ところで、特許文献1の制御装置では、ロック状態に至る過程で回転速度が低下すると、リップル波形が変歪してリップル増しの誤検出が発生しやすくなる。これにより、回転速度を正確に検出できず、超低速回転を判定できなくなって、ロック状態でモータを停止できないおそれが生じる。また、ロック状態に至る過程にばらつきが有るので、ロック状態を正確に判定するしきい値の設定が難しい。具体的な例として車両用シートを前後方向にスライド移動させるモータでは、シートに着座している乗員の体重や挙動、シートの製作上のばらつきなどに起因して、ロック状態の直前に流れる駆動電流の大きさおよび変化率が変動するので、超低速回転と判定する所定値の設定が難しい。
また、特許文献1では、起動状態およびロック状態という特殊域での超低速回転を検出するが、そのときの具体的な対処方法を開示していない。特殊域においても、モータの回転状態を正確に判定し、リップル検出精度の低下を抑制して累積回転量を正確に求め、可動部材の位置を正確に検出することが必要である。
本発明は、上記背景技術の問題点に鑑みてなされたもので、直流モータの起動状態およびロック状態という特殊域の回転状態を正確に判定し、特殊域であっても直流モータに駆動される可動部材の位置検出精度を維持できる直流モータの回転状態検出装置を提供することを解決すべき課題とする。
上記課題を解決する請求項1に係る直流モータの回転状態検出装置の発明は、直流モータの回転電機子に流れる電機子電流を検出する電流検出部と、前記電機子電流に含まれる電流リップルを抽出してリップル波形を求めるフィルタ部と、前記リップル波形に基づいて前記電流リップルを検出するリップル検出部と、を備えた直流モータの回転状態検出装置であって、前記リップル検出部は、前記リップル波形が振幅閾値だけ変化したタイミングで前記電流リップル有りと判定するリップル振幅判定手段と、前記電機子電流が概ね定常値に落ち着いている回転状態を定常域と判定し、前記電機子電流が変化しつつある回転状態を特殊域と判定する回転状態判定手段と、前記リップル振幅判定手段が前記定常域で用いる定常振幅閾値、および前記特殊域で用いる特殊振幅閾値を設定する閾値設定手段と、を含む。
請求項2に係る発明は、請求項1において、前記回転状態判定手段は、前記直流モータの負荷が過大になって前記電機子電流が所定値以上まで増加した時間帯をロック状態の特殊域と判定し、前記閾値設定手段は、前記リップル振幅判定手段が前記ロック状態の特殊域で用いる前記特殊振幅閾値を前記定常振幅閾値よりも大きく設定する。
請求項3に係る発明は、請求項2において、前記回転状態判定手段は、前記直流モータが起動したときの起動時最大電流の所定比率以上まで前記電機子電流が増加した時間帯を前記ロック状態の特殊域と判定する。
請求項4に係る発明は、請求項3において、前記回転状態判定手段は、前記電機子電流が前記起動時最大電流に1未満の所定比率を乗じた値以上でかつ前記起動時最大電流未満になっている時間帯をロック時特殊域と判定し、さらに、前記電機子電流が前記起動時最大電流以上になっている時間帯をロック停止時特殊域と判定し、前記閾値設定手段は、前記ロック時特殊域では前記リップル波形の振幅を学習し、振幅学習値に基づいてロック時特殊振幅閾値を設定し、前記ロック停止時特殊域では前記電機子電流の大きさから決まるロック停止時特殊振幅閾値を設定する。
請求項5に係る発明は、請求項3または4において、前記回転状態判定手段は、前記直流モータが起動してから所定時間が経過するまでに前記電機子電流が極大値に達し、かつ前記極大値に達した時点から所定判定時間が経過するまで前記電機子電流が前記極大値以下である条件を満たす場合に、前記極大値を前記起動時最大電流とし、前記条件を満たす極大値が存在しない場合に、前記所定時間が経過するまでの前記電機子電流の最大値を前記起動時最大電流とする。
請求項6に係る発明は、請求項1〜5のいずれか一項において、前記回転状態判定手段は、前記直流モータが起動して前記電機子電流が過渡的に大きな起動時電流から概ね定常値に落ち着くまでの時間帯を起動状態の特殊域と判定し、前記閾値設定手段は、前記リップル振幅判定手段が前記起動状態の特殊域で用いる前記特殊振幅閾値を前記定常振幅閾値よりも大きく設定する。
