JP7216914B2 - 高負荷切削加工においてすぐれた耐チッピング性、耐摩耗性を発揮する表面被覆切削工具 - Google Patents
高負荷切削加工においてすぐれた耐チッピング性、耐摩耗性を発揮する表面被覆切削工具 Download PDFInfo
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Description
そして、被覆工具の切削性能を改善するために、多くの提案がなされている。
前記特許文献1~4で提案されている従来被覆工具においては、これを鋼や鋳鉄の通常条件での切削に用いた場合には格別問題はないが、特に、切れ刃に高負荷が作用する過酷な切削加工条件で用いた場合には、チッピング等が発生しやすく、また、耐摩耗性も満足できるものではないため、比較的短時間で使用寿命に至るのが現状である。
また、前記特許文献3では、(Al,Cr,Si)N層の下部に、W,Tiを含む炭化物層を設けることで密着性を改善し、また、前記特許文献4では、(Al,Cr,Si)N層をTiとSiの複合窒化物(以下、「(Ti,Si)N」で示す)層と積層することで耐摩耗性を改善しているが、いずれの被覆工具も、切れ刃に高負荷が作用する過酷な切削加工条件で用いた場合には、硬質被覆層のチッピング発生を避けることができず、これが原因で工具寿命が短命となるという問題があった。
特に、工具基体表面に被覆形成する硬質被覆層を、前記(Al,Cr,Si)N層と他の硬質皮膜との積層構造として形成した場合には、(Al,Cr,Si)N層自体の靱性の低さに加え、他の硬質層との積層界面の格子不整合による大きな歪が発生するため、硬質被覆層全体としての靱性が一段と低下し、チッピング発生を避けることはできない。
また、A層およびB層からなる硬質被覆層全体についてX線回折した際、各層を構成する岩塩型立方晶構造の結晶粒の(200)面からの回折ピークを総括した回折ピーク強度I(200)の半値全幅を所定数値範囲内にすることで、硬質被覆層全体としての結晶性を高める。
さらに、A層及びB層を構成する岩塩型立方晶構造の結晶粒の(111)面からの回折ピークを総括した回折ピーク強度I(111)と、前記I(200)の比の値(I(200)/I(111))を所定数値範囲内にすることで、硬質被覆層の硬さと靱性をバランスさせる。
そして、本発明の被覆工具の硬質被覆層を、前記のA層とB層の交互積層構造として形成することにより、切れ刃に高負荷が作用する高負荷切削加工、例えば、炭素鋼、合金鋼、ステンレス鋼等の被削材の高速高送り深穴ドリル加工において、すぐれた耐チッピング性と耐摩耗性を発揮するのである。
「(1) 炭化タングステン基超硬合金、炭窒化チタン基サーメットあるいは立方晶窒化硼素焼結体の何れかからなる工具基体の表面に、0.5~8.0μmの合計層厚の硬質被覆層が設けられた表面被覆切削工具において、
(a)前記硬質被覆層は、0.005~4.0μmの1層平均層厚のA層と0.005~4.0μmの1層平均層厚のB層が、それぞれ少なくとも1層以上交互に積層された交互積層構造を含み、
(b)前記A層は、
組成式:(Al1-xCrx)N
で表した場合に、0.20≦x≦0.60(但し、xは原子比によるCrの含有割合を示す)を満足する平均組成を有するAlとCrの複合窒化物層、
(c)前記B層は、
組成式:(Al1-a-bCraSib)N
で表した場合に、0.20≦a≦0.60、0.01≦b≦0.20(但し、aは原子比によるCrの含有割合、bは原子比によるSiの含有割合を示す)を満足する平均組成を有するAlとCrとSiの複合窒化物層であり、
(d)前記交互積層構造を構成するA層及びB層は、岩塩型立方晶構造の結晶粒を含んでおり、
(e)前記A層の岩塩型立方晶構造の結晶粒及び前記B層の岩塩型立方晶構造の結晶粒について、結晶粒の格子定数を、それぞれaA(Å)、aB(Å)としたとき、aA(Å)とaB(Å)の差の絶対値|aA-aB|は、|aA-aB|≦0.05(Å)を満足し、
