以下、各実施形態について図面を参照して詳しく説明する。以下では、まず、各実施形態の基礎となる本開示の基本概念について説明する。次に、第1の実施形態では、同期フェーザ測定装置の構成について説明する。第2の実施形態では、同期フェーザ振幅の変化分を計算することによって電力系統の電圧低下を高速かつ高精度に検出する方法について説明する。第3および第4の実施形態では、具体的な数値を用いて同期フェーザを計算した例について説明する。第5の実施形態では、上記の同期フェーザ測定装置を電力系統保護リレー装置に適用した例について説明する。第6の実施形態では、同期フェーザ測定を応用して、入力信号の第2調波、第3調波を検出する手法について説明する。第7の実施形態では、同期フェーザ測定の解析手法を応用して、交流発電機/電動機の回転子の回転数を検出する装置について説明する。
以下の説明において、同一または相当する部分には同一の参照符号を付して、その説明を繰り返さない場合がある。なお、以下の説明では主として電圧について説明するが、同様のことが他の電気量(電流または電力)についても成立する。
<本開示の基本概念>
[用語の定義]
最初に、本開示で使用する用語について説明する。
・標本化定理:標本化定理(sampling theorem:サンプリング定理とも称する)は、アナログ信号をデジタル信号へと変換する際に、どの程度の間隔で標本化(サンプリング)すればよいかを定量的に示す定理をいう。工学的には、標本化定理は、原信号に含まれる最大周波数成分をfとすると、2fよりも高い周波数fsで標本化した信号は、原信号を完全に復元することができるということを示している。本開示が提案した対称性原理に基づく電気量の測定は、電気量の基本波に対して測定を行うものであるので、計算に利用されるゲージサンプリング周波数はこの標本化定理に束縛されない。従って、例えば電力系統の基本波成分をfとすると、任意のゲージサンプリング周波数fgを用いて基本波fを有する成分を復元することができる。
・複素数:実数a,bと虚数単位jを用いてa+jbの形で表される数である。電気工学ではiが電流符号であるため、虚数単位はj=√(−1)で表す。なお、√()は()の中の平方根を表す。本開示では複素数を用いて、回転ベクトルを表現する。
・複素平面:複素数を2次元平面上の点とし、実部(Re)を横軸に、虚部(Im)を縦軸にとった直角座標で複素数を表す平面である。
・同期フェーザ(回転ベクトル):電力系統の電気量(電圧あるいは電流)に対応するベクトルであって、複素平面上で反時計回りに回転するベクトルである。同期フェーザの実数部は電気量の瞬時値である。
・差分回転ベクトル:サンプリング周波数で1サイクル隔てた2つの回転ベクトル同士の差分ベクトルである。差分回転ベクトルの実数部は、サンプリング周波数で1サイクル隔てた2つの瞬時値の差分である。
・対称群:複素平面上で回転している対称性を有する複数のベクトルによって構成した群(グループ:group)をいう。
・群表:群の積の規則を一覧表にしたものである。本願では、ゲージ電圧群とゲージ差分電圧群の群表を提示している。
・不変量(invariant):不変量は、対称群が有している、ある変換の下では変化しない系の性質である。本願における不変量には、ゲージ回転位相角、周波数係数、ゲージ電圧、ゲージ電圧群中心ベクトル、ゲージ差分電圧、ゲージ差分電圧群中心ベクトルなどがある。なお、不変量が分かれば、対称群の特性も分かる。
・ベクトル乗積表:対称群における所定のメンバー(ベクトル変数)同士の積(掛け算)で表される表(テーブル)である。対称群の不変量を調べるためのロードマップになる。
・ベクトル加算表:対称群における所定のメンバー(ベクトル変数)同士の加算(足し算)で表される表(テーブル)である。対称群の不変量を調べるためのロードマップになる。
・ベクトル減算表:対称群における所定のメンバー(ベクトル変数)同士の減算(引き算)で表される表(テーブル)である。対称群の不変量を調べるためのロードマップになる。
・実数乗積表:対称群における所定のメンバー(実数変数)同士の積(掛け算)で表される表(テーブル)である。
・実数加算表:対称群における所定のメンバー(実数変数)同士の加算(足し算)で表される表(テーブル)である。
・実数減算表:対称群における所定のメンバー(実数変数)同士の減算(引き算)で表される表(テーブル)である。
・リアルタイム周波数(実周波数とも称する):電力系統における現実の周波数である。この実周波数は、電力系統が安定であっても、定格周波数の近傍で微妙に変動している。本開示において、リアルタイム周波数はfで表現する。リアルタイム周波数fの単位はヘルツ(Hz)である。また、電気回路等における角周波数ωは、ω=2πfで表され、その単位は(rad/s)である。
・データ収集サンプリング周波数:データ収集時のサンプリング周波数(第1のサンプリング周波数)であり、記号f1で表す。このデータ収集サンプリング周波数f1は、高いほうが精度がよい。なお、ゲージサンプリング周期Tと同様にデータ収集サンプリング周期T1は、データ収集サンプリング周波数f1の逆数として、T1=1/f1で表される。
・ゲージサンプリング周波数:ゲージ対称群の計算に使用されるサンプリング周波数(第2のサンプリング周波数)であり、記号fSで表す。よって、ゲージサンプリング周期Tは、ゲージサンプリング周波数fSの逆数として、T=1/fSで表される。なお、T,T1の間には、T>T1の関係がある。
・系統周波数:基本的には、電力系統における定格周波数を意味し、一般的には50Hz、60Hzの2種類がある。
・サンプリング位相角:電圧回転ベクトル(単に「電圧ベクトル」と称する場合もある)あるいは電流回転ベクトル(単に「電流ベクトル」と称する場合もある)がデータ収集サンプリング周波数で1サイクルの間に複素平面上で回転した位相角であり、α1で表す。
・ゲージ回転位相角:電圧回転ベクトル(単に「電圧ベクトル」と称する場合もある)あるいは電流回転ベクトル(単に「電流ベクトル」と称する場合もある)がゲージサンプリン周波数で1サイクルの間に複素平面上で回転した位相角であり、αで表す。
・周波数係数:ゲージ回転位相角αの余弦関数値であり、fCで表す。本開示における全てのゲージ対称群に対してそれぞれ周波数係数の計算式が提示される。なお、周波数係数fCを対称性指標として利用すれば、交流であるかどうかの判別が可能となる。
・移動平均処理:所定数の直近データを用いて行う単純な平均処理である。なお、移動平均処理を行うことにより、測定誤差および相加性ガウス雑音の影響を小さくすることができる。
・ゲージ電圧群:時系列的に連続した3つの電圧ベクトルにより構成される対称群である。なお、電圧以外の電流、電力(有効電力、無効電力)についても同様な対称群の概念が定義可能である。
・ゲージ電圧:ゲージ電圧群により計算される電圧不変量である。計算式は式(B15)として後で示す。
・ゲージ電圧群中心ベクトル:ゲージ電圧群を構成する3つの電圧ベクトルの鏡映対称軸上の回転ベクトルをいう。その瞬時位相角は、ゲージ電圧中心角と称され、時間とともに変化している。
・ゲージ差分電圧群:時系列的に連続した3つの差分電圧ベクトルにより構成される対称群である。
・ゲージ差分電圧:ゲージ差分電圧群により計算される差分電圧不変量である。計算式は式(F12)として後で示す。
・ゲージ差分電圧群中心ベクトル:ゲージ差分電圧群を構成する3つの差分電圧ベクトルの基となる時系列的に連続した4つの電圧回転ベクトルについて、それらの鏡映対称軸上の回転ベクトルをいう。その瞬時位相角はゲージ差分電圧群中心角と称され、時間とともに変化している。
・相差角:複素平面上の同期フェーザの位相角と仮想基準フェーザの位相角との差分である。相差角の取り得る値は、−180度から+180度の間である。
・対称性の破れ:入力波形が純粋な正弦波から崩れること。振幅急変、位相急変、あるいは周波数急変により、入力波形の対称性が破れる。この対称性の破れを判定(検出)するための指標が対称性指標である。
・アクティブフィルタ(Active Filter):本発明者が提案している能動型のフィルタであり、入力の電気信号から基本波以外のすべての高調波成分と直流成分との合計値を取り出すフィルタである。現在一般的なアクティブフィルタは特定の高調波成分を抽出するものである。
・総合同期フェーザ誤差(TSE:Total Synchrophasor Error):現時点の入力瞬時値データに基づいて計算された同期フェーザ振幅をV1とし、現時点までの同期フェーザ振幅の平均値をV0としたとき、振幅瞬時値V1と振幅平均値V0との差分の絶対値を振幅平均値V0で除した値を百分率で表示したものである。入力波形が正弦波の場合、総合同期フェーザ誤差は零である。総合同期フェーザ誤差が大きいほど、入力データに高調波成分が多く存在している。
・多重スケール法:周波数計算参照表法とも呼ぶべきものであり、本願発明者が先に提案している1つのゲージサンプリング周波数を用いた手法(単重スケール法と称する)から発展して、複数のゲージサンプリング周波数を用いて、同時に電気量を測定する手法に向けられる。本願発明者は、特開2016−24168号(特許文献4)において多重スケール法について詳細に説明した。本開示による同期フェーザの計算方法は、多重スケール法を用いたものに拡張可能である。
・離散フーリエ変換(DFT:discrete Fourier Transform):離散化されたフーリエ変換であり、離散化されたデジタル信号の周波数解析などに使われる。
[同期フェーザと周波数の定義]
IEEE規格の同期フェーザおよび周波数の定義と比較しながら、本開示におけるスパイラルベクトル理論に基づいた同期フェーザの定義について説明する。
(1.IEEE規格の同期フェーザの定義)
IEEE規格(非特許文献1の式(3))によれば、同期フェーザ(synchrophasor)は以下の式(A1)のように定義されている。下式(A1)においてω0は定格角周波数、f0は定格周波数(50Hz或いは60Hz)、Xmは同期フェーザの振幅、φは同期フェーザの位相角である。
上式(A1)に示す同期フェーザの位相角φは、周波数領域において基準(UTC(協定世界時): Coordinated Universal Time)となる定格周波数交流波形の位相角からの差分として定義されている(非特許文献1の第5頁から6頁の4.2 Synchrophasor definitionを参照)。さらに、IEEE規格(非特許文献1の式(7)および式(8)を参照)によれば、入力波形の正弦波を式(A2)で表したとき、周波数は次式(A3)で定義されている。
上式(A3)においてΔf(t)は、リアルタイム周波数f(t)と定格周波数f0との差分である。このように、IEEE規格では、同期フェーザにおける周波数の定義は位相角の定義とは別々に定義されている。そして一般に、この周波数の演算は、周波数領域でDFT信号処理により基本波を抽出することに基づいている。したがって、IEEEの定義に従って、高速高精度に周波数の測定を行うことは困難である。
(2.本開示の同期フェーザの定義)
本開示は、時間領域で同期フェーザを定義するとともに、同期フェーザの測定方法を提案する。なお、本開示による同期フェーザの定義によれば、IEEE規格による同期フェーザの位相角は、定格周波数の仮想基準フェーザに対する相差角として計算することができる。以下、本開示の方法による複素平面上の同期フェーザの定義について説明する。
図1は、複素平面上の同期フェーザを説明するための図である。図1を参照して、スパイラルベクトル理論の状態変数回転ベクトル(複素数)を用いて、同期フェーザの定義は次式(A4)の回転ベクトルとして与えられる。次式(A4)において、Vは同期フェーザ振幅であり、ωは同期フェーザ角周波数であり、fは同期フェーザ周波数であり、φ1同期フェーザ位相角である。
上式(A4)の同期フェーザは実数部vreおよび虚数部vimを用いた以下の式(A5)および(A6)の複素数で表現することができる。
このように、本開示による新しい同期フェーザの定義では、振幅、周波数、および位相角の三要素を有し、定格周波数を有する基準となる正弦波との差分を必要としない。なお、上記の定義により、次式(A7)の同期フェーザ波動方程式を導くことができる。
上記の同期フェーザ波動方程式を満たす同期フェーザ角周波数と同期フェーザ位相角とを同時に確定することはできないので、高速高精度の測定のためには同期フェーザ位相角の測定と同期フェーザ角周波数の測定とはそれぞれ同時に行われなければならないことが示唆される。本開示では、ゲージ電圧群またはゲージ差分電圧群という群論的な手法を用いて、周波数測定(周波数領域)と位相角測定(時間領域)とを同時に処理することにより、高速高精度の同期フェーザ測定を実現している。
[対称性原理に基づく同期フェーザの構築]
図2は、周波数とゲージ回転位相角との双対関係(duality)を説明するための図である。図2を参照して周波数とゲージ回転位相角との間の関係を示す基本式として次式(A8)を導入する。下式(A8)において、fは実周波数、fgはゲージサンプリング周波数、αはゲージ回転位相角である。
上記の対称性原理に基づく同期フェーザを用いることによって、入力波形の位相と周波数を同時に測定する。そして、このように時間領域と周波数領域を同時に処理することにより、測定可能な最大の時間測定精度と同等な精度を有している同期フェーザを求めることができる。
本願発明者は既にこれまで、群論的な手法を利用して、ゲージ電圧群もしくはゲージ差分電圧群の不変量を計算し、さらに算出した不変量に基づいて同期フェーザの周波数、位相、および振幅を計算する手法を示してきた(たとえば、特許文献3および発明者による未公開の出願(特願2015-191480)を参照)。この従来の発明者による方法では、ゲージ同期フェーザ群およびゲージ差分同期フェーザ群を用いて同期フェーザの周波数、位相、および振幅を計算している。
本開示では、更に、ゲージ電圧群およびゲージ差分電圧群中心ベクトルという新しい不変量を定義し、時間とともに変化している同期フェーザ位相角を求める方法を示す。ここで、本開示による同期フェーザは複素平面上で反時計まわりに回転しているので、その位相角はステップごとに変化している。このステップごとに生じるノイズなどの影響を最小限に低減しつつ、動的な同期フェーザが構築されている。
[本開示による同期フェーザの定義およびその測定方法と従来手法との比較]
以下の表1に、対称性の原理に基づく本開示による同期フェーザの定義およびその測定手法と、従来手法との比較を示す。
本願発明者が提案している同期フェーザの定義によれば、同期フェーザ位相角が複素平面上の時間領域瞬時位相角として定義され計算される。さらに、2つのノード間の同期フェーザ位相角の差分が空間同期フェーザと定義され計算される。空間同期フェーザは、電力系統の制御保護および監視に利用することができる。
これに対して、IEEE規格による従来の同期フェーザ(synchrophasor)位相角は、は系統定格周波数を有する正弦波との差分として定義される。したがって、IEEE規格による同期フェーザには、電圧回転ベクトルまたは電流回転ベクトルの瞬時位相角の定義がない。したがって、IEEE規格では、各同期フェーザ測定装置は、ローカルで計測された電力系統基本周波数に基づく振幅および位相を静止フェーザの形式で伝送している(非特許文献1の第12頁のTable 2-Table of synchrophasor values at a 10fps reporting rateを参照)。
