JP3555130B2 - 四輪駆動車の駆動力配分制御装置 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、エンジントルクを前輪と後輪に配分する駆動系に設けられたトルク配分アクチュエータにより前輪と後輪に伝達されるトルク配分比が制御される四輪駆動車の駆動力配分制御装置の技術分野に属する。
【0002】
【従来の技術】
従来、四輪駆動車の駆動力配分制御装置としては、例えば、特開平11−278080号公報に記載のものが知られている。
【0003】
この公報には、入力トルク算出手段及び前後回転数差算出手段により得られた入力トルク及び前後回転数差に基づいて、電磁クラッチの伝達トルク異常を判定し、異常であると判定されると、フェール処理を実行する技術が記載されている。
【0004】
このような四輪駆動車の駆動力配分制御装置では、トルク配分クラッチに大きなトルクを加えている時にクラッチ滑りが発生すると、クラッチが発熱してクラッチ特性が劣化する。
【0005】
そこで、これを防止するため、トルク配分クラッチへの印加トルクを入力トルクにより推定し、また、トルク配分クラッチの滑りを前後回転数差により推定し、印加トルクと滑り量からクラッチ負荷を演算し、クラッチ負荷演算値が所定値以上のときに、トルク配分クラッチを保護(例えば、クラッチの完全解放あるいはクラッチの完全締結)することが考えられる。
【0006】
【発明が解決しようとする課題】
しかしながら、上記クラッチ保護技術にあっては、トルク配分クラッチの滑り量をクラッチ部での相対回転の検出により得るのではなく、車輪部に設けられた車輪速センサからの車輪速情報に基づいて演算された前後回転数差によりクラッチ滑り量を推定するものであるため、車輪からトルク配分クラッチまでの駆動系(プロペラシャフトやドライブシャフト)による応答遅れや、駆動系の剛性による車輪速変動や路面凹凸等による車輪速変動の影響を受け、トルク配分クラッチの滑りを誤検出するという問題があった。
【0007】
すなわち、車輪部で検出される前後回転数差の発生に対し、車輪からトルク配分クラッチまでの駆動系を伝達する時間だけ応答が遅れてトルク配分クラッチ部で滑りが発生するし、また、駆動系のねじれ振動により車輪部で検出される前後回転数差が振動的となったり、さらに、路面凹凸等による車輪外乱ノイズがそのまま車輪部で検出される前後回転数差となる。つまり、車輪部で検出される前後回転数差をクラッチ滑りの推定情報とした場合、安定した前後回転数差が検出される定常状態では問題がないが、前後回転数差の発生初期や駆動系ねじれ振動の発生時や車輪外乱ノイズ入力時等の前後回転数差が変化する過渡期において、クラッチ滑りを過大評価し、クラッチ滑りの推定精度が低くなってしまう。
【0008】
この結果、実際にはクラッチ保護に入るべきレベルのクラッチ滑りが発生していないのに、クラッチ滑りの過大評価により早期にトルク配分クラッチの保護作動に入ってしまい、本来の前後トルク配分制御機能(4WD機能)が低下してしまう。
【0009】
本発明が解決しようとする課題は、計測の容易な車輪速センサ信号に基づく前後回転数差をクラッチ滑り情報として用いながらも、クラッチ滑りを過大評価することによるトルク配分クラッチ保護の早期作動を防止し、前後トルク配分制御機能を十分に生かすことができる四輪駆動車の駆動力配分制御装置を提供することにある。
【0010】
【課題を解決するための手段】
上記目的を達成するため、請求項1記載の発明では、エンジントルクを前輪と後輪に配分する駆動系に設けられたトルク配分クラッチに対するトルク配分コントローラからの制御指令により前輪と後輪に伝達されるトルク配分比が制御される四輪駆動車の駆動力配分制御装置において、
車輪速センサからの信号に基づいて前後回転数差を計算する前後回転数差計算手段と、
前後回転数差計算値が発生してから設定時間の間は前回値をそのまま保持するフィルタ処理により前後回転数差フィルタ値を演算する前後回転数差フィルタ値演算手段と、
