JP6207012B2 - アブシジン酸作用の低減による植物の耐冷性強化法 - Google Patents

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Description

本発明は、植物の耐冷性強化法に関する。
地球温暖化に伴って気候変動が拡大し、寒地・寒冷地では異常高温だけでなく異常低温も頻発するようになっており、作物の安定生産が脅かされている。このため、耐冷性が強化された品種の開発が進められているが、1993年の大冷害時のような夏季低温に打ち克てる品種の育成には成功していない。このように育種による遺伝的な改良のみの低温対策では限界があり、耐冷性を強化できる栽培方法や薬剤の開発が求められている。
これまで、植物の環境ストレス耐性(耐冷性・耐暑性・耐乾性・耐寒性等)を向上させる植物ホルモンとしては、アブシジン酸(ABA)が最も効果が大きいとされてきた。例えばABA処理により幼苗の低温枯死耐性や耐乾性が大幅に上昇することが知られている(Lang et al., (1989) Theor. Appl. Genet., 77, p.729-734; Lu et al., (2009) Plant Physiol. Biochem., 47, p.132-138)。一方でABAには植物の生育を強く抑制する作用や花粉形成を阻害する作用のあることが報告されており、ABA処理が、穂ばらみ期(花粉形成期)の耐冷性を高めることができないばかりか逆に耐冷性を弱めることが知られている(Oliver et al., (2007) Plant Cell Physiol., 48, p.1319-1330)。ABAは環境ストレスが引き金となって植物体内で合成・蓄積されることが知られており、例えばイネの穂ばらみ期に低温に遭遇すると、植物体内のABA濃度が高まり、これが花粉形成を阻害する一因となる(Oliver et al., (2007) Plant Cell Physiol., 48, p.1319-1330)。そこで、低温下でもABA濃度が高まらないようにイネを改良することで耐冷性が高まるとの考えに基づき、ABA分解酵素遺伝子を過剰発現させることでABA濃度を低下させ、耐冷性を強化することに成功した事例も報告されている(Ji X, et al., (2011) Plant Physiol., 156, p.647-662)。しかしABAが一般に環境ストレス耐性を向上させるメリットを考えると、遺伝的にABA濃度を低下させることが栽培上必ずしも良いとはいえない。また、遺伝子組換え技術を用いた耐冷性強化方法は、遺伝子組換え食品や遺伝子組換え作物の社会的受容がほとんど進んでいない日本では、直ちに農業生産において有効に活用することも難しい。このため、穂ばらみ期耐冷性を付与する新たな方法の開発が求められている。
植物は、環境ストレスに対するアブシジン酸合成誘導だけでなく、病原体感染によるサリチル酸合成誘導、虫の食害などによるジャスモン酸合成誘導等の、独自の自己防御機構を発達させてきた。例えば植物は、病原体に感染すると、サリチル酸や他の抗菌性タンパク質などを生合成して体内に蓄積することにより全身獲得抵抗性(SAR)を誘導し、二次感染を予防する。全身獲得抵抗性は薬剤等で人工的に誘導することが可能であり、全身獲得抵抗性誘導剤は農業分野で病原菌感染防除のために既に利用されている。例えば、サリチル酸を誘導する農薬として開発されたプロベナゾール(商品名オリゼメート(登録商標))は、日本、中国、韓国、台湾、及び東南アジア諸国の水田で30年以上、いもち病防除剤として使用されてきている。しかし植物の自己防御機構は相互に複雑な制御を受けており、自己防御機構を利用した抵抗性付与方法は十分な効果を発揮できない場合もあるため、効果的な病原菌感染防除法や環境ストレス耐性付与法の開発がなおも求められている。
Lang et al., (1989) Theor. Appl. Genet., 77: 729-734 Lu et al., (2009) Plant Physiol. Biochem., 47 132-138 Oliver et al., (2007) Plant Cell Physiol., 48: 1319-1330 Ji X, et al., (2011) Plant Physiol., 156, p.647-662
本発明は、イネ科植物の穂ばらみ期耐冷性の強化方法を提供することを課題とする。
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、サリチル酸の作用により、ABAによる植物に対する抑制作用、すなわち細胞周期(細胞***)の停止作用や幼苗のシュート伸長を著しく抑制する作用などを解除できること、そして植物、特にイネ科植物の穂ばらみ期耐冷性を強化し、花粉不稔の発生を抑制できることを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は以下を包含する。
[1]サリチル酸、サリチル酸前駆体、サリチル酸誘導剤及びそれらの塩から選択される少なくとも1つを含む、イネ科植物用の穂ばらみ期耐冷性強化剤。
[2]花粉不稔抑制剤である、上記[1]の穂ばらみ期耐冷性強化剤。
[3]幼穂形成期又は穂ばらみ期に適用するための、上記[1]又は[2]の穂ばらみ期耐冷性強化剤。
[4]サリチル酸誘導剤が、プロベナゾールである、上記[1]〜[3]の穂ばらみ期耐冷性強化剤。
[5]イネ科植物がイネである、上記[1]〜[4]の穂ばらみ期耐冷性強化剤。
[6]サリチル酸、サリチル酸前駆体、サリチル酸誘導剤及びそれらの塩から選択される少なくとも1つを、イネ科植物に施用することを含む、イネ科植物の穂ばらみ期耐冷性を強化する方法。
[7]穂ばらみ期耐冷性の強化が、花粉不稔の抑制である、上記[6]の方法。
[8]サリチル酸、サリチル酸前駆体、サリチル酸誘導剤及びそれらの塩から選択される少なくとも1つを、幼穂形成期又は穂ばらみ期に施用する、上記[6]又は[7]の方法。
[9]サリチル酸誘導剤が、プロベナゾールである、上記[6]〜[8]の方法。
[10]イネ科植物がイネである、上記[6]〜[9]の方法。
本発明によれば、イネ科植物の穂ばらみ期耐冷性を強化し、穂ばらみ期の低温による花粉不稔の発生を抑制することができる。
