従来から、容器や試験管、医療器械器具の部品等の医療用器材は、天然や合成、無機や有機、或いは樹脂等の各種の材質を用いて作製されて来ているが、それぞれの材質毎に各種の問題を内在しており、特許文献1〜4等においても、種々指摘されている。
例えば、医療用の薬品容器においては、内容物の視認が容易になるように、ある程度以上の透明性が必要であるところから、従来より、ガラスの他、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリ塩化ビニル等の樹脂が、容器材質として用いられて来ているが、ガラスは割れることがあり、重く、更にアルカリイオン等が溶出することがあり、また燃やすのが困難であったり、破片の処理に危険が伴う等、使い捨てにするのには、困難な場合もある;また、ポリエチレン、ポリプロピレンは、耐熱性に劣り、スチーム滅菌が出来ない他に、低分子の有機成分が溶出する恐れがある;更に、ポリ塩化ビニルは、耐熱性に劣り、塩素が溶出して、内容物が変質する恐れがある、等の指摘が為されている。
また、医療用器材は、使用用途により血液と接触する場合があり、そのような場合においても、各種の問題を惹起している。例えば、遠心血液ポンプでは、ケーシング及びインぺラー共に、ポリカーボネート等のプラスチックで作製されているが、ポリカーボネートは耐溶剤性に劣り、血液との接触面に抗血栓性材料をコーティングするとソルベントクラックが発生するため、コーティング法により抗血栓性を付与することが出来ない問題がある。更に、ポリカーボネートは、吸湿性を有するため、蒸気滅菌を施すと、透明性が損われるという問題がある。また、人工心肺、ダイアライザー、人工心臓、その他の血液回路には、ポリカーボネートやポリ塩化ビニル等が用いられているが、そのような回路のコネクター部分(接続部分)には、血栓が形成され易く、その解決が求められているものの、ポリカーボネートは抗血栓性材料をコーティングすると、クラックが発生し、またポリ塩化ビニルはエッジ部分が変形し易い等の不都合を有しており、その要求に対して充分に応え得るものではなかったのである。
さらに、輸血、薬物投与、栄養補給、導尿、浸出液の排出等に、チューブ状のカテーテルが、体内外の導通のために用いられており、そしてそれらのカテーテルは、ポリ塩化ビニル、ポリウレタン、天然ゴム、シリコーン、フッ素樹脂、ナイロン等各種ポリマーで作製されているが、また、コネクター、アダプター、分岐活栓、ストッパー等の接続具の多くも、これらのポリマーで作製されている。しかしながら、これらの接続具は、通常、オス型とメス型とが、強く、密接に嵌合された状態で使用され、しかも、内部に空洞や流通路を有する等、複雑な構造であるため、持続的な応力や応力集中によって、しばしば応力割れやメカノケミカル・クラッキングを生じる。このために、高価なカテーテルが使用不能となることが多い問題を内在している。
尤も、そのような応力割れを防ぐための改良策として、例えば、ルアーテーパーを有するメス型を、可塑化ポリ塩化ビニルで作製してソフト化し、ハードな硬質樹脂製のオス型と組み合わせることが考えられるが、一定応力の下で、持続的に或いは繰返し使用すると、塑性変形が増加して、密接な嵌合が出来なくなる問題を生ずる。加えて、これらの医療用具も必ず滅菌しなければならず、そのためにアルコール等で殺菌されることが多いが、耐薬品性が不充分な素材の場合には、ソルベントクラックが発生し易い問題があり、また蒸気滅菌、オートクレーブ滅菌、乾燥滅菌等では、耐熱性が不充分な素材の場合に、繰返し滅菌により変形し、更にポリカーボネート製コネクターのように、耐吸湿性に劣る素材の場合には、透明性が失われる問題も内在している。
また、病院の検査部門等では、採尿や採血等を行い、その検体を分析することが行われており、その際、採尿や採血等には、スピッツ管や試験管が用いられ、また採取された細胞の増殖や菌の測定等には、シャーレが用いられている。そこにおいて、スピッツ管や試験管、シャーレ等の医療用検査容器は、ガラス又は各種のプラスチック等で作製されており、特に、近年、プラスチック製のディスポーザブル製品が汎用されるに至っている。そして、これらの検査容器には、中身の薬液や体液等が外から肉眼でチェック出来ることが要求され、また試験管を用いた溶血性の判定は、吸光度の測定により行われるため、一般に、透明度の高いことが求められ、更に耐衝撃性、耐薬品性、滅菌可能性等を備えていることが求められている。また、検査容器等の医療用用具は、病院内における細菌、ウイルスの感染を避けるために、開封して使用するディスポーザブル製品が主流となっているが、このようなディスポーザブル製品は、無菌であること、安全な材料で製造されていること、操作性が良好であること、経済的であること等が要求されているのである。
ところで、かかる医療用検査容器を含めた各種ディスポーザブル器具の材料としては、一般に、ポリエチレンやポリプロピレン、ポリ塩化ビニル、ポリカーボネート、ポリスチレン等のプラスチックが採用されているのであるが、例えば、耐熱性や耐薬品性が充分でないもの、吸湿性があるもの、可塑剤の溶出があるもの等、それぞれ問題点を抱えている。例えば、これらの検査容器は、無菌性であることが必須の要件であるところから、検査の現場で、蒸気滅菌、オートクレーブを用いた高圧蒸気滅菌或いは乾熱滅菌等を実験室的に行う場合に、耐熱性の不充分な容器は変形し、吸湿性のある容器は透明性が損われるといった問題を内在し、またエチレンオキサイドガス滅菌法やγ線滅菌法では、エチレンオキサイドの強い毒性の問題、γ線による材質の変化等の問題があり、且つ、検査の現場では実験室的に行うことが困難である問題も内在している。
加えて、菌の測定を行う場合を例にとると、現在は、寒天等の培地のシャーレを別々に滅菌し、クリーンベンチの中でこのシャーレに培地を移す無菌操作を行っているが、もし、シャーレに培地を入れてから蒸気滅菌等が出来れば、複雑な操作を要することなく、実験室的に簡便に無菌操作を行うことが出来る利点を生ずる。しかし、シャーレとして、ポリカーボネート製のディスポーザブル製品が滅菌済みで市販されているが、ポリカーボネートには吸湿性があるために、培地を入れてから蒸気滅菌を行うと、透明性が損われる問題を生ずる。また、培地等の検査試薬を内包した滅菌済みの密封された検査用具が作製出来れば、開封するだけで、面倒な無菌操作を行うことなく、菌の測定等を行うことが出来ることとなるが、耐溶剤性の不充分なポリカーボネート製シャーレ等では、内包した検査試薬によりクラックが発生するため、そのような検査用具を作製することは出来ない問題がある。一方、ガラス製のシャーレや試験管等は、耐衝撃性に劣るために、取扱いに注意を要し、また、安全に捨て難いという問題がある。
