JP4523755B2 - 高強度薄鋼板の高疲労強度隅肉溶接継手の作製方法 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、特に自動車の足回り部品の製作などに適用される薄鋼板の高疲労強度隅肉溶接継手の作製方法に関し、より詳しくは、引張強度が590MPa以上の薄鋼板の高疲労強度隅肉溶接継手の作製方法に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
溶接鋼構造物の安全性および信頼性に重大な影響を与える疲労き裂は、溶接部に発生しやすいため、従来から溶接鋼構造物の溶接部の疲労特性を向上させる方法が種々検討されてきた。
【0003】
従来から溶接部のうちで最も疲労き裂が発生しやすい部位が溶接止端部であり、その主な原因が溶接止端部で発生しやすい引っ張りの残留応力と、溶接止端形状による応力集中であることが知られている。
【0004】
従って、従来の溶接継手の疲労特性の改善方法として、溶接後にTIGなめ付け溶接(化粧溶接)や研削等の機械加工などにより溶接止端形状を改善する方法、ピーニングなどにより溶接止端形状の改善と圧縮残留応力の導入を同時に行う方法などがあった。これら方法は、溶接線全線に対して処理しなければ継手全体としての疲労強度の確保ができず、作業負荷が大きくなり、経済的には好ましい方法ではない。最近では、ピーニングを行う際に超音波を用いるピーニング、すなわち超音波ピーニング技術について、例えば米国において多くの技術が開示されている(例えば特許文献1〜3)。この技術は、従来のピーニング方法に比べ、超音波を用いることによりピーニングの効率が大幅に改善されたものであり、これによりピーニング作業負荷の軽減が期待できる。しかし、溶接継手全体の疲労強度向上のためには、溶接線全線にわたってピーニング処理をしなければならないことにはかわりはなく、作業工程がその分増え、経済的負荷が増加するという問題は未可決のままである。
【0005】
一方、最近では、溶接金属の変態温度が低くなるように溶接で使用する溶接材料の成分を設計し、溶接時に変態に伴う体積膨張を利用し圧縮残留応力を導入することで溶接止端部の引張残留応力を低減させ、疲労特性を改善する技術が提案されている(例えば特許文献4。以降、このような溶接材料を総称して低温変態溶接材料と呼ぶ)。これによれば、低温変態溶接材料を用いて溶接して変態開始温度が170℃〜250℃の低温域で溶接金属をマルテンサイト変態させ、それによる体積膨張をさせることにより、その後の熱収縮起因の引張応力を相殺し室温での溶接止端部の引張残留応力を低減あるいは圧縮残留応力とする技術が開示されている。
【0006】
このような溶接金属の低温変態膨張を利用した技術は、主に溶接に使用する溶接材料の成分設計を変更するだけで継手の疲労強度が改善できるという点で上述の溶接後の後処理技術に比べて作業工程が少なく、その分人件費が節約できる経済的に優れた方法である。
【0007】
しかし、特許文献4などで開示される溶接金属の低温変態膨張を利用した技術は、大きく3つの問題がある。
【0008】
つまり、(1)溶接に用いる低温変態溶接材料は、変態温度を低下させるために高価な合金元素を多く添加しなければならず、その分溶接材料のコストが高い、(2)同じ合金元素を多く添加した理由により溶接施工時の作業性が悪くなり、作業効率劣化を招きそれだけ工作コストが高い、(3)低温域で変態開始するマルテンサイト変態の体積膨張を利用しているため室温での溶接金属がマルテンサイト主体の硬質組織となり、機械的特性、特に靭性が劣化する、などの点が挙げられる。
【0009】
このように、溶接金属の変態膨張を利用する方法や超音波ピーニング法には、まだ解決が望まれている問題点が存在し、これら問題を解決した高疲労強度溶接継手および溶接継手の疲労強度向上方法が強く望まれていた。
【0010】
【特許文献1】
US 6171415 B1
【特許文献2】
US 6338765 B1
【特許文献3】
US 2002/0014100 A1
【特許文献4】
特開平11−138290号公報
【0011】
【発明が解決しようとする課題】
溶接金属の変態開始温度を充分下げて疲労強度を向上させる技術は、特に新しい製造工程を必要とするわけではないためメリットが大きいが、作業性が悪い、高コストである、などの問題が現存している。一方、従来継手に対してピーニング処理をして疲労強度を向上させる方法は、全溶接線に対して実行しなければならず、製造コスト増加につながる方法である。
【0012】
本発明は、上記従来技術の問題点に鑑みて、従来よりも溶接金属の変態温度が高い条件での変態膨張を利用して溶接継手の疲労強度を十分に向上させ、ピーニング処理を、ビード形状が乱れやすいスタート部分とクレーター部分に限定させることにより、従来低温変態のために必要であった高価な合金元素の添加量を大幅に低減させ、かつピーニング範囲を狭くすることにより従来よりも経済性および溶接金属の靭性に優れる、高強度薄鋼板の高疲労隅肉溶接継手の作製方法を提供することを目的とする。
【0013】
【課題を解決するための手段】
本発明は、上記の技術的課題を解決するものであり、つまり、その要旨とするところは、次の通りである。
【0014】
(1) 板厚が1.0〜4.0mmで、かつ、引張強度が590MPa以上の高強度薄鋼板を用いた隅肉溶接継手の作製方法において、
該鋼板の下記式(1)で示される溶接部の拘束度(RF)を8000N/mm・mm以下とし、該溶接部における溶接金属の溶け込み深さを前記鋼板の板厚の1/3以下とし、該溶接金属を、変態開始温度が400〜600℃、かつ、引張強度が590MPa以上の溶接金属となるように、前記鋼板を隅肉溶接するに際し、
前記溶接金属の変態開始温度が475℃〜600℃の場合は前記拘束度(RF)を4000N/mm・mm以下とし、前記溶接金属の変態開始温度が400℃〜475℃未満の場合は前記拘束度(RF)を8000N/mm・mm以下として前記鋼板を隅肉溶接し、
その後さらに、該溶接部の溶接ビードのスタート部分およびクレーター部分の端部から10〜100mmの範囲にわたって、溶接止端部に超音波ピーニング処理を行うことを特徴とする、高強度薄鋼板の高疲労強度隅肉溶接継手の作製方法。
RF(N/mm・mm)=E(N/mm 2 )・H(mm)/L(mm)・・(1)
上記式中において、RF:拘束度、L:中央に開先部を作製した試験片の両端を固定した場合の両固定端間の長さ、H:板厚、E:ヤング率を意味する。
【0015】
なお、前記溶接金属は、質量%で、C:0.2〜0.4%、Si:0.1〜0.8%、Mn:0.4〜2.0%、P:0.03%以下、S:0.02%以下を含有し、必要に応じて、Ni、Cr、Mo、Cu、V、Nb、Ti、Ca、BおよびMgのうちの1種又は2種以上を合計量で0.001〜1.0%含有し、残部が鉄および不可避不純物からなる溶接金属であることが好ましい。
【0016】
また、前記溶接金属は、質量%で、C:0.03〜0.2%未満、Si:0.1〜0.8%、Mn:1.0〜2.0%、P:0.03%以下、S:0.02%以下、Ni:2.0〜7.5%を含有し、必要に応じて、Cr、Mo、Cu、V、Nb、Ti、Ca、BおよびMgのうちの1種又は2種以上を合計量で0.001〜1.0%を含有し、残部が鉄および不可避不純物からなる溶接金属である場合も好ましい。
【0017】
また、前記超音波ピーニング処理方法として、周波数が20kHz〜60kHzの範囲内にある超音波を用いた方法を用いることが好ましい。
【0018】
