[エンジンの全体構成]
以下、図面に基づいて、本発明に係るエンジンの制御装置の実施形態を詳細に説明する。まず、本発明に係る制御装置が適用されるディーゼルエンジンシステムの全体構成を、図1に基づいて説明する。図1に示すディーゼルエンジンは、走行用の動力源として車両に搭載される4サイクルのディーゼルエンジンである。ディーゼルエンジンシステムは、複数のシリンダ2を有し軽油を主成分とする燃料の供給を受けて駆動されるエンジン本体1と、エンジン本体1に導入される吸気が流通する吸気通路30と、エンジン本体1から排出される排気ガスが流通する排気通路40と、排気通路40を流通する排気ガスの一部を吸気通路30に還流させるEGR装置44と、排気通路40を通過する排気ガスにより駆動されるターボ過給機46とを備えている。
エンジン本体1は、図1の紙面に垂直な方向に並ぶ複数のシリンダ2(図1ではそのうちの一つのみを示す)を有し、軽油を主成分とする燃料の供給を受けて駆動されるエンジンである。エンジン本体1は、シリンダブロック3、シリンダヘッド4及びピストン5を備える。シリンダブロック3は、シリンダ2を形成するシリンダライナを有する。シリンダヘッド4は、シリンダブロック3の上面に取り付けられ、シリンダ2の上部開口を塞いでいる。ピストン5は、シリンダ2に往復摺動可能に収容されており、コネクティングロッド8を介してクランク軸7と連結されている。ピストン5の往復運動に応じて、クランク軸7はその中心軸回りに回転する。ピストン5の構造については、後記で詳述する。
ピストン5の上方には燃焼室6が形成されている。燃焼室6は、シリンダヘッド4の下面(燃焼室天井面6U、図3及び図4参照)、シリンダ2及びピストン5の冠面50によって形成されている。燃焼室6には前記燃料が、後述するインジェクタ15からの噴射によって供給される。供給された燃料と空気との混合気が燃焼室6で燃焼され、その燃焼による膨張力で押し下げられたピストン5が上下方向に往復運動する。
シリンダブロック3には、クランク角センサSN1及び水温センサSN2が取り付けられている。クランク角センサSN1は、クランク軸7の回転角度(クランク角)及びクランク軸7の回転速度(エンジン回転速度)を検出する。水温センサSN2は、シリンダブロック3及びシリンダヘッド4の内部を流通する冷却水の温度(エンジン水温)を検出する。
シリンダヘッド4には、燃焼室6と連通する吸気ポート9及び排気ポート10が形成されている。シリンダヘッド4の下面には、吸気ポート9の下流端である吸気側開口と、排気ポート10の上流端である排気側開口とが形成されている。シリンダヘッド4には、前記吸気側開口を開閉する吸気弁11と、前記排気側開口を開閉する排気弁12とが組み付けられている。なお、図示は省いているが、エンジン本体1のバルブ形式は、吸気2バルブ×排気2バルブの4バルブ形式であって、吸気ポート9及び排気ポート10は、各シリンダ2につき2つずつ設けられるとともに、吸気弁11及び排気弁12も2つずつ設けられている。
シリンダヘッド4には、カムシャフトを含む吸気側動弁機構13及び排気側動弁機構14が配設されている。吸気弁11及び排気弁12は、これら動弁機構13、14により、クランク軸7の回転に連動して開閉駆動される。吸気側動弁機構13には、吸気弁11の少なくとも開時期を変更可能な吸気VVTが、排気側動弁機構14には、排気弁12の少なくとも閉時期を変更可能な排気VVTが、各々内蔵されている。
シリンダヘッド4には、先端部から燃焼室6内に燃料を噴射するインジェクタ15(燃料噴射弁)が、各シリンダ2につき1つずつ取り付けられている。インジェクタ15は、図略の燃料供給管を通して供給された燃料を燃焼室6に噴射する。インジェクタ15は、燃料を噴射する先端部(ノズル151;図4)が燃焼室6の径方向中心又はその近傍に位置するように、シリンダヘッド4に組み付けられ、ピストン5の冠面50に形成された後述のキャビティ5C(図2~図4)に向けて燃料を噴射する。
インジェクタ15は、燃料供給管を介して全シリンダ2に共通の蓄圧用コモンレール(図示せず)と接続されている。コモンレール内には、図外の燃料ポンプにより加圧された高圧の燃料が貯留されている。このコモンレール内で蓄圧された燃料が各シリンダ2のインジェクタ15に供給されることにより、各インジェクタ15から高い圧力(50MPa~250MPa程度)で燃料が燃焼室6内に噴射される。前記燃料ポンプと前記コモンレールとの間には、インジェクタ15から噴射される燃料の圧力である噴射圧を変更するための燃圧レギュレータ16(図1では不図示、図7参照)が設けられている。
吸気通路30は、吸気ポート9と連通するようにシリンダヘッド4の一側面に接続されている。吸気通路30の上流端から取り込まれた空気(新気)は、吸気通路30および吸気ポート9を通じて燃焼室6に導入される。吸気通路30には、その上流側から順に、エアクリーナ31、ターボ過給機46、スロットル弁32、インタークーラ33及びサージタンク34が配置されている。
エアクリーナ31は、吸気中の異物を除去して吸気を清浄化する。スロットル弁32は、図略のアクセルの踏み込み動作と連動して吸気通路30を開閉し、吸気通路30における吸気の流量を調整する。ターボ過給機46は、吸気を圧縮しつつ吸気通路30の下流側へ当該吸気を送り出す。インタークーラ33は、過給機46により圧縮された吸気を冷却する。サージタンク34は、吸気ポート9に連なるインテークマニホールドの直上流に配置され、複数のシリンダ2に吸気を均等に配分するための空間を提供するタンクである。
吸気通路30には、エアフローセンサSN3、吸気温センサSN4、吸気圧センサSN5及び吸気O2センサSN6が配置されている。エアフローセンサSN3は、エアクリーナ31の下流側に配置され、当該部分を通過する吸気の流量を検出する。吸気温センサSN4は、インタークーラの下流側に配置され、当該部分を通過する吸気の温度を検出する。吸気圧センサSN5及び吸気O2センサSN6は、サージタンク34の近傍に配置され、それぞれ当該部分を通過する吸気の圧力、吸気の酸素濃度を検出する。なお、図1には図示していないが、インジェクタ15の噴射圧を検出する噴射圧センサSN7(図7)が備えられている。
排気通路40は、排気ポート10と連通するようにシリンダヘッド4の他側面に接続されている。燃焼室6で生成された既燃ガス(排気ガス)は、排気ポート10及び排気通路40を通して車両の外部に排出される。排気通路40には排気浄化装置41が設けられている。排気浄化装置41には、排気通路40を流通する排気ガス中に含まれる有害成分(HC、CO、NOx)を浄化するための三元触媒42と、排気ガス中に含まれる粒子状物質を捕集するためのDPF(ディーゼル・パティキュレート・フィルタ)43とが内蔵されている。
排気通路40には、排気O2センサSN8及び差圧センサSN9が配置されている。排気O2センサSN8は、ターボ過給機46と排気浄化装置41との間に配置され、当該部分を通過する排気の酸素濃度を検出する。差圧センサSN9は、DPF43の上流端と下流端との差圧を検出する。
EGR装置44は、排気通路40と吸気通路30とを接続するEGR通路44Aと、EGR通路44Aに設けられたEGR弁45とを備える。EGR通路44Aは、排気通路40におけるターボ過給機46よりも上流側の部分と、吸気通路30におけるインタークーラ33とサージタンク34との間の部分とを互いに接続している。なお、EGR通路44Aには、排気通路40から吸気通路30に還流される排気ガス(EGRガス)を熱交換により冷却するEGRクーラ(図略)が配置されている。EGR弁45は、EGR通路44Aを流通する排気ガスの流量を調整する。
ターボ過給機46は、吸気通路30側に配置されたコンプレッサ47と、排気通路40に配置されたタービン48とを含む。コンプレッサ47とタービン48とは、タービン軸で一体回転可能に連結されている。タービン48は、排気通路40を流れる排気ガスのエネルギーを受けて回転する。これに連動してコンプレッサ47が回転することにより、吸気通路30を流通する空気が圧縮(過給)される。
[ピストンの詳細構造]
続いて、ピストン5の構造、とりわけ冠面50の構造について詳細に説明する。図2(A)は、ピストン5の上方部分を主に示す斜視図である。ピストン5は、上方側のピストンヘッドと、下方側に位置するスカート部とを備えるが、図2(A)では、冠面50を頂面に有する前記ピストンヘッド部分を示している。図2(B)は、ピストン5の径方向断面付きの斜視図である。図3は、図2(B)に示す径方向断面の拡大図である。なお、図2(A)及び(B)において、シリンダ軸方向A及び燃焼室の径方向Bを矢印で示している。
