以下、本発明を実施するための形態として、バーリング性に優れた高降伏比型熱延鋼板及びその製造方法について詳細に説明する。
なお、本発明は、引張強度についての強度グレードで370〜490MPa級の範囲の鋼板を得ることを目的とするものであり、具体的には、製品公差を含めて引張強度で370MPa以上540MPa未満の範囲の鋼板を得ることを目的としている。また、本発明は、降伏比が85%以上であり、バーリング性を示す指標となる穴広げ率が120%以上であり、面内異方性を示す指標となる|Δr|が0.3以下の鋼板を得ることを目的としている。
まず、本発明を完成するに至った基礎的研究結果について説明する。
発明者らは、370MPa以上540MPa未満の範囲の引張強度で面内異方性を抑制しながら、降伏比を向上させ、さらには優れたバーリング性を有する熱延鋼板を得るために鋭意研究を重ねた結果、以下の点が重要であるとの結論に至った。
即ち、上述のような性質を持つ熱延鋼板を得る観点からは、第1に、Tiの添加による析出強化とNbの添加による細粒化で降伏比を向上させ、この一方で面内異方性を助長するNbの上限を規定すること、第2に、引張強度を370MPa以上540MPa未満の範囲に抑えるためにTi、Mn、Si等の合金元素を極力低減すること、第3に、目標とする降伏比及び|Δr|を得るためにミクロ組織の平均結晶粒径及び展伸度を規定すること、第4に、TiCによる析出強化能を十分に発揮させるためにミクロ組織の結晶粒内におけるTiCからなる析出物の平均粒径及び密度の範囲を規定すること、これらの4点が重要であると見出した。
そこで、発明者らは、上記のような新しい知見に基づいて、引張強度、降伏比及びバーリング性を高度な次元で両立できるような化学成分、ミクロ組織及び析出物の条件について詳細な調査及び実験を実施した。
図1は、この結果得られた、下記数式(4)で表されるTi*の質量分率に対する降伏比の関係を示す図である。なお、Ti*とは、化学量論を考慮して得られる、Cと結合してTiCとして析出強化に寄与できる有効Ti量を意味しており、下記数式(4)における[Ti]、[N]及び[S]は、それぞれ鋼板中でのTi、N、Sについての質量%での含有量のことを意味している。
・・・(4)
熱延鋼板の降伏比を本発明が目的とする85%以上に向上させるためには、フェライト中に十分量のTiCの析出物を析出させる必要があり、このためには、熱延鋼板の製造工
程において、比較的高温のオーステナイト域で析出するTiN、TiS若しくはTi4C2S2等の粗大析出物が析出した後もCと結合する有効Ti量(Ti*)が、図1に示すように0.02%以上必要なことが判明した。
このことを踏まえて更なる調査及び実験を実施した結果、本発明が目的とする引張強度と降伏比とを得るうえで、Tiは、下記の数式(1)で[Ti]で表される量を鋼板中に含有していればよいことが判明した。なお、下記の数式(1)におけるTiの下限値は、上述の数式(4)を展開して得られる数値であり、降伏比を向上させるうえで満足すべき数値である。また、Tiの上限値は、引張強度を低減させて370MPa以上540MPa未満の範囲に収めるうえで満足すべき数値である。
・・・(1)
また、Ti添加を前提に引張強度を370MPa以上540MPa未満の範囲に収めるうえで、下記の数式(2)を満足するように、SiとMnとを鋼板中に含有していればよいことが判明した。下記の数式(2)における[Si]+[Mn]の下限値は、引張強度を増大させて370MPa以上540MPa未満の範囲にするうえで満足すべき数値であり、上限値は、引張強度を低減させて370MPa以上540MPa未満の範囲にするうえで満足すべき数値である。なお、下記数式(2)における[Si]及び[Mn]は、それぞれ鋼板中でのSi及びMnについての質量%での含有量のことを意味している。
・・・(2)
また、図2は、詳細な調査及び実験の結果得られた、ミクロ組織の平均結晶粒径及び展伸度に対する降伏比及び|Δr|の関係を示す図である。この図に示すように、ミクロ組織の粒径の粗大化に伴い降伏比が低下する傾向があり、平均結晶粒径が10μm超となった辺りでその傾向が強くなり、平均結晶粒径が12μm超では降伏比が目標値である85%を割り込むことが分かった。また、図2に示すように、ミクロ組織の展伸度の増大に伴い|Δr|が低下する傾向があり、展伸度が3超では|Δr|が目標値である0.3超となることが分かった。
また、図3は、詳細な調査及び実験の結果得られた、ミクロ組織の結晶粒内におけるTiCからなる析出物の平均粒径及び密度に対する降伏比の関係を示す図である。この図に示すように、析出物が低密度化するに伴い降伏比が低下する傾向があり、密度が1×1016個/cm3未満の場合に目標値である85%を割り込むことがわかった。また、降伏比を85%とするためには、析出物の平均粒径を1.5〜3nmとすることが重要であることがわかった。これは、平均粒径が1.5nmの場合、析出状態が亜時効であり十分個数の析出物が析出しておらず、その密度が1×1016個/cm3未満となるためであり、平均粒径が3nmの場合、析出状態が過時効でありオストワルド成長によって析出物の個数が低減してしまい、その密度が1×1016個/cm3未満となるためであると考えられる。
上記思想に基づいてさらに詳細な調査及び実験を実施した結果、フェライトがTiCにより十分に析出強化され、高降伏比となるうえ面内異方性が小さく、バーリング性に優れるという特性を持つ熱延鋼板を得るためには、そのミクロ組織の90面積%以上がポリゴナルな形状の初析フェライトであり、ミクロ組織の平均結晶粒径が5μm〜12μmであるとともに、ミクロ組織の展伸度が1.2〜3であり、ミクロ組織の結晶粒内におけるTiCからなる析出物の平均粒径が1.5〜3nmであるとともに、その密度が1×1016〜5×1017個/cm3であることが必要であると判明した。