(f)前記A層とB層からなる交互積層構造全体についてのX線回折によって得られる総括した(200)面からのX線回折ピーク強度をI(200)、また、総括した(111)面からのX線回折ピーク強度をI(111)とした場合、I(200)の半値全幅は0.3~1.0(度)であり、前記I(200)とI(111)の比の値は、1<I(200)/I(111)<10を満足することを特徴とする表面被覆切削工具、
(2)前記A層とB層からなる交互積層の最表面であるB層の直上に、0.1~4.0μmの層厚のC層が設けられ、前記C層は、
組成式:(Ti1-α-βSiαWβ)N
で表した場合に、0.01≦α≦0.20、0.01≦β≦0.10(但し、αは原子比によるSiの含有割合、βは原子比によるWの含有割合を示す)を満足する平均組成を有するTiとSiとWの複合窒化物層であることを特徴とする前記(1)に記載の表面被覆切削工具。
(3)前記C層からなる硬質被覆層について、X線回折によって得られる(200)面からのX線回折ピーク強度をIc(200)、また、(111)面からのX線回折ピーク強度をIc(111)とした場合、前記Ic(200)とIc(111)の比の値は、1<Ic(200)/Ic(111)<50を満足することを特徴とする前記(2)に記載の表面被覆切削工具。
(4)前記A層とB層からなる交互積層の最表面であるB層と、このB層の直上に設けられた前記C層との界面には0.1~2.0μmの層厚のD層が設けられ、D層は
組成式:(Al1-k-l-m-nTikCrlSimWn)N
で表した際、0.20≦k≦0.65、0.10≦l≦0.35、0<m≦0.15、0<n≦0.05(ただし、k,l,m,nは原子比で、0<(1-k-l-m-n))の平均組成を満足し、Si成分の含有割合が層厚方向に沿って変化する組成変調構造が形成されていることを特徴とする前記(2)または(3)に記載の表面被覆切削工具。」
これにより、切れ刃に高負荷が作用する炭素鋼、合金鋼、ステンレス鋼等の高負荷切削加工において、すぐれた耐チッピング性と耐摩耗性を発揮し、工具寿命の延命化が図られる。
さらに好ましくは、前記B層と前記C層の界面にSiの組成変調構造を有するD層を形成することによって、より一段とすぐれた耐チッピング性と耐摩耗性が発揮され、より一段と工具寿命の延命化が図られる。
図1に、本発明被覆工具の硬質被覆層の縦断面概略模式図を示すが、交互積層構造からなる硬質被覆層のA層を構成する(Al,Cr)N層は、Alが高温硬さと耐熱性を向上させ、Crは高温強度を向上させると共に、CrとAlが共存含有した状態で高温耐酸化性を向上させる作用を有する。
前記(Al,Cr)NからなるA層の平均組成を、
組成式:(Al1-xCrx)N
で表した場合に、Crの含有割合を示すx値(原子比)が0.20未満では、高温強度が低下するため耐チッピング性の劣化を招き、また、相対的なAl含有割合の増加により、六方晶構造の結晶粒が出現することによって硬さが低下し、耐摩耗性も低下する。
一方、x値(原子比)が0.60を超えると、相対的なAl含有割合の減少により、十分な高温硬さと耐熱性を確保することができなくなり、耐摩耗性が低下する。
したがって、A層におけるCrの含有割合x値(原子比)を、0.20≦z≦0.60と定めた。
A層との交互積層を構成する(Al,Cr,Si)N層からなるB層におけるCrは、A層の場合と同様に、高温強度を向上させ、硬質被覆層の耐チッピング性を向上させるとともに、Al成分との共存含有によって、高温耐酸化性向上にも寄与し、耐摩耗性を向上させる。
また、B層の構成成分であるSiは、耐熱性、耐熱塑性変形性を向上する作用を有するが、同時に、B層の格子歪を増加し、その結果、B層の耐チッピング性を低下させることになる。
