最近、画像や音楽などのデータをパソコンとの間で交換するなど、小型の情報機器間でデータを移動する際、AV(Audio Visual)ケーブルやUSB(Universal Serial Bus)ケーブルなどの汎用ケーブルで相互接続したデータ通信やメモリカードなどのメディアを媒介にする方法に代わって、無線インターフェースを利用することが増えてきている。後者によれば、データ伝送の度にコネクタの付け替え作業をしてケーブルを引き回す必要がなく、ユーザの利便性が高い。各種のケーブルレス通信機能を搭載した情報機器も多く出現している。
この種のデータ交換では、送受信する通信装置同士は比較的近距離に配置されていることが想定される。日本国内の電波法の下では、無線設備から3メートルの距離での電界強度(電波の強さ)が所定レベル以下、すなわち近隣に存在する他の無線システムにとってノイズ・レベル程度となる微弱無線であれば、無線局の免許を受ける必要はなく、無線システムの開発・製造コストを削減することができる。
しかしながら、IEEE802.11に代表される無線LAN(Local Area Network)やBluetooth(登録商標)通信といった、従来の無線通信システムの多くは、空中線(アンテナ)に電流を流した際に発生する放射電界を利用して信号を伝搬させる電波通信方式であり、発生電界をかかる微弱レベルに抑えることは困難である。
電波通信方式の無線通信システムでは、送信機側からは通信相手がいるかどうかに拘わらず電波を放出するので、近隣の通信システムに対する妨害電波の発生源になってしまうという問題がある。また、受信機側のアンテナは、送信機からの所望波だけでなく、遠方から到来した電波も受信するので、周囲の妨害電波の影響を受け易く、受信感度低下の原因になる。また、通信相手が複数存在する場合には、その中から所望の通信相手を選択するために複雑な設定を行なう必要がある。例えば、狭い範囲で複数の組の無線機が無線通信を行なう場合は、互いの干渉を回避するために、周波数選択などの分割多重を行なって通信を行なう必要がある。また、電波は偏波の向きが直交すると通信することができないため、送受信機間では互いのアンテナの偏波方向が揃っている必要がある。
例えば、数ミリ〜数センチメートルといった至近距離での非接触データ通信システムを考えた場合、近距離では送受信機が強く結合する一方、他のシステムへの干渉を回避するために遠距離まで信号が到来しないことが好ましい。また、データ通信する機器同士を至近距離に接近させた際の互いの姿勢(向き)に依存せず、結合すること、すなわち指向性がないことが望ましい。また、大容量データ通信を行なうには、広帯域通信が可能であることが望ましい。
無線通信には、上記の放射電界を利用した電波通信以外にも、静電界や誘導電界などを利用した非接触通信方式が挙げられる。例えば、主にRFID(Radio Frequency IDentification)に利用されている既存の非接触通信システムでは、電界結合方式や磁界結合方式が適用されている。静電界や誘導電界は発生源からの距離に対し、それぞれ距離の3乗並びに2乗に反比例して急峻に減衰することから、無線設備から3メートルの距離での電界強度(電波の強さ)が所定レベル以下となる微弱無線が可能であり、無線局の免許を受ける必要はない。また、この種の非接触通信システムは、通信相手が近くに存在しないときには結合関係が生じず、電界が放射されないことから、他の通信システムを妨害することはない。また、遠方から電波が到来してきても、結合器(カプラ)が電波を受信しないので、他の通信システムからの干渉を受けなくて済む。すなわち、静電界や誘導電界による電界結合を利用した非接触・超近距離通信は微弱無線の実現に適していると言える。
電界結合などを利用した非接触通信システムは、通常の無線通信システムに対し、幾つかの利点がある。例えば、比較的距離の離れた機器同士で無線信号のやり取りを行なう場合、周辺の反射物の存在や通信距離の拡大に応じて無線区間の信号の質が低下してしまうが、近距離通信によれば周辺環境の依存はなく、高い伝送レートを用いて誤り率の少ない高品質の伝送が可能である。また、非接触通信システムでは、伝送データを傍受する不正な機器が介在する余地はなく、伝送路上でハッキングの防止や秘匿性の確保を考慮する必要がない。
また、電波通信では、アンテナは使用波長λの2分の1又は4分の1程度の大きさを持つ必要があることから、装置は必然的に大型化してしまう。これに対し、誘導電界や静電界による電界結合を利用した非接触通信システムでは、このような制約はない。
例えば、複数の通信補助体間にRFIDタグが位置するように配置した通信補助体組を形成し、通信補助体間に挟むように複数の商品に付けられたRFIDタグを配置することにより、RFIDタグが重なり合った状態であっても、情報の安定した読み取り・書き込みが可能となるRFIDタグ・システムについて提案がなされている(例えば、特許文献1を参照のこと)。
また、装置本体とこの装置本体を身体に装着するための装着手段とを備えるとともに、アンテナ・コイルとこのアンテナ・コイルを介して外部の通信装置と非接触でデータ通信を行なうデータ通信手段を備え、装置本体の上部に設けられたアウターケースにアンテナ・コイルとデータ通信手段とを配置して、誘導磁界を用いたデータ通信装置について提案がなされている(例えば、特許文献2を参照のこと)。
また、携帯情報機器に挿入されるメモリカードに外部機器とデータ通信を行なうためのアンテナ・コイルを搭載し、携帯情報機器のメモリカード挿入口の外側にRFIDのアンテナ・コイルが配置される構造として、携帯性を損なうことなく通信距離を確保したRFIDを有する携帯電話機について提案がなされている(例えば、特許文献3を参照のこと)。
ここで、静電界や誘導電界を利用した従来のRFIDシステムは、低周波数信号を用いているため通信速度が遅く、大量のデータ伝送には不向きであった。また、アンテナ・コイルによる誘導磁界を用いて通信する方式の場合には、コイルの背面に金属板があると通信を行なうことができず、コイルを配置する平面上に大きな面積が必要となるなど、実装上の問題もある。また、伝送路における損失が大きく、信号の伝送効率がよくない。
これに対し、本発明者らは、広帯域化した高周波信号を電界結合によって伝搬することにより、高速データ伝送が可能な非接触通信システムを実現することができる、と考えている。このように高速化を図った非接触通信システムにおいても、勿論、微弱電界であるため無線局として免許取得が不要であるとともに、秘匿性が充分保証される。
電波通信方式では、広帯域化による大容量データ伝送を実現する無線通信技術として「ウルトラワイドバンド(UWB)」が知られている。UWB通信方式は、3.1GHz〜10.6GHzという非常に広い周波数帯域を使用し、近距離ながら100Mbps程度のデータ伝送容量を持つとされている。ちなみに電波通信によるUWB通信は、送信電力の関係から通信距離が10m程度であり、PAN(Personal Area Network)などの近距離向けの無線通信方式が想定される。例えば、IEEE802.15.3などにおいて、UWB通信のアクセス制御方式として、プリアンブルを含んだパケット構造のデータ伝送方式が考案されている。また、米インテル社は、UWBのアプリケーションとして、パソコン向けの汎用インターフェースとして普及しているUSB(Universal Serial Bus)の無線版を検討している。
