以下、図面を参照して、本発明に係る避難行動シミュレーションシステム及び避難行動シミュレーション方法の実施の形態を説明する。なお、各図において同一又は相当する要素については同一の符号を付し、重複する説明を省略する。
本実施の形態に係る避難行動シミュレーションシステムは、セルオートマトンを利用し、群集流動状態及び自由歩行状態における建物からの避難行動をシミュレーションする。特に、本実施の形態に係る避難行動シミュレーションシステムは、国土交通大臣の認定を受けることが可能なシミュレーションとするために、避難行動予測計算法(避難予測モデルの理論)をセルオートマンによって表現してシミュレーションを行い、群集密度と歩行速度の関係については避難安全検証法及び指針における設定を適用してシミュレーションを行う。
セルオートマトンは、解析対象をセルという区分領域に分割し、各セル上に離散的な状態量を定義し、局所近傍則(近傍のセルとの相互作用のルール)のみを考慮することで、離散時間ステップ毎に各セルの状態量を推移させ、全体としての複雑な現象を表現することにより近似的な現象の解析を可能とする離散的計算モデルまたは離散的シミュレーション手法である。このセルオートマトンによるコンピュータシステムの解析方法の特徴は、解析対象の支配方程式を求める必要がなく、全ての計算が整数演算であることであり、現象だけがコンピュータ画面にクローズアップされる。
群集流動状態における解析対象(歩行者(避難者))は空間軸・時間軸において連続体として取り扱合うことができないため、微小部分・微小時間毎に離散化して近似的に群集流動状態での避難状況を再現する必要があるので、セルオートマトンを利用している。セルオートマトンを利用することにより、セルに配置される歩行者は局所近傍則のみに基づく機械的な人として動き、歩行者個々が自律的には動かない(避難者全員が同一の歩行特性を持ち、個々の知覚・記憶・判断などの認知機能を捨象した人間モデルとしている)。また、セルオートマトンを利用することにより、システム開発が容易となり、演算処理能力も軽い。
なお、国土交通大臣の認定は、建築基準法施行令第129条の2第1項、建築基準法施行令第129条の2の2第1項に基づくものである。避難行動予測計算法(避難予測モデルの理論)は、国土開発技術研究センター監修、日本建築センターにより1989年に発行された「建築物の総合防火設計法 第3巻(避難安全設計法)」第4章に記載されたものである。避難安全検証法は、平成12年建設省告示第1441号、第1442号によるものである。指針は、建設省住宅局建築指導課ほか監修、日本建築センターにより1995年に発行された「新・建築防災計画指針−建築物の防火・避難計画の解説書」第5章に記載されたものである。
図1〜図13を参照して、本実施の形態に係る避難行動シミュレーションシステム1について説明する。図1は、避難行動シミュレーションシステムの構成図である。図2は、解析空間データの一例を示す表である。図3は、シミュレーション条件の一例を示す表である。図4は、水平部歩行での密度と速度や流動係数との関係である。図5は、階段部下り歩行での密度と速度や流動係数との関係である。図6は、階段部上り歩行での密度と速度や流動係数との関係である。図7は、セルの説明図である。図8は、主方向軸の決定の説明図である。図9は、移動可能な8×3=24方向を示す図である。図10は、パーソナルスペースである。図11は、居室の出口選択の説明図である。図12は、避難行動シミュレーションシステムにおけるメイン処理の流れを示すフローチャートである。図13は、図12のメイン処理の中の歩行者避難行動処理の流れを示すフローチャートである。
避難行動シミュレーションシステム1は、自由歩行状態及び群集流動状態での各歩行者の歩行速度をセルオートマトンによって表現する。また、避難行動シミュレーションシステム1は、避難行動予測計算法(避難予測モデルの理論)に基づく避難者特性、避難空間、避難行動モデル、避難行動時間予測計算方法をセルオートマトンによって表現する。そして、避難行動シミュレーションシステム1では、そのように表現されたセルオートマトンによって避難行動をシミュレーションし、避難開始からの経過時間に応じた避難行動状況を視覚化するとともに、避難完了(例えば、居室避難完了、階避難完了、全館避難完了)までの避難行動時間を予測する。
流動係数と歩行速度について説明する。ここでは、最初に、図4を参照して、水平部の自由歩行状態での流動係数と歩行速度について説明し、次に、図4を参照して、水平部の群集流動状態での流動係数と歩行速度について説明する。さらに、図5及び図6を参照して、階段部での流動係数と歩行速度について説明する。
水平部の自由歩行状態での流動係数と歩行速度について説明する。自由歩行状態とは、前方や周囲の密度が小さく、他の歩行者の影響による行動制限が無く自由に歩行できる状態である。自由歩行状態は、群集密度が1人/m2程度までである。この自由歩行状態における走行速度が、自由歩行速度である。本実施の形態では、この自由歩行状態での歩行速度は、避難安全検証法及び指針に従って、1.3m/s(秒)を上限とし(図4(a)参照)、1.3m/s未満の場合は移動確率P=v/1.3として速度を調整する。自由歩行状態では、密度と流動係数との関係は線形(流動係数=速度×密度)である(図4(b)参照)。なお、自由歩行状態の場合、上記したように歩行速度は一定であるため、歩行者個々の離散時間ステップ毎の位置及び避難行動時間は単純な方程式によっても解析可能である。
水平部の群集流動状態での流動係数と歩行速度について説明する。歩行者の密度の増加とともに前方の歩行者との間隔が詰まることにより、歩幅は小さく、歩行ピッチは緩やかになり、歩行速度が低下する。この現象は、密度・歩行速度・流動係数の関係については既往の研究において示されており(例えば、「建築設計資料集成[人間](2003年日本建築学会編)」P128を参照)、具体的には、密度が1人/m2を超えるあたりから、自由歩行状態から群集流動状態への状態変化がみられる。群集流動状態は、密度が1〜4人/m2程度である。群集流動状態の場合、密度ρ(人/m2)、速度v(m/s)、流動係数N(人/m・s)の三つの指標により、概ね1〜4人/m2の範囲において、N=ρ×vの関係が成立する。
群集流動状態の場合、密度と歩行速度との関係は非線形となり、歩行者個々の歩行速度は離散時間ステップ毎の位置の状況によって逐次決定される。そのため、歩行者(避難者)全体を、一様の歩行速度で括ることができない。そこで、群集流動状態での水平部における歩行速度を、「建築設計資料集成10 技術(1983年日本建築学会編)」の安全の項に示される密度と歩行速度の関係式を用いて、密度に応じた歩行速度とする。また、流動係数については、避難安全検証法及び指針においては、1.5人/m・sとなっている。
また、自由歩行状態であっても、出口等の狭まったネック部分においては、歩行者の密度が高くなり、群集流動状態が発生する場合がある。その場合も、流動係数は、既往の研究(例えば、「建築設計資料集成[人間](2003年日本建築学会編)」P128群集行動:密度・流速・流動係数を参照)における実測により、1.5人/m・s程度になることが示されている。この流動係数は、上記の指針における流動係数=1.5人/m・sや避難安全検証法におけるNeff=90人/m・分に一致しており、それらの基準の設定根拠となっている。これらの既往研究及び現在の基準に従い、本実施の形態では、密度が1〜4人/m2程度の群集流動状態では、水平部の流動係数を1.5人/m・sとする(図4(b)参照)。したがって、群集流動状態では、水平部の歩行速度は、v=1.5/ρとなる(図4(a)参照)。本実施の形態では、水平部では、1.5人/m・sとなるように群集流動状態や出口通過での流動係数を再現する。
なお、密度が4人/m2を超える状態では、足取りを頻繁に変えなければならず、低速でも停止する可能性のある滞留状態へ変化する。この滞留状態の場合、先を争って押し合い「将棋倒し」等が発生する可能性がある。上記の避難安全検証法や指針においては、密度が3.3〜5人/m2以上になることを制限しているが、本実施の形態でも、その考えに従って、再現性が困難な滞留状態以降の現象については考慮せず、自由歩行状態と群集流動状態までの現象を取り扱う。
階段部での流動係数と歩行速度について説明する。避難安全検証法における歩行速度は、建築物又は居室の用途により、1:劇場等、2:百貨店・展示場等又は共同住宅・ホテル等(病院等を除く)、3:学校・事務所等の3種類に分類して設定しているが、階段の下り歩行速度、上り歩行速度についてはそれぞれ水平部での歩行速度の0.6倍、0.45倍となっている。本実施の形態では、この避難安全検証法に従って、階段部下りでの自由歩行状態での歩行速度を、水平部での自由歩行速度に対して移動確率=0.6倍を乗じた値とし、水平部の自由歩行速度=1.3m/sの場合は0.78m/sとする(図5(a)参照)。また、階段部上りでの自由歩行状態での歩行速度を、水平部での自由歩行速度に対して移動確率=0.45倍を乗じた値とし、水平部の自由歩行速度=1.3m/sの場合は0.585m/sとする(図6(a)参照)。階段部の場合も、自由歩行状態では、密度と流動係数との関係は線形である(図5(b)、図6(b)参照)。
