図1は、本発明が適用される車両10に備えられたトルク配分装置12の概略構成を説明する図であると共に、トルク配分装置12における各種制御の為の制御機能及び制御系統の要部を説明する図である。図1において、車両10は、例えばFR車両である。車両10は、例えばエンジン等の駆動力源14を備えている。車両10において、駆動力源14からの動力(特に区別しない場合にはトルクや力も同義)は、プロペラシャフト16、トルク配分装置12などを順次介して、左右の車輪としての左右の後輪18L,18R(以下、特に区別しない場合には後輪18という)へ伝達される。
トルク配分装置12は、後輪用差動歯車装置20(以下、差動歯車装置20という)や左右の後輪車軸22L,22R(以下、特に区別しない場合には車軸22という)などを備えている。トルク配分装置12は、左右の後輪18にトルクを配分する。例えば、トルク配分装置12は、プロペラシャフト16へ伝達された駆動力源14からの動力を、差動歯車装置20から左右の車軸22を介して左右の後輪18に配分する。このように、トルク配分装置12は、駆動力源14からの動力を左右の駆動輪としての後輪18に配分する左右駆動力配分装置として機能する。尚、トルク配分装置12によるトルクの配分には、左右の後輪18L,18R間でのトルクの移動も含まれる。
差動歯車装置20は、デフケース20cと、傘歯歯車からなる差動機構20dとを備えており、左右の車軸22に適宜差回転を与えつつ回転を伝達する公知の傘歯車式の差動歯車機構である。デフケース20cには、プロペラシャフト16の先端に設けられたドライブピニオン16dと噛み合う、リングギヤ20rが設けられている。従って、プロペラシャフト16へ伝達された駆動力源14からの動力は、ドライブピニオン16dからリングギヤ20rを介してデフケース20cへ伝達される。
トルク配分装置12は、更に、デフケース20cと左右の車軸22との間に、それぞれ左右の増速装置24L,24R(以下、特に区別しない場合には増速装置24という)を備えている。増速装置24L,24Rは左右対称的に構成されているので、増速装置24L,24Rがそれぞれ備える部材について、同一の部材には同一の符号を付してある。
左右の増速装置24は、左右の第1遊星歯車装置26と、左右の第2遊星歯車装置28と、左右のクラッチ30L,30R(以下、特に区別しない場合にはクラッチ30という)と、左右のモータMとを備えている。第1遊星歯車装置26と第2遊星歯車装置28とは、車軸22の軸心回りに軸心方向に並んで配設されている。第1遊星歯車装置26は差動歯車装置20側に配置され、第2遊星歯車装置28は後輪18側に配置されている。クラッチ30は、車軸22の軸心回りに配設された、多板式のクラッチである。クラッチ30は、モータMの回転に伴って車軸22の軸心方向に沿って移動させられるピストン30pを備えており、そのピストン30pによって押圧されることで係合力が変化させられる。モータMの回転は、複数の減速ギヤを有するギヤ機構32を介して減速されてカム34に伝達され、カム34の回転運動は、カム34とボール36とにより車軸22の軸心方向の直線運動に変換されてピストン30pに伝達される。つまり、クラッチ30は、モータMの回転によりピストン30pが移動させられて係合と解放とが切り替えられる形式の摩擦クラッチであって、モータMの回転角度Am(以下、モータ回転角度Amという)、又は、モータMの駆動トルクTm(以下、モータトルクTmという)、又は、モータMの駆動電流Im(以下、モータ電流Imという)などによって、係合力(クラッチトルクTcltも同意)が変化させられる。
第1遊星歯車装置26は、サンギヤ26sと、そのサンギヤ26sと噛み合う複数の遊星歯車26pとを備えている。第2遊星歯車装置28は、サンギヤ28sと、そのサンギヤ28sと噛み合う複数の遊星歯車28pとを備えている。加えて、第1遊星歯車装置26及び第2遊星歯車装置28は、遊星歯車26p及び遊星歯車28pをそれぞれ自転及び公転可能に支持する、共通のキャリヤ26cを備えている。
