以下、本発明に係る複数駆動源の駆動力制御装置について実施の形態を挙げ、添付の図1〜図19を参照しながら説明する。
図1に示すように、本実施の形態に係る駆動力制御装置20は、車両10に搭載されているものとする。つまり、車両10は、上記の通り、左右の前輪12を共通の前モータ(共通駆動源)14で駆動し、右の後輪16Rをモータ(個別駆動源)18Rで駆動し、左の後輪16Lをモータ(個別駆動源)18Lで駆動する。もちろん本実施の形態に係る駆動力制御装置20の制御内容は上記の説明とは異なり、以下に説明する制御を行う。以下、前輪12L、前輪12R、後輪16L及び後輪16Rは、必要に応じて車輪とも呼ぶ。
各モータ(駆動源)と車輪との間には減速機や操舵機が介在していてもよい。駆動力制御装置20と各モータとの間には、図示しないモータドライバ(インバータ等)が設けられている。前モータ14、モータ18L及び18Rに対する電力供給源は、リチウムイオン電池等のバッテリ、エンジンに接続された発電機、又は燃料電池等が挙げられる。
駆動力制御装置20は、4輪構成に限らず、前後左右の4箇所に少なくとも1輪以上(例えば、2輪ずつ)設けられた形式の車両に適用可能である。
駆動力制御装置20は、外部制御装置22と接続されている。外部制御装置22は、VSA(vehicle stability assist)、ABS(anti-lock brake system)及びTCS(traction control system)等の車両状態の制御手段であり、前輪12、後輪16R及び16Lについての各トルク制限に関する情報を駆動力制御装置20に供給する。
VSAは、ABS及びTCSを含み得るシステムであり、さらに車両10の横すべり抑制制御等を加えた車両安定化制御システムである。ABSは、急ブレーキ時等で、タイヤがロックして路面上をスリップする場合に、自動的にポンピングブレーキを行い、車輪のロックを防止するシステムである。TCSは、急発進等で起こる駆動輪のタイヤスピンをコンピュータが検知し、トルクを制御することでタイヤと路面とのグリップを回復してスピンを防ぐシステムである。
また、外部制御装置22では、走行路面のμ値の判断を行い、スプリットμ路面を走行していると判断するときには該情報を駆動力制御装置20に供給する。ここで、スプリットμ路面とは、車両の右側車輪と左側車輪で路面の滑り易さが異なる状況の路面の事である。例えば、右側車輪が水たまりで左側車輪が乾いたアスファルト上にあればこれはスプリットμ路面に相当する。極端な場合としては、片側が氷で反対側がアスファルトの場合もあり得る。このような場合、左右輪で同じ駆動力を発生させると、路面μの高い側の車輪はしっかりグリップしているものの路面μの低い側の車輪が滑り出すということが起こり得る。この場合、結果的に車両にヨーモーメントが働く事になり、運転者の意図とは関係なく車は曲がろうとする。駆動力制御装置20と外部制御装置22は、一部又は全部が共通であってもよい。
駆動力制御装置20では、先ず、車両10を前方へ駆動するための要求車両駆動トルク(要求車両駆動力)Treq0と、車両10を左右へ旋回させるための要求旋回トルク(要求旋回駆動力)Nreq0と、左右の前輪12と左右の後輪へのトルクの目標配分比である要求前後配分比K0とを微小時間毎に決定し、諸条件によって前モータ14、モータ18L及び18Rに対する実際のトルク配分を調整・設定する。
駆動力制御装置20の説明に先立ち、記号の定義、前モータ14、モータ18L及び18Rの特性、駆動力制御装置20の制御において用いられる後輪トルク四角形30について説明する。
駆動力制御装置20の制御において用いる記号を次のように定義する。すなわち、
前モータ14及び左右の前輪12で発生するトルクをTf、
左の後輪16L及びモータ18Lで発生するトルクをTrl、
右の後輪16R及びモータ18Rで発生するトルクをTrr、
アクセルペダル等から算出される車両10全体としての総トルク要求を要求車両駆動トルクTreq0、
Treq0を駆動力制御装置20において調整した後の調整後総トルク要求をTreq、
アクセルペダルやハンドル等から算出される車両10を旋回させる旋回要求を要求旋回トルクNreq0、
Nreq0を駆動力制御装置20において調定した後の調定後旋回要求(差分駆動力)をNreq、
アクセルペダル、ハンドル及びその他の条件から算出されるトルクの要求前後配分比をK0、
K0を駆動力制御装置20において調定した後の値を調定後要求前後配分比をK、
後輪16R及び後輪16L(モータ18L及び18R)で発生させるべき後輪合計モータトルク要求(二輪合計駆動力)をTr_req0、
Tr_req0を駆動力制御装置20において調整した後の調整後後輪合計モータトルク要求(二輪合計駆動力)をTr_req、
とする。また、それぞれの最大値には添え字maxを付し、最小値(マイナス値)には添え字minを付して表す。
調整後総トルク要求Treqは、Treq=Tf+Trr+Trlとして求められる。
調整後旋回要求Nreqは、Nreq=Trr−Trlとして求められる。
後輪合計モータトルクTr_reqは、Tr_req=Trr+Trlとして求められる。
図2に示すように、駆動力制御装置20は、総トルク要求演算部(要求車両駆動力演算手段)100と、前後配分要求演算部(要求前後配分比演算手段)102と、旋回要求演算部(要求旋回駆動力演算手段)104と、駆動力調整部(駆動力調整手段)106と、各モータトルク演算部108と、トルク四角形作成部110とを有する。トルク四角形作成部110は、後述する図4に規定されるモータ特性を記録したマップ110aを有する。
