以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。本実施形態では、自動車に搭載されたコモンレール式筒内直噴型多気筒(例えば直列4気筒)ディーゼルエンジン(圧縮自着火式内燃機関)に、本発明に係る燃焼状態診断装置を搭載した場合について説明する。
−エンジンの構成−
図1は本実施形態に係るディーゼルエンジン1(以下、単にエンジンという)およびその制御系統の概略構成図である。
この図1に示すように、本実施形態に係るエンジン1は、燃料供給系2、燃焼室3、吸気系6、排気系7等を主要部とするディーゼルエンジンシステムとして構成されている。
燃料供給系2は、サプライポンプ21、コモンレール22、インジェクタ(燃料噴射弁)23、機関燃料通路27等を備えている。
前記サプライポンプ21は、燃料タンクから汲み上げた燃料を高圧にした後、機関燃料通路27を介してコモンレール22に供給する。コモンレール22は、高圧燃料を所定圧力に保持(蓄圧)する蓄圧室としての機能を有し、この蓄圧した燃料を各インジェクタ23,23,…に分配する。インジェクタ23は、内部に圧電素子(ピエゾ素子)を備えたピエゾインジェクタである。
吸気系6は、シリンダヘッド15(図2参照)に形成された吸気ポート15aに接続される吸気マニホールド63を備え、この吸気マニホールド63に吸気管64が接続されている。また、この吸気系6には、上流側から順にエアクリーナ65、エアフローメータ43、吸気絞り弁(ディーゼルスロットル)62が配設されている。
排気系7は、シリンダヘッド15に形成された排気ポート71に接続される排気マニホールド72を備え、この排気マニホールド72に対して、排気管73が接続されている。また、この排気系7には排気浄化ユニット77が配設されている。この排気浄化ユニット77には、NOx吸蔵還元型触媒としてのNSR(NOx Storage Reduction)触媒75およびDPF(Diesel Paticulate Filter)76が備えられている。
図2に示すように、シリンダブロック11には、各気筒(4気筒)毎にシリンダボア12が形成されており、各シリンダボア12の内部にはピストン13が上下方向に摺動可能に収容されている。
ピストン13の頂面13aの上側には燃焼室3が形成されている。つまり、この燃焼室3は、シリンダブロック11の上部に取り付けられたシリンダヘッド15の下面と、シリンダボア12の内壁面と、ピストン13の頂面13aとにより区画形成されている。そして、ピストン13の頂面13aの略中央部には、キャビティ(凹陥部)13bが凹設されており、このキャビティ13bも燃焼室3の一部を構成している。
このキャビティ13bの形状としては、その中央部分(シリンダ中心線P上)では凹陥寸法が小さく、外周側に向かうに従って凹陥寸法が大きくなっている。
前記ピストン13は、コネクティングロッド18によってエンジン出力軸であるクランクシャフトに連結されている。また、燃焼室3に向けてグロープラグ19が配設されている。
前記シリンダヘッド15には、吸気ポート15aを開閉する吸気バルブ16および排気ポート71を開閉する排気バルブ17が配設されている。
さらに、図1に示す如く、このエンジン1には、過給機(ターボチャージャ)5が設けられている。このターボチャージャ5は、タービンシャフト51を介して連結されたタービンホイール52およびコンプレッサホイール53を備えている。本実施形態におけるターボチャージャ5は、可変ノズル式ターボチャージャであって、タービンホイール52側に可変ノズルベーン機構(図示省略)が設けられている。
前記吸気管64には、ターボチャージャ5での過給によって昇温した吸入空気を強制冷却するためのインタークーラ61が設けられている。
また、エンジン1には、排気の一部を吸気系6に適宜還流させる排気還流通路(EGR通路)8が設けられている。また、このEGR通路8にはEGRバルブ81とEGRクーラ82とが設けられている。
−ECU−
ECU100は、図示しないCPU、ROM、RAM等からなるマイクロコンピュータと入出力回路とを備えている。図3に示すように、ECU100の入力回路には、クランクポジションセンサ40、レール圧センサ41、スロットル開度センサ42、エアフローメータ43、A/Fセンサ44a,44b、排気温センサ45a,45b、水温センサ46、アクセル開度センサ47、吸気圧センサ48、吸気温センサ49、筒内圧センサ4A、外気温センサ4B、および、外気圧センサ4Cなどが接続されている。各センサの機能は周知であるため、ここでの説明は省略する。
一方、ECU100の出力回路には、前記サプライポンプ21、インジェクタ23、吸気絞り弁62、EGRバルブ81、および、前記ターボチャージャ5の可変ノズルベーン機構54などが接続されている。
そして、ECU100は、前記した各種センサからの出力、その出力値を利用する演算式により求められた演算値、または、前記ROMに記憶された各種マップに基づいて、エンジン1の各種制御を実行する。
例えば、ECU100は、インジェクタ23の燃料噴射制御として、パイロット噴射(副噴射)とメイン噴射(主噴射)とを実行する。これらパイロット噴射およびメイン噴射の機能は周知であるため、ここでの説明は省略する。
燃料噴射を実行する際の燃料噴射圧は、コモンレール22の内圧により決定される。このコモンレール内圧として、一般に、コモンレール22からインジェクタ23へ供給される燃料圧力の目標値、すなわち目標レール圧は、エンジン負荷(機関負荷)が高くなるほど、および、エンジン回転速度(機関回転速度)が高くなるほど高いものとされる。
なお、上述したパイロット噴射およびメイン噴射の他に、アフタ噴射やポスト噴射が必要に応じて行われる。これら噴射の機能も周知であるため、ここでの説明は省略する。
また、ECU100は、エンジン1の運転状態に応じてEGRバルブ81の開度を制御し、吸気マニホールド63に向けての排気還流量(EGR量)を調整する。
−燃焼形態の概略説明−
次に、本実施形態に係るエンジン1における燃焼室3内での燃焼形態の概略について説明する。
図4に示すように、気筒内に吸入されるガスには、吸気管64から吸入された新気と、EGR通路8から吸入されるEGRガスとが含まれる。
このようにして気筒内に吸入された新気およびEGRガスは、吸気行程において開弁している吸気バルブ16を介し、ピストン13(図4では図示省略)の下降に伴って気筒内に吸入されて筒内ガスとなる。この筒内ガスは、エンジン1の運転状態に応じて決定されるバルブ閉弁時にて吸気バルブ16が閉弁することにより気筒内(燃焼室3内)に密閉され(筒内ガスの閉じ込め状態)、その後の圧縮行程においてピストン13の上昇に伴って圧縮される。そして、ピストン13が圧縮上死点近傍に達すると、上述したECU100による噴射量制御によって所定時間だけインジェクタ23が開弁されることで燃料を燃焼室3内に直接噴射する(パイロット噴射やメイン噴射を実行する)。
図5は、メイン噴射実行時における燃焼室3およびその周辺部を示す断面図であり、図6は、この燃料噴射時における燃焼室3の平面図(ピストン13の上面を示す図)である。
そして、インジェクタ23の各噴孔から噴射された燃料の噴霧A,A,…は略円錐状に拡散していく。また、各噴孔からの燃料噴射(前記メイン噴射)は、ピストン13が圧縮上死点近傍に達した時点で行われるため、図5に示すように、各燃料の噴霧A,A,…は前記キャビティ13b内で拡散していくことになる。
このように、インジェクタ23に形成されている各噴孔から噴射された燃料の噴霧A,A,…は、時間の経過に伴って筒内ガスと混ざり合いながら混合気となって気筒内においてそれぞれ円錐状に拡散していき、自己着火によって燃焼する。つまり、この各燃料の噴霧A,A,…は、それぞれ筒内ガスと共に略円錐状の燃焼場を形成し、その燃焼場(本実施形態では8箇所の燃焼場)でそれぞれ燃焼が開始されることになる。
そして、この燃焼により発生したエネルギは、ピストン13を下死点に向かって押し下げるための運動エネルギ(エンジン出力となるエネルギ)、燃焼室3内を温度上昇させる熱エネルギ、シリンダブロック11やシリンダヘッド15を経て外部(例えば冷却水)に放熱される熱エネルギとなる。
そして、燃焼後の筒内ガスは、排気行程において開弁する排気バルブ17を介し、ピストン13の上昇に伴って排気ポート71および排気マニホールド72へ排出されて排気ガスとなる。
−筒内環境パラメータの算出−
後述する燃焼状態診断に利用される理想熱発生率波形を作成する際には、燃料の反応開始時期、反応速度、反応量を規定する必要がある。そして、これら波形構成要素(反応開始時期、反応速度、反応量)を規定するためには、気筒内における酸素密度、燃料密度および筒内温度を求めておく必要がある。
