JP3901571B2 - めっきなし溶接用ソリッドワイヤ - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は,鉄骨、橋梁、造船及び自動車等の溶接に広く使用されるアーク溶接用のソリッドワイヤに関し、特に、コンジットライナ内部及び給電チップ内部での送給抵抗が小さく、アークが安定し、スパッタ及びヒューム発生量が少ない銅めっきを施していないアーク溶接用のめっきなしソリッドワイヤに関する。
【0002】
【従来の技術】
工程の簡素化及び環境問題の配慮から、ワイヤ表面の銅めっきを省略した場合に、アーク溶接用ソリッドワイヤの送給性を向上させる方法としては、ワイヤの表面に滑り性を有する潤滑剤を塗布することが一般的である。従来、ワイヤ表面に塗布する潤滑剤に関しては、特開平6−285678号公報及び特開平9−70684号公報に記載されているように、MoS2、WS2、PTFE、C、フッ化黒鉛又は金属石鹸が提案されている。これらの潤滑剤は全てワイヤの送給性を向上させ、且つ送給を安定化させるために塗布されている。
【0003】
更に、特開平8−157858号公報には、ポリイソブチレンを硫化剤で硫化した硫化油脂が給電チップの摩耗を抑制することが開示されており、特開平10−158669号公報には、粘度指数の向上剤としてポリイソブチレンを使用して給電チップの摩耗を抑制する技術が開示されている。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】
しかしながら、上述の各公報に記載の従来技術においては、スパッタ及びヒュームの発生量を低減することについては、何等言及されていない。特に、めっきなしソリッドワイヤにおいては、スパッタが発生しやすいという問題点がある。これは、ワイヤ表面に銅めっきが施されていないと、溶滴の揺動が大きくなり、溶滴移行現象が不安定になって、スパッタ及びヒューム発生量が増加するためである。特に、100%CO2ガスシールドの溶接条件では、めっき無しワイヤでは、大粒の質量が大きいスパッタが発生しやすいという問題点がある。
【0005】
なお、本発明者等は、既に、スパッタ発生量を低減することを目的として、黒鉛をワイヤ表面又は表面直下に存在させる方法を提案している(特願2000−050349号)。特願2000−050349号は、未だ出願公開されておらず、従来技術ではない。しかし、この特願2000−050349号に開示された発明は、その所期の目的は達成できたものの、ワイヤ表面に塗布された潤滑剤又は黒鉛が、送給ローラ又はコンジットライナ内部で離脱しやすく、潤滑剤又は黒鉛が送給ローラ又はコンジットライナ内部で離脱すると、ワイヤの送給性を向上する効果又はスパッタ発生量を低減する効果が減少してしまう。更に、送給ローラで離脱した潤滑剤又は黒鉛は、ワイヤを送給するためのグリップ力を低下させ、コンジットライナ内部で離脱した潤滑剤又は黒鉛は、コンジットライナ内部に堆積し、詰まりの原因となり、安定なワイヤ送給を阻害するという点において、スパッタ及びヒューム発生量の低減とは別の難点がある。
【0006】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、潤滑剤又は黒鉛をワイヤ表面上及び/又は表面直下に離脱することなく保持することができ、安定したワイヤ送給性とアーク安定性とを併せもち、スパッタ及びヒュームが少なく、良好な溶接作業性を有するめっきなし溶接用ソリッドワイヤを提供することを目的とする。
【0007】
【課題を解決するための手段】
本発明に係るめっきなし溶接用ソリッドワイヤは、ワイヤの周面に開口し、開口部より内部が広い窪み及び/又は外部からの入射光が照射されない部分を有する窪みを有し、これらの窪みの内部及びワイヤ表面に、ワイヤ10kg当たり0.01乃至3gの量の黒鉛と、ワイヤ10kg当たり0.1乃至2gの量のポリイソブテン含有油とが存在し、更にNa化合物及び硫化物MoS 2 が存在することを特徴とする。
【0008】
このような構成のめっき無しソリッドワイヤでは、特に100%CO2ガスシールドの溶接条件においても、安定した溶滴移行現象を示し、スパッタが細流化して発生質量も減少し、ヒュームも減少するものである。なお、本願明細書中では、「ワイヤの周面に開口し、開口部より内部が広い窪み」を「ボトルネック状窪み」と称し、「ワイヤの周面に開口し、外部からの入射光が照射されない部分を有する窪み」を「ケイブ状の窪み」と称する。図1は「ボトルネック状及び/又はケイブ状の窪み」を示すワイヤの横断面図である。この図1に示すように、「ボトルネック状及び/又はケイブ状の窪み」は、ワイヤ表面に対してその中心に向けて半径方向に光線が投射されるような仮想光源を考えた場合に、陰になって表面から見えない部分(図1で黒く塗りつぶした部分)を有するような形状を持つ。
【0009】
本発明において、前記窪みは、ワイヤの周方向において、1周長あたり20箇所以上存在し、前記窪みの長さ率が0.5%以上50%未満であることが好ましい。
【0010】
また、前記黒鉛は、(002)回折線のピーク位置から求めた面間隔d002が0.3353乃至0.3372nmであることが好ましい。
【0011】
更に、前記Na化合物は、Na量として0.01乃至5.0質量ppm存在することが好ましい。
【0012】
更にまた、前記MoS 2 は、粒径が0.1乃至2μmであって、ワイヤ10kg当たりの付着量が0.01乃至1.0gであることが好ましい。
【0013】
更にまた、ワイヤ表面の円周方向に測定された中心線平均表面粗さRaが0.05乃至1.0μmであることが好ましい。
【0014】
