次に図面を参照してこの発明の実施の形態を説明する。
図1は、この発明の一実施形態に従う、車両の自動操舵装置の全体構成図であり、図2はバック駐車/左モードの作用説明図であり、図3はモード選択スイッチおよび自動駐車スタートスイッチを示す図である。
図1に示すように、車両Vは一対の前輪Wf,Wfおよび一対の後輪Wr,Wrを備える。ステアリングハンドル1と操舵輪である前輪Wf,Wfとが、ステアリングハンドル1と一体に回転するステアリングシャフト2と、ステアリングシャフト2の下端に設けたピニオン3と、ピニオン3に噛み合うラック4と、ラック4の両端に設けた左右のタイロッド5,5と、タイロッド5,5に連結された左右のナックル6,6とによって接続される。運転者によるステアリングハンドル1の操作をアシストすべく、あるいは後述する駐車のための自動操舵を行うべく、電動モータよりなるステアリングアクチュエータ7がウオームギヤ機構8を介してステアリングシャフト2に接続される。
操舵制御装置21は制御部22と記憶部23を備えており、制御部22には、ステアリングハンドル1の回転角である実舵角θを検出する実舵角センサ(検出手段)Saと、ステアリングハンドル1の操舵トルクTを検出する操舵トルクセンサ(検出手段)Sbと、車輪Wf,Wf;Wr,Wrの回転角を検出する車輪回転角センサ(検出手段)Sc…と、ブレーキペダル9の操作量を検出するブレーキ操作量検出手段Sdと、セレクトレバー10により選択されたシフトレンジ(「D」レンジ、「R」レンジ、「N」レンジ、「P」レンジ等)を検出するシフトレンジ検出手段Seとからの信号が入力される。
操舵制御装置21は、中央処理装置(CPU)およびメモリを備えるコンピュータである電子制御装置(ECU)に実現されることができる。この場合、制御部22の機能を実現するコンピュータプログラムはメモリに格納され、CPUが該プログラムを読み出して実行する。また、記憶部23はメモリに実現されることができる。代替的に、操舵制御装置21を、ハードウェアとソフトウェア(コンピュータプログラム)の組み合わせにより実現するようにしてもよい。
図3を併せて参照すると明らかなように、運転者により操作されるモード選択スイッチSfおよび自動駐車スタートスイッチSgが制御部22に接続される。モード選択スイッチSfは、後述する4種類の駐車モード、即ちバック駐車/右モード(右バック)、バック駐車/左モード(左バック)、縦列駐車/右モード(右縦列)および縦列駐車/左モード(左縦列)のいずれかを選択する際に操作される4個のボタンを備える。自動駐車スタートスイッチSgは、モード選択スイッチSfで選択したいずれかのモードによる自動駐車を開始する際に操作される。これらのスイッチは、運転者が操作可能なように、たとえば車両Vのインスツルメントパネルに設けられることができる。
記憶部23には、上記4種類の駐車モードのそれぞれについてのデータ、すなわち、目標位置に駐車するために設定された目標移動軌跡に従う、車両Vの移動距離Xに対する目標舵角θrefの関係が、予めテーブルとして記憶されている(図2の(b)を参照)。車両Vの移動距離Xは、既知である車輪Wf,Wf;Wr,Wrの外周長(タイヤの半径)に、車輪回転角センサSc…で検出した車輪Wf,Wf;Wr,Wrの回転角を乗算することにより求められる。なお、該移動距離Xの算出には、車輪回転角センサSc…の出力のハイセレクト値(最大値)、ローセレクト値(最小値)、あるいは平均値を使用することができる。
制御部22は、各検出手段Sa〜SeおよびスイッチSf,Sgからの信号と、記憶部23に記憶された駐車モードのデータとに基づいて、ステアリングアクチュエータ7の作動を制御すると共に、液晶モニター、スピーカ、ランプ、チャイム、ブザー等を備え、運転者に様々な報知を行う操作段階教示装置11の作動を制御する。