一方、本開示による同期フェーザ測定装置は、同期フェーザ振幅と同期フェーザ周波数とをIEEE規格のフォーマットに整列して送信することができる。さらに、電力系統の各ノードの瞬時同期フェーザ位相角(IEEE規格では定義されていない)を、GPS(Global Positioning System)などを利用した時間スタンプ付きで遠方の電力系統監視制御システムに送信することができる。電力系統監視制御システムでは、2つのノード間の空間同期フェーザを計算し、計算した空間同期フェーザを用いて電力系統の安定度を監視し制御することができる。
なお、従来理論を用いることによって複素平面上の瞬時同期フェーザ位相角を定義したり計算したりすることができない例として、2ノード間の電圧の位相差角の計算式を挙げることができる(たとえば、非特許文献3の170頁の表5.5を参照)。この計算式では現時点のサンプリングデータと現時点よりも90°前のサンプリングデータとが用いられるので、系統周波数が定格周波数であることを前提に位相差角が計算されている。電力系統が脱調しているとき、系統周波数は定格周波数からずれているので、従来理論による計算式の誤差は大きい。
また、特許第5217075号公報(特許文献6)は、単相交流信号の位相検出方法と同方法を用いた電力変換装置を開示している。同文献の方法では、DFT法をベースに位相検出を実現している。具体的には、単相交流信号の位相検出対象周波数成分に対して、対象周波数成分と同位相の同相信号と、対象周波数成分に対してπ/2(rad)位相進みあるいは遅れの矩相信号とが、安定なフィードバック形フィルタを1個以上用いて単相交流信号から抽出される。抽出した同相信号と矩相信号とを用いて、対象周波数成分の位相が検出される。
上記の特許文献6に開示された方法と比較した場合の本開示の手法のメリットは次のとおりである。第1に、DFTを利用せずに対称性原理を利用することによって、高速かつ高精度に単相交流信号の位相を検出することができる。第2に、本開示の手法によれば、ゲージ差分電圧群を利用して、直流成分(交流振幅よりも大きくても問題ない)を含む単相交流信号の位相を検出することができる。
[複素平面上のゲージ電圧群について]
以下、具体的な対称群の操作により不変量を見出すための式展開について説明する。まず、ゲージ電圧群に基づく計算手法について説明する。
図3は、複素平面におけるゲージ電圧群について説明するための図である。複素平面上の3個の電圧回転ベクトルを次式(B1)で表すことを仮定する。ここで、Vは交流電圧振幅、Tはゲージサンプリング周期である。
さらに、新しい不変量としてゲージ電圧群中心ベクトルを次式(B2)で定義する。次式(B2)において、φ0はゲージ電圧群中心ベクトルの瞬時位相角(ゲージ電圧群中心角とも称する)であり、その取り得る値は−180度から+180度である。なお、本願発明者が特許文献1〜3において用いていたωt(ただし、ωは角周波数、tは時間)に代えて式(B1)および(B2)では瞬時位相角φ0が用いられている。
[ゲージ電圧群の鏡映対称性について]
図4は、ゲージ電圧群の鏡映対称性について説明するための図である。図4(A)において鏡映対称性(reflection symmetry)について説明し、図4(B)において群表を示す。
図4(A)を参照して、電圧回転ベクトルOA、電圧回転ベクトルOB、および電圧回転ベクトルOCの全体を構造体OABCと呼ぶことにする。構造体OABCは対称軸OBに関する鏡映操作σによって構造体OCBAに移動する。すなわち、鏡映操作σによって電圧回転ベクトルOAと電圧回転ベクトルOCとが相互に交換され、電圧回転ベクトルOBは不変である。
上記の鏡映操作σと恒等操作e(何の移動もしない)とは図4(B)および次表2に示すように群をなす。
すなわち、次式(B3)に示すように、ゲージ電圧群に関して恒等操作eと鏡映操作σとによって群Gが構成される。
[ゲージ電圧群のベクトル乗積表の構築]
以下、ゲージ電圧群の乗積表、加算表および減算表を用いて、ゲージ電圧群の具体的な不変量を導き、さらにこの不変量を用いて同期フェーザの諸量を求める方法を説明する。まず、次の表3にゲージ電圧群のベクトル乗積表を示す。
ゲージ電圧群のベクトル乗積表は、ゲージ電圧群の不変量を調べるために、ゲージ電圧群を構成する各ベクトル同士の乗積を計算したものである。上記のベクトル乗積表に示されている電圧回転ベクトルv1は複素数の状態変数である。表3において“×”は掛け算を行うことを示している。上記のゲージ電圧群のベクトル乗積表の各乗積の計算結果は次式(B4)で表される。
図5は、ゲージ電圧群のベクトル乗積空間図である。2つの回転ベクトルの乗積によって生成された空間をベクトル乗積空間と呼ぶ。図5では表3の各乗積ベクトルが複素平面上に図示されている。図5のベクトル乗積空間図を利用することによって、交流正弦波に内在する対称性が明瞭になる。図3に示すゲージ電圧群を構成する電圧回転ベクトルv1の角周波数をωとすると、図5の各乗積ベクトルは角周波数2ωで反時計回りに回転する回転ベクトルである。
[ゲージ電圧群の実数乗積表の構築]
次に、ゲージ電圧群を構成する電圧回転ベクトルv1(t)、v1(t−T)、v1(t−2T)の電圧瞬時値をそれぞれv11、v12、v13とする。これらの電圧瞬時値を用いて作成した、表3のベクトル乗積表に対応する実数乗積表を以下の表4に示す。
一般に電圧回転ベクトルの電圧瞬時値は電圧回転ベクトルの実数部または虚数部であるが、この明細書では電圧瞬時値を実数部で表すものとする。すると、各電圧回転ベクトルの電圧瞬時値は、次式(B5)で表される。次式(B5)においてReは複素数の実数部を表す。
さらに、上記の表4のゲージ電圧群の実数乗積表の各乗積の値は、上式(B5)を用いると次式(B6)のように表される。
以下、上記の式(B6)に示すゲージ電圧群の実数乗積表の各乗積の計算結果を利用して、ゲージ電圧群の不変量の計算式を示す。さらに、ゲージ電圧群中心角φ0の具体的な表式を示す。
[ゲージ電圧群の周波数係数の計算]
ゲージ電圧群の周波数係数(cosα)は、次式(B7)によって与えられる。用語の定義で説明したように、周波数係数とはゲージ回転位相角αの余弦関数値である。実数乗積表の関連する乗積値を用いることによって次式(B7)を導出することができる。
[ゲージ電圧群の対称性指標]
上記の周波数係数を利用して、ゲージ電圧群の対称性指標として以下の式(B8)が定義される。次式(B8)は、入力電圧(電力系統から検出された時系列の電圧瞬時値)が交流であるか否かの指標となる。
上式(B8)が満たされているとき、電圧回転ベクトルv1(t)、v1(t−T)、v1(t−2T)によって交流対称群を構築することができない。本開示では、上式(B8)が満たされている場合をゲージ電圧群の対称性が破れていると称する。ゲージ電圧群の対称性が破れている場合には、その時点の電圧瞬時値を用いて同期フェーザを計算することができないので、次に示すように仮想同期フェーザを計算する。一方、上式(B8)が満たされていない場合には、入力電圧は交流であると判断されるので、現時点の電圧瞬時値を用いて同期フェーザの計算を行う。
[対称性が破れている場合の仮想同期フェーザの計算方法]
図6は、複素平面上の仮想同期フェーザの計算方法について説明するための図である。図6を参照して、ゲージ電圧群の対称性が破れている場合には、仮想同期フェーザの振幅V(t)と系統周波数f(t)とは、それぞれ次式(B9)および(B10)に示すように、前ステップの測定値をラッチする(そのまま保持して使用する)ことによって得られる。次式(B9)および(B10)において、T1はデータ収集サンプリング周期である。
また、サンプリング位相角α1および仮想同期フェーザの位相角φ1(t)は、それぞれ次式(B11)および(B12)のように計算される。次式(B11)および(B12)において、φ1(t−T1)は、前ステップにおける同期フェーザ位相角の測定値である。
上式(B12)に示すように、データ収集サンプリング周波数に対応する位相角α1と全体の同期フェーザ位相角φ1(t−T1)との合計値によって、仮想同期フェーザの位相角φ1(t)が与えられる。
[ゲージ回転位相角の計算]
引き続き、ゲージ電圧群の乗積表に基づく諸量の計算方法について説明する。ゲージ回転位相角αは、次式(B13)に示すように、前述の式(B7)の周波数係数の計算結果を用いて計算することができる。
上式(B13)の逆余弦関数の計算をテイラー展開に基づいて行う場合、計算時間を節約することができる。なお、高調波成分の影響を低減するため、一般に、複数の時刻でのゲージ電圧群からそれぞれ算出された周波数係数およびゲージ回転位相角の移動平均処理が行われる。
[系統周波数の計算]
系統周波数fは、ゲージ回転位相角αと系統周波数fとの双対関係を表す基本式(A8)から計算することができ、具体的には以下の式(B14)に従って求められる。なお、高調波成分の影響を低減するため、一般に、複数の時刻でのゲージ電圧群からそれぞれ算出された系統周波数の移動平均処理が行われる。
[ゲージ電圧群の同期フェーザ振幅の計算]
ゲージ電圧Vgは次式(B15)の1行目で定義される。さらに、式(B15)では実数乗積表に基づく式(B6)を代入して式変形を行うことによって、最終的なゲージ電圧Vgの表式が得られる。
上式(B15)のゲージ電圧Vgの定義式と周波数係数fCを表す式(B7)とを用いることによって、ゲージ電圧群に基づく同期フェーザ振幅Vの計算式は次の式(B16)によって与えられる。なお、高調波成分の影響を低減するため、一般的に、複数の時刻でのゲージ電圧群からそれぞれ算出された同期フェーザ振幅Vの移動平均処理が行われる。
[ゲージ電圧群中心角の計算式(ゲージ電圧群乗積表に基づく)]
前述の式(B6)の第4番目の等式から、ゲージ電圧中心角φ0は次式(B17)によって計算することができる。次式(B17)中の同期フェーザ振幅Vの値は上式(B16)によって与えられる。
上式(B17)では逆余弦関数が用いられているため、ゲージ電圧群中心角φ0の計算結果は常にプラスになる。実際のゲージ電圧群中心角φ0は複素平面上で−180度から+180度まで変化し、ゲージ電圧群中心ベクトルは常に反時計まわりで回転している。これに対して、上記の計算結果によるゲージ電圧群中心ベクトルは、実際のゲージ電圧群中心角φ0が0度から180度の間で変化しているときには反時計まわり変化するが、実際のゲージ電圧群中心角φ0が−180度から0度の間で変化しているときには、180度から0度の方向に順時計まわりで変化する。このような問題が存在しているため、ゲージ電圧群中心角φ0の計算には、後述するような逆正接関数を用いた計算式(C4)または(D4)または(D5)を利用するのが望ましい。
[ゲージ電圧群のベクトル加算表の構築]
対称性を利用して上記とは別の方法でゲージ電圧群中心角φ0を計算するため、以下の表5に示すゲージ電圧群のベクトル加算表を構築する。
ゲージ電圧群のベクトル加算表は、ゲージ電圧群を構成する各電圧ベクトル同士を加算したものである。上記のベクトル加算表に示されている電圧回転ベクトルv1は複素数の状態変数である。上表において“+”は加算を行うことを示している。上記のベクトル加算表の各加算結果は次式(C1)で表される。
図7は、ゲージ電圧群のベクトル加算空間図である。2つの回転ベクトルの加算によって生成された空間をベクトル加算空間と呼ぶ。図7では表5の各加算ベクトルが複素平面上に図示されている。図7のベクトル加算空間図を利用することによって、交流正弦波に内在する対称性が明瞭になる。ベクトル加算空間では各加算ベクトルはωの角速度で反時計回りに回転する。
[ゲージ電圧群の実数加算表の構築]
次に、表6に示すように、ゲージ電圧群を構成する電圧回転ベクトルv1(t)、v1(t−T)、v1(t−2T)の各電圧瞬時値v11、v12、v13を用いてゲージ電圧群の実数加算表を作成する。
一般に電圧回転ベクトルの電圧瞬時値は電圧回転ベクトルの実数部または虚数部であるが、この明細書では電圧瞬時値を実数部で表すものとする。すると、上記の実数加算表の各加算値は次式(C2)のように表される。
[ゲージ電圧群中心角の計算式(ゲージ電圧群加算表による)]
次に、上記のゲージ電圧群の実数加算表の各加算結果を利用して、ゲージ電圧群中心角φ0を計算する方法について説明する。具体的には、上式(C2)によって次式(C3)が成立するので、ゲージ電圧群中心角φ0は次式(C3)を変形することによって次式(C4)のように表される。
上式(C4)のゲージ電圧群中心角φ0の計算結果は、実際のゲージ電圧群と同様に複素平面上で−180度から+180度まで変化し、常に反時計まわりで回転している。図3を参照すると、現時点の同期フェーザ位相角φ1は、上式(C4)のゲージ電圧群中心角φ0と式(B13)で計算されるゲージ回転位相角αとを用いて、次式(C5)に従って計算することができる。
[ゲージ電圧群による同期フェーザの計算式]
同期フェーザv1(t)の定義は次式(C6)で与えられ、同期フェーザの実数部vreおよび虚数部vimは次式(C7)で与えられる。次式(C6)および(C7)において、Vは同期フェーザ振幅であり、φ1は現時点の同期フェーザ位相角である。
[ゲージ電圧群のベクトル減算表の構築]
上述したベクトル乗算表およびベクトル加算表とは別の方法で対称性を利用してゲージ電圧群中心角φ0を計算するため、以下の表7に示すゲージ電圧群のベクトル減算表を構築する。
ゲージ電圧群のベクトル減算表は、ゲージ電圧群を構成する各電圧ベクトル同士を減算したものである。上記のベクトル減算表に示されている電圧回転ベクトルv1は複素数の状態変数である。上表において“−”は減算を行うことを示している。上記のベクトル減算表の各減算結果は次式(D1)で表される。
図8は、ゲージ電圧群のベクトル減算空間図である。2つの回転ベクトルの減算によって生成された空間をベクトル減算空間と呼ぶ。図8では表7の各減算ベクトルが複素平面上に図示されている。図8のベクトル減算空間図を利用することによって、交流正弦波に内在する対称性が明瞭になる。ベクトル減算空間では各減算ベクトルはωの角速度で反時計回りに回転する。
[ゲージ電圧群の実数減算表の構築]
次に、表8に示すように、ゲージ電圧群を構成する電圧回転ベクトルv1(t)、v1(t−T)、v1(t−2T)の各電圧瞬時値v11、v12、v13を用いてゲージ電圧群の実数減算表を作成する。
この明細書では電圧瞬時値を実数部で表すものとしているので、上記の実数減算表の各減算値は次式(D2)のように表される。
[ゲージ電圧群中心角の計算式(ゲージ電圧群減算表による)]
次に、上記のゲージ電圧群の実数減算表の各減算結果を利用して、ゲージ電圧群中心角φ0を計算する方法について説明する。具体的には、上式(D2)によって次式(D3)が成立するので、ゲージ電圧群中心角φ0は次式(D3)を変形することによって次式(D4)のように表される。
上式(D4)のゲージ電圧群中心角φ0の計算結果は、実際のゲージ電圧群と同様に複素平面上で−180度から+180度まで変化し、常に反時計まわりで回転している。
