JP2010024486A - 高窒素マルテンサイト系ステンレス鋼 - Google Patents
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Abstract
【解決手段】0.20≦C≦0.50mass%、Si≦2.0mass%、Mn≦2.0mass%、P≦0.05mass%、S≦0.2mass%、0.05≦Cu≦3.0mass%、0.05≦Ni≦3.0mass%、13.0≦Cr≦20.0mass%、0.05≦Mo≦5.0mass%、0.36≦N≦0.60mass%、0.05≦V≦0.8mass%、Al≦0.030mass%、O≦0.020mass%、及び0.0005≦B≦0.0100mass%を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなり、0.56≦C+N≦0.80mass%及び0.35≦C/N≦1.10を満たし、熱間加工後に、溶体化処理及び球状化焼鈍を施すことにより得られる高窒素マルテンサイト系ステンレス鋼。
【選択図】図3
Description
一方、オーステナイト系ステンレス鋼は、耐食性に優れているが、一般にマルテンサイト系ステンレス鋼より硬さが低い。冷間加工を施しても、得られる硬さは、40HRC程度である。
例えば、特許文献1には、重量%で、C:0.15%未満、Si:0.10〜1.0%、Mn:0.10〜2.0%、Cr:12.0〜18.5%、N:0.40〜0.80%、Al:0.030%未満、及び、O:0.020%未満を含有し、残部が実質的にFeからなる組成を有する耐食性に優れた高硬度マルテンサイト系ステンレス鋼が開示されている。同文献には、C含有量をより少なくし、加圧溶解によりN含有量をより多くすると、耐食性がより優れた高硬度マルテンサイト系ステンレス鋼が得られる点、及び、窒素を多量に含ませると、550℃付近まで焼入れままの硬さと同等以上の硬さが得られる点が記載されている。
同文献には、B添加により、焼き入れ−サブゼロ処理時の割れを防止することができる点が記載されている。
同文献には、
(1)Cに加えてNを添加し、かつ、C+N量及びC/N比を最適化すると、焼入れ温度でのCの固溶限が大きくなるので、マルテンサイト変態後に高硬度が得られる点、
(2)マトリックス中に適量のNを固溶させると、耐食性がさらに向上する点、及び、
(3)鋼中にBを添加することによって粒界が強化され、焼入れ・サブゼロ処理の際の割れを低減することができる点、
が記載されている。
同文献には、C量を少なくすることによって、粗大な晶出炭窒化物が生じ難くなり、焼入れ時の未固溶炭窒化物も少なくなるので、精密加工性及び鏡面加工性に優れたプラスチック成型金型用鋼が得られる点が記載されている。
しかしながら、従来の高窒素マルテンサイト系ステンレス鋼は、焼入れ後又はそれに続くサブゼロ処理後に焼割れが生ずる場合があった。鋼中にBを添加すると、このような焼割れをある程度抑制することはできるが、Bのみによる焼割れ防止には限界がある。
また、従来の高窒素マルテンサイト系ステンレス鋼は、抗折特性のような曲げ靱性や転動疲労のような疲労特性に関し、SUS440Cと同等以上の特性を示す。しかしながら、マルテンサイト系ステンレス鋼に対しては、曲げ靱性や疲労特性をさらに向上させることが望まれている。
また、本発明が解決しようとする他の課題は、高硬度、高耐食性、及び高耐焼割れ性に加えて、曲げ靱性及び疲労特性に優れた高窒素マルテンサイト系ステンレス鋼を提供することにある。
(1)前記高窒素マルテンサイト系ステンレス鋼は、
0.20≦C≦0.50mass%、
Si≦2.0mass%、
Mn≦2.0mass%、
P≦0.05mass%、
S≦0.2mass%、
0.05≦Cu≦3.0mass%、
0.05≦Ni≦3.0mass%、
13.0≦Cr≦20.0mass%、
0.05≦Mo≦5.0mass%、
0.36≦N≦0.60mass%、
0.05≦V≦0.8mass%、
Al≦0.030mass%、
O≦0.020mass%、及び、
0.0005≦B≦0.0100mass%
を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる。
(2)前記高窒素マルテンサイト系ステンレス鋼は、C量及びN量が次の(a)式及び(b)式の関係を満たす。
0.56≦C+N≦0.80mass% ・・・(a)
0.35≦C/N≦1.10 ・・・(b)
(3)前記高窒素マルテンサイト系ステンレス鋼は、熱間加工後に、炭窒化物をマトリックス中に固溶させるための溶体化処理及びマトリックス中に球状の炭窒化物を析出させるための球状化焼鈍を施すことにより得られ、
前記球状化焼鈍後の前記炭窒化物の粒界占有率が20%以下であり、
前記球状化焼鈍後の前記炭窒化物の平均の円相当径が2μm以下であり、
前記球状化焼鈍後の前記炭窒化物の平均のアスペクト比が2以下である。