次に、前述の構成を備えた本発明の実施の形態の作用について説明する。自動駐車を行わない通常時(モード選択スイッチSfが操作されていないとき)には、操舵制御装置21が一般的なパワーステアリング制御装置として機能する電動パワーステアリング(EPS)モードとなる。具体的には、運転者が車両Vを旋回させるべくステアリングハンドル1を操作すると、操舵トルクセンサSbがステアリングハンドル1に入力された操舵トルクTを検出し、制御部22は、該操舵トルクTを用いてステアリングアクチュエータ7の駆動を制御する。その結果、ステアリングアクチュエータ7の駆動力によって左右の前輪Wf,Wfが操舵され、運転者のステアリング操作がアシストされる。
次に、バック駐車/左モード(車両Vの左側にある駐車位置にバックしながら駐車するモード)を例にとって、操舵制御装置21が自動操舵装置として機能する自動操舵制御モードの内容を説明する。左バック駐車を行う場合、目標駐車位置は駐車スペースの中心となるから、運転者は、図2(a)の位置A1に示すように、駐車スペースPの入口辺Peの端部X1に、車両Vに予め設けられた開始位置マークMを目視により合わせ、かつ駐車スペースPの入口辺Peと、車両の開始位置マークMを通る車幅方向のラインとが垂直となるように、車両Vを駐車させる。
運転者がモード選択スイッチSfによって左バック駐車を選択すると、選択されたスイッチが点灯し、教示装置11は、「左バック駐車です。」と運転者へ報知する。選択した駐車モードに間違いがなければ、運転者はハンドル1から両手を離し、自動操舵スタートスイッチSgをONにする。なお、これらのスイッチ入力は、車速がゼロであること、ブレーキ9が操作されていること、ハンドル1の実舵角が所定範囲内にあること(たとえば、±20度)の条件を満たさないと無視される。これらの条件を満たしていれば、スイッチ入力は受け付けられ、電動パワーステアリング(EPS)モードから、自動操舵制御モードへと移行する。電動パワーステアリングとして動作していたステアリングアクチュエータ7は、自動操舵制御モードが終了するまでの間、自動操舵を実現するよう制御部22により制御されることになる。
自動操舵スタートスイッチSgが点灯し、教示装置11により「ゆっくり前進してください」と報知および前進の表示があるので、運転者は、ブレーキ9をゆるめて車両を前進させると、車輪回転角センサScの出力パルス数の積算から、車輪の回転角Θが検出される。車輪の回転角Θと車輪のタイヤの半径rから、車両の移動距離X=rΘが算出される。制御部22は、図2(b)のような記憶部23に格納されている左バック駐車モード用の目標移動軌跡テーブルから、該移動距離Xに対応するハンドル1の目標舵角θrefを読み出す。
制御部22は、実舵角センサSaにより検出された実舵角θが、該読み出した目標舵角θrefと等しくなるように、ステアリングアクチュエータ7を制御して、操舵車輪Wf,Wfを自動的に転舵する。
この左バック駐車の場合、図2(b)のテーブルに設定された目標移動軌跡は、距離aの前進直進部、距離bの右保舵部(右に転舵した状態を保持して走行)、距離cの前進直進部、距離dの左保舵部(左に転舵した状態を保持して走行)、および距離eの後進直進部とから成っている。
まず、車両Vが位置A1からA2に前進するときは、右側への操舵が行われる。進行方向を前進から後退に変化する位置すなわちシフトチェンジ位置(図2(a)の位置A2)まで車両が前進すると、教示装置11により、「停車してシフトチェンジをしてください」と報知およびシフトチェンジの表示がある。運転者は、車両を停車させ、シフト位置を前進から後退へ変更する。これが、シフトレンジ検出手段Seにより検出されると、教示装置11により、「ゆっくり後退してください」と報知および後退の表示があるので、運転者は後退を開始する。なお、シフトチェンジが行われた位置までに、実際に行き過ぎた距離は記憶しておくことができ、車両が後退するときに、該行きすぎの距離をキャンセルして、シフトチェンジ位置の行きすぎによる駐車位置のずれを防ぐことができる。
