JP4059963B2 - 酸化物超電導導体の製造方法 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は結晶方位の整った多結晶薄膜の製造方法と酸化物超電導導体の製造方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
近年になって発見された酸化物超電導体は、液体窒素温度を超える臨界温度を示す優れた超電導体であるが、現在、この種の酸化物超電導体を実用的な超電導体として使用するためには、種々の解決するべき問題点が存在している。その問題点の1つが、酸化物超電導体の臨界電流密度が低いという問題である。
【0003】
前記酸化物超電導体の臨界電流密度が低いという問題は、酸化物超電導体の結晶自体に電気的な異方性が存在することが大きな原因となっており、特に酸化物超電導体はその結晶軸のa軸方向とb軸方向には電気を流し易いが、c軸方向には電気を流しにくいことが知られている。このような観点から酸化物超電導体を基材上に形成してこれを超電導導体として使用するためには、基材上に結晶配向性の良好な状態の酸化物超電導層を形成し、しかも、電気を流そうとする方向に酸化物超電導層の結晶のa軸あるいはb軸を配向させ、その他の方向に酸化物超電導体のc軸を配向させる必要がある。
【0004】
従来、基板や金属テープ等の基材上に結晶配向性の良好な酸化物超電導層を形成するために種々の手段が試みられてきた。その1つの方法として、酸化物超電導体と結晶構造の類似したMgOあるいはSrTiO3などの単結晶基材を用い、これらの単結晶基材上にスパッタリングなどの成膜法により酸化物超電導層を形成する方法が実施されている。
前記MgOやSrTiO3の単結晶基板を用いてスパッタリングなどの成膜法 を行なえば、酸化物超電導層の結晶が単結晶基板の結晶を基に結晶成長するために、その結晶配向性を良好にすることが可能であり、これらの単結晶基板上に形成された酸化物超電導層は、数10万A/cm2程度の十分に高い臨界電流密度 を発揮することが知られている。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】
ところで、酸化物超電導体を導電体として使用するためには、テープ状などの長尺の基材上に結晶配向性の良好な酸化物超電導層を形成する必要がある。ところが、金属テープなどの基材上に酸化物超電導層を直接形成すると、金属テープ自体が多結晶体でその結晶構造も酸化物超電導体と大きく異なるために、結晶配向性の良好な酸化物超電導層は到底形成できないものである。しかも、酸化物超電導層を形成する際に行なう熱処理によって金属テープと酸化物超電導層との間で拡散反応が生じて酸化物超電導層の結晶構造が崩れ、超電導特性が劣化する問題がある。
【0006】
そこで従来、金属テープなどの基材上に、スパッタ装置を用いてMgOやSrTiO3などの中間層を被覆し、この中間層上に酸化物超電導層を形成すること が行なわれている。ところがこの種の中間層上にスパッタ装置により形成した酸化物超電導層は、単結晶基材上に形成された酸化物超電導層よりもかなり低い臨界電流密度(例えば数1000〜10000A/cm2程度)しか示さないとい う問題があった。これは、以下に説明する理由によるものと考えられる。
【0007】
図14は、金属テープなどの基材1の上にスパッタ装置により中間層2を形成し、この中間層2上にスパッタ装置により酸化物超電導層3を形成した酸化物超電導導体の断面構造を示すものである。図14に示す構造において、酸化物超電導層3は多結晶状態であり、多数の結晶粒4が無秩序に結合した状態となっている。これらの結晶粒4の1つ1つを個々に見ると各結晶粒4の結晶のc軸は基材表面に対して垂直に配向しているものの、a軸とb軸は無秩序な方向を向いているものと考えられる。
【0008】
このように酸化物超電導層の結晶粒毎にa軸とb軸の向きが無秩序になると、結晶配向性の乱れた結晶粒界において超電導状態の量子的結合性が失なわれる結果、超電導特性、特に臨界電流密度の低下を引き起こすものと思われる。
また、前記酸化物超電導体がa軸およびb軸配向していない多結晶状態となるのは、その下に形成された中間層2がa軸およびb軸配向していない多結晶状態であるために、酸化物超電導層3を成膜する場合に、中間層2の結晶に整合するように酸化物超電導層3が成長するためであると思われる。
【0009】
ところで、前記酸化物超電導体の応用分野以外において、多結晶体の基材上に各種の配向膜を形成する技術が利用されている。例えば光学薄膜の分野、光磁気ディスクの分野、配線基板の分野、高周波導波路や高周波フィルタ、空洞共振器などの分野であるが、いずれの技術においても基材上に膜質の安定した配向性の良好な多結晶薄膜を形成することが課題となっている。即ち、多結晶薄膜の結晶配向性が良好であるならば、その上に形成される光学薄膜、磁性薄膜、配線用薄膜などの質が向上するわけであり、更に基材上に結晶配向性の良好な光学薄膜、磁性薄膜、配線用薄膜などを直接形成できるならば、なお好ましい。
【0010】
そこで本発明者らは、金属テープの基材上にイットリウム安定化ジルコニア(以下、YSZと略称する)の多結晶薄膜を形成し、この多結晶薄膜上に酸化物超電導層を形成することで、超電導特性の優れた酸化物超電導導体を製造する試みを種々行っている。
そして、このような試みの中から本発明者らは先に、特開平4−329865号(特願平3−126836号)、特開平4−331795号(特願平3−126837号)、特開平4−90025号(特願平2−205551号)、特開平6−39368号(特願平4−13443号)、特開平6−145977号(特願平4−293464号)などにおいて、結晶配向性に優れた多結晶薄膜、およびそれを利用した酸化物超電導導体の特許出願を行っている。