請求項7に係る発明は、請求項6において、前記回転状態判定手段は、前記直流モータが起動してから前記リップル振幅判定手段が所定個数の電流リップルを判定するまでの時間帯、あるいは、前記直流モータが起動してから前記リップル振幅判定手段がリップル周期の安定を判定するまでの時間帯を前記起動状態の特殊域と判定する。
請求項8に係る発明は、請求項7において、前記回転状態判定手段は、前記直流モータが起動してから前記リップル振幅判定手段が所定個数のリップルを判定するまでの時間帯を起動時特殊域と判定し、さらに、前記起動時特殊域の終了時点から前記リップル振幅判定手段が前記リップル波形のリップル周期の安定を判定するまでの時間帯を学習時特殊域と判定し、前記閾値設定手段は、前記起動時特殊域では前記電機子電流の大きさから決まる起動時特殊振幅閾値を設定し、前記学習時特殊域では前記リップル波形の振幅を学習し、振幅学習値に基づいて学習時特殊振幅閾値を設定する。
請求項9に係る発明は、請求項1〜8のいずれか一項において、前記閾値設定手段は、前記定常域では前記リップル波形の振幅を学習し、振幅学習値に基づいて前記定常振幅閾値を設定する。
請求項10に係る発明は、請求項1〜9のいずれか一項において、前記リップル検出部は、前記定常域でリップル周期が著変した場合にリップル抜けまたはリップル増しが発生したと判定してリップル周期を補正する周期補正手段をさらに含む。
請求項1に係る直流モータの回転状態検出装置の発明では、回転状態判定手段は、電機子電流が概ね定常値に落ち着いているか否かにより定常域と特殊域とを区別して判定し、閾値設定手段は、定常域の定常振幅閾値および特殊域の特殊振幅閾値を別々に設定する。したがって、回転状態判定手段は、電機子電流が通常時よりも大きくなる起動状態およびロック状態を特殊域として判定できる。また、リップル検出部は、特殊域で定常振幅閾値とは異なる特殊振幅閾値を用いて電流リップルを検出するので、電機子電流の大きさの変化やリップル波形の変歪に対してリップル検出精度の低下が抑制され、正確な累積回転量を求めることができる。これにより、最終的に可動部材の位置検出精度が維持される。また、ロック状態で直流モータを停止する制御とも併用でき、ロック状態の検出および直流モータの停止を確実にするフェールセーフの機能を付加できる。
請求項2に係る発明では、回転状態判定手段は、直流モータの負荷が過大になって電機子電流が所定値以上まで増加した時間帯をロック状態の特殊域と判定し、閾値設定手段は、特殊振幅閾値を定常振幅閾値よりも大きく設定する。したがって、回転状態判定手段は、電機子電流が定常値よりも大きくなるロック状態を確実に判定できる。また、リップル検出部は、ロック状態で定常振幅閾値よりも大きな特殊振幅閾値を用いて電流リップルを検出するので、電機子電流の増加や変歪によって引き起こされるリップル波形の微小変化を電流リップルと誤検出するおそれが抑制される。これにより、最終的に可動部材の位置検出精度が維持される。
請求項3に係る発明では、回転状態判定手段は、直流モータが起動したときの起動時最大電流の所定比率以上まで電機子電流が増加した時間帯をロック状態の特殊域と判定する。これにより、それぞれの直流モータの毎回の起動時最大電流に基づいてロック状態の特殊域を判定できるので、直流モータの製造上の性能のばらつきおよび経時特性変化に影響されない。また、従来技術で説明したロック状態を正確に判定するしきい値の設定が容易になる。
請求項4に係る発明では、回転状態判定手段は、電機子電流の大きさに基づくことで、ロック状態をロック時特殊域およびロック停止時特殊域に細分して確実に判定できる。一方、閾値設定手段は、ロック時特殊域ではリップル波形の振幅を学習してロック時特殊振幅閾値を設定し、ロック停止時特殊域では電機子電流の大きさから決まるロック停止時特殊振幅閾値を設定する。つまり、ロック時特殊域では未だリップル波形の変歪がわずかであるので振幅を学習して振幅閾値を設定し、ロック停止時特殊域ではリップル波形の繰り返し再現性が期待できないので振幅の学習は行わずに予め電機子電流の大きさから定めた振幅閾値を設定する。これにより、ロック状態を通してリップル検出精度の低下が抑制される。