また、発明者等は、上述のような成分範囲等からなり目標とする性質を持つ熱延鋼板の製造方法を得る観点からは、次の点が重要であることを見出した。即ち、Mn等のオーステナイトフォーマー合金の低減によりγ→α変態点温度が上昇するため、600℃前後での巻き取り後のγ→α変態とγ/α相界面での析出物の析出とを同時に促進することが不可能となり、析出物の析出状態が高密度である熱延鋼板が得られなくなってしまったので、析出物の析出状態が高密度である熱延鋼板を得ることのできる新たなプロセスを構築すること(初析フェライトの活用)が重要となる。
従来技術のようにγ→α変態の変態点温度が600℃前後であれば、巻き取り時の温度を600℃前後とした場合において、TiCのγでの溶解度積とαでの溶解度積との差を駆動力としてγ/α相界面で優先的に析出核が生成し、その後の析出核は、その温度が600℃程度であるため成長せず、析出物が粗大化することにより低密度化することはない。
一方、本発明のように、鋼板の成分としてMn等のオーステナイトフォーマー合金の添加を抑えたことによってγ→α変態の変態点温度が高温となっている場合、熱間圧延後から巻き取りまでの間の冷却中にγ→α変態が開始してしまう。この場合に、熱間圧延後から巻き取りまで一様に冷却してしまうと、従来より高温でγ/α相界面に優先的にTiCが核生成されてしまい、析出したTiCは従来より高温で析出してしまっているため、冷却が短時間であっても析出核が成長し、析出物が粗大化することにより低密度化してしまい、析出物の析出状態が高密度の熱延鋼板を得られなくなってしまう。
そこで、このような熱間圧延後から巻き取りまでの間の冷却中にγ→α変態が生じる場合であっても析出強化を有効に活用できるような冷却制御プロセスについて検討したところ、このためには、γ/αの変態界面での相界面析出を活用するのではなく、Tiを過飽和に固溶したフェライトからできる限り均質にTiCを核生成させ、さらにその析出核を成長させないことが重要であると考えるに至った。
具体的には、Tiを過飽和に固溶したフェライトからできる限り均質にTiCを核生成させるために、γ→α変態時にオーステナイトを拡散変態させるのではなく、マッシブ変態させるのが重要であると判明した。即ち、熱間圧延後においてγ→α変態前にマッシブ変態が促進される温度域まで速やかに冷却を行い、その温度域で所定時間空冷をすることによってオーステナイトを十分にマッシブ変態させることが重要となり、これによって、Tiを過飽和に固溶したフェライトを得ると共に、フェライト相中に均質にTiCを核生成させることが可能となることが判明した。更に、その析出核を成長させないためには、マッシブ変態が促進される温度域での空冷後に核成長が困難となる温度域まで所定の冷却速度で冷却することが重要であると判明した。これによって、TiCの析出状態が高密度の熱延鋼板を得られ、TiCによる析出強化能を十分に発揮させることが可能となる。
上述のような知見を踏まえて更なる調査及び実験をしたところ、目的とする熱延鋼板のような数値条件のミクロ組織、析出物を得るための熱間圧延及びこの後の冷却条件は、具体的には、最終段とその前段の合計圧下率が30〜45%の仕上圧延をその圧延終了温度
を880℃以上の温度域として行い、仕上圧延終了後に1.5〜3.5秒空冷した後に750〜620℃の温度域まで20〜50℃/secの冷却速度で冷却し、当該温度域で1〜5秒空冷し、更に620〜480℃の温度域まで2〜10℃/secの冷却速度で冷却した後に巻き取ることが必要であると突き止めた。
本発明は、上述のような知見に基づき案出されたものであり、以下に説明するような構成要素を有するものである。以下、各構成要素の限定理由について説明する。
まず、本発明の化学成分の限定理由について詳細に説明する。なお、以下では、組成における質量分率に関する記載を単に%として記載する。
Cは、本発明において最も重要な元素の一つである。Cを0.07%超含有していると伸びフランジ割れの起点となる炭化物が増加し、バーリング性が劣化するので、C含有量は0.07%以下とする。また、C含有量が0.03%未満では、析出強化により降伏比を向上させるのに十分なTiCが得られないので、C含有量は0.03%以上とする。
Siは、その含有量が0.005%未満では伸びフランジ割れの起点となる鉄炭化物の冷却中の析出が増大し、バーリング性が低下してしまうので、0.005%以上添加するものとする。また、Siは、その含有量が1.8%超であると、固溶強化により引張強度が上昇しすぎてしまい、引張強度が540MPa以上となってしまうので、1.8%以下添加するものとする。また、Siは、下記の数式(2)を満足するように添加する。
Mnは、固溶強化元素として鋼板の引張強度に寄与するものであるので、必要な引張強度に応じて添加する。Mnは、その含有量が0.1%未満ではその効果が失われ、必要な引張強度が得られなくなるので、0.1%以上添加する。また、Mnは、その含有量が1.9%超であると、固溶強化や焼入れ強化により引張強度が上昇しすぎてしまい、引張強度が540MPa以上となってしまうので、1.9%以下添加する。また、Mnは、下記の数式(2)を満足するように添加する。なお、Mn以外にSによる熱間割れの発生を抑制する元素が十分に添加されない場合には、質量%で、[Mn]/[S]≧20となる量のMnを添加することが望ましい。
