以下に、本願において特許請求が可能と認識されている発明(以下、「請求可能発明」という場合がある)の態様をいくつか例示し、それらについて説明する。各態様は請求項と同様に、項に区分し、各項に番号を付し、必要に応じて他の項の番号を引用する形式で記載する。これは、あくまでも請求可能発明の理解を容易にするためであり、それらの発明を構成する構成要素の組み合わせを、以下の各項に記載されたものに限定する趣旨ではない。つまり、請求可能発明は、各項に付随する記載,実施例の記載等を参酌して解釈されるべきであり、その解釈に従う限りにおいて、各項の態様にさらに他の構成要素を付加した態様も、また、各項の態様から構成要素を削除した態様も、請求可能発明の一態様となり得るのである。なお、以下の各項において、(1)項ないし(11)項が、それぞれ、請求項1ないし請求項11に相当する。
上記接近離間力発生装置が発生させる接近離間力は、ばね上部だけでなくばね下部にも作用することから、その接近離間力が発生させられる方向(以下、「接近離間力発生方向」という場合がある)によっては、車輪の接地性が低下する場合がある。詳しくいえば、例えば、接近離間力発生方向がばね上部とばね下部とを接近させる方向である場合に、走行路面の起伏に応じてばね下部が下方に向って動作するときには、接近離間力によってばね下部の下方への動作が阻害され、路面の起伏に応じてばね下部が動作しようとする特性、つまり、ばね下部の路面への追従性が低下するため、車輪の接地性が低下する虞がある。逆に、接近離間力発生方向がばね上部とばね下部とを離間させる方向である場合に、走行路面の起伏に応じてばね下部が上方に向って動作するときには、接近離間力によってばね下部の上方への動作が阻害されるため、車輪の接地性が低下する虞がある。このように、接近離間力によってばね下部の動作が阻害される場合には、車輪の接地性が低下する虞がある。
例えば、接近離間力をばね上振動に対する減衰力として作用させる際に、ばね上部が上方に向って動作する場合には、接近離間力発生方向はばね上部とばね下部とを接近させる方向となり、ばね上部が下方に向って動作する場合には、接近離間力発生方向はばね上部とばね下部とを離間させる方向となる。したがって、ばね上部が上方に向って動作するとともに、ばね下部が下方に向って動作する場合および、ばね上部が下方に向って動作するとともに、ばね下部が上方に向って動作する場合に、接近離間力によってばね下部の動作が阻害されて、車輪の接地性が低下する虞がある。つまり、ばね上部の動作の向きとばね下部の動作の向きとが互いに異なる場合に、車輪の接地性が低下する虞がある。
以上のことに鑑み、本項に記載の態様のサスペンションシステムにおいては、上記ばね上振動減衰制御実行時においてばね上部の動作の向きとばね下部の動作の向きとが互いに異なる場合に、車輪の接地性の低下を抑制するべく、ばね下部が路面の上下方向の変位に追従するように、接近離間力の一部を、ばね下変位量に応じた大きさのばね下部の変位を増大させる力として作用させている。つまり、接近離間力の一部を、ばね下部の変位に伴うばね力の変動をキャンセルする力として作用させることで、ばね下部の変位を促進して、ばね下部を変位させ易くしている。したがって、本項に記載の態様のシステムによれば、ばね下部の路面への追従性の低下を防止することが可能となり、車輪の接地性の低下を抑制することが可能となる。なお、本項に記載の「ばね下変位量」は、ばね下部のある基準となる特定の位置からの上下方向の変位量であり、例えば、車両が平坦路に静止している状態でのばね下部の位置を特定の位置とした場合のその特定の位置からの上下方向の変位量である。
本項に記載の「接近離間力発生装置」の構成は、特に限定されるものではなく、例えば、後に説明するように、ばね下部に連結される弾性体と、車体に固定されてその弾性体を変形可能なアクチュエータと備え、アクチュエータの発生させる力を弾性体に作用させるとともに、その力を接近離間力として発生させるような構成であってもよい。つまり、接近離間力発生装置を、いわゆる左右独立型のスタビライザ装置の一構成要素とすることが可能である。また、ばね上部に連結されるばね上部側ユニットと、ばね下部に連結されるばね下部側ユニットとを有し、ばね上部とばね下部との接近離間に伴ってそれら2つのユニットが相対移動することで伸縮可能とされ、電磁モータが発生させる力に依拠して2つのユニットを相対移動させる方向の力を発生させるとともに、その力を接近離間力として作用させるような構成であってもよい。つまり、接近離間力発生装置として、いわゆる電磁式のショックアブソーバを採用してもよい。
接近離間力発生装置は、例えば、ばね上部とばね下部とを積極的に相対動作させる力、つまり推進力や、外部からの入力に対してばね上部とばね下部とを相対動作させないようにする力、つまり維持力、さらに、ばね上部とばね下部との相対動作に対する抵抗力をも発生可能なものとすることが可能である。また、制御装置は、上記ばね上振動減衰制御に加えて、車両の旋回に起因する車体のロールの抑制,車両の加減速に起因する車体のピッチの抑制を目的とした車体の姿勢変化を抑制する制御等をも実行するように構成することが可能である。
上記ばね下変位増大制御によって車輪の接地性が担保される場合には、ばね下部から入力される振動がばね上部へ伝達され易い傾向にあり、車両の乗り心地に悪影響を及ぼす虞がある。また、液圧式のショックアブソーバを備えたシステムにおいては、そのアブソーバによって、ばね下部から入力される振動がばね上部へ伝達され易くなる。つまり、アブソーバが発生させる減衰力がばね上部とばね下部とに作用することで、ばね上部へ振動が伝達され易くなる。本項に記載のシステムにおいては、ばね下変位増大制御が実行される場合に、ばね下部の上下方向の動作を増速させることで、アブソーバの発生させる減衰力の一部を打ち消している。したがって、本項に記載のシステムによれば、ばね下変位増大制御が実行される場合に、例えば、ばね上部への振動の伝達性を低減させることが可能となり、車両の乗り心地を担保することが可能となる。
アブソーバの減衰係数は、ばね下部からばね上部への振動の伝達性と密接に関係しており、アブソーバの減衰係数が高いほど、ばね上部へ振動が伝達され易くなる。したがって、本項に記載のシステムによれば、例えば、アブソーバの減衰係数が高い減衰係数に変更された場合であっても、ばね上部への振動の伝達性を低減させることが可能となり、車両の乗り心地を担保することが可能となる。
ばね下増速制御によってアブソーバが発生させる減衰力の一部を打ち消すことで、ばね下部に対して作用する減衰力を小さくして、ばね下部から入力される振動をばね上部へ伝わり難くすることは可能である。ただし、ばね下部に対して作用する減衰力が小さくなりすぎると、車輪の接地性が悪化する虞がある。本項に記載のシステムにおいては、ばね下増速制御が実行される場合であっても、アブソーバの減衰係数が設定閾減衰係数とされた際にアブソーバが発生させる減衰力をばね下部に対して作用させることが可能である。したがって、本項に記載のシステムによれば、車輪の接地性を担保しつつ、ばね下部から入力される振動のばね上部への伝達性を低減させることが可能となる。
(5)前記設定閾減衰係数が、ばね下共振周波数の振動に対する減衰特性を適切なものとする値に設定された(3)項または(4)項に記載の車両用サスペンションシステム。
(6)前記設定閾減衰係数が、1000N・sec/m以上2000N・sec/m以下に設定された(3)項ないし(5)項のいずれか1つに記載の車両用サスペンションシステム。
上記接近離間力発生装置は、電磁モータの作動を制御することによって接近離間力を変化させる構造とされており、電磁モータの応答性等の問題から、上記ばね上振動減衰制御を実行する場合に比較的高周波域の振動の減衰を良好に行うことが困難となる可能性が高い。このため、比較的高周波域の振動はアブソーバによって対処することが望ましい。アブソーバの減衰係数は、上述したように、ばね下部からばね上部への振動の伝達性と関係しており、大まかに言えば、減衰係数が低いほど、比較的高周波域の振動はばね上部に伝達し難くなる。このため、比較的高周波域の振動の伝達性を考慮した場合には、アブソーバの減衰係数は低い方が望ましい。ただし、アブソーバの減衰係数は車輪の接地性とも密接に関係しており、後に詳しく説明するが、減衰係数が低いほど、比較的高周波域の振動に対する車輪の接地性は低下する傾向にある。特に、減衰係数がある程度小さくなると、比較的高周波域の振動に対する車輪の接地性は相当に低下する傾向にある。後者の項に記載の「1000〜2000N・sec/m」は、比較的高周波域の振動の伝達性と比較的高周波域の振動に対する車輪の接地性とのバランスを考慮した減衰係数の値であることから、後者の項に記載のシステムによれば、例えば、車輪の接地性をある程度確保しつつ、比較的高周波域の振動のばね上部への伝達を抑制することが可能である。