第1遊星歯車装置26及び第2遊星歯車装置28において、サンギヤ26sは、デフケース20cに連結されており、デフケース20cと一体的に回転する。サンギヤ28sは、車軸22に連結されており、車軸22と一体的に回転する。遊星歯車26pと遊星歯車28pとは、一体的に設けられている。キャリヤ26cは、クラッチ30を介して選択的に非回転部材であるハウジング38に連結される。一例として、サンギヤ26sの歯数ZS1は、サンギヤ28sの歯数ZS2よりも多く、遊星歯車28pの歯数ZP2は、遊星歯車26pの歯数ZP1よりも多く設定される。
このように構成されたトルク配分装置12において、左右のクラッチ30が共に解放されると、差動歯車装置20のみを介して左右の後輪18にトルクの配分が行われる。又、クラッチ30が係合制御(特に、ここではスリップ制御)されることにより、クラッチ30が係合制御された側の増速装置24を介して、デフケース20cのトルクが車軸22、更には後輪18へ伝達される。つまり、クラッチ30が係合制御された側のキャリヤ26cの回転が制限されることに伴って、その係合制御された側の後輪18を増速回転させるトルクが発生させられ、その係合制御された側の後輪18のトルクが増大させられると共に、そのトルクの増大に応じて相対的にクラッチ30が係合制御されない側の後輪18のトルクが減少させられる。例えば、右の後輪18Rのトルクを大きくする為に右のクラッチ30Rが所定の係合トルクで係合制御された場合、図1中の破線矢印Aに示すように、デフケース20cに伝達されたトルクのうちの一部が右の増速装置24Rを経て右の後輪18Rへ伝達され、残部が差動歯車装置20により左右の後輪18L,18Rに配分される。このように、クラッチ30は、トルク配分装置12による左右の後輪18へのトルクの配分に関与するクラッチである。
車両10は、更に、例えばトルク配分装置12による左右の後輪18へのトルクの配分を制御する(すなわち左右トルク配分制御を実行する)車両10の制御装置を含む電子制御装置(ECU)70を備える。電子制御装置70は、例えばCPU、RAM、ROM、入出力インターフェース等を備えた所謂マイクロコンピュータを含んで構成されており、CPUはRAMの一時記憶機能を利用しつつ予めROMに記憶されたプログラムに従って信号処理を行うことにより車両10の各種制御を実行する。例えば、電子制御装置70は、左右のクラッチ30の何れか一方のみを所定の係合トルクにて係合制御することにより、その係合制御する側の後輪18のトルクを増大させると共に係合制御しない側の後輪18のトルクを相対的に減少させて、トルク配分装置12による左右トルク配分制御を実行する。電子制御装置70は、駆動力源14の出力制御、トルク配分装置12による左右トルク配分制御等を実行するようになっており、必要に応じて駆動力源制御用、左右トルク配分制御用等に分けて構成される。
電子制御装置70には、車両10が備える各種センサ(例えばモータ回転角度センサ50、モータ駆動電流センサ52、車輪速センサ54、温度センサ56、バッテリ電圧センサ58、ヨーレートセンサ60、ステアリングセンサ62、アクセル開度センサ64など)による検出信号に基づく各種実際値(例えばモータMの回転位置に対応するモータ回転角度Am、モータ電流Im、不図示の左右の前輪、及び左右の後輪18の各車輪速Nfl,Nfr,Nrl,Nrr、クラッチ30の温度THclt(以下、クラッチ温度THcltという)、電子制御装置70やモータMを駆動するモータ駆動回路66や不図示の車両補機などに電力を供給するバッテリ68の電圧Vbat(以下、バッテリ電圧Vbatという)、車両10の鉛直軸まわりの回転角速度であるヨーレートRyaw、ステアリングホイールの操舵角θsw及び操舵方向Dsw、アクセル開度θaccなど)が、それぞれ供給される。又、電子制御装置70からは、モータMを制御する為の制御指令値としてのモータ制御指令信号Smなどがモータ駆動回路66などへ出力される。尚、電子制御装置70は、各種実際値として、例えば左右の前輪の車輪速Nfl,Nfrの平均車輪速Nfに基づいて車両10の速度V(以下、車速Vという)を算出する。