また、UWB通信は、3.1GHz〜10.6GHzという伝送帯域を占有しなくても100Mbpsを超えるデータ伝送が可能であることやRF回路の作り易さを考慮して、3.1〜4.9GHzのUWBローバンドを使った伝送システムも開発が盛んである。
本発明者らは、このUWBローバンドを電界結合などによる非接触通信システムに適用することによって、例えばストレージ・デバイスを含む超高速な近距離用のDAN(Device Area Network)など近距離エリアにおいて、例えば動画像やCD1枚分の音楽データといった大容量のデータを高速且つ短時間で転送することができる、と考えられる。
ここで、従来のRFIDシステムでは、送信機と受信機の電極(結合器)間を密着させることが一般的であり、ユーザの使い勝手がよくない。このため、電極間を3cm程度離して近距離通信を行なうという形態が好ましいと考えられる。
比較的低周波数帯の信号を用いる静電結合方式では、3cmという送信機と受信機の電極間距離は波長と比較して無視し得る長さであることから、送受信機間での伝搬損は大きな問題にはならない。ところが、UWB信号のように高周波数の広帯域信号を伝送することを考えた場合、3cmという距離は使用周波数帯4GHzにとって約2分の1波長に相当する。波長に対する伝搬距離の大きさに応じて伝搬損が生じることから、送信機と受信機の電極間距離は波長と比較して無視することはできない長さである。このため、静電結合によりUWB信号を伝送させるときには、伝搬損を十分に低く抑え込む必要がある。
また、静電界若しくは誘導電界による電界結合を利用してUWB通信信号を伝送する超近距離通信システムにおいても、DSSS(Direct Sequence Spread Spectrum:直接シーケンス・スペクトラム拡散)のような周波数拡散方式を適用する場合には、送受信機の結合器間で高周波数帯において電界結合を生じさせるだけでなく、結合器が広帯域において有効に動作するように設計する必要がある。結合器を機器の筐体内に収容する場合、周辺の金属部品からの影響により中心周波数がずれることが想定され、かかる観点からも電界結合用の結合器があらかじめ広い周波数で有効に動作するように設計する必要がある。
特開2006−60283号公報
特開2004−214879号公報
特開2005−18671号公報
以下、図面を参照しながら本発明の実施形態について詳解する。
本発明は、静電界や誘導電界の電界結合を利用して情報機器間でデータ伝送を行なう通信システムに関する。静電界若しくは誘導電界に基づく通信方式によれば、通信相手が近くに存在しないときには結合関係がなく電波を放射しないので、他の通信システムを妨害することはない。また、遠方から電波が到来してきても、結合器が電波を受信しないので、他の通信システムからの干渉を受けなくて済む。
また、アンテナを用いた従来の電波通信では放射電界の電界強度が距離に反比例するのに対し、誘導電界では電界強度が距離の2乗に、静電界では電界強度が距離の3乗に反比例して減衰することから、電界結合に基づく通信方式によれば、近隣に存在する他の無線システムにとってノイズ・レベル程度となる微弱無線を構成することができ、無線局の免許を受ける必要はなくなる。
なお、時間的に変動する静電界のことを「準静電界」と呼ぶこともあるが、本明細書ではこれを含めて「静電界」に統一して称することにする。
従来の静電界若しくは誘導電界を利用した通信では、低周波信号を用いるため大量のデータ伝送には不向きである。これに対し、本発明に係る通信システムでは、高周波信号を電界結合で伝送することによって、大容量伝送が可能である。具体的には、UWB通信のように高周波、広帯域を使用する通信方式を電界結合に適用することで、微弱無線であるとともに、大容量データ通信を実現することができる。
UWB通信は、3.1GHz〜10.6GHzという非常に広い周波数帯域を使用し、近距離ながら100Mbps程度の大容量の無線データ伝送を実現することができる。また、UWB通信は、3.1GHz〜10.6GHzという伝送帯域を占有しなくても100Mbpsを超えるデータ伝送が可能であることやRF回路の作り易さを考慮して、3.1〜4.9GHzのUWBローバンドを使った伝送システムも開発が盛んである。
本発明者らは、UWBローバンドを利用したデータ伝送システムを、モバイル機器に搭載する有効な無線通信技術の1つと考えている。例えば、ストレージ・デバイスを含む超高速な近距離用のDAN(Device Area Network)など、近距離エリアにおける高速データ伝送を実現することが可能である。静電界や誘導電界などの電界結合を利用したUWB通信システムによれば、微弱電界によるデータ通信が可能であるとともに、例えば動画像やCD1枚分の音楽データといった大容量のデータを高速且つ短時間で転送することができる、と考えている。
図1には、静電界若しくは誘導電界による電界結合を利用した非接触通信システムの構成例を示している。図示の通信システムは、データ送信を行なう送信機10と、データ受信を行なう受信機20で構成される。同図に示すように送受信機それぞれの高周波結合器を向かい合わせて配置すると、2つの電極が1つのコンデンサとして動作し、全体としてバンドパス・フィルタのように動作することから、2つの高周波結合器の間で効率よく高周波信号を伝達することができる。図示の通信システムにおいて、電界結合による伝送路を好適に形成するには、送受信機の高周波結合器間において、十分なインピーダンス整合がとられていることと、高周波数帯で且つ広帯域において有効に動作することが必要である。
送信機10及び受信機20がそれぞれ持つ送受信用の電極14及び24は、例えば3cm程度離間して対向して配置され、電界結合が可能である。送信機側の送信回路部11は、上位アプリケーションから送信要求が生じると、送信データに基づいてUWB信号などの高周波送信信号を生成し、送信用電極14から受信用電極24へ信号が伝搬する。そして受信機20側の受信回路部21は、受信した高周波信号を復調及び復号処理して、再現したデータを上位アプリケーションへ渡す。
UWB通信のように高周波、広帯域を使用する通信方式によれば、近距離において100Mbps程度の超高速データ伝送を実現することができる。また、電波通信ではなく電界結合によりUWB通信を行なう場合、その電界強度は距離の3乗若しくは2乗に反比例することから、無線設備から3メートルの距離での電界強度(電波の強さ)が所定レベル以下に抑制することで無線局の免許が不要となる微弱無線とすることが可能であり、安価に通信システムを構成することができる。また、電界結合方式により超近距離でデータ通信を行なう場合、周辺に存在する反射物により信号の質が低下することはない、伝送路上でハッキングの防止や秘匿性の確保を考慮する必要がない、といった利点がある。