前後回転数差フィルタ値をクラッチ滑り推定値とし、前後回転数差フィルタ値に基づいて求めたクラッチ負荷がクラッチ保護判定しきい値以上になるとクラッチ完全解放あるいは相対滑りのない完全締結によるクラッチ保護機能を作動させるクラッチ保護制御手段と、
を前記トルク配分コントローラに設けたことを特徴とする。
【0012】
請求項2記載の発明では、請求項1記載の四輪駆動車の駆動力配分制御装置において、
前記前後回転数差フィルタ値演算手段を、前輪速と後輪速の大小関係の反転にかかわらず、前後回転数差計算値が発生してから設定時間の間は前回値をそのまま保持するフィルタ処理により前後回転数差フィルタ値を求める手段としたことを特徴とする。
【0013】
請求項3記載の発明では、請求項1または請求項2記載の四輪駆動車の駆動力配分制御装置において、
前記クラッチ保護制御手段を、トルク配分クラッチの締結により伝達する最適な目標トルクを運転状態に応じて演算する目標トルク演算手段からの目標トルクと、前後回転数差フィルタ値演算手段からの前後回転数差フィルタ値と、クラッチ締結継続時間によりクラッチ負荷積算値を求め、クラッチ負荷積算値がクラッチ保護判定しきい値以上になると目標トルクをゼロとし、クラッチ完全解放によるクラッチ保護機能を作動させる手段としたことを特徴とする。
【0014】
【発明の作用および効果】
請求項1記載の発明にあっては、エンジントルクを前輪と後輪に配分する駆動系に設けられたトルク配分クラッチに対するトルク配分コントローラからの制御指令により前輪と後輪に伝達されるトルク配分比が制御される。このとき、前後回転数差計算手段において、車輪速センサからの信号に基づいて前後回転数差が計算され、前後回転数差フィルタ値演算手段において、前後回転数差計算値にフィルタをかけて前後回転数差フィルタ値が演算され、クラッチ保護制御手段において、前後回転数差フィルタ値をクラッチ滑り推定値とし、前後回転数差フィルタ値に基づいて求めたクラッチ負荷がクラッチ保護判定しきい値以上になるとクラッチ完全解放あるいは相対滑りのない完全締結によるクラッチ保護機能が作動することになる。
すなわち、トルク配分クラッチの滑りを推定するにあたって、車輪速センサからの信号に基づいて計算された前後回転数差をそのまま用いるのではなく、前後回転数差計算値をフィルタ処理した前後回転数差フィルタ値を用いるようにしているため、駆動系のねじれ振動・車輪外乱ノイズ等による影響を残す前後回転数差計算値から、振動やノイズ影響部分がカットされた前後回転数差フィルタ値、つまり、トルク配分クラッチ部での実滑りに近い推定値となる。
よって、計測の容易な車輪速センサ信号に基づく前後回転数差をクラッチ滑り情報として用いながらも、前後回転数差計算値をクラッチ滑り推定値とする場合のようなクラッチ滑りを過大評価することによるトルク配分クラッチ保護の早期作動が防止され、前後トルク配分制御機能を十分に生かすことができる。
しかも、前後回転数差フィルタ値演算手段において、前後回転数差計算値が発生してから設定時間の間は前回値をそのまま保持するフィルタ処理により前後回転数差フィルタ値が求められる。
よって、前後回転数差が発生してから設定時間の間は、前後回転数差フィルタ値はほぼゼロの値が維持されることになり、前後回転数差の発生から設定時間までは駆動系のねじれ振動や車輪外乱ノイズがカットされるし、また、前後回転数差の発生から実際のクラッチ滑り発生までの応答遅れにも対応できるという高精度のクラッチ滑り情報により、適正なタイミングでトルク配分クラッチ保護を作動させることができる。
【0016】
請求項2記載の発明にあっては、前後回転数差フィルタ値演算手段において、前輪速と後輪速の大小関係の反転にかかわらず、前後回転数差計算値が発生してから設定時間の間は前回値をそのまま保持するフィルタ処理により前後回転数差フィルタ値が求められる。よって、ねじれ振動時や外乱入力時等で、前輪速大で後輪速小という関係が前輪速小で後輪速大という関係になることが繰り返される前後回転数差反転時、前後回転数差フィルタ値とクラッチ印加トルクとを掛け合わせることによりクラッチ負荷を算出するとき、反転領域のクラッチ負荷の値も正の値としてトータルのクラッチ負荷に加算でき、前後回転数差の反転にかかわらず高精度のクラッチ負荷情報を得ることができる。