図3を参照すると、現時点の同期フェーザ位相角φ1は、上式(D4)のゲージ電圧群中心角φ0と式(B13)で計算されるゲージ回転位相角αとを用いて、前述の式(C5)に従って計算することができる。さらに、式(B16)で表される同期フェーザ振幅の計算結果と同期フェーザ位相角φ1の計算結果とを前述の式(C7)に代入することによって、同期フェーザ実数部および虚数部を計算することができる。
[ゲージ電圧群中心角の計算式(平均化計算法による)]
上記したゲージ電圧群中心角φ0の計算式(C4)および(D4)の両方を用いて両者の平均を計算することによって、次式(D5)で表されるゲージ電圧群中心角φ0の計算式が得られる。
上式(D5)では、tan関数とcot関数に対称性がある。このため、ゲージ回転位相角αとしてリアルタイム周波数に対応するものでなく、定格周波数に対応するものを用いることができる。定格周波数に対応するゲージ回転位相角αを用いると誤差が生じるが、この誤差の多くはtan関数とcot関数の対称性によって打ち消されるからである。たとえば、定格周波数に対応するゲージ回転位相角αとしてα=90°を採用すれば、tan(α/2)およびcot(α/2)はそれぞれ1になるので計算過程を大幅に簡略化することができる。
さらに、現時点の同期フェーザ位相角φ1は、上式(D5)のゲージ電圧群中心角φ0と式(B13)で計算されるゲージ回転位相角αとを用いて、前述の式(C5)に従って計算することができる。さらに、式(B16)で表される同期フェーザ振幅の計算結果と同期フェーザ位相角φ1の計算結果とを前述の式(C7)に代入することによって、同期フェーザ実数部および虚数部を計算することができる。
[最小二乗法による同期フェーザ実数部および虚数部の推定計算]
以下、最小二乗法を用いてゲージ電圧群による同期フェーザの推定値を計算する手法について説明する。まず、背景となる問題点について説明する。
入力電圧信号が純粋な正弦波の場合には、異なるスケール(ゲージ回転位相角α)を用いてもゲージ電圧群による同期フェーザの計算結果として同じ解析解が得られる。しかしながら現実の波形には、電圧フリッカの影響によって対称性の破れが生じたり(交流でなくなる)、ホワイトノイズ(高調波成分)が存在したりする。このため、ゲージ電圧群による同期フェーザの計算結果に誤差が生じる。
そこで、高調波成分の影響を低減するため、ゲージ電圧群による同期フェーザを最小二乗法用いて推定する演算手法を提案する。この手法の特徴は、推定演算に必要な入力値として、時系列の電圧瞬時値データと電力系統周波数とが必要であり、その他の入力値を必要としない点である。これらの入力値に基づいて、同期フェーザの実数部、虚数部、振幅、および位相角を求めることができる。一般に、電力系統周波数は定格周波数(50Hz或いは60Hz)近辺で変動しているため、近似的には定格周波数を利用して同期フェーザを推定することができる。
ただし、この手法は、前述したようなゲージ電圧群中心角φ0を用いて同期フェーザを導出する方法に比べてやや計算量が多くなる。いずれの方法によって同期フェーザを計算すべきかについては、信号処理装置の性能に応じて選択するのが望ましい。以下、具体的な計算式について説明する。
図9は、最小二乗法による同期フェーザ実数部および虚数部の推定計算について説明するための図である(ゲージ電圧群を用いた場合)。図9に示すように、現時刻tにおける同期フェーザv1(t)の位相角をφとし、振幅をVとすると、現時刻の同期フェーザv1(t)の実数部vre(vre11とも記載する)および虚数部vimは以下の式(E1)で表される。
さらに、現時刻tからデータ収集サンプリング周期T1だけ前の同期フェーザv1(t−T1)の実数部をvre12とする。以下同様に、現時点よりも周期T1×(n−1)(nは2以上の整数)だけ前の同期フェーザv1(t−(n−1)T1)の実数部をvre1nとする。そうすると、実数部vre11,vre12,…,vre1nの値は次式(E2)で表される。
上式(E2)において、α1はデータ取集サンプリング周期T1に対応する位相角であり、次式(E3)で表される。さらに、データ取集サンプリング周期T1は、次式(E4)に示すようにデータ取集サンプリング周波数f1の逆数で与えられる。
また、上式(E3)のfは実測された電力系統基本波周波数である。近似的には基本波周波数fは定格周波数として与えることができる。より正確には、電圧瞬時値データを用いて前述の式(B7)、(B13)、および(B14)に従って計算した実周波数を移動平均処理によって平均化した値が、基本波周波数fとして用いられる。
次に、上式(E2)の各等式の左辺を展開すると次式(E5)が得られる。
上式(E5)を行列表示に書き直して、[cosφ,sinφ]Tについて解き(“T”は転置行列を表す)、上式(E1)の右辺に代入すると、下式(E6)が得られる(“−1”は逆行列を表す)。下式(E6)の係数行列Aは下式(E7)で与えられる。
時系列の電圧瞬時値データvre11,vre12,…,vre1nとデータ取集サンプリング周期T1に対応する位相角α1(実周波数fに基づく)とを上式(E6)および(E7)に代入することによって、現時点tの電圧フェーザv1(t)の実数部vreおよび虚数部vimの推定値を求めることができる。さらに、算出された実数部vreおよび虚数部vimの推定値から同期フェーザ振幅Vと同期フェーザ位相角φとが、次式(E8)および(E9)に従ってそれぞれ求められる。
[複素平面上のゲージ差分電圧群について]
次に、ゲージ差分電圧群を用いた計算手法について説明する。
図10は、複素平面上のゲージ差分電圧群について説明するための図である。図10を参照して、ゲージ差分電圧群は、時系列的に連続する3つの差分電圧回転ベクトルv2(t),v2(t−T),v2(t−2T)によって構成される。この3つの差分電圧回転ベクトルv2(t),v2(t−T),v2(t−2T)は、ゲージサンプリング周波数fSで抽出された、時系列的に連続した4つの電圧回転ベクトルv1(t),v1(t−T),v1(t−2T),v1(t−3T)の隣接する2点間の差分を算出することによって得られる。具体的に、複素平面上の3つの差分電圧回転ベクトルは次式(F1)で表すことができる。次式(F1)において、Vは交流電圧振幅、Tはゲージサンプリング周期である。上記の位相角φ0をゲージ差分電圧群中心角と称する。位相角φ0の意味については後述する。
次に、新しい不変量としてゲージ差分電圧群中心ベクトルv20(t)を導入する。ゲージ差分電圧群中心ベクトルv20(t)は次式(F2)で定義される。
上式(F2)において、ゲージ差分電圧群中心角φ0はゲージ差分電圧群中心ベクトルv20(t)の瞬時位相角である。位相角φ0の取り得る値は−180度から+180度までである。図10において、ゲージ差分電圧群中心ベクトルv20(t)は、ゲージ差分電圧群の基となる4つの電圧回転ベクトルv1(t),v1(t−T),v1(t−2T),v1(t−3T)の鏡映対称軸上に位置する。
[ゲージ差分電圧群の鏡映対称性について]
図11は、ゲージ差分電圧群の鏡映対称性について説明するための図である。図11(A)において鏡映対称性(reflection symmetry)について説明し、図11(B)において群表を示す。
図11(A)を参照して、電圧回転ベクトルOA、電圧回転ベクトルOB、電圧回転ベクトルOC、および電圧回転ベクトルODの全体を構造体OABCDと呼ぶことにする。構造体OABCDは対称軸RSAに関する鏡映操作σによって構造体ODCBAに移動する。すなわち、鏡映操作σによって電圧回転ベクトルOAと電圧回転ベクトルODとが入れ替わり、電圧回転ベクトルOBと電圧回転ベクトルOCとが入れ替わる。
上記の鏡映操作σと恒等操作e(何の移動もしない)とは図11(B)および次表9に示すように群をなす。表9の群表は、ゲージ電圧群に関する表2と同じである。
すなわち、次式(F3)に示すように、ゲージ差分電圧群に関して恒等操作eと鏡映操作σとによって群Gが構成される。
[ゲージ差分電圧群のベクトル乗積表の構築]
以下、ゲージ差分電圧群の乗積表、加算表および減算表を用いて、ゲージ差分電圧群の具体的な不変量を導き、さらにこの不変量を用いて同期フェーザの諸量を求める方法を説明する。まず、次の表10にゲージ差分電圧群のベクトル乗積表を示す。
ゲージ差分電圧群のベクトル乗積表は、ゲージ差分電圧群の不変量を調べるために、ゲージ差分電圧群を構成する各差分電圧ベクトル同士の乗積を計算したものである。上記のベクトル乗積表に示されている差分電圧回転ベクトルv2は複素数の状態変数である。表10において“×”は掛け算を行うことを示している。上記のゲージ差分電圧群のベクトル乗積表の各乗積の計算結果は次式(F4)で表される。
上式(F4)の各等式の右辺の計算を行うと、以下の式(F5)の結果が得られる。
図12は、ゲージ差分電圧群のベクトル乗積空間図である。図5では表10の各乗積ベクトルが複素平面上に図示されている。図12のベクトル乗積空間図を利用することによって、交流正弦波に内在する対称性が明瞭になる。図10に示すゲージ差分電圧群を構成する差分電圧回転ベクトルv2の角周波数をωとすると、図12の各乗積ベクトルは角周波数2ωで反時計回りに回転する回転ベクトルである。
[ゲージ差分電圧群の実数乗積表の構築]
次に、ゲージ差分電圧群を構成する差分電圧回転ベクトルv2(t)、v2(t−T)、v2(t−2T)の電圧瞬時値をそれぞれv21、v22、v23とする。これらの電圧瞬時値を用いて作成した、表10のベクトル乗積表に対応する実数乗積表を以下の表11に示す。
差分電圧回転ベクトルの電圧瞬時値を実数部で表すものとすれば、ゲージ差分電圧群を構成する差分電圧回転ベクトルv2(t)、v2(t−T)、v2(t−2T)の電圧瞬時値v21、v22、v23は次式(F6)で表される。次式(F6)においてReは複素数の実数部を表す。
さらに、上記の表10のゲージ差分電圧群の実数乗積表の各乗積の値は、上式(F6)を用いると次式(F7)のように表される。
以下、上記の式(F7)に示すゲージ差分電圧群の実数乗積表の各乗積の計算結果を利用して、ゲージ差分電圧群の不変量の計算式を示す。さらに、ゲージ差分電圧群中心ベクトルv20(t)の位相角φ0の具体的な表式を示す。
[ゲージ差分電圧群の周波数係数の計算]
ゲージ差分電圧群の周波数係数(cosα)は、次式(F8)によって与えられる。実数乗積表の関連する乗積値を用いることによって次式(F8)を導出することができる。
[ゲージ差分電圧群の対称性指標]
上記の周波数係数を利用して、ゲージ差分電圧群の対称性指標として以下の式(F9)が定義される。次式(F9)は、入力電圧(電力系統から検出された時系列の電圧瞬時値)が交流であるか否かの指標となる。
上式(F9)が満たされているとき、差分電圧回転ベクトルv2(t)、v2(t−T)、v2(t−2T)によって交流対称群を構築することができない。このようにゲージ差分電圧群の対称性が破れている場合には、その時点の電圧瞬時値を用いて同期フェーザを計算することができないので代わりに仮想同期フェーザを計算する。仮想同期フェーザの計算方法は、ゲージ電圧群について説明した図6および式(B9)〜(B12)の場合と同様であるので説明を繰り返さない。一方、上式(F9)が満たされていない場合には、入力電圧は交流であると判断されるので、現時点の電圧瞬時値を用いて同期フェーザの計算を行う。
[ゲージ回転位相角の計算]
ゲージ回転位相角αは、次式(F10)に示すように、前述の式(F8)の周波数係数の計算結果を用いて計算することができる。なお、高調波成分の影響を低減するため、一般に、複数の時刻でのゲージ電圧群からそれぞれ算出された周波数係数およびゲージ回転位相角の移動平均処理が行われる。
[系統周波数の計算]
系統周波数fは、ゲージ回転位相角αと系統周波数fとの双対関係を表す基本式(A8)から計算することができ、具体的には以下の式(F11)に従って求められる。なお、高調波成分の影響を低減するため、一般に、複数の時刻でのゲージ電圧群からそれぞれ算出された系統周波数の移動平均処理が行われる。
[ゲージ差分電圧群の同期フェーザ振幅の計算]
ゲージ差分電圧Vgdは次式(F12)の1行目で定義される。さらに、式(F12)では実数乗積表に基づく式(F7)を代入することによって得られる最終的なゲージ差分電圧Vgdの表式が示されている。
上式(F12)のゲージ差分電圧Vgdの定義式と周波数係数fCを表す式(F8)とを用いることによって、ゲージ差分電圧群に基づく同期フェーザ振幅Vの計算式は次の式(F13)によって与えられる。なお、高調波成分の影響を低減するため、一般的に、複数の時刻でのゲージ差分電圧群からそれぞれ算出された同期フェーザ振幅Vの移動平均処理が行われる。
[ゲージ差分電圧群中心角の計算式(ゲージ差分電圧群乗積表に基づく)]
前述の式(F7)の第4番目の等式から、ゲージ差分電圧中心角φ0は次式(F14)によって計算することができる。次式(F14)中の同期フェーザ振幅Vの値は上式(F13)によって与えられる。
実際のゲージ差分電圧群中心角φ0は複素平面上で−180度から+180度まで変化し、ゲージ差分電圧群中心ベクトルは常に反時計まわりで回転している。これに対して、上式(F14)では逆正弦関数が用いられているため、ゲージ差分電圧群中心角φ0は、−90度から+90度へ反時計まわり変化し、その後+90度から−90度へ順時計まわり変化する。すなわち、交代的に反時計まわり、順時計まわりに変化する。このような問題が存在しているため、ゲージ差分電圧群中心角φ0の計算には、後述するような逆正接関数を用いた計算式(G5)または(H5)または(H6)を利用するのが望ましい。
[ゲージ差分電圧群のベクトル加算表の構築]
対称性を利用して上記とは別の方法でゲージ差分電圧群中心角φ0を計算するため、以下の表12に示すゲージ差分電圧群のベクトル加算表を構築する。
ゲージ差分電圧群のベクトル加算表は、ゲージ差分電圧群を構成する各差分電圧ベクトル同士を加算したものである。上記のベクトル加算表に示されている差分電圧回転ベクトルv2は複素数の状態変数である。上表において“+”は加算を行うことを示している。上記のベクトル加算表の各加算結果は次式(G1)で表される。
上式(G1)の各等式の右辺の計算を行うと、以下の式(G2)の結果が得られる。
図13は、ゲージ差分電圧群のベクトル加算空間図である。図13では表12の各加算ベクトルが複素平面上に図示されている。図13のベクトル加算空間図を利用することによって、交流正弦波に内在する対称性が明瞭になる。ベクトル加算空間では各加算ベクトルはωの角速度で反時計回りに回転する。
[ゲージ差分電圧群の実数加算表の構築]
次に、表13に示すように、ゲージ差分電圧群を構成する電圧回転ベクトルv2(t)、v2(t−T)、v2(t−2T)の各電圧瞬時値v21、v22、v23を用いてゲージ差分電圧群の実数加算表を作成する。
差分電圧回転ベクトルの実数部瞬時値v21、v22、v23は、前述の式(F6)で表されるので、上記の実数加算表13の各加算値は以下の式(G3)のように表される。
[ゲージ差分電圧群中心角の計算式(ゲージ差分電圧群加算表による)]