車両Vが位置A2から位置A3に後退するときは、左側への転舵が行われる。自動操舵により車両が駐車位置(図2(a)の位置A3)まで後退すると、教示装置から「左バック駐車終了です、停車してください」と報知および停車の表示がある。運転者により車両が停車したことが車輪回転角センサSaの出力から検知された場合、あるいはシフトレバーが後退位置から操作されたことがシフトレンジ検出手段Seにより検出された場合、自動操舵制御モードは終了する。
上記のような正常終了以外に、自動操舵スタートスイッチSgがOFFにされた場合、車速が終了判定条件を満たした場合、運転者がハンドル1を操作して操舵トルクTが終了判定条件を満たした場合においても、「自動操舵制御中止です」と教示した後、速やかに自動操舵を中止する。これにより、電動パワーステアリングモードに移行し、ステアリングアクチュエータ7は電動パワーステアリングとして動作し、運転者のステアリング操作をアシストする。
なお、自動操舵の開始位置は、この実施例では位置A1のように開始位置マークMを駐車スペースPの入口辺Peの端部X1に合わせたが、該マークを合わせる場所を駐車スペースPの入口辺Peの他方の端部X2あるいは該入口辺Peの中心(X1とX2の中央)にし、この位置を開始位置としてもよい。この開始位置に合わせて、記憶部23に記憶される目標移動軌跡テーブルは予め作成される。また、マークMの代わりに、ドアミラー等を使用してもよい。
図4は、操舵制御装置21のより詳細な構成を示す。制御部22は、EPS指示電流算出部51、指示電流切替部53、および電流制御部55を備える。EPS指示電流算出部51は、電動パワーステアリング(EPS)モード用の、電動モータからなるステアリングアクチュエータ7に通電すべき指示電流(目標電流)を算出する。具体的には、EPS指示電流算出部51は、操舵トルクセンサSbにより検出された操舵トルクTと、検出された車速(車速センサ(図示せず)により検出されることができる)に基づいて、指示電流IT1を算出する。指示電流切替部53は、電動パワーステアリング(EPS)モードで動作している間、電流制御部55に渡す指示電流ITとして、EPS指示電流算出部51により算出された指示電流IT1を選択する。
他方、制御部22は、自動操舵制御モード用に、移動距離算出部61、目標舵角算出部63および舵角制御部65を備える。記憶部23には、前述したように、スイッチSfにより選択可能な駐車モードのそれぞれについて、目標移動軌跡に沿って設定された、移動距離Xに対する目標舵角θrefを規定したテーブル(目標移動軌跡テーブル)が記憶されている。移動距離算出部61は、前述したように、車輪回転角センサScによって検出された車輪の回転角Θおよびタイヤの半径rから移動距離X=rΘを算出する。目標舵角算出部63は、スイッチSfにより選択された駐車モードに対応する目標移動軌跡テーブルを記憶部23から読み出し、算出された移動距離Xに基づいて該テーブルを参照し、該移動距離Xに対応する目標舵角θrefを求める。
舵角制御部65は、所定の制御手法を用いて(この実施例では、I−PD制御であり、詳細は後述される)、実舵角センサSaにより検出された実舵角θを、該求めた目標舵角θrefに一致させるための指示電流IT2を算出する。また、舵角制御部65は、詳細は後述するように、ステアリングアクチュエータ7の電動モータに実際に通電している実電流IMと、指示電流IT2との間の偏差の大きさが増大しないように、該指示電流IT2を制御する。
指示電流切替部53は、自動操舵スタートスイッチSgがONにされて自動操舵制御モードが開始してから、該モードが終了するまでの間、電流制御部54に渡すべき指示電流ITとして、舵角制御部65により算出された指示電流IT2を選択する。