請求項5に係る発明では、回転状態判定手段は、起動時最大電流を明確に決定するので、起動時最大電流が不明になってロック状態、ロック時特殊域、およびロック停止時特殊域が不明になるおそれを解消できる。例えば、可動部材が可動範囲の端部付近に位置していて、直流モータが起動されて電機子電流が起動時電流から定常値に落ち着く以前にロック状態に移行してしまう場合であっても、本態様によれば支障なくリップル検出できる。
請求項6に係る発明では、回転状態判定手段は、直流モータが起動して電機子電流が過渡的に大きな起動時電流から概ね定常値に落ち着くまでの時間帯を起動状態の特殊域と判定し、閾値設定手段は、特殊振幅閾値を定常振幅閾値よりも大きく設定する。したがって、回転状態判定手段は、電機子電流が定常値よりも大きくなる起動状態を確実に判定できる。また、リップル検出部は、起動状態で定常振幅閾値よりも大きな特殊振幅閾値を用いて電流リップルを検出するので、電機子電流の増加や変歪によって引き起こされるリップル波形の微小変化を電流リップルと誤検出するおそれが抑制される。これにより、最終的に可動部材の位置検出精度が維持される。
請求項7に係る発明では、回転状態判定手段は、直流モータが起動してからリップル振幅判定手段が所定個数の電流リップルを判定するまでの時間帯、あるいは、直流モータが起動してからリップル振幅判定手段がリップル周期の安定を判定するまでの時間帯を起動状態の特殊域と判定する。これにより、それぞれの直流モータの毎回の起動時に個別に起動状態の特殊域を判定できるので、直流モータの製造上の性能のばらつきおよび経時特性変化に影響されない。また、従来技術で説明したロック状態を正確に判定するしきい値の設定が容易になる。
請求項8に係る発明では、回転状態判定手段は、直流モータが起動してから所定個数のリップルを判定するまでの時間帯を起動時特殊域と判定し、さらに、起動時特殊域の終了時点からリップル周期の安定を判定するまでの時間帯を学習時特殊域と判定する。したがって、回転状態判定手段は、起動状態を起動時特殊域および学習時特殊域に細分して確実に判定できる。一方、閾値設定手段は、起動時特殊域では電機子電流の大きさから決まる起動時特殊振幅閾値を設定し、学習時特殊域ではリップル波形の振幅を学習して学習時特殊振幅閾値を設定する。つまり、起動時特殊域ではリップル波形の繰り返し再現性が期待できないので振幅の学習は行わずに予め電機子電流の大きさから定めた振幅閾値を設定し、学習時特殊域ではリップル波形の変歪が徐々に軽減されるので振幅を学習して振幅閾値を設定する。これにより、ロック状態を通してリップル検出精度の低下が抑制される。
請求項9に係る発明では、閾値設定手段は、定常域ではリップル波形の振幅を学習し、振幅学習値に基づいて定常振幅閾値を設定する。これにより、定常域におけるリップル波形の変動の影響が抑制されるので、リップル検出精度が著しく向上する。
請求項10に係る発明では、リップル検出部は、定常域でリップル周期が著変した場合にリップル抜けまたはリップル増しが発生したと判定してリップル周期を補正する周期補正手段をさらに含む。したがって、この種の装置で発生しがちな1/2周波数ノイズ(二分の一周波数ノイズ)や2倍周波数ノイズなどの影響を抑制できる。
本発明の実施形態の直流モータの回転状態検出装置2は、車両用シート制御装置1に組み込まれている。図1は、実施形態の直流モータの回転状態検出装置2を組み込んだ車両用シート制御装置1の全体構成を示す構成図である。車両用シート制御装置1は、直流モータ3を用いて図略のシートの位置および姿勢を制御する装置である。車両用シート制御装置1は、4個の直流モータ3、シート制御ECU4、バッテリ5、および操作スイッチ群6などにより構成されている。シート制御ECU4は、制御CPU41、図略のROMやRAMなどのメモリ、4組のリレー群42、シャント抵抗43、フィルタ部44、遮断周波数設定部45、およびリップル検出部7などで構成されている。また、実施形態の直流モータの回転状態検出装置2は、シャント抵抗43、フィルタ部44、およびリップル検出部7で構成される。
4個の直流モータ3は、電機子巻線および対をなしたコンミテータを有する回転子と、対をなしたブラシを有する固定子とを備えた直流ブラシモータである。各直流モータ3は、正転駆動および逆転駆動により、可動部材である図略のシートの位置および姿勢を調整する。すなわち、スライドモータは、シート全体を前後にスライドさせる。リクライニングモータは、シートバックのリクライニング角度を前後に調整する。フロントバーチカルモータは、シートクッションの前部を上下に駆動して高さを調整する。そして、リフタモータは、シートクッションの後部を上下に駆動して高さを調整する。