また、階段部でも、密度が高くになるに従って歩行速度が減少する(図5(a)、図6(a)参照)。実務的な避難計算における階段部の流動係数については、上記の指針では1.3人/m・sであり、避難安全検証法の有効流動係数では密度が4人/m2までの範囲でNeff=80人/m・分(=1.33人/m・s)とほぼ同様の値となっている。本実施の形態では、その避難安全検証法での1.33人/m・sに従って、階段部での群集流動状態の流動係数を1.33人/m・sとする(図5(b)、図6(b)参照)。したがって、群集流動状態では、階段部の歩行速度は、v=1.33/ρとなる(図5(a)、図6(a)参照)。本実施の形態では、階段部では、水平部で設定した群集流動係数の局所近傍則に対して移動確率P=1.33/1.5を乗じて、階段部の群集流動状態での流動係数を再現する。
なお、本実施の形態では、居室や廊下等での水平部歩行の場合には図4(b)に示す密度と流動係数との関係(特に、群集流動状態で流動係数1.5人/m・s)を目標としてシミュレーションを行い、下りの階段部歩行の場合には図5(b)に示す密度と流動係数との関係(特に、群集流動状態で流動係数1.33人/m・s)を目標としてシミュレーションを行い、上りの階段部歩行の場合には図6(b)に示す密度と流動係数との関係(特に、群集流動状態で流動係数1.33人/m・s)を目標としてシミュレーションを行う。
避難行動予測計算法(避難予測モデルの理論)に基づく避難者特性、避難空間、避難行動モデルについて以下に説明する。避難者特性について説明する。避難者特性は、避難者(歩行者)は全て自力で避難できるものとし、避難者の特性は個々に区別しない。したがって、避難者全員が、同一の避難者特性を有する。これは、局所近傍則のみを考慮して各歩行者を移動させることによって実現される。
避難空間モデルについて説明する。避難空間モデルは、避難空間として居室、移動空間(廊下、付室等)、階段、最終避難場所の空間要素により構成し、各避難空間について避難のモデルを設定する。居室における避難の場合、出口が1個の場合と複数個の場合がある。出口が1個の場合、避難開始後、居室内に一様に分布された避難者は出口に向かって一斉に避難開始する。出口へは最短距離で直進する求心型経路で到達し、流動係数≒1.5人/m・sの割合で出口通過する。なお、L字型経路は什器等の配置によって可能である。出口が複数個の場合、避難開始後、居室内に一様に分布された避難者が最も近い出口に向かって一斉に避難開始する。避難行動中、各避難者は、各出口の避難者流出速度、出口前の滞留量を随時考慮して、最も早く退出できると予測される出口を選択し、目標出口を変更する。この出口の選択方法について後で詳細に説明する。移動空間における避難の場合、移動空間に流入した避難者は、追い越し、後戻り等をすることもなく目標出口に向かって整然と避難する。これも、局所近傍則のみを考慮して各歩行者を移動させることによって実現される。移動計算は、移動空間をv×Δt毎のunit(セル)に分割し、離散時間ステップ毎に避難者を避難方向へ移動させて実行する。階段における避難は、移動空間における避難に準じ、歩行速度や流動係数については上記で説明した。
避難行動モデルについて説明する。避難者は、設計者が避難路として計画した通路(避難経路)を整然と混乱なく避難することを前提とする。避難開始以前は建物内の在館者が事務室、集会室等の居室に一様に分布して存在し、避難開始後は在館者が避難者として居室から退出し、廊下、付室、階段等から構成される避難経路を通って最終避難場所に移動するものとする。また、全員が同一の避難者特性を有するために、恣意的な追い越しや後戻り等はないものとする。なお、避難者を一様に分布するとしているが、一様分布以外にも任意に配置してもよい。
避難行動時間の予測計算方法について説明する。避難行動時間としては、避難行動予測計算法に示される避難行動時間を適用する。実際の避難現場では、密度が高く出口で多くの避難者が集中して滞留している場合には出口通過時間によって避難する時間が決まり、密度が低く出口で滞留していない場合には歩行時間によって避難する時間が決まる。したがって、避難行動時間としては避難行動予測計算法に基づく指針において示されるmax[歩行時間、出口通過時間]が避難の実態に合っており、現実的・合理的な避難行動時間の予測を可能とする。
階段における避難について説明する。階段については、水平部の移動空間における群集流動状態のシミュレーションと同様に上記した移動確率に従って階段での群集流動状態のシミュレーションを行い、階段における近似的な避難行動時間を予測する。
図7を参照して、セルについて説明する。本実施の形態では、セルオートマトンの1つのセルのサイズを30cm×30cmとする。1つのセル内には、歩行者が一人だけ存在できると設定している。また、歩行者P,P同士は、セルS,・・・の並びに対して直交方向に隣接するセルに入れず、1セル以上の空きセルを置くことを原則としている。また、各セルの状態は、以下の3通りを定義している。1:歩行者セルである(図7に示すように、セルSに歩行者Pが存在する状態)。2:空間セルである(図7に示すように、セルSに歩行者P等が存在せず、歩行者Pが移動可能な空間の状態)。3:障害物セルである(図7に示すように、セルSに柱、壁W、什器F等の固定物があり、移動不可能な空間の状態)。
図8を参照して、方向ベクトルについて説明する。本実施の形態では、セルオートマトンの離散時間ステップ毎に移動可能な隣接セルの方向は、セルの並びに対して直交方向と斜め45°方向の計8方向とする。この8方向は大別すると直交方向と斜め45°の2種類になるが、これらをそれぞれ直交方向ベクトル、45°方向ベクトルとして2種類の方向ベクトルとして定義する。歩行者の目標とする移動方向は、居室、廊下等の出口への方向となるので、この2種類の方向とは必ずしも一致しない場合があり、下記の規則による優先順位で移動方向を選択する。図8(a)に示すように、出口方向を目標とする移動方向ベクトルをVとし、長さaの直交方向ベクトルをVAとし、長さbの45°方向ベクトルをVBとする。この場合、直交方向ベクトルVAを選択する確率はa/a+bであり、45°方向ベクトルVBを選択する確率はb/a+bである。この確率が大きい方を第1候補のベクトルとし、確率の小さい方を第2候補のベクトルとする。但し、aは下記に示す式(1)で計算でき、bは下記に示す式(2)で計算できる。
図8(b)に示す例では、歩行者P1の場合、居室の出口Eに向かう目標の移動方向ベクトルV1であり、第1候補が直交方向ベクトルVA1となり、第2候補が45°方向ベクトルVB1となる。歩行者P2の場合、居室の出口Eに向かう目標の移動方向ベクトルV2であり、第1候補が45°方向ベクトルVB2となり、第2候補が直交方向ベクトルVA2となる。図8(c)に示す例では、歩行者P3の場合、居室の出口Eに向かう目標の移動方向ベクトルV3であり、第1候補が直交方向ベクトルVA3となり、第2候補が2本の45°方向ベクトルVB31,VB32となる。歩行者P4の場合、居室の出口Eに向かう目標の移動方向ベクトルV4であり、第1候補が45°方向ベクトルVB4となり、第2候補が2本の直交方向ベクトルVA41,VA42となる。
第1候補のベクトルと第2候補のベクトルを決めると、まず、第1候補のベクトルの方向のセルに移動可能かを判定し、移動できる場合には第1候補のベクトルを選択し、移動できない場合には停止または第2候補のベクトルを選択する。そして、この選択した方向ベクトルを、主方向軸と呼ぶ。
なお、本実施の形態では、セルオートマトンの1離散時間ステップの実時間は、1セルが30cm×30cmであるので、直交方向ベクトルにおける自由歩行速度が1.3m/sとなるように0.23秒と設定する。自由歩行速度が1.3m/s未満の場合、移動確率P=v/1.3として速度を調整する。また、45°方向ベクトルに対しては、移動確率P=1/√2(なお、√2は2の平方根を示す)として自由歩行速度が等しくなるように設定する。
ちなみに、人間の歩行行動として、その方向がセルの並びに対して直交方向と斜め45°方向のみとするのは一見すると不自然に思われる。そのことについては、まず、成人男性の平均1歩幅が75〜80cm程度であることにより、本実施の形態における2〜3離散時間ステップが通常の歩行者の1歩に相当する。その場合の直交方向と斜め45°方向以外の1歩当たりの自由歩行速度は約1.2m/sと若干減少するが、急激な速度の増減は発生しないものとして、8×3=24方向に対して自然な歩行状態の再現が可能と考え、シミュレーションを行う。図9には、中心に位置する黒丸で現在の歩行者セルを示しており、28個の白丸で2〜3離散時間ステップ後に移動可能な歩行者セルを示しており、破線の円で成人男性の平均1歩幅を示しており、24本の矢印で移動可能な方向を示している。図9内に示しているように、直交方向及び45°方向への移動は自由歩行速度が1.3m/sであり、その他の方向への移動は自由歩行速度が1.208m/sである。