電子制御装置70は、左右トルク配分制御手段すなわち左右トルク配分制御部72を備えている。左右トルク配分制御部72は、トルク配分装置12による左右トルク配分制御を実行する。左右トルク配分制御の一例として、左右トルク配分制御部72は、例えば旋回走行時に適切な旋回性能が得られるようにヨーモーメントを制御する。
具体的には、左右トルク配分制御部72は、予め実験的に或いは設計的に求められて記憶された(すなわち予め定められた)関係(例えば演算式或いはデータマップ等)から、車速V、操舵角θsw、アクセル開度θacc等に基づいて目標ヨーレートRyawtgtを算出する。左右トルク配分制御部72は、予め定められた関係から、目標ヨーレートRyawtgtと実ヨーレートRyawとに基づいて必要なヨーモーメント量(必要ヨーモーメント量)を算出する。左右トルク配分制御部72は、予め定められた関係から、その必要ヨーモーメント量を得る為に必要な目標左右トルク差(換言すれば目標左右トルク配分)を算出する。左右トルク配分制御部72は、差動歯車装置20に入力されるトルクに基づいて、その目標左右トルク配分が得られる、左右の後輪18の一方から他方へのトルク移動量を算出する。左右トルク配分制御部72は、予め定められた関係から、そのトルク移動量が得られるトルク増大側の増速装置24のクラッチ30のクラッチトルクTcltを算出する。左右トルク配分制御部72は、モータ回転角度Amとクラッチ30のクラッチトルクTcltとの間の予め定められた関係(所定トルクMAPm-c)から、そのトルク増大側のクラッチ30のクラッチトルクTcltが得られる目標モータ回転角度Amtgtを算出し、実モータ回転角度Amを目標モータ回転角度Amtgtとする為のモータ制御指令信号Smをモータ駆動回路66へ出力する。
ここで、クラッチ30を作動させた場合、クラッチトルクTcltが立ち上がるモータ回転角度Am(すなわちクラッチ30の複数のクラッチ板間の隙間が詰まる(クラッチ30のパック詰め完了の)モータ回転角度Am)を把握することが重要である。一方で、クラッチ30の個体差(例えば隙間のばらつき)に起因して、クラッチトルクTcltが立ち上がるモータ回転角度Amは一律の値とならない可能性がある。その為、例えば、クラッチトルクTcltが立ち上がるモータ回転角度Amを製品出荷時に測定し、情報記録用コード等を用いて、モータ回転角度Amに対するクラッチトルクTcltの特性(すなわちモータ回転角度AmとクラッチトルクTcltとの間の関係(トルクMAPm-c))を電子制御装置70に書き込んで記憶させることが考えられる。しかしながら、この方法は、クラッチトルクTcltの特性を測定する設備、電子制御装置70へ情報を書き込む設備など、様々な設備が必要であり、コストアップを招くおそれがある。加えて、この方法は、初期の個体差には対応できるものの、クラッチ30の摩耗等の経時変化には対応することができない。
或いは、上記方法とは別の方法として、クラッチ30を徐々に作動させ、クラッチ30のスリップ係合に伴って変化する回転部材が変化したときのモータ回転角度Amを学習して、所定トルクMAPm-cを補正することが考えられる。しかしながら、この方法は、学習の為に回転部材の回転変化を検出する回転速度センサが必要であり、コストアップを招いたり、回転速度センサの故障により学習ができず、クラッチ30の制御性が悪化してしまうおそれがある。特に、トルク配分装置12では、クラッチ30のスリップ係合によって単純にある一つの検出対象の回転部材の回転が変化する構造ではないので、複数の回転部材の回転速度(例えば一方の後輪18の回転速度、他方の後輪18或いはプロペラシャフト16の回転速度、クラッチ30の回転速度(換言すればキャリヤ26cの回転速度))を検出する複数の回転速度センサが必要であり、コストアップを招くおそれがある。加えて、回転速度センサが多ければ回転速度センサが一つだけの場合よりも、誤差が大きくなったり、回転速度センサの何れかが故障してしまう確率が高くなるなど、信頼性の低下を招くおそれがある。更に、車両走行中に実際に左右トルク配分制御を行って学習する必要があり、学習の未完時ではクラッチ30の制御性が悪化してしまうおそれがある。
