以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。
[実施の形態1]
図1は、本発明の実施の形態1に係るアーク溶接制御方法を実施するための溶接電源のブロック図である。以下、同図を参照して各ブロックについて説明する。
電源主回路PMは、3相200V等の商用電源(図示は省略)を入力として、後述する駆動信号Dvに従ってインバータ制御等による出力制御を行い、出力電圧Eを出力する。この電源主回路PMは、図示は省略するが、商用電源を整流する1次整流器、整流された直流を平滑する平滑コンデンサ、平滑された直流を高周波交流に変換する上記の駆動信号Dvによって駆動されるインバータ回路、高周波交流を溶接に適した電圧値に降圧する高周波変圧器、降圧された高周波交流を直流に整流する2次整流器を備えている。
リアクトルWLは、上記の出力電圧Eを平滑する。このリアクトルWLのインダクタンス値は、例えば200μHである。
送給モータWMは、後述する送給制御信号Fcを入力として、正送期間と逆送期間とを交互に切り換えて溶接ワイヤ1を送給速度Fwで送給する。送給モータWMには、過渡特性の良いモータが使用される。溶接ワイヤ1の送給速度Fwの変化率及び送給方向の反転を速くするために、送給モータWMは溶接トーチ4の先端の近くに設置される場合がある。また、送給モータWMを2個使用して、プッシュプル方式の送給系とする場合もある。
溶接ワイヤ1は、上記の送給モータWMに結合された送給ロール5の回転によって溶接トーチ4内を送給されて、母材2との間にアーク3が発生する。溶接トーチ4内の給電チップ(図示は省略)と母材2との間には溶接電圧Vwが印加し、溶接電流Iwが通電する。
出力電圧設定回路ERは、予め定めた出力電圧設定信号Erを出力する。出力電圧検出回路EDは、上記の出力電圧Eを検出し平滑して、出力電圧検出信号Edを出力する。
電圧誤差増幅回路EVは、上記の出力電圧設定信号Er及び上記の出力電圧検出信号Edを入力として、出力電圧設定信号Er(+)と出力電圧検出信号Ed(−)との誤差を増幅して、電圧誤差増幅信号Evを出力する。この回路によって、溶接電源は定電圧制御される。
ホットスタート電流設定回路IHRは、予め定めたホットスタート電流設定信号Ihrを出力する。電流検出回路IDは、上記の溶接電流Iwを検出して、電流検出信号Idを出力する。
電流誤差増幅回路EIは、上記のホットスタート電流設定信号Ihr及び上記の電流検出信号Idを入力として、ホットスタート電流設定信号Ihr(+)と電流検出信号Id(−)との誤差を増幅して、電流誤差増幅信号Eiを出力する。この回路によって、ホットスタート電流が通電する期間(ホットスタート期間)中は溶接電源は定電流制御される。
電流通電判別回路CDは、上記の電流検出信号Idを入力として、この値がしきい値(10A程度)以上のときは溶接電流Iwが通電していると判別してHighレベルとなる電流通電判別信号Cdを出力する。
電源特性切換回路SWは、上記の電流誤差増幅信号Ei、上記の電圧誤差増幅信号Ev及び上記の電流通電判別信号Cdを入力として、電流通電判別信号CdがHighレベル(通電)に変化した時点から予め定めたホットスタート期間中は電流誤差増幅信号Eiを誤差増幅信号Eaとして出力し、それ以外の期間中は電圧誤差増幅信号Evを誤差増幅信号Eaとして出力する。
電圧検出回路VDは、上記の溶接電圧Vwを検出して、電圧検出信号Vdを出力する。短絡判別回路SDは、上記の電圧検出信号Vdを入力として、この値が短絡判別値(10V程度)未満のときは短絡期間であると判別してHighレベルとなり、以上のときはアーク期間であると判別してLowレベルとなる短絡判別信号Sdを出力する。
溶接開始回路STは、溶接電源を起動するときにHighレベルとなる溶接開始信号Stを出力する。この溶接開始回路STは、溶接トーチ4の起動スイッチ、溶接工程を制御するPLC、ロボット制御装置等が相当する。
駆動回路DVは、上記の誤差増幅信号Ea及び上記の溶接開始信号Stを入力として、溶接開始信号StがHighレベル(溶接開始)のときは誤差増幅信号Eaに基づいてPWM変調制御を行い、上記の電源主回路PM内のインバータ回路を駆動するための駆動信号Dvを出力する。
初期期間タイマ回路STIは、上記の溶接開始信号St及び上記の電流通電判別信号Cdを入力として、溶接開始信号StがHighレベル(溶接開始)に変化した時点でHighレベルとなり、電流通電判別信号CdがHighレベル(通電)に変化した時点でLowレベルとなる初期期間タイマ信号Stiを出力する。
定常正送ピーク値設定回路FSCRは、予め定めた定常正送ピーク値設定信号Fscrを出力する。定常逆送ピーク値設定回路FRCRは、予め定めた定常逆送ピーク値設定信号Frcrを出力する。
定常溶接期間送給速度設定回路FCRは、上記の短絡判別信号Sd、上記の定常正送ピーク値設定信号Fscr及び上記の定常逆送ピーク値設定信号Frcrを入力として、短絡判別信号Sdに基づいて正送期間と逆送期間とが切り換えられ、定常正送ピーク値設定信号Fscrによって定まる定常正送ピーク値Fsc及び定常逆送ピーク値設定信号Frcrによって定まる定常逆送ピーク値Frcから形成される台形波の定常溶接期間送給速度設定信号Fcrを出力する。定常溶接期間送給速度設定信号Fcrについては、図2で詳述する。
初期正送ピーク値設定回路FSIRは、予め定めた初期正送ピーク値設定信号Fsirを出力する。初期逆送ピーク値設定回路FRIRは、予め定めた初期逆送ピーク値設定信号Frirを出力する。
初期周波数設定回路SIRは、初期期間中の正送期間と逆送期間とを切り換える周波数を設定するための予め定めた初期周波数設定信号Sirを出力する。
初期時間比率設定回路DIRは、上記の初期期間タイマ信号Stiを入力として、初期期間タイマ信号StiがHighレベルに変化してからの経過時間(初期期間の経過時間)を計時し、経過時間が予め定めた基準時間未満のときは予め定めた初期値を初期時間比率設定信号Dirとして出力し、経過時間が上記の基準時間以上になったときは上記の初期値に予め定めた所定値を加算した値を初期時間比率設定信号Dirとして出力する。初期時間比率設定信号Dirは、初期期間中の正送期間と逆送期間との時間比率を設定する。時間比率=(正送期間の時間長さ)/(正送期間+逆送期間の時間長さ)である。すなわち、初期周波数設定信号Sirの逆数1/Sirによって定まる1周期に占める正送期間の時間比率となる。したがって、正送期間の時間長さ=Dir/Sirであり、逆送期間の時間長さ=(1−Dir)/Sirである。