液圧式のアブソーバの多くは、ばね上部とばね下部との接近離間動作に伴って伸縮し、その伸縮速度に応じた大きさの減衰力を発生させる構造とされており、サスペンションアームと車体との間に配設されている。サスペンションアームは、車体に連結される自身の端部を中心に回動することから、アブソーバがサスペンションアームの車体側の端部の近くに配設されるほど、伸縮速度は低くなり、アブソーバがサスペンションアームの車輪側の端部の近くに配設されるほど、伸縮速度は高くなる。つまり、ばね上部とばね下部との相対速度が同じであっても、アブソーバの伸縮速度は、アブソーバの配設位置によって異なり、アブソーバの発生させる減衰力も、アブソーバの配設位置によって異なる。このため、アブソーバの発生させる減衰力の基準となるアブソーバの減衰係数の値は、アブソーバの配設位置、言い換えれば、アブソーバの発生させる力を作用させる位置に応じて設定される。本項に記載の「1000〜2000N・sec/m」は、ばね上部とばね下部との接近離間動作に対して、上下方向において車体と車輪とに直接作用させたと仮定した場合の値である。
本項に記載のシステムでは、接近離間力を、ロール抑制力とピッチ抑制力との少なくとも一方として作用させて、ロール抑制制御とピッチ抑制制御との少なくとも一方が実行される。本項に記載の「ロールを抑制する力」は、車両の旋回に起因して生じる車体のロール量を低減させることで車体のロールを抑制するものであり、例えば、車両の旋回に起因して車体が受けるロールモーメントに基づいて決定されるものであってもよい。また、本項に記載の「ピッチを抑制する力」は、車両の加減速に起因して生じる車体のピッチ量を低減させることで車体のピッチを抑制するものであり、例えば、車両の加減速に起因して車体が受けるピッチモーメントに基づいて決定されるものであってもよい。なお、ロール抑制制御とピッチ抑制制御との少なくとも一方と、上記ばね上振動減衰制御とを同時に実行させる場合には、ばね上部の振動に対する減衰力としての接近離間力に加えて、ロール抑制力とピッチ抑制力との少なくとも一方としての接近離間力が、接近離間力発生装置によって発生させられることになる。
本項に記載のシステムにおいては、接近離間力発生装置が、いわゆる左右独立型のスタビライザ装置の一構成要素に限定されている。本項に記載の「接近離間力発生装置」は、アクチュエータの発生させる力を弾性体に作用させるとともに、アクチュエータの動作量に応じて弾性体の変形量を変化させる構造のものとされている。したがって、本項に記載のシステムでは、接近離間力発生装置が発生させる接近離間力と、アクチュエータの動作量とは、相互に対応する。なお、本項に記載の「弾性体」は、変形量に応じた何らかの弾性力を発揮するものであればよく、例えば、コイルばね,トーションばね等、種々の構造の弾性体とすることができる。
(9)前記弾性体が、前記アクチュエータに回転可能に保持されたシャフト部と、そのシャフト部の一端部からそのシャフト部と交差して延びるとともに先端部が車輪を保持する車輪保持部材に連結されたアーム部とを有し、
前記アクチュエータが、自身が発生させる力によって前記シャフト部をそれの軸線まわりに回転させるものである(8)項に記載の車両用サスペンションシステム。
本項に記載のシステムでは、接近離間力発生装置の構造がさらに具体的に限定されている。本項の態様における「弾性体」は、シャフト部とアーム部との少なくとも一方が、弾性体としての機能を有していればよい。例えば、シャフト部が捩られることでそれがばねとしての機能を有するようにしてもよく、アーム部が撓むことでそれがばねとしての機能を有するようにしてもよい。なお、上記弾性体は、シャフト部とアーム部とが別部材とされてそれらが結合されたものであってもよく、それらが一体化して成形されたものであってもよい。
(10)外部入力に抗して前記アクチュエータを作動させるのに必要な前記電磁モータの力に対するその外部入力の比率を、前記アクチュエータの正効率と、外部入力によっても前記アクチュエータが動作させられないために必要となる前記電磁モータの力のその外部入力に対する比率を、前記アクチュエータの逆効率と、それら正効率と逆効率との積を、正逆効率積と、それぞれ定義した場合において、
前記アクチュエータが、1/2以下の正逆効率積を有する構造とされた(8)項または(9)項に記載の車両用サスペンションシステム。
本項に記載の「正逆効率積」は、ある大きさの外部入力に抗してアクチュエータを動作させるのに必要なモータ力と、その外部入力によってもアクチュエータが動作させられないために必要なモータ力との比と考えることができ、正逆効率積が小さいほど、外部入力に対して動かされ難いアクチュエータとなる。したがって、正逆効率積が比較的小さなアクチュエータを採用すれば、例えば、車体のロール,ピッチ等を抑制する際に、外部入力の作用下、車体と車輪との距離をある距離に維持させるような場合において、比較的小さな電力によって、その距離を維持することが可能なる。したがって、本項に記載のシステムによれば、省電力の観点において優れたシステムが実現され得る。
(11)前記アクチュエータが、前記電磁モータの動作を減速する減速機を有してその減速機によって減速された動作が自身の動作となるとともに、その減速機の減速比が1/100以下となる構造とされた(8)項ないし(10)項のいずれか1つに記載の車両用サスペンションシステム。
本項に記載の態様のシステムは、比較的減速比が大きい(電磁モータの動作量に対するアクチュエータの動作量が小さいことを意味する)アクチュエータを採用したシステムである。減速比が大きい減速機を採用する場合、一般に、上述した正逆効率積の値は小さくなると考えることができる。その観点からすれば、本項の態様のシステムは、正逆効率積の比較的小さなアクチュエータを採用するシステムの一種と考えることができる。減速機の減速比を大きくすれば、電磁モータの小型化が可能となる。
本項に記載の「減速機」は、それの機構が特に限定されるものではない。例えば、ハーモニックギヤ機構(「ハーモニックドライブ(登録商標)機構」,「ストレインウェーブギヤリング機構」等と呼ばれることもある)、ハイポサイクロイド減速機構等、種々の機構の減速機を採用することが可能である。
以下、請求可能発明の実施例を、図を参照しつつ詳しく説明する。なお、本請求可能発明は、下記実施例の他、前記〔発明の態様〕の項に記載された態様を始めとして、当業者の知識に基づいて種々の変更、改良を施した種々の態様で実施することができる。
<車両用サスペンションシステムの構成>
図1に、実施例の車両用サスペンションシステム10を模式的に示す。本システム10は、前後左右4つの車輪12に対応して設けられた4つのサスペンション装置20と、それらサスペンション装置20の制御を担う制御装置とを含んで構成されている。転舵輪である前輪のサスペンション装置20と非転舵輪である後輪のサスペンション装置20とは、車輪を転舵可能とする機構を除き略同様の構成とみなせるため、説明の簡略化に配慮して、後輪のサスペンション装置20を代表して説明する。
図2,3に示すように、サスペンション装置20は、独立懸架式のものであり、マルチリンク式サスペンション装置とされている。サスペンション装置20は、それぞれが車輪保持部材としてのサスペンションアームである第1アッパアーム30,第2アッパアーム32,第1ロアアーム34,第2ロアアーム36,トーコントロールアーム38を備えている。5本のアーム30,32,34,36,38のそれぞれの一端部は、車体に回動可能に連結され、他端部は、車輪12を回転可能に保持するアクスルキャリア40に回動可能に連結されている。それら5本のアーム30,32,34,36,38により、アクスルキャリア40は、車体に対して略一定の軌跡を描くような上下動が可能とされている。
サスペンション装置20は、サスペンションスプリングとしてのコイルスプリング50と液圧式のショックアブソーバ(以下、「アブソーバ」と略す場合がある)52とを備えており、それらは、それぞれ、ばね上部の一構成部分であるタイヤハウジングに設けられたマウント部54と、ばね下部の一構成部分である第2ロアアーム36との間に、互いに並列的に配設されている。