更にまた、ワイヤを構成する鋼線の組成は、例えば、C:0.01乃至0.12質量%、Si:0.2乃至1.2質量%、Mn:0.5乃至2.5質量%、P:0.001乃至0.03質量%及びS:0.001乃至0.03質量%を含有する。
【0015】
前記鋼線は、更に、Ti+Zrを総量で0.03乃至0.3質量%含有することが好ましい。前記鋼線は、更に、Moを0.01乃至0.6質量%含有することが好ましい。
【0016】
そして、前記黒鉛とNa化合物と硫化物とポリイソブテン含有油とは、このような「ボトルネック状及び/又はケイブ状の窪み」に存在する機能性物質であり、塩酸(HCl)で30μmの鋼ワイヤ表面層をエッチング除去した場合に、取り出すことが可能な全ての黒鉛とNa化合物と硫化物とポリイソブテン含有油とをいう。なお、これらの機能性物質は、耐チップ摩耗特性、チップ融着防止性能、アーク安定性、通電安定化性能、送給潤滑性等の種々の機能を有する。
【0017】
【発明の実施の形態】
以下、本発明について更に詳細に説明する。本発明の特徴は、黒鉛、Na化合物、硫化物、ポリイソブテン含有油という脱酸性、アーク安定性、潤滑性を有する機能性物質を、ワイヤ表層部、即ち「ボトルネック状及び/又はケイブ状の窪み」に存在させた場合に、この機能性物質がワイヤ送給装置内での搬送中において離脱することが防止され、その結果、トーチ先端の給電チップ及びアーク中に到達することができ、しかも、必要とされる最低限度で極少量の機能性物質を、給電部及びアーク直下へ確実に搬送できるという点にある。
【0018】
前記窪みの内部及びワイヤ表面に存在する機能性物質は、ワイヤ10kg当たり0.01乃至3gの量の黒鉛、Na化合物及び硫化物であり、これらの機能性物質がワイヤ10kg当たり0.1乃至2gの量のポリイソブテンを含む油と共存する。これにより、各機能性物質は、油の粘性によって、確実に「ボトルネック状及び/又はケイブ状の窪み」内に留まることができる。以下、各機能性物質について、その作用効果と、適正な物性値範囲について説明する。この作用効果及び適正範囲は、特にめっきなしソリッドワイヤにおいて有効である。
【0019】
先ず、黒鉛の作用効果について説明する。ワイヤ表面層に存在する炭素は溶接アーク柱の内部で強力な脱酸剤として作用する。ワイヤから母材へ向かって離脱しようとする懸垂溶滴の表面に遊離炭素が存在していれば、その炭素が溶滴表面の酸素と結合して消費されることにより、溶滴の表面張力が大きくなると考えられる。その結果、離脱しようとする溶滴がアークの反発力によってふらつくという好ましくない現象を抑制する効果が生まれる。結果的に、溶滴移行現象が安定化するため、スパッタ発生量及びヒューム発生量が減少するという作用効果がある。
【0020】
また、黒鉛の物性としては、(002)回折線のピーク位置から求めた面間隔d002が0.3353nm乃至0.3372nmであることが好ましい。前記物性パラメータは、黒鉛の結晶性が良いことを示唆している。結晶性のよい黒鉛は導電率が高いので、溶接チップ先端の給電点で、電気的な阻害物質とはならず、アークがより安定化し、スパッタ及びヒューム発生量が更に低減する効果をもたらしているものと考えられる。また、黒鉛には潤滑物質としての作用もあるので、「ボトルネック状及び/又はケイブ状の窪み」の開口部から侵出した黒鉛が、若干の送給抵抗低減にも寄与していると推察される。
【0021】
(002)回折線のピーク位置から求めた面間隔d 002 が0.3353nm乃至0.3372nmである黒鉛が「ボトルネック状及び/又はケイブ状の窪み」にワイヤ10kg当たり0.01乃至3g存在する
先ず、銅めっきを有しないワイヤのスパッタ及びヒュームの発生量と、黒鉛の付着量との関係について説明する。黒鉛の付着量がワイヤ10kg当たり0.01乃至3gであれば、スパッタ及びヒュームの低減効果が顕著に現れる。黒鉛の付着量がワイヤ10kg当たり0.01g未満では、スパッタ及びヒュームの発生量を低減する効果は少ないが、従来例ではこの下限値は、もっと大きいものであった。本発明では「ボトルネック状及び/又はケイブ状の窪み」を有し、その内部に黒鉛が存在するために、ごく微量の黒鉛付着量でも、チップ先端部で有効に作用出来得るものである。また、ワイヤ10kg当たり3gを超える量であると、「ボトルネック状及び/又はケイブ状の窪み」に黒鉛が収まりきらず、過剰な黒鉛が酸素と反応して爆発し、溶滴の安定的な離脱を却って阻害するため、アークが不安定となり、逆にスパッタもヒュームも増加した。同時に、溶接金属中のCの含有量が0.03質量%程度増加し、溶接金属の強度を設計値から変化させる不具合が生じる。
【0022】
更に、本発明者等が黒鉛を塗布したときのワイヤ送給性への影響を調査した結果、黒鉛の結晶性が重要であることが分かった。即ち、結晶性が良い黒鉛は、結晶性が悪いものに比べ導電率が高いので、溶接チップ先端の給電点で電気的な阻害物質とはならず、アークがより安定化し、スパッタ及びヒューム発生量が更に低減する効果をもたらす。また、別の作用効果として、「ボトルネック状及び/又はケイブ状の窪み」の開口部から顔を出した黒鉛は、スプリングライナ内部での滑り性を向上させるため、送給性がより向上することという副次的な効果もあることが分かった。しかし、(002)回折線のピーク位置から求めた面間隔d002が0.3353nmよりも狭い結晶性が極めて良好な黒鉛を使用しても、更に送給性が向上する効果はなかった。また、面間隔d002が0.3372nmよりも広い結晶性が悪い黒鉛では、導電率も低く、滑り性も劣り送給抵抗が大きくなるため、安定したワイヤ送給に支障をもたらす。
【0023】
Na化合物が「ボトルネック状及び/又はケイブ状の窪み」に0.01乃至5質量ppm存在する