そこで、本実施例では、クラッチ30を押し付ける力(換言すればクラッチトルクTclt、モータトルクTm)はモータ電流Imに比例して大きくなることに着目して、上述した、情報記録用コードや回転速度センサを用いることなく、モータ回転角度Amとモータ電流Imとを用いてクラッチトルクTcltの特性(トルクMAPm-c)を補正する学習制御を提案する。すなわち、電子制御装置70は、モータ回転角度Amとモータ電流Imとの間の関係(モータMAPa-i)を、モータ回転角度センサ50とモータ駆動電流センサ52とにより検出した値である実モータ回転角度Amと実モータ電流Imとに基づく関係(実モータMAPa-i)と予め定められた関係(ベースMAPa-i)とで比較し、その比較した結果に基づいて、トルクMAPm-cを補正する。
ところで、クラッチ30を押し付ける際には、クラッチ30の押し付けに関与する内部部品に摺動抵抗が生じるので、必ずしもクラッチ30を押し付ける力とモータ電流Imとは比例しない。加えて、この摺動抵抗は、個体差がある。そうすると、あるモータ電流Imが発生するときのモータ回転角度Amを読み取り、このモータ回転角度Amを学習補正に用いようとしても、補正の精度が悪くなる可能性がある。そこで、本実施例では、このモータ電流Imを用いた際の補正の精度を向上させる為に、電流安定領域を設定した。電子制御装置70は、電流安定領域で検出されたモータ電流Imを用いて、トルクMAPm-cを補正する。
図2は、例えばモータMを回転させたときのモータ回転角度Amの変化とモータ電流Imの変化とを同じ時系列に重ねて示す図であって、上記電流安定領域を説明する為の図である。図2に示すように、電流安定領域は、モータMを回転させたときにモータ回転角度Amの変化に対するモータ電流Imの変化が所定値以内となる領域である。具体的には、電流安定領域は、モータ回転角度Amを漸増させたときに、モータ電流Imが略一定となる領域である。
クラッチ30を掴むと負荷が増加する為、モータ電流Imが増加する。一方で、上記電流安定領域は、クラッチ30を掴んでいない領域である。しかしながら、この電流安定領域のモータ電流Imは0[A]ではなく、ある値を持って安定している。このモータ電流Imの値は、クラッチ30を動かすまでの内部部品(例えばギヤ機構32やカム34等)の摺動抵抗によるもので、個体によってばらつきがある。この安定しているモータ電流Imの値を補正に用いることで、機械部品の個体のばらつきを抑制することができ、クラッチ30の押し付け力とモータ電流Imとの比例関係を保つことが可能となる為、学習精度を向上することができる。電子制御装置70は、電流安定領域で検出されたモータ電流Imを零とするように、実モータMAPa-iを補正し、その補正されたモータMAPa-iと、電流安定領域でのモータ電流Imが零とされたベースMAPa-iとを比較したときの、同じモータ電流Imの値におけるモータ回転角度Amの差分に基づいて、トルクMAPm-cを補正する。
図3−図6は、電子制御装置70が実行するトルクMAPm-cの学習ロジックの概要を説明する為の図である。図3は、実モータMAPa-iの一例を示す図である。図4は、電流安定領域のモータ電流Imの値を用いて補正されたモータMAPa-iの一例を示す図である。図5は、補正されたモータMAPa-iとベースMAPa-iとを比較した一例を示す図である。図6は、トルクMAPm-cの学習結果の一例を示す図である。又、図3−図6では、3つの異なる個体A,B,Cでの実施例を示した。
図3の実モータMAPa-iにおいて、モータ電流Imが立ち上がるときのモータ回転角度Amが個体A,B,C毎に異なっているのは、クラッチ30のパック詰め完了のモータ回転角度Amが個体A,B,C毎に異なるからである。又、電流安定領域(図中の破線枠囲み参照)を見ると、個体A,B,C毎にモータ電流Imの値にばらつきが生じている。これは、個体A,B,C毎にクラッチ30を掴むまでの摺動抵抗が異なる為である。学習ロジックにおいて、この実モータMAPa-iが記憶される。