一方、波長に対する伝搬距離の大きさに応じて伝搬損が大きくなることから、電界結合により高周波信号を伝搬する際には、伝搬損を十分低く抑える必要がある。UWB信号のように高周波数の広帯域信号を電界結合で伝送する通信方式では、3cm程度の超近距離通信であっても、使用周波数帯4GHzにとっては約2分の1波長に相当するため、無視することはできない長さである。とりわけ、高周波回路では、低周波回路に比べると特性インピーダンスの問題はより深刻であり、送受信機の電極間の結合点においてインピーダンス不整合による影響は顕在化する。
kHzあるいはMHz帯の周波数を使った通信では、空間での伝搬損が小さいため、図2に示すように送信機及び受信機が電極のみからなる結合器を備え、結合部分が単純に平行平板コンデンサとして動作する場合であっても、所望のデータ伝送を行なうことができる。しかしながら、GHz帯の高周波を使った通信では、空間での伝搬損が大きいため、信号の反射を抑え、伝送効率を向上させる必要がある。図3に示すように、送信機及び受信器のそれぞれにおいて高周波信号伝送路が所定の特性インピーダンスZ0に調整されているとしても、平行平板コンデンサで結合しただけでは、結合部においてインピーダンス・マッチングをとることはできない。このため、結合部におけるインピーダンス不整合部分において、信号が反射することにより伝搬損が生じてしまい、効率が低下する。例えば、送信回路部11と送信用電極14を結ぶ高周波信号伝送路は50Ωのインピーダンス整合がとられた同軸線路であったとしても、送信用電極14と受信用電極24間の結合部におけるインピーダンスが不整合であると、信号は反射して伝搬損を生じる。
そこで、送信機10及び受信機20のそれぞれに配置される高周波結合器を、図4に示すように、平板状の電極14、24と、直列インダクタ12、22、並列インダクタ13、23を高周波信号伝送路に接続して構成している。このような高周波結合器を、図5に示すように向かい合わせて配置すると、2つの電極が1つのコンデンサとして動作し、全体としてバンドパス・フィルタのように動作するため、2つの高周波結合器の間で効率よく高周波信号を伝達することができる。ここで言う高周波信号伝送路とは、同軸ケーブル、マイクロストリップ線路、コプレーナ線路などを示す。
ここで、送信機10と受信機20の電極間すなわち結合部分において、単にインピーダンス・マッチングを取り、反射波を抑えることだけを目的とするのであれば、図6Aに示すように、各結合器を平板状の電極14、24と、直列インダクタ12、22、並列インダクタ13、23を高周波信号伝送路に接続して構成する必要はなく、図6Bに示すように各結合器を平板状の電極14、24と直列インダクタを高周波信号伝送路に接続するという簡素な構造であってもよい。すなわち、高周波信号伝送路上に直列インダクタを挿入するだけでも、送信機側の結合器に対向して超近距離で受信機側の結合器が存在する場合において、結合部分におけるインピーダンスが連続的となるように設計することは可能である。
但し、図6Bに示す構成例では、結合部分の前後における特性インピーダンスに変化はないので電流の大きさも変わらない。これに対し、図6Aに示したように、高周波信号伝送路末端の電極の手前において並列インダクタンスを介してグランドに接続した場合、結合器単体としては、結合器の手前側の特性インピーダンスZ0に対し、結合器の先の特性インピーダンスZ1は低下する(すなわちZ0>Z1)というインピーダンス変換回路としての機能を備えることになり、結合器への入力電流I0に対し結合器の出力電流I1を増幅する(すなわちI0<I1)ことができる。
図7A及び図7Bには、並列インダクタンスを設けた場合と設けない場合の結合器のそれぞれにおいて、電極間の電界結合によって電界が誘起される様子を示している。同図からも結合器は直列インダクタに加えて並列インダクタを設けることによって、より大きな電界を誘起して、電極間で強く結合させることを理解できよう。また、図7Aに示すようにして電界近傍に大きな電界を誘起したとき、発生した電界は進行方向に振動する縦波として電極面の正面方向に伝搬する。この電界の波により、電極間の距離が比較的大きな場合であっても電極間で信号を伝搬することが可能になる。
したがって、UWB信号などの高周波信号を電界結合により伝送する通信システムでは、高周波結合器として必須の条件は以下の通りとなる。
(1)電界で結合するための電極があること。
(2)より強い電界で結合させるための並列インダクタがあること。
(3)通信に使用する周波数帯において、結合器を向かい合わせに置いたときにインピーダンス・マッチングが取れるように、インダクタ、及び電極によるコンデンサの定数が設定されていること。
図5に示したように電極が対向する1組の高周波結合器からなるバンドパス・フィルタは、直列インダクタと並列インダクタのインダクタンス、電極によって構成されるコンデンサのキャパシタンスによって、その通過周波数f0を決定することができる。図8には、1組の高周波結合器からなるバンドパス・フィルタの等価回路を示している。特性インピーダンスR[Ω]、中心周波数f0[Hz]、入力信号と通過信号の位相差をα[ラジアン](π<α<2π)、電極によって構成されるコンデンサのキャパシタンスをC/2とすると、バンドパス・フィルタを構成する並列及び直列インダクタンスの各定数L1、L2は、使用周波数f0に応じて下式で求めることができる。
また、結合器単体としてインピーダンス変換回路として機能する場合、その等価回路は図9に示す通りとなる。図示の回路図において、下式を満たすように、使用周波数f0に応じて並列インダクタンスL1及び直列インダクタンスL2をそれぞれ選ぶことにより、特性インピーダンスをR1からR2へ変換するインピーダンス変換回路を構成することができる。
このように、図1に示した非接触通信システムでは、UWB通信を行なう通信機は、従来の電波通信方式の無線通信機においてアンテナを使用する代わりに、図4に示した高周波結合器を用いることで、従来にない特徴を持った超近距離データ伝送を実現することができる。
図5に示したように、超近距離を隔てて互いの電極が対向する2つの高周波結合器は、所望の周波数帯の信号を通過するバンドパス・フィルタとして動作するとともに、単体の高周波結合器としては電流を増幅するインピーダンス変換回路として作用する。他方、高周波結合器が自由空間に単独で置かれるとき、高周波結合器の入力インピーダンスは高周波信号伝送路の特性インピーダンスと一致しないので、高周波信号伝送路から入った信号は高周波結合器内で反射され、外部に放射されない。
したがって、図1に示した非接触通信システムでは、送信機側では、通信を行なうべき相手がいないときには、アンテナのように電波を垂れ流すことはなく、通信を行なうべき相手が近づいてそれぞれの電極がコンデンサを構成したときのみ、図5に示したようにインピーダンス整合がとれることによって、高周波信号の伝達が行なわれる。
