図面を参照してエンジンの制御装置について説明する。なお、以下に示す実施形態はあくまでも例示に過ぎず、以下の実施形態で明示しない種々の変形や技術の適用を排除する意図はない。本実施形態の各構成は、それらの趣旨を逸脱しない範囲で種々変形して実施することができるとともに、必要に応じて取捨選択することができ、あるいは適宜組み合わせることが可能である。
[1.装置構成]
[1−1.エンジン]
本実施形態のエンジンの制御装置は、図1に示す車載のガソリンエンジン10に適用される。ここでは、多気筒のエンジン10に設けられた複数のシリンダーのうちの一つを示す。ピストン16は、中空円筒状に形成されたシリンダー19の内周面に沿って往復摺動自在に内装される。ピストン16の上面とシリンダー19の内周面及び頂面に囲まれた空間は、エンジンの燃焼室26として機能する。
ピストン16の下部は、コネクティングロッドを介して、クランクシャフト17の軸心から偏心した中心軸を持つクランクアームに連結される。これにより、ピストン16の往復動作がクランクアームに伝達され、クランクシャフト17の回転運動に変換される。
シリンダー19の頂面には、吸入空気を燃焼室26内に供給するための吸気ポート11と、燃焼室26内で燃焼した後の排気を排出するための排気ポート12とが穿孔形成される。また、吸気ポート11,排気ポート12のそれぞれにおいて、燃焼室26側の端部には吸気弁14及び排気弁15が設けられる。これらの吸気弁14,排気弁15は、エンジン10の上部に設けられる図示しない動弁機構によって各々の動作を個別に制御される。
また、シリンダー19の頂部には、点火プラグ13がその先端を燃焼室26側に突出させた状態で設けられる。点火プラグ13による点火時期は、後述するエンジン制御装置1で制御される。
シリンダー19の周囲には、その内部にエンジン冷却水を流通させるためのウォータージャケット27が設けられる。エンジン冷却水はエンジン10を冷却するための冷媒であり、ウォータージャケット27とラジエータとの間を環状に接続する冷却水循環路内を流通している。
[1−2.吸排気系]
吸気ポート11内には、燃料を噴射するインジェクター18が設けられる。インジェクター18から噴射される燃料量は、後述するエンジン制御装置1によって制御される。また、インジェクター18よりも吸気流の上流側には、インテークマニホールド20(以下、インマニと呼ぶ)が設けられる。このインマニ20には、吸気ポート11側へと流れる空気を一時的に溜めるためのサージタンク21が設けられる。サージタンク21よりも下流側のインマニ20は、複数のシリンダー19の吸気ポート11に向かって分岐するように形成され、サージタンク21はその分岐点に位置する。サージタンク21は、各々のシリンダーで発生しうる吸気脈動や吸気干渉を緩和するように機能する。
インマニ20の上流側には、スロットルボディ22が接続される。スロットルボディ22の内部には電子制御式のスロットルバルブ23が内蔵され、インマニ20側へと流れる空気量がスロットルバルブ23の開度(スロットル開度)に応じて調節される。このスロットル開度は、エンジン制御装置1によって制御される。
スロットルボディ22のさらに上流側には吸気通路24が接続され、吸気通路24のさらに上流側にはエアフィルターが介装される。これにより、エアフィルターで濾過された新気が吸気通路24及びインマニ20を介してエンジン10の各シリンダー19に供給される。
また、サージタンク21には、キャニスター29から脱離した燃料ガスを吸気系に導入するためのパージ通路30が接続される。パージ通路30上には、キャニスター29からパージされた燃料ガス(パージガス)のサージタンク21内への流量を制御する電磁式のパージ弁31が介装される。パージ弁31の開度は、エンジン制御装置1で制御される。
キャニスター29の内部には、活性炭29aが内蔵される。燃料タンク28内で発生した蒸発燃料を含む燃料ガスは、この活性炭29aに吸着して回収される。また、キャニスター29には、外部の新気を吸入するための通路29bが接続される。パージ弁31を開放すると、通路29bを介してキャニスター29内に新気が導入され、活性炭29aから脱離した燃料ガスがパージ通路30を通ってサージタンク21側に供給される。
排気ポート12の下流側には、エキゾーストマニホールド25(以下、エキマニと呼ぶ)が設けられる。エキマニ25は各シリンダー19からの排気を合流させる形状に形成され、その下流側の図示しない排気通路や排気触媒装置等に接続される。
[1−3.検出系]
エキマニ25よりも下流側の任意の位置には、燃焼室26内で燃焼した混合気についての空燃比AF(その混合気の燃焼前の空燃比)を把握するための空燃比センサー32が設けられる。この空燃比センサー32は、例えば、酸素濃度センサーやLAFS(リニア空燃比センサー)等であり、排気中に含まれる酸素成分の濃度に対応する排気空燃比情報を検出するものである。
吸気通路24内には、吸気流量Qを検出するエアフローセンサー33が設けられる。吸気流量Qは、スロットルバルブ23を通過する空気の流量に対応するパラメーターである。なお、スロットルバルブ23からシリンダー19への吸気流には、いわゆる吸気応答遅れ(スロットルバルブ23を通過した空気がシリンダー19に導入されるまでの遅れ)が生じるため、ある時刻にシリンダー19に導入される空気の流量は、その時点でスロットルバルブ23を通過する空気の流量とは必ずしも一致しない。また、パージ弁31を通過したパージガスの流れにも、スロットルバルブ23からの吸気流と同様の吸気応答遅れが生じる。
さらに、シリンダー19から空燃比センサー32の取り付け位置までの間の排気流には、排気応答遅れが生じる。そのため、ある時刻に空燃比センサー32で検出される排気空燃比情報は、過去にスロットルバルブ23を通過した空気(あるいは過去にパージ弁31を通過したパージガス)に燃料を混合したものの空燃比に対応するものとなり、その時点での吸気流量Qやパージガス流量には必ずしも対応しない。本エンジン制御装置1では、これらのような吸気応答遅れ,排気応答遅れ等の影響を考慮して、パージガスの濃度が演算される。