ピストン5は、キャビティ5C、周縁平面部55及び側周面56を含む。上述の通り、燃焼室6を区画する燃焼室壁面の一部(底面)は、ピストン5の冠面50で形成されており、キャビティ5Cは、この冠面50に備えられている。キャビティ5Cは、シリンダ軸方向Aにおいて冠面50が下方に凹没された部分であり、インジェクタ15から燃料の噴射を受ける部分である。周縁平面部55は、冠面50において径方向Bの外周縁付近の領域に配置された環状の平面部である。キャビティ5Cは、周縁平面部55を除く冠面50の径方向Bの中央領域に配置されている。側周面56は、シリンダ2の内壁面と摺接する面であり、図略のピストンリングが嵌め込まれるリング溝が複数備えられている。
キャビティ5Cは、第1キャビティ部51、第2キャビティ部52、連結部53及び山部54を含む。第1キャビティ部51は、冠面50の径方向Bの中心領域に配置された凹部である。第2キャビティ部52は、冠面50における第1キャビティ部51の外周側に配置された、環状の凹部である。連結部53は、第1キャビティ部51と第2キャビティ部52とを径方向Bに繋ぐ部分である。山部54は、冠面50(第1キャビティ部51)の径方向Bの中心位置に配置された山型の凸部である。山部54は、インジェクタ15のノズル151の直下の位置に凸設されている(図4)。
第1キャビティ部51は、第1上端部511、第1底部512及び第1内側端部513を含む。第1上端部511は、第1キャビティ部51において最も高い位置にあり、連結部53に連なっている。第1底部512は、第1キャビティ部51において最も凹没した、上面視で環状の領域である。キャビティ5C全体としても、この第1底部512は最深部であって、第1キャビティ部51は、第1底部512においてシリンダ軸方向Aに所定の深さ(第1の深さ)を有している。上面視において、第1底部512は、連結部53に対して径方向Bの内側に近接した位置にある。
第1上端部511と第1底部512との間は、径方向Bの外側に湾曲した径方向窪み部514で繋がれている。径方向窪み部514は、連結部53よりも径方向Bの外側に窪んだ部分を有している。第1内側端部513は、第1キャビティ部51において最も径方向内側の位置にあり、山部54の下端に連なっている。第1内側端部513と第1底部512との間は、裾野状に緩やかに湾曲した曲面で繋がれている。
第2キャビティ部52は、第2内側端部521、第2底部522、第2上端部523、テーパ領域524及び立ち壁領域525を含む。第2内側端部521は、第2キャビティ部52において最も径方向内側の位置にあり、連結部53に連なっている。第2底部522は、第2キャビティ部52において最も凹没した領域である。第2キャビティ部52は、第2底部522においてシリンダ軸方向Aに第1底部512よりも浅い深さを備えている。つまり、第2キャビティ部52は、第1キャビティ部51よりもシリンダ軸方向Aにおいて上側に位置する凹部である。第2上端部523は、第2キャビティ部52において最も高い位置であって最も径方向外側に位置し、周縁平面部55に連なっている。
テーパ領域524は、第2内側端部521から第2底部522に向けて延び、径方向外側へ先下がりに傾斜した面形状を有する部分である。図3に示されているように、テーパ領域524は、径方向Bに延びる水平ラインC1に対して傾き角αで交差する傾斜ラインC2に沿った傾きを有している。
立ち壁領域525は、第2底部522よりも径方向外側において、比較的急峻に立ち上がるように形成された壁面である。径方向Bの断面形状において、第2底部522から第2上端部523にかけて、第2キャビティ部52の壁面が水平方向から上方向へ向かうように湾曲された曲面とされており、第2上端部523の近傍において垂直壁に近い壁面とされている部分が立ち壁領域525である。立ち壁領域525の上端位置に対して、立ち壁領域525の下方部分は、径方向Bの内側に位置している。これにより、混合気が燃焼室6の径方向Bの内側へ戻り過ぎないようにし、立ち壁領域525よりも径方向外側の空間(スキッシュ空間)も有効に活用した燃焼を行わせることができる。
連結部53は、径方向Bの断面形状において、下側に位置する第1キャビティ部51と上側に位置する第2キャビティ部52との間で、径方向内側にコブ状に突出する形状を有している。連結部53は、下端部531及び第3上端部532(シリンダ軸方向の上端部)と、これらの間の中央に位置する中央部533とを有している。下端部531は、第1キャビティ部51の第1上端部511に対する連設部分である。第3上端部532は、第2キャビティ部52の第2内側端部521に対する連設部分である。
シリンダ軸方向Aにおいて、下端部531は連結部53の最も下方に位置する部分、第3上端部532は最も上方に位置する部分である。上述のテーパ領域524は、第3上端部532から第2底部522に向けて延びる領域でもある。第2底部522は、第3上端部532よりも下方に位置している。つまり、本実施形態の第2キャビティ部52は、第3上端部532から径方向Bの外側に水平に延びる底面を有しているのではなく、換言すると、第3上端部532から周縁平面部55までが水平面で繋がっているのではなく、第3上端部532よりも下方に窪んだ第2底部522を有している。
山部54は、上方に向けて突出しているが、その突出高さは連結部53の第3上端部532の高さと同一であり、周縁平面部55よりは窪んだ位置にある。山部54は、上面視で円形の第1キャビティ部51の中心に位置しており、これにより第1キャビティ部51は山部54の周囲に形成された環状溝の態様となっている。
[燃料噴射の空間的分離について]
続いて、インジェクタ15によるキャビティ5Cへの燃料噴射状況、及び噴射後の混合気の流れについて、図4に基づいて説明する。図4は、燃焼室6の簡略的な断面図であって、冠面50(キャビティ5C)とインジェクタ15から噴射される噴射燃料15Eの噴射軸AXとの関係と、噴射後の混合気の流れを模式的に表す矢印F11、F12、F13、F21、F22、F23とが示されている。
インジェクタ15は、燃焼室天井面6U(シリンダヘッド4の下面)から燃焼室6へ下方に突出するように配置されたノズル151を備えている。ノズル151は、燃焼室6内へ燃料を噴射する噴射孔152を備えている。図4では一つの噴射孔152を示しているが、実際は複数個の噴射孔152がノズル151の周方向に等ピッチで配列されている。噴射孔152から噴射される燃料は、図中の噴射軸AXに沿って噴射される。噴射された燃料は、噴霧角θをもって拡散する。図4には、噴射軸AXに対する上方向への拡散を示す上拡散軸AX1と、下方向への拡散を示す下拡散軸AX2とが示されている。噴霧角θは、上拡散軸AX1と下拡散軸AX2とがなす角である。
噴射孔152は、キャビティ5Cの連結部53に向けて燃料を噴射可能である。すなわち、ピストン5の所定のクランク角において噴射孔152から燃料噴射動作を行わせることで、噴射軸AXを連結部53に指向させることができる。図4は、前記所定のクランク角における噴射軸AXとキャビティ5Cとの位置関係を示している。噴射孔152から噴射された燃料は、燃焼室6の空気と混合されて混合気を形成しつつ、連結部53に吹き当たることになる。
図4に示すように、噴射軸AXに沿って連結部53に向けて噴射された燃料15Eは、連結部53に衝突し、その後、第1キャビティ部51の方向(下方向)へ向かうもの(矢印F11)と、第2キャビティ部52の方向(上方向)へ向かうもの(矢印F21)とに空間的に分離される。すなわち、連結部53の中央部533を指向して噴射された燃料は、上下に分離され、その後は各々第1、第2キャビティ部51、52に存在する空気と混合しながら、これらキャビティ部51、52の面形状に沿って流動する。
詳しくは、矢印F11の方向(下方向)に向かう混合気は、連結部53の下端部531から第1キャビティ部51の径方向窪み部514へ入り込み、下方向に流れる。その後、混合気は、径方向窪み部514の湾曲形状によって流動方向を下方向から径方向Bの内側方向へ変え、矢印F12で示すように、第1底部512を有する第1キャビティ部51の底面形状に倣って流動する。この際、混合気は、第1キャビティ部51の空気と混合して濃度を薄めて行く。山部54が存在することによって、第1キャビティ部51の底面は径方向中央に向けてせり上がる形状を有している。従って、矢印F12方向に流動する混合気は上方に持ち上げられ、ついには矢印F13で示すように、燃焼室天井面6Uから径方向外側へ向かうように流動する。このような流動の際にも、前記混合気は燃焼室6内に残存する空気と混合し、均質で薄い混合気となってゆく。