次に、Na化合物は、アークの電位傾度を大きくしアーク柱の安定度を増す作用効果がある。その適正な存在量は、本発明の対象である「ボトルネック状及び/又はケイブ状の窪み」を有するめっき無しソリッドワイヤ」については、0.01乃至5質量ppmであることが好ましい。この適正範囲は、実際のワイヤを製造し確認した。このような適正量のNa化合物が存在すれば、更にアークが安定し、スパッタ及びヒューム発生量が低減する。
【0024】
また、ワイヤ表面近傍にNa化合物が存在していると、アークが安定し、スパッタ及びヒューム発生量が低減する。このNa化合物の付着量が0.01質量ppm未満では、スパッタ及びヒュームの発生量を低減する効果は少ないが、従来例ではこの下限値は、もっと大きいものであった。本発明では「ボトルネック状及び/又はケイブ状の窪み」を有し、その内部にNa化合物が存在するために、ごく微量でもチップ先端部で有効に作用出来得るものである。また、Na化合物が5質量ppmを超える量であると、アーク長が伸びてワイヤ溶融が却って不安定となる。このため、上限は5質量ppmとした。
【0025】
硫化物が、粒径が0.1乃至2μmのMoS 2 であって、「ボトルネック状及び/又はケイブ状の窪み」に、ワイヤ10 kg 当たりの存在量が0 . 01乃至1 . 0gである
硫化物については、粒径が0.1乃至2μmのMoS2であって、ワイヤ10kg当たりの存在量が0.01乃至1.0gであることが好ましい。MoS2は、潤滑剤としての作用に優れているので、ワイヤの送給性を向上させることができる。それだけでなく、「ボトルネック状及び/又はケイブ状の窪み」に入ってチップ先端部に達したMoS2は、アークの輻射熱で高温に晒されて、適度な電気伝導性を有する物質特性が発生する。このような状態でのMoS2は給電性を妨げることなく、むしろ給電点の移動を適度に阻害し、アーク安定性の作用効果をもたらす。このように適正な粒子径で且つ適正量のMoS2が存在すれば、更にアークが安定し、スパッタ及びヒューム発生量が低減する。
【0026】
次に、銅めっきを有しないソリッドワイヤのスパッタ及びヒューム発生量とMoS2の粒径及び付着量との関係について説明する。MoS2の存在位置がワイヤ表面近傍であれば、送給性が向上し、スパッタ及びヒューム発生量が低減する。このスパッタ及びヒューム発生量の低減効果は、MoS2の粒径が0.1乃至2μm、MoS2の存在量がワイヤ10kg当たり0.1乃至1gのときに、顕著である。MoS2の粒径に関しては、粒径が0.1μm未満では送給性を向上させる効果がなく、粒径が2μmを超えると、ワイヤ表面にMoS2を安定に保持することが困難になり、容易にワイヤ表面から離脱してしまうため、送給性を向上する効果が少なくなってしまう。また、MoS2の付着量に関して実験を重ねた結果、送給性を向上させるためには、MoS2は0.1g以上必要であることが分かり、一方MoS2を2gを超えて付着させても、送給性を向上させる効果は飽和し、余分なMoS2がワイヤ表面から容易に離脱してしまい、これがスプリングライナ内部に堆積することにより、送給性を妨げてしまう。
【0027】
ポリイソブテンを含む油がワイヤ10kg当たり0.1乃至2g存在する
銅めっきを有しないワイヤのスパッタ発生量とワイヤ表面のポリイソブテンを含む油の量との関係について説明する。先ず、MoS2が適正量塗布されたワイヤにポリイソブテンを含む油をワイヤ10kg当たり0.1乃至2g塗布すると、更にスパッタ発生量が低減する。塗布量に関しては、ポリイソブテンを含む油が0.1g未満では送給性を向上させる効果が少ない。一方、ポリイソブテンを含む油を2gを超えて塗布しても送給性を向上させる効果以上にMoS2を離脱させやすくしてしまう。このため、結果として送給性を低下させることとなる。ポリイソブテンの作用効果としては、溶滴移行などのアーク現象に悪影響を及ぼすことが殆どなく、その適度な粘性によってMoS2,黒鉛等の固体の機能性物質をワイヤ表層部に保持する役割を発揮していると推察される。
【0028】
ワイヤ表面の円周方向に測った中心線平均表面粗さ:Raが0.05乃至1.0μmである
次に、前記ワイヤは、ワイヤ表面の円周方向に測った中心線平均表面粗さ:Raが0.05乃至1.0μmであることが好ましい。これは、「ボトルネック状及び/又はケイブ状の窪み」の入口部付近を、触診式の表面粗度として認識したときに、入口部が完全に閉じられた形態ではなく、特定範囲の開口状態にあることを示すパラメータとなる。
【0029】
黒鉛、Na化合物、MoS2及びポリイソブテンを含む油を効果的に「ボトルネック状及び/又はケイブ状の窪み」に存在させるためには、ワイヤの円周方向に計測した中心線平均表面粗さ:Raが0.05乃至1.0μmであることが好ましい。これは、「ボトルネック状及び/又はケイブ状の窪み」の入口部付近を、触診式の表面粗度として認識したときに、入口部が完全に閉じられた形態ではなく、特定範囲の開口状態にあることを示すパラメータである。即ち、ワイヤの中心線平均表面粗さRaが0.05μmよりも小さいということは、開口部の間口が殆ど閉じられた状態にあるということであって、黒鉛、Na化合物、MoS2及びポリイソブテンを含む油が、ワイヤ送給中に適度に染み出して送給抵抗を減じる効果が小さくなってしまう。逆に、ワイヤの中心線平均表面粗さRaが1.0μmよりも大きいときには、開口部の間口がかなり開いた状態にあるということであって、黒鉛、Na化合物、MoS2及びポリイソブテンを含む油が、ワイヤ送給中に過剰にこぼれ出して、送給性を阻害してしまう。
【0030】