バッテリ5は、車載された直流電源であり、車載の電装品の大多数に共用で用いられる。バッテリ5の負側端子5nは接地点Eとなる車両のシャーシに接地されており、正側端子5pから4個の直流モータ4およびシート制御ECU4に電源電圧VBを給電する。シート制御ECU4は、図略の安定化電源部を内蔵しており、安定化電源部から出力された安定電圧によって駆動される。バッテリ5の電源電圧VBは、消耗時には低下し、充電実施中は上昇するので、正側端子5pが電圧入力線49を介して制御CPU41に接続され、電源電圧VBの大きさが測定されるようになっている。
4組のリレー群42は、4個の直流モータ3にそれぞれ対応して設けられている。各リレー群42の動作により、バッテリ5から各直流モータ3への給電が制御されて、正転駆動、逆転駆動、および給電停止の切り替えが行われるようになっている。
操作スイッチ群6は、シートに着座した乗員がシートの位置および姿勢を調整するために操作するスイッチである。操作スイッチ群6は、4個の直流モータ3の正転駆動および逆転駆動にそれぞれ対応したスライドスイッチ61a、61b、リクライニングスイッチ62a、62b、フロントバーチカルスイッチ63a、63b、およびリフタスイッチ64a、64bで構成されている。操作スイッチ群6の各スイッチ61a〜64bは、制御CPU41の入力インターフェースと接地点Eの間に接続されており、操作状態が制御CPU41で判別されるようになっている。
シート制御ECU4の制御CPU41は、ROMに記憶された各種制御プログラムやマップに基づいて演算処理を実行し、演算結果をRAMに一時的に記憶する。制御CPU41は、図略の入力インターフェースにより操作スイッチ群6およびリップル検出部7に接続され、図略の出力インターフェースにより4組のリレー群42に接続されている。
制御CPU41は、いずれかの操作スイッチ61a〜64bが乗員に操作されると、当該の直流モータ3を正転駆動または逆転駆動するようにリレー群42を制御する。さらに、制御CPU41は、リップル検出部7から受け取った検出パルス波形Wplsのパルス数をカウントし、正転駆動では累積回転量に加算し、逆転駆動では減算して、シートの位置または姿勢を検出する。
なお、本車両用シート制御装置1では、複数の直流モータ3の同時動作を許容せず、制御CPU41はひとつの直流モータ3の動作が終了した後に次の直流モータを動作させるように制御する。したがって、シャント抵抗43、フィルタ部44、遮断周波数設定部45、およびリップル検出部7は、4個の直流モータ3に共用となっている。これに限定されず、複数の直流モータ3の同時動作を許容し、個別にこれらの部位43、44、45、7を設けるようにしてもよい。
シャント抵抗43は、本発明の電流検出部に相当し、リレー群42と接地点Eとの間に電気接続されている。バッテリ5の正側端子5pはリレー群42を経由して一方のブラシに電気接続され、他方のブラシはリレー群42およびシャント抵抗43を経由して接地点Eに接地され、バッテリ5の負側端子5nに戻る帰路が形成される。これにより、直流モータ3の電機子巻線に電源電圧VBが印加されて電機子電流Imが流れる。シャント抵抗43は、オーム則により電機子電流Imの電流波形を電圧波形Wmに変換する。したがって、電圧波形Wmは電機子電流Imの電流波形と相似になる。シャント抵抗43の両端は、フィルタ部44およびリップル検出部7に電気接続されており、電圧波形Wmが受け渡される。
フィルタ部44は、電圧波形Wmにフィルタ処理を施してリップル波形Wrplを抽出し、リップル検出部7に出力する。フィルタ部44には、ディジタル演算方式で上側遮断周波数fHおよび下側遮段周波数fLが可変のバンドパスフィルタを用いることができ、電機子電流Imの直流分や1/2周波数成分、倍周波数成分、および高周波のノイズ分などを除去してリップル波形Wrplを抽出する。
遮断周波数設定部45は、リップル検出部7から出力された検出パルス波形Wplsに基づいて、フィルタ部44の上側遮断周波数fHおよび下側遮段周波数fLを可変に設定する。フィルタ部44および遮断周波数設定部45には、公知の各種技術を応用できるので詳細な説明は省略する。