一方、矢印F21の方向(上方向)に向かう混合気は、連結部53の第3上端部532から第2キャビティ部52のテーパ領域524に入り込み、テーパ領域524の傾きに沿って斜め下方に向かう。そして、矢印F22で示すように、前記混合気は第2底部522に至る。ここで、テーパ領域524は噴射軸AXに沿う傾きを持つ面とされている。このため、前記混合気は径方向外側へスムースに流動することができる。つまり前記混合気は、テーパ領域524の存在、並びに、連結部53の第3上端部532も下方に位置する第2底部522の存在によって、燃焼室6の径方向外側の奥深い位置まで到達することができる。
しかる後、前記混合気は、第2底部522から立ち壁領域525の間の立ち上がり曲面によって上方に持ち上げられ、燃焼室天井面6Uから径方向内側へ向かうように流動する。このような、矢印F22で示す流動の際に、前記混合気は第2キャビティ部52内の空気と混合し、均質で薄い混合気となって行く。ここで、第2底部522よりも径方向外側に、概ね上下方向に延びる立ち壁領域525が存在することで、噴射された燃料(混合気)がシリンダ2の内周壁(一般に、図略のライナーが存在する)に到達することが阻止される。つまり、前記混合気は、第2底部522の形成によって燃焼室6の径方向外側付近まで流動できるが、立ち壁領域525の存在によって、シリンダ2の内周壁との干渉は抑止される。このため、前記干渉による冷損の発生を抑制することができる。
ここで、立ち壁領域525は、その下方部分が、上端位置に対して径方向Bの内側に位置する形状を備えている。このため、矢印F22で示す流動は過度に強くならず、混合気が径方向Bの内側へ戻り過ぎないようにすることができる。矢印F22の流動が強すぎると、一部燃焼している混合気が新たに噴射された燃料が十分に拡散する前に当該燃料と衝突し、均質な燃焼を阻害して煤などを発生させる。しかし、本実施形態の立ち壁領域525は、径方向外側に抉れた形状を備えておらず、矢印F22の流動は抑制的となり、矢印F23にて示す径方向Bの外側へ向かう流動も生成する。とりわけ、燃焼後期では逆スッキシュ流に牽引されることもあり、矢印F23の流動が生じ易くなる。従って、立ち壁領域252よりも径方向外側の空間(周縁平面部55上のスキッシュ空間)も有効に活用した燃焼を行わせることができる。従って、煤の発生などを抑止し、燃焼室空間の全体を有効活用した燃焼を実現させることができる。
以上の通り、噴射軸AXに沿って連結部53に向けて噴射された燃料が、連結部53に衝突して空間的に分離され、第1、第2キャビティ部51、52の空間に各々存在する空気を活用して混合気を生成する。これにより、燃焼室6の空間を広く利用して均質で薄い混合気を形成でき、燃焼時に煤などの発生を抑制することができる。
[燃料噴射の時間的分離について]
本実施形態では、上述した燃料噴射の空間的分離に加え、時間的にも分離して、より燃焼室6内の空気を有効活用する例を示す。図5は、インジェクタ15からキャビティ5Cへの燃料噴射のタイミングの一例と、その時の熱発生率特性Hとを示すタイムチャートである。インジェクタ15による燃料噴射の動作は、後述の燃料噴射制御部71(図7参照)によって制御される。燃料噴射制御部71(分割噴射制御部)は、1サイクル当たり、所定の第1タイミングで燃料を噴射させる前段噴射と、当該前段噴射よりも遅い第2タイミングで燃料を噴射させる後段噴射と、を実行させる。
本実施形態においては、燃料噴射制御部71が、前記前段噴射としてプレ噴射P1を、後段噴射としてメイン噴射P2を、それぞれインジェクタ15に実行させる例を示す。メイン噴射P2は、ピストン5が圧縮上死点(TDC)付近に位置するタイミング(第2タイミング)で実行される燃料噴射である。図5では、TDCよりも僅かに遅角となるタイミングで、メイン噴射P2が実行される例を示している。プレ噴射P1は、メイン噴射P2よりも早いタイミング(第1タイミング)であって、TDCよりも早いタイミングで実行される燃料噴射である。本実施形態では、プレ噴射P1が、進角側の第1プレ噴射P11と、遅角側の第2プレ噴射P12とに分けて実行される例を示している。
図5では、クランク角-CA16から-CA12の期間に第1プレ噴射P11が実行される例を示している。燃料の噴射率ピーク値は、第1プレ噴射P11とメイン噴射P2とで同一であるが、燃料噴射期間は前者の方が長く設定されている。第2プレ噴射P12は、第1プレ噴射P11とメイン噴射P2との間において実行される、少量の燃料噴射である。この第2プレ噴射P12は、熱発生率特性Hにおけるピーク間の谷部(クランク角CA2~3deg付近の谷部)を可及的に小さくして消音を図る目的で実行されるが、当該第2プレ噴射P12を省くようにしても良い。
上述の連結部53を指向した燃料噴射は、第1プレ噴射P11の際に実行される。メイン噴射P2は、第1プレ噴射P11にて噴射された燃料(混合気)が、上述の通り下側の第1キャビティ部51と上側の第2キャビティ部52とに空間的に分離された後に、その分離された上下の混合気間に噴射される噴射である。この点を図6に基づいて説明する。図6は、メイン噴射P2が終了するタイミングにおける、燃焼室6での混合気の生成状況を模式的に示す図である。
第1プレ噴射P11の噴射燃料は、燃焼室6内の空気と混合されて混合気となりつつ、連結部53に吹き当たる。連結部53への吹き当たりによって当該混合気は、図6に示すように、第1キャビティ部51へ向かう下側混合気M11と、第2キャビティ部52へ向かう上側混合気M12とに分離される。これが上述した混合気の空間的分離である。メイン噴射P2は、プレ噴射P1にて噴射された燃料(混合気)が第1、第2キャビティ部51、52の空間に入り込んで空間的に分離された後に、その分離された2つの混合気間の空間に残存する空気を活用して新たな混合気を形成するべく実行される噴射である。
図6に基づきさらに説明を加える。メイン噴射P2の実行タイミングではピストン5はほぼTDCの位置にあるので、当該メイン噴射P2の燃料は、連結部53のやや下方位置を指向して噴射されることになる。先に噴射された第1プレ噴射P11の下側混合気M11、上側混合気M12は、各々第1キャビティ部51、第2キャビティ部52に入り込み、それぞれの空間の空気と混合して稀釈化が進行している。メイン噴射P2が開始される直前は、下側混合気M11と上側混合気M12との間に未使用の空気(燃料と混合していない空気)が存在する状態である。このような未使用空気層の形成に、第1キャビティ部51のエッグシェープ形状が貢献する。メイン噴射P2の噴射燃料は、下側混合気M11と上側混合気M12との間に入り込む形態となり、前記未使用の空気と混合されて第2混合気M2となる。これが燃料噴射の時間的分離である。以上の通り、本実施形態では、燃料噴射の空間的、時間的分離によって、燃焼室6に存在する空気を有効活用した燃焼を実現させることができる。
[制御構成]
図7は、前記ディーゼルエンジンシステムの制御構成を示すブロック図である。本実施形態のエンジンシステムは、プロセッサ70(ディーゼルエンジンの燃料噴射制御装置)によって統括的に制御される。プロセッサ70は、CPU、ROM、RAM等から構成される。プロセッサ70には、車両に搭載された各種センサからの検出信号が入力される。上記で説明したセンサSN1~SN9に加え、車両には、アクセル開度を検出するアクセル開度センサSN10と、車両の走行環境の大気圧を計測する大気圧センサSN11と、車両の走行環境の気温を計測する外気温センサSN12と、が備えられている。
プロセッサ70は、上述したクランク角センサSN1、水温センサSN2、エアフローセンサSN3、吸気温センサSN4、吸気圧センサSN5、吸気O2センサSN6、噴射圧センサSN7、排気O2センサSN8、差圧センサSN9、アクセル開度センサSN10、大気圧センサSN11及び外気温センサSN12と電気的に接続されている。これらのセンサSN1~SN12によって検出された情報、すなわち、クランク角、エンジン回転速度、エンジン水温、吸気流量、吸気温、吸気圧、吸気酸素濃度、インジェクタ15の噴射圧、排気酸素濃度、アクセル開度、外気温、気圧等の情報がプロセッサ70に逐次入力される。