ウォータージャケット27又は冷却水循環路上の任意の位置には、エンジン冷却水の温度(冷却水温WT)を検出する冷却水温センサー34が設けられる。また、クランクシャフト17には、その回転角を検出するエンジン回転速度センサー35が設けられる。回転角の単位時間あたりの変化量(角速度)はエンジン10の回転速度Ne(単位時間あたりの実回転数)に比例する。したがって、本実施形態のエンジン回転速度センサー35は、エンジン10の回転速度Neを取得する機能を持つ。なお、エンジン回転速度センサー35で検出された回転角に基づき、エンジン制御装置1の内部で回転速度Neを演算する構成としてもよい。
車両の任意の位置には、アクセルペダルの踏み込み操作量(アクセル操作量APS)を検出するアクセル開度センサー36と、ブレーキ操作量に対応するブレーキ液圧BRKを検出するブレーキ液圧センサー37とが設けられる。アクセル操作量APSは、運転者の加速要求や発進意思に対応するパラメーターであり、言い換えるとエンジン10の負荷(エンジン10に対する出力要求)に相関するパラメーターである。また、通常の車両走行時のブレーキ液圧BRKは、運転者の減速要求や停止意思に対応するパラメーターである。
上記の各種センサー32〜37で取得された排気空燃比情報,吸気流量Q,冷却水温WT,回転速度Ne,アクセル操作量APS,ブレーキ液圧BRKの各情報は、エンジン制御装置1に伝達される。
[1−4.制御系]
上記のエンジン10を搭載する車両には、エンジン制御装置1(Engine Electronic Control Unit,制御装置)が設けられる。このエンジン制御装置1は、マイクロプロセッサやROM,RAM等を集積したLSIデバイスや組み込み電子デバイスとして構成され、車両に設けられた車載ネットワーク網の通信ラインに接続される。なお、車載ネットワーク上には、ブレーキ制御装置,変速機制御装置,車両安定制御装置,空調制御装置,電装品制御装置といったさまざまな公知の電子制御装置が、互いに通信可能に接続される。エンジン制御装置1以外の電子制御装置のことを外部制御システムと呼び、外部制御システムによって制御される装置のことを外部負荷装置と呼ぶ。
エンジン制御装置1は、エンジン10に関する点火系,燃料系,吸排気系及び動弁系といった広汎なシステムを総合的に制御する電子制御装置であり、エンジン10の各シリンダー19に供給される空気量やパージガス量,インジェクター18からの燃料噴射量,各シリンダー19の点火時期等を制御する。
エンジン制御装置1の信号入力側には、上述の空燃比センサー32,エアフローセンサー33,冷却水温センサー34,エンジン回転速度センサー35,アクセル開度センサー36及びブレーキ液圧センサー37が接続される。一方、制御信号出力側にはエンジン10が接続され、エンジン10の各シリンダー19に供給される空気量,燃料噴射量,各シリンダーの点火時期等が制御される。エンジン制御装置1の具体的な制御対象としては、インジェクター18から噴射される燃料量や噴射時期,点火プラグ13での点火時期,スロットルバルブ23及びパージ弁31の開度等が挙げられる。
なお、エンジン制御装置1は、これらのスロットルバルブ23及びパージ弁31の目標開度を演算する機能と、実際の弁開度が目標開度と一致するようにこれらの弁に制御信号を出力する機能とを併せ持つ。エンジン制御装置1内で演算される各々の弁の目標開度は、それぞれの弁の実際の開度S1,S2に相当する。したがって、エンジン制御装置1は、制御対象であるスロットルバルブ23及びパージ弁31のそれぞれの開度S1,S2を取得する機能を持つものといえる。
[2.制御構成]
エンジン制御装置1で実施される空燃比制御について説明する。シリンダー19に導入される混合気の空燃比は、スロットルバルブ23の開度S1,パージ弁31の開度S2,インジェクター18からの燃料噴射量及びパージガス濃度によって決定される。これらのパラメーターのうち、開度S1,S2及び燃料噴射量は、エンジン制御装置1の制御対象であり、エンジン制御装置1が主体的に変更可能である。
一方、パージガス濃度は、燃料タンク28からの燃料蒸発速度や経過時間,キャニスター29内の圧力,温度,活性炭29aの性能等によって変化するパラメーターであり、エンジン制御装置1が主体的に変更することができない。そこで、エンジン制御装置1は、パージガス濃度の値を随時推定しながら、開度S1,S2及び燃料噴射量を変更することによって、エンジン10の空燃比を適切に制御する。
インジェクター18での燃料噴射量は、おもにフィードバック噴射制御とオープンループ噴射制御との二通りの手法で制御される。フィードバック噴射制御とは、燃料噴射した結果をその原因である目標燃料噴射量の設定に反映させるフィードバック制御である。フィードバック噴射制御では、空燃比センサー32で検出された排気空燃比情報に基づいて、インジェクター18からの燃料噴射量が調節される。なお、フードバック噴射制御による空燃比の目標値が理論空燃比(ストイキ)である場合には、ストイキフィードバック噴射制御とも呼ばれる。
これに対し、オープンループ噴射制御とは、空燃比センサー32で検出された排気空燃比情報を用いることなく、燃料噴射量を調節する制御である。オープンループ噴射制御は、例えば以下に列挙する何れかの運転状態に該当する場合に実施される。一方、何れの運転状態にも当てはまらない場合には、フィードバック噴射制御が実施される。
A.エンジン10が始動してからの経過時間が所定時間以内である
B.空燃比センサー32自体が冷えた状態である
C.エンジン10の冷却水温WTが暖機温度以下である