SiとMnは、何れも固溶強化元素であるので、上述したように370MPa以上540MPa未満の引張強度を得る観点から、下記数式(2)を満足するように添加するものとする。[Si]+[Mn]が(1.38−18.5×[Ti])%未満では、引張強度が370MPa未満となってしまい、(3.23−18.5×[Ti])%超では引張強度が540MPa以上となってしまい、本発明の目的とする引張強度が得られない。また、SiとMnとは、圧延終了後の冷却中におけるγ→α変態点温度を制御するという観点からも、下記数式(2)における上限値以下である必要がある。[Si]+[Mn]が(3.23−18.5×[Ti])%未満では、焼入れ性が上昇してAr3変態点温度が低温になってしまい、この結果、圧延終了後の3段階目の冷却工程で行なう空冷保持中にTiCによる析出が起こらなくなり、析出強化の効果が得られなくなる恐れがある。これらの数値条件は、経験に基づき得られたものである。
・・・(2)
Pは、不純物であり低いほど望ましく、0.05%超含有するとバーリング性をはじめ
とした加工性や溶接性に悪影響を及ぼすので、その含有量を0.05%以下とする。ただし、バーリング性や溶接性を考慮すると、Pの含有量は0.02%以下であることが望ましい。なお、Pの含有量は0%となることはない。
Sは、熱間圧延時の割れを引き起こすばかりでなく、多すぎるとバーリング性を劣化させるA系介在物を生成する。また、Sは、Cよりも高温にてTiと析出物を形成して所望のCを固定するのに有効な有効Ti量を減少させる。このため、Sは、極力低減させるべきであるが、その含有量が0.005%以下ならば許容できる範囲である。さらに高いバーリング性が要求される場合は、Sの含有量が0.003以下であることが望ましい。なお、Sの含有量は0%となることはない。
Alは、溶鋼脱酸のために0.001%以上添加する必要がある。Alは、過剰に添加するとコストの上昇を招くため、その含有量を0.1%以下とする。また、Alは、その含有量が0.06%超であると非金属介在物を増大させて伸びを劣化させるので、望ましくはその含有量を0.06%以下とする。
Nは、Sと同様にCよりも高温にてTiと析出物を形成して有効Ti量を減少させる。従って極力低減させるべきであるが、その含有量が0.005%以下ならば許容できる範囲である。なお、Nの含有量は0%となることはない。
Nbは、ソリュートドラッグ現象により変態後のフェライト粒の粒成長を抑え、細粒化により降伏比を向上させる効果を有するので0.002%以上添加する。しかしながら、その含有量が0.008%超であると、熱間圧延中のオーステナイトの再結晶を抑制してしまい、その未再結晶オーステナイトから変態して得られるフェライトが集合組織を形成して製造後に得られる熱延鋼板に大きな面内異方性を生じさせるので、その含有量を0.008%以下とする。
Tiは、本発明において最も重要な元素の一つである。Tiは析出強化により鋼板の引張強度の上昇に寄与するだけでなく、降伏強度を向上させて降伏比を向上させる効果をもつ。さらにTiは、き裂の起点となるセメンタイト等の粗大な炭化物の析出を抑制し、バーリング性を向上させる効果がある。
ここで、降伏比を向上させるためには、上述したように有効Ti量であるTi*が0.02以上必要であるので、Tiの添加量は、下記数式(1)における下限値以上の数値とする必要がある。また、Tiは、0.07%以上添加すると析出強化による強化能が増大し過ぎてしまうことと、フェライト粒が微細化され過ぎてしまうこととから、引張強度が540MPaを超える可能性があるうえ、Nbと比較すると効果が小さいが、オーステナイトでの再結晶を抑制する効果があり、その未再結晶オーステナイトからの変態集合組織により面内異方性を増大させるおそれがあるので、その含有量を0.07%未満とする。
・・・(1)
以上が、本発明の基本成分の限定理由であるが、本発明においては、必要に応じて、Ca、REM、B、Mo、V、Cr、Cu、Ni、Zr、Sn、Co、Zn、W及びMgからなる群の何れか一種又は二種以上を含有していてもよい。
Ca及びREMは、破壊の起点となり、加工性を劣化させる非金属介在物の形態を変化させて無害化する元素である。ただし、Ca及びREMの何れもが0.0005%未満添加してもその効果がなく、Caならば0.005%超、REMならば0.02%超添加してもその効果が飽和する。このため、Caは0.0005〜0.005%、REMは0.0005〜0.02%添加することが好ましい。
B、Mo、V、Cr、Cu、Ni,Zr、Sn、Co、Zn、W及びMgについては、合計で1%以下含有しても構わないが、1%超では、強度が上昇しすぎたり、圧延後の冷却中の変態挙動に影響する可能性があるので、極力低減することが望ましい。また、Snは熱間圧延時に疵が発生する恐れがあるので0.05%以下が望ましい。また、Moは、オーステナイトフォーマー合金であり、多量の添加によって引張強度が540MPaを超える可能性があるので、0.05%未満添加することが望ましい。
次に、本発明における鋼板のミクロ組織、析出物に関する数値条件の限定理由について詳細に説明する。
ミクロ組織は、面積分率で90%以上が初析フェライトである必要がある。これは、熱延鋼板の製造工程において、TiCを短時間で十分量均質に析出させて高降伏比を得るために、熱間圧延後から巻き取りまでの間の冷却中にγ→α変態を完了させる必要があり、その結果としてミクロ組織の90面積%以上がポリゴナルな形状の初析フェライトとなるためである。また、ミクロ組織の90面積%以上が初析フェライトとなっていると、優れたバーリング性が得られる。ミクロ組織中の初析フェライトが面積分率で90%未満であると、初析フェライト以外の巻き取り後の比較的低温で変態した析出強化が亜時効であるフェライトや、ベイナイト及びパーライトの面積分率が増加し、降伏比の低下とバーリング性の劣化が顕著になる。
