以下、添付図面を参照して、本発明の実施の形態について説明する。ただし、各図において共通する要素には、同一の符号を付して重複する説明を省略又は簡略する。以下に示す実施の形態において各要素の個数、数量、量、範囲等の数に言及した場合、特に明示した場合や原理的に明らかにその数に特定される場合を除いて、その言及した数に、この発明が限定されるものではない。また、以下に示す実施の形態において説明する構造やステップ等は、特に明示した場合や明らかに原理的にそれに特定される場合を除いて、この発明に必ずしも必須のものではない。
1.実施の形態1
まず、図1〜図5を参照して、本発明の実施の形態1について説明する。
1−1.パワートレーンシステムの構成例
図1は、本発明の実施の形態1に係るパワートレーンシステム10の構成例を説明するための模式図である。図1に示すパワートレーンシステム10は、車両の動力源として、内燃機関20とともに第1モータジェネレータ30(以下、「MG1」と略する)及び第2モータジェネレータ32(以下、「MG2」と略する)を備えている。すなわち、パワートレーンシステム10は、一例としてハイブリッド車両に適用されている。
内燃機関20は、一例として、火花点火式エンジンである。しかしながら、本発明の対象となる内燃機関は、圧縮着火式エンジンであってもよく、また、その気筒数及び気筒配置は特に限定されない。内燃機関20は、エンジントルクTeを制御するためのアクチュエータとして、スロットルバルブ22と燃料噴射弁24と点火装置26とを備えている。スロットルバルブ22は、吸気通路(図示省略)に配置され、吸入空気流量を制御する。燃料噴射弁24は、各気筒に配置され、例えば気筒内に直接燃料を噴射する。点火装置26は、各気筒に配置された点火プラグを用いて、気筒内の混合気に点火する。また、内燃機関20は、各種エンジン制御に用いられる各種センサを備えている。ここでいう各種センサは、クランク角に応じた信号を出力するクランク角センサ28を含む。
MG1及びMG2は、共に発電可能な電動機である。すなわち、MG1及びMG2は、供給された電力によりトルクを出力する電動機としての機能と、入力された機械的動力を電力に変換する発電機としての機能とを兼ね備える交流同期型のモータジェネレータである。図1に示すパワートレーンシステム10では、MG1は、主に発電機として用いられ、MG2は、主に車両を駆動する電動機として用いられる。
内燃機関20、MG1及びMG2は、動力分割機構34及び減速機構36を介して車輪38と連結されている。動力分割機構34は、例えばプラネタリギヤユニットであり、内燃機関20から出力されるエンジントルクTeをMG1と車輪38とに分割する。より詳細には、動力分割機構34において、サンギヤはMG1の出力軸30aに連結され、キャリアは内燃機関20のクランクシャフト20aに連結され、リングギヤはMG2の出力軸32aに連結されている。内燃機関20から出力されるエンジントルクTe又はMG2から出力されるMG2トルクTmは、減速機構36を介して車輪38に伝達される。すなわち、内燃機関20及びMG2は、車両の駆動力を生じさせることによって車両の駆動力を制御する。MG1は、動力分割機構34を介して内燃機関20から供給されたエンジントルクTeにより電力を回生発電可能である。このため、MG1も車両の駆動力を制御するために用いられる。また、MG2は、車両減速時には発電機として機能し、車両運動エネルギを回収して電力に変換する。
MG1及びMG2は、インバータ40及び昇圧コンバータ42を介してバッテリ44と電力の授受を行う。インバータ40は、バッテリ44に蓄えられた電力を直流から交流に変換してMG2に供給するとともに、MG1及びMG2によって生成される電力を交流から直流に変換してバッテリ44に蓄える。このため、バッテリ44は、MG1及びMG2で生じた電力によって充電され、MG2で消費される電力により放電される。昇圧コンバータ42は、バッテリ44の電圧を必要に応じて昇圧させる。
本実施形態のパワートレーンシステム10は、さらに、パワートレーン(内燃機関20、MG1及びMG2)を制御するための制御装置50を備えている。制御装置50は、プロセッサ50aとメモリ50bとを有する電子制御ユニット(ECU)である。メモリ50bは、パワートレーンシステム10を制御するためのプログラムを記憶している。プロセッサ50aは、メモリ50bからプログラムを読み出して実行する。制御装置50は、パワートレーンを制御するための各種センサからセンサ信号を取り込む。また、プロセッサ50aは、取り込まれたセンサ信号を用いて各種プログラムを実行し、パワートレーンの各種アクチュエータを操作するための操作信号を出力する。
制御装置50には、上述したクランク角センサ28等のエンジン制御のための各種センサに加え、アクセルポジションセンサ、ブレーキポジションセンサ及び車速センサ等、パワートレーンの制御に用いられる各種センサが電気的に接続されている。制御装置50は、クランク角センサ28からの信号を用いてエンジン回転数Neを算出できる。
また、制御装置50には、上述した内燃機関20(スロットルバルブ22、燃料噴射弁24及び点火装置26)、MG1及びMG2等、パワートレーンを制御するための各種アクチュエータが電気的に接続されている。なお、内燃機関20、MG1及びMG2は、本発明に係る「車両の駆動力の制御に関係する1つ以上のトルクデバイス」の一例に相当する。また、制御装置50は、複数のECUから構成されていてもよい。
1−2.実施の形態1に係るトルクデバイス制御
1−2−1.トルクデバイス制御の概要
パワートレーンシステム10が備えるトルクデバイスは、上述のように、内燃機関20、MG1及びMG2である。図2は、本発明の実施の形態1に係るトルクデバイス制御に関連する制御装置50の機能構成を示すブロック図である。制御装置50は、トルクデバイス制御を行うために、「操作量決定部58」と「トルクデバイス制御部60」とを含む。
本実施形態においてパワートレーンシステム10によって制御される状態量(すなわち、制御量)の一例は、駆動トルクTp、充放電量Pchg及び回転数変化率dNgである。駆動トルクTpは、車両駆動力に相関する車輪38の駆動トルク(Nm)のことである。充放電量Pchgは、バッテリ44の充放電量(W)であり、ここでは充電時に負となり、放電時に正となるものとする。回転数変化率dNgは、MG1の回転数変化率(Rad/s2)である。
なお、図1に示す動力分割機構34を利用する例では、MG2の回転数Nmは車速に応じて定まるため、MG1の回転数Ngが決まれば、エンジン回転数Neが定まるという関係がある。このため、本実施形態では、制御対象の状態量(制御量)の1つとして回転数変化率dNgが含められている。また、MG1の回転数変化率dNgに代え、エンジン回転数変化率dNeが制御量の一つとして用いられてもよい。上記の関係があるので、この例によっても、MG1回転数変化率dNgの利用時と同様の制御を実現できる。また、回転数変化率dNg、dNeに代え、例えば、MG1回転数Ng又はエンジン回転数Ne(rad/s)自体が用いられてもよい。
(操作量決定部)
操作量決定部58は、上述の状態量(Tp、Pchg、dNg)を、それぞれの目標値である目標状態量に制御するための最適な操作量を決定する。このため、操作量決定部58は、最適操作量探索器としての機能を有する。本実施形態において用いられる操作量の例は、エンジントルクTe、MG1トルクTg及びMG2トルクTmである。
以下の(1)式は、制御量(Tp、Pchg、dNg)と操作量(Te、Tg、Tm)との関係を表した状態方程式である。この(1)式に示されるように、パワートレーンシステム10における制御量と操作量との関係は、線形(一次式)で表現することができる。
(1)式において、c(c11、c12、…)は、充放電量PchgとトルクTg、Tmとに関するc22及びc23を除き、パワートレーンシステム10のハードウェア諸元(例えば、各部のイナーシャ及びギヤ比)に応じて定まる定数である。c22及びc23については、運転中の回転数Ng、Nmの変化に応じて変化する。
操作量決定部58は、(1)式の状態方程式に基づいて、パワートレーンシステム10の制約条件を満たす範囲内で目標状態量を最大限実現するトルクデバイスの操作量を、線形計画問題を解くことにより決定する。そして、操作量決定部58は、決定した操作量をトルクデバイス制御部60に指示する。
さらに、本実施形態の操作量決定部58では、操作量の決定のために、3つの目標状態量(Tp、Pchg、dNg)の優先度が考慮される。具体的には、3つの目標状態量(Tp、Pchg、dNg)のそれぞれを優先度が高い順に最大限実現する操作量が、上記制約条件を満たす範囲内で線形計画問題を解くことにより決定される。このため、図2に示すように、操作量決定部58の入力には、目標状態量及び各種制約値(制約条件)とともに、優先度が含まれている。また、操作量決定部58の入力には、c22及びc23の決定のために、現在の回転数情報(MG1回転数Ng(又はエンジン回転数Ne)とMG2回転数Nm(又は車速))が含まれている。
(トルクデバイス制御部)
図2に示すトルクデバイス制御部60は、操作量決定部58によって決定されたそれぞれの操作量(Te、Tg、Tm)に従ってそれぞれのトルクデバイス(内燃機関20、MG1、MG2)を制御する。具体的には、内燃機関20に関しては、トルクデバイス制御部60は、操作量決定部58によって決定されたエンジントルクTeを実現するために必要なスロットル開度、燃料噴射量及び点火時期の各目標値を決定する。その結果、エンジントルク制御のためのアクチュエータ(スロットルバルブ22、燃料噴射弁24及び点火装置26)は、トルクデバイス制御部60によって決定された各目標値が実現されるように制御される。MG1及びMG2に関しても同様に、トルクデバイス制御部60は、操作量決定部58によって決定されたMGトルクTg、Tmを実現するために必要な電流値及び周波数等の所定の制御パラメータの各目標値を決定する。その結果、MG1及びMG2は、インバータ40の制御によって、トルクデバイス制御部60によって決定された各目標値が実現されるように制御される。
(目的関数)
次に、操作量決定部58において操作量を決定するために用いられる線形計画問題の目的関数(評価関数)fについて説明する。以下の(2)式は、目的関数fの一例を示している。より詳細には、この線形計画問題は、目的関数fを制約条件の下で最小にする解を求める最小化問題である。以下、説明の便宜上、目的関数fに関する本線形計画問題のことを「線形計画問題F」とも称する。
(2)式において、P1、P2、P3は、それぞれ、目標状態量Tp、Pchg、dNgの優先度に相当する。本実施形態では、一例として、駆動トルクTpの優先度P1が最も高く、次いで回転数変化率dNgの優先度P3が高く、充放電量Pchgの優先度P2が最も低くなるように優先度が決定されている。本実施形態では、優先度は、車両運転中に変化しないものとして扱われるが、パワートレーンシステムの構成、又は選択される目標状態量次第では、目標状態量間の優先度の高低は、車両運転中に変更されてもよい。
本実施形態では、優先度P1〜P3は、一例として、優先順位として与えられる。具体的には、優先順位の例では、優先度P1〜P3の値は、各目標状態量の優先順位に対応した絶対順位係数に相当する。本実施形態の例では、絶対順位係数P1は、絶対順位係数P3よりも絶対的に大きいという性質を持った係数であり、かつ、絶対順位係数P3は、絶対順位係数P2よりも絶対的に大きいという性質を持った係数である(P1>>>P3>>>P2)。付け加えると、「PxがPyよりも絶対的に大きい」とは、Pyに対してどのような大きな自然数nを掛けたとしても、PxがPy以下となることはないという関係が満たされることをいう。なお、優先順位としての優先度P1〜P3を考慮して目標状態量を最大限実現する操作量(すなわち、最適な操作量)を探索する手順の詳細については、ステップS114の処理とともに後述される。