以下、これら筒内環境パラメータ(酸素密度、燃料密度、筒内温度)の算出手法について説明する。
(酸素密度)
酸素密度は、燃料に対する酸素供給能力(時間的な酸素供給能力)を表す指標であり、EGRの実施の有無や、EGR量(気筒内の残留ガス量(所謂内部EGR量)も含む)や、走行している道路の標高などに応じて変動するものである。そして、この酸素密度が変化すると、燃料の各反応における反応開始時期、反応速度および反応量に影響を及ぼす。つまり、酸素密度が低くなるほど、反応開始時期は遅角側に移行し、反応速度は低くなり(反応が緩慢になり)、反応量が低下することになる。特に、燃料の各反応のうち低温酸化反応、熱分解反応、高温酸化反応については、その影響が現れる。
仮に燃料の多段噴射(例えばパイロット噴射とメイン噴射)が行われた場合であっても、予熱のための燃料噴射(パイロット噴射)で噴射された燃料の燃焼による酸素消費量は気筒内全体の酸素量に比べて微少である。このため、ここでは、気筒内空間を構成するキャビティ内の空間(以下、キャビティ内領域という)およびキャビティ外の空間(以下、キャビティ外領域という)それぞれの酸素密度が互いに略同一であると仮定し(例えばキャビティ外領域のみで燃焼が行われた場合であっても略同一であると仮定し)、気筒内全体を対象として酸素密度を求めるようにした場合について説明する。
気筒内全体を対象とする酸素密度ρo2は以下の式(1)または式(2)によって求められる。
酸素密度ρo2=吸気中の酸素量/隙間容積 …(1)
酸素密度ρo2=吸気中の酸素量/反応開始時の行程容積 …(2)
ここで、吸気中の酸素量(質量)は、エアフローメータ43によって検出された吸入空気量、外気温センサ4Bによって検出された外気温度、外気圧センサ4Cによって検出された外気圧力等から算出できる。また、隙間容積の一例としては、ピストン13が圧縮上死点に達した時点の行程容積(圧縮端容積)が挙げられる。これによれば、隙間容積を固定値として扱えるため、酸素密度ρo2の算出が簡素化でき、また、その信頼性も高まることになる。式(1)で使用される隙間容積はこれに限定されるものではない。
なお、前記式(2)によって酸素密度ρo2を算出する場合、燃料の各反応(気化反応、低温酸化反応、熱分解反応、予混合燃焼による高温酸化反応、拡散燃焼による高温酸化反応)それぞれにおける反応開始時期、反応速度、反応量は、その反応時における酸素密度ρo2に応じて変化する。このため、各反応それぞれにおける反応開始時期、反応速度、反応量を求めるためには、その反応時における酸素密度ρo2を個別に特定しておく必要がある。なお、後述するように燃料の軽質分の反応と重質分の反応との位相差や反応量の分割比も燃料反応時における酸素密度ρo2に応じて変化する。
本実施形態では、燃料の各反応それぞれに対応した酸素密度ρo2の算出タイミングを設定しておき、このタイミングにおける行程容積を利用して、各反応それぞれに対応した酸素密度ρo2を個別に特定できるようにしている。
なお、予め設定された所定タイミングにおける酸素密度ρo2を求めておき、この酸素密度ρo2から逆算することで、各反応開始時における酸素密度ρo2を個別に特定できるようにしてもよい。
酸素密度ρo2を算出するに当たって前記式(1),(2)のうち何れを採用するかは、演算処理の簡素化や酸素密度ρo2の信頼性の高さなどを考慮して適宜選択される。
(燃料密度)
次に、気筒内における燃料密度を求めるための手法について説明する。
ここでは、理解を容易にするために、キャビティ内領域およびキャビティ外領域それぞれの燃料密度が互いに略同一であると仮定して説明する。
燃料密度ρfuelは、以下の式(3)または式(4)によって算出される。
燃料密度ρfuel=燃料噴射量/反応開始時の行程容積 …(3)
燃料密度ρfuel=燃料噴射量/燃料噴射開始時の行程容積 …(4)
ここで、燃料噴射量はインジェクタ23から噴射された燃料量(例えばメイン噴射での燃料量)である。この燃料噴射量は、レール圧センサ41によって検出された燃料噴射圧力およびインジェクタ23の開弁期間(指令噴射期間)から算出できる。また、反応開始時の行程容積は、筒内温度が後述する反応温度に達した時点での筒内容積(キャビティ内領域の容積とキャビティ外領域の容積との和)である。この筒内温度と筒内容積との関係は、外気温センサ4Bによって検出された外気温度、圧縮比、気筒内の予熱量(パイロット噴射等による予熱量)等をパラメータとし、予め実験やシミュレーションによって規定されている。燃料の各反応それぞれにおける反応開始時期、反応速度、反応量は、その反応時における燃料密度ρfuelに応じて変化する。このため、各反応それぞれにおける反応開始時期、反応速度、反応量を求めるためには、その反応時における燃料密度ρfuelを個別に特定しておく必要がある。なお、前記燃料の軽質分の反応と重質分の反応との位相差や反応量の分割比は燃料反応時における燃料密度ρfuelに応じて変化する可能性がある。
本実施形態では、燃料の各反応それぞれに対応した燃料密度ρfuelの算出タイミングを設定しておき、このタイミングにおける行程容積を利用して、各反応それぞれに対応した燃料密度ρfuelを個別に特定できるようにしている。なお、予め設定された所定タイミングにおける燃料密度ρfuelを求めておき、この燃料密度ρfuelから逆算することで、各反応時における燃料密度ρfuelを個別に特定できるようにしてもよい。また、燃料噴射開始時の行程容積は、インジェクタ23からの燃料噴射が開始された時点(ECU100から燃料噴射指令信号が発信された時点)での筒内容積である。筒内容積はクランク角度位置に応じて決定されるため、インジェクタ23からの燃料噴射が開始された時点でのクランク角度位置に基づいて筒内容積を求めることができる。
さらに、ピストン13が圧縮上死点(TDC)に達した時点を燃料密度ρfuelの算出タイミングに設定すれば、気筒内の容積は予め決定されるため、行程容積が容易に特定される。このため、燃料密度ρfuelの算出が簡素化でき、また、その信頼性も高まる。
燃料密度ρfuelを算出するに当たって前記式(3),(4)のうち何れを採用するかは、演算処理の簡素化や燃料密度ρfuelの信頼性の高さなどを考慮して適宜選択される。
(気筒内温度)
気筒内の温度を求めるための手法としては、吸気温度、ピストン位置(吸入ガスの圧縮度合い)、前記パイロット噴射等による予熱状態等をパラメータとし、予め実験やシミュレーションによって、これらパラメータと気筒内の温度との関係を求めてマップ化し、このマップを前記ROMに記憶させている。つまり、吸気温度、ピストン位置、予熱状態等のパラメータを前記マップに当て嵌めることで気筒内の温度が求められるようになっている。
また、熱エネルギ方程式Q=mcTから気筒内温度を算出するようにしてもよい。ここで、Qは気筒内への投入熱エネルギ、mは気筒内のガスの質量、cはガスの比熱、Tは気筒内の温度である。
−熱発生率波形の作成、燃焼状態診断、および、制御パラメータの補正−
次に、本実施形態の特徴である熱発生率波形の作成(理想熱発生率波形の作成)、燃焼状態診断(気筒内での燃料の各反応形態の診断)、および、その診断結果に応じて実行される制御パラメータの補正について説明する。
この熱発生率波形の作成、燃焼状態診断、および、制御パラメータの補正では、図7に示すように、(1)理想熱発生率波形の作成、および、(2)実熱発生率波形の作成、が行われた後、(3)理想熱発生率波形と実熱発生率波形との比較による燃焼状態診断が行われる。そして、(4)この燃焼状態診断の結果に応じたエンジン1の制御パラメータの補正が行われることになる。これら(1)〜(4)の各動作を行うための構成の全てが車両に搭載(実装)されていてもよいし、(1)の動作のみが実験室等によって行われ、その結果(作成された理想熱発生率波形)が前記ROMに記憶され、(2)〜(4)の各動作を行うための構成が車両に搭載されていてもよい。
本実施形態の特徴は、気筒内全体を対象として理想熱発生率波形を作成するに際し、「燃料の性状」、気筒内における「酸素密度」および「燃料密度」を利用するようにしている。具体的には、「燃料の性状」による理想熱発生率波形の形状に対する影響度合いを気筒内の「酸素密度」および「燃料密度」に応じて変更するようにしている。
前記理想熱発生率波形の具体的な作成手法としては、(1−A)燃料の反応形態の分離、(1−B)分離された各反応形態それぞれに対する理想熱発生率波形モデルの作成、(1−C)理想熱発生率波形モデルのフィルタリング(フィルタ処理)による理想熱発生率波形の作成、が順に行われる。
また、前記(3)燃焼状態診断においては、気筒内全体を対象とした理想熱発生率波形と実熱発生率波形との比較による燃焼状態診断が行われる。