また、ミクロ組織は、ポリゴナルな形状の初析フェライトの他の大部分が低温で変態したフェライトとなる。また、ミクロ組織は、これらの他のものとして、ベイナイト、パーライト、残留オーステナイト(γr)、MA(martensite-austenite constituent)等が合計量で3%以下含むことは許容される。
なお、初析フェライトは、粒内での結晶方位の変化が極めて小さい性質があり、初析フェライト以外の低温で変態したフェライトや他のベイナイト等のミクロ組織は、粒内での結晶方位の変化が比較的大きい性質がある。また、初析フェライトと低温で変態したフェライトとは、光学顕微鏡による観察時に判別が困難となる性質がある。このため、ミクロ組織中の初析フェライトを判別するためには、後述のKAM法を用いることが望ましく、これによって、初析フェライトと、初析フェライト以外の低温で変態したフェライトやベイナイト等との判別が容易となる。
ミクロ組織の平均結晶粒径は、5μm以上12μm以下である必要がある。ミクロ組織の平均結晶粒径が12μm超では、粒径が粗大化し過ぎていることから降伏比が低減してしまい、目的とする降伏比が得られない。また、ミクロ組織の平均結晶粒径が5μm未満では、結晶粒が微細化され過ぎてしまい、引張強度が540MPa以上となって目的とする引張強度が得られないうえ、一様伸びが低下してバーリング性をはじめとしたプレス成形性の劣化が著しくなる。
ミクロ組織の展伸度は、1.2〜3である必要がある。展伸度が3超では加工組織が残留したフェライト粒となる場合が多く、伸びが劣化するうえ、加工組織が残留していなくても面内異方性の増大が顕著になる。展伸度が大きいほど面内異方性が増大してしまうので、展伸度は、3以下とすることが望ましい。一方、本発明の成分範囲において初析フェ
ライトの変態を促進するために本発明の要件である最終段とその前段の合計圧下率が30〜45%の仕上げ圧延を施すと展伸度は1.2以上となる。これは、特に、熱間圧延後の冷却中若しくは巻き取り後のフェライトの板厚方向の粒成長が優先的にTiCのピニング効果により抑制された結果として現れたためと考えられる。
なお、ここでいうミクロ組織の初析フェライトの面積分率とは、測定視野における総ての初析フェライトの面積を総和したものを、測定視野の視野面積で除したものであり、後述のKAM法によって求めることができる。また、ミクロ組織の平均結晶粒径とは、測定視野における各粒の結晶粒径分布を示すヒストグラムから得られる。具体的には、測定視野における各粒の結晶粒径について区間幅を1.0μmとするヒストグラムを作成し、その区間の中心値にその区間の個数比を積算したものを各区間毎に和算して得られる。なお、ここでいう結晶粒径とは円相当径のことである。また、ここでいうミクロ組織の面積分率及び平均結晶粒径は、鋼板の圧延方向及び板厚方向に平行な断面についてのものを意味している。
また、展伸度とは、初析フェライト結晶粒を含む鋼板中の粒が熱間圧延によって展伸された度合いを示す数値であって、下記数式(5)におけるeで表される。下記数式(5)におけるn1は、鋼板の圧延方向及び板厚方向に平行な断面において、板厚方向に延びる一定長さの仮想的な線分によって切断された結晶粒の数を意味し、n2は、その断面において、n1を求めた線分と同一長さで圧延方向に延びる仮想的な線分によって切断された結晶粒の数を意味している。
・・・ (5)
析出物は、ミクロ組織の粒内に析出しているTiCが、下記のような条件を満たす必要がある。
これらの析出物は、その密度が1×1016〜5×1017個/cm3である必要がある。これは、1×1016個/cm3未満の密度では転位運動の障壁となる析出物間隔が大きくなりすぎてその際に生ずる析出物間隔に反比例するオロワン応力が減少し、十分な析出強化を得られず目的とする降伏比が得られないためである。また、5×1017個/cm3超の密度では、析出強化に寄与し得えないほどに析出物のサイズが小さくなってしまうことによって十分な析出強化が得られず、目的とする引張強度、降伏比が得られない可能性があるためである。
これらの析出物は、その平均粒径が1.5〜3nmである必要がある。これは、1.5nm未満では、析出状態が亜時効であり十分個数の析出物が析出しておらず、その密度が1×1016個/cm3未満となることによって目的とする降伏比が得られないためである。また、3nm超では、析出状態が過時効でありオストワルド成長によって析出物の個数が低減してしまい、その密度が1×1016個/cm3未満となることによって目的とする降伏比が得られないためである。
なお、TiCからなる析出物の平均粒径及び密度は、三次元アトムプローブを用いて測定すればよい。具体的には、測定対象となる試料を切り出した後に電解研磨を行いつつ、必要に応じて集束イオンビーム加工法による加工を経て針状試料を作成する。次に、作成した針状試料の原子の二次元分布像を三次元アトムプローブによって針状試料の深さ方向に複数取得して、得られた複数の二次元分布像を再構築して実空間での原子の三次元分布
像を求める。析出物の平均粒径、密度として、ミクロ組織の粒内のものを後述のようにして得るにあたっては、三次元分布画像中にミクロ組織の粒界が観察されない箇所を測定するようにすればよい。
析出物の平均粒径は、任意に30個以上のTiCの析出物の直径を測定したうえで、これらを算術平均することによって得られる。なお、ここでいう析出物の直径とは、三次元アトムプローブによって得られた三次元分布像において観察される各析出物の構成原子数を測定し、TiCと同一の格子定数で、かつ、測定した各析出物の構成原子数からなる球状の析出物を仮定し、その仮定した析出物の直径で定義されるものである。また、析出物の密度は、得られた三次元画像分布像において観察されるTiCの析出物の個数をその三次元画像分布像の体積で除算して得られる。なお、三次元アトムプローブによりTiC結晶を観察するに際しては、TiC結晶中にNb原子が含まれる場合もあるので、このようなNb原子はTi原子と同じものとして析出物の直径、密度を得るようにしてもよい。
