以下、実施形態を図面に基づいて説明する。以下の説明は例示である。
(エンジンシステムの全体構成)
図1、2は、実施形態に係るエンジンシステム1の構成を示している。このエンジンシステム1は、車両に搭載されるシステムである。エンジンシステム1は、エンジン10、エンジン10に付随する様々なアクチュエータ、様々なセンサ、及び、該センサからの信号に基づきアクチュエータを制御するECM(Engine Control Module、制御部)100を含む。
エンジン10のクランクシャフト15は、図示しないが、変速機を介して駆動輪に連結されている。エンジン10の出力が駆動輪に伝達されることによって、車両が推進する。エンジン10は、シリンダブロック12と、その上に載置されるシリンダヘッド13とを備えており、シリンダブロック12の内部に複数の気筒11が形成されている(図1では、1つのみ示す)。エンジン10は、多気筒エンジンである。シリンダブロック12及びシリンダヘッド13の内部には、図示は省略するが冷却水が流れるウォータージャケットが形成されている。各気筒11内には、コネクティングロッド14を介してクランクシャフト15に連結されたピストン16が摺動自在に嵌挿されている。ピストン16は、気筒11及びシリンダヘッド13と共に燃焼室17を区画している。シリンダブロック12、シリンダヘッド13及びピストン16等は、アルミニウム合金等の、電気伝導性を有する金属で形成されていて、接地(アース)処理が施されている。
本実施形態では、燃焼室17の天井面17a(シリンダヘッド13の下面)は、上方に膨出した球面形状に形成されている(つまり、ドーム型)。その形状に対応して、ピストン16の頂面16aもドーム型に形成されている。ピストン16の頂面16aの中央部には、凹状のキャビティ16bが形成されている。尚、前記天井面17a及びピストン16の頂面16aの形状は、後述の高い幾何学的圧縮比が可能であれば、どのような形状であってもよく、例えば、天井面17a及びピストン16の頂面16a(キャビティ16bを除く部分)の両方が、気筒11の中心軸に対して垂直な面で構成されていてもよいし、天井面17aが三角屋根状(いわゆるペントルーフ形状)をなす一方、ピストン16の頂面16aが、その天井面17aに対応した凸形状をなして構成されていてもよい。
図1には1つのみ示すが、気筒11毎に2つの吸気ポート18がシリンダヘッド13に形成され、それぞれがシリンダヘッド13の下面に開口することで燃焼室17に連通している。同様に、気筒11毎に2つの排気ポート19がシリンダヘッド13に形成され、それぞれがシリンダヘッド13の下面に開口することで燃焼室17に連通している。
シリンダヘッド13には、吸気弁21及び排気弁22が、それぞれ吸気ポート18及び排気ポート19を燃焼室から遮断(閉)することができるように配設されている。吸気弁21は吸気弁駆動機構により、排気弁22は排気弁駆動機構により、それぞれ駆動される。吸気弁21及び排気弁22は所定のタイミングで往復動して、それぞれ吸気ポート18及び排気ポート19を開閉し、気筒11内のガス交換を行う。吸気弁駆動機構及び排気弁駆動機構は、図示は省略するが、それぞれ、クランクシャフト15に駆動連結された吸気カムシャフト及び排気カムシャフトを有し、これらのカムシャフトはクランクシャフト15の回転と同期して回転する。吸気弁駆動機構及び排気弁駆動機構は、この例では、吸気カムシャフトの位相を所定の角度範囲内で連続的に変更可能な、液圧式又は電動式の位相可変機構(Variable Valve Timing:VVT)23、24を、少なくとも含んで構成されている。尚、吸気弁駆動機構及び/又は排気弁駆動機構は、VVT23、24と共に、弁リフト量を変更可能なリフト可変機構を備えるようにしてもよい。リフト可変機構は、リフト量を連続的に変更可能なCVVL(Continuous Variable Valve Lift)としてもよい。
各気筒11の吸気ポート18は、図1において明示されない吸気マニホールドを介して吸気通路30に連通している。また、各気筒11の排気ポート19は、同様に明示されない排気マニホールドを介して排気通路40に連通している。
吸気通路30には、各気筒11への吸入空気量を調節するスロットル弁31が配設されている。吸気通路30におけるスロットル弁31の下流側部分と、排気通路40とは、排気ガスの一部を吸気通路30に還流するためのEGR通路51によって接続されている。EGR通路51には、排気ガスの吸気通路30への還流量を調整するためのEGR弁52及び排気ガスを冷却するための、水冷式のEGRクーラ53が配設されている。EGR通路51、EGR弁52及びEGRクーラ53を含んで、EGRシステム50が構成される。
尚、図示は省略するが、排気通路40における下流側には、排気ガス中の有害成分を浄化する触媒コンバータが配設されている。触媒コンバータは、例えば三元触媒を内蔵しており、排気通路を通過する排気ガス中に含まれる有害成分(HC、CO、NOx)を浄化する機能を有する。
エンジン10において、シリンダヘッド13における気筒11の中心軸上には、気筒11内(燃焼室17内)に燃料を直接噴射するインジェクタ6が配設されている。このインジェクタ6は、例えばブラケットを使用する等の周知の構造でシリンダヘッド13に取付固定されている。インジェクタ6の先端は、燃焼室17の天井面17aの中心に臨んでいる。
図3に示すように、インジェクタ6は、気筒11内に燃料を噴射するノズル口61を開閉する外開弁62を有する、外開弁式のインジェクタである。ノズル口61は、気筒11の中心軸に沿って延びる燃料管63の先端部において、先端側ほど径が大きくなるテーパ状に形成されている。燃料管63の基端側の端部は、内部にピエゾ素子64が配設されたケース65に接続されている。外開弁62は、弁本体62aと、弁本体62aから燃料管63内を通ってピエゾ素子64に接続された連結部62bとを有している。弁本体62aの連結部62b側の部分が、ノズル口61と略同じ形状を有しており、該部分がノズル口61に当接(着座)しているときには、ノズル口61が閉状態となる。このとき、弁本体62aの先端側の部分は、燃料管63の外側に突出した状態となっている。
ピエゾ素子64は、電圧の印加による変形により、外開弁62を気筒11の中心軸方向の燃焼室17側に押圧することで、その外開弁62を、ノズル口61を閉じた状態からリフトさせてノズル口61を開放する。このとき、ノズル口61から気筒11内に燃料が、気筒11の中心軸を中心とするコーン状(詳しくはホローコーン状)に噴射される。そのコーンのテーパ角は、本実施形態では、90°〜100°である(内側の中空部のテーパ角は70°程度である)。そして、ピエゾ素子64への電圧の印加が停止すると、ピエゾ素子64が元の状態に復帰することで、外開弁62がノズル口61を再び閉状態とする。このとき、ケース65内における連結部62bの周囲に配設された圧縮コイルバネ66がピエゾ素子64の復帰を助長する。
ピエゾ素子64に印加する電圧が大きいほど、外開弁62の、ノズル口61を閉じた状態からのリフト量(以下、単にリフト量という)が大きくなる。このリフト量が大きいほど、ノズル口61の開度が大きくなってノズル口61から気筒11内に噴射される燃料噴霧のペネトレーションが大きくなる(長くなる)とともに、単位時間当たりに噴射される燃料量が多くなりかつ燃料噴霧の粒径が大きくなる。ピエゾ素子64の応答は速く、後述の噴射を容易に実現することが可能である。但し、外開弁62を駆動する手段としては、ピエゾ素子64には限られない。また、インジェクタ6も外開弁式に限らず、例えば多噴口型のインジェクタを採用してもよい。
燃料供給システム67(図2参照)は、外開弁62(ピエゾ素子64)を駆動するための電気回路と、インジェクタ6に燃料を供給する燃料供給系とを備えている。ECM100は、所定のタイミングで、リフト量に応じた電圧を有する噴射信号を電気回路に出力することで、該電気回路を介してピエゾ素子64及び外開弁62を作動させて、所望量の燃料を、気筒11内に噴射させる。噴射信号の非出力時(噴射信号の電圧が0であるとき)には、外開弁62によりノズル口61が閉じられた状態となる。このようにピエゾ素子64は、ECM100からの噴射信号によって、その作動が制御される。こうしてECM100は、ピエゾ素子64の作動を制御して、インジェクタ6のノズル口61からの燃料噴射及び該燃料噴射時におけるリフト量を制御する。