図1は、サリチル酸(SA)がアブシジン酸(ABA)のシュート伸長抑制作用に及ぼす影響を示す図である。****、***、**は、SA 0mM処理区に対してそれぞれ0.01%、0.1%、1%水準で有意差があったことを示す。 図2は、サリチル酸(SA)がアブシジン酸(ABA)の細胞周期抑制因子遺伝子群OsCDKsの発現に及ぼす影響を示す図である。*は、ABA単独処理区に対して5%水準で有意差があったことを示す。 図3は、サリチル酸(SA)がアブシジン酸(ABA)の細胞周期抑制因子遺伝子群OsKRPsの発現に及ぼす影響を示す図である。***、**は、ABA単独処理区に対してそれぞれ0.1%、1%水準で有意差があったことを示す。 図4は、酵母ツーハイブリッド解析によるタンパク質間相互作用の検定の結果を示す写真である。 図5は、アブシジン酸(ABA)とサリチル酸(SA)の核内倍加に及ぼす影響を示す図である。****、***、*は、ABA単独処理区に対してそれぞれ0.01%、0.1%、5%水準で有意差があったことを示す。 図6は、アブシジン酸(ABA)とサリチル酸(SA)が新規DNA合成に及ぼす影響を示す図である。ABAとSAのいずれによる処理も行っていない無処理区、ABA 2 μMで処理したABA単独処理区、ABA 2 μMとSA 1 mMで処理した処理区の結果を示す。 図7は、アブシジン酸(ABA)とサリチル酸(SA)がイネABA分解酵素遺伝子の発現に及ぼす影響を示す図である。****、***、*は、ABA単独処理区に対してそれぞれ0.01%、0.1%、5%水準で有意差があったことを示す。コントロール: ABAとSAのいずれによる処理も行っていない無処理区、ABA: ABA単独処理区、SA-ABA: ABAと共にSAを用いて処理したSA共存処理区、SA: SA単独処理区。図7AはOsABA8ox1、図7BはOsABA8ox2、図7CはOsABA8ox3のmRNAレベル測定値の経時的変化を示す。 図8は、サリチル酸(SA)がシュートのアブシジン酸(ABA)濃度に及ぼす影響を示す図である。***、**は、ABA単独処理区に対してそれぞれ0.1%、1%水準で有意差があったことを示す。コントロール: ABAとSAのいずれによる処理も行っていない無処理区、ABA: ABA単独処理区、SA-ABA: ABAと共にSAを用いて処理したSA共存処理区、SA: SA単独処理区。 図9は、プロベナゾールがアブシジン酸(ABA)のシュート伸長抑制作用に及ぼす影響を示す図である。****、***、*は、プロベナゾール(オリゼメート粒剤)無処理区に対してそれぞれ0.01%、0.1、5%水準で有意差があったことを示す。 図10は、サリチル酸(SA)の、低温による花粉不稔の発生抑制効果を示す図である。*は、SA無処理区に対して5%水準で有意差があったことを示す。 図11は、サリチル酸の穂ばらみ期耐冷性強化効果を示す図である。***は、SA無処理区に対して0.1%水準で有意差があったことを示す。無処理区はn=16個体、処理区はn=15個体の平均値である。 図12は、プロベナゾールの、花粉不稔発生抑制による穂ばらみ期耐冷性強化効果を示す図である。***は、プロベナゾール無処理区に対して0.1%水準で有意差があったことを示す。無処理区はn=20個体、処理区はn=25個体の平均値である。 図13は、サリチル酸(SA)がシュートの低温伸長性に及ぼす影響を示す図である。 図14は、サリチル酸(SA)が幼苗の低温枯死耐性に及ぼす影響を示す図である。
以下、本発明を詳細に説明する。
アブシジン酸(ABA)は、植物において環境ストレス(耐冷性・耐暑性・耐乾性・耐寒性等)に曝露されることで合成が誘導される、環境ストレス耐性の向上をもたらすホルモンである。しかし穂ばらみ期(花粉形成期)に低温に遭遇することによって植物体内で合成されるABAは、植物の生育を著しく抑制し、葯において花粉形成を阻害する。一方、サリチル酸は、病原菌感染に対する植物の自己防御機構によって活性化されるシグナル分子であり、植物においてサリチル酸応答性全身獲得抵抗性(SAR)を誘導する。サリチル酸応答性SARにおける全身移動性シグナル物質の正体は長い間不明であったが、近年、そのシグナル伝達物質がサリチル酸メチルであること、そして感染部位で生成されたサリチル酸がメチルエステル化されて移動しやすい揮発性のサリチル酸メチルとなり、これが植物全身に移動し、移動先でエステラーゼの働きによりサリチル酸に戻り、多様な病原菌感染に対して抵抗性を誘導することが判明している。また、植物体内でサリチル酸の多くはサリチル酸グルコシド(SAG)の形態で液胞に貯蔵されることも知られている。
本発明は、サリチル酸(SA)が、アブシジン酸の植物に対する抑制的作用を低減できることに基づき、植物の耐冷性を強化する方法及び薬剤を提供するものである。より具体的には、本発明は、サリチル酸、サリチル酸前駆体、サリチル酸誘導剤及びそれらの塩から選択される少なくとも1つを含む、イネ科植物用の穂ばらみ期耐冷性強化剤、並びに、サリチル酸、サリチル酸前駆体、サリチル酸誘導剤及びそれらの塩から選択される少なくとも1つをイネ科植物に施用することにより、イネ科植物の穂ばらみ期耐冷性を強化する方法を提供する。
本発明において「サリチル酸前駆体」とは、植物体内で代謝されてサリチル酸を生成することができるサリチル酸誘導体を意味し、具体的には例えば、サリチル酸メチル等のサリチル酸エステル、サリチル酸グルコシド等のサリチル酸の配糖体、又はそれらの誘導体などが挙げられる。なおサリチル酸及びサリチル酸前駆体は、限定するものではないが、例えば、以下の式で表すことができる。
Figure 0006207012
[式中、R及びRはそれぞれ独立して、水素原子、置換若しくは非置換の低級アルキル基(炭素数1〜6)又は糖残基である]
ここで置換若しくは非置換の低級アルキル基は、例えばメチル基であり、糖残基は例えばグルコース残基である。一実施形態では、R及びRの一方が置換若しくは非置換の低級アルキル基(炭素数1〜6)又は糖残基である場合、他方が水素原子であることも好ましい。例えばRが置換若しくは非置換の低級アルキル基(炭素数1〜6)又は糖残基であり、Rが水素原子であってもよい。また例えばRが水素原子であり、Rが置換若しくは非置換の低級アルキル基(炭素数1〜6)又は糖残基であってもよい。
本発明において用いられる「サリチル酸誘導剤」とは、植物においてサリチル酸の合成又は蓄積を促進し、植物の内因性サリチル酸含量を増加させる薬剤を意味する。農業分野では、古くから、サリチル酸や抗菌性タンパク質などの生合成・蓄積を促進し全身獲得抵抗性(SAR)を誘導する薬剤(SAR誘導剤)が、いもち病防除剤などの病原菌感染防除剤として利用されてきている。本発明では、サリチル酸依存性全身獲得抵抗性(SAR)誘導剤のうち、サリチル酸の生合成及び/又は蓄積を促進するSAR誘導剤を、サリチル酸誘導剤として好適に利用できる。サリチル酸誘導剤の具体例としては、プロベナゾール、サリチル酸配糖化酵素阻害物質インプリマチンA及びB、バリダマイシンA、1,2-ベンズイソチアゾール-3(2H)-オン1,1-ジオキシド(BIT)、セオブロキシドなどのSAR誘導剤として公知の物質やその塩が挙げられるが、これらに限定されない。サリチル酸誘導剤の特に好ましい例は、プロベナゾールである。サリチル酸誘導剤を植物に適用することにより、植物体内でサリチル酸の生成が誘導され、蓄積される。なおサリチル酸誘導剤の代わりに、サリチル酸シグナル伝達経路をより下流で活性化する、サリチル酸応答性全身獲得抵抗性(SAR)誘導剤を用いることもできる。
本発明においては、サリチル酸、サリチル酸前駆体、又はサリチル酸誘導剤の塩を用いることもできる。そのような塩は、農薬分野で利用可能な任意の塩であってよく、特に限定されないが、例えば、アルカリ金属塩(ナトリウム塩、カリウム塩等)、アルカリ土類金属塩(マグネシウム塩、カルシウム塩等)、アンモニウム塩(ジメチルアンモニウム塩、トリエチルアンモニウム塩等)、無機酸塩(塩酸塩、過塩素酸塩、硫酸塩、硝酸塩、リン酸塩等)、有機酸塩(酢酸塩、メタンスルホン酸塩、クエン酸塩、乳酸塩、酒石酸塩、リンゴ酸塩等)などが挙げられる。