また、(2)式において、y1 −とy1 +は、目標値(目標状態量の値)に対する駆動トルクTpの不足量と超過量である(ともに正の値)。したがって、これらの値の和(y1 −+y1 +)は、目標値に対する駆動トルクTpの乖離量に相当する。y2 −とy2 +は、目標値に対する充放電量Pchgの不足量と超過量であり、y3 −とy3 +は、目標値に対する回転数変化率dNgの不足量と超過量であり、以下、同様である。(2)式によれば、目標値に対する状態量の乖離量が小さいことは、目的関数fの値が小さくなることを意味する。
(制約条件)
上述の制約条件の一例は、以下の(3)〜(12)式のように表される。
上記の各式中の変数x1、x2及びx3は、それぞれ、操作量であるエンジントルクTe、MG1トルクTg及びMG2トルクTmに対応している。(3)〜(5)式中のg1、g2及びg3は、それぞれ、状態量である駆動トルクTpの目標値、充放電量Pchgの目標値及び回転数変化率dNgの目標値(目標状態量の具体的な値)である。これらの(3)〜(5)式によれば、目標値に対する状態量の乖離量を示す項(yi −+yi +)を含めて操作量と目標状態量との関係が表されている。
(6)式中のTpmn及びTpmxは、それぞれ、駆動トルクTpの下限制約値及び上限制約値である。(7)式中のWin及びWoutは、それぞれ、充放電量Pchgの下限制約値及び上限制約値である。(8)式中のdNgmn及びdNgmxは、それぞれ、MG1回転数変化率dNgの下限制約値及び上限制約値である。すなわち、(6)〜(8)式によれば、それぞれの状態量(Tp、Pchg、dNg)の制約範囲が表されている。
(9)式中のTemxは、エンジントルクTeの上限制約値であり、その下限制約値の一例はゼロである。(10)式中のTgmn及びTgmxは、それぞれ、MG1トルクTgの下限制約値及び上限制約値である。(11)式中のTmmn及びTmmxは、それぞれ、MG2トルクTmの下限制約値及び上限制約値である。すなわち、(9)〜(11)式によれば、それぞれの操作量(Te、Tg、Tm)の制約範囲が表されている。また、(12)式は、目標値に対する各状態量の不足量yi −及び超過量yi +がそれぞれ負の値でないことを表している。
制約内で優先度P1〜P3に応じて目標状態量(Tp、Pchg、dNg)を最大限実現する操作量(Te、Tg、Tm)を探し出すという問題(線形計画問題F)は、上述のように、(2)式の目的関数fと(3)〜(12)式に示す制約条件とによって整理して表すことができる。
(等式標準形の線形計画問題への同値変換の例)
以下の(13)〜(28)式は、上述の制約条件((3)〜(11)式)を等式条件((13)〜(26)式)と変数の非負条件((27)、(28)式)のみで表現するために、当該制約条件の各式に対して新たな変数x
2’、x
2”、x
3’、x
3”及びx
i(i=4〜14)を加えて変形することによって得られたものである。なお、既述した変数x
2は変数x
2’と変数x
2”との差(x
2’−x
2”)に等しく、変数x
3は変数x
3’と変数x
3”との差(x
3’−x
3”)に等しい。
このように各式を変形することにより、上述の線形計画問題Fを、等式標準形(すなわち、目的関数(評価関数)は線形関数であって、制約条件は等式条件と非負条件のみとなる形式)で記述できるようになる。このように記述された線形計画問題Fは、以下に図3を参照して説明するように、例えば単体法(シンプレックス法)を用いて解くことができる。なお、線形計画問題Fの解法として、公知の他の任意の解法(例えば、内点法)が用いられてもよい。
1−2−2.制御装置の処理
図3は、本発明の実施の形態1に係るトルクデバイス制御に関する処理のルーチンを示すフローチャートである。本ルーチンは、パワートレーンシステム10の起動中に所定の制御周期で繰り返し実行される。より詳細には、本実施形態の「操作量決定部58」は、以下のステップS100〜S104、S108〜S114の処理を実行し、「トルクデバイス制御部60」は、ステップS106の処理を実行する。また、操作量決定部58は、本発明に係る「第1操作量決定部」の一例に相当している。
図3に示すルーチンでは、制御装置50は、まず、ステップS100において、目標状態量(g1〜g3)、目標状態量の優先度P1〜P3(ここでは、優先順位)、状態量及び操作量の各制約値((6)〜(11)式中のTpmn等)、及び現在回転数情報(図2参照)を取得する。より詳細には、車両のドライバからの要求に応じて、車両の運転状態が変化する。例えば運転状態が変化すると、目標状態量及び制約値も変化する。このため、ステップS100では、制御装置50に接続された各種センサからの情報と所定のマップとに基づいて、車両の運転状態に応じた目標状態量及び制約値が取得される。その後、処理はステップS102に進む。
ステップS102では、制御装置50は、(1)式で表される連立方程式に対してステップS100で取得した目標状態量を代入し、当該連立方程式を解くことにより、目標状態量を実現する(換言すると、目標状態量に対応する)操作量(Te、Tg、Tm)を算出する。このような操作量(Te、Tg、Tm)の算出についても、目標状態量を最大限実現する操作量の決定の例に相当する。その後、処理はステップS104に進む。
ステップS104では、制御装置50は、ステップS100において取得した各目標状態量と、ステップS102において算出した各操作量とが制約範囲内(すなわち、それぞれの制約値(ステップS100にて取得された値)の範囲内)にあるか否かを判定する。より詳細には、本ステップS104では、上記の連立方程式が唯一の解を持ち、かつ、その解が制約値の範囲内にあるか否かが数学的な手法に従って判定される。
ステップS104の判定結果が肯定的である場合には、処理はステップS106に進む。ステップS106では、制御装置50は、算出した操作量に従って各トルクデバイス(内燃機関20、MG1及びMG2)を制御する。その後、今回の処理サイクルが終了する。
一方、ステップS104の判定結果が否定的である場合には、制御装置50は、制約内で目標状態量を最大限実現する操作量(すなわち、操作量の最適解)を探索して決定するために、ステップS108〜S114の処理を実行する。具体的には、まず、本ルーチンの対象となる線形計画問題Fの初期基底解を得るために、処理はステップS108に進む。
ステップS108では、制御装置50は、状態量及び操作量の上下限制約値(Tpmn、Tpmx、Win、Wout、dNgmn、dNgmx、Temx、Tgmn、Tgmx、Tmmn、Tmmx)のそれぞれの符号と、これらのそれぞれに対応するスラック変数x4〜x14((16)〜(26)式参照)の係数の符号とがすべて同じであるか否かを判定する。なお、スラック変数x4〜x14の何れかに対応する制約値(Tpmn等)がゼロの場合には、その制約値の符号はゼロであるが、ステップS108では、当該制約値の符号は、それに対応するスラック変数x4〜x14の係数の符号と同じであると判断される。
ステップS108の判定結果が肯定的である場合には、処理はステップS110に進む。ステップS110では、制御装置50は、以下に説明する手法で、各変数x1、x2’、x2’’、x3’、x3’’、yi −、yi +(i=1〜3)、及び各スラック変数x4〜x14の初期基底解を設定する。
すなわち、以下の(29)〜(31)式に示されるように、変数x
1、x
2’、x
2’’、x
3’、x
3’’はゼロとされる。y
i −、y
i +(i=1〜3)の値は、状態量の各目標値(目標状態量の値)g
1、g
2、g
3の符号に応じて変更される。具体的には、目標値g
1がゼロ以上の場合には、変数y
1 −は目標値g
1と同じ値とされ、変数y
1 +はゼロとされる。一方、目標値g
1が負の場合には、変数y
1 −はゼロとされ、変数y
1 +は目標値g
1と同じ値とされる。このことは、他の変数y
2 −、y
2 +、y
3 −、y
3 +と目標値g
2、g
3との関係についても同様である。また、スラック変数x
4は、−Tpmnと同じ値とされる(Tpmnがゼロの場合には、スラック変数x
4はゼロとされる)。このことは、他のスラック変数x
5〜x
14についても同様である。このように初期基底解を設定可能な理由は、各制約値の符号とスラック変数の係数の符号がすべて同じとなる場合には、本ステップS110において初期基底解として設定された各変数x
1等の値の組み合わせが、(12)〜(28)式で表される制約条件式によって生成される凸多面体(例えば、図4参照)の頂点の1つに対応することが分かるためである。
一方、ステップS108の判定結果が否定的である場合、つまり、各制約値の符号とスラック変数の係数の符号とがすべて同じにはならない場合には、処理はステップS112に進む。ステップS112では、制御装置50は、各変数x
1、x
2’、x
2’’、x
3’、x
3’’、y
i −、y
i +(i=1〜3)、及び各スラック変数x
4〜x
14の初期基底解を得るために、以下に示す制約条件を満たしつつ(32)式で表される目的関数(評価関数)zを最小にするという他の線形計画問題を解くための処理を行う。以下、説明の便宜上、このように初期基底解を得るための線形計画問題のことを「線形計画問題Z」と称する。
より詳細には、ti(i=1〜14)は、初期基底解(実行可能解)を求めるために導入された人為変数である。上記の制約条件では、tiのそれぞれは、上記(13)〜(26)式の左辺を右辺に移動して得られる右辺の値と等しい値として表されている。ステップS112では、制御装置50は、この線形計画問題Zを解くために、例えば単体法を用いて目的関数zをゼロとする(つまり、人為変数tiをすべてゼロにする)各変数x1、x2’、x2’’、x3’、x3’’、yi −、yi +(i=1〜3)、及び各スラック変数x4〜x14の値(つまり、初期基底解)を探索して決定する。なお、目的関数zがゼロにならない場合(つまり、人為変数tiがすべてゼロにならない場合)には、制約条件を満たす実行可能解がないということになる。パワートレーンシステム10では、このように実行可能解がないという事態が生じないように各制約値が決定されている。
ステップS100又はS112の処理によって初期基底解が取得された後に、処理はステップS114に進む。ステップS114では、制御装置50は、制約条件((12)〜(28)式参照)を満たす範囲内で優先度P1〜P3に応じて目標状態量(Tp、Pchg、dNg)を最大限実現する操作量(Te、Tg、Tm)、すなわち、操作量の最適解を探索して決定する。具体的には、制御装置50は、ステップS100又はS112の処理により取得された初期基底解を用いて、(2)式の目的関数fと制約条件((12)〜(28)式参照)とによって整理された上述の線形計画問題Fを解くための処理を行う。
図4は、優先度P1〜P3を考慮しつつ操作量の最適解を探索するアルゴリズムの概要を説明するための概念図である。図4は単体法を利用する例を示している。操作量が3つである本実施形態の線形計画問題Fの例では、制約条件を満たす領域は、図4に示すような凸多面体によって三次元的に表される。より詳細には、このような凸多面体内の領域では、すべての制約条件が満たされる。
操作量の最適解は、凸多面体の何れかの頂点において得られることになる。一例として単体法を利用する本アルゴリズムでは、凸多面体の各頂点を辿りつつ最適解が探索される。そして、本実施形態では、優先度P1〜P3の具体例として、上述のように優先順位が用いられる。優先順位を考慮した最適解の探索は、次のような手順で実行される。