【0017】
請求項3記載の発明にあっては、クラッチ保護制御手段において、トルク配分クラッチの締結により伝達する最適な目標トルクを運転状態に応じて演算する目標トルク演算手段からの目標トルクと、前後回転数差フィルタ値演算手段からの前後回転数差フィルタ値と、クラッチ締結継続時間によりクラッチ負荷積算値が求められ、クラッチ負荷積算値がクラッチ保護判定しきい値以上になると目標トルクがゼロとされ、クラッチ完全解放によるクラッチ保護機能が作動する。
よって、トルク配分クラッチへの印加トルクを直接検出する必要なく、目標トルクと前後回転数差フィルタ値とクラッチ締結継続時間を用いたクラッチ負荷積算値により、容易にクラッチ保護が必要かどうかを見極めるクラッチ負荷情報を得ることができ、しかも、クラッチ保護必要時にはクラッチ負荷ゼロのクラッチ完全解放により確実にトルク配分クラッチを保護することができる。
【0018】
【発明の実施の形態】
(実施の形態1)
【0019】
実施の形態1は請求項1〜3に記載の発明に対応する四輪駆動車の駆動力配分制御装置である。
【0020】
まず、構成を説明する。
【0021】
図1は実施の形態1における四輪駆動車の駆動力配分制御装置を示す全体システム図で、1はエンジン、2は自動変速機、3はフロントディファレンシャル、4はリヤディファレンシャル、5は右前輪、6は左前輪、7は右後輪、8は左後輪、9はトルク配分クラッチ、10はトルク配分コントローラ、11は右前輪速センサ、12は左前輪速センサ、13は右後輪速センサ、14は左後輪速センサ、15はアクセル開度センサ、16はエンジン回転センサ、17はATコントローラである。
【0022】
この実施の形態1の発明が適用される四輪駆動車は、左右の前輪5,6へはエンジン駆動力が直接伝達され、左右の後輪7,8へは多板クラッチ構造によるトルク配分クラッチ9を介してエンジン駆動力が伝達される前輪駆動ベースの四輪駆動車である。即ち、トルク配分クラッチ9が締結解放状態であれば、前輪:後輪=100:0のトルク配分比となり、トルク配分クラッチ9がエンジントルクの1/2トルク以上にてにて締結されていれば、前輪:後輪=50:50の等トルク配分比となり、トルク配分コントローラ10からのトルク配分クラッチ9に対する制御指令により、前輪5,6と後輪7,8に伝達されるトルク配分比が、前輪:後輪=100〜50:0〜50の範囲にてトルク配分クラッチ9の締結トルクに応じて可変に制御される。
【0023】
前記トルク配分コントローラ10は、各車輪速センサ11,12,13,14からの車輪速信号と、アクセル開度センサ15からのアクセル開度信号と、エンジン回転センサ16からのエンジン回転信号と、ATコントローラ17からのギア位置信号等を入力し、決められた制御則にしたがった演算処理を行い、その演算処理結果による制御指令をトルク配分クラッチ9に出力する。
【0024】
図2は実施の形態1の駆動力配分制御装置に採用されたトルク配分コントローラ10を示す制御ブロック図である。
【0025】
4輪車輪速計算部100では、各車輪速センサ11,12,13,14からの車輪速信号に基づいて前輪右車輪速度VwFRと前輪左車輪速度VwFLと後輪右車輪速度VwRRと後輪左車輪速度VwRLが計算される。尚、この計算部100は、アンチスキッドブレーキシステム(ABS)が搭載された車両では、ABSコントローラでの計算結果を流用することで省略しても良い。
【0026】
推定車体速計算部101では、各車輪速度VwFR,VwFL,VwRR,VwRLに基づいて推定車体速VFFが計算される。
【0027】
ゲイン計算部102では、計算された推定車体速VFFとゲインマップによりゲインKhが計算される。
【0028】
