ところで、車輪のスリップ率と制動力との間には、スリップ率が0から増加すると、制動力が単調に増加する第1領域(例えば、線形領域)を経た後に、制動力が急激に低下する第2領域に移行するという関係が存在する。そして、制動力が第1領域から第2領域に移行する際のスリップ率の実際値は、常に一定ではなく、また、その都度正確に検出することが困難である。
そのため、アンチロック制御においては、制動力が第1領域から第2領域に移行する際のスリップ率の実際値よりも必ず低いであろうと見込まれる見込み値に基づき、その見込み値を車輪のスリップ率が超えることがないように、ブレーキ作動力を制御する。更に、従来のアンチロック制御においては、車輪の滑り初め又はロックが始まったことをトリガにして、作動をオン・オフする制御を行うため、体感上、非常に不愉快に感じることがある。そのため、アンチロック制御のようなオン・オフを繰り返す制御は結果的に路面摩擦を連続的に使用することができず、摩擦のMAX値を使うことができない。即ち、路面μをフルに利用した車輪の制動を行うことが現実的に困難である。
以上の事情を背景とし、本発明は、車両において車輪の制動力が増加するようにその車輪を制御する技術において、車輪に制動力を発生させる新たな手法を提供することを課題としてなされたものである。
本発明によって下記の各態様が得られる。各態様は、項に区分し、各項には番号を付し、必要に応じて他の項の番号を引用する形式で記載する。これは、本発明が採用し得る技術的特徴の一部およびそれの組合せの理解を容易にするためであり、本発明が採用し得る技術的特徴およびそれの組合せが以下の態様に限定されると解釈すべきではない。すなわ
ち、下記の態様には記載されていないが本明細書には記載されている技術的特徴を本発明の技術的特徴として適宜抽出して採用することは妨げられないと解釈すべきなのである。
さらに、各項を他の項の番号を引用する形式で記載することが必ずしも、各項に記載の技術的特徴を他の項に記載の技術的特徴から分離させて独立させることを妨げることを意味するわけではなく、各項に記載の技術的特徴をその性質に応じて適宜独立させることが可能であると解釈すべきである。
請求項1記載の車輪制御装置は、車輪を有する車両において前記車輪を制御するものであり、前記車輪のスリップ角が変化するように作動するアクチュエータと、そのアクチュエータを、前記車輪の制動力を増加させるために、前記車輪のスリップ角の絶対値を増加させ、前記車輪の接地面に対して前記車輪の横力が発生するように制御するコントローラとを含み、前記コントローラは、前記車両を制動するために、前記アクチュエータを制御する制動制御部を含み、前記制動制御部は、前記車両を制動することが必要である場合に、前記スリップ角の絶対値を、一定量で増加させることもしくは任意量で変化(増加減少)させることとの少なくとも一方を行う。
0ではないスリップ角αを有して車輪が路面上を転動する状態においては、車輪と路面との間に転がり抵抗のみならず、横力が発生する。それら転がり抵抗と横力との合力すなわち全摩擦力のうち、車体進行方向に作用する成分が、車輪の制動に寄与する摩擦力である。この摩擦力は、横力に応じて増加する。
車輪に作用するコーナリングフォースは、スリップ角αが0から増加すると、0から増加した後に飽和する特性を有するのに対し、横力は、勾配は次第に鈍化するものの単調に増加し続ける特性を有する。したがって、車輪においてスリップ角αの絶対値を増加させれば、そのような特性を有する横力を積極的に利用して車輪制動を行うことが可能となる。
このように、車輪の横力を利用すれば、その車輪のブレーキに依存しなくても、その車輪の制動力を増加させることが可能である。ここに、「制動力を増加させる」という文言は、制動力が発生していない車輪に制動力を発生させるという意味と、既に発生している制動力を増加させるという意味とを含んでいる。
以上説明した知見に基づき、本項に係る車輪制御装置においては、車輪の制動力を増加させるために、その車輪のスリップ角の絶対値が増加させられる。したがって、この車輪制御装置によれば、横力を積極的に利用して車輪制動を行うことが可能となる。
本項において「車輪のスリップ角の絶対値が増加させられる」という文言は、スリップ角を0から、0でない値に変化させること、すなわち、車輪にスリップ角を発生させることを意味する場合や、0でない値から、それより絶対値が大きい値に変化させることを意味する場合がある。