総トルク要求演算部100は、乗員による操作、あるいは車両10の状態(例えば、アクセルペダル開度及びモータ回転数等)に応じて、要求される車両10の前後方向の駆動力である要求車両駆動トルクTreq0を求めて出力する。要求車両駆動トルクTreq0は、車両10の全体としての前後方向のトルク要求であり、前モータ14、モータ18L及び18Rの合計要求トルクとなる。
前後配分要求演算部102は、乗員による操作、あるいは車両10の状態(例えば、前後加速度や車速等)に応じて、要求される前記要求車両駆動力を前後輪に配分するのに必要な配分比である前後配分要求値K0を演算して出力する。前後配分要求値K0は、例えばモータの効率を考慮した配分方法や、前後加速度に応じた配分方法等が一般的である。効率考慮の配分方法では、3つあるモータのうちその時点で最も効率の良いモー夕を主に使用するように前後配分を設定し、車全体のエネルギ効率が向上する。前後加速度に応じた配分方法は、加重分担の大きい方により多くのトルクを配分するという手法であり、例えば、停止状態からの急発進等では荷重移動で後輪に荷重がのることから、後輪に対する配分を大きくする。
要求前後配分比K0及び調定後前後配分要求Kは、それぞれ0〜1の比として表され、1のとき前輪12がTreq0又はTreqの100%を分担し、0のとき後輪16L及び16Rが100%を分担する。
旋回要求演算部104は、乗員による操作、あるいは車両の状態(例えば、横方向加速度、ヨーレイト、ハンドル舵角及び車速等)に応じて、要求される車両10の旋回方向の駆動力である要求旋回トルクNreq0を演算して出力する。アクセルペダル開度、モータ回転数、車速等は図示しない所定のセンサによって検出され、又は所定の演算手段によって求められる。
なお、車両10の状態とは広義であり、車速、加減速、横G等の走行状態の他、外気温や車両10における他の機器(例えば、エアコンディショナ)のエネルギ消費状況等を含み得る。
Treq0、Nreq0及びK0は、駆動力制御装置20以外の1以上の制御装置で設定して、該駆動力制御装置20に供給されるようにしてもよい。駆動力制御装置20は、物理的に1つのユニットに構成されている必要はなく、複数のユニットから構成されていてもよく、実質的には駆動力制御システムであってもよい。
トルク四角形作成部110は、外部制御装置22から得られる情報に基づいて後輪トルク四角形30を作成して駆動力調整部106に供給する。
駆動力調整部106は、後輪トルク四角形30等を用い、Treq0、K0及びNreq0の実現性、妥当性について検討し、調整、調定を行い、Treq、Tr_req及びNreqを求める。
各モータトルク演算部108では、Treq、Tr_req及びNreqに基づいて各モータのトルクTf、Trr及びTrlを求める。
外部制御装置22は、ABS/TCS112、VSA114、エネルギマネジメントシステム116(バッテリシステム等)、路面μ推定部118を含み、後輪トルク四角形30を作成するのに必要な情報をトルク四角形作成部110に供給する。便宜上、ABS/TCS112、VSA114、エネルギマネジメントシステム116及び路面μ推定部118を1つの外部制御装置22として表しているが、これらのシステムは分離していても構わないことはもちろんである。
図3に示すように、駆動力調整部106は、後輪合計トルク演算部120と、ロジック部122とを有する。後輪合計トルク演算部120は、要求車両駆動トルクTreq0及び要求前後配分比K0に基づいて後輪合計要求トルクTr_req0を求める。ロジック部122は、後輪トルク四角形30を用い、Treq0、Tr_req0、Nreq0の調定を行い、Treq、Tr_req及びNreqを求める。
図4に示すように、モータ18L、18Rの特性は、回転数Nに対して発揮可能な最大トルク値は決まっており、それ以上のトルクはバッテリ電源や温度特性等種々の理由により発揮できないように設定されている。回転数Nに対して正負で同じ大きさのトルク(トルク=0の線に対して上下対称のトルク曲線)を出力することが可能である。低回転時には一定且つ最大のトルクを発揮でき、それ以上の領域では略反比例的にトルクが減少する。このようなトルク特性は一般的なモータの特性であることは容易に理解されよう。前モータ14も同様の特性である。前モータ14は最大で±250Nm、後ろのモータ18L及び18Rはそれぞれ最大で±120Nmのトルクを発生し得るものとする。したがって、後ろのモータ18L及び18Rの合計最大トルクは±240Nmである。これらのモータ特性は、マップ化してトルク四角形作成部110に記録されている(図2参照)。
次に、後輪トルク四角形30について説明する。後輪トルク四角形30は、制御上用いられる仮想の座標上に設定され、後輪のモータ18L及び18Rで発生させるトルクについて表すものであり、図5に示すように、後輪要求トルクTr_reqを横軸(X軸)、要求旋回トルクNreqを縦軸(Y軸)にとって表す。
後輪トルクTr_reqは、車両全体としての前方への駆動トルクTreqから前輪12において分担するトルクTfを差し引いたトルクである。X軸の後輪トルクTr_reqは、図5の右方向が前方へ向かうトルクで、左方向が後方へ向かうトルクである。Y軸の旋回トルクNreqは、図5の上方が左旋回トルクであり、下方が右旋回トルクである。