次に、上記のゲージ差分電圧群の実数加算表の各加算結果を利用して、ゲージ差分電圧群中心角φ0を計算する方法について説明する。具体的には、上式(G3)によって次式(G4)が成立するので、ゲージ差分電圧群中心角φ0は次式(G4)を変形することによって次式(G5)のように表される。
上式(G5)のゲージ差分電圧群中心角φ0の計算結果は、実際のゲージ差分電圧群と同様に複素平面上で−180度から+180度まで変化し、常に反時計まわりで回転している。なお、ゲージ差分電圧群の場合には、逆正接関数の計算結果は実のゲージ差分電圧群中心角より180度遅れることに注意する。このため、上式(G5)ではπが加算されている。
図10を参照すると、現時点の同期フェーザ位相角φ1は、上式(G5)のゲージ差分電圧群中心角φ0と式(F10)で計算されるゲージ回転位相角αとを用いて、次式(G6)に従って計算することができる。
[ゲージ差分電圧群による同期フェーザの計算式]
同期フェーザv1(t)の定義は次式(G7)で与えられ、同期フェーザの実数部vreおよび虚数部vimは次式(G8)で与えられる。次式(G7)および(G8)において、Vは同期フェーザ振幅であり、φ1は現時点の同期フェーザ位相角である。
[ゲージ差分電圧群のベクトル減算表の構築]
上述したベクトル乗算表およびベクトル加算表とは別の方法で対称性を利用してゲージ差分電圧群中心角φ0を計算するため、以下の表14に示すゲージ差分電圧群のベクトル減算表を構築する。
ゲージ差分電圧群のベクトル減算表は、ゲージ差分電圧群を構成する各電圧回転ベクトル同士を減算したものである。上記のベクトル減算表に示されている電圧回転ベクトルv2は複素数の状態変数である。上表において“−”は減算を行うことを示している。上記のベクトル減算表の各減算結果は次式(H1)で表される。
上式(H1)の各等式の右辺の計算を行うと、以下の式(H2)の結果が得られる。
図14は、ゲージ差分電圧群のベクトル減算空間図である。図14では表14の各減算ベクトルが複素平面上に図示されている。図14のベクトル減算空間図を利用することによって、交流正弦波に内在する対称性が明瞭になる。ベクトル減算空間では各減算ベクトルはωの角速度で反時計回りに回転する。
[ゲージ差分電圧群の実数減算表の構築]
次に、表15に示すように、ゲージ差分電圧群を構成する電圧回転ベクトルv2(t)、v2(t−T)、v2(t−2T)の各電圧瞬時値v21、v22、v23を用いてゲージ差分電圧群の実数減算表を作成する。
この明細書では電圧瞬時値を実数部で表すものとしているので、上記の実数減算表の各減算値は次式(H3)のように表される。
[ゲージ差分電圧群中心角の計算式(ゲージ差分電圧群減算表による)]
次に、上記のゲージ差分電圧群の実数減算表の各減算結果を利用して、ゲージ差分電圧群中心角φ0を計算する方法について説明する。具体的には、上式(H3)によって次式(H4)が成立するので、ゲージ差分電圧群中心角φ0は次式(H4)を変形することによって次式(H5)のように表される。
上式(H5)のゲージ差分電圧群中心角φ0の計算結果は、実際のゲージ差分電圧群と同様に複素平面上で−180度から+180度まで変化し、常に反時計まわりで回転している。なお、ゲージ差分電圧群の場合には、逆正接関数の計算結果は実のゲージ差分電圧群中心角より180度遅れることに注意する。このため、上式(H5)ではπが加算されている。
図10を参照すると、現時点の同期フェーザ位相角φ1は、上式(H5)のゲージ差分電圧群中心角φ0と式(F10)で計算されるゲージ回転位相角αとを用いて、前述の式(G6)に従って計算することができる。さらに、式(F13)で表される同期フェーザ振幅の計算結果と同期フェーザ位相角φ1の計算結果とを前述の式(G8)に代入することによって、同期フェーザ実数部および虚数部を計算することができる。
[ゲージ差分電圧群中心角の計算式(平均化計算法による)]
上記したゲージ差分電圧群中心角φ0の計算式(G5)および(H5)の両方を用いて両者の平均を計算することによって、次式(H6)で表されるゲージ差分電圧群中心角φ0の計算式が得られる。
上式(H6)では、tan関数とcot関数に対称性がある。このため、ゲージ回転位相角αとしてリアルタイム周波数に対応するものでなく、定格周波数に対応するものを用いることができる。定格周波数に対応するゲージ差分回転位相角αを用いると誤差が生じるが、この誤差の多くはtan関数とcot関数の対称性によって打ち消されるからである。たとえば、定格周波数に対応するゲージ差分回転位相角αとしてα=90°を採用すれば、tan(α/2)およびcot(α/2)はそれぞれ1になるので計算過程を大幅に簡略化することができる。
さらに、現時点の同期フェーザ位相角φ1は、上式(H6)のゲージ差分電圧群中心角φ0と式(F10)で計算されるゲージ回転位相角αとを用いて、前述の式(G6)に従って計算することができる。さらに、式(F13)で表される同期フェーザ振幅の計算結果と同期フェーザ位相角φ1の計算結果とを前述の式(G8)に代入することによって、同期フェーザ実数部および虚数部を計算することができる。
[最小二乗法による同期フェーザ実数部および虚数部の推定計算]
以下、最小二乗法を用いてゲージ差分電圧群による同期フェーザの推定値を計算する手法について説明する。まず、背景となる問題点および本手法の特徴は、ゲージ電圧群の場合と同様である。高調波成分の影響を低減するため、ゲージ差分電圧群による同期フェーザを最小二乗法用いて推定演算する。以下、具体的な計算式について説明する。
図15は、最小二乗法による同期フェーザ実数部および虚数部の推定計算について説明するための図である(ゲージ差分電圧群を用いた場合)。図15に示すように、現時刻tにおける同期フェーザv1(t)の位相角をφとし、振幅をVとすると、現時刻の同期フェーザv1(t)の実数部vreおよび虚数部vimは以下の式(I1)で表される。
さらに、現時刻tの差分同期フェーザv2(t)の実数部vre21とし、現時刻tからデータ収集サンプリング周期T1だけ前の差分同期フェーザv2(t−T1)の実数部をvre22とする。以下同様に、現時点よりも周期T1×(n−1)(nは2以上の整数)だけ前の差分同期フェーザv2(t−(n−1)T1)の実数部をvre2nとする。そうすると、差分同期フェーザの実数部vre21,vre22,…,vre2nの値は次式(I2)で表される。
上式(I2)において、α1はデータ取集サンプリング周期T1に対応する位相角であり、次式(I3)で表される。さらに、データ取集サンプリング周期T1は、次式(I4)に示すようにデータ取集サンプリング周波数f1の逆数で与えられる。
また、上式(I3)のfは実測された電力系統基本波周波数である。近似的には、基本波周波数fとして定格周波数を与えることができる。より正確には、電圧瞬時値データを用いて前述の式(F8)、(F10)、および(F11)に従って計算した実周波数を移動平均処理によって平均化した値が、基本波周波数fとして用いられる。
次に、上式(I2)の各等式の左辺を展開すると次式(I5)が得られる。
上式(I5)を行列表示に書き直して、[cosφ,sinφ]Tについて解き(“T”は転置行列を表す)、上式(I1)の右辺に代入すると、下式(I6)が得られる(“−1”は逆行列を表す)。下式(I6)の係数行列Aは下式(I7)で与えられる。
時系列の電圧瞬時値データに基づく差分同期フェーザの瞬時値vre21,vre22,…,vre2nとデータ取集サンプリング周期T1に対応する位相角α1(実周波数fに基づく)とを上式(I6)および(I7)に代入することによって、現時点tの電圧フェーザv1(t)の実数部vreおよび虚数部vimの推定値を求めることができる。さらに、算出された実数部vreおよび虚数部vimの推定値から同期フェーザ振幅Vと同期フェーザ位相角φとが、次式(I8)および(I9)に従ってそれぞれ求められる。
[電力およびインピーダンスの計算式]
上記のいずれか計算方法で得られた電圧の同期フェーザ実数部vreおよび同期フェーザ虚数部vimと、同様の計算によって得られる電流の同期フェーザ実数部ireおよび同期フェーザ虚数部iimとを用いて、電力とインピーダンスを計算する方法について説明する。以下の説明において、電圧同期フェーザおよび電流同期フェーザを次式(J1)のように定義する。
有効電力Pおよび無効電力Qは、定義により次式(J2)のように求められる。以下の式において、上付きの「*」は複素共役を表し、Re{…}は実数部を表し、Im{…}は虚数部を表す。
上式(J1)の電圧同期フェーザv(t)および電流同期フェーザi(t)の定義式から、インピーダンスZは次式(J3)によって計算することができ、抵抗分Rおよびリアクタンス分Xは次式(J4)によって計算することができる。
[空間同期フェーザの定義と計算式]
この明細書において空間同期フェーザとは、同時刻における二つのノード間の同期フェーザ位相角、もしくは、同時刻における第1ノードの同期フェーザと第2ノードの同期フェーザとの位相差として定義される。空間同期フェーザと各ノードのリアルタイム周波数とを利用して、電力系統安定度を監視するシステムを構築することができる。空間同期フェーザの取り得る値は−180度から+180度の間にある。以下、図面を参照して空間同期フェーザの計算方法について説明する。
図16は、複素平面上の空間同期フェーザについて説明するための図である。同時刻における、ノード1の電圧同期フェーザv1(t)およびノード2の電圧同期フェーザv2(t)が次式(K1)のように与えられるものとする。次式(K1)において、V1、V2は同期フェーザ振幅である。一般に、電力系統の負荷と発電量は常に変動しているために、同時刻におけるノード1の角周波数ω1とノード2の角周波数ω2とは微妙に異なるものとなっている。
余弦定理によれば、ノード1とノード2との間の位相差である空間同期フェーザφSP(t)は次式(K2)で与えられる。次式(K2)において、V12はノード1とノード2との間の差分同期フェーザ振幅であり、ピタゴラスの定理によりその2乗は次式(K3)で与えられる。すなわち、空間同期フェーザφSP(t)は、電力系統の第1ノードおよび第2ノードの各々において同一サンプリング時刻に測定した電気量(電圧または電流)のフェーザ表示の実数部および虚数部の値と、余弦定理とを用いることによって計算される。次式(K2)および(K3)の定義によれば、空間同期フェーザφSP(t)の取り得る値は、0度から+180度である。
上記の計算方法と異なり、ノード1の同期フェーザ位相角φ1とノード2の同期フェーザ位相角φ2との差によって、空間同期フェーザを定義することも可能である(実際、本願発明者による特許文献1ではそのような定義が用いられている)。しかしながら、φ1とφ2との位相差として定義するよりも上式(K2)によって空間同期フェーザを計算した方が、誤差が少なく安定的に空間同期フェーザを求めることができる。
[時間同期フェーザの定義と計算式]
この明細書において、時間同期フェーザは、現時点より指定期間TTPだけ前の時点から現時点までの間に同期フェーザが実際に回転した位相角の積算値として定義される。したがって、時間同期フェーザが取り得る値は0より大きい値(正数)である。
図17は、複素平面上の時間同期フェーザについて説明するための図である。図17を参照して、時間同期フェーザφTP(t)は、次式(K4)によって定義される。次式(K4)において、φ(t)は現時点の同期フェーザ位相角、φ(t−TTP)は現時点よりも指定期間TTPだけ前の時点の同期フェーザ位相角、NTPは、指定期間TTP内に同期フェーザが回転するサイクル数である。
指定期間TTPは、次式(K5)に示すように、データ収集サンプリング周期T1の正の整数倍で表される。この正の整数をゲージサンプリング点数Ngと称する。
図18は、時間同期フェーザに対応するサイクル数NTPとゲージサンプリング点数Ngとの関係を示す図である。図18を参照して、データ収集サンプリング周波数を4000Hzとし、系統周波数を60Hzとしている。理論上は、図18の全てのゲージサンプリング点数Ngについて、実測された同期フェーザ位相角の差分(すなわち、φ(t)−φ(t−TTP))とサイクル数NTPとによって、時間同期フェーザφTPを計算することができるはずである。しかしながら、周波数が変動しているとき測定点も変動するために、サイクル数NTPにずれが生じる場合がある。そこで、電力系統の定格周波数に対応して、図18の階段状のステップの中間点(図18の点A,B,C)近傍でサイクル数を決定することが望ましい。表16は、時間同期フェーザのゲージサンプリング点数Ngとサイクル数NTPとの関係を示す表である。
図19は、同期フェーザ位相角と経過時間との関係を示す図である。図19を参照して、同期フェーザ位相角は、−180度から+180度の間で変化する。一方、時間同期フェーザは正の実数であり、時間経過とともに増加する。サイクル数NTPが異なれば、同じ同期フェーザ位相角φ(t),φ(t−TTP)に対して異なる時間同期フェーザφTPが得られる。図19の場合、サイクル数NTPは2であり、時間同期フェーザφTPは、φ(t)−φ(t−TTP)+4πで与えられる。
[入力波形の直流成分の計算方法]
図20は、入力波形の直流成分の計算方法について説明するための図である。図20には、複素平面上で直流電流成分iDCがある場合のゲージ電流群i1(t)、i1(t−T)、およびi1(t−2T)が示されている。図20において、Iは電流振幅、αはゲージ回転位相角である。以下、直流電流成分の計算方法について説明するが、直流電圧成分の計算方法も同様である。
図20を参照して、電流フェーザi1(t)、i1(t−T)、i1(t−2T)の瞬時値i11、i12、i13は以下の式(L1)で表される。
上式(L1)の瞬時位相角φを消去するように変形することによって、次の直流電流成分iDCの表式(L2)が得られる。
上式(L2)において、周波数係数fCおよび電流振幅Iは、ゲージ差分同期フェーザ群を用いて、すなわち、前述の(F8)および(F13)に従って(ただし、電圧を電流に置き換えることによって)計算される。差分同期フェーザは、時系列順に隣接する回転ベクトル同士の差を計算したものであるので、直流成分が除去されているからである。
[アクティブフィルタの出力電圧の計算式]
以下、アクティブフィルタの例として、入力の電気信号から基本波以外のすべての高調波成分と直流成分との合計値を取り出すフィルタについて説明する。vL(t)を入力電圧瞬時値、vre_es(t)を現時点の基本波出力の予測値(同期フェーザ実数部vre(t)の予測値)とすると、アクティブフィルタの出力電圧vAF(t)は、次式(L3)で表される。
前ステップ(現時刻tよりもデータ収集サンプリング周期T1だけ前)における同期フェーザ振幅V(t−T1)および同期フェーザ位相角φ(t−T1)を用い、データ収集サンプリング周期T1に対応する位相角をα1とする。この場合、現時点の基本波出力の予測値vre_es(t)は、次式(L4)で与えられる。
上式(L4)に示す基本波出力予測値を用いることによって、位相遅れ無しにアクティブフィルタを実現することができる。
<第1の実施形態>