次に、本発明に係る熱延鋼板の製造方法における各製造工程の限定理由について詳細に説明する。
本発明において熱間圧延の対象となる鋼片を得る上で、熱間圧延に先行する製造工程は特に限定するものではない。即ち、高炉、転炉や電炉等による溶製に引き続き、得られた溶鋼を各種の二次精練で上述のような目的の成分含有量になるように成分調整を行い、次いで通常の連続鋳造、インゴット法による鋳造の他、薄スラブ鋳造等の方法で鋳造して鋼片を得るようにすればよい。鋼片の原料にはスクラップを使用しても構わない。連続鋳造によって鋼片としてのスラブを得た場合には高温のまま熱間圧延機に直送してもよいし、室温まで冷却後に加熱炉にて再加熱した後に熱間圧延してもよい。
鋼片を熱間圧延するに際しては、この鋼片を加熱炉内で加熱することになる。本発明において目標とする引張強度、降伏比、λ、異方性の熱延鋼板を得るうえで、この加熱温度の下限値は特に限定するものではなく、例えば、1000℃以上の温度域で加熱すればよい。しかし、安定してこのような特性をもつ熱延鋼板を得るうえでは、この加熱時において、下記の数式(3)におけるスラブ再加熱温度SRT(℃)を満足する温度以上に加熱することが好ましい。下記数式(3)は、オーステナイト中のTiCの溶解度積の式(K.J.Irvine、F.B.Pickering and T.Gladman:JISI、205、(1967)、p161)を適用して得られるもので、TiCの溶解度積でTiCの溶体化温度を示すものである。このスラブ再加熱温度未満であるとスラブ製造時に生成したTiの粗大な炭化物が十分に溶解せず、後の冷却工程においてTiCによる析出強化の効果が得られない可能性がある。なお、Tiの粗大な炭化物の十分な溶解を促進させる意味で、スラブ再加熱温度以上での保持時間は20分以上が望ましい。また、スラブ再加熱温度が1400℃以上であると、スケールオフ量が多量になり歩留まりが低下するので、スラブ再加熱温度は1400℃未満が望ましい。また、スラブ再加熱温度が1100℃未満の加熱ではスケールオフ量が少なくスラブ表層の介在物をスケールと共に後のデスケーリングによって除去できなくなる可能性があるので、スラブ再加熱温度は1100℃以上が望ましい。
・・・(3)
鋼片を加熱した後は、加熱炉より抽出した鋼片に対して熱間圧延を行う。熱間圧延時に
おいては、加熱した鋼片を粗圧延した後に仕上圧延を行なう。粗圧延の圧延開始温度や圧延終了温度については、特に限定するものではない。
粗圧延の終了後は、得られた粗バーを複数の圧延機によって連続圧延する仕上圧延を行う。仕上圧延では、その圧延終了温度(FT)とともに圧延開始温度をできるだけ高温にすることが好ましい。これは、仕上圧延中に加工誘起析出によりオーステナイト中でTiCが粗大に析出してしまうと、後の冷却工程においてTiCによる析出強化の効果をえることが出来なくなる恐れがあるためである。特に、仕上圧延の圧延開始温度が1050℃未満では、再結晶が十分に進行しにくくなり、未再結晶オーステナイト粒からγ→α変態した変態集合組織により面内異方性を増大させる恐れがある。また、仕上圧延の圧延開始温度が1050℃未満では、オーステナイト域でのTiCの析出ノーズに合致し、その温度域での圧延時間を過度に短くしなければTiCが容易に粗大化してしまい、設備制約を厳しくすることが要求されてしまうので、仕上圧延の圧延開始温度は1050℃以上とすることが望ましい。さらにエッジ部の温度低下による幅方向の材質劣化を回避するためには、仕上圧延の圧延開始温度を1100℃以上とすることが望ましい。一方、仕上圧延の圧延開始温度が1150℃超では、スケールが生成し、ウロコ、紡錘スケールといったスケール系欠陥が生じる恐れがあるので、1150℃以下とすることが好ましい。
仕上圧延では、上述したような成分系にて本発明の目的とするミクロ組織を得るために、熱間圧延終了後の冷却工程で初析フェライトの析出を促進する必要があるので、最終段とその前段の合計圧下率が30〜45%の圧延を行う必要がある。この合計圧下率が30%未満では、冷却中に十分な初析フェライトが得られず、従って、冷却中の析出強化も十分に進行しないので高降伏比が得られない。一方、合計圧下率が45%超の大圧下では通板性や板形状の制御が難しく、板厚精度や平坦度が劣化する恐れがあるとともに、圧延により伸長したオーステナイト粒からγ→α変態したフェライト粒も伸長していることから展伸度が増加し、面内異方性が顕著になる。従って、最終段とその前段の合計圧下率は30〜45%とする。
仕上圧延での圧延終了温度(FT)は、880℃以上とする。仕上圧延での圧延終了温度(FT)が880℃未満であるとNbが事実上無添加であっても、Tiが有する弱い再結晶抑制効果により再結晶が十分に進行せず、未再結晶オーステナイトからのγ→α変態による集合組織が形成され、圧延により伸長したオーステナイト粒から変態したフェライト粒も伸長していることから展伸度が増加し、製品板に面内異方性が現れる恐れがある。仕上圧延の圧延終了温度(FT)の上限は特に設けないが、980℃超になると、フェライトの析出核となる転位の回復が促進され、初析フェライトの面積分率が減少する恐れがあるので、仕上圧延の圧延終了温度(FT)は980℃以下が望ましい。
なお、仕上圧延での圧延開始温度と圧延終了温度とをできるだけ高温にするためには、必要に応じて粗圧延終了から仕上圧延開始までの間、及び/又は仕上圧延中に粗バー又は圧延材を加熱することが好ましい。これによって、仕上圧延の圧延終了温度を安定して上述の範囲内とすることができる。この場合の加熱装置はどのような方式でも構わないが、トランスバース型誘導加熱であれば板厚方向に均熱できるのでトランスバース型誘導加熱が望ましい。