図1に示すように、エンジン制御装置1には、充填効率演算部2,目標空燃比設定部3,空燃比演算部4,パージ率演算部5,燃料量補正係数演算部6,上限値制限部7,パージ濃度演算部8及び制御部9が設けられる。これらの各要素は、電子回路(ハードウェア)によって実現してもよく、ソフトウェアとしてプログラミングされたものとしてもよいし、あるいはこれらの機能のうちの一部をハードウェアとして設け、他部をソフトウェアとしたものであってもよい。
充填効率演算部2(空気量演算手段)は、エアフローセンサー33で検出された吸気流量Qに基づき、充填効率Ecを演算するものである。充填効率Ecとは、実際にシリンダー19内に導入された空気量に対応するパラメーターであり、一回の吸気行程の間にシリンダー19内に充填される空気の体積を標準状態(0℃,1気圧)での気体体積に正規化したのちシリンダー容積で除算したものである。ここでは、制御対象のシリンダー19について、直前の一回の吸気行程の間にエアフローセンサー33で検出された吸気流量Qの合計から、そのシリンダー19に実際に吸入された空気量が演算され、充填効率Ecが演算される。ここで演算された充填効率Ecは、パージ率演算部5に伝達される。
なお、吸気流量Qに基づいて得られる充填効率Ecは、厳密にはその演算時点以後にシリンダー19に吸入される空気量に対応する。したがって、空燃比センサー32でセンサー空燃比AFが検出された排気について、その排気がシリンダー19内に導入されたときの空気量を求めるには、空燃比センサー32での検出時よりも過去の時点での吸気流量Qに基づいて充填効率Ecを演算すればよい。あるいは、最新の吸気流量Qに基づいて空気量を求めた後に、所定の吸気応答遅れや排気応答遅れを模擬した遅れ演算を施して、空燃比センサー32の近傍に到達しているだろうと考えられる排気についての充填効率Ecを求めればよい。
目標空燃比設定部3(目標設定手段)は、エンジン10に要求されている負荷に応じて目標空燃比AFTGTを設定するものである。ここでいう負荷には、例えばアクセルペダルの踏み込み操作量に応じて設定されるドライバー要求負荷や、外部負荷装置の作動状態に応じて設定される外部負荷等が含まれる。目標空燃比AFTGTは、上記のフィードバック噴射制御及びオープンループ噴射制御の何れの制御においても設定されるものとしてもよいし、フィードバック噴射制御時にのみ設定されるものとしてもよい。ここで設定された目標空燃比AFTGTの情報は、燃料量補正係数演算部6,パージ濃度演算部8及び制御部9に伝達される。
空燃比演算部4(空燃比演算手段)は、実際にシリンダー19に導入された混合気の空燃比を演算するものである。ここでは、空燃比センサー32で検出された排気空燃比情報に基づいて空燃比AF(実空燃比)が演算される。ここで演算された空燃比AFの情報は、燃料量補正係数演算部6,パージ濃度演算部8及び制御部9に伝達される。以下、この空燃比AFのことをセンサー空燃比AFと呼ぶ。また、このセンサー空燃比AFと区別して、パージガスの空燃比のことをパージガス空燃比AFPRGと呼ぶ。
パージ率演算部5(パージ率演算手段)は、パージガスの導入割合に相当するパージ率RPRG及びセンサー部パージ率RPRGS演算するものである。ここでいう「導入割合」とは、吸気量全体に対するパージガス量の比、又はスロットルバルブ23側から流入した吸気量に対するパージガス量の割合を意味する。本実施形態のパージ率演算部5では、後者がパージ率RPRGとして演算される。
スロットルバルブ23を通過する吸気の流量は、吸気の流速とスロットルバルブ23の開度S1とから算出される。また、この流速は吸気流量Qやスロットルバルブ23の上流及び下流の圧力,吸気温度等に基づいて算出される。同様に、パージガス流量は、パージ弁31の開度S2とパージガス流速とから算出され、パージガス流速はパージ弁31の上流及び下流の圧力,キャニスター29での損失圧力,吸気温度等に基づいて算出される。なお、スロットルバルブ23部の圧力差や圧力比(例えば、上流圧に対する下流圧の比)に応じた大きさの補正係数を設定し、スロットルバルブ23の開度S1に対するパージ弁31の開度S2の割合にその補正係数を乗じたものをパージ率RPRGとして求めてもよい。
上記のパージ率RPRGは、パージガスがパージ通路30から吸気系のサージタンク21内に導入されるときの導入割合に相当する。一方、パージ率演算部5は、空燃比センサー32の近傍に到達した排気中のうち、シリンダー19内にパージガスとして導入された気体と、スロットルバルブ23側から新気として導入された気体との割合に相当するセンサー部パージ率RPRGSを演算する。このセンサー部パージ率RPRGSは、過去のパージ率RPRGに相当するものであり、吸気系に導入されたパージガスが空燃比センサー32の近傍に到達するまでの遅れ時間を考慮して求められる。
パージガスがセンサーに到達するまでの遅れ時間は、充填効率演算部2で演算された充填効率Ecに基づいて推定される。例えば、パージ率RPRGに対して一次遅れ処理や二次遅れ処理を施すことによって、実際の排気応答遅れを模擬したパージ率RPRGの変動軌跡を生成し、これをセンサー部パージ率RPRGSとすることが考えられる。簡便な手法としては、前回の演算周期で得られたセンサー部パージ率RPRGSと今回の演算周期で得られたパージ率RPRGとの差に所定のフィルター係数を乗じたものを、今回の演算周期の入力値に加算し、これを今回の演算周期のセンサー部パージ率RPRGSとすることが考えられる。
何れの手法においても、パージ率演算部5は、充填効率Ecが高いほど、パージ率RPRGに対するセンサー部パージ率RPRGSの遅れ時間が短くなるように(充填効率Ecが低いほど、遅れ時間が長くなるように)、時定数やフィルター係数を与える。ここで演算されたセンサー部パージ率RPRGSの値は、上限値制限部7,パージ濃度演算部8及び制御部9に伝達される。
