この発明の一実施形態について、図1〜図12を参照して説明する。
本実施形態に係るイオンプレーティング方式の成膜装置10は、図1〜図3に示すように、概略円筒形の真空槽12を有している。なお、図1は、成膜装置10の内部を正面から見た図であり、図2は、図1におけるA−A矢視の概略断面図、図3は、図1におけるB−B矢視の概略断面図である。
真空槽12は、円筒形の両端に対応する部分を水平方向に向けた状態(要するに円筒形を横倒しにした状態)で配置されている。そして、この真空槽12の両端に対応する部分のうちの前方側は、概略円板状の壁板14によって閉鎖されており、後方側もまた、同様の壁板16によって閉鎖されている。なお、図には示さないが、前方側の壁板14は、開閉扉を備えている。そして、各壁板14および16を含む真空槽12は、金属製、例えばステンレス鋼(SUS304)製、とされており、それ自体は、基準電位としての接地電位に接続されている。また、真空槽12の内部は、排気手段としての図示しない真空ポンプによって排気される。
そして、真空槽12内の略中央には、蒸発源18が配置されている。この蒸発源18は、膜材料の一部である蒸発材料20が収容される坩堝22と、当該蒸発材料20を加熱するための材料加熱手段、例えば電子銃24と、を備えている。電子銃24は、真空槽12の外部にある図示しない電子銃用電源装置から所定の直流電力が供給されることによって、電子ビームを発射する。そして、この電子ビームが蒸発材料20に照射されることで、当該蒸発材料20は加熱される。
また、蒸発源18の下方近傍に、槽内加熱手段としてのヒータ26が配置されている。このヒータ26は、真空槽12の外部に設けられている図示しないヒータ用電源装置から所定の交流電力が供給されることで、発熱する。そして、この発熱エネルギによって、真空槽12内が加熱され、特に被処理物28,28,…が加熱される。
被処理物28,28,…は、蒸発源18を通る水平軸を中心としてその円周方向に沿って等間隔に配置される。具体的には、真空槽12内における後方側の壁板16の近傍に、当該真空槽12の内径よりも少し径(外径)の小さい円盤状の回転台30が、設けられている。そして、この回転台30の前方側の側面の周縁近傍に、当該周縁に沿って等間隔に、複数個、例えば72個、の保持手段としてのホルダ32,32,…が設けられている。そして、これらのホルダ32,32,…のそれぞれに、被処理物28が取り付けられる。なお、図1〜図3は、被処理物28として、概略丸棒状の物体が取り付けられている状態を示す。このような概略丸棒状の被処理物28としては、例えば高速度鋼(SKH51)を母材するドリル(刃)がある。そして、この概略丸棒状の被処理物28は、真空槽12の中心軸に沿う方向に延伸するように取り付けられる。
また、被処理物28,28,…は、図1に矢印34で示されるように、蒸発源18を通る水平軸を中心として回転し、言わば公転する。併せて、それぞれの被処理物28は、図2および図3に矢印35で示されるように、自身を中心として回転し、言わば自転する。このため、回転台30は、図示しない自公転機構を備えており、この自公転機構は、回転軸36を介して真空槽12の外部にあるモータ38に結合されている。なお、この自公転機構による被処理物28の公転速度は、例えば1[rpm]程度とされており、自転速度は、当該公転速度の10倍程度、つまり10[rpm]程度とされている。
さらに、蒸発源18よりも上方であって、最上部にある被処理物28よりも下方の位置に、陰極としてのフィラメント40と、陽極としてのアノード42とが、互いに距離を置いて設けられている。
このうち、フィラメント40は、直線状のタングステン(W)製ワイヤであり、厳密には3本のタングステン製ワイヤから成る縒り線である。なお、この縒り線を構成するそれぞれのワイヤは、強度向上のために焼鈍し処理を施されたものであり、その直径は、例えば2.0[mm]である。そして、このフィラメント40は、真空槽12の中心軸に沿う方向に延伸するように、言い換えればそれぞれの被処理物28と平行を成すように、配置されている。また、フィラメント40の直線状を維持するために、当該フィラメント40に対してその延伸方向に沿う張力を付与するべく、張力付与手段としての図示しない張力付与機構が設けられている。
そして、フィラメント40には、真空槽12の外部にある陽極用電力供給手段としてのフィラメント用電源装置44から、陽極用電力としての交流のフィラメント電力Efが供給される。また、フィラメント電力Efには、直流の負電圧であるフィラメントバイアス電圧Vfbが重畳される。このため、フィラメント用電源装置44の接地端子と接地電位との間に、当該フィラメントバイアス電圧Vfbを生成する陽極バイアス供給手段としてのフィラメントバイアス用電源装置46が、接続されている。