また、熱間圧延時においては、粗圧延して得られた先行する粗バーに後行する粗バーを接合し、連続的に仕上圧延をしてもよい。その際に粗バーを一旦コイル状に巻き、必要に応じて保温機能を有するカバーに格納し、再度巻き戻してから接合を行ってもよい。
仕上圧延終了後には冷却工程を行う。本発明に係る製造方法における冷却工程は以下のように4段階の工程を有している。1段階目の冷却工程では、仕上圧延終了後に得られた
粗バーを1.5〜3.5秒間空冷する。この空冷時間が1.5秒未満であると再結晶が十分に進行せず、圧延により伸長したオーステナイト粒からγ→α変態したフェライト粒も伸長していることから展伸度が増加し、未再結晶オーステナイトからの変態による集合組織が形成され、製品板に面内異方性が現れる恐れがある。一方、空冷時間が3.5秒超では、オーステナイトでの粗大なTiCの析出が進行して、後の3段階目の冷却工程中でのフェライトの析出強化能が減少するとともに、初析フェライトの結晶粒が粗大化し高降伏比が得られない。
1段階目の冷却工程の後に行なう2段階目の冷却工程では、冷却速度を20〜50℃/secとして冷却を行なう。冷却速度が20℃/sec未満であると、γ→α変態時に拡散変態が進行し、TiCがγ/α相界面において不均質に核生成してしまううえ、TiCが粗大化して低密度化してしまい、更には初析フェライトの結晶粒も粗大化してしまい、高降伏比が得られない。冷却速度が50℃/sec超では、その冷却制御上、次の3段階目の冷却工程で空冷しようとする空冷温度域に冷却を停止することが難しく、オーバーシュートして620℃以下となるとベイナイト変態が起こり、初析フェライトが得られず、更にはTiCが十分に析出しないので高降伏比が得られない。
2段階目の冷却工程では、γ→α変態時にマッシブ変態を促進することのできる750〜620℃の温度域まで冷却する。この温度が750℃超であると、次の3段階目の冷却工程において初析フェライトの変態が十分に促進されず、パーライトが生成してバーリング性が低下するとともに、TiCがγ/α相界面において不均質に核生成して低密度化してしまい高降伏比が得られない。また、この温度が750℃超であると、初析フェライトの粒成長が進むことによって結晶粒径も粗大化してしまい、降伏比の低下を招く。また、この温度が620℃未満では、ベイナイト変態が起こり、初析フェライトが得られず、更にはTiCが十分に析出しないので高降伏比が得られない。
2段階目の冷却工程の後に行なう3段階目の冷却工程では、先ほどの2段階目の冷却工程で冷却した後の750〜620℃の温度域を空冷開始温度として1〜5秒間の空冷を行なう。この工程は、初析フェライトを得るためのマッシブ変態によるγ→α変態の促進と、TiCのオーステナイトとフェライトでの大きな溶解度積の差を析出駆動力とする析出強化に有効な微細で均質なTiCの析出とを促す重要な工程である。この工程での空冷時間が1秒未満であると、初析フェライトの変態が十分に促進されず、更にはTiCが十分に析出しないので高降伏比が得られない。また、空冷時間が5秒超では、パーライトが生成し、バーリング性が劣化する恐れがあるばかりでなく、析出が過時効となり、析出強化能が低下し高降伏比が得られない。
3段階目の冷却工程の後に行なう4段階目の冷却工程では、この4段階目の冷却工程が終了した後に巻き取りを行なう際の温度域である620〜480℃の温度域まで冷却する。巻き取り温度が620℃超であると、3段階目の冷却工程中に微細で均質に析出したTiCが過時効となり、オストワルド成長で低密度化して析出強化能が減少し、高降伏比が得られない。一方、巻き取り温度が480℃未満は、低温変態相の増加による可動転位の導入が作用し、降伏比が低下する。また、480℃未満の温度域は局所的な温度むらの生じやすいいわゆる遷移沸騰領域であり、巻き取り温度の的中率が悪く、狙い温度に対して公差が大きくなり、材質バラツキの増大や歩留りの低下を招く懸念がある。
4段階目の冷却工程では、巻き取りを行なう上述の温度域まで2〜10℃/secの冷却速度で冷却する。この冷却速度が2℃/sec未満では、やはり、パーライトが生成し、バーリング性が劣化する恐れがあるばかりでなく、析出したTiCが粒成長し、粗大化して、析出強化に寄与しなくなる恐れがある。この冷却速度が10℃/sec超では、巻き取り温度の狙い温度に対して公差が大きくなり、材質バラツキが大きくなる懸念がある
。
巻き取り工程終了後は、必要に応じて酸洗し、その後にインライン又はオフラインで圧下率10%以下のスキンパス圧延又は圧下率40%程度までの冷間圧延を施しても構わない。なお、鋼板形状の矯正や可動転位導入による延性の向上のためには0.1%以上2%以下のスキンパス圧延を施すことが望ましい。
また、本発明を適用した熱延鋼板は、鋳造後、熱間圧延後、冷却後の何れかの場合において、溶融めっきラインにて熱処理を施してもよく、更にこれらの熱延鋼板に対して別途表面処理を施すようにしてもよい。溶融めっきラインにてめっきを施すことにより、熱延鋼板の耐食性が向上する。
また、酸洗後の熱延鋼板に亜鉛めっきを施す場合は、得られた鋼板を亜鉛めっき浴中に浸積し、必要に応じて合金化処理してもよい。合金化処理を施すことにより、熱延鋼板は、耐食性の向上に加えて、スポット溶接等の各種溶接に対する溶接性が向上する。
なお、本発明における熱延鋼板は、上述のようにして得られた熱間圧延後冷却ままのものでもよいし、上述のように溶融めっきラインにて熱処理を施したままのものでもよいし、上述のように表面処理を施したままのものでもよい。
次に、実施例により本発明を更に説明する。