ここで、送信機側の結合用電極において発生する電磁界について考察してみる。図10には、微小ダイポールによる電磁界を表している。図示のように電磁界は、伝搬方向と垂直な方向に振動する電界成分(横波成分)Eθと、伝搬方向と平行な向きに振動する電界成分(縦波成分)ERに大別される。また、微小ダイポール回りには磁界Hφが発生する。下式は微小ダイポールによる電磁界を表しているが、任意の電流分布はこのような微小ダイポールの連続的な集まりとして考えられるので、それによって誘導される電磁界にも同様の性質がある(例えば、虫明康人著「アンテナ・電波伝搬」(コロナ社、16頁〜18頁、1961年2月28日初版発行)を参照のこと)。
上式から分るように、電界の横波成分は、距離に反比例する成分(放射電界)と、距離の2乗に反比例する成分(誘導電界)と、距離の3乗に反比例する成分(静電界)で構成される。また、電界の縦波成分は、距離の2乗に反比例する成分(誘導電界)と、距離の3乗に反比例する成分(静電界)のみで構成され、放射電界の成分を含まない。また、電界ERは、|cosθ|=1となる方向、すなわち図10中の矢印方向で最大となる。
無線通信において広く利用されている電波通信では、アンテナから放射される電波はその進行方向と直交方向に振動する横波Eθであり、電波は偏波の向きが直交すると通信することができない。これに対し、静電界や誘導電界を利用した通信方式において結合電極から放射される電磁波は、横波Eθの他に、進行方向に振動する縦波ERを含む。縦波ERは「表面波」とも呼ばれる。ちなみに、表面波は、導体や、誘電体、磁性体などの媒体の内部を通じて伝搬することもできる。
電磁界を利用した伝送波のうち位相速度vが光速cより小さいものを遅波、大きいものを速波という。表面波は前者の遅波に相当する。
非接触通信システムでは、放射電界、静電界、誘導電界のいずれの成分を媒介として信号を伝達することもできる。しかしながら、距離に反比例する放射電界は比較的遠くにある他のシステムへの妨害波になるおそれがある。このため、放射電界の成分を抑制すること、言い換えれば、放射電界の成分を含む横波Eθを抑制しながら、放射電界の成分を含まない縦波ERを利用した非接触通信が好ましい。
上述した観点から、本実施形態に係る高周波結合器では、以下のような工夫をしている。まず、電磁界を示した上記の3式より、θ=0゜という関係を有する場合に、Eθ=0となり、且つ、ER成分が極大値をとることが分かる。すなわち、Eθは電流の流れる向きに対して垂直な方向で最大になり、ERは電流の流れる向きと平行な方向で最大になる。したがって、電極面に対して垂直な正面方向のERを最大にするには、電極に対して垂直な方向の電流成分を大きくすることが望ましい。一方、電極の中心から給電点をオフセットさせた場合には、このオフセットに起因して、電極に対して平行な方向に対する電流成分が増加する。そして、この電流成分に応じて電極の正面方向のEθ成分が増加してしまう。このため、本実施形態に係る高周波結合器では、電極の中心位置にできるだけ近い位置に給電点を設け、ER成分が最大となるようにしているのである。
勿論、旧来のアンテナでも放射電界だけでなく、静電界や誘導電界が発生し、送受信アンテナを近接させれば電界結合が起きるが、エネルギの多くは放射電界として放出され、非接触通信としては効率的でなく、また不要な電波が周辺の電子機器に及ぼす悪影響が懸念される。これに対し、図4に示した高周波結合器は、所定の周波数においてより強い電界ERを作り伝送効率を高めるように、結合用電極及び共振部が構成されている。また、結合用電極の近傍に磁性損失材からなる電波吸収体を用いることで、近距離における送受信機間の電界結合を安定化させたまま、不要な電波の放射や外来の妨害電波の影響を抑える。
図4に示した高周波結合器を送信機側で単独で使用した場合、結合用電極の表面には縦波の電界成分ERが発生するが、放射電界を含む横波成分EθはERに比べ小さいことから、電波はほとんど放射されない。すなわち、近隣の他システムへの妨害波を発生しない。また、高周波結合器に入力された信号のほとんどが電極で反射して入力端に戻る。
これに対し、1組の高周波結合器を使用した場合、すなわち送受信機間で高周波結合器を近距離に配置されたときには、結合用電極同士が主に準静電界成分によって結合して1つのコンデンサのように働いて、バンドパス・フィルタのように動作し、インピーダンス・マッチングが取れた状態になっている。したがって、通過周波数帯では信号・電力の大部分は相手方に伝送され、入力端への反射は少ない。ここで言う「近距離」は波長λによって定義され、結合用電極間の距離dがd≪λ/2πであることに相当する。例えば、使用周波数f0が4GHzであれば電極間距離が10mm以下のときである。
また、送受信機間で高周波結合器を中距離に配置したときには、送信機側の結合用電極の周囲には、静電界は減衰し、主に誘導電界からなる電界ERの縦波が発生する。電界ERの縦波は、受信機側の結合用電極で受け取られ、信号が伝送される。但し、両結合器を近距離に配置した場合と比較すると、送信機側の高周波結合器では、入力された信号が電極で反射して入力端に戻る割合が高くなる。ここで言う「中距離」は波長λによって定義され、結合用電極間の距離dがλ/2πの1〜数倍程度であり、使用周波数f0が4GHzであれば電極間距離が10〜40mmのときである。
既に述べたように、図4に示した高周波結合器では、インピーダンス整合部は並列インダクタ及び直列インダクタの定数L1、L2により動作周波数f0が決定される。これら直列インダクタ12、22、並列インダクタ13、23を集中定数回路とみなされる回路素子で構成することが一般的な回路製作方法である。ところが、高周波回路では集中定数回路は分布定数回路よりも帯域が狭いことが知られており、また周波数が高いときインダクタの定数は小さくなるので、定数のばらつきによって共振周波数がずれるという問題がある。
そこで、インピーダンス整合部や共振部を集中定数回路から分布定数回路に代えて高周波結合器を構成することで、広帯域化を実現するようにした。図11には、インピーダンス整合部や共振部に分布定数回路を用いた高周波結合器の構成例を示している。
図示の例では、下面にグランド導体102が形成されるとともに、上面に印刷パターンが形成されたプリント基板上101に、高周波結合器が配設されている。高周波結合器のインピーダンス整合部並びに共振部として、並列インダクタと直列インダクタの代わりに、分布定数回路として作用するマイクロストリップライン又はコプレーナ導波路すなわちスタブ103が形成され、信号線パターン104を介して送受信回路モジュール105と結線している。スタブ103は、先端においてプリント基板101を貫挿するスルーホール106を介して下面のグランド102に接続してショートされ、また、スタブ103の中央付近において金属線107を介して結合用電極108に接続される。