一方、アノード42は、概略長尺状のものであり、高融点金属、例えばモリブデン(Mo)、によって形成されている。そして、このアノード42は、真空槽12の中心軸を含む垂直面に対して、フィラメント40と略面対称(共役)となる位置に設けられている。具体的には、一方主面をフィラメント40側に向け、厳密には後述する理由により当該一方主面を少し斜め上方に向け、かつ当該一方主面をフィラメント40と平行にし、さらに真空槽12の中心軸に沿う方向に延伸するように、設けられている。
そして、アノード42には、真空槽12の外部にある陽極用電力供給手段としてのアノード用電源装置48から、陽極用電力としての直流のアノード電圧Vaが印加される。なお、アノード電圧Vaは、正電圧である。
さらに、真空槽12内には、これらフィラメント40およびアノード42を間に挟んだ状態で、磁界発生手段としての1対の細長い概略直方体状の磁界発生器50および52が設けられている。具体的には、各磁界発生器50および52は、それぞれの一側面を互いに対向させると共に、真空槽12の中心軸に沿う方向に延伸するように、つまりフィラメント40およびアノード42と平行を成して延伸するように、設けられている。そして、各磁界発生器50および52には、互いに対向する一側面が互いに異なる磁極(N極およびS極)となるように、図示しない永久磁石が内蔵されている。これによって、各磁界発生器50および52で挟まれた空間、つまりフィラメント40およびアノード42が配置されている空間に、磁界が発生する。
なお、この磁界の発生領域を拡張するべく、各磁界発生器50および52は、互いに対向する一側面を少し斜め上方に向けた状態、例えば当該一側面を水平方向から上方に向けて10度〜30度ほど傾けた状態で、設けられている。そして、このうちのアノード42側に配置されている磁界発生器52の傾きに合わせて、当該アノード42も同程度に傾けられている。さらに、この磁界の発生領域をより一層拡張するべく、各磁界発生器50および52の外方の側面に、当該側面よりも少し面積の大きい平板状のヨーク54および56が設けられている。
また、磁界の発生領域よりも下方であって、蒸発源18よりも上方の位置に、ガス導入手段としてのガス導入管58が設けられている。そして、このガス導入管58を介して、真空槽12内に、放電用ガスとしてのアルゴンガスが導入される。また、膜材料の一部となる材料ガスも、このガス導入管58を介して、真空槽12内に導入される。そして、真空槽12の外部には、ガス導入管58内を流れるガスの流量を調整するための流量調整手段、例えばマスフローコントローラ60、が設けられている。
さらに、各被処理物28,28,…には、ホルダ32,32,…および回転台30(自公転機構)を介して、基板電力供給手段としての基板電源装置64から、矩形パルス状の基板電力Ebが供給される。なお、この基板電力Ebの周波数は、例えば10[kH]〜500[kH]の範囲内で任意に設定可能とされており、ここでは、100[kH]に設定される。そして、基板電力Ebの電圧値、特にローレベルのときの電圧値Vbもまた、例えば−500[V]〜0[V]の範囲内で任意に設定可能とされており、この電圧値Vbについては、後述する如く状況に応じて適宜に設定される。一方、ハイレベルの電圧値は、0[V]よりも大きい一定値、例えば10[V]〜50[V]の範囲内の一定値とされる。さらに、基板電力Ebのデューティ比(パルスの1周期に対するハイレベル期間の比率)も、任意に設定可能とされており、ここでは、20[%]とされる。
このように構成された表面処理装置10は、例えばcBN膜の生成に適用される。具体的には、cBN膜の生成に先立って、各被処理物28,28,…の表面を洗浄するための放電洗浄処理が行われる。そして、この放電洗浄処理の後に、各被処理物28,28,…の表面に中間層としてのTiN膜が生成され、その上で、当該cBN膜が生成される。なお、上述した坩堝22には、蒸発材料20として固形のチタン材およびホウ素材が互いに独立した状態で収容される。そして、放電用ガスとしてのアルゴンガスの他に、材料ガスとして窒素ガスが採用される。