そこで、上記のような医療用器材に対応するため、先に引用の特許文献1〜4等においては、透明性、耐熱性、耐薬品性、耐吸湿性、可滅菌性を有する脂環式飽和炭化水素系重合体であるノルボルネン系重合体の利用が、提案されている。
しかしながら、近年、市場の要求は更に厳しくなり、医療用器材の求められる性能を満たすのみならず、そのような性能の更なる向上を図りつつ、資源の有効利用、物流エネルギーの低減、廃棄物の減量化等の面から、更なる軽量化が求められているのである。
特許第3666884号公報
特開平3−275070号公報
特開平3−275052号公報
特開平3−275067号公報
ところで、かくの如き本発明において医療用器材の形成材料として用いられるβ−ピネン重合体は、比重が0.85以上、1.0未満であり、且つガラス転移温度が105℃以上である、水素添加せしめられたβ−ピネン重合体であって、([水素添加されたオレフィン性二重結合の数]/[水素添加前の重合体中のオレフィン性二重結合の数])×100の値が、95%以上のものである。ここで、本明細書及び特許請求の範囲におけるβ−ピネン重合体とは、重合体(ポリマー)中のβ−ピネンの含有量が50質量%以上のものをいう。本発明に係る医療用器材においては、β−ピネンの含有量が60質量%以上のβ−ピネン重合体が有利に用いられ、更に有利には、β−ピネンの含有量が70質量%以上のβ−ピネン重合体が用いられる。
かかるβ−ピネン重合体を製造する際の原料となるβ−ピネンとしては、従来より公知のものが何れも使用可能である。例えば、松や柑橘類等の植物から採取されたものを、精製した後、直接、用い得ることは勿論のこと、植物から採取されたα−ピネン等のテルペン類や石油由来の化合物を用いて、従来より公知の手法(例えば、米国特許第3278623号明細書に開示の手法)に従って製造されたβ−ピネン等も、用いることが可能である。このような植物由来のβ−ピネンを用いて得られたβ−ピネン重合体は、カーボンニュートラルな材料であり、この点において、本発明に係る医療用器材は、循環型社会の形成や地球温暖化防止に寄与し得るものとなっているのである。
また、本発明で使用されるβ−ピネン重合体は、上記したβ−ピネンの単独重合体であっても、また、β−ピネンと他の共重合可能な単量体の少なくとも1種以上との共重合体であっても、何等差支えない。β−ピネンと共重合可能な単量体としては、カチオン重合性単量体、ラジカル重合性単量体、配位重合性単量体及び植物由来のテルペン類等を挙げることが出来る。
なお、本発明において、β−ピネン重合体を製造する際に用いられる、カチオン重合性単量体、ラジカル重合性単量体及び配位重合性単量体としては、従来より一般的に用いられているものを使用することが可能である。また、植物由来のテルペン類も、カチオン重合法、ラジカル重合法又は配位重合法の何れかの重合法において、重合性単量体として用いることが可能である。具体的には、カチオン重合性単量体としては、イソブチレン、イソプレン、ブタジエン、スチレン、α−メチルスチレン、p−メチルスチレン、p−メトキシスチレン、p−t−ブトキシスチレン、インデン、アルキルビニルエーテル、ノルボルネン等を、また、ラジカル重合性単量体としては、メチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、n−ブチル(メタ)アクリレート、2−エチルヘキシル(メタ)アクリレート、2−ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、2−ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート、グリシジル(メタ)アクリレート等の(メタ)アクリレート類;アクリロニトリル、メタクリロニトリル等のニトリル基含有ビニルモノマー;アクリルアミド、メタクリルアミド等のアミド基含有ビニルモノマー;酢酸ビニル、ピバリン酸ビニル、安息香酸ビニル等のビニルエステル類;塩化ビニル、塩化ビニリデン、無水マレイン酸、マレイン酸、フマル酸、フマル酸エステル、マレイミド等を挙げることが出来る。また、配位重合性単量体としては、エチレン、プロピレン、1−ヘキセン、シクロペンテン、ノルボルネン等を例示することが出来、更に、植物由来のテルペン類としては、ミルセン、アロオシメン、オメシン、α−ピネン、ジペンテン、リモネン、α−フェランドレン、α−テルピネン、γ−テルピネン、2−カレン、3−カレン等を、例示することが出来る。これらの中から、β−ピネンの使用量等に応じて、一種又は二種以上のものが適宜に選択されて用いられることとなる。β−ピネン重合体はカチオン重合法によって有利に得られることから、上述の如き重合性単量体の中でも、特にカチオン重合性単量体が有利に用いられる。
また、上記共重合可能な単量体をβ−ピネンと共重合する場合において、その共重合量は、ポリマー中の0.001〜50質量%が好ましく、中でも0.01〜20質量%がより好ましく、0.05〜10質量%が最も好ましい。なお、その共重合量が多過ぎると、吸水率が増加したり、耐熱性が低下してしまう等の問題を生じるため、好ましくない。
一方、前記した共重合性単量体と共に、或いは前記共重合性単量体に代えて、少量の2官能以上の架橋性の単量体(以下、架橋性単量体という)を共重合することも出来る。かかる架橋性単量体は、重合体を製造する際に、分岐剤若しくは架橋剤として一般的に用いられているが、その使用量を少量とすることにより、所謂、長鎖分岐構造を有し、有機溶媒への不溶部が生じない程度の分子量を有するβ−ピネン重合体が、有利に得られる。本発明において用いられ得る架橋性単量体としては、具体的に、m−ジイソプロペニルベンゼン、p−ジイソプロペニルベンゼン、m−ジビニルベンゼン、p−ジビニルベンゼン、1,4−シクロヘキサンジメタノールジビニルエーテル、エチレングリコールジビニルエーテル等の2官能性ビニル化合物を挙げることが出来、それらの中でも、経済性や反応性の観点から、m−ジイソプロペニルベンゼンが、好ましく用いられる。
