以下、本発明を伝達比可変装置を備えたパワーステアリング装置に具体化した一実施形態を図面に従って説明する。
図1は、本実施形態のパワーステアリング装置1の概略構成図である。同図に示すように、ステアリングホイール(ステアリング)2が固定されたステアリングシャフト3は、ラックアンドピニオン機構4を介してラック5に連結されており、ステアリング操作に伴うステアリングシャフト3の回転は、ラックアンドピニオン機構4によりラック5の往復直線運動に変換される。そして、このラック5の往復直線運動により操舵輪6の舵角、即ちタイヤ角が可変することにより、車両の進行方向が変更される。
本実施形態のパワーステアリング装置1は、油圧ポンプ11と、その油圧に基づいて操舵系にアシスト力を付与するパワーシリンダ12とを備えた油圧式のパワーステアリング装置であり、油圧ポンプ11から圧送されたフルード(圧油)は、コントロールバルブ13を経由してラック5に設けられたパワーシリンダ12に導入される。そして、パワーシリンダ12に流入するフルードの圧力により、ラック5がその移動方向に押圧されることで、操舵系にアシスト力が付与されるようになっている。
尚、コントロールバルブ13は、ステアリングシャフト3が連結されるピニオン軸(図示略)に設けられており、同コントロールバルブ13は、操舵系への操舵トルクの印加に伴うトーションバー(図示略)の捻れに基づいて、パワーシリンダ12に対するフルードの導入方向及びその流量を制御する。そして、操舵系にアシスト力を付与しない非アシスト時には、フルードはパワーシリンダ12に流入することなく、コントロールバルブ13からリザーバタンク(図示略)を介して油圧ポンプ11へと還流されるようになっている。
また、本実施形態のパワーステアリング装置1は、パワーシリンダ12に供給するフルード流量を変更可能な流量制御装置としての流量制御弁15と、同流量制御弁15の作動を制御する制御手段としての第1ECU(VFCECU)16とを備えている。
図2に示すように、本実施形態では、油圧ポンプ11は、ポンプ本体21から吐出されたフルードをコントロールバルブ13に圧送するためのポンプポート22と、フルードをポンプ本体21に導入するためのリターンポート23とを備えており、流量制御弁15は、同油圧ポンプ11内に組み込まれている。そして、流量制御弁15は、ポンプポート22からリターンポート23に還流するフルードの分配比率を変化させることにより、同ポンプポート22から圧送されるフルード流量、即ちパワーシリンダ12に供給するフルード流量を変更する。
詳述すると、流量制御弁15は、ポンプポート22に設けられた可変オリフィス24と、可変オリフィス24の上流側においてポンプポート22と連通された第1圧力室25a及びその下流側においてポンプポート22と連通された第2圧力室25bと、これら両圧力室間の圧力差に応じて軸線方向(図中左右方向)に移動するスプール26とを備えている。
本実施形態では、スプール26は、第2圧力室25bに配設されたスプリング27により第1圧力室25a側に付勢されており、同スプール26は、可変オリフィス24の抵抗により第1圧力室25aの圧力が第2圧力室25bの圧力とスプリング27の弾性力との和よりも大となることで、その圧力差に応じた位置に移動する。
また、流量制御弁15は、第1圧力室25aとリターンポート23とを連通可能な戻り流路28を有しており、戻り流路28は、スプール26が第2圧力室25b側に移動するほど、その第1圧力室25aへの開口面積、即ち流路断面積が大となるように設定されている。そして、流量制御弁15は、このスプール26の移動に基づいて、その移動位置に応じた流量のフルードをポンプポート22からリターンポート23に還流するようになっている。
一方、可変オリフィス24の駆動源であるソレノイド29は、第1ECU(VFCECU)16と接続されており、同第1ECU(VFCECU)16は、該ソレノイド29に印加する電圧を制御することにより、可変オリフィス24の開度(絞り量)を制御する。そして、この可変オリフィス24の開度に対応する位置にスプール26が移動し、ポンプ本体21に還流されるフルードの分配比率が変化することにより、油圧ポンプ11からコントロールバルブ13に圧送されるフルード流量が制御されるようになっている(流量可変制御)。
また、図1に示すように、本実施形態のパワーステアリング装置1は、ステアリングホイール2の舵角(操舵角)に対する操舵輪6の舵角(タイヤ角)の比率、即ち伝達比(ギヤ比)を可変させるギヤ比可変アクチュエータ30と、該ギヤ比可変アクチュエータ30の作動を制御する第2ECU(IFSECU)31とを備えている。そして、本実施形態では、このギヤ比可変アクチュエータ30が伝達比可変装置を構成している。