リップル検出部7は、リップル波形Wrplに基づいて電流リップルを検出し、検出パルス波形Wplsを出力する。リップル検出部7は、リップル振幅判定手段71、回転状態判定手段72、閾値設定手段73、および周期補正手段74を含んでいる。リップル振幅判定手段71にはリップル波形Wrplが入力され、回転状態判定手段72には電機子電流Imの波形(電圧波形Wm)が入力されている。また、周期補正手段74は、遮断周波数設定部45および制御CPU41に検出パルス波形Wplsを出力する。
図2は、回転状態判定手段72により判定された回転状態を電機子電流Imの波形上に示した図である。また、図3は、回転状態判定手段72による状態判定機能、および各回転状態におけるリップル検出部7内の各部71、73、74の処理機能の概要を説明する一覧表の図である。図2及び図3に示されるように、回転状態判定手段72は、電機子電流Imの大きさおよび変化の状況に基づいて、直流モータ3の回転状態をスタート域B0、起動域B1(起動時特殊域)、学習域B2(学習時特殊域)、定常域B3、ロック域B4(ロック時特殊域)、およびロック停止域B5(ロック停止時特殊域)の6つのいずれか判定する。
回転状態判定手段72は、図2の時刻t1で起動指令が発せられてから、電機子電流Imが起動判定電流Io以上になる時刻t2までをスタート域B0と判定する。起動判定電流Ioは、ノイズにより誤って起動と判定しない程度に小さく設定する。回転状態判定手段72は、スタート域B0の終了時刻t2からリップル振幅判定手段71が10リップルを検出する時刻t3までを、本発明の起動時特殊域に該当する起動域B1と判定する。回転状態判定手段72は、起動域B1で、直流モータ3が起動したときに電機子電流Imが過渡的に増加する起動時最大電流Imaxを記憶しておく。
回転状態判定手段72は、起動域B1の終了時刻t3から、リップル振幅判定手段71がリップル周期の安定を判定する時刻t4までを、本発明の学習時特殊域に該当する学習域B2と判定する。リップル周期の安定条件は、例えば、連続4リップルの各周期が誤差20%以内または30%以内に収まったときとする。ただし、リップル周期が早期に安定しても、最短でリップル振幅判定手段71が30リップルを検出するまでは学習域B2とする。
さらに、回転状態判定手段72は、学習域B2の終了時刻t4から、電機子電流Imおよび電源電圧VBが安定している間、図の例では時刻t5までを定常域B3と判定する。時刻t5で、電機子電流Imが起動時最大電流Imaxの90%まで増加すると、回転状態判定手段72は、本発明のロック時特殊域に該当するロック域B4と判定する。そして時刻t6で、電機子電流Imが起動時最大電流Imaxの100%以上になると、回転状態判定手段72は、本発明のロック時特殊域に該当するロック停止域B5と判定する。回転状態判定手段72は、判定した回転状態を閾値設定手段73に受け渡す。
閾値設定手段73は、図3に示されるように、スタート域B0では振幅閾値を設定しない。また、閾値設定手段73は、起動域B1では閾値マップを用いて電機子電流Imの大きさから決まる起動時特殊振幅閾値を設定する。起動時特殊振幅閾値は、リップル波形Wrplの増加時に用いる立上り起動時特殊振幅閾値Vrおよびリップル波形Wrplの減少時に用いる立下り起動時特殊振幅閾値Vfからなる。立上りおよび立下り起動時特殊振幅閾値Vr、Vfは、例えば、予め確認実験により求めて、メモリに閾値マップとして記憶させておくことができる。
図4は、起動域B1に用いる立上り起動時特殊振幅閾値Vrおよび立下り起動時特殊振幅閾値Vfを例示説明する図である。図4は、複数の直流モータ3を用いて起動域B1におけるリップル波形Wrplを複数回測定し、電機子電流Imとリップル波形Wrplの振幅との相関をプロットした散布図である。図の横軸は電機子電流Im、縦軸はリップル波形Wrplの振幅であり、黒塗りの傾斜正方形のプロットはリップル波形Wrplの立上り振幅、白抜きの正方形のプロットはリップル波形Wrplの立下り振幅を示している。