前記(Al,Cr,Si)NからなるB層の平均組成を、
組成式:(Al1-a-bCraSib)N
で表した場合、Crの含有割合を示すa値(原子比)が0.20未満では、高温強度が低下するため耐チッピング性の劣化を招き、また、相対的なAl含有割合の増加により、六方晶構造の結晶粒が出現することによって硬さが低下し、耐摩耗性も低下する。
一方、a値(原子比)が0.60を超えると、相対的なAl含有割合の減少により、十分な高温硬さと耐熱性を確保することができなくなり、耐摩耗性が低下する。
また、Siの含有割合を示すb値(原子比)が0.01未満では、B層における耐熱性、耐熱塑性変形性の向上効果は少なく、一方、b値(原子比)が0.20を超えると、耐摩耗性向上効果に低下傾向がみられるようになると同時に、B層の格子歪みが増加するため、A層とB層間での格子不整合が増大し、その結果として、高負荷切削加工条件下での耐チッピング性が低下する。
したがって、B層におけるCrの含有割合a値(原子比)を、0.40≦a≦0.80と定め、また、Siの含有割合b値(原子比)を、0,01≦b≦0.20と定めた。
交互積層を構成するA層及びB層の一層平均層厚は0.005~4.0μmとするが、これは、A層とB層の格子不整合を緩和すると同時に、A層及びB層の備える作用を十分に発揮させ、硬質被覆層全体としての耐チッピング性、耐摩耗性を発揮させるためである。
また、A層とB層とを、それぞれ少なくとも1層ずつ交互に積層することによって、合計層厚0.5~8.0μmの硬質被覆層を構成するが、これは、硬質被覆層の合計層厚が0.5μm未満では、長期にわたる十分な耐摩耗性を発揮することができず、一方、合計層厚が8.0μmを超えるとチッピング、欠損、剥離等の異常損傷を発生しやすくなることから、硬質被覆層の合計層厚は0.5~8.0μmとするものである。
なお、後述するように、A層とB層からなる交互積層の最表面であるB層の直上に、0.1~4.0μmの層厚のC層を設けて硬質被覆層とする場合がある(図2(a)参照)が、この場合には、交互積層構造を構成するA層とB層の合計層厚にC層の層厚を加えた層厚を、硬質被覆層の合計層厚とする。
したがって、交互積層を構成するにあたり、工具基体の表面直上にA層を、また、硬質被覆層の最表面にB層を形成することが望ましい。
なお、後述するように、最表面のB層の直上に、組成式:(Ti1-α-βSiαWβ)Nで表される平均組成を有するTiとSiとWの複合窒化物からなるC層(ただし、0.01≦α≦0.20、0.01≦β≦0.10であり、α、βは、それぞれ原子比によるSiの含有割合、Wの含有割合を示す)を形成することが好ましい(図2(a)参照)。
また、前記B層と前記C層の界面には、Si成分の含有割合が層厚方向に沿って変化する組成変調構造を有するD層が形成されていることがさらに好ましい(図2(b)、図5参照)。
本発明では、A層とB層とからなる交互積層構造において、それぞれ層における岩塩型立方晶構造の結晶粒の格子定数を、それぞれaA、aBとした場合、A層およびB層を成膜する際の蒸着条件を制御することによって、A層とB層の格子定数の差(の絶対値)|aA-aB|が0.05(Å)以下となるようにする。
そして、これによって、A層とB層の格子不整合を極小化し、格子不整合による靱性低下を抑制することができる。
本発明では、A層とB層とからなる交互積層を、例えば、図3に示すアークイオンプレーティング装置を用いて成膜するが、A層、B層を成膜するに際して、例えば、ターゲットの組成とバイアス電圧によって岩塩型立方晶構造の結晶粒の格子定数をコントロールすることができる。