図4中の頂点A1は、初期基底解と対応している。最適解の探索はこの頂点A1から開始される。本実施形態の例において最も優先順位が高い目標状態量は、駆動トルクTpの目標値g1である。このため、まず、目標値g1からの駆動トルクTpの乖離量(y1 −+y1 +)を頂点A1と比べて減らせる頂点A2が探索される。この探索は、ある頂点からどの方向に移動しても乖離量(y1 −+y1 +)を減らせなくなる頂点が得られるようになるまで継続される。図4では、頂点A3はそのような頂点の例に相当する。なお、このような探索の過程で乖離量(y1 −+y1 +)を減らせる頂点が複数ある場合は、最小添字規則(Blandの規則)を用いて移動先の頂点を選ぶことにより、探索が有限回で終了することを担保すればよい。
本アルゴリズムでは、次に、優先順位の最も高い駆動トルクTpの乖離量(y1 −+y1 +)を増やさないようにしつつ、2番目に優先順位の高い目標状態量である回転数変化率dNgの目標値g3に対する乖離量(y3 −+y3 +)を減らせる頂点A4が探索される。この探索についても、ある頂点からどの方向に移動しても乖離量(y3 −+y3 +)を減らせなくなる頂点が得られるようになるまで継続される。図4では、頂点A4はそのような頂点の例に相当する。
頂点A4が得られた後は、同様に、駆動トルクTpの乖離量(y1 −+y1 +)及び回転数変化率dNgの乖離量(y3 −+y3 +)をともに増やさないようにしつつ、最も優先順位の低い目標状態量である充放電量Pchgの目標値g2に対する乖離量(y2 −+y2 +)を減らせる頂点の探索が行われる。図4に示す例では、頂点A5が、乖離量(y1 −+y1 +)及び(y3 −+y3 +)をともに増やさないようにしつつ、乖離量(y2 −+y2 +)を最も減らせる頂点に相当する。
本アルゴリズムによれば、上記の頂点A5の操作量の値が最適解として決定される。このようなアルゴリズムを利用する本実施形態の操作量決定部58によれば、制約条件を満たす範囲内で優先順位の最も高い目標状態量から順に最大限実現するトルクデバイスの操作量を、線形計画問題Fを解くことにより決定することができる。
本ルーチンの処理は、ステップS114の後にステップS106に進む。その結果、ステップS114の処理によって決定された操作量(Te、Tg、Tm;最適解)に従って各トルクデバイスが制御される。
1−3.効果
以上説明した本実施形態のトルクデバイス制御によれば、制御される状態量(制御量)とトルクデバイスの操作量との関係を規定する線形の状態方程式に基づいて上述の線形計画問題Fを解くことにより最適な操作量を決定する処理が操作量決定部58によって実行される。これにより、制約条件を満たしつつ目標状態量を最大限実現するようにトルクデバイスの操作量を決定し、決定した操作量に従ってトルクデバイスを制御できるようになる。
さらに、本実施形態のトルクデバイス制御によれば、パワートレーンシステム10の駆動系における状態量(制御量)と操作量との関係が線形の状態方程式で表現されている。パワートレーンシステムの駆動系の状態方程式は、システム構成に依らずに線形となる。したがって、状態方程式に代入される状態量及び操作量の内容及び数を適宜変更するだけで、任意の1つ以上のトルクデバイスを備える他のパワートレーンシステムに容易に適用可能となる汎用性の高い制御構造(制御プラットフォーム)が構築可能となる。換言すると、制御構造を変えることなく、他の構成のパワートレーンシステム(例えば、後述の実施の形態3〜8参照)に提供可能なトルクデバイス制御を提供できるようになる。
さらに、本実施形態のトルクデバイス制御のように複数の目標状態量を利用する例では、複数の目標状態量間の優先度の違いをも考慮して最適な操作量を決定できることが望ましい。この点に関し、本実施形態の操作量決定部58によれば、複数の目標状態量のそれぞれを優先順位が高い順に最大限実現する操作量が、制約条件を満たす範囲内で線形計画問題Fを解くことにより決定される。このため、操作量決定部58の利用により、制御構造を変えることなく目標状態量の優先度に応じた操作量を決定できるようになる。また、操作量決定部58によれば、複数の目標状態量間で優先度(優先順位)の高低を適宜変更することにより、任意の目標状態量を最大限実現するように各操作量を決定できるようになる。付け加えると、線形の状態方程式によって各制御量(状態量)と各操作量との関係が表現される本実施形態によれば、各制御量に対する各操作量の影響が多軸的に扱われることになる。
優先順位を考慮した操作量の決定に関して、以下に補足的に説明する。図5は、優先順位の設定の有無に応じた操作量の決定手法の違いを説明するための概念図である。図5では、説明を分かり易くするために、2つの目標状態量A、Bと2つの操作量X1、X2の例が用いられている。
操作量が2つの例では、制約条件を満たす領域は、図5に示すように多角形によって表される。図5中の直線L1は目標状態量Aを満たす直線(状態方程式)に相当し、直線L2は目標状態量Bを満たす直線(状態方程式)に相当する。したがって、これらの直線L1、L2の交点C1は、目標状態量A及びBの双方を満たす点に相当する。
図5に示すように、交点C1は、制約条件を満たす領域の外にある。頂点C2は、図5に示す多角形の頂点のうちで、目標状態量A(直線L1)に対する乖離量が最も小さな頂点に相当する。そして、頂点C2では、目標状態量Aに対する乖離量(直線L1に対する距離)D1は、目標状態量Bに対する乖離量D2よりも小さい。もう1つの頂点C3では、頂点C2とは逆に、目標状態量Bに対する乖離量D3の方が目標状態量Aに対する乖離量D4よりも小さい。また、交点C1に対する距離としては、頂点C3の距離D5の方が頂点C2の距離D6よりも短い。
ここで、図5に示す制約条件の下で目標状態量Aの優先順位が目標状態量Bの優先順位よりも高められた例において、一例として単体法を利用して操作量決定部58による処理が行われると、結果は次のようになる。すなわち、頂点C2の操作量X1、X2の値が最適解として決定される。その理由は、交点C1に対する距離は、頂点C2の距離D6の方が頂点C3の距離D5よりも長いが、優先順位の最も高い目標状態量Aの直線L1との距離は、頂点C2の距離D1の方が他の5つの頂点(頂点C3を含む)から直線L1までの何れの距離よりも短くなるためである。一方、優先順位を考慮せずに探索が例えば単体法によって行われた場合には、交点C1に対する距離が相対的に短い頂点C3の操作量X1、X2の値が最適解として決定されると考えられる。
その一方で、上記の例とは逆に目標状態量Bの優先順位の方が相対的に高い例であれば、優先順位の有無によらずに、最適解の決定のために頂点C3が選択されることになると考えられる。
以上の説明から分かるように、優先順位をも考慮して最適解を探索可能な本実施形態の操作量決定部58によれば、優先順位の最も高い目標状態量から順に最大限実現する操作量を、制約条件の各頂点と各目標状態量を満たす直線との位置関係に依らずに確実に選択できるようになる。
1−4.優先度に関する他の具体的な利用例
上述した実施の形態1においては、優先度P1〜P3の具体的な利用例の1つとして、優先順位が挙げられた。しかしながら、本発明に係る「優先度」は、優先順位の例に代え、重みとして与えられてもよい。このことは、次の実施の形態2についても同様である。
具体的には、重みの例では、優先度P1〜P3の値は、優先度が高いほど大きくされる。これにより、優先度が高い項の方が、優先度が低い項と比べて、目的関数fの値に与える影響が大きくなる。より詳細には、重みの例では、線形計画問題Fを解くことによって優先度の最も高い目標状態量から順に最大限実現する操作量が得られるように、優先度P1〜P3の値が適切に決定されればよい。
2.実施の形態2
次に、図6〜図9を参照して、本発明の実施の形態2について説明する。
2−1.パワートレーンシステムの構成例
実施の形態2に係るパワートレーンシステムは、制御装置50に代え、図7に示す制御装置70を備えている点を除き、実施の形態1に係るパワートレーンシステム10と同様である。
2−2.実施の形態2に係るトルクデバイス制御
2−2−1.トルクデバイスの応答遅れに起因する課題
パワートレーンシステム10で用いられるトルクデバイスは、内燃機関20、MG1及びMG2である。図6は、指示エンジントルクTeの変化に対する内燃機関20の出力(実エンジントルクTe)の応答遅れを表したグラフである。内燃機関20の吸気系の遅れ及び燃焼の遅れ等の各種の遅れ要因の影響により、実エンジントルクTeは、図6に示すように指示エンジントルクTe(操作量)の変化に対して遅れを伴って変化する。このため、トルクデバイスの指示値に対する実値の応答遅れは、内燃機関20の方がMG1及びMG2と比べて大きくなる。なお、MG1及びMG2は、本発明に係る「第1トルクデバイス」の一例に相当し、内燃機関20は、本発明に係る「第2トルクデバイス」の一例に相当する。
ここで、線形計画法を利用した上述の操作量決定部58による操作量の決定には、トルクデバイスの出力の応答遅れは考慮されない。その結果、複数のトルクデバイスの一部に応答遅れが相対的に大きなトルクデバイスが含まれている場合には、操作量決定部58により決定された操作量が同じタイミングで各トルクデバイスに指示されると、次のような課題が生じ得る。すなわち、操作量の指示後の応答遅れの発生中に、操作量決定部58により決定された各トルクデバイスの適切な操作量の関係を維持しながら各トルクデバイスを制御することができなくなる恐れがある。
2−2−2.応答遅れを考慮したトルクデバイス制御
図7は、本発明の実施の形態2に係るトルクデバイス制御に関連する制御装置70の機能構成を示すブロック図である。制御装置70は、以下に説明する点において、実施の形態1の制御装置50と相違している。すなわち、制御装置70は、トルクデバイス制御を行うために、「第1操作量決定部72」、「トルクデバイス制御部74」、「予測操作量算出部76」及び「第2操作量決定部78」を含む。
第1操作量決定部72は、以下の点において、実施の形態1の操作量決定部58と相違している。すなわち、第1操作量決定部72は、各トルクデバイスの操作量(Te、Tg、Tm)を決定する点は、操作量決定部58と同じであるが、決定した操作量(Te、Tg、Tm)のうちのエンジントルクTeのみをトルクデバイス制御部74に指示する。トルクデバイス制御部74は、第1操作量決定部72から指示されたエンジントルクTeに基づく内燃機関20の制御を直ちに実行する。
予測操作量算出部76は、第1操作量決定部72により決定された操作量(Te)に対して内燃機関20の出力の応答遅れを反映した予測操作量(予測エンジントルクTe’)を算出する。より詳細には、予測操作量算出部76は、一例として、エンジントルクTeの応答遅れを模擬したエンジンモデルを利用して、指示エンジントルクTeに対する応答遅れを考慮した予測(推定)エンジントルクTe’を算出する。このエンジンモデルは、応答遅れを考慮しつつ、入力値(第1操作量決定部72により決定された指示エンジントルクTe)と出力値(予測エンジントルクTe’)との間の関係を定めたモデルである。
第2操作量決定部78は、予測操作量算出部76により算出された予測エンジントルクTe’を入力した状態方程式(後述の(33)式)に基づいて、目標状態量を最大限実現する残りのトルクデバイス(MG1及びMG2)の操作量(Tg及びTm)を、制約条件を満たす範囲内で線形計画問題を解くことにより決定する。以下、説明の便宜上、この線形計画問題を「線形計画問題F’」と称する。第2操作量決定部78の詳細は、後に図8に示すルーチンのステップS204と関連付けて説明される。
また、第2操作量決定部78は、決定した操作量(Tg及びTm)をトルクデバイス制御部74に指示する。トルクデバイス制御部74は、第2操作量決定部78によって決定された操作量(指示MG1トルクTg及び指示MG2トルクTm)に基づくMG1及びMG2の制御を直ちに実行する。