これに対し、所定の組成を有する高窒素マルテンサイト系ステンレス鋼に対して熱間加工を行った後、溶体化処理を行うと、熱間加工後の冷却過程において旧オーステナイト粒界上に析出した炭窒化物がマトリックス中に再固溶する。また、溶体化処理後に球状化焼鈍を施すと、微細な球状の炭窒化物をマトリックス中に均一に析出させることができる。そのため、焼割れが抑制され、焼き入れ・焼戻し後の曲げ靱性及び疲労特性も向上する。
[1. 高窒素マルテンサイト系ステンレス鋼]
本発明に係る高窒素マルテンサイト系ステンレス鋼は、以下の構成を備えていることを特徴とする。
[1.1.1 主成分]
本発明に係る高窒素マルテンサイト系ステンレス鋼は、以下のような元素を含み残部がFe及び不可避的不純物からなる。成分元素の種類、その成分範囲、及び、その限定理由は、以下の通りである。
Cは、侵入型元素であり、強度の向上に寄与する。また、焼戻し時に、後述のCr、Mo、V、W、Nb、Ta等と結合して焼戻し硬さを向上させる。さらに、疲労特性、曲げ靱性の向上に有効な元素である。このような効果を得るためには、C含有量は、0.20mass%以上が必要である。
一方、Cの過剰添加は、Nの固溶量を低下させるだけでなく、過剰な残留オーステナイトを生成させ、硬さの低下を招いたり、Cr炭化物の形成により母相の固溶Crを低下させ、耐食性を著しく劣化させる。
また、粗大な一次炭化物の生成により、
(a)球状化焼鈍後の冷間加工性を低下させ、
(b)焼入れ焼戻し後の疲労特性、曲げ靱性を低下させる。
従って、C含有量は、0.50mass%以下とする。C含有量は、好ましくは、0.40mass%以下である。
Siは、脱酸元素として有効である。一般的な鋼種における脱酸元素としては、SiよりもAl、Tiの方が有効である。しかしながら、窒素含有量の高い鋼種においては、Al、Tiの過剰添加は、靱延性及び疲労特性の著しい低下を招くAlN、TiNを生成させる原因となる。そのため、主要な脱酸材として、Siを使用することが望ましい。好ましくは、0.20mass%超であり、さらに好ましくは、0.30mass%以上である。
一方、Siの過剰添加は、鍛造時に有害となるだけでなく、靱延性を著しく低下させる。従って、Si含有量は、2.0mass%以下とする。Si含有量は、好ましくは、0.80mass%以下である。
Mnは、N溶解度を増加させるために有効な元素である。また、脱酸、脱硫元素としても有効である。好ましくは、0.05mass%以上である。
一方、Mnの過剰添加は、焼入れ焼戻し後の残留オーステナイト生成量を増大させ、焼戻し硬さの低下を招くだけでなく、耐食性の劣化を招く。従って、Mn含有量は、2.0mass%以下とする。
Pの過剰添加は、熱間加工性、粒界強度、靱延性を低下させるため、できるだけ低減することが好ましい。但し、必要以上の低減は、コストの上昇を招く。従って、P含有量は、0.05mass%以下とする。
Sは、硫化物系介在物を生成させ、熱間加工性、靱延性、耐食性を低下させるため、できるだけ低減することが望ましい。但し、必要以上の低減は、コストの上昇を招く。従って、S含有量は、0.2mass%以下とする。S含有量は、好ましくは、0.01mass%以下である。
Cuは、オーステナイト生成元素であるため、窒素ブローの抑制に有効である。また、耐食性、靱延性の向上にも有効である。このような効果を得るためには、Cu含有量は、0.05mass%以上が必要である。Cu含有量は、好ましくは、0.60mass%以上である。
一方、Cuの過剰添加は、焼入れ焼戻し後の残留オーステナイト生成量を増大させ、焼戻し硬さの低下を招くだけでなく、熱間加工性を低下させる。従って、Cu含有量は、3.0mass%以下とする。Cu含有量は、好ましくは、1.5mass%以下である。
Niは、オーステナイト生成元素であるため、窒素ブローの抑制に有効である。また、耐食性、靱延性の向上にも有効である。このような効果を得るためには、Ni含有量は、0.05mass%以上が必要である。
一方、Niの過剰添加は、焼入れ焼戻し後の残留オーステナイト生成量を増大させ、焼戻し硬さの低下を招く。従って、Ni含有量は、3.0mass%以下とする。
Crは、N溶解度を著しく増加させ、強度、耐食性を向上させるのに有効な元素である。また、焼戻し時にC、Nと結合して、硬さの向上にも寄与する。このような効果を得るためには、Cr含有量は、13.0mass%以上が必要である。Cr含有量は、好ましくは、14.0mass%以上である。
一方、Crの過剰添加は、焼入れ焼戻し後の残留オーステナイト生成量を増大させ、焼戻し硬さの低下を招く。従って、Cr含有量は、20.0mass%以下とする。Cr含有量は、好ましくは、18.0mass%以下である。
Moは、N溶解度を増加させ、耐食性を向上させる。また、固溶強化元素として強度を向上させる。さらに、焼戻し時にC、Nと結合して硬さの向上にも寄与する。このような効果を得るためには、Mo含有量は、0.05mass%以上が必要である。Mo含有量は、好ましくは、0.50mass%以上である。
一方、Moの過剰添加は、焼入れ焼戻し後の残留オーステナイト生成量を増大させ、焼戻し硬さの低下を招く。従って、Mo含有量は、5.0mass%以下とする。Mo含有量は、好ましくは、4.0mass%以下である。