図4において、リップルを確実に検出するためには、最も小さい立上り振幅および立下り振幅よりもさらに小さい起動時特殊振幅閾値Vr、Vfを設定することが必要条件になる。しかしながら、過少な設定ではノイズの影響を受けやすくなるので、適正な設定が必要である。本実施形態では、図中に太い実線で示される立上り起動時特殊振幅閾値Vr、および太い破線で示される立下り起動時特殊振幅閾値Vfを設定する。立上りおよび立下り起動時特殊振幅閾値Vr、Vfは、電機子電流Imの一次式で表される右上がりの直線で示される、閾値設定手段73は、右上がりの直線の関係を一覧表形式で記憶した閾値マップを用い、別法として、右上がりの直線を表す一次式を用いて演算を行うようにしてもよい。
また、閾値設定手段73は、ロック停止域B5でも、同一の一次式または閾値マップを用いて立上りおよび立下りロック停止時特殊振幅閾値を設定する。
さらに、閾値設定手段73は、学習域B2、定常域B3、およびロック域B4で、リップル波形の振幅を学習し、振幅学習値に基づいて振幅閾値を設定する。この3種類の回転状態域B2〜B4では、リップル波形は繰り返し再現性を有するかまたは少しずつ変化する程度なので、学習によるリップル検出精度向上の効果が見込める。
リップル波形の振幅の学習では、振幅の平均値を振幅学習値とし、リップル波形を検出するたびに振幅の平均値を更新する。平均値の演算方法としては、例えば、一般的な移動平均法や加重平均法などを用いることができ、これらに限定されない。次に、得られた振幅平均値に基づいて、リップルとノイズを区分するための振幅閾値を設定し、例えば、振幅閾値を振幅平均値の半分程度の大きさとする。なお、本実施形態では、立上りと立下りを分けて考え、立上り振幅学習値Vrs、立下り振幅学習値Vfs、立上り振幅閾値Vrth、および立下り振幅閾値Vfthの4量を用いる。リップル波形の振幅の学習方法、ならびに振幅閾値の設定方法に関しては、様々な変形が可能である。
閾値設定手段73は、スタート域B0以外の5種類の回転状態域B1〜B5で、閾値マップから求めた振幅閾値Vr、Vf、または振幅学習値Vrs、Vfsから求めた振幅閾値Vrth、Vfthをリップル振幅判定手段71に受け渡す。
リップル振幅判定手段71は、受け取った振幅閾値Vr、Vf、Vrth、Vfthを用いてリップル波形Wrplから電流リップルを検出し、検出パルス波形Wplsを出力する。図5は、リップル振幅判定手段71によるリップル波形Wrplの振幅判定処理方法を説明する波形図である。図5は通常域B3を例示しており、横軸は共通の時間tである。図5の波形は上側から順番にリップル波形Wrpl、検出パルス波形Wpls、立上り検出フラグFであり、その下に立上り振幅学習値および立下り振幅学習値の更新タイミングを示している。
図5の時刻t11で、リップル波形Wrplが最小値となり以降増加に転じている。リップル波形Wrplが最小値から立上り振幅閾値Vrthだけ増加した時刻t12に、リップル振幅判定手段71は検出パルス波形Wplsを立ち上げる。さらに、同じ時刻t12に、立上り検出フラグFを出力するとともに、立下り振幅学習値Vfs(n−1)をVfs(n)に更新する。リップル波形Wrplが時刻t13で最大値となり、この後に立下り振幅閾値Vfthだけ減少した時刻t14に、リップル振幅判定手段71は、検出パルス波形Wplsを立ち下げる。さらに、同じ時刻t14に、立上り振幅学習値Vrs(n−1)をVrs(n)に更新する。
以上でリップル検出の1サイクルが終了し、リップル波形Wrplの繰り返しに対応して毎回のリップル検出が繰り返される。図5の例では、時刻t15に、次の検出パルス波形Wplsが立ち上げられ、立上り検出フラグFが出力されている。なお、立上り検出フラグFに代えて、検出パルス波形Wplsを立ち下げたタイミングに同期して(時刻t14)、立下り検出フラグを出力するようにしてもよい。上述したリップル波形の振幅判定処理は、振幅閾値Vr、Vf、Vrth、Vfthが異なることを除いて、5種類の回転状態域B1〜B5で共通に行われる。リップル振幅判定手段71は、検出パルス波形Wplsを周期補正手段74に受け渡す。
