しかしながら、これら第1および第2のいずれの従来技術においても、例えば膜厚が10μmを超えるような比較的に当該膜厚が大きい絶縁性被膜を形成する場合に、換言すれば相応に成膜時間が長くなる場合に、イオン化電極の表面に形成された絶縁性被膜が完全に再蒸発せずに、少なからず当該イオン化電極の表面に残ることがある。そして、このイオン化電極の表面に残る絶縁性被膜が或る程度まで厚くなると、この厚くなった絶縁性被膜が成膜処理の途中で剥離して、これが原因で異常放電が生じることがある。この異常放電は言うまでもなく、被処理物の被処理面に本来的に形成される絶縁性被膜の品質の低下を招く。この傾向は、成膜速度が大きいほど顕著になる。なお、イオン化電極の加熱温度をさらに上げることで、ここで言う異常放電の発生を抑制することはできるが、当該異常放電の発生を皆無にすることはできない。例えば、イオン化電極の中央部分については、十分に加熱されるので、この中央部分に形成された絶縁性被膜は、十分に再蒸発する。ところが、イオン化電極の両端部分については通常、水冷機構を介して保持されるので、この両端部分の温度は、中央部分の温度よりも低い。ゆえに、このような両端部分に形成された絶縁性被膜は、十分に再蒸発し得ないことがある。従って、イオン化電極の加熱温度をさらに上げたとしても、当該イオン化電極の表面に形成された絶縁性被膜を十分に再蒸発させることはできず、この結果、これに起因する異常放電の発生を防止することはできず、ひいては所期の品質の絶縁性被膜を形成することはできない。
加えて、イオン化電極は、一種の消耗品であり、例えば1バッチごとに交換される。これは即ち、イオン化電極を含むイオンプレーティング装置全体のコストアップに繋がり、とりわけランニングコストのアップに繋がる。また特に、イオン化電極を加熱するための加熱電源が設けられる場合には、その分、この加熱電源を含むイオンプレーティング装置全体のコストがアップし、とりわけイニシャルコストがアップする。
一方、近年、ドライエッチング装置の電極用として耐プラズマ性の高い被膜が要求されており、その1つとしてイットリア膜が有望視されている。このイットリア膜を上述の従来技術によって形成する場合、例えば蒸着材料としてイットリアそのものが採用されることが、考えられる。ところが、イットリアは昇華性物質であるため、これを電子ビームによって均一に(例えば一定の速度や一定の分布で)昇華させることは極めて難しい。従って、このようなイットリアそのものが蒸着材料として採用される場合には、所期の品質のイットリア膜を安定的に形成することは難しい。そこで、イットリアそのものに代えて、固体のイットリウムが蒸着材料として採用されると共に、反応性ガスとして酸素ガスが採用されることが、考えられる。イットリウムは蒸発性物質であるので、このようなイットリウムが蒸着材料として採用されることで、イットリアそのものが蒸着材料として採用される場合の不都合を回避することができる。しかし、この場合は、とりわけ比較的に膜厚の大きいイットリア膜を形成する場合には、やはり当該イットリア膜がイオン化電極の表面に形成されてしまうことに起因する上述の問題が生じる。
それゆえに、本発明は、従来よりも簡素な構成である上、比較的に膜厚の大きい絶縁性被膜を形成する場合であっても、所期の品質の当該絶縁性被膜を安定的に形成することができる、イオンプレーティング装置およびこれを用いた当該絶縁性被膜としてのイットリア膜の形成方法を提供することを、目的とする。
この目的を達成するために、本発明は、イオンプレーティング装置に関する第1の発明と、イットリア膜の形成方法に関する第2の発明と、を含む。
このうちの第1発明は、真空槽と、収容手段と、蒸発手段と、保持手段と、熱陰極と、イオン化電力供給手段と、ガス導入手段と、バイアス電力供給手段と、を具備する。このうちの真空槽については、その内部が排気される。そして、収容手段は、この真空槽の内部において絶縁性被膜の材料である蒸着材料を収容する。蒸発手段は、この収容手段に収容されている蒸着材料を、不活性ガスが非供給の状態で、電子銃で蒸発させる。保持手段は、真空槽の内部において被膜の形成対象である被処理物の被処理面が収容手段における蒸着材料の蒸発部分と対向するように当該被処理物を保持する。熱陰極は、収容手段と被処理物との間に設けられており、熱電子を放出する。ガス導入手段は、真空槽の内部に被膜の別の材料である反応性ガスを導入する。イオン化電力供給手段は、収容手段を陽極とし、熱陰極を陰極として、これら両者に、直流のイオン化電力を供給し、上記収容手段から蒸発させられた上記蒸着材料と上記反応性ガスとをイオン化する。そして、バイアス電力供給手段は、収容手段を陽極とし、被処理物を陰極として、これら両者に所定のバイアス電力を供給する。