図4において、図3の実モータMAPa-iにおける電流安定領域のモータ電流Imが補正される。すなわち、電流安定領域のモータ電流Imの平均値を0[A]とするように、図3の実モータMAPa-i全体のモータ電流Imの値がオフセットされる。つまり、学習ロジックにおいて、実モータMAPa-i全体のモータ電流Imの値が電流安定領域のモータ電流Imの平均値分だけ差し引かれ、実モータMAPa-iが、補正されたモータMAPa-iへ変換される。こうすることで、摺動抵抗のばらつき(すなわち摺動抵抗による電流負荷ばらつき)を抑制することができ、モータ電流Imとクラッチ30を押し付ける力との相関が向上させられる。
図5において、太実線に示すベースMAPa-iは、電流安定領域でのモータ電流Imが零とされた、モータMAPa-iの基準となる関係式である。この基準となるベースMAPa-iと、図4の補正されたモータMAPa-iとの差が算出される。この差が補正量とされる。つまり、学習ロジックにおいて、補正されたモータMAPa-iと基準となるベースMAPa-iとにおける、同じモータ電流Imの値のときのモータ回転角度Amの差分(角度差分値)が学習補正値として算出される。ベースMAPa-iが角度差分値だけ移動させられ(すなわちベースMAPa-iにおいてモータ回転角度Amが角度差分値分ずらされ)、補正後のベースMAPa-iとされる。この角度差分値は、例えば一つの所定モータ電流Imの値のときの角度差分値が用いられても良いし、或いは複数の所定モータ電流Imの値のときの各角度差分値の平均値が用いられても良いし、モータ電流Imを変数として算出する角度差分値が用いられても良い。
図6において、各太線は、補正後のベースMAPa-iにおけるモータ電流ImをクラッチトルクTcltに変換した、最終的な学習結果である。つまり、学習ロジックにおいて、補正後のベースMAPa-iにおけるモータ電流ImがクラッチトルクTcltに変換され、学習値として補正後のトルクMAPm-cが算出される。ベースMAPa-iは所定トルクMAPm-cにおけるクラッチトルクTcltがモータ電流Imに変換された関係と見ることができるので、上述した一連の学習制御により、所定トルクMAPm-cが上記補正後のトルクMAPm-cに補正されたことになる。左右トルク配分制御部72は、補正されたトルクMAPm-cに基づいて、実モータ回転角度Amを所望のクラッチトルクTcltが得られる目標モータ回転角度Amtgtとするように、クラッチトルクTcltを制御することで左右の後輪18へのトルクの配分を制御する各細線は、補正後のトルクMAPm-cを用いてクラッチトルクTcltを制御したときの実測値であり、実測値と学習値とが略一致していることが分かる。
実モータ回転角度Amを目標モータ回転角度Amtgtとする場合の制御量としては、例えばモータ回転角度Am、モータトルクTm、或いはモータ電流Imなどがある。モータ回転角度Am又はモータトルクTmを制御量として用いる場合、モータMへの指示値となるモータ制御指令信号Smは、目標モータ回転角度Amtgt、又は目標モータ回転角度Amtgtが得られる目標モータトルクTmtgtなどの目標値となる。
一方で、モータ電流Imを制御量として用いる場合、モータ制御指令信号Smは、目標モータ回転角度Amtgtとするようにモータ駆動回路66から出力されるモータ電流Imなどの出力指示値となる。この場合、左右トルク配分制御部72は、補正されたトルクMAPm-cに基づいて、クラッチ30のパック詰めまでのモータ電流Imの値、クラッチ30のパック詰め後のモータ電流Imの値、及びクラッチ30のパック詰め後にモータ電流Imの値の増大を開始する時期を決定して、クラッチトルクTcltを制御する。