周期補正手段74は、定常域B3でのみ動作する。周期補正手段74は、リップル周期が著変した場合に、リップル抜けまたはリップル増しが発生したと判定してリップル周期を補正する。本実施形態において、周期補正手段74は、検出パルス波形Wplsの立上りエッジの発生時間間隔をリップル周期とし、過去の複数のリップル周期の平均値を求め、平均値と最新のリップル周期とを比較する。そして、最新のリップル周期が平均値の130%以上のときに、1/2周波数ノイズなどの影響によるリップル抜けが発生したと判定して、最新のリップル周期を2分割して2つのリップル周期とする補正を行う。また、最新のリップル周期が平均値の70%以下のときに、倍周波数ノイズなどの影響によるリップル増し発生したと判定して、最新のリップル周期を次に検出するリップル周期と連結して1つのリップル周期とする補正を行う。
結局、周期補正手段74は、定常域B3以外のとき、および定常域B3であってもリップル抜けもリップル増しも発生していないときには、検出パルス波形Wplsをスルーする。また、リップル抜けおよびリップル増しの少なくとも一方が発生しているときには、リップル周期を補正した検出パルス波形Wplsを出力する。
ここで、起動時最大電流Imaxの決定方法について詳細に説明しておく。図2の電機子電流Imの波形では起動時最大電流Imaxを容易に決定できるが、起動時の電流ピークが明瞭でない場合もあり得る。このため、起動時最大電流Imaxを明確に決定し、どのような電機子電流Imの波形であってもリップル検出精度を維持できるようにする。図6は、起動時最大電流Imaxの決定方法を説明する波形図であり、(1)は一般的な場合、(2)および(3)は特殊な場合を示している。なお、図6における時刻t1、t2、t6は、図2の時刻t1、t2、t6に対応している。
回転状態判定手段72は、直流モータ3が起動してから所定時間T1が経過するまでに電機子電流Imが極大値Ipeakに達し、かつ極大値Ipeakに達した時点から所定判定時間T2(T2<T1)が経過するまで電機子電流Imが極大値Ipeak以下である条件を満たす場合に、極大値Ipeakを起動時最大電流Imaxとする。上記した条件は図6の(1)および(2)の波形では満たされており、図示された極大値Ipeakが起動時最大電流Imaxに決定される。
図6の(1)で、時刻t1から時刻t2までがスタート域B0であり、電機子電流Imは、起動を判定した時刻t2から所定時間T1が経過する以前の時刻taに極大値Ipeakに達している。そしてその後、所定判定時間T2が経過する時刻tbまで電機子電流Imが極大値Ipeak以下である条件を満たしている。したがって、回転状態判定手段72は、時刻tbの時点で極大値Ipeakを起動時最大電流Imaxに決定する。この後、回転状態判定手段72は、起動域B1からロック域B4までを順次判定し、時刻t6に電機子電流Imが起動時最大電流Imaxまで増加するとロック停止域B5を判定する。
また、図6の(2)では、電機子電流Imは時刻taに極大値Ipeakに達し、その後減少する所定の条件を満たしている。したがって、回転状態判定手段72は時刻tbの時点で極大値Ipeakを起動時最大電流Imaxに決定する。また、この後に電機子電流Imが増加し、所定時間T1以前の時刻t7で極大値Ipeakを越えても、起動時最大電流Imaxは変更されない。回転状態判定手段72は、時刻t7において、電機子電流Imが起動時最大電流Imaxの100%以上になったと認識し、ロック停止域B5と判定する。
さらに、図6の(3)では、スタート域B0の終了時刻t2以降、電機子電流Imは単調に増加している。したがって、回転状態判定手段72は、所定の条件を満たす極大値が存在しないと認識し、所定時間T1が経過するまでの電機子電流Imの最大値を起動時最大電流Imaxとする。図の例では、所定時間T1が経過した時刻tcにおける電機子電流Imをそのまま起動時最大電流Imaxに決定する。そして、回転状態判定手段72は、時刻tcにおいて直ちに、電機子電流Imが起動時最大電流Imaxの100%以上になったと認識し、ロック停止域B5と判定する。
図6の(2)および(3)は、例えば、シートがスライド可動範囲の端部付近に位置していて、直流モータ3が起動されて電機子電流Imが起動時電流から定常値に落ち着く以前にロック域B4に移行してしまう場合に発生し得る。このような場合であっても、本実施形態によれば、波形処理ロジック上で常に起動時最大電流Imaxを決定し、回転状態をいずれかの回転状態域B1〜B5に判定して支障なくリップル検出できる。
