JP2004100465A - 触媒の還元処理において目標空燃比のリミット値を変更する空燃比制御装置 - Google Patents
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Abstract
【解決手段】内燃機関の空燃比を制御する空燃比制御装置は、リーン空燃比による運転を終了した後に実施される触媒還元モードにおいて、触媒を還元する還元手段と、触媒還元モードが終了した後に実施される空燃比制御モードにおいて、排気管に配置された排ガスセンサの出力を所定の目標値に収束させるよう、空燃比を制御する空燃比制御手段とを備える。空燃比制御手段は、空燃比を操作する操作量を算出する。該操作量は、上限値および下限値を用いて、リミッタによりリミット処理される。リミット処理された操作量を用いて、空燃比が操作される。内燃機関が触媒還元モードにあるとき、リミッタは、下限値をリッチ方向へシフトし、内燃機関が触媒還元モードから空燃比制御モードへ移行した時に空燃比が所定量以上リーン方向へ変化するのを防止する。
【選択図】図12
Description
【発明の属する技術分野】
この発明は、内燃機関の排気系に設けられた排ガスセンサの出力に基づいて空燃比を制御する内燃機関の制御装置に関する。
【0002】
【従来の技術】
内燃機関の排気系には、触媒装置が設けられている。触媒装置は、内燃機関に供給される混合気の空燃比がリーンのとき、排気ガス中に存在する過剰の酸素でHCおよびCOを酸化し、空燃比がリッチのとき、HCおよびCOによってNoxを還元する。空燃比が理論空燃比領域にあるとき、HC、COおよびNoxが同時にかつ効果的に浄化される。
【0003】
触媒装置の下流には、排ガスセンサが設けられる。排ガスセンサは、排気系に排気されたガス中の酸素濃度を検出する。排ガスセンサの出力に基づいて、内燃機関の空燃比のフィードバック制御が実施される。
【0004】
空燃比のフィードバック制御の一例として、特開2000−234550公報には、切換関数を用いる応答指定型制御が提案されている。この制御は、該切換関数の値をゼロに収束することによって、排ガスセンサの出力を所定の目標値に収束させる。具体的には、切換関数を用いて、排ガスセンサの出力を所定の目標値に収束させるための操作量が算出される。操作量は、運転状態に応じて設定された上限値および下限値によってリミット処理され、目標空燃比が求められる。該目標空燃比に応じて、内燃機関への燃料供給量が制御される。こうして、空燃比が安定的に制御される。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】
最近、燃費の向上のために、リーン空燃比による運転領域(燃料カットを含む)が拡大される傾向にある。リーン空燃比によって所望の運転状態を達成することができない場合には、理論空燃比またはリッチ空燃比による運転が実施される。理論空燃比で運転する場合には、排ガスの有害成分の排出量を抑えるために、前述した応答指定型制御による空燃比制御が実行される。
【0006】
リーン空燃比による運転中(燃料カットを含む)は、燃料の供給が抑制されるので、触媒装置には多くの酸素が供給される。供給された酸素は触媒装置に吸着される。触媒装置が過剰の酸素を吸着すると、触媒の性能、特にNoxの還元能力が劣化する。触媒装置に吸着された酸素を除去するため、燃料の供給を再開したときに空燃比をリッチにする制御が提案されている。
【0007】
図15は、リーン空燃比による運転の後の触媒還元モードおよび適応空燃比制御モードにおける、排ガスセンサ出力Vo2/OUT、目標空燃比KCMD、および排ガスの有害成分NOxの排出量の遷移を示す。この例では、触媒装置は上流触媒および下流触媒を含み、排ガスセンサは、上流触媒と下流触媒の間に設けられている。
【0008】
リーン空燃比による運転が終了した時間t2において、触媒還元モードが開始される。触媒還元モードにおいて、触媒に吸着された酸素を除去するため、目標空燃比KCMDは所定のリッチ空燃比に設定される。時間t3において、上流触媒の還元処理が終了し、排ガスセンサ出力Vo2/OUTはリーンからリッチへ反転する。
【0009】
下流触媒の還元処理が終了した時間t4において、適応空燃比制御が開始される。時間t4において、排ガスセンサ出力Vo2/OUTは、目標値Vo2/TARGETよりもリッチ側に存在する。適応空燃比制御は、排ガスセンサ出力Vo2/OUTを目標値に収束させるため、目標空燃比KCMDをリーン方向に変化させる(参照番号200)。目標空燃比KCMDのこの変化は、運転状態に応じて設定された下限値によって制限される。しかしながらこの下限値の大きさによっては、目標空燃比KCMDのリーン方向への変化が大きくなる。目標空燃比KCMDへのリーン方向への変化が大きいと、触媒のNOxの還元能力が低下し、結果としてNOxの排出量が増大する(参照番号201)。
【0010】
したがって、触媒の還元処理が終了した後に、排ガスの有害成分の排出量を低減することのできる空燃比制御が必要とされている。
【0011】
【課題を解決するための手段】
この発明の一つの側面によると、空燃比制御装置は、リーン空燃比による運転を終了した後に実施される触媒還元モードにおいて、触媒を還元する還元手段と、触媒還元モードが終了した後に実施される空燃比制御モードにおいて、排気管に配置された排ガスセンサの出力を所定の目標値に収束させるよう、空燃比を制御する空燃比制御手段とを備える。空燃比制御手段は、さらに、空燃比を操作する操作量を算出する制御器と、上限値および下限値を用いて、該操作量をリミット処理するリミッタと、リミット処理された操作量を用いて、空燃比を操作する操作手段とを備える。内燃機関が前記触媒還元モードにあるとき、リミッタは、前記下限値をリッチ方向へシフトし、内燃機関が触媒還元モードから空燃比制御モードへ移行した時に空燃比が所定量以上リーン方向へ変化するのを防止する。
【0012】
この発明によれば、触媒還元モードから空燃比制御モードへ移行するとき、リッチ方向にシフトされた下限値を用いて操作量をリミット処理するので、空燃比が所定量以上リーン方向へ変化するのを防止することができる。したがって、還元処理を終了した後の有害成分の排出量を抑制することができる。
【0013】
この発明の他の側面によると、触媒還元モードは、燃料が供給されない燃料カット状態の運転が終了した後に実施される。この発明によれば、燃料カット状態の運転が終了した後、触媒還元モードが実施される。触媒還元モードから空燃比制御モードへ移行するとき、リッチ方向にシフトされた下限値を用いて操作量がリミット処理されるので、空燃比が所定量以上リーン方向へ変化するのを防止することができる。したがって、還元処理終了後の有害成分の排出量を抑制することができる。
