JP3904187B2 - エタノール高生産性醤油主醗酵酵母株の分離識別用寒天培地及び同酵母株の分離法 - Google Patents
エタノール高生産性醤油主醗酵酵母株の分離識別用寒天培地及び同酵母株の分離法 Download PDFInfo
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Description
【発明が属する技術分野】
本発明は、エタノール高生産性醤油主醗酵酵母株の分離識別用寒天培地、同培地を用いるエタノール高生産性醤油主醗酵酵母株の分離法並びに同培地により分離されたエタノール高生産性醤油主醗酵酵母株を用いる、醤油及び味噌などの含塩醗酵食品の製造法に関する。
【0002】
【従来の技術】
醤油は大豆及び小麦蛋白質を麹菌酵素により加水分解して得られる調味料であると同時に、耐塩性の醤油酵母及び醤油乳酸菌の醗酵作用による発酵調味料でもあり、醤油醸造において、それらの微生物管理は品質のよい醤油を製造するための重要な因子である。
【0003】
醤油醸造に関わる耐塩性の醤油酵母には、分類学的にはチゴサッカロマイセスルーキシー(Zygosaccharomyces rouxii)の1属1種に属し、10〜20%の塩化ナトリウムの存在下でもグルコースをもとに旺盛なエタノール醗酵を行なう能力を有することから、主に醤油諸味のエタノール醗酵に寄与する醤油主発酵酵母と、この醤油主発酵酵母によるエタノール発酵が終了した頃から活躍し始めて、主として醤油特有の香気の生成に関与する、かつては後熟酵母群とも呼ばれていた、耐塩性キャンディダ(Candida)属酵母ないしは耐塩性トルロープシス(Torulopsis)属酵母とがある(栃倉辰六郎編著、醤油の科学と技術、日本醸造協会、163〜170 (1988))。
【0004】
この醤油主醗酵酵母と後熟酵母群とを分離識別する方法としては、下記のものが既に報告されている。
(1)醤油主醗酵酵母は高濃度の塩化ナトリウム存在下でもマルトースを資化できるが、後熟酵母群(例えば耐塩性トルロープシス属酵母)は資化できないので、この高塩下におけるマルトース資化性の差を利用して、マルトースを唯一の炭素源とする加塩寒天栄養平板培地上での生育の有無に基づいて、これらの酵母を分離識別する(茂木恵太郎ら、農化、42、466 (1968))。
(2)後熟酵母群は、18%の塩化ナトリウム存在下、かつpH4.5以上の条件下において、亜鉛イオンに対する耐性を示すが、醤油主醗酵酵母はその耐性を持たないことを利用して、18%塩化ナトリウム及び特定濃度の亜鉛イオン(塩化亜鉛)ないしはリチウムイオン(リチウムイオン)を含有することを特徴とする寒天栄養平板培地上での生育の有無に基づいて、これらの酵母を分離識別する(馬場林留ら、農化、51、261 (1977))。以下、これらの培地をそれぞれ「Z培地」及び「L培地」と略す。
(3)醤油主醗酵酵母はオルソバニリンにより生育が阻害されないが、後熟酵母群(例えば耐塩性トルロープシス属酵母)は生育が阻害されることを利用して、オルソバニリン加寒天栄養平板培地上での生育の有無に基づいて、これらの酵母を分離識別する(奥沢洋平ら、醤研、6、138(1980))。この培地を「OV培地」と略す。
【0005】
(4)しかしながら、一概に醤油主醗酵酵母と言っても、株によってその性質は異なっており、醤油諸味中での増殖能やエタノール醗酵能にも大きな違いがある。そのために、実際の醤油醸造工程の諸味中には、多数の醤油主醗酵酵母株が混在して、醤油主醗酵酵母叢を形成しているが、これらの醤油主醗酵酵母株のすべてが醤油諸味のエタノール醗酵に同等に関与しているわけではなく、主にエタノール醗酵を担っている株はほんのごく少数に過ぎないことを、醤油主醗酵酵母叢のフローラ解析を通じて確認した。
【0006】
このような、醤油諸味のエタノール醗酵を担っている主要株の性質としては、(1)諸味中での増殖が良好であり、それゆえにエタノール醗酵過程における諸味中での醤油主醗酵酵母叢に占めるその株の占有率が高く、(2)しかも株そのもののエタノール生産性が高いことが必要であろうと推察される。
【0007】