そのような架橋性単量体をβ−ピネン(及びβ−ピネンと共重合可能な単量体)と共重合する場合に、その共重合量は、ポリマー中の0.001〜7質量%が好ましく、中でも0.01〜5質量%がより好ましく、0.05〜4質量%が最も好ましい。その共重合量が多過ぎると、得られるβ−ピネン重合体がゲル状となり、熱可塑性を失ってしまい、好ましくない。
ところで、本発明で使用されるβ−ピネン重合体の重合方法は、特に限定されるものではなく、重合性単量体に適した公知の重合手法を適宜に選択することが出来る。例えば、アニオン重合法、カチオン重合法、ラジカル重合法及び配位重合法のうちの何れかを、選択して用いることが出来るが、一般に、カチオン重合法が採用されることとなる。
なお、カチオン重合法に従って、本発明で使用されるβ−ピネン重合体を得る場合において、その重合触媒としては、公知のカチオン重合触媒が、適宜に用いられる。具体的には、BF3 、BF3 OEt2 、BBr3 、BBr3 OEt2 、AlCl3 、AlBr3 、AlI3 、TiCl4 、TiBr4 、TiI4 、FeCl3 、FeCl2 、SnCl2 、SnCl4 、WCl6 、MoCl5 、SbCl5 、TeCl2 等の、周期律表3族〜16族の金属のハロゲン化合物;HF、HCl、HBr等の水素酸;H2 SO4 、H3 BO3 、HClO4 、CH3 COOH、CH2 ClCOOH、CHCl2 COOH、CCl3 COOH、CF3 COOH、パラトルエンスルホン酸、CF3 SO3 H、H3 PO4 、P2 O5 等のオキソ酸、及びこれらの基を有するイオン交換樹脂等の高分子化合物;燐モリブデン酸、燐タングステン酸等のヘテロポリ酸;SiO2 、Al2 O3 、SiO2 −Al2 O3 、MgO−SiO2 、B2 O3 −Al2 O3 、WO3 −Al2 O3 、Zr2 O3 −SiO2 、硫酸化ジルコニア、タングステン酸ジルコニア、H+ 又は希土類元素と交換したゼオライト、活性白土、酸性白土、γ−Al2 O3 、P2 O5 をケイソウ土に担持させた固体燐酸等の固体酸等を挙げることが出来る。
これらのカチオン重合触媒は、組み合わせて用いても良く、また他の化合物等を重合系に添加しても良い。かかる他の化合物等は、例えばそれを添加することにより触媒の活性を向上させることが出来る化合物等である。具体的には、上記した金属ハロゲン化合物の酸性化合物としての活性を向上させる化合物の例としては、MeLi、EtLi、BuLi、Et2 Mg、EtMgBr、Et3 Al、Et2 AlCl、EtAlCl2 、Et3 Al2 Cl3 、(i−Bu)3 Al、Et2 Al(OEt)、Me4 Sn、Et4 Sn、Bu4 Sn、Bu3 SnCl等の金属アルキル化合物;2−メトキシ−2−フェニルプロパン、t−ブタノール、1,4−ビス(2−メトキシ−2−プロピル)ベンゼン、2−フェニル−2−プロパノール等の、リビングカチオン重合における重合開始剤として用いられる化合物等が、例示される。
また、本発明で使用されるβ−ピネン重合体の重合方法として、溶媒を用いた溶液重合法を用いてもよい。使用可能な溶媒としては、採用される重合法により異なるため、一義的に規定することは困難であるが、例えば、ベンゼン、トルエン、キシレン等の芳香族炭化水素系溶媒;ペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、シクロペンタン、シクロヘキサン、メチルシクロヘキサン、デカリン等の脂肪族炭化水素系溶媒;塩化メチル、塩化メチレン、1,2−ジクロロエタン、1,1,2−トリクロロエチレン等のハロゲン化炭化水素系溶媒;エステル、エーテル等の含酸素系溶媒等を挙げることが出来る。なお、反応性を考慮すると、芳香族炭化水素系溶媒、脂肪族炭化水素系溶媒、ハロゲン化炭化水素系溶媒等の使用が、好ましい。これらの溶媒は、単独で使用しても、2種類以上を組み合わせて使用しても良い。
かくの如き溶媒の使用量は特に限定されないが、β−ピネン等の単量体100質量部に対して、通常100〜10000質量部程度、好ましくは150〜5000質量部、より好ましくは200〜3000質量部である。この溶媒量が少ないと、重合触媒の均一な混合が困難になるため、反応が不均一となり、均一な重合体が得られなかったり、反応の制御が困難になる。一方、溶媒量が多いと、生産性が低下してしまう問題がある。
そして、重合反応を行う場合、反応温度は、通常−80℃〜100℃が好ましく、中でも−40℃〜80℃がより好ましく、特に−20℃〜80℃が最も好ましい。この反応温度が低過ぎると、反応の進行が遅く、また高過ぎると、反応の制御が困難となり、再現性が得られ難い。
また、重合反応を行うための反応圧力は、特に限定されるものではないが、0.5〜50気圧が好ましく、0.7〜10気圧がより好ましい。通常、1気圧前後で、重合反応が行われることとなる。
さらに、重合反応を行う反応時間は、特に限定されず、反応温度、反応圧力等の条件に応じて、収率良く、β−ピネン重合体が得られるように、反応時間を適宜に決定すればよい。通常は0.01時間〜24時間程度、好ましくは0.2時間〜10時間である。
ところで、重合反応によって生成したβ−ピネン重合体は、例えば、再沈殿、加熱下での溶媒除去、減圧下での溶媒除去、水蒸気による溶媒の除去(スチーム・ストリッピング)等の、重合体を溶液から単離する際の通常の操作によって、反応混合物から分離、取得することが出来る。
本発明で使用されるβ−ピネン重合体は、耐光性、耐衝撃性、耐熱性等の観点から、そのオレフィン性二重結合が水素添加されているものである。そして、この水素添加率としては、一般に90%以上水素添加されていることが好ましく、中でも95%以上水素添加されていることがより好ましく、更に99%以上水素添加されていることが、最も好ましい。本発明にあっては、前記β−ピネン重合体は、水素添加せしめられたものであって、その水素添加率を示す([水素添加されたオレフィン性二重結合の数]/[水素添加前の重合体中のオレフィン性二重結合の数])×100の値が、95%以上である。なお、水素添加された重合体における不飽和二重結合(炭素−炭素二重結合)の水素添加率は、ヨウ素価滴定法、赤外分光スペクトル測定、核磁気共鳴スペクトル( 1H−NMRスペクトル)測定等の分析手段を用いて、算出することが可能である。