本項において「車輪の制動力を増加させる」目的としては、車両を制動すること、すなわち、走行中に車体に減速度を発生させるという目的のみならず、タイヤ(車輪)の接地性を高め車両を円滑に駆動(加速)しまたは発進させること、すなわち、車両における駆動車輪のスピン傾向を抑制するためにその駆動車輪の接地性を高めることにより制動力を与えるという目的がある。
ところで、車両の旋回中においては、車輪には、それが転舵車輪であるか非転舵車輪であるかを問わず、スリップ角が発生する傾向が生じる。このように車両旋回に対応して発生するスリップ角は、本項に係る車輪制御装置が作動すると、それの絶対値が増加するように、変化を与えられる。
このような変化をスリップ角に与えるために、本項における「アクチュエータ」が作動させられ、この「アクチュエータ」は、そのような変化を与えるために専ら作動させられるアクチュエータとして設けることが可能である。ただし、運転者の旋回指令に対応する舵角を転舵車輪に与えてスリップ角を発生させるために作動させられるアクチュエータが当該車両に存在する場合には、同じアクチュエータにより、転舵車輪のスリップ角に、運転者の旋回指令に対応しない変化をも与えることが可能である。
本項に係る車輪制御装置は、車両が複数個の車輪を含み、それら車輪がそれぞれ、スリップ角の絶対値が増加させられる車輪に該当する場合には、各車輪のスリップ角の絶対値の制御目標値が、他の車輪のスリップ角の絶対値の制御目標値または実際値から独立して決定される態様で実施することが可能である。
これに代えて、本項に係る車輪制御装置は、各車輪のスリップ角の絶対値の制御目標値が、他の車輪のスリップ角の絶対値の制御目標値または実際値に依存するように決定される態様で実施することも可能である。
例えば、各車輪ごとに独立してスリップ角絶対値の目標値を暫定的に決定し、複数個の車輪のうちの注目車輪について決定された暫定的な目標値を、その注目車輪が比較されるべき他の車輪について決定された暫定的な目標値に接近するかまたは一致するように補正することが可能である。
この補正は、注目車輪と他の車輪との間における車輪制動能力(例えば、接地荷重、路面摩擦係数等)の大小関係に応じて許可したり禁止することが可能である。例えば、注目車輪と他の車輪との間における車輪制動能力の差が基準値以下である場合(例えば、左右の車輪間において接地荷重または路面摩擦係数が基準値以上互いに異ならない場合)には、その補正を禁止する一方、その基準値を超える場合には、その補正を許可することが可能である。
本項における「アクチュエータ」は、車両が複数個の車輪を有する場合には、例えば、各車輪ごとに設けられ、かつ、対応する車輪のスリップ角を他の車輪のスリップ角から独立して変化させるように構成することが望ましい。
また、本項に係る車輪制御装置は、例えば、コントローラが、運転者の旋回指令に対応することなく、車輪のスリップ角の絶対値を増加させる態様で実施することが可能である。
本項に係る車輪制御装置によれば、車輪のスリップ角の絶対値が増加させられることにより、その車輪の横力が積極的に利用されて車輪制動が行われ、その結果、車両が制動される。よって、この車輪制御装置によれば、車輪の制動力をアンチロック制御のみに依存せざるを得ない場合より、車輪の制動力の増加が容易となり、ひいては、車両の制動距離の短縮すなわち制動効果の向上も容易となる。
また、従来技術のようなオン・オフする制御が不要となるので、体感上の不快感を抑制することができる。結果的に路面摩擦を連続的に使用して、制動力の向上を図ることができる。
本項に係る車輪制御装置の一態様によれば、前記制動制御部が、車両制動を指令する制動指令信号に応答し、前記車輪のスリップ角の絶対値を増加させるように構成される。
本項および下記の各項における「要求減速度」の一例は、運転者による制動意思の強さ(例えば、運転者によるブレーキ操作量)を反映する指示減速度または指示制動力であり、別の例は、車間距離制御や自動ブレーキ制御に代表される自動制御において計算によって取得される目標減速度または目標制動力である。
請求項2記載の車輪制御装置は、請求項1記載の車両制御装置において、前記制動制御部は、前記車両を制動することが必要である場合に、前記スリップ角の絶対値を、前記車両が走行している路面のうち前記車輪が接地している部分の摩擦係数と、前記車輪の接地荷重との少なくとも一方に基づく可変量で変化させる請求項1に記載の車輪制御装置。