本発明においては、ワイヤの表層部に「ボトルネック状及び/又はケイブ状の窪み」を有することが、重要な要素である。もし、この「ボトルネック状及び/又はケイブ状の窪み」が存在しなければ、黒鉛・Na化合物・MoS2及びポリイソブテンを含む油は、ワイヤ表面から容易に離脱してしまう。仮に、黒鉛・Na化合物・MoS2といった固体粉体物質と、ポリイソブテンを含む油とが、送給ローラ又はスプリングライナ内部で離脱してしまうと、送給性が低下するだけでなく、離脱した機能性物質混合体がスプリングライナ内部に堆積することにより、安定な送給性を妨げることになる。また、黒鉛が離脱してしまうと、脱酸剤として作用する量が少なくなるため、スパッタやヒューム発生量が増えてしまう。
【0031】
次に、図1又は図2に示す「ボトルネック状及び/又はケイブ状の窪み」を、溶接ワイヤ用に伸線加工して溶接ワイヤの表層部に形成する方法の一例について説明する。なお、このような「ボトルネック状及び/又はケイブ状の窪み」は、伸線前の線に予め形成されていなくても、伸線の中間段階で形成してもよいし、最終段階で形成してもよい。工業的には以下の3つのステップによる方法が、製造コストが低い有効な製造方法である。
【0032】
▲1▼素線の加工工程で凹凸を形成する工程
溶接ワイヤの素線であるところの「原線」は、製鉄所において一貫した連続鋳造及び熱間圧延工程によって製造される。但し、バッチ式の炉で鋳造され、その後圧延されて、製造されることもある。このときの圧延条件、即ち、圧延温度、及び減面率を調整することにより、ワイヤ長手方向に「皺状窪み」を生成させることができる。この「皺状窪み」は、通常、酸化鉄(所謂スケール)が埋めているが、その酸化物を機械的又は化学的に除去することによって、後述の工程を経て「ボトルネック状及び/又はケイブ状の窪み」に変えることができる「素線の窪み」となり得る。従って、予め十分な深さの「素線の窪み」を得るべく、圧延温度や減面率を調整する。
【0033】
また更に別の方法として、焼鈍によって素線の凹凸を制御することも可能であった。例えば、先ず、素線を酸化性雰囲気又は水蒸気雰囲気で焼鈍することにより、金属結晶粒界を優先的に酸化する。焼鈍後、化学的又は電気化学的に酸化膜を除去することにより、粒界腐食部が選択的に除去され、「素線の窪み」が生成される。
【0034】
上述の化学的な酸化皮膜除去の工程においては、酸洗条件を調整することによっても、「素線の窪み」の度合い又は大きさを制御することができる。素線を塩酸酸洗する場合、塩酸浴中に酸素及び/又は硝酸及び/又は過酸化水素水等を添加することにより酸化力を向上させ、「素線の窪み」の度合いを制御することも可能である。塩酸以外の酸を用いても「素線の窪み」を調整することができる。例えば、硝酸を用いて原線表面を不動態化処理し、その後、塩素イオン等を使用して電解局部腐食させることにより、原線表面に窪みを生成することができる。また、インヒビターを使用し、酸洗することにより素線表面の酸化鉄(スケール)のみを選択的に溶解させ、組成が本来持っている鋭利な窪みをなますことなく、保存することにより、鋭利な窪みが多い素線を得ることもできる。この鋭利な窪みは後述する方法により、「ボトルネック状及び/又はケイブ状の窪み」となりやすい。即ち、通常の酸洗であると、窪みはその開口周縁がなだらかに拡がるが、インヒビターを使用すると、窪みの開口周縁が鋭角のままで、窪みの内部よりも開口周縁の方が狭くなっている。なお、インヒビターとは、鉄地腐食阻害物質の薬品のことである。
【0035】
更に、別の方法として、素線加工工程において、ローラの表面粗度を調整した圧延ローラを使用し、そのローラ表面の凹凸をワイヤ表面に転写することにより、「素線の窪み」を生成できる。ローラ転写により「素線の窪み」を生成することは、酸化膜の有無、伸線温度、及び線径に拘わらず可能である。
【0036】
▲2▼その窪みを何らかの充填物で埋めてから、窪みの存在を保持しつつ、開口部(間口)を狭める工程
開口部が大きく開いた状態の素線表面に、最終製品ワイヤ径で必要となる機能性機能性物質を塗布し、その後、ワイヤを伸線加工することにより、開口部が狭まり、窪み内の機能性物質の上に鋼皮が薄くかぶさり、所望の「ボトルネック状及び/又はケイブ状の窪みの内部に機能性物質が存在するワイヤ」を得ることができる。このときの伸線加工は、穴ダイス、マイクロミル又はローラダイスを使用して行うことができる。
【0037】
穴ダイスを用いて伸線加工する場合は、「素線の窪み」の形状をそのまま保存することは困難であるが、機能性物質中のバインダー成分を調整することにより、「ボトルネック状及び/又はケイブ状の窪み」を生成することができる。具体的には、ボラックス、ボンデ処理等のワイヤ表面に化学的に結合する無機バインダー及び/又は有機バインダーを用いることにより、窪みを保持することができる。
【0038】
また、マイクロミル及び/又はローラダイスを用いると、「素線の窪み」は比較的保存されやすく、最終ワイヤ径において、「ボトルネック状及び/又はケイブ状の窪み」を生成することができる。
【0039】
伸線加工工程においては、穴ダイス、マイクロミル又はローラダイスの単独による伸線加工に加えて、これらの方法を組合せて伸線加工しても良い。
【0040】
更に、種々の酸化物、K化合物、Na化合物、Cs化合物、硫化物、リン化合物、ホウ素化合物、亜鉛化合物、黒鉛、PTFEを、有機系及び/又は無機系のバインダーで混合したものをワイヤ表面に塗布し、上記のような伸線工程を経ることによって、「素線の窪み」形状を保持しつつ、ワイヤ表面の開口部(間口)を狭めていき、内部に機能性機能性物質を保持しうる「ボトルネック状及び/又はケイブ状の窪み」を高効率で形成することができる。
【0041】
▲3▼見かけ上平滑なワイヤ表面を持つように仕上げる工程
最終的には、その窪みに送給潤滑剤、通電安定剤、又はスパッタ防止剤等の機能性物質が充填されると共に、通電性及び耐詰まり性が良好であるように、見かけ上平滑なワイヤ表面を持つように仕上げることが必要である。
【0042】