アブソーバ52は、図4に示すように、第2ロアアーム36に連結されて作動液を収容する概して筒状のハウジング60と、そのハウジング60にそれの内部において液密かつ摺動可能に嵌合されたピストン62と、そのピストン62に下端部が連結されて上端部がハウジング60の上方から延び出すピストンロッド64とを含んで構成されている。ピストンロッド64は、ハウジング60の上部に設けられた蓋部66を貫通しており、シール68を介してその蓋部66と摺接している。また、ハウジング60の内部は、ピストン62によって、それの上方に存在する上室70と、それの下方に存在する下室72とに区画されている。
さらに、アブソーバ52は、電磁モータ74を備えており、その電磁モータ74は、モータケース76に固定して収容されている。そのモータケース76は、それの外周部において、緩衝ゴムを介してマウント部54に連結されており、ピストンロッド64が、それの上端部において、モータケース76に固定的に連結されている。そのような構造によって、ピストンロッド64がマウント部54に対して固定されているのである。そのピストンロッド64は、中空状とされており、それの内部を貫通する貫通穴77を有している。その貫通穴77には、後に詳しく説明するように、調整ロッド78が、軸線方向に移動可能に挿入されており、調整ロッド78は、それの上端部において、電磁モータ74に連結されている。詳しく言えば、電磁モータ74の下方には、電磁モータ74の回転を軸線方向への移動に変換する動作変換機構79が設けられており、その動作変換機構79に調整ロッド78の上端部が連結されている。このような構造により、電磁モータ74が作動させられると、調整ロッド78が軸線方向に移動するようにされている。
ハウジング60は、図5に示すように、外筒80と内筒82とを含んで構成され、それらの間にバッファ室84が形成されている。ピストン62は、その内筒82内に液密かつ摺動可能に嵌め入れられている。そのピストン62には、軸線方向に貫通して上室70と下室72とを接続させる複数の接続通路86(図5には2つ図示されている)が設けられている。ピストン62の下面には、弾性材製の円形をなす弁板88が、その下面に接するようにして配設されており、その弁板88によって接続通路86の下室72側の開口が塞がれる構造となっている。また、ピストン62には、上記接続通路86とはピストン62の半径方向において異なる位置に複数の接続通路90(図5には2つ図示されている)が設けられている。ピストン62の上面には、弾性材製の円形をなす弁板92が、その上面に接するようにして配設されており、その弁板92によって接続通路90の上室70側の開口が塞がれる構造となっている。この接続通路90は、接続通路86より外周側であって弁板88から外れた位置に設けられており、常時、下室72に連通させられている。また、弁板92には開口94が設けられていることで、接続通路86の上室70側の開口は、塞がれておらず、接続通路86は、常時、上室70に連通させられている。さらに、下室72とバッファ室84とは連通させられており、下室72とバッファ室84との間には、ピストン62と同様の接続通路,弁板が設けられたベースバルブ体96が設けられている。
ピストンロッド64の内部の貫通穴77は、大径部98と、大径部98の下方に延びる小径部100とを有しており、その貫通穴77の大径部98と小径部100との境界部分には、段差面102が形成されている。その段差面102の上方には、上室70と通路77とを接続させる接続通路104が設けられている。この接続通路104と貫通穴77とによって、上室70と下室72とは連通させられている。また、貫通穴77の大径部98には、上記調整ロッド78が、ピストンロッド64の上端部から挿入されている。その調整ロッド78の下端部は、円錐状に形成された円錐部106とされており、その円錐部106の先端部が通路77の小径部100に進入可能とされており、円錐部106と通路77の段差面102との間には、クリアランス108が形成されている。ちなみに、調整ロッド78の外径は、通路77の小径部100の内径より大きくされている。なお、貫通穴77内の接続通路104より上方において、貫通穴77の内周面と調整ロッド78の外周面との間にはシール109が設けられており、作動液が貫通穴77上方には流出しないようにされている。
上記のような構造により、例えば、ばね上部とばね下部とが離間し、ピストン62が上方に移動させられる場合、つまり、アブソーバ52が伸ばされる場合には、上室70内の作動液の一部が接続通路86および貫通穴77のクリアランス108を通って下室72へ流れるとともに、バッファ室84の作動液の一部がベースバルブ体96の接続通路を通って下室72に流入する。その際、作動液が弁板88を撓ませて下室72内へ流入することと、作動液がベースバルブ体96の弁板を撓ませて下室72内へ流入することと、作動液が貫通穴77内のクリアランス108を通過することとによって、ピストン62の上方への移動に抵抗力が付与され、その抵抗力によってその移動に対する減衰力が発生させられる。また、逆に、ばね上部とばね下部とが接近し、ピストン62がハウジング60内を下方に移動させられる場合、つまり、アブソーバ52が縮められる場合には、下室72内の作動液の一部が、接続通路90および貫通穴77のクリアランス108を通って下室72から上室70へ流れるとともに、ベースバルブ体96の接続通路を通ってバッファ室84に流出することになる。その際、作動液が弁板92を撓ませて上室70内に流入することと、作動液がベースバルブ体96の弁板を撓ませて上室70内へ流入することと、作動液が貫通穴77内のクリアランス108を通過することとによって、ピストン62の下方への移動に抵抗力が付与され、その抵抗力によってその移動に対する減衰力が発生させられる。つまり、アブソーバ52は、ばね上部とばね下部との上下方向における接近離間動作に対して、減衰力を発生させる構造とされている。
また、調整ロッド78は、上述のように、電磁モータ74の作動によって軸線方向に移動可能とされており、貫通穴77のクリアランス108の大きさ(断面積)を変化させることが可能となっている。作動液がそのクリアランス108を通過する際には、上述のように、ピストン62の上下方向への動作に対する抵抗力が付与されるが、その抵抗力の大きさは、クリアランス108の大きさに応じて変化する。したがって、アブソーバ52は、電磁モータ74の作動により調整ロッド78を軸線方向に移動させて、そのクリアランス108を変更することで、ばね上部とばね下部との接近・離間動作に対する減衰特性、言い換えれば、いわゆる減衰係数を変更することが可能な構造とされている。より詳しく言えば、電磁モータ74が、それの回転角度がアブソーバ52の有すべき減衰係数に応じた回転角度となるように制御され、アブソーバ52の減衰係数が変更される。ちなみに、電磁モータ74はステッピングモータとされており、それが停止させられる回転角度位置はあらかじめ設定された位置とされている。具体的に言えば、電磁モータ74の回転角度位置を変更する場合には、所定の動作位置に回転させるための指令に基づき、電磁モータ74が回転駆動させられることになる。すなわち、アブソーバ52の減衰係数として、第1減衰係数C1、第1減衰係数C1より大きい第2減衰係数C2の2つの値が設定されており、アブソーバ52は、第1減衰係数C1と第2減衰係数C2とのいずれかに、減衰係数を変更することが可能な構造とされているのである。つまり、本アブソーバ52は、上記構成とされたことで、電磁モータ74,貫通穴77,調整ロッド78,接続通路104等で構成される減衰係数変更機構を備えるものとされている。なお、本システム10では、アブソーバ52の減衰係数を運転者の意思に基づいて変更するための減衰係数変更スイッチ110が設けられており、運転者の減衰係数変更スイッチ110の操作によって所望の減衰係数に選択的に変更される。
ハウジング60には、その外周部に環状の下部リテーナ111が設けられ、マウント部54の下面側には、防振ゴム112を介して、環状の上部リテーナ114が付設されている。コイルスプリング50は、それら下部リテーナ111と上部リテーナ114とによって、それらに挟まれる状態で支持されている。なお、ピストンロッド64の上室70に収容される部分の外周部には、環状部材116が固定的に設けられており、その環状部材116の上面に、環状の緩衝ゴム118が貼着されている。また、モータケース76の下面には、筒状の緩衝ゴム119が附着されている。車体と車輪とが離間する方向(以下、「リバウンド方向」という場合がある)にある程度相対移動した場合には、環状部材116が緩衝ゴム118を介してハウジング60の蓋部66の下面に当接し、逆に、車体と車輪とが接近する方向(以下、「バウンド方向」という場合がある)にある程度相対移動した場合には、蓋部66の上面が緩衝ゴム119を介してモータケース76の下面に当接するようになっている。つまり、アブソーバ52は、車体と車輪との接近・離間に対するストッパ、いわゆるバウンドストッパ、および、リバウンドストッパを有しているのである。