請求項3記載の車輪制御装置は、請求項1又は2に記載の車輪制御装置において、前記コントローラは、前記車両を緊急に制動するために、前記アクチュエータを制御する緊急制動制御部を含み、前記緊急制動制御部は、前記車両を緊急に制動することが必要である場合に、前記スリップ角の絶対値を、一定量で増加させることと、前記車両の要求減速度に応じた可変量で変化させることとの少なくとも一方を行う。
本項に係る車輪制御装置によれば、車輪のスリップ角の絶対値が増加させられることにより、その車輪の横力が積極的に利用されて車輪制動が行われ、その結果、車両が緊急に制動される。すなわち、車輪の横力を利用して車両の緊急制動が実現されるのである。
本項に係る車輪制御装置の一態様によれば、前記制動制御部が、車両の緊急制動を指令する緊急制動信号に応答し、前記車輪のスリップ角の絶対値を増加させるように構成される。
請求項4記載の車両制御装置は、請求項1から3のいずれかに記載の車両制御装置において、前記車両は、さらに、前記車輪を駆動する動力源を含み、前記コントローラは、前記車両を前記動力源によって駆動することが必要である場合に、前記動力源による前記車輪の駆動トルクをその車輪の制動力によって減殺するために、前記アクチュエータを制御する駆動制御部を含む。
本項に係る車輪制御装置によれば、車輪のスリップ角の絶対値が増加させられることにより、その車輪の横力が積極的に利用されて車輪制動が行われる。その結果、動力源による車輪の駆動トルクがその車輪の制動力によって減殺される。よって、この車輪制御装置によれば、車両の駆動時(加速時および発進時を含む。)に、駆動車輪のスピン傾向が抑制され、それにより、車両の円滑な駆動が実現される。
本項に係る車輪制御装置の一態様によれば、前記駆動制御部が、駆動車輪のスピン傾向が許容範囲を超えたことを示す信号に応答し、前記駆動車輪のスリップ角の絶対値を増加させるように構成される。
なお、車輪制御装置を以下の態様にて構成しても良い。即ち、車輪を有する車両において前記車輪を制御する車輪制御装置であって、前記車輪のスリップ角が変化するように作動するアクチュエータと、そのアクチュエータを、前記車輪の制動力を増加させるために、前記車輪のスリップ角の絶対値を増加させ、前記車輪の接地面に対して前記車輪の横力が発生するように制御するコントローラとを含み、前記コントローラは、前記車両を制動するために、前記アクチュエータを制御する制動制御部を含み、前記制動制御部は、前記車両を制動することが必要である場合に、前記スリップ角の絶対値を、前記車両が走行している路面のうち前記車輪が接地している部分の摩擦係数と、前記車輪の接地荷重との少なくとも一方に基づく可変量で変化させる車輪制御装置。
請求項1から4のいずれかに記載の車輪制御装置によれば、車輪の制動力が増加するようにその車輪を制御することができるという効果を奏する。
以下、本発明のさらに具体的な実施の形態のうちのいくつかを図面に基づいて詳細に説明する。
図1には、本発明の第1実施の形態に従う車輪制御装置10が平面図で示されている。この車輪制御装置10は、車体12に複数の車輪14,16が取り付けられて成る車両18に搭載されて使用される。そのような車両18の一例は、図1に示すように、左右の前輪14,14と左右の後輪16,16とを有している。
この車両18においては、左右の前輪14,14が、図示しないステアリング機構により、図示しないステアリングホイールの運転者による操舵操作に応じて転舵される。本実施の形態においては、左右の後輪16,16が各転舵装置20,20を介して車体12に取り付けられている。車輪制御装置10は、それら左右の後輪16,16を、スリップ角αに関し、互いに独立して制御するために、この車両18に搭載されている。図1においては、左右の後輪16,16が、互いに異なるスリップ角αを有する姿勢で示されている。
この車輪制御装置10は、車両18の制動時に、各後輪16,16のスリップ角αの絶対値を適当量増加させることにより、各後輪16,16の制動力を増加させるために車両18に搭載されている。スリップ角αの制御(以下、「制動制御」という。)は後に詳述する。
各転舵装置20,20は、各後輪16,16を、概して上下方向に延びるキングピン30まわりに揺動可能に支持する。各転舵装置20,20は、各後輪16,16ごとに、各後輪16,16のナックルアーム(図示しない)の先端部から横方向に延びるタイロッド34を備えている。