ここにおいて、本発明で使用されるβ−ピネン重合体の水素添加の方法としては、特に限定されず、公知の方法を用いることが出来る。例えば、ウィルキンソン錯体、酢酸コバルト/トリエチルアルミニウム、ニッケルアセチルアセトナート/トリイソブチルアルミニウム等の均一系触媒、ケイソウ土、マグネシア、アルミナ、シリカ、アルミナ−マグネシア、シリカ−マグネシア、シリカ−アルミナ、合成ゼオライト等の担持体に、ニッケル、パラジウム、白金等の触媒金属を担持させた不均一系触媒等による公知の方法を用いることが出来る。
なお、従来から公知の水添法では、重合体中に重合触媒由来の触媒残渣が残留する。本発明の対象とする医療用器材が、生体や薬品等と接触する際に、残留する触媒残渣が溶出することは好ましくなく、医療用器材中に実質的に残留していないことが好ましい。そのような重合体を得る方法としては、細孔容積が0.5cm3 /g以上、好ましくは0.7cm3 /g以上であり、更に比表面積が好ましくは250m2 /g以上であるアルミナ等の吸着剤に、ニッケル等の水素添加触媒金属を担持させた不均一系触媒を用いて重合体を水素添加したり、そのような吸着剤で樹脂溶液を処理して、触媒残渣を吸着させたり、樹脂溶液を酸性水と純水で繰り返し洗浄したりすること等により、重合触媒由来の触媒残渣を1ppm以下にすることが出来る。
また、かかる水素添加する場合に用いることの出来る溶媒としては、重合体が溶解され、且つ水素添加触媒に不活性な有機溶媒であれば、使用することが可能である。具体的には、ベンゼン、トルエン、キシレン等の芳香族炭化水素系溶媒;ペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、シクロペンタン、シクロヘキサン、メチルシクロヘキサン、デカリン等の脂肪族炭化水素系溶媒;塩化メチル、塩化メチレン、1,2−ジクロロエタン、1,1,2−トリクロロエチレン等のハロゲン化炭化水素系溶媒;エステル、エーテル等の含酸素系溶媒等を用いることが出来る。なお、反応性を考慮すると、芳香族炭化水素系溶媒、脂肪族炭化水素系溶媒等が好ましい。これらの溶媒は、単独で使用しても、2種類以上を組み合わせて使用しても、何等差支えない。
さらに、水素添加反応の反応温度は、使用する水素添加触媒や水素圧力に依存するが、一般に20℃〜250℃程度が好ましく、中でも25℃〜150℃がより好ましく、更には40℃〜100℃が最も好ましい。反応温度が低くなり過ぎると、反応が円滑に進行し難く、また反応温度が高過ぎると、副反応や分子量低下が起こり易い。なお、水素圧力としては、好ましくは常圧〜200kgf/cm2 程度、より好ましくは5〜100kgf/cm2 を用いることが出来る。この水素圧力が低過ぎると、反応が円滑に進行し難く、また水素圧力が高過ぎると、装置上の制約がかかってしまう。
なお、そのような水素添加反応系中におけるβ−ピネン重合体の濃度は、通常2質量%〜40質量%程度であり、好ましくは3質量%〜30質量%、より好ましくは5質量%〜20質量%である。β−ピネン重合体の濃度が低いと、生産性の低下が起こり易く、好ましくない。また、β−ピネン重合体の濃度が高過ぎると、水素化重合体が析出したり、反応混合物の粘度が高くなり、攪拌が円滑に行い難くなる場合が生じ、好ましくない。
また、水素添加反応の反応時間は、使用する水素添加触媒や水素圧力、反応温度に依存するが、通常、0.1時間〜50時間程度、好ましくは0.2時間〜20時間、より好ましくは0.5時間〜10時間が採用されることとなる。
さらに、水素添加反応後のβ−ピネン重合体は、例えば、再沈殿、加熱下での溶媒除去、減圧下での溶媒除去、水蒸気による溶媒の除去(スチーム・ストリッピング)等の、重合体を溶液から単離する際の通常の操作によって、反応混合物から分離、取得されることとなる。
本発明で使用するβ−ピネン重合体は、その重量平均分子量が、4万〜50万のものが好ましく、特に6万〜25万のものが好ましく、中でも9万〜20万のものが最も好ましいが、更に、重量平均分子量が2000以下の樹脂成分の含有量が1質量%以下、好ましくは0.5質量%以下のものが望ましい。そのような低分子量の成分が多いと、医療用器材からの溶出が生体や薬品との接触により惹起される恐れがあるからである。なお、重合体の重量平均分子量は、ポリスチレン換算で求めるゲル・パーミエーション・クロマトグラフィー(GPC)や、静的光散乱測定(SLS)等の公知の分析手法を用いて、算出することが出来る。
さらに、本発明で使用されるβ−ピネン重合体の全光線透過率は、医療用器材としての透明性を確保する上において、高い方が好ましく、一般に、厚さ:3.2mmの平板状試験片において80%以上が好ましく、中でも85%以上がより好ましく、そして90%以上が最も好ましい。
更にまた、本発明で使用されるβ−ピネン重合体は、寸法安定性の観点から、吸水率が低い方が好ましい。かかるβ−ピネン重合体の吸水率は、60℃、90%RH(相対湿度)の雰囲気下に置いたときの飽和吸水率として、0.2%以下が好ましく、中でも0.1%以下がより好ましく、更に0.05%以下が最も好ましい。このような吸水率を与えるβ−ピネン重合体が、有利に選定されることとなる。
このような本発明で使用されるβ−ピネン重合体は、比重が小さいことが特徴である。比重が小さいことで、より軽い医療用器材を得ることが出来るのである。従って、本発明で使用されるβ−ピネン重合体の比重は、0.85以上、1.0未満である必要があり、特に、0.85〜0.98がより好ましい。0.85よりも小さな比重の重合体を得ることは困難であり、また比重が1.0以上となると、軽量化の目的を充分に達成し得なくなるからである。
また、本発明で使用されるβ−ピネン重合体は、曲げ弾性率が大きく、撓みによる変形を起こし難いため、そのようなβ−ピネン重合体からなる医療用器材をより薄くすることが出来る特徴を有している。かかるβ−ピネン重合体の曲げ弾性率は、一般に2500MPa以上が好ましく、特に2700MPa以上がより好ましい。
そして、本発明で用いられるβ−ピネン重合体は、目的とする医療用器材を得る上において、そのガラス転移温度が105℃以上である必要があり、中でも125℃以上であることが望ましい。医療用器材を滅菌するべく、その方法には、γ線照射による方法等、加熱を必要としない方法もあるが、最も簡便な滅菌方法として、加熱を要する方法、特に、煮沸による方法とスチーム滅菌が採用されるからである。なお、煮沸による滅菌では、β−ピネン重合体のガラス転移温度が105℃以上であれば、問題ないが、スチーム滅菌では、滅菌時の温度設定によって要求される耐熱性が異なる。最も一般的なスチーム滅菌は、オートクレーブを用いて121℃で実施する方法である。このスチーム滅菌で変形しないためには、ガラス転移温度が125℃以上のβ−ピネン重合体の使用が好ましいのである。