以下、各動作について具体的に説明する。
(1)理想熱発生率波形の作成
前記理想熱発生率波形の作成について説明する。まず、理想熱発生率波形の作成の概略について説明する。
前記インジェクタ23から気筒内に噴射された燃料の反応(化学反応等)の律速条件としては、気筒内温度、気筒内酸素量(気筒内の酸素密度に相関がある値)、気筒内燃料量(気筒内の燃料密度に相関がある値)、気筒内燃料分布が挙げられる。これらのうち、制御自由度の低い順としては、気筒内温度、気筒内酸素量、気筒内燃料量、気筒内燃料分布の順である。
つまり、気筒内温度は、燃料が反応する前段階にあっては、吸入空気温度とエンジン1の圧縮比とによって略決定されることになり、制御の自由度は最も低い。また、この気筒内温度は、先行して燃料噴射が行われた場合(例えば予熱のための燃料噴射が行われた場合)に、その燃料の燃焼による予熱量によっても変動する。また、気筒内酸素量(酸素密度)は、前記吸気絞り弁62の開度や、前記EGRバルブ81の開度によって調整できるため、気筒内温度に比べて制御自由度は高い。また、この気筒内酸素量は、ターボチャージャ5による過給率によっても変動する。また、気筒内燃料量は、前記サプライポンプ21による燃料噴射圧力(コモンレール圧力)の制御や前記インジェクタ23からの燃料の多段噴射それぞれの噴射期間の制御によって調整できるため、気筒内酸素量に比べて制御自由度は高い。また、気筒内燃料分布も、前記燃料噴射圧力の制御や前記燃料の多段噴射それぞれの噴射期間の制御によって調整が可能であることから制御自由度は高いものである。
そして、本実施形態では、エンジン1の暖機運転が完了しており、かつ外気温度が所定温度(例えば0℃)以上であることを条件として、前記制御自由度の低い順に、燃料の反応状態を決定する条件の優先順位を高く設定している。なお、ここでは、気筒内温度、気筒内酸素量および気筒内燃料量の量的条件を、気筒内燃料分布よりも優先順位が高いものとしている。つまり、気筒内温度を機軸として燃料の各反応の開始タイミング(反応開始時期)を決定するものとしている。すなわち、気筒内温度(気筒内の圧縮ガス温度)から基準温度到達角度(各反応形態それぞれの反応開始時期におけるクランク角度位置)を確定する。なお、本実施形態では、前記各反応の開始時期を決定するに当たっては、前記酸素密度等に応じて開始時期を補正するようにしている。
前記酸素密度は、燃料に対する酸素供給能力を表す指標であり、酸素供給不足が発生している場合には、燃焼の律速条件となる。また、前記燃料密度は、未燃焼領域に対する反応熱供給能力を表す指標であり、燃料供給不足が発生している場合には、燃焼の律速条件となる。
そして、この反応開始時期(酸素密度等によって補正された反応開始時期)を基点として、反応速度および反応量の基準値をそれぞれ求めると共に、前記酸素密度および燃料密度に基づいて前記反応速度および反応量の基準値に対する補正量を求め、この補正量による補正を行って反応速度、反応量、反応期間を求めて各反応形態毎に理想熱発生率波形モデルを作成するようにしている。
そして、本実施形態の特徴とするところは、燃料の各反応の熱発生率波形を二等辺三角形で近似させた前記理想熱発生率波形モデルを作成するに際し、単一の反応に対し、燃料の性状に起因して複数の理想熱発生率波形モデルを作成するに当たって、各理想熱発生率波形モデルの位相差、反応勾配、反応分割比を前記酸素密度および燃料密度(噴霧分布)に応じて変更するようにしている点にある。
具体的に、燃料には、反応開始時期が比較的早く(進角側で反応を開始し)かつ反応速度が比較的高い軽質分と、この軽質分に比べて反応開始時期が遅く(遅角側で反応を開始し)かつ反応速度が低い重質分とが含まれている。このため、単一の反応に対しては、軽質分の反応による理想熱発生率波形モデルと重質分の反応による理想熱発生率波形モデルとが作成可能である。以下、軽質分の反応に対応する理想熱発生率波形モデルを軽質分理想熱発生率波形モデルと呼び、重質分の反応に対応する理想熱発生率波形モデルを重質分理想熱発生率波形モデルと呼ぶこととする。
前記燃料の各反応のうち低温酸化反応および熱分解反応にあっては、軽質分理想熱発生率波形モデルおよび重質分理想熱発生率波形モデルが酸素密度の影響を受ける。このため、これら理想熱発生率波形モデルを作成する際には、この酸素密度の影響によって各理想熱発生率波形モデルの位相差、反応勾配、反応分割比を変更するものとしている(燃料密度は影響しない)。
これに対し、予混合燃焼による高温酸化反応および拡散燃焼による高温酸化反応にあっては、軽質分理想熱発生率波形モデルおよび重質分理想熱発生率波形モデルが酸素密度および燃料密度の両方の影響を受ける。このため、これら理想熱発生率波形モデルを作成する際には、これら酸素密度および燃料密度の影響によって各理想熱発生率波形モデルの位相差、反応勾配、反応分割比を変更するものとしている。なお、燃料密度の影響は酸素密度の影響に比べて小さいものである。このため以下の説明では、前記位相差および反応分割比に対する燃料密度の影響は殆ど無く、この燃料密度の影響は主に反応勾配に及ぶものとして説明する。
図8は、これら低温酸化反応、熱分解反応、予混合燃焼による高温酸化反応および拡散燃焼による高温酸化反応それぞれに対する酸素密度および燃料密度の影響の有無について示している。図中の「○」印は低密度時に影響を受ける反応を示しており、「×」印は低密度時であっても影響を受けない反応を示している。
前記低温酸化反応および熱分解反応にあっては、酸素密度が低くなるほど、各理想熱発生率波形モデル(軽質分理想熱発生率波形モデルおよび重質分理想熱発生率波形モデル)の位相差は拡大していき、反応勾配は共に低下していき、反応分割比は、重質分理想熱発生率波形モデルでの反応量が多くなっていくことで、この重質分理想熱発生率波形モデルでの反応量と軽質分理想熱発生率波形モデルでの反応量との比が小さくなっていく。例えば軽質分理想熱発生率波形モデルでの反応量と重質分理想熱発生率波形モデルでの反応量との比が「5:0」となる状態から「3:2」となる状態に近付いていく。これら値はこれに限定されるものではない。
また、予混合燃焼による高温酸化反応および拡散燃焼による高温酸化反応においても、酸素密度が低くなるほど、各理想熱発生率波形モデルの位相差が拡大していき、反応勾配は共に低下していき、反応分割比は、重質分理想熱発生率波形モデルでの反応量が多くなっていくことで、この重質分理想熱発生率波形モデルでの反応量と軽質分理想熱発生率波形モデルでの反応量との比が小さくなっていく。また、これら高温酸化反応では、燃料密度が低くなるほど、各理想熱発生率波形モデルの反応勾配は共に低下していく。
なお、前記熱分解反応および予混合燃焼による高温酸化反応においては、筒内環境に起因する着火遅れが生じた場合、この着火遅れが前記反応分割比に影響を及ぼす。例えば燃料の軽質分に着火遅れが生じた場合には、軽質分理想熱発生率波形モデルでの反応量が多くなることで、重質分理想熱発生率波形モデルでの反応量に対する軽質分理想熱発生率波形モデルでの反応量の比が大きくなる。前記着火遅れの原因としては温度律速場における条件(気筒内温度の上昇の遅れ)や燃料噴射圧(燃料噴射圧が低い場合)が挙げられる。
このように、気筒内に噴射された燃料の複数の反応形態それぞれにおける各理想熱発生率波形モデルの位相差、反応勾配、反応分割比等を、気筒内の酸素密度および燃料密度に応じて算出して、各反応それぞれにおける理想熱発生率波形モデルを作成するようにしている。
理想熱発生率波形モデルの作成動作として、具体的には、前記反応開始時期における気筒内ガス温度(基準温度)および燃料組成等に対応した基準反応速度効率[J/CA2/mm3]と、基準反応量効率[J/mm3]とを各反応形態毎に確定し、気筒内の酸素密度および燃料密度の少なくとも一方から前記基準反応速度効率および基準反応量効率を修正し、これら修正された反応速度効率と反応量効率とから反応速度および反応量を確定する。また、反応速度に対しては、後述するエンジン回転速度に応じた補正を行う。なお、前記「反応速度効率」は「反応速度勾配」とも呼ばれ、また、前記「反応量効率」は「燃焼効率」とも呼ばれる。以下では、「反応速度効率」を「反応速度勾配」として説明する。
そして、前記反応開始時期、反応速度および反応量から作成された理想熱発生率波形モデル(三角形モデル)から反応期間を確定する。この反応期間としては以下の式(5)により求められる。
反応期間=2×(反応量/反応速度)1/2 …(5)
なお、前記理想熱発生率波形モデル(三角形モデル)の作成の詳細については後述する。
(1−A)燃料の反応形態の分離
次に、前記理想熱発生率波形の作成の第1手順である燃料の反応形態の分離について説明する。