本発明において「イネ科植物」とは、イネ科に属する任意の植物を意味し、例えば、イネ(Oryza sativa L.)、コムギ(Triticum aestivum L.)、オオムギ(Hordeum vulgare L.)、トウモロコシ(Zea mays L.)、ソルガム(Sorghum bicolor (L.) Moench)、エリアンサス(Erianthus spp)、サトウキビ(Saccharum officinarum L.)、ライムギ(Secale cereale L.)、カラスムギ(Avena fatua)、アワ(Setaria italica)、ヒエ(Echinochloa esculenta)等のイネ科作物が挙げられるが、これらに限定されない。本発明の方法及び薬剤の適用対象となる「イネ科植物」としては、とりわけイネ(Oryza sativa L.)が好ましい。イネ科植物の任意の品種を本発明の方法及び薬剤の適用対象とすることができ、例えばイネの場合、「きたあおば」、「おぼろづき」、「たちじょうぶ」、「ゆきひかり」、「日本晴」、「ゆめぴりか」、「ななつぼし」、「ミルキークイーン」、「ほしのゆめ」、「きらら397」、「ゆきまる」、「ほのか224」、「どんとこい」、「コシヒカリ」、「ササニシキ」、「ひとめぼれ」、「あきたこまち」、「はえぬき」、「つや姫」、「なすひかり」、「キヌヒカリ」、「むつほまれ」、「ヒノヒカリ」、「津軽おとめ」、「つがるロマン」、「ゆめあかり」、「ハナエチゼン」、「夢つくし」、「ハツシモ」、「さがびより」、「どまんなか」、「かけはし」、「いわてっこ」、「まなむすめ」、「めんこいな」、「チヨニシキ」、「ふくみらい」、「にこまる」などの品種が挙げられるが、これらに限定されない。これらのイネ品種は、例えば独立行政法人農業生物資源研究所ジーンバンク(日本)などから入手することができる。
本発明においては、サリチル酸、サリチル酸前駆体、サリチル酸誘導剤及びそれらの塩から選択される少なくとも1つを、イネ科植物に施用することにより、イネ科植物の穂ばらみ期耐冷性を強化することができる。
本発明において、イネ科植物に「施用する」とは、本願発明において用いる有効成分、すなわちサリチル酸、サリチル酸前駆体、サリチル酸誘導剤及びそれらの塩から選択される少なくとも1つを、イネ科植物に、(根又は葉などから)吸収可能な状態で適用することをいう。具体的には、サリチル酸、サリチル酸前駆体、サリチル酸誘導剤及びそれらの塩から選択される少なくとも1つを、例えば、植えつけられたイネ科植物の上から散布等により適用してもよいし、イネ科植物が栽培される土壌の表面に散布したり土壌中に混ぜ込んだりしてもよいし、田面水又は水耕栽培の水耕水に添加してもよい。一実施形態では、サリチル酸、サリチル酸前駆体、サリチル酸誘導剤又はそれらの塩は、水溶液等の液剤の形態で適用することも好ましい。そのような適用によりイネ科植物が吸収可能な状態とすることができる。
サリチル酸、サリチル酸前駆体、サリチル酸誘導剤又はそれらの塩は、限定するものではないが、例えば、環境中濃度が0.05μM〜10mM、好ましくは0.1μM〜1mM、より好ましくは0.1μM〜500μM、例えば0.1μM〜10μMとなる量で適用してもよい。あるいは、サリチル酸、サリチル酸前駆体、サリチル酸誘導剤又はそれらの塩を、施用する土地10アール(10a)当たり、5g〜10kg、好ましくは10g〜1kg、より好ましくは10g〜500g、例えば10g〜100gとなる量で適用することも好ましい。
イネ科植物は、幼苗期、分げつ期、幼穂や頴花が分化する幼穂形成期、分化した頴花が完成するまでの穂ばらみ期(花粉形成期)、出穂期、開花期、登熟期の各生育時期を経て結実する。サリチル酸、サリチル酸前駆体、サリチル酸誘導剤及びそれらの塩から選択される少なくとも1つの、イネ科植物への施用は、穂ばらみ期までの任意の時期に行うことができるが、幼穂形成期から穂ばらみ期(花粉形成期)までに行うことが好ましく、幼穂形成期後期〜穂ばらみ期中期に行うことがより好ましく、穂ばらみ期に行うことが特に好ましい。一例として、イネの場合、幼穂形成期は出穂前30〜15日、そのうち幼穂形成期前期は出穂前30〜25日、幼穂形成期後期は出穂前25〜15日であり、穂ばらみ期は出穂前15〜1日、そのうち穂ばらみ期前期は出穂前15〜10日、穂ばらみ期中期は出穂前10〜5日、穂ばらみ期後期は出穂前5〜1日である。本発明においては、穂ばらみ期耐冷性を強化する目的のため、穂ばらみ期(花粉形成期)に低温に曝露される前に施用を行うことが好ましいが、低温曝露と同時に施用してもよい。サリチル酸、サリチル酸前駆体、サリチル酸誘導剤又はそれらの塩は、サリチル酸が穂ばらみ期に穂に作用できるように施用する限り、穂ばらみ期よりも前(好ましくは幼穂形成期)に施用してもよいし、穂ばらみ期よりも前(好ましくは幼穂形成期)と穂ばらみ期の両方に施用してもよいし、穂ばらみ期のみに施用してもよい。本発明におけるサリチル酸、サリチル酸前駆体、サリチル酸誘導剤又はそれらの塩の施用(例えば、土壌や水等への投与)は、1回のみ行ってもよいし、2回以上繰り返して行ってもよい。
本発明におけるイネ科植物への上記有効成分の施用は、他の薬剤、例えば、殺菌剤、殺真菌剤、殺虫剤、殺ダニ剤、除草剤などの病害防除剤や、施肥などと組み合わせて行ってもよい。
イネ科植物に施用されたサリチル酸、サリチル酸前駆体、サリチル酸誘導剤又はそれらの塩は、イネ科植物によって吸収される。植物体内でサリチル酸前駆体はサリチル酸に変換される。サリチル酸誘導剤は植物体内で内生サリチル酸の合成又は蓄積を誘導する。サリチル酸は植物体内で自己防御機構発動のシグナル分子として機能することが知られているが、本発明では、シグナル伝達ではなくABA輸送阻害を介して穂ばらみ期耐冷性強化を引き起こすことが示された。
イネは夏作物であり、日本の一期作の場合、通常は4月〜5月頃に種まき(播種)を行い、晩夏〜秋に収穫する。元来は熱帯性作物であるイネは、生育中に冷温(0℃超の低温)に遭遇することにより様々な障害を生じ、収穫量が大幅に減少する(冷害の発生)。例えば、幼苗期の場合12℃以下、穂ばらみ期の場合19℃以下、登熟期の場合15℃以下の気温条件に遭遇すると、冷害が発生する可能性が高い。特に、穂ばらみ期から開花期にかけての冷温は、花粉不稔化を引き起こして稔実率を低下させ、不稔籾を多く生じさせる。低温(典型的には、冷温)に曝露されたイネ科植物ではアブシジン酸の合成が誘導され、それが穂ばらみ期において生育遅延及び花粉不稔を引き起こす。
本発明では、サリチル酸、サリチル酸前駆体、サリチル酸誘導剤及びそれらの塩から選択される少なくとも1つを、上記のようにしてイネ科植物に施用することにより、サリチル酸のアブシジン酸の作用を低減する機能に基づいて、イネ科植物の耐冷性、特に穂ばらみ期耐冷性を強化することができ、それにより穂ばらみ期に遭遇する低温(典型的には、冷温)によって生じる低温障害(冷温障害)を軽減することができる。したがって本願発明において用いる上記有効成分のイネ科植物への施用は、穂ばらみ期の低温による低温障害が懸念される条件下(例えば冷夏)で特に有利に用いられる。特にイネの場合、本発明における「穂ばらみ期耐冷性の強化」は、通常、穂ばらみ期において日平均気温が0℃を超えて20℃未満、好ましくは12℃以上18℃以下となる冷温に曝露された場合に、低温障害が軽減されることを意味する。