さらに、本発明に従う所定のβ−ピネン重合体からなる医療用器材は、それによく用いられるスチーム滅菌処理では、変形等の形状的変化は実質的に認められないが、処理条件等によっては、濁りを生じて、透明性が低下することがある。これを防止するために、当該β−ピネン重合体に対して非相溶性の配合剤を添加して、樹脂組成物として用いることが好ましい。そのような配合剤としては、透明性が発現出来るまでβ−ピネン重合体中に細かく分散出来るものであれば、有機化合物であっても、無機質充填剤であっても何等差支えない。
かかる配合剤のうち、無機質充填剤としては、平均粒径が1μm以下、特に0.5μm以下、更に0.2μm以下のものが好ましく用いられる。また、透明で、非水溶性のものが好ましく用いられる。例えば、シリカ、アルミナ、ガラス等を、かかる粒径の超微粉末としたものを挙げることが出来る。また、有機化合物としては、本発明の医療用器材と接触する薬剤中に溶出したりすることにより、薬剤を変質させ難い高分子化合物が好ましく、そしてそれを微細に分散させるために、ガラス転移温度が40℃以下のゴム質重合体が好ましく用いられる。なお、ブロック共重合したゴム質重合体等で、ガラス転移温度が2点以上ある場合があるが、その場合は、最も低いガラス転移温度が40℃以下であればよい。
さらに、配合剤として用いられる高分子化合物の例としては、(a)芳香族ビニル系軟質重合体、(b)エチレンや、プロピレン等のα−オレフィンから主としてなるオレフィン系軟質重合体、(c)イソブチレンから主としてなるイソブチレン系軟質重合体、(d)ブタジエン、イソプレン等の共役ジエンから主としてなるジエン系軟質重合体、(e)ケイ素−酸素結合を骨格とする軟質重合体(有機ポリシロキサン)、(f)α,β−不飽和酸とその誘導体から主としてなる軟質重合体、(g)不飽和アルコール及びアミン又はそのアシル誘導体又はアセタールから主としてなる軟質重合体、(h)エポキシ化合物の重合体、(i)フッ素系ゴム、(j)その他の軟質重合体等が挙げられる。これらは、屈折率を調整するため、2種類以上を組み合わせて使用しても良い。これらの中で、耐衝撃性、耐熱性、低吸水性の観点から、上記(a)乃至(d)に記載の軟質重合体が好ましく用いられる。
なお、本発明に従うβ−ピネン重合体を用いて、所定の薬品容器に成形した場合等には、内容物の量や状態を確認することが出来る程度の透明性が必要となる。そのためには、上記の配合剤は、それが添加されるβ−ピネン重合体との屈折率の差が小さいことが、好ましい。
また、そのような配合剤を添加する方法としては、当該配合剤がβ−ピネン重合体中に充分に分散する方法であれば、特に限定されるものではない。例えば、ゴム質重合体を配合剤とする場合には、ミキサー、二軸混練機等で溶融状態の樹脂温にて混練する方法、適当な溶剤に溶解して分散させた後、凝固させる方法、キャスト法、又は直接乾燥法により溶剤を除去する方法等が採用される。
本発明に従う医療用器材を与える材料として用いられるβ−ピネン重合体には、更に必要に応じて、本発明の効果を損ねない範囲で、各種の添加剤を添加することが出来る。通常、樹脂に用いられる添加剤は、樹脂と相溶性のものであり、フェノール系やリン系等の酸化防止剤、紫外線吸収剤、帯電防止剤、滑剤等がある。しかし、これらは樹脂から溶出する恐れがあり、添加剤は分子量が大きいものが好ましく、またその添加量は少ないことが好ましい。
例えば、酸化防止剤は比較的分子量が小さく、溶出し易いが、分子量が600以上、好ましくは700以上の酸化防止剤であれば、溶出を防ぐことが出来る。分子量が600以上の酸化防止剤としては、ペンタエリスリチル−テトラキス〔3−(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート〕、1,3,5−トリメチル−2,4,6−トリス(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシベンジル)ベンゼン、トリス(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシベンジル)イソシアヌレート、3,9−ビス〔1,1−ジメチル−2−〔β−(3−t−ブチル−4−ヒドロキシ−5−メチルフェニル)プロピオニルオキシ〕エチル〕−2,4,8,10−テトラオキサスピロ〔5.5〕ウンデカン、1,6−ヘキサンジオール−ビス〔3−(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート〕、2,2−チオ−ジエチレンビス〔3−(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート〕、N,N'−ヘキサメチレンビス(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシ−ヒドロシンナマイド)、1−〔2−〔3−(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオニルオキシ〕エチル〕−4−〔3−(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオニルオキシ〕−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン等が挙げられる。
また、スチーム滅菌での濁りの発生防止のために、当該β−ピネン重合体に多価アルコールの部分エーテル化物及び/又は部分エステル化物を0.01〜5質量%、好ましくは0.05〜2質量%、特に好ましくは0.1〜1.0質量%添加してもよい。その添加によって、配合剤を添加したのと同様に、スチーム滅菌での濁りの発生を防止することが出来る。
なお、そこで、多価アルコールのアルコール性水酸基の一部をエステル化した部分エステル化物としては、例えば特開昭63−275654号公報において公知の、グリセリンモノステアレート、グリセリンモノラウレート、グリセリンモノベヘネート、ジグリセリンモノステアレート、グリセリンジステアレート、グリセリンジラウレート、ペンタエリスリトールモノステアレート、ペンタエリスリトールモノラウレート、ペンタエリスリトールモノベヘレート、ペンタエリスリトールジステアレート、ペンタエリスリトールジラウレート、ペンタエリスリトールトリステアレート、ジペンタエリスリトールジステアレート等が挙げられる。