2−2−3.制御装置の処理
図8は、本発明の実施の形態2に係るトルクデバイス制御に関する処理のルーチンを示すフローチャートである。なお、図8に示すルーチン中のステップS100〜S104、S108〜S114の処理(本ルーチンでは、第1操作量決定部72によって実行される)については、実施の形態1において既述した通りである。
図8に示すルーチンでは、ステップS106の処理に代え、ステップS200の処理が実行される。ステップS200の処理は、上述の第1操作量決定部72及びトルクデバイス制御部74によって実行される。すなわち、ステップS200では、第1操作量決定部72は、ステップS102又はS114において取得した操作量(Te、Tg、Tm)のうちの操作量(Te)のみをトルクデバイス制御部74に指示し、トルクデバイス制御部74は、指示されたエンジントルクTeに従ってトルクデバイス(内燃機関20)を制御する。その後、処理はステップS202に進む。
ステップS202の処理は、上述の予測操作量算出部76によって実行される。ステップS202では、予測操作量算出部76は、算出した指示エンジントルクTeから、応答遅れを考慮した予測エンジントルクTe’を算出する。ここでいう「算出した指示エンジントルクTe」としては、処理がステップS104からステップS202に進む場合にはステップS102において算出されたエンジントルクTe(操作量)が該当し、処理がステップS114からステップS202に進む場合にはステップS114において決定されたエンジントルクTe(操作量)が該当する。その後、処理はステップS204に進む。
ステップS204〜S214(及びS100)の処理は、上述の第2操作量決定部78によって実行される。まず、ステップS204では、第2操作量決定部78は、ステップS202において算出された予測エンジントルクTe’と以下の(33)式の線形の状態方程式とに基づいて、目標状態量を実現する残りの操作量(Tg、Tm)を算出する。
行列式である符号(33)式は、上述の(1)式を基礎として、ステップS202において算出済の予測エンジントルクTe’の各項を左辺に移動させるように(1)式を変形して得られるものである。第2操作量決定部78は、(33)式で表される連立方程式に対してステップS100で取得した目標状態量を代入し、当該連立方程式を解くことにより、目標状態量を実現する残りの操作量(Tg、Tm)を算出する。
図9は、ステップS204における操作量(Tg、Tm)の具体的な算出手法の一例を説明するための図である。(33)式においては、未知数は、MG1トルクTg及びMG2トルクTmの2つであり、方程式の数は3つである。図9は、未知の操作量(Tg、Tm)を2つの軸とする2次元平面上において、優先順位1〜3の目標状態量(Tp、dNg、Pchg)のそれぞれを満たす3つの直線M1〜M3の関係の一例を表している。付け加えると、3つの目標状態量を満たす直線M1〜M3の交点が1つとなる(すなわち、3つの目標状態量を同時に満たす操作量(Tg、Tm)が存在する)こともあり得るが、典型的には、3つの直線M1〜M3の関係は図9に示すようになる。
ここで説明する算出手法では、優先順位1、2の目標状態量(Tp、dNg)に関する2つの連立方程式を解くことにより、操作量(Tg、Tm)が算出される。これにより、図9中の直線M1と直線M2との交点(星印)の値が操作量(Tg、Tm)として算出される。このような算出手法によれば、優先順位(優先度)が相対的に高い2つの目標状態量を満たすように操作量(Tg、Tm)を算出できる。その後、処理はステップS206に進む。
ステップS206の処理は、上述のステップS104の処理と同じ考え方に基づいて行うことができるが、より詳細には、以下の点においてステップS104の処理と相違する。すなわち、本ステップS206では、ステップS202において算出された予測エンジントルクTe’とステップS204において算出された操作量(Tg、Tm)とによって実現される状態量(Tp、Pchg、dNg)が、上記(33)式により表される状態方程式に従って算出される。そのうえで、このように算出された状態量(Tp、Pchg、dNg)及びステップS204において算出された操作量(Tg、Tm)のそれぞれが、制約範囲内にあるか否かが判定される。ステップS206の判定結果が肯定的である場合には、処理は後述のステップS216に進む。一方、ステップS206の判定結果が否定的である場合には、第2操作量決定部78は、予測エンジントルクTe’を前提として、制約条件を満たす範囲内で目標状態量を最大限実現する残りの操作量(Tg、Tm)を探索して決定するために、ステップS208〜S214の処理を実行する。
具体的には、ステップS208〜S214の処理では、実施の形態1で説明した線形計画問題Fと類似する線形計画問題F’を解く処理が実行される。この線形計画問題F’の目的関数(評価関数)は、実施の形態1の線形計画問題Fと同様に、(2)式に示す目的関数fである。線形計画問題F’の制約条件は、以下に示すように、図3に示すルーチンと相違する。すなわち、線形計画問題F’では、線形計画問題Fの(13)〜(21)式のそれぞれの左辺のエンジントルクx
1の項をそれぞれの右辺に移動させるように変形して得られた制約条件式が用いられる。(22)式は省略される。なお、残りの(12)、(23)〜(28)式については変更されない。
より詳細には、ステップS208では、第2操作量決定部78は、予測エンジントルクTe’を前提として、基本的にはステップS108と同様の判定処理を実行する。ただし、ステップS108では、制約値Tpmnの正負と変数x4の係数(−1)の符号が同じであるか否かが判定されるのに対し、ステップS208では、「Tpmn−c11×x1」(=「Tpmn−c11×Te’」)の正負と変数x4の係数(−1)の符号が同じであるか否かが判定される。このことは、他の制約値Tpmx、Win、Wout、dNgmn、dNgmxについても同様である。そして、この判定結果に応じて、ステップS210又はステップS212の処理が実行される。
ステップS210及びS212の処理は、予測エンジントルクTe’を前提としている点を除き、基本的にはステップS110及びS112と同様に実行することができる。ただし、ステップS208では、「目標値g1−c11×x11」(=すなわち「目標値g1−c11×Te’」)がゼロ以上の場合には、変数y1 −は「目標値g1−c11×Te’」と同じ値とされ、変数yi +はゼロとされる。一方、「目標値g1−c11×Te’」が負の場合には、変数y1 −はゼロとされ、変数yi +は「目標値g1−c11×Te’」と同じ値とされる。このことは、他の変数y2 −、y2 +、y3 −、y3 +と「目標値g2−c21×x11」(=すなわち「目標値g2−c21×Te’」)、「目標値g3−c31×x11」(=すなわち「目標値g3−c31×Te’」)との関係についても同様である。その後、ステップS214では、第2操作量決定部78は、ステップS210又はS212により取得された初期基底解を用いて線形計画問題F’を解くための処理を行う。その結果、予測エンジントルクTe’を前提とした残りの操作量(Tg、Tm)の最適解が探索されたうえで決定される。その後、処理はステップS216に進む。
ステップS216の処理は、第1操作量決定部72及びトルクデバイス制御部74によって実行される。具体的には、第1操作量決定部72は、ステップS204又はS214の処理によって取得した操作量(Tg、Tm)を残りのトルクデバイス(MG1、MG2)に指示する。トルクデバイス制御部74は、指示された操作量(Tg、Tm)に従ってこれらのトルクデバイスを制御する。その後、今回の処理サイクルが終了する。
2−3.効果
以上説明した本実施形態によれば、MG1及びMG2と、これらと比べて大きな応答遅れを有する内燃機関20とをトルクデバイスとして備えるパワートレーンシステムにおいて、内燃機関20の応答遅れを考慮したトルクデバイス制御が行われる。具体的には、まず、実施の形態1と同様に、すべてのトルクデバイス(内燃機関20、MG1及びMG2)を対象として線形計画問題Fを解くことにより、最適な操作量(Te、Tg、Tm)が取得される。そして、応答遅れの大きなトルクデバイス(内燃機関20)については、取得された操作量(Te)に従って制御され、また、この指示エンジントルクTeに基づいて、応答遅れを考慮した予測エンジントルクTe’が算出される。一方、残りのトルクデバイス(MG1、MG2)については、予測エンジントルクTe’を前提とした新たな線形計画問題F’を解くことにより、予測エンジントルクTe’の下で最適な操作量(Tg、Tm)が取得される。そして、再取得された操作量(Tg、Tm)に従って、これらのトルクデバイス(MG1、MG2)が制御される。
したがって、本実施形態のトルクデバイス制御によれば、内燃機関20のように他のトルクデバイスと比べて応答遅れの大きなトルクデバイスが含まれていても、すべてのトルクデバイスの適切な操作量を決定できるように線形計画法を利用できるようになる。また、第2操作量決定部78によっても、第1操作量決定部72と同様に、複数の目標状態量の優先度に応じた操作量を適切に決定することができる。
3.実施の形態3
次に、図10を参照して、本発明の実施の形態3について説明する。図10は、本発明の実施の形態3に係るパワートレーンシステム80の構成例を説明するための模式図である。図10に示すパワートレーンシステム80は、本発明に係る「1つ以上のトルクデバイス」として、内燃機関20とともに、発電機82及び電動機84を備えている。また、パワートレーンシステム80は、これらのトルクデバイスを制御する制御装置86を備えている。発電機82は、制御装置86によるインバータ88の制御によって、エンジントルクTeを用いた発電を行う。発電機82によって生成された電力は、バッテリ90に蓄えられる。電動機84は、制御装置86によるインバータ88の制御によって、バッテリ90に蓄えられた電力を利用して車輪38を駆動する。このように、パワートレーンシステム80は、いわゆるシリーズ方式のハイブリッドシステムである。付け加えると、図10に示す例では、内燃機関20及び発電機82は車両の駆動力を直接的に発生させるものではないが、これらは車両の駆動に用いられる電力を生成するので「車両の駆動力の制御に関係する1つ以上のトルクデバイス」の例に相当する。
パワートレーンシステム80によって制御される状態量(制御量)の一例は、パワートレーンシステム10と同様に、駆動トルクTp、充放電量Pchg及び回転数変化率dNgである。そして、本実施形態のトルクデバイスの操作量についても、パワートレーンシステム10と同様に、エンジントルクTe、発電機82のトルクTg及び電動機84のトルクTmである。本実施形態で用いられる制御量と操作量との関係についても、以下の(34)式に示すように、線形の状態方程式で表すことができる。
上述したパワートレーンシステム80を対象として、(34)式に示す状態方程式と線形計画法とを利用して、実施の形態1又は2と同様のトルクデバイス制御が実行されてもよい。なお、目的関数は、(2)式と同様の考え方に基づいて決定すればよい。制約条件についても、実施の形態1と同様の考え方に従って、状態量と操作量のそれぞれに関して適宜設定すればよい。(34)式中のc(c11、c12、…)は、実施の形態1において説明したように、基本的にはハードウェア諸元に応じて定まる定数である。これらのことは、以下の実施の形態4〜8についても同様である。
4.実施の形態4