図7は、モータ電流Imを制御量として用いる場合のモータ制御指令信号Smの一例を示す図である。図7において、補正されたトルクMAPm-cは、モータ電流Imの値A,B,Cに反映される。又、補正されたトルクMAPm-cは、トルク制御開始時期t3に反映される。t1時点からt3時点までは、クラッチトルクTcltが発生する直前のモータ回転角度Amの範囲にて、クラッチ30パック詰めが行われる期間である。パック詰め中はモータ電流Imの値に拘わらずクラッチトルクTcltが発生しない為、開始時点t1から所定のタイマTime1分経過したt2時点までは、摺動抵抗に対応したモータ電流Imの値Bよりも高い値Aのモータ電流ImにてモータMが駆動される。これにより、パック詰めに要する時間が短縮される。パック詰めが完了する前のt2時点からt3時点では、摺動抵抗に対応した値Bのモータ電流ImにてモータMが駆動される。t2時点やt3時点には、補正されたトルクMAPm-cにおけるクラッチトルクTcltが立ち上がるまでのモータ回転角度Amの値が反映される。パック詰めが完了したt3時点以降では、所望のクラッチトルクTcltとするように、補正されたトルクMAPm-cにおけるクラッチトルクTcltの立ち上がり後のモータ回転角度Amの値を反映したモータ電流ImにてモータMが駆動される。
より具体的には、図1に戻り、電子制御装置70は、更に、車両状態判定手段すなわち車両状態判定部74、学習開始条件判定手段すなわち学習開始条件判定部76、及び学習制御手段すなわち学習制御部78を備えている。
車両状態判定部74は、例えば車両状態が駆動力源14を作動させられないイグニッションオフ(IG-OFF)の状態であるか否かを判定する。本実施例のトルクMAPm-cの学習制御では、クラッチトルクTcltの発生を検出せず、又、回転部材の回転変化も検出しないので、イグニッションオフ(IG-OFF)の車両停止状態で行うことができる。つまり、実際に左右トルク配分制御を行うことなく学習制御を行うことができる。従って、本実施例の学習制御は、イグニッションオフの状態で行う。その為、イグニッションオフの状態であるか否かを判定する。
学習開始条件判定部76は、例えば車両状態判定部74により車両状態がイグニッションオフの状態であると判定された場合には、学習開始条件が成立しているか否かを判定する。この学習開始条件は、例えば車両10が停止していること、バッテリ電圧Vbatが正常であること、及びトルク配分装置12に異常がないことである。学習開始条件判定部76は、車速Vが予め定められた車速零判定値であるか否かに基づいて、車両10が停止しているか否かを判定する。これは、イグニッションオフの車両停止状態で学習制御を行う為である。又、学習開始条件判定部76は、バッテリ電圧Vbatが予め定められた学習可能電圧閾値以上であるか否かに基づいて、バッテリ電圧Vbatが正常であるか否かを判定する。これは、バッテリ68への充電が為されないイグニッションオフの状態で学習制御を行う為である。
又、学習開始条件判定部76は、トルク配分装置12による左右トルク配分制御に関わる異常が発生していないか否かに基づいて、トルク配分装置12に異常がないか否かを判定する。この左右トルク配分制御に関わる異常とは、例えばモータ制御指令信号Sm自体の異常、クラッチ30の押し付けに関与する部品(モータM、ギヤ機構32など)の異常などである。学習開始条件判定部76は、モータ制御指令信号Sm自体の異常を検出する診断装置(ダイアグノーシス)を機能的に備えており、この診断装置による診断結果に基づいて、モータ制御指令信号Sm自体の異常が発生していないか否かを判定する。クラッチ30の押し付けに関与する部品の異常については、例えば電流安定領域でのモータ電流Imを内部故障診断に用いることで判定することができる。電流安定領域では、正常であればモータ電流Imは安定している一方で、異物の噛み込み等が発生した場合にはモータ電流Imが不安定となる(例えばモータ電流Imの変化が所定値を超える)。学習開始条件判定部76は、モータMが駆動される際に、部品のばらつきを考慮して予め定められたクラッチ30を掴んでいない領域でのモータ電流Imを監視し、そのモータ電流Imの変化が所定値以内であるか否かに基づいて、クラッチ30の押し付けに関与する部品の異常が発生していないか否かを判定する。