【0014】
この発明の他の側面によると、上限値および下限値は、操作量および運転状態に応じて設定される。このように設定された上限値および下限値を用いて操作量をリミット処理することにより、触媒の浄化能力を最適に維持することができる。
【0015】
【発明の実施の形態】
内燃機関および制御装置の構成
次に図面を参照してこの発明の実施の形態を説明する。図1は、この発明の実施形態による内燃機関(以下、「エンジン」という)およびその制御装置の全体的なシステム構成図である。
【0016】
電子制御ユニット(以下、「ECU」)という)5は、車両の各部から送られてくるデータを受け入れる入力インターフェース5a、車両の各部の制御を行うための演算を実行するCPU5b、読み取り専用メモリ(ROM)およびランダムアクセスメモリ(RAM)を有するメモリ5c、および車両の各部に制御信号を送る出力インターフェース5dを備えている。メモリ5cのROMには、車両の各部の制御を行うためのプログラムおよび各種のデータが格納されている。この発明に従う空燃比制御を実現するためのプログラム、および該プログラムの実行の際に用いるデータおよびテーブルは、このROMに格納されている。ROMは、EEPROMのような書き換え可能なROMでもよい。RAMには、CPU5bによる演算のための作業領域が設けられる。車両の各部から送られてくるデータおよび車両の各部に送り出す制御信号は、RAMに一時的に記憶される。
【0017】
エンジン1は、たとえば4気筒を備えるエンジンである。吸気管2が、エンジン1に連結されている。吸気管2の上流側にはスロットル弁3が設けられている。スロットル弁3に連結されたスロットル弁開度センサ(θTH)4は、スロットル弁3の開度に応じた電気信号を、ECU5に供給する。
【0018】
スロットル弁3をバイパスする通路21が、吸気管2に設けられている。エンジン1に供給する空気量を制御するためのバイパス弁22が、バイパス通路21に設けられている。バイパス弁22は、ECU5からの制御信号に従って駆動される。
【0019】
燃料噴射弁6は、エンジン1とスロットル弁3の間であって、吸気管2の吸気弁(図示せず)の少し上流側に各気筒毎に設けられている。燃料噴射弁6は、燃料ポンプ(図示せず)に接続され、該燃料ポンプを介して燃料タンク(図示せず)から燃料の供給を受ける。燃料噴射弁6は、ECU5からの制御信号に従って駆動される。
【0020】
吸気管圧力(Pb)センサ8および吸気温(Ta)センサ9は、吸気管2のスロットル弁3の下流側に設けられている。Pbセンサ8およびTaセンサ9によって検出された吸気管圧力Pbおよび吸気温Taは、それぞれECU5に送られる。
【0021】
エンジン水温(Tw)センサ10は、エンジン1のシリンダブロックの、冷却水が充満した気筒周壁(図示せず)に取り付けられる。Twセンサ10によって検出されたエンジン冷却水の温度Twは、ECU5に送られる。
【0022】
回転数(Ne)センサ13は、エンジン1のカム軸またはクランク軸(共に図示せず)周辺に取り付けられる。Neセンサ13は、たとえばピストンのTDC位置に関連したクランク角度で出力されるTDC信号パルスの周期よりも短いクランク角度(たとえば、30度)の周期で、CRK信号パルスを出力する。CRK信号パルスは、ECU5によってカウントされ、エンジン回転数Neが検出される。
【0023】
エンジン1の下流側には排気管14が連結されている。エンジン1は、排気管14を介して排気する。排気管14の途中に設けられた触媒装置15は、排気管14を通る排気ガス中のHC、CO、NOxなどの有害成分を浄化する。触媒装置15には、2つの触媒が設けられている。上流側に設けられた触媒を上流触媒と呼び、下流側に設けられた触媒を下流触媒と呼ぶ。
【0024】
広域空燃比センサ(LAF)センサ16は、触媒装置15の上流に設けられている。LAFセンサ16は、リーンからリッチにわたる広範囲の空燃比を検出する。検出された空燃比は、ECU5に送られる。
【0025】
O2(排ガス)センサ17は、上流触媒と下流触媒の間に設けられている。O2センサ17は2値型の排気ガス濃度センサである。O2センサは、空燃比が理論空燃比よりもリッチであるとき高レベルの信号を出力し、空燃比が理論空燃比よりもリーンであるとき低レベルの信号を出力する。出力された電気信号は、ECU5に送られる。
【0026】
ECU5に向けて送られた信号は入力インターフェース5aに渡され、アナログ−デジタル変換される。CPU5bは、変換されたデジタル信号を、メモリ5cに格納されているプログラムに従って処理し、車両のアクチュエータに送るための制御信号を作り出す。出力インターフェース5dは、これらの制御信号を、バイパス弁22、燃料噴射弁6、およびその他の機械要素のアクチュエータに送る。
【0027】
図2の(a)は、触媒装置15の構造を示す。排気管14に流入した排気ガスは、上流触媒25を通過し、その後下流触媒26を通過する。上流および下流触媒の間に設けられたO2センサの出力に基づく空燃比制御の方が、下流触媒の下流に設けられたO2センサの出力に基づく空燃比制御よりも、Noxの浄化率を最適に維持しやすいことがわかっている。そのため、この発明に従う実施形態では、O2センサ17を、上流および下流触媒の間に設ける。O2センサ17は、上流触媒25を通過した後の排気ガスの酸素濃度を検出する。
【0028】
代替的に、O2センサを、下流触媒26の下流に設けてもよい。また、1つの触媒によって触媒装置15が実現されている場合には、該触媒装置15の下流にO2センサは設けられる。
【0029】
図2の(b)は、上流触媒および下流触媒の浄化の挙動を示す。ウィンドウ27は、CO、HCおよびNOxが最適に浄化される空燃比領域を示す。上流触媒25において、排気ガス中の酸素が浄化作用に消費されるため、下流触媒26に供給される排気ガスは、ウィンドウ28によって示されるような還元雰囲気(すなわち、リッチ状態)を有している。このような還元雰囲気において、さらなる量のNOxが浄化される。こうして排気ガスは、クリーンな状態で排気される。
【0030】
この発明に従う空燃比の適応制御は、触媒15の浄化性能を最適に維持するため、O2センサ17の出力を目標値に収束させることにより、空燃比がウィンドウ27内に収まるようにする。
【0031】
参照番号29は、適応空燃比制御における空燃比の操作量の限界を規定する許容範囲を例示しており、これについての詳細は後述される。
【0032】
空燃比制御の概要
図3は、この発明の一実施形態に従う、空燃比を制御する制御装置の全体的な構成を示す。燃料カット部31は、スロットル弁開度センサ4およびエンジン回転数センサ13(図1)によって検出されたスロットル弁の開度θTHおよびエンジン回転数NEを受け取る。スロットル弁が所定時間以上にわたって全閉され、かつエンジン回転数が所定回転数以上のとき、燃料カット部31は、燃料カットフラグを1にセットし、燃料噴射弁に制御信号を送って燃料の供給を停止する。