なお、電子工学の技術分野で言う「スタブ(stub)」は、一端を接続、他端を未接続又はグランド接続した電線の総称であり、調整、測定、インピーダンス整合、フィルタなどの用途で回路の途中に設けられる。
信号線を介して送受信回路から入力された信号は、スタブ103の先端部で反射し、スタブ103内には定在波が立つことになる。スタブ103の長さは高周波信号の2分の1波長程度とし、信号線104とスタブ103はプリント基板101上のマイクロストリップ線路、コプレーナ線路などで形成される。スタブ103の長さが2分の1波長で先端がショートしているときには、スタブ103内に発生する定在波の電圧振幅はスタブの先端で0となり、スタブの中央、すなわちスタブ103の先端から4分の1波長のところで最大となる(図12を参照のこと)。定在波の電圧振幅が最大となるスタブ103の中央に結合用電極108を金属線107で接続することで、伝搬効率の良い高周波結合器を作ることができる。
インピーダンス整合部をスタブ103すなわちプリント基板101上のマイクロストリップライン又はコプレーナ導波路からなる分布定数回路で構成することにより、広い帯域にわたって均一な特性を得ることができることから、図1に示した通信システムに対してDSSSやOFDM(Orthogonal Frequency Division Multiplexing:直交周波数分割多重)といった広帯域信号に周波数拡散する変調方式を適用することが可能になる。スタブ103は、プリント基板101上のマイクロストリップライン又はコプレーナ導波路であり、その直流抵抗が小さいことから、高周波信号でも損失が少なく、高周波結合器間の伝搬損を小さくすることができる。
分布定数回路を構成するスタブ103のサイズは高周波信号の2分の1波長程度と大きいことから、製造時の公差による寸法の誤差は全体の長さに比較すると微量であり、特性のバラツキが生じにくい。
図13には、インピーダンス整合部を集中定数回路及び分布定数回路でそれぞれ構成した場合の高周波結合器の周波数特性の比較を示している。但し、集中定数回路でインピーダンス整合部を構成した高周波結合器は、図14に示すように、プリント基板上の信号線パターンの先端に金属線を介して結合用電極を配設するとともに、信号線パターンの先端に並列インダクタ部品を実装し、並列インダクタの他端をプリント基板内のスルーホールを介してグランド導体に接続したものを想定している。また、分布定数回路でインピーダンス整合部を構成した高周波結合器は、図15に示すように、プリント基板上に形成された2分の1波長の長さからなるスタブの中央に金属線を介して結合用電極を配設し、スタブをその先端においてプリント基板内のスルーホールを介してグランド導体に接続したものを想定している。いずれの高周波結合器もそれぞれ動作周波数が3.8GHz付近になるように調整されているものとする。また、図14、図15のいずれにおいても、マイクロストリップ線路によりポート1からポート2に向かって高周波信号が伝達され、マイクロストリップ線路の途中にそれぞれの高周波結合器が配設されている。そして、周波数特性は、ポート1からポート2への伝達特性として測定し、その結果が図13に示されている。
高周波結合器は、他の高周波結合器と結合関係にないときは開放端とみなせるので、ポート1から入力された高周波信号は高周波結合器には供給されず、そのままポート2へと伝送される。したがって、高周波結合器の動作周波数である3.8GHz付近ではどちらの高周波結合器の場合もポート1からポート2へ伝送される信号強度を表す伝搬損S21が大きな値となっている。しかし、図14に示す高周波結合器の場合、動作周波数から前後に外れた周波数ではS21の値が大きく落ち込んでいる。これに対し、図15に示した高周波結合器では動作周波数を中心とした広い周波数帯域に渡ってS21の値が大きい良好な特性を保っていることが分かる。すなわち、インピーダンス整合部を分布定数回路で構成することで、高周波結合器が広帯域において有効に動作すると言うことができよう。
スタブ103の中央付近において金属線107を介して結合用電極108が接続されるが、この金属線は結合用電極108のほぼ中央で接続することが好ましい。何故ならば、結合用電極の中心に高周波伝送線路を接続することにより、電極内に均等に電流が流れて電極正面に電極面とほぼ垂直な向きに不要な電波を放射しないが(図16Aを参照のこと)、結合用電極の中心からオフセットのある位置に高周波伝送線路を接続すると、結語用電極内に不均等な電流が流れてマイクロストリップ・アンテナのように動作して不要な電波を放射してしまうからである(図16Bを参照のこと)。
また、電波通信の分野では、図17に示すようにアンテナ素子の先端に金属を取り付けて静電容量を持たせ、アンテナの高さを短縮させる「容量装荷型」のアンテナが広く知られており、一見して図4に示した結合器と構造が類似する。ここで、本実施形態で送受信機において用いられる結合器と容量装荷型アンテナとの相違について説明しておく。
図17に示した容量装荷型アンテナは、アンテナの放射エレメントの周囲B1及びB2方向に電波を放射するが、A方向は電波を放射しないヌル点となる。アンテナの周りに発生する電界を詳細に検討すると、アンテナからの距離に反比例して減衰する放射電界と、アンテナからの距離の2乗に反比例して減衰する誘導電界と、アンテナからの距離の3乗に反比例して減衰する静電界が発生する。そして、誘導電界と静電界は放射電界に比べ距離に応じて急激に減衰するため、通常の無線システムでは放射電界についてのみ議論され、誘導電界と静電界は無視されることが多い。したがって、図17に示す容量装荷型アンテナであっても、Aの方向に誘導電界と静電界を発生させているが、空気中で速やかに減衰するため、電波通信では積極的には利用されていない。
高周波結合器の実際の構成例について、図18〜図20を参照しながら説明する。図18には、スタブ103を結合用電極108の下で折り曲げた高周波結合器を示している。高周波結合器として動作するにはスタブ103の長さが2分の1波長程度であればよく、スタブ103は必ずしも直線である必要はないので、同図に示したように折り畳むことで、高周波結合器全体としての寸法を小さくすることができる。
上述したように、グランド導体102と結合用電極108との電界結合を回避という観点から、プリント基板101の回路実装面から結合用電極108までの高さは重要である。
例えば、図19に示すように、適切な高さを持つスペーサ109の上面に結合用電極108を配設し、スペーサ109内を貫挿するスルーホール110を介してスタブ103の中央部分に接続するように構成されている。このスペーサ109は、絶縁体で製作され、結合用電極108を所望の高さにて支持する役割を持つ。所望の高さを持つ柱状の誘電体にスルーホールを形成した後、このスルーホール中に導体を充填させるとともに、上端面に結合用電極となるべき導体パターンを蒸着することにより、スペーサ109を製作することができる。結合用電極が形成されたスペーサ109は、例えばリフロー半田などの工程により、プリント基板101上に実装される。