車輪制御装置10は、さらに、各後輪16,16のタイロッド34,34を直線的に変位させる電動駆動装置40を備えている。電動駆動装置40は、各後輪16,16ごとに、駆動源としての電動アクチュエータ50と、その電動アクチュエータ50に発生した機械的運動を、対応するタイロッド34に伝達する運動伝達機構52とを備えている。電動駆動装置40の一例によれば、電動アクチュエータ50として電動モータが使用され、また、運動伝達機構52として、その電動モータの回転運動をタイロッド34の直線運動に変換するねじ機構が使用される。
図2には、この車輪制御装置10の電気的構成がブロック図で概念的に表されている。この車輪制御装置10は、ブレーキ操作状態量センサ60、アクセル操作状態量センサ62、接地荷重センサ64および車輪速度センサ66を含む複数種類のセンサを備えている。
ブレーキ操作状態量センサ60は、例えば、図示しないブレーキ操作部材としてのブレーキペダルの運転者による踏込みの有無、踏込み力、踏込みストロークまたは踏込み速度をブレーム操作状態量として検出するように構成される。具体的には、このブレーキ操作状態量センサ60は、例えば、ブレーキスイッチ、力センサ、ペダル角度センサ、ペダルストロークセンサ等を含むように構成される。
アクセル操作状態量センサ62は、例えば、図示しないアクセル操作部材としてのアクセルペダルの運転者による踏込みの有無、踏込み力、踏込みストロークまたは踏込み速度をアクセル操作状態量として検出するように構成される。具体的には、このアクセル操作状態量センサ62は、例えば、アクセルスイッチ、力センサ、ペダル角度センサ、ペダルストロークセンサ等を含むように構成される。
接地荷重センサ64は、各後輪16,16ごとに、各後輪16,16に作用する接地荷重を検出するように構成される。この接地荷重センサ64は、各後輪16,16の接地荷重を直接に検出する荷重センサ(例えば、車軸に装着された歪みゲージ)として構成したり、接地荷重の大きさに追従して変化する別の物理量、例えば、車体12の、各後輪16,16の位置における高さ(各後輪16,16ごとの車高)または上下ストロークを検出する代替物理量センサとして構成することが可能である。
車輪速度センサ66は、各車輪14,16ごとに設けられ、各車輪14,16の角速度を車輪速度として検出する。この車輪速度センサ66の一例は、車輪14,16と共に回転する回転体に周方向に並んで形成された多数の歯が順次通過する時間間隔を電磁的に検出する電磁ピックアップ式である。
各車輪の車輪速度センサ66は、他の車輪速度センサ66と共同することにより、車体12の走行速度である車体速度を推定するために使用したり、各車輪14,16ごとに、車輪14,16の回転角加速度を車輪加速度として検出するために使用したり、各車輪14,16ごとに、各車輪14,16と路面との間の摩擦係数μ(以下、単に「路面μ」という。)を検出するように構成される。各車輪14,16に対応する路面μは、例えば、各車輪14,16の制動時または駆動時に各車輪14,16に発生する車輪減速度または車輪加速度の絶対値が大きいほど高いと推定することが可能である。
図2に示すように、車輪制御装置10は、さらに、コントローラ70を備えている。このコントローラ70は、上述のブレーキ操作状態量センサ60、アクセル操作状態量センサ62、接地荷重センサ64および車輪速度センサ66に電気的に接続されている。このコントローラ70は、さらに、左後輪(RL)16のスリップ角αを制御するための電動アクチュエータ50と、右後輪(RR)16のスリップ角αを制御するための電動アクチュエータ50とに電気的に接続されている。
このコントローラ70は、コンピュータ72を主体として構成されている。そのコンピュータ72は、よく知られているように、CPU74とROM76とRAM78とがバス80によって互いに接続されて構成されている。車両18の制動時に各電動アクチュエータ50を介して各後輪16,16のスリップ角αを互いに独立して制御する制動制御プログラムが他のプログラムと共にROM76に記憶されており、その制動制御プログラムをCPU74がRAM78を利用しつつ実行することにより、車輪制御装置10による制動制御が実行される。
図3には、その制動制御プログラムがフローチャートで概念的に表されており、図4には、図3におけるS5の詳細が目標値決定ルーチンとしてフローチャートで概念的に表されている。図5には、路面μと接地荷重Fとの積であるμF値に応じてスリップ角αの目標値α*の大きさが決定される様子がグラフで表されている。