このような構成の第1発明によれば、蒸着材料と反応性ガスとを材料とする化合物膜を形成することができる。そのためにまず、収容手段に収容されている蒸着材料が蒸発手段によって蒸発される。併せて、熱陰極から熱電子が放出される。さらに、収容手段を陽極とし、熱陰極を陰極として、これら両者に、イオン化電力供給手段によって直流のイオン化電力が供給される。すると、陰極としての熱陰極から放出された熱電子が、陽極としての収容手段に向かって加速される。この加速された熱電子は、蒸着材料の蒸発粒子と非弾性衝突する。これにより、蒸着材料の蒸発粒子が電離し、つまりイオン化される。また、このイオン化に伴って、蒸着材料の蒸発粒子から電子が弾き飛ばされる。この弾き飛ばされた電子は、収容手段に流れ込む。この現象が継続されることで、プラズマが発生する。このプラズマの態様は、上述の従来技術と同様、アーク放電である。この状態で、ガス導入手段によって真空槽内に反応性ガスが導入される。すると、この反応性ガスの粒子もまた、電離し、イオン化される。そして、収容手段を陽極とし、被処理物を陰極として、これら両者に、バイアス電力が供給される。すると、イオン化された蒸着材料の蒸発粒子と、イオン化された反応ガスの粒子とが、被処理物の被処理面に入射される。この結果、被処理物の被処理面に、当該イオン化された蒸着材料の蒸発粒子と、イオン化された反応ガスの粒子と、の化合物膜が形成される。
即ち、収容手段がアーク放電(プラズマ)を誘起させるための陽極として作用することで、上述の従来技術におけるようなイオン化電極が不要となる。従って例えば、被膜として絶縁性被膜を形成する場合でも、この絶縁性被膜がイオン化電極の表面に形成されることによる上述した不都合が生じることはない。ゆえに、比較的に膜厚の大きい絶縁性被膜を形成する場合でも、所期の品質の当該絶縁性被膜を安定的に形成することができる。また、イオン化電極が不要であるので、その分、当該イオン化電極を必要とする従来技術に比べて、イオンプレーティング装置全体のコストダウンが図られる。特にイオン化電極は消耗品であるので、このようなイオン化電極が不要となることで、ランニングコストのダウンが図られる。加えて、このイオン化電極を加熱するための加熱電源も不要であるので、さらなるコストダウンが図られ、とりわけイニシャルコストのダウンが図られる。
なお、本第1発明においては、絶縁性被膜を形成する場合に、当該絶縁性被膜が収容手段の表面にも形成されてしまい、これにより、当該収容手段の表面が絶縁化され、ひいては放電が不安定になることが、懸念される。しかしながら、収容手段は、蒸着材料の蒸発粒子よりも下方に位置するので、この収容手段の表面に対しては絶縁性被膜が形成され難い。ゆえに、そのような懸念はない。
本第1発明において、収容手段と熱陰極との相互間距(最短距離)は10mm〜100mmであるのが、望ましい。
蒸着材料の蒸発粒子を効率的にイオン化するには、ここで言う相互間距離は短い方が望ましい。ただし、この相互間距離が過度に小さいと、とりわけ蒸発手段として電子銃が採用される場合は、この電子銃から発せられる電子ビームが熱陰極と干渉してしまい、これにより、当該電子ビームによる加熱パワーがロスされる虞がある。これとは反対に、この相互間距離が大きいほど、イオン化が起こり難い。ゆえに、この相互間距離は10mm〜100mmであるのが、望ましく、より望ましくは、20mm〜70mm程度が適当である。
また、本第1発明においては、イオン化電流検出手段と、熱電子放出量制御手段と、がさらに具備されてもよい。このうちのイオン化電流検出手段は、イオン化電力供給手段を介して流れる電流、言わばイオン化電流、を検出する。そして、熱電子放出量制御手段は、このイオン化電流検出手段によるイオン化電流の検出値が一定となるように、熱陰極による熱電子の放出量を制御する。