【0033】
燃料カット状態に入った後にエンジン回転数NEが上記所定回転数を下回ったとき、またはスロットル弁が開かれたとき、燃料カット解除部32は、燃料カットフラグをゼロにリセットし、燃料噴射弁に制御信号を送って燃料の供給を再開する。
【0034】
リーン運転部33は、リーン空燃比による運転(以下、リーン運転と呼ぶ)が要求されたかどうかを判断する。該要求は、エンジン始動後にリーン運転を実施するとき、または燃費向上のためリーン運転を実施するときに発行される。該要求を受け取ったならば、リーン運転部33は、リーンフラグF_LEANを1にセットし、リーン運転を実行する。リーン運転の要求が解除されたならば、リーン運転解除部34は、リーンフラグF_LEANをゼロにリセットし、リーン運転を終了する。
【0035】
燃料カットが終了したとき、またはリーン運転が終了したとき、触媒還元モードが開始される。還元処理部35は、空燃比を所定のリッチ空燃比に設定して、還元処理を実施する。還元処理部35は、下流触媒26の還元処理が完了したかどうかを判断する。下流触媒26の還元処理が完了したならば、触媒還元モードを終了する。
【0036】
下流触媒26の還元処理が完了したかどうかの判断は、任意の適切な方法で実施されることができる。一実施形態では、下流触媒26の下流に仮想O2センサを設け、該仮想O2センサの出力を推定する。仮想O2センサは、物理的には存在しない。仮想O2センサの出力がリーンからリッチへ変化したならば、下流触媒26の還元処理を終了したと判断する。
【0037】
仮想O2センサ出力のリーンからリッチへの反転は、例えば以下のようにして判断されることができる。各制御サイクルにおいて、還元処理のためのガス量が運転状態に基づいて推定される。各制御サイクルの推定ガス量が積算される。上流触媒と下流触媒の間に設けられたO2センサの出力がリーンからリッチへ反転したときの積算値は、上流触媒を還元するのに必要なガス量を示す。該上流触媒を還元するのに必要なガス量に基づいて、上流および下流触媒を還元するのに必要な総ガス量が算出される。上記積算値が該総ガス量に達したとき、仮想O2センサの出力をリーンからリッチへ反転させる。
【0038】
代替的に、燃料カット中における酸素吸蔵量を算出し、該酸素吸蔵量を還元するよう空燃比をフィードフォワード制御してもよい。または、実際にO2センサを下流触媒の下流に設け、該O2センサの出力がリーンからリッチへ変化したならば、下流触媒の還元処理を終了したと判断してもよい。
【0039】
下流触媒の還元処理が完了したならば、適応制御部36による空燃比制御が開始される。適応制御部36は、O2センサ17の出力Vo2/OUTが目標値に収束するように目標空燃比KCMDを算出する。
【0040】
還元処理部35による還元処理が実行されている間、適応制御部36による空燃比制御は実施されない。適応空燃比制御を再開したときに該空燃比制御が不安定になるのを避けるため、適応制御部36によって実施される演算の一部が禁止される。具体的には、1)制御対象への制御入力に含まれる積分項の算出を禁止する、2)モデルパラメータの同定処理を禁止する。これらの詳細については、後述される。
【0041】
適応空燃比制御
図4は、図2のLAFセンサ16からO2センサ17にいたるブロック図である。LAFセンサ16は、上流触媒25に供給される排ガスの空燃比KACTを検出する。O2センサ17は、上流触媒25によって浄化された排ガスの酸素濃度を、電圧Vo2/OUTとして出力する。LAFセンサ16からO2センサ17までの排気系19が、この発明に従う適応空燃比制御の制御対象(プラント)となる。
【0042】
図5は、適応空燃比制御の制御ブロック図を示す。制御対象である排気系19のO2センサ17の出力Vo2/OUTが、目標値Vo2/TARGETと比較される。比較結果に基づいて、制御器51は、目標空燃比偏差kcmdを求める。目標空燃比偏差kcmdを基準値FLAF/BASEに加算し、目標空燃比KCMDを求める。目標空燃比KCMDによって補正された燃料噴射量が、エンジン1に供給される。その後、排気系のO2センサ17の出力Vo2/OUTが再び検出される。
【0043】
このように、制御器51は、O2センサ17の出力Vo2/OUTを目標値Vo2/TARGETに収束するよう目標空燃比KCMDを求めるフィードバック制御を実行する。制御対象である排気系19を、出力をVo2/OUT、入力をLAFセンサの出力KACTとして、式(1)のようにモデル化することができる。排気系19は離散時間系モデルとしてモデル化される。離散時間系モデルは、空燃比制御のアルゴリズムをコンピュータ処理に適した簡易なものとする。kはサイクルを識別する識別子である。
【0044】
【数1】
【0045】
Vo2は、式(1)に示されるように、O2センサ17の出力値Vo2/OUTの目標値Vo2/TARGETに対する偏差(以下、センサ出力偏差と呼ぶ)を示す。実空燃比偏差kactは、基準値FLAF/BASEに対するLAFセンサの出力KACTの偏差を示す(kact=KACT−FLAF/BASE)。空燃比の基準値FLAF/BASEは、目標空燃比の中心的な値になるように設定され、たとえば理論空燃比を示す値(すなわち、1)に設定される。基準値FLAF/BASEは、一定値でもよいし、または運転状態に応じて決めるようにしてもよい。
【0046】
d1は、排気系19が有するむだ時間を示す。むだ時間d1は、LAFセンサ16によって検出された空燃比がO2センサ17の出力に反映されるのに要する時間を示す。a1、a2およびb1はモデルパラメータであり、後述する同定器によって生成される。
【0047】
一方、エンジン1およびECU5からなる空燃比を操作する系は、式(2)のようにモデル化されることができる。目標空燃比偏差kcmdは、基準値FLAF/BASEに対する目標空燃比KCMDの偏差を示す(kcmd=KCMD−FLAF/BASE)。d2は、該空燃比操作系におけるむだ時間を示す。むだ時間d2は、算出された目標空燃比KCMDがLAFセンサ16の出力KACTに反映されるのに要する時間を示す。
【0048】
【数2】
【0049】
図6は、図5に示される制御器51のさらに詳細なブロック図を示す。制御器51は、同定器52、推定器53、スライディングモード制御器54およびリミッタ55を備える。
【0050】
同定器52は、式(1)におけるモデルパラメータa1、a2およびb1を、モデル化誤差をなくすように同定する。同定器52によって実施される同定方法を以下に示す。
【0051】