醤油主醗酵酵母株のエタノール生産性を評価する従来の方法としては、10〜20%塩化ナトリウムを含む酵母用栄養培地(以下、「C培地」と略す)か、あるいはオルソバニリン及び10〜18%塩化ナトリウムを含む酵母用栄養培地「OV培地」に適当量の被検菌を塗抹して、30℃条件下で3〜10日間培養し、寒天培地上に形成された醤油主醗酵酵母株のコロニーについて、あるいは更に18%塩化ナトリウムを含む酵母用栄養培地「L」培地上で生育が阻害される事を調べた上で、これらのコロニーを無作為ないしは全数釣菌して、醤油諸味又は諸味液汁に個別接種して、更に30℃条件下で所定時間培養して、それぞれのエタノール生産量ないしは炭酸ガス生産量をガスクロマトグラフィー法などによりいちいち計測し、それぞれの株の乾燥ないしは湿菌体重量当たり、時間当たりのエタノール生産量ないしは炭酸ガス生産量を算出して、この値を株間で比較することを通して評価する方法しかなく、多大な時間と労力を要する面倒な作業である。
【0008】
【発明が解決しようとする課題】
本発明の目的は、醤油諸味中での被検菌の増殖能検査や諸味又はその液汁での培養評価試験を行うことなく、醤油主発酵酵母のエタノール醗酵能を非常に簡単に、正確かつ迅速に評価できる培地を得ること、また同培地を用いてエタノール高生産性醤油主醗酵酵母株を確実に分離すること、またさらに分離されたエタノール高生産性醤油主醗酵酵母株を醤油製造などに用いて、エタノール発酵の適正化と迅速化を図り、優れた風味を有する醤油及び味噌などの含塩醗酵食品を得ることにある。
【0009】
【課題を解決するための手段】
本発明者は、上記の目的を達成するために、鋭意研究を重ねた結果、醤油諸味中に混在する多数の醤油酵母の中から、まず従来公知の醤油主醗酵酵母と後熟酵母群とを分離識別する方法、例えばOV培地及びL培地を利用して醤油諸味、或いは発酵熟成中の味噌から醤油主醗酵酵母株のみを分離した。そして得られた醤油主醗酵酵母株の集団を「特定濃度のグルコース及び硫酸銅を含む寒天培地」及び/又は「特定濃度のグルコース及び塩化マンガンを含む寒天培地」に接種し、生育が観察されたコロニーから高頻度にエタノール高生産性株のみを簡便かつ迅速に分離できること、またこの培地を用いて分離した醤油主醗酵酵母株が醤油諸味中で、或いは味噌の発酵熟成中に比較的高いエタノール生産性を示すという新事実を発見した。
以下、この点について詳述する。
(1)本発明者は、醤油主発酵酵母株の集団を、1〜3%(W/V(=55〜160mM))グルコースを加えた醤油主醗酵酵母用の無塩栄養培地に、更に0.8〜1.2%(W/V)塩化マンガンを添加含有させた培地に接種培養すると、ほとんどすべての醤油主醗酵酵母株の生育が阻害され、培地上に集落が形成されない。しかし、グルコース濃度を3.5〜10%(W/V)に高めてやると、0.8〜1.2%(W/V)塩化マンガンが加えられた無塩培地であっても、醤油主醗酵酵母株の中でも一部の株については生育が認められる(加糖によるマンガン耐性能の獲得)ようになることを知った。
そして、添加するグルコース濃度を、この濃度範囲内でより低く制限した場合に生育してくる株のエタノール生産性を調べてみると、いずれの株もが高いエタノール生産性を示すことを知った。
なお、無塩培地における「無塩」とは、1%(W/V)以上の食塩を含まないことを意味する。
(2)また1〜3%(W/V(=55〜160mM))グルコースを加えた醤油主醗酵酵母用の無塩栄養培地に更に0.12〜0.24%(W/V)硫酸銅を加えると、ほとんどすべての醤油主醗酵酵母株の生育が阻害され、培地上に集落が形成されない。
しかし、グルコース濃度を3.5〜10%(W/V)以上に高めてやると、0.12〜0.24%(W/V)硫酸銅が加えられた無塩培地であっても、醤油主醗酵酵母株の中でも一部の株については生育が認められる(加糖による銅耐性能の獲得)ようになることを知った。
そして添加するグルコース濃度を、この濃度範囲内でより低く制限した場合に生育してくる株のエタノール生産性能を調べてみると、いずれの株もが高いエタノール生産性を示すことを知った。
【0010】
本発明は、これらの知見に基づいて完成したものであって、すなわち本発明は、
(1)酵母用栄養培地に3.5〜10%(W/V)グルコース及び0.8〜1.2%(W/V)塩化マンガンを含み、1%(W/V)以上の食塩を含まないエタノール高生産性醤油主醗酵酵母株の分離識別用寒天培地である。