また、図20には、結合用電極108及び金属線としてのスルーホール109が形成されたスペーサ109を表面実装部品としてプリント基板101上に搭載する様子を示している。
図示の例では、絶縁体からなるスペーサ109の上下の各表面に、結合用電極108と折り畳み状のスタブ103が形成されている。例えば、所望の高さを持つ柱状の誘電体にスルーホールを形成した後、このスルーホール中に導体を充填させるとともに、鍍金技術により結合用電極108並びにスタブ103の導体パターンを誘電体の上下の各端面に蒸着することによって、スペーサ109を製作することができる。このとき、上端面の結合用電極108は、スペーサ109内を貫挿するスルーホール110を介して、下端面側のスタブ103の中央部分に接続されている。
また、プリント基板101上には、スペーサ109の両端とそれぞれ接合するマイクロストリップライン又はコプレーナ導波路などの導体パターン111並びに112が形成されている。一方の導体パターン111は送受信回路モジュール105から引き出された信号線であり、他方の導体パターン112はプリント基板101を貫挿するスルーホール106を介してグランド導体102と接続している。結合用電極と折り畳み状のスタブが形成されたスペーサ109は、例えばリフロー半田などの工程により、プリント基板101上に実装される。
なお、図20に示した例では、スペーサ109の上端面及び下端面に結合用電極108とスタブ103がそれぞれ蒸着されているが、その変形例として、結合用電極108のみをスペーサ109に蒸着し、スタブ103はプリント基板101上にマイクロストリップライン又はコプレーナ導波路として形成され、スペーサ109を表面実装した際にスペーサ109内のスルーホール110を介して結合用電極108とスタブ103を接続するように構成することもできる。
図19及び図20に示した高周波結合器の構成例において、スペーサ109は絶縁体で製作されるが(前述)、誘電率の高い材質を用いた場合には、波長短縮効果により実質的に波長に相当する長さが短くなることから、スタブ103並びに結合用電極108の寸法を小さくすることができる。
図18に示した高周波結合器では、結合用電極をそのほぼ中心で1本の金属線により支持している構造であり、機械的強度が充分でない、という問題がある。これに対し、図19又は図20に示した高周波結合器では、結合用電極を固定し、機械的強度を増すために結合用電極と共振用スタブが設けられたプリント基板の間には誘電体からなるスペーサが配設されている。後者の高周波結合器においても、共振用スタブは、先端を短絡した、共振周波数の波長λに対しほぼ2分の1の長さの「ショートスタブ」からなり、そのほぼ中央で金属線を介して結合用電極が接続されている。
しかしながら、図19又は図20に示した高周波結合器では、スペーサを配置することにより部品コストが増大するとともに、装置重量が増してしまう。また、スペーサ内部での誘電損失により伝搬損が悪化する、という問題を招来する(誘電体は、誘電性をもたらすダイポールが高周波電界の変化により生じる遅れ、若しくは、電界と同相の電流が流れ電磁波のエネルギを熱に変換することによって誘電損を与え、その際に電界の発生が抑制される)。
一方、スペーサを配置しない構成では、誘電損失による電気特性の悪化が生じないことから、高周波結合器としての特性は優れているが、図18に示したように金属線1本で結合用電極を支持するという構造のままでは機械的強度が充分ではなく、量産には向かない。
そこで、本発明者らは、共振用スタブ上に結合用電極を支持する金属線を複数本にすることで、スペーサなしでも充分な機械的強度を確保するとともに、スペーサが介在しないことにより電気特性が悪化する要因を取り除くようにした。
ここで、金属線1本で結合用電極を共振用スタブに接続した場合と金属線2本で結合用電極を支持した場合とで、電気的特性の相違について考察してみる。図21には、結合用電極が誘電体からなるスペーサで支持されるとともに、このスペーサのスルーホールを貫挿する1本の金属線で結合用電極が共振用スタブに接続された高周波結合器の断面構成を示している。また、図22には、共振用スタブ上で2本の金属線により結合用電極が支持されている高周波結合器の断面構成を示している。
送受信回路部から信号線を介して入力される電流は、共振用スタブ及びその先端のスルーホールを介してグランドに向かって流れるが、その際に、より多くの電流が金属線を介して結合用電極側に流れ込むと、高周波結合器の送信信号強度が増すと考えられる。実験の結果、図21において共振用スタブから1本の金属線を介して結合用電極に流れ込む電流(同図中の矢印1及び2)よりも、図22において共振用スタブから2本の金属線を介して結合用電極に流れ込む電流(同図中の矢印4及び5)の方が小さくなることが分かった。これは、結合用電極を共振用スタブに接続する金属線を2本にすることで、結合用電極に流れ込むことなく、共振用スタブ上を素通りする電流(図22中の矢印6)は、金属線が1本のときに共振用スタブ上を素通りする電流(図22中の矢印3)よりも増加するためであり、その結果、結合用電極側に電流は流れ難くなり高周波結合器の効率が悪化する。
そこで、図23に示すように、結合用電極に流れずに共振用スタブ上を素通りする電流を抑制するために、共振用スタブを切断し、結合用電極を支持する前後それぞれの金属線をこの切断部をまたぐようにして共振用スタブに接続するようにした。以下では、切断した共振用スタブの先端側を「第1の共振用スタブ」と呼び、他方の信号線の入力端側を「第2の共振用スタブ」と呼ぶことにする。
図23に示すような構成によれば、送受信回路部から信号線を介して入力される電流が共振用スタブの先端に向かって流れるには、同図中の矢印7に示すように一旦は片方の金属線を介して結合用電極に流れた後、同図中の矢印8に示すように他方の金属線を介して切断部以降の共振用スタブに流れ込むことになる。すなわち、図22の矢印6に示したように結合用電極を素通りして共振用スタブを流れる電流成分はなくなるので、図23中の矢印7及び8に示した電流の量を大きくすれば、高周波結合器の特性は改善される。
続いて、結合用電極の取り付け位置、若しくは共振用スタブの切断位置について考察してみる。
信号線を介して送受信回路から入力された信号は、共振用スタブの先端部で反射し、共振用スタブ内には定在波が立つことになる。図12を参照しながら既に説明したように、結合用電極を接続しない状態で電圧定在波の振幅が大きい位置(すなわち、電圧定在波の「腹」の位置)に、金属線を介して結合用電極を接続することで、高周波結合器の電気的特性を良好にすることができる。
上述したように、共振用スタブを切断し、結合用電極を支持する前後それぞれ2本の金属線をこの切断部をまたぐようにして共振用スタブに接続するという構成からなる高周波結合器においても、同様に、電圧定在波の振幅が大きい位置の付近に結合用電極が配置されることが望ましい。