なお、パージ弁31を通過したパージガスが空燃比センサー32に影響を与えるまでの遅れ時間と充填効率Ecとの関係を図2に例示する。この遅れ時間は、パージガスの吸気応答遅れ時間と排気応答遅れ時間とを合わせた時間に相当する。吸気応答遅れ時間とは、パージ弁31を通過したパージガスがシリンダー19に導入されるまでの遅れ時間であり、例えばパージ弁31が開放されてから吸気行程が開始されるまでのタイムラグや、吸気抵抗,吸気慣性の影響による遅れ時間がこれに含まれる。また、排気応答遅れ時間とは、パージガスがシリンダー19に導入された後、燃焼後の排気が空燃比センサー32の近傍に到達するまでの遅れ時間であり、例えば吸気行程から排気行程までの燃焼サイクルに要する遅れ時間や、排気抵抗,排気慣性の影響による遅れ時間がこれに含まれる。
ここで、スロットルバルブ23を通過する吸気量とインジェクター18からの燃料噴射量とが一定であり、パージ弁31が閉鎖されているときの空燃比がAF1であるとする。また、パージ通路30内には空燃比AF1よりもリッチなパージガスが存在し、パージ弁31を開放することで空燃比の理論値がAF1からAF2へと変化するものとする。
時刻0にパージ弁31が開放されると、空燃比の理論値は、図2中に太実線で示すように階段状に変化する。一方、パージ弁31を通過したパージガスは直ちにシリンダー19内に導入されるわけではなく、図2中に細実線で示すように吸気応答遅れ,排気応答遅れを伴って、空燃比センサー32の近傍に到達する。そのため、センサー空燃比AFは時刻0から遅れて徐々に変化する。
パージガスの遅れ時間は、燃焼サイクル毎にシリンダー19に導入され、排出される空気量、すなわち充填効率Ecに応じて変化する。充填効率Ecの値がEc1,Ec2,Ec3(Ec3<Ec2<Ec1)であるときのセンサー空燃比AFのそれぞれの変化を、図2中に細実線,破線,一点鎖線で示す。充填効率Ecが高いほど、パージガスが空燃比センサー32まで速く到達することになり、遅れ時間が短縮される。反対に、充填効率Ecが低いほど遅れ時間が延長され、センサー空燃比AFが変化しにくくなる。
燃料量補正係数演算部6(補正係数演算手段)は、おもにフィードバック噴射制御で使用される燃料量補正係数KFB_PRGを演算するものである。この燃料量補正係数KFB_PRGとは、センサー空燃比AFが目標空燃比AFTGTからどの程度ずれていたのかを示すパラメーターであり、エンジン10のセンサー空燃比AF(実空燃比)を目標空燃比AFTGTに一致させるための補正係数である。
ここでは、まず目標空燃比AFTGTとセンサー空燃比AFとに基づいて燃料量補正係数KFB_PRGが演算され、その後、後述する上限値制限部7で演算される上限値KMAXによって制限された値が、最終的な燃料量補正係数KFB_PRGとして演算される。したがって、燃料量補正係数KFB_PRGは、目標空燃比AFTGTとセンサー空燃比AFとに基づいて得られる理論値と、上限値制限部7で制限される上限値KMAXとのうち、何れか小さい一方の値とされる。ここで演算された燃料量補正係数KFB_PRGの値は、パージ濃度演算部8及び制御部9に伝達される。
燃料量補正係数KFB_PRGは、空燃比センサー32の検出対象となった排気の燃料濃度の逆数に対応するパラメーターである。言い換えると、燃料量補正係数KFB_PRGは、センサー空燃比AFの情報を今後の制御にフィードバックさせるためのパラメーターであって、センサー空燃比AFを目標空燃比AFTGTに近づけるための増減量を与える係数となる。
この燃料量補正係数KFB_PRGは、センサー空燃比AFが目標空燃比AFTGTに等しいときにKFB_PRG=1.0となり、センサー空燃比AFが目標空燃比AFTGTよりもリッチであるときにはKFB_PRG<1.0となり、目標空燃比AFTGTよりもリーンであるときにはKFB_PRG>1.0となる。目標空燃比AFTGTが理論空燃比であるとき、燃料量補正係数KFB_PRGは空気過剰率に相当するパラメーターとなる。
なお、センサー空燃比AFと目標空燃比AFTGTとのずれ量には、パージガスによるずれ量(パージガス濃度の演算誤差やパージガス流量の演算誤差等)と、パージガス以外の要因によるずれ量(インジェクター18からの噴射誤差やインマニ20への付着,空燃比センサー32での検出誤差等)とが含まれる。したがって、前者のずれ量をゼロにするためのパージ濃度補正係数K1と後者のずれ量をゼロにするための空燃比フィードバック補正係数K2とを別個に演算し、これらを乗算することによって燃料量補正係数KFB_PRGを求めてもよい。
この場合、パージ濃度補正係数K1は、例えばパージ弁31の開度S2やパージ率RPRG,後述するパージガス濃度推定値KAF_PRGの前回値等に基づいて演算される。また、空燃比フィードバック補正係数K2は、例えば吸気流量Qやスロットルバルブ23の開度S1,スロットルバルブ23の上流及び下流の圧力,吸気温度,センサー空燃比AF等に基づいて算出される。
上限値制限部7(制限手段)は、パージ率演算部5で演算されたパージ率RPRGに基づき、燃料量補正係数演算部6で演算される燃料量補正係数KFB_PRGの上限値KMAXを設定して、燃料量補正係数KFB_PRGの演算値に制限を加えるものである。ここでは、吸気系に導入されたパージガスが空燃比センサー32の近傍に到達するまでの遅れ時間が考慮されたセンサー部パージ率RPRGSに基づいて上限値KMAXが演算される。
また、上限値制限部7は、センサー部パージ率RPRGSの変化勾配の符号に応じて、算出手法の異なる上限値KMAXを設定する。ここでは、センサー部パージ率RPRGSが増加中(変化勾配が正)であるときには、センサー部パージ率RPRGSに所定値Aを加算した値が上限値KMAXとして設定される。一方、センサー部パージ率RPRGSが減少中(変化勾配が負)であるか一定(変化勾配が0)であるときには、所定値Aよりも小さい第二所定値Bをセンサー部パージ率RPRGSに加算した値が、上限値KMAXとして設定される。