次に、実施形態の直流モータの回転状態検出装置2の作用および効果について、ロック状態を例にして、従来技術と比較しながら説明する。従来技術では、ロック状態のうちのロック停止域B5においても、定常域B3およびロック域B4と同様の振幅学習を行い、振幅閾値を設定している。図7は実施形態の直流モータの回転状態検出装置2によるロック状態でのリップル検出状況を示す波形図であり、図8は従来技術の装置によるロック状態でのリップル検出状況を示す波形図である。図7および図8で、横軸は共通の時間tであり、波形は上から順番に電源電圧VB、電機子電流Im(電圧波形Wm)、リップル波形Wrpl、および検出パルス波形Wplsである。また、図7および図8は、シートがスライド可動範囲の端部付近に位置していて、直流モータ3が起動されてから短時間でロック域B4およびロック停止域B5に移行したときを示している。
図7の実施形態で、時刻t2に直流モータ3が起動され、電機子電流Imが増加して時刻t5にロック域B4になり、時刻t6にロック停止域B5となっている。ロック停止域B5となった時刻t6以降も、電源電圧VBは供給され続けて大きな電機子電流Imが流れ、時刻t8に電源電圧VBが開放されている。リップル波形Wrplは、ロック域B4で減少し始め、ロック停止域B5では波形変歪して主にノイズ成分により微小振動している。検出パルス波形Wplsは、ロック域B4で1パルス発生し、ロック停止域B5の最初に1パルス発生し、その後は発生していない。つまり、ロック停止域B5で直流モータ3が回転しなくなり、シートが停止したことを正確に示している。
これに対して、図8の従来技術で、電源電圧VB、電機子電流Im、およびリップル波形Wrplは、図7の実施形態と同一波形である。それにもかかわらず、検出パルス波形Wplsは、ロック停止域B5で電源電圧VBが開放されるまで誤ったパルスWmissを出力し続けている。この原因は、時刻t6以降にリップル波形Wrplが変歪したにもかかわらず振幅学習を継続した結果、ノイズ成分でリップル検出を行えるように振幅閾値を小さく設定してしまったことに起因する。本実施形態では、ロック停止域B5で振幅学習を行わずに閾値マップから振幅閾値Vr、Vfを求めることで、誤ったパルスWmissの出力を無くすことができた。
以上説明したように実施形態の直流モータの回転状態検出装置2によれば、回転状態判定手段72は電機子電流Imの大きさおよび変化の状況に基づいてスタート域B0、起動域B1、学習域B2、定常域B3、ロック域B4、およびロック停止域B5のいずれの回転状態域であるかを判定し、閾値設定手段73は閾値マップまたは振幅学習値(vrs、vfs)から振幅閾値(Vr、Vf、Vrth、Vfth)を求める。これにより、電機子電流Imの大きさの変化やリップル波形Wrplの変歪に対してリップル検出精度の低下が抑制され、正確な累積回転量を求めることができ、最終的にシートの位置検出精度が維持される。
また、それぞれの直流モータの毎回の動作に基づいて回転状態域B0〜B5領域を判定できるので、直流モータ3の製造上の性能のばらつきおよび経時特性変化に影響されない。さらに、直流モータ3が起動したときの起動時最大電流Imaxに基づいた判定を行うので、ロック域B4およびロック停止域B5を確実に判定でき、かつロック状態を判定するしきい値の設定が容易になる。
また、学習域B2、定常域B3、およびロック域B4で、振幅を学習して振幅閾値を設定するのでリップル検出精度が著しく向上する。加えて、定常域B3でリップル周期が著変した場合にリップル抜けまたはリップル増しが発生したと判定してリップル周期を補正する周期補正手段74をさらに含むので、この種の装置で発生しがちな1/2周波数ノイズや2倍周波数ノイズなどの影響を抑制できる。
さらに、ロック状態で直流モータ3を停止する制御とも併用でき、ロック状態の検出および直流モータ3の停止を確実にするフェールセーフの機能を付加できる。
なお、本実施形態で説明した回転状態判定手段72による回転状態域の判定方法や、起動時最大電流Imaxの決定方法などは一例であり、直流モータ3の特性に合わせて適宜変更することができる。また、起動域B1とロック停止域B5とで異なる閾値マップを用いてもよく、学習域B2、定常域B3、およびロック域B4で振幅学習の方法を変えてもよい。本発明は、その他にもさまざまな変形や応用が可能である。