燃料供給系には、図示省略の高圧燃料ポンプやコモンレールが設けられている。高圧燃料ポンプはエンジン10により駆動されかつ、低圧燃料ポンプを介して燃料タンクより供給されてきた燃料をコモンレールに圧送し、コモンレールは、その圧送された燃料を、所定の燃料圧力で蓄える。そして、インジェクタ6が作動する(外開弁62がリフトされる)ことによって、コモンレールに蓄えられている燃料がノズル口61から噴射される。
ここで、エンジン10の燃料は、本実施形態ではガソリンであるが、バイオエタノール等を含むガソリンであってもよく、少なくともガソリンを含む燃料(液体燃料)であれば、どのような燃料であってもよい。
また、このエンジン10の燃焼室17内には、オゾン生成部7の放電プラグ71が配設されている。この放電プラグ71は、例えばねじ等の周知の構造によって、シリンダヘッド13に固定されている。放電プラグ71の先端部は燃焼室17の天井面17aから突出して燃焼室17内に臨んでいる。この放電プラグ71の先端部は、図1では、図示の関係上、ずらして描いているが、実際は、吸気ポート18と排気ポート19の間でかつ、インジェクタ6のノズル口61の近傍に位置している(図7も参照。尚、図1と図7とは断面が相違する)。放電プラグ71は、碍子71aで周囲が電気的に絶縁された棒状の電極71bを有している。電極71bは、シリンダヘッド13やシリンダブロック12から電気的に絶縁された状態で、燃焼室17内に突出している。
オゾン生成部7はまた、図2に示すように、高電圧制御器72を有している。高電圧制御器72は、放電プラグ71と電気的に接続されており、燃焼室17で、後述するような極短パルス放電が生じるように、制御されたパルス状の高電圧を電極71bに印加する機能を有している。具体的には、図4に示すように、50ナノ秒以下のパルス幅PWで10kV以上の高電圧からなる電圧(短パルス高電圧)を、所定期間、断続的に電極71bに印加する機能を有している。尚、オゾン生成部7の配置及び構成は、これに限定されるものではない。
ECM100は、周知のマイクロコンピュータをベースとするコントローラであって、プログラムを実行する中央演算処理装置(CPU)と、例えばRAMやROMにより構成されてプログラム及びデータを格納するメモリと、電気信号の入出力をする入出力(I/O)バスと、を備えている。
ECM100には、車速を検出する車速センサ81、アクセル開度を検出するアクセル開度センサ82、ブレーキペダルのオン/オフを検出するブレーキセンサ83、吸気通路30を流れる新気の流量及び温度を検出するエアフローセンサ84、クランクシャフト15の回転角度及び回転速度を検出するためのクランク角パルス信号を出力するクランク角センサ85、気筒識別情報を得るためのカムシャフトパルス信号を出力するカム角センサ86、エンジン10の冷却水温を出力する水温センサ87、油温を出力する油温センサ88、及び、図示省略の車載バッテリの残量を出力するバッテリセンサ89が、少なくとも接続されている。
ECM100は、前述した各センサ等からの信号に基づいて、エンジン10の運転状態を判断し、それに対応するエンジン10の制御パラメータを設定する。そして、ECM100は、各制御パラメータに対応する信号を、スロットル弁31、燃料供給システム67、吸気VVT23、排気VVT24、高電圧制御器72、EGR弁52、図1では図示を省略するスタータモータ91等に出力する。
(エンジン本体の構成)
次に、エンジン本体の構成についてさらに詳細に説明をする。このエンジン10の幾何学的圧縮比εは、20以上40以下とされている。幾何学的圧縮比εは、特に25以上35以下が好ましい。エンジン10は圧縮比=膨張比となる構成から、高圧縮比と同時に、比較的高い膨張比を有するエンジン10でもある。このエンジン10は、詳細は後述するが、全運転領域で気筒11内に噴射した燃料を圧縮着火により燃焼させるよう構成されており、高い幾何学的圧縮比は、圧縮着火燃焼の安定化に有利である。
燃焼室17は、気筒11の壁面と、ピストン16の頂面と、シリンダヘッド13の下面(天井面17a)と、吸気弁21及び排気弁22それぞれのバルブヘッドの面と、によって区画形成されている。そして、冷却損失を低減するべく、これらの各面に、断熱層が設けられることによって、燃焼室17が断熱化されている。断熱層は、これらの区画面の全てに設けてもよいし、これらの区画面の一部に設けてもよい。また、燃焼室17を直接区画する壁面ではないが、吸気ポート18や排気ポート19における、燃焼室17の天井面17a側の開口近傍のポート壁面に断熱層を設けてもよい。
これらの断熱層は、燃焼室17内の燃焼ガスの熱が、区画面を通じて放出されることを抑制するため、燃焼室17を構成する金属製の母材よりも熱伝導率が低く設定される。
また、断熱層は、冷却損失を低減する上で、母材よりも容積比熱が小さいことが好ましい。つまり、断熱層の熱容量を小さくして、燃焼室17の区画面の温度が、燃焼室17内のガス温度の変動に追従して変化するようにすることが好ましい。
前記断熱層は、例えば、母材上にZrO2等のセラミック材料をプラズマ溶射によってコーティングして形成すればよい。このセラミック材料の中には、多数の気孔を含んでいてもよい。このようにすれば、断熱層の熱伝導率及び容積比熱をより低くすることができる。
本実施形態では、前記の燃焼室の断熱構造に加えて、気筒11内(つまり、燃焼室17内)においてガス層による断熱層を形成することで、冷却損失を大幅に低減するようにしている。
具体的には、ECM100は、エンジン10の気筒11内の外周部に新気を含むガス層が形成されかつ中心部に混合気層が形成されるように、圧縮行程以降においてインジェクタ6のノズル口61から気筒11内に燃料を噴射させるべく、燃料供給システム67の電気回路に噴射信号を出力する。すなわち、圧縮行程以降においてインジェクタ6により気筒11内に燃料を噴射させかつその燃料噴霧のペネトレーションを、燃料噴霧が気筒11内の外周部まで届かないような大きさ(長さ)に抑えることで、気筒11内の中心部に混合気層が形成されかつ、その周囲に新気を含むガス層が形成されるという、成層化が実現する。このガス層は、新気のみであってもよく、新気に加えて、既燃ガス(EGRガス)を含んでいてもよい。尚、ガス層に少量の燃料が混じっても問題はなく、ガス層が断熱層の役割を果たせるように混合気層よりも燃料リーンであればよい。
前記のようにガス層と混合気層とが形成された状態で燃料が圧縮着火燃焼すれば、混合気層と気筒11の壁面との間のガス層により、混合気層の火炎が気筒11の壁面に接触することがなく、そのガス層が断熱層となって、気筒11の壁面からの熱の放出を抑えることができるようになる。この結果、冷却損失を大幅に低減することができる。
尚、冷却損失を低減させるだけでは、その冷却損失の低減分が排気損失に転換されて図示熱効率の向上にはあまり寄与しないところ、このエンジン10では、高圧縮比化に伴う高膨張比化によって、冷却損失の低減分に相当する燃焼ガスのエネルギを、機械仕事に効率よく変換している。すなわち、エンジン10は、冷却損失及び排気損失を共に低減させる構成を採用することによって、図示熱効率を大幅に向上させているということができる。
(エンジンの燃料噴射制御)
エンジン10は、全運転領域において、インジェクタ6により気筒内に噴射された燃料を圧縮着火燃焼させる。より詳しくは、エンジン10は、エンジン負荷が、図5に実線で示す所定の負荷(つまり、切替負荷)よりも低い低負荷及び中負荷の運転領域であって、通常の圧縮着火燃焼を行う通常運転領域Aと、通常運転領域Aよりも高負荷側の運転領域であって、リタードさせた圧縮着火燃焼を行うリタード運転領域Bとを有している。リタード運転領域Bは、後述するように、負荷の高低について領域B1と領域B2とに分割される。
通常運転領域Aでは、圧縮上死点付近で燃料を圧縮着火させて、燃焼させる。例えばインジェクタ6による燃料噴射開始タイミングが、圧縮行程中に設定される。通常運転領域Aでは、ECM100は、エンジン回転数、エンジン負荷及び有効圧縮比に応じて、燃料量、燃料の噴射タイミング、燃料の噴射形態を調整する。