ここで、高周波結合器を搭載するプリント基板の他方の面にはグランドが形成されている。共振用スタブの先端部分は、開放端であっても、あるいはプリント基板内のスルーホールを介してグランドに接続して短絡端にしてもよい。但し、共振用スタブの先端部分すなわち第1の共振用スタブを開放端又は短絡端のいずれにするかによって定在波の立ち方は異なり、電圧定在波の振幅が大きい位置、すなわち結合用電極を取り付ける適切な位置は相違する。
図24には、第1の共振用スタブを開放端にした場合における、共振用スタブ内部の電圧定在波並びに電流定在波それぞれの振幅を示している。この場合、図示の通り、第1の共振用スタブ側の開放端及び第2の共振用スタブ側の入力端の各々において最大となるような電圧定在波が立ち、電流定在波はこのような電圧定在波に対しπ/4だけ位相差を持つ。したがって、図示のように共振用スタブと金属線と結合用電極を合わせた全体の長さをおよそ共振周波数の位相長にして360度程度とすると、ほぼその中央において電圧定在波の振幅が大きくなるので、ほぼ中央において共振用スタブを第1及び第2の共振用スタブに切断するとともに、この切断部分を2本の金属線で接続するように結合用電極を取り付けることが好ましい。
また、図25には、第1の共振用スタブを短絡端にした場合における、共振用スタブ内部の電圧定在波並びに電流定在波それぞれの振幅を示している。この場合、図示の通り、第1の共振用スタブ側の短絡端において電圧定在波の振幅が0になるとともに、第2の共振用スタブ側の入力端の各々において最大となるような電圧定在波が立ち、電流定在波はこのような電圧定在波に対しπ/4だけ位相差を持つ。したがって、図示のように共振用スタブと金属線と結合用電極を合わせた全体の長さをおよそ共振周波数の位相長にして270度程度とすると、第1の共振用スタブの先端から手前3分の1の位置(若しくは入力端から3分の2の位置)にて電圧定在波の振幅が大きくなるので、当該位置において共振用スタブを第1及び第2の共振用スタブに切断するとともに、この切断部分を2本の金属線で接続するように結合用電極を取り付けることが好ましい。実際には、金属線、及び結合用電極内部での位相遷移を考慮すると、前記第1の共振用スタブの短絡端から手前3分の1よりやや先端に近い位置となる所定位置において第1及び第2の共振用スタブに分割する切断部を設けることが好ましい。
図24並びに図25のどちらの構成であっても、結合用電極上の電荷の量は大きな値となり高周波結合器の電気的特性は良好な値を示す、ということを充分に理解されたい。
また、1本の金属線で結合用電極を支持する場合には、この金属線を電流が流れることによって不要な電波が発生することが懸念される。これに対し、2本の金属線で結合用電極を支持する場合には、それぞれの金属線には互いに逆向きとなる電流が流れるような位置に結合用電極を設置すれば、電流が互いに打ち消し合って不要な電波の放射を低減することができる。
上述したような静電界や誘導電界によって結合する電界結合型の非接触通信システムでは、高周波結合器が理想的に設計されていれば、通信相手と結合状態にあるときには不要な電波の発生を抑え、外来電波の受信を行なわないようにすることができる。しかしながら、高周波結合器は、通信相手と結合関係にない無負荷状態では高インピーダンスとなるため、終端となる結合用電極において反射波が発生し、回路内に定在波が発生するという問題がある。かかる定在波により、信号線やグランドがアンテナのように動作すると、不要な電波を放射して、外部の電子機器に影響を与えるおそれがある。
図11には、インピーダンス整合部及び共振部をスタブで形成して広帯域化を図った高周波結合器を示した。この高周波結合器は、負荷状態すなわち通信相手側の高周波結合器が近接した位置にあるときは、上述したようにインピーダンス整合が取れており、送信信号を効率的に放射する。これに対し、無負荷状態、すなわち通信相手側の高周波結合器が近接した位置に存在しないときには、高周波結合器の入り口部分(図11中の点Aで示す、スタブとなるパターンの開始点)は高インピーダンス状態となることから、回路部から流入した送信信号はこの入り口部分で反射し、送信回路側に戻ることになる。
図26に示すように、回路中に進行する波と逆方向に反射する波が同時に存在するとき、定在波が発生する。一般に、定在波は不要な電波ノイズの発生源になることが知られている。また、送受信回路中のRFフィルタ(図示しない)などは、通常、入力・出力側がともに50Ωになっている状態、すなわちインピーダンス整合がとれて反射波がない状態で性能を発揮できるように設計されているものの、反射波があると正常な動作が妨げられ、スプリアスが発生したり、信号が歪んだりしてしまうという影響がある。
そこで、本発明に係る通信装置は、高周波結合器のインピーダンス整合部や共振部を分布定数回路で構成して広帯域化を図ることに加えて、高周波結合器は無負荷状態でのインピーダンスが大きく開放端と同様にみなすことができるようにするとともに、無負荷状態で発生する高周波結合器の終端からの反射波を抑えるための負荷抵抗を備え、結果的に送受信回路側から見て高周波結合器側のインピーダンス整合が取れているように構成することができる。
このような場合、高周波結合器同士が近接した位置にない無負荷状態であっても、送受信回路側から見てインピーダンス整合がとれ、終端の電極において反射波が発生しないので、回路内に定在波が立つのを抑えることができる。この結果、不要な電波の放射を抑えて外部の電子機器に与える影響も少ない。また、RFフィルタなどが正常に動作して、信号の歪みやスプリアスが発生することを抑制することができる。
図27には、入力端に負荷抵抗が接続された高周波結合器の等価回路の構成を示している。図示のように高周波結合器の入力端に負荷抵抗を接続した場合、通信相手側の高周波結合器が近接した位置にないときには、終端部では単に負荷抵抗を介して接地されているだけとなり、信号線を介して流入される信号は負荷抵抗によって消費されるので、反射波を発生しない。このとき、送受信回路側から見ると、高周波結合器は50Ωにマッチングが取れた状態になることから、送信信号は高周波結合器で反射されることがなくなり、回路中の定在波から不要な電波が発生してRFフィルタなどの特性が設計からずれてしまうのを防ぐことができる。
また、図28には、上述したような先端側の第1の共振用スタブと入力端側の第2の共振用スタブの2つに切断するとともに、結合用電極を支持する2本の金属線でこの切断部をまたぐよう結合用電極が取り付けられた高周波結合器の入力端に負荷抵抗が取り付けられた様子を示している。
図示の例では、共振用スタブは開放端であり、第1の共振用スタブ側の開放端及び第2の共振用スタブ側の入力端の各々において最大となるような電圧定在波が立ち、電流定在波はこのような電圧定在波に対しπ/4だけ位相差を持つ。そして、共振用スタブ全体の長さをおよそ共振周波数の位相長にして360度程度とすると、ほぼその中央において電圧定在波の振幅が大きくなる。通信相手が近くに存在しないときには、高周波結合器内で反射した信号は、負荷抵抗で消費され、それ以降の回路に影響を与えない。負荷抵抗は、共振用スタブの入力端など電圧振幅が最大になる位置に接続することが好ましい。