次に、図11を参照して、本発明の実施の形態4について説明する。図11は、本発明の実施の形態4に係るパワートレーンシステム100の構成例を説明するための模式図である。図11に示すパワートレーンシステム100は、有段式の自動変速機102と組み合わされた内燃機関20と、モータジェネレータ104とが並列に連結されている。この例では、「車両の駆動力の制御に関係する1つ以上のトルクデバイス」として、内燃機関20とともに、自動変速機102とモータジェネレータ104とが該当する。
より詳細には、車輪38は、自動変速機102を介して内燃機関20から伝達されたトルクと、モータジェネレータ104のトルクTmgとによって駆動可能である。モータジェネレータトルクTmgの発生に必要な電力は、バッテリ108から供給される。モータジェネレータ104は、各トルクデバイスを制御する制御装置106によるインバータ110の制御によって、内燃機関20を用いた発電及び車両減速時の回生発電を行う。その結果として生成された電力はバッテリ108に蓄えられる。このように、パワートレーンシステム100は、いわゆるパラレル方式のハイブリッドシステムである。
次に、制御装置106によって線形計画法を用いた操作量の決定に用いられる線形の状態方程式について説明する。ここで、自動変速機102は、複数のクラッチ102aを内蔵しており、これらのクラッチ102aの係合/解放を制御することによりギヤ段を切り替えるように構成されている。パワートレーンシステム100によって制御される状態量(制御量)及び操作量の一例は、以下に説明するように、通常時(非変速時)と変速時とで異なるものとなる。
具体的には、以下の(35)式に示すように、通常時(非変速時)に用いられる状態量は、駆動トルクTpと充放電量Pchgであり、操作量は、エンジントルクTeとモータジェネレータトルクTmgである。なお、以下の(35)、(36)式中のc(c
11、c
12、…)のうちの一部は、ギヤ段が変更されるとイナーシャ及びギヤ比が変わるので変化する。このことは、後述の(37)〜(42)式についても同様である。
一方、以下の(36)式に示すように、変速時に用いられる状態量は、駆動トルクTp及び充放電量Pchgとともに、回転数変化率dωを含む。回転数変化率dωの一例は、エンジン回転数変化率dNeであり、或いは、これに代えて自動変速機102の入力軸の回転数変化率でもよい。また、操作量は、エンジントルクTe及びモータジェネレータトルクTmgとともに、TcrとTceとを含む。Tcrは、自動変速機102の上記複数のクラッチ102aのうちで変速時に解放側になるクラッチのトルク容量である。Tceは、変速時に係合側となるクラッチのトルク容量である。
5.実施の形態5
次に、図12を参照して、本発明の実施の形態5について説明する。図12は、本発明の実施の形態5に係るパワートレーンシステム120の構成例を説明するための模式図である。図12に示すパワートレーンシステム120が備えるトルクデバイスは、パワートレーンシステム10と同様に、内燃機関20、MG1及びMG2である。パワートレーンシステム120は、動力分割機構122の構成において、パワートレーンシステム10と相違している。動力分割機構122は、第1プラネタリギヤユニット124、第2プラネタリギヤユニット126、低速用クラッチ128、高速用クラッチ130及び減速機構132を含む。制御装置134は、上記トルクデバイスを制御する。なお、図12では、インバータ及びバッテリの図示は省略されている。
より詳細には、第1プラネタリギヤユニット124は、第1サンギヤ124a(S1)と第1キャリア124b(C1)と第1リングギヤ124c(R1)とを含む。第2プラネタリギヤユニット126は、第2サンギヤ126a(S2)と第2キャリア126b(C2)と第2リングギヤ126c(R2)とを含む。第1サンギヤ124aはMG1に連結され、第1キャリア124bは内燃機関20に連結されている。第1リングギヤ124cは、図1に示す動力分割機構34とは異なり、第2サンギヤ126aに連結されており、これと一体的に回転自在である。
低速用クラッチ128は、第2サンギヤ126aと第2キャリア126bとを連結可能に構成されている。高速用クラッチ130は、第2キャリア126bと第2リングギヤ126cとを連結可能に構成されている。これらのクラッチ128、130の一例はドグクラッチである。第2リングギヤ126cは、減速機構132に連結されている。また、MG2も、減速機構132に連結されている。減速機構132は、第2リングギヤ126cの出力軸の回転に対してMG2の回転を減速させるように構成されている。第2リングギヤ126cからのトルクとMG2トルクTmは、減速機構132及び減速機構36を介して車輪38に伝達される。以上のように、パワートレーンシステム120は、パワートレーンシステム10と同様に、動力分割方式のハイブリッドシステムである。
上述したパワートレーンシステム120によれば、クラッチ128、130の係合/解放を制御することにより変速を行うことができる。具体的には、低速用クラッチ128が係合されると、第2サンギヤ126aと第2キャリア126bとが一体的に回転可能となり、一方、高速用クラッチ130が係合されると、第2キャリア126bと第2リングギヤ126cとが一体的に回転可能となる。第2プラネタリギヤユニット126は、高速用クラッチ130が係合され、かつ低速用クラッチ128が解放された場合(高速モード)には、低速用クラッチ128が係合され、かつ高速用クラッチ130が解放された場合(低速モード)と比べて増速するように構成されている(各ギヤ比が選定されている)。
次に、制御装置134によって線形計画法を用いた操作量の決定に用いられる線形の状態方程式について説明する。本パワートレーンシステム120によって制御される状態量(制御量)及び操作量についても、以下に一例として示すように、通常時(非変速時)と変速時とで異なっている。
具体的には、以下の(37)式に示すように、通常時(非変速時)に用いられる制御量は、パワートレーンシステム10と同様に、駆動トルクTpと充放電量PchgとMG1回転数変化率dNgであり、操作量は、エンジントルクTeとMG1トルクTgとMG2トルクTmである。
一方、以下の(38)式に示すように、変速時に用いられる制御量は、駆動トルクTp、充放電量Pchg及びMG1回転数変化率dNgとともに、TxlとTxhとを含む。Txlは、低速モードが選択されている時に低速用クラッチ128が受け持つ必要のある伝達トルク(分担トルク)であり、Txhは、高速モードが選択されている時に高速用クラッチ130が受け持つ必要のある伝達トルク(分担トルク)である。操作量は、通常時のそれと同じである。
付け加えると、(38)式に示す変速時の例では、制御量の数は5つであり、操作量の数は3つである。このように制御量の数が操作量の数よりも多い例であっても、5つの制御量のすべてに優先順位を付けつつ線形計画問題を数学的に解くことは可能である。このため、(38)式の通りに5つの状態量のすべてを目標状態量として線形計画問題を解くこととしてもよい。その一方で、陽に(直接的に)制御可能な制御量の数は操作量の数と同じ3つである。そこで、4、5番目の優先順位の制御量を(38)式から除外したうえで(すなわち、制御量の数と操作量の数とを揃えたうえで)、線形計画問題を解くようにしてもよい。その結果、演算負荷を低減しつつ最適な操作量を決定できるようになる。このことは、次の実施の形態6の変速時の線形計画問題の例((40)式参照)についても同様である。
6.実施の形態6
次に、図13を参照して、本発明の実施の形態6について説明する。図13は、本発明の実施の形態6に係るパワートレーンシステム140の構成例を説明するための模式図である。図13に示すパワートレーンシステム140は、制御装置142により制御されるトルクデバイスとして、内燃機関20、MG1、MG2及び自動変速機102を備えている。なお、図13では、インバータの図示は省略されている。
より詳細には、MG1は、内燃機関20と自動変速機102との間に配置されている。自動変速機102の出力軸は、デファレンシャルギヤ144を介して後輪146と連結されている。後輪146は、内燃機関20によって駆動可能である。また、後輪146は、電動機として機能するMG1によっても駆動可能である。MG1は、発電機として機能し、内燃機関20を用いた発電及び車両減速時の回生発電を行うこともできる。一方、MG2は、減速機構148及びデファレンシャルギヤ150を介して前輪152と連結されている。減速機構148とデファレンシャルギヤ150との間には、ドグクラッチ154が配置されている。MG2は、電動機として機能した時に前輪152を駆動可能であり、車両減速時には発電機として機能して回生発電を行うこともできる。バッテリ108は、発電機として機能するMG1及びMG2から電力の供給を受け、電動機として機能するMG1及びMG2に対して電力を供給する。このように、パワートレーンシステム140は、いわゆるシリーズ・パラレル方式のハイブリッドシステムである。
次に、制御装置142によって線形計画法を用いた操作量の決定に用いられる線形の状態方程式について説明する。本パワートレーンシステム140によって制御される状態量(制御量)及び操作量については、以下に一例として示すように、通常時(非変速時)とクラッチ操作を伴う変速時とで異なっている。
具体的には、以下の(39)式に示すように、通常時(非変速時)に用いられる制御量は、前輪152の駆動トルクTpf、後輪146の駆動トルクTpr、及び充放電量Pchgである。操作量は、エンジントルクTeとMG1トルクTmg1とMG2トルクTmg2である。
一方、以下の(40)式に示すように、クラッチ操作を伴う変速時に用いられる制御量は、駆動トルクTpf、Tpr及び充放電量Pchgとともに、MG1回転数変化率dNgとMG2回転数変化率dNmとTxとを含む。Txは、ドグクラッチ154が受け持つ必要のある伝達トルク(分担トルク)である。また、操作量は、エンジントルクTe、MG1トルクTmg1及びMG2トルクTmg2とともに、自動変速機102の各クラッチ容量Tcr及びTceを含む。
7.実施の形態7
次に、本発明の本発明の実施の形態7について説明する。本実施形態のパワートレーンシステム(図示省略)は、車両の動力源として内燃機関20のみを備えている。より詳細には、このパワートレーンシステムでは、内燃機関20は、一例として自動変速機102(図11参照)と組み合わされているものとする。
次に、本実施形態の制御装置によって線形計画法を用いた操作量の決定に用いられる線形の状態方程式について説明する。以下の(41)式に示すように、通常時(非変速時)に用いられる状態量は、駆動トルクTpであり、操作量は、エンジントルクTeである。一方、以下の(42)式に示すように、変速時に用いられる制御量は、駆動トルクTpとともに、エンジン回転数変化率dNeを含む。また、操作量は、エンジントルクTeとともに、自動変速機102の変速時に解放側となるクラッチのトルク容量Tcrと、変速時に係合側となるクラッチのトルク容量Tceとを含む。
8.実施の形態8
次に、本発明の本発明の実施の形態8について説明する。本実施形態のパワートレーンシステム(図示省略)は、車両の動力源として、モータジェネレータ104(図11参照)のみを備えている。この例では、モータジェネレータ104は、外部電源から供給された電力、及びモータジェネレータ104による車両減速時の回生発電により生成された電力を蓄えるバッテリ(図示省略)から供給される電力により駆動される。
次に、本実施形態の制御装置によって線形計画法を用いた操作量の決定に用いられる線形の状態方程式について説明する。以下の(43)式に示すように、制御量は、駆動トルクTpであり、操作量は、モータジェネレータトルクTmgである。
9.実施の形態9
次に、図14を参照して、本発明の実施の形態9について説明する。
9−1.実施の形態1〜8に係るパワートレーンシステムの課題