通常運転領域Aでは、気筒内全体の空気過剰率λが2以上、又は、気筒11内におけるガスの、燃料に対する重量比G/Fが30以上に設定される。これにより、断熱層による断熱化を図って図示熱効率を向上させながら、RawNOxを低減することができる。RawNOxを低減する観点からは、空気過剰率λ≧2.5がより一層好ましい。また、空気過剰率λ=8で図示熱効率がピークになることから、空気過剰率λの範囲としては、2≦λ≦8が好ましい(より好ましくは、2.5≦λ≦8)。尚、混合気のリーン化は、スロットル弁31を開き側に設定することになるから、ガス交換損失(ポンピングロス)の低減による図示熱効率の向上にも寄与し得る。通常運転領域Aは、空気過剰率λを、1を超えて設定するため、リーン領域と呼ぶことが可能である。
このように通常運転領域Aでは、空気過剰率λを2以上に設定するが、エンジン10の負荷が高まって燃料量が増えたときには、空気過剰率λを2以上にすることが困難になり得る。そこで、このエンジン10では、エンジン10の負荷が相対的に高いリタード運転領域Bでは、空気過剰率λを1にする。リタード運転領域Bにおいては、三元触媒を利用して排気エミッション性能を良好に維持することが可能になる。このエンジンシステム1では、NOx浄化触媒を省略することが可能である。リタード運転領域Bは、空気過剰率λを1にすることから、λ=1領域と呼ぶことができる。
リタード運転領域Bでは、図6に示すように、圧縮上死点から、主噴射の燃料が圧縮着火するまでの筒内温度を実質的に圧縮上死点における筒内温度のまま維持するための熱量を発生させる前段噴射と、膨張行程において圧縮着火燃焼を生じさせるための主噴射とが行われる。以下、前段噴射によって圧縮上死点以降の筒内温度を維持しつつ、着火タイミングをリタードさせる自己着火燃焼を「リタード自己着火燃焼」と称する。
前段噴射は、噴射した燃料を部分酸化反応させる空燃比となる量だけ燃料を噴射するものであって、圧縮上死点以降の筒内温度を所定の期間、主噴射による燃料が圧縮着火可能な温度に維持するためのものである。前段噴射では、燃料が酸化反応するものの熱炎反応には至らないので、圧縮上死点以降の筒内温度の低下を抑制する程度の熱量しか発生しない。つまり、前段噴射は、筒内温度が高くなり過ぎることを防止しつつ、圧縮上死点以降の筒内温度を維持するためのものである。この前段噴射により、図6(B)に示すように、圧縮上死点以降の混合気は、温度変化が所定の温度幅内に抑制された状態で膨張、即ち、実質的に等温膨張する。本明細書では、この実質的な等温膨張のことを単に「等温膨張」という。
所定の温度幅の上限値は、主噴射による燃料が筒内の空気に混合される前に着火してしまう温度未満の温度である。所定の温度幅の下限値は、モータリングによって低下する筒内温度よりも高い温度である。つまり、前段噴射によって、圧縮上死点から主燃焼が生じるまでの筒内温度は、主噴射による燃料が筒内の空気に混合される前に着火する温度未満であって、圧縮上死点における筒内温度を、モータリングを行うことで低下させた温度よりも高い温度に維持される。例えば、「所定の温度幅」は、100度である。より具体的には、圧縮上死点から主燃焼が生じるまでの筒内温度は、1000〜1100Kに維持される。但し、温度幅は、100度に限られるものではない。燃料の異常燃焼を防止し且つリタードさせた自己着火燃焼を可能にする温度幅であれば、90度や110度等、それ以外の値であってもよい。
同様に、筒内温度の変動が所定の温度幅に収められている間の筒内温度は、1000〜1100Kに限られるものではない。燃料の異常燃焼を防止し且つリタードさせた自己着火燃焼を可能にする温度であれば、950〜1100K、1000〜1150K、1100〜1200K等、それ以外の値であってもよい。
主噴射は、エンジントルクを生成する主燃焼(1サイクル中で最も大きな熱量を発生させる燃焼)を生じさせるための噴射である。主噴射は、膨張行程において筒内温度の変動が上記所定の温度幅内に収まっている間に燃料が着火するタイミングで燃料を噴射する。さらに、主噴射の噴射タイミングは、主燃焼の燃焼期間がモータリング時の気筒11内の圧力上昇率が負の最大値となる時点と重複するタイミングとなっている。ここで、着火とは、燃料の燃焼質量割合が10%以上となった時点を意味する。例えば、主噴射は、圧縮上死点以降であって、膨張行程中(より詳しくは、膨張行程を初期、中期、終期に三等分したときの初期)に実行される。主噴射は、トルクを発生させる主燃焼を生じさせるものであるので、必要なトルクに見合った燃料を噴射する必要がある。例えば、主噴射では、前段噴射による噴射量と主噴射による噴射量とを合わせた全噴射量のうち3/4以上の燃料を噴射することが好ましい。
このように主燃焼をリタードさせる場合、リタードできる期間には限界がある。つまり、膨張行程が進むと、気筒11内の容積の増大に伴って筒内温度が低下するので、主燃焼をリタードさせ過ぎると失火してしまう。膨張行程における筒内温度の低下速度は、圧縮比が高いほど速い。そのため、圧縮比が高いほど、リタード可能な期間が短くなる。しかしながら、前段噴射により圧縮上死点以降の筒内温度を維持することによって、主燃焼をリタードできる期間を拡大することができる。
ただし、圧縮上死点以降の筒内温度を高くする際に、筒内温度を高くし過ぎると、主噴射により噴射した燃料が筒内の空気と混ざり切る前に局所的に着火してしまい、煤を発生させる虞がある。しかし、前段噴射によれば、圧縮上死点以降の筒内温度の変動が所定の温度幅内に抑制されるので、筒内温度の過度な上昇も抑制される。その結果、主噴射による燃料が局所的に着火して煤が発生してしまうことを抑制することができる。
リタード運転領域Bにおける低負荷側の領域B1では、図6(A)に示す第1前段噴射と、主噴射とを行う。これにより、燃焼騒音が増大してしまうことを回避する。第1前段噴射及び主噴射の全噴射量は、筒内全体の空気過剰率λが1となるように設定されている。
これに対し、リタード運転領域Bにおける高負荷側の領域B2では、図6(A)に示す、圧縮上死点前の第1前段噴射と、圧縮上死点後の主噴射との間に、第2前段噴射を行った上で、リタード自己着火燃焼を行う。これは、高負荷側の領域B2では、燃焼騒音を回避する目的から、圧縮着火燃焼の期間を、低負荷側の領域B1よりもさらに遅角させる必要があるが、圧縮着火燃焼の期間が、圧縮上死点から大きく遅れてしまうと、前述した前段燃焼によって気筒内の温度を維持しようとしても、温度が維持しきれずに低下してしまい、失火が生じる虞があるためである。つまり、第2前段噴射は、圧縮上死点から主噴射の燃料が圧縮着火するまでの筒内温度を実質的に圧縮上死点における筒内温度のまま維持するための熱量を発生させるものであり、それによって、温度維持期間を調整する。
第2前段噴射もまた、噴射した燃料を部分酸化反応させる空燃比となる量だけ燃料を噴射するものであって、圧縮上死点以降の筒内温度を所定の期間、主噴射による燃料が自己着火可能な温度に維持するためのものである。第2前段噴射では、燃料が酸化反応するものの熱炎反応には至らないので、圧縮上死点以降の筒内温度の低下を抑制する程度の熱量しか発生しない。第2前段噴射は、筒内温度が高くなり過ぎることを防止しつつ、圧縮上死点以降の筒内温度を維持するためのものである。この第2前段噴射により、高負荷側の領域B2では、低負荷側の領域B1と比較して、圧縮上死点以降の温度維持期間が長くなる。
そうして、高負荷側の領域B2では、主噴射の噴射タイミングを、低負荷側の領域B1での噴射タイミングよりも遅角する。但し、主噴射のタイミングは、膨張行程において筒内温度の変動が前記所定の温度幅内に収まっている間に燃料が着火するタイミングでかつ、主燃焼の燃焼期間がモータリング時の気筒内の圧力上昇率が負の最大値となる時点と重複するタイミングである。主噴射のタイミングを相対的に遅角することで、圧縮着火タイミングが遅れるようになり、その結果、圧縮着火燃焼の期間が、低負荷側の領域B1よりも遅角するようになる。こうして、高負荷側の領域B2においても、燃焼騒音を回避することが可能になる。