最終ワイヤ径においては、「素線の窪み」の形成段階で機能性物質を充填させた場合は、仕上げ穴ダイス又はローラダイス等でスキンパス加工(低減面率で加工)することにより、窪みの開口部にワイヤ鋼皮が薄くかぶさって間口が小さくなり、本発明のワイヤを製造することができる。
【0043】
更に別の方法として、「素線の窪み」に予め別の機能性を有しない物質を充填して伸線加工したものを、最終伸線上がり工程において黒鉛等の機能性を有する物質を、水、アルコール、油、又はエマルジョン等に分散させて、ワイヤ表面にすり込むことによっても、「ボトルネック状及び/又はケイブ状の窪み」の内部が、これらの物質により置換され、窪み内に残留する。
【0044】
なお、本発明は銅めっきを施していないソリッドワイヤである。これは、銅めっきが施されたワイヤにおいては、前述の「ボトルネック状及び/又はケイブ状の窪み」を生成しても、銅めっきが剥離しやすくなるため、実用に供することができないからである。このような「ボトルネック状及び/又はケイブ状の窪み」をもつワイヤの特性を評価した結果、以下の事実が明らかになった。
【0045】
「ボトルネック状及び/又はケイブ状の窪み」の数は、ワイヤ周方向に、1周長あたり、総数で20箇所以上存在することが好ましい。これにより、十分に機能性物質の効果を発揮するだけの機能性物質を保持することができる。次に、この窪みの数の算定方法について、説明する。先ず、ワイヤを1mサンプリングし、その長手方向の10箇所にてその横断面を採取し、ワイヤ周方向の窪みの数(1周あたりの)をカウントして、その10断面中の最大値を窪み総数と定義する。即ち、10断面中1断面でも窪み数は20箇所以上であれば良い。
【0046】
このような形状の窪みの数が1周あたり20個以上あると、送給性、アーク安定性及びスパッタ発生量低減に、十分効果を発揮するだけの機能性物質を保持することができると共に、ワイヤの周方向の一部だけに機能性物質が偏って存在するということを防止することができる。窪みの数が20個未満の場合は、その位置がワイヤの周方向の一部に偏ってしまうことがあり、このとき機能性物質がワイヤ周面の一部分にしか作用しなくなり、均一で安定なアーク現象を得ることが困難になる。
【0047】
更に、有効窪みの長さ率が0.5%以上50%未満であると、機能性物質の保持効果が更に一層大きくなり、機能性物質の効果が十分発揮される。なお、有効窪みの長さ率は、図1に示すように、ワイヤ表面に垂直に仮想投影したときに、影となる部分の長さの総和l1+l2+・・・+lnのワイヤ基準円弧長lに対する比率であると定義する。これを数式で表現すると、下記数式1のようになる。
【0048】
【数1】
【0049】
また、有効窪みの長さ率が0.5%以上50%未満であるとき、機能性物質を保持する効果が十分に発揮される。有効窪みの長さ率が0.5%未満では十分な量の機能性物質を保持することができない。逆に、有効窪みの長さ率が50%以上になると、表面粗さが大きくなり、表面の摩擦抵抗が大きくなるため、ワイヤの送給性が劣化してしまう。
【0050】
一般的に、ワイヤ等の表面凹凸の大小は、算術平均粗さRa、最大高さRy、十点平均粗さRz、負荷長さ率tp、凹凸の平均間隔Sm、局部山頂の平均間隔S及び比表面積等を使用して表現する。しかしながら、これらの値によって表現される単純な凹凸だけでは、機能性物質を効果的に保持することができるとはいえない。即ち、従来検討されているような単純な凹凸だけでは、ワイヤに変形が加わると窪みの形状も変化するため、機能性物質が離脱しやすくなる。機能性物質を効果的に保持するためには、アンカー効果を有する「ボトルネック状及び/又はケイブ状の窪み」に機能性物質を保持することがよい。これにより、ワイヤの変形等が生じ、窪みの形状が多少変化しても、機能性物質は窪みから容易に離脱することはなくなる。
【0051】
窪みの形状は、以下に示す方法で確認することができる。先ず、ワイヤ表面に、Pt、Ni又はCuなどの金属薄膜をスパッタリングにより蒸着した後、ワイヤを熱硬化性樹脂に埋め込む。その後、断面を研磨し、この断面を走査型電子顕微鏡で観察し、ワイヤ表面形状と機能性物質の有無を確認する。ボトルネック状及び/又はケイブ状の窪みの窪み長さ率は1000倍から2000倍の倍率でワイヤ断面の表面を観察することにより求めることが好ましい。より具体的には、1000倍から2000倍で印画紙に焼き付け、又はデジタルデータとして画像をとりこむ。印画紙の場合は、デバイダを用いて仮想光源に対する影の長さの総和を求め、その値をワイヤの基準円弧長で除することによって有効窪み長さ率を求めることができる。また、デジタルデータは画像処理を施し、形状を明確にした後、仮想光源に対する影の長さの総和を求め、その値をワイヤの基準円弧長で徐することによって、有効窪み長さ率を求めることができる。
【0052】
この有効窪み長さ率は、従来実施されているワイヤ表面の接触式粗さ測定及び電子線又はレーザ等を用いた非接触式形状測定では検出することができない。
【0053】
有効窪み長さ率を所定の範囲に制御するために、以下の方法がある。即ち、原線又は伸線途中において、高減面率の熱間圧延を実施することにより、従来には無い特異な表面皺、特に深い窪みを有するワイヤ表面を得ることができる。従来、素線加工工程でワイヤ表面に過度の窪みが生成すると、その後の伸線加工工程で、肌荒れ及びクラック等の発生原因となるため、故意に窪みを生成することはなかった。本発明はこのような従来の常識を覆すものを、積極的に利用したものである。
【0054】
ワイヤの組成はC:0.01乃至0.12質量%、Si:0.2乃至1.2質量%、Mn:0.5乃至2.5質量%、P:0.001乃至0.03質量%及びS:0.001乃至0.03質量%である