例えば、基準時間は1.32秒、初期値は0.5033、所定値は0.002に設定される。この初期値は、以下の場合の数値例である。すなわち、初期期間中の送給速度の波形が、初期正送ピーク値=初期逆送ピーク値の絶対値=30m/分の台形波であるときに、平均初期送給速度を2m/分に設定するための初期時間比率である。また、上記の所定値の数値例は、平均初期送給速度を約1m/分だけ増加させる値である。
また、上記の基準時間は、以下のようにして設定される。
1)溶接開始時点における溶接ワイヤ先端・母材間距離の最大値を想定する。
2)次に、平均初期送給速度の適正範囲の最小値を想定する。
3)次に、上記の溶接ワイヤ先端・母材間距離の最大値を上記の平均初期送給速度の最小値で除算して、所要時間を計算する。
4)次に、スラグ除去のために溶接ワイヤ先端と母材との衝突を繰り返す時間の最大値を想定する。
5)次に、所要時間と衝突繰り返し時間の最大値とを加算する。
6)そして、この加算時間に余裕分を乗じて、基準時間が算出される。
上記の基準時間の数値例は、溶接ワイヤ先端・母材間距離の最大値=15mm、平均初期送給速度の最小値=1m/分、衝突繰り返し時間の最大値=0.2秒(初期周波数=100Hz、繰り返し回数=20回)、余裕分=20%としたときの値である。これらのことから、送給開始時点(初期期間の開始時点)からの経過時間が基準時間に達しても、いまだ溶接電流が通電しないときは、送給経路の送給抵抗値が変動して大きくなり、平均初期送給速度が適正範囲の下限値未満になった場合であると推定することができる。したがって、経過時間が基準時間以上になったときは、初期時間比率を所定値だけ大きくして、平均初期送給速度が増加するようにしている。
初期期間送給速度設定回路FIRは、上記の初期正送ピーク値設定信号Fsir、上記の初期逆送ピーク値設定信号Frir、上記の初期周波数設定信号Sir及び上記の初期時間比率設定信号Dirを入力として、初期周波数設定信号Sir及び初期時間比率設定信号Dirに基づいて正送期間及び逆送期間が定まり、初期正送ピーク値設定信号Fsirによって初期正送ピーク値Fsiが定まり、初期逆送ピーク値設定信号Frirによって初期逆送ピーク値Friが定まる台形波の初期期間送給速度設定信号Firを出力する。初期期間送給速度設定信号Firについては、図2及び図3で詳述する。
送給速度設定回路FRは、上記の定常溶接期間送給速度設定信号Fcr、上記の初期期間送給速度設定信号Fir及び上記の初期期間タイマ信号Stiを入力として、初期期間タイマ信号StiがHighレベルである初期期間中は初期期間送給速度設定信号Firを送給速度設定信号Frとして出力し、初期期間タイマ信号StiがLowレベルである定常溶接期間中は定常溶接期間送給速度設定信号Fcrを送給速度設定信号Frとして出力する。
送給制御回路FCは、上記の溶接開始信号St及び上記の送給速度設定信号Frを入力として、溶接開始信号StがHighレベル(溶接開始)のときは送給速度設定信号Frの値に相当する送給速度Fwで溶接ワイヤ1を送給するための送給制御信号Fcを上記の送給モータWMに出力する。
図2は、本発明の実施の形態1に係るアーク溶接制御方法を示す、初期期間の経過時間が基準時間未満であるときの図1の溶接電源における溶接開始時の各信号のタイミングチャートである。すなわち、同図は、送給経路の送給抵抗値が変動する前の比較的小さい場合である。このために、初期期間中の送給速度Fwの波形は、初期期間送給速度設定信号Firの波形とほぼ同一となり、平均初期送給速度Fiは正の値の所望値となっている。同図(A)は溶接開始信号Stの時間変化を示し、同図(B)は送給速度Fwの時間変化を示し、同図(C)は溶接電流Iwの時間変化を示し、同図(D)は溶接電圧Vwの時間変化を示し、同図(E)は電流通電判別信号Cdの時間変化を示し、同図(F)は短絡判別信号Sdの時間変化を示し、同図(G)は初期期間タイマ信号Stiの時間変化を示し、同図(H)は溶接ワイヤ先端と母材表面との距離である溶接ワイヤ先端・母材間距離Lwの時間変化を示す。以下、同図を参照して溶接開始時における各信号の動作について説明する。
同図(B)に示すように、送給速度Fwは、0よりも上側が正送期間となり、下側が逆送期間となる。送給速度Fwは、初期期間Ti中は初期期間送給速度設定信号Firによって制御され、所定の周波数で正送期間と逆送期間とが切り換えられる。他方、送給速度Fwは、定常溶接期間Tc中は定常溶接期間送給速度設定信号Fcrによって制御され、短絡期間とアーク期間とに同期して正送期間と逆送期間とが切り換えられる。送給速度Fwは、台形波状に変化している。送給速度Fwの平均値は正の値となり、溶接ワイヤ1は平均的には正送されている。
溶接開始時の時刻t1においては、溶接ワイヤ1の先端と母材2の表面とは離れているので、同図(H)に示すように、溶接ワイヤ先端・母材間距離Lwは正の値となる。時刻t1時点におけるLwの値は2〜15mm程度である。同図(A)に示す溶接開始信号StがHighレベルとなる時刻t1から同図(E)に示す電流通電判別信号CdがHighレベルとなる時刻t7までの期間が初期期間Tiとなり、それ以降の期間が定常溶接期間Tcとなる。同図では、上述したように、初期期間Tiの時間長さが基準時間Tit未満である場合である。
[時刻t1〜t7の初期期間Tiの動作]
時刻t1において、同図(A)に示すように、溶接開始信号StがHighレベル(溶接開始)に変化すると、同図(G)に示すように、初期期間タイマ信号StiがHighレベルに変化して初期期間Tiが開始する。同時に、溶接電源が起動されるので、同図(D)に示すように、溶接電圧Vwは最大出力電圧値の無負荷電圧値になる。溶接ワイヤ1の先端と母材2の表面とは離れているので、同図(C)に示すように、溶接電流Iwは通電しない。同時に、同図(B)に示すように、溶接ワイヤ1の送給が開始される。
同図(B)に示すように、初期期間Ti中の送給速度Fwに対しては、所定の初期周波数Si[Hz]で正送期間と逆送期間とを交互に繰り返す正逆送給制御が行われる。初期周波数Siは、初期周波数設定信号Sirによって設定される。初期期間中の正送期間及び逆送期間は、初期周波数設定信号Sir及び初期時間比率設定信号Dirによって設定される。時刻t1〜t2の正送期間中の送給速度Fwは、0から所定の変化率で加速し、所定の初期正送ピーク値Fsiに到達するとその値を維持し、所定の期間が経過すると所定の変化率で0まで減速する。初期正送ピーク値Fsiは、初期正送ピーク値設定信号Fsirによって設定される。時刻t2〜t3の逆送期間中の送給速度Fwは、0から所定の変化率で加速し、所定の負の値である初期逆送ピーク値Friに到達するとその値を維持し、所定の期間が経過すると所定の変化率で0まで減速する。初期逆送ピーク値Friは、初期逆送ピーク値設定信号Frirによって設定される。時刻t1〜t3の期間が1周期となり、初期周波数Siの逆数1/Siとなる。