まず、放電洗浄処理を行うべく、真空ポンプによって真空槽12内が排気され、高真空状態とされる。そして、ヒータ26によって、各被処理物28,28,…を含む真空槽12内が加熱された後、当該真空槽12内にアルゴンガスが導入される。この状態で、フィラメント40にフィラメント電力Efが供給されると、当該フィラメント40は加熱されて、熱電子を放出する。そして、アノード42にアノード電圧Vaが印加されると、当該熱電子がアノード42に向かって加速される。この加速過程において、熱電子がアルゴンガスの粒子に衝突し、この衝突エネルギによって、アルゴンガス粒子が放電して、プラズマが発生する。併せて、フィラメント電力Efには、直流のフィラメントバイアス電圧Vfbが重畳されているので、このフィラメントバイアス電圧Vfbとアノード電圧Vaとの総和によって、熱電子の加速度が制御され、つまりプラズマの安定化が図られる。
さらに、フィラメント40およびアノード42が配置されている空間には、各磁界発生器50および52によって磁界が掛けられているので、これらフィラメント40およびアノード42間に発生したプラズマは、当該磁界内に閉じ込められる。これによって、図1〜図3に破線模様66で示されるような高密度のプラズマ空間が形成される。そして、モータ38が駆動されると、各被処理物28,28,…は、それぞれ自転しながら当該プラズマ空間66内に順次搬送される。これによって、それぞれの被処理物28の表面が、満遍なくプラズマに晒される。
ここで、各被処理物28,28,…に基板電力Ebが供給されると、このうちのプラズマ空間66内にある被処理物28,28,…の表面に、当該プラズマ空間66内のアルゴンイオンが照射される。この衝撃によって、当該被処理物28,28,…の表面が洗浄され、つまり放電洗浄処理が行われる。そして、この放電洗浄処理の後に、TiN膜の生成のための成膜処理が実施される。
即ち、アルゴンガスに加えて、窒素ガスが、真空槽12内に導入される。すると、この窒素ガスは、プラズマ空間66内でイオン化される。併せて、電子銃24によって、坩堝22内の蒸発材料20のうちチタン材のみが加熱される。これによって、チタン材が蒸発し、蒸発したチタン材もまた、プラズマ空間66内でイオン化される。そして、これらイオン化された窒素およびチタンは、プラズマ空間66内にある被処理物28,28,…の表面に照射される。これによって、当該被処理物28,28,…の表面に窒素およびチタンの化合物であるTiN膜が生成される。
続いて、cBN膜の生成のための成膜処理が実施される。即ち、蒸発材料20としてのチタン材に代えて、ホウ素材のみが、電子銃24によって加熱される。これによって、ホウ素材が蒸発し、蒸発したホウ素は、プラズマ空間66内でイオン化される。そして、イオン化されたホウ素は、イオン化された窒素と共に、プラズマ空間66内にある被処理物28,28,…の表面に照射される。これによって、当該被処理物28,28,…の表面(厳密にはTiN膜の上)に窒素およびホウ素の化合物であるcBN膜が生成される。
このcBN膜の生成後、所定の冷却期間が置かれる。そして、この冷却期間の経過後、真空槽12内から各被処理物28,28,…が外部(大気中)に取り出され、一連の作業が終了する。
ところで、このcBN膜という絶縁性膜の生成においては、当該cBN膜の副次的成分であるBN膜がフィラメント40およびアノード42それぞれの表面に付着して、これらフィラメント40およびアノード42が絶縁化されることが、懸念される。もし、これらフィラメント40およびアノード42が絶縁化されると、それぞれが本来の機能を発揮しなくなり、ひいては両者間に発生するプラズマが不安定になる、という不都合が生じる。
ただし、フィラメント40については、熱電子を放出させるべく、2000[℃]〜3000[℃]程度にまで積極的に加熱されるので、このような高温度に加熱されたフィラメント40の表面には、BN膜は付着しない。これは、BN膜の付着確率が1100[℃]以上で略ゼロになるからである。従って、フィラメント40については、絶縁化されることはない。一方、アノード42についても、絶縁化されることのないように、本実施形態においては、次のような工夫が成されている。
即ち、本実施形態では、アノード42についても、1100[℃]以上に加熱する。これにより、アノード42の表面にBN膜が付着するのを防止し、ひいては当該アノード42が絶縁化されるのを防止する。特に、アノード42にアノード電圧Vaが印加されることを利用して、厳密には当該アノード電圧Vaが印加されることによってアノード電流Iaが流れることを利用して、アノード42を自発的に加熱させ、言わば自己加熱させる。ただし、無闇矢鱈にアノード42を加熱すると、不本意な影響を招く恐れがあるので、そのような影響の誘発を回避しつつ、当該アノード42を効果的に自己加熱させるための条件(パラメータ)を見出す。