実施の形態1(実施の形態2〜8も同様)では、各制御量(Tp、Pchg、dNg)の目標値からの乖離を最小化しながら((2)式参照)操作量(Te、Tg、Tm)を算出する際に、各制御量の上下限に関する制約条件((6)〜(8)式参照)を常に守ることが要求される。その結果、各操作量をその制約条件((9)〜(11)式参照)を満たす範囲内でどのように動かしても、制御量の上下限に関する制約条件を守れなくなることが起こり得る。このように操作量の算出の際に制御量の上下限に関する制約条件を守れない場合には、線形計画問題Fの解(実行可能解)が無い状態となる。したがって、線形計画問題Fを解く最適操作量探索器(実施の形態1の例では、操作量決定部58)は、操作量を決定できなくなる。
図14は、制御量の上下限に関する制約条件を守れない状況の一例を説明するためのタイムチャートである。なお、図14に示す動作例は、エンジントルクTeの応答遅れを考慮して操作量(Te、Tg、Tm)が決定される実施の形態2に係るパワートレーンシステムを前提としている。図14中の破線は、第1操作量決定部72(図7参照)により決定された操作量(Te、Tg、Tm)及びその決定時の制御量(Tp、Pchg、dNg)に対応している。同図中の実線は、第2操作量決定部78(図7参照)により決定された操作量(Tg、Tm)及びその決定時の制御量(Tp、Pchg、dNg)に対応している。同図中の一点鎖線は、制御量及び操作量の各上下限制約値に対応している。図14の横軸の1目盛り(隣接するサンプル時刻間の時間)は、トルクデバイス制御の制御周期に相当する。
図14に示す例では、期間(t1〜t4)においては、回転数変化率dNgは上限制約値dNgmxをとり、かつ、この上限制約値dNgmxが負の値をとりつつ減少している。したがって、この期間では、回転数変化率dNgの制約条件を守るために、MG1回転数Ngを低下させることが要求されている。
図1に示すハードウェア構成を有するパワートレーンシステムでは、MG1回転数Ngを低下させるためには、MG1トルクを下げる(負側で大きくする)又はエンジントルクTeを下げる必要がある。サンプル時刻t2においては、MG1トルクTgを下げることで回転数変化率dNgの制約条件を守りつつ、操作量(Te、Tg、Tm)を算出できている。
サンプル時刻t2においては、MG1トルクTgがその下限制約値Tgmnに到達している。したがって、次のサンプル時刻t3においては、第1操作量決定部72は、回転数変化率dNgの制約条件を守るためにエンジントルクTeを下げることを指示する(破線)。既述したように、エンジントルクTeには応答遅れがあるので、エンジントルクTeは直ぐには低下しない。第2操作量決定部78は、そのようなエンジントルクTeの応答遅れを考慮した予測エンジントルクTe’(実線)に対応する操作量(Tg、Tm)を算出しようとする。しかしながら、この予測エンジントルクTe’の下では、残りの操作量(Tg、Tm)をどのように操作しても、回転数変化率dNgの制約条件を守ることができない。このため、第2操作量決定部78は、サンプル時刻t3においては、操作量(Tg、Tm)を決定することができない。このことは、サンプル時刻t4も同様である。
9−2.実施の形態9に係る目的関数及び制約条件の設定例
実施の形態9に係るパワートレーンシステムは、以下に説明する点において、実施の形態1に係るパワートレーンシステム10と相違している。具体的には、上述の課題に鑑み、本実施形態では、操作量(Te、Tg、Tm)を決定するために用いられる目的関数及び制約条件の定式化の手法が、実施の形態1に対して次のように変更される。
次の(44)式は、本実施形態において操作量決定部58が操作量を決定するために用いる線形計画問題の目的関数(評価関数)f’の一例を示している。また、以下の(3)〜(5)、(9)〜(11)、(45)〜(51)式は、この目的関数f’とともに用いられる制約条件の一例を示している。
上記のように、本実施形態で用いられる制約条件では、各制御量(Tp、Pchg、dNg)の上下限制約値に関する(45)〜(50)式が、実施の形態1で用いられる(6)〜(8)式に対して変更されている。そして、これに付随して、(12)式が(51)式のように変更されている。より詳細には、(45)〜(50)式中のyi −及びyi +(i=4〜9)は次の通りである。
y4 −:下限制約値Tpmnに対する駆動トルクTpの超過量
y4 +:下限制約値Tpmnに対する駆動トルクTpの余裕量
y5 −:上限制約値Tpmxに対する駆動トルクTpの余裕量
y5 +:上限制約値Tpmxに対する駆動トルクTpの超過量
y6 −:下限制約値Winに対する充放電量Pchgの超過量
y6 +:下限制約値Winに対する充放電量Pchgの余裕量
y7 −:上限制約値Woutに対する充放電量Pchgの余裕量
y7 +:上限制約値Woutに対する充放電量Pchgの超過量
y8 −:下限制約値dNgmnに対する回転数変化率dNgの超過量
y8 +:下限制約値dNgmnに対する回転数変化率dNgの余裕量
y9 −:上限制約値dNgmxに対する回転数変化率dNgの余裕量
y9 +:上限制約値dNgmxに対する回転数変化率dNgの超過量
上記のyi −及びyi +(i=4〜9)を用いる(45)〜(50)式により、制御量の上下限制約が、(6)〜(8)式による不等式制約から等式制約に変更されている。なお、操作量(Te、Tg、Tm)の上下限に関する制約条件(上述の(9)〜(11)式参照)については、本実施形態においても、実施の形態1等と同様に常に守ることが要求される。
そのうえで、本実施形態の目的関数f’は、(2)式の右辺と同じ3つの項(目標値に対する各制御量の乖離量の3つの項)とともに、制約値に対する各制御量の超過量に関する3つの項を有している。より詳細には、後者の3つの項に関し、y4 −とy5 +との和(y4 −とy5 +)は、上下限制約値Tpmn又はTpmxに対する駆動トルクTpの超過量をまとめて表現したものである。P4は、この超過量(y4 −とy5 +)の優先度に相当する。同様に、和(y6 −とy7 +)は上下限制約値Win又はWoutに対する充放電量Pchgの超過量に相当し、P5はこの超過量(y6 −とy7 +)の優先度に相当する。和(y8 −とy9 +)は上下限制約値dNgmn又はdNgmxに対する回転数変化率dNgの超過量に相当し、P6はこの超過量(y8 −とy9 +)の優先度に相当する。
また、本実施形態では、優先度P1〜P6の高低は、一例として次のように設定されている。すなわち、各制約値(複数の制約条件)を守る際の優先度P4〜P6が、各制御量の目標値の達成に関する優先度P1〜P3よりも高くなるように設定されている(P4〜P6>P1〜P3)。優先度P4〜P6の間での優先度の高低、及び、優先度P1〜P3の間での優先度の高低の設定は任意である。一例として、優先度P4〜P6は、駆動トルクTpの優先度P4が最も高く、次いで回転数変化率dNgの優先度P6が高く、充放電量Pchgの優先度P5が最も低くなるように設定されている(P4>P6>P5)。優先度P1〜P3の高低の設定の一例は、実施の形態1と同じである(P1>P3>P2)。
本実施形態の目的関数f’における優先度P1〜P6の具体例は、実施の形態1と同様の考え方に基づく優先順位である。また、優先度P1〜P6の他の具体例として、既述したように、重みが用いられてもよい。そのうえで、(44)式の目的関数f’及び(3)〜(5)、(9)〜(11)、(45)〜(51)式に示す制約条件を利用する本実施形態の線形計画問題を解いて操作量(Te、Tg、Tm)を決定する手法としては、例えば、実施の形態1で説明した手法を用いることができる。
9−3.作用効果
上述した本実施形態の目的関数f’及び制約条件の利用により、操作量決定部58は、上述の優先度P1〜P6が高い順で(44)式の各項が小さくなるように操作量(Te、Tg、Tm)を決定する。このような操作量(Te、Tg、Tm)の決定に関しては、制約値に関する3つの超過量の項(P4(y4 −+y5 +)、P5(y6 −+y7 +)及びP6(y8 −+y9 +))に着目すると、次のことがいえる。すなわち、優先度P4〜P6が高い順で各超過量の最小化が図られる。換言すると、優先度P4〜P6が低い順で各超過量が最小化されにくくなることになる。その結果、操作量が決定された際の各超過量は、優先度(P4〜P6)が低い順で大きくなる。
したがって、本実施形態によれば、操作量決定部58(本発明に係る「第1操作量決定部」の一例に相当)は、制約値に関する複数の制約条件を守ると操作量が定まらない場合(より詳細には、実施の形態1の(6)〜(11)式を守ると操作量が定まらない場合)には、次のような処理が実行されることになる。すなわち、優先度P4〜P6が低い順で当該複数の制約条件を緩めつつ、操作量(Te、Tg、Tm)が決定される。このように制約条件を必要に応じて緩めることにより、操作量が決まらないことを回避できる。
(定式化の変更の意義の補足)
付け加えると、制約条件を必要に応じて緩めるために定式化の変更を利用する本実施形態によれば、以下に説明する理由によって操作量が決まらないことを回避できる。すなわち、本実施形態では、(45)〜(50)式の利用により、制御量の上下限制約が(6)〜(8)式による不等式制約から等式制約に変更されている。そして、これらの等式制約は、(45)式を例に挙げると、制御量の組み合わせ(c11x1+c12x2+c13x3)に対して、制約値(Tpmn)に対する制御量(Tp)の正の超過量(y4 −)を加え、かつ、正の余裕量(y4 +)を引いて得られる値が制約値(Tpmn)になるというものである。このような等式制約であれば、制御量のある組み合わせが与えられたときに、超過量(y4 −等)又は余裕量(y4 +等)がどのような値であっても各等式が成立することになる。したがって、線形計画問題の解が無い(すなわち、操作量が決まらない)という事態を回避できる。
(制御量の超過量の最小化)
また、(44)式で表される目的関数f’の利用により、各制約値に関する制約条件を緩める場合には、既述したように、優先度P4〜P6が高い順で各超過量の最小化が図られることになる。つまり、操作量決定部58によれば、複数の制約条件(第2制約条件)のそれぞれに対応する上限制約値又は下限制約値に対する超過量を優先度が高い順で最小化させつつ当該複数の制約条件が緩められる。このように、本実施形態によれば、優先度を考慮しながら制御量の超過量を適宜最小化(最適化)しつつ、操作量が決まらないことを回避できる。
(優先度の設定:P4〜P6>P1〜P3)
さらに、本実施形態では、制御量の各制約値を守る際の優先度P4〜P6が、各制御量の目標値の達成に関する優先度P1〜P3よりも高くなるように設定されている。このような設定によれば、各制御量の目標値の達成よりも各制御量の上下限制約値の超過を抑制しつつ、制約条件を守れない場合には優先度P4〜P6が低い順で制約条件を緩める(上下限制約値の超過を許容する)ことが可能となる。なお、本実施形態では、(3)〜(5)式で表された制約条件が本発明に係る「第1制約条件」の一例に相当し、(45)〜(50)式で表された制約条件が本発明に係る「第2制約条件」の一例に相当する。
9−4.変形例
9−4−1.実施の形態2〜8への定式化の変更手法の適用例
実施の形態9において上述した定式化の変更手法は、第1操作量決定部72(図7参照)及び第2操作量決定部78(図7参照)を備える実施の形態2に係るパワートレーンシステムに対して適用されてもよい。具体的には、第1操作量決定部72に関しては、例えば実施の形態9において説明した操作量決定部58と同様の手法で、目的関数及び制約条件の定式化の手法が変更されてもよい。また、操作量(Tg及びTmのみ)の探索及び決定のために第2操作量決定部78によって解かれる線形計画問題F’に関しても、(44)式に示す目的関数f’を用いつつ、例えば次のような制約条件式を用いるようにすればよい。すなわち、ここでいう制約条件式は、(45)〜(50)式のそれぞれの左辺のエンジントルクx1の項をそれぞれの右辺に移動させるように(45)〜(50)式を変形し、かつ、予測操作量算出部76により算出された予測エンジントルクTe’をこれらの式中の変数x1に代入することによって得られる。