同図(H)に示すように、溶接ワイヤ先端・母材間距離Lwは、時刻t1〜t2の正送期間中は次第に短くなり、時刻t2〜t3の逆送期間中は次第に長くなる。但し、時刻t3時のLwの値は、時刻t1時点のLwの値よりも短くなっている。これは、1周期あたりの送給速度Fwの平均値が正の値になるように波形パラメータが調整されているからである。この初期期間Ti中の送給速度Fwの平均値が平均初期送給速度Fiである。時刻t3〜t4の周期においても、上記と同様の動作を繰り返す。
同図(B)に示すように、時刻t4〜t5の正送期間中の時刻41において、溶接ワイヤ1の先端が母材2の表面と接触(衝突)すると、同図(H)に示すように、溶接ワイヤ先端・母材間距離Lw=0となる。しかし、溶接ワイヤ1の先端にスラグが付着しているために、非導通接触状態となる。このために、同図(C)に示すように、溶接電流Iwは通電せず、同図(D)に示すように、溶接電圧Vwは無負荷電圧値のままである。時刻t41〜t5の正送期間中の溶接ワイヤ先端・母材間距離Lwは0のままである。続く時刻t5〜t6の逆送期間中は、溶接ワイヤ先端・母材間距離Lwは0から次第に長くなる。
同図(B)に示すように、時刻t6からの正送期間中の時刻t7において、溶接ワイヤ1の先端が母材2の表面と再び接触(衝突)すると、同図(H)に示すように、溶接ワイヤ先端・母材間距離Lw=0となる。溶接ワイヤ1の先端に付着したスラグは時刻t41〜t5の1回目の接触(衝突)によって削り取られて除去されたために、今回の接触では導通接触状態(短絡状態)となる。このために、同図(C)に示すように、溶接電流Iwが通電を開始し、同図(D)に示すように、溶接電圧Vwは、無負荷電圧値から低下して数Vの短絡電圧値となる。これに応動して、時刻t7において、同図(E)に示すように、電流通電判別信号CdがHighレベル(通電)となるので、同図(G)に示すように、初期期間タイマ信号StiがLowレベルに変化して初期期間Tiが終了する。時刻t7において、同図(F)に示すように、短絡判別信号SdはHighレベル(短絡)となる。
同図においては、時刻t1に送給を開始してから時刻t41に1回目の接触(衝突)が発生するまでの期間を3回目の周期の途中として描画しているが、実際には数十周期が含まれることになる。また、同図においては、2回目の接触(衝突)によってスラグが削り取られて導通状態となった場合であるが、スラグ付着状態がひどいときには十数回の接触を繰り返す場合もある。溶接ワイヤ1の先端にスラグがほとんど付着していないときには、1回目の接触で導通状態となる場合もある。すなわち、本実施の形では、スラグ付着状態がひどいとき又は少ないときに関わらず、必ず導通状態に導くことができる。
[時刻t7以降の定常溶接期間Tcの動作]
時刻t7において短絡状態となると、同図(C)に示すように、予め定めたホットスタート電流値(200〜500A程度)の溶接電流Iwが通電する。ホットスタート電流は、時刻t7〜t91の予め定めたホットスタート期間中通電する。
時刻t7に電流通電判別信号CdがHighレベルに変化してから予め定めた遅延期間が経過した時刻t8において、同図(B)に示すように、送給速度Fwは正送から逆送に切り換えられて、所定の定常逆送ピーク値Frcまで急加速し、その値を維持する。上記の遅延期間は1〜10ms程度に設定される。遅延期間を0にして、遅延しないようにしても良い。この遅延は、溶接ワイヤ1が母材2に接触したときに、初期アークを円滑に発生させるために設けている。
時刻t9において上記のホットスタート電流の通電によって、アーク3が発生すると、同図(D)に示すように、溶接電圧Vwは数十Vのアーク電圧値に急増し、これに応動して、同図(F)に示すように、短絡判別信号SdはLowレベル(アーク)に変化する。逆送ピーク期間中に短絡判別信号SdがLowレベル(アーク)に変化すると、同図(B)に示すように、送給速度Fwは正送期間への移行を開始する。送給速度Fwは、時刻t9から所定の変化率で減速されて、時刻t10において0となる。逆送減速期間中の時刻t91において、同図(C)に示すように、溶接電流Iwはホットスタート電流値からアーク負荷に応じて変化するアーク電流値に減少する。上述したように、時刻t7〜t91のホットスタート期間は所定値であるので、ホットスタート期間が終了する時点において、送給速度Fwがどの期間になっているかは不確定である。時刻t9〜t11の期間がアーク期間となる。
時刻t10から正送期間に入り、所定の変化率で0から加速され、所定の定常正送ピーク値Fscに達するとその値を維持する。正送ピーク期間中の時刻t11において、短絡が発生すると、同図(D)に示すように、溶接電圧Vwは数Vの短絡電圧値に急減し、同図(F)に示すように、短絡判別信号SdはHighレベル(短絡)に変化する。これに応動して、同図(B)に示すように、送給速度Fwは逆送期間への移行を開始する。送給速度Fwは、時刻t11〜t12の期間中に所定の変化率で減速して0となる。同図(C)に示すように、溶接電流Iwは時刻t11〜13の短絡期間中に次第に増加する。
時刻t12から逆送期間に入り、所定の変化率で0から加速され、所定の定常逆送ピーク値Frcに達するとその値を維持する。時刻t13において、逆送によってアークが発生すると、同図(D)に示すように、溶接電圧Vwは数十Vのアーク電圧値に急増し、同図(F)に示すように、短絡判別信号SdはLowレベル(アーク)に変化する。これに応動して、同図(B)に示すように、送給速度Fwは正送期間への移行を開始する。送給速度Fwは、時刻t13〜t14の期間中に所定の変化率で減速して0となる。同図(C)に示すように、溶接電流Iwはアーク期間中に次第に減少する。
これ以降は、時刻t10〜t14の動作を繰り返す。時刻t7からの溶接ワイヤ先端・母材間距離Lwの変化は以下のようになる。初めて導通状態(短絡状態)になる時刻t7からアークが発生する時刻t9までは、Lw=0となる。時刻t9〜t10の逆送減速期間中は、Lwの値は0から次第に長くなる。時刻t10〜t11までの正送期間中は、Lwの値は次第に短くなり0となる。時刻t11〜t13の期間中は、Lwの値は0のままである。時刻t13〜t14の逆送減速期間中は、Lwの値は次第に長くなる。