そして、A層とB層の岩塩型立方晶構造の結晶粒についてTEMによる電子線回折などを行い、A層における格子定数aA(Å)及びB層における格子定数aB(Å)を算出することができるが、算出された格子定数aA(Å)及びaB(Å)の差の絶対値|aA-aB|が0.05(Å)を超えると、A層とB層の格子不整合が大きくなりすぎて、高負荷切削加工時に硬質被覆層が破壊を起こしやすくなるので、A層とB層の岩塩型立方晶構造の結晶粒の格子定数の差の絶対値は|aA-aB|≦0.05(Å)とする。より好ましくは|aA-aB|<0.03(Å)である。
一方、I(200)の半値全幅が1.0(度)を超えると結晶粒が非晶質化し、十分な結晶性を維持できなくなるため、耐摩耗性が低下する。
したがって、I(200)の半値全幅は0.3~1.0(度)とする。
そして、A層とB層を成膜するアークイオンプレーティング条件のうちの、アーク電流、バイアス電圧、反応ガス圧と成膜温度をコントロールすることによって、I(200)の半値全幅を0.3~1.0(度)の範囲に維持することができる。
したがって、すぐれた耐チッピング性と耐摩耗性を兼備するためには、I(200)/I(111)の値は、1<I(200)/I(111)<10とすることが必要である。
そして、A層とB層を成膜するアークイオンプレーティング条件のうちの、例えば、アーク電流、バイアス電圧、反応ガス圧、成膜温度をコントロールすることによって、I(200)/I(111)の値を上記範囲に維持することができる。
本発明の被覆工具は、硬質被覆層を前記A層とB層の交互積層として構成することにより、すぐれた耐チッピング性と耐摩耗性が発揮されるが、図2(a)、(b)に示すように、前記A層とB層からなる交互積層の最表面であるB層の直上に、TiとSiとWの複合窒化物からなるC層を0.1~4.0μmの層厚で形成することによって、特に高速切削における耐摩耗性をより向上させることができる。
前記C層は、
組成式:(Ti1-α-βSiαWβ)N
で表した場合、0.01≦α≦0.20、0.01≦β≦0.10(但し、αは原子比によるSiの含有割合、βは原子比によるWの含有割合を示す)を満足する平均組成を有する(Ti,Si,W)N層である。
Tiを主成分とする前記C層において、Si成分を含有することによって、耐酸化性、耐熱塑性変形性が向上することに加え、W成分を含有することによって、さらに高温強度が向上し、耐摩耗性が向上する。
ただ、Siの含有割合αが0.01未満では、耐酸化性、耐熱塑性変形性の向上効果は少なく、一方、αが0.20を超えると格子歪が増大し、高負荷切削条件で自壊しやすくなる。
また、Wの含有割合βが0.01未満では、高温での強度向上の効果が小さく、一方、βが0.10を超えると格子歪みが増大し、高負荷切削における耐チッピング性が低下する。
したがって、α、βは、それぞれ、0.01≦α≦0.20、0.01≦β≦0.10(但し、α、βは原子比)の範囲とする。
なお、前記C層の層厚は、過大な層内歪みによる剥離等の異常損傷を防止しつつ硬質被覆層全体としての耐チッピング性、耐摩耗性を発揮させるという観点から0.1~4.0μmとすることが好ましい。
これは、Ic(200)/Ic(111)の値が1以下であると、最密面である(111)面配向が強く耐チッピング性が低下し、一方、Ic(200)/Ic(111)の値が50以上であると、(200)配向が極端に強くなり耐摩耗性が低下するという理由による。また、より好ましい範囲は1を超え30未満である。
前記D層は、
組成式:(Al1-k-l-m-nTikCrlSimWn)N
で表した際、0.20≦k≦0.65、0.10≦l≦0.35、0<m≦0.15、0<n≦0.05(ただし、k,l,m,nは原子比で、0<(1-k-l-m-n))の平均組成を有し、かつSi成分の含有割合が層厚方向に沿って変化する組成変調構造を有する層である。
なお、組成変調構造とは、B層とC層の界面において、B層からC層に向かって、あるいは、C層からB層に向かって、Si含有割合が、層厚方向に沿って連続的に変化する層構造をいう。