更に、ワイヤの組成とスパッタ発生量との関係を調査した結果、ワイヤの組成がC:0.01乃至0.12質量%、Si:0.2乃至1.2質量%、Mn:0.5乃至2.5質量%、P:0.001乃至0.03質量%及びS:0.001乃至0.03質量%であれば、スパッタの発生量が減少することを実験的に確認した。いずれの組成もこの範囲を外れると、スパッタもしくはヒューム発生量が若干増加する。
【0055】
ワイヤの組成として、更にTi+Zr:0.03乃至0.3質量%を含有する
ワイヤの組成については、更にTi+Zrを0.03乃至0.3質量%含有していれば、スパッタの発生量が更に減少することが確認された。上記組成の範囲から外れると、スパッタまたはヒューム発生量の低減効果は、若干少ないものであった。
【0056】
ワイヤの組成として、更にMo:0.01乃至0.6質量%を含有する
また、Moを0.01乃至0.6質量%含有していれば、更にスパッタの発生量が減少することが確認された。上記組成の範囲から外れると、スパッタ又はヒューム発生量の低減効果は、若干少ないものであった。
【0057】
続いて、本発明におけるワイヤの表面に存在するMoS2及び油の量の測定方法、並びに黒鉛の塗布量及び黒鉛の結晶性の分析方法について詳細に説明する。
【0058】
<MoS2>
▲1▼塗布量の分析
次に、MoS2の量の測定方法について説明する。先ず、ワイヤを有機溶媒(エタノール、アセトン及び石油エーテル等)で洗浄した後、洗浄液をろ紙で濾過した後、ろ紙を乾燥させる。このろ紙の乾燥後、混合水溶液(硫酸(濃硫酸:水が1:1)が1、濃過塩素酸が1、濃硝酸が1の割合で混合した水溶液)によりろ紙とMoS2とを分解(白煙処理)し、MoS2を溶解する。そして、原子吸光法によりMoを定量化する。この測定量を(d)とする。有機溶媒で洗浄した後のワイヤを塩酸溶液(濃度が35質量%の塩酸が1、水が1の割合で混合した水溶液)に浸漬して溶解し、ワイヤからMoS2を遊離させる。そして、この溶液をろ紙で濾過した後、白煙処理によってMoS2を溶解し、原子吸光法によってMo量を定量化する。このMo量を(e)とする。ワイヤの表面に付着又は表面直下に埋め込まれたMoの総量(G)は下記数式1により算出することができる。
【0059】
【数2】
(G)=(d)+(e)
そして、Moの総量(G)を、MoS2に換算し、ワイヤの質量で除した値からワイヤ10kg当たりのMoS2の塗布量を算出することができる。
【0060】
▲2▼粒径の測定
【0061】
次に、MoS2の粒径の測定方法について説明する。MoS2の粒径については、上述の如く、ワイヤを有機溶媒で洗浄し、洗浄液をろ紙で濾過した後、ろ紙を乾燥させる。この後、走査型電子顕微鏡でMoS2の結晶粒を観察し、その粒径を測定する。
【0062】
一方、ワイヤの表面直下に埋め込まれたMoS2の粒径については、上述の如く、ワイヤを有機溶媒(エタノール、アセトン及び石油エーテル等)で洗浄し、その後、ワイヤを塩酸溶液(塩酸が1、水が1の割合で混合した水溶液)に浸漬して溶解し、ワイヤからMoS2を遊離させる。そして、濾液をろ紙で濾過した後、ろ紙を乾燥させる。この後、走査型電子顕微鏡でMoS2の結晶粒を観察し、その粒径を測定する。
【0063】
<ポリイソブテンを含む油量測定>
次に、ポリイソブテンを含む油量の測定方法について説明する。ワイヤ表面を四塩化炭素で洗浄し、赤外吸収法を応用した油分濃度計で定量測定する。ワイヤ表面の油がポリイソブテンを含むものかどうかは、次のようにして判断できる。ワイヤ表面を四塩化炭素又はヘキサンを洗浄溶媒として使用して洗浄し、洗浄液から洗浄溶剤を減圧蒸留にて除去した残留物の赤外吸収スペクトルを透過法にて測定する。図3は横軸に波数をとり、縦軸に透過率をとって、ポリイソブテンの特性吸収を示すグラフ図である。このようにして測定されたスペクトルに1230cm−1、1365cm−1及び1388cm−1付近に極大を持つ特性吸収が認められれば、ポリイソブテンを含むと判断できる。ポリイソブテンは、下記化学式1の構造を有し、1230cm−1の吸収は4級炭素の骨格振動に起因するもの、1365cm−1及び1388cm−1の吸収はジメチル構造のメチル基の変角振動に起因するものと考えられている。なお、これらの波数は、共存する油の影響、ポリイソブテンの重合度及び枝別れ構造等の影響を受け、5cm−1程度のずれが生じる場合もある。
【0064】
【化1】
【0065】
<油量定量分析方法>
ポリイソブテンを一定濃度含有する四塩化炭素溶液を準備し、これを基準液として使用する。ワイヤのカットサンプルを約20乃至30mm長で、約20g用意する。カットサンプルを四塩化炭素中で浸漬洗浄し、洗浄液を赤外吸光法で測定し、基準液と比較することで、ワイヤ10kg当たりのポリイソブテン付着量を測定する。
【0066】
<黒鉛>
▲1▼黒鉛塗布量の分析
以下、黒鉛の測定方法について説明する。先ず、ワイヤを有機溶媒(例えば、エタノール、アセトン又は石油エーテル等)で洗浄する。この洗浄液をガラスフィルタで濾過した後、このガラスフィルタを乾燥する。そして、ガラスフィルタに捕集された炭素量を測定する。この測定量を(a)とする。
【0067】
一方、有機溶媒で洗浄した後のワイヤは、硝酸溶液(濃硝酸が1、水が1の割合で混合した水溶液)に120秒間浸漬し、ワイヤの表面のみを溶解し、溶液をガラスフィルタで濾過する。その後、このガラスフィルタを乾燥させる。そして、このままの状態のガラスフィルタにて捕集された炭素量を測定する。この測定量を(b)とする。
【0068】
上述の各工程で使用される各ガラスフィルタについて、測定前に炭素量を測定し、これをブランク値(c1、c2)とし、各測定値から差し引く。これにより、ワイヤの表面近傍に存在していた炭素のみの量が測定される。なお、溶解されたワイヤ中に固溶している炭素はフィルタには捕集されず、濾液に溶解する。即ち、ワイヤの表面に付着又はワイヤの表面直下に埋め込まれた遊離炭素のみがフィルタに捕集される。従って、ワイヤの表面に付着又は表面直下に埋め込まれた炭素の総量(D)は下記数式2により算出することができる。