サスペンション装置20は、ばね上部とばね下部とを接近離間させる力である接近離間力を制御可能に発生させる接近離間力発生装置(以下、「発生装置」という場合がある)120を備えており、その発生装置120はそれぞれ、概してL字形状をなすL字形バー122と、そのバー122を回転させるアクチュエータ126とを備えている。L字形バー122は、図2,3に示すように、概ね車幅方向に延びるシャフト部130と、シャフト部130と連続するとともにそれと交差して概ね車両後方に延びるアーム部132とに区分することができる。L字形バー122のシャフト部130は、アーム部132に近い箇所において、車体に固定された保持具134によって車体の下部に回転可能に保持されている。アクチュエータ126は、それの一端部に設けられた取付部材136によって車体下部の車幅方向における中央付近に固定されており、シャフト部130の端部(車幅方向における中央側の端部)がそのアクチュエータ126に接続されている。一方、アーム部132の端部(シャフト部130とは反対側の端部)は、リンクロッド137を介して、第2ロアアーム36に連結されている。詳しく言えば、第2ロアアーム36には、リンクロッド連結部138が設けられ、リンクロッド137の一端部は、そのリンクロッド連結部138に、他端部はL字形バー122のアーム部132の端部に、それぞれ遥動可能に連結されている。
発生装置120の備えるアクチュエータ126は、図6に示すように、駆動源としての電磁モータ140と、その電磁モータ140の回転を減速して伝達する減速機142とを含んで構成されている。これら電磁モータ140と減速機142とは、アクチュエータ126の外殻部材であるハウジング144内に設けられており、そのハウジング144は、それの一端部に固定された上述の取付部材136によって、車体に固定的に取り付けられている。L字形バー122は、それのシャフト部130がハウジング144の他端部から延び入るように、配設されている。L字形バー122のシャフト部130は、それのハウジング144内に存在する部分において、後に詳しく説明するように、減速機142と接続されている。さらに、シャフト部130は、それの軸方向の中間部において、ブシュ型軸受146を介してハウジング144に回転可能に保持されている。
電磁モータ140は、ハウジング144の周壁の内面に沿って一円周上に固定して配置された複数のコイル148と、ハウジング144に回転可能に保持された中空状のモータ軸150と、コイル148と向きあうようにしてモータ軸150の外周に固定して配設された永久磁石152とを含んで構成されている。電磁モータ140は、コイル148がステータとして機能し、永久磁石152がロータとして機能するモータであり、3相のDCブラシレスモータとされている。なお、ハウジング144内に、モータ軸150の回転角度、すなわち、電磁モータ140の回転角度を検出するためのモータ回転角センサ154が設けられている。モータ回転角センサ154は、エンコーダを主体とするものであり、アクチュエータ126の制御、つまり、発生装置120の制御に利用される。
減速機142は、波動発生器(ウェーブジェネレータ)156,フレキシブルギヤ(フレクスプライン)158およびリングギヤ(サーキュラスプライン)160を備え、ハーモニックギヤ機構(「ハーモニックドライブ(登録商標)機構」,「ストレインウェーブギヤリング機構」等と呼ばれることもある)として構成されている。波動発生器156は、楕円状カムと、それの外周に嵌められたボールベアリングとを含んで構成されるものであり、モータ軸150の一端部に固定されている。フレキシブルギヤ158は、周壁部が弾性変形可能なカップ形状をなすものとされており、周壁部の開口側の外周に複数の歯(本減速機142では、400歯)が形成されている。このフレキシブルギヤ158は、先に説明したL字形バー122のシャフト部130に接続され、それによって支持されている。詳しく言えば、L字形バー122のシャフト部130は、モータ軸150を貫通しており、それから延び出す部分の外周面において、フレキシブルギヤ158の底部を貫通する状態でその底部とスプライン嵌合によって相対回転不能に接続されているのである。リングギヤ160は、概してリング状をなして内周に複数の歯(本減速機142においては、402歯)が形成されたものであり、ハウジング144に固定されている。フレキシブルギヤ158は、その周壁部が波動発生器156に外嵌して楕円状に弾性変形させられ、楕円の長軸方向に位置する2箇所においてリングギヤ160と噛合し、他の箇所では噛合しない状態とされている。
このような構造により、波動発生器156が1回転(360度)すると、つまり、電磁モータ140のモータ軸150が1回転すると、フレキシブルギヤ158とリングギヤ160とが、2歯分だけ相対回転させられる。つまり、減速機142の減速比は、1/200とされている。1/200という減速比は、比較的大きな減速比であり(電磁モータ140の回転速度に対してアクチユエータ26の回転速度が比較的小さいことを意味する)、この減速比の大きさに依存して、本アクチュエータ126では、電磁モータ140の小型化が図られているのである。また、その減速比に依存して、外部入力等によっては動作させられ難いものになっている。
以上のような構成から、電磁モータ140が駆動させられると、その電磁モータ140が発生させるモータ力によって、L字形バー122が回転させられて、そのL字形バー122のシャフト部130が捩じられることになる。この捩りにより生じる捩り反力が、アーム部132,リンクロッド137,リンクロッド連結部138を介し、第2ロアアーム36に伝達され、第2ロアアーム36の先端部を車体に対して押し下げたり、引き上げたりする力、言い換えれば、車体と車輪とを上下方向に接近離間させる力である接近離間力として作用する。つまり、アクチュエータ126が発生させる力であるアクチュエータ力が、弾性体として機能するL字形バー122を介して、接近離間力として作用することになる。
アブソーバ52は、上述のように、自身が発生させる減衰力の大きさを変更可能とされている。詳しく言えば、発生させる減衰力の大きさの基準となる減衰係数、つまり、自身の減衰力発生能力を示す値を変更することが可能とされている。その一方で、発生装置120は、ばね上部とばね下部とを上下方向に接近・離間させる力である接近離間力を発生させ、その接近離間力の大きさを変更可能とされている。詳しく言えば、アクチュエータ126が、モータ力に依拠するアクチュエータ力によって、弾性体としてのL字形バー122を変形させつつ、つまり、L字形バー122のシャフト部130を捩りつつ、そのアクチュエータ力を、L字形バー122を介して、ばね上部とばね下部とに接近離間力として作用させているのである。L字形バー122の変形量、つまり、シャフト部130の捩り変形量は、アクチュエータ126の動作量に対応したものとなっており、また、アクチュエータ力に対応するものとなっている。接近離間力は、L字形バー122の変形による弾性力に相当するものであることから、アクチュエータ126の動作量に対応し、アクチュエータ力に対応するものとなる。したがって、アクチュエータ126の動作量とアクチュエータ力とのいずれか一方を変化させることで、接近離間力を変化させることが可能とされているのである。本サスペンションシステム10では、アクチュエータ126の動作量を直接の制御対象とした制御を実行することで、接近離間力が制御される。ちなみに、アクチュエータ126の動作量は、電磁モータ140のモータ回転角に対応していることから、実際の制御では、モータ回転角が、直接の制御対象とされている。
サスペンション装置20の構成は、概念的には、図7のように示すことができる。図から解るように、マウント部54を含むばね上部としての車体の一部と、第2ロアアーム36等を含んで構成されるばね下部との間に、コイルスプリング50,アブソーバ52および発生装置120が、互いに並列的に配置されている。また、発生装置120を構成する弾性体としてのL字形バー122およびアクチュエータ126は、ばね上部とばね下部との間に直列的に配置されている。言い換えれば、L字形バー122は、コイルスプリング50およびアブソーバ52と並列的に配置され、L字形バー122と車体の一部54との間には、それらを連結するアクチュエータ126が配設されているのである。
本システムでは、図1に示すように、4つの発生装置120についての制御を実行する発生装置電子制御ユニット(発生装置ECU)170と、4つのアブソーバ52についての制御を実行するアブソーバ電子制御ユニット(アブソーバECU)172とが設けられている。これら2つのECU170,172を含んで、本サスペンションシステム10の制御装置が構成されている。