学習制御部78は、例えば学習開始条件判定部76により学習開始条件が成立していると判定された場合には、トルクMAPm-cを補正する学習制御を実行する。具体的には、学習制御部78は、学習準備として、モータMを作動させる。そして、学習制御部78は、モータ電流Imの変化が所定値以内であるか否かに基づいて、モータ電流Imが安定しているか否か(すなわちモータMの作動状態が電流安定領域にあるか否か)を判定する。学習制御部78は、電流安定領域にあると判定した場合には、その電流安定領域でのモータ電流Imを用いて、モータMAPa-iから補正量(学習補正値)を算出する。学習制御部78は、その学習補正値を用いて、ベースMAPa-iを補正し、補正後のベースMAPa-iにおけるモータ電流ImをクラッチトルクTcltに変換して、学習値として補正後のトルクMAPm-cを算出する。学習制御部78は、補正後のトルクMAPm-cを電子制御装置70に備えられた書き替え可能なメモリに書き込む(記憶する)。
ここで、クラッチ30におけるクラッチ板間の隙間は、クラッチ温度THcltによって変化する可能性がある。学習値としては、ある温度時の値に統一しておくことが望ましい。その為、学習制御部78は、学習制御時のクラッチ温度THcltに応じて、統一したある温度時の値とするように学習値に温度補正を実行する。尚、ここでは、温度補正に用いる温度としてクラッチ温度THcltを例示したが、これに限らず、クラッチ30に対して影響を及ぼす温度であれば良い。例えば、クラッチ30を収容するハウジング38内の温度、或いはハウジング38内の潤滑油の温度などであっても良い。
学習制御部78による学習制御は、例えば最初のイグニッションオン(IG-ON)後のイグニッションオフ時に実行する。又、この学習制御は、例えばイグニッションオフ毎、所定時間経過毎、或いは所定距離走行毎に実行しても良い。これにより経時変化に対応することができ、トルク配分装置12の性能を維持又は性能の低下を抑制することができる。又、クラッチ30が経時変化したこと(例えばクラッチ30の摩耗により隙間が変化したこと)を判定できるのであれば、その経時変化の際に学習制御を実行しても良い。学習制御を繰り返し実行する場合、常に、所定トルクMAPm-cを補正後のトルクMAPm-cに補正したり、ベースMAPa-iを補正後のベースMAPa-iとしても良いが、補正後のトルクMAPm-cや補正後のベースMAPa-iを、予め定められたトルクMAPm-cやベースMAPa-iとして取り扱い、補正後の値を更に学習制御する形であっても良い。加えて、学習制御部78による学習制御は、クラッチ30の特性の測定、情報記録用コードの設定、及び回転速度センサが不要であるので、コストメリットがある。
図8は、電子制御装置70の制御作動の要部すなわちクラッチ30のクラッチトルクTcltの特性を学習により補正する場合にコストアップが抑制され、又、信頼性も向上させる為の制御作動を説明するフローチャートであり、例えば数msec乃至数十msec程度の極めて短いサイクルタイムで繰り返し実行される。
図8において、先ず、車両状態判定部74に対応するステップ(以下、ステップを省略する)S10において、例えば車両状態がイグニッションオフ(IG-OFF)の状態であるか否かが判定される。イグニッションオン(IG-ON)の状態が継続されており、このS10の判断が否定される場合は、このS10が繰り返し実行される。このS10の判断が肯定される場合は学習開始条件判定部76に対応するS20において、例えば学習開始条件(車両停止、バッテリ電圧Vbat正常(OK)、トルク配分装置12異常なし)が成立しているか否かが判定される。このS20の判断が否定される場合は、本ルーチンが終了させられる。このS20の判断が肯定される場合は学習制御部78に対応するS30において、学習準備としてモータMが作動させられる。次いで、学習制御部78に対応するS40において、モータ電流Imが安定しているか否か(すなわちモータMの作動状態が電流安定領域にあるか否か)が判定される。このS40の判断が否定される場合は、本ルーチンが終了させられる。このS40の判断が肯定される場合は学習制御部78に対応するS50において、電流安定領域でのモータ電流Imを用いて、モータMAPa-iから補正量(学習補正値)が算出される。次いで、学習制御部78に対応するS60において、学習補正値が書き替え可能なメモリに書き込まれる。この学習補正値を用いてトルクMAPm-cが補正される。