【0011】
これらの特許出願に記載された技術によれば、基材上にYSZの粒子を堆積させる際に、基材の斜め方向からイオンビームを照射すると、結晶配向性に優れた多結晶薄膜を形成することができるものである。
また、前記の特許出願に並行して本発明者らは、長尺または大面積の多結晶薄膜および酸化物超電導導体を製造するための研究を行なっているが、結晶配向性において更に優れた多結晶薄膜を製造する方法、および、多結晶薄膜上に超電導層を形成した場合に従来よりも更に優れた超電導特性を得ることを課題として研究を進めた結果本願発明に到達した。
【0012】
本発明は前記の背景に基づき、前記特許出願の技術を発展させるとともに、前記課題を有効に解決するためになされたもので、基材の成膜面に対して直角向きに結晶軸のc軸を配向させることができると同時に、成膜面と平行な面に沿って結晶粒の結晶軸のa軸およびb軸をも揃えることができ、結晶配向性に優れた多結晶薄膜を提供すること、および、結晶配向性に優れた臨界電流密度の高い酸化物超電導層を備えた酸化物超電導導体を提供することを目的とする。
また、本発明は、結晶配向性に優れた多結晶薄膜を製造するための装置の提供を目的とする。
【0013】
【課題を解決するための手段】
本発明は前記課題を解決するために、ターゲットから発生させた粒子を基材上に堆積させ、基材上にターゲットの構成元素からなる多結晶薄膜を形成し、次いでこの多結晶薄膜上に酸化物超電導層を形成する酸化物超電導導体の製造方法において、ターゲットの粒子を基材上に堆積させる際に、イオンソースが発生させたイオンビームを基材の成膜面の法線に対して50〜60度の範囲の入射角度で斜め方向から照射しながら前記粒子を堆積させて多結晶薄膜を形成させるとともに、成膜時の温度を300℃以下に設定し、多結晶薄膜形成後にその上に酸化物超電導層を形成することを特徴とする。
【0015】
本発明は前記課題を解決するために、前記においてイットリウム安定化ジルコニアのターゲットを用いるものである。本発明は前記課題を解決するために、前記において基材上に生成させる多結晶薄膜の厚さを200nm以上とするものである。
【0018】
【発明の実施の形態】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。
図1は本発明方法を実施してYSZ(イットリウム安定化ジルコニア)の多結晶薄膜を基材上に形成したものの一構造例を示すものであり、図1において、Aはテープ状の基材、Bは基材Aの上面に形成された多結晶薄膜を示している。
前記基材Aは、この例ではテープ状のものを用いているが、例えば、板材、線材、条体などの種々の形状のものを用いることができ、基材Aは、銀、白金、ステンレス鋼、銅、ハステロイ等のニッケル合金などの各種金属材料、もしくは、各種ガラスまたは各種セラミックスなどからなるものである。
【0019】
前記多結晶薄膜Bは、立方晶系の結晶構造を有するYSZ、あるいは、CeO2などの微細な結晶粒20が、多数、相互に結晶粒界を介して接合一体化されてなり、各結晶粒20の結晶軸のc軸は基材Aの上面(成膜面)に対して直角に向けられ、各結晶粒20の結晶軸のa軸どうしおよびb軸どうしは、互いに同一方向に向けられて面内配向されている。そして、各結晶粒20のa軸(またはb軸)どうしは、それらのなす角度(図2に示す粒界傾角K)を35度以内にして接合一体化されている。なお、この粒界傾角Kの値は後述する多結晶薄膜Bの製造方法において成膜時の温度を制御することで調整することが可能であり、成膜時の温度制御により35度よりも小さな値まで調整することができる。
【0020】
図3は、本発明の多結晶薄膜の製造方法の実施に好適に用いられる多結晶薄膜の製造装置の一例を示す図である。
この例の多結晶薄膜の製造装置は、テープ状の基材Aを支持するとともに所望温度に加熱または冷却することができるブロック状の基材ホルダ23と、基材ホルダ23上にテープ状の基材Aを送り出すための基材送出ボビン(送出装置)24と、多結晶薄膜が形成されたテープ状の基材Aを巻き取るための基材巻取ボビン(巻取装置)25と、前記基材ホルダ23の斜め上方に所定間隔をもって対向配置された板状のターゲット36と、このターゲット36の斜め上方においてターゲット36の下面に向けて配置されたスパッタビーム照射装置(スパッタ手段)38と、前記基材ホルダ23の側方に所定間隔をもって対向され、かつ、前記ターゲット36と離間して配置されたイオンソース39と、冷却装置Rが、真空排気可能な真空チャンバ(成膜処理容器)40に設けられた構成とされている。
【0021】
前記基材ホルダ23は、通電により抵抗発熱する金属線等からなる加熱ヒータ23aを内蔵して構成され、基材ホルダ23の上に送り出されたテープ状の基材Aを必要に応じて所望の温度に加熱できるようになっている。このような基材ホルダ23は、成膜処理容器40内のイオンソース39から照射されるイオンビームの最適照射領域に配設されている。また、この基材ホルダ23が側面三角型の基台60に装着されて設けられ、この基台60が成膜処理容器40の外壁40aを貫通して設けられた冷媒導入管61により成膜処理容器40の中央部に支持され、基台60と冷媒導入管61を主体として冷却装置Rが構成されている。
【0022】