前記インジェクタ23から燃料噴射が行われた場合、気筒内においては、気化反応、低温酸化反応、熱分解反応、予混合燃焼による高温酸化反応、拡散燃焼による高温酸化反応が気筒内環境に応じて行われる。以下、各反応形態について説明する。
(a)気化反応
気化反応は、前記インジェクタ23から噴射された燃料が気筒内の熱を受けて気化するものである。この反応は、一般的には気筒内ガス温度が500K以上となっている環境下に燃料が晒された状態で、燃料噴霧の拡散がある程度進んだ際に開始する噴霧律速の反応となっている。
ディーゼルエンジン1で使用されている軽油の沸点は、一般には453K〜623Kであって、気筒内に燃料噴射が行われる実用域(例えば前記パイロット噴射が行われる時期)はBTDC(圧縮上死点前)40°CAである。このタイミングにおける気筒内ガス温度は一般には550K〜600K程度まで上昇しているため(寒冷地以外)、この気化反応においては、温度律速条件を考慮する必要はない。
そして、この気化反応における前記基準反応量効率としては、例えば−1.14[J/mm3]となっている。
また、この気化反応における有効噴射量(気化反応に寄与する燃料量)としては、燃料噴射量から壁面付着量および未燃浮遊燃料量(噴霧塊の外周囲に存在して反応に寄与しない燃料)を減算した量である。以下、これら燃料量を未燃燃料量という。これら未燃燃料量は、噴射量(燃料の貫徹力に相関がある)と噴射時期(気筒内圧力に相関がある)に応じて実験的に求めることが可能である。
そして、前記気化反応における反応量としては、以下の式(6)により求められる。
気化反応における反応量=−1.14×有効噴射量 …(6)
なお、この気化反応は吸熱反応であるため、この反応量(発生熱量)としては負の値となる。また、この気化反応は、反応に要する酸素量が僅かであるため、酸素密度の影響を殆ど受けないものとなっている。
(b)低温酸化反応
低温酸化反応は、ディーゼルエンジン1の燃料である軽油中に含まれる低温酸化反応成分(n−セタン(C16H34)等の直鎖単結合組成の燃料等)が燃焼する反応である。この低温酸化反応成分は、気筒内温度が比較的低い場合であっても着火が可能な成分であって、このn−セタン等の量が多いほど(高セタン燃料であるほど)気筒内での低温酸化反応が進み易く着火遅れが抑制されることになる。具体的に、n−セタン等の低温酸化反応成分は、一般的には、気筒内温度が約750Kに達した時点で燃焼(低温酸化反応)を開始する。なお、n−セタン等以外の燃料成分(高温酸化反応成分)は気筒内温度が約900Kに達するまで燃焼(高温酸化反応)を開始しない。
そして、この低温酸化反応における前記基準反応速度勾配(基準反応速度効率)としては、例えば4.0[J/CA2/mm3]となっている。また、基準反応量効率としては、例えば5.0[J/mm3]となっている。
また、この低温酸化反応の反応速度および反応量は、前記基準反応速度勾配および基準反応量効率が酸素密度によって補正されることにより求められた反応速度勾配および反応量効率に基づいて算出される(例えば前記有効噴射量を乗算することで算出される)。さらに、前記低温酸化反応の反応速度を算出するに当たっては、前記反応速度勾配に有効噴射量を乗算した値(基準反応速度)に対してエンジン回転速度に応じた係数(回転速度補正係数=(基準回転速度/実回転速度)2)が乗算される。なお、この回転速度補正係数を求めるための基準回転速度としては任意の回転速度(例えば2000rpm)が設定可能である。これにより、ガス組成等が変化しても反応速度を時間に依存した値として求めることができる。
なお、回転速度補正係数は、図9に示す回転速度補正係数マップから求められるものであってもよい。この図9に示す回転速度補正係数マップは、基準回転速度を2000rpmに設定したものである。エンジン1の実回転速度が基準回転速度(2000rpm)以上である領域では、「(基準回転速度/実回転速度)2」に応じた値(図中に一点鎖線で示すエンジン回転速度に応じた値)として回転速度補正係数が求められる。これに対し、エンジン1の実回転速度が基準回転速度(2000rpm)未満である領域では、「(基準回転速度/実回転速度)2」に応じた値に対して所定割合だけ補正(低い側に補正)された値が回転速度補正係数として求められる(基準回転速度未満である領域の実線を参照)。この場合の補正割合は実験やシミュレーションによって求められている。
前記基準回転速度は、上述した値には限定されず、エンジン1の使用頻度が最も高い回転速度域に設定することが好ましい。
なお、この低温酸化反応は発熱反応であるため、この反応量(発生熱量)としては正の値となる。
(c)熱分解反応
熱分解反応は、燃料成分の熱分解を行う反応であって、一般に、その反応温度は約800Kとなっている。
また、この熱分解反応における前記基準反応速度勾配としては、例えば−0.2[J/CA2/mm3]となっている。また、基準反応量効率としては、例えば5.0[J/mm3]となっている。
また、この熱分解反応の反応速度および反応量も、前記基準反応速度勾配および基準反応量効率が酸素密度によって補正されることにより求められた反応速度勾配および反応量効率に基づいて算出される(例えば前記有効噴射量を乗算することで算出される)。さらに、前記熱分解反応の反応速度を算出するに当たっても、前記反応速度勾配に有効噴射量を乗算した値(基準反応速度)に対してエンジン回転速度に応じた前記回転速度補正係数が乗算される。
なお、本実施形態では、この熱分解反応を吸熱反応として扱うものとする。つまり、反応量(発生熱量)が負の値であるものとする。
(d)予混合燃焼による高温酸化反応
予混合燃焼による高温酸化反応の反応温度は、一般に約900Kとなっている。つまり、気筒内温度が900Kに達したことで燃焼を開始する反応が、この予混合燃焼による高温酸化反応である。
また、この予混合燃焼による高温酸化反応における前記基準反応速度勾配としては、例えば4.3[J/CA2/mm3]となっている。また、基準反応量効率としては、例えば30.0[J/mm3]となっている。
また、この予混合燃焼による高温酸化反応の反応速度および反応量も、前記基準反応速度勾配および基準反応量効率が酸素密度によって補正されることにより求められた反応速度勾配および反応量効率に基づいて算出される(例えば有効噴射量を乗算することで算出される)。また、この予混合燃焼による高温酸化反応にあっては、前記反応速度勾配(酸素密度に基づいて設定された反応速度勾配)が燃料密度によって補正されることで補正反応速度勾配(燃料密度に基づいて設定された反応速度勾配)が算出される。さらに、この予混合燃焼による高温酸化反応の反応速度を算出するに当たっても、前記補正反応速度勾配に有効噴射量を乗算した値(基準反応速度)に対してエンジン回転速度に応じた前記回転速度補正係数が乗算される。
なお、この予混合燃焼による高温酸化反応は発熱反応であるため、この反応量(発生熱量)としては正の値となる。
(e)拡散燃焼による高温酸化反応
拡散燃焼による高温酸化反応の反応温度は、一般に約1000Kとなっている。つまり、温度が1000K以上となっている気筒内に向けて噴射された燃料が、噴射後、直ちに燃焼を開始する反応が、この拡散燃焼による高温酸化反応である。
また、この拡散燃焼による高温酸化反応における反応速度は、コモンレール圧力に応じて変化し、以下の式(7)および式(8)から求められる。
GrdB=A×コモンレール圧力+B …(7)
Grd=GrdB×(基準エンジン回転速度/実エンジン回転速度)2
×(d/基準d)×(N/基準N) …(8)
GrdB:基準反応速度、Grd:反応速度、d:インジェクタ23の噴孔径、N:インジェクタ23の噴孔数、A,B:実験等により求められた定数
なお、前記式(8)は、インジェクタ23の基準噴孔径に対する実噴孔径の比、および、インジェクタ23の基準噴孔数に対する実噴孔数の比が乗算されていることにより、一般化された式となっている。また、この式(8)は、回転速度補正係数が乗算されていることで、エンジン回転速度に応じて補正された反応速度が求められるものとなっている。
また、この拡散燃焼による高温酸化反応の反応速度の算出に当たっては、前記基準反応速度勾配を燃料密度によって補正することで補正反応速度勾配(燃料密度に基づいて設定された反応速度勾配)を算出し、この補正反応速度勾配に基づいて反応速度を算出するようにしてもよい。
また、この拡散燃焼による高温酸化反応の基準反応量効率としては、例えば30.0[J/mm3]となっており、この拡散燃焼による高温酸化反応の反応量も、前記基準反応量効率が酸素密度や燃料密度によって補正されることにより求められた反応量効率に基づいて算出される(例えば有効噴射量を乗算することで算出される)。