以下、制動制御プログラムを図3ないし図5を参照して説明するが、それに先立ち、その制動制御プログラムによって実行される制動制御の理論的背景を図6ないし図8を参照して説明する。
図6には、ある車輪のスリップ角αが0ではない状態で車両が直進走行している際にその車輪と路面との間に発生するいくつかの力が平面図で示されている。スリップ角αという用語は本来、タイヤ進行方向とタイヤ回転面方向との成す角度として定義されるが、車両の直進走行中であって、車体の重心点における車体スリップ角が0である状態においては、スリップ角αは、車体進行方向とタイヤ回転面方向との成す角度に等しい。
0ではないスリップ角αを有して車輪が路面上を転動する状態においては、その車輪と路面との間に転がり抵抗のみならず、横力が発生する。それら転がり抵抗と横力との合力すなわち全摩擦力のうち、車体進行方向に作用する成分が、車輪および車体の制動に寄与する摩擦力である。
車輪に作用するコーナリングフォースは、スリップ角αが0から増加すると、0から増加した後に飽和する特性を有するのに対し、横力は、勾配は次第に鈍化するものの増加し続ける特性を有する。車両の制動時に各車輪のスリップ角の絶対値を増加させれば、そのような特性を有する横力を積極的に車輪制動に利用することが可能となる。
横力を積極的に車輪制動に利用すれば、図7に例示するように、スリップ角αの増加につれて単調に増加するように制動力が発生する。したがって、単調に増加することによって、油圧ブレーキのようなオン・オフ制御の不快感がなくなる。また、横力を車輪制動に利用すれば、1[G]を超える車体減速度を実現することが可能となり、車両の制動距離の短縮が容易となる。
ところで、車輪がロックしないようにその車輪のスリップ率を制御することにより、過大なブレーキ作動力(例えば、ブレーキ圧)に起因する制動力の低下を防止する制御がアンチロック制御として知られている。
スリップ率と制動力との関係は、スリップ角と制御力との関係とは異なっており、スリップ率が0から増加すると、制動力が単調に増加する第1領域(例えば、線形領域)を経た後に、制動力が急に低下する第2領域に移行する傾向がある。また、制動力が第1領域から第2領域に移行するときにおけるスリップ率の実際値は、常に一定であるわけではなく、また、その都度正確に検出したり推定することが困難である。
そのため、アンチロック制御においては、車輪のスリップ率が、制動力が第1領域から第2領域に移行するときにおけるスリップ率の実際値より必ず低いであろうと見込まれた値を超えることがないように、ブレーキ作動力が制御される。そのため、このアンチロック制御においては、路面μをフルに利用した車輪制動を行うことが現実的に困難であり、例えば、0.8[G]程度の制動力が限度である。
これに対し、横力を利用した車輪制動を行えば、図7に示すように、1[G]を超える制動力を発生させることが容易となり、例えば、アンッチロック制御時に発生する最大制動力の約1.5倍の制動力を発生させることが可能となる。このことは、アンチロック制御のみに依存せざるを得ない場合より、制動力の増加が容易となり、ひいては、制動距離の短縮も容易となる。
以上説明した知見に基づき、本実施の形態においては、横力が車輪制動に積極的に利用されるように、各後輪16,16のスリップ角αが最適化される。以下、この制動制御を図3ないし図5を参照することにより、詳細に説明する。
図3に示す制動制御プログラムは、コンピュータ72の電源が投入された後、各後輪16,16ごとに繰返し実行される。各回の実行時には、まず、ステップS1(以下、単に「S1」で表す。他のステップについても同じとする。)において、ブレーキ操作状態量センサ60から出力されたブレーキ信号に基づき、ブレーキ操作状態量が検出される。
次に、S2において、その検出されたブレーキ操作状態量に基づき、横力を利用した制動制御が必要であるか否か、すなわち、制動力の増加が必要であるか否かが判定される。例えば、緊急ブレーキ操作時であるために通常より大きな制動力が必要である場合に、その制動制御が必要であると判定される。緊急ブレーキ操作時であるか否かは、ブレーキ操作状態量のうちの踏込み速度、踏込み力等がしきい値を超えたか否かによって判定することが可能である。