第1の実施形態では、電力系統150に設けられた信号処理装置としての同期フェーザ測定装置100の構成および動作について説明する。上記で説明したように、ゲージ同期フェーザ群とゲージ差分同期フェーザ群とのどちらを用いても、同期フェーザの実数部、虚数部、位相角、振幅を算出することができる。しかしながら、後者のほうが、対称群を構成する全ての要素が差分ベクトルであるため、入力信号の直流成分の測定結果に対する影響を大幅に低減することができる。このため、以下の同期フェーザ測定装置100は、ゲージ差分同期フェーザ群を利用している。
[同期フェーザ測定装置の構成]
図21は、同期フェーザ測定装置の構成を示すブロック図である。以下では、電圧同期フェーザの測定を主に説明するが、電流同期フェーザの測定についても同様に行うことができる。図21を参照して、同期フェーザ測定装置100は、電圧瞬時値データ入力手段101と、演算処理手段120と、同期フェーザ送信手段111,112と、インターフェース手段113と、記憶手段114とを備える。
電圧瞬時値データ入力手段101は、電圧変成器PTと接続され、電力系統150から電圧情報を連続的に取得する。取得された電圧情報は、内蔵のA/D変換器によってデジタル信号変換され、最終的にデータ収集サンプリング周期T1ごとの時系列の電圧データが得られる。
演算処理手段120は、主としてCPU(Central Processing Unit)によって構成され、記憶手段114に格納されたプログラムに従って動作することによって、各種の演算処理を行う。機能的にみると、演算処理手段120は、対称性破れ判別手段102と、周波数計算手段103と、同期フェーザ振幅計算手段104と、同期フェーザ位相角計算手段105と、同期フェーザ位相角推定手段と、同期フェーザ実数部および虚数部計算手段107と、総合同期フェーザ誤差計算手段108と、相差角計算手段109と、周波数および周波数変化率計算手段110とを含む。これらの各手段の動作については、次図22のフローチャートとともに説明する。
同期フェーザ送信手段111,112は、通信回線(不図示)を介して他の同期フェーザ測定装置(不図示)または電力系統監視制御システム(不図示)に対して同期フェーザの測定結果を送信する。後述するように、本開示の定義による同期フェーザを時間スタンプ付きで送信する場合(時間スタンプ付き同期フェーザ送信手段111)と、IEEE規格に従う同期フェーザを送信する場合(IEEE規格同期フェーザ送信手段112)とがある。
インターフェース手段113は、ユーザインターフェースまたは外部装置との間の接続のために設けられている。記憶手段114は、入力された電圧瞬時値データおよび上記の計算結果などを格納する。
[同期フェーザの測定手順]
図22は、同期フェーザの測定手順を示すフローチャートである。以下、図21および図22を参照して、同期フェーザ測定装置100による同期フェーザの測定手順について図面を参照して説明する。
(1.電圧瞬時値データの読み込み)
まず、電圧瞬時値データ入力手段101は、電圧変成器PTによって電力系統150から電圧瞬時値を読み込む(ステップS101)。読み込まれた電圧瞬時値は、A/D(Analog to Digital)変換器によってデータ収集サンプリング周期T1ごとの時系列のデジタルデータに変換される。
(2.対称性の破れの判定)
演算処理手段120は、時系列のデジタルデータに基づいて、ゲージサンプリング周期Tごとにゲージ差分電圧群を計算する。さらに、対称性破れ判別手段102は、次式(M1)(前述の式(F8)と同じ)に従ってゲージ差分電圧群の周波数係数fCを計算する。
上式(M1)において、v21、v22、v23は、ゲージ差分電圧群を構成する差分電圧ベクトルの瞬時値の時系列データである。対称性破れ判別手段102は、上式(M1)の周波数係数fCの絶対値が1より大きい場合(すなわち、前述の式(F9)の不等式が満たされている場合)、ゲージ差分電圧群の対称性が破れていると判定し、処理をステップS106に進める(ステップS102でYES)。そうでない場合、対称性破れ判別手段102は処理をステップS103に進める(ステップS102でNO)。以下では、まず、周波数係数fCの絶対値が1以下の場合(対称性が満たされている場合)について説明する。
(3.周波数、同期フェーザ振幅、同期フェーザ位相角の計算)
周波数計算手段103は、以下の式(M2)に従って電力系統周波数fを計算する(ステップS103)。式(M2)は、前述の式(F11)に式(F10)を代入したものである。式(M2)において、fgはゲージサンプリング周波数を表す。
さらに、周波数計算手段103は、以下の式(M3)に従って、周波数の移動平均favgを計算する。次式(M3)において、Mは、移動平均を行う際のデータ点数(すなわち、移動平均の幅)を表す。fkは、現時点よりk個前のステップ(すなわち、データ収集サンプリング周期T1のk倍だけ前の時点)において計算された周波数を表す。
次に、同期フェーザ振幅計算手段104は、次式(M4)(前述の式(F13)と同じ)に従って同期フェーザ振幅Vを計算するとともに、その移動平均Vavgを次式(M5)に従って計算する(ステップS104)。
上式(M5)において、Mは、移動平均を行う際のデータ点数(すなわち、移動平均の幅)を表す。Vkは、現時点よりk個前のステップ(すなわち、データ収集サンプリング周期T1のk倍だけ前の時点)において式(M4)に従って計算された振幅を表す。
次に、同期フェーザ位相角計算手段105は、次式(M6)に従って同期フェーザ位相角を計算する(ステップS105)。次式(M6)において、αはゲージ回転位相角を表す。
上式(M6)は、前述の式(H6)と式(G6)を組み合わせたものである。式(H6)に対応する部分のゲージ回転位相角α(すなわち、正接関数および余接関数の引数に用いられているα)は、計算を簡略化するために定格周波数に対応するものを用いることができる。一方、式(G6)に対応する部分のゲージ回転位相角α(すなわち、最終項3α/2)については、実測されたデータに対応するもの(実周波数fに対応するもの)が用いられる。
以上によって、現時刻の電圧瞬時値v11および差分電圧瞬時値v21(=v11−v12)を用いて、系統周波数、同期フェーザ振幅、および同期フェーザ位相角が計算される。上記のステップS103,S104,S105はどの順次で実行しても構わない。
一方、ゲージ差分電圧群の対称性が破れている場合には(ステップS102でYES)、現時刻の電圧瞬時値v11および差分電圧瞬時値v21を用いることができない。そこで、この場合の系統周波数および同期フェーザ振幅については、前ステップ(現時刻tよりもデータ収集サンプリング周期T1だけ前の時点)の値をラッチして(保持して)、そのラッチされた値を現時刻tにおいても使用する(ステップS106)。式で表すと、以下の式(M7)および式(M8)に従って現時刻tの系統周波数f(t)および同期フェーザ振幅V(t)が決定される。
ゲージ差分電圧群の対称性が破れている場合、同期フェーザ位相角φ1(t)は、前ステップの位相角φ1(t−T1)にデータ収集サンプリング周期T1に対応するサンプリング位相角α1を加算することによって推定することができる(ステップS107)。式で表すと以下の式(M9)で与えられる。
上式(M9)において、サンプリング位相角α1は、以下の式(M10)に従って計算できる。
上式(M10)のfは系統周波数である。系統周波数fは、前述の式(M7)に示すように前ステップの値がラッチされる(系統周波数fが未知の場合は、定格周波数が利用される)。f1はデータ収集サンプリング周波数を表す。なお、本開示では、上記のように対称性が破れた場合に推定した現時点の同期フェーザ振幅V(t)および同期フェーザ位相角φ1(t)を、仮想同期フェーザ振幅および仮想同期フェーザ位相角と称する。
(4.同期フェーザ実数部および虚数部の計算)
以上の手順によって、現時点の系統周波数、同期フェーザ振幅、および同期フェーザ位相角(対称性が破れている場合にはこれらの推定値)が得られた後、同期フェーザ実数部および虚数部計算手段107は、次式(M11)に従って同期フェーザ実数部および虚数部を算出する(ステップS108)。
上式(M11)は、前述の式(G8)において同期フェーザ振幅Vを、その移動平均値Vavgで置き換えたものである。同期フェーザ振幅の移動平均値Vavgは前述の式(M5)で与えられる。
(5.総合同期フェーザ誤差の計算)
次に、総合同期フェーザ誤差計算手段108は、次式(M12)に従って総合同期フェーザ誤差を計算する(ステップS109)。
上式(M12)において、V1(t)は現時点の同期フェーザ振幅であり、前述の式(M4)に従って計算される。V0(t)は同期フェーザ振幅の平均値であり、前述の式(M5)に従って計算される。総合同期フェーザ誤差TSE(t)が比較的大きな値の場合、高周波ノイズまたは電圧フリッカなどの影響が大きいことを示している。電力系統の周波数の測定精度を向上させるため、総合同期フェーザ誤差が所定値よりも大きい場合には、以下に示すようにルベーグ積分を用いて周波数および周波数変化率を計算するのが望ましい。
(6.定格周波数の仮想基準フェーザに対する相差角の計算)
次に、相差角計算手段109は、定格周波数で複素平面上を回転する仮想基準フェーザに対する相差角を計算する(ステップS110)。
図23は、定格周波数の仮想基準フェーザに対する相差角の計算方法を示す概念図である。図23(A)を参照して、複素平面上を一定の速度(定格周波数f0:定格角周波数ω0)で回転している仮想基準フェーザv0(t)を想定する。仮想基準フェーザv0(t)の振幅は1であり、初期位相角はφ0であるとする。すなわち、仮想基準フェーザv0(ω0t+φ0)の実数部v0re(t)および虚数部v0im(t)は次式(M13)のように書き表すことができる。
現時点における同期フェーザv1(t)の振幅をV1とし、位相角をφ1(t)とし、実数部をv1reとし、虚数部をv1imとする。同期フェーザv1(t)の相差角φdとは、現時点における同期フェーザv1(t)の位相角をφ1(t)と仮想基準フェーザv0(t)の位相角(ω0t+φ0)との位相差のことである。なお、相差角φdは、定格周波数で回転する仮想基準フェーザに限らず、複素平面上を任意の一定速度で回転する仮想基準フェーザに対して定義することができる。
実際の相差角φdは、図23(A)に示す同期フェーザv1(t)と仮想基準フェーザv0(t)とによって構成される三角形についての余弦定理を用いて規定される。具体的に、同期フェーザv1(t)と仮想基準フェーザv0(t)との差分ベクトルの長さをV10とすると、この差分ベクトルの長さV10は次式(M14)によって求めることができる。
したがって、相差角φdは次式(M15)で与えられる。図21の相差角計算手段109は、次式(M15)に従って、定格周波数で回転する仮想基準フェーザに対する相差角を計算する(ステップS110)。
上式(M15)において、相差角φdは余弦関数の逆関数(すなわち、arccos)として計算されるため、その値は常に正数である。一方、相差角φdは−180度から+180度の間で定義されるため、相差角φdの符号の判別が必要となる。具体的には、後述する式(M18)のように、現時点の同期フェーザの位相角φ1(t)と仮想基準フェーザの初期位相角φ1(t−Td)とを比較し、φ1(t)がφ1(t−Td)よりも大きいとき(すなわち、実周波数が定格周波数よりも大きいとき)相差角φdの符号は正である。逆に、φ1(t)がφ1(t−Td)よりも小さいとき(すなわち、実周波数が定格周波数よりも小さいとき)相差角φdの符号は負である。ただし、相差角が180度を超えて180+α[度]になったときはα−180に変更する必要があり、相差角が−180度を超えて−180−α[度]に180−αに変更する必要がある(WRAP処理)。
次に、図23(B)を参照して、仮想基準フェーザv0(t)の初期位相角φ0の決定方法について説明する。初期位相角φ0は、現時点tよりも時間Td(指定時間と称する)だけ前において、同期フェーザv1(t−Td)の位相角φ1(t−Td)と一致するように定められる。すなわち、仮想基準フェーザv0(t)の初期位相角φ0は、次式(M16)をによって規定される。式(M16)においてargは位相角を表す。
高調波の影響などによって、相差角φdの計算結果は振動している場合が多い。そこで、高調波の影響を除去するために移動平均処理が一般に用いられる。制御保護装置での必要性に応じて、複数の指定時間Tdを指定して相差角φdの計算を行うこともできる。たとえば、電力系統の周波数が高速に変化している場合には比較的小さな値の指定時間Tdを用いて相差角φdの計算が行われ、電力系統の周波数がほとんど変化していない場合には比較的大きな値の指定時間Tdを用いて相差角φdの計算が行われる。
図24は、IEEE規格の同期フェーザの計算方法の概念図である。図24(A)を参照して、IEEE規格(IEEE Std C37.118.1)による同期フェーザの位相角は、定格周波数で回転する仮想基準フェーザv0(t)に対する同期フェーザv1(t)の相差角φd(t)と基本的に同じである。同期フェーザv1(t)の振幅をV1とすると、IEEE規格の同期フェーザの実効値はV1/√2であり、その実数部の位相角はφdであり、その虚数部の位相角はφd−90°である。
図24(B)を参照して、仮想基準フェーザv0(t)の初期位相角の決定方法について説明する。IEEE規格の同期フェーザの測定報告(非特許文献1の10〜12頁、Table 2を参照)によれば、同期フェーザの実効値、位相角(実数部、虚数部)は1秒回にN回(Nは1以上の整数)の一定のレート(rate)で報告されなければならない。たとえば、図24(B)では、1秒回に10回、すなわち、10fps(frame per second)の報告レートの例が示されている。10分の1秒ごとにフレーム番号が更新される。1秒ごとの時間はUTC(協定世界時)に同期している。したがって、IEEE規格の同期フェーザと対応付けるために、仮想基準フェーザの初期位相角は1秒ごとに零にする[1PPS(1 Packet Per Second)基準信号]。
(7.ルベーグ積分による周波数および周波数変化率の計算)
次に、周波数および周波数変化率計算手段110は、ルベーグ積分を用いて周波数および周波数変化率を計算する(ステップS111)。本実施形態では、周波数の計算では、高調波成分の影響を除去するために相差角の時間変化曲線(たとえば、図33および図34を参照)の面積Sを用いて基本周波数を計算する。以下、測定原理について説明する。
基本周波数が定格周波数f0からΔfだけ変化しているとする。この場合、相差角の変化率dφd/dtは、2π・Δfで表される(入力信号が定格周波数f0のままで変化しないときは、相差角φdは0のままである)。したがって、基本周波数の変化分Δfが一定の場合において初期状態からの経過時間をtとすると、相差角φdは2π・Δf・tで表される。
図33および図34に示すように、指定時間Td(図33および図34の例では0.5秒)ごとに相差角φdが0に初期化されるものとする。この場合、指定時間Tdの間の相差角曲線の積分値をSとすると、基本周波数の変化分Δfの絶対値|Δf|は次式(M17)によって求めることができる。次式(M17)において、周波数変化分Δfは、相差角φdが増加している場合には正となり、相差角φdが減少している場合は負となる。