まず、表1に示す化学成分を有するA〜Nの鋼片を得ることとした。これらの鋼片は、転炉での溶製により得られた溶鋼について二次精錬を行った後、連続鋳造することによって得た。得られた鋼片は、連続鋳造後に、直送若しくは再加熱し、粗圧延に続く仕上圧延で1.2〜5.5mmの板厚にした後に冷却してこれを巻き取ることとした。なお、表1中の化学組成についての表示は質量%である。また、表1に示す化学組成における残部は、Fe及び不可避的不純物である。また、表1における下線は、本発明の範囲外であることを示す。
表2は、鋼片の加熱から巻き取りまでの製造条件の詳細を示している。ここで、表2における「加熱温度」はスラブ再加熱温度を、「保持時間」はスラブ再加熱温度での保持時間を、「粗バー加熱」は粗圧延終了から仕上圧延開始までの間及び/又は仕上圧延中に行なう粗バー又は圧延材の加熱の有無を、「仕上圧延開始温度」は仕上圧延の圧延開始温度を、「合計圧下率」は仕上圧延での最終段とその前段の合計圧下率を、「仕上圧延終了温度」は仕上圧延終了温度を、「冷却開始までの時間」とは1段階目の冷却工程においての仕上圧延終了から2段階目の冷却工程を開始するまでの時間を、「空冷帯までの冷却速度」とは2段階目の冷却工程での平均冷却速度を、「空冷帯温度」とは、3段階目の冷却工程で空冷する温度を、「空冷時間」とは3段階目の冷却工程で空冷する時間を、「巻き取りまでの冷却速度」とは4段階目の冷却工程での平均冷却速度を、「巻き取り温度」とは巻き取り温度を示している。また、鋼番18については、亜鉛めっきを施した。さらに、鋼番23については亜鉛めっき後に合金化処理を施した。この際、亜鉛めっき槽へ浸漬する温度は400〜500℃で、合金化温度は500〜650℃とした。また、表2における下線は、本発明の範囲外又は好ましい範囲外であることを示す。
このようにして得られた鋼板のミクロ組織、材料特性は、下記のように測定、評価することとした。
ミクロ組織の調査は、鋼板板幅Wの1/4W若しくは3/4W位置において圧延方向及び板厚方向に平行な断面が得られるように切出した試料を研磨し、ナイタール試薬を用いてエッチングし、光学顕微鏡を用いて200〜500倍の倍率で観察された表層下0.2mm、板厚tの1/4t若しくは1/2t位置における視野の写真にて行った。
平均結晶粒径、展伸度及び初析フェライトの面積分率の測定については、上記で切出した試料から得られるミクロサンプルよりEBSP−OIM(Electron Back
Scatter Diffraction Pattern−Orientation
Image Microscopy)法を用いて測定することとした。サンプルはコロイダルシリカ研磨剤で30〜60分研磨し、倍率400倍、160μm×256μmエリア、測定ステップ0.5μmの測定条件でEBSP測定を実施した。
EBSP−OIM法は、走査型電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)内で高傾斜した試料に電子線を照射し、後方散乱して形成された菊池パターンを高感度カメラで撮影し、コンピュータ画像処理する事により照射点の結晶方位を短待間で測定する装置及びソフトウエアで構成されている。EBSP法ではバルク試料表面の微細構造並びに結晶方位の定量的解析ができ、分析エリアはSEMで観察できる領域で、SEMの分解能にもよるが、最小20nmの分解能で分析できる。解析は数時間かけて、分析したい領域を等間隔のグリッド状に数万点マッピングして行う。多結晶材料では試料内の結晶方位分布や結晶粒の大きさを見ることができる。
本実施例においては、ミクロ組織の面積分率、平均結晶粒径及び展伸度を求める際に、EBSP−OIM法において結晶粒の方位差を、一般的に結晶粒界として認識されている大傾角粒界の閾値である15°と定義して、粒を可視化可能にマッピングした画像に基づいて求めた。
また、初析フェライトの面積分率については、EBSP−OIM法とともに一般に用いられているKernel Average Misorientation(KAM)法にて求めた。KAM法は、EBSP−OIM法により測定されたピクセル間の方位揺らぎや歪み量を評価するために使われる手法である。
KAM法では、測定データのうちのある正六角形状の互いに隣り合う6個のピクセル(第一近似)、若しくはその6個のピクセルのさらに外側の12個のピクセル(第二近似)、若しくはその12個のピクセルのさらに外側の18個のピクセル(第三近似)のピクセル間の方位差を算術平均し、得られた平均値をその中心のピクセルの値とする計算を各ピクセルに行う。KAM法では、隣接するピクセル間での方位差が所定値以上であった場合にこの方位差を粒界と判断して、上述の計算を粒界を越えないように繰り返し実行するものであり、これにより粒内の方位変化を表現するマップを作成できる。この作成されたマップは、粒内の局所的な方位変化に基づくひずみの分布を表している。
本実施例においての解析条件では、EBSP−OIM法において測定された測定データに基づき各ピクセルにつき第三近似での平均値を得ることとして、この平均値での方位差が5°以下となるものを表示させた。そして、この平均値での方位差が1°以下と算出されたピクセルの集合を一つの初析フェライトと判断したうえで、測定視野で得られた総ての初析フェライトの面積を総和したものを、測定視野の視野面積で除したものを初析フェライトの面積分率と定義した。
引張強度及び降伏比は、上述のようにして得られた熱延鋼板をJIS Z 2201記載の5号試験片に加工し、得られた試験片をJIS Z 2241記載の試験方法に従って引張試験を行って得られたデータに基づき得ることとした。
バーリング性は、日本鉄鋼連盟規格JFS T 1001−1996記載の穴拡げ試験方法に従って得られる穴拡げ値にて評価することとした。