X軸の後輪駆動トルクTr_reqは、右のモータ18Rで発生するトルクTrrと左のモータ18Lで発生するトルクTrlを加算した値であり、次の(1)式が成り立つ。
Tr_req=Trr+Trl …(1)
例えば、前方向への後輪車両駆動トルクTr_reqの最大値は、モータ18Rのプラスの最大トルク120Nmとモータ18Lのプラスの最大トルク120Nmを加算して、120+120=240Nmとなる。これを図5における点P1で示す。逆に後方への後輪駆動トルクTr_reqの最大値を点P2で示す。
Y軸の旋回トルクNreqは、右のモータ18Rで発生するトルクTrrから左のモータ18Lで発生するトルクTrlを減算した値であり、次の(2)式が成り立つ。
Nreq=Trr−Trl …(2)
例えば、左方向への旋回トルクNreqの最大値は、モータ18Rのプラスの最大トルク120Nmからモータ18Lのマイナスの最大トルク−120Nmを減算して、120−(−120)=240Nmとなる。これを図5における点P3で示す。逆に右方向への旋回トルクNreqの最大値を点P4で示す。
また、X−Y座標上の所定の動作点に対しては、Trr及びTrlが一意に求まる。すなわち、前記の(1)式及び(2)式から次の(3)式及び(4)式が導き出せる。
Trr=1/2(Tr_req+Nreq) …(3)
Trl=1/2(Tr_req−Nreq) …(4)
モータ18Lの発生するプラスの最大トルクが大きくなると、直線32cは座標上におけるいわゆる第4象限の領域を斜め45°に移動することになり、この方向を矢印L(+)で示す。モータ18Lの発生するマイナスの最大トルクが大きくなると、逆に直線32dが矢印L(−)の方向に移動する。矢印L(+)及び矢印L(−)で規定される直線は、モータ18Lの発生するトルクTrl軸に相当する。
同様に、モータ18Rの発生するプラスの最大トルクが大きくなると、直線32aは座標上におけるいわゆる第1象限の領域を斜め45°に移動することになり、この方向を矢印R(+)で示す。モータ18Rの発生するマイナスの最大トルクが大きくなると、逆に直線32bが矢印R(−)の方向に移動する。矢印R(+)及び矢印R(−)で規定される直線は、モータ18Rの発生するトルクTrr軸に相当する。
後輪トルク四角形30の表現形式は、設計条件に基づいて変更可能であり、例えば、矢印R(+)、R(−)、L(+)、L(−)で規定される座標で表してもよい。後輪トルク四角形30を表す座標は、必ずしも直交座標でなくてもよい。
図6では、後輪トルク四角形30の点P1〜点P4において、車両10のモータ18R、モータ18Lが発生するトルクをベクトルでそれぞれ模式的に示している。X軸に関しては、プラス値が大きくなるほど車両10を前へ押し出す力が大きくなり、マイナス値が大きくなるほど後ろへ押し出す力が大きくなる。Y軸に関しては、プラス値が大きくなるほど車両10を左へ旋回させる力が大きくなり、マイナス値が大きくなるほど右へ旋回させる力が大きくなる。
図5に戻り、後輪トルク四角形30は、4つの直線32a、32b、32c及び32dで囲まれる四角形であり、この後輪トルク四角形30の範囲内(枠線上を含む)が後輪のモータ18L及び18Rによって協調的に出力することのできるトルクである。
4つの直線32a、32b、32c及び32dは45°の傾きを維持しながら(つまり、直角の四角形を維持して、正方形又は長方形になる。)諸条件によりシフトする。諸条件とは、上記の通り、各モータの回転数、バッテリ電源、温度特性に基づく条件である。
図5に示す状態の後輪トルク四角形30は、モータ18L及び18Rがプラス及びマイナス方向に最大トルク(±120Nm)を発揮できる状態であり、換言すれば最大の面積の状態を示している。
直線32aは、点P1と点P3とを通り、モータ18Rがプラス方向で最大の120Nmを発生する範囲を示し、他方のモータ18Lが発生するトルクに応じて点P1から点P3を移動することになる。例えば、モータ18Lのトルクが0であるときには点P1と点P3との中点P5をとることになる。中点P5は、モータ18Rの発生する120NmのトルクがそのままX方向、つまり車両駆動トルクになるとともに、Y方向、つまり左方向への旋回トルクとなる点である。
直線32bは、点P2と点P4とを通る直線であり、モータ18Rがマイナス方向で最大(換言すれば最小駆動力)の−120Nmを発生する範囲を示し、他方のモータ18Lが発生するトルクに応じて点P2から点P4を移動することになる。
同様に、直線32cは、点P1と点P4とを通る直線であり、モータ18Lがプラス方向で最大の120Nmを発生する範囲を示し、直線32dは、点P2と点P3とを通る直線であり、モータ18Lがマイナス方向で最大(換言すれば最小駆動力)の−120Nmを発生する範囲を示す。
参考に、各直線32a〜32dがシフトした直線33a〜33dを併記する。直線33aはモータ18Rが60Nmのトルクを発生させる範囲を示し、直線33bはモータ18Rが−60Nmのトルクを発生させる範囲を示し、直線33cはモータ18Lが60Nmのトルクを発生させる範囲を示し、直線33dはモータ18Lが−60Nmのトルクを発生させる範囲を示す。したがって、各モータ18L、18Rが±60Nmのトルクしか発生し得ない場合には、後輪トルク四角形30は、直線33a〜33dで囲まれる範囲に縮小することになる。