これにより、センサー部パージ率RPRGSが高まる過程では上限値KMAXが高く(制限が緩く)設定され、反対にセンサー部パージ率RPRGSが低くなる過程では上限値KMAXが低く(制限が厳しく)設定される。また、センサー部パージ率RPRGSが一定であるときにはその値が増加中であるときよりも上限値KMAXの値がやや低く設定されて制限が強められる。ここで演算された上限値KMAXは、燃料量補正係数演算部6に伝達される。なお、所定値A,第二所定値Bのそれぞれの具体的な値は任意であるが、少なくとも不等式1≦A≦Bが成立するように設定され、例えばA=1.00,B=0.97とされる。
パージ濃度演算部8(パージ濃度演算手段)は、燃料量補正係数演算部6で演算された燃料量補正係数KFB_PRGとパージ率演算部5で演算されたパージ率RPRG(又はセンサー部パージ率RPRGS)とに基づき、推定されたパージガスの濃度に対応するパージガス濃度推定値KAF_PRGを演算するものである。パージガス濃度推定値KAF_PRGの定義は、目標空燃比AFTGTをパージガス空燃比AFPRGで除したものである。
このパージガス濃度推定値KAF_PRGは、空燃比センサー32でセンサー空燃比AFが検出された排気中に含まれていたパージガスの燃料濃度に対応する値を持つ。例えば、パージガス空燃比AFPRGが目標空燃比AFTGTに等しいときにKAF_PRG=1.0となり、パージガス空燃比AFPRGが目標空燃比AFTGTよりもリッチであるときにはKAF_PRG>1.0となり、パージガス空燃比AFPRGが目標空燃比AFTGTよりもリーンであるときにはKAF_PRG<1.0となる。なお、目標空燃比AFTGTが理論空燃比であるとき、パージガス濃度推定値KAF_PRGはパージガスの当量比に相当するパラメーターとなる。
パージガス空燃比AFPRGは、センサー空燃比AF,パージ率RPRG及び目標空燃比AFTGTに基づいて算出することができる。あるいは、燃料量補正係数KFB_PRG,パージ率RPRG及び目標空燃比AFTGTに基づいて算出することができる。したがって、パージガス濃度推定値KAF_PRGは、式1〜式3に示すように、センサー空燃比AF,燃料量補正係数KFB_PRG,パージ率RPRG,センサー部パージ率RPRGS,目標空燃比AFTGT等の関数で表現できる。
本実施形態のパージ濃度演算部8は、式2に示すように、燃料量補正係数KFB_PRG,センサー部パージ率RPRGS及び目標空燃比AFTGTに基づいて、パージガス濃度推定値KAF_PRGを演算する。ここで演算されたパージガス濃度推定値KAF_PRGの情報は、制御部9に伝達される。
図3(a)は、燃料量補正係数KFB_PRG,パージ率RPRG及びパージガス濃度推定値KAF_PRGの関係をグラフ化したものである。燃料量補正係数KFB_PRGが1.0であるとき、パージガス濃度推定値KAF_PRGはパージ率RPRGの大小に関わらず1.0となる。一方、燃料量補正係数KFB_PRGが1.0よりも小さいとき(すなわち、排気がリッチだったとき)には、パージ率RPRGの値が減少するにつれて、パージ率RPRGにほぼ逆比例するようにパージガス濃度推定値KAF_PRGの値が増大する。また、燃料量補正係数KFB_PRGが1.0よりも小さく、かつ、パージ率RPRGが一定であれば、燃料量補正係数KFB_PRGの値が減少するほどパージガス濃度推定値KAF_PRGの値が増大し、グラフの傾きが急勾配となる。
同様に、燃料量補正係数KFB_PRGが1.0よりも大きいとき(すなわち、排気がリーンだったとき)には、パージ率RPRGの値が減少するにつれて、パージ率RPRGにほぼ逆比例するようにパージガス濃度推定値KAF_PRGの値が減少する。また、燃料量補正係数KFB_PRGが1.0よりも大きく、かつ、パージ率RPRGが一定であれば、燃料量補正係数KFB_PRGの値が増大するほどパージガス濃度推定値KAF_PRGの値が減少し、グラフの傾きが急勾配となる。
上記の式2に示された関数では、パージ率RPRG及び燃料量補正係数KFB_PRGの組み合わせによって、パージガス濃度推定値KAF_PRGの値が負となる場合がある。式3に示された関数でも同様に、センサー部パージ率RPRGS及び燃料量補正係数KFB_PRGの組み合わせによって、パージガス濃度推定値KAF_PRGの値が負となる場合がある。
パージガス濃度推定値KAF_PRGの値を0とするようなパージ率RPRG及び燃料量補正係数KFB_PRGの組み合わせを抽出すると、パージ率RPRGが低いほど、そのパージ率RPRGに対応する燃料量補正係数KFB_PRGの値が低下する特性を持つ。パージガス濃度推定値KAF_PRGの値を0とするパージ率RPRG及び燃料量補正係数KFB_PRGの組み合わせについて、以下の式4に示す関係が成立する。
例えば、図3(b)に示すように、燃料量補正係数KFB_PRGの値が1.04である場合、パージガス濃度推定値KAF_PRGとパージ率RPRGとの関係を示すグラフにおいて、パージガス濃度推定値KAF_PRGの値を0とするパージ率RPRGの値は、0.04となる。同様に、燃料量補正係数KFB_PRGの値が1.05である場合は、パージ率RPRGが0.05のときにパージガス濃度推定値KAF_PRGが0となり、燃料量補正係数KFB_PRGの値が1.06である場合は、パージ率RPRGが0.06のときにパージガス濃度推定値KAF_PRGが0となる。