なお、この拡散燃焼による高温酸化反応も発熱反応であるため、この反応量(発生熱量)としては正の値となる。
以上のようにして燃料の反応形態を分離することができる。
(f)各反応に対する酸素密度および燃料密度の影響
前述したように酸素密度は、燃料の各反応における反応開始時期、反応速度、反応量、前記重質分理想熱発生率波形モデルと軽質分理想熱発生率波形モデルとの位相差、前記重質分理想熱発生率波形モデルでの反応量と軽質分理想熱発生率波形モデルでの反応量との比(分割比)に影響を及ぼす。また、燃料密度も燃料の各反応における反応速度に影響を及ぼす。
以下、各反応に対する酸素密度および燃料密度の影響について具体的に説明する。
<反応開始時期>
前述したように酸素密度が低くなるほど反応開始時期は遅角側に移行する。この場合の反応開始時期は以下の式(9)によって算出される。
反応開始時期=基準温度到達時期+酸素密度低下補正遅角量 …(9)
ここで、基準温度到達時期は、前述したように、低温酸化反応では約750K、熱分解反応では約800K、予混合燃焼による高温酸化反応では約900K、拡散燃焼による高温酸化反応では約1000Kそれぞれの温度に到達する時期(クランク角度位置)となっている。
また、酸素密度低下補正遅角量は、酸素密度の影響による反応開始時期の補正量である。この酸素密度低下補正遅角量の設定に当たっては、予め実験やシミュレーションによって求められて作成された補正遅角量マップが前記ROMに記憶されており、この補正遅角量マップから酸素密度低下補正遅角量が抽出される。
図10は、ある反応(例えば低温酸化反応)を対象とした補正遅角量マップの一例を示している。他の反応(熱分解反応および高温酸化反応)についても同様のマップが前記ROMに記憶されている。
この補正遅角量マップは、酸素密度の変化に対する反応開始時期の遅角量(酸素密度低下補正遅角量)の変化をWiebe関数によって簡易化したものである。
図10に示すものにあっては酸素密度がρ1〜ρ2まで変化する場合に、酸素密度がρ1である場合の遅角量をCA1とし、酸素密度がρ2である場合の遅角量を「0」とするようにWiebe関数の形状パラメータであるa項およびm項が設定されている。
なお、着火遅れ温度を求め、それに対応するクランク角度(反応開始時期)を算出するようにしてもよい。つまり、酸素密度と着火遅れ温度との関係を予め実験やシミュレーションによって規定しておき、酸素密度から求められた着火遅れ温度を前記基準温度に加算し、この加算後の補正温度に達した時点でのクランク角度を反応開始時期として算出するものである。
前述した図10に示す補正遅角量マップは、酸素密度の変化に対する酸素密度低下補正遅角量の変化をWiebe関数によって表したものであった。これに限らず、酸素密度の変化に対する酸素密度低下補正遅角量の変化を一次関数で表した補正遅角量マップを利用するようにしてもよい。
なお、噴霧分布の影響(例えば燃料噴射圧力の変化に起因する噴霧分布の影響)による反応開始時期の遅角量を考慮する場合には、この噴霧分布の変化に対する反応開始時期の遅角量の変化を規定する補正遅角量マップを予め作成しておき、この補正遅角量マップに従って反応開始時期の遅角量を求めるようにする。
<反応速度勾配>
前述したように酸素密度が低くなるほど反応速度は低くなる。つまり、反応速度勾配が小さくなる。この場合の反応速度勾配は以下の式(10)によって算出される。
反応速度勾配=(基準反応速度勾配×勾配補正係数)×(2000/NE)2 …(10)
ここで、基準反応速度勾配は、低温酸化反応では約40[J/CA2/mm3]、熱分解反応では約−0.2[J/CA2/mm3]となっている。NEは前記酸素密度の算出タイミングにおけるエンジン回転速度である。この式(10)では、基準回転速度を2000rpmに設定して前記酸素密度の算出タイミングにおける反応速度勾配を求めるもとのなっている。
また、勾配補正係数は、酸素密度の影響による反応速度勾配の補正量である。この勾配補正係数の設定に当たっては、予め実験やシミュレーションによって求められて作成された勾配補正係数マップが前記ROMに記憶されており、この勾配補正係数マップから勾配補正係数が抽出される。
図11は、ある反応(例えば予混合燃焼による高温酸化反応)を対象とした勾配補正係数マップの一例を示している。この勾配補正係数マップは、酸素密度の変化に対する勾配補正係数の変化をWiebe関数によって簡易化したものである。
図11に示すものにあっては酸素密度がρ3〜ρ4まで変化する場合に、酸素密度がρ3である場合の勾配補正係数を「0」とし、酸素密度がρ4である場合の勾配補正係数を「1」とするようにWiebe関数の形状パラメータであるa項およびm項が設定されている。
また、燃料密度も反応速度に影響を及ぼす。つまり、燃料密度が低くなるほど反応速度は低くなる。すなわち、反応速度勾配が小さくなる。
本実施形態では、前記式(10)で算出された反応速度勾配を、燃料密度に応じて補正(勾配補正係数を乗算)することによって最終的な反応速度勾配(前記補正反応速度勾配)を求めるようにしている。
この燃料密度と反応速度勾配の補正量との関係は、予め実験やシミュレーションによって求められて作成された燃料密度勾配補正係数マップが前記ROMに記憶されており、この燃料密度勾配補正係数マップから補正係数が抽出される。
図12は、ある反応(例えば予混合燃焼による高温酸化反応)を対象とした勾配補正係数マップ(燃料密度勾配補正係数マップ)の一例を示している。この勾配補正係数マップは、燃料密度の変化に対する勾配補正係数(燃料密度勾配補正係数)の変化をWiebe関数によって簡易化したものである。
図12に示すものにあっては燃料密度がρ5〜ρ6まで変化する場合に、燃料密度がρ5である場合の勾配補正係数を「0」とし、酸素密度がρ6である場合の勾配補正係数を「1」とするようにWiebe関数の形状パラメータであるa項およびm項が設定されている。
前述した図11および図12に示す勾配補正係数マップは、酸素密度の変化に対する勾配補正係数の変化および燃料密度の変化に対する勾配補正係数の変化をそれぞれWiebe関数によって表したものであった。これに限らず、酸素密度の変化に対する勾配補正係数の変化および燃料密度の変化に対する勾配補正係数の変化を一次関数で表した勾配補正係数マップを利用するようにしてもよい。
<反応量>
前述したように酸素密度が低くなるほど反応量は低下する。この場合の反応量効率は以下の式(11)によって算出される。
反応量効率=基準反応量効率×酸素密度補正係数 …(11)
ここで、酸素密度補正係数は、酸素密度の影響による反応量効率の補正量である。この酸素密度補正係数の設定に当たっては、予め実験やシミュレーションによって求められて作成された酸素密度補正係数マップが前記ROMに記憶されており、この酸素密度補正係数マップから酸素密度補正係数が抽出される。この酸素密度補正係数マップは、前述した勾配補正係数マップ(図11)と同様の傾向を表すものとなる。つまり、酸素密度の変化に対する酸素密度補正係数の変化をWiebe関数によって表すものとなる。
<位相差>
前述したように、酸素密度が低くなるほど、各理想熱発生率波形モデル(軽質分理想熱発生率波形モデルおよび重質分理想熱発生率波形モデル)の位相差が拡大していく。つまり、酸素密度が低くなるほど反応開始時期は遅角側に移行していくが、その移行量は、前記軽質分理想熱発生率波形モデルよりも重質分理想熱発生率波形モデルの方が大きく影響を受ける。
図13は、ある反応(例えば低温酸化反応)を対象とした位相差マップの一例を示している。この位相差マップは、酸素密度の変化に対する前記位相差の変化をWiebe関数によって簡易化したものである。
図13に示すものにあっては酸素密度が低くなるに従って、軽質分理想熱発生率波形モデルの反応開始時期の遅角側への移行量よりも重質分理想熱発生率波形モデルの反応開始時期の遅角側への移行量の方が大きくなっていくことで位相差が大きくなっていくようにWiebe関数の形状パラメータであるa項およびm項が設定されている。
図13に示す位相差マップは、酸素密度の変化に対する位相差の変化をWiebe関数によって表したものであった。これに限らず、酸素密度の変化に対する位相差の変化を一次関数で表した勾配補正係数マップを利用するようにしてもよい。
<反応分割比>
前述したように、酸素密度が低くなるほど、各理想熱発生率波形モデルの反応分割比が小さくなっていく。つまり、酸素密度が低くなるほど重質分理想熱発生率波形モデルでの反応量が多くなっていくことで、この重質分理想熱発生率波形モデルでの反応量と軽質分理想熱発生率波形モデルでの反応量との比が小さくなっていく。例えば軽質分理想熱発生率波形モデルでの反応量と重質分理想熱発生率波形モデルでの反応量との比が「5:0」となる状態から「3:2」となる状態に近付いていく。