詳述すると、ステアリングシャフト3は、ステアリング2が連結された第1シャフト32とラックアンドピニオン機構4に連結される第2シャフト33とからなり、ギヤ比可変アクチュエータ30は、第1シャフト32及び第2シャフト33を連結する差動機構34と、該差動機構34を駆動するモータ35とを備えている。そして、ギヤ比可変アクチュエータ30は、ステアリング操作に伴う第1シャフト32の回転に、モータ駆動による回転を上乗せして第2シャフト33に伝達することにより、ラックアンドピニオン機構4に入力されるステアリングシャフト3の回転を増速(又は減速)する。
つまり、図3及び図4に示すように、ギヤ比可変アクチュエータ30は、ステアリング操作に基づく操舵輪6の舵角(ステア転舵角θts)にモータ駆動に基づく操舵輪の舵角(ACT角θta)を上乗せすることにより、操舵角θsに対する操舵輪6のギヤ比を可変させる。そして、第2ECU(IFSECU)31は、モータ35の作動を制御することによりギヤ比可変アクチュエータ30を制御する。即ち、第2ECU(IFSECU)31は、ACT角θtaを制御することにより、そのギヤ比を可変させる(ギヤ比可変制御)。
尚、この場合における「上乗せ」とは、加算する場合のみならず減算する場合をも含むものと定義し、以下同様とする。また、「操舵角θsに対する操舵輪6のギヤ比」をオーバーオールギヤ比(操舵角θs/タイヤ角θt)で表した場合、ステア転舵角θtsと同方向のACT角θtaを上乗せすることによりオーバーオールギヤ比は小さくなる(タイヤ角θt大、図3参照)。そして、逆方向のACT角θtaを上乗せすることによりオーバーオールギヤ比は大きくなる(タイヤ角θt小、図4参照)。また、本実施形態では、ステア転舵角θtsが第1の舵角を構成し、ACT角θtaが第2の舵角を構成する。
次に、本実施形態のパワーステアリング装置の電気的構成、及びその制御態様について説明する。
図1に示すように、本実施形態では、上記の流量制御弁15を制御する第1ECU(VFCECU)16、及びギヤ比可変アクチュエータ30を制御する第2ECU(IFSECU)31は、車内ネットワーク(CAN:Controller Area Network)36を介して接続されており、同車内ネットワーク36には、操舵角センサ37、車速センサ38及び後述する回転角センサ39が接続されている。そして、第1ECU(VFCECU)16及び第2ECU(IFSECU)31は、これら各センサにより検出される操舵角θs、車速V(及びACT角θta)、並びに第1ECU(VFCECU)16と第2ECU(IFSECU)31との間の相互通信により入力される制御信号に基づいて、上記の流量可変制御及びギヤ比可変制御を実行する。
(ギヤ比可変制御)
先ず、ギヤ比可変制御について説明する。
図5は、本実施形態のパワーステアリング装置の制御ブロック図である。同図に示すように、第2ECU(IFSECU)31は、モータ制御信号を出力するマイコン41と、モータ制御信号に基づいてギヤ比可変アクチュエータ30のモータ35に駆動電力を供給する駆動回路42とを備えている。
尚、本実施形態のモータ35はブラシレスモータであり、駆動回路42は、入力されるモータ制御信号に基づいて、同モータ35に対し三相(U,V,W)の駆動電力を供給する。また、以下に示す各制御ブロックは、マイコン41(及び後述するマイコン51)が実行するコンピュータプログラムにより実現されるものである。
そして、第2ECU(IFSECU)31は、モータ35に供給する駆動電力を制御することによりギヤ比可変アクチュエータ30の作動を制御、即ちギヤ比可変制御を実行する。
マイコン41は、車速に応じてギヤ比を可変させるための制御目標成分であるギヤ比可変ACT指令角θgr*を演算するギヤ比可変制御演算部44と、操舵速度に応じて車両の応答性を向上させるための制御目標成分である微分ステアACT指令角θls*を演算する微分ステア制御演算部(LeadSteer制御演算部)45を備えている。
本実施形態では、ギヤ比可変制御演算部44には、車速V及び操舵角θsが入力され、微分ステア制御演算部45には、車速V及び操舵速度ωsが入力される。尚、操舵速度ωsは、操舵角θsを時間で微分することにより算出される(以下同様)。そして、ギヤ比可変制御演算部44は、その操舵角θs及び車速Vに基づいてギヤ比可変ACT指令角θgr*を演算し(ギヤ比可変制御演算)、微分ステア制御演算部45は、その車速V及び操舵速度ωsに基づいて微分ステアACT指令角θls*を演算する(微分ステア制御演算)。