図3は、本発明の実施の形態1に係るアーク溶接制御方法を示す、初期期間の経過時間が基準時間以上であるときの図1の溶接電源における溶接開始時の各信号のタイミングチャートである。すなわち、同図は、送給経路の送給抵抗値が変動によって大きくなった場合である。このために、初期期間中の送給速度Fwの波形は、初期期間送給速度設定信号Firの波形から変化が緩やかになるように変形しており、平均初期送給速度Fiは負の値となっている。同図(A)は溶接開始信号Stの時間変化を示し、同図(B)は送給速度Fwの時間変化を示し、同図(C)は溶接電流Iwの時間変化を示し、同図(D)は溶接電圧Vwの時間変化を示し、同図(E)は電流通電判別信号Cdの時間変化を示し、同図(F)は短絡判別信号Sdの時間変化を示し、同図(G)は初期期間タイマ信号Stiの時間変化を示し、同図(H)は溶接ワイヤ先端と母材表面との距離である溶接ワイヤ先端・母材間距離Lwの時間変化を示す。同図において、図2と同一事項の説明は繰り返さない。以下、同図を参照して溶接開始時における各信号の動作について説明する。
初期期間Ti中の送給速度Fwは、初期期間送給速度設定信号Firによって制御され、所定の周波数で正送期間と逆送期間とが切り換えられる。上述したように、同図は、送給抵抗値が変動によって大きくなった場合であるので、送給速度Fwの波形は、初期期間送給速度設定信号Firの波形から変化が緩やかになった波形となっている。したがって、図2と同図では、初期期間送給速度設定信号Firは同一波形であるが、送給速度FWの波形は異なっている。同図(B)に示すように、時刻t1〜t2の周期において、正送期間及び逆送期間の加速時と減速時の変化が図2(B)のときよりも緩やかになっている。かつ、正送期間中の加速時及び減速時の変化が、逆送期間中の加速時及び減速時の変化よりもさらに緩やかになっている。この結果、平均初期送給速度Fiが負の値となり、溶接ワイヤは平均的には逆送されていることになる。このようになるのは、初期正送ピーク値Fsi及び初期逆送ピーク値Friが30m/分であり、平均初期送給速度Fiが2m/分と、両値に大きな差があるために、波形が少し変形しただけでも平均初期送給速度Fiに大きく影響するためである。
溶接開始時の時刻t1においては、溶接ワイヤ1の先端と母材2の表面とは離れているので、同図(H)に示すように、溶接ワイヤ先端・母材間距離Lwは正の値となる。同図(A)に示す溶接開始信号StがHighレベルとなる時刻t1から同図(E)に示す電流通電判別信号CdがHighレベルとなる時刻t7までの期間が初期期間Tiとなり、それ以降の期間が定常溶接期間Tcとなる。同図では、時刻t1からの初期期間Tiの経過時間が、溶接電流Iwが通電を開始する時刻t7よりも前の時刻t3において基準時間Titに達した場合である。
[時刻t1〜t7の初期期間Tiの動作]
時刻t1において、同図(A)に示すように、溶接開始信号StがHighレベル(溶接開始)に変化すると、同図(G)に示すように、初期期間タイマ信号StiがHighレベルに変化して初期期間Tiが開始する。同時に、溶接電源が起動されるので、同図(D)に示すように、溶接電圧Vwは最大出力電圧値の無負荷電圧値になる。溶接ワイヤ1の先端と母材2の表面とは離れているので、同図(C)に示すように、溶接電流Iwは通電しない。同時に、同図(B)に示すように、溶接ワイヤ1の送給が開始される。
時刻t1〜t2の周期において、正送期間中の送給速度Fwは、0から加速し、所定の初期正送ピーク値Fsiに到達するとその値を維持し、所定の期間が経過すると0まで減速する。初期正送ピーク値Fsiは、初期正送ピーク値設定信号Fsirによって設定される。時刻t1〜t2の周期において、逆送期間中の送給速度Fwは、0から加速し、所定の負の値である初期逆送ピーク値Friに到達するとその値を維持し、所定の期間が経過すると0まで減速する。初期逆送ピーク値Friは、初期逆送ピーク値設定信号Frirによって設定される。
同図(H)に示すように、溶接ワイヤ先端・母材間距離Lwは、時刻t1〜t2の周期中の正送期間中は次第に短くなり、逆送期間中は次第に長くなる。但し、時刻t2時点でのLwの値は、時刻t1時点でのLwの値よりも長くなっている。これは、1周期あたりの送給速度Fwの平均値(平均初期送給速度Fi)が負の値になっているためである。時刻t2〜t3の周期についても、時刻t1〜t2の周期と同様である。
時刻t3において、初期期間Tiの経過時間が基準時間Titに達したために、初期時間比率設定信号Dirの値が所定値だけ大きくなる。この結果、1周期に占める正送期間の比率が大きくなり、平均初期送給速度Fiが所定値だけ増加して正の値に変化する。したがって、時刻t3〜t4の周期において、正送期間が長くなり、逆送期間が短くなる。同図(H)に示すように、溶接ワイヤ先端・母材間距離Lwは、正送期間中は次第に短くなり、逆送期間中は次第に長くなる。但し、時刻t3時点でのLwの値は時刻t4時点でのLwの値よりも短くなる。すなわち、溶接ワイヤは平均的には正送されることになり、溶接ワイヤ1の先端は次第に母材に近づくことになる。
同図(B)に示すように、時刻t4〜t5の正送期間中の時刻41において、溶接ワイヤ1の先端が母材2の表面と接触(衝突)すると、同図(H)に示すように、溶接ワイヤ先端・母材間距離Lw=0となる。しかし、溶接ワイヤ1の先端にスラグが付着しているために、非導通接触状態となる。このために、同図(C)に示すように、溶接電流Iwは通電せず、同図(D)に示すように、溶接電圧Vwは無負荷電圧値のままである。時刻t41〜t5の正送期間中の溶接ワイヤ先端・母材間距離Lwは0のままである。続く時刻t5〜t6の逆送期間中は、溶接ワイヤ先端・母材間距離Lwは0から次第に長くなる。
同図(B)に示すように、時刻t6からの正送期間中の時刻t7において、溶接ワイヤ1の先端が母材2の表面と再び接触(衝突)すると、同図(H)に示すように、溶接ワイヤ先端・母材間距離Lw=0となる。溶接ワイヤ1の先端に付着したスラグは時刻t41〜t5の1回目の接触(衝突)によって削り取られて除去されたために、今回の接触では導通接触状態(短絡状態)となる。このために、同図(C)に示すように、溶接電流Iwが通電を開始し、同図(D)に示すように、溶接電圧Vwは、無負荷電圧値から低下して数Vの短絡電圧値となる。これに応動して、時刻t7において、同図(E)に示すように、電流通電判別信号CdがHighレベル(通電)となるので、同図(G)に示すように、初期期間タイマ信号StiがLowレベルに変化して初期期間Tiが終了する。時刻t7において、同図(F)に示すように、短絡判別信号SdはHighレベル(短絡)となる。
同図においては、時刻t1に送給を開始してから時刻t3に初期期間Tiの経過時間が基準時間Titに達するまでの期間、及び時刻t3から時刻t41に1回目の接触(衝突)が発生するまでの期間は、実際にはそれぞれ数十周期となる。また、同図においては、2回目の接触(衝突)によってスラグが削り取られて導通状態となった場合であるが、スラグ付着状態がひどいときには十数回の接触を繰り返す場合もある。溶接ワイヤ1の先端にスラグがほとんど付着していないときには、1回目の接触で導通状態となる場合もある。本実施の形態では、溶接ワイヤ1の先端がスラグ付着状態であっても、必ず導通状態に導くことができる。