図14は、ある反応(例えば低温酸化反応)を対象とした分割比マップの一例を示している。この分割比マップは、酸素密度の変化に対する分割比(軽質分理想熱発生率波形モデルでの反応量/重質分理想熱発生率波形モデルでの反応量)の変化をWiebe関数によって簡易化したものである。
図14に示すものにあっては酸素密度が低くなるに従って、重質分理想熱発生率波形モデルでの反応量が多くなっていくことで、この重質分理想熱発生率波形モデルでの反応量と軽質分理想熱発生率波形モデルでの反応量との比が小さくなっていくようにWiebe関数の形状パラメータであるa項およびm項が設定されている。
前述した図14に示す分割比マップは、酸素密度の変化に対する分割比の変化をWiebe関数によって表したものであった。これに限らず、酸素密度の変化に対する分割比の変化を一次関数で表した分割比マップを利用するようにしてもよい。
(1−B)分離された各反応形態それぞれに対する理想熱発生率波形モデルの作成
次に、前記分離された各反応形態それぞれに対する理想熱発生率波形モデルの作成について説明する。
上述の如く反応形態を分離したことにより、それぞれの反応形態における理想熱発生率波形モデルが作成可能となる。つまり、気化反応、低温酸化反応、熱分解反応、予混合燃焼による高温酸化反応、拡散燃焼による高温酸化反応それぞれに対して、理想熱発生率波形モデルが作成可能となる。特に、低温酸化反応、熱分解反応、各高温酸化反応にあっては、これら各単一の反応に対して前記軽質分理想熱発生率波形モデルと重質分理想熱発生率波形モデルとが作成可能である。より具体的には、前記低温酸化反応および熱分解反応における理想熱発生率波形モデルにあっては、酸素密度が低い場合に軽質分理想熱発生率波形モデルと重質分理想熱発生率波形モデルとが分離され、それぞれが個別に作成されることになる。また、予混合燃焼による高温酸化反応および拡散燃焼による高温酸化反応における理想熱発生率波形モデルにあっては、酸素密度が低い場合および燃料密度が低い場合の何れにおいても、軽質分理想熱発生率波形モデルと重質分理想熱発生率波形モデルとが分離され、それぞれが個別に作成されることになる。そして、これら軽質分理想熱発生率波形モデルおよび重質分理想熱発生率波形モデルの反応勾配、位相差、反応分割比は前述したように各マップおよび演算式から求められる。
本実施形態では、各反応それぞれに対し、理想熱発生率波形モデルを二等辺三角形に近似させるものとしている。つまり、上述した反応開始温度を基点として、反応速度(酸素密度に応じて補正された反応速度)を二等辺三角形の斜辺の勾配とし、反応量(酸素密度に応じて補正された反応量)を二等辺三角形の面積とし、反応期間を二等辺三角形の底辺の長さとする理想熱発生率波形モデルを作成する。前記反応開始時期としては、以下の理想熱発生率波形モデルの作成は、上述した各反応形態それぞれに対して適用される。以下、具体的に説明する。
(a)反応速度(反応速度勾配)
反応速度は、前記反応速度勾配に基づいて設定され、理想熱発生率波形モデルを二等辺三角形に近似させた場合、熱発生率が上昇する期間での反応速度と、熱発生率が下降する期間での反応速度とでは、それらの絶対値は一致している。
なお、前記熱発生率が上昇する期間での反応速度に対して、熱発生率が下降する期間での反応速度が低い場合(理想熱発生率波形モデルが不等辺三角形である場合)には、前記上昇勾配に所定値α(<1)を乗算することで下降勾配が求められることになる。
前記拡散燃焼による高温酸化反応での理想熱発生率波形モデルにあっては、反応速度は噴射率波形勾配に比例し、燃料噴射圧(コモンレール内圧)が一定であれば反応速度も一定である。また、他の反応(例えば予混合燃焼による高温酸化反応)での理想熱発生率波形モデルにあっては、反応速度は燃料噴射量に比例することになる。
(b)発生熱量(面積)
各反応における反応量効率[J/mm3]は燃焼期間を適正化すれば定数(例えば高温酸化反応の場合は30J/mm3)と見なすことができる。このため、発生熱量としては、この反応量効率に燃料噴射量(前記有効噴射量)を乗算したものとなる。
但し、前記低温酸化反応については高温酸化反応との和で完結し、拡散燃焼による高温酸化反応では単独で完結することになる。
このようにして求められた発生熱量が理想熱発生率波形モデルである三角形の面積に相当することになる。
(c)燃焼期間(底辺)
以上の三角形の勾配(反応速度)および三角形の面積(発生熱量)から三角形の底辺の長さに相当する燃焼期間が求められる。
図15に示すように、三角形の面積(発生熱量に相当)をS、底辺の長さ(燃焼期間に相当)をL、高さ(熱発生率ピーク時点での熱発生率に相当)をH、燃焼開始時点から熱発生率ピーク時点までの期間をA、熱発生率ピーク時点から燃焼終了時点までの期間をB(理想熱発生率波形モデルが二等辺三角形の場合にはB=A)、上昇勾配(熱発生率が上昇する期間での反応速度に相当)をG、この上昇勾配に対する下降勾配(熱発生率が下降する期間での反応速度に相当)の比をα(≦1)とした場合、以下の関係が成り立つ。なお、図15(a)は理想熱発生率波形モデルが二等辺三角形の場合を、図15(b)は理想熱発生率波形モデルが不等辺三角形の場合をそれぞれ示している。
H=A×G=B×α×G
これより、B=A/αとなる。
S=A2×G/2+A×G×B/2=(1+1/α)×A2×G/2
よって、A=SQRT[2S/{(1+1/α)G}]となる。
従って、底辺の長さLは、
L=A+B=A(1+1/α)
=(1+1/α)×SQRT[2S/{(1+1/α)G}]
理想熱発生率波形モデルが二等辺三角形の場合にはα=1であり、
L=2×SQRT(S/G)=2×SQRT(30×Fq/G)となる。
(Fqは燃料噴射量(有効噴射量)であり、上述した如く燃料1mm3当たりの発生熱量を30Jとした場合には「30×Fq」が三角形の面積Sとなる)
このようにして、噴射量(噴射量指令値:発生熱量に相関のある値)と勾配(反応速度)が与えられれば燃焼期間が確定されることになる。
以下、理想熱発生率波形モデルを三角形(特に二等辺三角形)に近似できる理由について説明する。図16(a)は、インジェクタ23から燃料噴射が行われた場合における経過時間と一つの反応形態における気筒内への燃料供給量(その反応形態で使用される燃料の量)との関係を示している。また、この図16(a)では、その燃料供給量が得られる燃料噴射期間を10個の期間に区分している。つまり、その燃料噴射期間を、互いに燃料供給量が等しい10個の期間に区分しており、それぞれに第1の期間から第10の期間の期間番号を付している。つまり、第1の期間での燃料噴射が終了した後、燃料噴射が途切れることなく第2の期間での燃料噴射が開始され、第2の期間での燃料噴射が終了した後、燃料噴射が途切れることなく第3の期間での燃料噴射が開始されるといった噴射形態で第10の期間の終了時点まで燃料噴射が継続されることになる。
また、図16(b)は前記各期間で噴射された燃料の反応量(この図16(b)に示すものは発熱反応における発熱量)を示している。この図16(b)に示すように、第1の期間での燃料噴射が開始され、第2の期間での燃料噴射が開始されるまでの間(図16(b)における期間t1)は、第1の期間で噴射された燃料の反応のみが行われている。そして、第2の期間での燃料噴射が開始され、第3の期間での燃料噴射が開始されるまでの間(図16(b)における期間t2)は、第1の期間で噴射された燃料の反応および第2の期間で噴射された燃料の反応が共に行われている。このようにして、新たな噴射期間を迎える度に、燃料の総反応量としては次第に増加していく(新たに噴射が開始された期間の燃料分だけ総反応量が増加していく)。この増加期間が、前記理想熱発生率波形モデルの正側の勾配の期間(反応のピーク位置よりも進角側の期間)に相当する。
その後、第1の期間で噴射された燃料の反応が終了する。この時点(図16(b)におけるタイミングT1)では、第2の期間以降で噴射された燃料の反応は終了しておらず、第2の期間から第10の期間で噴射された燃料の反応が継続している。そして、第2の期間で噴射された燃料の反応が終了すると(図16(b)におけるタイミングT2)、第3の期間以降で噴射された燃料の反応は終了していないため、第3の期間から第10の期間で噴射された燃料の反応が継続することになる。このようにして、各期間で噴射された燃料の反応が順次終了していくことにより、燃料の総反応量としては次第に減少していく(反応が終了した燃料分だけ総反応量が減少していく)。この減少期間(図16(b)において反応量を破線で示している期間)が、前記理想熱発生率波形モデルの負側の勾配の期間(反応のピーク位置よりも遅角側の期間)に相当する。