Nは、侵入型元素であり、マルテンサイト系ステンレス鋼の硬さ、耐食性を著しく向上させる。また、焼戻し時に微細なCr窒化物を形成してさらに硬さを向上させる効果を有するので、本発明において最も重要な元素の一つである。このような効果を得るためには、N含有量は、0.36mass%以上が必要である。N含有量は、好ましくは、0.38mass%以上である。
一方、Nの過剰添加は、窒素ブローの生成を誘発させると同時に、焼入れ処理時に未固溶Cr窒化物を多量に残存させ、耐食性、靱延性及び疲労特性を著しく低下させる。従って、N含有量は、0.60mass%以下とする。N含有量は、好ましくは、0.50mass%以下、さらに好ましくは、0.45mass%以下である。
Vは、C、Nと結合して硬さの向上に寄与すると同時に、焼入れ時の結晶粒粗大化を防止し、靱性、疲労特性の向上に寄与する。また、炭窒化物が生成することでCrの欠乏相生成を抑制するので、耐食性向上に寄与する。さらに、溶体化処理時において炭窒化物の過剰な固溶を抑制する効果があるので、残留オーステナイトの生成量を抑制し、その後の焼鈍組織を均質化させる。焼鈍組織の均質化により旧オーステナイト粒界への炭窒化物の生成を抑制し、靱性及び疲労特性の向上に寄与する。このような効果を得るためには、V含有量は、0.05mass%以上が必要である。V含有量は、好ましくは、0.10mass%以上である。
一方、Vの過剰添加は、鋼中に多量の炭窒化物を残存させ、靱性及び疲労特性を低下させる。また、固溶窒素量の確保が困難となり、耐食性を低下させる。従って、V含有量は、0.80mass%以下とする。V含有量は、好ましくは、0.50mass%以下、さらに好ましくは、0.30mass%以下である。
Alは、脱酸元素として有効である。また、微量のAlは、焼入れ時の結晶粒粗大化を防止し、靱性の向上に寄与する。一方、Alの過剰添加は、粗大なAlNを生成し、靱延性及び疲労特性の著しい低下を招く。従って、Al含有量は、0.030mass%以下とする。
Oは、鋼の清浄度を低下させ、耐食性、靱延性及び疲労特性を著しく劣化させる。従って、O含有量は、0.020mass%以下とする。
Bは、粒界強度の向上に寄与し、焼入れ後又はサブゼロ処理後の割れ回避に重要な元素である。また、靱延性、疲労特性及び熱間加工性の向上に有効である。このような効果を得るためには、B含有量は、0.0005mass%以上が必要である。
一方、Bの過剰添加は、粗大なBNを生成し、靱延性、疲労特性を低下させると同時に、熱間加工性を害する。従って、B含有量は、0.0100mass%以下とする。B含有量は、好ましくは、0.0050mass%以下である。
本発明に係る高窒素マルテンサイト系ステンレス鋼は、上述した元素に加えて、さらに以下のような1種又は2種以上の元素を含んでいても良い。成分元素の種類、その成分範囲、及び、その限定理由は、以下の通りである。
Wは、固溶強化元素としてマトリックスを強化する効果がある。また、Wは、耐食性を向上させる効果もある。このような効果を得るためには、W含有量は、0.6mass%以上が必要である。
一方、W含有量が過剰になると、コストの上昇を招くと共に、M6C型の粗大な炭化物を生成させ、焼割れを助長する。従って、W含有量は、5.0mass%以下が好ましい。
Coは、オーステナイト生成元素であるため、窒素ブローの抑制に有効であり、耐食性も向上する。また、固溶強化元素としてマトリックスを強化する効果がある。このような効果を得るためには、Co含有量は、0.05mass%以上が必要である。
一方、Co含有量が過剰になると、コストの上昇を招くと共に、焼入れ処理時の未固溶Cr窒化物を増大させ、耐食性、靱延性を低下させる。従って、Co含有量は、3.0mass%以下が好ましい。
(18) 0.020≦Nb≦0.20mass%。
(19) 0.020≦Ta≦0.20mass%。
(20) 0.020≦Zr≦0.20mass%。
Ti、Nb、Ta及びZrは、Vと同様にC、Nと結合し、焼入れ時の結晶粒粗大化を防止し、靱性の向上に寄与する。このような効果を得るためには、これらの元素の含有量は、それぞれ、上記の下限値以上が好ましい。
一方、これらの元素の含有量が過剰になると、比較的粗大な炭化物又は窒化物を析出させ、焼割れを助長するため、Vほど望ましい元素ではない。但し、上記の上限値以下又は未満までの添加は、耐焼割れ性を阻害することなく、靱性向上に有効であるため、添加しても良い。
なお、これらの元素は、いずれか1種を添加しても良く、あるいは、2種以上を組み合わせて添加しても良い。
本発明に係る高窒素マルテンサイト系ステンレス鋼は、C量及びN量が次の(a)式及び(b)式の関係を満たす。
0.56≦C+N≦0.80mass% ・・・(a)
0.35≦C/N≦1.10 ・・・(b)
侵入型元素であるCとNは、硬さに影響を与える。従って、58HRC以上の焼戻し硬さと良好な疲労特性を得るためには、その合計含有量(C+N)は、0.56mass%以上が必要である。C+Nは、好ましくは、0.70mass%以上である。
一方、C及びNの過剰添加は、焼入れ焼戻し後の残留オーステナイト生成量を増大させ、焼戻し硬さの低下を招く。また、焼入れ処理時に未固溶Cr炭窒化物を多量に残存させ、耐食性、靱延性及び疲労特性を著しく低下させる。従って、C+Nは、0.80mass%以下とする。