ここで、イオン化電力供給手段を介して流れる電流、言わばイオン化電流は、熱陰極と収容手段との間で生成されるイオンの量を表す。このイオン化電流が大きいほど、イオンの生成量が大きく、その結果、被処理物の被処理面に入射されるイオンの量も増大し、換言すれば当該被処理物に流れる電流、言わば被処理物電流、も増大する。蒸発手段による蒸着材料の蒸発量が一定であり、熱陰極による熱電子の放出量が一定であり、イオン化電力の電圧成分、言わばイオン化電圧、が一定である、とすると、理想的にはイオン化電流は一定になる。ところが、成膜時間の経過に伴って、イオン化電流は変動する。この原因は、蒸着材料が蒸発するに連れて当該蒸着材料の溶融面が低下して当該溶融面と熱陰極との間の距離が大きくなること、熱陰極自体が変形すること、蒸発粒子の気流の形状や分布の変化等によって熱電子と当該蒸発粒子との衝突確率が変動すること、等によるものと推察される。そこで、イオン化電流が一定になるように、熱陰極による熱電子の放出量が制御されるのが、望ましい。このように構成されることで、被膜の品質の均一化および再現性の維持が図られる。
さらに、本第1発明においては、成膜速度検出手段と、蒸発量制御手段と、が具備されてもよい。このうちの成膜速度検出手段は、被処理物の被処理面に形成される被膜の形成速度、いわゆる成膜速度、を検出する。そして、蒸発量制御手段は、この成膜速度検出手段による成膜速度の検出値が一定となるように、蒸発手段による蒸着材料の蒸発量を制御する。
即ち、成膜速度は、蒸発手段による蒸着材料の蒸発量に比例する。ただし、成膜時間の経過に伴って、収容手段に収容されている蒸着材料の量が減少するので、この蒸着材料を例えば一定のパワーで加熱することによって当該蒸着材料を蒸発させるとすると、当該蒸発材料の加熱温度が上がり、その結果、成膜速度が大きくなる。そこで、この成膜速度を検出(監視)して、この成膜速度が一定となるように、蒸発手段による蒸着材料の蒸発量が制御されるのが、望ましい。この構成によっても、被膜の品質の均一化および再現性の維持が図られる。
特に、この成膜速度の一定化制御と、上述のイオン化電流の一定化制御とが、互いに独立して行われることで、被膜の品質や特性を柔軟かつ多様に制御することができる。このことは、被膜に対する種々の要求に対応するのに大きく貢献する。
なお上述したように、収容手段には、蒸着材料の蒸発粒子から弾き飛ばされた電子も流れ込む。言い換えれば、当該収容手段には、イオン化電力も供給される。従って、蒸着材料の蒸発量、つまり成膜速度は、このイオン化電力にも依存する。その一方で、このイオン化電力の電圧成分であるイオン化電圧が一定とされた上で、上述のイオン化電流の一定化制御が行われることで、当該イオン化電力が一定となる。従って、成膜速度の一定化制御が行われる際には、これと並行して、イオン化電流の一定化制御が行われるのが、望ましい。
上述したように本第1発明は、被膜として絶縁性被膜を形成するのに、極めて有益である。
次に、第2の発明は、上述の如くイットリア膜の形成方法に関するものであり、蒸発過程と、熱電子放出過程と、イオン化電力供給過程と、ガス導入過程と、バイアス電力供給過程と、を具備する。このうちの蒸発過程では、内部が排気される真空槽の当該内部において収容手段に収容されている被膜の材料である蒸着材料を、蒸着材料を、不活性ガスが非供給の状態で、電子銃で蒸発させる。そして、熱電子放出過程では、真空槽の内部において被膜の形成対象である被処理物の被処理面が収容手段における蒸着材料の蒸発部分と対向するように当該被処理物が保持されている状態で、収容手段と被処理物との間に設けられた熱陰極から熱電子を放出させる。そして、ガス導入過程では、真空槽の内部に被膜の別の材料である反応性ガスを導入する。イオン化電力供給過程では、収容手段を陽極とし、熱陰極を陰極として、これら両者に、直流のイオン化電力を供給して、上記収容手段から蒸発させられた上記蒸着材料と上記反応性ガスとをイオン化する。蒸発過程と、熱電子放出過程と、イオン化電力供給過程と、ガス導入過程とは、並行して実行される。そして、バイアス電力供給過程では、収容手段を陽極とし、被処理物を陰極とした所定のバイアス電力によって、上記イオン化された蒸着材料と上記イオン化された反応性ガスとを上記被処理物に向かわせる。ここで、蒸着材料としてイットリウムが採用される。そして、反応性ガスとして酸素ガスが採用される。これにより、被膜としてイットリア膜が形成される。