B層とC層との界面に組成変調構造が形成されていることによって、B層とC層間の急激なSi含有量変化が抑制され、その結果、B層とC層との密着性が高まり、剥離等の発生が防止され耐チッピング性が向上する。
前記組成変調構造は、例えば、図3(a)に示されるように、B層を形成するためのAl-Cr-Si合金ターゲットとC層を形成するためのTi-Si-W合金ターゲットを、アークイオンプレーティング装置に対向配置し、アークイオンプレーティング装置内を回転する回転テーブル上に自転可能に装着された工具基体に対して、B層とC層の同時蒸着を行うことによって形成することができる。なお、前記組成式を満たしていれば、D層はB層を形成するためのAl-Cr-Si合金ターゲットに代えて、A層を形成するためのAl-Cr合金ターゲットとC層を形成するためのTi-Si-W合金ターゲットを用いた同時蒸着を行うことで形成しても同様の効果を発現できる。
上記の手法で形成したD層の組成変調構造におけるSi含有割合は、図5に示されるように、D層内の層厚方向に沿ってC層とB層またはA層のSi成分の含有割合の間を連続的に変化する。
また、組成変調構造の存在の確認は、B層およびC層の工具基体表面に垂直な縦断面について、工具基体表面に垂直方向(層厚方向)にSiの含有割合を測定し、B層においてSiの平均組成bから外れたB層の位置と、C層においてSiの平均組成αから外れたC層の位置を特定し、この両位置の間を、組成変調構造が形成されている領域であるとして識別することができる。
なお、具体的な説明としては、炭化タングステン(WC)基超硬合金を工具(ドリル)基体とする表面被覆ドリルについて説明するが、炭窒化チタン基サーメットあるいは立方晶窒化硼素(cBN)焼結体を工具基体とする被覆工具(インサート、エンドミル等)についても同様である。
≪A層とB層の交互積層からなる硬質被覆層を備えた被覆工具≫
ドリル基体の作製::
原料粉末として、いずれも0.5~5μmの平均粒径を有する、Co粉末、VC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr3C2粉末、WC粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてボールミルで72時間湿式混合し、減圧乾燥した後、100MPaの圧力でプレス成形し、これらの圧粉成形体を焼結した後、直径が3mmの工具基体形成用丸棒焼結体を形成し、さらに研削加工にて、溝形成部の直径×長さがそれぞれ2mm×45mmの寸法、並びにねじれ角30度の2枚刃形状をもったWC基超硬合金製のドリル基体1~3を製造した。
前記ドリル基体1~3に対して、図3に示したアークイオンプレーティング装置を用いて、
(a)ドリル基体1~3を、アセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、アークイオンプレーティング装置内の回転テーブル上の中心軸から半径方向に所定距離離れた位置に外周部にそって装着する。
(b)まず、装置内を排気して10-2Pa以下の真空に保持しながら、ヒーターで装置内を500℃に加熱した後、0.5~2.0PaのArガス雰囲気に設定し、前記回転テーブル上で自転しながら回転する工具基体に-200~-1000Vの直流バイアス電圧を印加し、もってドリル基体表面をアルゴンイオンによって5~30分間ボンバード処理する。
(c)次いで、A層とB層の交互積層構造からなる硬質被覆層を次のようにして形成した。
まず、装置内に反応ガスとして窒素ガスを導入して表2に示す2~10Paの範囲内の所定の反応雰囲気とすると共に、同じく表2に示す装置内温度に維持し、また、同じく表2に示す回転テーブルの回転数に制御し、回転テーブル上で自転しながら回転するドリル基体に表2に示す-25~-75Vの範囲内の所定の直流バイアス電圧を印加し、かつ、A層形成用カソード電極(蒸発源)とアノード電極との間に表2に示す90~180Aの範囲内の所定の電流を流してアーク放電を発生させ、所定の層厚のA層を形成する。