この条件の1つとして、例えばアノード42とフィラメント40との相対的な位置関係がある、と考えられる。そこで、これを検証するための実験を行った。
具体的には、図4(a)に示すように、各磁界発生器50および52の互いに対向する一側面(磁極)の中心同士を結ぶ直線100を磁極中心線とし、この磁極中心線100からアノード42まで(厳密には磁極中心線100からアノード42のフィラメント40に対向する側の主面の中心まで)の垂直方向におけるの距離Haと、当該磁極中心線100からフィラメント40まで(厳密には磁極中心線100からフィラメント40の中心まで)の垂直方向における距離Hfと、のそれぞれを種々に変化させる。そして、これら垂直方向における各距離HaおよびHfがどのような条件にあるときに、アノード42が最も効果的に自己加熱するのかを確認した。
なお、磁極中心線100からアノード42までの距離Haは、アノード42が磁極中心線100よりも上方に位置するときにプラスの値とし、アノード42が磁極中心線100よりも下方に位置するときにはマイナスの値とする。そして、磁極中心線100からフィラメント40までの距離Hfも、フィラメント40が磁極中心線100よりも上方に位置するときにプラスの値とし、フィラメント40が磁極中心線100よりも下方にあるときにはマイナスの値とする。
また、図4(a)における各磁界発生器50および52間の距離(つまり磁極中心線100の長さ寸法)Dmは、260[mm]であり、アノード42側の磁界発生器52から当該アノード42までの距離(厳密には磁界発生器52とアノード42との互いに対向する面間の最短距離)Daは、15[mm]である。さらに、フィラメント40側の磁界発生器50から当該フィラメント40までの距離(厳密には磁界発生器50のフィラメント40に対向する側の面の中心からフィラメント40の中心までの水平方向における距離)Dfは、45[mm]である。そして、アノード42の幅寸法Waは、20[mm]であり、当該アノード42の厚さ寸法taは、3[mm]である。また、図4(a)からは分からないが、アノード42の長さ寸法(図4(a)の紙面に対して垂直な方向における寸法)は、300[mm]であり、フィラメント40の長さ寸法は、アノード42よりも少し大きい350[mm]である。そして、各磁界発生器50および52それぞれの長さ寸法は、300[mm]である。
図4(b)に、この実験結果を示す。なお、この実験においては、まず、真空槽12内を高真空状態にまで排気した後、この排気後の真空槽12内にアルゴンガスを60[ml/min]という流量で導入すると共に、当該真空槽12内の圧力を5.33×10−2[Pa](≒4×10−4[Torr])に維持する。そして、フィラメント電力Efを適当な大きさに設定すると共に、アノード電圧Vaを50[V]に設定する。これにより、真空槽内12内にプラズマが発生する。さらに、フィラメントバイアス電圧Vfbを−24[V]に設定すると共に、基板電力Ebの電圧値Vb(ローレベル)を−70[V]に設定する。そして、フィラメント電力Efの電流値Ifを制御することによって、アノード電流Iaを30[A],50[A]および70[A]というように段階的に変化させる。このような環境下で、上述した各距離HaおよびHfのそれぞれが同図に示す条件とされたときに、アノード42がどの程度にまで自己加熱するのか、詳しくは赤熱するのかを、目視によって確認した。
この実験結果によれば、各距離HaおよびHfのそれぞれがどのような条件にあるのかに拘わらず、言い換えればいずれの条件にも共通して、アノード電流Iaが大きいほど、アノード42が高温度に加熱されることが、分かる。そして、各距離HaおよびHfがいずれも−10[mm]であるとき(No.1の条件)に比べて、少なくともフィラメント40の位置に関する距離Hfが0[mm]であるとき、つまり当該フィラメント40の中心が磁極中心線100上にあるとき(No.2およびNo.3の条件)の方が、よりアノード42が高温度にまで加熱される傾向にある。さらに、フィラメント40の位置に関する距離Hfのみが0[mm]であり、アノード42の位置に関する距離Haについては+10[mm]であるとき(No.2の条件)は、アノード42の下方寄りの部分が赤熱し、言い換えれば赤熱部分が偏るが、これに対して、両方の距離HaおよびHfがいずれも0[mm]であるとき、つまりアノード42およびフィラメント40それぞれの中心がいずれも磁極中心線100上にあるとき(No.3の条件)には、アノード42の略中央部分が赤熱し、要するに当該アノード42が一様に赤熱する。これらを総合すると、垂直方向におけるアノード42とフィラメント40との相対的な位置関係においては、当該アノード42およびフィラメント40それぞれの中心がいずれも磁極中心線100上にあるとき(No.3の条件)に、最も効果的にアノード42が自己加熱する、と言える。