この形態の基台60は、図5に示すように断面三角型の中空の金属ブロック製とされ、その上面60aは後述するイオンビームの基材に対する入射角度を50〜60度の範囲にできるように傾斜面とされている。また、基台60の背面60bに冷媒導入管61が接続されるとともに、冷媒導入管61は、内部の往管62とその外部を覆う戻管63とからなる2重構造とされていて、往管62と戻管63がいずれもチャンバ内部で基台60の内部空間に連通されているとともに、これらがいずれもほぼ水平に延出されて成膜処理容器40の外壁40aを貫通して外部に導出され、外部において両管が上方に湾曲されているとともに、往管62の先端部に戻管63の先端部よりも若干上方に突出した注入部64が形成されていて、更に注入部64に漏斗状の注入部材65が装着されて構成されている。
【0023】
そして、往管62の基台60側の先端部と戻管63の基台60側の先端部はいずれも基台60の背面60bの接続孔に気密に接合されているので、成膜処理容器40の内部を減圧した場合においても基台60の内部を成膜処理容器外部の大気圧状態とすることができ、前述の注入部材65の内部に液体窒素などの液体冷媒、あるいは冷却空気などの気体冷媒等を送り込み、基台60の内部を冷媒で満たすことができるように構成されている。
【0024】
また、往管62と戻管63を設けたのは、往管62のみで冷媒導入管61を構成すると注入部材65に液体窒素を投入して往管62から基台60に液体窒素を送入しようとしても、先に送入している液体窒素または蒸発した窒素ガスが基台60の内部に滞留し、新たな液体窒素を基台60に供給できなくなることを防止するためである。この点において戻管63を設けてあるならば、基台60内に滞留している古い液体窒素や気化した窒素ガスを戻管63を介して大気中に排出することが容易にできるので、基台60に常に新鮮な液体窒素を供給して基台60を十分に冷却することができ、冷却能力を高めることができる。更に、往管62の外部を戻管63で覆う2重構造を採用するならば、戻管63を通過している冷媒や窒素ガスで往管62を覆うことができる構成であるので、戻管63の内部の冷媒で往管62を冷却することができ、往管62の内部において冷媒の温度を不要に高めてしまうことを防止できる。
【0025】
更に、冷媒供給管61はフランジ板66を貫通して設けられ、このフランジ板66は成膜処理容器40の外壁40aに形成された取付孔40bを塞いで外壁40aにネジ止め等の固定手段により着脱自在に固定されている。また、前記フランジ板66には、基台60の温度計測用の温度計測装置67が冷媒供給管61に隣接するように装着され、この温度計測装置67に接続された温度センサ68により基材ホルダ23の温度を計測できるように構成されている。即ち、基台60の上面60a上に図5の2点鎖線の如く基材ホルダ23をセットした場合にこの温度センサ68を基材ホルダ23に接触させておくことで基材ホルダ23の温度を計測できるように構成されている。
【0026】
以上のことから、前記加熱ヒータ23aにより常温よりも高い温度に基材ホルダ23を加熱して基材Aを加熱するか、基台60により基材Aを冷却することにより、基材Aを所望の温度、例えば+500℃〜−196℃の範囲の温度に調節できるように構成されている。即ち、ヒータ加熱により、常温〜500℃程度までは容易に加熱調整することができ、更に、ヒータを停止して冷却用の媒体として液体窒素などの冷媒を用いて上述の冷却装置により77K(約−196℃)程度まで容易に冷却することができる。
【0027】
なお、ここで用いる冷却装置Rは図5に示す構成のものに限らないので、クーラー等の通常の冷却装置に用いられるフロン等のフッ素系ガスやアンモニアを用いた冷却装置で−30℃程度に冷却できる装置を設けても良いのは勿論である。また、成膜の際に基材にはターゲットからの高熱粒子の飛来により自然加熱されるので、例えば、常温で成膜して基材ホルダに一切加熱や冷却を行わない場合に基材は100℃程度に加熱されることになる。また、液体窒素で冷却しながら成膜する場合、基材を供給する基材ホルダ23の材質や厚さを調節することで、基台60から基材Aを冷却する能力を調整できる。例えば、薄く、熱伝導性に優れた基材ホルダ23を用い、冷媒導入管61からの液体窒素の供給量を充分に確保した場合は成膜時の発熱を差し引いても−150℃程度まで容易に冷却することができ、逆に基材ホルダ23を厚い金属材料で形成することで基台60からの冷却能力を低く抑えることができ、このようにした場合に液体窒素冷媒を用いても基材Aの温度を−150〜−50℃程度まで容易に調整することができる。
【0028】
この例の多結晶薄膜Bの製造装置においては、前記基材送出ボビン24から基材ホルダ23上にテープ状の基材Aを連続的に送り出し、前記最適照射領域を通過させた後に基材Aを基材巻取ボビン25で巻き取ることで基材A上に多結晶薄膜Bを連続成膜することができるようになっている。
【0029】
前記ターゲット36は、目的とする多結晶薄膜を形成するためのものであり、目的の組成の多結晶薄膜と同一組成あるいは近似組成のものなどを用いることができる。ターゲット36として具体的には、MgOあるいはY2O3で安定化したジルコニア(YSZ)、CeO2、MgO、SrTiO3などを用いるがこれに限るものではなく、形成しようとする多結晶薄膜に見合うターゲットを適宜用いれば良い。このようなターゲット36は、ピン等によりターゲット支持体36aに回動自在に取り付けられており、傾斜角度を調整できるようになっている。
前記スパッタビーム照射装置(スパッタ手段)38は、容器の内部に、蒸発源を収納し、蒸発源の近傍に引き出し電圧をかけるためのグリッドを備えて構成されているものであり、ターゲット36に対してイオンビームを照射してターゲット36の構成粒子を基材Aに向けて叩き出すことができるものである。