前回の制御サイクルで算出されたモデルパラメータa1(k−1)、a2(k−1)およびb1(k−1)を用い(以下、これらのパラメータをa1(k−1)ハット、a2(k−1)ハットおよびb1(k−1)ハットと呼ぶ)、今回のサイクルのセンサ出力偏差Vo2(k)(以下、これをセンサ出力偏差Vo2(k)ハットと呼ぶ)を式(3)に従って求める。
【0052】
【数3】
【0053】
式(3)で算出されたセンサ出力偏差Vo2(k)ハットと、今回の制御サイクルで実際に検出されたセンサ出力偏差Vo2(k)との同定誤差id/e(k)は、式(4)に従って求められる。
【0054】
【数4】
【0055】
同定器52は、同定誤差id/e(k)を最小にするように、今回のサイクルにおけるa1(k)ハット、a2(k)ハットおよびb1(k)ハットを算出する。ここで、式(5)に示されるようにベクトルΘを定義する。
【0056】
【数5】
【0057】
同定器52は、式(6)に従い、a1(k)ハット、a2(k)ハットおよびb1(k)ハットを求める。式(6)に示されるように、前回の制御サイクルで決定されたa1(k−1)ハット、a2(k−1)ハットおよびb1(k−1)ハットを、同定誤差id/e(k)に比例する量だけ変化させることにより、今回の制御サイクルにおけるa1(k)ハット、a2(k)ハットおよびb1(k)ハットを求める。
【0058】
【数6】
【0059】
推定器53は、排気系19のむだ時間d1および空燃比を操作する系のむだ時間d2を補償するため、むだ時間d(=d1+d2)後のセンサ出力偏差Vo2を推定する。
【0060】
まず、排気系のモデル式(1)に、空燃比を操作する系のモデル式(2)を代入すると、式(7)が導かれる。
【0061】
【数7】
【0062】
式(7)で示されるモデル式は、排気系19および上記の空燃比を操作する系を合わせた系を表現している。式(7)を用いることにより、むだ時間d後のセンサ出力偏差Vo2(k+d)の推定値Vo2(k+d)バーが、式(8)のようにして求められる。係数α1、α2およびβjは、同定器52で算出されたモデルパラメータを用いて算出される。目標空燃比偏差の過去の時系列データkcmd(k−j)(ただし、j=1、2、...3)は、むだ時間dの長さの間に取得された目標空燃比偏差を含む。
【0063】
【数8】
【0064】
むだ時間d2以前の空燃比偏差kcmdの過去の値kcmd(k−d2)、kcmd(k−d2−1)、...kcmd(k−d)の値を、上記の式(2)を用いてLAFセンサ16の偏差出力kac(k)、kact(k−1)、...kact(k−d+d2)で置き換えることができる。その結果、式(9)が得られる。
【0065】
【数9】
【0066】
スライディングモード制御器54は、スライディングモード制御を実行するため、切換関数σを式(10)のように設定する。
【0067】
【数10】
【0068】
ここで、Vo2(k−1)は、前述したように前回のサイクルで検出されたセンサ出力偏差を示す。Vo2(k)は、今回のサイクルで検出されたセンサ出力偏差を示す。sは、切換関数σの設定パラメータであり、−1<s<1となるよう設定される。
【0069】
切換関数σ(k)=0とした式は等価入力系と呼ばれ、制御量であるセンサ出力偏差Vo2の収束特性を規定する。σ(k)=0とすると、式(10)は以下の式(11)のように変形することができる。
【0070】
【数11】
【0071】
ここで、図7および式(11)を参照して、切換関数σの特性を説明する。図7は、縦軸がVo2(k)および横軸がVo2(k−1)の位相平面上に、式(11)を線41で表現したものである。この線41を切換直線と呼ぶ。Vo2(k−1)およびVo2(k)の組合せからなる状態量(Vo2(k−1), Vo2(k))の初期値が、点42で表されているとする。スライディングモード制御は、点42で表される状態量を、切換直線41上に載せて該直線41上に拘束するよう動作する。スライディングモード制御によると、状態量を切換直線41上に保持することにより、該状態量を、外乱等に影響されることなく、極めて安定的に位相平面上の原点0に収束させることができる。言い換えると、状態量(Vo2(k−1), Vo2(k))を、式(11)に示される入力の無い安定系に拘束することにより、外乱およびモデル化誤差に対してロバストにセンサ出力Vo2/OUTを目標値Vo2/TARGETに収束させることができる。
【0072】
切換関数設定パラメータsは、可変に設定することができるパラメータである。設定パラメータsを調整することにより、センサ出力偏差Vo2の減衰(収束)特性を指定することができる。
【0073】
図8は、スライディングモード制御の応答指定特性の一例を示すグラフである。グラフ43は、sの値が“−1”である場合を示し、グラフ44はsの値が“−0.8”である場合を示し、グラフ45はsの値が“−0.5”である場合を示す。グラフ43〜45から明らかなように、sの値に従って、センサ出力偏差Vo2の収束速度が変化する。sの絶対値を小さくするほど、収束速度が速くなる。
【0074】
切換関数σの値をゼロにするよう、3つの制御入力が決定される。すなわち、状態量を切換直線上に拘束するための制御入力Ueq、状態量を切換直線上に載せるための制御入力Urch、およびモデル化誤差および外乱を抑制しつつ、状態量を切換直線に載せるための制御入力Uadpが算出される。これら3つの制御入力Ueq、UrchおよびUadpの和を算出して、空燃比偏差kcmdを算出するための要求偏差Uslを求める。
【0075】
等価制御入力Ueqは、状態量を切換直線上に拘束するための入力であるので、式(12)を満たすことが条件となる。
【0076】
【数12】
【0077】
したがって、σ(k+1)=σ(k)とするための等価制御入力Ueqは、式(7)および(10)から、式(13)のように算出される。
【0078】
【数13】
【0079】
切換関数σの値に応じた値を持つ到達則入力Urchを、式(14)に従って算出する。この実施例では、到達則入力Urchは切換関数σの値に比例した値を持つ。Krchは到達則のフィードバックゲインを示し、これは、切換直線σ=0への収束の安定性および速応性等を考慮して、シミュレーション等に基づいて予め定められる。
【0080】
【数14】
【0081】
切換関数σの積算値に応じた値を持つ適応則入力Uadpを、式(15)に従って算出する。この実施例では、適応則入力Uadpは切換関数σの積算値に比例した値を持つ。Kadpは適応則のフィードバックゲインを示し、これは、切換直線σ=0への収束の安定性および速応性等を考慮して、シミュレーション等に基づいて予め定められる。ΔTは、制御サイクルの周期を示す。
【0082】
【数15】
【0083】