今回は、その制動制御が必要ではないと仮定すれば、S2の判定がNOとなり、直ちにこの制動制御プログラムの一回の実行が終了する。これに対し、今回は、その制動制御が必要であると仮定すれば、S2の判定がYESとなり、S3に移行する。
このS3においては、各後輪16,16ごとに、接地荷重センサ64により、接地荷重Fが検出される。続いて、S4において、各後輪16,16ごとに、車輪速度センサ66を利用することにより、前述のようにして、車両18が走行している路面のうち、各後輪16,16が接地している部分の路面μが検出される。
その後、S5において、各後輪16,16ごとに、それら検出された接地荷重Fと路面μとに基づき、スリップ角αが各電動アクチュエータ50,50によって制御されるべき目標値α*が決定される。この目標値α*は、各後輪16,16が示すべきスリップ角αの絶対値を意味するのではなく、相対値、すなわち、現在値からの増分を意味している。
目標値α*を決定するために、各後輪16,16ごとに、図4に示す目標値決定ルーチンが実行される。この目標値決定ルーチンにおいては、まず、S101において、今回の実行対象車輪につき、検出された接地荷重Fが基準値F0以上であるか否かが判定される。今回は、接地荷重Fが基準値F0以上であると仮定すれば、このS101の判定がYESとなり、S102に移行する。
このS102においては、今回の実行対象車輪につき、検出された路面μが基準値μ0以上であるか否かが判定される。今回は、路面μが基準値μ0以上であると仮定すれば、このS102の判定がYESとなり、S103に移行する。このS103においては、今回の実行対象車輪につき、スリップ角αの目標値α*が設定値α1と等しくなるように決定される。以上で、この目標値決定ルーチンの一回の実行が終了する。
今回の実行対象車輪につき、検出された接地荷重Fは基準値F0以上であるが、検出された路面μは基準値μ0以上ではないと仮定すれば、S101の判定はYES、S102の判定はNOとなり、S104に移行する。このS104においては、今回の実行対象車輪につき、スリップ角αの目標値α*が設定値α2と等しくなるように決定される。今回は、S102の判定がYESである場合より、路面μが低いため、その分、スリップ角αによる横力によって補うことが望ましい。そのため、設定値α2は、設定値α1より大きい値に設定されている。以上で、この目標値決定ルーチンの一回の実行が終了する。
今回の実行対象車輪につき、検出された接地荷重Fは基準値F0以上ではないが、検出された路面μは基準値μ0以上であると仮定すれば、S101の判定はNO、S105の判定はYESとなり、S104に移行する。
これに対し、今回は、検出された接地荷重Fは基準値F0以上ではなく、検出された路面μも基準値μ0以上ではないと仮定すれば、S101の判定はNO、S105の判定もNOとなり、S106に移行する。
このS106においては、今回の実行対象車輪につき、スリップ角αの目標値α*が設定値α3と等しくなるように決定される。今回は、S105の判定がYESである場合より、接地荷重Fが小さいため、その分、スリップ角αによる横力によって補うことが望ましい。そのため、設定値α3は、設定値α2より大きい値に設定されている。以上で、この目標値決定ルーチンの一回の実行が終了する。
以上要するに、本実施の形態においては、図5にグラフで表すように、路面μが高いほど目標値α*が小さくなるように決定されるとともに、接地荷重Fが大きいほど目標値α*が小さくなるように決定されるのである。
本実施の形態においては、各後輪16,16のスリップ角αが互いに独立して増加させられる際に、左右の後輪16,16間における路面μの差および接地荷重Fの差が考慮される。したがって、車輪制動が、例えば、スプリットμ路上で行われる場合や、車両18の旋回によって横荷重移動が発生している状態で行われる場合に、左右の後輪16,16間における制動力の差に起因して車両18のヨーモーメントが悪化して車両18の安定性が低下してしまう事態を回避することが容易である。
以上の説明から明らかなように、本実施の形態においては、各後輪16,16が請求項1における「車輪」の一例を構成し、電動アクチュエータ50が同項における「アクチュエータ」の一例を構成し、コントローラ70が同項における「コントローラ」の一例を構成しているのである。
