JP6388193B2 - 金型の焼入方法および金型の製造方法 - Google Patents
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Description
マルテンサイト変態点とは、冷却中の金型(つまり、金型を構成する鋼)がマルテンサイト変態を開始する温度である(以下、Ms点と記す)。本発明の場合、金型表面のマルテンサイト変態の進行から遅れて、金型内部の領域Bがマルテンサイト変態を進行する時にこそ、そのマルテンサイト変態中の領域Bが金型裏面側に移行していればよい。言い換えれば、前記領域Bが製品形状面から相対的に離れていればよい。よって、前記領域BがMs点に到達するかなり前の時点であり、金型表面がMs点に到達する前の時点から、マルテンサイト未変態の状態にある領域Bの位置を前記金型裏面側に移行しておく必要はない。そして、前記領域BがMs点に近づいた時点であり、金型表面がMs点に到達した時点からは、該金型表面が少なくともMs点−70℃に到達するまでの温度範囲のうちで、領域Bが金型裏面側に移行しているように調整しておけば、後に前記領域BがMs点に到達した時も、該領域Bは前記金型裏面側に移行された状態を維持しており、製品形状面に働く引張応力の低減効果を十分に発揮できる。
まず、前記「金型表面」を「製品形状面の反対面である金型裏面」とするのは、製品形状面よりも、金型裏面の方が、その全面における正確な温度分布を把握しやすいからである。つまり、製品形状面は複雑な凹凸を有し、温度分布が複雑であるのに対して(一般的に、凸部の温度は低めであり(冷却速度が速く)、凹部の温度は高めである(冷却速度が遅い))、金型裏面は形状が平らで、温度分布は比較的単純である。よって、前記温度分布の把握は、温度分布が単純であり、温度測定が容易な該金型裏面で行えばよい。加えて、実際の熱処理現場で金型の焼入れ作業を実施するにおいて、本発明の金型の焼入方法の再現性を高めるためには、温度測定の容易な金型裏面を前記温度範囲の通過を確認する基準面にするのが好ましい。
前記焼戻しの後に、金型の変形等を修正する必要があるならば、前記修正のための仕上げの機械加工を施してもよい。また、必要であれば、金型の製品形状面に、各種の表面処理や、物理蒸着法、化学蒸着法等の被覆処理を施してもよい。
JIS−SKD61改良材の熱間工具鋼を素材に用いて、300×300×300mm角のブロックを作製した。ブロックの全表面にはフライス加工を行った。本素材のマルテンサイト変態点(Ms点)は285℃である。次に、このブロックを加工して、金型の製品形状面に相当した深さ100mm、幅50mmの凹形状の溝を形成し、金型の形状を模した図7の焼入れ用試料を作製した。前記溝底のコーナー部のR(曲率半径)は、片側が1mmRに、その反対側が3mmRに加工されている。また、前記溝底の中央から試料裏面に向けて、さらに、90mmの深さの位置C(つまり、試料の芯部)と、195mmの深さの位置S(つまり、実質、試料裏面の中央位置)には、該位置の温度を実測するための熱電対の挿入孔を形成した。
試料を真空加熱炉から取り出した後、試料の変形を防止すべく、試料の全体が均一に冷却されるように、試料を回転させながら、試料に衝風冷却を行った。そして、試料の位置C(芯部)が650℃に到達した以降は、試料の全体を油冷した。
(冷却条件2)
冷却条件1と同様、試料を真空加熱炉から取り出した後、試料を回転させながら、試料に衝風冷却を行った。そして、試料の位置Cが650℃に到達した以降も、前記衝風冷却を継続した。
(冷却条件3)
冷却条件1と同様、試料を真空加熱炉から取り出した後、試料を回転させながら、試料に衝風冷却を行った。そして、試料の位置Cが650℃に到達した以降は、試料の裏面を上にした状態で(つまり、試料の形状面を下にした状態で)、試料の全体を油槽に浸漬して油冷した。そして、試料裏面の位置Sの温度がMs点(285℃)に達したときに、前記裏面のみが油槽から露出するように試料を油槽から引き上げ、冷却を続けた。
(冷却条件4)
真空加熱炉が有するガス冷却機能を使用して、炉内(冷却室内)の上下から、試料の形状面(溝面)および裏面に向けて、1分間隔で交互に窒素ガスを導入させつつ、冷却室内を400kPaまで加圧して、試料の全体を冷却した。そして、試料の位置Cの温度(Tc)が650℃に到達した以降は、冷却室内をさらに600kPaまで加圧しながらも、試料の裏面に向けての窒素ガスの導入は中止して、試料の形状面に向けての窒素ガスの導入のみを維持して、試料を冷却した。
前記冷却条件1〜4による実際の焼入れを経て、焼戻しされた後の試料について、その形状面の前記溝底のコーナー部に認められる割れの発生有無を、表2に示す。また、表2には、試料内部の最も温度の高い領域BがMs点の直上付近(335℃から285℃までの間)を通過するときの前記領域Bにおける冷却速度、および、試料の形状面に割れが発生するタイミングである前記領域BがMs点に達したときの、前記溝底のコーナー部に働いている最大主応力(引張応力である)の値も示す。
冷却条件1は、従来の焼入方法に相当する。図1は、冷却開始からの冷却時間の経過に対する試料の位置C(芯部)および位置S(裏面中央)の実測温度の変化を示すグラフ図である。また、図1には、前記CAE解析で得た形状面のコーナー部に生じている最大主応力の変化も示す。そして、図2は、前記CAE解析で得た冷却中における試料全体の温度分布およびマルテンサイト変態分率の分布を示すマッピング図である。ただし、正確に言えば、図2で示しているのは、試料の全体の一部である。これは、図7の試料の全体を、その2つの対称面で縦に4分割したうちの一つのモデルであり、試料の一部を対称的に示したモデルである。そして、図2の投影状態において、一番手前に位置する縦方向の一辺が、試料の中心軸である。