ギヤ比可変制御演算部44により演算されたギヤ比可変ACT指令角θgr*、及び微分ステア制御演算部45により演算された微分ステアACT指令角θls*は、加算器46に入力される。そして、この加算器46においてギヤ比可変ACT指令角θgr*と微分ステアACT指令角θls*とが重畳されることによりACT角θtaの制御目標量であるACT指令角θta*が算出される(ACT指令角演算)。
加算器46において算出されたACT指令角θta*は、FB制御(フィードバック制御)演算部47に入力される。本実施形態では、ギヤ比可変アクチュエータ30のモータ35には回転角センサ39が設けられており(図1参照)、この回転角センサ39により検出されるモータ回転角に基づいてACT角θtaが検出されるようになっている。そして、FB制御演算部47は、このACT角θta及びACT指令角θta*に基づくフィードバック制御により電流指令値を算出する(FB制御演算)。
FB制御演算部47により算出された電流指令値は、電圧指令値演算部48に入力され、電圧指令値演算部48は、その電流指令値に基づいて電圧指令値を演算する。そして、電圧指令値演算部48は、その電圧指令値をPWM制御演算部49に出力する(電圧指令値演算)。
電圧指令値演算部48により算出された電圧指令値は、PWM制御演算部49に入力され、PWM制御演算部49は、その入力された電圧指令値に基づいてモータ制御信号を生成(演算)して駆動回路42に出力する(PWM制御演算)。そして、そのモータ制御信号に基づいて駆動回路42から供給される駆動電力によりモータ35が制御されるようになっている。
また、本実施形態のマイコン41は、後述する2つの流量制御モードの切替判定に用いられるACTフラグFact(IFS Action Flag)のオン/オフ(セット/リセット)判定を行うACTフラグ判定部50を備えている。そして、ACTフラグ判定部50は、PWM制御演算部49の出力するモータ制御信号のDuty比(ONDuty)に基づいて、上記ACTフラグFactのオン/オフ判定を実行する(ACTフラグ判定)。
具体的には、図6のフローチャートに示すように、ACTフラグ判定部50は、PWM制御演算部49から入力されるDuty比が、所定の閾値γよりも大きいか否かを判定する(ステップ101)。そして、Duty比が所定の閾値γよりも大きい場合(ステップ101:YES)には、ACTフラグFactを「ON」とし(ステップ102)、Duty比が所定の閾値γ以下である場合(ステップ101:NO)には、ACTフラグFactを「OFF」とする(ステップ103)。
そして、このACTフラグ判定部50の判定結果、即ちACTフラグFactは、車内ネットワーク36を介して第1ECU(VFCECU)16に出力されるようになっている。
次に、上記のように構成された第2ECU側のマイコン41における演算処理手順について説明する。
図7のフローチャートに示すように、マイコン41は、状態量として上記各センサからセンサ値を取り込むと(ステップ201)、先ずギヤ比可変制御演算を行い(ステップ202)、続いて微分ステア制御演算を行う(ステップ203)。そして、マイコン41は、上記ステップ202のギヤ比可変制御演算及び上記ステップ203の微分ステア制御演算を実行することにより算出されたギヤ比可変ACT指令角θgr*、及び微分ステアACT指令角θls*を重畳することにより、制御目標であるACT指令角θta*を演算する(ステップ204)。
次に、マイコン41は、このステップ204において算出されたACT指令角θta*及び回転角センサ39により検出されたACT角θtaに基づいてフィードバック制御を実行し(ステップ205)、このステップ205において算出された電流指令値に基づいて電圧指令値を演算する(ステップ206)。そして、その電圧指令値に基づいてモータ制御信号を生成し、そのモータ制御信号を駆動回路42へと出力する(ステップ207)。
そして、マイコン41は、そのモータ制御信号のDuty比に基づいてACTフラグFactのオン/オフ判定を行い、そのACTフラグFactを第1ECU(VFCECU)16へと出力する(ステップ208)。
(流量可変制御)
次に、本実施形態のパワーステアリング装置における流量可変制御について説明する。