前後回転数差計算部103(前後回転数差計算手段)では、左右前輪車輪速度VwFR,VwFLの平均値と左右後輪車輪速度VwRR,VwRLの平均値との差により前後回転数差△Vwが計算される。
【0029】
前後回転数差トルク計算部104では、前輪左右輪速差△VwFによりゲインKDFが計算され、Kh×KDFをトータルゲインとして前後回転数差△Vwに応じた前後回転数差トルクT△Vが計算される。
【0030】
旋回半径計算部105では、左右後輪7,8の車輪間隔であるトレッドtと後輪右輪速度VwRRと後輪左輪速度VwRLにより旋回半径Rが計算される。
【0031】
アクセル開度計算部106では、アクセル開度センサ15からのセンサ信号に基づいてアクセル開度ACCが計算される。
【0032】
イニシャルトルク計算部107では、推定車体速VFFによりイニシャルトルクTVが計算される。このイニシャルトルクTVは、VFF=0の時に最も高く推定車体速VFFが大きくなるにしたがって小さなトルクで与えられる。
【0033】
駆動力マップトルク計算部108では、推定車体速VFFと旋回半径Rにより駆動力マップトルクTAccが計算される。この駆動力マップトルクTAccは、推定車体速VFFが20km/h以下の領域で5km/h前後の推定車体速VFFでピークとなるようなトルク特性で与えられると共に、旋回半径Rをパラメータとし、旋回半径が大きいほど大きなトルクで与えられる。
【0034】
アクセル開度感応トルク計算部109では、アクセル開度ACCと旋回半径Rによりアクセル開度感応トルクTSが計算される。このアクセル開度感応トルクTSは、低開度域で上昇し、中開度域で一定で、高開度域で上昇するトルク特性により与えられると共に、旋回半径Rをパラメータとし、旋回半径が大きいほど大きなトルクで与えられる。
【0035】
第1目標トルク選択部110では、前後回転数差トルクT△VとイニシャルトルクTVと駆動力マップトルクTAccとアクセル開度感応トルクTSのうちセレクトハイにより第1目標トルクT1が選択される。
【0036】
クラッチ保護ロジック処理部111(クラッチ保護制御手段)では、前記前後回転数差計算部103からの前後回転数差△Vwと前記第1目標トルク選択部110からの第1目標トルクT1を入力し、これらから求められたクラッチ負荷積算値とクラッチ保護判定しきい値とが比較され、クラッチ保護(2WD)か前後トルク配分制御(4WD)かが判定される。
【0037】
第2目標トルク選択部112では、前記クラッチ保護ロジック処理部111において、クラッチ保護との判別時には、第2目標トルクT2としてT2=0が選択され、前後トルク配分制御との判別時には、第2目標トルクT2としてT2=T1が選択される。
【0038】
最終目標トルク決定部113では、第2目標トルク選択部112により選択された第2目標トルクT2に対しトルク増加/減少のフィルタ処理を行って最終目標トルクTが決定される。
【0039】
最終目標トルク〜電流変換部114では、最終目標トルクTに対応する電流値Iに電流変換される。
【0040】
最終出力判断部115では、2WDモード(I=0)の判断時以外は最終目標トルク〜電流変換部114により変換された電流値Iが、トルク配分クラッチ9内のソレノイドに出力される。
【0041】
図3は実施の形態1の駆動力配分制御装置に採用されたトルク配分コントローラ10の第1目標トルク選択部110,クラッチ保護ロジック処理部111及び第2目標トルク選択部112を示す制御ブロック図である。
【0042】