また、前記超音波ピーニング処理を行なう際の、溶接部に衝撃を加える先端部分に、直径が1.5mm〜7.0mmの範囲内にあるピンを1本または複数本用い、かつ、ピン先端の硬度が、ビッカース硬さで450以上900以下であるピンを用いることが好ましい。
【0019】
また、前記超音波ピーニング処理の程度は、溶接止端部が鋼材表面より0.03mm以上かつ板厚の1/4以下へこむ程度が好ましい。
【0020】
【発明の実施の形態】
以下に本発明を詳細に説明する。
【0021】
まず、本発明の技術思想について述べる。本発明の技術思想は大きく2つ存在し、第1の技術思想は、溶接金属の変態膨張を利用し溶接残留応力を低減する技術に関するものであり、第2の技術思想は超音波ピーニング処理に関するものである。初めに第1の技術思想について述べる。
【0022】
本発明は、従来のマルテンサイト変態開始温度が170〜250℃の低温変態溶材を用いた溶接方法、つまり、溶接時に比較的低温域での溶接金属の変態膨張を利用して溶接止端部に圧縮応力を発生させ、その圧縮応力を室温まで維持させることにより溶接止端部の引張残留応力を低減する方法と比べて、溶接金属の変態膨張を利用して溶接止端部に圧縮応力を発生させる点では同じであるものの、その変態開始温度が400〜600℃と相対的に高い溶接金属を用いる点が大きく異なる。
【0023】
溶接における溶接部の残留応力の発生過程を考察すると、溶接後、溶接金属が凝固、冷却されてその変態開始温度になると、溶接金属は変態により体積膨張し、その周囲の母材熱影響部の反力との関係で溶接止端部に圧縮応力が発生する。
【0024】
この際、溶接金属の変態開始温度が高い場合は、溶接金属の変態による体積膨張が高温で発生するために、変態膨張終了後の冷却過程での熱収縮により溶接止端部には引張応力が発生し、室温まで冷却された時点での溶接止端部の残留応力は引張応力状態となる。そのため、従来の低温変態溶接材料を用いる溶接技術は、溶接金属の変態開始温度をできるだけ低温側(250℃以下)にすることにより、溶接金属の変態膨張終了時点から室温までの温度差を小さしてこの間の冷却・熱収縮量を低減し、室温で溶接止端部の残留応力を圧縮応力側に移行させることを技術思想とするものである。
【0025】
これに対し、本発明では、従来のように溶接金属の変態開始温度を低温域(250℃以下)にしなくても、つまり、変態開始温度が400℃〜600℃と非常に高い温度域で溶接金属の変態膨張が生じても、その変態膨張終了から室温までの冷却・熱収縮に起因して溶接止端部に発生する引張応力自体を抑制することにより、変態膨張時に溶接止端部で発生した圧縮応力を維持し、室温での溶接止端部の残留応力を圧縮応力側に移行させることを目的としている。
【0026】
さらに詳述すると、本発明は、(1)高温域での溶接金属の変態膨張開始から変態膨張終了までの間に、その変態に伴う体積膨張を利用して溶接止端部に圧縮応力を発生させるために、溶接金属および母材の引張強度を所定値以上確保するとともに、溶接金属の溶け込み深さを所定値以下に制限する。これにより、溶接金属の変態膨張に伴う体積膨張を溶接金属の下および周囲にある熱影響部を含む母材部で押さえ付け、溶接金属にはその変態膨張の拘束力により、また、溶接止端部には溶接金属の変態膨張の拘束力のために発生する反力として、圧縮の残留応力を導入する、(2)上記(1)のメカニズムにより圧縮応力が導入されて溶接金属の変態膨張が終了し、その後室温までの冷却・熱収縮過程において、熱収縮部分を拘束することなく自由収縮させることにより、熱収縮による溶接止端部での引張応力の発生を抑制する。これが可能であれば上記(1)により導入された圧縮応力が室温まで冷却しても保持される。そのためには、まず、板厚を所定値以下に薄くすることにより溶接金属の変態膨張終了までにその下部の熱影響部を含む母材に溶接熱の熱伝導を完了させる必要がある。これは、板厚方向の温度差をなくし、圧縮応力が生じている表面の溶接止端部が板裏面から拘束されないようにすることを意味する。板の表裏面の温度が同じならば、表裏面の熱収縮も同じになるため、表面は裏面から拘束されないのである。次に、溶接部の拘束度を所定値以下に低下させ、溶接金属が変態膨張終了してから生じる室温までの熱収縮を、できるだけ自由に発生させる必要がある。これにより、圧縮応力が生じている溶接止端部は、板裏面のみならず周囲からも拘束されない状態が実現する。このようなプロセスを経ることにより、溶接金属が変態膨張したときに発生した圧縮応力は、その後の熱収縮により引張応力に変わることなく、室温に冷却されるまで維持される。
【0027】
本発明における第1の技術思想は、このように比較的高温で生じる溶接金属の変態膨張に伴う圧縮応力を、板厚方向の温度差を小さくし、かつ拘束度を低減させることで室温まで維持させようというものである。
【0028】
本発明における第2の技術思想は、溶接ビードのスタート部分とクレーター部分に対して、超音波ピーニング処理をほどこして、そこの部分の疲労強度を確保しようというものである。スタート部分およびクレーター部分は、ビード形状が乱れやすいという問題に加え、構造的にも応力集中しやすい部分である。そのため、本発明では、スタート部分とクレーター部分以外の溶接止端部については第1の技術思想を用いて疲労強度を確保し、スタート部分とクレーター部分については超音波ピーニング処理を用いて疲労強度を確保することにより、溶接継手全体としての高疲労強度を実現させている。このように、超音波ピーニング処理をスタート部分とクレーター部分近傍に限定することにより、超音波ピーニング作業の負荷をできるだけ低減させることが可能になる。
【0029】
本発明は、ピーニング処理として、超音波を用いたピーニングを用いることを特徴としている。超音波ピーニングを用いると、その分、ピーニング処理をする時間が短縮され、それだけメリットは大きい。本発明の本意は、できるだけ簡便な方法で疲労強度を向上させる技術の提供を目的としているため、超音波ピーニングを使用する意義は大きい。
【0030】
以下に、本発明の隅肉溶接方法およびそれを用いた溶接継手の構成およびその限定理由について説明する。
【0031】
(母材板厚1.0〜4.0mmの限定)
本発明が前提として母材板厚を限定した理由について述べる。
【0032】
本発明では、溶接時に溶接熱がすぐに被接合材の裏面まで伝達させるために、鋼材の板厚を薄くする。これは、溶接熱が裏面まで達した後では溶接金属は鋼材裏面から拘束を受けず、溶接金属の熱収縮と板裏面の熱収縮が同時に発生するためである。鋼材の板厚が厚くなるほど、溶接熱の伝達に時間がかかり、溶接金属が変態終了しても裏面まで溶接熱が伝わらないため、その変態終了後から室温まで冷却され熱収縮する過程で溶接金属はその下部の鋼材から拘束を受け、溶接止端部に引張応力が発生してしまう。
【0033】
本発明では、従来の低温変態溶材の変態温度に比べて200℃近く高い変態開始温度を有する溶接材料を用い、溶接金属の変態開始温度が600℃〜400℃と高く、その変態膨張が終了する温度も高い。そのため、このような高い温度領域から室温までの冷却で生じる溶接金属の熱収縮を抑制し、溶接金属の変態膨張により生成した溶接止端部での圧縮残留応力を室温まで保持しつづけるためには、少なくとも溶接金属の変態膨張が終了する時点で熱が裏面まで伝達していなければならない。
【0034】
また、変態開始温度のコントロールを低コストで実現するために高価な合金元素を減らしCを高めに添加した成分系の溶接材料を用いて溶接する場合には、溶接金属中のC量が高くなり、特に、鋼材板厚が厚い場合の突合せ凝固時に凝固割れが発生しやすい。
【0035】