また、多価アルコールのアルコール性水酸基の一部をエーテル化した部分エーテル化物としては、例えば、3−(オクチルオキシ)−1,2−プロパンジオール、3−(デシルオキシ)−1,2−プロパンジオール、3−(ラウリルオキシ)−1,2−プロパンジオール、3−(4−ノニルフェニルオキシ)−1,2−プロパンジオール、1,6−ジヒドロキシ−2,2−ジ(ヒドロキシメチル)−7−(4−ノニルフェニルオキシ)−4−オキソヘプタン、p−ノニルフェノールとホルムアルデヒドの縮合体とグリシドールの反応により得られるエーテル化合物、p−オクチルフェノールとホルムアルデヒドの縮合体とグリシドールの反応により得られるエーテル化合物、p−オクチルフェノールとジシクロペンタジエンの縮合体とグリシドールの反応により得られるエーテル化合物等が挙げられる。これらの中でも、分子量が500〜2000、特に800〜1500のものが好ましく用いられる。分子量が小さい添加剤を用いる場合、その添加量が多い場合は、溶出し易く、従って分子量の大きいものを少量添加することが好ましいのである。なお、その添加量が少ないと、スチーム滅菌による濁りの発生防止の効果が小さい。
さらに、本発明に従うβ−ピネン重合体を用いた医療用器材の成形方法は、特に限定されない。目的に応じて、射出成形法、ブロー成形法、インジェクションブロー成形法、回転成形法、真空成形法、押出成形法、カレンダー成形法、溶液流延法等が、採用可能である。
ところで、本発明に従う医療用器材としては、例えば、注射用の液体薬品容器、アンプル、プレフィルドシリンジ、輸液用バッグ、固形薬品容器、点眼薬容器、点滴薬容器等の、液体又は粉体、固体の薬品容器;血液検査用のサンプリング用試験管、採血管、検体容器等のサンプル容器;メスやカンシ(鉗子)、ガーゼ、コンタクトレンズ等の医療材料等の滅菌容器;注射器等の医療器具;ビーカー、シャーレ、フラスコ等の医療用実験器具;医療検査用プラスチックレンズ等の光学部品;医療用輸液チューブ、配管、継ぎ手、バルブ等の配管材料;義歯床、人工心臓、人造歯根等の人工臓器やその部品等が、例示される。特に、それらの中でも、長期に亘り、薬品、特に液体薬品を保存する薬瓶、プレフィルドシリンジ、密封された薬袋、点眼用容器、アンプル、バイアル、点滴薬容器等においては、従来の樹脂製のものに比較して、透明性、物理的性質等の他に、樹脂から溶出する不純物等がなく、また、薬品を吸着しないので、薬品の変質が少ないという、好ましい性質を有する。
これらの医療用器具の内、スピッツ管や試験管、シャーレ等の検査容器は、その形状、大きさ等が必要に応じて定められ得、特に限定されるものではない。そのような本発明に従う検査容器は、有利には、全光線透過率が85%以上、好ましくは90%以上の、透明性に優れたものである。また、この本発明の検査容器は、滅菌済のディスポーザブル製品として有用であるが、検査の現場において、蒸気滅菌等を行っても変形や失透がないため、例えば、培地を入れてから実験室的に簡便に滅菌処理を行うことが出来る。更に、本発明の検査容器に、培地等の検査試薬を入れ、開口部を蓋で密封したものは、検査用具として使用出来る。予め滅菌処理・滅菌包装を行うことにより、例えば、滅菌済の培地入りシャーレ等として、単に開封するだけで、菌の測定や細胞の増殖用の培養皿として使用することが出来る。そこにおいて、蓋としては、例えば、アルミ箔やアルミ蒸着フィルム等の防湿性、ガスバリアー性、耐油性、遮光性、耐熱性等の良好なフィルム状物を使用することが好ましい。
また、上記医療用器具の配管材料の内、接続用医療用具としては、カテーテル用の各種接続具、例えば、T型コネクター、Y型コネクター、ルアーテーパーコネクター、ルアーロックコネクター、一方活栓、三方活栓、多連活栓、ストッパー、プロテクティングキャップ、或いはカテーテル用ハブ(カテーテル導入装置)等を挙げることが出来、その形状等については特に限定されない。また、接続形式についても、オス−オス型、オス−メス型等、各種の形状のものが採用される。
そして、これらの接続用医療用具は、水蒸気滅菌等に充分に対応することが出来るように、前記した如く、ガラス転移温度が105℃以上であるβ−ピネン重合体を用いて、製作されるものである。また、そのような接続具の内部を流通する液体を外から観察し、点検出来るようにするために、本発明の接続用医療用具は、有利には、全光線透過率が85%以上、好ましくは90%以上の透明性に優れたものであることが好ましいのである。
さらに、上記医療用器具のうち、血液と接触する可能性がある用具としては、血液ポンプ等の医療用ポンプ、動静脈短絡回路、循環式人工心臓用吸着筒、血漿交換用ディスポーザブル血漿分離器、吸着式血液浄化用浄化器、ドレーンチューブ、ディスポーザブル人工肺、人工肺回路、術中自己血回収セット、人工心臓弁、その他の血液用回路及びコネクター等を挙げることが出来る。これらの医療用具は、表面の少なくとも血液と接触する部分を抗血栓性材料でコーティングして、用いられる。
なお、ここで用いられる抗血栓性材料としては、例えば、セグメント化ポリウレタン、セグメント化ポリウレタンとポリジメチルシロキサン(PDMS)とのブロック共重合体(カージオサン:Cardiothan)、ポリメタクリル酸ヒドロキシエチル(PHEMA)−ポリメチルメタクリレートブロック共重合体、PHEMA−ポリスチレン−PHEMAブロック共重合体、PHEMA−PDMS−PHEMAブロック共重合体、ポリアミノ酸−PDMSブロック共重合体、ポリスチレン−ポリアミンマクロマー、ポリテトラメチレングリコール−ナイロンブロック共重合体、ポリビニルアルコール−ポリアクリロニトリルグラフト共重合体、グラフト化ポリアミド等の、公知の高分子系抗血栓性材料を挙げることが出来る。
一方、本発明に用いられるβ−ピネン重合体は、脂環式炭化水素系重合体であり、表面の濡れ性が充分ではないところから、例えば、抗血栓性材料をコーティングする場合において、その濡れ性を改良するために、次のような方法が採用されることとなる。例えば、(1)抗血栓性材料の溶媒として、当該β−ピネン重合体の良溶剤、例えば、トルエン、ベンゼン、キシレン等の芳香族溶剤、シクロヘキサン等の脂環族溶剤等を50%程度まで含む混合溶剤を使用し、コーティング時に成形品(医療用具)表面を少し浸すようにして被膜を形成させる方法;(2)コーティング剤中に、当該β−ピネン重合体と相溶性の良好なポリマー、例えば、ジシクロペンタジエン系水添石油樹脂、クマロン樹脂、テルペン樹脂、C5樹脂等の粘着付与樹脂を数十質量%(固形分基準)加える方法;(3)コーティングする前に、例えば、プラズマ処理、電子線照射処理、親水性モノマーのグラフト化処理、塩素化ポリオレフィン等の塗布によるプライマー処理等、予め成形品の処理を行う方法、等である。