(2)また本発明は、酵母用栄養培地に3.5〜10%(W/V)グルコース及び0.12〜0.24%(W/V)硫酸銅を含み、1%(W/V)以上の食塩を含まないエタノール高生産性醤油主醗酵酵母株の分離識別用寒天培地である。
(3)また本発明は、被検菌を、上記(1)及び/又は(2)に記載の培地に接種し、培地上で生育が観察されたコロニーから目的とする株を分離することを特徴とするエタノール高生産性醤油主醗酵酵母株の分離法である。
【0011】
【発明の実施の形態】
以下本発明を詳細に説明する。
【0012】
本発明を実施するには、まず通常の醤油主発酵酵母株を分離法に従い、既知の寒天培地(C培地)、奥沢らの方法による寒天培地(OV培地)及び馬場らの方法による寒天培地(L培地)を利用して醤油諸味中に混在する多数の醤油酵母の中から醤油主醗酵酵母株のみを分離する。これら3種類の培地組成及びその調製法の詳細を以下に示す。
【0013】
C培地の培地組成:3.0%(W/V)グルコース、0.5%(W/V)酵母エキス[DIFCO製]、0.5%(W/V)燐酸二水素カリウム、0.05%(W/V)硫酸マグネシウム(MgSO4・4H2O)、10〜20%塩化ナトリウム、2.2%寒天(pH4.8〜5.2) 調製法:培地成分を蒸留水に溶かし、水酸化ナトリウム水溶液を加えてpH4.8〜5.2に調整してから、更に蒸留水を加えて容量を整え、加圧加熱殺菌器で121℃、15分間殺菌する。殺菌した培地は、無菌条件下でその10mlずつを無菌のシャーレに分注し、冷却して固め、C培地とした。
【0014】
OV培地の基本培地組成:3%(W/V)グルコース、0.4%(W/V)カザミノ酸[DIFCO製]、0.2%(W/V)酵母エキス[DIFCO製]、0.1%(W/V)燐酸二水素カリウム、0.05%(W/V)硫酸マグネシウム(MgSO4・4H2O)、0.01%(W/V)塩化カルシウム(CaCl2・2H2O)、18%(W/V)塩化ナトリウム、2.2%(W/V)寒天(pH4.9)。
【0015】
OV培地の調製法:基本培地成分を蒸留水に溶かし、水酸化ナトリウム水溶液を加えてpH4.9に調整してから、更に蒸留水を加えて容量を整え、加圧加熱殺菌器で121℃、15分間殺菌する。殺菌した培地100mlは、46±2℃にまで冷却した後、無菌条件下で8mg/mlのオルソバリニンを含む99.5%エタノール溶液1mlを加えてよくかき混ぜ、その10mlずつを無菌のシャーレに分注し、冷却して固め、OV培地とした。
【0016】
L培地の組成:3%(W/V)グルコース、0.4%(W/V)カザミノ酸[DIFCO製]、0.2%(W/V)酵母エキス[DIFCO製]、0.1%(W/V)燐酸二水素カリウム、0.05%(W/V)硫酸マグネシウム(MgSO4・4H2O)、0.01%(W/V)塩化カルシウム(CaCl2・2H2O)、0.42%(W/V)塩化リチウム、18%(W/V)塩化ナトリウム、2.2%(W/V)寒天(pH4.9)。
【0017】
L培地の調製法:培地成分を蒸留水に溶かし、水酸化ナトリウム水溶液を加えてpH4.9に調整してから、更に蒸留水を加えて容量を整え、加圧加熱殺菌器で121℃、15分間殺菌する。この培地10mlずつを無菌条件下でシャーレに分注し、冷却して固め、L培地とした。
【0018】
次に本発明は、この得られた醤油主醗酵酵母株の集団、すなわち被検菌を、「酵母の生育可能な酵母用栄養培地であって、特定濃度のグルコース及び硫酸銅を含む寒天培地(以下、Mn培地という)」及び/又は「酵母の生育可能な酵母用栄養培地であって、特定濃度のグルコース及び塩化マンガンを含む寒天培地(以下、Cu培地という)」に対して、接種培養し、培地上で生育が観察されたコロニーを釣菌してエタノール高生産性株を得ることができる。
【0019】
上記、酵母用栄養培地としては、適当なN源、C源、及びこれらに必要により各種ビタミン、無機塩類(ミネラル)などを含有させた、酵母が旺盛に生育可能な任意の培地(pH4.8〜5.4)が挙げられ、例えばイーストカーボンベース及び硫酸アンモニウムから構成される培地(pH4.8〜5.4)、あるいはグルコース、酵母エキス、各種無機塩類及びこれらに必要によりカザミノ酸を加えた構成からなる培地(pH4.8〜5.4)などが挙げられる。
【0020】
以下にMn培地とCu培地の組成及び調製法の詳細を示す。
Mn培地の培地組成としては、上記に挙げた培地が挙げられるが、特に、酵母用栄養培地に7.5(W/V)グルコース及び1.0%(W/V)塩化マンガンを含み食塩を含まない培地が好ましい。