発生装置ECU170は、各発生装置120の備える各アクチュエータ126の作動を制御する制御装置であり、各アクチュエータ126が有する電磁モータ140に対応する駆動回路としての4つのインバータ174と、CPU,ROM,RAM等を備えたコンピュータを主体とする発生装置コントローラ176とを備えている。一方、アブソーバECU172は、アブソーバ52の備える電磁モータ74の作動を制御する制御装置であり、駆動回路としての4つのモータ駆動回路178と、CPU,ROM,RAM等を備えたコンピュータを主体とするアブソーバコントローラ180とを備えている(図13参照)。インバータ174の各々およびモータ駆動回路178の各々は、コンバータ182を介してバッテリ184に接続されており、インバータ174の各々は、対応する発生装置120の電磁モータ140に接続され、モータ駆動回路178の各々は、対応するアブソーバ52の電磁モータ74に接続されている。
発生装置120のアクチュエータ126が有する電磁モータ140に関して言えば、その電磁モータ140は定電圧駆動され、電磁モータ140への供給電力量は、供給電流量を変更することによって変更される。供給電流量の変更は、インバータ174がPWM(Pulse Width Modulation)によるパルスオン時間とパルスオフ時間との比(デューティ比)を変更することによって行われる。
発生装置コントローラ176には、上記モータ回転角センサ154とともに、操舵量としてのステアリング操作部材の操作量であるステアリングホイールの操作角を検出するためのステアリングセンサ190,車体に実際に発生している横加速度である実横加速度を検出する横加速度センサ192,車体に発生している前後加速度を検出する前後加速度センサ194,車体のマウント部54に設けられてばね上縦加速度を検出するばね上縦加速度センサ196,第2ロアアーム36に設けられてばね下縦加速度を検出するばね下縦加速度センサ198が接続されている。発生装置コントローラ176には、さらに、ブレーキシステムの制御装置であるブレーキ電子制御ユニット(以下、「ブレーキECU」という場合がある)200が接続されている。ブレーキECU200には、4つの車輪のそれぞれに対して設けられてそれぞれの回転速度を検出するための車輪速センサ202が接続され、ブレーキECU200は、それら車輪速センサ202の検出値に基づいて、車両の走行速度(以下、「車速」という場合がある)を推定する機能を有している。発生装置コントローラ176は、必要に応じ、ブレーキECU200から車速を取得するようにされている。さらに、発生装置コントローラ176は、各インバータ174にも接続され、それらを制御することで、各発生装置120の電磁モータ140を制御する。なお、発生装置コントローラ176のコンピュータが備えるROMには、後に説明する各発生装置120の制御に関するプログラム,各種のデータ等が記憶されている。
一方、アブソーバコントローラ180には、上記減衰係数変更スイッチ110が接続されている。さらに、アブソーバコントローラ180は、各モータ駆動回路178にも接続され、それらを制御することで、各アブソーバ52を制御する。なお、アブソーバコントローラ180のコンピュータが備えるROMには、各アブソーバ52の制御に関するプログラム,各種のデータ等が記憶されている。ちなみに、発生装置コントローラ176とアブソーバコントローラ180とは、互いに接続されて通信可能とされており、必要に応じて、当該サスペンションシステムの制御に関する情報,指令等が通信される。
<発生装置のアクチュエータの正効率および逆効率>
ここで、発生装置120が有するアクチュエータ126の効率(以下、「アクチュエータ効率」という場合がある)について考察する。アクチュエータ効率には、正効率,逆効率との2種が存在する。アクチュエータ逆効率(以下、単に「逆効率」という場合がある)ηNは、ある外部入力によっても電磁モータ140が回転させられない最小のモータ力の、その外部入力に対する比率と定義されるものであり、また、アクチュエータ正効率(以下、単に「正効率」という場合がある)ηPは、ある外部入力に抗してL字形バー122のシャフト部130を回転させるのに必要な最小のモータ力に対するその外部入力の比率と定義されるものである。つまり、アクチュエータ力(アクチュエータトルクと考えてもよい)をFaと、電磁モータ140が発生させる力であるモータ力(モータトルクと考えてもよい)をFmとすれば、正効率ηP,逆効率ηNは、下式のように表現できる。
正効率ηP=FaP/FmP
逆効率ηN=FmN/FaN
本アクチュエータ126のモータ力−アクチュエータ力特性は、図8に示すようであり、本アクチュエータ126の正効率ηP,逆効率ηNは、それぞれ、図に示す正効率特性線の傾き、逆効率特性線の傾きの逆数に相当するものとなる。図から解るように、同じ大きさのアクチュエータFaを発生させる場合であっても、正効率特性下において必要な電磁モータ140のモータ力FmPと、逆効率特性下において必要なモータ力FmNとでは、その値が比較的大きく異なっている(FmP>FmN)。
ここで、正効率ηPと逆効率ηNとの積を正逆効率積ηP・ηNと定義すれば、正逆効率積ηP・ηNは、ある大きさの外部入力に抗してアクチュエータを動作させるのに必要なモータ力と、その外部入力によってもアクチュエータが動作させられないために必要なモータ力との比と考えることができる。そして、正逆効率積ηP・ηNが小さい程、正効率特性下において必要な電磁モータのモータ力FmPに対して、逆効率特性下において必要なモータ力FmNが小さくなる。簡単に言えば、正逆効率積ηP・ηNが小さい程、動かされ難いアクチュエータであるといえるのである。
本アクチュエータ126は、図8から解るように、正逆効率積ηP・ηNが比較的小さく、具体的な数値で言えば、正逆効率積ηP・ηNが1/3となっており、外部入力によっては比較的動作させられ難いアクチュエータとなっている。このことは、例えば、外部入力の作用下で動作位置を維持させる場合等において、外部入力に抗してアクチュエータ126を動作させる場合に比較して、電磁モータ140が発生させるべき力を大きく低減することを可能としている。モータ力は、電磁モータへの供給電力に比例すると考えることができるため、正逆効率積ηP・ηNが小さい本アクチュエータ126では、電力消費が大きく削減されることになる。
具体的にいえば、車両の旋回時において、例えば、アクチュエータ126を制御して車体のロールを抑制するような場合には、後に説明するように、旋回初期には、ロールモーメントに抗してアクチュエータ126を動作させ、一方、旋回中期には、ロールモーメントの作用下でアクチュエータ126の動作位置を維持させることになる。つまり、本アクチュエータ126では、車体のロールの抑制時における電磁モータ140の電力消費が抑制されることになる。また、車両の加速,減速時における車体のピッチを抑制する場合においても、同様に、ピッチモーメントの作用下でアクチュエータ126の動作位置を維持させる状況がある。このことから、車体のピッチの抑制時における電磁モータ140の電力消費もが抑制されることになる。
<車両用サスペンションシステムの制御>
i)発生装置の基本的な制御
本サスペンションシステム10では、各発生装置120が発生させる接近離間力を独立して制御することによって、4つの車輪12の各々に対応するばね上振動を減衰する制御(以下、「ばね上振動減衰制御」という場合がある),車両の旋回に起因する車体のロールを抑制する制御(以下「ロール抑制制御」という場合がある),車両の加減速に起因する車体のピッチを抑制する制御(以下、「ピッチ抑制制御」という場合がある)が実行可能とされている。本システム10においては、通常、それら3つの制御が総合された制御が実行されている。この制御では、各発生装置120において、ばね上速度,車体が受けるロールモーメント,ピッチモーメント等に基づいて、適切な接近離間力を発揮させるべく、電磁モータ140のモータ回転角が制御されている。詳しく言えば、ばね上速度,車体が受けるロールモーメント,ピッチモーメント等に基づいて、目標となるモータ回転角である制御目標値としての目標モータ回転角が決定され、実際のモータ回転角がその目標モータ回転角となるように電磁モータ140が制御される。
本システム10においては、上述の制御目標値としての目標モータ回転角は、ばね上振動減衰制御,ロール抑制制御,ピッチ抑制制御の各制御ごとの制御目標値成分である目標モータ回転角成分を和することによって決定される。各制御ごとの成分は、それぞれ、