即ち、本第2発明は、上述の第1発明を用いてイットリア膜を形成するものである。従って、本第2発明によれば、比較的に膜厚の大きいイットリア膜を形成する場合であっても、所期の品質の当該イットリア膜を形成することができる。このようなイットリア膜は、例えば上述の如く高い耐プラズマ性が要求されるドライエッチング装置の電極用の被膜として、有望視されている。
上述したように本発明によれば、従来よりも簡素な構成であるにも拘らず、被膜として絶縁性被膜を形成する場合であっても、所期の品質の当該絶縁性被膜を安定的に形成することができる。このような本発明は、高い耐プラズマ性を有するイットリア膜を形成するのに、極めて有益である。
本発明の一実施形態について、図1〜図6を参照して説明する。
本実施形態に係るイオンプレーティング装置10は、図1に示すように、概略円筒形の真空槽12を備えている。この真空槽12は、高耐食性および高耐熱性の金属、例えばSUS304等のステンレス鋼、によって形成されており、その壁部は、基準電位としての接地電位に接続されている。そして、この真空槽12の壁部の適宜位置、例えば底部には、排気口14が設けられており、この排気口14には、図示しない排気管を介して、当該真空槽12の外部にある図示しない排気手段としての真空ポンプが結合されている。なお、真空槽12内の直径(内径)は、例えば約700mmであり、高さ寸法は、例えば約1000mmである。また、この真空槽12の上部は、強度向上等の理由により概略ドーム状に形成されている。
真空槽12内においては、その底部近傍に、蒸発源16が配置されている。この蒸発源16は、収容手段としての概略カップ形(詳しくは上部が開口された概略円筒形)の銅製の坩堝18と、蒸発手段としての270°偏向型の電子銃20と、を有している。即ち、坩堝18は、後述する被膜の材料である蒸着材料22を収容するためのものであり、電子銃20は、当該坩堝18内の被膜材料22を加熱して蒸発させるためのものである。なお、詳しい図示は省略するが、坩堝18内には、高融点金属製、例えばタンタル製、のハースライナーが設けられており、このハースライナーの中に蒸着材料22が収容される。また、電子銃20のパワーWgは、真空槽12の外部に設けられた専用の電源装置24によって制御され、例えば最大で10kWである。因みに、図1においては、電源装置24からの電力の供給先が蒸発源16(の筐体)であるように示されているが、これは図示の簡略化のためであり、実際には、電子銃22に当該電源装置24からの電力が供給される。さらに、詳しい図示は省略するが、蒸発源16は、坩堝18の過熱を防ぐための水冷式の冷却機構を備えている。この蒸発源16(の筐体)は、坩堝18を含め、接地電位に接続されている。
そして、蒸発源16の上方に、被処理物としての例えば基板26が配置される。この基板26は、その成膜対象となる表面、つまり被処理面を、蒸発源16に向けた状態で、とりわけ坩堝18の開口部に向けた状態で、保持手段としての基板台28によって保持されている。また、基板26と坩堝18との間には、図示しない開閉機構によって開閉駆動されるシャッタ30が、設けられている。なお、蒸発源16の坩堝18から基板26の被処理面までの距離は、当該基板26の被処理面の大きさにもよるが、概ね250mm〜700mmである。
さらに、基板台28は、真空槽11の外部において、バイアス電力供給手段としての高周波(RF:Radio Frequency)電源装置32に接続されている。具体的には、基板台28と接地電位との間に、当該高周波電源装置32が設けられている。また、この高周波電源装置32と基板台28との間には、これら両者間のインピーダンスを整合させるための整合手段としてのマッチングボックス34が設けられている。なお、高周波電源装置32は、バイアス電力Wbとして周波数が13.56MHzの高周波電力を出力する。また、この高周波電力が基板台28に供給されると、接地電位を基準とする負電位の直流電圧が当該高周波電力Wbに自然的に誘起され、いわゆる自己バイアス電圧が発生する。