センサ出力偏差Vo2(k+d)およびVo2(k+d−1)と、切換関数の値σ(k+d)は、むだ時間dが考慮された予測値であるので、これらを直接求めることはできない。そこで、推定器53によって求められた推定偏差Vo2(k+d)バーおよびVo2(k+d−1)バーを用い、等価制御入力Ueqを求める。
【0084】
【数16】
【0085】
また、推定器53によって算出された推定偏差を用いて、式(17)に示されるように切換関数σバーが算出される。
【0086】
【数17】
【0087】
切換関数σバーを用いて、到達則入力Urchおよび適応則入力Uadpを算出する。
【0088】
【数18】
【0089】
【数19】
【0090】
式(20)に示されるように、等価制御入力Ueq、到達則入力Urchおよび適応則入力Uadpを加算し、要求偏差Uslを求める。
【0091】
【数20】
【0092】
リミッタ55は、要求偏差Uslに対してリミット処理を行い、空燃比偏差kcmdを求める。具体的には、リミッタ55は、要求偏差Uslが許容範囲内にあれば、該要求偏差Uslを空燃比偏差kcmdとする。要求偏差Uslが許容範囲から逸脱している場合は、該許容範囲の上限値または下限値を、空燃比偏差kcmdに設定する。
【0093】
リミッタ55で使用される許容範囲は、図3の参照番号29に示されるように、ウィンドウ27を略中心として、これを含むさらに広い範囲に設定される。具体的には、以下の許容範囲が予め設定される。図9に、これらの許容範囲を示す。
【0094】
(i)安定判別によって不安定レベルが低いと判断されたときに用いられる許容範囲
(ii)安定判別によって不安定レベルが高いと判断されたときに用いられる許容範囲
(iii)燃料カットが終了してから所定時間が経過するまでの間、エンジンが始動してから所定時間が経過するまでの間、およびリーン運転が終了してから所定時間が経過するまでの間、に用いられる許容範囲
(iv)車両が発進してから(エンジンが駆動輪の駆動を開始してから)所定時間が経過するまでの間に用いられる許容範囲
(v)エンジンがアイドリング状態にあるときに用いられる許容範囲
(vi)通常の運転状態において用いられる許容範囲(適応許容範囲と呼ぶ)
(vii)触媒還元モードから適応空燃比制御モードに切り換えられる時に用いられる許容範囲。
【0095】
低不安定用許容範囲(i)は、上限値Hおよび下限値Lによって規定される。高不安定用許容範囲(ii)は、上限値STABHおよび下限値STABLによって規定される。燃料カット/始動/リーン運転後用の許容範囲(iii)の上限値は、AFCHである。下限値は、STABLからLLの間で可変に設定される。下限値は、許容範囲に対する要求偏差Uslの逸脱状況に応じて、各サイクルで決定される。
【0096】
負荷駆動後用の許容範囲(iv)の上限値は、STABHからHHの間で可変に設定される。上限値は、許容範囲に対する要求偏差Uslの逸脱状況に応じて、各サイクルで決定される。下限値はVSTLである。アイドリング用の許容範囲(v)は、上限値HIおよび下限値LIによって規定される。
【0097】
適応許容範囲(vi)の上限値は、STABHからHHの間で可変に設定される。下限値は、STABLからLLの間で可変に設定される。上限値および下限値は、許容範囲に対する要求偏差Uslの逸脱状況に応じて、各サイクルで決定される。
【0098】
エンジンが触媒還元モードから適応空燃比制御モードに移行する時に使用される許容範囲(vii)の上限値は、適応許容範囲(vi)の上限値と同じであり、STABHからHHの間で可変に設定される。下限値は、LIに固定される。こうして、エンジンが触媒還元モードから適応空燃比制御モードへ移行した時に、操作量Uslがリーン方向へ大きく変化するのが防止される。
【0099】
リミッタ55によって求められた空燃比偏差kcmdは基準値FLAF/BASEに加算され、目標空燃比KCMDが求められる。該目標空燃比KCMDを、制御対象である排気系19に与えることにより、O2センサの出力Vo2/OUTを目標値Vo2/TARGETに収束させることができる。
【0100】
代替の実施形態においては、空燃比の基準値FLAF/BASEは、リミッタ55によるリミット処理が終了した後、スライディングモード制御器54によって算出される適応則入力Uadpに応じて設定される。具体的には、基準値FLAF/BASEは、初期値として理論空燃比が設定される。適応則Uadpが予め決められた上限値を超えているならば、基準値FLAF/BASEは所定量だけ増やされる。適応則Uadpが予め決められた下限値を下回っているならば、基準値FLAF/BASEは所定量だけ減らされる。適応則Uadpが上限値および下限値の間にあれば、基準値FLAF/BASEは維持される。設定されたFLAF/BASEは、次回のサイクルにおいて用いられる。こうして、基準値FLAF/BASEは、目標空燃比KCMDの中心的な値になるよう調整される。
【0101】
基準値FLAF/BASEの設定処理を上記のリミット処理と組み合わせることにより、要求偏差Uslの許容範囲が正負にバランスされる。基準値FLAF/BASEの設定処理は、O2センサ出力Vo2/OUTが目標値Vo2/TARGETにほぼ収束し、スライディングモード制御が安定状態にあると判断されたときに行われるのが好ましい。
【0102】
空燃比制御フロー
図10は、本発明の一実施形態に従う、空燃比の制御フローを示す。ステップS101において、同定器によるモデルパラメータの算出を許可するかどうかを判断する。同定器による算出が許可されたならば、許可フラグF_IDCALが1に設定される。触媒還元モードにあるとき、該フラグはゼロに設定される。
【0103】
ステップS102において、フラグF_IDCALの値を調べる。F_IDCAL=1ならば、ステップS103に進み、モデルパラメータa1、a2、およびb1を、前述した式(3)〜(6)に従って求める。F_IDCAL=0ならば、ステップS103をスキップする。こうして、触媒還元モードにあるとき、同定器によるモデルパラメータ算出は停止される。この場合、触媒還元モードに入る前に最後に算出されたモデルパラメータがメモリに保存される。触媒還元モードが終了して適応空燃比制御を再び開始するとき、該保存されたモデルパラメータを用いてモデルパラメータの算出が開始される。
【0104】
ステップS104において、ステップS103で算出されたモデルパラメータを用い、推定器によって推定偏差Vo2バーを、前述した式(9)に従って求める。ステップS105において、切換関数σバー、等価制御入力Ueq、適応側入力Uadp、および到達側入力Urchを、前述した式(16)〜(19)に従って求める。制御入力Uslを、式(20)に従って求める。図には示されていないが、触媒還元モードにあるとき、適応則入力Uadpの算出処理は行われない。触媒還元モードに入る前に最後に算出された適応則入力Uadpがメモリに保存される。触媒還元モードが終了して適応空燃比制御を再び開始するとき、該保存された適応則入力Uadpを使用して、適応則入力Uadpの算出を開始する。