また、外部制御装置22からのトルク制限指令によっても後輪トルク四角形30は狭められる。TCS機能により左のモータ18Lのプラス方向のトルクが制限される場合には、図7に示すように、直線32cが原点方向に近づいて直線34cに移る。このとき、モータ18Lのプラスのトルクは幅50aで示される値に制限される。また、ABS機能により左のモータ18Lのマイナス方向のトルクが制限される場合には、図7に示すように、直線32dが原点方向に近づいて直線34dに移る。このとき、モータ18Lのマイナスのトルクは幅50bで示される値に制限される。元の直線32c及び32dが他の要因により原点の近くまで移動していて、幅50a及び50bが直線32c及び32dよりも原点から遠い箇所となっている場合には、外部制御装置22による実質的なトルク制限はなされないことはもちろんである。
換言すれば、モータ特性による現在の回転数の最大トルク値(図4から取得される。)と外部制御装置22からの最大トルク値の全ての中から最小値を選択して四角形の2辺を作成すればよい。
右のモータ18Rについても、外部制御装置22からのトルク制限指令があった場合には、同様に直線32a及び32bが原点方向に移動をする。
上述したように、モータ18L及び18Rは回転数等に応じて発揮可能な最大トルクが決まっていることから、動作要求を無制限に実現できる訳ではなく、後輪トルク四角形30の範囲内の動作点にしか対応ができないのである。また、後輪トルク四角形30は、直交座標系では必然的に45°傾斜の線による四角形となる。
このような後輪トルク四角形30を仮想の座標平面上に設定することにより、簡便且つ正確に3つの要求値(Treq0、Nreq0、K0)を満たす値を求めることができ、又は同時に全てを満たすことができない場合には、適切な動作点へ調定することができる。
次に、後輪トルク四角形30の領域内における動作点について説明する。
今、後輪要求トルクTr_req0が120Nmであるとする。該要求を図8の座標上に示すと縦方向の直線130となる。直線130は後輪トルク四角形30と交わっていることから、動作点を直線130上で且つ後輪トルク四角形30の範囲内に設定すれば、モータ18L及び18Rは要求の出力を発生させることができる。この要求を維持しながら、例えば、旋回力を0にしたければ点132aを動作点とし、左方向への旋回トルクを最大限に発生させたければ点132bを動作点とすればよい。
要求旋回トルクNreqが180Nmであるとすると、該要求は横方向の直線134となる。直線130と直線134の交点132dは、後輪トルク四角形30の範囲外にある。この場合、動作点を後輪トルク四角形30の範囲内のいずれかの箇所から選択しなければならず、基本的には交点132dの近傍の点が望ましい。例えば、点132bを選択すると要求旋回トルクNreq0が満たされず、点132cを選択すると後輪要求トルクTr_req0が満たされないことになる。これは、モータトルクの限界や外部制御装置22からのトルク制限に起因して後輪トルク四角形30の面積が不十分なためである。このような場合には、後輪トルク四角形30の範囲内からいずれの点を選択するのかが重要である。この選択の処理(調定)については後述する。
次に、図9に基づき、後輪トルク四角形30の頂点座標P1〜P4の求め方について説明する。後輪トルク四角形30の頂点座標P1〜P4は、所定の選択点が該後輪トルク四角形30の範囲内にあるか否かを判断することに用いられる。
頂点座標P1〜P4が図9に示すように配置されているとする。頂点座標P1〜P4は(X、Y)=(Tr_req、Nreq)で表される。Tr_req=Trr+Trlであり、Nreq=Trr−Trlであることから、頂点座標P1〜P4は、
P1(Trr_max+Trl_max、Trr_max−Trl_max)、
P2(Trr_min+Trl_min、Trr_min−Trl_min)、
P3(Trr_max+Trl_min、Trr_max−Trl_min)、
P4(Trr_min+Trl_max、Trr_min−Trl_max)、
と表される。
後輪トルク四角形30の演算をする時点では各モータの発生可能な最大、最小トルクは既知であるので、4つの頂点座標P1〜P4は上式によって求められる。
次に、各要求線と後輪トルク四角形30との交点座標の求め方について説明する。2つの要求線(Tr_req0とNreq0)と後輪トルク四角形30の交点座標は、2つの要求を同時に満足できるかどうかの判定や2つの要求の調停に必要な情報であるので、ここで演算方法を説明する。
先ず、図10に基づいて、後輪要求トルクTr_req0の線142a、142b、142cと後輪トルク四角形30の交点140p〜140uについて説明する。上下2つの交点のうちNreq0が大きい方の交点(図10では140p、140r、140t)をNreq0_hiと呼び、小さい方の交点(図10では140q、140s、140u)をNreq0_loと呼ぶ。
Nreq0_hiを求める演算式は、後輪要求トルクTr_req0の線142a、142b、142cが点P3よりも右側にあるか左側にあるか(交点が辺P1〜P3上か、辺P2〜P3上か)で異なるため、先ずは点P3と後輪要求トルク線の位置を点P3座標のTr_reqを用いて判定し、その後それぞれの演算式を適用する。これらの演算式は前記の(1)式及び(2)式から導出できる。
同様にNreq0_loを求める演算式も、後輪要求トルクTr_req0の線142a、142b、142cと点P4座標を用いて使用する演算式を下表に示す2つの中から選択すればよい。