さらに、本実施の形態においては、コンピュータ72のうち図3に示す制動制御プログラムを実行する部分が請求項1における「制動制御部」の一例および請求項2における「制動制御部」の一例を構成しているのである。
なお付言するに、本実施の形態においては、全車輪14,16のうち左右の後輪16,16が制御対象車輪として選択されたうえで、それら左右後輪16,16のスリップ角αを互いに独立して制御するモードが採用されている。ただし、制御対象車輪および制御モードは適宜変更することが可能である。
例えば、図8に示すように、全車輪14,16を制御対象車輪とし、かつ、スリップ角αを、絶対値は等しいが符号は逆となるように制御するモードを採用することが可能である。図8に示す例においては、左右の前輪14,14と左右の後輪16,16とはそれぞれ、共にトーインを示すように制御されるが、一方のみまたは双方共にトーアウトを示すように制御することが可能である。
また、図示しないが、左右の前輪14,14と左右の前輪16,16とのいずれかを制御対象車輪とし、かつ、スリップ角αを、絶対値は等しいが符号は逆となるように制御するモードを採用することが可能である。
また、本実施の形態においては、路面状況(路面μによって表現される路面状況を含む。)と接地荷重とに応じて制御対象車輪のスリップ角αが変化させられるが、それらパラメータに代えてまたはそれらパラメータと共に、車両の要求制動力に応じて制御対象車輪のスリップ角αが変化させられる態様で本発明を実施することが可能である。その要求制動力の一例は、運転者による制動意思の強さを反映する指示制動力であり、別の例は、車間距離制御や自動ブレーキ制御に代表される自動制御において計算によって取得される計算制動力である。
さらに付言するに、本実施の形態においては、横力を利用した制動制御が必要である場合に、スリップ角αの目標値α*の絶対値が、接地荷重Fと路面μとには基づくが、車両の要求制動力には基づかない可変量(=現在値からの増分を意味する目標値α*)で増加させられる。
これに対し、本発明は、横力を利用した制動制御が必要である場合に、要求制動力には基づくが、接地荷重Fと路面μとには基づかない可変量で増加させられる態様で実施したり、要求制動力と接地荷重Fと路面μとに基づく可変量で増加させられる態様で実施することが可能である。いずれにしても、少なくとも要求制動力に基づく可変量は、その要求制動力が大きいほど増加するように決定される。
さらに付言するに、本実施の形態においては、車輪の横力が積極的に車輪制動に利用されるために車両の制動効果が向上するが、横力を利用するためにスリップ角αの絶対値を増加させることは、車輪を車体進行方向に投影した場合の投影面積が通常より増加することにつながる。車輪の投影面積が増加することは、例えば雪道や砂利路などの悪路を車輪が走行する際に車輪が雪や小石などの物体に衝突する面積が増加することにつながる。
したがって、車輪の横力を積極的に利用して車輪制動を行う場合には、横力という主たる要因のみならず、車輪が雪や小石などの物体に衝突して抵抗が増加するという付随的な要因によっても、制動効果が向上することになる。
さらに付言するに、本実施の形態においては、車両制動時には、図示しないブレーキが作動させられるため、制動効果は、そのブレーキによる効果に、横力による効果が加算されることになる。このように、横力を利用した制動は、他の種類の制動と組み合わせて行うことが可能である。ただし、横力のみを利用して車輪制動を行う態様で本発明を実施することが可能である。例えば、運転者に意思に直接に起因しない制動が必要である場合に、ブレーキを作動させることなく、横力のみによって制動を実現することが可能である。
次に、本発明の第2実施の形態を説明する。ただし、本実施の形態は、第1実施の形態に対し、車輪駆動時に各後輪16,16のスリップ角αの絶対値を増加させるための駆動制御プログラムが追加されており、その駆動制御プログラムに関する要素のみが異なり、他の要素については共通するため、共通する要素については、同一の符号または名称を使用して引用することにより、重複した説明を省略し、その駆動制御プログラムについてのみ、詳細に説明する。
本実施の形態においては、左右の後輪16,16が車両18の動力源(例えば、エンジン、電動モータ)によって駆動され、それにより、車両18が駆動される。後輪16,16の駆動時、特に、発進時には、車両18の動力源が各後輪16,16を駆動しようとするトルクが、路面μとの関係において過大となる可能性がある。各後輪16,16の駆動トルクが過大となると、各後輪16,16のスリップ率が低下して、各後輪16,16と路面との間に発生する駆動力も減少し、車両18の円滑な発進が阻害される。