この凝固割れの原因となる突合せ凝固は、鋼材板厚が厚くなると、鋼材そのものの熱容量が大きくなるため溶接熱が溶接ビードの幅方向に伝達されやすくなることによって発生する。そのため、高Cの成分系の溶接材料を用いて溶接する場合には、溶接金属の凝固割れ防止の意味からも鋼材板厚を薄くする必要がある。
【0036】
さらに、鋼材の板厚は、後述する拘束度を低下させる観点からも薄い方が有利である。溶接金属の熱収縮が受ける拘束は、鋼材の裏面からの拘束の他に、溶接継手の構造全体からも拘束を受けるが、この拘束を低減するためにも鋼材板厚を薄くすることは意味がある。
【0037】
鋼材の板厚が4.0mmを上回る場合は、溶接熱の裏面への伝達が遅くなり、溶接金属の変態終了時点で溶接熱が裏面まで伝わらず、その後の室温までの冷却、熱収縮過程で溶接金属が鋼材下部から拘束を受け、溶接止端部に引張応力が発生するため溶接継手の疲労強度が低下する。また、高Cの成分系の溶接材料を用いて溶接する場合には、溶接金属の凝固割れが発生する危険性が高くなる。さらには、溶接継手の構造との関係で決まる拘束度が高くなり、十分低い拘束度が得られない。
【0038】
一方、鋼材板厚が1.0mm未満に薄くなると、後述する溶接金属の溶け込み深さを板厚に対する相対値で制限することが難しくなるばかりではなく、溶接金属の変態膨張時に反力として作用する溶接金属直下の母材部分が少なくなり、溶接止端部への圧縮応力の導入が難しくなる。従って、本発明では、鋼材の板厚の上限を4.0mm、その下限を1.0mmとする。
【0039】
(拘束度4000N/mm・mm以下又は8000N/mm・mm以下の規定)
本発明で溶接継手の拘束度を限定した理由について述べる。
【0040】
溶接継手の拘束度は、従来は、溶接時に溶接部に生じる割れを評価するために一般に用いられていたパラメータであるが、本発明では、溶接金属の変態膨張終了後の冷却、熱収縮過程で溶接金属がその周囲からどれだけ強く拘束されているかを定量的にあらわす指標として採用した。
【0041】
一般に、拘束度(RF)は、溶接開先を単位長さだけ縮めるために必要な溶接線方向単位長さあたりで受ける荷重と定義され、中央に開先部を作製した試験片の両端を固定した場合の両固定端間の長さ(L)と、板厚(H)と、ヤング率(E)との関係から、開先幅が固定端間の距離(L)に対して十分小さい場合には、以下の(1)式で与えられる。
RF(N/mm・mm)=E(N/mm2)・H(mm)/L(mm)・・・(1)
なお、拘束度(RF)の単位は、慣例上N/mm・mmと表現されている。
【0042】
(1)式の関係から、拘束度(RF)は、溶接時の鋼材の板厚(H)を薄くするか、又は、溶接継手構造によって決まる固定端間の距離(L)を長くすることにより低下させられる。実際の溶接施工において拘束度(RF)を調整する方法としては、拘束治具を工夫してその固定端の距離を変化させる方法や、溶接部材の設計に工夫を加え鋼板の板厚Hを変化させる方法などが考えられる。
【0043】
本発明では、溶接金属の変態膨張終了から室温までの冷却・熱収縮過程において、溶接金属の熱収縮が自由収縮に近い状態にし、溶接止端部での引張応力の発生を抑制するために、上述のように鋼材板厚の上限を4mm以下に規制するとともに、溶接金属の熱収縮時の周囲からの拘束状態の指標として拘束度(RF)の上限を以下のように規制する。
【0044】
先に述べた通り、溶接継手の疲労強度を向上することを目的とし、室温時の溶接止端部の残留応力を圧縮側に保持するためには、(1)溶接金属の変態膨張開始から変態膨張終了までの体積膨張時において、その膨張が拘束されることにより発生する応力とその周囲の母材熱影響部に生じる反力を確保し、溶接止端部に圧縮応力を発生させるとともに、(2)溶接金属の変態膨張終了から室温までの熱収縮時において、溶接金属の周囲からの拘束を小さくし自由収縮させることで溶接止端部での引張応力の発生を抑制することが必要である。このうち、拘束度の上限規制は、上記(2)の溶接金属の熱収縮における溶接止端部での引張応力の発生を抑制する作用を有し、溶接金属の変態開始温度が同じ条件では、拘束度の上限を低くすることにより、室温時の溶接止端部の残留応力は圧縮側に移行し、溶接継手の疲労強度は向上する。
【0045】
しかし、溶接金属の変態開始温度が高くなるとともに、上記(1)の溶接金属の変態膨張時の溶接金属に発生する応力と、その周囲の母材熱影響部に発生する反力が低下するため、溶接止端部で発生する圧縮応力は低下し、かつ、変態終了温度も高くなり室温との温度差が大きくなるため、上記(2)の溶接金属の熱収縮による溶接止端部での引張応力も増加する。その結果、上記(2)の作用により室温時の残留応力を圧縮側にするためには、溶接金属の変態開始温度の増加に応じて拘束度をより低下する必要がある。
【0046】
本発明では後述するように実用上、2種類の成分系の溶接材料を用いて溶接することにより、溶接金属の変態開始温度が475〜600℃と、400℃〜475℃未満の異なる2種類の変態開始温度条件で溶接を行うため、これらの変態開始温度に応じて拘束度の上限値を以下のように規定する。
【0047】
つまり、本発明では400℃〜600℃の変態開始温度のうちで、溶接金属の変態開始温度がより高い475〜600℃の場合は、拘束度の上限値を4000N/mm・mmとより低くし、変態開始温度が400℃〜475℃未満の場合は、拘束度の上限値を8000N/mm・mmとする。いずれの変態開始温度の上限値を超えた場合も、溶接金属の変態膨張終了後の熱収縮によって溶接止端部で発生する引張応力を低減する効果が不十分となり、室温時の残留応力を圧縮側にすることは困難となり、溶接継手の疲労強度を十分に向上できない。
【0048】
(溶接金属および鋼材の引張強度590MPa以上の規定)
本発明の前提として、溶接金属および鋼材の引張強度を限定した理由について述べる。本発明の前提技術では、溶接金属の変態開始温度が従来よりもかなり高い条件で溶接を行うため、溶接金属の変態膨張開始温度から変態膨張終了温度までの体積膨張過程における溶接金属およびその周囲の母材熱影響部の引張強度は、従来よりも相当低いものと考えられる。また、従来の低温変態溶接材料を用いた溶接では、溶接金属が合金成分の多い焼入れ性が高い成分系であり、マルテンサイト変態による体積膨張を利用するものであるため、溶接金属の変態膨張時にはマルテンサイトの硬質組織に起因して、変態膨張時に溶接金属の強度を十分確保することができる。しかし、本発明の高温変態溶接材料を用いた溶接では、低温変態溶接材料の場合に比べて、溶接金属は合金成分が少なく焼入れ性が低い成分系であり、従来技術における低温変態溶接材料を用いた場合に比べて変態膨張時の溶接金属の強度は低い。
【0049】
本発明では、先に述べた通り、板厚および拘束度の条件を制限することにより溶接金属の変態膨張終了から室温までの熱収縮時において発生する溶接止端部での引張応力を低減することが可能である。室温時の溶接止端部の残留応力を圧縮応力側にするためには、これに加えて、溶接金属の変態膨張開始から変態膨張終了までの体積膨張を利用し溶接止端部に十分な圧縮応力を発生するための、溶接金属の膨張が拘束されることにより発生する応力とその周辺の母材熱影響部に生じる反力を確保する必要がある。そのためには、それらに相当する溶接金属および鋼材の引張強度が確保されていなければならない。例えば、もし溶接金属の変態膨張時の温度域での溶接金属の引張強度が0となった場合には、溶接金属の変態膨張時には溶接金属は塑性変形し単に変態膨張が塑性歪に変化するだけであり溶接止端部での圧縮応力は0のままであり、仮に、その後、室温に冷却されるまで溶接金属の熱収縮を抑制し、この状態が保持されたとしても、溶接止端部を圧縮残留応力とすることはできない。
【0050】