第2前段噴射の噴射量は、エンジン10の負荷が高まるに従い増量する。負荷が高くなるほど、燃焼期間を遅らせるために主噴射のタイミングも遅くする必要があるため、第2前段噴射の噴射量を増やすことによって、圧縮上死点後の、所定温度を維持する期間を長くする。これにより、第2前段噴射の噴射開始タイミングはエンジン10の負荷の高低に対してほとんど変化しないものの、その噴射終了タイミングはエンジン10の負荷が高くなるほど遅くなる。
主噴射の噴射開始タイミングは、エンジン10の負荷が高まるに従い次第に遅角する。これは、圧縮着火燃焼の期間を遅角させること、及び、第2前段噴射の噴射終了タイミングが遅くなることに対応している。また、エンジントルクに寄与する主噴射は、エンジン10の負荷が高まるに従い増量する。
これに対し、第1前段噴射は、その噴射量及び噴射タイミング共に、リタード運転領域Bの全域に亘って、エンジン10の負荷の高低に対し、ほぼ一定である。
尚、高負荷側の領域B2においても、前段噴射、第2前段噴射及び主噴射の全噴射量は、筒内全体の空気過剰率λが1となるように設定されている。第1前段噴射による噴射量は、全噴射量の5%程度であり、第2前段噴射による噴射量は、全噴射量の15%程度である。主噴射の噴射量は、全噴射量の80%程度である。
図6(B)の実線は、第1前段噴射及び主噴射を行う低負荷側の領域B1での気筒11内の温度変化の一例を示している。また、同図の一点鎖線は、第1前段噴射、第2前段噴射及び主噴射を行う、高負荷側の領域B2での気筒11内の温度変化の一例を示している。前述の通り、前段噴射によって気筒11内に噴射された燃料は圧縮端温度を調整すると共に、圧縮上死点後の第2前段噴射により気筒11内に噴射された燃料は部分酸化反応により、圧縮上死点後の気筒11内の温度を所定の範囲に維持する期間を、さらに延長する。尚、破線は、モータリング時における、圧縮上死点後の気筒11内の温度変化を示している。そうして、領域B1及び領域B2のそれぞれにおいて、主噴射によって気筒11内に噴射された燃料は、所定のタイミングで圧縮着火し、燃焼する。
(気筒内でのオゾン生成)
リタード運転領域Bでは、前述の通り、少なくとも前段噴射と主噴射とを行うことにより、圧縮着火燃焼の燃焼期間を遅角させている。このエンジン10はさらに、リタード運転領域Bにおいて、必要に応じて、自着火を誘発するオゾンを、燃焼室17で吸気から直接生成することで、圧縮着火燃焼の安定化を図っている。オゾンを、燃焼室17内で直接生成することにより、オゾン生成効率やエネルギの利用効率の向上、燃焼室17内での吸気との適切な混合、制御のレスポンスの向上等が実現する。
具体的には、気筒11を形成しているシリンダヘッド13やシリンダブロック12等にはアースが施されているため、電極71bに短パルス高電圧が印加されると、気筒11の内面(具体的には、燃焼室17の内面)と、電極71bとによってアノード及びカソードが構成され、これらの間で放電が生じる(電極71bがアノードに相当し、気筒11がカソードに相当する)。
印加される電圧は、所定の短パルス高電圧に制御されているので、燃焼室17では、ストリーマ放電のみが発生する。従って、火花や熱が生じる虞はない。誘電体も介在していないし、燃焼室17で直接生成されるため、高いオゾン生成効率やエネルギの利用効率が得られる。
高電圧制御器72は、吸気行程、圧縮行程、及び膨張行程の、少なくともいずれかで作動をして、気筒11内にオゾンを生成する。例えば、吸気弁21が開弁して、燃焼室17に吸気が導入しているときに同期して、電極71bに短パルス高電圧を印加してもよい。そうすることで、放電が生じる電極71bの近傍(放電空間)では、絶えず吸気(酸素)が供給され、生成されたオゾンと吸気とが入れ替わる。
その結果、オゾンの飽和濃度の影響をほとんど受けることなく、オゾンを生成できるので、より高度なオゾン生成効率やエネルギの利用効率を得ることができる。また、オゾンと吸気との混合も促進される。
また、高電圧制御器72が、圧縮行程又は膨張行程中にオゾンを生成するときには、インジェクタ6により燃料を噴射することに同期して、電極71bに短パルス高電圧を印加してもよい。そうすることで、図7に示すように、密閉された燃焼室17内で、噴射される燃料の勢いによって空気が流動し、それにより、放電空間では、オゾンと空気とが入れ替わり、高いオゾン生成効率を維持した状態でオゾンが生成される。尚、圧縮行程又は膨張行程中にオゾンを生成するときに、燃料噴射に同期しないで、オゾンを生成することも可能である。
主噴射によって気筒11内に噴射された燃料は、オゾンによってエネルギが付与され、容易に自己着火燃焼する。つまり、オゾンは、燃料の圧縮着火をアシストする。
前段噴射(第1及び第2前段噴射を含む)によれば、圧縮上死点以降の筒内温度の低下を抑制できるため、圧縮着火燃焼をリタードできる期間を延長することができる。しかしながら、リタードできる期間を延長できたとしても限界がある。それに対し、気筒11内にオゾンを生成することによって、オゾンの供給が無ければ着火が困難又は着火が不可能な時点まで着火タイミングをリタードさせたとしても、燃料を圧縮着火させることができる。オゾンの供給は、圧縮着火燃焼をリタードさせる際のリタード期間を拡大することを可能にする。
オゾンの供給は、常時行ってもよい。オゾンの供給によって、前段噴射の噴射量を減らすことが可能になる。また、オゾンの供給は、圧縮上死点以降の筒内温度が所定の温度を下回ったときに限り、実行してもよい。この所定の温度は、オゾンの供給が無くても、燃料の圧縮着火燃焼が可能な温度である。つまり、前述したように、圧縮上死点から主噴射による燃料が着火するまでの筒内温度の変動を前段噴射によって所定の温度幅に維持する際の下限値に相当する温度である。つまり、圧縮上死点以降の筒内温度を前段噴射によって維持するだけでは主噴射による燃料の自己着火燃焼が困難な状況において、オゾンを供給してもよい。
オゾンの供給はまた、リタード運転領域Bにおける高負荷側の領域B2においてのみ行うようにしてもよいし、リタード運転領域Bの全域に亘って行ってもよい。
また、オゾン生成部7によって発生するオゾンの濃度は、例えばエンジン10の負荷が高いほど高くしてもよい。オゾンの濃度が高いほど、圧縮着火のアシストは強くなり、気筒11内の温度が低くても圧縮着火が可能になる、又は、着火タイミングが早くなる。一方、オゾン濃度を高くすることは、燃費の悪化や、エンジン10の腐食には不利である。そこで、必要最低限のオゾンを供給するように、オゾンの濃度は、エンジン10の負荷が高いほど高くしてもよい。
(エンジン再始動時の燃料噴射制御)
このエンジンシステム1は、燃費向上の観点から、所定の自動停止条件が成立したときに、エンジン10を自動停止すると共に、所定の再始動条件が成立したときに、エンジン10を再始動(つまり、自動始動)する、いわゆるアイドリングストップ制御を行う。このエンジンシステム1では、エンジン10の再始動時にも、圧縮着火燃焼を行う。以下、エンジン10の再始動時の燃料噴射制御について、図8のフローチャートを参照しながら説明する。
図8のフローは、再始動条件が成立して、エンジン10を自動停止した後にスタートする。ここで、自動停止条件としては、例えば車両が停止状態にあること、アクセルペダルの開度がゼロであること(アクセルオフ)、ブレーキペダルが踏み込まれていること(ブレーキオン)、エンジン10の冷却水温が所定値以上であること、バッテリの残量が所定値以上であること、等の複数の要件を全て満足したときに、自動停止条件が成立したとする。
スタート後のステップS1では、各種センサ等の出力信号に基づいて、ピストン16の停止位置、外気温、大気圧、エンジン10の冷却水温度及び油温、ブレーキ踏込量、アクセル踏込量、空調装置のオン・オフ状態、車室内温度、バッテリ残量等を読み込む。これらのパラメータは、エンジン10の再始動条件、及び、エンジン10の再始動制御に関連する。
続くステップS2では、再始動条件が成立したか否かを判定する。再始動条件は、例えばブレーキペダルがリリースされたこと、アクセルペダルが踏み込まれたこと、エンジン10の冷却水温が所定値未満になったこと、バッテリ残量の低下量が許容値を超えたこと、エンジン10の停止時間が上限時間を超えたこと、空調装置の作動の必要性が生じたこと(つまり、車室内温度と空調装置の設定温度との差が所定値を超えたこと)等の要件の少なくとも1つを満足したときに、再始動条件が成立したと判定する。