図5に示すように、第1ECU(VFCECU)16は、流量制御弁15(可変オリフィス24)のソレノイド29に印加する電圧を決定するマイコン51と、該マイコン51の出力する電圧制御信号に基づいてソレノイド29に駆動電圧を印加する駆動回路52とを備えている。そして、第1ECU(VFCECU)16は、ソレノイド29に印加する電圧を制御することにより流量制御弁15の作動を制御、即ち流量可変制御を実行する。
図8に示すように、本実施形態のパワーステアリング装置1では、パワーシリンダ12に供給するフルード流量(供給流量Q)について、要求されるアシスト力を付与するために、車速に応じた十分な供給流量Qを確保する「アシストモード」と、このアシストモードにおける供給流量(アシスト流量Qa)よりも、供給流量Q(スタンバイ流量Qs)を小とする「スタンバイモード」との2つの流量制御モードが設定されている。
そして、アシスト要求の高い状態では、流量制御モードを「アシストモード」として、要求されるアシスト力を発生するための十分な供給流量Qを確保し、アシスト要求の低い状態では、「スタンバイモード」として、ポンプ本体21に還流されるフルードの分配比率を高めることにより、圧力損失を抑えてエネルギー消費の低減を図るようになっている。
図5に示すように、本実施形態では、マイコン51は、第2ECU(IFSECU)31において算出されたACT指令角θta*に基づいて操舵輪6の目標舵角、即ち目標タイヤ角θt*を演算する演算手段としての目標タイヤ角演算部53を備えている。そして、第1ECU(VFCECU)16は、この目標タイヤ角θt*に基づいて上記の流量可変制御を実行する。
詳述すると、本実施形態では、マイコン51には、車速V、操舵角θs及び操舵速度ωsとともに、第2ECU(IFSECU)31において算出されたACT指令角θta*が入力されるようになっており、目標タイヤ角演算部53には、このACT指令角θta*及び操舵角θsが入力される。そして、目標タイヤ角演算部53は、操舵角θsに基づくステア転舵角θts(図3,4参照)にACT指令角θta*を加算することにより目標タイヤ角θt*を演算する。
尚、本実施形態のギヤ比可変アクチュエータ30のように、ラックアンドピニオン機構4に入力されるステアリングシャフト3の回転を増速(又は減速)することにより伝達比を可変するものにあっては、「タイヤ角」は、ピニオン軸の角度、即ち「ピニオン角」に対応する(タイヤ角=ピニオン角×ラック&ピニオンのベースギヤ比)。従って、この場合、「目標タイヤ角」を「目標ピニオン角」としても同様であることはいうまでもない。
また、マイコン51は、スタンバイ/アシストモードの切替判定を行うスタンバイ/アシスト判定部54と、その判定結果(スタンバイ/アシスト判定値V_as)に基づいて供給流量Qの制御目標量である流量指令値Q*を演算する流量指令値演算部55とを備えている。
本実施形態では、スタンバイ/アシスト判定部54には、目標タイヤ角θt*、操舵速度ωs及び車速V、並びに上記第2ECU(IFSECU)31から出力されたACTフラグFactが入力される。そして、スタンバイ/アシスト判定部54は、入力されたこれらの状態量に基づいて、スタンバイ/アシストモードの切替判定を実行する(スタンバイ/アシスト判定)。
具体的には、スタンバイ/アシスト判定部54は、車両停止状態においては、操舵速度ωsの絶対値が所定の閾値αよりも大きい、又はACTフラグFactが「ON」である場合に「アシストON(スタンバイOFF)」と判定する。そして、車両走行状態においては、ステアリング操作に対して車両の進行方向が追従しない領域、即ちステアリング中立近傍の「不感帯」の角度範囲に相当する値を閾値βとして、目標タイヤ角θt*の絶対値がその閾値βよりも大きい場合に「アシストON(スタンバイOFF)」と判定する。
また、本実施形態のマイコン51は、車両走行時におけるスタンバイ/アシストモードの切替判定に用いる閾値βを演算する閾値演算部56を備えており、閾値演算部56には、車速Vが入力されるようになっている。そして、閾値演算部56は、その入力された車速Vに基づいて上記閾値βの演算を実行する(閾値演算)。
具体的には、図9に示すように、閾値演算部56は、閾値βと車速Vとが関連付けられた閾値演算マップ56aを有しており、閾値演算マップ56aは、車速Vが小となるに従って閾値βが大となるように設定されている。そして、閾値演算部56は、この閾値演算マップ56aに基づいて、車速Vが小となるほど大きな閾値βを算出し、スタンバイ/アシスト判定部54は、この閾値演算部56により演算された閾値βと目標タイヤ角θt*との比較に基づいて、上記車両走行時におけるスタンバイ/アシストモードの切替判定を実行する。