プロセッサ70は、上記各センサSN1~SN12他からの入力信号に基づいて種々の判定や演算等を実行しつつエンジンの各部を制御する。すなわち、プロセッサ70は、インジェクタ15(燃圧レギュレータ16)、スロットル弁32及びEGR弁45等と電気的に接続されており、上記演算の結果等に基づいてこれらの機器にそれぞれ制御用の信号を出力する。
プロセッサ70は、機能的に、インジェクタ15の動作を制御する燃料噴射制御部71(分割噴射制御部、設定部、算出部)と、記憶部77とを備えている。燃料噴射制御部71は、少なくとも予混合圧縮着火(Premixed Compression Ignition)燃焼が適用される運転領域(以下、PCI領域という)の各サイクルにおいて、圧縮上死点より前の所定のタイミング(第1タイミング)で燃料を噴射させるプレ噴射(前段噴射)と、ピストン5が圧縮上死点付近に位置するタイミング(前段噴射よりも遅い第2タイミング)で燃料噴射を行わせるメイン噴射(後段噴射)とを、インジェクタ15に実行させる。
燃料噴射制御部71は、所定のプログラムが実行されることで、運転状態判定部72、噴射パターン選択部73(分割噴射制御部)、噴射設定部74(設定部)、予測部75及び補正部76を機能的に具備するように動作する。
運転状態判定部72は、クランク角センサSN1が検出値に基づくエンジン回転数、及びアクセル開度センサSN10の開度情報に基づくエンジン負荷などから、エンジン本体1の運転状態を判定する。この判定結果は、現状の運転領域が、上記のプレ噴射P1及びメイン噴射P2を実行させるPCI領域であるか否かの判定に用いられる。
噴射パターン選択部73は、インジェクタ15からの燃料噴射のパターンを、各種の条件に応じて設定する。少なくともPCI領域においては、噴射パターン選択部73は、上記のプレ噴射P1(前段噴射)及びメイン噴射P2(後段噴射)を含む燃料噴射のパターンを設定する。
噴射設定部74は、インジェクタ15からの燃料噴射量若しくは燃料噴射タイミングを、各種の条件に応じて設定する。上記のPCI領域においては、噴射設定部74は、プレ噴射P1(前段噴射)に伴う燃焼室6内の熱発生率の上昇ピークである第1ピークと、メイン噴射P2(後段噴射)に伴う燃焼室6内の熱派生率の上昇ピークである第2ピークとの比率が、予め定めた目標値となる目標熱発生率特性が得られるように、プレ噴射P1(本実施形態では特に第1プレ噴射P11)における燃料噴射量、若しくは燃料噴射タイミングを設定する。図8(A)に、目標熱発生率特性Hsの一例を示す。例示された目標熱発生率特性Hsでは、クランク角=4度付近に前記第1ピークが、クランク角=8度付近に前記第2ピークが各々表れている。目標熱発生率特性Hsを、最もディーゼルノック音などの燃焼騒音が抑制できる特性に設定しておくことで、燃焼騒音を可及的に小さくすることができる。
さらに、噴射設定部74は、前記第1ピークが発生する時期と前記第2ピークが発生する時期とのピーク間隔が、プレ噴射P1(第1プレ噴射P11)の燃料の燃焼に起因する圧力波の振幅とメイン噴射P2の燃料の燃焼に起因する圧力波の振幅とが互いに打ち消し合う間隔となるように、インジェクタ15からの燃料噴射量若しくは燃料噴射タイミングを設定する。これにより、第1プレ噴射P11及びメイン噴射P2によって各々発生する燃焼騒音同士が打ち消し合うこととなり、燃焼騒音を極めて低いレベルに抑制することができる。これらについては、後記で詳述する。
ここで、目標熱発生率特性Hsを得るために、第1プレ噴射P11だけでなく、第2プレ噴射P12及びメイン噴射P2の燃料噴射量若しくは燃料噴射タイミングも調整することが考えられる。しかし、本実施形態では、第1プレ噴射P11が制御対象とされ、前記第1ピーク(着火時期)が調整対象とされる。
本実施形態のように、前段噴射及び後段噴射に分割して燃料噴射を行わせる場合、専ら前段噴射の実行状況によって着火時期等が定まる。前段噴射の態様を定めれば、後段噴射に伴う燃焼は比較的ロバスト性の高い燃焼となる。従って、最も早いタイミングで比較的多くの燃料を噴射する第1プレ噴射P11の燃料噴射量若しくは燃料噴射タイミングを適宜変更することで、前記第1ピークと前記第2ピークとの比率を目標値に近づける制御、並びに第1、第2ピーク間のインターバルを設定する制御を的確に行わせることができる。なお、メイン噴射P2の態様(噴射量や噴射タイミング)を主導的に変更すると、燃焼期間が全体的にシフトし、燃費性能やトルクに影響を及ぼすことがある。
予測部75は、噴射設定部74が目標熱発生率特性Hsに基づいて設定したプレ噴射P1の燃料噴射量若しくは燃料噴射タイミングと、燃焼室6での燃焼に影響を与える所定の燃焼環境要因とに基づき、現状のコンデションにおける前記第1ピークの発生時期と、前記第1ピークのピーク値との少なくとも一方を予測する処理を行う。この予測のために予測部75は、所定の予測モデル式を用いる(図12、図13に基づき後述する)。前記第1ピークの発生時期やピーク値は、各種センサSN1~SN12の検知結果に基づきフィードバック制御で調整することが可能である。しかし、フィードバック制御では、現にディーゼルノック音が発生してしまうことがあり、ドライバーに不快感を与えかねない。そこで、予測部75は、前記予測モデル式を用いたフィードフォワード方式で、前記第1ピークの発生時期やピーク値の目標熱発生率特性Hsにおける目標値に対するずれを予測する。
補正部76は、予測部75により予測された前記第1ピークの発生時期若しくはピーク値に基づいて、噴射設定部74が設定した第1プレ噴射P11の燃料噴射量若しくは燃料噴射タイミングを補正する。すなわち、補正部76は、燃焼環境要因を参照して予測部75により求められた前記第1ピークの発生時期やピーク値の予測値と、目標熱発生率特性Hsにおける目標値との乖離を解消させるように、前記燃料噴射量若しくは燃料噴射タイミングを補正する。つまり、ディーゼルノック音が発生してしまう前に、前記乖離を解消する補正が行われる。
記憶部77は、予測部75が所定の演算処理を行う際に用いる予測モデル式を記憶する。予測モデル式は、所定の燃焼環境要因に基づいて、前記第1ピークの発生時期若しくは前記第1ピークのピーク値の目標熱発生率特性Hsに対する変動を予測する式である。なお、前記燃焼環境要因は、例えば、各センサSN1~12の計測値から直接的又は間接的に導出される、シリンダブロック3の壁面温度、筒内圧、筒内温度、筒内酸素濃度、エンジン負荷などである。
[二段熱発生率と騒音相殺]
図8(B)は、プレ噴射P1(第1プレ噴射P11)及びメイン噴射P2の各燃焼により生じる熱発生率のピーク及びその高さ比率と、これらピーク間のインターバルとを示す図である。図8(B)に示す熱発生率特性Hは、図5に示した熱発生率特性Hを、より概略的に示したものである。
熱発生率特性Hは、燃焼室6内の燃焼圧力の上昇率に関連深い特性であって、プレ噴射P1に伴う燃焼によって生じる山部である前段燃焼部分HAと、メイン噴射P2に伴う燃焼によって生じる山部である後段燃焼部分HBを有する。前段燃焼部分HA及び後段燃焼部分HBは、それぞれの山部において最も熱発生率が高い第1ピークHAp及び第2ピークHBpを有している。これら第1、第2ピークHAp、HBpに対応して、燃焼圧力の変化率(上昇率)にも2つのピークが生じることとなる。
図8では、第1ピークHApの値が第2ピークHBpの値よりも小さい例を示している。第1ピークHAp又は第2ピークHBpの値が傑出して高いと、これに起因して燃焼騒音が大きくなる。従って、前段燃焼部分HAと後段燃焼部分HBとの熱発生割合を制御し、第1ピークHApと第2ピークHBpとの高さ比率をなるべく揃えることが望ましい。
また、第1ピークHApが発生する時期と第2ピークHBpが発生する時期とのインターバルも、燃焼騒音の抑制に大きな影響を与える。前記インターバルを、前段燃焼部分HAの燃焼に起因する圧力波(音波)の振幅と、後段燃焼部分HBの燃焼に起因する圧力波の振幅とが互いに打ち消し合う間隔とすれば、周波数効果によって表出する圧力波(燃焼騒音)を抑制することができる。この点につき、図9に基づき説明を加える。