侵入型元素であるCとNの含有量比(C/N、質量比)は、靱延性、疲労特性及び耐食性に影響を与える。良好な靱延性と疲労特性を得るためには、C/Nは、0.35以上が必要である。C/Nは、好ましくは、0.50以上である。
一方、C/Nが大きくなりすぎると、耐食性が著しく低下する。従って、C/Nは、1.10以下とする。
[1.3.1 炭窒化物の粒界占有率]
本発明に係る高窒素マルテンサイト系ステンレス鋼は、熱間加工後に、炭窒化物をマトリックス中に固溶させるための溶体化処理及びマトリックス中に球状の炭窒化物を析出させるための球状化焼鈍を施すことにより得られる。溶体化処理後、球状化焼鈍前に、さらに低温焼鈍を行っても良い。
従来のマルテンサイト系ステンレス鋼は、熱間加工後に、必要に応じて球状化焼鈍を行い、さらに焼入れ焼戻しを行った状態で使用され、溶体化処理が行われることはない。これは、従来のマルテンサイト系ステンレス鋼で58〜60HRCが得られるような成分系においては、凝固時に粗大な炭化物が生成し、これらの炭化物は高温保持を行っても十分に固溶させることができず、溶体化処理を行う実益がないためである。しかしながら、特定の組成を有する高窒素マルテンサイト系ステンレス鋼に対し、熱間加工後に溶体化処理を行うと、従来のマルテンサイト系ステンレス鋼では得られない特有の組織が得られる。
旧オーステナイト粒界上に存在する炭窒化物の量は、粒界占有率により定義することができる。「粒界占有率」とは、視野中に含まれる旧オーステナイト粒界の全長X(μm)に対する旧オーステナイト粒界上に析出している炭窒化物の全長Y(μm)の割合(=Y×100/X(%))を言う。
粒界占有率が大きいと、焼入れ処理後においても炭窒化物の一部が旧オーステナイト粒界上に残存する。旧オーステナイト粒界上に残存した炭窒化物は、焼割れを生じさせ、あるいは、靱性及び疲労特性を低下させる原因となる。従って、球状化焼鈍後の炭窒化物の粒界占有率は、20%以下が好ましい。
球状化焼鈍後の状態において粗大な炭窒化物が存在すると、焼入れ処理後も多量の未固溶炭窒化物が残存する。また、球状化焼鈍後の状態においてアスペクト比の大きい層状あるいはロッド状の未固溶炭窒化物が存在すると、焼入れ・焼戻し後もこのような炭窒化物が多量に残存する。
多量の未固溶炭窒化物が存在すると、C、N、Crのマトリックス中への固溶も不均一となる。すなわち、未固溶炭窒化物の近傍にのみC、N、Crが濃化し、均質性が低下する。また、アスペクト比の大きい炭窒化物は、焼鈍状態における冷間加工性を低下させる原因となる。
焼割れを抑制し、曲げ靱性及び疲労特性を向上させるためには、球状化焼鈍後の炭窒化物の平均の円相当径は、2μm以下が好ましい。
また、球状化焼鈍後の炭窒化物の平均のアスペクト比は、2以下が好ましい。
本発明に係る高窒素マルテンサイト系ステンレス鋼は、少なくとも熱間加工、溶体化処理及び球状化焼鈍を行った後、焼入れ+サブゼロ処理及び焼戻しが行われる。各工程後における残留オーステナイト量は、焼割れの有無や焼戻し後の特性に影響を与える。
溶体化処理後、組織の一部はマルテンサイト化し、残りはオーステナイトとして残留する。このような組織の材料に対して球状化焼鈍を行うと、マルテンサイト領域内では、均一に炭窒化物が析出し、オーステナイト領域では、主として粒界のみから炭窒化物が析出する。そのため、溶体化処理後の残留オーステナイト量が多すぎると、球状化焼鈍後の炭窒化物の分布が不均一となる。炭窒化物の不均一分布は、焼割れを生じさせ、あるいは、曲げ靱性や疲労特性を低下させる原因となる。従って、溶体化処理後の残留オーステナイト量は、50vol%以下が好ましい。溶体化処理後の残留オーステナイト量は、材料に割れが生じない限りにおいて、少ないほど良い。「残留オーステナイト量」とは、X線回折法で求めたマルテンサイト相とオーステナイト相を示す回折ピークの積分強度の比より測定される体積割合をいう。
球状化焼鈍が行われた材料は、必要に応じて加工が施された後、焼入れ、サブゼロ処理及び焼戻しが行われる。
[1.4.1 残留オーステナイト量]
焼入れ・サブゼロ後の残留オーステナイト量が少なすぎると、マルテンサイト変態時の膨張によって焼割れが生じやすくなる。従って、焼入れ・サブゼロ後の残留オーステナイト量は、5vol%以上が好ましい。
一方、焼入れ・サブゼロ後の残留オーステナイト量が多すぎると、必要な硬さが得られない。従って、焼入れ・サブゼロ後の残留オーステナイト量は、30vol%以下が好ましい。
焼入れ・サブゼロ・焼戻し後に存在する炭窒化物の総量は、焼入れ・サブゼロ・焼戻し後の機械的特性に影響を与える。炭窒化物の総量が少なすぎると、必要な硬さが得られない。従って、焼入れ・サブゼロ・焼戻し後の炭窒化物の面積率は、0.05%以上が好ましい。
一方、炭窒化物の総量が過剰になると、耐食性、曲げ靱性、及び/又は、疲労特性を低下させる原因となる。従って、炭窒化物の面積率は、3.0%以下が好ましい。「炭窒化物の面積率」とは、視野面積に占めるすべての炭窒化物の面積の割合をいう。