次に、上記スタンバイ/アシスト判定の処理手順について説明する。
図10のフローチャートに示すように、スタンバイ/アシスト判定部54は、先ず、車速Vが0(Km/h)であるか否か、即ち車両が停止状態にあるか否かについて判定する(ステップ301)。そして、停止状態にあると判定した場合(V=0、ステップ301:YES)には、操舵速度ωsの絶対値が所定の閾値αより大きいか否かについて判定し(ステップ302)、停止状態ではないと判定した場合(|V|>0、ステップ301:NO)には、目標タイヤ角θt*の絶対値が上述の閾値演算により算出された閾値βより大きいか否かについて判定する(ステップ303)。
尚、本実施形態では、操舵速度ωsに関する閾値αは、ステアリング中立位置に対応する「0[deg/s]」となっている。
そして、ステップ302において操舵速度ωsの絶対値が閾値αよりも大きいと判定した場合(|ωs|>α、ステップ302:YES)、又はステップ303において目標タイヤ角θt*の絶対値が閾値βよりも大きいと判定した場合(|θt*|>β、ステップ303:YES)には、「アシストON(スタンバイOFF)」と判定する(ステップ304)。
また、本実施形態では、上記ステップ302において操舵速度ωsの絶対値が閾値α以下であると判定した場合(|ωs|≦α、ステップ302:NO)には、続いてACTフラグFactが「ON」であるか否かを判定する(ステップ305)。そして、ACTフラグFactが「ON」である場合(Fact=ON、ステップ305:YES)には、上記ステップ304において「アシストON(スタンバイOFF)」と判定する。
即ち、本実施形態では、車両停車状態且つ操舵角一定時において、ギヤ比可変アクチュエータ30に負荷がかかっていることを示すACTフラグFactがセット(ON)されているか否かを判定することにより、アシスト力の付与が望ましい状態であるか否かを判定する。そして、ACTフラグFactが「ON」である場合には「アシストON」と判定して、要求されるアシスト量を付与するために十分な供給流量の確保がなされるようになっている。
一方、上記ステップ303において目標タイヤ角θt*の絶対値が閾値β以下であると判定した場合(|θt*|≦β、ステップ303:NO)、又はACTフラグFactが「ON」ではない場合(Fact=OFF、ステップ305:NO)には、スタンバイ/アシスト判定部54は、「暫定フラグ」をセットする(ステップ306)。
次に、スタンバイ/アシスト判定部54は、暫定フラグが所定時間t以上継続してセットされているか否かについて判定する(ステップ307)。そして、所定時間t以上継続してセットされていると判定した場合(ステップ307:YES)には、「スタンバイON(アシストOFF)」と判定する(ステップ308)。尚、上記ステップ307において、暫定フラグは所定時間t以上継続してセットされていないと判定した場合(ステップ307:NO)には、上記ステップ304において「アシストON(スタンバイOFF)」と判定する。
そして、スタンバイ/アシスト判定部54は、上記ステップ301〜ステップ308の処理を繰り返すことにより、スタンバイ/アシスト判定を実行する。尚、本実施形態では、スタンバイ/アシスト判定部54は、「アシストON」と判定した場合には、スタンバイ/アシスト判定値V_asを「0」、「スタンバイON」と判定した場合には、スタンバイ/アシスト判定値V_asを「1」とする。
一方、図5に示すように、流量指令値演算部55には、上記のスタンバイ/アシスト判定部54における判定結果であるスタンバイ/アシスト判定値V_as、及び車速V、並びに目標タイヤ角θt*の角速度、即ち目標タイヤ角速度ωt*が入力される。尚、この目標タイヤ角速度ωt*は、目標タイヤ角θt*を時間で微分することにより算出される(以下同様)。そして、流量指令値演算部55は、車速V及び目標タイヤ角速度ωt*に基づいて、スタンバイ/アシストの各モードに対応する流量指令値Q*を演算する(流量指令値演算)。
詳述すると、流量指令値演算部55は、スタンバイモードに対応するスタンバイ流量マップ55aと、アシストモードに対応するアシスト流量マップ55bとを備えている。
スタンバイ流量マップ55aには、流量指令値Q*と車速Vとが関連付けられており、流量指令値演算部55は、スタンバイ/アシスト判定結果が「スタンバイON(V_as=1)」である場合には、このスタンバイ流量マップ55aを用いて、入力された車速Vに対応する流量指令値Q*を算出する。