【0030】
前記イオンソース39は、スパッタビーム照射装置38と略同様の構成のものであり、容器の内部に蒸発源を収納し、蒸発源の近傍に引き出し電圧をかけるためのグリッドを備えて構成されている。そして、前記蒸発源から発生した原子または分子の一部をイオン化し、そのイオン化した粒子をグリッドで発生させた電界で制御してイオンビームとして照射する装置である。粒子をイオン化するには直流放電方式、高周波励起方式、フィラメント式、クラスタイオンビーム方式などの種々のものがある。フィラメント式はタングステン製のフィラメントに通電加熱して熱電子を発生させ、高真空中で蒸発粒子と衝突させてイオン化する方法である。また、クラスタイオンビーム方式は、原料を入れたるつぼの開口部に設けられたノズルから真空中に出てくる集合分子のクラスタを熱電子で衝撃してイオン化して放射するものである。
【0031】
この形態の多結晶薄膜の製造装置においては、図4に示す構成の内部構造のイオンソース39を用いる。このイオンソース39は、筒状のイオン室45の内部にグリッド46とフィラメント47とArガスなどの導入管48とを備えて構成され、イオン室45の先端のビーム口49からイオンをビーム状に略平行に放射できるものである。このイオンソース39の設置位置は、変更できるようになっており、また、ビーム口49の口径dも変更できるようになっている。
【0032】
前記イオンソース39は、図3に示すようにその中心軸線Sを基材Aの成膜面に対して入射角度θ(基材Aの垂線(法線)Hと中心線Sとのなす角度)でもって傾斜させて対向されている。この入射角度θは50〜60度の範囲が好ましいが、より好ましくは55〜60度の範囲、最も好ましくは55度である。従ってイオンソース39は基材Aの成膜面の法線Hに対してある入射角度θでもってイオンビームを照射できるように配置されている。
【0033】
また、前記イオンソース39は、これから放射されるイオンビームの広がり角度Δθが下記式(I)
Δθ≦2tan-1(d/2L) ・・・(I)
(式中、Δθはイオンビームの広がり角度、dはイオンソース39のビーム口径(cm)、Lはイオンソース39のビーム口49と基材Aとの距離であるイオンビームの搬送距離(cm)を表す。)により計算できるため、目的とする多結晶薄膜の結晶配向性に応じてイオンビームの搬送距離Lとビーム口径dが設定されている。このイオンビームの広がり角度Δθは5度以下が好ましく、より好ましくは3度以下の範囲である。例えば、L=40cmの場合、d≦3.49cmとすればΔθ≦5゜に制御することができ、d≦2.09cmとすればΔθ≦3゜に制御することができる。
【0034】
なお、前記のイオンソース39によって基材Aに照射するイオンビームは、YSZの中間層を形成する場合にHe+、Ne+、Ar+、Xe+、Kr+などの希ガスのイオンビーム、あるいは、それらと酸素イオンの混合イオンビームなどで良いが、特にCeO2の中間層を形成する場合には、Kr+のイオンビーム、あるいはKr+とXe+の混合イオンビームを用いる。
【0035】
また、前記成膜処理容器40には、この成膜処理容器40内を真空などの低圧状態にするためのロータリーポンプ51およびクライオポンプ52と、ガスボンベなどの雰囲気ガス供給源がそれぞれ接続されていて、成膜処理容器40の内部を真空などの低圧状態で、かつ、アルゴンガスあるいはその他の不活性ガス雰囲気または酸素を含む不活性ガス雰囲気にすることができるようになっている。
さらに、前記成膜処理容器40には、この成膜処理容器40内のイオンビームの電流密度を測定するための電流密度計測装置54と、前記容器40内の圧力を測定するための圧力計55が取り付けられている。
なお、この形態の多結晶薄膜の製造装置において、イオンソース39の支持部分に角度調整機構を取り付けてイオンソース39の傾斜角度を調整し、イオンビームの入射角度を調整するようにしても良く、角度調整機構は種々の構成のものを採用することができるのは勿論である。また、イオンソース39の設置位置を変更することにより、イオンビームの搬送距離Lを変更できるようにしたが、基材ホルダ23の支持体23aの長さを調整できるようにして、イオンビームの搬送距離Lを変更できるようにしても良い。
【0036】
次に前記構成の製造装置を用いてテープ状の基材A上にYSZの多結晶薄膜を形成する場合について説明する。
テープ状の基材A上に多結晶薄膜を形成するには、YSZあるいはCeO2などからなるターゲット36を用い、基材Aを収納している成膜処理容器40の内部を真空引きして減圧雰囲気とするとともに、基材送出ボビン24から基材ホルダ23に基材Aを所定の速度で送り出し、さらにイオンソース39とスパッタビーム照射装置38を作動させる。
【0037】
また、基材ホルダ23に付設した加熱ヒータあるいは冷却装置を作動させて基材ホルダ23に接する基材Aの温度を300℃以下の所望の温度に調節する。基材Aの設定温度は、後述するYSZの結晶配向性の結果と、後述する超電導層の臨界電流密度のデータから、300℃以下の範囲でもできるだけ低い温度に設定することが好ましい。300℃以下に成膜温度を設定する場合、常温において基材Aを基材ホルダ23で特に加熱しない場合の基材温度を示す100℃以下の温度範囲が好ましく、冷媒として安価に多用できる液体窒素により容易に冷却できる−150℃以上の温度範囲がより好ましい設定温度となる。
【0038】