【0069】
【数3】
(D)=((a)+(b))−((c1)+(c2))
【0070】
この炭素の総量(D)をワイヤの質量で徐した値からワイヤ10kg当たりの黒鉛の塗布量を算出することができる。
【0071】
▲2▼黒鉛の結晶性の測定
次に、黒鉛の結晶性の測定方法について説明する。先ず、CuKα線を使用し、走査速度を0.25°/分として粉末X線回折を行う。回折角度の補正は高純度のシリコンをメノウ製の乳鉢にて325メッシュ標準篩以下に粉砕し、この粉末を黒鉛に10乃至25質量%添加し、シリコンの(111)回折ピークを使用して行う。2θが約26.5°のピーク位置は、バックグラウンドから図形高さの2/3の位置でバックグラウンドに平行線を引き、その図形により区切られた線分の中点とする。なお、バックグラウンドは2θ=29°付近を基準としてベースラインに対して接線を引く。この(002)回折線のピーク位置から黒鉛の面間隔d002を求める。このように、面間隔を求めることにより、結晶性を測定することができる。
【0072】
X線回折の測定には、黒鉛が0.05乃至0.1g程度必要である。この黒鉛はワイヤを10kg程度、上述の方法で洗浄し、洗浄液で濾過することにより、捕集できる。
【0073】
また、ワイヤ表面から炭素を捕集する別の方法としては、先ず、溶接で使用するスプリングライナを3m程度準備し、このライナをアセトン等の有機溶媒で脱脂洗浄する。次に、このライナを8字に曲げ、ワイヤを連続的にこのライナ内を通過させる。このとき、スプリングライナ内部にはワイヤ表面から黒鉛が剥離し、堆積する。次に、この堆積物及びスプリングライナを有機溶媒で超音波洗浄し、洗浄液を濾過する。そして、ろ紙に残留した黒鉛を捕集すれば0.1g程度のワイヤ付着物を得ることができ、これをX線回折に供することができる。
【0074】
【実施例】
以下、本発明の範囲に入る溶接用ワイヤの実施例について、その特性を比較例と比較した結果について具体的に説明する。
【0075】
JIS Z3312のYGW11に相当の銅めっきを有しないソリッドワイヤを使用し、供試材を作製した。MoS2及び黒鉛は伸線潤滑剤の中に混入して使用し、積極的にワイヤ表面に埋め込んだ。更に、最終製品径でMoS2及び黒鉛をポリイソブテンに鉱油を加えて粘度調整した油に分散させて、ワイヤの表面に塗布した。このようにして、下記表1乃至表3に示す直径が1.2mmである実施例及び比較例のワイヤを試作した。なお、表1に示す「−」は、添加していないことを示す。また、表2及び表3に示す「油量」とは、ポリイソブテンを含有する油の量のことである。
【0076】
このワイヤの表面及び表面直下に存在する黒鉛の量(黒鉛塗布量)、MoS2の粒径、MoS2の塗布量及び油量を上述の測定方法により測定した。
【0077】
送給性の評価は、図4に示す送給装置を使用して行った。図4は送給性の試験装置を示す模式図である。図3に示すように、1ターンを有する全長6mのトーチ3にワイヤ2を挿通して溶接するときに、送給ローラ1に印加される送給抵抗(荷重)を測定し、これを評価した。
【0078】
スパッタ発生量は図5に示す装置によって、溶接の際に溶接ビードの左右に飛散する全てのスパッタを銅製の容器で捕集し、1分間当たりに発生したスパッタ質量を測定した。溶接条件は、溶接電流が300A、溶接電圧が37V、ワイヤの突出し長さが25mm、溶接速度が30cm/分、DCEP、シールドガスは100%CO2(流量:25リットル/分)の溶接条件で、下向きビードオンプレート溶接を行った。使用した鋼板はJIS G3106のSM490A (板厚25mm)である。
【0079】
ヒューム発生量は図6に示す装置によって、溶接の際に発生する全てのヒュームを捕集した。この方法は、JIS Z3930に示される方法であって、単位時間当たりに発生したヒュームを捕集し、その質量を測定するものである。なお、図6において、捕集箱1に観察窓2が設けられており、更に捕集箱1には試料の差入れ口3と空気孔4が設けられている。そして、捕集箱1内には溶接台5が設置されており、捕集箱1の上部には、捕集用濾紙をセットするサンプラ6が設置されている。このサンプラ6の上部は吸引口へ通じている。溶接条件は、溶接電流が300A、溶接電圧が35V、ワイヤの突出し長さが20mm、溶接速度が30cm/分、DCEP、シールドガスは100%CO2(流量:25リットル/分)の溶接条件で、下向きビードオンプレート溶接を行った。使用した鋼板はJIS G3106のSM490A (板厚12mm)である。
【0080】
【表1】
【0081】
【表2】
【0082】
【表3】
【0083】
【表4】
【0084】
【表5】
【0085】
【表6】
【0086】
【表7】
【0087】
【表8】
【0088】
表1と表5は、開口部よりも内部が広い窪み及び/又は外部から入射光が照射されない部分を有する窪みを有する例である。これらの表に示すように、実施例1乃至14はスパッタ及びヒューム発生量が少なく、送給抵抗も比較的小さかった。特に、請求項2乃至9を満たす実施例10〜14はスパッタ及びヒューム発生量が更に少なかった。表2と表6は、開口部よりも内部が広い窪み及び/又は外部から入射光が照射されない部分を有する窪みを有する例である。これらの表に示すように、ワイヤ組成が請求項7乃至9から外れる実施例16乃至29は、若干スパッタ及びヒューム発生量が劣るものであった。更に、Naの量が請求項4から外れる実施例1及び14,15は、若干スパッタ発生量が劣るものであった。
【0089】
