進行程度のモニターや、新たな治療手段による治療効果のモニターを極少量の生検レベルで頻回に行う事が可能となり、将来大きな社会問題となりうる本疾患の治療法の開発のために役立たせる事が出来ると思われる。剖検症例に対して本発明を適用することもできる。また、従来のアルツハイマー病の診断法に対して補助的に本発明を利用することで、実際に神経細胞のアポトーシスへの移行を一層明確にし、アルツハイマー病の確定診断の信頼度を高めることも可能である。
将来、脳海馬組織の定位脳生検が技術的にも倫理的にも可能となれば、極少量の生検材料を使用した早期のアルツハイマー病診断にも本発明は適用され得る。さらに老人斑を認識するPET probeがすでに開発されている経緯からすると、本法の開発が、神経細胞死を画像的により簡便に捕らえる事を可能にするための重要な出発点となる可能性もあると考える。
この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。
本明細書の中で明示した論文、公開特許公報、及び特許公報などの内容は、その全ての内容を援用によって引用することとする。

Claims (9)

  1. 以下のステップを含んでなる、海馬錐体細胞がアポトーシスに陥る傾向を判定する方法:
    (a)被検対象から採取された海馬錐体細胞を用意するステップ、及び
    (b)前記海馬錐体細胞内におけるATBF1量を検出するステップ。
  2. 前記ステップ(b)において、以下の(1)〜(4)からなる群より選択される一又は二以上が検出される、請求項1に記載の判定方法:
    (1)前記海馬錐体細胞内における総ATBF1量、
    (2)ATBF1遺伝子のエクソン10に対応する領域を含む部分ATBF1の前記海馬錐体細胞における核内存在量及び/又は細胞質内存在量、
    (3)ATBF1遺伝子のエクソン11に対応するC末端領域を含む部分ATBF1の前記海馬錐体細胞における核内存在量及び/又は細胞質内存在量、
    (4)ATBF1遺伝子のエクソン3に対応するN末端領域を含む部分ATBF1の前記海馬錐体細胞における核内存在量及び/又は細胞質内存在量。
  3. 前記ステップ(b)において、以下の(2)〜(4)が検出されることを特徴とする、請求項1に記載の判定方法:
    (2)ATBF1遺伝子のエクソン10に対応する領域を含む部分ATBF1の前記海馬錐体細胞における核内存在量及び/又は細胞質内存在量、
    (3)ATBF1遺伝子のエクソン11に対応するC末端領域を含む部分ATBF1の前記海馬錐体細胞における核内存在量及び/又は細胞質内存在量、
    (4)ATBF1遺伝子のエクソン3に対応するN末端領域を含む部分ATBF1の前記海馬錐体細胞における核内存在量及び/又は細胞質内存在量。
  4. 前記検出が免疫組織化学的染色法を利用して実施される、請求項1〜3のいずれかに記載の判定方法。
  5. 抗ATBF1抗体からなる、海馬錐体細胞のアポトーシス傾向判定用試薬。
  6. 前記抗ATBF1抗体が、以下の(1)〜(3)からなる群より選択される抗体であることを特徴とする、請求項5に記載の海馬錐体細胞のアポトーシス傾向判定用試薬:
    (1)ATBF1遺伝子のエクソン10に対応する領域を含む部分ATBF1を認識する抗体、
    (2)ATBF1遺伝子のエクソン11に対応するC末端領域を含む部分ATBF1を認識する抗体、
    (3)ATBF1遺伝子のエクソン3に対応するN末端領域を含む部分ATBF1を認識する抗体。
  7. 以下の(1)〜(3)からなる群より選択される一以上の抗体を含んでなる、海馬錐体細胞のアポトーシス傾向判定用キット:
    (1)ATBF1遺伝子のエクソン10に対応する領域を含む部分ATBF1を認識する抗体、
    (2)ATBF1遺伝子のエクソン11に対応するC末端領域を含む部分ATBF1を認識する抗体、
    (3)ATBF1遺伝子のエクソン3に対応するN末端領域を含む部分ATBF1を認識する抗体。
  8. ATBF1を更に含んでなる、請求項7に記載の海馬錐体細胞のアポトーシス傾向判定用キット。
  9. 前記抗体が、タグ又はキャリアタンパク質との融合タンパク質である抗原を用いて作製されたものであって、前記タグ又はキャリアタンパク質を更に含んでなる、請求項7又は8に記載の海馬錐体細胞のアポトーシス傾向判定用キット。
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