前記クラッチ保護ロジック処理部111は、前後回転数差△Vwを読み込む前後回転数差読み込み部111aと、前後回転数差△Vwの反転を判断すると共に反転フラグFDLTPを演算する前後回転数差反転判断部111bと、反転タイマをセットあるいはクリアする反転タイマ部111cと、前後回転数差△Vwにフィルタ処理を施し前後回転数差フィルタ値△Vwfを演算する前後回転数差フィルタ値演算部111d(前後回転数差フィルタ値演算手段)と、第1目標トルクT1と前後回転数差フィルタ値△Vwfとクラッチ締結継続時間tによりクラッチ負荷積算値を求め、このクラッチ負荷積算値がクラッチ保護判定しきい値とが比較され、クラッチ保護(2WD)か前後トルク配分制御(4WD)かを判定するクラッチ保護判別部111eを有している。なお、クラッチ保護判定しきい値特性は、クラッチ保護判別部111eに示すように、クラッチ負荷T1×△Vwfが大きいほどクラッチ締結継続時間tが短くなるというように、クラッチ負荷T1×△Vwfとクラッチ締結継続時間tとを掛け合わせた総熱エネルギ量が一定となる反比例特性により与えられている。
【0043】
次に、作用を説明する。
[クラッチ保護制御処理]
【0044】
図4はトルク配分コントローラ10の第1目標トルク選択部110,クラッチ保護ロジック処理部111及び第2目標トルク選択部112において行われるクラッチ保護制御処理の流れを示すフローチャートで、以下、各ステップについて説明する。
【0045】
ステップ40では、前後回転数差計算部103から前後回転数差△Vwが読み込まれる。
【0046】
ステップ41では、今回読み込まれた前後回転数差△Vwと前回読み込まれた前後回転数差△Vwとが正負の反転があるかどうかにより前後回転数差反転フラグがセットまたはクリアされる。
【0047】
ステップ42では、ステップ41での前後回転数差反転フラグのセットまたはクリアに応じて前後回転数差反転タイマがセットまたはクリアされる。
【0048】
ステップ43では、前後回転数差フィルタ値△Vwfが演算される。ここで、前後回転数差△Vwに対するフィルタ処理は、図5に示すように、車輪速センサ信号による前後回転数差△Vwは、駆動系ねじれ振動や外乱等により5〜7Hzの周波数にてハンチングすることが多い。よって、この5〜7Hzの周波数による前後回転数差△Vwのハンチングを抑えるため、前後回転数差△Vwが発生してから設定時間(例えば、150ms)は、各制御周期毎にて前回の値(ほぼゼロの値)を維持して前後回転数差フィルタ値△Vwfとし、設定時間が経過すると規定された最大変化量による勾配にて前後回転数差△Vwに近づく値を前後回転数差フィルタ値△Vwfとし、さらに、前後回転数差△Vwの値に一致すると前後回転数差△Vwの値をそのまま前後回転数差フィルタ値△Vwfとする処理によりなされる。
【0049】
ステップ44では、第1目標トルク選択部110において、第1目標トルクT1が選択される。
【0050】
ステップ45では、第1目標トルクT1と前後回転数差フィルタ値△Vwfとクラッチ締結継続時間tによりクラッチ負荷積算値が求められ、このクラッチ負荷積算値がクラッチ保護判定しきい値とが比較され、クラッチ保護(2WD)か前後トルク配分制御(4WD)かを判定するクラッチ保護制御が行われる。
【0051】
[クラッチ保護制御作用]
【0052】
変動する前後回転数差△Vwが発生する時のクラッチ保護制御作用について、図6に示す一例に基づいて説明する。
【0053】
まず、車輪速センサ11,12,13,14からのセンサ信号により求められた前後回転数差△Vwは、図6の上段点線特性に示すように、前輪速が大きな正の前後回転数差△Vwがでるモードと、後輪速が大きな負の前後回転数差△Vwがでるモードとが繰り返されるハンチング状態である。
【0054】
これに対し、前後回転数差△Vwが発生してから設定時間は前回の値を維持し、設定時間が経過すると最大変化量を規定し、前後回転数差△Vwの値に一致すると追従させるフィルタ処理により得られた前後回転数差フィルタ値△Vwfは、図6の上段実線特性に示すように、周期が長い1番目の前後回転数差領域では、設定時間経過後に少しの前後回転数差フィルタ値△Vwfが発生し、周期が短い2番目,3番目,4番目の前後回転数差領域では、設定時間内であることから前後回転数差フィルタ値△Vwfはゼロが維持され、周期が長く大きく前後回転数差△Vwが発生する5番目の前後回転数差領域では、設定時間経過後に前後回転数差フィルタ値△Vwfが発生する。
【0055】