上式(M17)の面積Sの計算において、相差角曲線は図33および図34に示すように、高調波成分の影響によって基本波成分が動揺し歪んでいる場合がある。さらに、系統不平衡地絡故障、系統不平衡短絡故障、送電線断線故障などによって、電圧と位相とが同時に急変する場合がある。それらの影響に起因した面積Sの計算誤差を低減するために、相差角曲線の面積Sを計算する際には、一般的なリーマン積分でなくルベーグ積分を用いることが望ましい。
ここで、リーマン積分ではx軸(時間軸)を複数の区間に分割することによって積分計算を行うのに対して、ルベーグ積分ではy軸(相差角軸)を複数の区間に分割し、各区間の長さ(時間間隔)を求めることによって積分計算を行う。ルベーグ積分を採用することによって周波数変化率リレーの誤動作を防止でき、さらには、計算結果の照合回数を減らすことができる。したがって、高速動作が可能な周波数変化率リレーを実現することができる。
上記の周波数変化分Δfから現時点の基本周波数fは以下の式(M18)によって求めることができる。次式(M18)において、φ1(t)は現時点の同期フェーザの位相角であり、φ1(t−Td)は、現時点よりもTd時間前の同期フェーザの位相角である。
さらに、周波数変化率(ROCOF:Rate of Change of Frequency)は、以下の式(M19)に従って求めることができる。次式(M19)において、f(t)は現時点の基本周波数であり、f(t−Td)は現時点からTd時間前の基本周波数である。
(8.時間スタンプ付き同期フェーザの送信)
同期フェーザ送信手段111は、本開示の定義による同期フェーザの実数部および虚数部を、協定世界時(UTC)に基づくそれらの計測時刻の情報とともに(すなわち、タイムスタンプ付きで)遠隔の他の同期フェーザ測定装置または電力系統監視制御システムに送信する(ステップS112)。
図25は、本開示の定義によるタイムスタンプ付き同期フェーザの概念を説明するための図である。既に説明したように、本開示による同期フェーザは、複素平面上での回転ベクトルとして定義される。電気量の時系列データに基づいて協定世界時(UTC)を基準にした時刻tにおける回転ベクトルの振幅V(t)と位相角φ1(t)が求められ、さらに、振幅V(t)と位相角φ1(t)とから実数部Vim(t)および虚数部Vre(t)が計算される。計算された高精度かつ高い時間分解能を有している同期フェーザを遠隔の他の同期フェーザ測定装置または電力系統監視制御システムに送信することによって、電力系統の制御保護を実現することができる。なお、上記の協定世界時はGPS衛星から取得することもできるし、ネットワーク上のNTP(Network Time Protocol)サーバ(標準時間サーバ)から取得することもできる。
(9.IEEE規格の同期フェーザの送信)
同期フェーザ送信手段112は、IEEE規格の同期フェーザ実数部および虚数部を算出し、算出した同期フェーザの実数部および虚数部を遠隔の他の同期フェーザ測定装置または電力系統監視制御システムに送信する(ステップS113)。図23および図24で説明したように、IEEE規格の同期フェーザの実数部Vreおよび虚数部Vimは以下の式(M20)によって計算することができる。次式(M20)において、Vは同期フェーザv1(t)の振幅であり、φdは定格周波数で回転する仮想基準フェーザv0(t)に対する同期フェーザv1(t)の相差角である。
以上のステップS101〜S113は、同期フェーザ測定装置100が動作を終了するまで(ステップS114でYESとなるまで)繰り返される。
<第2の実施形態>
第2の実施形態では、第1の実施形態の同期フェーザ測定装置を用いて電力系統の瞬時電圧低下を検出する方法について説明する。
[第2の実施形態の課題]
データセンタなどの需要家にとっては数10m秒程度の短時間の電力系統の電圧低下であっても重大な支障をきたす。そこでこれらの需要家は、自家用発電設備を導入して正常時には電力系統に連系し、瞬時電圧低下時には自家発電系統を商用電力系統から解列する運用を行っている場合が。この場合、電力系統の電圧低下を高速に検出することが極めて重要である。
たとえば、非特許文献4(内山他2名、「自家用発電設備向け瞬時電圧低下検出手法の開発」、電気学会論文誌B、2004年、Vol.124、No.4、p.531-536)では、3種類の電圧低下検出方法が比較検討されている。具体的に、第1の方法は、各相電圧の平均値を基準値と比較するものである。この方法は検出時間が長くかかるという問題がある。第2の方法は、各相電圧の瞬時値を基準値と比較するものである。この方法は、波形歪み、周波数変動により誤検出の恐れがある。第3の方法は、三相電圧をベクトル合成して得られる直流信号を基準値と比較するものである。この方法は、波形歪み、周波数変動の影響を受け難いが、不平衡故障時に検出時間を要するという問題がある。この文献では、第2の方法と第3の方法を組み合わせた方法を提案している。
第2の実施形態の信号処理装置は、第1の実施形態で説明したゲージ差分電圧群の計算手法を用いて、高速かつ高精度に瞬時電圧低下を検出するものである。以下、具体的に説明する。
[電圧低下量の計算法と特徴]
まず、電力系統の1相の電圧波形は次式(N1)によって表現できる。次式(N1)において、第1項vDC(t)は直流成分を表し、第2項(係数V1(t))は基本波成分を表し、第3項(係数Vk(t))はノイズ高調波成分を表す。
第1の実施形態で説明したゲージ差分電圧群の計算手法を用いて、現時点の基本波成分を表す同期フェーザ振幅V1(t)は次式(N2)のように計算することができる。次式(N2)において、vre(t)およびvim(t)はそれぞれ同期フェーザ実数部および同期フェーザ虚数部である。
電圧低下量は次式(N3)のように計算できる。次式(N3)において、V1(t−T0)は電力系統の1サイクル前の同期フェーザ振幅である。
上記の計算方法は、周波数変動および波形歪みの影響を受け難いだけでなく、単相回路をベースに計算しているため、不平衡故障も高速に相ごとの電圧低下を検出することができる。
[電圧振幅の表示]
後述する図28および図32に示すように、複素平面上で電圧振幅の上限値と下限値を描くことによって、瞬時電圧低下または瞬時電圧上昇が発生したときに直感的に観察することができる。このような表示方法は本開示によって初めて示されたものである。たとえば、非特許文献4の図4および図5では、電圧振幅の時間変化を示すのみである。
<第3の実施形態>
第3の実施形態では、本開示の方法による同期フェーザの測定をシミュレーションによって検証した例を示す。具体的にケース1では、電力系統の系統周波数が50Hzのときに実周波数55Hzの正弦波信号が入力された場合のシミュレーションを行った。ケース1のパラメータを表17に示す。
図26は、ケース1における電圧瞬時値と同期フェーザ振幅の測定結果とを示す図である。同期フェーザ振幅は、電圧瞬時値から前述の式(M4)および(M5)に従って計算した。図26に示すように、電力系統の定格周波数が50Hzであるのに対して、実周波数は55Hzの異常周波数であるにもかかわらず、安定して高精度な同期フェーザ振幅(解析解)の測定結果が得られている。
図27は、ケース1における同期フェーザ位相角の測定結果を示す図である。同期フェーザ位相角φ1は、前述の式(M6)に従って計算した。図27に示すように、同期フェーザ位相角は理論値に一致し、−180度から+180度へ変化し、複素平面上において反時計まわりで回転することがわかる。このように、安定した同期フェーザ位相角を測定できることが実証できた。
図28は、ケース1における同期フェーザの測定結果を複素平面上で示した図である。図28では、前述の式(M11)に従って計算した同期フェーザ実数部vreと同期フェーザ虚数部vimとを複素平面上にプロットしている。図28に示すように同期フェーザ実数部と同期フェーザ虚数部とを同時に測定できていることがわかる。定常状態において電圧波形は円ベクトルの形をしている。併せて電圧上下値と電圧下限値も表示している。
図29は、ケース1において定格周波数で回転する仮想基準フェーザに対する同期フェーザの相差角を測定した測定結果を示す図である。図29では、3つの方法で同期フェーザ位相角φ1を計算し、これに基づいて相差角φdを計算した。
第1の方法では、ゲージ差分電圧群の実数加算表に基づいて導出したゲージ差分電圧群中心角φ0の計算式(G5)を用いた。そして、式(G5)で求めたゲージ差分電圧群中心角φ0に式(G6)に従って3α/2を加算することにより(αは、ゲージ回転位相角)、同期フェーザ位相角φ1を計算した。ここで、簡単のために式(G5)のゲージ回転位相角αには、定格周波数に対応するα=90°を用いた。式(G6)では実周波数に対応するゲージ回転位相角αを用いた。
第2の方法では、ゲージ差分電圧群の実数減算表に基づいて導出したゲージ差分電圧群中心角φ0の計算式(H5)を用いた。そして、式(H5)で求めたゲージ差分電圧群中心角φ0に式(G6)に従って3α/2を加算することにより同期フェーザ位相角φ1を計算した。ここで、簡単のために式(H5)のゲージ回転位相角αには、定格周波数に対応するα=90°を用いた。式(G6)では実周波数に対応するゲージ回転位相角αを用いた。
第3の方法では、上記の式(G5)と式(H5)とを平均した式(H6)に従ってゲージ差分電圧群中心角φ0にを計算した。そして、式(H6)で求めたゲージ差分電圧群中心角φ0に式(G6)に従って3α/2を加算することにより同期フェーザ位相角φ1を計算した。ここで、簡単のために式(H6)のゲージ回転位相角αには、定格周波数に対応するα=90°を用いた。式(G6)では実周波数に対応するゲージ回転位相角αを用いた。
図29に示すように、実周波数が55Hzという異常周波数のため第1の方法および第2の方法で計算した相差角は振動している。しかしながら、両者の平均である第3の方法によって計算し相差角は安定していることがわかる。実際の電力系統の周波数は常に変動しているため、第3の方法によって計算するのが望ましい。図22のフローチャートのステップS105での同期フェーザ位相角の計算では、上記の第3の方法(式(M6))を用いている。
<第4の実施形態>
第4の実施形態では、実測された入力データを用いて、本開示の方法による同期フェーザの測定を検証した例(ケース2)について説明する。ケース2の実測例のパラメータを表18に示す。
図30は、ケース2の実測例における電圧瞬時値データと同期フェーザ振幅の測定結果を示す図である。図30には、データ収集サンプリング周波数4000Hzで3秒間の検出した実測電圧波形が示されている。電圧波形の振幅の高さが揃っていないため、このデータは豊富な高調波成分を含んでいることがわかる。このように非常に多く高調波成分が含まれていることにもかかわらず、安定して高精度な同期フェーザ振幅の計算結果が得られている。なお、同期フェーザ振幅は実測データに基づいて式(M4)および(M5)に従って計算される。
図31は、ケース2の実測例における同期フェーザ位相角の測定結果を示す図である。
図31では図解を容易にするため0秒から0.1秒の間において、実測データに基づく同期フェーザ位相角の計算結果が示されている。同期フェーザ位相角φ1は、前述の式(M6)に従って計算した。図31に示すように、同期フェーザ位相角は−180度から+180度へ変化し、複素平面上において反時計まわりで回転することがわかる。
図32は、ケース2の実測例における同期フェーザの測定結果を複素平面上で表示した図である。図32では、前述の式(M11)に従って計算した同期フェーザ実数部vreと同期フェーザ虚数部vimとを複素平面上にプロットしている。図32に示すように、多くの高調波成分を含む実測波形を用いた場合でも、一切のフィルタ処理無しで、同期フェーザ実数部と同期フェーザ虚数部とを同時に測定できていることがわかる。定常状態において電圧波形は円ベクトルの形をしている。併せて電圧上下値と電圧下限値も表示している。
図33は、ケース2の実測例において定格周波数で回転する仮想基準フェーザに対する同期フェーザの相差角を測定した測定結果を示す図である。図34は、図33の1秒から1.6秒の区間の拡大図である。図35は、図34の1.39秒から1.42秒の区間の拡大図である。
図33および図34を参照して、定格周波数の仮想基準フェーザに対する同期フェーザの相差角は、前述の式(M15)に従って計算される。指定時間Tdは0.5秒に設定している。相差角の平均値は次第に増加していることから、実系統の基本波周波数は定格周波数よりも大きいことがわかる。さらに、多くの高調波成分が存在するために、相差角の測定結果が振動していることがわかる。
このように、本開示の相差角の計算結果によれば、電力系統の基本周波数(定格周波数でない異常周波数成分の基本周波数)を、高調波の電圧瞬時値波形の影響からを分離することが可能であることがわかる。さらに、図22のフローチャートのステップS111で説明したように、指定時間の間において相差角−時間曲線を積分して面積を計算することによって定格周波数に対する基本周波数の変化分Δfを計算することができる。図22で説明したように、高調波成分の影響を低減し、基本波成分を確実に抽出するために、上記の面積の計算にはルベーグ積分を用いるのが望ましい。これによって、高精度かつ信頼性の高い方法で実系統の基本周波数および周波数変化率を測定することができる。
なお、電力系統に大きな擾乱があって発電機が脱調していく場合、上記に示したような定格周波数の仮想基準フェーザに対する相差角は急激に増加する。したがって、相差角を計測することによって脱調に対する電力系統の保護を効果的に行うことができる。
図34および図35を参照して、1.4秒の時点から、電力系統の高調波の影響によって同期フェーザ位相角の瞬時値が激しく振動していることがわかる。詳しい解析によると、1.4秒の時点からデータ収集サンプリング4000Hzの半分以上の周波数(2000Hz以上)の高調波成分が電力系統に侵入しており、電圧フリッカが発生したことが原因であることがわかっている。この結果は、同じ実測データを本開示とは別の手法で解析した本願発明者による先願特許(特願2015−191480)の内容と一致している。先願特許の図32および図33の−0.1秒が本願の図34および図35の1.4秒に対応している(先願特許の図32の横軸が−1.5秒〜1.5秒であるのに対して、本願の図33の横軸は0秒〜3秒である)。
このように、定格周波数の仮想基準フェーザに対する同期フェーザの相差角は、高い有効角分離能を有している。さらに、このような相差角の計算によれば高調波が発生した具体的な時点を定めることができる。この点は従来の同期フェーザ測定装置では実現できない機能である。なぜなら、従来方法では時系列データをDFT(離散フーリエ変換)によって周波数領域に変換してから高調波成分の解析を行っていたためであり、したがって、従来方法では高調波成分を計算できても、どの時点で高調波成分が発生したかを定めることができない。これに対して、本開示の方法では、時間領域のままで高調波成分の解析を行うことができるので、高調波成分を含む信号の処理において有力なツールになり得ると考えられる。