ばね上振動減衰目標モータ回転角成分(ばね上振動減衰成分)θ* U
ロール抑制目標モータ回転角成分(ロール抑制成分)θ* R
ピッチ抑制目標モータ回転角成分(ピッチ抑制成分)θ* P
である。以下に、ばね上振動減衰制御,ロール抑制制御,ピッチ抑制制御の各々を、その各々の目標モータ回転角成分の決定方法を中心に詳しく説明するとともに、目標モータ回転角に基づく上記電磁モータ140への供給電力の決定について詳しく説明する。
a)ばね上振動減衰制御
ばね上振動減衰制御では、いわゆるスカイフックダンパ理論に基づいた減衰制御を実行すべく、接近離間力の一部を、車体の上下方向への動作速度、いわゆるばね上絶対速度に応じた大きさの減衰力として発生させている。具体的には、ばね上速度としてのばね上絶対速度に応じた大きさの減衰力を発生させるべく、車体のマウント部54に設けられたばね上縦加速度センサ196によって検出されるばね上縦加速度Guに基づき、ばね上絶対速度Vuが計算され、次式に従って、ばね上振動減衰成分θ* Uが演算される。
θ* U=K1・CS・Vu
ここで、K1は、ばね上振動に対する減衰力をばね上振動成分θ* Uに変換するためのゲインであり、CSは、スカイフックダンパ理論に基づく減衰係数である。
b)ロール抑制制御
ロール抑制制御では、車両の旋回時において、その旋回に起因するロールモーメントに応じて、旋回内輪側の発生装置120はロール抑制制御のための接近離間力をバウンド方向に、旋回外輪側の発生装置120はロール抑制制御のための接近離間力をリバウンド方に、それぞれ、ロール抑制力として発生させている。具体的に言えば、まず、車体が受けるロールモーメントを指標する横加速度として、ステアリングホイールの操舵角δと車両走行速度vに基づいて推定された推定横加速度Gycと、実測された実横加速度Gyrとに基づいて、制御に利用される横加速度である制御横加速度Gy*が、次式に従って決定される。
Gy*=K2・Gyc+K3・Gyr (K2,K3:ゲイン)
そして、決定された制御横加速度Gy*に基づいて、ロール抑制成分θ* Rが決定される。発生装置コントローラ176内には、制御横加速度Gy*をパラメータとするロール抑制成分θ* Rのマップデータが格納されており、ロール抑制成分θ* Rの決定にあたっては、そのマップデータが参照される。このように、ロール抑制成分θ* Rが決定され、ロール抑制制御のための接近離間力が発生させられることで、車体のロールが抑制されるのである。つまり、発生装置120は、あたかもスタビライザ装置を左右に分割したような装置、言い換えれば、左右独立型のスタビライザ装置の一構成要素と考えることができる。
c)ピッチ抑制制御
ピッチ抑制制御では、車体の制動時に発生する車体のノーズダイブに対して、そのノーズダイブを生じさせるピッチモーメントに応じて、前輪側の発生装置120はピッチ抑制制御のための接近離間力をリバウンド方向に、後輪側の発生装置120はピッチ抑制制御のための接近離間力をバウンド方向に、それぞれピッチ抑制力として発生させている。それによって、ノーズダイブが抑制されることになる。また、車体の加速時に発生する車体のスクワットに対して、そのスクワットを生じさせるピッチモーメントに応じて、後輪側の発生装置120はピッチ抑制制御のための接近離間力をリバウンド方向に、前輪側の発生装置120はピッチ抑制制御のための接近離間力をバウンド方向に、それぞれ、ピッチ抑制力として発生させている。ピッチ抑制制御では、そのような接近離間力によって、ノーズダイブおよびスクワットが抑制されることになる。具体的には、車体が受けるピッチモーメントを指標する前後加速度として、実測された実前後加速度Gzgが採用され、その実前後加速度Gzgに基づいて、ピッチ抑制成分θ* Pが、次式に従って決定される。
θ* P=K4・Gzg (K4:ゲイン)
d)目標供給電流の決定
以上のように、ばね上振動減衰成分θ* U,ロール抑制成分θ* R,ピッチ抑制成分θ* Pがそれぞれ決定されると、目標モータ回転角θ*が、次式に従って決定される。
θ*=θ* U+θ* R+θ* P
そして、実際のモータ回転角である実モータ回転角θが上記目標モータ回転角θ*になるように、電磁モータ140が制御される。この電磁モータ140の制御において、電磁モータ140に供給される電力は、実モータ回転角θの目標モータ回転角θ*に対する偏差であるモータ回転角偏差Δθ(=θ*−θ)に基づいて決定される。詳しく言えば、モータ回転角偏差Δθに基づくフィードバック制御の手法に従って決定される。具体的には、まず、電磁モータ140が備えるモータ回転角センサ154の検出値に基づいて、上記モータ回転角偏差Δθが認定され、次いで、それをパラメータとして、次式に従って、目標供給電流i*が決定される。
i*=KP・Δθ+KI・Int(Δθ)
この式は、PI制御則に従う式であり、第1項,第2項は、それぞれ、比例項、積分項を、KP,KIは、それぞれ、比例ゲイン,積分ゲインを意味する。また、Int(Δθ)は、モータ回転角偏差Δθの積分値に相当する。なお、モータ回転角偏差Δθは、それの符号が、実モータ回転角θが目標モータ回転角θ*に近づくべき方向、すなわち電磁モータ140の動作方向を表し、それの絶対値が、動作させるべき量を表すものとなっている。
上記目標供給電流i*を決定するための式は、2つの項からなり、それら2つの項は、それぞれが、目標供給電力の成分と考えることができる。第1項の成分は、モータ回転角偏差Δθに応じた成分(以下、「比例項電流成分」という場合がある)ihであり、第2項の成分は、その偏差Δθの積分に応じた成分(以下、「積分項電流成分」という場合がある)iSである。アクチュエータ126は、L字形バー122の弾性反力といった外部入力を受けながら動作するものであり、PI制御の理論からすれば、積分項電流成分iSは、外部入力によっては電磁モータ140が回転させられないようにするための電流成分、つまり、外部入力の作用下においてアクチュエータ126の動作位置を維持するためのモータ力に関する成分と考えることができる。また、比例項電流成分ihは、外部入力の作用下において、アクチュエータ126を適切に動作させるための電流成分であり、つまり、外部入力に抗ってアクチュエータ126を動作させるためのモータ力、あるいは、外部入力を利用して適切にアクチュエータ126を動作させるためのモータ力に関する成分と考えることができる。
ここで、先のアクチュエータ効率を考えれば、概して言えば、上記積分項電流成分iSは、モータ回転角θを維持するための電流成分であればよいため、逆効率ηNに従う大きさのモータ力を発生させる電流成分であればよいことなる。したがって、目標供給電流i*を決定するための上記式における第2項のゲインである積分ゲインKIは、積分項成分iSが逆効率特性に沿った値となるように設定されている。例えば、車両が典型的な一旋回動作を行う場合のロール抑制について考えてみれば、図9に示すように、発生装置120が発生させるべきロール抑制力、つまり、ロール抑制制御のための接近離間力は変化し、電磁モータ140の目標モータ回転角θ*は変化する。この例では、実モータ回転旋回初期[a],旋回中期[b]および旋回後期[c]を通じて、モータ回転角が目標モータ回転角θ*を維持することができるように、積分項電流成分iSが、逆効率ηNに従って決定される。
それに対して、上記比例項電流成分ihは、外部入力の作用下において、目標モータ回転角θ*に対する実モータ回転角θのずれをなくすための成分であり、上記式における第1項のゲインである比例ゲインKPは、モータ回転角偏差Δθに応じた適切な比例項電流成分ihの増減補正が行われるような値に設定されている。特に、旋回初期[a]では、外部入力に抗してアクチユエータ126を動作させなければならないため、正効率特性に従ったモータ力以上のモータ力を発生させるような大きさの電流が電磁モータ140に供給される必要がある。そのことに鑑み、比例ゲインKPは、モータ回転角偏差Δθがあまり大きくならない状態において正効率特性に従ったモータ力を発生可能な値に設定されている。
ロール抑制制御を例にとって説明したが、比例ゲインKP,積分ゲインKIが適切に設定された上記式に従って目標供給電流i*を決定することにより、ピッチ抑制制御あるいはそれらが複合された制御においても、同様に、アクチュエータ126の正効率ηP,逆効率ηNが考慮されることなる。したがって、アクチュエータ126の正効率ηP,逆効率ηNを考慮した目標供給電流i*の決定により、モータ回転角θが同じ角度に維持される状態および減少させられる状態、言い換えれば、モータ力、すなわち、アクチュエータ力,接近離間力が同じ大きさに維持される状態および減少させられる状態において、電磁モータ140の電力消費は、効果的に低減されることなるのである。