また、図6の中段に示す負荷演算値特性をみると、車輪速センサ11,12,13,14からのセンサ信号により求められた前後回転数差△Vwと第1目標トルクT1による負荷演算値P(=△Vw×T1)は、前後回転数差△Vwが発生する5つの領域のうち、負側領域のみを反転させた連なった山形特性を示すのに対し、前後回転数差フィルタ値△Vwfと第1目標トルクT1による負荷演算値P(=△Vwf×T1)は、前後回転数差フィルタ値△Vwfの特性と同様に、1番目の前後回転数差領域と5番目の前後回転数差領域で負荷演算値がでる特性を示す。
【0056】
さらに、図6の下段に示す負荷積算値特性をみると、車輪速センサ11,12,13,14からのセンサ信号により求められた前後回転数差△Vwと第1目標トルクT1とクラッチ締結継続時間tによる負荷積算値(=△Vw×T1×t)は、前後回転数差△Vwが発生する5つの領域での負荷演算値Pがそのまま積算されることで、前後回転数差が発生するt0の時点から早期の時点t1にて負荷積算値がクラッチ保護判定しきい値以上となり、トルク配分クラッチ9を完全解放させて前輪駆動による2WDとするクラッチ保護作動に入ることになる。
【0057】
これに対し、前後回転数差フィルタ値△Vwfと第1目標トルクT1とクラッチ締結継続時間tによる負荷積算値(=△Vwf×T1×t)は、前後回転数差が発生するt0の時点から適正タイミングを経過した時点t2にて負荷積算値がクラッチ保護判定しきい値以上となり、トルク配分クラッチ9を完全解放させて前輪駆動による2WDとするクラッチ保護作動に入ることになる。
【0058】
すなわち、トルク配分クラッチ9の滑りを推定するにあたって、車輪速センサ11,12,13,14からの信号に基づいて計算された前後回転数差△Vwをそのまま用いるのではなく、前後回転数差△Vwをフィルタ処理した前後回転数差フィルタ値△Vwfを用いるようにしているため、駆動系のねじれ振動・車輪外乱ノイズ等による影響を残す前後回転数差計算値から、振動やノイズ影響部分がカットされた前後回転数差フィルタ値△Vwf、つまり、トルク配分クラッチ9部での実滑りに近い推定値を得ることができる。
【0059】
また、前後回転数差フィルタ値演算部111dにおいて、前後回転数差△Vwが発生してから設定時間の間は前回値をそのまま保持するフィルタ処理により前後回転数差フィルタ値△Vwfを求めるようにしているため、前後回転数差△Vwが発生してから設定時間の間は、前後回転数差フィルタ値△Vwfはほぼゼロの値が維持されることになり、前後回転数差△Vwの発生から設定時間までは駆動系のねじれ振動や車輪外乱ノイズがカットされるし、また、前後回転数差△Vwの発生から実際のクラッチ滑り発生までの応答遅れにも対応できるという高精度のクラッチ滑り情報を得ることができる。
【0060】
さらに、クラッチ保護ロジック処理部111には、前後回転数差反転判断部111b及び反転タイマ部111cを有し、前輪速と後輪速の大小関係の反転にかかわらず、前後回転数差△Vwが発生してから設定時間の間は前回値をそのまま保持するフィルタ処理により前後回転数差フィルタ値△Vwfが求められるため、
前後回転数差フィルタ値△Vwfと第1目標トルクT1とを掛け合わせることによりクラッチ負荷を算出するとき、反転領域のクラッチ負荷の値も正の値としてトータルのクラッチ負荷に加算でき、前後回転数差△Vwの反転にかかわらず高精度のクラッチ負荷情報を得ることができる。
【0061】
加えて、クラッチ保護ロジック処理部111において、トルク配分クラッチ9の締結により伝達する最適な第1目標トルクT1を運転状態に応じて演算する第1目標トルク選択部110からの第1目標トルクT1と、前後回転数差フィルタ値演算部111dからの前後回転数差フィルタ値△Vwfと、クラッチ締結継続時間tによりクラッチ負荷積算値が求められ、クラッチ負荷積算値がクラッチ保護判定しきい値以上になると第2目標トルクT2がゼロとされ、クラッチ完全解放によるクラッチ保護機能が作動するため、トルク配分クラッチ9への印加トルクを直接検出する必要なく、第1目標トルクT1と前後回転数差フィルタ値△Vwfとクラッチ締結継続時間tを用いたクラッチ負荷積算値により、容易にクラッチ保護が必要かどうかを見極めるクラッチ負荷情報を得ることができ、しかも、クラッチ保護必要時にはクラッチ負荷ゼロのクラッチ完全解放により確実にトルク配分クラッチを保護することができる。