尚、本実施形態では、このスタンバイ流量マップ55aにおいて、流量指令値Q*は、車速Vの値に関わらず所定のスタンバイ流量Qsとなるように設定されている。従って、図11に示すように、スタンバイモードにおいては、車速Vに関わらず、一定の流量指令値Q*(スタンバイ流量Qs)が算出されるようになっている。
一方、アシスト流量マップ55bは、流量指令値Q*と車速V及び目標タイヤ角速度ωt*とが関連付けられた3次元マップであり、流量指令値演算部55は、スタンバイ/アシスト判定結果が「アシストON(V_as=0)」である場合には、このアシスト流量マップ55bを用いて、入力された車速V及び目標タイヤ角速度ωt*に対応する流量指令値Q*を算出する。
具体的には、このアシスト流量マップ55bにおいて、流量指令値Q*は、車速Vが大となるに従って小となるように設定されている。また、流量指令値Q*は、目標タイヤ角速度ωt*が大となるに従って大となるように設定されている。従って、図11に示すように、アシストモードにおいては、車速Vが大となるほど小さな流量指令値Q*が算出されるとともに、目標タイヤ角速度ωt*が大となるほど大きな流量指令値Q*が算出されるようになっている。
また、本実施形態のマイコン51は、流量指令値Q*の変化を穏やかにする流量指令値フィルタ演算部57を備えており、流量指令値演算部55により演算された流量指令値Q*は、この流量指令値フィルタ演算部57に入力される。そして、この流量指令値フィルタ演算部57により補正された補正後の流量指令値Q**が電圧指令値演算部58に入力されるようになっている。
詳述すると、流量指令値フィルタ演算部57は、ローパスフィルタ57aを備えている。そして、流量指令値フィルタ演算部57は、流量指令値Q*の増加時には、ローパスフィルタ57aを用いて流量指令値Q*を補正する(流量指令値フィルタ演算)。
例えば、図12に示すように、流量制御モードがスタンバイモードからアシストモードに移行する場合、流量指令値Q*は、モード移行時を境としてスタンバイ流量Qsからアシスト流量Qaへと矩形波状に変化する。従って、流量指令値フィルタ演算部57による補正を行うことなく、この流量指令値Q*に基づいて流量可変制御を実行すれば、アシスト力の急激な変化によって操舵フィーリングが悪化するおそれがある。
この点を踏まえ、本実施形態では、スタンバイモードからアシストモードへの移行時には、流量指令値フィルタ演算部57にて流量指令値Q*を補正するため、補正後の流量指令値Q**は、モード移行後、スタンバイ流量Qsから急速に増加し、その後は滑らかにアシスト流量Qaまで増加する。その結果、迅速なアシスト力の立ち上がりを確保しつつ、アシスト力の急変による操舵フィーリングの悪化を防止することが可能となっている。
また、本実施形態では、流量指令値フィルタ演算部57には、流量指令値Q*とともに、目標タイヤ角速度ωt*が入力される。そして、流量指令値フィルタ演算部57は、目標タイヤ角速度ωt*に応じてローパスフィルタ57aの時定数を変更するようになっている。
具体的には、流量指令値フィルタ演算部57は、目標タイヤ角速度ωt*が大となるほど、ローパスフィルタ57aの時定数を小とする(図13参照)。これにより、流量変化に伴うアシスト量の変動を感じやすい遅い操舵時には、供給流量の増加速度を下げることで良好な操舵フィーリングを確保する一方、急操舵時には、供給流量の増加速度を高めることにより、アシスト不足による引っ掛かり感の発生を防止することが可能となっている。尚、図13は、上記時定数の変更に用いられるマップの概略構成図である。
即ち、図14のフローチャートに示すように、流量指令値フィルタ演算部57は、流量指令値演算部55から流量指令値Q*が入力されると(ステップ401)、先ず、その流量指令値Q*が増加したか否かを判定する(ステップ402)。
そして、流量指令値Q*の増加時(ステップ402:YES)には、目標タイヤ角速度ωt*に基づいてローパスフィルタ57aの時定数を決定し(ステップ403)、その決定に基づいてローパスフィルタ57aを用いた流量指令値Q*の補正を実行する(ステップ404)。
そして、流量指令値フィルタ演算部57は、上記ステップ404における補正演算により算出された補正後の流量指令値Q**を電圧指令値演算部58に出力する(ステップ405)。