なお、このようにアノード42およびフィラメント40それぞれの中心が磁極中心線100上にあるときに、当該アノード42の赤熱状態を撮影した画像を、図5に示す。この図5からも分かるように、アノード電流Iaが大きいほど、アノード42の赤熱状態が顕著であり、つまり当該アノード42の加熱温度が高い。また、特に、アノード電流Iaが70[A]のときの画像(図5(c))に注目すると、アノード42が略一様に赤熱していることが、分かる。
上述の実験結果に倣って、本実施形態においては、これ以降、アノード42およびフィラメント40それぞれの中心を磁極中心線100上に置く。そして、次に、水平方向におけるアノード42とフィラメント40との相対的な位置関係が、当該アノード42の自己加熱にどのような影響を与えるのかを確認するための実験を行った。
具体的には、図6(a)に示すように、アノード42側の磁界発生器52から当該アノード42までの距離Daと、フィラメント40側の磁界発生器52から当該フィラメント40までの距離Dfと、のそれぞれを種々に変化させる。これに応じて、アノード電流Ia,基板電流Ibおよびフィラメントバイアス電流Ifbのそれぞれがどのような値を示すのかを確認した。
なお、この実験においては、アノード42として、幅寸法Waが15[mm]ものを採用した。そして、水平方向における各距離DaおよびDfのそれぞれが、図6(b)に示すような条件にあるときに、アノード電流Ia,基板電流Ibおよびフィラメントバイアス電流Ifbそれぞれの最大値を測定した。これ以外は、上述の図4を参照しながら説明したのと同様である。
この図6(b)に示す実験結果によれば、アノード42側の磁界発生器52から当該アノード42までの距離Daが小さいほど、また、フィラメント40側の磁界発生器52から当該フィラメント40までの距離Dfが大きいほど、アノード電流Ia,基板電流Ibおよびフィラメントバイアス電流Ifbそれぞれの最大値が大きくなることが、分かる。ここで、上述したように、アノード電流Iaが大きいほど、アノード42がより高温度に自己加熱する、ということを鑑みると、アノード42側の磁界発生器52から当該アノード42までの距離Daが小さいほど、また、フィラメント40側の磁界発生器52から当該フィラメント40までの距離Dfが大きいほど、好都合である。従って、アノード42側の距離Daについては、図6(b)において最小値である15[mm]を最適値とする。一方。フィラメント40側の距離Dfについては、これが過度に大きいと、当該フィラメント40へのプラズマによる不都合な影響(劣化等)が懸念されるので、これを勘案して、図6(b)において2番目に大きい値である45[mm]を最適値とする。
なお、このようにして定められた各距離DaおよびDfの最適値(Da=15[mm]およびDf=45[mm])によれば、基板電流Ibについても、3.8[A]という比較的に大きい値が得られる。この基板電流Ibは、被処理物28の表面に照射されるイオンの量に相関し、当該基板電流Ibが大きいほど、被処理物28の表面へのイオンの照射量が増大して、言わばイオンの生成効率が向上するので、この点でも、当該各距離DaおよびDfの最適値は、好都合である。また、フィラメントバイアス電流Ifbについても、80[A]という比較的に大きな値が得られる。このフィラメントバイアス電流Ifbは、プラズマの発生状態(放電状態)を反映しており、当該フィラメントバイアス電流Ifbが比較的に大きいときには、プラズマが安定していることを表すので、この点でも、当該各距離DaおよびDfの最適値は、好都合である。
この実験結果に倣って、本実施形態においては、これ以降、アノード42側の磁界発生器52から当該アノード42までの距離Daを15[mm]とする。そして、フィラメント40側の磁界発生器52から当該フィラメント40までの距離Dfを45[mm]とする。
さらに、次の実験として、アノード電流Iaとアノード42の温度Qaとの関係を検証した。具体的には、アノード42として、幅寸法Waが12[mm]ものを採用した。そして、フィラメント電力Efの電流値Ifを適宜に制御することで、アノード電流Iaを図7(a)に示すような値に変化させて、その都度、フィラメントバイアス電流Ifb,基板電流Ibおよびアノード温度Qaを測定した。なお、アノード温度Qaの測定には、公知のパイロメータ(高温温度計)を用いた。これ以外は、上述の図4を参照しながら説明したのと同様である。