次に、図10を参照して、局所近傍則について説明する。人間個体のまわりには、パーソナルスペース(個人空間、個体空間)と呼ばれる目に見えない一種のなわばりが形成されている。人間は、混み合い等でパーソナルスペースが侵されると、気詰まりや不快感により他人から離れたいと感じることが指摘されている。また、歩行時のスペースに関しては、歩行動作をスムーズに行うために必要な余裕を見込んだ幅70cm×長さ100〜200cm程度の歩行帯や、群集流動において各歩行者が前後左右の歩行者との間にとる離隔間隔(概ね左右1m、前方1.5m程度)を表した歩行者の相互間隔が既往研究(例えば、「建築設計資料集成「人間」(2003年日本建築学会編)」P58歩行・運動:運動能力 身長と歩幅の関係、歩行帯と知覚帯、「建築設計資料集成「人間」(2003年日本建築学会編)」P126群集行動:流動の特性 歩行者(非通勤群集)の相互間隔パターン(I)を参照)で示されている。
既往研究や実測結果及び概ね1人/m2以上からの他の歩行者の影響を受ける群集流動状態への状態変化が始まることを勘案して、本実施の形態ではパーソナルスペースを設定する。このパーソナルスペースは、直交方向ベクトルと45°方向ベクトルの2種類の方向にベクトルにそれぞれ設定する。主方向軸が直交方向ベクトルの場合、図10(a)に示すように、直交方向型のパーソナルスペースPSAを設定する。また、主方向軸が45°方向ベクトルの場合、図10(b)に示すように、45°方向型のパーソナルスペースPSBを設定する。この2種類のパーソナルスペースに基づいて、局所近傍則の行動判断ルールを設定する。
直交方向型のパーソナルスペースPSAは、図10(a)に示すように、前方向に3個分のセルで構成され、左右方向が歩行者セルPを中心にして3個分のセルで構成される。直交方向型のパーソナルスペースPSAは、図10(a)に示すように、歩行者セルPの前方向の9個のセルからなり、その9個のセルに0〜8の略式番号を付している。歩行者セルPから主方向軸に沿って離れるに従って第1列、第2列、第3列とする。45°方向型のパーソナルスペースは、図10(b)に示すように、45°方向に歩行者セルPを含めて3個分のセルで構成され、その45°方向のセルを中心にしてセルが配置される。45°方向型のパーソナルスペースPSBは、図10(b)に示すように、歩行者セルPの45°方向の8個のセルからなり、その8個のセルに0〜7の略式番号を付している。歩行者セルPから主方向軸に沿って離れるに従って第0列、第1列、第2列、第3列とする。
局所近傍則の行動判断について説明する。現ステップで歩行者セルPに存在する歩行者の次ステップでの移動先を判断する場合、現ステップでのパーソナルスペース内での他歩行者の有無、位置から判断し、下記の条件を満たすように選択する。条件1は、直交方向型パーソナルスペースの場合には移動可能セルは6、7、8の番号で示すセルであり、選択優先順位が7、6or8の順の条件であり、45°方向型パーソナルスペースの場合には移動可能セルは4、6、7の番号で示すセルであり、選択優先順位が4、6or7の順の条件である。条件2は、現ステップで移動先は進入可セルである条件である。進入可セルとは、図2に示すように、例えば、床セル、階段セル、入口セル、出口セル、目的地セルである。条件3は、次ステップに移動した際に他歩行者に隣接しない条件である。条件4は、上記3つの条件を同時に満たせない場合は停止または主方向軸の変更の条件である。
移動先セルが決まった場合、水平部の移動確率を下記の式(3)に従って計算する。基本停止確率は、パーソナルスペース内に他歩行者がいない場合には0.0であり、パーソナルスペース内の第1列に最近接歩行者がいる場合には1.0であり、パーソナルスペース内の第2列に最近接歩行者がいる場合には0.4であり、パーソナルスペース内の第3列に最近接歩行者がいる場合には0.2である。密度係数は、パーソナルスペース内に他歩行者が0〜2人の場合には1.0であり、パーソナルスペース内に他歩行者が3人の場合には0.6であり、パーソナルスペース内に他歩行者が4人の場合には0.3であり、パーソナルスペース内に他歩行者が5人以上の場合には0.0である。移動方向確率は、移動先が直交方向セルの場合には1.0であり、移動先が45°方向セルの場合には1/√2である。また、階段部での移動確率を下記の式(4)に従って計算する。階段係数は、下り方向でパーソナルスペース内に他歩行者が2人以下の場合には0.6であり、下り方向でパーソナルスペース内に他歩行者が3人以上の場合には0.8であり、上り方向でパーソナルスペース内に他歩行者が2人以下の場合には0.4であり、上り方向でパーソナルスペース内に他歩行者が3人以上の場合には0.9である。
例えば、移動確率が0.3の場合、10ステップの間に3回の確率で移動先セルに移動し、7回の確率で現セルに停止する。移動確率が1.0の場合、必ず次ステップで移動先セルに移動する。移動確率が0.5の場合、次ステップか次々ステップかのいずれかのステップで移動先セルに移動する。但し、移動確率は離散時間ステップ毎に計算されるので、現在の移動確率が0.5の場合でも、次の移動確率で0.5以外の値になることもあるので、次ステップか次々ステップかのいずれかのステップで移動しない場合もある。この局所近傍則での移動確率による行動判断と1離散時間ステップの実時間の0.23s及び1セルの大きさ30cm×30cmにより、群集流動状態での流動係数の1.5人/m・s(階段では1.33人/m・s)を再現する。
図11を参照して、居室内の歩行者(避難者)の出口前の滞留における滞留間の移動ルール(特に、出口選択ルール)を説明する。上記の避難予測モデルの理論に従い、「避難者は緊急の事態下ではなるべく早く安全な場所に避難したい」と考えるのが妥当である。そのため、本実施の形態では、居室内の歩行者は、まず、最も近い避難可能な出口を選択し、その出口に向かって避難行動を開始する。そして、随時、各出口の歩行者の流出速度、出口前の滞留人数を考慮して、最も早く退出できると予測される出口を選択し、目標出口を変更して別の出口での滞留に加わると考えるものとする。この選択出口の変更ルールの基本的な考え方を以下に示す。なお、居室に出口が1つの場合、その1つの出口が目標出口であり、出口の変更はない。
まず、居室内の歩行者は最も近い出口を選択すると設定するが、最初の目標出口を選択した避難開始直後から自分の選択出口の流出状態は他の出口と比較して気になると考えられる。図11(a)に示すように、任意の歩行者P(在室者であり、避難者でもある)を設定した場合、選択した出口E1の幅をB1、流動係数をN1、出口E1から流出した人数をP1_outとし、自分より選択出口E1の近くにいる歩行者数をP1_froとした場合、任意の歩行者Pの任意の離散時間ステップtにおける残りの避難終了予想時間T1は、式(5)によって計算できる。但し、N1は、式(6)によって計算される。
一方、居室全体としての任意の離散時間ステップtにおける残りの最短避難終了予想時間Tminは、居室の全ての出口から同時に全員が避難終了する場合の時間である。したがって、図11(b)に示すように、初期在室者数をPとし、幅B1,B2,B3の3つの出口E1,E2,E3がある居室とした場合、最短避難終了予想時間Tminは、式(7)によって計算できる。但し、任意の離散時間ステップtに居室内にいる歩行者数Pinは、式(8)によって計算され、各出口の流動係数Niは、式(9)によって計算される。
ここで、避難する場合、在室者(特に、出火室の場合)は「居室からできるだけ早く避難したい」ので、選択出口に対する避難終了予想時間T1と最短避難終了予測時間Tminを直感的に比較すると考える。但し、在室者は精密な計算機ではなく、人間であるので、自分の選択出口からの避難終了予想時間T1が他の出口よりも“明らかに遅い”と感じた時点で選択出口を変更すると考える。
避難終了予想時間T1が最短避難終了予測時間Tminより長い場合を考えると、その差はT1−Tminであるが、この時間の差は出口先空間の密度による出口流動係数の違いが著しくない場合に限り、避難終了まで大きな変動はないと考えられる。なお、最初に出火室から避難開始するため、出火室における出口先空間の密度の変動はまず有り得ないと考えられる。
そこで、M=(T1−Tmin)/Tminとおくと、このMは経過する離散時間ステップ毎にその割合を大きくしてゆくことになる。このMが一定値(例えば、0.1(=10%))に達した時点を他の出口より“明らかにに遅い”と感じて、選択出口の変更を決断する時点と設定する。つまり、(T1−Tmin)/Tminが一定値以上になると、選択出口の変更を開始する。
選択出口の変更開始後は、その他の出口の中で最も早く避難できると予想される出口を新しく選択して、移動を開始すると考えられる。図11(c)に示すように、当初の選択出口E1の他に幅B2,B3の出口E2,E3がある場合、各出口E2,E3を選択した場合の避難終了予想時間T2,T3は、式(10)、式(12)によってそれぞれ計算できる。但し、N2,N3は、式(11)、式(13)によってそれぞれ計算される。この出口E2に対する避難終了予想時間T2と出口E3に対する避難終了予想時間T3とを比較して、短い方の時間の出口を選択する。このように、n個の出口がある場合、各出口に対する避難終了予想時間Tiを計算し、式(14)により、最も早く避難できると予想される新しい出口を選択し、移動を開始する。なお、当初の選択出口も選択肢に残した上で比較判断を行ってもよいし、選択肢に残さずに比較判断を行ってもよい。なお、上記の出口選択ルールは、複数の出口がある移動空間においても適用できる。