ちなみに、上記目標供給電流i*は、それの符号により電磁モータ140のモータ力の発生方向をも表すものとなっており、電磁モータ140の駆動制御にあたっては、目標供給電流i*に基づいて、電磁モータ140を駆動するためのデューティ比およびモータ力発生方向が決定される。そして、それらデューティ比およびモータ力発生方向についての指令がインバータ174に発令され、インバータ174によって、その指令に基づいた電磁モータ140の駆動制御がなされる。
なお、本実施例においては、PI制御則に従い目標供給電流i*が決定されたが、PDI制御則に従い目標供給電流i*を決定することも可能である。この場合、例えば、次式
i*=KP・Δθ+KI・Int(Δθ)+KD・Δθ’
によって、目標供給電流i*を決定すればよい。ここで、KDは微分ゲインであり、第3項は、微分項成分を意味する。
ii)ばね下変位増大制御
上記ばね上振動減衰制御,ロール抑制制御,ピッチ抑制制御を実行することで、車体の姿勢変化を抑制するとともに、ばね上部の振動を減衰することが可能である。ただし、ばね上振動を減衰することで、ばね上部とばね下部との各々の動作する方向によっては、車輪の接地性が低下する虞がある。詳しく言えば、ばね上振動を減衰するために発生させられる接近離間力によってばね下部の上下方向の動作が阻害されるされる場合には、車輪の接地性が低下する虞がある。
図を用いて説明すれば、例えば、本システム10を搭載した車両が図10に示すような道路を走行する際には、図10の(a)に示す状態においては、ばね上部は上方に向って動作するとともに、ばね下部も上方に向って動作し、ばね上振動を減衰するために発生させられる接近離間力はばね上部とばね下部とを接近させる方向の力となる。このため、ばね下部が上方に動作する際に、その接近離間力によってばね下部が上方に引っ張られる。つまり、ばね上振動減衰制御のための接近離間力によってばね下部の上下方向の動作が促進され、車輪の路面への追従性が担保されることで、車輪の接地性が低下する虞は少ない。
ただし、図10の(b)に示す状態においては、ばね上部は上方に向って動作するとともに、ばね下部は下方に向って動作し、ばね上振動を減衰するための接近離間力はばね上部とばね下部とを接近させる方向の力となる。このため、ばね下部が下方に動作する際に、その接近離間力によってばね下部が上方に引っ張られる。つまり、ばね上振動減衰制御のための接近離間力によってばね下部の上下方向の動作が阻害され、車輪の路面への追従性が悪くなることで、車輪の接地性が低下する。なお、図中の実線矢印は、ばね上部の動作方向を、点線矢印は、ばね下部の動作方向を、それぞれ示し、一点鎖線矢印は、ばね上振動を減衰するための接近離間力の発生方向を示している。
図10の(c)に示す状態においては、ばね上部とばね下部とは共に下方に向って動作し、ばね上振動を減衰するための接近離間力はばね上部とばね下部とを離間させる方向の力となる。このため、ばね下部が下方に動作する際に、その接近離間力によってばね下部が下方に押さえられる。つまり、その接近離間力によってばね下部の動作が促進され、車輪の路面への追従性が担保されることで、車輪の接地性が低下する虞は少ない。また、図10の(d)に示す状態においては、ばね上部は下方に向って動作するとともに、ばね下部は上方に向って動作し、ばね上振動を減衰するための接近離間力はばね上部とばね下部とを離間させる方向の力となる。このため、ばね下部が上方に動作する際に、その接近離間力によってばね下部が下方に押さえられることで、ばね下部の動作が阻害されて車輪の接地性が低下する。
ちなみに、車両が路面の凹凸を通過する際にも、接地性が低下する虞がある。具体的に言えば、図10の(e)に示すように、車両が凹部を通過する際には、ばね上部は上方に向って動作するとともに、ばね下部は下方に向って動作し、ばね上振動を減衰するための接近離間力はばね上部とばね下部とを接近させる方向の力となる。このため、その接近離間力によってばね下部の動作が阻害され、車輪の接地性が低下する。さらに、図10の(f)に示すように、車両が凸部を通過する際には、ばね上部は下方に向って動作するとともに、ばね下部は上方に向って動作し、ばね上振動を減衰するための接近離間力はばね上部とばね下部とを離間させる方向の力となる。このため、その接近離間力によってばね下部の動作が阻害され、車輪の接地性が低下する。
このように、ばね上部の動作の向きとばね下部の動作の向きとが互いに異なる場合には、ばね上振動を減衰するための接近離間力によって車輪の接地性が低下する虞がある。このため、本システム10において、ばね上振動減衰制御実行時にばね上部とばね下部との互いの動作の向きが異なる場合には、車輪の路面への追従性を良くするべく、ばね下部の上下方向の変位を増大させるばね下変位増大制御が実行される。
詳しく言えば、ばね下変位増大制御では、接近離間力の一部を、ばね下部の上下方向の変位量であるばね下変位量に応じた大きさのばね下部の変位を増大させる力として発生させている。具体的には、ばね下変位量に応じてばね下部の変位を推進するべく、ばね下部に設けられたばね下縦加速度センサ198によって検出されるばね下縦加速度Gsに基づき、ばね下変位量Xsが計算され、次式に従って、ばね下変位増大制御を実行するためのモータ回転角成分であるばね下変位増大目標モータ回転角成分(ばね下変位増大成分)θ* SHが演算される。
θ* SH=K5・(kS+kB)・Xs
ここで、kSは、コイルスプリング50のばね定数であり、kBは、L字形バー122のばね定数である。また、K5は、ばね下変位を増大させる力をばね下変位増大成分θ* SHに変換するためのゲインである。
上述のようにばね下変位増大成分θ* SHが決定されるとともに、ばね上振動減衰成分θ* U,ロール抑制成分θ* R,ピッチ抑制成分θ* Pがそれぞれ決定されると、目標モータ回転角θ*が、次式に従って決定され、
θ*=θ* U+θ* R+θ* P+θ* SH
その決定された目標モータ回転角θ*に基づいて、上述のように、電磁モータ140が制御される。
iii)アブソーバの制御
本システム10においては、上述のように、正逆効率積ηP・ηNが比較的小さいアクチュエータ126を採用していること等の理由から、発生装置120は、比較的高周波域の振動に対処することが困難となっている。そこで、本システム10が備えるアブソーバ52は、高周波域の振動減衰に好適なアブソーバとされており、このアブソーバ52の作用によって、比較的高周波数域の振動の車体への伝達が抑制されることになる。つまり、本システム10では、アクチュエータ126の作動が充分に追従可能な比較的低周波数域、つまり、ばね上共振周波数を含む低周波域の振動には発生装置120によって対処し、ばね下共振周波数を含む高周波域の振動にはアブソーバ52によって対処するようにされている。このため、アブソーバ52には、上記機能を担保するためにできるだけ低目に設定された減衰係数が採用されている。
ただし、アブソーバ52の減衰系数の値は、ばね下部からばね上部への振動の伝達性に影響するだけでなく、車輪の接地性等にも影響する。具体的に言えば、図11に示すように、ばね下共振周波数の振動に対する接地荷重変動率は、減衰係数が小さいほど高くなっている。特に、減衰係数がある程度小さくなると、図からわかるように、接地荷重変動率は著しく高くなっている。接地荷重変動率と車輪の接地性とは相対関係にあり、接地荷重変動率が高くなるほど、車輪の接地性は低くなることから、ばね下共振周波数の振動に対する接地性は、減衰係数が小さいほど低くなっている。つまり、減衰係数がある程度小さくなると、ばね下共振周波数の振動に対する接地性は著しく低下する。したがって、本システム10では、アブソーバ52の第1減衰係数C1は、比較的高周波域の振動の伝達性とその振動に対する車輪の接地性とのバランスを考慮して設定されている。具体的に言えば、アブソーバ52の第1減衰係数C1は、1500N・sec/m(車輪の動作に対してその車輪に直接作用させたと仮定した値)とされており、発生装置120を有していないサスペンションシステムにおけるショックアブソーバ、つまり、コンベンショナルなショックアブソーバに設定されている値である3000〜5000N・sec/mの半分以下に設定されている。