上述のようになされた定式化の変更を伴う第2操作量決定部78によれば、「複数の制約条件を守ると1つ以上の操作量が定まらない場合には、優先度が低い順で複数の制約条件を緩めつつ、1つ以上の操作量を決定する処理」が実行されることになる。
また、上記の定式化の変更を伴う第2操作量決定部78によれば、「1つ以上の目標状態量に関する1つ以上の第1制約条件と、1つ以上の状態量の上限制約値及び下限制約値の少なくとも一方に関する1つ以上の第2制約条件と、を含む複数の制約条件」を有する場合に、次のような設定が用いられてもよい。すなわち、当該第2制約条件の優先度は、当該第1制約条件の優先度よりも高くなるように設定されてもよい。
さらに、上記の定式化の変更を伴う第2操作量決定部78によれば、「複数の制約条件を守ると1つ以上の操作量が定まらないときに1つ以上の第2制約条件を緩める場合には、複数の第2制約条件のそれぞれに対応する上限制約値又は下限制約値に対する超過量を優先度が高い順で最小化させつつ複数の第2制約条件を緩める処理」が実行されてもよい。
また、上述した定式化の変更手法は、他の実施の形態3〜8に係るパワートレーンシステムに対して適用されてもよい。
9−4−2.定式化の他の変更例
上述した実施の形態9における(44)式では、同一の制御量に対する上下限制約値のそれぞれの超過量には、同じ優先度P
4、P
5又はP
6が与えられている。しかしながら、制御量の上下限制約値の超過量に対する優先度の与え方は、上記の例に限らず、例えば、以下の(52)式に示す手法であってもよい。すなわち、(52)式に示す目的関数f’’では、超過量y
4 −、y
5 +、y
6 −、y
7 +、y
8 −及びy
9 +に対し、それぞれ優先度P
4〜P
9が与えられている。このように、同一の制御量に対する上限制約値の超過量と下限制約値の超過量のそれぞれに優先度が個別に与えられてもよい。
また、実施の形態9における(45)〜(50)式に示す制約条件の例では、各制御量の上下限制約値のそれぞれの数は、それぞれ1つである。しかしながら、同一の制御量に対する上限制約値又は下限制約値の数は、2つ以上であってもよい。換言すると、同一の上限制約値又は下限制約値に対する制約条件(制約式)が2つ以上設定されてもよい。
より詳細には、例えば、同一の制御量に対する上限制約値及び下限制約値のそれぞれの数が2つの例では、2つの上限制約値及び2つの下限制約値のそれぞれに対して個別に優先度が与えられてもよい。また、この例では、2つの上限制約値(例えば、Tpmx1及びTpmx2)及び2つの下限制約値(例えば、Tpmn1及びTpmn2)のうち、一対の上下限制約値(Tpmx1とTpmn1)に対して1つの優先度が与えられ、かつ、他の一対の上下限制約値(Tpmx2とTpmn2)に対して他の1つの優先度が与えられてもよい。
また、以下の(53)式は、後者の優先度の与え方を具体的に例示したものである。また、(53)式における優先度P
1〜P
9の高低の一例は、P
7>P
9>P
8>P
6>P
5>P
4>P
1>P
3>P
2である。なお、(53)式に示す例では、駆動トルクTpは、2つの下限制約値Tpmn1及びTpmn2(Tpmn2<Tpmn1)と、2つの上限制約値Tpmx1及びTpmx2(Tpmx2>Tpmx1)とを有する。そして、超過量y
4 −及びy
4’
−は、それぞれ、下限制約値Tpmn1及びTpmn2に対する駆動トルクTpの超過量である。超過量y
5 +及びy
5’
+は、それぞれ、上限制約値Tpmx1及びTpmx2に対する駆動トルクTpの超過量である。このことは、他の充放電量Pchgの2つの下限制約値Win1及びWin2(Win2<Win1)と、2つの上限制約値Wout1及びWout2(Wout2>Wout1)と、超過量y
6 −、y
6’
−、y
7 +及びy
7’
+についても同様である。また、上記は、回転数変化率dNgの2つの下限制約値dNgmn1及びdNgmn2(dNg2mn2<dNgmn1)、2つの上限制約値dNgmx1及びdNgmx2(dNgmx2>dNgmx1)と、超過量y
8 −、y
8’
−、y
9 +及びy
9’
+についても同様である。
以上例示したように、実施の形態9に係る定式化の変更手法に関し、目的関数(評価関数)の形及び優先度の与え方、並びに制約条件の数(上下限制約値の数)は任意に決定することができる。付け加えると、上述した定式化の変更手法の要点は、制御量の上下限制約値を不等式制約ではなく等式制約で扱うとともに、目的関数において優先度に応じたペナルティを上下限制約値の超過量に対して与えることである。
10.実施の形態10
次に、図15〜図18を参照して、本発明の実施の形態10及びその変形例について説明する。本実施形態は、9−1.に記載の課題への対策の他の例に相当する。ただし、本実施形態では、実施の形態9のような定式化は行われない。本実施形態に係るパワートレーンシステムは、以下に説明する処理が追加的に行われる点において、実施の形態1に係るパワートレーンシステム10と相違している。
10−1.概要
本実施形態では、第1操作量決定部58は、制御量(Tp、Pchg、dNg)の制約値に関する複数の制約条件((6)〜(11)式)を守ると操作量(Te、Tg、Tm)が定まらない場合には、優先度(より詳細には、例えば優先順位)が低い順で制約値を順番に拡大する。なお、ここでいう「制約値を拡大する」とは、上限制約の場合は値を大きくすることを意味し、下限制約の場合は値を小さくすることを意味する。
本実施形態では、操作量(Te、Tg、Tm)をどのように動かしても制御量の制約値に関する複数の制約条件を守れない場合には、上記のような制約値の拡大を利用して、優先順位が低い順で複数の制約条件のうちの1つを緩めつつ操作量が決定される。
10−2.制御装置の処理
図15は、本発明の実施の形態10に係るトルクデバイス制御に関する処理のルーチンを示すフローチャートである。なお、図15に示すルーチン中のS100〜S110及びS114の処理については、実施の形態1において既述した通りである。
図15に示すルーチンの処理は、ステップS108の判定結果が否定的である場合にはステップS300に進む。ステップS300では、制御装置50(操作量決定部58)は、ステップS112と同様の処理によって、初期基底解を探索する。
次いで、ステップS302では、操作量決定部58は、初期基底解があるか否かを判定する。この判定は、目的関数z(実施の形態1の(32)式参照)がゼロになるか否か(つまり、人為変数tiがすべてゼロになるか否か)に基づいて行われる。その結果、ステップS302の判定結果が肯定的である場合(目的関数zがゼロになる場合)には、初期基底解を取得したうえで、処理はステップS114に進む。
一方、ステップS302の判定結果が否定的である場合(目的関数zがゼロにならない場合)には、初期基底解がない(制約条件を満たす実行可能解がない)と判定される。その後、処理はステップS304に進む。
ここで、制御量(Tp、Pchg、dNg)の各制約値(上下限制約値Tpmn、Tpmx、Win、Wout、dNgmn、dNgmx)には、それぞれ優先順位(優先度)P4〜P9が与えられているものとする。優先順位P4〜P9の高低は、実施の形態9においても説明したように任意に設定可能である。ステップS304では、操作量決定部58は、優先順位P4〜P9に応じて(より詳細には、優先順位P4〜P9が低い順で)制約値を拡大させる。なお、ステップS304の処理は、ステップS302の判定結果が肯定的になるまで、必要に応じて繰り返し実行される。
図16は、ステップS304の処理において利用される制約値の拡大手法の一例に関するルーチンを示すフローチャートである。本実施形態で用いられる制御量の制約値の数は上述のように6つであるが、ここでは、説明の簡素化のために、制約値が制約値A、Bの2つのみで、かつ、制約値Bよりも制約値Aの優先順位が高い例を挙げて、制約値の拡大手法が説明される。
図16に示すルーチンでは、操作量決定部58は、まず、ステップS400において、優先順位が相対的に低い制約値Bを任意の所定量だけ拡大する。次いで、ステップS402では、操作量決定部58は、制約値Bの総拡大量が判定値c以下であるか否かを判定する。ここでいう制約値Bの総拡大量は、例えば、本ルーチンの処理の開始時の制約値B(初期値)に対する現在の制約値Bの差に相当する。或いは、この総拡大量は、後述のステップS412の処理によって判定値cが更新された際にゼロにリセットされてもよい。
ステップS402の判定結果が肯定的である場合(制約値Bの総拡大量≦判定値c)には、処理はステップS404に進む。ステップS404では、操作量決定部58は、ステップS400の処理による拡大後の値で制約値Bを更新する。その後、今回の処理サイクルが終了される。
一方、ステップS402の判定結果が否定的である場合、つまり、制約値Bの総拡大量が判定値cを超えた場合(制約値Bの総拡大量>判定値c)には、処理はステップS406に進む。ステップS406では、操作量決定部58は、制約値Bに代え、優先順位が相対的に高い制約値Aを任意の所定量だけ拡大する。次いで、ステップS408では、操作量決定部58は、制約値Aの総拡大量が判定値d以下であるか否かを判定する。ステップS408の判定処理は、ステップS402のそれと同様の考え方に基づいている。ただし、判定値dは、判定値cと同じでもよいし、異なっていてもよい。
ステップS408の判定結果が肯定的である場合(制約値Aの総拡大量≦判定値d)には、処理はステップS410に進む。ステップS410では、操作量決定部58は、ステップS406の処理による拡大後の値で制約値Aを更新する。その後、今回の処理サイクルが終了される。なお、制約値Bに関しては、このように処理がステップS410に進んだ場合には、ステップS400の処理による拡大後の値を用いた制約値Bの更新は行われない。
一方、ステップS408の判定結果が否定的である場合(制約値Aの総拡大量>判定値d)、つまり、制約値Bの総拡大量が判定値cを超えているだけでなく、制約値Aの総拡大量も判定値dを超えた場合には、処理はステップS412に進む。ステップS412では、操作量決定部58は、判定値c、dをそれぞれ所定量だけ拡大することによって、これらの判定値c、dを更新する。なお、判定値cと判定値dとは、同じ所定量だけ拡大されてもよいし、互いに異なる所定量によって拡大されてもよい。ステップS412の処理の後に、処理はステップS404に進む。すなわち、このように処理がステップS408及びS412を経由してステップS404に進んだ場合には、ステップS400の処理による拡大後の値を用いた制約値Bの更新が再開される。
10−3.作用効果
上述した図16に示す制約値の拡大手法によれば、まず、優先順位が相対的に低い制約値Bが徐々に増やされる。その結果として制約値Bが判定値cを超えた場合には、次に、優先順位が相対的に高い制約値Aが徐々に増やされる。その結果として制約値Aが判定値dを超えた場合には、判定値c、dが拡大される。その後は、拡大された判定値cを超えるまで、再び制約値Bが徐々に増やされる。以下、同様である。
上述のように、本拡大手法によれば、ステップS302において初期基底解がない(すなわち、複数の制約条件を守ると操作量が定まらない)と判定された場合には、優先順位が低い順で順番に制約値を拡大できるようになる。そして、本拡大手法は、2つの制約値A、Bの例に代え、3つ以上の制約値の例に対しても拡張して適用可能である。したがって、例えば本拡大手法を応用することにより、ステップS304において本実施形態で用いられる6つの制約値(Tpmn等)を対象として、優先順位P4〜P9が低い順で制約値を順番に拡大できることが分かる。