ここで、静電界若しくは誘導電界による電界結合を利用した通信方式では、結合用電極同士で電界結合を生じさせるには、送受信機間で互いの結合用電極の微妙な位置合わせを行なう必要があるが、機器内のどの部分に結合用電極が配置され、どの箇所を接触させればよいのかユーザにとっては分かり難いことが多く、このため最大の通信速度を得られない可能性がある。この種の問題に対する解決方法として、単一の送受信機に複数の高周波結合器を配置するという構成が考えられる。
電波通信の場合、複数の送信アンテナを並列して設けると、送信電力は各アンテナに分散してしまい個々のアンテナの出力は低下することから、通信に寄与しないアンテナは送信電力を徒に浪費してしまう。これに対し、電界結合による通信方式においては、他の高周波結合器と結合関係にあるもののみが高周波信号の伝達を行ない、その他の高周波結合器はほぼ開放端とみなせるように設計することができる。すなわち、複数の高周波結合器を例えばアレイ状に並べても、通信相手側の高周波結合器と電界結合しない高周波結合器は送信電力を浪費するという問題は深刻でない。
図29には、送受信回路部に接続される1本の信号線に対し複数(図示の例では2個)の高周波結合器を並列接続した例を示している。このとき、無負荷の高周波結合器が開放端として扱われるように構成すること、言い換えれば、無負荷時の電圧定在波の振幅が大きくなる位置で各高周波結合器が分岐するように接続することが最も効率的である。そのためには、同図に示すように、第1の共振用スタブの先端を開放端とした場合、先端からの長さがおよそ共振周波数の2分の1波長の整数倍となる位置で信号線に接続されるように構成するとよい。
図24又は図25に示したような高周波結合器は、共振用スタブの幅によって伝搬損や比帯域を制御することができる。すなわち、第2の共振用スタブが信号線と接続される位置で電圧振幅が最大になるようにするのと同時に、共振用スタブの幅(すなわち共振用スタブのインピーダンス)を変えることで、共振用スタブによるインピーダンス変換が行なわれ、結合用電極に流れる電流の量を制御することができる。ここで、図24に示したような、第1の共振用スタブが開放端として構成される高周波結合器同士を、図30に示すように対向して配置したときの伝搬損と比帯域を測定してみた。
ここで、伝搬損とは、一方の高周波結合器をネットワーク・アナライザのポート1に接続するとともに、他方の高周波結合器をポート2に接続したときの挿入損、すなわちSパラメータ(S21)の値のことである。また、比帯域とは、共振周波数での伝搬損S21の値に対してS21の値の低下量が3dB以内となる周波数範囲の共振周波数に対する割合のことを言う。測定は、結合用電極間距離が20mm、各高周波結合器の結合用電極の大きさは10mm×10mm、高さが3mm、第1の共振用スタブと第2の共振用スタブの長さはそれぞれ16mm、基板の誘電率は3.4、厚さは0.8mmという条件下で、第1及び第2の共振用スタブの幅を変えて行なった。
図31A及び図31Bには、このときの伝搬損並びに比帯域の測定結果をそれぞれ示している。各図から、スタブ幅が大きいとき損失が少ない。また、スタブ幅が小さいほど比帯域が広くなる、ということが判る。
また、高周波結合器の結合用電極を、例えば板金加工によって2本の金属線と一体形成することで、簡易且つ安価に製作することができる。板金は、例えば表面を金鍍金したリン青銅板などを用いることができる。図32並びに図33には、その製作方法を図解している。
各図において、リン青銅板などからなる板金にまず打ち抜き加工を施して、結合用電極となる部分と、結合用電極と高周波信号線を接続するための2本の金属線となる部分を形成する。
続いて、打ち抜き後の板金に対して折り曲げ加工を施して、結合用電極部分に対し金属線となる脚部をほぼ垂直に屈曲させて所望の高さを形成する。ここで言う所望の高さとは、結合用電極部分とグランドとの結合を回避する役割と、この脚部が直列インダクタを形成する役割を兼ね備え得る寸法に相当する。
このようにして出来上がった結合用電極を、例えばプリント基板上の該当する場所に第1及び第2の共振用スタブの切断部を2本の脚部でまたぐように位置決めし、治具(図示しない)などで固定してから、リフロー半田などにより取り付ければよい。図34には、図32に示した結合用電極を、プリント基板上のマイクロストリップライン又はコプレーナ導波路として形成された共振用スタブに取り付けた様子を示している。
なお、図34には送受信回路部を描いていないが、同じ基板上に設けても良いし、あるいは高周波コネクタや同軸ケーブルを介して別の基板に構成して、無線機の最適な位置にそれぞれ離して置くようにしても良い。
これまでは、電界結合方式の非接触通信システムにおいて、1組の高周波結合器間で信号を伝送する仕組みについて説明してきた。ここで、2つの機器間で信号を伝送する際には必然的にエネルギの移動を伴うことから、この種の通信システムを電力伝送に応用することも可能である。上述したように、送信機側の高周波結合器で発生した電界ERは表面波として空中を伝搬し、受信機側では高周波結合器で受け取った信号を整流・安定化して電力を取り出すことができる。
図35には、高周波結合器を利用した通信システムを電力伝送に応用したときの構成例を示している。
図示のシステムでは、AC電源に接続された充電器と無線通信機を近づけることにより、それらに内蔵する高周波結合器を介して非接触で無線通信機への送電、及び充電を行なう。但し、高周波結合器は電力伝送の用途のみで使用される。
受電する高周波結合器が送電する高周波結合器の近くにないとき、送電用の高周波結合器に入力された電力の大部分は反射してDC/ACインバータ側に戻るため、外部に不要な電波を放射することを抑えることができる。
また、同図では無線通信機への充電を行なう例を挙げたが、充電される側は無線機に限らず例えば音楽プレイヤやデジタルカメラへの非接触電力伝送を行なうようにしてもよい。
また、図36には、高周波結合器を利用した通信システムを電力伝送に応用した他の構成例を示している。図示のシステムは、高周波結合器と表面波伝送線路を電力伝送と通信に兼用して使用するように構成されている。
通信及び送電を行なうタイミングの切り替えは、送信回路部から送られる通信・送(受)電切り替え信号によって行なう。例えば、通信と送電はあらかじめ決められた周期で切り替えを行なうようにしてもよい。このとき、充電の状態を通信信号に加えて充電器側にフィードバックすることで送電出力を最適に保つことができる。例えば、充電が完了したらその情報を充電器側に送り、送電の出力を0にするようにしてもよい。
同図に示したシステムでは、充電器をAC電源に接続するようにして構成されているが、他にも例えば、電池の少なくなった携帯電話に他の携帯電話から電力を分け与えるような用途に用いてもよい。