ステップS2の判定がNOのときにはフローをリターンする一方、ステップS2の判定がYESのとき(つまり、再始動条件が成立したとき)には、フローは、ステップS3に移行する。
ステップS3では、エンジン10の再始動を開始したときの1爆目であるか否かを判定する。ここでは、1爆目であるとして説明を進める。フローは、ステップS3からステップS4に移行をする。
ステップS4では、1圧縮目着火が可能か否かを判定する。ここで、1圧縮目着火とは、エンジン10が自動停止した状態で圧縮行程にあり、クランキングによってエンジン10の再始動を開始したときに、ピストンが最初に圧縮上死点に至る気筒(以下、この気筒を停止時圧縮行程気筒と呼ぶ)に対し、燃料を噴射して圧縮着火により燃焼を行うことである。エンジン10の再始動時に、停止時圧縮行程気筒に燃料を噴射して圧縮着火燃焼を行うことで、エンジン10の迅速な再始動が実現する。ステップS4の判定は、停止時圧縮行程気筒に燃料を噴射したときに圧縮着火により燃焼を行うことが可能な否かを判定するものである。具体的には、停止時圧縮行程気筒のピストンが圧縮上死点に至ったときの、気筒11内の推定温度(圧縮端温度(T1))に基づいて判定する。
圧縮端温度(T1)の推定は、モータリングによる圧縮端温度を推定するものであり、例えば停止時圧縮行程気筒のピストンが、停止位置から圧縮上死点に至るまでの圧縮ストロークによる温度上昇分(T0)に、所定の係数C1、C2、C3を乗算することによって可能である。
係数C1は、外気温係数であり、例えば外気温が20℃のとき、C1=1.0とし、20℃未満では低温ほど、係数C1を小さくし(例えば0℃で、C1=0.95)、20℃を超えるときには高温ほど、係数C1を大きくする(例えば40℃で、C1=1.03)。
係数C2は、外気圧係数であり、例えば外気圧が1.0気圧のとき、C2=1.0とし、1気圧未満では低気圧ほど、係数C2を小さくし(例えば0.90気圧で、C1=0.90)、1気圧を超えるときには高気圧ほど、係数C2を大きくする(例えば1.10気圧で、C2=1.10)。
係数C3は、エンジン温度係数であり、エンジン温度(冷却水温及び/又は油温)が70℃のとき、C3=1.0とし、70℃未満では低温ほど、係数C3を小さくし(例えば40℃で、C3=0.97)、70℃を超えるときには高温ほど、係数C4を大きくする(例えば100℃で、C3=1.01)。
そうして、推定した圧縮端温度(T1)が、燃料の圧縮着火燃焼が可能な温度以上であるときには、ステップS4の判定をYESと判定して、ステップS5に移行する一方、推定した圧縮端温度(T1)が、燃料の圧縮着火燃焼が可能な温度未満のときには、ステップS4の判定をNOと判定して、ステップS10に移行する。例えば停止時圧縮行程気筒のピストン位置が、所定クランク角よりも上死点側にあるときには、圧縮ストロークが短くなるため、圧縮ストロークによる温度上昇分(T0)は小さくなる。その結果、ステップS4の判定がNOとなり得る。一方、停止時圧縮行程気筒のピストン位置が、所定クランク角又はそれよりも下死点側にあるときには、圧縮ストロークが長くなるため、圧縮ストロークによる温度上昇分(T0)は大きくなる。その結果、ステップS4の判定がYESとなり得る。
ステップS5以降のステップでは、エンジン10の再始動時に、停止時圧縮行程気筒に燃料を噴射して、圧縮着火及び燃焼を行う。一方、ステップS10では、エンジン10の再始動時に、停止時圧縮行程気筒に燃料を噴射しないで、次にピストンが圧縮上死点に至る、停止時吸気行程気筒に燃料を噴射する。こうして、推定した圧縮端温度(T1)に基づいて、エンジン10の再始動時に、最初に燃料を噴射する気筒を切り換えることによって、最初に噴射した燃料について圧縮着火燃焼が確実に行われるようにする。
ステップS5では、推定圧縮端温度(T2)に基づいて、停止時圧縮行程気筒に対する、最初の(つまり、1爆目の)燃料噴射量及び噴射タイミングを設定する。この推定圧縮端温度(T2)は、前述した推定圧縮端温度(T1)とは異なり、気筒11内への燃料噴射を考慮して推定した圧縮端温度である。ステップS5では、圧縮端温度が、圧縮着火が可能な温度となるように、停止時圧縮行程気筒への燃料噴射量及び噴射タイミングを設定する。
図9は、停止時圧縮行程気筒における、エンジン10の再始動時の気筒内の温度変化を例示している。クランキングによってピストン16が圧縮上死点に向かって移動する(図9の右から左に対応する)に従い、気筒11内のガス(概ね空気)が圧縮されて、気筒11内の温度が次第に上昇する。停止時圧縮行程気筒のピストン停止位置が、相対的に下死点側であるP1に位置しているときには、上死点に至るまでの圧縮ストロークが長く、有効圧縮比が高くなる。このため、気筒11内の温度は、実線から一点鎖線のように変化して圧縮端温度も高くなる(Temp1)。
エンジン10の再始動時には、ピストン16が上死点に至るまでの間に、停止時圧縮行程気筒内で燃料噴射が行われる。図9の例では、所定のタイミング(F1)で、停止時圧縮行程気筒内に燃料が噴射されるとする。この噴射タイミングは、圧縮行程終期に相当する。燃料の噴射により、気筒11内には混合気が形成される。混合気の比熱比は、燃料を噴射する前の空気の比熱比よりも低い。そのため、燃料噴射後は、圧縮に伴うガスの温度上昇が緩やかになり、その結果、実際の圧縮端温度は、図9の実線で示すようにTemp2になる。図9の例では、停止時圧縮行程気筒のピストン位置が、相対的に下死点側にあるとき(P1)には、圧縮ストロークを十分に確保することができる分、圧縮端温度Temp2は、圧縮着火に必要な温度を、若干、超えている。これに対し、図示は省略するが、燃料の噴射タイミングをさらに早めたときには、比熱比の低い混合気を圧縮するストローク分が、その分多くなるから、圧縮端温度がTemp2よりも低くなる。その結果、圧縮端温度が、圧縮着火に必要な温度未満になり得る。これは、圧縮着火燃焼の安定化を阻害する。逆に、燃料の噴射タイミングをさらに遅らせたときには、比熱比の高い空気を圧縮するストローク分が、その分多くなるから、圧縮端温度がTemp2よりも高くなる。その結果、圧縮端温度が、圧縮着火に必要な温度を大きく超え得る。これは、圧縮着火のタイミングが早くなりすぎる事態を招く。
ステップS5では、ステップS4において推定した圧縮端温度(T1)に基づき、圧縮行程後半の所定のタイミングで、要求噴射量分の燃料を噴射したときの圧縮端温度(T2)を推定する。ここで、「圧縮行程後半の所定の(噴射)タイミング」は、気筒11内に噴射した燃料が所定の着火遅れを経て、圧縮上死点付近の最適タイミングで圧縮着火するようなタイミングである。また、要求噴射量は、空気過剰率λが1となるような噴射量である。エンジン10の再始動時に空気過剰率λを1にすることで、圧縮着火燃焼の安定性が高まると共に、大トルクを発生させて、エンジン10の迅速な再始動が可能になる。
そうして推定した圧縮端温度(T2)が、圧縮着火に必要な温度を超えるときには、ステップS5において、燃料噴射量を要求噴射量にかつ、噴射タイミングを前記の所定のタイミングに設定する。こうすることで、圧縮着火燃焼による膨張エネルギが最も効率よくピストン16に伝達されるようになり、大トルクを発生させることが可能になる。圧縮着火に必要な温度は、例えば800〜900Kで適宜設定すればよい。
これに対し、推定した圧縮端温度(T2)が、圧縮着火に必要な温度を下回るときには、燃料噴射タイミングを、所定のタイミングよりも遅角させる。これにより、比熱比の高い空気を圧縮するストローク分が増えるため、その分、圧縮端温度を高くすることができ、圧縮着火に必要な温度を超えることが可能になる。ここで、燃料の噴射タイミングを遅らせすぎると、噴射した燃料と空気とが混ざり合う時間を十分に確保できないまま、着火に至り、その結果、煤が発生してしまう虞がある。そのため、燃料噴射タイミングは、予め設定された遅角限界で制限される。
また、推定した圧縮端温度(T2)が、圧縮着火に必要な温度を大きく上回るときには、圧縮上死点に至る前に圧縮着火をしてしまう可能性がある。そこで、燃料噴射タイミングを、前記所定のタイミングよりも進角させる。これにより、比熱比の低い混合気を圧縮するストローク分が増えるため、その分、圧縮端温度を低くすることができ、圧縮着火に必要な温度を大きく超えてしまうことが防止される。