それでは、避難行動シミュレーションシステム1について具体的に説明する。避難行動シミュレーションシステム1は、パソコン等の汎用コンピュータに避難行動シミュレーション用のアプリケーションソフトを組み込んで構成してもよいし、あるいは、専用装置として構成してもよい。
避難行動シミュレーションシステム1は、解析空間データ読込手段2、シミュレーション条件入力手段3、データベース4、シミュレーション結果出力手段5、制御手段6、シミュレーション実行手段7からなる。
解析空間データ読込手段2は、解析対象の解析空間データをデータベース4から読み込む手段である。この読み込みは、シミュレーション開始時に、制御手段6による命令に応じてコンピュータ内の処理によりデータベース4からコンピュータ内の所定のRAM領域に読み込む。解析空間データは、例えば、図21、図25、図30に示すように、解析対象の居室、廊下、階段等からなる空間(歩行者不在の基本状態)の具体的なデータである。また、解析空間データは、例えば、図2に示すように、その空間のデータにおけるセル情報(進入可セル(床セル、階段セル、入口セル、出口セル、目的地セル等)、進入不可セル(柱・壁セル、什器セル等)やフロア数である。これらの解析空間データは、オペレータによって、データベース4に予め格納される。
シミュレーション条件入力手段3は、シミュレーション条件を入力するための手段であり、コンピュータに接続されるキーボードやマウス等が利用される。この入力はシミュレーション開始前にオペレータによって行われ、入力されたシミュレーション条件は制御手段6に送られる。シミュレーション条件としては、例えば、図3に示すように、歩行者の情報(初期人数(初期密度)、初期位置、避難ルート、避難開始時間等)、シミュレーションの終了条件(全員が避難完了)がある。
データベース4は、コンピュータの内部又は外部に設けられる記憶装置の所定の領域に構成されるデータベースである。データベース4には、例えば、避難行動シミュレーションシステム1で用いる解析空間データや避難行動シミュレーションシステム1でシミュレーションを実施した場合のシミュレーション結果が格納されている。シミュレーション結果は、例えば、各経過時間(各離散時間ステップ)における避難対象の解析空間における歩行者の移動の様子を示す描画データ、経過時間に対する累計退出者数、流動係数、速度等の数値データがある。
シミュレーション結果出力手段5は、避難行動シミュレーションシステム1でシミュレーションを実施している場合にそのシミュレーション結果を順次出力(あるいは、過去に行ったシミュレーションの結果を出力)するための手段であり、コンピュータに接続されるディスプレイやプリンタ等が利用される。出力するシミュレーション結果としては、例えば、図24、図28、図29、図37〜39に示すように、各経過時間における避難対象の解析空間における歩行者の移動の様子を示す画面描画、図22、図23、図26、図27、図31〜36に示すように、経過時間に対する累計退出者数、流動係数の数値出力(グラフ出力)がある。
制御手段6は、避難行動シミュレーションシステム1におけるシミュレーションのメインとなる処理を行う。制御手段6による処理を図12のフローチャートに沿って説明する。オペレータは、避難行動シミュレーションシステム1を起動し、シミュレーション条件入力手段3によってシミュレーション条件を入力する。また、オペレータは、解析を行いたい解析空間(例えば、居室だけの空間、居室や廊下等からなる1フロア(あるいは、1階建て)の空間、複数階建ての複数のフロアからなる空間)を指定する。そして、オペレータは、避難行動シミュレーションシステム1にシミュレーションを開始させる。
まず、制御手段6では、解析空間データ読込手段2に読込命令を出して、データベース4から解析空間データを読み込ませる(S10)。そして、制御手段6では、解析空間における各セルに、シミュレーション条件の初期密度に応じて歩行者をランダムまたは位置を指定して配置させる(S11)。基本的には、各居室内に歩行者を配置するが、廊下や階段等にも歩行者を配置してもよい。各歩行者には、歩行者番号(1〜n)が付与されている。また、制御手段6では、歩行者毎に、その歩行者が歩行可能な最大歩行速度(自由歩行速度)を決定する(S12)。設定可能な上限の速度は、1.3m/sである。そして、離散時間ステップの実行時間=0.23s毎に以下の処理を行う。
制御手段6では、解析空間内のセル(セル番号(1,1)〜セル番号(m,n))からセルを順次抽出する(S13)。そして、制御手段6では、そのセルが歩行者セルか否かを判定する(S14)。
S14にて歩行者セルと判定した場合、制御手段6では、その歩行者セルの歩行者が避難完了状態か否かを判定する(S15)。この判定では、例えば、シミュレーションの終了条件で居室避難の場合には歩行者が居室から退出していると避難完了状態であり、階避難の場合には歩行者が移動空間等から退出し、階段に流入または屋外へ退出していると避難完了状態であり、全館避難の場合には歩行者が建物から退出していると避難完了状態である。S15にて歩行者が避難完了状態でないと判定した場合、制御手段6では、その歩行者セルに対してシミュレーション実行手段7による歩行者避難行動処理を行い、その歩行者セルおよび移動する場合は移動先セルについての次のステップでの予定状態量を決定する(S16)。このシミュレーション実行手段7での歩行者避難行動処理については後で詳細に説明する。
S14にて歩行者セルでないと判定した場合、制御手段6では、そのセルについての次ステップの予定状態量が決定しているか否かを判定する(S17)。S17にて次ステップの予定状態量が決定していないと判定した場合、制御手段6では、次の予定状態量として現在の状態量を設定する(S18)。
抽出したセルに対する処理が終了すると、制御手段6では、全てのセル(セル番号(1,1)〜セル番号(m,n))の次ステップでの予定状態量が決定しているか否かを判定する(S19)。S19にて全てのセルの次ステップでの予定状態量が決定していないと判定した場合、制御手段6では、S13の処理に戻って、次のセル番号のセルに対する処理を行い、解析空間内の全てのセルに対する処理を順次行う。
S19にて全てのセルの次ステップでの予定状態量が決定したと判定した場合、制御手段6では、全てのセルの状態量を予定状態量で遷移し、ステップ数を1加算する(S20)。そして、制御手段6では、シミュレーション結果出力手段5に描画命令を出して、現ステップでの解析空間における歩行者の移動の様子を示す画面を描画する(S21)。また、制御手段6では、シミュレーション結果出力手段5にファイル出力命令を出して、現ステップでの累計退出者数、流動係数等のデータをファイル出力する(S22)。この出力するデータは、オペレータが指定したものを出力する。
そして、制御手段6では、解析空間から歩行者セルが無くなったか否か(避難完了か否か)を判定する(S23)。S23にて解析空間から歩行者セルが無くなっていないと判定した場合、制御手段6では、S13に戻って、次ステップでの処理を行う。S23にて解析空間から歩行者セルが無くなったと判定した場合、制御手段6では、シミュレーションを終了する。この判定では、例えば、シミュレーションの終了条件で居室避難の場合には解析空間の居室から全て歩行者が退出しているとシミュレーション終了(避難完了)であり、階避難の場合には解析空間の階から全ての歩行者が退出し、階段に流入または屋外へ退出しているとシミュレーション終了(避難完了)であり、全館避難の場合には解析空間の建物から全ての歩行者が退出しているとシミュレーション終了(避難完了)である。なお、シミュレーションの開始から終了までの時間が、避難行動の予測時間になる。
シミュレーション実行手段7は、各歩行者セルに対して歩行者避難行動処理を行い、歩行者の次ステップでの予定状態量(移動先セルに移動or停止)を決定する。シミュレーション実行手段7による処理を図13のフローチャートに沿って説明する。
シミュレーション実行手段7では、まず、歩行者セルに存在する歩行者の歩行者番号を取得する(S30)。そして、シミュレーション実行手段7では、その歩行者(歩行者セル)が居室内にいるか否かを判定する(S31)。S31にて居室内にいないと判定した場合、シミュレーション実行手段7では、選択出口が決まっているか否かを判定する(S32)。S32にて選択出口が決まっていないと判定した場合、シミュレーション実行手段7では、選択出口を決定する(S33)。例えば、廊下にいる歩行者の場合には廊下の出口を選択出口とし(但し、1階の廊下にいる歩行者の場合には建物の出口を選択出口とする)、階段にいる歩行者の場合には階段の出口を選択出口とする。なお、シミュレーションの終了条件が居室避難の場合、S31の判定はYESのみであり、S32、S33の処理を行わない。