ステアリングアクチュエータ7の電動モータに実際に通電している実電流IMは、所定のセンサにより検出される。電流制御部55は、該実電流IMが、指示電流切替部53から受け取った指示電流ITに一致するように、フィードバック制御を実行して制御信号を生成し、該制御信号によって該電動モータを駆動する。フィードバック制御には、任意の適切な制御手法(たとえば、PID制御、PI制御等)を用いることができる。
こうして、電動パワーステアリング(EPS)モードでは、検出された実電流IMを指示電流IT1に収束させるよう該電動モータは制御され、自動操舵制御モードでは、該検出された実電流IMを指示電流IT2に収束させるように電動モータは制御される。
次に、図5を参照して、本願発明の一実施例に従う舵角制御部65のより詳細な構成を説明する。図において、z―1は、遅延素子を示す。
この実施例では、指示電流IT2の算出に、比例・微分先行型PID制御(I−PD制御)の速度型アルゴリズムが用いられており、IPD制御部71により、以下の式(1)〜(4)に従う演算が行われる。ここで、kは制御時刻を示す。
p(k)=θ(k−1)−θ(k) (1)
d(k)=p(k)―p(k−1) (2)
i(k)=θref(k)―θ(k) (3)
DIT2(k)=Kp・p(k)+Kd・d(k)+Ki・i(k) (4)
具体的に述べると、実舵角の前回値θ(k−1)と今回値(k)との間の偏差p(k)を算出すると共に、該偏差の今回値p(k)と前回値p(k−1)との間の偏差(これは、微分値となる)の今回値d(k)を算出する。他方、目標舵角θref(k)と実舵角θ(k)との間の偏差i(k)を算出する。指示電流の変化分の今回値DIT2(k)を、所定の比例ゲインKp、微分ゲインKdおよび積分ゲインKiを用いて、式(4)のように算出する。
指示電流保持部73は、実電流の今回値IM(k)と、指示電流の前回値IT2(k−1)との間の偏差の大きさに基づいて、その出力を変化させる。具体的には、該偏差の大きさが所定値以上であれば、IPD制御部71により算出された指示電流変化分DIT2(k)ではなく、値ゼロを、変化分DIT2’(k)として出力する。他方、該偏差の大きさが所定値未満であれば、IPD制御部71により算出された指示電流変化分DIT2(k)を、変化分DIT2’(k)として出力する。こうして、実電流と指示電流の間の偏差の大きさが大きいときには、指示電流を、変化させることなく前回値に保持する。これにより、該偏差の大きさがより広がるのを防止することができる。
加算器75は、指示電流保持部73により出力された変化分DIT2’(k)を、指示電流の前回値IT2(k−1)に加算し、指示電流の基本値IT2b(k)を算出する。
好ましくはリミッタ77が設けられる。電動モータに通電可能な電流の大きさには上限があり、図6に示すように、これは、飽和値±IT2thにより画定される。リミッタ77は、該飽和値より大きくならないように、指示電流の基本値IT2bに制限をかけ、最終的な指示電流IT2を出力する。
具体的には、加算器75により算出された指示電流基本値IT2b(k)が飽和値IT2thより大きければ、該飽和値IT2thを、指示電流IT2(k)として出力する。該算出された指示電流基本値IT2b(k)が飽和値−IT2thより小さければ、該飽和値−IT2thを、指示電流IT2(k)として出力する。また、該算出された指示電流基本値IT2b(k)が、飽和値−IT2th以上であり、かつ飽和値IT2th以下であれば、該算出された指示電流基本値IT2b(k)が、指示電流IT2(k)として出力される。
従来の舵角制御と異なる点は、指示電流保持部73が設けられている点である。従来は、所定の制御により算出された指示電流変化分DIT2(k)を、指示電流の前回値IT2(k−1)に加算し、該加算により得た値にリミッタ77を適用して、指示電流IT2を算出していた。このような構成とすると、図9を参照して述べたように、実電流の実際の限界のために実電流が指示電流に追従することができない場合でも、実電流と指示電流の間の偏差の大きさが増大し続け、その結果、実舵角が目標舵角に対してオーバーシュートしたり、最大舵角に突き当たったりするおそれがある。これは、衝撃音や転舵機構の破損に至るおそれがある。