すなわち、5.85%(W/V)イースト・カーボン・ベース(Yeast Carbon Base)[DIFCO製、5.85%のうち5%はグルコースが占める]、2.5%(W/V)グルコース、0.7%(W/V)硫酸アンモニウム、1.0%(W/V)塩化マンガン、2.0%(W/V)寒天(pH5.4)が好ましい。
【0021】
Mn培地の調製法:5.85gイースト・カーボン・ベース、0.7g、硫酸アンモニウムを蒸留水に溶かし、水酸化ナトリウム水溶液を加えてpH5.4に調整した後、更に蒸留水を加えて全量を25mlとする(以下、これを「A液」と略す)。
これとは別に、1.0g塩化マンガンを蒸留水25mlに(以下、これを「B液」と略す)、また2.5gグルコース及び2.0g寒天を蒸留水50mlに溶かす(以下、これを「C液」と略す)。
B液及びC液は加圧加熱殺菌器で121℃、15分間殺菌し、またA液は無菌条件下でワットマン製シリンジフィルター(25mmGD/X)を用いて除菌濾過し、無菌化する。
加熱殺菌の済んだB液及びC液は46±2℃にまで冷却した後、無菌条件下でA液25ml、B液25ml、C液50mlの割合ですばやく混合し、その混合液10mlずつを無菌シャーレに流し込んで固め、Mn培地とする(A液、B液、C液を混合すると、B液中の塩化マンガンが不溶化して、培地が白濁するので、すばやく混合してシャーレに分注しないと、シャーレ一枚一枚ごとに培地に含まれる塩化マンガンの濃度に誤差を生ずることになるので注意する)。
【0022】
Cu培地の培地組成としては、上記に挙げた培地が用いられるが、特に酵母用栄養培地に4.0%(W/V)グルコース及び0.2%(W/V)硫酸銅を含み食塩を含まない培地が好ましい。
すなわち、4.68%(W/V)イースト・カーボン・ベース(Yeast Carbon Base)[DIFCO製、4.68%のうち4%はグルコースが占める]、0.7%(W/V)硫酸アンモニウム、0.2%(W/V)硫酸銅、2.0%(W/V)寒天(pH5.4)が好ましい。
【0023】
Cu培地の調製法:4.68gイースト・カーボン・ベース、0.7g硫酸アンモニウムを蒸留水に溶かし、水酸化ナトリウム水溶液を加えてpH5.4に調整した後、更に蒸留水を加えて全量を25mlとする(以下、これを「a液」と略す)。
これとは別に、0.2g硫酸銅を蒸留水25mlに(以下、これを「b液」と略す)、また2.0g寒天を蒸留水50mlに溶かす(以下、これを「c液」と略す)。
b液及びc液は加圧加熱殺菌器で121℃、15分間殺菌し、またa液は無菌条件下でワットマン製シリンジフィルター(25mmGD/X)を用いて除菌濾過し、無菌化する。
加熱殺菌の済んだb液及びc液は46±2℃にまで冷却した後、無菌条件下でa液25ml、b液25ml、c液50mlの割合ですばやく混合し、その混合液10mlずつを無菌シャーレに流し込んで固め、Cu培地とする。
【0024】
次に、こうして得られた醤油主醗酵酵母株は、生醤油液体培地などによりエタノール生産性を調べ、評価した後本発明のに用いるエタノール高生産性醤油主醗酵酵母株として醤油或いは味噌など含塩発酵食品に利用される。
【0025】
生醤油液体培地の調製法を以下に示す。
生醤油液体培地の調製法:仕込み後35日目の醤油諸味(pH5.1〜5.3)を濾紙(東洋濾紙社製、ADVANTEC−TOYO.No.2)して得られる濾液を、無菌条件下でワットマン社製シリンジフィルター(25mmGD/X)を用いて除菌濾過し、無菌化して調製する。
【0026】
【実施例】
実施例1
Mn培地の培地の調製例
(Mn培地の培地組成):
5.85%(W/V)イースト・カーボン・ベース(Yeast CarbonBase)[DIFCO製、5.85%のうち5.0%はグルコースが占める]、2.5%(W/V)グルコース、0.7%(W/V)硫酸アンモニウム、1.0%(W/V)塩化マンガン、2.0%(W/V)寒天(pH5.4)
(Mn培地の調製法):
5.85gイースト・カーボン・ベース、0.7g硫酸アンモニウムを蒸留水に溶かし、水酸化ナトリウム水溶液を加えてpH5.4に調整した後、更に蒸留水を加えて全量を25mlとする(以下、これを「A液」と略す)。