【0105】
ステップS106において、適応空燃比制御の安定判別が実施される(図11)。ステップS107において、制御入力Uslのリミット処理を実施し、目標空燃比偏差kcmdを求める(図12および図13)。
【0106】
図11は、図10のステップS106で実施される、適応空燃比制御の安定判別を示すフローチャートである。
【0107】
ステップS111において、今回の制御サイクルで求められた切換関数σ(k+d)バーと、該σ(k+d)バーおよび前回の制御サイクルで求められた切換関数σ(k+d−1)バーの偏差Δσと、に基づいて、安定判別基本パラメータPstb(=σ(k+d)バー・Δσバー)を算出する。Pstbは、切換関数σバーに関するリアプノフ関数σバー2/2の時間微分値に相当する。
【0108】
ステップS112において、適応空燃比制御による空燃比操作が開始してから所定時間が経過したかどうかを判断する。所定時間が経過していなければ、安定判別を行うことなく、ステップS113の処理を介してこのルーチンを抜ける。所定時間が経過したならば、ステップS114に進む。ステップS113では、このルーチンで使用する各種パラメータを初期化する処理が実施される。
【0109】
ステップS114において、基本パラメータPstbを所定値ε(>0)と比較する。Pstb≦εならば、空燃比制御が暫定的に安定であると判断される。すなわち、切換関数σの値がゼロに収束しているか、収束しつつある状態であると判断することができる。この場合、不安定と判断された頻度を示すカウンタcnt/judstの値が維持される(S115)。Pstb>εならば、空燃比制御が暫定的に不安定であると判断される。すなわち、切換関数σの値がゼロから離間しつつある状態であると判断することができる。この場合、カウンタcnt/judstの値が1だけインクリメントされる(S116)。
【0110】
ステップS117において、カウンタcnt/judstの値を、第1のしきい値SSTB1と比較する。cnt/judst≦SSTB1ならば、空燃比制御が安定であると判断され、安定判別フラグf/stb1をゼロに設定する(S118)。
【0111】
ステップ117において、cnt/judst>SSTB1ならば、cnt/judstを第2のしきい値SSTB2と比較する(S119)。ここで、SSTB1<SSTB2である。cnt/judst≦SSTB2ならば、空燃比制御が低レベルの不安定状態にあると判断され、f/stb1の値を1に設定する(S120)。cnt/judst>SSTB2ならば、空燃比制御が高レベルの不安定状態にあると判断され、f/stb1およびf/stb2の値をそれぞれ1に設定する(S121)。
【0112】
ステップS122において、カウンタcnt/judstによる計測を開始してからの経過時間を測るタイマカウンタtm/judstを1だけデクリメントする。カウンタcnt/judstは、タイマカウンタtm/judstがゼロになるたびに、リセットされる。
【0113】
ステップS123において、タイマカウンタtm/judstがゼロかどうかを判断する。tm/judst≠0ならば、このルーチンを抜ける。tm/judst=0ならば、安定判別フラグf/stb1の値を調べる。f/stb1=1ならば、タイマカウンタtm/judstを初期値TMJUDSTにセットし、カウンタcnt/judstをゼロにリセットする(S126)。f/stb1=0ならば、今回の制御サイクルで空燃比制御が安定であると判断されたことを示す。この場合、不安定フラグf/stb2をゼロにリセットした後に(S125)、ステップS126の処理を介してこのルーチンを抜ける。
【0114】
図12および図13を参照して、要求偏差Uslのリミット処理について説明する。図9を参照して述べたように、運転状態に応じて、(i)から(vii)の許容範囲のいずれかが選択される。選択された許容範囲について、エンジン1がアイドリング状態にある時とエンジン1がアイドリング状態にない時の上限値および下限値が異なる場合がある。以下の説明において、前者についての上限値および下限値を、それぞれAHFIおよびALFIで表し、後者についての上限値および下限値を、それぞれAHFおよびALFで表す。さらに、前述したように、許容範囲の中には、可変の上限値および/または可変の下限値を持つものがある。この可変に変化する適応上限値および適応下限値を、それぞれahおよびalで表す。
【0115】
図12は、図10のステップS107で実施される、要求偏差Uslのリミット処理を示すフローチャートである。ステップS128において、エンジンが触媒還元モードにあるかどうか(還元処理が実施されているかどうか)を判断する。触媒還元モードにあるならば、空燃比偏差kcmdを、所定値SLDHOLD(>0)に設定する。こうして、還元処理を促進するため、目標空燃比はリッチ化された空燃比に設定される。
【0116】
ステップS130において、前述した許容範囲(vii)を設定する。具体的には、適応下限値al(k)を所定値LIに設定する。こうして、エンジンが触媒還元モードにあるとき、許容範囲の下限値は値LIに固定され、触媒還元モードから適応空燃比制御へ移行したときに目標空燃比が過度にリーン方向へ変化することを防止する。
【0117】
ステップS128において、エンジンが触媒還元モードになければ、ステップS131に進む。ステップS131において、今回の制御サイクルで用いる許容範囲を決定する。ここで、図13を参照して、ステップS131で実行される許容範囲決定ルーチンを説明する。
【0118】
ステップS161において、フラグf/stb2の値を調べる。f/stb2=1ならば、空燃比制御が高レベルの不安定状態にあることを示す。ステップS162において、上限値AHFおよび下限値ALFを、許容範囲(ii)の上限値STABHおよび下限値STABL(図9参照)にそれぞれ設定する。アイドリング状態用の下限値AHFIおよび上限値ALFIも、許容範囲(ii)の上限値STABHおよび下限値STABLに設定する。適応上限値ahおよび適応下限値al(正確には、ah(k−1)およびal(k−1)と表される)も、許容範囲(ii)の上限値STABHおよび下限値STABLに初期化される。こうして、空燃比制御が高レベルの不安定状態にあるときは、最も範囲の狭い許容範囲(ii)が選択される。この許容範囲(ii)は、アイドリング状態においても使用される。
【0119】