その後、B層形成用カソード電極(蒸発源)とアノード電極との間に同じく表2に示す90~180Aの範囲内の所定の電流を流してアーク放電を発生させ、前記で成膜したA層の表面に、所定の層厚のB層を形成する。
前記A層の形成とB層の形成を交互に繰り返し行い、表4に示される平均組成、一層平均層厚、合計層厚のA層とB層の交互積層構造からなる硬質被覆層を蒸着形成することによって、表4に示す本発明被覆工具(「本発明工具」という)1~6を作製した。
上記(a)~(c)の蒸着成膜工程において、特にA層とB層の蒸着条件のうち、バイアス電圧を調整することによってA層とB層の岩塩型立方晶構造の結晶粒の格子定数aA、aBを制御し、また、アーク電流値、反応ガスとしての窒素ガス分圧、バイアス電圧および成膜温度等を調整することによって、A層とB層からなる硬質被覆層全体の岩塩型立方晶構造の結晶粒のI(200)の半値全幅、I(200)/I(111)の値を制御した。
なお、実施例1の前記(a)~(c)の工程では、図3中に示されるC層形成用Ti-Si-W合金ターゲットについては、使用しない。
また、工具基体表面に垂直な方向からの薄膜X線回折、あるいは、工具基体表面と平行な方向から、工具基体表面に垂直なA層とB層の縦断面についてTEMによる電子線回折を行い、各層の岩塩型立方晶構造の結晶粒の格子定数aA、aBを求めるとともに、|aA-aB|の値を算出した。
さらに、工具基体表面に垂直な方向からA層とB層からなる硬質被覆層全体についてX線回折を行い、(200)面からの総括したX線回折ピーク(A層とB層の重なったX線回折ピーク)の半値全幅を測定し、また、総括したX線回折ピーク(A層とB層の重なったX線回折ピーク)強度I(200)、I(111)の値からI(200)/I(111)の値を算出した(図4参照)。
なお、X線回折には、Cu管球を用いたX線回折装置を用いた。
被削材-平面寸法:合金鋼SCM440の板材、
切削速度: 80 m/min.、
送り: 0.08 mm/rev、
穴深さ: 40 mm、
の条件でのSCM440の湿式高速高送り穴あけ切削加工試験(通常の切削速度および送りは、それぞれ、50m/min.および0.06mm/rev)、を行い(水溶性切削油使用)、先端切れ刃面の逃げ面摩耗幅が0.3mmに至るもしくは刃先のチッピング発生を原因として寿命に至るまでの穴あけ加工数を測定するとともに、刃先の損耗状態を観察した。加工は穴あけ加工数1000穴まで行い、寿命に至らなかったものは1000穴加工時の逃げ面摩耗幅を測定した。
表6に、測定結果を示す。
≪A層とB層の交互積層及びC層からなる硬質被覆層を備えた被覆工具≫
実施例1で作製したWC基超硬合金製のドリル基体1~3を、図3に示したアークイオンプレーティング装置に装入し、実施例1の場合と同様にして、表2に示す条件でA層とB層の交互積層を形成した。ただし、交互積層の最表面はB層とした。
ついで、表7に示す条件で、B層の表面に所定の平均組成、所定の層厚の(Ti,Si,W)N層からなるC層を成膜し、A層とB層の交互積層及びC層からなる硬質被覆層を蒸着形成した表8に示す本発明工具11~16を作製した(図2(a)参照)。
また、工具基体表面に垂直な方向からの薄膜X線回折、あるいは、工具基体表面に平行な方向から、工具基体表面に垂直なA層とB層の縦断面のそれぞれについてTEMによる電子線回折を行い、各層の岩塩型立方晶構造の結晶粒の格子定数aA、aBを求めるとともに、|aA-aB|の値を算出した。
また、工具基体表面に垂直な方向から、A層およびB層の(200)面からの総括したX線回折ピーク(A層とB層の重なったX線回折ピーク)を測定し、その半値全幅を算出した。