このように、停止時圧縮行程気筒のピストン位置が、比較的下死点側に位置しているときには、圧縮ストロークを十分に確保することができるため、図9に白抜きの矢印で示すように、燃料の噴射タイミングを適宜変更することにより、圧縮着火に必要な温度を上回るように、圧縮端温度を調整することが可能である。ピストン位置が上死点側にあるときには、下死点側にあるときよりも噴射タイミングを遅角する。ステップS5では、圧縮端温度が、圧縮着火に必要な温度を上回るように、燃料の噴射タイミングを設定する。その結果、噴射タイミングは、圧縮行程終期に設定される。
これに対し、停止時圧縮行程気筒において、ピストン16の停止位置が、相対的に上死点側に位置しているとき(図9のP2参照)には、圧縮ストロークが相対的に短く、有効圧縮比が相対的に低くなる。その結果、モータリング時の気筒11内の温度は、図9において実線から一点鎖線のように変化をし、圧縮端温度が、相対的に低くなる(Temp3)。この場合に、前述したように、圧縮端温度をできるだけ高めるべく、燃料噴射のタイミングを、例えば、予め設定された遅角限界まで遅らせたとしても(図9のF2参照)、圧縮端温度Temp4が、圧縮着火に必要な温度を下回ることも起こり得る。この場合、ステップS5では、燃料の噴射タイミングを、遅角限界に設定する。
こうしてステップS5において、停止時圧縮行程気筒における燃料噴射量及び燃料噴射タイミングをそれぞれ設定すれば、続くステップS6で、推定圧縮端温度(T3)に基づいて、オゾン生成の要否を判断する。推定圧縮端温度(T3)は、ステップS5において設定した燃料噴射量及び燃料噴射タイミングに従って、燃料噴射を行ったときの、停止時圧縮行程気筒における圧縮端温度である。推定圧縮端温度(T3)が、圧縮着火に必要な温度以上のときには、オゾン生成は不要であると判断する。推定圧縮端温度(T3)が、圧縮着火に必要な温度を下回るときには、オゾン生成は必要であると判断する。ステップS6においてオゾン生成が必要と判断したときには、燃料噴射量、燃料噴射タイミング、圧縮端温度と圧縮着火に必要な温度との温度差等に基づいて、オゾン生成部7によるオゾンの生成量及び生成タイミングをそれぞれ設定する。図9の例では、圧縮端温度(T3)が、Temp2にときには、オゾンの生成が不要と判断される。圧縮端温度(T3)が、Temp4のときには、オゾンの生成が必要と判断される。つまり、エンジン10を再始動する時に、停止時圧縮行程気筒のピストン位置が上死点側のP2にあるときには、燃料の噴射タイミングF2を、下死点側のP1にあるときの噴射タイミングF1よりも遅角すると共に、オゾン生成部7を通じて停止時圧縮行程気筒内でオゾンを生成することになる。
尚、ここでは、燃費の向上等を考慮して、オゾン生成をなるべく行わないように、ステップS5において、燃料噴射のタイミングを調整することによってできるだけ、圧縮端温度を高まるように、燃料噴射タイミングを設定する一方、遅角限界によって、圧縮端温度がそれ以上に高めることができない場合に限って、オゾンを生成するようにしている。
これとは異なり、ステップS5においては、燃料噴射のタイミングを所定のタイミングに仮設定しておき、その場合の圧縮端温度を推定し、推定した圧縮端温度と、圧縮着火に必要な温度との温度差に基づいて、オゾン生成部7によるオゾンの生成量及び生成タイミングをそれぞれ設定した上で(尚、オゾンを生成しないことも含む)、燃料噴射のタイミングを、再設定するようにしてもよい。
また、オゾンの生成を前提として、燃料噴射のタイミングを設定してもよい。例えば、停止時圧縮行程気筒のピストン位置が、上死点と下死点との間の所定位置又はそれよりも上死点側にあるときには、停止時圧縮行程気筒内でオゾンを生成することとし、気筒内でのオゾンの生成を前提して定められる燃料噴射タイミングの遅角限界よりも進角側で、燃料噴射タイミングを設定するようにしてもよい。ここでの「所定位置」は、適宜設定することが可能である。例えば上死点と下死点との中央位置としてもよい。
また、ステップS6では、オゾン生成の要否を判断しているが、エンジン10の再始動時にはオゾンを常時生成するようにして、ステップS6では、オゾンの生成量の設定を行ってもよい。つまり、推定した圧縮端温度が、所定温度(尚、この所定温度は、圧縮着火に必要な温度としてもよいし、その温度に基づいて設定した温度としてもよい)以下のときには、オゾンの生成量を相対的に多くする一方、推定した圧縮端温度が所定温度を超えるときには、オゾンの生成量を相対的に少なくしてもよい。推定した圧縮端温度と所定温度との温度差に応じて、(例えば比例するように)オゾンの生成量を設定してもよい。
このようにして、ステップS5及びS6において、燃料噴射量、燃料噴射タイミング及びオゾン生成の要否をそれぞれ設定すれば、ステップS7で、スタータモータ91を駆動して、エンジン10のクランキングを開始し、続くステップS8で、オゾン生成の要否を判定する。オゾン生成が必要のときには、ステップS9に移行して、設定した燃料噴射量でかつ、設定した噴射タイミングで、インジェクタ6を通じて停止時圧縮行程気筒に燃料噴射を行う。1圧縮目着火では、燃料噴射は、圧縮行程終期に行われることになる。この燃料噴射と共に、所定のタイミングでオゾン生成を行う。前述したように、オゾン生成部7は、密閉した気筒11内でオゾンを生成することが可能であるため、エンジン10の再始動時に停止時圧縮行程気筒内でオゾンを生成する上で有利である。
一方、オゾン生成が不要のときには、ステップS8からステップS12に移行して、設定した燃料噴射量でかつ、設定した噴射タイミングで、インジェクタ6を通じて停止時圧縮行程気筒に燃料噴射を行う。ここにおいても、燃料噴射は、圧縮行程終期に行われることになる。
これに対し、ステップS4で、停止時圧縮行程気筒における1圧縮目着火ができないと判定された後の、ステップS10では、2圧縮目気筒の1爆目の、つまり停止時吸気行程気筒に最初に噴射をするときの、燃料噴射量及び噴射タイミングを、停止時吸気行程気筒の推定圧縮端温度(T4)に基づいて、それぞれ設定する。燃料噴射量は、ステップS5と同様に、空気過剰率λ=1となるように、設定される。また、推定圧縮端温度(T4)は、ステップS4で推定をした、停止時圧縮行程気筒における圧縮端温度と同様に、推定をすることが可能である。但し、停止時吸気行程気筒は、停止時圧縮行程気筒とは異なり、圧縮ストロークを十分に確保することが可能であり、その圧縮端温度は、着火に必要な温度を十分に超えるようになる。一方で、停止時吸気行程気筒では、エンジンの自動停止中に、放射熱によって加熱された吸気が圧縮される結果、圧縮端温度が高くなる傾向にあり、その結果、燃料の噴射タイミングを早めたときには、プリイグニッションが発生する虞がある。また、圧縮着火のタイミングが早くなることで、気筒11内の圧力上昇率(dP/dθ)が制限値を超える虞もある。
そこで、ステップS10では、推定した圧縮端温度(T4)に応じて、燃料噴射タイミングを遅角させる。そのように燃料噴射タイミングを遅角させる結果、前述したリタード自己着火燃焼となるよう、前段噴射及び主噴射を行う場合もある。つまり、エンジントルクの生成に寄与する燃料噴射(つまり、主噴射)を、圧縮上死点以降に遅らせるために、第1前段噴射、又は、第1及び第2前段噴射を行うようにする。この2圧縮目の停止時吸気行程気筒におけるリタード自己着火燃焼は、後述する2爆目以降のリタード自己着火燃焼と同様の制御になる。
ステップS10で、停止時吸気行程気筒に対する燃料噴射量及び噴射タイミングをそれぞれ設定すれば、続くステップS11で、スタータモータ91を駆動して、エンジン10のクランキングを開始する。そうして、続くステップS12で、ステップS10で設定した燃料噴射量及び噴射タイミングに従って、停止時吸気行程気筒に、燃料噴射を行う。この場合は、圧縮行程終期から膨張行程初期の期間で、燃料噴射が行われる。これにより、プリイグニッションの発生や、気筒11内の圧力上昇率(dP/dθ)が制限値を超えることが、それぞれ回避される。
このようにして、停止時圧縮行程気筒又は停止時吸気行程気筒において、1爆目の燃焼が行われれば、フローは、ステップS3からステップS13に移行をする。