S31にて居室内にいると判定した場合、シミュレーション実行手段7では、その歩行者がいる居室の避難開始時間を経過しているか否かを判定する(S34)。S34にて居室の避難開始時間を経過していないと判定した場合、シミュレーション実行手段7では、各処理を行わずに、歩行者情報を更新し、次ステップの予定状態量(停止)を設定する(S45)。例えば、火事で避難する場合、出火室から最初に避難し、その出火の情報が伝わってから他の居室からの避難が開始するので、出火室の避難開始時間を基準とし、他の居室の避難開始時間はその基準時間から所定時間経過した時間が設定される。また、同じ居室内の歩行者でも、歩行者毎に避難開始時間を変えてもよい。なお、シミュレーションの終了条件が居室避難の場合、居室内の全ての歩行者に同じ避難開始時間が設定されているときにはS34の判定はYESのみであり、居室内の歩行者に異なる避難開始時間が設定されているときにはS34の判定はYES/NOがある。
S34にて居室の避難開始時間を経過していると判定した場合、シミュレーション実行手段7では、居室における選択出口優先順が決まっているか否かを判定する(S35)。S35にて選択出口優先順が決まっていないと判定した場合、シミュレーション実行手段7では、居室の各選択出口の優先順を決定する(S36)。ここでは、上記の居室内の歩行者の滞留間の移動ルールに従って優先順を決定する。そして、シミュレーション実行手段7では、第1選択出口で居室から最短で避難可能か否かを判定する(S37)。ここでは、各出口に対する避難終了予測時間を比較することによって判定する。S37にて第1選択出口で居室から最短で避難不能と判定した場合、シミュレーション実行手段7では、優先順に応じて選択出口を変更する(S38)。なお、居室の出口が1つの場合、S35とS37の各判定がYESのみである。
選択出口が決定すると、シミュレーション実行手段7では、選択出口と歩行者との位置関係から第1候補の方向ベクトルと第2候補の方向ベクトルを決定し、第1候補の方向ベクトルと第2候補の方向ベクトルの中から主方向軸を決定する(S39)。そして、シミュレーション実行手段7では、その決定した主方向軸を用いて、局所近傍則での行動判断を行う(S40)。ここでは、主方向軸が直交方向ベクトルの場合には直交方向型パーソナルスペースを設定し、主方向軸が45°方向ベクトルの場合には45°方向型パーソナルスペースを設定し、パーソナルスペース内で移動先セルを決定し(移動先セルがない場合は停止または主方向軸の変更)、パーソナルスペース内に存在する他歩行者の位置、人数や移動方向(階段の場合は上りと下りも考慮)に応じて移動確率を計算し、移動確率に応じて次ステップで移動先セルに移動するかあるいは次ステップで現セルで停止するかを決定する。
シミュレーション実行手段7では、局所近傍則での行動判断で次ステップでの移動先セルが決定したか否かを判定する(S41)。S41にて次ステップでの移動先セルが決定したと判定した場合、シミュレーション実行手段7では、歩行者情報を更新し、次ステップの予定状態量(決定した移動先セルに移動)を設定する(S45)。
S41にて次ステップでの移動先セルが決定していないと判定した場合、シミュレーション実行手段7では、この歩行者が前ステップで停止しているか否かを判定する(S42)。S42にて前ステップで停止していると判定した場合、シミュレーション実行手段7では、主方向軸として残りの候補の方向ベクトルに変更する(S43)。そして、シミュレーション実行手段7では、その変更した主方向軸を用いて、局所近傍則での行動判断を行う(S44)。そして、シミュレーション実行手段7では、歩行者情報を更新し、S44で局所近傍則での行動判断を行っている場合にはその行動判断での結果に基づいて次ステップの予定状態量を設定し、S44で局所近傍則での行動判断を行っていない場合にはS40での行動判断での結果に基づいて次ステップの予定状態量を設定する(S45)。
次に、本実施の形態に係る避難行動シミュレーションシステム1で実際にシミュレーションを行った実施例を示す。ここでは、単純な通路モデルを用いたシミュレーション、単純な階段モデルを用いたシミュレーション、建物内の任意の居室のモデルを用いた居室避難でのシミュレーション、建物の任意の階のモデルを用いた居室+廊下避難のシミュレーション、3階建の建物の2階部分と3階部分のモデルを用いた居室+廊下+階段避難のシミュレーションの各実施例を示す。
まず、図14〜図17を参照して、通路でのシミュレーションの実施例を説明する。図14は、通路の解析空間データ(通路モデル)である。図15は、図14の各通路モデルでのシミュレーションの結果(密度と速度の関係)である。図16は、図14の各通路モデルでのシミュレーションの結果(密度と流動係数の関係)である。図17は、図14の直交方向の通路モデルでのシミュレーションの画面描画である。
居室、居室+通路、居室+通路+階段等の実際の建物を解析空間データとしてシミュレーションを行った場合、各出口や各合流地点等では均一な密度で流動状態が維持することが困難であるので、密度と流動係数との関係の再現を安定して示すことは難しい。そこで、単純な通路に対して本実施の形態に係る避難行動シミュレーションシステム1によってシミュレーションを行い、歩行者の各密度に対して、水平部歩行での再現目標とする速度と流動係数(特に、群集流動状態で1.5人/m・s)が得られることを示す。
解析空間データについて説明する。解析空間データは、図14に示すように、直交方向の通路(全長23.40m、幅3.00m)、1/3斜行方向の通路(全長24.66m、幅3.03m)、1/2斜行方向の通路(全長22.80m、幅3.02m)、45°方向の通路(全長22.06m、幅2.97m)の4つの通路モデルである。この各通路モデルにおいて、右端は同じ通路モデルの左端に空間的に連結しており、歩行者はこの空間内を一定密度でループする。なお、1/3斜行方向とはtan−1(1/3)の方向(すなわち、18.4°方向)を示し、1/2斜行方向とはtan−1(1/2)の方向(すなわち、26.6°方向)を示す。
シミュレーション条件について説明する。初期密度は、0.0〜4.0人/m2の範囲において0.1人/m2刻みとし、歩行者の位置はランダムとする。1離散時間ステップは、0.23sである。速度は、各歩行者が通路モデルの左端から右端まで移動するのに要した時間の平均から計算される。流動係数は、260時間ステップ(約60秒)あたりの通路モデルの一定断面(例えば、右端部の断面)を通過した人数を計測することにより計算される。
避難行動シミュレーションシステム1では、通路モデル毎に、各方向の通路モデルについてそれぞれ5回シミュレーションを行った。そして、この5回のシミュレーションの平均から求めた密度と速度との関係を図15に示し、密度と流動係数との関係を図16に示す。また、直交方向の通路モデルについて、密度が0.5人/m2、1.0人/m2、2.0人/m2、3.0人/m2、4.0人/m2の場合の歩行者の移動の様子を示す画面の描画結果を図17(a)〜(e)に示す。
図15では、破線VP0で示すグラフが再現目標の速度であり、図4(a)に示す水平部歩行での密度と速度との関係に相当する。また、実線VP1で示すグラフが直交方向の通路モデルでの速度のシミュレーション結果であり、実線VP2で示すグラフが斜め1/3方向の通路モデルでの速度のシミュレーション結果であり、実線VP3で示すグラフが斜め1/2方向の通路モデルでの速度のシミュレーション結果であり、実線VP4で示すグラフが45°方向の通路モデルでの速度のシミュレーション結果である。各通路モデルの速度のシミュレーション結果VP1,VP2,VP3,VP4と再現目標の速度VP0とを比較すると、高精度に目標とする速度を再現できている。
図16では、破線FP0で示すグラフが再現目標の流動係数であり、図4(b)に示す水平部歩行での密度と流動係数との関係に相当する。また、実線FP1で示すグラフが直交方向の通路モデルでの流動係数のシミュレーション結果であり、実線FP2で示すグラフが斜め1/3方向の通路モデルでの流動係数のシミュレーション結果であり、実線FP3で示すグラフが斜め1/2方向の通路モデルでの流動係数のシミュレーション結果であり、実線FP4で示すグラフが45°方向の通路モデルでの流動係数のシミュレーション結果である。各通路モデルの流動係数のシミュレーション結果FP1,FP2,FP3,FP4と再現目標の流動係数FP0とを比較すると、高精度に目標とする流動係数を再現できている。特に、群集流動状態で概ね1.5人/m・sの流動係数を再現できている。
次に、図18〜図20を参照して、階段でのシミュレーションの実施例を説明する。図18は、階段の解析空間データ(階段モデル)である。図19は、図18の階段モデルでのシミュレーションの結果(密度と速度の関係)である。図20は、図18の階段モデルでのシミュレーションの結果(密度と流動係数の関係)である。
ここでも、単純な階段に対して本実施の形態に係る避難行動シミュレーションシステム1によってシミュレーションを行い、歩行者の各密度に対して、階段部歩行(上りと下り)での再現目標とする速度と流動係数(特に、群集流動状態で1.33人/m・s)が得られることを示す。