また、工具基体表面に垂直な方向から、A層およびB層の(200)面からの総括したX線回折ピーク(A層およびB層の重なったX線回折ピーク)とC層の(200)面からのX線回折ピークをIc(200)として測定し、A層およびB層の(111)面からの総括したX線回折ピーク(A層およびB層の重なったX線回折ピーク)とC層(111)面からのX線回折ピークをIc(111)として測定し、A層とB層の重なったX線回折ピークとC層のX線回折ピークそれぞれに対してI(200)/I(111)、Ic(200)/Ic(111)の値を算出した。
表8に、上記で求めた各種の値を示す。
図4には、本発明工具について測定したX線回折結果の一例を示すが、A層とB層からなる硬質被覆層全体の総括したI(200)の半値全幅が0.5(度)であり、I(200)とI(111)との比の値I(200)/I(111)が3.0であることが分かる。また、C層からなる硬質被覆層のIc(200)/Ic(111)が2.0であることが分かる。
被削材-平面寸法:合金鋼SCM440の板材、
切削速度: 100 m/min.、
送り: 0.08 mm/rev、
穴深さ: 40 mm、
の条件でのSCM440の湿式高速高送り穴あけ切削加工試験(通常の切削速度および送りは、それぞれ、50m/min.および0.06mm/rev)、
を行い(水溶性切削油使用)、先端切れ刃面の逃げ面摩耗幅が0.3mmに至るもしくは刃先のチッピング発生により寿命に至るまでの穴あけ加工数を測定するとともに、刃先の損耗状態を観察した。加工は穴あけ加工数1000穴まで行い、寿命に至らなかったものは1000穴加工時の逃げ面摩耗幅を測定した。
表9に、試験結果を示す。
≪A層とB層の交互積層及びC層を備え、B層-C層の界面に組成変調構造のD層を有する硬質被覆層を備えた被覆工具≫
実施例1で作製したWC基超硬合金製のドリル基体1~3を、図3に示したアークイオンプレーティング装置に装入し、実施例1、2の場合と同様にして、表2に示す条件でA層とB層を交互に形成した。
ただし、交互積層の最表面のB層を成膜している途中の時点から、表7に示す条件で、C層の同時蒸着を開始し、B層とC層の同時蒸着をしばらく継続した後、B層の蒸着を停止し、C層のみの蒸着を継続した。
所定の層厚に達した時点でC層の蒸着も停止した。
前記の工程により、A層とB層の交互積層及びC層からなり、かつ、B層-C層の界面にはSi成分の組成変調構造を有するD層が形成された硬質被覆層を有する表10に示す本発明工具21~26を作製した(図2(b)、図5参照)。
なお、前記組成変調構造のD層におけるSiの含有割合は、B層あるいはC層のSi最大含有割合と、B層あるいはC層のSi最小含有割合の範囲内で連続的な変化をすることとなる。
また、A層およびB層の(200)面からの総括したX線回折ピーク(A層とB層の重なったX線回折ピーク)の半値全幅を測定した。
A層およびB層の(200)面からの総括したX線回折ピーク(A層およびB層の重なったX線回折ピーク)とC層の(200)面からのX線回折ピークをIc(200)として求め、A層およびB層の(111)面からの総括したX線回折ピーク(A層およびB層の重なったX線回折ピーク)とC層(111)面からのX線回折ピークをIc(111)として求め、A層とB層の重なったX線回折ピークとC層のX線回折ピークそれぞれに対してI(200)/I(111)、Ic(200)/Ic(111)の値を算出した。
さらに、組成変調構造が形成されているD層の層厚を次の方法で測定した。
交互積層の最表面のB層およびC層について、工具基体表面に垂直な縦断面について、工具基体表面に垂直方向(層厚方向)にSiの含有割合を測定し、B層においてSiの組成が平均組成bから外れたB層における位置と、C層においてSiの組成が平均組成αから外れたC層における位置を特定した。