これとは別に、1.0g塩化マンガンを蒸留水25mlに(以下、これを「B液」と略す)、また2.5gグルコース及び2.0g寒天を蒸留水50mlに溶かす(以下、これを「C液」と略す)。
B液及びC液は加圧加熱殺菌器で121℃、15分間殺菌し、またA液は無菌条件下でワットマン社製シリンジフィルター(25mmGD/X)を用いて除菌濾過し、無菌化する。加熱殺菌の済んだB液及びC液は46±2℃にまで冷却した後、無菌条件下でA液25ml、B液25ml、C液50mlの割合ですばやく混合し、その混合液10mlずつを無菌シャーレに流し込んで固め、Mn培地とする(A液、B液、C液を混合すると、B液中の塩化マンガンが不溶化して、培地が白濁するので、すばやく混合してシャーレに分注しないと、シャーレ一枚一枚ごとに培地に含まれる塩化マンガンの濃度に誤差を生ずることになるので注意する)。
【0027】
実施例2
Cu培地の培地の調製例
(Cu培地の培地組成):
4.68%(W/V)イースト・カーボン・ベース(Yeast Carbon Base)[DIFCO製、4.68%のうち4.0%はグルコースが占める]、0.7%(W/V)硫酸アンモニウム、0.2%(W/V)硫酸銅、2.0%(W/V)寒天(pH5.4)
(Cu培地の調製法):
4.68gイースト・カーボン・ベース、0.7g硫酸アンモニウムを蒸留水に溶かし、水酸化ナトリウム水溶液を加えてpH5.4に調整した後、更に蒸留水を加えて全量を25mlとする(以下、これを「a液」と略す)。
これとは別に、0.2g硫酸銅を蒸留水25mlに(以下、これを「b液」と略す)、また2.0g寒天を蒸留水50mlに溶かす(以下、これを「c液」と略す)。b液及びc液は加圧加熱殺菌器で121℃、15分間殺菌し、またa液は無菌条件下でワットマン製シリンジフィルター(25mmGD/X)を用いて除菌濾過し、無菌化する。
加熱殺菌の済んだb液及びc液は46±2℃にまで冷却した後、無菌条件下でa液25ml、b液25ml、c液50mlの割合ですばやく混合し、その混合液10mlずつを無菌シャーレに流し込んで固め、Cu培地とする。
【0028】
実施例3
(エタノール高生産性醤油主醗酵酵母株の分離法)
試料として醤油諸味5gを採取し、通常の方法でホモジナイズした後、殺菌した10%塩化ナトリウム水溶液45mlに懸濁した。
この懸濁液を2〜3分静置して固形物を沈殿させた後、その上清液0.1mlを、殺菌した10%塩化ナトリウム水溶液9.9mlで希釈した。
上記のC培地及びOV培地に、この希釈液0.1mlを各々塗抹した。
これらの培地を30℃の培養器に入れ、7日間放置した。
その結果、培地1枚当たり平均160個のコロニーが出現した。
C培地上に出現したコロニーの中から10個、OV培地上に出現したコロニーを更にL培地に植え継ぎ、L培地上では生育が観察されなかったコロニーの中から10個をそれぞれ無作為に釣菌し、前者のコロニーをC−1〜10株、後者をOV−1〜10株と命名した(図1:酵母株の分離手順参照)。
また、これとは別に、OV培地上ではコロニーを形成したが、L培地上では生育が観察されなかったコロニーすべてを釣菌してMn培地及びCu培地に植え継ぎ、30℃で3〜7日間培養した後、このMn培地及びCu培地上で生育が観察されたコロニーの中からそれぞれ10個を無作為に釣菌して、これらのコロニーをMn−1〜10株及びCu−1〜10株と命名した(図1参照)。
更にMn培地上で生育が観察されたコロニーすべてを釣菌してCu培地に植え継ぎ、30℃で3〜7日間培養した後、このCu培地上で生育が観察されたコロニーの中から10個を無作為に釣菌して、これらのコロニーをCuMn−1〜10株と命名した(図1参照)。
これらのC−1〜10株、OV−1〜10株、Mn−1〜10株、Cu−1〜10株、CuMn−1〜10株の計50株を、それぞれ15%(V/V)濃口生醤油、7%グルコース(W/V)、8.5%(W/V)NaClから構成される生醤油液体培地(pH5.2)中で30℃、72時間振とう培養(140rpm)した種培養液を得た。
次いで、上記微生物をそれぞれ50本の前記生醤油液体培地10mlに対して1×107個/mlずつ接種し、30℃で24時間培養した後、培養液中に生産されたエタノールの量をガスクロマトグラフィー法にて測定し、これを「エタノール生産性値」とした。
測定結果を表1〜表5に示す。
【0029】
【表1】
【0030】
【表2】
【0031】
【表3】