ステップS163において、フラグf/stb1の値を調べる。f/stb1=1ならば、空燃比制御が低レベルの不安定状態にあることを示す。ステップS164において、上限値AHFおよび下限値ALFは、許容範囲(i)の上限値Hおよび下限値L(図9参照)にそれぞれ設定される。アイドリング状態用の上限値AHFIおよび下限値ALFIは、アイドリング許容範囲(v)の上限値HIおよび下限値LI(図9参照)にそれぞれ設定される。適応上限値ahおよび適応下限値alは、許容範囲(i)の上限値Hおよび下限値Lにそれぞれ設定される。こうして、空燃比制御が低レベルの不安定状態にある時は、許容範囲(i)が選択される。空燃比制御が低レベルの不安定であり、かつエンジンがアイドリング状態にあるときは、低レベル不安定用の許容範囲(i)よりも狭いアイドリング許容範囲(v)が選択される。
【0120】
ステップS161およびS163の判断がNoならば、空燃比制御は安定状態にある。ステップS165において、燃料カットが終了してからの経過時間が所定時間より小さいかどうかを判断する。ステップS166において、エンジンが始動してからの経過時間が所定時間より小さいかどうかを判断する。ステップS167において、リーン運転が終了してからの経過時間が所定時間より小さいかどうかを判断する。ステップS165〜167のうちいずれかの判断がYesならば、ステップS168に進む。
【0121】
ステップS168において、上限値AHFを、許容範囲(iii)の上限値AFCH(図9参照)に設定する。許容範囲(iii)の下限値は可変である。したがって、下限値ALFは、前回の制御サイクルで決定された適応下限値al(k−1)に設定される。アイドリング状態用の上限値AHFIは、許容範囲(iii)の上限値AFCHに設定される。下限値ALFIは、許容範囲(v)の下限値LIに設定される。こうして、エンジンがアイドリング状態になければ、許容範囲(iii)が選択される。エンジンがアイドリング状態にあれば、下限値は、アイドリング許容範囲(v)の下限値LIに固定される。
【0122】
ステップS165〜S167の判断がすべてNoならば、ステップS169に進み、エンジンがアイドリング状態にあるかどうかを判断する。アイドリング状態にあるならば、ステップS170に進み、上限値AHFIおよび下限値ALFIが、アイドリング許容範囲(v)の上限値HIおよび下限値LIに設定される。
【0123】
ステップS169の判断がNoのとき、ステップS171に進む。ステップS171〜S178の処理は、適応許容範囲(vi)に示される可変の適応上限値および適応下限値を制限する処理を示す。ステップS171において、適応上限値ah(k−1)をSTABHと比較する。ah(k−1)<STABHならば、ah(k−1)の値をSTABHに設定する(S172)。ah(k−1)≧STABHならば、ステップS173に進み、適応上限値ah(k−1)をHHと比較する。ah(k−1)>HHならば、ah(k−1)の値をHHに設定する(S174)。ステップS171およびS173の判断がNoならば、ah(k−1)の値は維持される。こうして、適応上限値ah(k−1)は、STABHとHHの間に制限される。
【0124】
ステップS175において、適応下限値al(k−1)をLLと比較する。al(k−1)<LLならば、al(k−1)の値をLLに設定する(S176)。ah(k−1)≧LLならば、ステップS177に進み、適応下限値al(k−1)をSTABLと比較する。al(k−1)>STABLならば、al(k−1)の値をSTABLに設定する(S178)。ステップS175およびS177の判断がNoならば、al(k−1)の値は維持される。こうして、適応下限値al(k−1)は、LLとSTABLの間に制限される。
【0125】
ステップS179において、上限値AHFおよび下限値ALFに、適応上限値ah(k−1)および適応下限値al(k−1)をそれぞれ設定する。こうして、適応許容範囲(vi)が定められる。
【0126】
ステップS180において、車両が発進してから所定時間が経過していなければ、下限値ALFは、許容範囲(iv)の下限値VSTLに設定される(S181)。上限値AHFは、適応許容範囲(vi)の上限値と同じ値が用いられる。
【0127】
図12に戻り、ステップS132において、エンジンがアイドリング状態にあるかどうかを判断する。アイドリング状態にあるならば、図13のステップS162、S164、S168およびS170のいずれかで設定された上限値AHFIおよび下限値ALFIによって規定される許容範囲を用いて、要求偏差Uslがリミット処理される。具体的には、Usl<ALFIならば(S133)、目標空燃比偏差kcmdは下限値ALFIに設定される(S134)。Usl>AHFIならば(S135)、目標空燃比偏差kcmdは上限値AHFIに設定される(S136)。ステップS133およびS135の判断がNOならば(すなわち、ALFI≦Usl≦AHFIならば)、現在の要求偏差Uslが、目標空燃比偏差kcmdに設定される(S137)。
【0128】
ステップS133またはS135がYesのとき、適応則入力Uadpが大きくなるのを防止するため、今回のサイクルで算出された切換関数σバーの積算値に、前回のサイクルで算出された積算値の値を設定する(S138)。ステップS139において、現在の適応上限値ah(k−1)および下限値al(k−1)が保持される。
【0129】
ステップS132においてエンジンがアイドリング状態にないと判断されたならば、図12のステップS162、S164、S168、S179、およびS181のいずれかで設定された上限値AHFおよび下限値ALFによって規定される許容範囲を用いて、要求偏差Uslをリミット処理する。
【0130】
具体的には、Usl<ALFならば(S140)、目標空燃比偏差kcmdは下限値ALFに設定される(S141)。Usl>AHFならば(S142)、目標空燃比偏差kcmdは上限値AHFに設定される(S143)。ALF≦Usl≦AHFならば、現在の要求偏差Uslが、目標空燃比偏差kcmdに設定される(S144)。
【0131】
ALF≦Usl≦AHFのとき、適応下限値al(k−1)をΔDEC(>0)だけ増やし、上限値ah(k−1)をΔDECだけ減らす(S145)。こうして、現在の要求偏差Uslが許容範囲内に収まっているとき、適応許容範囲を狭くする。
【0132】
Usl<ALFのとき、ステップS146において、車両が発進してからの経過時間が所定時間より小さいかどうかを判断する。この判断がNoならば、適応下限値al(k−1)をΔINC(>0)だけ減らし、上限値ah(k−1)をΔDECだけ減らす(S147)。ここで、ΔDEC<ΔINCである。こうして、現在の要求偏差Uslが許容範囲の下限側で逸脱している場合には、上限値および下限値を小さくして、許容範囲を下方に移動させる。ステップS146の判断がYesならば、適応上限値ah(k−1)および下限値al(k−1)の値は維持される(S148)。