図9(A)~(C)は、燃焼騒音の打ち消し効果を説明するための模式図である。図9(A)では、ある高さの熱発生率の第1ピークHApを有する前段燃焼部分HAと、第1ピークHApと同じ高さの熱発生率の第2ピークHBpを有する後段燃焼部分HBとが、実線で模式的に描かれている。第1ピークHApと第2ピークHBpとの間のインターバルは、各々の燃焼に起因する圧力波が互いに打ち消し合う第1インターバルIn1に設定されている。さらに図9(A)には点線で、比較例として、第1ピークHApと同じ高さのピークHAp1を有するが、第1インターバルIn1よりも長い第2インターバルIn2で発生する後段燃焼部分HB1と、第1ピークHApよりも高いピークHAp1を有する前段燃焼部分HA1とを示している。
図9(B)には、前段燃焼部分HAの燃焼に起因して発生する前段圧力波EAwと、後段燃焼部分HBの燃焼に起因して発生する後段圧力波EBwとが示されている。第1ピークHAp及び第2ピークHBpのピーク高さが同じであることから、前段圧力波EAwの振幅と後段圧力波EBwの振幅とは同じである。また、第1インターバルIn1は、前段圧力波EAw及び後段圧力波EBwの周期の1/2倍に設定されている。この場合、前段圧力波EAwと後段圧力波EBwとは逆位相となって互いに打ち消し合うように干渉し、その合成波EMの振幅はゼロとなる。つまり、燃焼騒音は、打ち消し効果によってキャンセルされる。
一方、前段燃焼部分HAに対して第2インターバルIn2を置いて比較例の後段燃焼部分HB1を発生させた場合、前段圧力波EAwと後段圧力波EBwとは完全な逆位相とはならない。この場合、図9(B)に示した両圧力波EAw、EBwの打ち消し効果は減退し、合成波EMは逆に増幅されてしまう部分も生じ得る。例えば、両圧力波EAw、EBwが同位相となった場合、合成波EMは両圧力波EAw、EBwが合算されて大きな振幅となる。つまり、燃焼騒音が増大してしまう。
前記打ち消し効果は、両圧力波EAw、EBwの振幅が同一であるときに最大となる。図9(C)には、比較例の前段燃焼部分HA1の燃焼に起因して発生する前段圧力波EAw1と、上述の後段圧力波EBwとが示されている。前段圧力波EAw1の振幅が後段圧力波EBwの振幅よりも大きいことから、第1インターバルIn1を採用して両者を逆位相としても、合成波EMはその差分に応じた振幅を持つ。従って、燃焼騒音の打ち消し効果は低減する。
以上の点に鑑みると、第1ピークHApと第2ピークHBpとの差を可及的に縮めるように、且つ、前段圧力波EAwと後段圧力波EBwとが互いに打ち消し合うインターバルとなるように、噴射設定部74がインジェクタ15の燃料噴射動作を制御することが望ましい。すなわち、燃焼騒音の打ち消し効果を発揮できる目標熱発生率特性Hsを設定し、当該目標熱発生率特性Hsを達成する燃焼が行われるよう、プレ噴射P1又はメイン噴射P2(とりわけ第1プレ噴射P11)における燃料噴射量、若しくは燃料噴射タイミングを設定させることが望ましい。
[熱発生率特性の補正の基本形]
続いて、補正部76による熱発生率特性の補正の基本形について説明する。図10(A)及び(B)は、予測部75により予測された予測熱発生率特性Hpを目標熱発生率特性Hsに近づけるための補正の基本形を示すグラフである。先ず、図10(A)は、第1ピークHAp及び第2ピークHBpのピーク値を、狙いの値に補正する例を示している。ピーク値を補正する場合、最も制御を簡略化する態様では、第1プレ噴射P11の噴射量を補正する。
図10(A)中において実線で示す熱発生率特性H1は、前段燃焼部分HAにおいてあるピーク値の第1ピークHAp1を、後段燃焼部分HBにおいてあるピーク値の第2ピークHBp1を有している。このような熱発生率特性H1を、点線で示す熱発生率特性H2に補正する場合を例示する。熱発生率特性H2が備える第1、第2ピークHAp2、HBp2は、熱発生率特性H1が有する第1、第2ピークHAp1、HBp1よりも大きいピーク値を有している。実線で示すプレ噴射P1及びメイン噴射P2の噴射量は、熱発生率特性H1に沿った燃焼を実行させることができる噴射量であるとする。
この場合、補正部76は、各々第1プレ噴射P11の噴射量を、図中に点線で示す噴射P11aの噴射量に増量させる制御を行う(噴射タイミングは一定)。これにより、前段燃焼部分HAの第1ピークのピーク値を、HAp1からHAp2に上昇させることができる。また、これに追従して、後段燃焼部分HBの第2ピークのピーク値も、HBp1からHBp2に上昇させることができる。逆に、第1ピークHAp1を下げる場合には、第1プレ噴射P11の噴射量を減量させる制御を行えば良いことになる。このように、第1プレ噴射P11の噴射量を補正することで、前段、後段燃焼部分HA、HBの傾き及び第1、第2ピークHAp1、HBp1のピーク値を調整でき、ひいては当該燃焼により生じる圧力波の振幅(音圧)をコントロールすることができる。
上記熱発生率特性H1、H2は、目標熱発生率特性Hs、予測熱発生率特性Hpに置換することができる。例えば、図10(A)中の実線の熱発生率特性H1が、記憶部77に記憶されている目標熱発生率特性Hs、熱発生率特性H2が、予測部75により予測された予測熱発生率特性Hpとする。そして、実線で示すプレ噴射P1及びメイン噴射P2の噴射量は、環境条件(燃焼環境要因)が定常の条件であれば、予測熱発生率特性Hpに沿った燃焼を実行させることができる噴射量であるとする。しかし、現状の環境条件では、当該噴射量を採用した場合には予測熱発生率特性Hpの如き燃焼が生じてしまうことが、予測部75により予測されているものとする。つまり、予測部75が予測した第1ピークHAp2のピーク値が、目標熱発生率特性Hsに基づく第1ピークHAp1のピーク値に対してずれている場合である。この場合、補正部76は、予測された第1ピークHAp2が目標とする第1ピークHAp1に近づくように、つまり前記ずれを解消するように、第1プレ噴射P11の噴射量を補正する。この場合は、噴射量がP11aからP11へ減量されることになる。
次に、図10(B)は、第1ピークHApと第2ピークHBpとのピーク間隔を、狙いの間隔に補正する例を示している。ピーク間隔を補正する場合、最も制御を簡略化する態様では、第1プレ噴射P11の噴射タイミングを補正する。
図10(B)中に示す熱発生率特性H1は、前段燃焼部分HAの第1ピークHAp1と、後段燃焼部分HBの第2ピークHBp1との間に、あるピーク間隔a1を有している。このような熱発生率特性H1を、熱発生率特性H2に補正する場合を例示する。熱発生率特性H2が備える第1、第2ピークHAp2、HBp2間のピーク間隔a2は、熱発生率特性H1が有するピーク間隔a1よりも短い。実線で示すプレ噴射P1及びメイン噴射P2の噴射量は、熱発生率特性H1に沿った燃焼を実行させることができる噴射量であるとする。
この場合、補正部76は、第1プレ噴射P11の噴射タイミングを、図中に点線で示す噴射タイミングP11bに遅角させる制御を行う(噴射量は一定)。これにより、前段燃焼部分HAの第1ピークの発生時期を、HAp1からHAp2に遅角させることができる。これに伴い、後段燃焼部分HBの第2ピークHBp2の発生時期も変動する。ここでは、HBp1からHBp2に進角し、これによりピーク間隔a2がピーク間隔a1よりも短くなっている例を示している。逆に、第1ピークHAp1を進角させる場合には、第1プレ噴射P11の噴射タイミングを、図中に点線で示す噴射タイミングP11cに進角させる制御を行えば良いことになる。このように、第1プレ噴射P11の噴射タイミングを補正することで、前段、後段燃焼部分HA、HBの傾き及び第1、第2ピークHAp1、HBp1のピーク間隔を調整でき、ひいては当該燃焼により生じる圧力波の周波数を、図9に示した打ち消し効果が生じるようにコントロールすることが可能となる。
図10(B)中の熱発生率特性H1、H2が、それぞれ目標熱発生率特性Hs、予測熱発生率特性Hpである場合を想定する。そして、実線で示すプレ噴射P1及びメイン噴射P2の噴射量は、環境条件(燃焼環境要因)が通常の条件であれば、予測熱発生率特性Hpに沿った燃焼を実行させることができる噴射量であるとする。しかし、現状の環境条件では、当該噴射量を採用した場合には予測熱発生率特性Hpの如き燃焼が生じてしまうことが、予測部75により予測されているものとする。つまり、予測部75が予測した第1ピークHAp2の発生時期が、目標熱発生率特性Hsに基づく第1ピークHAp1の発生時期に対してずれている場合である。この場合、補正部76は、予測された第1ピークHAp2の発生時期が目標とする第1ピークHAp1の発生時期に近づくように、つまり前記ずれを解消するように、第1プレ噴射P11の噴射タイミング量を補正する。この場合は、噴射タイミングがP11からP11cへ進角されることになる。