【0062】
次に、効果を説明する。
【0063】
(1) 車輪速センサ11,12,13,14からの信号に基づいて前後回転数差△Vwを計算する前後回転数差計算部103と、前後回転数差△Vwにフィルタをかけて前後回転数差フィルタ値△Vwfを演算する前後回転数差フィルタ値演算部111dと、前後回転数差フィルタ値△Vwfをクラッチ滑り推定値とし、前後回転数差フィルタ値△Vwfに基づいて求めたクラッチ負荷がクラッチ保護判定しきい値以上になるとクラッチ完全解放によるクラッチ保護機能を作動させるクラッチ保護判別部111eと、をトルク配分コントローラ10に設けたため、計測の容易な車輪速センサ信号に基づく前後回転数差△Vwをクラッチ滑り情報として用いながらも、前後回転数差△Vwをそのままクラッチ滑り推定値とする場合のようなクラッチ滑りを過大評価することによるトルク配分クラッチ保護の早期作動が防止され、前後トルク配分制御機能を十分に生かすことができる。
【0064】
(2) 前後回転数差フィルタ値演算部111dを、前後回転数差△Vwが発生してから設定時間の間は前回値をそのまま保持するフィルタ処理により前後回転数差フィルタ値△Vwfを求める手段としたため、前後回転数差△Vwの発生から設定時間までは駆動系のねじれ振動や車輪外乱ノイズがカットされるし、また、前後回転数差△Vwの発生から実際のクラッチ滑り発生までの応答遅れにも対応できるという高精度のクラッチ滑り情報により、適正なタイミングでトルク配分クラッチ保護を作動させることができる。
【0065】
(3) 前後回転数差フィルタ値演算部111dを、前輪速と後輪速の大小関係の反転にかかわらず、前後回転数差△Vwが発生してから設定時間の間は前回値をそのまま保持するフィルタ処理により前後回転数差フィルタ値△Vwfを求める手段としたため、ねじれ振動時や外乱入力時等で、前輪速大で後輪速小という関係が前輪速小で後輪速大という関係になることが繰り返される前後回転数差反転時、前後回転数差フィルタ値△Vwfと第1目標トルクT1とを掛け合わせることによりクラッチ負荷を算出するとき、反転領域のクラッチ負荷の値も正の値としてトータルのクラッチ負荷に加算でき、前後回転数差△Vwの反転にかかわらず高精度のクラッチ負荷情報を得ることができる。
【0066】
(4) クラッチ保護判別部111eを、トルク配分クラッチ9の締結により伝達する最適な第1目標トルクT1を運転状態に応じて演算する第1目標トルク選択部110からの第1目標トルクT1と、前後回転数差フィルタ値演算部111dからの前後回転数差フィルタ値△Vwfと、クラッチ締結継続時間tによりクラッチ負荷積算値を求め、クラッチ負荷積算値がクラッチ保護判定しきい値以上になると第2目標トルクT2をゼロとし、クラッチ完全解放によるクラッチ保護機能を作動させる手段としたため、トルク配分クラッチ9への印加トルクを直接検出する必要なく、第1目標トルクT1と前後回転数差フィルタ値△Vwfとクラッチ締結継続時間tを用いたクラッチ負荷積算値により、容易にクラッチ保護が必要かどうかを見極めるクラッチ負荷情報を得ることができ、しかも、クラッチ保護必要時にはクラッチ負荷ゼロのクラッチ完全解放により確実にトルク配分クラッチ9を保護することができる。
【0067】
(その他の実施の形態)
【0068】
実施の形態1では、前輪駆動ベースの四輪駆動車への適用例を示したが、後輪駆動ベースの四輪駆動車にも適用することができる。
【0069】
実施の形態1では、前後回転数差のフィルタ処理として、前後回転数差の発生から設定時間は前回値を維持する例を示したが、駆動系ねじれ振動や外乱ノイズ等による車輪速変動に伴って発生する前後回転数差の振動的な特性をなだらかにするようなフィルタ処理、もしくは、振動的な特性を無くすようなフィルタ処理であれば、実施の形態1のフィルタ処理に限られるものではない。