複数個所でこのような測定を行い、これら両位置間の間隔を測定し、測定値の平均値を、組成変調構造が形成されているD層の層厚であるとして求めた。
表10に、各種の値を示す。
表11に、試験結果を示す。
特に、本発明工具21~26は、本発明工具11~16に比して、耐摩耗性が一段とすぐれていることが分かる。
これらの結果から、本発明工具は、炭素鋼、合金鋼、ステンレス鋼等の被削材の高負荷切削加工において、すぐれた耐チッピング性、耐摩耗性を発揮することが分かる。
Claims (4)
- 炭化タングステン基超硬合金、炭窒化チタン基サーメットあるいは立方晶窒化硼素焼結体の何れかからなる工具基体の表面に、0.5~8.0μmの合計層厚の硬質被覆層が設けられた表面被覆切削工具において、
(a)前記硬質被覆層は、0.005~4.0μmの1層平均層厚のA層と0.005~4.0μmの1層平均層厚のB層が、それぞれ少なくとも1層以上交互に積層された交互積層構造を含み、
(b)前記A層は、
組成式:(Al1-xCrx)N
で表した場合に、0.20≦x≦0.60(但し、xは原子比によるCrの含有割合を示す)を満足する平均組成を有するAlとCrの複合窒化物層、
(c)前記B層は、
組成式:(Al1-a-bCraSib)N
で表した場合に、0.20≦a≦0.60、0.01≦b≦0.20(但し、aは原子比によるCrの含有割合、bは原子比によるSiの含有割合を示す)を満足する平均組成を有するAlとCrとSiの複合窒化物層であり、
(d)前記交互積層構造を構成するA層及びB層は、岩塩型立方晶構造の結晶粒を含んでおり、
(e)前記A層の岩塩型立方晶構造の結晶粒及び前記B層の岩塩型立方晶構造の結晶粒について、結晶粒の格子定数を、それぞれaA(Å)、aB(Å)としたとき、aA(Å)とaB(Å)の差の絶対値|aA-aB|は、|aA-aB|≦0.05(Å)を満足し、
(f)前記A層とB層からなる交互積層構造全体についてのX線回折によって得られる総括した(200)面からのX線回折ピーク強度をI(200)、また、総括した(111)面からのX線回折ピーク強度をI(111)とした場合、I(200)の半値全幅は0.3~1.0(度)であり、前記I(200)とI(111)の比の値は、1<I(200)/I(111)<10を満足することを特徴とする表面被覆切削工具。 - 前記A層とB層からなる交互積層の最表面であるB層の直上に、0.1~4.0μmの層厚のC層が設けられ、前記C層は、
組成式:(Ti1-α-βSiαWβ)N
で表した場合に、0.01≦α≦0.20、0.01≦β≦0.10(但し、αは原子比によるSiの含有割合、βは原子比によるWの含有割合を示す)を満足する平均組成を有するTiとSiとWの複合窒化物層であることを特徴とする請求項1に記載の表面被覆切削工具。 - 前記C層からなる硬質被覆層全体について、X線回折によって得られる(200)面からのX線回折ピーク強度をIc(200)、また、(111)面からのX線回折ピーク強度をIc(111)とした場合、前記Ic(200)とIc(111)の比の値は、1<Ic(200)/Ic(111)<50を満足することを特徴とする請求項2に記載の表面被覆切削工具。
- 前記A層とB層からなる交互積層の最表面であるB層と、このB層の直上に設けられた前記C層との界面には0.1~2.0μmの層厚のD層が設けられ、D層は
組成式:(Al1-k-l-m-nTikCrlSimWn)N
で表した際、0.20≦k≦0.65、0.10≦l≦0.35、0<m≦0.15、0<n≦0.05(ただし、k,l,m,nは原子比で、0<(1-k-l-m-n))の平均組成を満足し、かつSi成分の含有割合が層厚方向に沿って変化する組成変調構造が形成されていることを特徴とする請求項2または3に記載の表面被覆切削工具。
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