以上のことを踏まえて、本発明では、溶接金属の変態による体積膨張を利用し溶接止端部に十分な圧縮応力を発生するための最低限の溶接金属に生じる応力とその周辺の母材熱影響部の反力を確保するため、溶接金属および鋼材の引張強度をそれぞれ590MPa以上とした。
【0051】
なお、本発明では、鋼材および溶接金属の引張強度の上限は特に規定する必要はなく、特に溶接金属はその変態開始温度の下限の規定によりその引張強度も制約される。しかし、鋼材および溶接金属の引張強度を高くする場合には、鋼材および溶接金属に相当量の合金元素を添加する必要があるため、溶接部の靱性向上や製造コスト低減の観点から、好ましくは、鋼材および溶接金属の引張強度の上限値を980MPaとすることが望ましい。
【0052】
(溶接金属の溶け込み深さが鋼板の板厚の1/3以下の規定)
本発明で溶接金属の溶け込み深さを限定した理由について述べる。
【0053】
溶接金属の溶け込み深さが過度に大きい場合は溶接金属の変態膨張時にその下部の熱影響部を含む鋼材の反力が十分に得られず、溶接止端部での圧縮残留応力が小さくなるため疲労強度は十分に改善しない。例えば、図1に示すように溶接金属Wの溶け込み深さが大きい場合は、溶接金属の変態膨張時にAで示された未溶融部分が少なくなるため溶接金属の膨張をほとんど拘束することができず塑性変形し、溶接金属はほとんど自由に膨張してしまい、溶接止端部には圧縮残留応力が発生しない。これに対して、Aの未溶融部分の拘束に頼らずに、溶接継手の構造や拘束具などの拘束により、拘束度を高く維持して溶接する方法を用いると、溶接金属の変態膨張時には溶接止端部は圧縮応力状態になるものの、溶接金属の変態終了後から室温までの冷却による熱収縮で溶接止端部に引張応力が発生し、変態膨張時の圧縮応力を相殺する結果となるため有効な方法とはいえない。
【0054】
鋼材板厚が比較的厚い条件での溶接では、このような溶接金属の溶け込み深さによる溶接金属下部の母材拘束低下の問題はなくなる。しかし、先に述べた理由で、本発明では、溶接金属下部の母材の熱伝導性を確保するために、鋼材板厚を4mm以下に制限する。このため、このような板厚の薄い場合は、溶接金属の溶け込み深さを制限しなければ、溶接金属下部の熱影響部を含む母材の拘束が低下し、溶接止端部の圧縮残留応力を十分に発生できない。その結果、溶接継手の疲労強度を向上させることができない。
【0055】
本発明では、上記と同様な溶接金属の変態膨張時の下部未溶融部分の拘束を十分に確保するために溶接金属の溶け込み深さを鋼材板厚の1/3に規定する。ここで、溶け込み深さとは、溶接金属のうちで最も溶け込み深さが大きい、溶け込み深さの最大値を示すものであり、鋼材板厚とは、溶接する前の板厚である。
【0056】
(溶接金属の変態開始温度475〜600℃又は400〜475℃未満の規定)
溶接金属の変態開始温度の範囲を限定した理由について述べる。本発明における溶接金属の変態開始温度は、従来の溶接金属の変態に伴う体積膨張を利用した溶接継手の疲労強度向上技術とは大きく異なり、溶接金属の変態開始温度が従来に比べて200℃以上高い条件での溶接金属の変態膨張を利用するものである。本発明では、溶接金属の変態開始温度が非常に高いため、従来のような変態開始温度が低い条件での変態ではなく、マルテンサイト以外にもベイナイト変態又はフェライトパーライト変態による体積膨張を利用するものである。そのため、溶接継手の溶接金属は、従来のマルテンサイト主体の硬質組織よりも硬さが低いベイナイト変態又はフェライトパーライト主体組織となり、靭性が高い溶接金属が得られる。また、本発明では、溶接金属の変態開始温度が従来の低温変態溶接材料を用いた溶接に比べて非常に高い。そのため、溶接材料中に溶接金属の変態開始温度を低下させるために必要な高価な合金成分の添加量を低減できることから、従来に比べ溶接材料の製造コストを低減できる。
【0057】
しかし、一般に溶接金属や母材の強度は、温度が高くなるに従って低くなるため、本発明のように溶接金属の変態開始温度が高い条件で溶接を行う場合には、その分強度が低くなる。そのため、溶接金属の変態膨張時にその膨張が拘束されることにより発生する応力とその周囲の熱影響部を含む母材に生じる反力が低下するため、変態膨張時に溶接止端部で発生する圧縮応力は低下する。同時に、変態終了温度と室温との温度差が大きくなるため、その温度間での冷却による溶接金属の熱収縮で生じる溶接止端部での引張応力も増加する。その結果、室温時の溶接止端部の残留応力を圧縮側にし溶接継手の疲労強度を向上することが困難になる。従って、本発明では、先に述べたように、溶接における拘束度のレベルに応じて溶接金属の変態開始温度を規定することにより、溶接金属の変態終了後の熱収縮時に自由収縮させて溶接止端部での引張応力の増加を抑制させる。
【0058】
本発明では、溶接における溶接金属の変態開始温度条件を以下のように変態開始温度が高い475〜600℃と、それよりも低い400℃〜475℃未満の異なる2つの変態開始温度レベルに分類する。
【0059】
溶接金属の変態開始温度が475℃〜600℃となる条件で溶接する場合は、より高温で溶接金属の変態が開始するため、溶接継手の溶接金属がベイナイト変態又はフェライトパーライト主体組織でかつより硬度が低くより靭性に優れた溶接継手が得られる。そのため、溶接材料中に変態開始温度を低下させるために添加する高価な合金成分の添加量をより低減でき、溶接継手の製造コストもより低減できる。なお、溶接金属の変態開始温度が475℃〜600℃の条件で溶接止端部に圧縮応力を導入して室温時の残留応力と圧縮応力側にすることで溶接継手の疲労強度を十分確保するためには、先に述べた通り、拘束度を4000N/mm・mm以下に規定する必要がある。しかし、このような低い拘束度条件で溶接した場合でも、溶接金属の変態開始温度が600℃を上回ると、溶接止端部の残留応力を圧縮応力側にすることが困難となり溶接継手の疲労強度が十分に向上できないため、溶接金属の変態開始温度の上限値を600℃とした。一方、溶接金属の変態開始温度の下限値は、変態開始温度が475℃より低い場合には溶接継手の疲労強度の改善効果は得られるが、変態開始温度の低下に伴う上記の理由で溶接継手の製造コストおよび溶接部の靭性が低下するため、経済性および製造コストの観点から溶接金属の変態開始温度の下限値を475℃とした。
【0060】
溶接金属の変態開始温度が400℃〜475℃未満となる条件で溶接する場合は、上記の溶接金属の変態開始温度が高い溶接条件に比べて溶接継手の溶接金属がベイナイト変態又はフェライトパーライト主体組織となるものの硬度が少し高くなり溶接部の靭性は若干低下する。そのため、溶接材料中に溶接金属の変態開始温度を低下させるために添加する高価な合金成分の添加量も増加し溶接継手の製造コストも少し増加する。しかし、拘束度が8000N/mm・mm以下の高い拘束条件で溶接しても、溶接止端部の残留応力を圧縮応力側にすることができ、溶接継手の疲労強度を十分に確保することが可能である。従って、溶接継手の構造上、拘束度を十分に低下した施工条件で溶接することが困難な場合の溶接で、特に有効となり、溶接施工条件の自由度を向上させることができる。
【0061】
この溶接条件では比較的拘束度が高く、溶接金属の変態膨張終了後の熱収縮の影響が比較的大きくなりやすいため、溶接金属の変態開始温度の上限を475℃未満と低く規制しなければ、溶接金属の変態膨張終了後の熱収縮過程で収縮部が拘束されることにより溶接止端部の残留応力が引張応力側に移行してしまい、十分な疲労強度の向上が得られなくなる。そのため、溶接金属の変態開始温度の上限を475℃未満とする。一方、溶接金属の変態開始温度の下限値は、変態開始温度が400℃より低い場合でも溶接継手の疲労強度の改善効果は得られるが、変態開始温度の低下に伴う溶接継手の製造コストおよび溶接部の靭性が低下するため、経済性および製造コストの観点から溶接金属の変態開始温度の下限値を400℃とした。