「旧オーステナイト粒界上の炭窒化物の面積率」とは、視野面積に占める旧オーステナイト粒界上の炭窒化物の面積の割合をいう。
上述した組成を有する高窒素マルテンサイト系ステンレス鋼に対して、少なくとも熱間加工、溶体化処理及び球状化焼鈍を行った後、さらに焼入れ+サブゼロ処理及び焼戻しを行うと、従来のマルテンサイト系ステンレス鋼と同等以上の硬度を有し、しかも、曲げ靱性及び疲労強度が従来のマルテンサイト系ステンレス鋼より高い材料が得られる。
具体的には、製造条件を最適化すると、焼戻し後の状態において、硬さが58HRC以上、あるいは60HRC以上である高窒素マルテンサイト系ステンレス鋼が得られる。
また、製造条件を最適化すると、焼戻し後の状態において、転動疲労の疲労寿命が同一条件下で測定されたSUS440C材の1.5倍以上である高窒素マルテンサイト系ステンレス鋼が得られる。「転動疲労の疲労寿命」とは、円盤状試験片を用いてスラスト型転動疲労寿命試験により測定された、破損までの疲労寿命(接触応力:5GPa)を言う。
さらに、製造条件を最適化すると、焼戻し後の状態において、抗折力が4000MPa以上である高窒素マルテンサイト系ステンレス鋼が得られる。「抗折力」とは、3×5×35mmの試験片を用いて3点曲げ試験法により測定された値をいう。
本発明に係る高窒素マルテンサイト系ステンレス鋼の製造方法は、溶体化処理工程と、低温焼鈍工程と、球状化焼鈍工程と、焼入れ工程と、サブゼロ処理工程と、焼戻し工程とを備えている。
溶体化処理工程は、所定の組成を有する材料を溶解・鋳造し、鋳塊を熱間加工した後、熱間加工後の冷却過程において析出した炭窒化物をマトリックス中に固溶させる工程である。
溶体化処理の温度が低すぎると、熱間加工後の冷却過程において析出した不規則形状の炭窒化物がそのまま残留し、焼割れを生じさせ、あるいは、曲げ靱性及び/又は疲労特性を低下させる原因となる。従って、溶体化処理温度T1は、加熱時のオーステナイト変態終了温度(Af点又はAc3点)+100℃<T1であり、本成分系において、溶体化処理温度T1は、1000℃≦T1が好ましい。
一方、溶体化処理温度T1が高すぎると、結晶粒の粗大化抑制効果及び過剰な残留オーステナイトの生成を抑制する効果のあるV系の炭窒化物が完全に固溶する。従って、溶体化処理温度T1は、T1≦1150℃とする。
溶体化処理の時間は、溶体化処理温度T1に応じて最適な時間を選択する。一般に、溶体化処理温度T1が高くなるほど、短時間で炭窒化物をマトリックス中に固溶させることができる。溶体化処理時間は、材料寸法にも依存するが、通常、30分〜2時間程度である。
なお、加熱時のオーステナイト変態終了温度Ac3点(JIS G0201のAc3点に相当し、Af点ともいう)とは、加熱に際し、フェライトあるいはマルテンサイトとその他の析出物を有する組織からオーステナイトへの変態が完了する温度をいう。本発明において、Ac3点は、直径5mm、長さ20mmの試験片を用いて、高純度Ar雰囲気下で示差熱膨張測定を行い、その示差熱膨張曲線より求めた。
焼戻し後の状態において良好な機械的特性を得るためには、溶体化処理時の急冷には、油冷、衝風冷却などの相対的に冷却速度が遅い急冷方法を用いるのが好ましい。
低温焼鈍工程は、マトリックス中に微細な炭窒化物を析出させるための工程である。低温焼鈍工程は、必ずしも必要な工程ではないが、低温焼鈍を施すことによりマトリックス中に微細な炭窒化物を生成させることができる。この微細な炭窒化物は、球状化焼鈍を行う際の核となるので、炭窒化物を均一かつ微細に析出させることができる。
低温焼鈍温度が低すぎると、微細な炭窒化物の生成が不十分となる。従って、低温焼鈍温度T2は、600℃≦T2とする。低温焼鈍温度T2は、好ましくは、660℃≦T2である。
一方、低温焼鈍温度T2が高すぎると、析出した炭窒化物が粗大化しやすくなる。従って、低温焼鈍温度T2は、T2<加熱時のオーステナイト変態開始温度(As点又はAc1点)とする。本成分系において、低温焼鈍温度T2は、T2<800℃が好ましい。低温焼鈍温度T2は、さらに好ましくは、T2≦760℃である。
低温焼鈍時間は、低温焼鈍温度T2に応じて最適な時間を選択する。一般に、低温焼鈍温度T2が高くなるほど、短時間で必要量の微細な炭窒化物をマトリックス中に生成させることができる。低温焼鈍時間は、通常、4〜30時間程度である。
なお、加熱時のオーステナイト変態開始温度Ac1点(JIS G0201のAc1点に相当し、As点ともいう)とは、加熱に際し、フェライトあるいはマルテンサイトとその他の析出物を有する組織からオーステナイトへの変態が開始する温度をいう。本発明において、Ac1点は、直径5mm、長さ20mmの試験片を用いて、高純度Ar雰囲気下で示差熱膨張測定を行い、その示差熱膨張曲線より求めた。
球状化焼鈍工程は、必要に応じて低温焼鈍を行った後、マトリックス中に球状の炭窒化物を析出させるための工程である。
炭窒化物を球状化させる方法には、種々の方法があるが、As点〜Af点近辺の温度に加熱し、徐冷する方法が好適である。