時刻t7以降の定常溶接期間Tcの動作については、図2と同様であるので、説明は繰り返さない。
上述した実施の形態1においては、初期期間Tiの経過時間が基準時間Titに達すると、初期期間送給速度設定信号Firの波形パラメータを変化させて、平均初期送給速度Fiが増加するようにしている。実施の形態1では、波形パラメータが正送期間と逆送期間との時間比率(初期時間比率設定信号Dir)である場合であるが、初期正送ピーク値設定信号Fsir又は初期逆送ピーク値Frirであっても良く、これらのパラメータの組み合わせであっても良い。
波形パラメータとして初期正送ピーク値設定信号Fsirを使用するときは、図1の初期正送ピーク値設定回路FSIRを以下の回路に置換すれば良い。
初期正送ピーク値設定回路FSIRは、上記の初期期間タイマ信号Stiを入力として、初期期間タイマ信号StiがHighレベルに変化してからの経過時間(初期期間の経過時間)を計時し、経過時間が上記の基準時間未満のときは予め定めた初期値を初期正送ピーク値設定信号Fsirとして出力し、経過時間が上記の基準時間以上になったときは上記の初期値に予め定めた所定値を加算した値を初期正送ピーク値設定信号Fsirとして出力する。例えば、基準時間は1.32秒、初期値は30m/分、所定値は2m/分に設定される。
波形パラメータとして初期逆送ピーク値設定信号Frirを使用するときは、図1の初期逆送ピーク値設定回路FRIRを以下の回路に置換すれば良い。
初期逆送ピーク値設定回路FRIRは、上記の初期期間タイマ信号Stiを入力として、初期期間タイマ信号StiがHighレベルに変化してからの経過時間(初期期間の経過時間)を計時し、経過時間が上記の基準時間未満のときは予め定めた初期値を初期逆送ピーク値設定信号Frirとして出力し、経過時間が上記の基準時間以上になったときは上記の初期値に予め定めた負の値の所定値を加算した値を初期逆送ピーク値設定信号Frirとして出力する。例えば、基準時間は1.32秒、初期値は−30m/分、所定値は−2m/分に設定される。
上述した実施の形態1においては、送給速度Fwが台形波である場合であるが、正弦波、三角波等の波形であっても良い。
以下、実施の形態1の作用効果について説明する。実施の形態1では、変動によって送給抵抗値が大きくなり、平均初期送給速度Fiが基準値(適正範囲の下限値)未満になったことを、初期期間Tiの経過時間が基準時間Tit以上になったことによって判別している。比較的送給抵抗値が小さい場合は、初期期間Tiの経過時間が基準時間Tit未満で溶接電流Iwの通電が開始する(図2)。この場合には、初期期間中の送給速度Fwの設定信号Firの波形は、初期値のままであり、平均初期送給速度Fiは適正範囲となる。そして、この場合には、スラグを除去して良好なアークスタートとなる。
変動によって送給抵抗値が大きくなると、初期期間Tiの経過時間が基準時間Titに達しても溶接電流Iwは通電を開始しない(図3)。このような状態は、送給抵抗値が大きくなった影響を受けて送給速度Fwの変化が緩やかになったためであり、平均初期送給速度Fiは基準値未満になっている。平均初期送給速度Fiが0又は負の値になっていることもある。このまま放置しておけば、溶接ワイヤ1はいつまで経っても母材2と接触せず、アークスタート不良となる。実施の形態1では、このような場合には、送給速度Fwの設定信号Firの波形パラメータを変化させて、平均初期送給速度Fiが適正範囲になるようにしている。これにより、送給抵抗値が変動しても、溶接ワイヤ1を確実に母材2と接触させることができ、アークスタート不良を防止することができる。
平均初期送給速度Fiを、送給モータWMの回転数を検出し、この回転数から算出することが考えられる。しかし、回転数から算出される送給速度の平均値は平均初期送給速度Fiとは異なっている。送給速度Fwは溶接トーチ先端部における溶接ワイヤの実際の速度であり、送給抵抗の影響を受けて変化する。溶接トーチ先端部における溶接ワイヤの速度を直接測定することは困難である。
上述した実施の形態1によれば、初期期間中の送給速度の平均値が基準値未満であることを判別したときは、送給速度の平均値が増加するように、送給速度の設定信号の波形パラメータを変化させる。ここで、送給速度の平均値を増加させるとは、元の平均値が負の値であるときは正の値にすることであり、0以上であるときはその値を大きくすることである。判別は、初期期間の経過時間が予め定めた基準時間以上になったことによって行われる。これにより、実施の形態1では、送給経路の送給抵抗値が変動しても、確実にアークスタートさせることができる。
[実施の形態2]
実施の形態2の発明は、平均初期送給速度が基準値未満になったことの判別を、送給開始時点から溶接ワイヤが母材と接触するまでの経過時間が予め定めた基準時間以上になったことによって行うものである。
図4は、本発明の実施の形態2に係るアーク溶接制御方法を実施するための溶接電源のブロック図である。同図は上述した図1と対応しており、同一ブロックには同一符号を付してそれらの説明は繰り返さない。同図は、図1にモータ電流検出回路IMD及び初期接触期間タイマ回路STSを追加し、図1の初期時間比率設定回路DIRを第2初期時間比率設定回路DIR2に置換したものである。以下、同図を参照してこれらのブロックについて説明する。
モータ電流検出回路IMDは、送給モータWMのモータ電流を検出して清流・平滑し、モータ電流検出信号Imdを出力する。このモータ電流検出信号Imdは、正送期間と逆送期間との1周期当たりの平均電流値を検出していることになる。したがって、モータ電流検出信号Imdは、正送期間と逆送期間との1周期当たりの平均トルクを検出していることになる。
初期接触期間タイマ回路STSは、上記の初期期間タイマ信号Sti及び上記のモータ電流検出信号Imdを入力として、初期期間タイマ信号StiがHighレベル(初期期間)になるとHighレベルに変化し、モータ電流検出信号Imdの値が予め定めた基準電流値以上になるとLowレベルに変化する初期接触期間タイマ信号Stsを出力する。したがって、初期接触期間タイマ信号Stsは、送給開始時点でHighレベルとなり、溶接ワイヤ1の先端が母材2と接触してトルクが大きくなり、モータ電流検出信号Imdの値が基準電流値以上になるとLowレベルに変化する信号である。