【0032】
【表4】
【0033】
【表5】
【0034】
表1に示す通り、C培地で分離した酵母株(C−1〜10株)のエタノール生産性は0.11〜1.31%(平均0.649%)を示し、一方表2に示す通り、OV培地及びL培地で分離した酵母株(OV−1〜10株)のそれは0.83〜1.58%(平均1.141%)を示し、いずれも低濃度のエタノール生産性を示すことが判る。
これに対し、表3に示す通り、Mn培地で分離した酵母株(Mn−1〜10株)のそれは1.31〜1.69%(平均1.533%)を示し、また表4に示す通りCu培地で分離した酵母株(Cu−1〜10株)のそれは1.48〜1.72%(平均1.595)を示し、更にまた表5に示す通りMn培地及びCu培地で分離した酵母株(CuMn−1〜10株)のそれは1.56〜1.76%(平均1.637)を示すことが判る。
これらの結果から、本発明によれば、従来法で得られるエタノール生産性醤油主発酵酵母(OV−1〜10株)(エタノール生産性:平均1.141%)に比べて、34〜43%も高いエタノール生産性を有する醤油主発酵酵母株のみを、高頻度で分離できることが判る。
【0035】
先にも記した通り、醤油諸味中に存在する酵母には、主として醤油諸味エタノール醗酵に寄与する醤油主醗酵酵母の他にも、エタノール醗酵は微弱で醤油独特の香り成分の生産に関与する、キャンディダ バーサティルス(Candidaversatilis)などに代表される後熟酵母群があるが、OV培地にはこの後者、後熟酵母群の生育を抑える働きがあるために、培地上に形成されたコロニーは主としてエタノール醗酵に寄与する醤油主醗酵酵母の株のみであり、L培地には逆に醤油主醗酵酵母の株のみの生育を阻害する働きがあるために、OV培地ではコロニーを形成するものの、L培地では生育できない株は醤油主醗酵酵母の株に限定されるのに対して、C培地にはそのような選抜効果がないために、醤油諸味のエタノール醗酵にあまり寄与しない後熟酵母群の株のコロニーも混在しているために、OV−1〜10株に較べてC培地から釣菌された10株、すなわちC−1〜10株によるエタノール生産性はより低くなった。
また、Mn培地及びCu培地の両方を用いて分離した株10株(CuMn−1〜10株)のエタノール生産性は、1.56〜1.76%と更に高い値を示し、Mn培地及びCu培地を併用することにより、より効率的にエタノール高生産性醤油主醗酵酵母株を分離することができることが確認された。
このことから、本発明は、エタノール高生産性醤油主醗酵酵母株の迅速かつ効率的で簡便な分離識別法として有効である。
【0036】
実施例4
実施例3にて分離したCuMn−8株を用いた小規模の醤油醸造試験
本発明の方法にしたがって醤油諸味から分離されたエタノール高生産性醤油主醗酵酵母株CuMn−8株について、小規模の醤油醸造試験を行い、そのエタノール生産性を試験した。
実際の醤油醸造工程における諸味仕込み工程は、通常、完全な無菌状態ではないために、半年から長い場合には一年以上の時間を要して醸造される醤油諸味に野生酵母株が混入するのはごく当たり前のことであり、醤油の品質向上や生産性の効率化の目的のために選抜したある種の醤油主醗酵酵母株を醤油諸味中に添加したとしても、醸造中に混入した野生酵母株の諸味中における生存性の方が強く、添加酵母株が駆逐されてしまい、結果的に選抜株の添加効果を生み出さず、緩慢なエタノール生産を引き起こす場合も少なくない。
そこで、本発明において分離されたCuMn−8株を種酵母とした小規模の醤油醸造試験を行い、醤油諸味のエタノール醗酵を観察するとともに、本株の諸味中における生存性、すなわち諸味中に含まれる醤油主醗酵酵母群に占めるCuMn−8株の比率を調べた。
【0037】
諸味の調製は、関根らの方法(醤研、13、149 (1987))に従った。また、諸味に添加するCuMn−8株の種酵母液は、7.0%(W/V)グルコース、15%(V/V)濃口生醤油、8.5%(W/V)塩化ナトリウムから構成されるpH5.2の液体培地で、30℃、3日間振盪培養したものを用い、諸味への添加(接種)時期は諸味のpHが5.3を示した時点とし、添加量は添加後の諸味中の菌数が105cfu/gとなるように調節した。