As点〜Af点近辺の温度に加熱するのは、析出した炭窒化物を一旦マトリックス中に再固溶させるためである。球状化焼鈍温度T3が低すぎると、炭窒化物の再固溶が不十分となる。本成分系の場合、球状化焼鈍温度T3は、800℃≦T3が好ましい。球状化焼鈍温度T3は、さらに好ましくは、820℃≦T3である。
一方、球状化焼鈍温度T3が高すぎると、粗大な炭窒化物が生成する。本成分系の場合、球状化焼鈍温度T3は、T3≦980℃が好ましい。球状化焼鈍温度T3は、さらに好ましくは、T3≦900℃である。
球状化焼鈍の加熱時間は、加熱温度に応じて最適な時間を選択する。一般に、球状化焼鈍温度T3が高くなるほど、短時間で炭窒化物をマトリックス中に再固溶させることができる。球状化焼鈍時間は、通常、2〜10時間程度である。
徐冷を行う温度範囲は、炭窒化物の析出が生じる範囲であればよい。通常、徐冷の終止温度は、550〜650℃程度である。
焼入れ工程は、球状化焼鈍を行った材料を焼入れ温度に加熱し、急冷する工程である。
一般に、焼入れ温度T4が低すぎると、オーステナイト単相状態が得られないので、マトリックス中に固溶するC及びN量が少なくなり、十分な硬さが得られない。また、マトリックス中に固溶する元素量が相対的に少なくなるので、Ms点が上昇し、焼入れ後の残留オーステナイト量が過小となる。従って、焼入れ温度T4は、1000℃≦T4が必要である。
一方、焼入れ温度T4が高くなりすぎると、マトリックス中に固溶する元素量が相対的に過剰となり、Ms点が過度に低くなる。そのため、焼入れ後の残留オーステナイト量が過剰となり、十分な硬さが得られない。従って、焼入れ温度T4は、T4≦1100℃とする。
焼入れ温度での保持時間は、焼入れ温度T4に応じて最適な時間を選択する。一般に、焼入れ温度T4が高くなるほど、短時間でオーステナイト単相状態が得られる。焼入れ温度T4での保持時間は、材料の寸法にも依存するが、通常、10分〜2時間程度である。
急冷方法は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な方法を選択する。急冷方法としては、具体的には、油冷、衝風冷却などがある。
サブゼロ処理工程は、焼入れを行った材料に対してさらにサブゼロ処理を行う工程である。
サブゼロ処理は、通常、−78〜−196℃で行われる。本発明に係る高窒素マルテンサイト系ステンレス鋼は、焼入れのみでは多量のオーステナイトが残留するので、サブゼロ処理を行う。サブゼロ処理を行うと、焼戻し状態において適量の残留オーステナイトを含む材料が得られる。
焼戻し工程は、サブゼロ処理が行われた材料に対して焼戻しを行う工程である。
焼戻しは、焼入れ及びサブゼロ処理によって生成したマルテンサイト組織の靱性を回復させるために行われる。
焼戻し温度T5が低すぎると、靱性の回復が不十分となる。従って、焼戻し温度T5は、150℃以上とする。
一方、焼戻し温度T5が高すぎると、炭窒化物の析出が過剰となり、硬さ及び耐食性が低下する。従って、焼戻し温度T5は、500℃以下とする。
焼戻し時間は、焼戻し温度T5に応じて最適な時間を選択する。一般に、焼戻し温度T5が高くなるほど、短時間で靱性を回復させることができる。焼戻し時間は、材料の寸法にも依存するが、通常、30分〜2時間程度である。
一般に、マルテンサイト系ステンレス鋼に対して熱間加工を行うと、冷却過程において、旧オーステナイト粒界上に炭窒化物が析出する。旧オーステナイト粒界上に析出した炭窒化物は、球状化焼鈍時や焼入れ時の加熱によっても消失しない。そのため、焼戻し後の組織は、旧オーステナイト粒界に沿って炭窒化物が一列に並んだ状態となる。このような炭窒化物は、亀裂の伝播経路となりやすいので、焼入れ時又はサブゼロ処理時に焼割れを生じさせ、あるいは、焼戻し後の曲げ靱性及び/又は疲労特性を低下させる原因となる。
これに対し、所定の組成を有する高窒素マルテンサイト系ステンレス鋼に対して熱間加工を行った後、溶体化処理を行うと、熱間加工後の冷却過程において旧オーステナイト粒界上に析出した炭窒化物がマトリックス中に再固溶する。また、溶体化処理後に球状化焼鈍を施すと、微細な球状の炭窒化物をマトリックス中に均一に析出させることができる。そのため、焼割れが抑制され、焼き入れ・焼戻し後の曲げ靱性及び疲労特性も向上する。
溶体化処理後の材料に対して球状化焼鈍を行った場合、マルテンサイト相は、C、Nが過飽和に固溶しているため、加熱時に容易に分解し、粒内に微細な炭窒化物が生成しやすい。また、マルテンサイト相は、粒内に多量の歪みが導入されているため、それらを起点に粒内に微細な炭窒化物が生成しやすい。一方、オーステナイト相は、C、Nを多量に固溶できるので、球状化焼鈍を行っても、炭窒化物は専ら粒界から析出する。そのため、多量の残留オーステナイトがある材料を球状化焼鈍すると、炭窒化物が不均一に析出しやすい。
さらに、V添加によって結晶粒が微細化され、かつ残留オーステナイト量が相対的に少なくなるので、球状化焼鈍時に、球状かつ微細な炭窒化物を組織全体に渡って均一に析出させることができる。また、球状化焼鈍を行う前に、所定の条件下で低温焼鈍を行うと、マトリックス中に微細な炭窒化物を析出させることができる。微細な炭窒化物は、球状化焼鈍時に炭窒化物を球状に析出させるための核となる。そのため、低温焼鈍を行うことにより、球状化焼鈍時に炭窒化物をさらに均一かつ微細に析出させることができる。