また、表3と表7は、開口部よりも内部が広い窪み及び/又は外部から入射光が照射されない部分を有する窪みを有する例である。これらの表に示すように、実施例30はワイヤの表面粗さ:Raが請求項6の下限値未満であるため、開口部からの機能性物質のしみ出し効果が弱くなり、スパッタ及びヒューム発生量が若干多くなると共に、送給抵抗も大きくなった。実施例31はワイヤの表面粗さRaが請求項6の上限値を超えて、開口部が大きくなっており、MoS2及びポリイソブテンを含む油の保持が困難となり、スパッタ発生量及び送給抵抗が若干大きくなった。
【0090】
実施例32はMoS2が過剰であって、ヒューム発生量が若干高くなった。実施例33はMoS2の粒径が本発明の上限値を超えているため、実施例34はMoS2の粒径が本発明の下限値未満であるため、夫々スパッタ発生量及び送給抵抗が若干大きいものであった。
【0091】
実施例35及び36は黒鉛の結晶度が請求項3の上限値を超え、及び下限値未満であるため、それぞれスパッタ発生量及び送給抵抗が若干大きいものであった。実施例30乃至41は、代表的な成分のワイヤを利用し、先に述べたような「ボトルネック状及び/又はケイブ状の窪み」の製造方法によって、形成される窪みの数と有効窪み長さ率(%)とを、種々変えて実施したものである。窪み数が少ない実施例30,37,38は、請求項2の範囲である実施例39,40に比べ、スパッタ及びヒューム発生量が若干高い値である。実施例41は、有効窪み長さ率(%)が請求項2の上限値を超えるものであるが、スパッタ及びヒューム発生量が若干高く、かつ送給抵抗がかなり高い値である。
【0092】
表4と表8は、開口部よりも内部が広い窪み及び/又は外部から入射光が照射されない部分を有する窪みを有しない例である。これらの表に示すように、比較例42及び43はMoS2を含まないため、スパッタ発生量が多くなり、かつ送給抵抗も大きくなった。比較例44,45は、油量が本発明の下限値未満であって、スパッタ及びヒューム発生量と送給抵抗とが大きいものである。比較例46,47は、油量が本発明の上限値を超えており、スパッタ及びヒューム発生量と送給抵抗とが大きいものである。比較例48乃至52は、黒鉛が本発明の下限値未満であって、スパッタ及びヒューム発生量と送給抵抗とが大きいものである。比較例53,54は、黒鉛の量が本発明の上限値を超えているので、スパッタ及びヒューム発生量が大きくなっている。
【0093】
【発明の効果】
以上詳述したように本発明によれば、黒鉛等に代表される機能性物質をワイヤ表面上及び表面直下に離脱することなく保持することができ、安定したワイヤ送給性とアーク安定性とを保持しつつ、スパッタ及びヒュームが少ないという良好な特性を有する溶接用めっきなしソリッドワイヤを得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】表面直下のワイヤ断面の模式図である。
【図2】実際の表面直下のワイヤ断面写真である。
【図3】横軸に波数をとり、縦軸に透過率をとって、ポリイソブテンの特性吸収を示すグラフ図である。
【図4】送給性の試験装置を示す模式図である。
【図5】スパッタ発生量を定量的に測定する試験装置を示す模式図である。
【図6】ヒューム発生量を定量的に測定する試験装置を示す。
【符号の説明】
1;捕集箱
2;観察窓
3;差入れ口
4;空気孔
5;溶接台
6;サンプラ
Claims (9)
- ワイヤの周面に開口し、開口部より内部が広い窪み及び/又は外部からの入射光が照射されない部分を有する窪みを有し、これらの窪みの内部及びワイヤ表面に、ワイヤ10kg当たり0.01乃至3gの量の黒鉛と、ワイヤ10kg当たり0.1乃至2gの量のポリイソブテン含有油とが存在し、更にNa化合物及び硫化物MoS 2 が存在することを特徴とするめっきなし溶接用ソリッドワイヤ。
- 前記窪みは、ワイヤの周方向において、1周長あたり20箇所以上存在し、前記窪みの長さ率が0.5%以上50%未満であることを特徴とする請求項1に記載のめっきなし溶接用ソリッドワイヤ。
- 前記黒鉛は、(002)回折線のピーク位置から求めた面間隔d002が0.3353乃至0.3372nmであることを特徴とする請求項1又は2に記載のめっきなし溶接用ソリッドワイヤ。
- 前記Na化合物は、Na量として0.01乃至5.0質量ppm存在することを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載のめっきなし溶接用ソリッドワイヤ。
- 前記MoS 2 は、粒径が0.1乃至2μmであって、ワイヤ10kg当たりの付着量が0.01乃至1.0gであることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項に記載のめっきなし溶接用ソリッドワイヤ。
- ワイヤ表面の円周方向に測定された中心線平均表面粗さRaが0.05乃至1.0μmであることを特徴とする請求項1乃至5のいずれか1項に記載のめっきなし溶接用ソリッドワイヤ。
- ワイヤを構成する鋼線の組成は、C:0.01乃至0.12質量%、Si:0.2乃至1.2質量%、Mn:0.5乃至2.5質量%、P:0.001乃至0.03質量%及びS:0.001乃至0.03質量%を含有することを特徴とする請求項1乃至6のいずれか1項に記載のめっきなし溶接用ソリッドワイヤ。
- 前記鋼線は、更に、Ti+Zrを総量で0.03乃至0.3質量%含有することを特徴とする請求項7に記載のめっきなし溶接用ソリッドワイヤ。
- 前記鋼線は、更に、Moを0.01乃至0.6質量%含有することを特徴とする請求項8に記載のめっきなし溶接用ソリッドワイヤ。
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