以下に、本発明の幾つかの実施例を示し、本発明を更に具体的に明らかにすることとするが、本発明が、そのような実施例の記載によって、何等の制約をも受けるものでないことは、言うまでもないところである。また、本発明には、以下の実施例の他にも、本発明の趣旨を逸脱しない限りにおいて、当業者の知識に基づいて、種々なる変更、修正、改良等を加え得るものであることが、理解されるべきである。
先ず、本発明に従う医療用器材の形成材料として、β−ピネン重合体水素添加物を、以下の如くして合成した。
十分に乾燥させたガラス製コック付フラスコについて、その内部を充分に窒素置換した後、これに、脱水したN−ヘキサン:184質量部と、脱水した塩化メチレン:210質量部と、脱水したジエチルエーテル:0.5質量部とを加え、−78℃に冷却した。それらの混合物を−78℃にて撹拌しながら、二塩化エチルアルミニウムのヘキサン溶液(濃度:1.0mol/L):7.2質量部を更に加えた。次いで、フラスコ内を−78℃に保持した状態にて、p−ジクミルクロライドのヘキサン溶液(濃度:0.1mol/L):3.0質量部を添加したところ、赤燈色に変化した。その後、直ちに蒸留精製したβ−ピネン:60質量部を、1時間かけてフラスコ内に添加したところ、次第に濃燈色になり、溶液の粘度が上昇した。β−ピネンの添加終了後、メタノール:30質量部を添加して、反応を終了させた。フラスコ内に、蒸留水:100質量部にクエン酸:5質量部を添加してなる水溶液を添加し、5分撹拌した後、水層を抜き取り、蒸留水を加えて水層が中性になるまで洗浄し、アルミ化合物を除去した。得られた有機層をメタノール/アセトン(50/50vol%)の混合溶媒:5000質量部に再沈せしめた後、十分に乾燥して、β−ピネン重合体(A1):60質量部を得た。得られたβ−ピネン重合体(A1)の重量平均分子量は116,000、数平均分子量は51,000、ガラス転移温度は95℃であった。
窒素置換した撹拌装置付き耐圧容器に、シクロヘキサン:70質量部と、上述の如くして得られたβ−ピネン重合体(A1):30質量部を加え撹拌することにより、β−ピネン重合体(A1)を完全に溶解した。次いで、水素添加触媒として5%パラジウム担持アルミナ(N.E.ChemCat製):30質量部を加え、撹拌して十分に分散させた後、耐圧容器内を十分に水素で置換し、室温下、1000rpmで撹拌しながら、100℃、水素圧40kgf/cm2 で、6時間反応させた後、常圧に戻した。反応後の溶液をシクロヘキサン200質量部加えて希釈した後、0.5μmのテフロン(登録商標)フィルターによりろ過して触媒を分離除去した後、メタノール/アセトン(50/50vol%)の混合溶媒:5000質量部に再沈せしめた後、十分に乾燥して、β−ピネン重合体水素添加物(H1):29質量部を得た。得られたβ−ピネン重合体水素添加物(H1)の水素添加率を 1H−NMRから求めたところ、99.9%であり、重量平均分子量は112,000、数平均分子量は50,800、ガラス転移温度は130℃、比重は0.930、屈折率は1.51であった。なお、分子量が2000以下の樹脂成分は0%であった。更に、この重合体(H1)を原子吸光分析により分析したところ、重合体中のパラジウム原子の量は0.1ppm以下(検出限界以下)、アルミニウム原子の量は1ppm以下(検出限界以下)であった。更にまた、この重合体(H1)の100mgをドーマン燃焼装置で燃焼し、5mlの純水に吸収させたものを試料として用いて、イオンクロマトグラフィで分析したところ、塩素原子の量は1ppm以下(検出限界以下)であった。
なお、上記した各工程で得られる材料について、また下記の工程で製造される材料について、その物性測定は、以下の如くして行った。
−分子量−
数平均分子量及び重量平均分子量は、何れも、ゲル・パーミエーション・クロマトグラフィー(GPC)による測定に基づき、ポリスチレン換算値で求められたものである。ここでは、GPC装置として、東ソー株式会社製のHLC−8020(品番)を用い、カラムとして、東ソー株式会社製のTSKgel・GMH−Mの2本とG2000Hの1本とを直列に繋いだものを用いた。
−水素添加率−
1H−NMRスペクトルから、原料樹脂のオレフィン性二重結合プロトン(4〜6ppm)の減少率(%)により、水素添加率{([水素添加されたオレフィン性二重結合の数]/[水素添加前の重合体中のオレフィン性二重結合の数])×100(%)}を求めた。
−ガラス転移温度(Tg)−
充分に乾燥して、溶媒を除去したサンプルを用いて、示差走査熱量測定法(DSC)により、測定した。先ず、サンプルを、窒素100ml/分の気流下、25℃から10℃/分の昇温速度で200℃まで加熱して、DSCカーブを得る。次に、この得られたDSCカーブを用い、図1に示される如く、その中央接線Bと転移前のベースラインCの交点を通り温度軸に対して平行な平行線Eと、中央接線Bと転移後のベースラインDの交点を通り温度軸に対して平行な平行線Fを引く。本明細書では、この2本の平行線E、Fを2等分する平行線GとDSCカーブの交点における温度Aを、ガラス転移温度(Tg)とした。また、ここでは、測定装置としては、メトラー・トレド株式会社製のDSC30(品番)を用いた。
−全光線透過率及び濁度−
株式会社村上色彩研究所製のHR−100(品番)を用いて、JIS−K−7361−1に準拠して、厚さ:1.0mmの試験片について測定した。
−吸水率−
試験片を60℃、90%RHの雰囲気下に10日間置き、初期重量からの増加した重量の割合を、吸水率とした。演算式は、以下の通りである。
吸水率(%) = 重量増加分×100/初期重量
−屈折率(nD)−
株式会社アタゴ製のRX−2000(品番)を用いて、JIS−K−7142に準拠して、25℃で測定した。
−比重−
JIS−K−7112:1999のA法に準じて、測定した。判定基準は、以下の通りである。
○:比重<1.0
△:1.0≦比重<1.1
×:1.1≦比重
−耐光性−