図5に示すように、電圧指令値演算部58は、入力された流量指令値Q**に基づいて、流量制御弁15のソレノイド29に印加する電圧指令値を演算し、その電圧指令値をPWM制御演算部59に入力する。そして、PWM制御演算部59は、入力された電圧指令値に基づいて電圧制御信号を生成(演算)し駆動回路52に出力する(PWM制御演算)。
そして、その電圧制御信号に基づいてソレノイド29に駆動電圧が印加されることにより、流量制御弁15の作動、即ちパワーシリンダ12に供給するフルード流量が制御されるようになっている。
即ち、図15のフローチャートに示すように、マイコン51は、状態量として上記各センサからセンサ値を取り込むと(ステップ501)、先ずACT指令角θta*に基づいて、目標タイヤ角θt*及び目標タイヤ角速度ωt*を演算する(ステップ502)。
次に、マイコン51は、車速Vに基づいて車両走行時のスタンバイ/アシストモードの切替判定に用いる閾値βを演算し(ステップ503)、続いてスタンバイ/アシスト判定を実行する(ステップ504)。そして、流量指令値演算を実行することにより流量指令値Q*を演算する(ステップ505)。
次に、マイコン51は、流量指令値フィルタ演算により流量指令値Q*を補正し(ステップ506)、その補正後の流量指令値Q**に基づいて電圧指令値を演算する(ステップ507)。そして、その電圧指令値に基づいて電圧制御信号を生成し、その電圧制御信号を駆動回路52へと出力する(ステップ508)。
次に、上記のように構成された本実施形態のパワーステアリング装置1の作用・効果について説明する。
上述のように、ステアリング中立近傍における不感帯は、車速Vに応じてその角度範囲が変化し、相対的に、低速領域では広く、高速領域では狭くなる。従って、従来みられるような、一定の閾値と操舵角との比較により、スタンバイ/アシストモードの切替判定を行う構成では、低速領域ではアシストモードからスタンバイモードに移行しにくく、逆に高速領域ではスタンバイモードからアシストモードに移行しにくい、という傾向になる。
この点を踏まえ、本実施形態のマイコン51は、車速Vに基づいて、同車速Vが小となるほど、車両走行時におけるスタンバイ/アシストモードの切替判定に用いる閾値βを大とする。即ち、不感帯の範囲が相対的に広くなる低速領域においては、切替判定の閾値βを大とすることでアシストモードからスタンバイモードに移行しやすくし、不感帯の範囲が相対的に狭くなる高速領域においては、切替判定の閾値βを小とすることでスタンバイモードからアシストモードに移行しやすくする。
これにより、アシスト要求の低い不感帯において、精度良く流量制御モードをスタンバイモードに切り替えることができ、その結果、車両状態に応じた最適なアシスト力を操舵系に付与して操舵フィーリングの向上を図るとともに、非アシスト時の圧力損失を抑えてエネルギー消費の低減を図ることができるようになる。
更に、本実施形態では、マイコン51は、モータ駆動に基づく操舵輪6の舵角の制御目標量であるACT指令角θta*に基づき算出される操舵輪6の目標舵角、即ち目標タイヤ角θt*と閾値βとの比較により、車両走行時のスタンバイ/アシストモードの切替判定を行う。従って、ステアリング2と操舵輪6との間の伝達比の変化に関わらず、適切なタイミングで上記各流量制御モードを切り替えることができ、その結果、より効果的にエネルギー消費の低減を図ることができるようになる。
特に、操舵輪6の実舵角であるタイヤ角θtではなく、目標舵角である目標タイヤ角θt*を用いて、上記流量可変制御を行うため、より早いタイミングで流量可変制御を行うことができ、その結果、更に操舵フィーリングを向上させることができる。
なお、上記各実施形態は以下のように変更してもよい。
・本実施形態では、ギヤ比可変アクチュエータ30は、ラックアンドピニオン機構4に入力されるステアリングシャフト3の回転を増速(又は減速)することにより伝達比を可変することとした。しかし、これに限らず、ギヤ比可変アクチュエータは、操舵伝達系(ステアリング2から操舵輪6までの間)の何れに設けられてもよい。
・本実施形態では、流量制御弁15は、同油圧ポンプ11内に組み込まれ、ポンプポート22からリターンポート23に還流するフルードの分配比率を変化させることにより、同ポンプポート22から圧送されるフルード流量、即ちパワーシリンダ12に供給するフルード流量を変更することとした。しかし、これに限らず、流量制御弁15は、油圧ポンプ11以外の場所に設けてもよい。尚、流量制御弁15の構成は、図2に示すものに限らないことはいうまでもない。