加えて、蒸発源16とシャッタ30との間であって当該蒸発源16の近傍の斜め上方に、要するに当該蒸発源16からの後述する蒸発粒子の蒸発経路の邪魔にならないように、熱陰極としての熱電子放射フィラメント36が設けられている。このフィラメント36は、例えば直径が1mmのタングステン製の線状体であり、坩堝18の開口部周縁から上方に直線(最短)距離で10mm〜100m程度、望ましくは20mm〜70mm程度、例えば30mm程度、離れた位置において、水平方向に延伸するように設けられている。また、当該フィラメント36は、その表面積を増大させることで、後述する熱電子を出来る限り多量に放出することを可能とするべく、螺旋状に形成されている。具体的には、直径が6mmの螺旋状に形成されており、その巻き数が10(ターン)とされることで、当該螺旋状の部分の長さ寸法が40mmとされている。そして、このフィラメント36の両端は、真空槽12の外部において、熱陰極加熱用電力供給手段としての例えば交流のフィラメント加熱電源装置38に接続されている。即ち、フィラメント36は、フィラメント加熱電源装置38からの交流のフィラメント加熱電力Wcの供給を受けることによって加熱され、熱電子を放射する。なお、フィラメント加熱電源装置38の容量としては、例えばフィラメント加熱電力Wcの電圧成分であるフィラメント加熱電圧Vcが40Vであり、当該フィラメント加熱電力Wcの電流成分であるフィラメント加熱電流Icが60Aである。また、フィラメント加熱電力Wcは、交流電力に限らず、直流電力であってもよい。いずれにしても、フィラメント36から熱電子が放出されるのに十分な程度に、例えば当該フィラメント36を2000℃〜2500℃程度に、加熱できればよい。
また、フィラメント36(の一方端部)は、真空槽12の外部において、イオン化電力供給手段としての直流のイオン化電源装置40に接続されており、詳しくは当該イオン化電源装置40の正極側出力端子に接続されている。そして、このイオン化電源装置40の負極側出力端子は、イオン電流検出手段としての電流検出装置42を介して、接地電位に接続されている。即ち、フィラメント36には、イオン化電源装置40から、接地電位を基準とする正電位の直流のイオン化電力Wdが供給される。言い換えれば、フィラメント36を陰極とし、接地電位を陽極として、換言すれば上述した坩堝18を含む蒸発源16を陽極として、これら両者に、当該イオン化電力Wdが供給される。
電流検出装置42は、イオン化電力Wdの電流成分、つまりイオン化電源装置40を介して流れる電流、言わばイオン化電流Id、を検出するためのものであり、この電流検出装置42によるイオン化電流Idの検出値は、熱電子放出量制御手段としての加熱制御装置44に供給される。加熱制御装置38は、電流検出装置42によるイオン化電流Idの検出値が一定になるように、つまり当該イオン化電流Idが一定になるように、フィラメント加熱電源装置38を制御し、詳しくは当該フィラメント加熱電源装置38から出力されるフィラメント加熱電力Wcを制御し、つまりはフィラメント36の加熱温度を制御する。
加えて、真空槽12の壁部の適宜位置、例えばフィラメント36よりも上方であって基板台28よりも下方の位置に、当該真空槽12内に各種ガスを導入するためのガス導入管46が設けられている。ここで言う各種ガスとしては、例えばイオンボンバード用ガスとしてのアルゴン(Ar)ガスと、反応性ガスとしての酸素ガスと、がある。なお、図示は省略するが、このガス導入管46は、真空槽12の外部において、それぞれのガスの供給源に接続されている。また、それぞれの供給源からの配管には、当該配管を開閉するための開閉手段としての開閉バルブと、当該配管内のガスの流量を制御するための流量制御手段としてのマスフローコントローラと、が設けられている。
さらに、基板台28の近傍には、例えば水晶振動子式の膜厚センサ48が、その検出部を坩堝18の開口部に向けた状態で配置されている。この膜厚センサ48は、真空槽12の外部において、膜厚モニタ50に接続されている。膜厚モニタ50は、膜厚センサ48と共に成膜速度検出手段を構成するものであり、当該膜厚センサ48による膜厚検出値に基づいて、基板26の表面への被膜の形成速度、つまり成膜速度、を算出する。そして、この膜厚モニタ50による成膜速度の算出結果は、蒸発量制御手段としての蒸発量制御装置52に供給される。
蒸発量制御装置52は、膜厚モニタ50による成膜速度の算出結果に基づいて、当該成膜速度が一定になるように、蒸発源16からの蒸着材料22の蒸発量を制御する。具体的には、電子銃20用の電源装置24を制御することによって、当該電子銃20の出力Wgを制御する。なお、この蒸発量制御装置52は、電子銃20用の電源装置24または膜厚モニタ50に組み込まれてもよい。