穂ばらみ期に遭遇する低温によって生じる低温障害は、主として花粉不稔化と生育遅延である。本発明における上記有効成分のイネ科植物への施用は、限定するものではないが、花粉不稔を抑制する上で特に有効である。本発明において「花粉不稔(の)抑制」とは、花粉不稔の発生を抑制し、花粉不稔による稔実率の低下を軽減又は阻止することを意味する。本発明において、花粉不稔の抑制は、具体的には、上記有効成分をイネ科植物に施用した区(処理区)において、コントロール(非処理区)と比較して、不稔花粉率が統計学的に有意に低下し、かつ頴花不稔率が統計学的に有意に低下することによって示される。
不稔花粉率は、出穂直後の花粉についてヨード・ヨードカリ液染色法で調べた稔性に基づく、出穂直後の頴花の葯に含まれる花粉総数に対する不稔花粉の割合(%)の平均値として算出される。本発明における上記有効成分のイネ科植物への施用により、不稔花粉率を、コントロール(非処理区)と比較して、例えば15%以上、好ましくは20%以上、より好ましくは35%以上、さらに好ましくは50%以上、特に好ましくは60%以上低下させることができる。
頴花不稔率は、出穂30日後の穎花について調べた稔実率に基づく、各穂の頴花総数に対する不稔頴花の割合(%)の平均値として算出される。本発明における上記有効成分のイネ科植物への施用により、頴花不稔率を、コントロール(非処理区)と比較して、例えば15%以上、好ましくは20%以上、より好ましくは35%以上、さらに好ましくは50%以上低下させることができる。
したがって本発明は、上記のようなイネ科植物の穂ばらみ期耐冷性を強化する方法を提供する。この方法を、穂ばらみ期の低温(典型的には、冷温)による障害が懸念される場合にイネ科植物に適用することで、穂ばらみ期耐冷性を強化し、花粉不稔を防止し、ひいては収量減少を軽減又は阻止することができる。
なお本発明におけるアブシジン酸作用の低減による植物の耐冷性強化法は、イネ科植物以外の植物に適用するにも好適である。
さらに本発明は、上記のような、サリチル酸の、イネ科植物の穂ばらみ期耐冷性を強化する作用に基づく、イネ科植物用の穂ばらみ期耐冷性強化剤も提供する。すなわち本発明は、上述のようなサリチル酸、サリチル酸前駆体、サリチル酸誘導剤及びそれらの塩から選択される少なくとも1つを含む、イネ科植物用の穂ばらみ期耐冷性強化剤にも関する。この穂ばらみ期耐冷性強化剤は、限定するものではないが、特に、花粉不稔抑制剤として用いることができる。本発明に係る穂ばらみ期耐冷性強化剤は、穂ばらみ期までに、特に、幼穂形成期又は穂ばらみ期に施用するためのものであることが好ましい。本発明に係る穂ばらみ期耐冷性強化剤のイネ科植物への施用は、上述のイネ科植物の植物の耐冷性強化方法に従って実施することができる。
本発明に係る穂ばらみ期耐冷性強化剤は、サリチル酸、サリチル酸前駆体、サリチル酸誘導剤及びそれらの塩から選択される少なくとも1つに加えて、農薬分野において使用される製剤補助剤を含んでもよい。製剤補助剤としては、希釈剤(鉱物質微粉、バッファー等)、界面活性剤、賦形剤、分解防止剤、保存剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、着色剤、矯味矯臭剤、溶解補助剤、懸濁剤、コーティング剤等が挙げられる。本発明に係る穂ばらみ期耐冷性強化剤はまた、他の成分、例えば、殺菌剤、殺真菌剤、殺虫剤、殺ダニ剤、除草剤などの病害防除剤や、肥料成分などを含んでもよい。本発明に係る穂ばらみ期耐冷性強化剤は、任意の剤形に製剤化されていてもよく、そのような剤形としては、限定される者ではないが、例えば、錠剤、カプセル剤、粒剤、粉粒剤、粉剤、水和剤、水溶剤、乳剤、液剤、油剤、エアロゾル剤、ペースト剤等が挙げられる。
以下、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
[実施例1]アブシジン酸(ABA)の生育抑制作用に対するサリチル酸(SA)の低減効果 −シュート伸長性に与える影響
28℃暗黒下で3日間かけて催芽したイネ(Oryza sativa L.)種子を、アブシジン酸(ABA)(0、0.2、1、又は5μM)とサリチル酸(SA)(0、0.2、1、又は5mM)の混合水溶液に浮かべたネット上に播種し、25℃暗黒下で栽培した。処理開始5日後に各処理区につき9個体のシュート長を測定した。
その結果を図1に示す。ABAによりシュートの伸長性は著しく抑制され、ABA濃度が高まるほどその伸長抑制は顕著になった。一方、ABAと共にSAを適用した場合、このABAのシュート伸長抑制作用はSAによって有意に低減された。特に0.2μM ABA区では、1.0 mMのSAの存在下でABAの伸長抑制作用がほぼ完全に解除された。1μM ABA区及び5μM ABA区でも、1.0 mM、5.0 mMのSAの存在下で、シュート伸長抑制が有意に低減された。
この結果から、サリチル酸(SA)処理により、アブシジン酸(ABA)のシュート伸長抑制作用を低減できることが示された。
[実施例2]アブシジン酸(ABA)の生育抑制作用に対するサリチル酸(SA)の低減効果 − 細胞周期に与える影響
(1)定量的PCR解析
ABAとSAとを共存させた水溶液中で生育させた実生のシュートにおける細胞周期に関与する因子の発現量の変化を調べることにより、ABAによるシュート伸長抑制作用がSAによって低減される分子的メカニズムを検討した。
28℃暗黒下で3日間にわたり催芽したイネ種子を、ABA 2μM、ABA 2μM+SA 1mM、又はSA 1mMの水溶液上のネットに置き、25℃暗黒下で5日間培養し、シュートを伸長させた(処理区)。コントロール区(ABA 0μM + SA 0 mM)についても同様にしてシュートを伸長させた。得られたシュートからRNAを抽出し、これを鋳型として、OsCDK遺伝子群及びOsKRP遺伝子群の発現量を定量的PCR(Taqmanプローブ法)で解析した。TaqManプローブとしては5'末端がFAMで3'末端がTAMRAで修飾されたオリゴヌクレオチドを用いた(Roche Applied Science社製)。用いたプライマーの配列及びユニバーサルプローブの番号は以下のとおりである。
・OsCDK遺伝子群(15種類)
OsCDKA;1(GenBankアクセッション番号:AK120855)
フォワードプライマー:5'-cggcgtactaatgcactgaa-3'(配列番号1)
リバースプライマー:5'-ctctggagctctataccacaagg-3'(配列番号2)
ユニバーサルプローブ:#37
OsCDKA;2(GenBankアクセッション番号:AK101344)
フォワードプライマー:5'- gatcggcgtaccaactcatt-3'(配列番号3)
リバースプライマー:5'- tgctctataccacaatgtcacca-3'(配列番号4)
ユニバーサルプローブ:#37
OsCDKB;1(GenBankアクセッション番号:CI522617)
フォワードプライマー:5'- accggtgttgacatttggtt-3'(配列番号5)
リバースプライマー:5'- tgccagtccctcaaatcagt-3'(配列番号6)
ユニバーサルプローブ:#68
OsCDKB;2(GenBankアクセッション番号:AK059682)
フォワードプライマー:5'- ctcaagaagtacacccacgaga-3'(配列番号7)
リバースプライマー:5'- agatgtcaaccggagtggag-3'(配列番号8)
ユニバーサルプローブ:#142