次に、図11に基づいて、要求旋回トルクNreq0の線146a、146b、146cと後輪トルク四角形30の交点144i〜144nについて説明する。左右2つの交点のうちTr_req0が大きい方の交点(図11では144i、144k、144m)をTr_req0_hiと呼び小さい方の交点(図11では144j、144l、144n)をTr_req0_loと呼ぶ。
Tr_req0_hiを求める演算式は、要求旋回トルクNreq0の線146a、146b、146cが点P1よりも上側にあるか下側にあるか(交点が辺P1〜P3上か、辺P1〜P4上か)で異なるため先ずは点P1と旋回要求トルク線の位置を点P1座標のNreq0を用いて判定し、その後それぞれの演算式を適用する。これらの演算式は前記の(1)式及び(2)式から導出できる。
同様にTr_req0_loを求める演算式も、要求旋回トルクNreq0の線146a、146b、146cと点P2座標を用いて使用する演算式を下表に示す2つの中から選択すればよい。
図10に基づいて説明すると、Tr_req0が既知であり、Nreq=Trr−Trlの定義式を利用してNreqを求める。Trrは、交点140pはTrr=Trr_maxとなる。Trlは、Tr_req0=Trr+Trlの定義式を利用して、Trl=Tr_req0−Trr=Tr_req0−Trr_maxとなる。つまり、交点140pのNreqは、Nreq=Trr−Trl=Trr_max−(Tr_req0−Trr_max)=2Trr_max−Tr_req0となる。同様に図10における他のNreqも求まる。同様の計算方法で図11においても全てのTr_reqが求まる。
次に、図12に基づいて、後輪要求トルクTr_req0の線と要求旋回トルクNreq0の線の交点が後輪トルク四角形30の領域内にあるかどうかの判定方法について説明する。後輪要求トルク線150aと後輪トルク四角形30の交点は点152p(Tr_req0_hi)と点152q(Tr_req0_lo)である。動作点は後輪トルク四角形30の領域内にある必要があるので、旋回要求トルク線が点152pより下で点152qよりも上にあれば、後輪要求トルク線と旋回要求トルク線は領域内に交点(例えば、旋回要求トルク線150bに対応した点152x)を有する。旋回要求トルク線が点152pより上もしくは点152qより下にある場合は、交点は領域外にあることになる(例えば旋回要求トルク線150cに対応した点152y)。
次に、駆動力制御装置20において行う制御内容について図13を参照しながら説明する。駆動力制御装置20では、先ずアクセルペダル、ハンドル、車速、加速度、各モータの回転数、バッテリ電圧、バッテリ温度等を検出し、これらのパラメータに基づいて、3つの走行要求条件を設定する。すなわち、要求駆動車両トルクTreq0、要求旋回トルクNreq0、及び要求前後配分比K0のパラメータである。
第1例として、Treq0=300Nm、Nreq0=60Nm、K0=0.6であるとする。
先ず、第1の状態として、バッテリが十分に充電されていて、外部制御装置22からのトルク制限がなく、且つ低速(各モータが低回転)で走行している状態について説明する。この場合、各前モータ14、モータ18L、18Rは、順に最大トルク±250Nm、±120Nm、±120Nmを発生し得る。
図13のステップS1において、駆動力制御装置20のトルク四角形作成部110では、その時点の各モータ18L、18Rが発生し得るトルク(この場合、±120Nm)を演算して、図14に示すように、後輪トルク四角形30を設定する。この場合の後輪トルク四角形30は、図5の直線32a〜32dで囲まれる範囲と同じであり、最大面積となる。また、前モータ14についても発生し得る最大トルク(この場合、±250Nm)を演算しておく。
ステップS2において、Treq0=300Nmの条件に基づいて、該Treq0を実現するためにTr_reqが取り得る範囲(二輪合計値の取り得る基準範囲)40について設定する。つまり、Treq0=300Nmであり、その時点でTf=250Nmを発生し得ることから、Tr_reqが発生しなければならない最小値は、300−250=50Nmである。これを直線42で示す。また、前モータ14の回転数やK0の値によってはTfが小さいトルク(例えば0Nm)しか発生し得ない場合もあることから、その不足分をTr_reqで補償する必要がある。Tr_reqで補償し得る最大トルクは、この時点では240Nm(=120+120)である。これを直線44で示す。直線42と直線44との間がTr_reqの取り得る範囲40である。
ステップS3において、Nreq0=60Nmの条件を後輪トルク四角形30上に設定する。Nreq0は直線(第2直線)46で示される。
ステップS4において、K0=0.6の条件に基づいて、Tr_req0の値を設定する。K0=0.6であるから、前輪のTf=300×K0=300×0.6=180Nmである。これは、その時点の前モータ14が発生し得るトルク(180Nm<250Nm)であることから、前輪のTfは180Nmで仮確定し、後輪のTr_req0は、Tr_req0=300−180=120Nmとなり、これを後輪トルク四角形30上に設定する。Tr_req0は、直線(第1直線)48で示される。したがって、直線46と直線48との交点Q1が望ましいポイントである。