【0062】
次に、本発明で、溶接止端部の鋼材表面からの好ましいへこみ量について述べる。
【0063】
本発明では、溶接継手の疲労強度向上を、溶接金属の変態膨張と超音波ピーニング処理の2つを併用して達成させている。溶接金属の変態膨張を用いて疲労強度を向上させる方法は、溶接金属の変態開始温度を限定したり、溶接金属の成分を限定することにより疲労強度向上効果を確保することができるが、超音波ピーニング処理を行った場合、その処理で疲労強度向上効果が得られているのかどうかは必ずしも明確ではない。そこで、本発明者らは、超音波ピーニング処理をした後の溶接止端部のへこみ量に着目し、疲労強度向上効果が得られるへこみ量を調査した。その結果、へこみ量が0.03mmを下回ると、超音波ピーニング処理の効果が小さく疲労強度が向上しない場合があり好ましくないこと、また、へこみ量が板厚の1/4を上回ると、板厚減少による局部応力の増加を引き起こし、継手としての疲労強度向上からは好ましくない場合があることが判明した。そこで、本発明では、前記超音波ピーニング処理の程度は、溶接止端部が鋼材表面より0.03mm以上かつ板厚の1/4以下へこむ程度とするのが好ましい。
【0064】
次に、止端部への超音波ピーニング処理を行う領域または止端部のへこみが存在する領域の範囲を限定した理由について述べる。
【0065】
本発明において、超音波ピーニング処理を行う目的は、ビード形状が不良となる溶接ビードのスタート部分とクレーター部分の疲労強度を確保することである。そのため、超音波ピーニング処理を行う、またはそれによって止端部のへこみが存在する領域はビード形状が不良となる領域をカバーする必要がある。特に疲労特性上問題となる部分はビードの両端部分である。そのため、止端部への超音波ピーニング処理または止端部へのへこみは、この両端部分を少なくともカバーしていなければならない。そして、ビード形状が悪い、両端部から10mmの範囲は、確実に超音波ピーニング処理を実施しへこみが確保されていなければならない。本発明で、止端部への超音波ピーニング処理を行う領域また止端部へのへこみがスタート部とクレーター部の端部から10mm以上の範囲にわたると下限規定した理由は以上のことによる。また、超音波ピーニング処理領域またはへこみ部領域の上限については、超音波ピーニング処理そのものは製造コストの上昇を招き、また本発明では低温変態溶接金属で疲労強度向上が達成されているため、この上限を100mmとする。
【0066】
(溶接金属の成分の規定)
本発明の溶接金属について、好ましい成分を規定した理由について述べる。
【0067】
本発明の溶接金属の成分系の実施形態として、上記の変態開始温度が比較的高い475〜600℃と、それよりも低い400℃〜475℃未満の異なる2つの変態開始温度レベルに応じて、以下の2種類の成分系が用いられる。
【0068】
変態開始温度が比較的高い475〜600℃の溶接金属の成分系としては、主としてCを比較的多く添加することにより溶接金属の変態開始温度を下げる成分系(以下、C系とする。)と主としてNiを添加することにより変態開始温度を下げる成分系(以下、Ni系とする。)を用いた。また、変態開始温度が比較的低い400℃〜475℃未満の溶接金属の成分系としては、主としてNiを添加することにより変態開始温度を下げる成分系(以下、Ni系成分とする。)を用いた。
【0069】
これらのうち、C系の溶接金属は、高価な合金元素の添加量が少ないため、その溶接金属を得るための溶接材料の製造コストが低減でき、溶接金属の靭性はやや劣るものの疲労特性に優れた溶接継手を製造する際に経済性の観点から有利である。一方、Ni系の溶接金属は、高価なNi合金元素を比較的多く添加するため、溶接継手の経済性の観点からは不利であるが、溶接金属の変態開始温度が同じ条件においてさらにNiの作用を用いて靭性を向上できるため、疲労特性とともに高い靭性レベルが要求される溶接継手を製造する際に有効である。これらの溶接金属の成分系およびそれを実現する溶接材料の選択は、それぞれの特徴を踏まえて、選択されるものである。
【0070】
(C系溶接金属の成分規定)
C系溶接金属の成分およびその含有量の限定理由について説明する。Cは、焼入れ元素で、溶接金属の強度向上および変態温度低減の両方の点から有効な元素である。C含有量の下限0.2%は、これを下回る添加量では、C系溶接金属の変態開始温度を475〜600℃の範囲内に調整することができないばかりではなく、溶接金属の強度を確保する上でも問題が生じてくるためこの値を設定した。一方、Cの含有量が高くなると特に鋼材板厚が厚い場合の突合せ凝固時に溶接金属に凝固割れを発生させる危険性が高まるため、Cの添加量の上限を0.4%とした。
【0071】
Siは、主として脱酸元素として添加し、溶接中の空気の混入などによる溶接金属の酸素濃度の上昇時にもその酸素レベルを下げる効果がある。Si含有量の下限は、0.1%を下回る添加量では脱酸効果が不十分で溶接金属中の酸素を十分低減できなくなり、溶接金属の機械的特性、特に靭性の劣化を招くためその含有量の下限を0.1%とした。一方、Siが0.8%を上回る量添加した場合にも靱性劣化を招くためその含有量の上限を0.8%とした。
【0072】
Mnは、焼入れ元素であり、溶接金属の強度を向上し、かつその変態温度を下げる作用を持つ。溶接金属の強度の確保は、本発明における溶接止端部の残留引張応力低減のメカニズムである溶接金属の変態膨張時に降伏強度を確保し溶接止端部に十分な圧縮応力を発生させる点から重要となる。
【0073】
Mn含有量の下限は、溶接金属の強度確保の点からその最低限の添加量として0.4%とした。溶接金属の変態温度を下げるという観点からは、Cの補完成分としてMnの添加量を調整するが、その添加量が過度に多くなると、溶接材料の製造コストが高くなり経済性の観点から好ましくないためMnの添加量の上限を2.0%とした。
【0074】
PおよびSは、不可避的不純物元素であり、本発明では、これら元素が溶接金属中に多く存在するとその靭性が劣化するため、PおよびSの含有量の上限をそれぞれ0.03%、0.02%とした。
【0075】
以上が、本発明におけるC系溶接金属の基本成分であり、これらの成分規定により溶接金属の疲労強度は十分得られるが、さらに、溶接金属の強度および靭性をより向上させるために、それらの要求特性に応じて、Ni、Cr、Mo、Cu、V、Nb、Ti、Ca、BおよびMgのうちの1種又は2種以上を合計量で0.001〜1.0%含有させても良い。この含有量の合計値の下限は、溶接金属の強度および靭性を向上させるために最低限必要な含有量であり、その上限は、過度に合金元素の含有量を増加させることにより溶接継手の製造コストが増加するためにその上限を1.0%とした。
【0076】
(Ni系溶接金属の成分規定)
Ni系溶接金属の成分およびその含有量の限定理由について説明する。
【0077】
Cは、焼入れ元素であり、溶接金属の強度向上および変態温度の低減の点から有効な元素であるが、Ni系成分では、溶接金属の変態開始温度を主としてNi添加により実現し、Cは、Niの溶接金属の変態温度低下効果を補完しかつその強度を十分得るために最低限の含有量としてその下限を0.03%と規定する。一方、Cの過度の添加は、溶接金属の靱性劣化を引き起こすため、その含有量の上限を0.2%未満とした。
【0078】