この図7(a)に示す実験結果によれば、アノード電流Iaが大きいほど、フィラメントバイアス電流Ifbおよび基板電流Ibが大きくなる。これについては、図6(b)に示した実験結果と共通する。そして、アノード電流Iaが大きいほど、アノード温度Qaが上昇する。特に、このアノード電流Iaとアノード温度Qaとの関係は、図7(b)に示すように、概ね比例する。
ここで、上述したように、アノード42を1100[℃]以上に加熱すれば、当該アノード42へのBN膜の付着を防止できる、ということを鑑みると、アノード42の幅寸法Waが12[mm]であるときには、アノード電流Iaを30[A]以上とすれば、当該アノード42へのBN膜の付着を防止できる、ということになる。なお、アノード42の幅寸法Waが14[mm]であるときについても、同様の実験を行ったところ、当該アノード42を1100[℃]以上に加熱するには、アノード電流Iaを50[A]以上とする必要があることが分かった。また、アノード42の幅寸法Waが18[mm]であるときについても、同様の実験を行ったところ、当該アノード42を1100[℃]以上に加熱するには、アノード電流Iaを70[A]以上とする必要があることが分かった。ただし。成膜処理時の安定性を考えると、アノード電流Iaは低い方が好都合であるので、これを勘案して、アノード42の幅寸法Waを12[mm]とし、アノード電流Iaを30[A]とする。
このように、アノード42へのBN膜の付着を防止するべく、当該アノード42を1100[℃]以上に効果的に自己加熱させるための条件として、上述したアノード42とフィラメント40との相対的な位置関係に加えて、当該アノード42の幅寸法Waおよびアノード電流Iaを、論理的にかつ証拠立てて見出すことによって、当該アノード42の絶縁化を確実に防止することに成功した。これにより、cBN膜という絶縁性膜の生成時においても、長時間にわたってプラズマの安定化を図ることができ、ひいては期待通りかつ一定品質のcBN膜を生成することができ、さらには厚膜のcBN膜を生成することができるようになった。
このことを証明するために、次のような実験を行った。即ち、被処理物28として、適当なシリコン(Si)ウェハをホルダ32に取り付ける。そして、この被処理物28の表面に、上述した要領で放電洗浄処理を施した後、中間層としてのチタン(Ti)膜を20[nm]という膜厚で生成し、さらにcBN膜を1000[nm]という膜厚で生成することを、目標とする。なお、この一連の表面処理において、真空槽12内の圧力は5.33×10−2[Pa](≒4×10−4[Torr])とする。そして、アノード電圧Vaは50[V]とし、フィラメントバイアス電圧Vfbは−24[V]とし、フィラメントバイアス電流Ifbは22[A]とする。ただし、放電洗浄処理時におけるフィラメントバイアス電圧Vfbは−20[V]とする。さらに、基板電力Ebの電圧値Vbは−80[V]とし、電流値Ibは500[mA](厳密には500[mA]〜450[mA]の範囲内)とする。そして、アルゴンガスの流量は60[ml/min]とし、cBN膜の生成時における窒素ガスの流量は45[ml/min]とする。そして、cBN膜の生成のための成膜時間は70[min]とする。
また、比較対照用として、上述した従来技術についても、同様の実験を行った。なお、この従来技術としては、アノード42の幅寸法Waが20[mm]であり、図4(a)に示した磁極中心線100から当該アノード42までの垂直方向における距離Haが−10[mm]であり、当該磁極中心線100からフィラメント40までの垂直方向における距離Hfが−10[mm]であるものを、用いた。これ以外は、本実施形態のものと同様である。
この実験では、本実施形態および従来技術のそれぞれについて、特にcBN膜の成膜時におけるフィラメントバイアス電流Ifbの推移を観測する。その結果を、図8に示す。なお、この図8において、○印が付された実線Xが、本実施形態によるフィラメントバイアス電流Ifbの推移を示し、◇印が付された破線Yが、従来技術によるフィラメントバイアス電流Ifbの推移を示す。
この実験結果を参照すると、本実施形態によれば、70[min]という成膜時間全般にわたって、フィラメントバイアス電流Ifbが略一定であること、つまりプラズマが極めて安定していることが、分かる。そして、実際に、約1000[nm]という期待通りの膜厚のcBN膜を生成し得ることを確認した。