第2初期時間比率設定回路DIR2は、上記の初期接触期間タイマ信号Stsを入力として、初期接触期間タイマ信号StsがHighレベルに変化してからの経過時間を計時し、経過時間が予め定めた基準時間未満のときは予め定めた初期値を初期時間比率設定信号Dirとして出力し、経過時間が上記の基準時間以上になったときは上記の初期値に予め定めた所定値を加算した値を初期時間比率設定信号Dirとして出力する。
第2初期時間比率設定回路DIR2において、基準時間は、以下のようにして設定される。但し、初期接触期間Tsは溶接ワイヤが最初に母材と接触するまでの期間であるので、図1とは異なり、スラグ除去のために溶接ワイヤ先端と母材との衝突を繰り返す時間を考慮する必要はない。
1)溶接開始時点における溶接ワイヤ先端・母材間距離の最大値を想定する。
2)次に、平均初期送給速度の適正範囲の最小値を想定する。
3)次に、上記の溶接ワイヤ先端・母材間距離の最大値を上記の平均初期送給速度の最小値で除算して、所要時間を計算する。
4a)そして、この所要時間に余裕分を乗じて、基準時間が算出される。
基準時間は、例えば1.08秒に設定される。この数値例は、溶接ワイヤ先端・母材間距離の最大値=15mm、平均初期送給速度の最小値=1m/分、余裕分=20%としたときの値である。これらのことから、送給開始時点(初期接触期間の開始時点)からの経過時間が基準時間に達しても、いまだ溶接電流が通電しないときは、送給経路の送給抵抗値が変動して大きくなり、平均初期送給速度Fiが適正範囲の下限値未満になった場合であると推定することができる。したがって、経過時間が基準時間以上になったときは、初期時間比率を所定値だけ大きくして、平均初期送給速度が増加するようにしている。
本発明の実施の形態2に係るアーク溶接制御方法において、初期接触期間の経過時間が基準時間未満であるときの図4の溶接電源における溶接開始時の各信号のタイミングチャートは、図2と同一であるので、説明は繰り返さない。
図5は、本発明の実施の形態2に係るアーク溶接制御方法を示す、初期接触期間の経過時間が基準時間以上であるときの図4の溶接電源における溶接開始時の各信号のタイミングチャートである。すなわち、同図は、送給経路の送給抵抗値が変動によって大きくなった場合である。このために、初期期間中の送給速度Fwの波形は、初期期間送給速度設定信号Firの波形から変化が緩やかになるように変形しており、平均初期送給速度Fiは負の値となっている。同図(A)は溶接開始信号Stの時間変化を示し、同図(B)は送給速度Fwの時間変化を示し、同図(C)は溶接電流Iwの時間変化を示し、同図(D)は溶接電圧Vwの時間変化を示し、同図(E)は電流通電判別信号Cdの時間変化を示し、同図(F)は短絡判別信号Sdの時間変化を示し、同図(G)は初期期間タイマ信号Stiの時間変化を示し、同図(H)は溶接ワイヤ先端と母材表面との距離である溶接ワイヤ先端・母材間距離Lwの時間変化を示し、同図(I)は初期接触期間タイマ信号Stsの時間変化を示す。同図は上述した図3と対応しており、同一事項の説明は繰り返さない。以下、同図を参照して溶接開始時における各信号の動作について説明する。
[時刻t1〜t7の初期期間Tiの動作]
時刻t1〜t3の期間中の動作は図3と同一であるので、説明は繰り返さない。
時刻t3において、初期接触期間Tsの経過時間が基準時間Titに達したために、初期時間比率設定信号Dirの値が所定値だけ大きくなる。この結果、1周期に占める正送期間の比率が大きくなり、平均初期送給速度Fiが正の値に変化する。したがって、時刻t3〜t4の周期において、正送期間が長くなり、逆送期間が短くなる。同図(H)に示すように、溶接ワイヤ先端・母材間距離Lwは、正送期間中は次第に短くなり、逆送期間中は次第に長くなる。但し、時刻t3時点でのLw値は時刻t4時点でのLw値よりも短くなる。すなわち、溶接ワイヤは平均的には正送されることになり、溶接ワイヤ先端は次第に母材に近づくことになる。
同図(B)に示すように、時刻t4〜t5の正送期間中の時刻41において、溶接ワイヤ1の先端が母材2の表面と接触(衝突)すると、同図(H)に示すように、溶接ワイヤ先端・母材間距離Lw=0となる。溶接ワイヤ先端が母材と接触すると、正送が阻止される状態となるので、送給モータWMのトルクが大きくなる。このために、モータ電流検出信号Imdの値が増加して、基準電流値以上となる。これに応動して、同図(I)に示すように、初期接触期間タイマ信号StsはLowレベルに変化する。溶接ワイヤ1の先端が母材2と接触しても、溶接ワイヤ1の先端にスラグが付着しているために、非導通接触状態となる。このために、同図(C)に示すように、溶接電流Iwは通電せず、同図(D)に示すように、溶接電圧Vwは無負荷電圧値のままである。時刻t41〜t5の正送期間中の溶接ワイヤ先端・母材間距離Lwは0のままである。続く時刻t5〜t6の逆送期間中は、溶接ワイヤ先端・母材間距離Lwは0から次第に長くなる。
同図(B)に示すように、時刻t6からの正送期間中の時刻t7において、溶接ワイヤ1の先端が母材2の表面と再び接触(衝突)すると、同図(H)に示すように、溶接ワイヤ先端・母材間距離Lw=0となる。溶接ワイヤ1の先端に付着したスラグは時刻t41〜t5の1回目の接触(衝突)によって削り取られて除去されたために、今回の接触では導通接触状態(短絡状態)となる。このために、同図(C)に示すように、溶接電流Iwが通電を開始し、同図(D)に示すように、溶接電圧Vwは、無負荷電圧値から低下して数Vの短絡電圧値となる。これに応動して、時刻t7において、同図(E)に示すように、電流通電判別信号CdがHighレベル(通電)となるので、同図(G)に示すように、初期期間タイマ信号StiがLowレベルに変化して初期期間Tiが終了する。時刻t7において、同図(F)に示すように、短絡判別信号SdはHighレベル(短絡)となる。
同図においては、時刻t1に送給を開始してから時刻t3に初期接触期間Tsの経過時間が基準時間Titに達するまでの期間、及び時刻t3から時刻t41に1回目の接触(衝突)が発生するまでの期間は、実際にはそれぞれ数十周期となる。また、同図においては、2回目の接触(衝突)によってスラグが削り取られて導通状態となった場合であるが、スラグ付着状態がひどいときには十数回の接触を繰り返す場合もある。溶接ワイヤ1の先端にスラグがほとんど付着していないときには、1回目の接触で導通状態となる場合もある。本実施の形態では、溶接ワイヤ1の先端部がスラグ付着状態であっても、必ず導通状態に導くことができる。
時刻t7以降の定常溶接期間Tcの動作については、図2と同様であるので、説明は繰り返さない。