【0070】
実施の形態1では、トルク配分クラッチの印加トルクを第1目標トルクにより予測してクラッチ負荷を求める例を示したが、トルク配分クラッチに出力されている電流値によりそのときの印加トルクを推定するようにしても良いし、また、トルク配分クラッチの締結油圧を計測して印加トルクを推定するようにしても良い。
【図面の簡単な説明】
【図1】実施の形態1における四輪駆動車の駆動力配分制御装置を示す全体システム図である。
【図2】実施の形態1の駆動力配分制御装置に採用されたトルク配分コントローラでのトルク配分制御処理を示す制御ブロック図である。
【図3】実施の形態1における駆動力配分制御装置のトルク配分コントローラの第1目標トルク選択部,クラッチ保護ロジック処理部及び第2目標トルク選択部を示す制御ブロック図である。
【図4】実施の形態1における駆動力配分制御装置のトルク配分コントローラの第1目標トルク選択部,クラッチ保護ロジック処理部及び第2目標トルク選択部にて行われるクラッチ保護制御処理の流れを示すフローチャートである。
【図5】車輪速センサからのセンサ信号による前後回転数差のハンチング特性を示す図である。
【図6】従来の駆動力配分制御と実施の形態1の駆動力配分制御において前後回転数差がハンチングしながら保護を必要とするクラッチ滑りを生じているときの前後回転数差,負荷演算値及び負荷積算値の各比較特性を示すタイムチャートである。
【符号の説明】
1 エンジン
2 自動変速機
3 フロントディファレンシャル
4 リヤディファレンシャル
5 右前輪
6 左前輪
7 右後輪
8 左後輪
9 トルク配分クラッチ
10 トルク配分コントローラ
11 右前輪速センサ
12 左前輪速センサ
13 右後輪速センサ
14 左後輪速センサ
15 アクセル開度センサ
16 エンジン回転センサ
17 ATコントローラ
Claims (3)
- エンジントルクを前輪と後輪に配分する駆動系に設けられたトルク配分クラッチに対するトルク配分コントローラからの制御指令により前輪と後輪に伝達されるトルク配分比が制御される四輪駆動車の駆動力配分制御装置において、
車輪速センサからの信号に基づいて前後回転数差を計算する前後回転数差計算手段と、
前後回転数差計算値が発生してから設定時間の間は前回値をそのまま保持するフィルタ処理により前後回転数差フィルタ値を演算する前後回転数差フィルタ値演算手段と、
前後回転数差フィルタ値をクラッチ滑り推定値とし、前後回転数差フィルタ値に基づいて求めたクラッチ負荷がクラッチ保護判定しきい値以上になるとクラッチ完全解放あるいは相対滑りのない完全締結によるクラッチ保護機能を作動させるクラッチ保護制御手段と、
を前記トルク配分コントローラに設けたことを特徴とする四輪駆動車の駆動力配分制御装置。 - 請求項1記載の四輪駆動車の駆動力配分制御装置において、
前記前後回転数差フィルタ値演算手段を、前輪速と後輪速の大小関係の反転にかかわらず、前後回転数差計算値が発生してから設定時間の間は前回値をそのまま保持するフィルタ処理により前後回転数差フィルタ値を求める手段としたことを特徴とする四輪駆動車の駆動力配分制御装置。 - 請求項1または請求項2記載の四輪駆動車の駆動力配分制御装置において、
前記クラッチ保護制御手段を、トルク配分クラッチの締結により伝達する最適な目標トルクを運転状態に応じて演算する目標トルク演算手段からの目標トルクと、前後回転数差フィルタ値演算手段からの前後回転数差フィルタ値と、クラッチ締結継続時間によりクラッチ負荷積算値を求め、クラッチ負荷積算値がクラッチ保護判定しきい値以上になると目標トルクをゼロとし、クラッチ完全解放によるクラッチ保護機能を作動させる手段としたことを特徴とする四輪駆動車の駆動力配分制御装置。
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