【0133】
Usl>AHFのとき、ステップS149において、燃料カットが終了してからの経過時間が所定時間内、またはエンジンが始動してからの経過時間が所定時間内、またはリーン運転を終了してからの経過時間が所定時間内かどうかが判断される。これらの状態のいずれにも該当しないとき、適応上限値ah(k−1)をΔINCだけ増やし、下限値al(k−1)をΔDECだけ増やす(S150)。こうして、現在の要求偏差Uslが許容範囲の上限側で逸脱している場合には、上限値および下限値を大きくして、許容範囲を上方に移動させる。ステップS149の判断においていずれかの状態がYesならば、適応上限値ah(k−1)および下限値al(k−1)の値は維持される(S151)。
【0134】
ステップS140またはS142のいずれかの判断がYesの場合、ステップS138と同様に、今回のサイクルで算出された切換関数σバーの積算値に、前回のサイクルで算出された切換関数σバーの積算値を設定する。
【0135】
こうして、エンジンが触媒還元モードにあるとき、要求偏差Uslの下限値al(k)は、図12のステップS130に示されるように、リッチ方向へシフトされた値(この例では、値LI)に固定される。適応空燃比制御が開始されたとき、該値LIが設定された下限値ALFによって操作量Uslはリミット処理されるので(S140)、目標空燃比KCMDがリーン方向へ大きく変化することが防止される。
【0136】
図14は、本発明の一実施形態に従う、リーン運転が終了した後のO2センサ出力Vo2/OUT、目標空燃比KCMD、および排ガスの有害成分NOxの排出量の遷移を示す。
【0137】
リーン運転中は許容範囲の更新処理は実施されず、許容範囲の上限値および下限値は、該リーン運転に入る前に最後に設定された値に維持される。この例は、下限値が、たとえば図9に示されるLI〜LLの間の所定の値に維持されている形態を示している。
【0138】
リーン運転が終了した時間t2において、触媒還元モードが開始される。触媒還元モードにおいて、触媒に吸着された酸素を除去するため、目標空燃比KCMDは所定のリッチ空燃比に設定される。前述したように、触媒還元モードにおいて、目標空燃比KCMDの下限値は所定値LIに固定される。時間t3において、上流触媒の還元処理が終了すると、O2センサ出力Vo2/OUTはリーンからリッチへ反転する。
【0139】
時間t4において、下流触媒の還元処理が終了して適応空燃比制御が開始される。この時、O2センサ出力Vo2/OUTは、目標値Vo2/TARGETよりもリッチ側に存在する。適応空燃比制御は、O2センサ出力Vo2/OUTを目標値に収束させるため、目標空燃比KCMDをリーン方向へシフトしようとする。しかしながら、時間t4において、下限値が、リッチ側にシフトされた値LIにセットされているので(参照番号190)、目標空燃比KCMDは、該下限値より小さい値に設定されることがない。したがって、目標空燃比KCMDがリーン方向へ所定量以上変化することが防止され、NOxの排出量が抑制される。
【0140】
この明細書においては、スライディングモード制御を用いて適応空燃比制御を実施する例を説明した。しかしながら、他の応答指定型制御を用いて適応空燃比制御を実施する場合にも、本発明を適用することができる。
【0141】
本発明は、クランク軸を鉛直方向とした船外機などのような船舶推進機用エンジンにも適用が可能である。
【0142】
【発明の効果】
この発明によると、触媒を還元する処理後の排ガスの有害成分の排出を低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】この発明の一実施例に従う、内燃機関およびその制御装置を概略的に示す図。
【図2】この発明の一実施例に従う、(a)触媒装置および排ガスセンサの配置、および(b)空燃比制御の概要を示す図。
【図3】この発明の一実施例に従う、空燃比制御装置の全体的な機能ブロック図。
【図4】この発明の一実施例に従う、制御対称である排気系を示すブロック図。
【図5】この発明の一実施例に従う、空燃比制御の制御ブロック図。
【図6】この発明の一実施例に従う、制御器の詳細な機能ブロック図。
【図7】この発明の一実施例に従う、応答指定型制御における切換直線を概略的に示す図。
【図8】この発明の一実施例に従う、応答指定型制御における応答特性を示す図。
【図9】この発明の一実施例に従う、許容範囲の例を示す図。
【図10】この発明の一実施例に従う、空燃比制御フローを示す図。
【図11】この発明の一実施例に従う、安定判別の処理を示すフローチャート。
【図12】この発明の一実施例に従う、リミット処理を示すフローチャート。
【図13】この発明の一実施例に従う、許容範囲を決定する処理を示すフローチャート。
【図14】この発明の一実施例に従う、触媒還元処理が終了した後における、排ガスセンサ出力、目標空燃比、および排ガスの有害成分の排出量の遷移を示す図。
【図15】従来の空燃比制御に従う、触媒還元処理が終了した後における、排ガスセンサ出力、目標空燃比、および排ガスの有害成分の排出量の遷移を示す図。
【符号の説明】
1 エンジン
5 ECU
14 排気管
15 触媒装置
16 LAFセンサ
17 O2センサ
25 上流触媒
26 下流触媒
Claims (3)
- 内燃機関の空燃比を制御する空燃比制御装置であって、
リーン空燃比による運転を終了した後に実施される触媒還元モードにおいて、触媒を還元する還元手段と、
前記触媒還元モードが終了した後に実施される空燃比制御モードにおいて、排気管に配置された排ガスセンサの出力を所定の目標値に収束させるよう、空燃比を制御する空燃比制御手段と、を備え、
前記空燃比制御手段は、さらに、
前記空燃比を操作する操作量を算出する制御器と、
上限値および下限値を用いて、前記操作量をリミット処理するリミッタと、
前記リミット処理された操作量を用いて、空燃比を操作する操作手段と、を備え、
前記内燃機関が前記触媒還元モードにあるとき、前記リミッタは、前記下限値をリッチ方向へシフトし、該内燃機関が該触媒還元モードから前記空燃比制御モードへ移行した時に前記空燃比が所定量以上リーン方向へ変化するのを防止する、空燃比制御装置。 - 前記リーン空燃比による運転は、燃料が供給されない燃料カット状態における運転を含む、請求項1に記載の空燃比制御装置。
- 前記上限値および下限値は、前記操作量および前記内燃機関の運転状態に応じて設定される、請求項1または請求項2に記載の空燃比制御装置。
Priority Applications (1)
Application Number | Priority Date | Filing Date | Title |
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