本願発明によれば、指示電流保持部73が設けられ、該保持部73の働きにより、実電流と指示電流との間の偏差が大きいとき、すなわち実電流が指示電流に追従することができていないときには、指示電流を更新することなく保持する。これにより、さらに偏差が広がるよう指示電流が変化するのが防止される。したがって、実電流と指示電流との間の偏差が所定範囲内に収まるような制御を行うことができ、該偏差の増大に起因した衝撃音や破損等を防止することができる。
なお、この実施例では、舵角制御部65の制御手法を、I−PD制御の速度型アルゴリズムを用いているが、他の任意の適切な制御手法を用いてもよい(たとえば、通常のPID制御等)。また、図5には、舵角制御部65を、わかりやすく説明するため、ハードウェア構成要素のブロック図として表しているが、当然ながら、IPD制御部71〜リミッタ77を、ソフトウェア(コンピュータプログラム)として実現することができ、また、ソフトウェアとハードウェアの組み合わせで実現してもよい。
次に、図7を参照して、指示電流保持部73により実行されるプロセスのフローを説明する。この実施例では、指示電流IT1およびIT2は、所定の時間間隔で算出されると共に、実電流IMも該所定の時間間隔で検出される。したがって、図7のプロセスも、該所定の時間間隔で実行される。前述したように、kは制御時刻を表す。
ステップS701において、指示電流の前回値IT2(k−1)と、今回検出された実電流IM(k)との間の偏差(IT2(k−1)−IM(k))を算出する。
ステップS702において、ステップS701で算出された偏差の絶対値|IT2(k−1)−IM(k)|が、所定値(たとえば、3アンペア)以上かどうかを判断する。ステップS702の判断がNoであるとき、すなわち該偏差の絶対値が該所定値未満であれば、偏差が小さいことを示し、これは、実電流IMが、所定範囲内で指示電流IT2に追従していることを示す。したがって、ステップS707において、図5を参照して説明したように所定の制御(この実施例では、I−PD制御)により算出された指示電流変化分DIT2(k)を、DIT2’(k)に設定する。こうして、指示電流IT2は、前回値に保持されることなく、今回値に更新される。
他方、ステップS702の判断がYesであるとき、すなわち該偏差の絶対値が該所定値以上であれば、偏差が大きいことを示し、これは、実電流IMが、所定範囲内で指示電流IT2に追従していないことを示す。この場合、ステップS703に進む。
この実施例では、より良好な精度で指示電流の保持判断を行うため、ステップS703からステップS705において、該偏差の方向と指示電流変化分DIT2の方向とを判断する。すなわち、ステップS703において、偏差(IT2(k−1)―IM(k))の符号が、プラス(+)かマイナス(−)かを判断する。ここで、プラスの符号は、車輪を右に転舵させる方向に電動モータを回転させる電流方向を示し、マイナスの符号は、車輪を左に転舵させる方向に電動モータを回転させる電流方向を示すとする。符号がプラスすなわち右への転舵を示す場合、ステップS704に進み、指示電流変化分の今回値DIT2(k)の符号が、プラスかマイナスかを判断する。ここでの変化分DIT2の符号も、偏差の符号と同様に、プラスの符号は、車輪を右に転舵させる方向に電動モータを回転させる電流方向を示し、マイナスの符号は、車輪を左に転舵させる方向に電動モータを回転させる電流方向を示すとする。