ステップS13では、2爆目以降の燃焼を行う気筒(つまり、2爆目は、停止時吸気行程気筒、又は、停止時排気行程気筒になる)において、所定の燃料噴射タイミングで燃料を噴射して圧縮着火燃焼を行ったときに、気筒11内の圧力上昇率(dP/dθ)が、制限値を超えるか否かを判定する。2爆目以降は、エンジン10の回転数が上昇することで、ピストンリングの合口隙間からのガス漏れ量が少なくなり、有効圧縮比が高くなる。また、特に、ピストン位置の関係から有効圧縮比が相対的に低くなる停止時圧縮行程気筒において1爆目を行い、2爆目を、停止時吸気行程気筒において行う場合には、停止時吸気行程気筒の圧縮ストロークは相対的に長くなるため、有効圧縮比が大幅に高くなり得る。その結果、所定の燃料噴射タイミング(例えば1爆目と同じ燃料噴射タイミング)で燃料噴射を行ったときに、圧縮着火のタイミングが早くなって、圧縮着火燃焼による気筒11内の圧力上昇が急峻になる場合がある。また、圧縮着火のタイミングが早くなることは、Pmaxの増大や、燃焼温度の上昇を招き、エンジンの信頼性低下、及び/又は、RawNOxの増大を招く虞もある。
ステップS13の判定において、dP/dθが制限値を超えないとき(つまり、NOのとき)には、ステップS14に移行し、制限値を超えるとき(つまり、YESのとき)には、ステップS15に移行する。
ステップS14では、気筒11内の圧力上昇率が制限値を超えないことから、圧縮上死点付近において圧縮着火して燃焼するように、圧縮行程終期から膨張行程初期の期間内で、燃料噴射を行う。燃料噴射量は、空気過剰率λが1となるように設定される。これにより、2爆目以降も、大きなトルクを発生させて迅速な再始動が可能になる。尚、2爆目以降は、エンジン10の回転数が次第に上昇することに伴い、クランク角変化に対する実時間が短くなる。そのため、気筒内に噴射した燃料と空気とが混合する時間(着火遅れ時間)が短くなる。これは、煤の発生を招く虞がある。そこで、ステップS14では、着火遅れ時間を確保可能となるような適宜のタイミングで、燃料の噴射を行うことが好ましい。
一方、ステップS15では、気筒内の圧力上昇率が制限範囲を超えてしまうことから、前述したリタード自己着火燃焼となるように、前段噴射及び主噴射を行う。従って、トルクの発生に寄与する燃料噴射(つまり、主噴射)のタイミングは、膨張行程初期であり、1爆目の燃料噴射のタイミングに対して遅角する。こうすることで、前述したように、圧縮上死点に対して所定クランク角だけ遅れて圧縮着火して燃焼をするから、気筒11内の圧力上昇が急峻になってしまうことが回避され、圧力上昇率(dP/dθ)を制限値以下に収めることが可能になる。また、Pmaxの増大及び燃焼温度の上昇も回避され、エンジンの信頼性確保及びRawNOxの抑制も可能になる。さらに、主噴射を、気筒11内の圧力が次第に低下する膨張行程期間で行うため、2爆目以降は、エンジン回転数が上昇していてクランク角変化に対する実時間は短くなっているものの、比較的長い着火遅れ時間を確保することが可能になる。これにより、煤の発生も抑制される。尚、前段噴射及び主噴射を合わせた燃料噴射量は、空気過剰率λが1となるように設定される。
ステップS14及びS15の後の、ステップS16では、エンジン回転数NEが所定値以下、つまり、完爆回転数(例えば500rpm)に到達したか否かを判定し、到達していないときにはリターンをして、ステップS13〜S15を繰り返す。一方、エンジン回転数NEが所定値を超えたときには、ステップS17に移行して、エンジン10の始動が完了したとして、スタータモータ91を停止する。始動完了後のエンジン10は、アイドル運転状態を含む通常運転領域Aとなるため(図5参照)、空気過剰率λは、エンジン10の再始動を行っている間のλ=1から、λ≧2に変更される。
図10は、図8のフローに従ってエンジン10の再始動を行う場合の、燃料噴射制御の例を示している。図10は、第1〜第4気筒それぞれの行程を示しており、左から右に向かってクランク角が進行する。図10における「F」で示す四角は、燃料噴射を示し、「H」で示す山は、圧縮着火燃焼による熱発生を示している。また、図10の左端の縦線は、エンジン10が自動停止したときのピストン位置に相当し、図10の例では、第3気筒が、停止時圧縮行程気筒であり、その停止時圧縮行程気筒において、1爆目の燃焼が可能とする(つまり、図8のフローにおいて、ステップS4の判定がYESである)。
エンジン10の再始動条件が成立してクランキングが開始すれば、第3気筒にλ=1となる所定量の燃料を、圧縮行程終期の所定のタイミングで噴射する。これにより、第3気筒は、圧縮上死点付近で圧縮着火する。停止時圧縮行程気筒における1爆目の燃焼は、有効圧縮比が比較的低いため、圧縮上死点付近で圧縮着火して燃焼をしても、気筒11内の圧力上昇率(dP/dθ)が制限値を超えることがない。一方、圧縮上死点付近で圧縮着火して燃焼をすることで、燃焼重心(燃焼質量割合が50%となる時期)が、圧縮上死点の近傍になり、圧縮着火燃焼による膨張エネルギを、効率良くピストン16に伝達して、エンジン10の迅速始動に有利になる。
次にピストン16が圧縮上死点に至る停止時吸気行程気筒は第4気筒であり、図10の例では、リタード自己着火燃焼となるように、圧縮行程中の第1前段噴射と、膨張行程初期の主噴射とを行う。こうして、圧縮上死点に対して所定のクランク角だけ遅れて圧縮着火するように燃料噴射タイミングを制御することで、気筒11内の圧力上昇率(dP/dθ)が制限値を超えることを防止する。これは、最初に燃料を噴射する停止時圧縮行程気筒への燃料噴射タイミングに対して、次に燃料を噴射する停止時吸気行程気筒への噴射タイミングを遅角させ、それによって、気筒11内の圧力上昇率が急峻になることを防止している、ということが可能である。第1前段噴射のタイミングは、例えばATDC−90°〜−30°CA、主噴射のタイミングは、例えばATDC10°〜30°CAとしてもよい。
3爆目の燃焼を行う停止時排気行程気筒は、第2気筒である。図10の例では、この第2気筒についても、リタード自己着火燃焼となるように、圧縮行程中の第1前段噴射と、膨張行程初期の主噴射とを行う。ここで、エンジン10の始動開始から、エンジン10の回転数が次第に高まるにつれて、ピストンリングの合口隙間を通じた漏れが次第に少なくなるため、2爆目の燃焼を行う停止時吸気行程気筒よりも、3爆目の燃焼を行う停止時排気行程気筒の方が、有効圧縮比が高くなり得る。そこで、3爆目の停止時排気行程気筒では、2爆目の停止時吸気行程気筒よりも圧縮着火燃焼が遅くなるように、3爆目の停止時排気行程気筒での主噴射の噴射タイミングは、2爆目の停止時吸気行程気筒での主噴射の噴射タイミングよりも、さらに遅角してもよい。こうすることで、燃焼騒音の増大を、さらに抑制することが可能になる。
4爆目の燃焼を行う停止時膨張行程気筒は、第1気筒である。前述の通り、エンジン10の回転数がさらに高まり、有効圧縮比がさらに高くなることに伴い、図例では、4爆目の停止時膨張行程気筒において、圧縮着火燃焼がさらに遅れるように、主噴射の噴射タイミングをさらに遅角させる。そのために、4爆目の燃焼を行う第1気筒では、第1前段噴射と第2前段噴射とを行う。こうすることで、主噴射の噴射タイミングをさらに遅くしても、圧縮着火燃焼の安定化が図られる。また、圧縮着火燃焼に伴う気筒11の圧力上昇率(dP/dθ)が、制限値を超えてしまうことも抑制される。尚、第2前段噴射のタイミングは、例えばATDC0°〜10°CAとしてもよい。
こうして図10の例では、第1気筒において4爆目の圧縮着火燃焼が行われて、エンジン10の再始動が完了することになる。図10から明らかなように、エンジン10の再始動を開始してから、始動が完了するまでは、圧縮着火燃焼の燃焼重心は、圧縮上死点以降に設定される。
尚、図10は、エンジン10の再始動時における燃料噴射制御の一例であり、気筒11内の状態等に応じて、再始動を開始してから、始動が完了するまでの間における、各気筒11での燃料噴射タイミング等は、適宜変更される。