そしてさらに、図示は省略するが、真空槽12内の適宜の位置には、基板26を含む当該真空槽12内を加熱するための加熱手段、例えばセラミックヒータが、設けられている。このセラミックヒータは、真空槽12の外部に設けられたヒータ用加熱電源装置からヒータ加熱電力の供給を受けることで、基板26を含む真空槽12内を加熱する。
このように構成されたイオンプレーティング装置10によれば、例えばアルミナ製の基板26の被処理面に絶縁性被膜であるイットリア膜を形成することができる。
そのためにまず、イットリア膜の材料となる固体のイットリアが坩堝18に収容される。このイットリアとしては、直径が3mm〜5mm程度の粒状のものが採用される。そして、真空槽12内が10−4Pa程度にまで排気され、いわゆる真空引きされる。また、この真空引きと同時に、上述のセラミックヒータによって、基板26を含む真空槽12内が加熱され、例えば当該基板26が200℃程度に加熱される。
この真空引きおよび加熱処理が例えば2時間にわたって行われた後、基板26の被処理面を洗浄するための放電洗浄(イオンボンバード)処理が行われる。具体的には、シャッタ30が開かれた状態で、真空槽12内にアルゴンガスが導入される。そして、フィラメント36にフィラメント加熱電力Wcが供給される。これにより、フィラメント36が加熱されて、当該フィラメント36から熱電子が放出される。さらに、フィラメント36にイオン化電力Wdが供給され、つまりフィラメント36を陰極とし、坩堝18を含む蒸発源16を陽極として、これら両者に、当該イオン化電力Wdが供給される。すると、陰極としてのフィラメント36から放出された熱電子が、陽極としての蒸発源16に向かって、とりわけフィラメント36に近い位置にある坩堝18に向かって、加速される。そして、この加速された熱電子は、アルゴンガスの粒子と非弾性衝突する。これにより、アルゴンガスの粒子が電離し、つまりイオン化される。さらに、このイオン化に伴って、アルゴンガスの粒子から電子が弾き飛ばされる。この弾き飛ばされた電子は、坩堝18に流れ込む。この現象が継続されることで、アーク放電によるプラズマが発生する。この状態で、基板台28にバイアス電力Wbが供給され、つまり当該基板台28を介して基板26にバイアス電力Wbが供給される。このバイアス電力Wbには、接地電位を基準とする負電位の上述した自己バイアス電圧が重畳され、つまり基板26の電位が当該自己バイアス電圧分だけ負電位になる。これにより、プラズマ中のアルゴンイオンが、基板26の被処理面に入射され、このときの衝撃によって、当該基板26の被処理面が洗浄される。
なお、この放電洗浄処理におけるアルゴンガスの流量は、例えば20mL/minとされる。そして、真空槽12内の圧力は、例えば0.1Paに維持される。また、イオン化電力Wdの電流成分であるイオン化電圧Vdは、50Vとされる。そして、イオン化電流Idが5Aになるように、フィラメント加熱電力Wcが制御される。このときのフィラメント加熱電力Wcは、概ね810Wである。さらに、バイアス電力Wbは、200Wとされる。このときの自己バイアス電圧は、概ね−500Vである。
この放電洗浄処理が例えば10分間にわたって行われた後、イットリア膜を形成するための成膜処理が行われる。まず、真空槽12内へのアルゴンガスの導入が停止される。そして、蒸発源16の電子銃20が通電される。これにより、電子銃20から電子ビームが発射され、この電子ビームは、坩堝18内の蒸着材料22に照射される。この電子ビームの照射を受けて、蒸着材料22は加熱され、蒸発する。このときも、フィラメント36には、フィラメント加熱電力Wcが供給されており、併せて、イオン化電力Wdが供給されているので、フィラメント36から放出された熱電子は、坩堝18に向かって加速される。そして、この加速された電子は、蒸着材料22の蒸発粒子と非弾性衝突する。これにより、蒸着材料22の蒸発粒子が電離して、イオン化される。さらに、このイオン化に伴って、蒸着材料22の蒸発粒子から電子が弾き飛ばされる。そして、この弾き飛ばされた電子は、坩堝18に流れ込む。この現象が継続されることで、上述の放電洗浄処理時と同様、アーク放電によるプラズマが発生する。加えて、真空槽12内に反応性ガスとしての酸素ガスが導入されえる。すると、この酸素ガスの粒子もまた、電離し、イオン化される。その上で、シャッタ30が開かれると、イオン化された蒸着材料22の蒸発粒子、つまりイットリウムイオンと、イオン化された酸素ガスの粒子、つまり酸素イオンとが、バイアス電力Wbの供給を受けている基板26の被処理面に向かって引き寄せられ、当該被処理面に入射する。この結果、基板26の被処理面に、イットリウムイオンと酸素イオンとの化合物であるイットリア膜が形成される。