解析空間データについて説明する。解析空間データは、図18(a)に示すように3階から2階までの階段(通路幅1.2m、階段部長さ3.0m、踊り場長さ1.2m)、図18(b)に示すように2階から1階までの階段(通路幅1.2m、階段部長さ3.0m、踊り場長さ1.2m)の2つの階段モデルである。ここでは、1階階段出口SEと3階階段入口SGとは空間的に連結しており、歩行者はこの空間内を一定密度でループする。
シミュレーション条件について説明する。初期密度は、0.0〜4.0人/m2の範囲において0.1人/m2刻みとし、歩行者の位置はランダムとする。1離散時間ステップは、0.23sである。下り速度は、各歩行者が階段モデルの3階階段入口SGから1階階段出口SEまで移動するのに要した時間の平均から計算される。上り速度は、各歩行者が階段モデルの1階階段出口SEから3階階段入口SGまで移動するのに要した時間の平均から計算される。流動係数は、260時間ステップ(約60秒)あたりの階段モデルの一定断面(例えば、1階階段出口SEでの断面)を通過した人数を計測することにより計算される。
避難行動シミュレーションシステム1では、2つの階段モデルを用いて、上り方向と下り方向についてそれぞれ5回シミュレーションを行った。そして、この上り方向と下り方向における5回のシミュレーションの平均から求めた密度と速度との関係を図19に示し、密度と流動係数との関係を図20に示す。
図19では、破線VSU0で示すグラフが上り方向の再現目標の速度であり、図6(a)に示す階段部(上り)歩行での密度と速度との関係に相当する。また、破線VSD0で示すグラフが下り方向の再現目標の速度であり、図5(a)に示す階段部(下り)歩行での密度と速度との関係に相当する。また、実線VSU1で示すグラフが階段モデルの上り方向での速度のシミュレーション結果であり、実線VSD1で示すグラフが階段モデルの下り方向での速度のシミュレーション結果である。階段モデルの上り方向での速度のシミュレーション結果VSU1と再現目標の速度VSU0とを比較すると、高精度に上り方向での目標とする速度を再現できている。また、階段モデルの下り方向での速度のシミュレーション結果VSD1と再現目標の速度VSD0とを比較すると、高精度に下り方向での目標とする速度を再現できている。
図20では、破線FSU0で示すグラフが上り方向の再現目標の流動係数であり、図6(b)に示す階段部(上り)歩行での密度と流動係数との関係に相当する。また、破線FSD0で示すグラフが下り方向の再現目標の流動係数であり、図5(b)に示す階段部(下り)歩行での密度と流動係数との関係に相当する。また、実線FSU1で示すグラフが階段モデルの上り方向での流動係数のシミュレーション結果であり、実線FSD1で示すグラフが階段モデルの下り方向での流動係数のシミュレーション結果である。階段モデルの上り方向での流動係数のシミュレーション結果FSU1と再現目標の流動係数FSU0とを比較すると、高精度に上り方向での目標とする流動係数を再現できている。また、階段モデルの下り方向での流動係数のシミュレーション結果FSD1と再現目標の流動係数FSD0とを比較すると、高精度に下り方向での目標とする流動係数を再現できている。特に、群集流動状態で概ね1.33人/m・sの流動係数を再現できている。
次に、図21〜図24を参照して、居室避難でのシミュレーションの実施例を説明する。図21は、居室の解析空間データである。図22は、居室避難のシミュレーションの結果(経過時間と累計退出者数の関係)である。図23は、居室避難のシミュレーションの結果(経過時間と流動係数の関係)である。図24は、居室避難のシミュレーションの画面描画である。なお、シミュレーション対象は、建物の任意の階にある1つの居室であり、全歩行者が居室から退出した時点で避難完了とする。
解析空間データについて説明する。解析空間データは、図21に示すように、9.0m×12.0mの居室Rである。この居室Rには、幅0.9mの左出口ELと幅1.8mの右出口ERがある。この各出口EL,ERを退出した時点で避難完了である。
シミュレーション条件について説明する。初期密度は、0.93人/m2(在室人数は100人)であり、歩行者の位置はランダムとする。避難ルートは、選択出口を最短距離としたルートとする。避難開始時間は、全員同時とする。避難終了条件は、避難対象の歩行者全員が居室から退出で完了とする。
避難行動シミュレーションシステム1では、この居室モデルを用いて、居室避難のシミュレーションを行った。そして、このシミュレーションによる避難開始からの経過時間と居室からの累計退出者数との関係を図22に示し、経過時間と居室の各出口通過時の流動係数との関係を図23に示す。また、経過時間が0.0s、4.3s、9.2s、16.1s、23.0s、28.75sでの居室モデルにおける歩行者の移動の様子を示す画面の描画結果を図24(a)〜(f)に示す。
図22では、実線PRLで示すグラフが左出口ELから退出した歩行者の累計数のシミュレーション結果であり、実線PRRで示すグラフが右出口ERから退出した歩行者の累計数のシミュレーション結果であり、避難開始からの経過時間が28.75sで全ての歩行者の退出完了である。図23では、実線FRLで示すグラフが左出口ELにおける流動係数のシミュレーション結果であり、実線FRRで示すグラフが右出口ERにおける流動係数のシミュレーション結果である。各出口EL,ERでのシミュレーション結果FRL,FRRから、密度が高くなる出口通過時に概ね1.5人/m・sの流動係数を再現できている。
図24(a)に示すように、避難開始時には、居室Rに歩行者がランダムに配置されている。図24(b)に示すように、避難開始から4.3s後には、各歩行者が近い方の出口EL,ERに集まり、各出口EL,ERで自由歩行状態から群集流動状態に移行しており、各出口EL,ERでの流動係数が1.5人/m・sに近づいている。図24(c)に示すように、避難開始から9.2s後には、各出口EL,ERで群集流動状態になっており、各出口EL,ERでの流動係数が概ね1.5人/m・sになっている。図24(d)に示すように、避難開始から16.1s後も、各出口EL,ERで群集流動状態になっており、各出口EL,ERでの流動係数が概ね1.5人/m・sになっている。図24(e)に示すように、避難完了直前の避難開始から23.0s後には、各出口EL,ERで群集流動状態から自由歩行状態に移行しており、各出口EL,ERでの流動係数が1.5人/m・sより小さくなっている。図24(f)に示すように、避難開始から28.75s後には、居室Rから歩行者全員が退出し、避難完了である。
次に、図25〜図29を参照して、居室+廊下避難(階避難)でのシミュレーションの実施例を説明する。図25は、居室+廊下(1フロア)の解析空間データである。図26は、居室+廊下避難のシミュレーションの結果(経過時間と累計退出者数の関係)である。図27は、居室+廊下避難のシミュレーションの結果(経過時間と流動係数の関係)である。図28、29は、居室+廊下避難のシミュレーションの画面描画である。なお、シミュレーション対象は、建物の任意の階の1フロアであり、全歩行者がフロアの廊下から退出した時点で避難完了とする。
解析空間データについて説明する。解析空間データは、図25に示すように、3つの居室RA,RB,RCと1本の廊下Cからなる1フロアである。A居室RAは、6.0m×9.0mであり、廊下Cに繋がる幅1.5mの出口ERAがある。B居室RBは、6.0m×4.5mであり、廊下Cに繋がる幅0.9mの出口ERBがある。C居室RCは、7.8m×4.5mであり、廊下Cに繋がる幅1.2mの出口ERCがある。廊下Cは、1.8m×16.5mであり、階段に繋がる幅0.9mの出口ECがある。この出口ECを退出した時点で避難完了である。
シミュレーション条件について説明する。初期密度は、3つの居室RA,RB,RC全てで1人/m2(在室人数は、RA:54人、RB:27人、RC:35人)であり、歩行者の位置はランダムとする。避難ルートは、選択出口を最短距離としたルートとする。なお、出口は1つずつなので、その1つの出口が選択出口となる。避難開始時間は、全員同時(全居室同時)とする。避難終了条件は、避難対象の歩行者全員が廊下から退出で完了とする。
避難行動シミュレーションシステム1では、この居室+廊下モデルを用いて、居室+廊下避難のシミュレーションを行った。そして、このシミュレーションによる避難開始からの経過時間と居室及び廊下からの累計退出者数との関係を図26に示し、経過時間と居室及び廊下の各出口通過時の流動係数との関係を図27に示す。また、経過時間が0.0s、9.2s、19.55sでの居室+廊下モデルにおける歩行者の移動の様子を示す画面の描画結果を図28(a)〜(c)に示し、経過時間が29.90s、68.77s、98.21sでの画面の描画結果を図29(a)〜(c)に示す。