OsCDKC;1(GenBankアクセッション番号:AK073808)
フォワードプライマー:5'- tttgcagagcttctcaatgg-3'(配列番号9)
リバースプライマー:5'- catcaaatattttgctcagttgct-3'(配列番号10)
ユニバーサルプローブ:#72
OsCDKC;2(GenBankアクセッション番号:AK103469)
フォワードプライマー:5'- ggaaagccaatattgacagga-3'(配列番号11)
リバースプライマー:5'- gcgtaccacaaagctcaaaaa-3'(配列番号12)
ユニバーサルプローブ:#106
OsCDKC;3(GenBankアクセッション番号:AK241084)
フォワードプライマー:5'- tcaacctggccgactacg-3'(配列番号13)
リバースプライマー:5'- ccatagcctcgaatacttcacc-3'(配列番号14)
ユニバーサルプローブ:#124
OsCDKD;1(GenBankアクセッション番号:AK120162)
フォワードプライマー:5'- ttgctgaactgctgcttagg-3'(配列番号15)
リバースプライマー:5'- ttcccaagttgatcaatgtcac-3'(配列番号16)
ユニバーサルプローブ:#80
OsCDKE;1(GenBankアクセッション番号:AK066824)
フォワードプライマー:5'- aagtgataacggggttgttgtt-3'(配列番号17)
リバースプライマー:5'- ttcagcaaaaatgcaaccaa-3'(配列番号18)
ユニバーサルプローブ:#50
OsCDKF;1(GenBankアクセッション番号:AK059487)
フォワードプライマー:5'- cctgctcatctccgaggac-3'(配列番号19)
リバースプライマー:5'- ttggtatgttcctgtctcctga-3'(配列番号20)
ユニバーサルプローブ:#162
OsCDKF;2(GenBankアクセッション番号:AL732536)
フォワードプライマー:5'- cgttcttgtccttgtgcttg-3'(配列番号21)
リバースプライマー:5'- gaagcacgtcgcgaaact-3'(配列番号22)
ユニバーサルプローブ:#25
OsCDKF;3(GenBankアクセッション番号:AK098991)
フォワードプライマー:5'- tgatatgtgggctgttggtg-3'(配列番号23)
リバースプライマー:5'- tatgatccggtgtcccaag-3'(配列番号24)
ユニバーサルプローブ:#102
OsCDKF;4(GenBankアクセッション番号:AK100966)
フォワードプライマー:5'- tgaagtttcagttccctcaggt-3'(配列番号25)
リバースプライマー:5'- gtcccatgagcacagtgatg-3'(配列番号26)
ユニバーサルプローブ:#53
OsCDKG;1(GenBankアクセッション番号:AK111593)
フォワードプライマー:5'- ggtttcgcgaactacctctg-3'(配列番号27)
リバースプライマー:5'- atgtttcttgaagcgcctgt-3'(配列番号28)
ユニバーサルプローブ:#15
OsCDKG;2(GenBankアクセッション番号:AK099095)
フォワードプライマー:5'- caccaggaaatcaatggaca-3'(配列番号29)
リバースプライマー:5'- gggccatcaagcttcctatc-3'(配列番号30)
ユニバーサルプローブ:#5
・OsKRP遺伝子群(6種類)
OsKRP1(GenBankアクセッション番号:AK103084)
フォワードプライマー:5'- cgagatcgaggcgttctt-3'(配列番号31)
リバースプライマー:5'- caccggagtccactcgaa-3'(配列番号32)
ユニバーサルプローブ:#30
OsKRP2(GenBankアクセッション番号:DQ229363)
フォワードプライマー:5'- ggaattgttgggctgttctg-3'(配列番号33)
リバースプライマー:5'- ctctcctcgtcgtgatcctc-3'(配列番号34)
ユニバーサルプローブ:#63
OsKRP3(GenBankアクセッション番号:DQ229364)
フォワードプライマー:5'- gacgtcgtcagtggagaaaga-3'(配列番号35)
リバースプライマー:5'- cagggttgtgcttgtgctc-3'(配列番号36)
ユニバーサルプローブ:#70
OsKRP4(GenBankアクセッション番号:AK064173)
フォワードプライマー:5'- gccacaacattattccagca-3'(配列番号37)
リバースプライマー:5'- ggcagtcattcacaggatca-3'(配列番号38)
ユニバーサルプローブ:#11
OsKRP5(GenBankアクセッション番号:AK064723)
フォワードプライマー:5'- gcgacaacgttcttgacctc-3'(配列番号39)
リバースプライマー:5'- aggcgttgtctccctggt-3'(配列番号40)
ユニバーサルプローブ:#55
OsKRP6(GenBankアクセッション番号:AK111010)
フォワードプライマー:5'- ccaggaaggcgaagaagg-3'(配列番号41)
リバースプライマー:5'- ggagcgtccttgacgatg-3'(配列番号42)
ユニバーサルプローブ:#108
その結果を図2(OsCDK遺伝子群)及び図3(OsKRP遺伝子群)に示す。
図2に示されるように、細胞周期を進行させる機能を有するイネCDK遺伝子(OsCDK)15種類のうち、OsCDKB;1及びOsCDKB;2遺伝子では、ABA単独処理により発現量が有意にかつ顕著に低下したが、ABAと共にSAで処理することによりその低下が低減した。また、図3に示されるように、CDKを阻害することにより細胞周期を停止させる機能を有するイネKRP遺伝子(OsKRP)6種類のうち、OsKRP4及びOsKRP5遺伝子では、ABA単独処理で遺伝子発現量が有意に増加したが、ABAと共にSAで処理することによりその増加が抑制された。
(2)酵母ツーハイブリッド解析
OsKRPタンパク質と相互作用するOsCDKタンパク質を特定するために、酵母ツーハイブリッド(yeast two-hybrid)解析を行った。解析にはMatchmakerTM Gold酵母ツーハイブリッドシステム(Clontech, USA)を使用した。OsCDKA;1、OsCDKA;2、OsCDKB;2、OsKRP4及びOsKRP5の各遺伝子のオープンリーディングフレームをcDNAクローニング1st PCR用プライマーでPCR増幅し、さらにその増幅産物をcDNAクローニング2nd PCR用プライマーでPCR増幅した。次に、In-Fusion HDクローニングキット(Clontech, USA)を用いて、OsCDKA1、OsCDKA2及びOsCDKB2の各遺伝子について得られたPCR増幅断片をベクターpGADT7-AD(Clontech, USA;prey用)中に、OsKRP4及びOsKRP5の各遺伝子について得られたPCR増幅断片をベクターpGBKT7-BD(Clontech, USA;bait用)中に組み込み、融合タンパク質を発現するベクターを作製した。これらの最終コンストラクトについてはシーケンサーで塩基配列を確認した。baitとpreyのコンストラクトを種々に組み合わせて酵母株Y2HGold(Clontech, USA)に導入し、その酵母について、ロイシンとトリプトファンを欠如した最少培地(DDO)及びDDOにXa-GalとオーレオバシジンAを加えた培地(DDOXA)で育つ能力を30℃で調べた。PCRに用いたプライマー配列は以下のとおりである。