上述のように、本実施例によれば、モータ回転角度Amとモータ電流Imとの間の関係(モータMAPa-i)を、実モータMAPa-iとベースMAPa-iとで比較することで、クラッチ30の個体毎のクラッチトルクTcltの特性が捉えられたり、又は、クラッチトルクTcltの特性の経時変化が捉えられる。これにより、クラッチ30の係合に伴って変化する回転部材の回転速度を検出する回転速度センサを付加することなく、モータ回転角度Amに対するクラッチ30のクラッチトルクTcltの特性(トルクMAPm-c)が適切に補正される。よって、トルクMAPm-cを学習により補正する場合に、コストアップが抑制され、又、信頼性も向上させることができる。
また、本実施例によれば、電流安定領域で検出されたモータ電流Imを用いてトルクMAPm-cを補正するので、クラッチトルクTcltが発生させられる領域におけるモータ回転角度Amとモータ電流Imとの相関(比例関係)を向上させることにつながり、学習による補正の精度が向上させられる。
また、本実施例によれば、電流安定領域で検出されたモータ電流Imを零とするように実モータMAPa-iを補正し、その補正された実モータMAPa-iとベースMAPa-iとを比較したときの同じモータ電流Imの値における角度差分値に基づいて、トルクMAPm-cを補正するので、電流安定領域のモータ電流Imの値の個体ばらつきを抑制することができ、クラッチトルクTcltが発生させられる領域におけるモータ回転角度Amとモータ電流Imとの比例関係が向上させられて、学習による補正の精度が向上させられる。
また、本実施例によれば、補正されたトルクMAPm-cに基づいて、クラッチ30のパック詰めまでのモータ電流Imの値、クラッチ30のパック詰め後のモータ電流Imの値、及びクラッチ30のパック詰め後にモータ電流Imの値の増大を開始する時期を決定して、クラッチトルクTcltを制御するので、クラッチトルクTcltの制御精度が向上させられる。
また、本実施例によれば、補正されたトルクMAPm-cに基づいてクラッチトルクTcltを制御することで左右の後輪18へのトルクの配分を制御するので、左右トルク配分制御の制御精度が向上させられる。
以上、本発明の実施例を図面に基づいて詳細に説明したが、本発明はその他の態様においても適用される。
例えば、前述の実施例では、発明が適用される摩擦クラッチとして、トルク配分装置12による左右の後輪18へのトルクの配分に関与するクラッチ30を例示したが、この態様に限らない。要は、モータMの回転によりピストン30pが移動させられて係合と解放とが切り替えられる形式の単板又は多板の摩擦クラッチであれば本発明は適用され得る。
また、前述の実施例では、モータMの回転位置に対応する値としてモータ回転角度Amを例示したが、この態様に限らない。例えば、モータMの回転位置に対応する値としてモータMの回転数を用いても良い。この場合、モータ回転角度Amの36[deg]、90[deg]、180[deg]等は、モータMの1/10[回転数]、1/4[回転数]、1/2[回転数]等に対応する。
また、前述の実施例では、車両10は、トルク配分装置12や駆動力源14を備えたFR車両であったが、これに限らない。例えば、車両10は、四輪駆動車両やFF車両やRR車両であっても良い。又、トルク配分装置12は、増速装置24を備えるものであったが、これに限らない。例えば、トルク配分装置12は、車軸の中間軸に伝達された動力を、中間軸に連結された左右のクラッチを各々介して、左右の車軸を経て左右の車輪へ伝達する形式のトルク配分装置であっても良い。又、駆動力源14は、内燃機関等のガソリンエンジンやディーゼルエンジン等が用いられるが、電動機等の他の原動機を単独で或いはエンジンと組み合わせて採用することもできる。
尚、上述したのはあくまでも一実施形態であり、本発明は当業者の知識に基づいて種々の変更、改良を加えた態様で実施することができる。