種酵母液を添加して撹拌してやると、醤油諸味は直ちにエタノール醗酵を開始するため、添加後毎日諸味を採取して、その諸味を適宜希釈してC培地及びOV培地に塗抹し、30℃条件下で、C培地は3日間、OV培地は7日間培養した後、OV培地上に形成されたすべてのコロニーを釣菌してL培地上及びC培地上に接種し、L培地上で生育が観察されなかったコロニーの数を計測するとともに、このL培地上で生育しなかったコロニーに相当するC培地上のコロニーすべてを釣菌して、まずMn培地に接種し、本培地上で生育してコロニーを形成した株のみを更にCu培地に植え継いで、本培地上でも生育してコロニーを形成した株の数を計測した。そして、C培地上に形成されたコロニーの数を諸味中に存在する醤油酵母の数、OV培地ではコロニーを形成したが、L培地では生育しなかったコロニーの数を醤油主醤油酵母の数、Mn培地及びCu培地上でも生育性を示したコロニーの数を添加したCuMn−8株と見做し、醤油酵母ないしは醤油主醗酵酵母に占めるCuMn−8株の比率を算出した。
以上、小規模の醤油醸造試験における、醤油諸味中における醤油酵母数及び醤油主発酵酵母数の変化とこれらに占めるCuMn−8株の比率の変化を調べた結果を表6に示す。
【0038】
【表6】
【0039】
表6の結果から、添加したCuMn−8株は諸味中に混在する野生酵母群の中においても良好で旺盛な増殖を示し、諸味中エタノール濃度の迅速な上昇に伴い、その醤油酵母群ないしは醤油主醗酵酵母群に占める割合も高まり、醤油酵母群に占める割合に換算した場合には最大80.0%、醤油主醗酵酵母群に占める割合に換算した場合には最大92.9%にまで到達した。
本試験を通じて、本発明の方法にしたがって分離したCuMn−8株は、醤油諸味中に添加した場合に、混在する野生酵母群を越える増殖を示して、その醤油酵母群に占める割合を高め、きわめて迅速かつ安定的なエタノール生産を成就したことが確認された。
【0040】
実施例5
実施例3にて分離されたCuMn−8株及びOV−2株の同種2株混合培養系における、培養経過に伴うCuMn−8株及びOV−2株の増殖と、酵母群全体に占める比率の変化試験例
上記2の試験において確認された、他の醤油酵母株の混在条件下におけるCuMn−8株の旺盛な増殖をより厳密に確認する目的で、7.0%(W/V)グルコース、15%(V/V)濃口生醤油、8.5%(W/V)塩化ナトリウムから構成される、pH5.2に調整された液体培地で30℃、2〜3日間培養して、生育活性を安定化させたCuMn−8株、実施例1にて分離された、Cu培地及びMn培地上で生育しないOV−2株を同一の同組成の液体培地中に、105cfu/mlずつ接種して、30℃条件下で2日間混合培養した。
培養の終了した培養液を殺菌済みの10%塩化ナトリウム水溶液で適宜希釈した後、C培地及びCu培地上に塗抹して、30℃条件下で、C培地は3日間培養し、培地上に形成されたコロニーの数を計測してから、このコロニーすべてをCu培地及びMn培地に植え継ぎ、両培地上でも生育してコロニーを形成する株の数を計測、C培地上のコロニー数を全酵母数、Cu培地及びMn培地上でコロニー数をCuMn−8株、両培地上で生育しない株の数をOV−2株と見做し、全酵母数に占めるCuMn−8株及びOV−2株の比率を調べた。
結果(液体培地中での同種酵母2株混合培養系における培養前後の総酵母数に占める各株の比率の変化)を図2に示す。
【0041】
図2に示す通り、CuMn−8株はOV−2株との混在下においても高い増殖性を示してOV−2株を駆逐し、培養終了後には全酵母数1.6×108cfu/ml中の88.7%をCuMn−8株が占める形に変化することが確認された。この試験からも、本発明の方法を用いて分離した株の良好な増殖性が確認された。
【0042】
実施例6
実験室株を供試株とした高エタノール生産性株の選択試験例
種々の研究機関において保管されているチゴサッカロマイセス ルーキシー(Zygosaccharomyces rouxii)には、分離源が醤油や味噌に限らず、蜂蜜やジャム、シロップなどから分離された株も存在する。
そして、経験的に、これらの醤油や味噌以外の分離源から分離された株は、分類学的には同属同種のチゴサッカロマイセス ルーキシーであっても、醤油諸味や味噌に人為的に接種した場合にも、エタノール生産性は低く、あるいは生育自体が不良な場合が多い。