以上のような形態で燃料の反応が行われるため、理想熱発生率波形モデルは三角形(二等辺三角形)として近似できることになる。
以上が、燃料の各反応形態に対する理想熱発生率波形モデルの作成手順である。
前述したように軽質分理想熱発生率波形モデルおよび重質分理想熱発生率波形モデルは酸素密度の影響を受ける。そして、この酸素密度の影響度合いは、燃料の反応によって異なっている。例えば、低温酸化反応にあっては、酸素密度の低下に伴って各理想熱発生率波形モデルの位相差、反応勾配および分割比が影響を受ける。一方、高温酸化反応にあっては、酸素密度の低下に伴って各理想熱発生率波形モデルの反応勾配および分割比が影響を受ける。
図17は、低温酸化反応および高温酸化反応それぞれにおける低酸素密度時の軽質分理想熱発生率波形モデル(図中に実線で示す波形)および重質分理想熱発生率波形モデル(図中に破線で示す波形)の変化を説明するための図である。この図17(a)は酸素密度が十分に高い場合の軽質分理想熱発生率波形モデルおよび重質分理想熱発生率波形モデルを示している。17(b)は低酸素密度時における低温酸化反応の軽質分理想熱発生率波形モデルおよび重質分理想熱発生率波形モデルを示している。17(c)は低酸素密度時における高温酸化反応の軽質分理想熱発生率波形モデルおよび重質分理想熱発生率波形モデルを示している。図17(b)に示すように、低酸素密度時における低温酸化反応では、軽質分理想熱発生率波形モデルおよび重質分理想熱発生率波形モデルの反応開始時の位相差が生じていると共に反応分割比が小さくなる。また、図17(c)に示すように、低酸素密度時における高温酸化反応では、軽質分理想熱発生率波形モデルおよび重質分理想熱発生率波形モデルの反応開始時に位相差が生じておらず反応分割比が小さくなる。また、軽質分理想熱発生率波形モデルおよび重質分理想熱発生率波形モデルの反応期間の比としては、例えば「1:1.5」が挙げられる。これらの特性はこれに限定されるものではない。また、低温酸化反応および高温酸化反応に限らず、熱分解反応においても同様の特性が挙げられる。
(1−C)理想熱発生率波形モデルのフィルタリングによる理想熱発生率波形の作成
以上のようにして理想熱発生率波形モデルを作成した後、この理想熱発生率波形モデルを周知のフィルタ処理(例えばWiebeフィルタによる処理)によって円滑化することにより、理想熱発生率波形を作成する。以下、具体的に説明する。
図18は、1回の燃料噴射が行われた場合の理想熱発生率波形モデル(各反応に対応した二等辺三角形)を示している。この図18では、本発明の理解を容易にするために、1回の燃料噴射によって気化反応、低温酸化反応、熱分解反応、各高温酸化反応が順次行われた場合の理想熱発生率波形モデル(各反応に対応した二等辺三角形)を示している。具体的に、図中のIは気化反応の理想熱発生率波形モデル、II(実線)は低温酸化反応における軽質分理想熱発生率波形モデル、II’(破線)は低温酸化反応における重質分理想熱発生率波形モデル、IIIは熱分解反応(吸熱となる熱分解反応)の理想熱発生率波形モデル、IV(実線)は予混合燃焼による高温酸化反応における軽質分理想熱発生率波形モデル、IV’(破線)は予混合燃焼による高温酸化反応における重質分理想熱発生率波形モデル、V(実線)は拡散燃焼による高温酸化反応の軽質分理想熱発生率波形モデル、V’(破線)は拡散燃焼による高温酸化反応の重質分理想熱発生率波形モデルである。なお、この図18に示す理想熱発生率波形モデルでは、熱分解反応における軽質分および重質分の各理想熱発生率波形モデルに大きな差が生じていないとして一つの波形モデルで示している。また、予混合燃焼による高温酸化反応では各理想熱発生率波形モデルの反応開始時に位相差が生じており(例えば燃料密度の影響によって位相差が生じており)、拡散燃焼による高温酸化反応では各理想熱発生率波形モデルの反応開始時に位相差が生じていない場合を例として示している。各反応における軽質分および重質分の各理想熱発生率波形モデルの関係としては図18に示したものには限定されない。
また、図19は、この理想熱発生率波形モデルをフィルタ処理によって円滑化したことで得られた理想熱発生率波形を示している。このように、各反応(気化反応、低温酸化反応、熱分解反応、各高温酸化反応)それぞれに応じた理想熱発生率波形モデル(二等辺三角形)がフィルタ処理によって円滑化されて理想熱発生率波形が作成されることになる。
なお、実際のエンジン1では、メイン噴射以外にパイロット噴射やアフタ噴射等が行われる。このため、これらパイロット噴射やアフタ噴射に対しても、前述の場合と同様に気筒内における理想熱発生率波形モデルを作成し、これをフィルタ処理によって円滑化することにより理想熱発生率波形が作成される。
そして、前記メイン噴射における気筒内全体を対象とした理想熱発生率波形と、これら理想熱発生率波形(パイロット噴射やアフタ噴射を対象とする理想熱発生率波形)とを合成することによって1サイクルを対象とした理想熱発生率波形が作成されることになる。
また、メイン噴射を複数回に分割して実行(分割メイン噴射)した場合にあっても、各メイン噴射それぞれにおける理想熱発生率波形同士を合成することによって1サイクルを対象とした理想熱発生率波形が作成されることになる。
このように複数回の噴射が実行される場合に、それぞれの理想熱発生率波形を合成するに当たっては、前段(進角側)で燃料が噴射されるタイミングでの気筒内温度と、その後に(遅角側で)燃料が噴射されるタイミングでの気筒内温度とが互いに異なっていることを考慮する必要がある。具体的には、エンジンの定常運転状態において、進角側で燃料が噴射されるタイミングにおいて前記予熱等が行われていない場合には、外部から吸入される新気、気筒内の残留ガスおよびEGRガス等のガスがピストン13の移動に伴って温度上昇したことによる圧縮ガス温度を基点として反応が開始される。なお、エンジンの始動時やフューエルカットからの燃料噴射復帰時等にあっては、外部から吸入される新気がピストン13の移動に伴って温度上昇したことによる圧縮ガス温度を基点として反応が開始されることになる。一方、その遅角側で燃料が噴射される場合には、前記圧縮ガス温度に対して、既燃ガス(進角側で噴射された燃料の燃焼ガス)の温度等が加算されて温度上昇した温度場に対して燃料が噴射されることになるため、既燃ガスによる温度上昇がない場合に比べて反応開始時期が進角側に移行することになる。このことを考慮し、進角側で噴射された燃料の反応による理想熱発生率波形、および、遅角側で噴射された燃料の反応による理想熱発生率波形それぞれを前述した温度変化を考慮して求める。つまり、各噴射における各反応の開始時点等を温度管理によって規定する。これにより、各噴射における各反応の開始時点を適切に求めることが可能になる。その結果、反応の開始順序や反応同士が並行される期間等を適正に規定することが可能になり、各噴射に応じて作成された理想熱発生率波形を合成することによる理想熱発生率波形を高い精度で作成することが可能になる。
(2)実熱発生率波形の作成
前記理想熱発生率波形と比較される実熱発生率波形は、前記筒内圧センサ4Aによって検出される筒内圧力の変化に応じて作成される。つまり、気筒内での熱発生率と筒内圧力との間には相関がある(熱発生率が高いほど筒内圧力は高くなる)ので、この筒内圧センサ4Aによって検出される筒内圧力から実熱発生率波形を作成することができる。この検出した筒内圧力から実熱発生率波形を作成する処理については公知であるため、ここでの説明は省略する。
(3)理想熱発生率波形と実熱発生率波形との比較による燃焼状態の診断
燃焼状態の診断(反応形態の診断)としては、前記理想熱発生率波形に対する実熱発生率波形の乖離の大きさに基づいて行われる。例えば、その乖離が予め設定された閾値(本発明でいう異常判定乖離量)以上となっている反応形態が存在している場合には、その反応形態に異常が生じていると診断することになる。例えば熱発生率の偏差が10[J/°CA]以上となっている反応形態が存在する場合や、理想熱発生率波形に対する実熱発生率波形のクランク角度側への偏差(進角側または遅角側の偏差)が3°CA以上となっている反応形態が存在する場合には、その反応形態に異常が生じていると診断する。これら値はこれに限定されるものではなく、実験やシミュレーションによって適宜設定される。
例えば、図19に示した理想熱発生率波形が作成された場合を例に挙げて説明すると、図20に破線で示す実熱発生率波形のように、実線で示した理想熱発生率波形(図19で示した波形)に対して各高温酸化反応(予混合燃焼による高温酸化反応および拡散燃焼による高温酸化反応)における実熱発生率波形が遅角側にずれており、その偏差が閾値を超えている場合には、各高温酸化反応に異常が生じている、つまり、各高温酸化反応の反応開始時期に異常が生じていると診断することになる。