なお、この成膜処理における酸素ガスの流量は、例えば100mL/minとされる。そして、真空槽12内の圧力は、例えば4×10−2Paに維持される。また、イオン化電圧Vdは、30Vとされる。そして、イオン化電流Idが40Aになるように、フィラメント加熱電力Wcが制御される。このときのフィラメント加熱電力Wcは、概ね780W〜810Wである。さらに、バイアス電力Wbは、100Wとされる。このときの自己バイアス電圧は、概ね−100Vである。成膜速度が3nm/sとなるように、電子銃20のパワーWgが制御される。このときの電子銃20のパワーWgは、概ね2.5kW〜2.8kWである。このような条件下における基板26の温度は、約380℃であった。
所望の膜厚のイットリア膜が形成されるまで、この成膜処理が継続され、その後、当該成膜処理が終了される。即ち、基板26へのバイアス電力Wbの供給が停止される。併せて、フィラメント36へのフィラメント加熱電力Wcの供給が停止されると共に、当該フィラメント36へのイオン化電力Wdの供給が停止される。さらに、電子銃20への通電が停止されると共に、真空槽12内への酸素ガスの導入が停止される。これにより、プラズマが消失する。そして、真空槽12内の圧力が徐々に大気圧にまで戻されると共に、適当な冷却期間が置かれる。その上で、真空槽12内が大気に開放されて、当該真空槽12内から基板26が取り出される。これをもって、イットリア膜を形成するための成膜処理を含む一連の処理が終了する。
このように本実施形態によれば、坩堝18とフィラメント36との間でアーク放電によるプラズマが誘起される。従って、上述の従来技術におけるようなイオン化電極が不要となる。よって、イットリア膜等の絶縁性被膜を形成する場合であっても、この絶縁性被膜がイオン化電極の表面に形成されることによる従来技術におけるような不都合が生じることはない。ゆえに、比較的に膜厚の大きい絶縁性被膜を形成する場合でも、所期の品質の当該絶縁性被膜を安定的に形成することができる。また、イオン化電極が不要であるので、その分、当該イオン化電極を必要とする従来技術に比べて、イオンプレーティング装置10全体のコストダウンが図られる。特にイオン化電極は消耗品であるので、このようなイオン化電極が不要となることで、ランニングコストのダウンが図られる。加えて、このイオン化電極を加熱するための加熱電源も不要であるので、さらなるコストダウンが図られ、とりわけイニシャルコストのダウンが図られる。
図2に、イットリア膜を形成するための成膜処理におけるプラズマの状態を示す。このときの条件としては、真空槽12内の圧力が5×10−4Paである。そして、フィラメント加熱電力Wcは810Wであり、詳しくはフィラメント加熱電圧Vcが18Vであり、フィラメント加熱電流Icが45Aである。さらに、電子銃20のパワーWgが1.8kWであり、詳しくは当該パワーWgの電圧成分である加速電圧Vgが10kVであり、当該パワーWgの電流成分であるエミッション電流Igが180mAである。そして、イオン化電圧Vdが20Vであり、イオン化電流Idが30Aであり、つまりイオン化電力Wdは600Wである。この図2において、中央に示されている螺旋状のものがフィラメント36である。そして、このフィラメント36の下方に示されている赤熱している円形(楕円形)状のものが坩堝18である。この図2から分かるように、アーク放電に見られる青紫色の放電色を確認することができた。
そして、図3に、電子銃20の加速電圧Vgが10kWという一定値であるときのイオン化電圧Vdとイオン化電流Idと当該電子銃20のエミッション電流Igとの関係を示す。このときのフィラメント加熱電力Wcは810Wである。この図3から分かるように、イオン化電圧Vdが大きいほど、イオン化電流Idは大きくなる。また、エミッション電流Igが大きいほど、イオン化電流Idは大きくなる。これは即ち、イットリウムの蒸発速度が大きいほど、イオン化電流Idが大きくなること、つまりイオンの発生量が多くなること、を意味する。そして、イオン化電圧Vdが大きいほど、フィラメント36から放出された熱電子のエネルギが高くなり、蒸着材料22としてのイットリウムのイオン化が促進される。さらに、エミッション電流Igが大きいほど、つまり電子銃20のパワーWgが大きいほど、イットリウムの蒸気圧が高くなり、その分、当該イットリウムの蒸発粒子と熱電子とが衝突する確率が高くなり、イオン化電流Idが増大する。