Siは、主として脱酸元素として添加し、溶接中の空気の混入などによる溶接金属の酸素濃度の上昇時にもその酸素レベルを下げる効果がある。Si含有量の下限は、Si量が0.1%に満たない場合、脱酸効果が低下し溶接金属中の酸素レベルが高くなりすぎ、溶接金属の機械的特性、特に靭性の劣化を引き起こす危険性があるため、その含有量の下限を0.1%とした。一方、Siの過度の添加も靱性劣化を発生させるため、その含有量の上限を0.8%とした。
【0079】
Mnは、焼入れ元素であり、溶接金属の強度を向上し、かつその変態温度を下げる作用を持つ。溶接金属の強度の確保は、本発明における溶接止端部の残留引張応力低減のメカニズムである溶接金属の変態膨張時に降伏強度を確保し溶接止端部に十分な圧縮応力を発生させる点から重要となる。
【0080】
Mn含有量の下限は、溶接金属の強度確保の点からその最低限の添加量として1.0%とした。溶接金属の変態温度を下げるという観点からは、Niの補完成分としてMnの添加量を調整するが、その添加量が過度に多くなると、溶接金属の靱性劣化を引き起こすためその上限を2.0%とした。
【0081】
PおよびSは、不可避的不純物元素であり、本発明では、これら元素が溶接金属に多く存在するとその靭性が劣化するため、PおよびSの含有量の上限をそれぞれ0.03%、0.02%とした。
【0082】
Niは、オーステナイト構造(面心構造)を有する金属元素であり、高温域での溶接金属のオーステナイト状態をより安定化し、低温域でのフェライト(体心構造)への変態を遅らせるため、その変態温度を低下させる元素である。また、Niは、同じ含有量を添加しても、Cに比べて溶接金属の凝固割れの危険性を高めないため、溶接金属の靭性を維持しつつさらに変態温度を低下させるために有効な元素である。
【0083】
本発明において、Ni系溶接金属の変態開始温度を475〜600℃の範囲に調整する場合には、C添加量を低減しても、C系溶接金属と同様に溶接継手の疲労強度の向上が達成できるとともに、C系溶接金属に比べてさらに靭性も向上させることができる。そのためのNi含有量の下限は、溶接継手の疲労強度の向上のために2.0%とする。一方、Ni含有量の上限は、溶接継手の経済性、靭性および溶接性を十分に維持するために4.0%未満とする。
【0084】
本発明において、Ni系溶接金属の変態開始温度を400〜475℃未満の範囲に調整する場合には、C系溶接金属では、C含有量の増加による溶接金属の凝固割れ発生の問題が生じやすいが、Ni含有量を4.0〜7.5%とすることで凝固割れを抑制しつつ溶接金属の変態開始温度を低くして400〜475℃未満に調整できる。また、NiはCと異なり、多少添加量を増やしても靱性劣化は必ずしも生じないため、この場合でもC系溶接金属と同等以上の靭性を確保できる。Ni含有量の下限は、溶接継手の疲労強度の向上のために4.0%とした。一方、Ni含有量の上限は、7.5%を超えて添加すると、溶接継手の経済性の悪化とともに、靭性および溶接凝固割れなどの溶接性が劣化する可能性が生じるためその含有量の上限を7.5%と規定した。
【0085】
以上が、本発明におけるNi系溶接金属の基本成分であり、これらの成分規定により溶接金属の疲労強度は十分得られるが、さらに、溶接金属の強度および靭性をより向上させるためには、それらの要求特性に応じて、Cr、Mo、Cu、V、Nb、Ti、Ca、BおよびMgのうちの1種又は2種以上を合計量で0.001〜1.0%含有させても良い。この含有量の合計値の下限は、溶接金属の強度および靭性を向上させるために最低限必要な含有量であり、その上限は、過度に合金元素の含有量を増加させことにより溶接継手の製造コストが増加するためにその上限を1.0%とした。
【0086】
以上、本発明におけるC系およびNi系の溶接金属の成分およびその含有量の限定理由について説明したが、溶接金属の成分含有量の調整は、溶接に用いる、溶接ワイヤ、溶接ワイヤと充填フラックスとの組み合わせ、又は溶接棒の心線および被覆フラックスのうちの何れかを用いて溶接する際の溶接金属中への成分歩留まりを考慮してそれぞれの溶接材料の成分設計を行うことで実現可能となる。
【0087】
次に、本発明において、ピーニング処理について超音波を用いたピーニング処理に限定した理由について述べる。
【0088】
ここで超音波ピーニングとは周波数が20kHzから60kHzの範囲内にある周波数を持つものをいう。超音波を用いる最大のメリットは、ピーニング先端のピンの重さが小さくても十分大きな衝撃力を与えることができ、その結果少ない作業時間で十分なピーニング効果をあげることができる点である。ピーニング処理をすることによる疲労強度向上原理は、そこの部分の形状を改善させるとともに圧縮の残留応力を付与することによる。そのためには、ピーニング部分に塑性歪を導入させなければならない。弾性歪の範囲内では、応力が残留しないからである。塑性歪を導入するためには、材料が持つ降伏強度以上の衝撃応力を加える必要があるが、これをもし、静的応力で実現しようとする場合は、溶接部に降伏応力以上の応力を加える必要があり、その分装置が大きくなってしまい、作業負荷の増大をまねく。一方、超音波を用いると、ピーニング部分に加わる応力はピンの質量が例えば10g程度でも十分大きな応力になることがわかる。
【0089】
この原理を簡単に説明する。
【0090】
周波数を33kHzとし、ピンの質量を10g、ピンが振動する範囲を0.03mmとし、ピン先端の直径を3mmと仮定する。このとき、ピンのスピード、Vは、
V=0.03×33000=1000mm/s=1m/s
である。ピンは1/33000秒に1回スピードを+1m/sから−1m/sに変化させると考えると、その変化は、ピーニング処理部分にピンがぶつかる瞬間に発生する。このスピード変化が1回の周波数内の1/10の時間すなわち、1/330000秒の間で生じるとすると、速度の時間変化、すなわち加速度、Aは、
A=dV/dt=2×330000=660000m/s2
となる。衝撃力Fは、上記加速度にピンの重さ10g=1/100kgをかければ求まり、
F=660000×1/100=6600N
となる。応力Sは、これをピンの断面積、1.5×1.5×3.14=7.1mm2で割れば計算でき、
S=6600/7.1=930N/mm2=930MPa
となる。注意すべきは、この応力は、ピンの重さがわずかに10gとした場合の値である点である。実際の超音波ピーニングの場合は、速度反転が生じる時間間隔が上記計算の設定よりさらに短いと考えられるため、より大きな衝撃応力が出ているものと考えられる。
【0091】
以上のように、ピーニング処理に超音波を用いる方法は、ピンの質量が小さくて済み、その分装置の軽量化ができるなどの利点を有することがわかる。
【0092】
次に超音波ピーニングの好ましい周波数を規定した理由について述べる。
【0093】
下限の20kHzは、これを下回る周波数の場合、人間が聞こえる周波数すなわち可聴周波数の範囲の入ってしまい、ピーニング作業の観点からは好ましいことではない。本発明の本意は、簡便な疲労強度向上方法を提供することにあるため、作業環境が劣化するような方法は本発明の本意からはずれる。また、上記衝撃応力の試算からわかるように、超音波の周波数は高いほど衝撃応力が高くなりそれだけ有利となる。下限の20kHzは、簡便な装置で十分なピーニング効果を得られる周波数として、また作業環境を劣悪なものとしない値として設定した。なお、下限の20kHzは、より高い衝撃応力を得る観点から、好ましくは23kHz以上とすることが望ましい。上限の60kHzは、これ以上の周波数になると、現在の技術では簡便な装置で超音波を得ることが難しくなり、かつ人間の耳には聞こえないものの健康管理上の問題が生じてくるためこの値を設定した。
【0094】