以下、実施の形態2の作用効果について説明する。実施の形態2では、変動によって送給抵抗値が大きくなり、平均初期送給速度Fiが基準値(適正範囲の下限値)未満になったことを、初期接触期間Tsの経過時間が基準時間Tit以上になったことによって判別している。比較的送給抵抗値が小さい場合は、初期接触期間Tsの経過時間が基準時間Tit未満で溶接電流Iwの通電が開始する(図2)。この場合には、初期期間中の送給速度Fwの設定信号Firの波形は、初期値のままであり、平均初期送給速度Fiは適正範囲となる。そして、この場合には、スラグを除去して良好なアークスタートとなる。
変動によって送給抵抗値が大きくなると、初期接触期間Tsの経過時間が基準時間Titに達しても溶接電流Iwは通電を開始しない(図5)。このような状態は、送給抵抗値が大きくなった影響を受けて送給速度Fwの変化が緩やかになったためであり、平均初期送給速度Fiは基準値未満になっている。平均初期送給速度Fiが0又は負の値になっていることもある。このまま放置しておけば、溶接ワイヤ1はいつまで経っても母材2と接触せず、アークスタート不良となる。実施の形態2では、このような場合には、送給速度Fwの設定信号Firの波形パラメータを変化させて、平均初期送給速度Fiを増加させて適正範囲になるようにしている。これにより、送給抵抗値が変動しても、溶接ワイヤ1を確実に母材2と接触させることができ、アークスタート不良を防止することができる。さらに、本実施の形態では、実施の形態1のときのように衝突繰り返し時間を考慮する必要がなく、溶接ワイヤ1が最初に母材2と接触するまでの経過時間で判別することができる。このために、本実施の形態では、実施の形態1よりも迅速にかつ確実に、平均初期送給速度Fiが基準値未満になったことを判別することができる。
上述した実施の形態2によれば、初期期間中の送給速度の平均値が基準値未満であることを判別したときは、送給速度の平均値が増加するように、送給速度の設定信号の波形パラメータを変化させる。判別は、初期接触期間の経過時間が予め定めた基準時間以上になったことによって行われる。これにより、実施の形態2では、送給経路の送給抵抗値が変動しても、実施の形態1よりも迅速にかつ確実にアークスタートさせることができる。
[実施の形態3]
実施の形態3の発明は、平均初期送給速度が基準値未満になったことの判別を、送給開始時点から溶接ワイヤが母材と最初に接触するまでの期間中の送給モータのトルクが予め定めた基準トルク以上になったことによって行うものである。
図6は、本発明の実施の形態3に係るアーク溶接制御方法を実施するための溶接電源のブロック図である。同図は上述した図4と対応しており、同一ブロックには同一符号を付してそれらの説明は繰り返さない。同図は、図4にトルク比較回路CMを追加し、図4の第2初期時間比率設定回路DIR2を第3初期時間比率設定回路DIR3に置換したものである。以下、同図を参照してこれらのブロックについて説明する。
トルク比較回路CMは、上記のモータ電流検出信号Imd及び上記の初期接触期間タイマ信号Stsを入力として、初期接触期間タイマ信号StsがHighレベルであるときに、モータ電流検出信号Imdの値が予め定めた第2基準電流値以上になるとHighレベルとなるトルク比較信号Cmを出力する。モータ電流検出信号Imdは、上述したように、送給モータWMの平均トルクと比例関係にあり、第2基準電流値は平均初期送給速度Fiが基準値未満となるときの送給抵抗値に対応した基準トルクとなる。したがって、このトルク比較信号Cmは、初期接触期間Ts中の送給モータWMのトルクが基準トルク以上になるとHighレベルになる信号である。
上記の第2基準電流値は、図4の第2初期時間比率設定回路DIR2における基準電流値よりも小さな値に設定される。すなわち、第2基準電流値は、送給抵抗値が大きくなり平均初期送給速度Fiが基準値未満となるときの送給モータWMのトルクに基づいて設定される。このトルクは、溶接ワイヤが母材と接触したときのトルクよりも小さいので、第2基準電流値<基準電流値となる。
第3初期時間比率設定回路DIR3は、上記の初期接触期間タイマ信号Sts及び上記のトルク比較信号Cmを入力として、初期接触期間タイマ信号StsがHighレベルであるときに、トルク比較信号CmがLowレベルであるときは予め定めた初期値を初期時間比率設定信号Dirとして出力し、トルク比較信号CmがHighレベルになると上記の初期値に予め定めた所定値を加算した値を初期時間比率設定信号Dirとして出力する。
本発明の実施の形態3に係るアーク溶接制御方法において、初期接触期間中の送給モータのトルクが第2基準電流値未満であるときの図6の溶接電源における溶接開始時の各信号のタイミングチャートは、図2と同一であるので、説明は繰り返さない。
図7は、本発明の実施の形態3に係るアーク溶接制御方法を示す、初期接触期間中の送給モータ電流が第2基準電流値以上であるときの図6の溶接電源における溶接開始時の各信号のタイミングチャートである。すなわち、同図は、送給経路の送給抵抗値が変動によって大きくなった場合である。このために、初期期間中の送給速度Fwの波形は、初期期間送給速度設定信号Firの波形から変化が緩やかになるように変形しており、平均初期送給速度Fiは負の値となっている。同図(A)は溶接開始信号Stの時間変化を示し、同図(B)は送給速度Fwの時間変化を示し、同図(C)は溶接電流Iwの時間変化を示し、同図(D)は溶接電圧Vwの時間変化を示し、同図(E)は電流通電判別信号Cdの時間変化を示し、同図(F)は短絡判別信号Sdの時間変化を示し、同図(G)は初期期間タイマ信号Stiの時間変化を示し、同図(H)は溶接ワイヤ先端と母材表面との距離である溶接ワイヤ先端・母材間距離Lwの時間変化を示し、同図(I)はトルク比較信号Cmの時間変化を示す。同図は上述した図5と対応しており、同一事項の説明は繰り返さない。以下、同図を参照して溶接開始時における各信号の動作について説明する。
[時刻t1〜t7の初期期間Tiの動作]
時刻t1において、同図(A)に示すように、溶接開始信号StがHighレベル(溶接開始)に変化すると、同図(G)に示すように、初期期間タイマ信号StiがHighレベルに変化して初期期間Tiが開始する。同時に、図示していないが、初期接触期間タイマ信号StsがHighレベルに変化して、初期接触期間Tsが開始する。
時刻t1〜t2の周期中において、正送期間中の送給速度Fwは、0から加速し、所定の初期正送ピーク値Fsiに到達するとその値を維持し、所定の期間が経過すると0まで減速する。初期正送ピーク値Fsiは、初期正送ピーク値設定信号Fsirによって設定される。時刻t1〜t2の周期中において、逆送期間中の送給速度Fwは、0から加速し、所定の負の値である初期逆送ピーク値Friに到達するとその値を維持し、所定の期間が経過すると0まで減速する。初期逆送ピーク値Friは、初期逆送ピーク値設定信号Frirによって設定される。