また、前記の例では、エンジン10の再始動を介して、エンジン10の回転数が上昇するに従って、主噴射の噴射タイミングを次第に遅らせているが、2爆目以降の燃料噴射タイミング(主噴射のタイミング)は、1爆目の燃料噴射タイミングよりも所定クランク角だけ遅角したタイミングで、エンジン10の回転数の上昇に拘わらず固定してもよい。
また、図8のフローでは、1爆目の燃焼時のみ、必要に応じて気筒11内でオゾンを生成しているが、2爆目以降の燃焼においても、必要に応じて気筒11内でオゾンを生成してもよい。
(エンジン再始動時の吸気量制御)
前述したように、エンジン10の再始動時にエンジン回転数が高くなるに従い、有効圧縮比が高まる。その結果、圧縮着火燃焼が急峻になって、気筒11内の圧力上昇率(dP/dθ)が制限値を超える可能性がある。このエンジンシステム1では、エンジン10の再始動時に、前述した燃料噴射制御によって圧縮着火燃焼の燃焼期間を遅角させることに加えて、気筒11内に導入する吸気量を、一時的に低減することによって、エンジン10の再始動時に有効圧縮比が高くなることを抑制している。このエンジンシステム1では、吸気量の低減を、吸気VVT23によって吸気弁21の閉弁タイミングを、吸気下死点以降で遅らせる、いわゆる吸気の遅閉じによって行う。これは、ポンピングロスを低減して、燃費の向上に有利になる。尚、スロットル弁31の開度を調整することによって、気筒11内に導入する吸気量を低減するようにしてもよい。
図11は、エンジン10の再始動時における、エンジン回転数の変化(下図)と、吸気弁21の閉弁タイミングの変化(上図)とを例示している。時刻t1でスタータモータ91が駆動をしてエンジン10の再始動が開始する。このエンジン10の再始動を開始するときには、吸気弁21の閉弁タイミングを、比較的進角側の所定のタイミングに設定する。これにより、エンジン10の再始動開始時には、大量の吸気を気筒11内に導入することが可能になり、大トルクを発生させて、エンジン10の再始動の迅速化に有利になる。
エンジン10の再始動が開始した後は、エンジン10の回転数が上昇するに従い、吸気弁21の閉弁タイミングを遅角側に変更する。図11の例では、エンジン10の回転数が所定回転数を超えた時刻t2以降で、閉弁タイミングを、エンジン回転の上昇に比例して連続的に変更している。ここでは図示しないが、吸気弁21の閉弁タイミングを、エンジン回転の上昇に比例して、段階的に変更してもよい。エンジン回転数の上昇に伴い、ピストンリングの合口隙間からのガス漏れ量が減るものの、気筒11内に導入される吸気量も減るため、有効圧縮比が高くなることが抑制される。有効圧縮比は、ほぼ一定、又は、緩やかに高くなる。これにより、圧縮着火のタイミングをコントロールすることが可能になり、エンジン10の再始動が完了するまでの期間において圧縮着火のタイミングが早くなることが抑制される。その結果、圧縮着火燃焼による気筒11内の圧力上昇率(dP/dθ)が急峻になることが回避され、エンジン10の再始動時に燃焼騒音が増大してしまうことが回避される。一方で、エンジン回転数の上昇に比例して、閉弁タイミングを変更することで、有効圧縮比をできるだけ高く維持することが可能になる。これは、エンジン10の迅速始動に有利になる。
そうして、時刻t3で、エンジン回転数が完爆回転数に到達し、エンジン10の始動が完了すれば、吸気弁21の閉弁タイミングは進角される。これにより、気筒11内に導入される吸気量は増大する。
エンジン10の始動を開始してから始動が完了するまでは、空気過剰率λが1に設定される。これは、前述の通り、大トルクの発生に有利になり、エンジン10の迅速な再始動を実現する。一方、エンジン10の再始動が完了して、エンジン10の運転状態が通常運転領域A(アイドル運転状態を含む)に移行すれば、エンジン10は、空気過剰率λをλ>1(正確には、前述の通りλ≧2)のリーンにする。エンジン10の始動が完了した後に、吸気弁21の閉弁タイミングを進角して、気筒11内に導入する吸気量を増大することは、混合気のリーン化に有利になる。始動完了後の吸気弁21の閉弁タイミングは、エンジン10の運転状態に応じて適宜設定される。
こうして、自動停止したエンジン10を再始動するときには、その再始動を迅速に行いつつ、燃焼騒音が増大することが抑制される。特に、エンジン10の再始動(つまり、自動始動)は、ドライバーの始動操作に依らない始動であるため強制始動時よりも厳しい燃焼騒音の抑制が求められるが、前述した、2爆目以降の燃料の噴射タイミングを遅らせることと、気筒11内に導入する吸気量を低減することとを組み合わせることで、高いレベルで、燃焼騒音を抑制することが可能になる。
尚、ここに開示する技術は、エンジン10の再始動時に限らず、ドライバーの始動操作に起因する強制始動時にも適用することが可能である。エンジン10を強制始動するときには、気筒識別や、燃料圧力の上昇を待つために、スタータモータ91を駆動してエンジン10のクランキングを開始した後、1圧縮目の気筒に対しては燃料を噴射することができず、2圧縮目又は3圧縮目の気筒に対して最初に燃料を噴射することになる。その場合、最初の燃料噴射を行う気筒は、有効圧縮比が比較的高くなることから、燃料の噴射タイミングを遅らせればよい。燃料噴射タイミングは、圧縮上死点に対して所定期間だけ遅れて圧縮着火燃焼するように、遅らせてもよく、例えばリタード自己着火燃焼となるように、前段噴射と主噴射とを行ってもよい。また、次に燃料噴射を行う気筒については、エンジンの回転数が上昇する分、有効圧縮比が高くなるため、圧縮上死点に対して所定期間だけ遅れて圧縮着火燃焼するように、最初の燃料噴射タイミングよりも、噴射タイミングを遅らせればよい。
また、図11に示す吸気量の低減制御は、省略することも可能である。
尚、前記の構成では、自然吸気エンジンを例に本技術を説明したが、ターボ過給機を備えたエンジンに、本技術を適用することも可能である。
従って、直噴ガソリンエンジンの始動制御装置(エンジンシステム1)は、それぞれピストン16が嵌挿される複数の気筒11を有するよう構成された多気筒エンジン(エンジン10)と、各気筒11内に、ガソリンを含有する燃料を噴射するよう構成されたインジェクタ6と、前記各気筒11内でオゾンを生成するよう構成されたオゾン生成部7と、前記インジェクタ6を通じて前記燃料を所定のタイミングで噴射し、それによって形成される気筒11内の混合気を圧縮着火により燃焼させることで、前記エンジン10を運転するよう構成された制御部(ECM100)と、を備え、前記ECM100は、所定の自動停止条件が成立したときに前記エンジン10を自動停止すると共に、所定の再始動条件が成立したときに、停止時圧縮行程気筒に、最初に燃料を噴射すると共に、当該気筒内の混合気を圧縮着火燃焼させることで、前記エンジン10を再始動し、前記ECM100は、前記エンジン10の再始動を再始動する時に、前記停止時圧縮行程気筒のピストン位置が上死点側にあるときには、燃料の噴射タイミングを、下死点側にあるときよりも遅角すると共に、前記オゾン生成部7を通じて前記停止時圧縮行程気筒内でオゾンを生成する。
また、前記ECM100は、前記停止時圧縮行程気筒のピストン16が圧縮上死点に至ったときの気筒内の温度を予測すると共に、予測した温度が所定温度以下のときに、前記停止時圧縮行程気筒内で所定量のオゾンを生成する一方、予測した温度が前記所定温度を超えるときには、前記停止時圧縮行程気筒内でのオゾンの生成を、前記所定量よりも低減する、又は、オゾンの生成を禁止する。
前記ECM100は、前記停止時圧縮行程気筒のピストン位置が、上死点と下死点との中間位置又は中間位置よりも上死点側であるときに、前記停止時圧縮行程気筒内でオゾンを生成する。
前記オゾン生成部7は、前記気筒11から電気的に絶縁された状態で当該気筒11の内部に突出する電極71bと、制御されたパルス状の電圧を前記電極に印加する高電圧制御部72と、を有し、前記高電圧制御部72が作動して前記電極71bに電圧を印加することにより、前記電極71bと前記気筒11との間に放電が生じ、当該放電の作用により気筒11内でオゾンが生成するよう構成されている。
また、前記インジェクタ6は、前記気筒11の中心軸上に配設され、前記オゾン生成部7の前記電極71bは、前記インジェクタ6のノズル口61に隣接して配置されている。
このエンジンシステム1によると、圧縮着火燃焼によりエンジン10を再始動する時に、迅速始動が可能になる。