ところで、何らかの要因によって直線48で示されるTr_req0を実現できなくても、ステップS3で設定した範囲40の領域内であれば、前モータ14とトルクを融通しあう(K0を変更する)ことにより、全体としてのTreq0を維持できる。つまり、Tr_req0又はその他のパラメータを固定的なものとせずに柔軟に扱うことにより制御の自由度が向上する。
ステップS5において、仮に設定された交点Q1の実現性及び妥当性について検討を行う。つまり、当初の3つの要求値(Treq0、Nreq0、K0)を満足するかを検討し、該条件を満たす場合にはステップS7へ移り、条件が満たされない場合にはステップS6の調定処理へ移る。
直線48は範囲40に含まれており、しかも交点Q1はその時点の後輪トルク四角形30の範囲内にあることから、実現性及び妥当性があり、該交点Q1に基づいて各モータへのトルク出力をすることに決定する。ここで、Tf=Treq−(Trr+Trl)=250Nmが先ず確定し、ステップS7へ移る。
他方、交点Q1が後輪トルク四角形30の範囲内にある場合でも、例えば、Tf_max=±250Nm、Trr_max=Trl_max=±120Nmの条件のときに、Treq0=300Nm、Nreq0=60Nm、K0=1とした場合には、交点Q1に相当する点(Tr_req=0Nm、Nreq0=60Nm)は後輪トルク四角形30内に存在するが、範囲40(50Nm〜240Nm)の外に存在することとなり、該交点Q1はK0の要求値が満たされない。このような場合にはステップS6へ移る。
ステップS7において、各モータトルク演算部108(図2参照)により、交点Q1(120、60)からTrr及びTrlを求める。ここで、Tr_req=Trr+Trl=120Nm、Nreq=Trr−Trl=60Nmであることから、連立方程式を解けば、Trr=1/2×(Tr_req+Nreq)=90Nm、Trl=1/2×(Tr_req−Nreq)=30Nmが得られる。
このようにして求められた、Tf=180Nm、Trr=90Nm、及びTrl=30Nmとなるように各モータのドライバに指令出力し、図13に示す今回の処理を終了する。
次に、第2の状態として、各前モータ14、モータ18L及び18Rが、順に最大トルク±200Nm、±60Nm、±60Nmを発生し得る場合について説明する。これらのトルク制限は、例えば、バッテリの充電状態による制限、外部制御装置22からの指令による制限又はある程度高速(各モータが高回転)で走行していて、モータ自体の能力としてトルクを発生し得ない状態等が挙げられる。
駆動力制御装置20では、その時点の各モータ18L、18Rが発生し得るトルク(この場合、±60Nm)を演算して、図15に示すように、後輪トルク四角形30を設定する。この場合の後輪トルク四角形30は、図5の直線33a〜33dで囲まれる範囲と同じであり、図14に示す状態よりも相当に小さくなっている。また、前モータ14についても発生し得る最大トルク(この場合、±200Nm)を演算しておく。
次に、Treq0=300Nmの条件に基づいて、該Treq0を実現するためにTr_reqの取り得る範囲40について設定する。つまり、Treq0=300Nmであり、その時点でTf=200Nmを発生し得ることから、Tr_reqが発生しなければならない最小値は、300−200=100Nmである。これを直線42で示す。また、Tr_reqで補償し得る最大トルクは、この時点では120Nm(=60+60)である。これを直線44で示す。直線42と直線44との間がTr_reqの取り得る範囲40である。
次に、Nreq0=60Nmの条件を後輪トルク四角形30上に設定する。これはX軸に平行な直線46で設定される。
次に、K0=0.6の条件に基づいて、Tr_req0の値を設定する。K0=0.6であるから、前輪のTf=300×K0=300×0.6=180Nmである。これは、その時点の前モータ14が発生し得るトルク(180Nm<200Nm)であることから、前輪のTfは180Nmで仮確定し、後輪のTr_req0は、Tr_req0=300−180=120Nmとなり、これを後輪トルク四角形30上に設定する。このようにTr_req0の基準値は、Y軸と平行な直線48(図15では直線44と重なる。)で設定される。したがって、直線46と直線48との交点Q2が望ましいポイントである。
次いで、仮に設定された交点Q2の実現性及び妥当性について検討を行う(前記のステップS5)。直線48は範囲40に含まれているが、交点Q2はその時点の後輪トルク四角形30の範囲外にあることから実現性がない。この場合、3つの要求Treq0、Nreq0、及びK0のうち1つ以上は満たされないことになり、交点Q2を後輪トルク四角形30の範囲内のいずれかの動作点で代用させる必要が生じるのである。本願ではこの処理を調定と呼び、ステップS6の処理を行う。調定では、基本的には後輪トルク四角形30の範囲のうちできるだけ交点Q2に近い箇所を選定することが望ましいが、諸条件に応じてその選択手順が異なる。
以下、前記ステップS6における調定の手順について図16〜図19を参照しながら説明する。調定については第1調定から第5調定があり、順番に判断をする。
図16のステップS101の第1調定では、3つの要求のうちTreq0及びNreq0を優先し、トルクの要求前後配分比K0についてはある程度の変更を許容する。これは、Treq0及びNreq0は、車両10の挙動に比較的直接反映されて乗員にとっても知覚しやすいのに対して、要求前後配分比K0は車両10の挙動に影響が少なく、乗員にとっても知覚されにくいからである。要求前後配分比K0を変更しても、例えばモータ効率が多少低下するだけで乗員にとってはほとんど知覚されない。もっとも、K0についても変更量が小さくなるように考慮する。第1調定について図17を参照して説明する。