同属同種のチゴサッカロマイセス ルーキシーであっても、醤油や味噌以外の分離源から分離された株の中は、グルコースとフラクトースとが等量ずつ含まれるような培養条件下で培養した際に、まずフラクトースの方から選択的に消費し始めるという、醤油や味噌から分離された株では決して観察されない特異な性質を示す株が存在するといった森治彦の報告(醸協、96(7)、475〜482(2001))などからも、両者の生理学的な違いに関する若干の報告もあるが、現在のところ、分類学的にはこれらの株は一括してチゴサッカロマイセス ルーキシーと見なされている。
そこで、このようなさまざまな分離源から分離されたチゴサッカロマイセス ルーキシーの実験室株計27株について、Mn培地及びCu培地上での生育の有無と生醤油液体培地中での増殖及びそれに伴うエタノール生産性との関係を調べてみた。
すなわち、醤油諸味液汁培地(pH5.3)におけるチゴサッカロマイセス ルーキシーのさまざまな株のエタノール生産量を調べた結果を図3に示す。
また実験室株のエタノール生産性と本発明培地での生育を調べた結果を表7に示す。
【0043】
【表7】
【0044】
図3に示す通り、30℃、72時間の振盪培養条件(140rpm.)及び140時間の静置培養下における実験株のエタノール生産性は株によって大きく異なっており、表7に示す通り、醤油や味噌から分離された株のうち、比較的高いエタノール生産性を示した株については、Mn培地及びCu培地の両方の培地上で良好な生育を示したのに対して、フランスのビターオレンジシロップから分離されたIFO0487株、カナダのハチミツから分離されたIFO0686株、イタリアの濃縮黒ブドウ粕から分離されたIFO1130株などの、すなわち醤油や味噌以外の分離源から分離された株を含むエタノール生産性の低い株はいずれもCu培地ないしは、Cu培地及びMn培地の両方の培地上で生育を示さず、Mn培地及びCu培地をもって前者の高エタノール生産性株と明確に区別された。この事からも本発明の培地は高エタノール生産性株の分離、選択に有効である。
【0045】
【発明の効果】
本発明によれば、醤油諸味中での被検菌の増殖能検査、醤油諸味又はその液汁での培養評価試験を行うことなく、醤油主発酵酵母のエタノール醗酵能を非常に簡単に、正確かつ迅速に評価できる培地を得ることができる。
また同培地を用いてエタノール高生産性醤油主醗酵酵母株を確実に分離することができる。
また分離されたエタノール高生産性醤油主醗酵酵母株を醤油製造などに用いて、エタノール発酵の適正化と迅速化を図り、優れた風味を有する醤油及び味噌などの含塩醗酵食品を得ることができる。
さらにまた本発明によれば、3.5〜3.8%(W/V)のエタノールを含有する醤油諸味液汁(生醤油)及び芳醇な風味を有する熟成味噌を、確実にしかも容易に得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明のエタノール高生産性醤油主発酵酵母株の分離手順を示す。
【図2】液体培地中での同種酵母2株混合培養系における培養前後の総酵母数に占める各株の比率の変化を示す。
【図3】醤油諸味液汁培地(pH5.3)におけるチゴサッカロマイセス ルーキシーのさまざまな株のエタノール生産量を調べた結果を示す。
Claims (5)
- 酵母用栄養培地に3.5〜10%(W/V)グルコース及び0.8〜1.2%(W/V)塩化マンガンを含み、1%(W/V)以上の食塩を含まないエタノール高生産性醤油主醗酵酵母株の分離識別用寒天培地。
- 酵母用栄養培地に7.5%(W/V)グルコース及び1.0%(W/V)塩化マンガンを含み食塩を含まない、請求項1記載のエタノール高生産性醤油主醗酵酵母株の分離識別用寒天培地。
- 酵母用栄養培地に3.5〜10%(W/V)グルコース及び0.12〜0.24%(W/V)硫酸銅を含み、1%(W/V)以上の食塩を含まないエタノール高生産性醤油主醗酵酵母株の分離識別用寒天培地。
- 酵母用栄養培地に4.0%(W/V)グルコース及び0.2%(W/V)硫酸銅を含み食塩を含まない、請求項3記載のエタノール高生産性醤油主醗酵酵母株の分離識別用寒天培地。
- 被検菌を、請求項1及び/又は請求項3に記載の培地に接種し、培地上で生育が観察されたコロニーから目的とする株を分離することを特徴とするエタノール高生産性醤油主醗酵酵母株の分離法。
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