図36は、ケース2の実測例におけるIEEE規格による同期フェーザの計算例を示す図である。IEEE規格の同期フェーザは、上記の相差角θdに基づいて前述の式(M20)に従って計算される。図36では同期フェーザ実数部の位相角の時間変化が示されている。実測例のデータには多くの高調波成分が存在するにもかかわらず、図36に示されるように基本波の周波数の変化の傾向がはっきりとわかる。10fpsの報告レートでデータを送信する場合には、0.1秒ごとにリアルタイム計測された同期フェーザ実数部および虚数部(実効値と位相角)が送信される。
図36から基本波の周波数fは次式(N4)にように計算できる。次式(N4)において、f0は定格周波数であり、Δfは定格周波数からの変化量であり、Tdは指定期間(Td=1秒)であり、Δθは指定期間Tdの間の位相角の変化量である。
また、1.5秒時点の位相角は1.4秒時点の位相角より小さくなっていることから、10fpsの報告レートで送信されたIEEE規格の同期フェーザのデータからも、電圧フリッカの存在を確認することができる。
図37は、ケース2の実測例において式(L3)で説明したアクティブフィルタの出力電圧を示す図である。式(L3)に従って、入力電圧瞬時値vL(t)と同期フェーザ実数部の予測値vre_esとの差分がアクティブフィルタの出力vAF(t)となる。図37に示されているように、アクテッブフィルタの出力は小さい直流成分と高調波成分との合計値になる。
図38は、ケース2の実測例における総合同期フェーザ誤差(TSE)の測定結果を示す図である。総合同期フェーザ誤差(TSE)は、前述の式(M12)に従って算出される。図38を参照して、総合同期フェーザ誤差(TSE)の最大値は約3.3%であることがわかる。
以上のとおり、本開示による同期フェーザ測定装置によれば、時系列の電圧瞬時値データまたは電流瞬時値データを用いて、高速高精度に電圧フェーザまたは電流フェーザを計算することができる。得られた電圧フェーザまたは電流フェーザを電力系統の様々な制御保護装置に適用することができる。
<第5の実施形態>
第5の実施形態では、具体的な保護リレー装置の例について説明する。以下では一例として回転ベクトル変化分リレーと差動リレーの構成が示される。
[保護リレー装置の構成]
図39は、保護リレー装置の構成を示すブロック図である。図39を参照して、電力系統250を保護するための保護リレー装置201は、三相で電圧電流瞬時値データ入力手段と、演算処理手段220と、保護トリップ指令送信手段と216と、記憶手段217とを備える。
三相電圧電流瞬時値データ入力手段202は、三相の母線254の各相に設けれらた電流変成器PTと接続されるともに、三相の送電線252の各相に設けられた電流変成器CTと接続される。三相電圧電流瞬時値データ入力手段202は、電流変成器PTによって検出された電圧信号を内蔵のA/D変換器によってデジタル信号に変換するとともに、電流変成器CTによって検出された電流信号を内蔵のA/D変換器によってデジタル信号に変換する。この結果、データ収集サンプリング周期T1ごとの時系列の電圧瞬時値データおよび電流瞬時値データが得られる。
演算処理手段220は、主としてCPU(Central Processing Unit)によって実現され、記憶手段217に格納されたプログラムに従って動作することによって、各種の演算処理を行う。機能的にみると、演算処理手段220は、相電圧及び相間電圧同期フェーザ計算手段203と、相電圧及び相間電圧同期フェーザ変化分計算手段204と、正相/逆相/零相電圧同期フェーザ計算手段205と、正相/逆相/零相電圧同期フェーザ変化分計算手段206と、相電流及び相間電流同期フェーザ計算手段207と、相電流及び相間電流同期フェーザ変化分計算手段208とを含む。さらに、演算処理手段220は、正相/逆相/零相電流同期フェーザ計算手段209と、正相/逆相/零相電流同期フェーザ変化分計算手段210と、A相/B相/C相インピーダンス計算手段211と、A相/B相/C相インピーダンス変化分計算手段212と、正相/逆相/零相インピーダンス計算手段213と、正相/逆相/零相インピーダンス変化分計算手段214と、保護リレー演算手段215とを含む。これらの各手段の動作については、次図40のフローチャートとともに説明する。
保護トリップ指令送信手段216は、保護リレー演算手段215によって送電線252の事故であると判定した場合には、送電線252を電力系統250から切り離すために遮断器(不図示)にトリップ信号を送信する。
記憶手段217は、検出された電圧瞬時値データ、電流瞬時値データ、および上記の演算処理手段220による演算処理結果などを記憶する。
[保護リレー装置の動作]
図40は、図39の保護リレー装置の動作を示すフローチャートである。以下、図39および図40を参照して具体的に説明する。
(1.三相電圧電流の瞬時値データの読み込み)
まず、瞬時値データ入力手段202は、相電圧、相電流、相間電圧、および相間電流の瞬時値データを読み込む(ステップS201)。A相/B相/C相の電圧瞬時値vAre,vBre,vCreは、以下の式(O1)のように表される。次式(O1)において、VA、VB、VCはそれぞれA相、B相、C相電圧の振幅を表し、φVA、φVB、φVCはそれぞれA相、B相、C相電圧の初期位相角を表す。同じように、相間電圧の瞬時値を表わすことができる。
A相/B相/C相の電流瞬時値iAre,iBre,iCreは、以下の式(O2)のように表される。次式(O2)において、IA、IB、ICはそれぞれA相、B相、C相電流の振幅を表し、φIA、φIB、φICはそれぞれA相、B相、C相電流の初期位相角を表す。同じように、相間電流の瞬時値を表わすことができる。
(2.相電圧および相間電圧同期フェーザの計算)
次に、相電圧および相間電圧同期フェーザ計算手段203は、時系列の電圧瞬時値データを用いて相電圧および相間電圧の同期フェーザを計算する(ステップS202)。A相/B相/C相電圧の同期フェーザvA,vB,vCは以下の式(O3)のように表される。
上記の式(O3)において、A相電圧の同期フェーザ振幅VA、位相角φVA、実数部vAreおよび虚数部vAimは以下の式(O4)ように計算される。
上式(O4)において、vA21,vA22,vA23はA相ゲージ差分電圧群の電圧差分瞬時値であり、αはゲージ回転位相角であり、fCは周波数係数である。なお、B相、C相の電圧同期フェーザの振幅、位相角、実数部および虚数部は上記と同じように計算することができる。
一般に、電力系統周波数は定格周波数(50Hz或いは60Hz)の近辺で変動しているので、上記保護リレー装置のゲージ回転位相角と周波数係数とは定格周波数に対応するものを利用してもよい。例えば、電力系統周波数は定格周波数を利用し、ゲージ回転位相角を90度と選定すれば、次の関係式(O5)が成立する。
上記の関係式(O5)を用いれば、A相電圧の同期フェーザ振幅、位相角、実数部および虚数部は次の式(O6)ように求められる。
このように、時系列瞬時値データのみを利用して、高速、高精度に相電圧同期フェーザを計算することができる。相間電圧の同期フェーザについても同様に計算することができる。
電圧フリッカなどに起因した系統擾乱を対処するため、毎ステップにて以下の式(O7)の周波数係数に基づく判別式を計算し、対称性が破れているかどうかを判別する。
上記の式(O7)を満足している(対称性が破れた)場合、現時点の同期フェーザとして図6および式(B9)〜(B12)で説明した仮想同期フェーザを用いる。具体的には、前ステップの同期フェーザ振幅がラッチされ、同期フェーザ位相角は前ステップの同期フェーザ位相角にデータ収集サンプリング位相角が加算される。上記の式が満足されない(対称性が破れていない)場合、上記の式(O4)または(O6)に従って同期フェーザを計算する。相間電圧の同期フェーザについても同様に計算することができる。
(3.相電圧および相間電圧同期フェーザの変化分の計算)
次に、相電圧および相間電圧同期フェーザ変化分計算手段204は、相電圧および相間電圧の同期フェーザの変化分を計算する(ステップS203)。A相電圧の同期フェーザの変化分ΔvAは以下の式(O8)のように計算される。
ここに、vA(t)は現時点のA相電圧同期フェーザ、vA(t−T0)はT0(例えば1サイクル)前の時点のA相電圧同期フェーザである。B相/C相電圧の同期フェーザの変化分も同様に計算することができる。A相/B相/C相の相間電圧の同期フェーザの変化分も同様に計算することができる。
(4.正相/逆相/零相電圧の同期フェーザの計算)
次に、正相/逆相/零相電圧同期フェーザ計算手段205は、正相/逆相/零相電圧の同期フェーザを計算する(ステップS204)。零相/正相/逆相電圧の同期フェーザv0,v1,v2は、A相/B相/C相電圧の同期フェーザvA,vB,vCを用いて次の式(O9)ように計算される。
上式(O9)においてαは対称座標変換係数であり、本開示においてこれまでαで表してきたゲージ回転位相角とは異なる。一般的な標記に合わせるため式(O9)においても対称座標変換係数としてαを用いている。対称座標変換係数αは以下の式(O10)のように定義される。
(5.正相/逆相/零相電圧の同期フェーザの変化分の計算)
正相/逆相/零相電圧同期フェーザ変化分計算手段206は、正相/逆相/零相電圧同期フェーザ変化分を計算する(ステップS205)。正相電圧の同期フェーザの変化分Δv1は以下の式(O11)のように計算される。
ここに、v1(t)は現時点の正相電圧同期フェーザ、v1(t−T0)はT0(例えば1サイクル)前の時点の正相電圧同期フェーザである。逆相/零相電圧の同期フェーザの変化分も同様に計算することができる。正相/逆相/零相の相間電圧の同期フェーザの変化分も同様に計算することができる。
(6.相電流および相間電流同期フェーザの計算)
各相の電流瞬時値データを用いて周波数係数を計算し、周波数係数の絶対値が1以下であり対称性が破れていない場合には、相電流および相間電流同期フェーザ計算手段207は、時系列の電流瞬時値データを用いて相電流および相間電流の同期フェーザを計算する(ステップS206)。A相/B相/C相電流の同期フェーザiA,iB,iCは以下の式(O12)のように表される。
上記の式(O12)において、A相電流の同期フェーザ振幅IA、位相角φIA、実数部iAreおよび虚数部iAimは以下の式(O13)ように計算される。
上式(O13)において、iA21,iA22,iA23はA相ゲージ差分電流群の電流差分瞬時値であり、αはゲージ回転位相角であり、fCは周波数係数である。なお、B相、C相の電流同期フェーザの振幅、位相角、実数部および虚数部は上記と同じように計算することができる。相間電流の同期フェーザについても同様に計算することができる。
(7.相電流および相間電流同期フェーザの変化分の計算)
次に、相電流および相間電流同期フェーザ変化分計算手段208は、相電流および相間電流の同期フェーザの変化分を計算する(ステップS207)。A相電流の同期フェーザの変化分ΔiAは以下の式(O14)のように計算される。
ここに、iA(t)は現時点のA相電流同期フェーザ、iA(t−T0)はT0(例えば1サイクル)前の時点のA相電流同期フェーザである。B相/C相電流の同期フェーザの変化分も同様に計算することができる。A相/B相/C相の相間電流の同期フェーザの変化分も同様に計算することができる。
(8.正相/逆相/零相電流の同期フェーザの計算)
次に、正相/逆相/零相電流同期フェーザ計算手段209は、正相/逆相/零相電流の同期フェーザを計算する(ステップS208)。零相/正相/逆相電流の同期フェーザi0,i1,i2は、A相/B相/C相電流の同期フェーザiA,iB,iCを用いて次の式(O15)ように計算される。次式(O15)において、αは対称座標変換係数である。
(9.正相/逆相/零相電流の同期フェーザの変化分の計算)
正相/逆相/零相電流同期フェーザ変化分計算手段210は、正相/逆相/零相電流同期フェーザ変化分を計算する(ステップS209)。正相電流の同期フェーザの変化分Δi1は以下の式(O16)のように計算される。
ここに、i1(t)は現時点の正相電流同期フェーザ、i1(t−T0)はT0(例えば1サイクル)前の時点の正相電流同期フェーザである。逆相/零相電流の同期フェーザの変化分も同様に計算することができる。正相/逆相/零相の相間電流の同期フェーザの変化分も同様に計算することができる。
(10.A相/B相/C相のインピーダンスの計算)
次に、A相/B相/C相インピーダンス計算手段211は、A相/B相/C相の電圧同期フェーザvA,vB,vCおよび電流同期フェーザiA,iB,iCを用いてA相/B相/C相のインピーダンスを計算する(ステップS210)。A相/B相/C相のインピーダンスZA,ZB,ZCは以下の式(O17)のように計算される。
(11.A相/B相/C相のインピーダンスの変化分の計算)
次に、A相/B相/C相インピーダンス変化分計算手段212は、A相/B相/C相のインピーダンスの変化分を計算する(ステップS211)。A相のインピーダンスの変化分ΔZAは以下の式(O18)のように計算される。
上式(O18)において、ΔvAは現時点のA相電圧同期フェーザの変化分、ΔiAは現時点のA相電流同期フェーザの変化分である。B相/C相のインピーダンスの変化分も同様に計算することができる。
(12.正相/逆相/零相のインピーダンスの計算)
次に、正相/逆相/零相インピーダンス計算手段213は、零相/正相/逆相の電圧同期フェーザv0,v1,v2および電流同期フェーザi0,i1,i2を用いて正相/逆相/零相のインピーダンスを計算する(ステップS212)。零相/正相/逆相のインピーダンスZ0,Z1,Z2は以下の式(O19)のように計算される。
(13.正相/逆相/零相のインピーダンスの変化分の計算)
正相/逆相/零相インピーダンス変化分計算手段214は、正相/逆相/零相のインピーダンスの変化分を計算する(ステップS213)。正相インピーダンスの変化分ΔZ1は以下の式(O20)のように計算される。
上式(O20)において、Δv1は現時点の正相電圧同期フェーザの変化分、Δi1は現時点の正相電流同期フェーザの変化分である。逆相/零相のインピーダンスの変化分も同様に計算することができる。
(14.保護リレー演算)
保護リレー演算手段215は、上記の電気量の計算結果を用いて様々な保護リレー演算を行う(ステップS214)。以下、具体例として距離リレー要素と差動リレー要素とを挙げる。
(14.1 距離リレー演算)
距離リレーは自端情報だけを用いて送電線故障の有無を判定することができる。上記した同期フェーザ変化分を用いた距離リレー演算要素は動作の高速性を有している。距離リレー要素は、故障起動時の起動電圧VSが故障起動電圧閾値VSETよりも大きくなった場合に、保護区間内が故障であると判定し、保護トリップ信号を送信する。XX相間(XXはAB,BC,CAのいずれか)の短絡故障の場合の判別式は以下の式(O21)で表される。次式(O21)において、VSXXはXX相間短絡故障時のの起動電圧を表し、ΔvXXはXX相間の電圧同期フェーザの変化分を表し、ΔiXXはXX相間の電流同期フェーザの変化分を表し、ZSETは地絡故障保護整定値(例えば送電線の80%地点までのインピーダンス)を表し、VSETは故障起動電圧閾値を表す。