これに対して、従来技術によれば、cBN膜の生成開始時点から十数[min]の間は、フィラメントバイアス電流Ifbは安定しているが、20[min]に到達する少し前辺りで、当該フィラメントバイアス電流Ifbは徐々に増大し始める。これは、アノード42の表面にBN膜が付着することによってアノード電流Iaが減少し、このアノード電流Iaの減少分を補うべく(つまりアノード電流Iaを一定にするべく)、フィラメントバイアス電流Ifbを増大させたことによる。まさに、アノード42が徐々に絶縁化しつつあることを、表している。そして、cBN膜の生成開始時点から約30[min]経過した辺りで、フィラメントバイアス電流Ifbの増大傾向が顕著になる。これは、アノード42の絶縁化が進行したため、当該アノード42以外の部分、例えば接地電位とされている真空槽12の内壁等のいわゆるアース部分、とフィラメント40との間でも、放電し始めたことによる。そして、cBN膜の生成開始時点から約40[min]が経過した辺りで、プラズマが消滅(放電が停止)したため、フィラメントバイアス電流Ifbの測定が不可能になった。要するに、従来技術では、期待通りのcBN膜を生成するどころか、70[min]という所期の成膜時間にわたってプラズマを維持することができない。
そこで、従来技術についてのみ、フィラメントバイアス電流Ifbが増大したときに、アノード電圧Vaを上げることで、当該フィラメントバイアス電流Ifbの増大を抑え、ひいては70[min]という所期の成膜時間にわたってプラズマを維持することを、試みた。その結果を、図9に示す。
この図9に示すように、アノード電圧Vaを適宜に調整することによって、フィラメントバイアス電流Ifbは増減を繰り返しながらも、70[min]という所期の成膜時間にわたって流れ続けるようになる。つまり、当該所期の成膜時間にわたってプラズマを維持することはできる。しかしながら、このプラズマは全く不安定であり、よって、安定した成膜処理を行うことができない。これでは、やはり期待通りのcBN膜を生成することはできない。たとえ、万一、期待通りのcBN膜を生成することができたとしても、その品質を一定に保つことはできない。
そこで、本実施形態および従来技術のそれぞれについて、上述と同じ要領で(従来技術についてはアノード電圧Vaを適宜に調整しながら)cBN膜の成膜処理を複数回、例えば4バッチ、繰り返し行い、一定品質のcBN膜を生成することができるかどうかを確認した。具体的には、それぞれのバッチにおいて生成されたcBN膜の窒素とホウ素との組成比(原子比)N/Bを測定し、各バッチ間で当該組成比N/Bにどれくらいのバラツキがあるのかを調べた。なお、組成比N/Bの測定には、公知のX線光電子分光(XPS:X-ray
Photoelectron Spectroscopy)分析装置を用いた。その結果を、図10に示す。
この図10に示す実験結果から明らかなように、本実施形態によれば、4バッチ間でのcBN膜の組成比N/Bのバラツキは±4.1[%](=(最大値−平均値)/平均値)であるのに対して、従来技術によれば、当該組成比N/Bのバラツキは±41.2[%]である。つまり、本実施形態によれば、従来技術に比べて、当該組成比N/Bのバラツキを約1/10に抑えることができる。このことから、本実施形態によれば、従来技術に比べて、極めて一定品質のcBN膜を生成することができる、ということが証明された。
そしてさらに、本実施形態について、長時間にわたってcBN膜の成膜処理を行う、という実験を試みた。具体的には、図8を参照しながら説明したのと同じ要領で、被処理物28としてのシリコンウェハの表面に放電洗浄処理を施した後、中間層としてのチタン膜を20[nm]の膜厚で生成し、その上で、cBN膜の成膜処理を300[min]にわたって連続的に行った。なお、この実験においては、cBN膜の成膜処理時における窒素ガスの流量を55[ml/min]とした。また、当該cBN膜の成膜処理時におけるフィラメントバイアス電流Ifbの推移を観測すると共に、アノード電圧Va,アノード電流Ia,フィラメントバイアス電圧Vfbおよび基板電流Ibについても、それぞれの推移を観測した。その結果を、図11に示す。
この図11に示すように、本実施形態によれば、300[min]という極めて長い成膜時間全般にわたって、フィラメントバイアス電流Ifbが略一定であること、つまりプラズマが安定していることが、確認された。また、アノード電圧Va,アノード電流Ia,フィラメントバイアス電圧Vfbおよび基板電流Ibについても、一貫して略一定であることが、確認された。そして、この長時間の成膜処理によって、約5[μm]という膜厚のcBN膜を形成することができた。