ステップS704において指示電流変化分の今回値DIT2(k)の符号がプラスのとき(右に転舵)、これは、偏差の符号と方向が一致するので、指示電流変化分の今回値DIT2(k)は、現在の指示電流IT2と実電流IMとの間の偏差の大きさを、さらに増大するよう作用することを示す。指示電流IT2と実電流IMの偏差がさらに広がるのを防止するため、ステップS706において、DIT2’(k)にゼロを設定し、指示電流IT2を、更新することなく前回値に保持する。
ステップS704において指示電流変化分の今回値DIT2(k)の符号がマイナスのとき(左に転舵)、これは、偏差の符号と逆方向を示すので、指示電流変化分の今回値DIT2(k)は、現在の指示電流IT2と実電流IMとの間の偏差の大きさを、減少するよう作用することを示す。したがって、ステップS707に進み、DIT2’(k)に、今回算出された変化分DIT2(k)を設定し、指示電流IT2を、前回値に保持することなく、今回値に更新する。
なお、算出された指示電流変化分の今回値DIT2(k)がゼロ値を持つ場合が起こりうる。この場合は、ステップS704の判断において、ステップS706に進むようにしてもよいし、ステップS707に進むようにしてもよい。DIT2(k)=0であるので、いずれのステップに進んでも、DIT2’(k)=0となり、結果として、指示電流IT2の値は更新されない。
ステップS703に戻り、偏差の符号がマイナスのとき(左に転舵)、ステップ705に進み、ステップS704と同様に、指示電流変化分の今回値DIT2(k)の符号を判断する。該符号がマイナスのとき(左に転舵)、これは、偏差の符号と方向が一致するので、指示電流変化分の今回値DIT2(k)は、現在の指示電流IT2と実電流IMとの間の偏差の大きさを、さらに増大するよう作用することを示す。指示電流IT2と実電流IMとの間の偏差がさらに広がるのを防止するため、ステップS706において、DIT2’(k)にゼロを設定し、指示電流IT2を、更新することなく前回値に保持する。
ステップS705において、指示電流変化分の今回値DIT2(k)の符号がプラスのとき(右に転舵)、これは、偏差の符号と逆方向を示すので、指示電流変化分の今回値DIT2(k)は、現在の指示電流IT2と実電流IMとの間の偏差を、減少するよう作用することを示す。したがって、ステップS707に進み、DIT2’(k)に、今回算出された変化分DIT2(k)を設定し、指示電流IT2を、前回値に保持することなく、今回値に更新する。
ステップS704と同様に、ステップS705においても、指示電流変化分の今回値DIT2(k)がゼロ値を持つ場合には、ステップS706に進むようにしてもよいし、ステップS707に進むようにしてもよい。DIT2(k)=0であるので、いずれのステップに進んでも、DIT2’(k)=0となり、結果として、指示電流IT2の値は更新されない。
このように、指示電流保持部73により、実電流IMが、所定範囲内で指示電流IT2に追従するよう、電動モータに通電する電流が制御される。また、図7のステップS703〜S705に示すように、実電流IMと指示電流IT2との間の偏差の符号と、指示電流変化分DIT2の符号とが一致している場合に限り、指示電流を保持しており、一致していない場合には、指示電流を変化させている。したがって、指示電流の更新によって実電流と指示電流の間の偏差が広がる場合にのみ指示電流を保持し、指示電流の更新によって実電流と指示電流の間の偏差が小さくなる場合には、指示電流の更新を許容することができる。こうして、実電流がより良好に指示電流に追従するよう指示電流をより精細に制御することができる。
図8は、この発明に従う、自動操舵制御のシミュレーション結果を示す。図には、前述した図9と同様に、操舵角についての目標舵角と実舵角の推移、および電動モータの電流についての指示電流と実電流の推移が示されており、舵角については、所定の基準位置に対して右方向への転舵をプラスとし、左方向への転舵をマイナスとしている。電流については、右方向に転舵させるための電流をプラスとし、左方向に転舵させるための電流をマイナスとしている。図9と比較しながら、図8を参照して本願発明の効果を説明する。