ところで、液体窒素を注入部材65に投入し、ここから往管62を介して基台60の内部空間に液体窒素を満たす場合に、堆積する粒子による加熱状態あるいは成膜処理容器40に設けた他の装置からの熱輻射等により、液体窒素を用いてできるだけ薄い基材ホルダを採用しても基材Aの温度は−150℃程度に冷却することが限界であるので、これ以上低温に冷却する場合は、液体ヘリウム等の他の冷媒を用いることになる。
【0039】
スパッタビーム照射装置38からターゲット36に対してイオンビームを照射すると、ターゲット36の構成粒子が叩き出されて基材A上に飛来する。
そして、基材ホルダ23上に送り出された基材A上にターゲット36から叩き出した構成粒子を堆積させると同時にイオンソース39から、例えば、Ar+イオンと酸素イオンの混合イオンビームを照射して所望の厚みの多結晶薄膜Bを成膜し、成膜後のテープ状の基材Aを基材巻取ボビン25に巻き取る。
【0040】
ここでイオンビームを照射する際の入射角度θは、50〜60度の範囲が好ましく、より好ましくは55〜60度の範囲、最も好ましくは55度である。ここでθを90度とすると、多結晶薄膜のc軸は基材A上の成膜面に対して直角に配向するものの、基材Aの成膜面上に(111)面が立つので好ましくない。
また、θを30度とすると、多結晶薄膜はc軸配向すらしなくなる。前記のような好ましい範囲の入射角度でイオンビーム照射するならば多結晶薄膜の結晶の(100)面が立つようになる。このような入射角度でイオンビーム照射を行ないながらスパッタリングを行なうことで、基材A上に形成されるYSZの多結晶薄膜の結晶軸のa軸どうしおよびb軸どうしは互いに同一方向に向けられて基材Aの上面(成膜面)と平行な面に沿って面内配向する。
【0041】
この実施形態の多結晶薄膜の製造方法にあっては、前述のように真空排気可能な成膜処理容器40内に設けたターゲット36の構成粒子をスパッタリングにより叩き出して基材A上に堆積させる際に、イオンソース39から発生させたイオンビームを基材Aの成膜面の法線Hに対して入射角度50〜60度で照射しつつ堆積させ、基材A上に多結晶薄膜を成膜する方法において、基材Aの温度を所望の温度に制御することによって、より結晶配向性の良好なものを得ることができる。なお、イオンビームの入射角度の調整は、基台60の上面60aの傾斜角度の異なるものを複数用意しておき、適宜所望角度のものを交換してから成膜処理を行うことで実現できる。
【0042】
ここで、後述する実施例で明らかにされる如く、基材温度を300℃に設定することで粒界傾角35度のYSZの多結晶薄膜を得ることができ、200℃に設定することで粒界傾角25度のYSZの多結晶薄膜を得ることができ、100℃に設定することで粒界傾角18度のYSZの多結晶薄膜を得ることができ、0℃に設定することで粒界傾角13度のYSZの多結晶薄膜を得ることができ、−100℃に設定することで、粒界傾角10度のYSZの多結晶薄膜を得ることができ、−150℃に設定することで、粒界傾角8度のYSZの多結晶薄膜を得ることができる。
【0043】
そして、前述のようにして形成された多結晶薄膜上にスパッタリングやレーザ蒸着法などの成膜法により酸化物超電導層Cを積層することで図5に示す構造の酸化物超電導導体22を得ることができる。
この酸化物超電導層Cは、多結晶薄膜Bの上面に被覆されたものであり、その結晶粒23のc軸は多結晶薄膜Bの上面に対して直角に配向され、その結晶粒23…のa軸とb軸は先に説明した多結晶薄膜Bと同様に基材上面と平行な面に沿って面内配向し、結晶粒23どうしが形成する粒界傾角が小さな値に形成されている。
【0044】
この酸化物超電導層を構成する酸化物超電導体は、Y1Ba2Cu3O7-x、Y2Ba4Cu8Oy、Y3Ba3Cu6Oyなる組成、あるいは(Bi,Pb)2Ca2Sr2Cu3Oy、(Bi,Pb)2Ca2Sr3Cu4Oyなる組成、あるいは、Tl2Ba2Ca2Cu3Oy、Tl1Ba2Ca2Cu3Oy、Tl1Ba2Ca3Cu4Oyなる組成などに代表される臨界温度の高い酸化物超電導体である。
【0045】
ここで前述のようにして粒界傾角が35〜8度程度に精度良く揃えられた多結晶薄膜上にスパッタリングやレーザ蒸着法などの成膜法により酸化物超電導層Cを形成するならば、この多結晶薄膜上に積層される酸化物超電導層Cも多結晶薄膜の配向性に整合するようにエピタキシャル成長して結晶化する。
よって前記多結晶薄膜B上に形成された酸化物超電導層Cは、結晶配向性に乱れが殆どなく、この酸化物超電導層Cを構成する結晶粒の1つ1つにおいては、基材Aの厚さ方向に電気を流しにくいc軸が配向し、基材Aの長さ方向にa軸どうしあるいはb軸どうしが配向している。従って得られた酸化物超電導層Cは、結晶粒界における量子的結合性に優れ、結晶粒界における超電導特性の劣化が殆どないので、基材Aの長さ方向に電気を流し易くなり、MgOやSrTO3の単結晶基板上に形成して得られる酸化物超電導層と同じ程度の十分に高い臨界電流密度が得られる。
【0046】
なお、基材温度を300℃に設定し、粒界傾角35度のYSZの多結晶薄膜を得たものにおいては酸化物超電導層の臨界電流密度として55000A/cm2を得ることができ、基材温度を200℃に、粒界傾角25度のYSZの多結晶薄膜を得たものは酸化物超電導層の臨界電流密度として180000A/cm2を得ることができ、基材温度を100℃、粒界傾角18度のYSZの多結晶薄膜を得たものは酸化物超電導層の臨界電流密度として550000A/cm2を得ることができる。また、基材温度を0℃に、粒界傾角13度のYSZの多結晶薄膜を得たものにおいては酸化物超電導層の臨界電流密度として800000A/cm2を得ることができ、基材温度を−100℃に、粒界傾角10度のYSZの多結晶薄膜を得たものにおいては酸化物超電導層の臨界電流密度として1300000A/cm2を得ることができ、基材温度を−150℃に、粒界傾角8度のYSZの多結晶薄膜を得たものにおいては酸化物超電導層の臨界電流密度として2500000A/cm2を得ることができる。