面内異方性は、この面内異方性の指標である|Δr|を算出することによって評価することとした。|Δr|はJIS Z2254に基づいて得られるものであり、下記数式(6)に示すように、各方向についてのランクフォード値r0、r45、r90から算出される。なお、r0は圧延方向に対して0°方向のランクフォード値であり、r45は圧延方向に対して45°方向のランクフォード値であり、r90は圧延方向に対して90°方向のランクフォード値である。各方向についてのランクフォード値を得るうえでは、上述の引張試験において用いた試験片を使用して得ることとした。
・・・ (6)
これらの測定方法等によって得られた鋼材のミクロ組織、材料特性の詳細を表3に示す。ここで、表3の「ミクロ組織」で「F」とのみ記載された鋼番での初析フェライト以外のミクロ組織は比較的低温で生成したフェライトである。また、表3の「ミクロ組織」での「F+P」、「F+B」はそれぞれ、加工CCT図(連続冷却変態線図)においてパーライト又はベイナイトの領域を冷却中に履歴が通ったもののことである。「初析α分率」、「平均結晶粒径」及び「展伸度」とは上述のEBSP−OIM法にて得られた値である。「YP」、「TS」、「El」及び「YR」は、それぞれ上述の引張試験より得られた降伏強度、引張強度、全伸び、降伏比である。「λ」は上述の穴拡げ試験より得られた穴広げ値である。「|Δr|」は、上述の引張試験より得られたものである。また、表3における下線は、本発明の範囲外又は好ましい範囲外であることを示す。
本発明に沿うものは、鋼番1、2、3、4、19,20,21,22,23、24の10鋼であり、何れも本発明が満足すべき所定の量の鋼成分を含有し、そのミクロ組織の90面積%以上が初析フェライトであり、平均結晶粒径が5μm〜12μmであるとともに、展伸度が1.2〜3であり、ミクロ組織の結晶粒内におけるTiCからなる析出物の平均結晶粒径が1.5〜3nmであるとともに、その密度が1×1016〜5×1017個/cm3であることを特徴とするバーリング性に優れた高降伏比型熱延鋼板が得られている。従って、これら鋼番の鋼は、本発明における鋼板の目的とする引張強度、降伏比、穴
拡げ値及び面内異方性の指標である|Δr|がそれぞれ370〜540MPa、85%以上、120%以上及び0.3以下を満たしている。
上記以外の鋼は、以下の理由によって本発明の範囲外である。即ち、鋼番5は、最終段とその前段の合計圧下率が低すぎるため、初析フェライトの面積分率が低くなりすぎ、目標とする降伏比が得られていない。鋼番6は、仕上圧延終了温度が低すぎるため、展伸度が大きくなりすぎ、目標とする降伏比、λが得られておらず、面内異方性の上限を超えている。鋼番7は、1段階目の冷却工程の時間が短すぎるため、展伸度が大きくなりすぎ、目標とするλが得られておらず、異方性の上限を超えている。鋼番8は、1段階目の冷却工程の時間が長すぎるため、平均結晶粒径が大きくなりすぎ、目標とする降伏比が得られていない。鋼番9は、2段階目の冷却工程での冷却速度が遅すぎるため、平均結晶粒径が大きくなりすぎ、目標とする降伏比が得られていない。鋼番10は、2段階目の冷却工程での冷却速度が速すぎるため、初析フェライトの面積分率が低すぎ、目標とする降伏比が得られていない。鋼番11は、3段階目の冷却工程での温度が高温すぎるため、パーライトが生成し、更に、初析フェライトの面積分率が低くなりすぎ、平均結晶粒径が大きくなりすぎ、目標とする降伏比、λが得られていない。鋼番12は、3段階目の冷却工程での温度が低温すぎるため、初析フェライトの面積分率が低くなりすぎ、目標とする降伏比が得られていない。鋼番13は、3段階目の冷却工程での温度が高温すぎるため、析出物が低密度化してしまい、その平均粒径や密度が範囲外となり、目標とする降伏比が得られていない。鋼番14は、3段階目の冷却工程での空冷時間が無いため、初析フェライトの面積分率が低くなりすぎ、目標とする降伏比が得られていない。鋼番15は、3段階目の冷却工程での空冷時間が長すぎるため、パーライトが生成し、更に、初析フェライトの面積分率が低くなりすぎ、目標とする降伏比、λが得られていない。鋼番16は、4段階目の冷却工程での冷却速度が遅すぎるため、パーライトが生成し、更に、初析フェライトの面積分率が低くなりすぎ、目標とする降伏比、λが得られていない。鋼番17は、巻き取り温度が高温すぎるため、平均結晶粒径が大きくなりすぎ、目標とする降伏比が得られていない。鋼番18は、巻き取り温度が低温すぎるため、初析フェライトの面積分率が低くなりすぎ、目標とする降伏比が得られていない。鋼番25は、Nbの含有量が本発明範囲を超えているので、展伸度が大きくなりすぎ、目的とする異方性の上限を超えている。鋼番26は、Cの含有量が本発明範囲の上限を超えているため、パーライトが生成し、初析フェライトの面積分率が小さくなりすぎ、目標とするλが得られていない。鋼番27は、Cの含有量が本発明の範囲の下限を下回っているため、平均結晶粒径が大きくなりすぎ、目標とする降伏比が得られておらず、Cの含有量が少ないことからTiCの析出が減少してピニング効果が抑制され、展伸度が本発明範囲を下回っている。鋼番28は、Tiの含有量が本発明の範囲の下限を下回っているため、析出強化の寄与が少なく目標とする降伏比が得られていない。鋼番29は、Tiの含有量が本発明範囲の上限を超えているため、平均結晶粒径が小さくなりすぎ、引張強度が540MPaを超えている。鋼番30は、[Si]+[Mn]の含有量が本発明範囲の上限を超えているため、引張強度が540MPaを超えており、目標とするλも得られていない。鋼番31は、[Si]+[Mn]の含有量が本発明の範囲の下限を下回っているため、引張強度が370MPaを下回っている。