なお、図10(A)、(B)に示したパターンは、熱発生率特性の補正の基本形であり、実際には双方のパターンが複合的に用いられる場合がある。例えば、第1ピークHAp及び第2ピークHBpのピーク値を狙いの値とするために、プレ噴射P1の噴射量だけではなく、噴射タイミングも変更される場合がある。同様に、ピーク発生時期を狙いの値とするために、プレ噴射P1の噴射タイミングだけではなく、噴射量も変更される場合がある。このような噴射制御例を、後記で説明する図14及び図15の具体例でも示している。
[予測モデル式について]
続いて、予測部75が使用する予測モデル式の具体例について説明する。図11は、目標熱発生率特性の達成に影響を与える燃焼環境要因を説明するための模式図である。図11の左上に示すような目標熱発生率特性Hsが、記憶部77に記憶されているとする。燃焼環境要因が想定している定常範囲内であれば、プレ噴射P1(前段噴射)及びメイン噴射P2(後段噴射)を、所定の基準噴射量及び基準噴射タイミングで実行させることで、目標熱発生率特性Hsに沿った燃焼を燃焼室6で実現することができる。
しかしながら、燃焼環境要因が定常範囲から外れた場合、燃焼室6の筒内状態量が変化する。これにより、上記基準噴射量及び基準噴射タイミングを採用しても、目標熱発生率特性Hsを得ることができない場合が生じる。例えば、図11の左下に示したような、過早着火や、着火遅れが生じる。過早着火は、混合気への着火が所期のタイミングよりも早くなる結果として、前段燃焼部分HAが高い熱発生率を持ってしまうケースである。着火遅れは、混合気への着火が所期のタイミングよりも遅れる結果、前段燃焼部分HAがほとんど消失してしまうケースである。
筒内状態量に影響を与える主要な燃焼環境要因が、図11の右欄に列挙されているように、シリンダブロック3の壁面温度、筒内圧力、筒内温度、筒内酸素濃度、エンジン回転数(負荷)、燃料噴射量、噴射時期、噴射圧である。例えば、壁面温度、筒内圧力及び筒内温度は、外気温や外気圧、エンジ冷却水温度で変動する。また、筒内酸素濃度は、燃焼室6へ取り入れるEGRガス量などによって変化する。また、運転状態が大きく変化する際の過渡的な要因(吸気温度や過給圧等に過渡的なズレが生じる等)によっても、燃焼環境要因は変動し得る。
図12は、熱発生率特性Hにおける前段燃焼部分HAの第1ピークHApの発生時期を予測するモデル式を説明するための図である。図12(A)に示すように、第1ピークHApの発生時期は、プレ噴射P1(本実施形態では第1プレ噴射P11)の噴射開始タイミングから、第1ピークHApが生じるまでの期間である「ピーク遅れ」にて予測される。
図12(B)には、前記ピーク遅れの予測モデル式が示されている。ここでは、各因子の特性を、アレニウス型の予測式で表現している。式の右辺には、係数Aの他、図11の右欄に列挙された、燃料の噴射量、噴射時期、噴射圧、筒内圧力、筒内温度、壁面温度、筒内酸素濃度、エンジンの回転数が項目として挙げられている。係数Aは、右辺の値を全体的に変動させる切片である。右辺の各項目に付されている指数B~Iは、その項目の感度を示すものであり、プラス符号のものは比例、マイナス符号のものは反比例の意味を持つ。なお、上記の項目に、エンジン油温などを加えるようにしても良い。
図12(C)は前記予測モデル式のキャリブレーション結果を示す表形式の図であり、係数Aの値、及び指数B~Iの値を示している。この結果は、燃料噴射量、噴射時期、噴射圧などの噴射に関わるパラメータについては目標熱発生率特性Hsに対応した基準値に固定する一方、外気温、外気圧、エンジ冷却水温度、EGRガス量などの状態量を変動させて多数のデータを取得し、重回帰分析により燃焼状態(熱発生率)の変動と、筒内状態変動とを関連付けたものである。当該予測モデル式による「ピーク遅れ」の予測結果(第1ピークHApが生じるクランク角)と、実測による「ピーク遅れ」との予実差は±2deg以下であることが確認されている。
次に、第1ピークHApのピーク高さ(ピーク値)の予測モデル式について、図13を参照して説明する。第1ピークHApのピーク高さは、図12に示した「ピーク遅れ」の予測モデル式と、公知の燃焼効率予測モデル式との組合せによって表現することができる。図13(A)及び(B)は、噴射(本実施形態ではプレ噴射)に起因するピーク高さ(前段燃焼のピーク高さ)に影響を与える要因を示す図である。
図13(A)に示すように、燃焼室6内での燃焼効率が一定であるとしても、「ピーク遅れ」の変動によって、熱発生率特性のピーク高さは変動する。例えば、噴射タイミングをP11→P12→P13と遅角させた場合(「ピーク遅れ」の変動)、燃焼効率が一定であっても、ピーク高さがh1→h2→h3と高くなるように変動する。また、図13(B)に示すように、「ピーク遅れ」を固定したとしても、燃焼効率が変化すると熱発生率特性のピーク高さは変動する。例えば、噴射タイミングを同じP11、P12、P13に設定しても、燃焼効率がP11→P12→P13の順で良好となる場合、ピーク高さがh1→h2→h3と高くなるように変動する。
図13(C)には、前記ピーク高さの予測モデル式が示されている。図12(B)と同様に、各因子の特性を、アレニウス型の予測式で表現している。式の右辺には、係数Aの他、上述の「ピーク遅れ」及び燃焼効率と、ピーク高さの絶対値に影響を与えるエンジン回転数、噴射量とが、項目として挙げられている。図13(D)は、図13(C)の予測モデル式のキャリブレーション結果を示す表形式の図である。図13(D)には、各項目の値を振って得た多数のデータを重回帰分析して得た係数Aの値、及び指数B~Eの値を示されている。当該予測モデル式による「ピーク高さ」の予測結果(第1ピークHApが生じる熱発生率)と、実測による「ピーク高さ」との予実差は±2deg以下であることが確認されている。
図12(B)及び図13(C)に例示したような予測モデル式が、予め記憶部77に格納される。予測部75は、記憶部77から予測モデル式を読み出し、現状の環境条件における第1ピークHApの発生時期及びピーク値の予測演算を行うものである。
[エンジン回転数変動時における制御]
次に、プロセッサ70の燃料噴射制御部71により実行される燃料噴射制御において、エンジン回転数が変動した場合の制御について説明する。
まず、図14(A)~(C)から図17にしたがって、エンジン回転数が増大する場合の制御について説明する。図14(A)には、エンジン回転数が変動する前の設定(ベース設定)における燃焼室6内の熱発生率特性Hを示す。
このベース設定において、プレ噴射P1とメイン噴射P2の噴射時期及び噴射量は、プレ噴射P1の燃焼音周波数とメイン噴射P2の燃焼周波数が互いに相殺されて、燃焼騒音が抑制されるように設定されている。すなわち、ベース設定においては、プレ噴射P1による熱発生率ピークHAp(第1ピーク)の発生からメイン噴射P2による熱発生率ピークHBp(第2ピーク)の発生までの時間間隔(ピーク間隔)は、燃焼音の周期の略1/2となるように(プレ噴射P1による燃焼の燃焼音とメイン噴射P2による燃焼の燃焼音が反対位相となるように)に設定されており、また各噴射による熱発生率のピーク高さ(ピークHAp及びHBpの高さ)は、大きく異なる値とならないように設定されている。これにより、プレ噴射P1による燃焼音とメイン噴射P2による燃焼音は互いに相殺されて、燃焼騒音が低減されるようになっている(図9参照)。
このような状態から、同一エンジン負荷(燃料噴射量一定)の条件下でエンジン回転数が上昇した場合、ベース設定から制御パラメータを変更することなく、プレ噴射P1及びメイン噴射P2が実行されると、プレ噴射P1の噴射開始から熱発生率ピークHApが現れるまでのピーク遅れは、図14(B)に示されるように、図14(A)に示すエンジン回転数上昇前よりも長くなる。
以下、この事情について詳しく説明する。プレ噴射P1で噴射される燃料は、予混合圧縮着火燃焼を行うものであり、筒内温度(燃焼室6の温度)が十分に上昇していない段階で噴射され、噴射後の燃焼室6の圧縮による温度上昇により着火し燃焼する。したがって、プレ噴射P1による燃焼において、熱発生率のピークが現れるタイミング(クランク角)には、燃料噴射のタイミング(クランク角)からの遅れ(ピーク遅れ)が生じることになる。