1mm厚みの試験片を用い、ASTM−G53に準じて、100時間の促進暴露試験を行い、YI(イエロー・インデックス)の試験前と試験後における黄変度(ΔYI)を測定した。ここでは、紫外線曝露試験機(株式会社東洋精機製作所製ATLAS−UVCON)を用いた。YIの測定は、JIS−K−7103に準じて行った。そして、以下の判定基準に従って、評価した。
ΔYI=(紫外線暴露100時間後のYI)−(紫外線暴露前のYI)
○:ΔYI ≦ 1 長期の耐光性が非常に良好
×:1 < ΔYI 長期の耐光性が不良
−耐溶剤性−
試験片を、pH9の炭酸ナトリウム水溶液、pH4の塩酸、及びエタノールに、それぞれ48時間浸漬した後、外観を観察し、以下の評価基準に従って評価した。
○:何れの溶剤でも外観に変化がなく、濁度、全光線透過率にも変化なし。
×:何れかの溶剤で外観に変化。濁度、全光線透過率が低下した。
−曲げ弾性率−
試験片を用いて、JIS−K−7171に準じて、オートグラフ(株式会社島津製作所製)を使用して、23℃における曲げ弾性率を測定した。また、判定基準は、以下の通りである。
○:曲げ弾性率が2500MPa以上
×:曲げ弾性率が2500MPa未満
−スチーム滅菌試験−
成形した、直径:200mm、高さ:130mm、平均厚み:3mmの円筒状の容器を用い、その中に、LB培地(バクトトリプトンの1質量%、イーストエクストラクトの0.5質量%、NaClの1質量%、グルコースの0.1質量%の水溶液を、pH7.5に調整)の300ml及び寒天の6gを収容し、更に試験片の一枚を入れ、アルミ箔でキャップして、121℃、30分のスチーム滅菌を行った。そして、スチーム滅菌試験後の容器の外観を、以下の基準に従って評価した。
○:処理後の透明容器の外観は良好であり、目視で白濁、割れ、熱による変形が確 認されない。
×:処理後の透明容器の外観が不良。目視で白濁、割れ、熱による変形が確認され た。
−実施例1−
上記で得られたβ−ピネン重合体水素添加物(H1)に、イルガノックス1010(チバ・スペシャルティ・ケミカルズ株式会社製)を0.05質量部添加して、2軸押出機で混練して、ペレットを製造した。次いで、この得られたペレットを用いて、射出成型(型締圧:350トン、樹脂温度:260℃、金型温度:80℃)し、直径:200mm、高さ:130mm、平均厚み:3mmの円筒状の透明な容器と、100mm×50mm×1.0mmの試験片を作製した。
そして、この得られた容器と試験片を用い、上記したスチーム滅菌処理した後、37℃に3日間保温したが、菌類の増殖は認められなかった。また、処理後の透明容器の外観は良好であり、目視で白濁、割れ、熱による変形は確認されなかった。更に、容器から取り出した試験片から、寒天により固化したLB培地を除去した後に、測定した濁度は0.7%、また、全光線透過率は90%であった。
硬質ガラスフラスコに蒸留水の200gを入れ、硬質ガラス製の蓋をして、120℃で1時間スチーム滅菌し、室温になるまで冷却した後、24時間静置して、蒸留水を回収した。更に、試験片を蒸留水中で20分間超音波洗浄した後、40℃で10時間乾燥した。この試験片を10mm幅に切り、その20gを硬質ガラスフラスコに入れ、蒸留水の200gを加えた。硬質ガラス製の蓋をして、120℃で1時間スチーム滅菌し、室温になるまで冷却した後、24時間静置して、蒸留水を回収した。
上記で回収された2種類の蒸留水の原子吸光法やイオンクロマトグラフィ、燃焼−非分散型赤外線ガス分析法等による分析結果の差から、試験片からの溶出量を求めた結果、パラジウム原子溶出量は0.1ppm(検出限界)以下、アルミニウム原子溶出量は0.1ppm(検出限界)以下、塩素原子溶出量は0.2ppm(検出限界)以下、全有機炭素量は2ppm(検出限界)以下であった。
また、上記試験片を、日本薬局方第12改正「輸液用プラスチック試験法」に従い、溶出物試験を行った。泡立ちは3分以内に消失し、pH差は−0.02、紫外線吸収(吸光度)は0.05、過マンガン酸カリウム還元性物質:0.13mlであり、医療用途として適した特性を有していることが分かった。
さらに、上記試験片を用いて、耐光性、耐溶剤性、曲げ強度、吸水率を測定する一方、容器を用いてスチーム滅菌試験、溶出試験を行った。それらの評価結果を、下記表1に示す。
−比較例1−
β−ピネン重合体水素添加物(H1)の替わりに脂環式ポリオレフィン系重合体(日本ゼオン株式会社製、ゼオノア1060R)を用いた以外は、実施例1と同様にして、直径:200mm、高さ:130mm、平均厚み:3mmの円筒状の透明な容器と、100mm×50mm×1.0mmの試験片を作製した。そして、その得られた容器と試験片について、実施例1と同様な測定を実施し、その評価結果を、下記表1に示す。
−比較例2−
β−ピネン重合体水素添加物(H1)の替わりにポリカーボネート(PC:三菱エンジニアリングプラスチックス株式会社製、S3000)を用い、射出成形条件(型締圧:350トン、樹脂温度:300℃、金型温度:120℃)を変更した以外は、実施例1と同様にして、直径:200mm、高さ:130mm、平均厚み:3mmの円筒状の透明な容器と、100mm×50mm×1.0mmの試験片を作製した。そして、その得られた容器と試験片についての評価結果を、下記表1に示す。
−実施例2−
β−ピネン重合体水素添加物(H1)にイルガノックス1010(チバ・スペシャルティ・ケミカルズ株式会社製)を0.05質量部添加したものを射出成形して、厚み:1mm、直径:70mm、側壁の高さ:15mmのシャーレを作製した。このシャーレの全光線透過率は92%であった。また、このシャーレを用いて、115℃、0.7kgcm-1、30分の高圧蒸気滅菌及び沸騰水中での30分間の煮沸滅菌を行ったところ、何れも、変形や透明性の喪失は起こらなかった。
また、上記で得られたシャーレに、チオグリコール酸培地を入れて、蒸気滅菌処理した後、アルミ箔で開口部を熱融着により密封した。これを室温で10日間保存した後、開封したところ、無菌状態のままであり、また、透明性の喪失やクラックの発生は認められなかった。
以上の結果から、本発明に従う医療用器材は、透明性に優れ、耐光性、耐溶剤性、スチーム滅菌性に優れ、低溶出性であり、更に、軽量であることが分かる。これに対して、比較例1の脂環式ポリオレフィン系重合体を用いた医療用器材は、透明性に優れるものの、ガラス転移温度が低く、スチーム滅菌性が低いことが分かる。また、曲げ弾性率も低いため、大型の医療用器材に適用した場合、撓みが発生し易いことが理解される。更に、比較例2のポリカーボネートを用いた医療用器材は、比重も大きく、耐溶剤性も低いことが分かる。