同図(H)に示すように、溶接ワイヤ先端・母材間距離Lwは、時刻t1〜t2の1周期中の正送期間中は次第に短くなり、逆送期間中は次第に長くなる。但し、時刻t2時点でのLwの値は、時刻t1時点でのLwの値よりも長くなっている。これは、1周期あたりの送給速度Fwの平均値(平均初期送給速度Fi)が負の値になっているためである。
時刻t1〜t2の周期中は、図示していないモータ電流検出信号Imdの値は平滑されているので、次第に増加する。このために、モータ電流検出信号Imdの値が第2基準電流値未満となり、同図(I)に示すように、トルク比較信号CmはLowレベルのままとなる。
時刻t2において、送給抵抗値が大きいためにモータ電流検出信号Imdの値が第2基準電流値以上となるので、同図(I)に示すように、トルク比較信号CmがHighレベルに変化する。これに応動して、初期時間比率設定信号Dirの値が所定値だけ大きくなる。この結果、1周期に占める正送期間の比率が大きくなり、平均初期送給速度Fiが増加して正の値に変化する。したがって、時刻t2〜t3の周期において、正送期間が長くなり、逆送期間が短くなる。同図(H)に示すように、溶接ワイヤ先端・母材間距離Lwは、正送期間中は次第に短くなり、逆送期間中は次第に長くなる。但し、時刻t2時点でのLwの値は時刻t3時点でのLwの値よりも短くなる。すなわち、溶接ワイヤ1は平均的には正送されることになり、溶接ワイヤ1の先端は次第に母材2に近づくことになる。時刻t3〜t4の期間の動作も時刻t2〜t3の期間と同様である。
同図(B)に示すように、時刻t4〜t5の正送期間中の時刻41において、溶接ワイヤ1の先端が母材2の表面と接触(衝突)すると、同図(H)に示すように、溶接ワイヤ先端・母材間距離Lw=0となる。溶接ワイヤ先端が母材と接触すると、正送が阻止される状態となるので、送給モータWMのトルクが大きくなる。このために、モータ電流検出信号Imdの値が増加して、基準電流値以上となる。これに応動して、図示していないが、初期接触期間タイマ信号StsはLowレベルに変化する。これにより、初期接触期間Tsが終了する。溶接ワイヤ1の先端が母材2と接触しても、溶接ワイヤ1の先端にスラグが付着しているために、非導通接触状態となる。このために、同図(C)に示すように、溶接電流Iwは通電せず、同図(D)に示すように、溶接電圧Vwは無負荷電圧値のままである。時刻t41〜t5の正送期間中の溶接ワイヤ先端・母材間距離Lwは0のままである。続く時刻t5〜t6の逆送期間中は、溶接ワイヤ先端・母材間距離Lwは0から次第に長くなる。
同図(B)に示すように、時刻t6からの正送期間中の時刻t7において、溶接ワイヤ1の先端が母材2の表面と再び接触(衝突)すると、同図(H)に示すように、溶接ワイヤ先端・母材間距離Lw=0となる。溶接ワイヤ1の先端に付着したスラグは時刻t41〜t5の1回目の接触(衝突)によって削り取られて除去されたために、今回の接触では導通接触状態(短絡状態)となる。このために、同図(C)に示すように、溶接電流Iwが通電を開始し、同図(D)に示すように、溶接電圧Vwは、無負荷電圧値から低下して数Vの短絡電圧値となる。これに応動して、時刻t7において、同図(E)に示すように、電流通電判別信号CdがHighレベル(通電)となるので、同図(G)に示すように、初期期間タイマ信号StiがLowレベルに変化して初期期間Tiが終了する。時刻t7において、同図(F)に示すように、短絡判別信号SdはHighレベル(短絡)となる。
同図においては、時刻t1に送給を開始してから時刻t2にトルク比較信号CmがHighレベルになるまでの期間が数周期となる場合もある。時刻t2から時刻t41に1回目の接触(衝突)が発生するまでの期間は、実際には数十周期となる。また、同図においては、2回目の接触(衝突)によってスラグが削り取られて導通状態となった場合であるが、スラグ付着状態がひどいときには十数回の接触を繰り返す場合もある。溶接ワイヤ1の先端にスラグがほとんど付着していないときには、1回目の接触で導通状態となる場合もある。本実施の形態では、溶接ワイヤ1の先端部がスラグ付着状態であっても、必ず導通状態に導くことができる。
時刻t7以降の定常溶接期間Tcの動作については、図2と同様であるので、説明は繰り返さない。
以下、実施の形態3の作用効果について説明する。実施の形態3では、変動によって送給抵抗値が大きくなり、平均初期送給速度Fiが基準値(適正範囲の下限値)未満になったことを、モータ電流検出信号Imdの値が第2基準電流値以上になったことによって判別している。比較的送給抵抗値が小さい場合は、モータ電流検出信号Imdの値が第2基準電流値未満の状態で溶接ワイヤが母材と接触する。(図2)。この場合には、初期期間中の送給速度Fwの設定信号Firの波形は、初期値のままであり、平均初期送給速度Fiは適正範囲となる。そして、この場合には、スラグを除去して良好なアークスタートとなる。
変動によって送給抵抗値が大きくなると、初期接触期間Tsが終了するまでにモータ電流検出信号Imdの値が第2基準電流値以上となる(図7)。このような状態は、送給抵抗値が大きくなった影響を受けて送給速度Fwの変化が緩やかになったためであり、平均初期送給速度Fiは基準値未満になっている。平均初期送給速度Fiが0又は負の値になっていることもある。このまま放置しておけば、溶接ワイヤ1はいつまで経っても母材2と接触せず、アークスタート不良となる。実施の形態3では、このような場合には、送給速度Fwの設定信号Firの波形パラメータを変化させて、平均初期送給速度Fiが増加して適正範囲になるようにしている。これにより、送給抵抗値が変動しても、溶接ワイヤ1を確実に母材2と接触させることができ、アークスタート不良を防止することができる。さらに、本実施の形態では、実施の形態1及び2のときよりも平均初期送給速度Fiが基準値未満であることを早期に判別することができるので、アークスタートにかかる時間を短縮することができる。
上述した実施の形態3によれば、初期期間中の送給速度の平均値が基準値未満であることを判別したときは、送給速度の平均値が増加するように、送給速度の設定信号の波形パラメータを変化させる。判別は、送給開始時点から溶接ワイヤが母材と最初に接触するまでの期間中の送給モータのトルク(モータ電流検出信号Imd)が予め定めた基準トルク(第2基準電流値)以上になったことによって行われる。これにより、実施の形態3では、送給経路の送給抵抗値が変動しても、実施の形態1及び2よりも早期にかつ確実にアークスタートさせることができる。