・本実施形態では、マイコン51は、ACT指令角θta*に基づいて目標タイヤ角θt*を演算する目標タイヤ角演算部53を備え、第1ECU(VFCECU)16は、この目標タイヤ角θt*に基づいて流量可変制御を実行することとした。しかし、これに限らず、ACT角θtaに基づいて操舵輪の実舵角であるタイヤ角θt(図3,4参照)を演算し、目標タイヤ角θt*に代えて、このタイヤ角θtに基づいて流量可変制御を行うこととしてもよい。更に、実舵角はセンサ等により直接検出する構成としてもよい。
・本実施形態では、本発明を、伝達比可変装置を備えたパワーステアリング装置に具体化し、目標タイヤ角θt*と閾値βとの比較により車両走行時におけるスタンバイ/アシストモードの切替判定を行うとともに、その閾値βを車速Vが小となるほど大とした。
しかし、これに限らず、伝達比可変装置の有無に関わらず、操舵角と閾値との比較、又はタイヤ角と閾値との比較により、車両走行時におけるスタンバイ/アシストモードの切替判定を行うものについて、その閾値を車速に応じて変化させる(車速が小となるほど閾値を大とする)構成としてもよい。
・本実施形態では、ACTフラグ判定部50は、PWM制御演算部49から入力されるDuty比が所定の閾値γとの比較に基づいてACTフラグFactのオン/オフ判定を行うこととした。しかし、これに限らず、ACTフラグFactのオン/オフ判定は、モータ35に印加する電圧の指令値(電圧指令値)と所定の閾値の比較又はモータ35に通電する電流の指令値(電流指令値)と所定の閾値との比較に基づいて行うこととしてもよい。
・また、モータ35の実電圧値を検出する検出手段、又はモータ35の実電流値を検出する検出手段を備えることとし、その実電圧値と閾値との比較、又は実電流値と閾値との比較に基づいてACTフラグFactのオン/オフ判定を行う構成としてもよい。
・本実施形態では、制御対象毎に第1ECU(VFCECU)16と第2ECU(IFSECU)31との2つのECUを設けたが、これらを統合した一つのECUで流量制御弁15及びギヤ比可変アクチュエータ30の制御を行う構成としてもよい。
次に、以上の実施形態から把握することのできる請求項以外の技術的思想を記載する。
(イ)油圧ポンプと、その油圧に基づいて操舵系にアシスト力を付与するパワーシリンダと、前記油圧ポンプに還流する圧油の分配比率を変化させることにより前記パワーシリンダに供給する圧油の流量を変更可能な流量制御装置と、前記流量制御装置を制御する制御手段とを備えたパワーステアリング装置であって、前記操舵輪の実舵角を検出する検出手段を備え、前記制御手段は、前記アシスト力を付与するための前記流量を確保するアシストモードと、前記流量を前記アシストモードにおける流量よりも小とするスタンバイモードとを有し、車両走行時には、前記実舵角と閾値との比較に基づいて前記アシストモード又はスタンバイモードの切り替えを行うとともに、車速が小となるほど前記閾値を大とすること、を特徴とするパワーステアリング装置。
1…パワーステアリング装置、2…ステアリングホイール、6…操舵輪、11…油圧ポンプ、12…パワーシリンダ、15…流量制御弁、16…第1ECU(VFCECU)、21…ポンプ本体、22…ポンプポート、23…リターンポート、24…可変オリフィス、26…スプール、28…戻り流路、29…ソレノイド、30…ギヤ比可変アクチュエータ、31…第2ECU(IFSECU)、35…モータ、37…操舵角センサ、38…車速センサ、39…回転角センサ、41…マイコン、42…駆動回路、44…ギヤ比可変制御演算部、45…微分ステア制御演算部、46…加算器、47…FB制御演算部、48…電圧指令値演算部、49…PWM制御演算部、50…ACTフラグ判定部、51…マイコン、52…駆動回路、53…目標タイヤ角演算部、54…スタンバイ/アシスト判定部、55…流量指令値演算部、55a…スタンバイ流量マップ、55b…アシスト流量マップ、56…閾値演算部、56a…閾値演算マップ、57…流量指令値フィルタ演算部、57a…ローパスフィルタ、58…電圧指令値演算部、59…PWM制御演算部、Q…供給流量、V…車速、θs…操舵角、ωs…操舵速度、θt…タイヤ角、Q*,Q**…流量指令値、Qa…アシスト流量、Qs…スタンバイ流量、θt*…目標タイヤ角、ωt*…目標タイヤ角速度、θta…ACT角、θta*…ACT指令角、θts…ステア転舵角、θgr*…ギヤ比可変ACT指令角、θls*…微分ステアACT指令角、V_as…スタンバイ/アシスト判定値、Fact…ACTフラグ(IFS Action Flag)、α,β,γ…閾値。