図17に示すように、交点Q2は、Tr_req0を示す直線48とNreq0を示す直線46との交点である。範囲40は、前記の通りTreq0(前輪も含めた総トルク)を実現し得る範囲である。直線46はNreq0を示すことから、該直線46が後輪トルク四角形30と交わる範囲52は、Nreq0を実現し得る範囲である。そうすると、範囲40と範囲52との重なる範囲54は、Tr_req0及びNreq0の双方を満足できる範囲であることが分かる。したがって、直線46上で、範囲54に含まれる領域のいずれかを選択すればよいのだが、交点Q2に最も近い点R1を選択する。これにより、Tr_req0及びNreq0を満足するとともに、K0についての変更量も小さくすることができる。
このように後輪については点R1が選択点として確定し(ステップS102)、該点R1に基づいてモータ18L、18RのトルクTrr及びTrlを求める。また、前輪のTfについては、Tf=Treq−Tr_req=Treq−(Trr+Trl)として求める。なお、以下の調定においても、後輪トルク四角形30上で確定した選択点に基づいてTf、Trr及びTrlを求める手順は同様である。
一方、Treq0を実現し得るのが範囲(二輪合計値の取り得る基準範囲)40’のように狭く、点R1が該範囲40’の領域内に含まれない場合があり得る。このような場合には、例えば、Treq0、Nreq0及びK0のうち何れか1つを優先し、他の2つについてはある程度変更を許容する必要が生じる。この場合、例えば、Nreq0を優先すると点R1を選択し、Treq0を優先すると点R2を選択し、K0及びTr_req0を優先すると点R3を選択することになる。このような場合には、次の第2調定による判断を行う。
ステップS103の第2調定では、外部制御装置22から供給される情報を確認し、スプリットμ路面の走行中であるか否かを判断する。スプリットμ路面の走行中であるときには、例外処理として、該路面から可及的速やかに抜けてトラクションを確保するために要求車両駆動トルクTreq0を満足するように設定をする。このとき、旋回要求のNreq0についての変更は許容する。図17においては、例えば点R2を選択する(ステップS104)。スプリットμ路面においては、Treq0を優先するので範囲40’の範囲内であればいずれの点でもよいが、Treq0が維持できる範囲内で且つNreq0に近い動作点を選択することとする。つまり、Treq0が維持される範囲で、運転者の要求であるNreq0についてもなるべく満たすような設定とする。
スプリットμ路面の走行中でないときには、次の第3調定による判断を行う。
なお、第1調定及び第2調定までは、要求車両駆動トルクTreq0を確実に維持することになるが、設計条件によっては、Nreq0又はK0を維持させるようにしてもよい。
ステップS105の第3調定では、Treq0、Nreq0及びK0のうちTreq0を優先し、Nreq0及びK0についてはある程度変更を許容する。これは、Treq0は車両10の前後方向の加減速に関わり、乗員が最も知覚しやすく、しかも要求の程度が高いことが多いからである。これに対して、Nreq0は旋回要求であり、Treq0に比較すれば要求の度合いが低いことが多い。また、車両10は後輪16Rと後輪16Lでトルク差を設けて旋回性能を向上させる機能を有しているが、そのような機能のない他の車両では操舵により前輪12又は後輪16R、16Lの向きを変えて旋回をさせているのである。
つまり、後輪16R及び後輪16Lにトルク差を設けることは、車両10の旋回にとって必ずしも必須の要件ではないのであり、Nreq0に対する変更は許容される。K0については、前記の通りTreq0及びNreq0と比較して重要度が低いので変更が許容される。もっとも、Nreq0及びK0についても変更量が小さくなるように考慮する。
第3調定では、図17における点R2を選択する。点R2は範囲40’の領域内であることからTreq0を実現し得る。また、点R2は、直線33a上で、且つ範囲40’に含まれる領域でY軸(つまり、Nreq)が最も大きい点であってNreq0に相当近く、該Nreq0に対する変更量が小さい。さらに、点R2は直線48にもある程度近く、K0についての変更量も小さくすることができる。
つまり、第3調定では、点R1を選択すると旋回性能(直線46、Nreq0)は満足するが、加減速(範囲40’、Treq0)が満たされず、点R3を選択すると加減速は満足するが旋回性能が満たされないため、そのバランスのとれた点R2を選択している。
第3調定では、基本的には上記の通り点R2を選択するが、その後、調定の基礎となる交点Q2と点R2とを比較し、Y座標に関して交点Q2よりも点R2の方が0(つまりX軸)に近いことを確認する(ステップS106)。つまり、|Nreq0|≧|Nreq|であればよく、この場合ステップS108へ移る。一方、外部制御装置22の作用下にモータ18Lのプラス方向のトルクが制限されて、図18に示すように、直線32cが直線34cに移り、後輪トルク四角形30が長方形となる場合で、Nreq0が比較的小さいとき、交点Q2と点R2とを比較すると|Nreq0|<|Nreq|となることがある。このようなときには、次の第4調定による判断をする。