一方、上限値制限部7では、燃料量補正係数KFB_PRGの上限値KMAXがセンサー部パージ率RPRGSに所定値A,第二所定値Bを加算して設定される。したがって、センサー部パージ率RPRGSがパージ率RPRG以下である場合、少なくとも所定値Aが1以下の値であれば、パージガス濃度推定値KAF_PRGが0以上となる。また、センサー部パージ率RPRGSがパージ率RPRGを超える場合には、所定値Aよりも小さい第二所定値Bを用いて制限を強めることで、パージガス濃度推定値KAF_PRGが0以上となりうる。
制御部9は、インジェクター18からの燃料噴射量やスロットルバルブ23,パージ弁31の開度等を制御するものである。ここでは、例えば吸気流量Qやセンサー空燃比AF,パージ率RPRG,センサー部パージ率RPRGS,燃料量補正係数KFB_PRG,パージガス濃度推定値KAF_PRG,エンジン10の回転速度Ne,アクセル操作量APS,ブレーキ液圧BRK等に基づき、スロットルバルブ23及びパージ弁31のそれぞれの開度が制御される。燃料噴射量は、フィードバック噴射制御かオープンループ噴射制御かの何れか一方によって制御され、シリンダー19内に実際に導入される混合気の空燃比が目標空燃比AFTGTと等しくなるように調節される。
このように、エンジン制御装置1では、センサー部パージ率RPRGSに応じた燃料量補正係数KFB_PRGの上限値KMAXが設定され、パージガス濃度推定値KAF_PRGが負になることが回避される。これにより、パージガス濃度推定値KAF_PRGの推定に係る演算精度が向上する。また、演算精度の高いパージガス濃度推定値KAF_PRGを用いてインジェクター18からの燃料噴射量やスロットルバルブ23,パージ弁31の開度等が制御されるため、フィードバック噴射制御,オープンループ噴射制御の何れにおいても燃料噴射量の演算精度が高められ、制御性が向上する。
[3.フローチャート]
図4は、エンジン制御装置1において、パージガス濃度推定値KAF_PRGの演算手法を例示するフローチャートである。このフローは、予め設定された所定周期(例えば、数十[ms]サイクル)で繰り返し実施される。
ステップA10では、目標空燃比設定部3において目標空燃比AFTGTが設定される。ここでは、例えばエンジン10に要求されている負荷に応じた大きさの目標空燃比AFTGTが与えられる。続くステップA20では、空燃比センサー32で検出された排気空燃比情報がエンジン制御装置1の空燃比演算部4に入力され、空燃比演算部4でセンサー空燃比AFが演算される。また、ステップA30では、エアフローセンサー33で検出された吸気流量Qの情報が充填効率演算部2に入力され、充填効率Ecが演算される。
ステップA40では、スロットルバルブ23の開度S1,パージ弁31の開度S2,それぞれの流速等の情報がパージ率演算部5に入力され、これらの情報に基づいてパージ率RPRGが演算される。例えば、スロットルバルブ23の開度S1に対するパージ弁31の開度S2の割合に補正係数を乗じた値がパージ率RPRGとして演算される。この場合、キャニスター29を通過する空気の圧力損失を考慮して補正係数を設定してもよいし、スロットルバルブ23部の圧力差や圧力比(例えば、上流圧に対する下流圧の比)に応じた大きさの補正係数を設定してもよい。
ステップA50では、ステップA30で演算された充填効率EcとステップA40で演算されたパージ率RPRGとに基づき、センサー部パージ率RPRGSが演算される。ここでは、例えば充填効率Ecに応じた大きさのフィルター係数が設定されるとともに、そのフィルター係数を用いた一次遅れ処理や二次遅れ処理がパージ率RPRGに対して施されて、センサー部パージ率RPRGSが求められる。フィルター係数は、充填効率Ecが高いほど、パージ率RPRGに対するセンサー部パージ率RPRGSの遅れ時間が短くなるような値とされる。
ステップA60では、センサー部パージ率RPRGSが増加中であるか否かが判定される。このステップでは、センサー部パージ率RPRGSの変化勾配の符号が判定される。例えば、今回の演算周期のステップA50で演算されたセンサー部パージ率RPRGSと前回の演算周期で得られたセンサー部パージ率RPRGSとが比較され、今回値が前回値を超えているときに、センサー部パージ率RPRGSが増加中(変化勾配が正)であると判定される。一方、今回値が前回値以下のときには、センサー部パージ率RPRGSが減少中(変化勾配が負)又は一定(変化勾配が0)であると判定される。ここで、変化勾配が正である場合には制御がステップA70に進み、それ以外の場合にはステップA80に進む。
ステップA70では、上限値制限部7において、センサー部パージ率RPRGSに所定値Aを加算した値が上限値KMAXとして設定される。例えば、センサー部パージ率RPRGSが0.06(6%)であり、所定値Aが1.00であるとき、上限値KMAXは1.06とされる。一方、ステップA80では、センサー部パージ率RPRGSに第二所定値Bを加算した値が上限値KMAXとして設定される。第二所定値Bは所定値Aよりも小さい値である。例えば、センサー部パージ率RPRGSが0.06(6%)であり、第二所定値Bが0.97であるとき、上限値KMAXは1.03とされる。ステップA80で設定される上限値KMAXは、ステップA70で設定される上限値KMAXよりも、燃料量補正係数KFB_PRGの値を減少方向に強く制限するように作用する。
ステップA90では、燃料量補正係数演算部6において、ステップA20で演算されたセンサー空燃比AFとステップA10で設定された目標空燃比AFTGTとに基づき、燃料量補正係数KFB_PRGが演算される。このステップで演算される燃料量補正係数KFB_PRGは、まだ制限を受けていないものである。続くステップA100では、ステップA90で演算された燃料量補正係数KFB_PRGがステップA70,A80の何れか一方で設定された上限値KMAX以下であるか否かが判定される。