なお、参考までに、従来技術によってcBN膜の成膜処理を行っているときのアノード42の状態をディジタルスチルカメラで撮影した画像を、図12(a)に示す。この成膜処理時においては、アノード電流Iaが70[A]とされているものの、この図12(a)に示すように、アノード42の表面には赤熱していない部分が見受けられる。この赤熱していない部分は、即ち、絶縁性のBN膜が付着している部分であり、この部分は、時間の経過と共に徐々に拡大した。そして、この成膜処理を終えた後のアノード42の撮影画像を、図12(b)に示す。この図12(b)において、アノード42の表面のところどころに光沢している部分が見受けられる。この光沢している部分が、BN膜が付着している部分であり、このようにBN膜が付着することによって、アノード42が絶縁化され、成膜処理に悪影響を及ぼす。
以上のように、本実施形態によれば、cBN膜という絶縁性膜の生成時において、アノード42に当該絶縁性のBN膜が付着するのを防止し、ひいてはアノード42の絶縁化を防止することができる。従って、このアノード42とフィラメント40との間に発生するプラズマの安定化を図ることができ、ひいては期待通りかつ一定品質のcBN膜を生成することができる。また、長時間にわたっての成膜処理が可能であるので、厚膜のcBN膜を生成することもできる。
なお、本実施形態においては、cBN膜を生成する場合について説明したが、これに限らない。例えば、cBN膜と同成分のhBN(Hexagonal Boron Nitride;六方晶窒化ホウ素)膜を生成する場合や、或いは、窒化アルミニウム(AlN)膜,窒化ケイ素(Si3N4)膜,酸化チタン(TiO2)膜等のBN系以外の絶縁性膜を生成する場合にも、本発明を適用することができる。ただし、絶縁性膜の性質によって付着確率が略ゼロになる温度が異なるので、この温度に応じて、アノード42の加熱温度を定める必要がある。そして、このアノード42の加熱温度に応じて、上述した各種条件、つまりアノード42とフィラメント40との相対的な位置関係,アノード42の幅寸法Waおよびアノード電流Iaの大きさを、適宜に定める必要がある。
また、アノード42をモリブデン製としたが、これに限らない。例えば、タングステンやタンタル(Ta),炭素(C)等の当該モリブデン以外の高融点金属によって、アノード42を形成してもよい。そして、厳密に言えば、上述した絶縁性膜の付着確率が略ゼロになる温度は、このアノード42の材質によっても異なる。従って、このアノード42の材質を含め、必要に応じて、上述の各種条件を定めることが、肝要である。
さらに、アノード42の形状を概略長尺状としたが、これに限らない。例えば、棒状や平板状としてもよい。この場合、幅寸法Waに代えて、適宜の箇所の寸法を、ここで言う条件に加える。要するに、アノード42の自己加熱に大きく影響する箇所の寸法、言い換えればアノード42の導電率(または抵抗率)に大きく関係する箇所の寸法を、当該条件に加える。
そして、フィラメント40については、3本のタングステン製ワイヤから成る縒り線としたが、これに限らない。例えば、単線のワイヤであってもよいし、比較的に短いワイヤを直列に接続したものであってもよい。また、複数本のワイヤを並列に配置したものであってもよい。
また、基板電力Ebとして、周波数が100[kH]の矩形パルス電力を採用したが、これに代えて、周波数が13.56[MHz]の高周波電力を採用してもよい。ただし、この場合には、当該高周波電力の供給源(電源装置)と各被処理物28,28,…を含む負荷側との間のインピーダンスを整合させるためのマッチングボックスを、併せて備える必要がある。
さらに、成膜装置10としては、図1〜図3に示した構成のものに限らない。例えば、各被処理物28,28,…が垂直軸を中心として回転するものであってもよいし、回転しないものであってもよい。また、被処理物28は、1つのみであってもよい。そして、磁界発生器50および52は、永久磁石ではなく、電磁石であってもよいし、真空槽12内ではなく、真空槽12の外部に設けられてもよい。さらに、蒸発源18は、真空槽12の略中央ではなく、下方等の他の部分に設けてもよい。また、蒸発源18を構成する材料加熱手段は、電子銃24以外のものであってもよい。要するに、イオンプレーティング方式の成膜装置であれば、本発明を適用することができる。