図26では、実線PRAで示すグラフがA居室RAの出口ERAから退出した歩行者の累計数のシミュレーション結果であり、実線PRBで示すグラフがB居室RBの出口ERBから退出した歩行者の累計数のシミュレーション結果であり、実線PRCで示すグラフがC居室RCの出口ERCから退出した歩行者の累計数のシミュレーション結果であり、実線PCで示すグラフが廊下Cの出口ECから退出した歩行者の累計数のシミュレーション結果である。避難開始からの経過時間が19.55sでC居室RCから全ての歩行者の退出完了であり、経過時間が29.90sでB居室RBから全ての歩行者の退出完了であり、経過時間が68.77sでA居室RAから全ての歩行者の退出完了であり、経過時間が98.21sで廊下Cから全ての歩行者の退出完了(すなわち、階避難完了)である。
図27では、実線FRAで示すグラフがA居室RAの出口ERAにおける流動係数のシミュレーション結果であり、実線FRBで示すグラフがB居室RBの出口ERBにおける流動係数のシミュレーション結果であり、実線FRCで示すグラフがC居室RCの出口ERCにおける流動係数のシミュレーション結果であり、実線FCで示すグラフが廊下Cの出口ECにおける流動係数のシミュレーション結果である。C居室RCや廊下Cでのシミュレーション結果FRC,FCから、密度が高くなる出口通過時に概ね1.5人/m・sの流動係数を再現できている。また、A居室RAやB居室RBの場合、出口ERA,ERBから廊下Cに出るときに奥の居室から避難している歩行者と合流するので、出口ERA,ERB(特に、出口ERA)で混雑し、流動係数が1.5人/m・sよりも小さくなる。
図28(a)に示すように、避難開始時には、各居室RA,RB,RCに歩行者がランダムに配置されている。図28(b)に示すように、避難開始から9.2s後には、各居室RA,RB,RCの各歩行者が各出口ERA,ERB,ERCに集まり、廊下Cに退出し始めている。C居室RCの出口ERCでは流動係数が概ね1.5人/m・sであるが、A居室RAとB居室RBの各出口ERA,ERBでは奥の居室から避難している歩行者の影響で流動係数が1.5人/m・sよりも小さい。廊下Cの出口ECは、まだ自由歩行状態であり、流動係数が1.5人/m・sよりも小さい。図28(c)に示すように、避難開始から19.55s後には、C居室RCから歩行者全員が退出し、避難完了である。A居室RAとB居室RBの各出口ERA,ERBでは奥の居室から避難している歩行者の影響で流動係数が1.5人/m・sよりも小さく、A居室RAは特に小さい。廊下Cの出口ECは、まだ自由歩行状態であり、流動係数が1.5人/m・sよりも小さい。
図29(a)に示すように、避難開始から29.90s後には、B居室RBから歩行者全員が退出し、避難完了である。A居室RAの出口ERAでは奥の居室から避難している歩行者の影響で流動係数が1.5人/m・sよりも小さい。廊下Cの出口ECは、群集流動状態であり、流動係数が概ね1.5人/m・sである。図29(b)に示すように、避難開始から68.77s後には、A居室RAから歩行者全員が退出し、避難完了である。廊下Cの出口ECは、群集流動状態であり、流動係数が概ね1.5人/m・sである。図29(c)に示すように、避難開始から98.21s後には、廊下Cから歩行者全員が退出し、避難完了である。
次に、図30〜図39を参照して、居室+廊下+階段避難(全館避難)でのシミュレーションの実施例を説明する。図30は、居室+廊下+階段(全館の2階部分と3階部分)の解析空間データである。図31は、居室+廊下+階段避難のシミュレーションの結果(3階での経過時間と累計退出者数の関係)である。図32は、居室+廊下+階段避難のシミュレーションの結果(2階での経過時間と累計退出者数の関係)である。図33、34は、居室+廊下+階段避難のシミュレーションの結果(3階での経過時間と流動係数の関係)である。図35、36は、居室+廊下+階段避難のシミュレーションの結果(2階での経過時間と流動係数の関係)である。図37〜39は、居室+廊下+階段避難のシミュレーションの画面描画である。なお、シミュレーション対象は、3階建ての建物であり、2階及び3階の全歩行者が1階の階段から退出した時点で避難完了とし、2階と3階部分のみのシミュレーションを行う。
解析空間データについて説明する。解析空間データは、図30に示すように、3階には3つの居室R3A,R3B,R3Cと1本の廊下C3があり、2階には3つの居室R2A,R2B,R2Cと1本の廊下C2があり、3階から2階への階段S32と2階から1階への階段S21がある。3階のA居室R3Aは、6.0m×9.0mであり、廊下C3に繋がる幅1.5mの出口E3RAがある。3階のB居室R3Bは、6.0m×4.5mであり、廊下C3に繋がる幅0.9mの出口E3RBがある。3階のC居室R3Cは、7.8m×4.5mであり、廊下C3に繋がる幅1.2mの出口E3RCがある。3階の廊下C3は、1.8m×16.5mであり、階段S32に繋がる幅0.9mの出口E3Cがある。階段S32には、図中の破線矢印で示すように階段S21に空間的に繋がっている。2階のA居室R2Aは、6.0m×9.0mであり、廊下C2に繋がる幅1.5mの出口E2RAがある。2階のB居室R2Bは、6.0m×4.5mであり、廊下C2に繋がる幅0.9mの出口E2RBがある。2階のC居室R2Cは、7.8m×4.5mであり、廊下C2に繋がる幅1.2mの出口E2RCがある。2階の廊下C2は、1.8m×16.5mであり、階段S21に繋がる幅0.9mの出口E2Cがある。階段S21には、1階部において幅1.2mの出口E1がある。この出口E1を退出した時点で退出完了である。
シミュレーション条件について説明する。初期密度は、各階の3つの居室R3A,R3B,R3C,R2A,R2B,R2C全てで1人/m2(在室人数は、R3A:54人、R3B:27人、R3C:35人、R2A:54人、R2B:27人、R2C:35人)であり、歩行者の位置はランダムとする。避難ルートは、選択出口を最短距離としたルートとする。なお、出口は1つずつなので、その1つの出口が選択出口となる。避難開始時間は、全員同時(全居室同時)とする。避難終了条件は、避難対象の歩行者全員が階段S21の出口E1から退出で完了とする。なお、廊下C3,C2や階段S32,S21部分の流動係数については、途中に廊下通過断面H3C,H2Cや階段通過断面H32,H21を設けており、20離散時間ステップあたりの各断面を通過した人数を計測することにより計算される。
避難行動シミュレーションシステム1では、この居室+廊下+階段モデルを用いて、居室+廊下+階段避難のシミュレーションを行った。そして、このシミュレーションによる避難開始からの経過時間と各階の各居室及び廊下、階段からの累計退出者数との関係を図31、32に示し、経過時間と各階の各居室の出口通過時及び廊下の出口通過時と途中通過時、階段の出口通過時と途中通過時の流動係数との関係を図33〜36に示す。また、経過時間が0.0s、11.50sでの居室+廊下+階段モデルにおける歩行者の移動の様子を示す画面の描画結果を図37(a)、(b)に示し、経過時間が57.50s、103.50sでの画面の描画結果を図38(a)、(b)に示し、経過時間が149.50s、184.46sでの画面の描画結果を図39(a)、(b)に示す。
図31では、実線P3RAで示すグラフが3階のA居室R3Aの出口E3RAから退出した歩行者の累計数のシミュレーション結果であり、実線P3RBで示すグラフが3階のB居室R3Bの出口E3RBから退出した歩行者の累計数のシミュレーション結果であり、実線P3RCで示すグラフが3階のC居室R3Cの出口E3RCから退出した歩行者の累計数のシミュレーション結果であり、実線P3Cで示すグラフが3階の廊下C3の出口E3Cから退出した歩行者の累計数のシミュレーション結果である。避難開始からの経過時間が20.47sで3階のC居室R3Cから全ての歩行者の退出完了であり、経過時間が27.83sで3階のB居室R3Bから全ての歩行者の退出完了であり、経過時間が58.88sで3階のA居室R3Aから全ての歩行者の退出完了であり、経過時間が99.82sで3階の廊下C3から全ての歩行者の退出完了(すなわち、3階避難完了)である。
図32では、実線P2RAで示すグラフが2階のA居室R2Aの出口E2RAから退出した歩行者の累計数のシミュレーション結果であり、実線P2RBで示すグラフが2階のB居室R2Bの出口E2RBから退出した歩行者の累計数のシミュレーション結果であり、実線P2RCで示すグラフが2階のC居室R2Cの出口E2RCから退出した歩行者の累計数のシミュレーション結果であり、実線P2Cで示すグラフが2階の廊下C2の出口E2Cから退出した歩行者の累計数のシミュレーション結果であり、実線P1で示すグラフが階段S21の出口E1から退出した歩行者の累計数のシミュレーション結果である。避難開始からの経過時間が21.16sで2階のC居室R2Cから全ての歩行者の退出完了であり、経過時間が27.83sで2階のB居室R2Bから全ての歩行者の退出完了であり、経過時間が75.90sで2階のA居室R2Aから全ての歩行者の退出完了であり、経過時間が152.26sで2階の廊下C2から全ての歩行者の退出完了(すなわち、2階避難完了)であり、経過時間が184.46sで階段S21の出口E1から全ての歩行者の退出完了(すなわち、全館避難完了)である。