このように、プレ噴射P1による燃焼における熱発生率のピークは、燃焼室6内の温度上昇率によって決まってくるが、燃焼室6内の温度上昇率は、エンジン回転数(ピストン速度)が増大した場合に、それに比例して高まることはない。すなわち、エンジン回転数が上昇した場合には、上昇前と比較してピストン(クランク角)の進行に対する筒内温度の上昇が遅れることになるので、熱発生率のピークHApの発生は遅角する。この結果、同一設定(ベース設定)のもとでエンジン回転数上昇時した場合には、ピーク遅れが大きくなる。
図15には、エンジン回転数及び噴射時期の変化率に対する着火遅れ(ピーク遅れ)の変化率の関係を示す。なお、この特性関係は、図12(B)で示したアレニウス型予測式を用いて算出されるものである。図15のグラフaに示されるように、エンジン回転数が増大するにつれて、着火遅れ(ピーク遅れ)は増大していく。
一方、メイン噴射P2は、エンジンの圧縮上死点(TDC)付近で噴射されるもので、燃焼室6内の温度が十分に高まった後に噴射がなされ、噴射された燃料は拡散燃焼していくことになる。したがって、メイン噴射P2による燃焼における熱発生率ピークHBpの発生は、エンジン回転数上昇前から大きく遅角することはなく、また、メイン噴射P2による熱発生率波形HBは、エンジン回転数上昇によって大きく変わることはない。
このように、エンジン回転数が上昇した場合、プレ噴射P1の噴射におけるピーク遅れが大きくなるのに対して、メイン噴射P2によるピーク発生のタイミングは大きく変動することはないので、プレ噴射P1とメイン噴射P2による燃焼の熱発生率ピークのピーク間隔(時間間隔)は、エンジン回転数上昇前から変動してしまう。このため、プレ噴射P1による燃焼の燃焼音とメイン噴射P2による燃焼の燃焼音は、互いに相殺し合う関係(1/2周期だけずれて、反対位相となる関係)ではなくなってしまうので、燃焼騒音抑制ができなくなってしまう。
これに対して、本制御では、プレ噴射P1とメイン噴射P2の噴射時期及び噴射量を補正することにより対処する。詳しく説明すると、まず噴射時期の補正として、図14(C)に示すように、ベース設定におけるメイン噴射P2のタイミングを維持しつつ、プレ噴射P1の噴射時期をベース設定から進角させることにより、プレ噴射P1による燃焼の熱発生率ピークHApが現れるタイミングを遅角させ、エンジン回転数上昇前のタイミングに近づける。これにより、プレ噴射P1とメイン噴射P2による燃焼の熱発生率ピークのピーク間隔(時間間隔)をエンジン回転数上昇前に近づけて、プレ噴射P1による燃焼の燃焼音周波数とメイン噴射P2による燃焼の燃焼音周波数を、互いに相殺し合う関係(1/2周期だけずれて、反対位相となる関係)に戻す。一方、メイン噴射P2の噴射時期は変更されることはないので、メイン噴射P2による拡散燃焼は、ベース設定で予定された通りの適切な特性のものとなる。
このように、本制御では、プレ噴射P1の噴射時期を進角させる制御を行うが、これだけでは、ピーク遅れが増大した状態が維持されたままであり、プレ噴射P1による熱発生率ピークHApの高さは、エンジン回転数上昇前よりも低くなっている。このため、プレ噴射P1による熱発生率ピークHApの高さは、メイン噴射P2による熱発生率ピークHBpの高さよりも低くなってしまい、メイン噴射P2による燃焼の燃焼音を相殺するには不十分な大きさとなっている。
図16には、エンジン回転数の変化率に対する熱発生率のピーク高さの変化率の関係(アレニウス型予測式で算出される関係)を示す。図16のグラフcに示されるように、エンジン回転数が増大すると、熱発生率のピーク高さは小さくなる。
そこで、本制御では、プレ噴射P1の噴射時期を進角させる補正に加えて、噴射量についての補正として、プレ噴射P1の噴射量を所定量だけ増大し、メイン噴射P2の噴射量をプレ噴射P1の増大量だけ少なくする補正を行う。この場合、プレ噴射P1の噴射量の増大量は、この増大量に起因する熱発生率ピークの上昇量がプレ噴射P1の噴射時期の進角に起因する熱発生率ピークの下降量を超えない範囲で、上記増大量に起因する熱発生率ピークの上昇量がプレ噴射P1の噴射時期の進角に起因する熱発生率ピークの下降量と略一致するように設定される。
このような噴射量の補正により、プレ噴射P1とメイン噴射P2の総噴射量を一定に保ちつつ、プレ噴射P1による熱発生率ピークHApの高さをメイン噴射P2による熱発生率ピークHBpの高さに近づけることができる。すなわち、プレ噴射P1による燃焼の燃焼音の振幅とメイン噴射P2による燃焼の振幅を近づけることができる。また、プレ噴射P1の噴射量の増大量が過大となることも防止されるので、熱発生率のピークは、エンジン回転数上昇前よりも高くなり過ぎることはなく、エンジン回転数上昇前の高さに適切に近づけることができる。
なお、図16のグラフdには、噴射量の変化率に対する熱発生率のピーク高さの変化率の関係(アレニウス型予測式で算出される関係)を示す。図示されるように、噴射量を増大することにより、熱発生率のピーク高さは高くなっていく。
このように、本制御によれば、エンジン回転数上昇時には、メイン噴射P2の噴射時期を維持しつつ、プレ噴射P1の噴射時期を進角させるとともに、プレ噴射P1の噴射量を所定量増大させ、メイン噴射P2の噴射量をプレ噴射P1の増大量だけ減量するようにしているので、エンジン回転数上昇後にも、プレ噴射P1による燃焼の燃焼音とメイン噴射P2による燃焼の燃焼音を互いに相殺される関係とでき、燃焼騒音は適切に抑制される。また、プレ噴射P1とメイン噴射P2を併せた熱発生率特性を、エンジン回転数上昇前に近づけることができ、熱発生率波形の面積変化を抑制できるので、熱効率の悪化も抑制することができる。
図17には、エンジン回転数が増大した場合における制御をタイミングチャートで示す。タイミングチャートに示されるように、本制御は、アクセル踏込量が一定でギア段が変更される結果、エンジン回転数が上昇した場面に実行される。エンジン回転数が上昇すると、プレ噴射の噴射時期が進角される一方で、メイン噴射の時期は維持される。また、プレ噴射の噴射量は所定量Dだけ増大され、メイン噴射の噴射量は所定量Dと同量だけ減量され、プレ噴射とメイン噴射を合わせた総噴射量は一定に保たれる。
次に、図18及び図19にしたがって、エンジン回転数が減少した場合の制御について説明する。図18の上段、中段、下段には、それぞれ、ベース設定、エンジン回転数上昇時、エンジン回転数低下時におけるプレ噴射P11、中段噴射P12及びメイン噴射P2の噴射タイミングを示している。
なお、本実施形態においては、前段噴射として、プレ噴射P11と中段噴射P12が実行されるようになっている。中段噴射P12は、噴射された燃料がプレ噴射P11による燃焼熱で燃焼するものであり、噴射量も少なく、燃焼音に対する影響は小さいものである。したがって、本制御では、プレ噴射P11とメイン噴射P2を制御対象とし、中段噴射P12は制御対象としていない(ベース設定から設定変更しない)。
エンジン回転数が低下した場合には、上述のエンジン回転数が増大した場合と正反対の現象が生じることになるので、エンジン回転数増大の場合と正反対の制御が実行されることになる。詳しく説明すると、同一エンジン負荷(燃料噴射量一定)の条件下でエンジン回転数が低下した場合、ベース設定からパラメータを変更しないでプレ噴射P11及びメイン噴射P2が実行されると、プレ噴射P11の噴射開始から熱発生率ピークが現れるまでのピーク遅れ(着火遅れ)は、図15のグラフaの特性からも分かるように、エンジン回転数上昇前よりも短くなる。すなわち、エンジン回転数が低下したときには、プレ噴射P11の噴射時に筒内温度の上昇が進行しているので、プレ噴射P11で噴射された燃料は、エンジン回転数上昇前よりも早いタイミング(クランク角)で燃焼し、熱発生率ピークも早いタイミング(クランク角)で現れることになる。
そこで、本制御においては、図18の下段に示すように、メイン噴射P2(及び中段噴射P12)の噴射時期を維持しつつ、プレ噴射P11の噴射時期を遅角させることにより、プレ噴射P11による燃焼の熱発生率ピークが現れるタイミングをエンジン回転数低下前に近づける。これにより、プレ噴射P11とメイン噴射P2による燃焼の熱発生率ピークのピーク間隔(時間間隔)をエンジン回転数低下前に近づけて、プレ噴射P1による燃焼の燃焼とメイン噴射P2による燃焼の燃焼音を、互いに相殺し合う関係(1/2周期だけずれて、反対位相となる関係)に戻す。