【0047】
以上説明の如く基材温度を300℃以下の適宜の温度に維持しつつイオンビーム照射を行って成膜することにより、YSZ多結晶薄膜Bの結晶配向性に優れ、臨界電流特性に優れた酸化物超電導導体22を得ることができる。
また、この例で得られる酸化物超電導導体はフレキシブル性に優れた長尺のテープ状とすることが容易であり、超電導マグネットの巻線等への応用が期待できる。
【0048】
なお、前述の多結晶薄膜Bの結晶配向性が整う要因として本発明らは、以下のことを想定している。
YSZの多結晶薄膜Bの結晶の単位格子は、立方晶であり、この結晶格子においては、基板法線方向が<100>軸であり、他の<010>軸と<001>軸はいずれも他の方向となる。これらの方向に対し、基板法線に対して斜め方向から入射するイオンビームを考慮すると、単位格子の原点に対して単位格子の対角線方向、即ち、<111>軸に沿って入射する場合に、基板法線に対する入射角度は54.7度となる。
【0049】
先に本願発明者らが特許出願している技術によれば、図14に示すようにイオンビームの入射角度に応じて得られるYSZの多結晶薄膜の結晶配向性を示す半値全幅の値はイオンビーム入射角度が55〜60度の範囲で極小値を示す。
ここで前記のように入射角度50〜60度の範囲で良好な結晶配向性を示すことは、イオンビームの入射角度が前記54.7度と一致するかその前後になった 場合、イオンチャンネリングが最も効果的に起こり、基材A上に堆積している結晶において、基材Aの上面で前記角度に一致する配置関係になった原子のみが選択的に残り易くなり、その他の乱れた原子配列のものはイオンビームのスパッタ効果によりスパッタされて除去される結果、配向性の良好な原子の集合した結晶のみが選択的に残って堆積してゆくものと推定している。
【0050】
なおこの際に、イオンビーム のYSZに対する照射効果として、基材に垂直にYSZの(100)面を立てる効果と面内方位を整える効果の2つを奏するが、本発明者としては、基材に垂直に正確に(100)面を立てる効果が主要であるものと推定している。それは、基材に垂直にYSZの(100)を立てる効果が不十分であると、必然的に面内配向性も乱れるためである。
【0051】
次に、イオンビームを成膜面の法線に対して50〜60度の入射角度で照射しながら成膜する場合に温度制御を行うと多結晶薄膜Bの粒界傾角Kの値が良好になる理由、換言すると、多結晶薄膜Bの結晶配向性が良好になる理由について本願発明者は以下のように推定している。
通常のスパッタ、レーザ蒸着等の成膜法において結晶性の良好な薄膜を得るためには、成膜雰囲気を高温度、例えば400〜600℃程度、あるいはそれ以上の温度に加熱しながら成膜することが常識的な知見である。このような高温度に加熱しつつ成膜することで一般的に結晶性の高い膜を得ていることは、成膜温度と結晶化との間に密接な関係が存在することを意味し、薄膜の製造分野において成膜温度が低い場合はアモルファス性に富む膜が生成し易いものと理解されている。
【0052】
しかしながら、本願発明に係る技術であるイオンビーム照射に伴う成膜技術を用いる場合は、イオンビームにより結晶を整える効果が極めて大きいために、成膜温度は逆にできるだけ低い温度が好ましい。これは、低い温度の方が結晶を構成する原子の運動や振動がそれだけ少なくなり、イオンビーム照射に伴う結晶を揃える効果がより効果的に発揮される結果として、結晶配向性に優れた多結晶薄膜Bが生成し易くなるものと推定している。
【0053】
即ち、本発明の技術によれば、低温になるほど[100]軸が安定した多結晶薄膜を得ることができ、それに伴って[111]軸の角度が一意的に決まること、および、結晶を構成する原子の熱振動によりディチャネリング(dechanneeling)が起こらなくなり、[111]軸に沿ったイオンの衝突断面積が減少して効果的な配向制御が可能になることによって結晶配向性が良くなるものと思われる。
なお、成膜温度が低温になるほど結晶配向性の高い多結晶薄膜Bを得ることができ、100℃以下の温度で多結晶薄膜Bを成膜した場合により優れた結晶配向性の多結晶薄膜Bが得られるという事実は、一般の成膜技術において高温度に加熱しながら成膜しなくては結晶性の高い膜を得ることが難しいという知見とは相反するものであり、この点においてイオンビームを斜めから照射しながら成膜する技術の特異性を知ることができる。
【0054】
【実施例】
(実施例1)
図3〜図5に示す構成の装置を使用し、イオンビーム照射を伴うスパッタリングを行ってYSZの多結晶薄膜を金属テープ上に成膜した。図3に示す装置を収納した真空容器内を真空ポンプで真空引きして3.0×10-4Torrに減圧するとともに、真空容器内にAr+O2のガスをArにおいては16.0sccm、O2ガスにおいては8.0sccmの割合で供給した。
基材として、表面を鏡面加工した幅10mm、厚さ0.5mm、長さ数mのハステロイC276テープを使用した。ターゲットはYSZ(Y2O3:8モル%)製のものを用い、Ar+イオンをイオンガンからターゲットに照射してスパッタするとともに、イオンガンからのイオンビームの入射角度を基材ホルダ上の基材テープの成膜面の法線に対して入射角55度に設定し、Kr++O2のイオンビームのエネルギーを300eV、イオン電流密度を100μA/cm2に設定して基材上にレーザ蒸着と同時にイオンビーム照射を行ない、基材テープを基材ホルダに沿って一定速度で移動させながら基材テープ上に厚さ1100nmのYSZ層を形成した。