X相(XはA,B,Cのいずれか)地絡故障の判別式は以下の式(O22)で表される。次式(O22)において、VSXはX相地絡故障時の起動電電圧を表し、ΔvXはX相電圧の同期フェーザの変化分を表し、ΔiXはX相電流の同期フェーザの変化分を表し、Kは零相係数を表し、ΔI0は零相電流の同期フェーザの変化分を表す。
(14.2 差動リレー要素)
差動リレー要素は、上記の自端側の電気量計算結果と、通信回線(専用ケーブル、マイクロ波搬送、または光ファイバ通信)を介して取得した他端側の保護リレー装置における電気量の計算結果とを用いて、送電線保護のための差動リレー演算を行う。たとえば、A相送電線故障の判別式は、以下の式(O23)によって表される。
上式(O23)において、i1A(t)は現時点の自端側A相電流同期フェーザを表し、i2A(t)は現時点の他端側A相電流同期フェーザを表し、ΔvAは現時点の自端側のA相電圧同期フェーザの変化分を表す。さらに、kは係数であり、ZSETは送電線のインピーダンスである。上記の計算がベクトル演算であるため、送電線の充電電流の影響を受けにくく、確実に保護区間内の故障と保護区間外の故障とを区別することができる。上式(O23)が満たされている場合に、保護トリップ指令が送信される。B相/C相の差動リレーも同様に計算を行うことができる。
(15.保護トリップ指令の送信)
保護トリップ指令送信手段216は、保護リレー演算手段215によって送電線252の故障と判別された場合には、対応する遮断器のトリップ指令を送信する(ステップS215)。
以上のステップS201〜S205は、保護リレー装置201が保護動作を終了するまで(ステップS216でYESとなるまで)繰り返される。
<第6の実施形態>
電力系統制御保護において、基本波成分の同期フェーザおよび直流成分以外に、高調波としてどんな成分があり、いつ発生し、どれぐらい時間存在したなどを解析するニーズがある。一般に、高調波の発生は確率的なものであると考えられる。従来の解析手法は、すでに発生した信号について事後的にフーリエ変換を用いて行うものである。
これに対して、第6の実施形態ではフーリエ変換を利用せずに、これまで説明した対称性原理に基づく信号処理手法(すなわち、ゲージ電圧(電流)群、ゲージ差分電圧(電流)群を用いた解析手法)によってリアルタイムで信号解析を行う。このメリットは、時間領域と周波数領域とを同時に解析することにより、高調波成分の時間分解能を高められる(たとえば、瞬時位相を検出できる)点にある(フーリエ変換は周波数領域の解析である)。以下、図面を参照して具体的に説明する。
図41は、電力系統信号処理装置300の構成を示す機能ブロック図である。図41を参照して、入力信号として次の式(P1)に示す電力系統の電流信号(たとえば、励磁突入電流)が入力されているとする。次式(P1)において、IDC、I1、I2、I3はそれぞれ直流、基本波、第2調波、第3調波の電流振幅である。ω1,ω2,ω3はそれぞれ基本波、第2調波、第3調波の角周波数である。φ1,φ2,φ3はそれぞれ基本波、第2調波、第3調波の初期位相である。
まず、基本波/直流成分処理手段301は、既に説明したゲージ差分電流群とゲージ電流群を用いて、電流基本波同期フェーザと直流成分とを求める。電流基本波同期フェーザは、入力信号i(t)の時系列の瞬時値データに対してゲージ差分電流群を用いて同期フェーザを計算することによって求めることができる。直流成分は、前述の式(L2)に従って計算できる。
次に、第2調波処理手段302は、電流基本波同期フェーザ以外の電流成分を求める。すなわち、次式(P2)に示すように入力信号i(t)から電流基本波同期フェーザI1・exp(ω1t+φ1)を減算することによって、第1の差分信号i2(t)を計算する。したがって、第1の差分信号i2(t)の瞬時値は、入力信号i(t)の基本波成分の実数部I1・cos(ω1t+φ1)を、入力信号i(t)の瞬時値から減じたものである。この第1の差分信号i2(t)に対して、ゲージ差分電流群を用いて同期フェーザ(すなわち、複素平面上で回転ベクトルの振幅と位相角)を計算することによって、第2調波同期フェーザI2・exp(ω2t+φ2)を求めることができる。
次に第3調波処理手段303は、次式(P3)に示すように入力信号i(t)から電流基本波同期フェーザI1・exp(ω1t+φ1)と第2調波同期フェーザI2・exp(ω2t+φ2)とを減算することによって、すなわち、第1の差分信号i2(t)から第2調波同期フェーザI2・exp(ω2t+φ2)を減算することによって、第2の差分信号i3(t)を計算する。したがって、第2の差分信号i3(t)の瞬時値は、基本波成分の実数部I1・cos(ω1t+φ1)および第2調波成分の実数部I2・exp(ω2t+φ2)を、入力信号i(t)の瞬時値から減じたものである。この第2の差分信号i2(t)に対して、ゲージ差分電流群を用いて同期フェーザ(すなわち、複素平面上で回転ベクトルの振幅と位相角)を計算することによって、第3調波同期フェーザI3・exp(ω3t+φ3)を求めることができる。
以下、同様にして、入力信号の第m−1調波成分(mは3以上の整数)までの高調波成分が計算されている場合に、入力信号の第m調波成分を計算する第m調波処理手段(第m調波計算部とも称する)の動作は次のようになる。まず、第m調波処理手段は、基本波成分の実数部と第2から第m−1調波成分までの各高調波成分の実数部とを、入力信号の瞬時値から減算することによって第m−1の差分信号の瞬時値を求める。次に、第m調波処理手段は、この第m−1の差分信号に対して、ゲージ差分電流群を用いて同期フェーザ(すなわち、複素平面上での回転ベクトルの振幅と位相角)を計算することによって、第m調波成分としての第m調波同期フェーザを求める。
<第7の実施形態>
第7の実施形態では、交流発電機/電動機の回転数測定装置(回転周波数測定装置とも称する)を提供する。
[第7の実施形態の課題]
交流発電機/電動機の単位時間当たりの回転数(すなわち、回転周波数)を検出することは交流発電機/電動機の動作を制御するため必要である。たとえば、電動機の単位時間当たりの回転数を検出装置は、特許第5353579号公報(特許文献5)などに開示されている。
ところで、タービン発電機のように高速回転する交流発電機/電動機の回転速度を(たとえば、定格周波数に対応する回転速度は、3000回転/分である)、リアルタイムに測定するニーズがある。現状では、高速かつ高精度に時間を確定する装置が非常に高価なものであるため、一般にはカウンタ装置を用いたシンプルな構成の回転数測定装置が提供されている。このため十分な精度で回転数を検出することができていない。
本開示の第7の実施形態では、これまで説明した対称性原理に基づく解析手法を用いて高速かつ高精度に回転数を特定することが可能な回転数測定装置を提供する。交流発電機/電動機の回転数は電気量ではなく、回転する機器の機械量であるが、対称性原理に基づく解析手法を同様に適用することができる。
[複素平面上におけるゲージ差分回転群]
図42は、複素平面上のゲージ差分回転群について説明するための図である。図42を参照して、交流発電機/電動機の回転子の回転軸に垂直な平面を想定する。この平面を便宜的に複素平面で表すものとする。次に、この複素平面上に、交流発電機/電動機の回転子に同期して回転する4個の回転ベクトルr1(t),r1(t−Tg),r1(t−2Tg),r1(t−3Tg)を想定する。4個の回転ベクトルは互いにゲージサンプリング周期Tgに対応する位相角αだけ隔てられているとする。そうすると、4個の回転ベクトルは次式(Q1)で表される。
上式(Q1)において、Aは回転子の半径、ωは回転子の角周波数であり、αはゲージ回転位相角であり、Tgはゲージサンプリング周期である。上記の4個の回転ベクトルにより、下記の式(Q2)のゲージ差分回転群を生成することができる。
ゲージ差分電圧群について対称性を検証した場合と同様に(たとえば、図10〜図12、表9〜表11、式(F1)〜(F14)を参照)、ゲージ差分回転群は鏡映対称性を有しており、ゲージ差分回転群の群表を生成することができる。さらに、ゲージ差分電圧群のベクトル乗積表を生成するとともに、ゲージ差分回転群のベクトル乗積空間図を作成することができる。具体的には、ゲージ差分電圧群の場合と同様であるので詳しい説明を繰り返さない。
ゲージ差分回転群の実数乗積表は、ゲージ差分電圧群の場合と同様に以下の表19で表される。以下の表19において、ゲージ差分回転群を構成する差分回転ベクトルr2(t)、r2(t−Tg)、r2(t−2Tg)の実数部をそれぞれr21、r22、r23としている。
ゲージ差分回転群の実数部瞬時値r21、r22、r23は、以下の式(Q3)で表される。下式(Q3)において、複素数の実数部をReとしている。
上記のゲージ差分電圧群の実数乗積表に基づいて、ゲージ差分回転群の周波数係数は以下の式(Q4)のように計算できる。さらに、ゲージ差分回転群のゲージ回転位相角αは以下の式(Q5)で表すことができる。
また、対称性原理に基づいて、下記の方程式(Q6)が成立することがわかる。下式(Q6)において、fおよびTはそれぞれ交流発電機/電動機の回転速度(単位時間当たりの回転数)および周期であり、fgおよびTgはそれぞれゲージサンプリング周波数およびゲージサンプリング周期であり、αはゲージ回転位相角である。
これまで説明してきたゲージ差分電圧群の計算では、計測された時間間隔は既知量として利用される一方で、ゲージ回転位相角αは未知数として計測時間間隔を用いて計算され、さらに計算されたゲージ回転位相角αから周波数が求められていた。これに対して、ゲージ差分回転群を利用した回転数測定装置の場合、ゲージ回転位相角αが既知量として与えられ(たとえば、下記の電磁ピックアップを利用した回転パルス検出の例では、6回のカウント数に対応する回転位相角αは90°である)、ゲージ回転位相角αに対応する時間間隔は未知数として実測される。そして、実測された時間間隔に基づいて周波数が計算される。
対称性に関して、これまで説明したゲージ差分電圧群(ゲージ差分電流群)と同様の対称性を、上記のゲージ差分回転群も有している。ただし、上記したように、ゲージサンプリング周期が既知量であるゲージ差分電圧群の場合とは異なり、本実施形態の回転数測定装置の場合、ゲージサンプリング周期Tgは既知量ではない。そこで、1つのゲージ差分回転群において以下の式(Q7)に示すようにゲージサンプリング周期Tgk(現時点の場合にk=1とする)を複数の計測値の平均値として求め、平均後のゲージサンプリング周期Tgkにゲージ回転位相角αが対応しているものとする。
上式(Q7)のゲージサンプリング周期Tgkの実測値とゲージ回転位相角αとから回転周波数fを計算することができる。具体例として、回転子表面に均等に24個の切欠部があり、これらの切欠部の位置情報を電磁ピックアップで検出可能であるとする。ゲージ回転位相角αを90度に設定する。切欠部のカウント数6点ごとの計測時間をTgk1、Tgk2、Tgk2とし、これらの平均値をゲージサンプリング周期Tgkとする。具体的に、計測時間Tgk1は6カウント前から現時点までの経過時間に対応し、計測時間Tgk2は現時点よりも12カウント前から6カウント前までの経過時間に対応し、計測時間Tgk3は現時点よりも18カウント前から12カウント前までの経過時間に対応する。さらに、ノイズの影響を低減するため、複数(N個)のゲージ差分回転群の計算結果(すなわち、上記のTgk)の移動平均処理を行う。
上記例の場合において、交流発電機/電動機の回転周波数の計算式は以下の式(Q8)のようになる。下式(Q8)の第4項において、ゲージ回転位相角αに上記例の場合である90°(=π/2)を代入している。
さらに、上式(Q8)において、ノイズの影響を低減するために平均後のゲージサンプリング周期Tgkについて移動平均処理を行うと次式(Q9)が得られる。次式(Q9)において、Nはゲージ差分回転群の数である。
このように、高速高精度な交流電機回転数測定装置を構築することができる。以下に装置構成図を示す。
[回転数測定装置の構成]
図43は、交流発電機/電動機の回転数測定装置の構成を示すブロック図である。図43を参照して、回転数測定装置(回転周波数測定装置とも称する)401は、所定カウント数対応時間計測手段402と、複数ゲージ差分回転群計算手段403と、回転数計算手段404と、データ出力手段405と、インターフェース406と、記憶手段407とを備える。
所定カウント数対応時間計測手段402は、ケーシング451に取り付けられた電磁ピックアップ412(または他の近接センサなど)からの出力信号のパルス数をカウントする。これによって、所定のカウント数(たとえば、p個(pは2以上の整数))に対応する時間を、パルスをカウントする度に計測する。たとえば、上式(Q4)のTgk1、Tgk2、Tgk3は、現時点よりもp個前のパルス検出時、現時点よりも2×p個前のパルス検出時にそれぞれ計測されたものである。
なお、電磁ピックアップ412などの近接センサによって、回転子450にとりつけられた回転板の切欠部(または、径方向の突出部)を検出することができる。切欠部は、回転板の周方向に均等に設けられている。これによって、電磁ピックアップ412は、回転子450の回転周波数に比例したパルス数のパルス信号を出力する。
複数ゲージ差分回転群計算手段403は、各時点ごとに、ゲージ差分回転群に基づく計算を行う。具体的には、上式(Q7)に従って平均量としてのゲージサンプリング周期Tgkを求める。より一般的には、複数ゲージ差分回転群計算手段403は、p×q個前のパルス(p,qは2以上の整数)の検出時点から現時点までの間に、所定カウント数対応時間計測手段402によってp個のパルスごとに計測された全部でq個の経過時間の平均値を計算する。上式(Q7)の場合にはq=3である。
回転数計算手段404(回転周波数計算手段とも称する)は、上式(Q8)に従って、ゲージサンプリング周期Tgkから回転周波数fを計算する。回転数計算手段404は、さらに、上式(Q5)に従って、求めたゲージサンプリング周期Tgkの移動平均を行い、最終的な回転周波数fを計算する。
データ出力手段405は、インターフェース406を介して、算出された回転周波数fを出力する。記憶手段407は、検出されたデータを保存する。
上記においてゲージ差分回転群を利用する理由は次のとおりである。上記と同様のアルゴリズムで、三つの回転ベクトルによりゲージ回転群を構築して、回転周波数の計算を行うこともできる。しかしながら、図43において、電磁ピックアップ412によって検出する切欠部を有する円盤の中心軸と交流発電機/電動機の回転子450の中心軸とが一致しない場合がある。この場合に誤差が生じる。これに対して、ゲージ差分回転群の要素はすべて差分であるため、電磁ピックアップ412によって検出する切欠部を有する円盤の中心軸と交流電機回転子中心がずれても測定結果に影響を与えない。
今回開示された各実施形態はすべての点で例示であって制限的なものでないと考えられるべきである。この発明の範囲は上記した説明ではなくて請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。