図4に、本実施形態においてシリコン(Si)製の基板26に2.5μmという膜厚で形成されたイットリア膜のX線回折(XRD:X-ray Diffraction)パターンを示す。この図4から明らかなように、本実施形態によれば、結晶性のイットリア膜が形成されることが分かる。
そして、この図4に係るイットリア膜が形成された基板26の断面の走査型電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)による観察画像を、図5に示す。この図5から明らかなように、緻密なイットリア膜が形成されていることが分かる。
さらに、図6に、本実施形態において形成されたイットリア膜の耐プラズマ性の試験結果を他のバルク材のものと比較して示す。具体的には、基板26としてアルミナ製のものを採用し、このアルミナ製の基板26の被処理面に膜厚が10μmのイットリア膜を形成した。このときの条件としては、図1を参照しながら説明したものと同様である。そして、この膜厚が10μmのイットリア膜が形成された基板26について、反応性イオンエッチング(RIE:Reactive Ion Etching)装置を用いてエッチング試験を行った。このエッチング試験の条件としては、四フッ化炭素(CF4)ガスの流量が40mL/minであり、酸素ガスの流量が10mL/minである。そして、槽内圧力は5Paであり、高周波電力のパワーは500Wである。このような条件下で、6時間にわたってエッチング試験を行った。また、比較対象である他のバルク材として、アルミナ製の基板と、イットリア製の基板と、を用意して、これらについても、同じ条件でエッチング試験を行った。
この図6から分かるように、本実施形態において形成されたイットリア膜によれば、アルミナ製基板およびイットリア製基板というバルク材に比べて、エッチング深さが遥かに小さく、つまり遥かに高い耐エッチング性を得ることができる。即ち、本実施形態によれば、極めて高い耐エッチング性を有するイットリア膜を形成することができる。このようなイットリア膜は、高いプラズマ性が要求されるドライエッチング装置の電極用の被膜として応用に期待できる。
以上のように、本実施形態によれば、上述した従来技術よりも簡単な構成のイオンプレーティング装置10であるにも拘らず、イットリア膜等の絶縁性被膜を形成する場合であっても、所期の品質の当該絶縁性被膜を安定的に形成することができる。特に、高い耐プラズマ性が要求されるイットリア膜を形成するのに、極めて有益である。
また、本実施形態によれば、イオン化電流Idが一定となるように、当該イオン化電流Idの一定化制御が行われるので、被膜の品質の均一化および再現性の維持が図られる。併せて、成膜速度についても、これが一定となるように、当該成膜速度の一定化制御が行われるので、これによっても、被膜の品質の均一化および再現性の維持が図られる。そして、これらのイオン化電流Idの一定化制御と、成膜速度の一定化制御とが、互いに独立して行われることで、被膜の品質や特性を柔軟かつ多様に制御することもできる。
なお、本実施形態は、飽くまでも本発明の1つの具体例であり、本発明の範囲を限定するものではない。
また、本実施形態においては、イットリア膜を形成する場合について、説明したが、これ以外の被膜を形成することができる。即ち、蒸着材料22として、イットリウムに代えて、例えばアルミニウムが採用されることで、アルミナ膜を形成することができる。勿論、これ以外の酸化膜を形成することもできる。さらに、反応性ガスとして、酸素ガスに代えてまたはこれと同時に、アセチレン(C2H2)等の炭化水素系ガスや窒素(N2)ガス等が採用されることによって、炭化膜や炭窒化膜,窒化膜,酸窒化膜等を適宜に形成することができる。
そして、バイアス電力供給手段として高周波電源装置32が採用されたが、これに限らない。基板26や被膜の種類に応じて、直流電源装置や非対称パルス電源装置等が採用されてもよい。ただし、基板26が絶縁性物質である場合には、チャージアップの防止のために、当該バイアス電力供給手段として高周波電源装置32が採用される。