OsCDKA;1
cDNAクローニング1st PCR
フォワードプライマー:5'-attgggcggcaaacggagg-3'(配列番号43)
リバースプライマー:5'-aagggcacagcgttcacag-3'(配列番号44)
cDNAクローニング2nd PCR
フォワードプライマー:5'-gaggccagtgaattcatggagcagtacgagaaggaggag-3'(配列番号45)
リバースプライマー:5'-gagctcgatggatcctcattgtaccatctcaaggtcctt-3'(配列番号46)
OsCDKA;2
cDNAクローニング1st PCR
フォワードプライマー:5'-tcatccccaagtccaccac-3'(配列番号47)
リバースプライマー:5'-ctcggctgagcaaacaatgc-3'(配列番号48)
cDNAクローニング2nd PCR
フォワードプライマー:5'-gaggccagtgaattcatggagcagtacgagaaggtggag-3'(配列番号49)
リバースプライマー:5'-gagctcgatggatccctacgccacttccaggtccttgaa-3'(配列番号50)
OsCDKB;2
cDNAクローニング1st PCR
フォワードプライマー:5'-caaaccctaaatccacgcgc-3'(配列番号51)
リバースプライマー:5'-ttcagggcaggctagtcac-3'(配列番号52)
cDNAクローニング2nd PCR
フォワードプライマー:5'-gaggccagtgaattcatggcggcgctccaccaccaggcg-3'(配列番号53)
リバースプライマー:5'-gagctcgatggatcctcagtagagctccttgttcacgtc-3'(配列番号54)
OsKRP4
cDNAクローニング1st PCR
フォワードプライマー:5'-ccttagccgctaatgctccg-3'(配列番号55)
リバースプライマー:5'-tctgccacgctactactgtg-3'(配列番号56)
cDNAクローニング2nd PCR
フォワードプライマー:5'-catggaggccgaattcatgggcaagtacatgcgcaaggcc-3'(配列番号57)
リバースプライマー:5'-gcaggtcgacggatcctcagtctagcttgacccattcaaa-3'(配列番号58)
OsKRP5
cDNAクローニング1st PCR
フォワードプライマー:5'-cgcgattctcctcccttcc-3'(配列番号59)
リバースプライマー:5'-gaattgcattttgcctctgcc-3'(配列番号60)
cDNAクローニング2nd PCR
フォワードプライマー:5'-catggaggccgaattcatggggaagtacatgcggaagggg-3'(配列番号61)
リバースプライマー:5'-gcaggtcgacggatccctagcagtctagccttgtccattc-3'(配列番号62)
図4に示すように、OsKRP4タンパク質とOsKRP5タンパク質は、OsCDKA;1タンパク質及びOsCDKA;2タンパク質と相互作用することが判明した。但し、OsKRP4タンパク質とOsCDKA;2タンパク質との間の相互作用は弱かった。
(3)細胞周期への影響
上記のとおり、ABAは、細胞周期をG2期からM期へ進行させるOsCDKB;1遺伝子とOsCDKB;2遺伝子の発現を抑制するが、ABAと共にSAで処理することによりその発現抑制作用が低減されることが示された。また、サイクリンと複合体を形成して細胞周期を進行させるCDKA;1とCDKA;2(両因子ともG1期→S期の進行に関与)のインヒビターである、OsKRP4とOsKRP5の遺伝子発現をABAは促進するが、ABAと共にSAで処理することによりその発現促進作用が抑制されることが明らかとなった。すなわちSAは、ABAによる細胞周期の進行抑制作用を低減することが示された。
[実施例3]アブシジン酸(ABA)の生育抑制作用に対するサリチル酸(SA)の低減効果 − 核内倍加と新規DNA合成に及ぼす影響
28℃暗黒下で3日間かけて催芽したイネ種子を、ABA 2μM、ABA 2μM+SA 0.4mM、ABA 2μM+SA 1mM、又はSA 1mMの水溶液上のネットに置き、25℃暗黒下で5日間培養し、シュートを伸長させた(処理区)。コントロール区(ABA 0μM + SA 0 mM)についても同様にしてシュートを伸長させた。シュートの茎頂を含む組織を切り出して、核内倍加した4C細胞(G2期の4倍体細胞)の比率をフローサイトメトリーによって測定した。
その結果、ABA及びSAで処理していないコントロールと比較して、ABA単独処理区では処理2日後に4C細胞の比率が低下し、処理5日後には半分以下となった(図5)。これに対し、ABAと共にSAを用いた共存処理区(SA共存処理区)では、4C細胞の比率の低下が緩和され、特に1 mM SAを用いた処理区ではABA無処理区(コントロール)とほぼ同程度の4Cの比率となった(図5)。これらの結果から、SAにはABAの核内倍加抑制作用を低減する働きがあることが明らかになった。
さらに、シュートの茎頂細胞における新規DNA合成に及ぼすABAとSAの影響を調べるため、細胞内の新規DNAの取り込みについてチミジンアナログであるBrdU(5-ブロモ-2'-デオキシウリジン)を用いて解析した。まず、28℃暗黒下で3日間かけて催芽したイネ種子を、ABA 2μM、ABA 2μM+SA 1mM、又はSA 1mMの水溶液上のネットに置き、25℃暗黒下で24時間培養してシュートを伸長させ、さらに50 μM BrdU及び1 μM 5-フルオロデオキシウリジンを添加して25℃暗黒下で24時間培養することにより、BrdUをイネ幼苗に取り込ませた。BrdUでラベルした幼苗組織を4% (w/v) パラホルムアルデヒドを含む0.1 Mリン酸バッファー溶液(pH 7.0)中で16時間4℃で固定した。固定後、サンプルを0.2 M スクロースを含む0.1 M PBSで洗浄し、濃度を段階的に増加させたエタノール溶液で順次脱水した。脱水したサンプルをTechnovit 7100樹脂(Kulzer & Co., Werheim, Germany)で包埋し、ウルトラミクロトームにより茎頂細胞を含む組織の準超薄切片(厚さ0.5μm)を作成した。この切片に対してAlexa 488で標識したBrdU抗体で蛍光染色を行い、蛍光顕微鏡で核の蛍光を観察した。さらにDNAを染色するDAPI(4'6-ジアミジノ-2-フェニルインドールジヒドロクロリド)を用いた染色を行い、観察した。