[1. 試料の作製(1)]
[1.1 実施例1〜15、比較例4〜9]
表1に示す化学成分(残部はFe)の合金の内、実施例1〜15及び比較例4〜9の合金について、加圧可能な高周波誘導炉により溶解した。鋳塊を均質化熱処理した後、熱間鍛造でφ70の丸棒とした。その後、所定の温度にて1hr保持後、強制空冷する溶体化処理を行った。次いで、所定の温度にて5hr保持後に空冷する低温焼鈍を行った。さらに、所定の温度で4hr加熱後、15℃/hの冷却速度で650℃まで冷却し、空冷する球状化焼鈍を行った。
球状化焼鈍後の丸棒からφ70の円盤状試験片を採取し、1050℃で30分間保持後に油冷する焼入れ処理を行った。続いて、ドライアイス+メタノール溶液中(温度:約−80℃)でサブゼロ処理を行った。さらに、サブゼロ処理後の素材について180℃で1hr保持後、空冷する焼戻し処理を行った。
比較例1(SUS440C)及び比較例2(SUS420J2)は、高周波誘導炉により溶解した以外は、実施例1〜15と同様の製造工程にて試験片を作製した。
比較例3(SUS304)は、高周波誘導炉により溶解し、均質化熱処理後、熱間鍛造にてφ30の丸棒とした。次いで、1050℃で1hr保持後、水冷する溶体化処理を行った。この素材に対して、減面率60%の冷間加工を行った。得られた素材から、試験片を採取した。
比較例10〜12は、溶体化処理及び低温焼鈍を行わなかった以外は、実施例1〜15と同様の製造工程にて試験片を作製した。
表1に、各試料の成分を示す。また、表2に、各試料の熱処理条件を示す。
[2.1 溶体化処理状態]
溶体化処理後の試験片に含まれる残留オーステナイト量を、X線回折法を用いて測定した。
球状化焼鈍後の試験片を塩酸ピクリン酸アルコール溶液(ビレラ液)にてエッチング後、FE−SEMにてSEM像を撮影した。得られたSEM像を画像解析し、析出物の粒界占有率(%)、平均円相等径(μm)及び平均アスペクト比を測定した。
焼入れ・サブゼロ処理後の試験片をビレラ液にてエッチング後、FE−SEMにてSEM像を撮影した。得られたSEM像を画像解析し、炭窒化物(全析出物)の面積率(%)、粒界炭窒化物(旧オーステナイト粒界上に連続して存在するロッド状の析出物)の面積率(%)を測定した。
また、焼入れ・サブゼロ処理後の試験片に含まれる残留オーステナイト量を、X線回折法を用いて測定した。
さらに、焼入れ・サブゼロ処理後の試験片(試験片数20枚)について、浸透探傷法で割れの有無を確認し、サブゼロ割れ発生率(%)を算出した。
・焼戻し硬さ: ロックウェル硬さをJIS Z2245に準拠して測定した。
・耐食性: 試料を1%塩化第二鉄溶液中に24hr浸漬し、腐食度(g/m2/h)を測定した。
・疲労特性: 円盤状試験片を用いてスラスト型転動疲労寿命試験(接触応力:5GPa)を行い、破損までの疲労寿命を測定した。疲労寿命は、比較例1(SUS440C)の寿命を1としたときの比で示した。
・抗折特性: 3×5×35mmの試験片を用いて、3点曲げ試験法により抗折力(MPa)を測定した。
表3に、結果を示す。比較例1(SUS440C)は、Cを多量に含んでいるので、球状化焼鈍状態の炭窒化物の粒界占有率が大きい。そのため、焼入れ・サブゼロ処理状態でも炭窒化物の面積率が著しく大きくなり、焼戻し後の腐食度が大きい。また、抗折力は、3165MPaであった。
比較例2(SUS420J2)は、C+N量が少なく、C/N比が著しく大きいために、焼戻し後の硬さが低く、腐食度も大きい。また、疲労寿命は、SUS440材の0.1倍であった。比較例3(SUS304)は、C量及びN量が少ないために、硬さが低い。
比較例6は、C/N比が小さい。そのため、抗折力は約3900MPaまで向上したが、疲労寿命は、SUS440C材の0.8倍であった。また、30%のサブゼロ割れも発生した。
比較例7、8は、V量が少ない。そのため、球状化焼鈍状態での炭窒化物の粒界占有率が著しく大きい。また、比較例8、9は、C/N比が小さいために、疲労寿命は、SUS440C材の0.5倍であった。
さらに、比較例11、12は、成分及び成分バランスは適正であるが、溶体化処理を行っていないために、球状化焼鈍状態での炭窒化物の粒界占有率が著しく大きい。また、抗折力は、3400〜3600MPaまで向上したが、疲労寿命は、SUS440C材の0.8倍であった。
図1上図に示すように、熱間加工後には粒界に多量の炭窒化物が析出する。このような状態のまま球状化焼鈍処理を行うと、図1中図に示すように、旧オーステナイト粒界上に炭窒化物が析出し、粒内にはロッド状の炭窒化物が析出する。このような試料に対して焼入れ・焼戻しを行うと、図1下図に示すように、粒内に析出したロッド状の炭窒化物は比較的容易に消失する。しかしながら、旧オーステナイト粒界上に析出した炭窒化物は、焼入れ時の加熱によっても完全に消失せず、旧オーステナイト粒界に沿って一列に並んだ状態となる。このような一列に並んだ炭窒化物は、亀裂の伝播経路となりやすいので、焼割れを生じさせ、あるいは、曲げ靱性や疲労特性を低下させる原因となる。