図33では、実線F3RAで示すグラフが3階のA居室R3Aの出口E3RAにおける流動係数のシミュレーション結果であり、実線F3RBで示すグラフが3階のB居室R3Bの出口E3RBにおける流動係数のシミュレーション結果であり、実線F3RCで示すグラフが3階のC居室R3Cの出口E3RCにおける流動係数のシミュレーション結果である。図34では、実線F3Cで示すグラフが3階の廊下C3の出口E3Cにおける流動係数のシミュレーション結果であり、実線F3Hで示すグラフが3階の廊下C3の途中H3Cにおける流動係数のシミュレーション結果であり、実線F32で示すグラフが階段S32の途中H32における流動係数のシミュレーション結果である。3階のC居室R3Cでは、密度が高くなる出口において概ね1.5人/m・sの流動係数を再現できている。また、3階のA居室R3AやB居室R3Bの場合、出口E3RA,E3RBから廊下C3に出るときに奥の居室から避難している歩行者と合流するので、出口E3RA,E3RB(特に、出口E3RA)で混雑し、流動係数が1.5人/m・sよりも低くなる。また、3階の廊下C3の途中H3Cでは、流動係数が概ね1.5人/m・sよりも小さくなる。また、廊下C3の出口E3Cは、幅が階段幅より小さく階段部における流動係数の影響を受けず、また、上階からの歩行者との合流の影響もないため、概ね1.5人/m・sの流動係数を再現できている。また、3階から2階への階段S32の途中H32では、3階の各居室から退出した歩行者や2階の各居室から退出した歩行者の合流の影響で混雑し、1.33人/m・sの階段部における流動係数よりも小さくなる。
図35では、実線F2RAで示すグラフが2階のA居室R2Aの出口E2RAにおける流動係数のシミュレーション結果であり、実線F2RBで示すグラフが2階のB居室R2Bの出口E2RBにおける流動係数のシミュレーション結果であり、実線F2RCで示すグラフが2階のC居室R2Cの出口E2RCにおける流動係数のシミュレーション結果である。また、図36では、実線F2Cで示すグラフが2階の廊下C2の出口E2Cにおける流動係数のシミュレーション結果であり、実線F2Hで示すグラフが2階の廊下C2の途中H2Cにおける流動係数のシミュレーション結果であり、実線F21で示すグラフが階段S21の途中H21における流動係数のシミュレーション結果である。2階のC居室R2Cでのシミュレーション結果F2RCから、密度が高くなる出口において概ね1.5人/m・sの流動係数を再現できている。また、2階のA居室R2AやB居室R2Bの場合、出口E2RA,E2RBから廊下C2に出るときに奥の居室から避難している歩行者と合流するので、出口E2RA,E2RB(特に、出口E2RA)で混雑し、流動係数が1.5人/m・sよりも小さくなる。また、2階の廊下C2の出口E2Cでは、2階の各居室から退出した歩行者や階段での歩行者の影響で混雑し、流動係数が1.5人/m・sよりも小さくなる。また、2階の廊下C2の途中H2Cでは、流動係数が概ね1.5人/m・sよりも小さくなる。また、2階から1階への階段S21の途中H21では、3階や2階の各居室から退出した歩行者で混雑するが、下階からの歩行者との合流の影響がないため、概ね1.33人/m・sの階段部における流動係数を再現できている。
図37(a)に示すように、避難開始時には、3階及び2階の各居室R3A,R3B,R3C,R2A,R2B,R2Cに歩行者がランダムに配置されている。図37(b)に示すように、避難開始から11.50s後には、3階及び2階の各居室R3A,R3B,R3C,R2A,R2B,R2Cの各歩行者が各出口E3RA,E3RB,E3RC,E2RA,E2RB,E2RCに集まり、各階の廊下C3,C2に出始めている。C居室R3C,R2Cの各出口E3RC,E2RCでは流動係数が概ね1.5人/m・sであるが、A居室R3A,R2AとB居室R3B,R2Bの各出口E3RA,E2RA,E3RB,E2RBでは奥の居室から避難している歩行者の影響で流動係数が1.5人/m・sよりも小さい。各廊下C3,C2の出口E3C,E2Cや途中H3C,H2Cは、まだ自由歩行状態であり、流動係数が1.5人/m・sよりも小さい。また、各階段S32,S21の途中H32,H21は、まだ自由歩行状態であり、流動係数が1.5人/m・sよりも小さい。
図38(a)に示すように、避難開始から57.50s後には、各階のB居室R3B,R2B及びC居室R3C,R2Cから歩行者全員が退出し、避難完了である。各階のA居室R3A,R2Aでは奥の居室から避難している歩行者の影響で流動係数が1.5人/m・sよりも小さい。3階の廊下C3の出口E3Cは、群集流動状態であり、流動係数が概ね1.5人/m・sである。2階の廊下C2の出口E2Cは、3階と2階から避難している歩行者の影響(階段混雑)で流動係数が1.5人/m・sよりも小さい。3階の廊下C3の途中H3Cは、流動係数が1.5人/m・sより小さい。2階の廊下C2の途中H2Cは、流動係数が1.5人/m・sより小さい。また、3階から2階への階段S32の途中H32は、流動係数が階段部における1.33人/m・sより小さい。2階から1階への階段S21の途中H21は、流動係数が概ね階段部における1.33人/m・sである。図38(b)に示すように、避難開始から103.50s後には、各階の全ての居室R3A,R3B,R3C,R2A,R2B,R2Cから歩行者全員が退出し、避難完了である。3階の廊下C3からの歩行者全員が退出し、3階避難完了である。2階の廊下C2の出口E2Cは、3階と2階から避難している歩行者の影響で流動係数が1.5人/m・sよりも少し小さい。2階の廊下C2の途中H2Cは、流動係数が1.5人/m・sよりも小さい。また、3階から2階への階段S32の途中H32は、流動係数が階段部における1.33人/m・sよりも小さい。2階から1階への階段S21の途中H21は、流動係数が概ね階段部における1.33人/m・sである。
図39(a)に示すように、避難開始から149.50s後には、2階の廊下C3から殆どの歩行者が退出しており、2階の廊下C2の出口E2Cでは流動係数が1.5人/m・sよりも小さい。2階から1階への階段S21の途中H21は、流動係数が概ね階段部における1.33人/m・sである。図39(b)に示すように、避難開始から184.46s後には、階段S21の出口E1から歩行者全員が退出しており、全館避難完了である。
この避難行動シミュレーションシステム1によれば、群集流動状態の密度になっている場合には群集流動状態での流動係数となる局所近傍則に基づくセルオートマトンを用いて建物から避難する避難者の行動をシミュレーションすることにより、歩行者毎に各離散時間ステップにおける速度や移動方向(移動先セル)等を高精度に再現でき、自由歩行状態及び群集流動状態での避難行動を高精度にシミュレーションできる。特に、避難行動シミュレーションシステム1によれば、離散時間ステップの実時間、セルの大きさ、パーソナルスペースの設定、局所近傍則での行動判断に用いる移動確率の基本停止確率、密度係数、移動方向確率、階段係数を調整することにより、群集流動状態での流動係数(特に、水平部歩行で1.5人/m・s、階段部歩行で1.33人/m・s)を高精度に再現できる。
避難行動シミュレーションシステム1によれば、自由歩行状態及び群集流動状態での避難行動を高精度にシミュレーションできるので、通路、階段、居室内での避難行動を高精度に再現できるだけでなく、各居室から廊下への出口通過や各階の廊下から階段への出口通過等の合流地点でも避難行動を高精度に再現できる。また、避難行動シミュレーションシステム1によれば、自由歩行状態及び群集流動状態での避難行動を高精度にシミュレーションできるので、居室避難、各階避難、全館避難等の避難行動時間を高精度に予測することができる。
以上、本発明に係る実施の形態について説明したが、本発明は上記実施の形態に限定されることなく様々な形態で実施される。
例えば、本実施の形態では居室、任意の階の1フロア、3階の建物での避難行動のシミュレーションに適用した場合を示したが、平屋建ての建物、地下階を有する建物等の様々な建物に適用できる。また、居室内に障害物がある場合等にも適用できる。また、居室、階段、廊下以外の空間のある建物にも適用できる。また、地下道、ペデストリアンデッキ、歩道橋、歩道(道路)などの建物外の屋外空間にも適用できる。
また、本実施の形態では国土交通大臣の認定を受けるシミュレーションとするために避難行動予測計算法(避難予測モデルの理論)等に基づいて避難者特性、避難空間、避難行動モデル等を設定したが、認定を受ける必要がない場合には避難者特性、避難空間、避難行動モデル等を要求されるシミュレーションに応じて適宜設定してもよい。
また、本実施の形態では国土交通大臣の認定を受けるシミュレーションとするために避難安全検証法等に基づいて群集流動状態の流動係数として1.5(階段では1.33)人/m・sを適用したが、認定を受ける必要がない場合には群集流動状態の流動係数として他の値を設定してもよい。
また、本実施の形態では離散時間ステップの実時間、セルの大きさ、パーソナルスペースの設定、局所近傍則での行動判断に用いる移動確率の基本停止確率、密度係数、移動方向確率、階段係数の具体的な数値の一例を示したが、流動係数を1.5(階段では1.33)人/m・sとするために、この各数値について適宜設定してよい。これらの各値を最適な値とすることにより、流動係数を1.5人(階段では1.33)/m・秒により近づけることができる。