また、この場合、プレ噴射P11の噴射量を変更しないままであると、図16のグラフcの特性からも分かるように、プレ噴射P11による熱発生率ピークの高さは高くなってしまう。このため、本制御では、プレ噴射P11の噴射量を所定量だけ減少し、メイン噴射P2の噴射量をこの減少量だけ増大する補正を行う。この場合、プレ噴射P1の噴射量の減少量は、この減少量に起因する熱発生率ピークの下降量がプレ噴射P1の噴射時期の遅角に起因する熱発生率ピークの上昇量を超えない範囲で、上記減少量に起因する熱発生率ピークの下降量がプレ噴射P1の噴射時期の遅角に起因する熱発生率ピークの上昇量と略一致するように設定される。
これにより、プレ噴射P11とメイン噴射P2の総噴射量を一定に保ちつつ、プレ噴射P11による熱発生率ピークの高さを低くし(図16のグラフd参照)、プレ噴射P11による熱発生率ピークの高さを、メイン噴射P2による熱発生率ピークの高さに近づけることができる。また、プレ噴射P1の噴射量の減少量が過大となることも防止されるので、熱発生率のピークは、エンジン回転数上昇前よりも低くなり過ぎることはなく、エンジン回転数上昇前の高さに適切に近づけることができる。
以上のような制御により、エンジン回転数低下時においても、プレ噴射P11とメイン噴射P2による燃焼の熱発生率は、ピーク間隔とピーク高さが最適に調整されるので、プレ噴射P11による燃焼の燃焼音とメイン噴射P2による燃焼の燃焼音は互いに相殺され、燃焼騒音は適切に抑制される。また、プレ噴射P11とメイン噴射P2を併せた熱発生率特性をエンジン回転数上昇前に近づけることができるので、熱効率の悪化も抑制することができる。
図19には、エンジン回転数が低下した場合における制御をタイミングチャートで示す。タイミングチャートに示されるように、本制御は、アクセル踏込量が一定でギア段が変更される結果、エンジン回転数が低下した場面に実行される。エンジン回転数が低下すると、メイン噴射の噴射時期は維持される一方で、プレ噴射の噴射開始時期は遅角するように変更される。また、プレ噴射の噴射量は所定量Dだけ減量される一方、メイン噴射の噴射量は所定量Dと同量だけ増量される。
次に、図20にしたがって、エンジン回転数増大時の制御において、算出されたプレ噴射P11の進角量が所定の進角限界(進角限界クランク角度)を超えてしまう場合の制御を説明する。ここで、進角限界は、筒内温度が十分に上昇していない段階での噴射を防止するために設定されているもので、進角限界を超えたタイミングで噴射がなされると、噴射された燃料がシリンダの壁面に付着してしまう虞がある。このため、本制御においては、プレ噴射P11を複数に分割することにより、1回の噴射量を少なくし、噴射された燃料がシリンダの壁面に付着してしまう虞を低減するようにしている。
図20に示す実施形態では、上段に示すベース設定の状態からエンジン回転数が増大した場合に、中段に示すように、プレ噴射P11の噴射時期の適正化のために算出された噴射開始時期の計算値が進角限界を超えてしまうときには、下段に示すように、プレ噴射P11を2つのプレ噴射P111とP112に分割して噴射する。なお、この場合、分割された1段目のプレ噴射P111の噴射は、ちょうど進角限界のタイミングで開始され、2段目のプレ噴射P112は、プレ噴射P111に引き続いて実行されるようになっている。
このように、図20に示す実施形態では、プレ噴射を複数に分割した後も進角限界を変更せず、1段目のプレ噴射P111の噴射開始時期を、この進角限界に合わせているが、本発明はこのような形態に限られない。例えば、プレ噴射を複数に分割した場合には進角限界も補正して(例えば、進角限界を補正前よりも進角させて)、分割されたプレ噴射の噴射開始時期を、補正された進角限界に一致させるようにしてもよい。
[制御フロー]
図21は、プロセッサ70の燃料噴射制御部71(図7)による燃料噴射制御の一例を示すフローチャートである。燃料噴射制御においては、まずステップS1において、燃料噴射制御部71が、図7に示す各センサSN1~SN12や他のセンサ(筒内圧センサ等)から、車両の運転領域(エンジン本体1の運転状態)に関する情報、及び上記の燃焼環境要因となる環境情報を取得する。
続くステップS2においては、運転状態判定部72が、ステップS1で取得した運転領域に関する情報より、現状の運転領域が予混合圧縮着火燃焼を実行させるPCI領域に該当するか否かを判定する。この判定によりPCI領域に該当しない場合には、ステップS3に進み、燃料噴射制御部71は、PCI領域以外の運転領域について予め設定された他の燃焼制御を実行する。すなわち、噴射パターン選択部73は、他の燃焼制御用の燃料噴射パターンを設定する。
一方、ステップS2の判定によりPCI領域に該当する場合には、ステップS4に進み、噴射パターン選択部73は、図5に例示したような、プレ噴射P1(前段噴射)及びメイン噴射P2(後段噴射)を含む分割噴射パターンを設定する。続くステップS5においては、噴射設定部74が、例えば図8(A)に例示したような目標熱発生率特性Hsを達成できるよう、プレ噴射P1及びメイン噴射P2の燃料噴射量と燃料噴射タイミング(結果としての着火タイミング)のベース設定を決定する。続くステップS6においては、ステップS1で取得された各種情報(燃焼環境要因)に応じて、補正部76がベース設定を補正する。
図22には、燃料噴射制御において、エンジン回転数が変動した場合における制御の一例をフローチャートで示す。なお、図22に示される制御は、図20のフローチャートのステップS6における制御(補正部76によるベース設定の補正)の1つとして実行されるものである。
本制御においては、まずステップS11において、エンジン回転数が取得される(クランク角センサSN1の検出値に基づいて算出される)。続くステップS12においては、エンジン回転数が上昇したか否かの判定がなされ、エンジン回転数が上昇した場合には、ステップS13に進む。ステップS13においては、検出されたエンジン回転数の上昇を予測式(図12及び図13に示したアレニウス型予測式)に適用して、プレ噴射P1による燃焼の熱発生率のピーク発生タイミングの遅角量とピーク高さの変動(低下量)を把握する。
続くステップS14では、ステップS13での算出結果に基づいて、プレ噴射P1による熱発生率ピークの発生時期を適正化するためのプレ噴射開始時期の進角量を算出する。続くステップS15においては、ステップS14で算出されたプレ噴射P1の噴射開始時期の算出値が進角限界を超えるか否かの判定がなされ、進角限界を超えない場合には、ステップS17に進む。一方、プレ噴射開始時期が進角限界を超えた場合には、ステップS16において、プレ噴射を複数に分割する処理を行って、ステップS17に進む。
ステップS17においては、ステップS14で算出された進角量に基づいて、プレ噴射P1の噴射開始時期を進角させる補正を行う。続くステップS18においては、予測式により把握された熱変動率特性を適正化するように、プレ噴射の噴射量を増量し、メイン噴射の噴射量をプレ噴射量の増量分だけ減量する補正を行って、処理を終了する。
一方、ステップS12において、エンジン回転数が上昇していないと判定された場合には、ステップS19に進み、エンジン回転数が低下したか否かの判定がなされる。ステップS19の判定で、エンジン回転数が低下していない場合には、エンジン回転数の変動なしとして、処理を終了する。
ステップS19において、エンジン回転数が低下したと判定された場合には、ステップS20に進み、検出されたエンジン回転数の低下を予測式(図12及び図13に示したアレニウス型予測式)に適用して、各噴射(特にプレ噴射P1)による燃焼の熱発生率のピーク発生タイミングの進角量とピーク高さの変動(上昇量)を把握する。続くステップS21では、ステップS20での算出結果に基づいて、プレ噴射P1による熱発生率ピークの発生時期を適正化するためのプレ噴射開始時期の遅角量を算出する。
続くステップS22においては、ステップS19で算出された遅角量に基づいて、プレ噴射P1の噴射開始時期を遅角させる補正する。続くステップS22においては、予測式により把握された熱変動率特性を適正化するように、プレ噴射の噴射量を減量し、メイン噴射の噴射量をプレ噴射量の減量分だけ増量する補正を行い、処理を終了する。
以上、本発明の実施形態について説明してきたが、本発明は、上記実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された範囲において適宜の変更が可能である。例えば、図20に示した制御においては、プレ噴射P1を2個のプレ噴射(プレ噴射P111、P112)に分割したが、本発明はこのような形態に限られるものではなく、プレ噴射P1を3個以上のプレ噴射に分割するようにしてもよい。