冷却条件2も、従来の焼入方法に相当する。図3は、冷却開始からの冷却時間の経過に対する試料の位置Cおよび位置Sの実測温度の変化を示すグラフ図である。図3には、前記CAE解析で得た形状面のコーナー部に生じている最大主応力の変化も示している。そして、図4は、前記CAE解析で得た冷却中における試料全体の温度分布およびマルテンサイト変態分率の分布を示すマッピング図である。なお、図4の詳細は、前出の図2と同様である。図4(a)は、試料裏面の領域Aの温度がMs点(285℃)に到達したときの、試料全体の温度分布である。図4(b)は、前記領域Aの温度がMs点−70℃(215℃)に到達したときの、試料全体の温度分布である。そして、図4(a)から(b)に至るまでの冷却時間で、試料内部の最も温度の高い領域Bの位置と前記領域Aとの距離は、冷却条件1と同様、約110mmであった(すなわち、前記領域Bと形状面の溝底との距離は約90mmであった)。図4(c)は、試料内部の前記領域BがMs点に到達したときの、試料全体のマルテンサイト変態分率の分布である。これによれば、このときの領域Bの温度(Ms点)と試料裏面の領域Aとの温度差は44℃であり、前記領域Aを含む試料裏面の広範囲で、未だマルテンサイト変態が進行中である結果を得た。
冷却条件3は、本発明の焼入方法である。図5は、図1、3と同様、冷却開始からの冷却時間の経過に対する試料の位置Cおよび位置Sの実測温度の変化と、形状面のコーナー部に生じている最大主応力の変化を示すグラフ図である。図5において、位置Cの曲線と位置Sの曲線は、ほぼ重なっている。そして、図6は、図2、4と同様、冷却中における試料全体の温度分布およびマルテンサイト変態分率の分布を示すマッピング図である。図6(a)および(b)より、試料裏面の領域Aの温度がMs点からMs点−70℃までの温度範囲を通過する間で、試料内部の最も温度の高い領域Bの位置と前記領域Aとの距離は約40mmに保たれていた(すなわち、前記領域Bと形状面の溝底との距離は約160mmであった)。そして、図6(c)より、領域Bの温度がMs点に到達したときは、前記領域Bの温度(Ms点)と領域Aとの温度差は殆どなく、試料裏面の領域Aと試料内部の領域Bとが、ほぼ同時にマルテンサイト変態を開始している結果を得た。
冷却条件4は、本発明の焼入方法である。冷却条件4による焼入方法では、試料裏面の領域AがMs点からMs点−70℃までの温度範囲を通過するときの全部の間で、試料の形状面における熱伝達係数が、試料裏面における熱伝達係数よりも大きくなるように冷却した。そして、冷却条件4においては、前記図1〜6のようなグラフ図やマッピング図を示さないが、領域Aが前記温度範囲を通過する間で、試料内部の領域Bと試料形状面のコーナー部との距離が離れていて、前記領域Bの位置が試料の裏面側に移行していたことを確認済みである。その移行の程度は、前記領域Bの位置と前記領域Aとの距離が約50mmであった(すなわち、前記領域Bと形状面の溝底との距離は約150mmであった)。そして、領域Bが遅れてマルテンサイト変態を開始したときも、領域Bの前記移行は保たれていて、かつ、このときの前記コーナー部に働いている引張応力は、最大主応力で720MPaにまで低減されていた。そして、焼戻し後の前記コーナー部に割れは生じていなかった。また、領域BにおけるMs点の直上付近を通過するときの冷却速度も3.0℃/分を大きく超えており、冷却条件2の衝風冷却のときより速かった。
Claims (4)
- オーステナイト域の焼入れ温度に加熱した金型を冷却して、金型の組織をマルテンサイト変態させる金型の焼入方法において、
前記冷却では、金型の製品形状面の反対面である金型裏面の最も温度の高い領域Aの温度が少なくともマルテンサイト変態点から前記マルテンサイト変態点−70℃までの温度範囲を通過するときに、前記温度範囲の一部または全部で、金型内部の最も温度の高い領域Bが前記金型裏面側に移行しているように、製品形状面を金型裏面より速く冷却することを特徴とする金型の焼入方法。 - オーステナイト域の焼入れ温度に加熱した金型を冷却して、金型の組織をマルテンサイト変態させる金型の焼入方法において、
前記冷却では、金型の製品形状面の反対面である金型裏面の最も温度の高い領域Aの温度が少なくともマルテンサイト変態点から前記マルテンサイト変態点−70℃までの温度範囲を通過するときに、前記温度範囲の一部または全部で、前記製品形状面を冷却するのに用いられる冷却媒体と該製品形状面との間の熱伝達係数が、前記金型裏面を冷却するのに用いられる冷却媒体と該金型裏面との間の熱伝達係数より大きくなるように、製品形状面を金型裏面より速く冷却することを特徴とする金型の焼入方法。 - 金型内部の最も温度の高い領域Bの温度がマルテンサイト変態点+50℃から前記マルテンサイト変態点までの温度範囲を通過するときに、前記領域Bを3.0℃/分を超える冷却速度で冷却することを特徴とする請求項1または2に記載の金型の焼入方法。
- 請求項1ないし3のいずれかに記載の金型の焼入方法によって焼入れされた金型を、焼戻しすることを特徴とする金型の製造方法。
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