ステップS107の第4調定では、図18において旋回要求であるNreq0を優先して点R1を選択する。第3調定による点R2をそのまま選択してしまうと、旋回要求であるNreq0よりも大きい旋回力が発生してしまうことになり妥当でない。点R3を選択すると、要求車両駆動トルクTreq0を満足するが、点R2よりもさらに大きい旋回力が発生してしまい、妥当でない。そこで、Nreq0を維持できる点R1を選択点として選ぶ。点R1は、直線46上であることからNreq0が要求以上とならないように制限される範囲であり、しかも後輪トルク四角形30内では最も点Q2に近い箇所であることからTreq0及びK0に対する変更量も小さい。
一方、ステップS106の判断を行った後、ステップS108において、第3調定における基礎となる交点Q2と点R1とを比較し、Y座標に関して交点Q2と点R1が同符号であることを確認する。つまり、Nreq0>0、且つ、Nreq>0であるか、若しくは、Nreq0<0、且つ、Nreq<0であればよい。符号判断方法はこれに限らず、例えば、Nreq0×Nreq>0を判断基準としてもよい。このような条件が成立するときには、第3調定における図18の点R1が選択点として確定する(ステップS109)。交点Q2と点R1がY座標に関して異符号(図19参照)である場合には、乗員の旋回要求と逆向きの旋回トルクを発生させることになり妥当ではなく、ステップS110へ移る。
ステップS110においては、X座標に関して交点Q2と点R1が同符号であることを確認する。つまり、Tr_req0>0、且つ、Tr_req>0であるか、若しくは、Tr_req0<0、且つ、Tr_req<0であればよい。このような条件が成立するときには、第3調定における図18の点R1が選択点として確定する(ステップS109)。
一方、外部制御装置22の作用下にモータ18Lのプラス方向のトルクが制限されて、図19に示すように、直線32cが直線34cに移り、後輪トルク四角形30が長方形となる場合で、Nreq0がマイナス(右旋回要求)のとき、X座標に関して交点Q2と点R1が異符号となることがある。このようなときには、次の第5調定による判断をする。
ステップS111の第5調定では、図19における点R4を選択する。点R4は、X軸上の点であり、後輪トルク四角形30に含まれる範囲で最もTr_reqが大きい点である。点R1は、Tr_req0がプラスであるにも拘わらず、Tr_reqがマイナスとなっており、要求と反対方向に駆動力を発生させる点であることから妥当でない。点R2及び点R3は、第4調定で説明したのと同様に、要求旋回方向と逆方向に旋回力を発生させる点であることから妥当でない。これに対して点R4は、旋回力は0となるが、Tr_reqは最も大きい点でありTreq0及びK0に対する変更量が小さくて済む。
以上のような調定処理では、基本的には乗員の意図と車両10の挙動とのマッチングを最優先に考慮し、具体的にはTreq0とNreq0とを優先判断して動作点を設定している。Treq0とNreq0では、基本的にはTreq0を優先している。
このように、VSA、ABS及びTCS等の車両状態の制御手段から駆動力制限指令が入力された場合においても、それらの制限を満足するトルクとなるように駆動力制御装置20がトルク調整を行うことができる。したがって、駆動力制御装置20から一度駆動力指令を出した後に、他の手段によりトルクを再制限する必要はなく、駆動力制御装置20で一括して車両10全体の駆動力制御を行うことができ、効率的である。
なお、最終的な動作点の選択は、基本的には上述した各ルールに基づいて選択すればよいが、時間的連続性を考慮して、前回出力値又は所定時間の出力平均値に対する変動制限処理又は適当なフィルタ処理等を設けてもよい。
上述したように、本実施の形態に係る駆動力制御装置20によれば、前後独立の駆動源が設けられた車両10で、挙動要求(例えば、乗員による操作や車両状態に基づく要求)が変化した場合に、できるだけそれらに応じたトルク指令を出力することができる。
また、3つの要求(要求車両駆動トルクTreq0、要求前後配分比K0、左右配分要求Nreq0)を同時に受け入れ、且つ各モー夕のそれぞれのトルク制限値を考慮しながら、各モータの発揮トルクを算出することができる。
また、XY座標平面上の後輪トルク四角形30を用いて、簡便且つ正確に3つの要求値を満たす値を求めることができ、又は同時に全てを満たすことができない場合には、適切な動作点へ調定することができる。
さらに、いずれかのモー夕が、何らかの理由(車両状態の制御手段からのトルク制限やバッテリ電圧低下等)で発生可能トルクが制限されても、乗員の望む車両挙動を満たすように各モ−夕のトルクが自動的に演算される。また、他の手段によりトルクを制限する必要はなく、駆動力制御装置20で一括して車両10全体の駆動力制御を行うことができ、効率的である。
さらにまた、乗員の望む車両挙動を満足できない場合は、あらかじめ決められた調停手法に則り、各モー夕のトルクを適切に決定することができる。
なお、車両10では、必ずしも後方の左右輪が独立的な駆動源を持っている形式に限らず、逆に前方の左右輪が独立的な駆動源を持ち、後方左右輪は共通駆動源であってもよい。各輪の駆動源は必ずしもモータである必要はなく、トルク調整が可能であればよく、例えば左右輪共通の駆動源はエンジンであってもよい。
本発明に係る複数駆動源の駆動力制御装置は、上述の実施の形態に限らず、本発明の要旨を逸脱することなく、種々の構成を採り得ることはもちろんである。