ここでKFB_PRG>KMAXである場合には、ステップA90で演算された燃料量補正係数KFB_PRGが過大であるものと判断され、ステップA110に進んで上限値KMAXの値が新たな燃料量補正係数KFB_PRGとして設定されるとともに、ステップA120に進む。一方、KFB_PRG≦KMAXである場合には、そのままステップA120に進む。この場合、ステップA90で演算された燃料量補正係数KFB_PRGの値がそのまま保持される。
ステップA120では、パージ濃度演算部8において燃料量補正係数KFB_PRG,センサー部パージ率RPRGS及び目標空燃比AFTGTに基づいてパージガス濃度推定値KAF_PRGが演算され、その演算値が最新の値に更新されて、この演算周期での制御を終了する。ここで演算されたパージガス濃度推定値KAF_PRGは、制御部9において、燃料噴射量やスロットルバルブ23,パージ弁31の開度の演算に利用される。
なお、センサー部パージ率RPRGSが0.06(6%)であり、所定値Aが1.00であるとき、センサー部パージ率RPRGSが増加中であれば、上記のステップA70で上限値KMAXが1.06とされる。その後、ステップA90で演算される燃料量補正係数KFB_PRGが1.06よりも大きければ、パージガス濃度推定値KAF_PRGが負の値となってしまう。しかし、上記の制御では、燃料量補正係数KFB_PRGの値がその上限値KMAXである1.06を超えないように制限される。したがって、ステップA120で演算されるパージガス濃度推定値KAF_PRGは、0以上の値となる。
[4.作用]
上記の制御手法による演算周期間の燃料量補正係数KFB_PRGの変化について、図5(a)〜(e)を用いて説明する。
センサー部パージ率RPRGSの増加時には、センサー部パージ率RPRGSに所定値Aを加算した値が上限値KMAXとされる。ここで、図5(a)に示すように、センサー部パージ率RPRGSの変化勾配が一定(正の値)である時刻t1から時刻t2までの期間に着目する。演算周期が時刻t1から時刻t2までの時間の1/4であり、演算の開始時刻が時刻t1である場合、燃料量補正係数KFB_PRGの演算は、時刻t1から時刻t2までの間に五回実施される。したがって、燃料量補正係数KFB_PRGの値は、図5(b)中に黒点で示すように間欠的に演算される。
時刻t1でのセンサー部パージ率R1に所定値Aを加算した値と、時刻t2でのセンサー部パージ率R2に所定値Aを加算した値とを図5(b)中にプロットし、これらを破線グラフで結んで示す。この破線グラフは、図5(a)に実線で示すセンサー部パージ率RPRGSのグラフに対応する形状となり、理論上の上限値KMAXの変化を示すものと一致する。五つの燃料量補正係数KFB_PRGが上限値KMAXで制限されたものであるとき、これらの五つの黒点は、全て破線上に位置する。
それぞれの演算周期で得られる燃料量補正係数KFB_PRGの値は、次回の演算周期で新たな値が得られるまで保持される。したがって、例えば図5(b)中の時刻t1から時刻t11までの区間では、時刻t1に得られた燃料量補正係数KFB_PRGの値R1+Aが保持され、この値R1+Aを燃料量補正係数KFB_PRGとした各種制御が実施される。この区間内では常にR1+A≦KMAXとなり、燃料量補正係数KFB_PRGが理論上の上限値KMAXを超えることはない。
これに対し、センサー部パージ率RPRGSの減少時に同じ所定値Aを用いて上限値KMAXを設定すると、燃料量補正係数KFB_PRGが理論上の上限値KMAXを超える場合がある。
例えば、図5(c)に示すように、センサー部パージ率RPRGSの変化勾配が一定(負の値)である時刻t3から時刻t4までの期間に着目する。この期間に演算される燃料量補正係数KFB_PRGが全て上限値KMAXで制限されたものであるとき、図5(d)中に黒点で示す燃料量補正係数KFB_PRGの演算値は、破線で示す理論上の上限値KMAXのグラフ上に位置する。
一方、センサー部パージ率RPRGSの減少によって理論上の上限値KMAXのグラフが下方に向かう形状となるため、理論上の上限値KMAXは次回の演算周期まで保持される燃料量補正係数KFB_PRGの値を下回ることになる。図5(d)中に斜線ハッチングで示す範囲は、燃料量補正係数KFB_PRGが理論上の上限値KMAXを超えうる時間とその超過量とを示している。
このような燃料量補正係数KFB_PRGと理論上の上限値KMAXとの関係を踏まえて、上記の制御手法では、センサー部パージ率RPRGSの減少時に第二所定値Bを用いて上限値KMAXが設定される。第二所定値Bは、所定値Aよりも小さい値であり、すなわち燃料量補正係数KFB_PRGをより強く制限するように機能する。したがって、図5(e)中に実線で示すように、燃料量補正係数KFB_PRGが演算されてから次回の演算周期で新たな値が得られるまでの間においても、燃料量補正係数KFB_PRGが理論上の上限値KMAXを超えないようにすることが可能である。
[5.効果]
このように、本実施形態のエンジン制御装置1によれば、以下のような作用,効果が得られる。
(1)上記のエンジン制御装置1では、燃料量補正係数KFB_PRGの上限値KMAXがパージ率RPRGに基づいて設定される。これにより、式4に記載されたパージ率RPRG及び燃料量補正係数KFB_PRGの関係を利用してパージガス濃度推定値KAF_PRGの値域を特定することができる。
また、実際のパージガス濃度が負にならないことから、パージガス濃度推定値KAF_PRGの値域を0以上の範囲に特定することで、任意のパージ率RPRG及び燃料量補正係数KFB_PRGの組み合わせの中から、適切でない組み合わせを除外することができる。これにより、パージ率RPRG及び燃料量補正係数KFB_PRGのそれぞれについての演算誤差を小さくすることができる。
なお、一般に燃料量補正係数KFB_PRGの演算誤差よりもパージ率RPRGの演算誤差の方が小さいことから、パージ率RPRGに基づいて燃料量補正係数KFB_PRGを求めることで、従来の手法に比べて燃料量補正係数KFB_PRGの演算精度を格段に向上させることができる。したがって、パージガス濃度の推定演算精度を向上させることができる。