また、図20に一点鎖線で示す実熱発生率波形のように、実線で示した理想熱発生率波形に対して各高温酸化反応における熱発生率波形のピーク値が高く、その偏差が閾値を超えている場合には、各高温酸化反応に異常が生じている、つまり、各高温酸化反応での反応量に異常が生じていると診断することになる。また、このような診断は、高温酸化反応に限らず、前記気化反応、低温酸化反応、熱分解反応それぞれに対しても同様に行われる。
なお、前記反応形態に異常が生じているか否かを診断するためのパラメータとしては、上述した反応時期の偏差(着火遅れ等)や、熱発生率波形のピーク値の偏差に限らず、反応速度の偏差、反応期間の偏差、ピーク位相等も挙げられる。
(4)診断結果に応じたエンジン1の制御パラメータの補正
前記理想熱発生率波形と実熱発生率波形との比較による燃焼状態の診断において、上述した如く理想熱発生率波形に対する実熱発生率波形の乖離が予め設定された閾値を超える反応形態が存在する場合、その反応形態に異常が生じていると診断され、この乖離を小さくするようにエンジン1の制御パラメータが補正されることになる。
例えば、実熱発生率波形が、図20に破線で示したものである場合には、燃料の着火遅れが生じており、酸素不足であると判断して、前記インタークーラ61による吸気の冷却能力を高めるようにしたり、EGRバルブ81の開度を小さくしてEGRガス量を減量したり、吸気の過給率を上昇させたりすることで酸素不足を解消する。
また、実熱発生率波形が、図20に一点鎖線で示したものである場合には、燃料の反応量が大きすぎると判断して、燃料噴射量の減量補正や、EGRガスの増量補正等を行う。
その他の補正動作として、実熱発生率波形における反応開始時期が理想熱発生率波形に対して遅角側に位置している場合には、吸気の過給率を上昇させたり、気筒内に対するパイロット噴射による予熱量を増量させる等の補正を行うことも挙げられる。
また、実熱発生率波形を理想熱発生率波形に近付けるための制御パラメータとしては、上述したもの以外に、燃料噴射時期、気筒内のガス組成、吸入空気量(ガス量)、各種の学習値(燃料噴射量や燃料噴射時期の学習値など)であってもよい。例えば、気筒内の酸素密度に過不足が生じている場合、学習値としては、EGRガスの補正や吸気の過給率の補正を行うように学習する。また、気筒内の燃料密度に過不足が生じている場合、学習値としては、燃料噴射時期や、燃料噴射圧力や、燃料噴射量の補正を行うように学習する。
このような制御パラメータの補正は、この制御パラメータの補正によって実熱発生率波形を理想熱発生率波形に略一致させることが可能な場合に実行される。具体的には、理想熱発生率波形に対する実熱発生率波形の乖離量が所定の補正可能乖離量以下である場合に実行される。この補正可能乖離量としては、実験またはシミュレーションによって予め設定されている。そして、理想熱発生率波形に対する実熱発生率波形の乖離量が前記補正可能乖離量を超えている場合には、制御パラメータの補正量が所定のガード値を超えることになるので、これによってエンジン1を構成している機器の一部に故障が生じていると診断する。具体的には、気筒内温度、酸素密度、燃料密度それぞれの下限値を予め設定しておき、これら気筒内温度、酸素密度、燃料密度の何れかがその下限値を下回っている場合には、エンジン1の制御パラメータの補正量が所定のガード値を超えるとして、エンジン1に故障が生じていると診断することになる。
この場合、前記制御パラメータの補正を行うことなく、例えば、車室内のメータパネル上のMIL(警告灯)を点灯させて運転者に警告を促すと共に、前記ECU100に備えられたダイアグノーシスに異常情報が書き込まれることになる。
以上説明したように、本実施形態では、燃料の軽質分および重質分といった燃料の性状の影響を受けて理想熱発生率波形の形状が変化する状況である場合に、それに応じた理想熱発生率波形の形状を規定することが可能になり、適正な理想熱発生率波形を作成することが可能になる。このため、作成された理想熱発生率波形に高い信頼性を得ることが可能になる。また、燃料性状による理想熱発生率波形への影響度合いが気筒内の環境パラメータである酸素密度や燃料密度に応じて変化することに鑑み、燃料性状による理想熱発生率波形の形状に対する影響度合いを気筒内の酸素密度や燃料密度に応じて変更して理想熱発生率波形の形状を規定するようにしている。これにより、作成された理想熱発生率波形に、よりいっそう高い信頼性を得ることが可能になる。
また、本実施形態では、前記燃料の複数の反応形態それぞれに対して作成された理想熱発生率波形モデルをフィルタ処理することによって気筒内全体を対象とする理想熱発生率波形を作成し、この理想熱発生率波形を利用して燃焼状態の診断を行っている。このため、燃料の複数の反応形態それぞれに対し、実熱発生率波形が理想熱発生率波形から所定量以上乖離している場合には、その反応形態に異常が生じていると診断することができる。つまり、各反応形態を個別に扱い、それぞれについて異常の有無を診断することができる。このため、異常が生じている反応形態の特定を高い精度で行うことができ、診断精度の向上を図ることができる。そして、異常であると診断された反応形態に対して改善策(制御パラメータの補正)を講じることで(乖離が所定の補正可能乖離量以下である場合)、その反応形態の反応状態を適正化するための最適な制御パラメータを補正することが可能になり、効果的な補正動作が行える。これにより、燃料の各反応全体を理想的な反応に近付ける(各反応の実熱発生率波形を理想熱発生率波形に近付ける)ことが可能になって、エンジン1の制御性を大幅に改善することができる。
また、反応に異常が生じていると診断された場合において、その異常が解消可能であるか否かを、前記理想熱発生率波形に対する実熱発生率波形の乖離量に基づいて判断するようにしているため、制御パラメータの補正によって正常な反応状態が得られる状態と、部品交換などのメンテナンスが必要な状態とを正確に判別することが可能になる。
−他の実施形態−
以上説明した実施形態は、自動車に搭載された直列4気筒ディーゼルエンジン1に本発明を適用した場合について説明した。本発明は、自動車用に限らず、その他の用途に使用されるエンジンにも適用可能である。また、気筒数やエンジン形式(直列型エンジン、V型エンジン、水平対向型エンジン等の別)についても特に限定されるものではない。また、本発明は軽油を燃料とするディーゼルエンジンに限らず、ガソリンやその他の燃料を使用するエンジンに対しても適用が可能である。
また、前記実施形態では、本発明に係る燃焼状態診断装置を車載のECU100のROMに格納(車両に実装)し、エンジン1の運転状態において燃焼状態の診断を行うようにしていた。本発明はこれに限らず、実験装置(エンジンベンチ試験器)に前記燃焼状態診断装置を備えさせ、エンジン1の設計段階において、この実験装置上でエンジン1を試験運転させる際に燃焼状態の診断を行って、制御パラメータの適正値を取得するといった使用形態に適用することも可能である。
また、前記実施形態は、キャビティ外領域およびキャビティ内領域の酸素密度および燃料密度が略同一であると仮定して気筒内全体を対象とする理想熱発生率波形モデルを作成し、この理想熱発生率波形モデルをフィルタ処理することによって理想熱発生率波形を作成していた。本発明は、これに限らず、キャビティ外領域およびキャビティ内領域の酸素密度および燃料密度のうち少なくとも一方が異なっていると仮定して各領域それぞれについて理想熱発生率波形モデルを作成し、この理想熱発生率波形モデルをフィルタ処理すると共に各理想熱発生率波形を合成することによって気筒内全体を対象とする理想熱発生率波形を作成するようにしてもよい。
また、前記実施形態では理想熱発生率波形モデルを作成するに際し、燃料性状等に基づいて2つの理想熱発生率波形モデル(軽質分理想熱発生率波形モデルおよび重質分理想熱発生率波形モデル)を規定するようにしていた。本発明はこれに限らず、燃料性状等に基づいて3つ以上の理想熱発生率波形モデルを規定し、これら理想熱発生率波形モデルから理想熱発生率波形を作成するようにしてもよい。
さらに、作成した理想熱発生率波形の利用形態としては、燃焼状態の診断に限らず、エンジンの設計や制御パラメータの適合値を求めるものとしてもよい。
加えて、前記実施形態では、通電期間においてのみ全開の開弁状態となることにより燃料噴射率を変更するピエゾインジェクタ23を適用したエンジン1について説明したが、本発明は、可変噴射率インジェクタを適用したエンジンへの適用も可能である。