結果を図6に示す。DAPI染色レベルには処理区間で違いは認められなかったが、ABA単独処理区では、無処理区と比較してBrdUの取り込みが著しく低下したことから、ABAが新規DNA合成を抑制することが示された。これに対し、SA共存処理区では、BrdUの取り込みの低下は認められず、ABAによる新規DNA合成の抑制を、SAが低減することが示された。
[実施例4]アブシジン酸(ABA)の生育抑制作用に対するサリチル酸(SA)の低減効果 − ABA分解酵素遺伝子の発現解析及びABA濃度の測定
SAがABAの分解促進又は移動阻害を誘導しているかどうかを調べるため、ABA分解酵素遺伝子の発現量と、シュートにおけるABA濃度の測定を行った。
まず、SAがABA分解酵素遺伝子の発現に与える影響を明らかにするために、ABA分解酵素遺伝子ABA8ox1、ABA8ox2及びABA8ox3の発現量(mRNAレベル)の変化を調べた。28℃暗黒下で3日間にわたり催芽したイネ種子を、ABA 2μM、ABA 2μM+SA 1mM、又はSA 1mMの水溶液上のネットに置き、25℃暗黒下で5日間培養し、シュートを伸長させた(処理区)。コントロール区(ABA 0μM + SA 0mM)についても同様にしてシュートを伸長させた。得られたシュートからRNAを抽出し、これを鋳型として、ABA8ox1、ABA8ox2及びABA8ox3遺伝子の発現量を定量的PCR(Taqmanプローブ法)で解析した。TaqManプローブとしては5'末端がFAMで3'末端がTAMRAで修飾されたオリゴヌクレオチドを用いた(Roche Applied Science社製)。用いたプライマーの配列及びユニバーサルプローブの番号は以下のとおりである。
・ABA8ox遺伝子群(3種類)
ABA8ox1(GenBankアクセッション番号:AK067007)
フォワードプライマー:5'-tcaacaccttccaagagatgaa-3'(配列番号63)
リバースプライマー:5'-atctcctcctccccgaag-3'(配列番号64)
ユニバーサルプローブ:#56
ABA8ox2(GenBankアクセッション番号:AK120757)
フォワードプライマー:5'-ggcgagcataatctccttca-3'(配列番号65)
リバースプライマー:5'-ccctttggaatcaggaaacc-3'(配列番号66)
ユニバーサルプローブ:#34
ABA8ox3(GenBankアクセッション番号:CI523426)
フォワードプライマー:5'-catggccctaacccacaa-3'(配列番号67)
リバースプライマー:5'-gggataaggaaccctttgtactc-3'(配列番号68)
ユニバーサルプローブ:#159
その結果を図7に示す。ABA単独処理区では、ABA8ox1の発現量が処理4日後から、ABA8ox2とABA8ox3の発現量が処理1日後から著しく上昇した。これらの遺伝子発現量の上昇は根から吸収されたABAによる植物体内でのABA濃度の上昇に応答して生じたと考えられる。これに対し、SA共存処理区では、3種類のABA分解酵素全てで上昇が認められなかったことから(図7)、SAはABA分解酵素遺伝子の発現を誘導しないことが明らかであるとともに、SAが存在すると、根からABAを吸収させてもシュートのABA濃度が上昇しない可能性が示された。
そこで次に、SAがABA濃度に与える影響を明らかにするために、シュートのABA濃度を測定した。28℃暗黒下で3日間にわたり催芽したイネ種子を、ABA 2μM、ABA 2μM+SA 1mM、又はSA 1mMの水溶液上のネットに置き、25℃暗黒下で5日間培養し、シュートを伸長させた(処理区)。コントロール区(ABA 0μM + SA 0mM)についても同様にしてシュートを伸長させた。得られたシュートの摩砕抽出液に含まれるABAをPhytodetek社のABA Test Kitを用いて定量した。
その結果、ABA単独処理区ではシュートのABA濃度が著しく上昇したのに対し、SA共存処理区では低いままであった(図8)。培地に添加されたABAは根から吸収されてシュートに移動する。SAがABA分解酵素遺伝子の発現を誘導しないという上述の結果と考え合わせると、SA共存処理区のシュートでABA濃度が上昇しない原因は、SAによるABA移動(輸送)阻害と考えられた。すなわち、実施例1〜3で示されたようにシュート伸長、細胞周期の進行、核内倍加及び新規DNA合成に対するABAの抑制作用を、SAが低減できるのは、ABAの茎頂への移動をSAが阻害するからであると考えられた。
[実施例5]プロベナゾールによる、ABAの生育抑制作用に対する低減効果
プロベナゾール処理は植物においてサリチル酸の生成・蓄積を誘導することにより病原菌への抵抗性を付与することが知られている(Yoshioka K, et al., (2001) Plant J., 25: 149-157; Midoh N., Iwata M., (1996) Plant Cell Physiol., 37: 9-18; Iwai T, Seo S., et al., (2007) Plant Cell Physiol., 48: 915-924)。
そこでSAの代わりに、SA誘導剤であるプロベナゾールを48%含有する殺菌剤オリゼメート(登録商標)粒剤(明治製菓ファルマ社)で発芽直後の実生を処理することで、ABAによる生育抑制作用が実際に低減されるかどうかを調べた。具体的には、28℃暗黒下で3日間かけて催芽したイネ種子を、ABA(0、0.2、1、又は5μM)とオリゼメート粒剤(0、1.25、5、又は20mg/100ml[プロベナゾール0、26.9、107.6、430.5μMに相当])の混合水溶液に浮かべたネット上に播種し、25℃暗黒下で栽培した。処理開始5日後に各処理区9個体のシュート長を測定した。
その結果を図9に示す。SAを培地に共存させた場合と同様に、プロベナゾールを共存させることによりABAによるシュート生育抑制作用が有意に低減された。したがって、プロベナゾール等により植物体内でSAの蓄積を誘導させることによっても、ABAの生育抑制作用を低減できることが示された。
[実施例6]SAによる穂ばらみ期耐冷性強化効果
SA処理が穂ばらみ期耐冷性に及ぼす影響を調べた。まず、1/5000aポットでイネ品種「きたあおば」を円形20粒播きで25℃/20℃(昼 15時間/夜 9時間)で栽培し、低温処理の1週間前(幼穂形成期)、2日前(穂ばらみ期)及び当日(穂ばらみ期)に、培土に対するSA投与量が17.27g/10a(水を含む培土におけるSA濃度0.1μMに相当)になるように100mM SAストック溶液を加えてよく撹拌した。低温処理により誘導されるABA濃度レベルに対しては、この程度の比較的少ないSA投与量(SA濃度)で拮抗効果を得ることができると思われる。低温処理は、「きたあおば」の冷害危険期である出穂10日前の個体数が最も多くなる時期に12℃(昼夜)で4日間行った。低温処理後、気温25℃/20℃(昼/夜)に戻して生育させ、出穂・開花させて種子を形成させた。出穂直後の花粉についてヨード・ヨードカリ液染色法で稔性を調査した。具体的には、出穂直後の各穎花から6本の葯を採取して100μLのヨード・ヨードカリ液(100mL中にヨウ素 2.0g、ヨウ化カリウム 0.5g、グリセリン10gを含む)に浸漬し、溶液中で各葯を鋭いピンセットの先で切断し撹拌して花粉を放出させ、1μL中に含まれる花粉を全て数えた。全花粉のうち、ヨード・ヨードカリ液で濃く染まった花粉を稔性のある花粉、染まらなかった花粉を不稔花粉としてカウントし、その合計数に対する不稔花粉数の割合を不稔花粉率とした。また、出穂30日後の穎花の稔実率(不稔率)を調査した。穎花の稔実率は、各穂の稔実穎花数と不稔穎花数をカウントし、その合計数に対する不稔穎花数の割合を穎花の不稔率とした。