ただし、運転者の意思,車両の走行状況等によっては、車両の乗り心地をある程度犠牲にしても、操安性を重視した車両特性が望ましい場合がある。このため、本システム10のアブソーバ52には、比較的低目に設定された第1減衰係数C1より大きな値の第2減衰係数C2も設定されており、運転者の減衰係数変更スイッチ110の操作によって、減衰係数が第1減衰係数C1と第2減衰係数C2とのいずれかに変更されるようになっている。詳しく言えば、減衰係数変更スイッチ110の操作に基づく指令に応じて、アブソーバ52の電磁モータ74の回転角度位置が所定の位置になるようにその電磁モータ74の作動が制御され、減衰係数が第1減衰係数C1と第2減衰係数C2とのいずれかに変更される。
iv)ばね下増速制御
本システム10のアブソーバ52には、車両特性を操安性を重視したものとするべく、第1減衰係数C1より大きな値の第2減衰係数C2が設定されている。アブソーバ52の減衰係数が第2減衰係数C2とされている場合、つまり、減衰効果が高くされている場合には、ばね下部からばね上部へ振動が伝達し易くなる。車両特性を操安性を重視したものとするために減衰係数が第2減衰係数C2とされている場合であっても、ばね下部からばね上部への振動の伝達をある程度抑制することが望ましい。特に、上記ばね下変位増大制御によって車輪の接地性が担保される場合には、ばね下部から入力される振動がばね上部へ伝達され易くなる傾向にあることから、そのような振動の伝達の抑制が望まれる。このため、本システム10においては、アブソーバ52の減衰係数が第2減衰係数C2とされるとともに、ばね下変位増大制御が実行される場合に、ばね下部からばね上部への振動の伝達を抑制するべく、ばね下部の減衰効果を低減させている。つまり、ばね下変位増大制御実行時において、アブソーバ52の減衰係数が設定閾減衰係数としての第1減衰係数C1より大きい場合に、ばね下部の上下方向の動作を増速させるばね下増速制御が実行される。
詳しく言えば、ばね下増速制御では、接近離間力の一部を、ばね下部の上下方向の動作速度であるばね下速度に応じた大きさのばね下部の動作を増速させる力として発生させている。つまり、ばね下部の動作の推進力として発生させている。具体的には、ばね下部に設けられたばね下縦加速度センサ198によって検出されるばね下縦加速度Gsに基づき、ばね下絶対速度Vsが計算され、次式に従って、ばね下増速制御を実行するためのモータ回転角成分であるばね下増速目標モータ回転角成分(ばね下増速成分)θ* SSが演算される。
θ* SS=K6・(C2−C1)・Vs
ここで、K6は、ばね下部の動作を増速させる力をばね下増速成分θ* SSに変換するためのゲインである。
上述のようにばね下増速成分θ* SHが決定されると、目標モータ回転角θ*が、上記各成分θ* U,θ* R,θ* P,θ* SHとともに次式に従って決定され、
θ*=θ* U+θ* R+θ* P+θ* SH+θ* SS
その決定された目標モータ回転角θ*に基づいて、上述のように、電磁モータ140が制御される。
<制御プログラム>
本システム10において、発生装置120の発生させる接近離間力の制御は、図12にフローチャートを示す発生装置制御プログラムが発生装置コントローラ176によって実行されることで行われる。このプログラムは、イグニッションスイッチがON状態とされている間、短い時間間隔(例えば、数msec)をおいて繰り返し実行されている。以下に、その制御のフローを、図に示すフローチャートを参照しつつ、簡単に説明する。なお、発生装置制御プログラムは、4つの発生装置120の各アクチュエータ126ごとに実行されており、以降の説明においては、説明の簡略化に配慮して、1つのアクチュエータ126に対しての制御処理について説明する。
本プログラムに従う処理では、まず、ステップ1(以下、単に「S1」と略す。他のステップについても同様とする)において、ばね上縦加速度センサ196によって検出されるばね上縦加速度Guに基づいて、ばね上絶対速度Vuが演算され、S2においてその演算されたばね上絶対速度Vuに基づいて、ばね上振動減衰制御のためのばね上振動減衰成分θ* Uが決定される。次に、S3において、横加速度センサ192によって検出される実横加速度Gyrと上記推定横加速度Gycとに基づいて、制御横加速度Gy*が演算され、S4において、その制御横加速度Gy*に基づいて、ロール抑制制御のためのロール抑制成分θ* Rが決定される。続いて、S5において、前後加速度センサ194によって前後加速度Gzgが検出され、S6において、その検出された前後加速度Gzgに基づいて、ピッチ抑制制御のためのピッチ抑制成分θ* Pが決定される。
次に、S7において、ばね下縦加速度センサ198によって検出されるばね下縦加速度Gsに基づいて、ばね下絶対速度Vsが演算され、S8において、ばね上部の動作の向きとばね下部の動作の向きとが互いに異なるか否かが判定される。具体的に言えば、ばね上絶対速度Vuの符号とばね下絶対速度Vsの符号とが互いに異なるか否かが判定される。それぞれの絶対速度Vu,Vsの符号が互いに異なると判定された場合には、S9において、ばね下絶対速度Vsに基づいてばね下変位量Xsが演算され、S10において、その演算されたばね下変位量Xsに基づいて、ばね下変位増大制御のためのばね下変位増大成分θ* SHが決定される。続いて、S11において、アブソーバ52の減衰係数が第2減衰係数C2とされているか否かが判定される。アブソーバ52の減衰係数が第2減衰係数C2とされていると判定された場合には、S12において、ばね下増速制御のためのばね下増速成分θ* SSが決定され、S13において、ばね上振動減衰成分θ* Uとロール抑制成分θ* Rとピッチ抑制成分θ* Pとばね下変位増大成分θ* SHとばね下増速成分θ* SSとが合計されることによって、目標モータ回転角θ*が決定される。
また、S8において各絶対速度Vu,Vsの符号が同じであると判定された場合には、S14において、ばね上振動減衰成分θ* Uとロール抑制成分θ* Rとピッチ抑制成分θ* Pとが合計されることによって目標モータ回転角θ*が決定され、S11においてアブソーバ52の減衰係数が第1減衰係数C1とされていると判定された場合には、S15において、ばね上振動減衰成分θ* Uとロール抑制成分θ* Rとピッチ抑制成分θ* Pとばね下変位増大成分θ* SHとが合計されることによって、目標モータ回転角θ*が決定される。目標モータ回転角θ*が決定されると、S16において、モータ回転角センサ154に基づいて実モータ回転角θが取得され、S17において、実モータ回転角θの目標モータ回転角θ*に対する偏差であるモータ回転角偏差Δθが決定される。そして、S18において、目標モータ回転角θ*に基づき、前述のPI制御則に従う式に従って、目標供給電流i*が決定され、S19において、決定された目標供給電流i*に基づく制御信号がインバータ174に送信された後、本プログラムの1回の実行が終了する。
<コントローラの機能構成>
上記発生装置制御プログラムを実行する発生装置コントローラ176は、それの実行処理に鑑みれば、図13に示すような機能構成を有するものと考えることができる。図から解るように、発生装置コントローラ176は、S1,S2の処理を実行する機能部、つまり、ばね上振動減衰制御を実行する機能部として、ばね上振動減衰制御部210を、S3,S4の処理を実行する機能部、つまり、ロール抑制制御を実行する機能部として、ロール抑制制御部212を、S5,S6の処理を実行する機能部、つまり、ピッチ抑制制御を実行する機能部として、ピッチ抑制制御部214を、S9,S10の処理を実行する機能部、つまり、ばね下変位増大制御を実行する機能部として、ばね下変位増大制御部216を、S12の処理を実行する機能部、つまり、ばね下増速制御を実行する機能部として、ばね下増速制御部218を、それぞれ備えている。また、アブソーバ52の備える減衰係数変更機構の電磁モータ74の作動を制御するアブソーバコントローラ180も、図13に示すような機能構成を有するものと考えることができる。図から解るように、アブソーバコントローラ180は、アブソーバ52の減衰係数を減衰係数変更スイッチ110の操作に基づいて変更する機能部として、減衰係数変更部220を備えている。
10:車両用サスペンションシステム 36:第2ロアアーム(ばね下部) 50:コイルスプリング(サスペンションスプリング) 52:ショックアブソーバ 54:マウント部(ばね上部) 74:電磁モータ(減衰係数変更機構) 77:貫通穴(減衰係数変更機構) 78:調整ロッド(減衰係数変更機構) 79:動作変換機構(減衰係数変更機構) 120:接近離間力発生装置 122:L字形バー(弾性体) 126:アクチュエータ 130:シャフト部 132:アーム部 140:電磁モータ 142:減速機 170:発生装置電子制御ユニット(制御装置) 210:ばね上振動減衰制御部 212:ロール抑制制御部 214:ピッチ抑制制御部 216:ばね下変位増大制御部 218:ばね下増速制御部