【0055】
なお、前記の成膜の際に、基材ホルダの加熱ヒータを作動させ、成膜時の基材および多結晶薄膜の温度を500℃、400℃、300℃、200℃にそれぞれ制御した。また、加熱ヒータを作動させないで常温で成膜した場合、基材および多結晶薄膜の温度はイオンビーム照射効果および装置内部の他の部分からの発熱等により100℃の温度に維持された。更に比較のために、図5に示す冷却装置を用いて液体窒素で冷却し、用いる基材ホルダの厚さを変えて冷却することにより、基材および多結晶薄膜の温度を0℃、−100℃、−150℃にそれぞれ制御して多結晶薄膜をテープ状の基材上に形成した。
【0056】
得られた各試料におけるX線による(111)極点図と(100)極点図を求めた結果を図8〜図12と図18に示す。図8〜図12と図18とに示す結果から、前記の成膜時において、成膜温度を300℃以下の低い温度にする方が配向性が優れた状態([100]配向状態)になることを確認することができた。また、逆に、300℃よりも高い温度(400℃あるいは500℃)にすると[100]配向しなくなり、[111]配向となってしまうことも確認できた。
【0057】
次に、前記のようにc軸配向された各試料において、YSZ多結晶薄膜のa軸あるいはb軸が配向しているか否かを測定した。
その測定のためには、図7に示すように、基材A上に形成されたYSZの多結晶薄膜にX線を角度θで照射するとともに、入射X線を含む鉛直面において、入射X線に対して2θ(58.7度)の角度の位置にX線カウンター58を設置し、入射X線を含む鉛直面に対する水平角度φの値を適宜変更して、即ち、基材Aを図7において矢印に示すように回転角φだけ回転させることにより得られる回折強さを測定することにより多結晶薄膜Bのa軸どうしまたはb軸どうしの配向性を計測した。
【0058】
さらに、得られたYSZの多結晶薄膜の各結晶粒における結晶配向性を試験した。この試験では図7を基に先に説明した方法でX線回折を行なう場合、φの角度を−20度〜20度まで1度刻みの値に設定した際の回折ピークを測定した。そして、そのピーク値が±何度の範囲で現れ、±何度の範囲では消失しているか否かにより面内配向性を求めた。
【0059】
更にこれらの多結晶薄膜上にイオンビームスパッタ装置を用いて酸化物超電導層を形成した。ターゲットとして、Y0.7Ba1.7Cu3.0O7-xなる組成の酸化物超電導体からなるターゲットを用いた。また、蒸着処理室の内部を1×10-6トールに減圧し、スパッタリングを行なった。その後、400゜Cで60分間、酸素雰囲気中において熱処理した。得られた酸化物超電導テープ導体は、幅10.0mm、長さ1mのものである。
この酸化物超電導テープ導体を液体窒素により冷却し、中央部の幅10mm、長さ10mmの部分について4端子法により臨界温度と臨界電流密度の測定を行なった結果を求めた。
以上の測定結果において、成膜温度と面内配向性と臨界電流密度の関係を以下に示す。
【0060】
【0061】
この結果から、400℃以上の成膜温度では多結晶薄膜が[111]配向となってしまい、超電導層の臨界電流密度として良好な値が得られなかった。更に、300℃以下において成膜するならば、多結晶薄膜の結晶配向性も良好になり、臨界電流密度も高いものが得られた。そしてこの傾向は、成膜温度が低くなるほど顕著になり、このデータから、180000A/cm2以上の臨界電流密度を得るためには200℃以下の温度とすることが好ましく、550000A/cm2以上の臨界電流密度を得るためには100℃以下の温度とすることが好ましいことも判明した。以上のことから、高い臨界電流密度を得るための成膜温度範囲は、300℃〜−150℃の範囲内であっても、100℃〜−150℃の範囲がより好ましい。
【0062】
次に図13は、基材テープ上に形成した多結晶薄膜の半値全幅に対する膜厚依存性を示すものである。図13は100℃に基材テープを保持して前記と同じ条件で成膜した場合の結果である。
この結果から[100]軸の配向は、200nmを超える膜厚から安定し始めている。このことから、イオンビームを50〜60度の入射角度で斜め方向から照射しながら成膜する場合に、膜が堆積する初期の段階では結晶配向性が整っていない結晶が多少生じても、厚さが増加するにつれて結晶配向性が良好となり、[100]軸の配向状態から見て200nm以上の膜厚であれば結晶配向性に優れたものを得ることができることが明らかである。
【0063】
次に、図16は前述と同じ条件で製造したYSZの多結晶薄膜の蒸着時間と半値全幅の関係において、成膜温度100℃と200℃での値の比較を示し、図17は同YSZの多結晶薄膜の膜厚と半値全幅の関係において、成膜温度100℃と200℃での値の比較を示す。
いずれの図においても、200℃よりも低温の100℃で成膜した方が優秀な結晶配向性を示す多結晶薄膜を得られていることが示されている。
これらの試験結果から、より低い温度で成膜した方がより結晶配向性に優れた多結晶薄膜を得られることが明らかになった。
また、いずれの成膜温度においても、蒸着時間がある程度長くなくては、換言すると、膜厚がある程度厚くならなくては、良好な結晶配向性の多結晶薄膜を得にくいことも判明した。
【0064】
【発明の効果】