その結果、花粉の稔性については、SA無処理区では26.2%の花粉が不稔であったのに対し、SA処理区での不稔率は6.8%と低く、両区の間には5%水準で有意な差異が認められた(図10)。また、穂ばらみ期の中でも特に低温感受性が高い小胞子初期(出穂10日前)に12℃で4日間処理した個体の穎花不稔率は、SA無処理区では36.7%であったのに対し、SA処理区では19.4%と低く、両区の間には0.01%水準で有意な差異が認められた(図11)。したがって、SAには、低温による花粉不稔の発生を抑制し、穂ばらみ期耐冷性を強化する効果があることが示された。
[実施例7]プロベナゾールによる穂ばらみ期耐冷性強化効果
1/5000aポットでイネ品種「きたあおば」を円形20粒播きで25℃/20℃(昼15時間/夜9時間)で栽培し、第8葉が抽出したとき(6月3日;幼穂形成期前期;出穂の30日前)に札幌市の野外の水槽に移動した。札幌市の6月の気温はイネが花粉を形成するには低温過ぎるため、自然の低温によりABA合成を介して花粉不稔を誘発することができる。移動直後にオリゼメート粒剤(プロベナゾール48%含有)を667g/10a(プロベナゾール320.16g/10aに相当;水槽の貯水量に対するプロベナゾールの濃度として換算すると4.78μM)になるように水槽に投与し、6月16日(幼穂形成期後期)にも同量のオリゼメート粒剤を投与した。7月初旬に出穂した穂の30日後の穎花の稔実率を調査した。
図12に示すとおり、7月2日に出穂した個体の穎花不稔率は、SA無処理区では49.7%であったのに対し、SA処理区では39.8%と低く、両区の間には0.1%水準で有意な差異が認められた。したがって、SAを誘導するプロベナゾールにも、低温による花粉不稔の発生を抑制し、穂ばらみ期耐冷性を強化する効果があることが示された。
SAの過剰蓄積は、シロイヌナズナの植物体の耐凍性を低下させることが知られている。これはSAが耐凍性向上に必要な転写因子DREB1A/CBF3遺伝子の発現を抑制し、低温シグナル伝達を阻害するためである(Miura and Ohta, (2010) Journal of plant physiology 167:555-560)。また、SAはカタラーゼと結合して過酸化水素の代謝を阻害して細胞内の過酸化水素濃度を高める作用がある(Chen et al, (1993) Science 262:1883-1886)。このためSA処理は植物の低温障害をむしろ助長する可能性が考えられ、SA処理すると穂ばらみ期耐冷性が低下することが予測された。しかし、本実施例で示されたように、実際には、SA処理は、逆に低温下での花粉不稔の発生を抑制する効果のあることが判明した。この結果は、低温下での花粉の発達にとっては、DREB1A/CBF3に相当する転写因子の発現やカタラーゼ活性の維持よりも、細胞周期等に対するABAの負の作用を抑える方が有効であるためと考えられる。ABAは植物の環境ストレス耐性の向上をもたらすホルモンであり(Lang et al., (1989) Theor. Appl. Genet., 77, p.729-734; Lu et al., (2009) Plant Physiol. Biochem., 47, p.132-138)、イネが穂ばらみ期に低温に遭遇すると植物体内のABA濃度が高まるが、高ABAは副作用として植物の生育を著しく抑制したり、葯において花粉形成を阻害したりする(Oliver et al., (2007) Plant Cell Physiol., 48, p.1319-1330)。以上の実施例の結果から、SA処理又はプロベナゾール等のSA誘導剤はこのようなABAの負の作用を抑制することができ、それにより低温下での花粉不稔の発生を抑制できることが示された。
[実施例8]SAの幼苗低温耐性に及ぼす影響
(1)低温伸長性
イネ種子を培土(パールマット)に播種し、25℃/20℃の温室で10日間栽培した。このイネに対し、培土に対するSA投与量が34.53g/10a、345.3/10a、又は3453g/10a(それぞれ、水を含む培土中のSA濃度0.2、2、又は20μMに相当)になるようにSA水溶液を加えて2日間静置した後、17℃のグロースチャンバー(LED照明)に移して低温処理を4日間行い、25℃/20℃の温室に戻し、低温処理完了の12日後にシュート長を測定した(SA処理区)。無処理区については、SA水溶液を添加せず(SA投与量 0g/10a)に同様の低温処理を行った。
結果を図13に示す。17℃処理の12日後のシュート長は、無処理区で99.9mmであったのに対し、SA処理区では97.4〜109.7mmであり、無処理区とSA処理区との間で有意な差異は認められなかった。したがって、SAには幼苗の低温伸長性を向上させる効果はないことが示された。
(2)低温枯死耐性
イネ種子を培土(パールマット)に播種し、25℃/20℃の温室で10日間栽培した。このイネに対し、培土に対するSA投与量が34.53g/10a、345.3/10a、又は3453g/10a(それぞれ、水を含む培土(水を含む)中のSA濃度0.2、2、又は20μMに相当)になるようにSA水溶液を加えて2日間静置した後、3℃のグロースチャンバー(LED照明)に移して低温処理を3日間行い、25℃/20℃の温室に戻した。無処理区については、SA水溶液を添加せず(SA投与量 0g/10a)に同様の低温処理を行った。低温処理1ヶ月後に生存個体をカウントした。
図14に示すように、3℃で3日間処理の1ヶ月後の生存率は、無処理区で30.0%であったのに対し、SA処理区では28.3〜33.3%であり、無処理区と処理区との間で有意な差異は認められなかった。したがって、SAには幼苗の低温枯死耐性を向上させる効果はないことが示された。
本発明は、ABAの抑制作用をSA又はSA誘導剤によって低減することにより、低温下での花粉不稔の発生を抑制する穂ばらみ期耐冷性強化法を提供し、これは農業分野において広範な利用が期待できる。
配列番号1〜68:プライマー

Claims (6)

  1. サリチル酸、サリチル酸前駆体、サリチル酸誘導剤及びそれらの塩から選択される少なくとも1つを含サリチル酸前駆体がサリチル酸の配糖体又はサリチル酸エステルであり、サリチル酸誘導剤がプロベナゾールである、イネ用の穂ばらみ期耐冷性強化剤。
  2. 花粉不稔抑制のための、請求項1に記載の穂ばらみ期耐冷性強化剤。
  3. 幼穂形成期又は穂ばらみ期に適用するための、請求項1又は2に記載の穂ばらみ期耐冷性強化剤。
  4. 請求項1〜3のいずれか1項に記載の穂ばらみ期耐冷性強化剤を、イネに施用することを含む、イネの穂ばらみ期耐冷性を強化する方法。
  5. 穂ばらみ期耐冷性の強化が、花粉不稔の抑制である、請求項に記載の方法。
  6. 前記穂ばらみ期耐冷性強化剤を、幼穂形成期又は穂ばらみ期に施用する、請求項又はに記載の方法。
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