次に、ピンの好ましい硬さを限定した理由について述べる。
【0095】
本発明では、鋼材および溶接金属の強度を限定している。これは、溶接金属の変態膨張を有効に圧縮弾性歪みに変化させることを目的としている。しかし、溶接ビードのスタート部、クレーター部に関してはビード形状の劣化からピーニング処理などで疲労強度を確保する必要がある。一方、強度に関しては、スタート部、クレーター部も所定の強度を有している。例えば、引張強度が780MPaの場合、硬さは280Hv程度ある。980MPaになると、硬さは350Hv近くある。ピーニングによりそこの部分の形状改善や残留応力低減を実行するには、ピーニング部分に塑性ひずみを導入しなければならない。そのためには、ピンの硬さを鋼材および溶接金属より硬くする必要がある。そのため本発明ではピンの硬さの下限を450Hvとした。上限の900Hvは、これ以上硬い材料はあるものの、ピンそのもののコストが大きくなり、またピーニング効果が格段に大きくなるというわけではないため、この値を設定した。
【0096】
次にピンの好ましい直径を限定した理由について述べる。
【0097】
前述の衝撃応力試算例からわかるように、最終的な衝撃応力は、衝撃力をピン断面積で割ることにより求めることができ、また断面積が小さいほど衝撃応力は大きくなる傾向にある。より大きい衝撃応力を得るためにはピンを例えば針のように細くすればいいが、この場合、ピンが折れたり座屈したりする危険があり、不必要な細形はかえってマイナスである。下限1.5mmは、ピンが座屈や折れたりしないで十分ピーニング処理に耐えうる値として設定した。逆にピンの直径の、上限の7mmは、これを超える直径ではピンの断面積が大きすぎ、衝撃力としては十分であるものの衝撃応力が所定の値にならない場合があるためこの値を設定した。
【0098】
【実施例】
以下に、本発明の実施例を示す。
【0099】
図2および図3に本実施例で用いた疲労試験法の概略図を示す。実際の溶接時の部材の拘束度は、有限要素法などの数値計算やあるいは溶接前の開先部に荷重を負荷しそのときの開先幅の変化を測定することにより決定する方法が考えられる。しかし、このような方法では、必ずしも任意に拘束度を制御できるわけではなく、また、試験費用が膨大になるという問題もある。これらの試験法の問題に鑑みて、本実施例では、図2および図3に示すように疲労試験片を溶接により作製する際に、その拘束度を任意に定められるために考案した疲労試験方法である。ここでは、隅肉溶接継手の形状として図2および図3に示す2種類の継手を準備した。いずれの継手においても、溶接前に予め治具4、5にて疲労試験片を固定した。これは、溶接継手の拘束度を一定に保つためである。次に、この状態で隅肉溶接を行ない、疲労試験片を作製した。なお、疲労試験片の隅肉溶接は、ワイヤを用いCO2溶接により行い、その溶接条件は、電流125A、電圧17Vを一定とし、溶接時の入熱量は溶接速度を変化することにより調整した。通常、疲労試験片に用いられる溶接継手は、溶接ビードのスタート部とクレーター部が試験片に残らないように機械加工で削除する。しかし、実構造物によっては、スタート部とクレーター部の削除が不可能または技術的・経済的に困難である場合も存在する。そこで、このような構造物の疲労挙動を再現できるようにしたのが図2および図3の継手形状である。図2の継手(以降継手Aと呼ぶ)は、溶接ビードがコの字型になっていて、図3の継手(以降継手Bと呼ぶ)はV字型になっている。継手A、B共にスタート部1とクレーター部2はビードが乱れやすいという条件に加え、構造的な応力集中部であることは明白である。これらスタート部1とクレーター部2以外にも、コーナー部3が構造的な応力集中部である。
【0100】
また、疲労試験片作成時の溶接における拘束度(RF)は、試験片が治具4、5で固定されている間の距離(図2、3のL)を変化させることにより、下記の(1)式を用いて計算される拘束度を任意に設定した。
RF(N/mm・mm)=E(N/mm2)・H(mm)/L(mm)・・・(1)
但し、RF:拘束度、E:ヤング率、H:試験材板厚、L:固定端間の距離(L)
【0101】
溶接して作製した疲労試験片に対し、スタート部、クレーター部に超音波ピーニング処理をしたものとしなかったものを用意し、図2および3に示す矢印の方向に疲労荷重を負荷することにより疲労試験を行った。疲労強度は、500万回荷重を負荷しても破断しない負荷荷重を示し、例えば、疲労強度が1000Nであるということは、応力比が0.1で負荷荷重が111〜1111Nの間で500万回繰り返し負荷しても破断せず、それを上回る応力範囲では、500万回より少ない繰り返し数で破断してしまうことを意味する。なお、疲労破断の判断は、試験片のスタート部、クレーター部およびコーナー部に歪ゲージを貼り付けておき、疲労試験中にその歪ゲージの読みが初期の値より20%減少したときを疲労破断したとみなしたものである。また、歪ゲージは溶接後に試験片に貼り付けたため、溶接残留応力の影響は含まれていない。また、疲労試験片の溶接金属の溶け込み深さは、疲労試験を終了後に試験片から断面マクロ試験片を採取して、図4に示してある溶け込み深さ6を実測した。同様に、超音波ピーニング処理した時のへこみ量も、疲労試験終了後マクロ試験片を採取し、図5に示すへこみ量7を実測した。
【0102】
表1には、同じ溶接条件で作製した複数の疲労試験片の溶接金属部から試験片を採取し測定した溶接金属の成分組成、変態開始温度、引張強度および0℃シャルピー吸収エネルギーを示す。溶接金属の変態開始温度は、フォーマスター試験を用いて測定し、0℃シャルピー吸収エネルギーは、JIS Z3111に従って、270A−30V−25cm/minの溶接条件でオールデポ試験を実施して求めた。但し、表1に示す本発明が規定するC系溶接金属に相当する溶接金属No.1および2については、C含有量が高く、高温割れが発生する可能性が高いためこれを防ぐ目的で疲労試験片の作製時の溶接条件、すなわち125A−17V−40cm/minでオールデポ試験を行った。
【0103】
表1において、溶接金属記号A、B、EおよびFは、本発明で規定する溶接金属の変態開始温度:475〜600℃の範囲を満足するものであり、そのうち、溶接金属AおよびBが本発明で規定するC:0.2〜0.4%のC系溶接金属に該当し、溶接金属EおよびFが本発明で規定するNi:2.0〜4.0%未満(C:0.03〜0.2%未満)のNi系溶接金属に該当するものである。溶接金属HおよびIは、本発明で規定する溶接金属の変態開始温度:400〜475℃未満の範囲を満足するものであり、本発明で規定するNi:4.0〜7.5%(C:0.03〜0.2%未満)のNi系溶接金属に該当するものである。また、溶接金属C、DおよびGは、本発明で規定する溶接金属の変態開始温度範囲を外れるものである。溶接金属A、B、E、F、HおよびIのそれぞれの機械特性を比べると、何れも同レベルの引張強度を有するが、溶接金属E、F、HおよびIの本発明で規定のNi系溶接金属の0℃のシャルピー吸収エネルギーは100Jを上回り、溶接金属AおよびBの本発明で規定のC系溶接金属のそれ(vE0:70〜75J)に比べてより高かった。
【0104】
表2には、表1に示す溶接金属記号と疲労試験片の作製時の条件を示す。継手形状のA、Bは、図2および図3に示す継手A、Bであり、また、溶け込み深さは、試験片から断面マクロを採取して測定した結果である。また、拘束度は、板厚とLを用いて(1)式で計算した値である。また、本発明の範囲外の条件については、範囲外の項目も表2に載せた。
【0105】