図8の時間t1において、目標舵角θrefが変化し始めると、実舵角θとの偏差が生じる。この偏差を解消するため、指示電流の大きさ(絶対値)が増加する。
前述したように、実電流の大きさには限界がある。従来の図9の自動操舵制御では、この限界のために実電流が指示電流に追従できなくなっても、目標舵角と実舵角の偏差が解消されていない間は、領域201(時間t2〜t3)に示されるように、指示電流の大きさを増加し続けていた。その結果、指示電流は、所定の許容値に張り付いた状態となることがあり、実電流は、指示電流に追従することができない(時間t3〜t4)。
それに対し、図8の本願発明に従う制御では、前述したように、実電流と指示電流との偏差の大きさが所定値以上に広がらないように指示電流を制御する。すなわち、指示電流と実電流との偏差の大きさが所定値以上である場合には、指示電流を前回値に保持して指示電流の大きさの増加を禁止し、該所定値未満である場合には、指示電流の大きさを増加させる。したがって、時間t2〜t3の領域301に示すように、指示電流が許容値に張り付いた状態になることが防止され、実電流(領域301に示される2本のグラフの上側)は、所定範囲内の偏差を維持しつつ、指示電流(該2本のグラフの下側)に追従することができる。
図8において、目標舵角θrefが到達すべき値にまで変化すると、目標舵角θrefが変化しなくなり、時間t3付近に示されるように、実舵角θと目標舵角θrefとの間の偏差が小さくなる。それに応じて指示電流の大きさは減少する。
ここで、従来の図9の制御では、領域203を参照して前述したように、指示電流は、その増大した後の値(図9の場合には、許容値)から減少することになり、よって、実電流が指示電流に一致するまでに時間がかかると共に、該一致するときまで、実電流の大きさは増加し続ける。実電流の大きさが増加し続けることにより、実舵角の大きさ(絶対値)も増加し続ける。その結果、領域205に示すように、目標舵角を超えるオーバーシュートを生じたり、それによって最大舵角に達するおそれがあり、これは、衝撃音を生じさせたり転舵機構に破損を起こすおそれがある。
それに対し、本願発明の図8の制御では、指示電流は、実電流から所定値以上の偏差が生じないように制御されており、許容値に張り付くことはない。したがって、指示電流は、許容値のような実電流と大きな偏差を持つ値からの減少とはならず、領域303に示すように、実電流との偏差が小さい前回値(該指示電流の前回値)から減少することになるので、実電流と早期に一致することができる(時間t3付近)。一致したならば、実電流の大きさは、指示電流と共に減少し始める。実電流の大きさの減少が早期に開始されるので、実舵角も、目標舵角に早期に一致することができる。
また、従来の図9の制御では、指示電流に一致しようとして実電流の大きさが増加し続けることにより、実舵角の大きさも増加し続けるという状態が生じていたが、本願発明の図8の制御では、このような実電流および実舵角の増加継続が防止されている。結果として、領域305に示すように、実舵角を、オーバーシュートすることなく目標舵角に収束させることができる。したがって、目標舵角が最大舵角に近い値に設定されても、実舵角が最大舵角に達するのを防止することができる。よって、衝撃音や転舵機構における破損を、より確実に防止することができる。
こうして、本願発明では、前述したように従来の制御において必要とされうる制限、すなわち、指示電流に実電流が追従可能な範囲内で目標舵角の変化速度を制御したり、実舵角が最大舵角に至らないよう目標舵角の変化する範囲を該最大舵角から離れた範囲に設定するというような制限は必要とされない。したがって、車両を小回りに旋回させることができる。
以上のように、この発明の特定の実施形態について説明したが、本願発明は、これら実施形態に限定されるものではない。