過大な駆動トルクを減殺するために、各後輪16,16のブレーキ(図示しないが、例えば、摩擦ブレーキ)を作動させることが可能であるが、本実施の形態においては、ブレーキの作動に代えてまたはそれに並行して、各後輪16,16のスリップ角αの絶対値が増加させられる。それにより、各後輪16,16の横力を利用した車輪制動が行われ、それによって発生させられる制動力が、各後輪16,16の駆動トルクを減殺し、それにより、各後輪16,16のスピン傾向が抑制される。
このような駆動制御を行うために、図9にフローチャートで概念的に表されている駆動制御プログラムがコンピュータ72によって実行される。この駆動制御プログラムは、コンピュータ72の電源が投入された後、各後輪16,16ごとに繰返し実行される。
この駆動制御プログラムの各回の実行時には、まず、S201において、アクセル操作状態量センサ62により、アクセル操作状態量が検出される。具体的には、例えば、運転者による加速操作の有無と、運転者による加速意思の強さすなわち運転者の要求加速度とが検出される。運転者の要求加速度は、例えば、アクセル操作部材の操作量が大きいほど強いと推定することができるため、運転者の要求加速度は、アクセル操作量と言換えることが可能である。そのアクセル操作量の一例は、アクセルペダルの踏込み角度である。
次に、S202において、その検出されたアクセル操作状態量を単独でまたは他の物理量(前述の車体速度や車輪加速度)も併せて参照することにより、運転者が車両18を発進させようとしている発進状態にあるか否かが判定される。今回は、その発進状態にはないと仮定すれば、このS202の判定がNOとなり、直ちにこの駆動制御プログラムの一回の実行が終了する。
これに対し、今回は、発進状態にあると仮定すれば、S202の判定がYESとなり、S203において、今回の実行対象車輪につき、車輪速度センサ66を用いることにより、スリップ率sが検出される。このスリップ率sは、例えば、車輪速度と車体速度との差を車体速度で割り算して取得される。続いて、S204において、その検出されたスリップ率sの絶対値が基準値s0以上であるか否か、すなわち、今回の実行対象車輪のスピン傾向が過大であるか否かが判定される。
今回は、スリップ率sの絶対値が基準値s0以上ではないと仮定すれば、S204の判定がNOとなり、直ちにこの駆動制御プログラムの一回の実行が終了する。これに対し、今回は、スリップ率sの絶対値が基準値s0以上であると仮定すれば、S204の判定がYESとなり、S205に移行する。
このS205においては、今回の実行対象車輪につき、車輪速度センサ66を用いることにより、路面μが検出される。その後、S206において、今回の実行対象車輪につき、その検出された路面μと、前記検出された運転者の要求加速度とに基づき、スリップ角αの絶対値の目標値α*が決定される。具体的には、今回の実行対象車輪に付与される駆動トルクをその車輪の横力による制動力によって減殺すべき量が多いほど大きくなるように、目標値α*が決定される。
具体的には、図10にグラフで概念的に表すように、運転者の要求加速度すなわちアクセル操作量が大きいほど、かつ、路面μが低いほど増加するように、目標値α*が決定される。それらアクセル操作量と路面μと目標値α*との関係がROM76に記憶されており、コンピュータ72は、その記憶された関係に従い、検出されたアクセル操作量と路面μとの双方に対応する目標値α*を決定する。
その後、S207において、今回の実行対象車輪につき、対応する電動アクチュエータ50が、その決定された目標値α*が達成されるように駆動される。それにより、今回の実行対象車輪のスピン傾向が抑制され、車両18の円滑な発進が実現される。以上で、この駆動制御プログラムの一回の実行が終了する。
以上の説明から明らかなように、本実施の形態においては、コンピュータ72のうち駆動制御プログラムを実行する部分が請求項4における「駆動制御部」の一例を構成しているのである。
以上、本発明の実施の形態のうちのいくつかを図面に基づいて詳細に説明したが、これらは例示であり、前記[発明の開示]の欄に記載の態様を始めとして、当業者の知識に基づいて種々の変形、改良を施した他の形態で本発明を実施することが可能である。