図3より、所定量のVを含有する実施例6は、V含有量の少ない比較例7に比べて、溶体化処理後の残留オーステナイトが少なく、球状化焼鈍後の組織も微細になっていることがわかる。
V添加によって溶体化処理後の残留オーステナイト量が少なくなるのは、溶体化処理の際に過剰のC、Nの一部がV系の炭窒化物として固定され、マトリックスのMs点が上昇したためと考えられる。また、V添加によって球状化焼鈍後の組織が微細化されるのは、溶体化処理時にV系の炭窒化物の一部が残留し、粒成長が抑制されたためと考えられる。
実施例1、5、6、9、14の熱間鍛造後の材料について、種々の温度で1hr保持後、強制空冷する溶体化処理を行った。次いで、一部の材料について、所定の温度で5hr保持後に空冷する低温焼鈍を行った。さらに、所定の温度で4hr加熱後、15℃/hの冷却速度で650℃まで冷却し、空冷する球状化焼鈍を行った。
球状化焼鈍後の丸棒からφ70の円盤状試験片を採取し、1050℃で30分間保持後に油冷する焼入れ処理を行った。続いて、ドライアイス+メタノール溶液中(温度:約−80℃)でサブゼロ処理を行った。さらに、サブゼロ処理後の素材について180℃で1hr保持後、空冷する焼戻し処理を行った。
表4に、熱処理条件を示す。
[2.試験方法(1)]と同様の手順に従い、各種物性を測定した。表5に、試験結果を示す。
表5より、
(1) 溶体化処理温度が高くなるほど、溶体化処理後及び焼入れ・サブゼロ処理後の残留オーステナイト量が多くなる、
(2) 溶体化処理温度が過剰に高くなると、抗折力が低下する、
(3) 溶体化処理後に低温焼鈍を行うことによって、疲労寿命及び抗折力が増大する、
ことがわかる。
Claims (10)
- 以下の構成を備えた高窒素マルテンサイト系ステンレス鋼。
(1)前記高窒素マルテンサイト系ステンレス鋼は、
0.20≦C≦0.50mass%、
Si≦2.0mass%、
Mn≦2.0mass%、
P≦0.05mass%、
S≦0.2mass%、
0.05≦Cu≦3.0mass%、
0.05≦Ni≦3.0mass%、
13.0≦Cr≦20.0mass%、
0.05≦Mo≦5.0mass%、
0.36≦N≦0.60mass%、
0.05≦V≦0.8mass%、
Al≦0.030mass%、
O≦0.020mass%、及び、
0.0005≦B≦0.0100mass%
を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる。
(2)前記高窒素マルテンサイト系ステンレス鋼は、C量及びN量が次の(a)式及び(b)式の関係を満たす。
0.56≦C+N≦0.80mass% ・・・(a)
0.35≦C/N≦1.10 ・・・(b)
(3)前記高窒素マルテンサイト系ステンレス鋼は、熱間加工後に、炭窒化物をマトリックス中に固溶させるための溶体化処理及びマトリックス中に球状の炭窒化物を析出させるための球状化焼鈍を施すことにより得られ、
前記球状化焼鈍後の前記炭窒化物の粒界占有率が20%以下であり、
前記球状化焼鈍後の前記炭窒化物の平均の円相当径が2μm以下であり、
前記球状化焼鈍後の前記炭窒化物の平均のアスペクト比が2以下である。 - 前記溶体化処理の温度T1は、
加熱時のオーステナイト変態終了温度(Af点又はAc3点)+100℃<T1≦1150℃
である請求項1に記載の高窒素マルテンサイト系ステンレス鋼。 - 前記溶体化処理後の残留オーステナイト量は、50vol%以下である請求項1又は2に記載の高窒素マルテンサイト系ステンレス鋼。
- 前記溶体化処理後、前記球状化焼鈍前に、微細な炭窒化物を析出させるための低温焼鈍を施すことにより得られる請求項1から3までのいずれかに記載の高窒素マルテンサイト系ステンレス鋼。
- 前記低温焼鈍の温度T2は、
600℃≦T2<加熱時のオーステナイト変態開始温度(As点又はAc1点)
である請求項4に記載の高窒素マルテンサイト系ステンレス鋼。 - 前記球状化焼鈍後に、焼き入れ、サブゼロ処理、及び焼戻しを施すことにより得られる請求項1から5までのいずれかに記載の高窒素マルテンサイト系ステンレス鋼。
- 硬度が、58HRC以上であり、
残留オーステナイト量が、5vol%以上30vol%以下であり、
炭窒化物の面積率が0.05〜3.0%であり、
旧オーステナイト粒界上に存在する炭窒化物の面積率が0.5%以下である
請求項6に記載の高窒素マルテンサイト系ステンレス鋼。 - 0.60≦W≦5.0mass%
をさらに含む請求項1から7までのいずれかに記載の高窒素マルテンサイト系ステンレス鋼。 - 0.05≦Co≦3.0mass%
をさらに含む請求項1から8までのいずれかに記載の高窒素マルテンサイト系ステンレス鋼。 - 0.005≦Ti<0.020mass%、
0.020≦Nb≦0.20mass%、
0.020≦Ta≦0.20mass%、及び、
0.020≦Zr≦0.20mass%
のいずれか1種以上をさらに含む請求項1から9までのいずれかに記載の高窒素マルテンサイト系ステンレス鋼。
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