以上説明したように本発明方法によれば、ターゲットから発生させた粒子を基材に堆積させる際に、基材成膜面の法線に対して50度〜60度の入射角度でイオンビームを照射し、成膜温度を300℃以下にするので、基材の成膜面に対してc軸配向性に加えてa軸配向性とb軸配向性をも向上させた粒界傾角35度以下のYSZの多結晶薄膜を確実に得ることができる。
これは、基材上に堆積する構成原子において、規定の向きから外れた向きに配置された不安定な原子をイオンビームのイオンがスパッタ効果を発揮させて除去するので、規定の位置に配置された安定性の高い原子のみが選択的に残り易くなり、この結果として配向性の良好な粒子の堆積が主体的になされて配向性の良好な多結晶薄膜が得られたものと思われる。
また、成膜時の温度を300℃以下に制御することで、結晶を構成する原子の振動や運動を少なくすることができ、これらの影響力よりもイオンビームによる結晶配向性制御効果を大きくすることができる結果として配向性の良好な多結晶薄膜を得ることができる。また、イオンビームによる配向制御効果は、多結晶薄膜の特定の面を基材成膜面に垂直に正確に立てる作用を促進するものでもあるので、特定の面を基材成膜面に対して正確に位置決めできる結果として他の面の方向制御効果も向上させることができ、結果として膜全体としての結晶配向性に優れた結晶粒の集合体としての多結晶薄膜を得ることができる。
【0065】
そして、前述の温度で形成した配向性の良好な多結晶薄膜上に酸化物超電導層を形成するならば、結晶配向性の良好な酸化物超電導層を生成させることができ、これにより臨界電流密度の高い超電導特性の良好な酸化物超電導導体を得ることができる。
また、ターゲットから発生させて基材上に堆積させるものとして具体的にイットリウム安定化ジルコニアを用いることができ、結晶配向性に優れたイットリウム安定化ジルコニアの多結晶薄膜を得ることができる。
更に、得られる多結晶薄膜の厚さを200nm以上とするならば、十分に結晶配向性に優れた多結晶薄膜を確実に得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】 図1は、本発明方法により形成されたYSZの多結晶薄膜を示す断面図である。
【図2】 図2は、図1に示すYSZ多結晶薄膜の結晶粒とその結晶軸方向および粒界傾角を示す拡大平面図である。
【図3】 図3は、本発明方法を実施して基材上に多結晶薄膜を製造するための装置の一例を示す構成図である。
【図4】 図4は、図3に示す装置に設けられるイオンガンの一例を示す断面図である。
【図5】 図5は、図3に示す装置に設けられる冷却装置の一例を示す断面図である。
【図6】 図6は、図1に示すYSZ多結晶薄膜の上に形成された酸化物超電導層を示す断面図である。
【図7】 図7は、多結晶薄膜の結晶配向性を測定するためのX線装置の配置図である。
【図8】 図8は、イオンビーム入射角度55度、イオンビームエネルギー300evで100℃で成膜した多結晶薄膜の極点図である。
【図9】 図9は、イオンビーム入射角度55度、イオンビームエネルギー300evで200℃で成膜した多結晶薄膜の極点図である。
【図10】 図10は、イオンビーム入射角度55度、イオンビームエネルギー300evで300℃で成膜した多結晶薄膜の極点図である。
【図11】 図11は、イオンビーム入射角度55度、イオンビームエネルギー300evで400℃で成膜した多結晶薄膜の極点図である。
【図12】 図12は、イオンビーム入射角度55度、イオン ビームエネルギー300evで500℃で成膜した多結晶薄膜の極点図である。
【図13】 基材上に形成した多結晶薄膜の厚さと半値全幅の関係を示す図である。
【図14】 図14は、イオンビームの入射角度と得られた多結晶薄膜の半値全幅との関係を示すグラフである。
【図15】 図15は、従来方法で基材上に成膜された多結晶薄膜と酸化物超電導層を示す構成図である。
【図16】 図16は、本発明方法で得られた多結晶薄膜の半値全幅と蒸着時間の関係を示す図である。
【図17】 図17は、本発明方法で得られた多結晶薄膜の半値全幅と膜厚の関係を示す図である。
【図18】 図18は、イオンビーム入射角度55度、イオンビ ームエネルギー300evで0℃で成膜した多結晶薄膜の極点図である。
【符号の説明】
A…基材、B…多結晶薄膜、C…酸化物超電導層、K…粒界傾角、θ…入射角度、φ…回転角、20、21…結晶粒、22…酸化物超電導導体、23…基材ホルダ、24・・・基材送出ボビン(送出装置)、25・・・基材巻取ボビン(巻取装置)、36…ターゲット、38…イオンガン、39・・・イオンソース、40…成膜処理容器、R・・・冷却装置、60・・・基台、61・・・冷媒導入管、62・・・往管、63・・・戻管。
Claims (3)
- ターゲットから発生させた粒子を基材上に堆積させ、基材上にターゲットの構成元素からなる多結晶薄膜を形成し、次いでこの多結晶薄膜上に酸化物超電導層を形成する酸化物超電導導体の製造方法において、ターゲットの粒子を基材上に堆積させる際に、イオンソースが発生させたイオンビームを基材の成膜面の法線に対して50〜60度の範囲の入射角度で斜め方向から照射しながら前記粒子を基材上に堆積させて多結晶薄膜を成膜するとともに、成膜時の温度を300℃以下に設定し、多結晶薄膜形成後にその上に酸化物超電導層を形成することを特徴とする酸化物超電導導体の製造方法。
- イットリウム安定化ジルコニアのターゲットを用いることを特徴とする請求項1記載の酸化物超電導導体の製造方法。
- 基材上に生成させる多結晶薄膜の厚さを200nm以上とすることを特徴とする請求項1または2記載の酸化物超電導導体の製造方法。
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