表2の試験片に対し、種々の条件で超音波ピーニング処理を行い、疲労試験片を用意し疲労試験を行った。表3、表4は継手形状が図2に示す継手Aの疲労試験結果であり、表5、表6は図3の継手Bの結果である。各継手に対し、異なる板厚が含まれているため、板厚2mm以上の場合と2mm未満の場合に分けて疲労試験結果を示した。表3、表5は板厚が2mm以上の場合であり、表4、表6は2mm未満の場合である。なお、各表における超音波ピーニングの範囲とは、溶接ビードのスタート部およびクレーター部の両端部からの超音波ピーニングを実施した範囲を示している。
【0106】
表3に示された、試験No.2は、超音波ピーニング処理以外の条件は本発明の範囲内であるものの、超音波ピーニング処理を実施していないため、スタート部およびクレーター部から疲労が発生し、500万回疲労限は11.5kNとなった場合である。試験No.3は、超音波ピーニング範囲が狭すぎ、スタート部およびクレーター部の疲労発生を十分防げなかった場合である。試験No.4および8は、溶接金属の変態開始温度および強度が本発明の範囲外で、超音波ピーニングをしたスタート部およびクレーター部の疲労強度は向上しているものの、コーナー部からの疲労発生が防げなかった場合である。試験No.5は、試験No.4に超音波ピーニング処理を省略した場合であり、表3の中で最も疲労強度が低かった場合である。試験No.6は超音波ピーニング処理条件、鋼材および溶接金属は本発明の範囲内にあるものの溶接条件時の拘束度が高く(試験No.6の溶接金属Eは、変態開始温度が表2から530℃であるため、本発明の範囲内であるためには、拘束度が4000N/mm・mm以下である必要がある)、残留応力低減が不十分でコーナー部の疲労強度が不十分であった場合である。試験No.7はピン直径が1mmと細すぎ、超音波ピーニング途中でピンが折れてしまい、超音波ピーニング処理が不十分であった場合である。それに対し、本発明の範囲内である試験No.1は疲労強度が20.3kNと他の継手より約2倍の疲労強度が得られている。
【0107】
表4は、表3と継手形状は同じものの、板厚が2mm未満の場合の実施例である。試験No.12は、鋼材強度が本発明の範囲外であり、溶接金属の変態開始温度が本発明の範囲内であるものの鋼材からの反力が不十分であったため溶接残留応力が十分低減できなかった場合である。試験No.13は、超音波ピーニング処理を過度に行なった場合であり、へこみ量が板厚の1/3になり、ここでの板厚が減少し局部的な応力が高くなって、疲労強度が向上しなかった場合である。それに対し、同じ鋼材および溶接金属でも、試験No.11は超音波ピーニング処理条件が本発明の範囲内であるために疲労強度は試験No.12、13に比べ約2倍の高さになっている。
【0108】
表5は、継手形状が図3のBであり、かつ板厚が2mmの場合における疲労試験結果である。試験No.21は、溶接金属が表2のGであり、変態開始温度が本発明の範囲外であった場合であり、図3のコーナー部から疲労き裂が発生し、疲労強度が不十分であった場合である。試験No.22は試験No.21で超音波ピーニング処理を実施しなかった場合で、スタート部およびクレーター部の疲労強度がコーナー部より低く、表5の中では最も疲労強度が低い場合に相当する。試験No.23は超音波ピーニング範囲が5mmと狭く、スタート部およびクレーター部の疲労強度が不十分であった。試験No.24は試験No.23で超音波ピーニング範囲が本発明の範囲内である場合であり、疲労強度は20kNを上回った場合である。試験No.25は継手拘束度が8400N/mm・mmと表2の条件の中で最も高く、溶接金属の変態開始温度は430℃と本発明の範囲内であるにもかかわらず残留応力低減が不十分なため、コーナー部から疲労き裂が発生した場合である。このような高い拘束度での残留応力低減は、特許文献4にあるような従来技術における低温変態溶接材料を用いる必要がある。試験No.26は、鋼材強度が240MPaと低く、鋼材反力が小さかったため残留応力が十分低減できなかった場合である。試験No.27は、ピンの硬さが低すぎ、超音波ピーニング処理を十分に行なうことができず、結果的にへこみ量が不十分になった場合である。試験No.28は、ピンの直径が10mmと本発明の好ましい範囲外で、試験No.27同様、超音波ピーニング効果が不十分であった場合である。試験No.29は、表2の条件No.13に示すように板厚が5mmと厚く、溶接金属が変態する温度領域でもまだ板厚方向に温度差が残っており、板裏面からの拘束を取り除くことができず、残留応力低減効果が不十分であった場合である。これら試験に対し、試験No.24は本発明の範囲内であり、表5の中では、唯一疲労強度が20kNを上回った場合であり、疲労強度向上効果は明らかである。
【0109】
表6は、継手形状が図3のBであり、かつ板厚が2mm未満の場合の実施例である。試験No.31は、板厚が0.6mmと本発明の範囲外であり、結果的に溶け込み深さが板厚の1/3を上回ってしまい、残留応力低減が不十分となった場合である。試験No.33は、板厚が本発明の範囲内であるものの、その板厚に対する溶接条件が適切ではなく、溶け込みが板厚の半分になってしまい残留応力低減が不十分となった場合である。試験No.33に対し、試験No.32は同じ板厚でも溶接条件選択が適切で溶け込み深さが板厚の1/3以下であり本発明の範囲内になった場合であり、疲労強度は9.5kNと他の二つの比較例に対し約2倍の疲労強度を示している。
【0110】
【表1】
【0111】
【表2】
【0112】
【表3】
【0113】
【表4】
【0114】
【表5】
【0115】
【表6】
【0116】
【発明の効果】
以上のように、本発明によれば、溶接継手の疲労強度は従来継手より格段に向上させることが可能である。したがって、本発明は工業的価値がきわめて大きい発明である。
【図面の簡単な説明】
【図1】 図1は、重ね継手部の概念図である。
【図2】 図2は、継手Aの試験片形状と疲労荷重負荷方向を説明した図である。
【図3】 図3は、継手Bの試験片形状と疲労荷重負荷方向を説明した図である。
【図4】 図4は、溶け込み深さを説明した概念図である。
【図5】 図5は、溶接止端部のへこみ量を説明した図である。
【符号の説明】
1 スタート部
2 クレーター部
3 コーナー部
4 治具
5 治具
6 溶け込み深さ
7 へこみ量
Claims (1)
- 板厚が1.0〜4.0mmで、かつ、引張強度が590MPa以上の高強度薄鋼板を用いた隅肉溶接継手の作製方法において、
該鋼板の下記式(1)で示される溶接部の拘束度(RF)を8000N/mm・mm以下とし、該溶接部における溶接金属の溶け込み深さを前記鋼板の板厚の1/3以下とし、該溶接金属を、変態開始温度が400〜600℃、かつ、引張強度が590MPa以上の溶接金属となるように、前記鋼板を隅肉溶接するに際し、
前記溶接金属の変態開始温度が475℃〜600℃の場合は前記拘束度(RF)を4000N/mm・mm以下とし、前記溶接金属の変態開始温度が400℃〜475℃未満の場合は前記拘束度(RF)を8000N/mm・mm以下として前記鋼板を隅肉溶接し、
その後さらに、該溶接部の溶接ビードのスタート部分およびクレーター部分の端部から10〜100mmの範囲にわたって、溶接止端部に超音波ピーニング処理を行うことを特徴とする、高強度薄鋼板の高疲労強度隅肉溶接継手の作製方法。
RF(N/mm・mm)=E(N/mm 2 )・H(mm)/L(mm)・・(1)
上記式中において、RF:拘束度、L:中央に開先部を作製した試験片の両端を固定した場合の両固定端間の長さ、H:板厚、E:ヤング率を意味する。
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