以上説明したように、本実施形態によれば、Tpmn等の6つの制約値(すなわち、複数の制約条件)を守れない場合には、優先順位(優先度)P4〜P9が低い順で制約値を順番に拡大しつつ(すなわち、当該複数の制約条件のうちの1つを順番に緩めつつ)、操作量(Te、Tg、Tm)を決定できるようになる。このため、本実施形態においても、このように制約条件を必要に応じて緩めることにより、操作量が決まらないことを回避できる。
付け加えると、図16に示す制約値の拡大手法によれば、各制約値は、優先順位が低い順で徐々に拡大される。このため、各制約値に対する制御量の超過量を最小限に抑えつつ、操作量が決定不能となることを回避できるようになる。
(制約値の変化の具体例)
次に、図17を参照して、図16に示す拡大手法による各制約値の変化の例について補足する。図17は、図16に示す拡大手法によって各制御量の各制約値が変化していく様子の一例を表したタイムチャートである。
図17に示す例で用いられる制御量は、実施の形態10とは異なり、駆動トルクTpと充放電量Pchgとエンジン回転数Neである。また、この例で用いられる制御量の制約値は、駆動トルクTpの上限制約値Tpmxと、充放電量Pchgの2つの下限制約値Win1、Win2(Win2<Win1)と、エンジン回転数Neの2つの上限制約値Nemx1、Nemx2(Nemx2>Nemx1)の5つである。この例における各制約値の優先順位の高低の一例は、Nemx2>Win2>Tpmx>Nemx1>Win1である。なお、図17では、各制約値はすべて一点鎖線で表されており、実線は各制御量の実値に相当する。
図17は、ハイブリッド車両(図1参照)が連続的に坂を下っている連続降坂時における制約値の変化の例を示している。このように坂を下っている時には、アクセルペダルがオフとされ、ハイブリッド車両には高い車両制動力が要求されている。この要求を受け、図17に示す例では、駆動トルクTpの上限制約値Tpmxが時間経過とともに減少している。高い車両制動力の実現のためには、エンジン回転数Neを高めてエンジンブレーキ力を高めることと、MG2の負トルクを高めて回生ブレーキ力を高めることが効果的である。そこで、この例では、操作量決定部58は、上記のように減少していく上限制約値Tpmx付近で駆動トルクTpを制御しつつ、エンジン回転数Neが高くなり、かつ、回生発電のために充放電量Pchgが下限制約値Win1付近となるように、操作量(Te、Tg、Tm)を決定している。
そのうえで、連続降坂中の時点t11においては、駆動トルクTpが上限制約値Tpmxに近接し、かつ、充放電量Pchgが下限制約値Win1に近接している状況下において、エンジン回転数Neが上限制約値Nemx1に到達している。エンジン回転数Neが上限制約値Nemx1を超えると、操作量を決定できなくなる。そこで、この制御例では、時点t11の経過に伴い、最も優先順位の低い下限制約値Win1が下限制約値Win2に拡大されている。その結果、上限制約値Tpmx及び上限制約値Nemx1を守りつつ、操作量の決定を継続できている。
その後の時点t12は、下限制約値Win2にまで下限制約値Winを下げても、上限制約値Tpmx及び上限制約値Nemx1の双方を守れなくなる時点に相当する。この制御例では、時点t12の経過に伴い、下限制約値Win1の次に優先順位の低い上限制約値Nemx1が上限制約値Nemx2に拡大されている。その結果、上限制約値Tpmx及び下限制約値Win2を守りつつ、操作量の決定を継続できている。
その後の時点t13においては、駆動トルクTpが上限制約値Tpmxに近接し、かつ、充放電量Pchgが下限制約値Win2に近接している状況下において、エンジン回転数Neが上限制約値Nemx2に到達している。エンジン回転数Neが上限制約値Nemx2を超えると、操作量を決定できなくなる。そこで、この制御例では、時点t13の経過に伴い、上限制約値Nemx1の次に優先順位の低い上限制約値Tpmxが所定量だけ拡大されている。その結果、図17に示す連続降坂の例では、上限制約値Nemx2及び下限制約値Win2を守りつつ、所望の車両制動力が得られるように操作量の決定を継続できている。
上述した図17に示す制御例からも分かるように、実施の形態10に係る対策によれば、各制約値は、優先順位が低い順で徐々に拡大される。このため、既に述べたように、各制約値に対する制御量の超過量を最小限に抑えつつ、操作量が決定不能となることを回避できるようになる。また、優先度が相対的に高い制約値(図17に示す例では、上限制約値Nemx2及び下限制約値Win2)を守ることを重視しつつ、操作量が決定不能となることを回避できるようになる。
10−4.変形例
10−4−1.制約値の拡大手法の他の例
図16に示すルーチンの処理では、優先順位が低い順で制約値が1つずつ拡大されていく(すなわち、一度に複数の制約条件のうちの1つが緩められる)。しかしながら、このような例に代え、優先順位が低い順で2つ以上の制約値が同時に拡大されてもよい(すなわち、2つ以上の制約条件が同時に緩められてもよい)。より詳細には、例えば、同一の制御量の上限制約値と下限制約値とが同時に拡大されてもよい。以下に図18を参照して説明する手法は、優先順位(優先度)に応じて異なる拡大量で2つ以上の制約値を同時に拡大する手法の一例に相当する。
図18は、ステップS304の処理において利用される制約値の拡大手法の他の一例に関するルーチンを示すフローチャートである。図18に示す例においても、図16に示す例と同様に、説明の簡素化のために、制約値が制約値A、Bの2つのみで、かつ、制約値Bよりも制約値Aの優先順位が高い例が取り挙げられている。
図18に示すルーチンでは、操作量決定部58は、ステップS500の処理を実行する。ステップS500では、優先度(優先順位)に応じた拡大量で制約値A、Bが拡大され、拡大後の値で制約値A、Bが更新される。具体的には、ステップS500では、優先度が相対的に高い制約値Aの拡大量は、優先度が相対的に低い制約値Bの拡大量よりも小さい。このように、優先度に応じて拡大量に差を付けつつ同時に複数の制約値が拡大されてもよい。そして、このような手法によっても、実施の形態9と同様に、「複数の第2制約条件のそれぞれに対応する上限制約値又は下限制約値に対する超過量を優先度が高い順で最小化させつつ複数の第2制約条件を緩める処理」を行うことが可能となる。なお、図18に示す例とは異なり、同時に拡大される際の複数の制約値の拡大量は同じであってもよい。
付け加えると、図16に示す手法と図18に示す手法とが組み合わされてもよい。そのような組み合わせの具体的な説明のために、制約値が制約値A、B、C、Dの4つで、かつ、各制約値の優先度の高低がC>D>A>Bである例を取り挙げる。この例では、まず、制約値A、Bの拡大量がA<Bとされ、かつ、制約値C、Dの拡大量がC<Dとされてもよい。そして、図16に示すルーチンの手法と同様の考え方で、優先度が相対的に低い制約値A、Bの組が、制約値C、Dの組よりも先に拡大されてもよい。
10−4−2.実施の形態2のパワートレーンシステムへの適用例
図15、16に示すルーチンによる制約値の拡大手法、及び10−4−1.に記載の制約値の拡大手法は、それぞれ、図3に示すルーチン(実施の形態)に代え、第1及び第2操作量決定部72、78を利用する図8に示すルーチン(実施の形態2)と組み合わされてもよい。
11.他の実施の形態
上述した実施の形態1及び2等における「操作量決定部58」、「第1操作量決定部72」及び「第2操作量決定部78」では、トルクデバイスの最適な操作量を決定するために、複数の目標状態量に対して優先度P
1〜P
3が設定されている。しかしながら、本発明に係る「第1及び第2操作量決定部」は、必ずしも優先度を利用する例に限られない。したがって、操作量決定部58、第1操作量決定部72及び第2操作量決定部78のうちの少なくとも1つは、優先度を設定せずに複数の目標状態量を最大限実現する操作量を決定するものであってもよい。具体的には、優先度を設定しない例では、複数の制御量(目標状態量)に対して所定の正規化を行ったうえで、以下の(54)式に示されるように優先度P
1〜P
3を含まない目的関数f’’’’を制約条件の下で最小にする解を求めるようにしてもよい。ここでいう正規化は、例えば、各制御量の最大値を1とし、その最小値を0にすることによって行うことができる。
また、実施の形態9及び10では、各制御量(制御対象の状態量)の複数の制約値(複数の制約条件)に対して優先度P4〜P6等が設定されている。しかしながら、上述の目標状態量の例と同様に、本発明に係る「第1及び第2操作量決定部」は、1以上の状態量の上限制約値及び下限制約値の少なくとも一方に関する複数の制約条件(「複数の第2制約条件」に相当)に対して必ずしも優先度を利用する例に限られない。さらに、本発明に係るパワートレーンシステムで用いられる制約条件の数は、以上説明した複数の例に代え、1つであってもよい。
以上説明した各実施の形態に記載の例及び他の各変形例は、明示した組み合わせ以外にも可能な範囲内で適宜組み合わせてもよいし、また、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々変形してもよい。
前記複数の制約条件は、前記1つ以上の状態量の上限制約値及び下限制約値の少なくとも一方に関する複数の第2制約条件を含んでもよい。そして、前記第1操作量決定部は、前記複数の制約条件を守ると前記1つ以上の操作量が定まらないときに前記複数の第2制約条件を緩める場合には、前記複数の第2制約条件のそれぞれに対応する前記上限制約値又は前記下限制約値に対する超過量を前記優先度が高い順で最小化させつつ前記複数の第2制約条件を緩めてもよい。
前記複数の制約条件は、前記1つ以上の状態量の上限制約値及び下限制約値の少なくとも一方に関する複数の第2制約条件を含んでもよい。そして、前記第2操作量決定部は、前記複数の制約条件を守ると前記1つ以上の操作量が定まらないときに前記複数の第2制約条件を緩める場合には、前記複数の第2制約条件のそれぞれに対応する前記上限制約値又は前記下限制約値に対する超過量を前記優先度が高い順で最小化させつつ前記複数の第2制約条件を緩めてもよい。
ステップS210及びS212の処理は、予測エンジントルクTe’を前提としている点を除き、基本的にはステップS110及びS112と同様に実行することができる。ただし、ステップS208では、「目標値g1−c11×x11」(=すなわち「目標値g1−c11×Te’」)がゼロ以上の場合には、変数y1 −は「目標値g1−c11×Te’」と同じ値とされ、変数y 1 +はゼロとされる。一方、「目標値g1−c11×Te’」が負の場合には、変数y1 −はゼロとされ、変数y 1 +は「目標値g1−c11×Te’」と同じ値とされる。このことは、他の変数y2 −、y2 +、y3 −、y3 +と「目標値g2−c21×x11」(=すなわち「目標値g2−c21×Te’」)、「目標値g3−c31×x11」(=すなわち「目標値g3−c31×Te’」)との関係についても同様である。その後、ステップS214では、第2操作量決定部78は、ステップS210又はS212により取得された初期基底解を用いて線形計画問題F’を解くための処理を行う。その結果、予測エンジントルクTe’を前提とした残りの操作量(Tg、Tm)の最適解が探索されたうえで決定される。その後、処理はステップS216に進む。
上述のようになされた定式化の変更を伴う第2操作量決定部78によれば、「複数の制約条件を守ると1つ以上の操作量が定まらない場合には、優先度が低い順で複数の制約条件の少なくとも1つを緩めつつ、1つ以上の操作量を決定する処理」が実行されることになる。