(2)また、上記のエンジン制御装置1では、センサー部パージ率RPRGSが低いほど、すなわち、パージ率RPRGが低いほど燃料量補正係数KFB_PRGの上限値KMAXが低く設定され、より厳しい制限が加えられる。したがって、燃料量補正係数KFB_PRGの演算誤差によってパージガス濃度推定値KAF_PRGが負の値として推定されることを回避しやすくすることができる。
また、上記のエンジン制御装置1では、百分率で表現されたセンサー部パージ率RPRGSに1が加算された値が、その時点での燃料量補正係数KFB_PRGの上限値KMAXとして設定される。これにより、パージガス濃度推定値KAF_PRGの値域を確実に0以上とすることができる。
(3)また、上記のエンジン制御装置1では、パージ率RPRGの演算に際し、吸気系に導入されたパージガスが空燃比センサー32の近傍に到達するまでの遅れ時間が考慮される。例えば、パージ率演算部5で演算されたパージ率RPRGに対して一次遅れ処理や二次遅れ処理が施されて、センサー部パージ率RPRGSが演算される。
このような空燃比センサー32の近傍でのパージガスの状態を精度よく模擬した上で上限値KMAXを設定することで、パージガスが空燃比センサー32に与える影響の度合いを燃料量補正係数KFB_PRGの演算に反映させることができ、燃料量補正係数KFB_PRGの演算誤差を小さくすることができる。これにより、パージガス濃度推定値KAF_PRGの演算精度を向上させることができる。
(4)また、上記のエンジン制御装置1では、パージ率RPRGからセンサー部パージ率RPRGSを求める際に、充填効率Ecに基づいてその遅れ時間を推定している。例えば、上限値制限部7では、充填効率Ecが大きいほど、パージ率RPRGに対するセンサー部パージ率RPRGSの遅れ時間が短縮するように(充填効率Ecが小さいほど、遅れ時間が延長されるように)、時定数やフィルター係数が与えられる。これにより、パージガスの遅れの影響をより正確に燃料量補正係数KFB_PRGの演算に反映させることができ、燃料量補正係数KFB_PRGの演算誤差をさらに小さくすることができる。
(5)また、上記のエンジン制御装置1では、センサー部パージ率RPRGSの変化勾配の符号に応じて、燃料量補正係数KFB_PRGの上限値KMAXが設定される。例えば、図5(a)に示すように、センサー部パージ率RPRGSの変化勾配が正のときには、センサー部パージ率RPRGSに所定値Aを加算した値が上限値KMAXとして設定される。
一方、図5(c)に示すように、センサー部パージ率RPRGSの変化勾配が負又は0のときには、センサー部パージ率RPRGSに第二所定値Bを加算した値が上限値KMAXとして設定され、変化勾配が正のときよりも制限が強められる。このような上限値KMAXの設定により、演算周期間で燃料量補正係数KFB_PRGの値が一時的に上限値KMAXを超えてしまうような事態を回避することができる。
[6.変形例]
上述の実施形態では、センサー部パージ率RPRGSに基づいて燃料量補正係数KFB_PRGの上限値KMAXを設定するものを例示したが、センサー部パージ率RPRGSの代わりにパージ率RPRGを用いて上限値KMAXを設定してもよい。少なくとも、パージガスの導入割合に相当するパラメーターを用いて燃料量補正係数KFB_PRGの上限値KMAXを設定することで、パージガス濃度推定値KAF_PRGの値域を特定することができる。なお、パージガス濃度推定値KAF_PRGの演算精度を向上させる上では、パージ率RPRGよりもセンサー部パージ率RPRGSを用いて上限値KMAXを設定することが好ましい。
また、上述の実施形態では、センサー部パージ率RPRGSの変化勾配の符号に応じて、算出手法の異なる上限値KMAXが設定されているが、単一の算出手法で上限値KMAXを設定する演算構成としてもよい。すなわち、変化勾配の符号に関わらず、センサー部パージ率RPRGSに所定値Aを加算したものを上限値KMAXとしてもよい。例えば、演算周期間における燃料量補正係数KFB_PRGと理論上の上限値KMAXとの差が問題とならない程度に演算周期が短い場合には、算出手法を単一とすることで制御構成を簡素化することができる。
また、上述の実施形態では、上限値KMAXを算出する際にセンサー部パージ率RPRGSに加算される所定値A,第二所定値Bが予め設定されているもの(例えば、A=1.00,B=0.97)を例示したが、これらの値をセンサー部パージ率RPRGSの大きさや変化勾配の大きさに応じて変更してもよい。これらの所定値A,第二所定値Bは、上限値KMAXの値に直接的に反映されるものであって、燃料量補正係数KFB_PRGに与えられる制限の強さに対応する。
例えば、所定値Aを小さくするほど上限値KMAXが小さくなり、燃料量補正係数KFB_PRGも小さい値に制限される。つまり、所定値Aはフィードバック噴射制御の強度にも影響を与える。したがって、エンジン10に要求されるパージガス濃度推定値KAF_PRGの演算精度とフィードバック噴射制御の強度とのバランスを考慮して、運転状態に応じた所定値A,第二所定値Bを設定してもよい。
また、上述の実施形態では、空気量相当のパラメーターである充填効率Ecを用いてパージガスの遅れ時間を演算するものを例示したが、充填効率Ecの代わりに筒内空気量(質量,体積)や体積効率等を用いてもよい。少なくとも、エンジン10のシリンダー19内に導入される空気量と相関のあるパラメーターであれば、充填効率Ecと同様の演算に適用することが可能である。
なお、上述の実施形態におけるエンジン10の種類は任意であり、ガソリンエンジンやディーゼルエンジン,その他の燃焼形式のエンジンを用いることができる。