[エンジンの全体構成]
以下、図面に基づいて、本発明の実施形態について詳細に説明する。先ず、図1に示すシステム図を参照して、本発明に係るエンジンの制御装置が適用されるエンジンシステムの全体構成を説明する。図1に示されるエンジンは、走行用の動力源として車両に搭載された4サイクルのガソリン直噴エンジンであり、エンジン本体1と、エンジン本体1に導入される吸気が流通する吸気通路30と、エンジン本体1から排出される排気ガスが流通する排気通路40と、排気通路40を流通する排気ガスの一部を吸気通路30に還流する外部EGR装置45と、エンジン本体1にガソリンを主成分とする燃料を供給する燃料供給システム150と、を備えている。
エンジン本体1は、気筒2が内部に形成されたシリンダブロック3と、気筒2を上から閉塞するようにシリンダブロック3の上面に取り付けられたシリンダヘッド4と、気筒2内に収容されたピストン5とを有している。エンジン本体1は、典型的には複数の(例えば4つの)気筒を有する多気筒型のものであるが、図1では簡略化のため、1つの気筒2のみを図示している。図2には、エンジン本体1の断面図と、ピストン5の平面図とが併せて示されている。また、図3には、1つの気筒2が模式的な斜視図にて示されている。ピストン5は、気筒2のボア径に応じた外径を有し、所定のストロークで往復摺動可能に気筒2内に収容されている。ピストン5の下方には、エンジン本体1の出力軸であるクランク軸7が設けられている。クランク軸7は、ピストン5とコネクティングロッド8を介して連結され、ピストン5の往復運動に応じて中心軸回りに回転駆動される。
ピストン5の上方には燃焼室6が区画されている。燃焼室6には、後述するインジェクタ15からの噴射によって前記燃料が供給される。供給された燃料が燃焼室6で空気と混合されつつ燃焼し、その燃焼による膨張力で押し下げられたピストン5が上下方向に往復運動する。燃焼室6を区画する燃焼室壁面は、気筒2の内壁面、ピストン5の上面である冠面50、及び、シリンダヘッド4の底面である燃焼室天井面6U(吸気弁11及び排気弁12の各バルブ面を含む)からなる。燃焼室天井面6Uは、上向きに凸のペントルーフ型の形状を有している。
気筒2の幾何学的圧縮比、つまりピストン5が上死点にあるときの燃焼室6の容積とピストン5が下死点にあるときの燃焼室6の容積との比は、後述するSPCCI燃焼(部分圧縮着火燃焼)に好適な値として、15以上30以下、好ましくは15以上18以下の高圧縮比に設定される。幾何学的圧縮比を15以上の高圧縮比に設定することで、燃焼室6内において混合気に圧縮着火が発生し易い環境とすることができる。
シリンダブロック3には、クランク角センサSN1及び水温センサSN2が組み付けられている。クランク角センサSN1は、クランク軸7の回転角度(クランク角)及びクランク軸7の回転速度(エンジン回転速度)を検出する。水温センサSN2は、シリンダブロック3およびシリンダヘッド4の内部を流通する冷却水の温度(エンジン水温)を検出する。
シリンダヘッド4の燃焼室天井面6Uには、燃焼室6に向けて開口する吸気ポート9及び排気ポート10と、吸気ポート9を開閉する吸気弁11と、排気ポート10を開閉する排気弁12とが設けられている。本実施形態のエンジンのバルブ形式は、図2及び図3に示すように、吸気2バルブ×排気2バルブの4バルブ形式である。吸気ポート9は、第1吸気ポート9A及び第2吸気ポート9Bを有し、排気ポート10は、第1排気ポート10A及び第2排気ポート10Bを有している。吸気弁11は、第1吸気ポート9A及び第2吸気ポート9Bに対しそれぞれ1つずつ設けられ、排気弁12は、第1排気ポート10A及び第2排気ポート10Bに対しそれぞれ1つずつ設けられている。なお、第1、第2吸気ポート9A、9Bのうち、第2吸気ポート9Bには、当該第2吸気ポート9Bを開閉可能なスワール弁17が設けられている(図1)。
吸気弁11及び排気弁12は、シリンダヘッド4に配設された一対のカム軸等を含む動弁機構13、14により、クランク軸7の回転に連動して開閉駆動される。吸気弁11用の動弁機構13には、吸気弁11の開閉時期を変更可能な吸気VVT13aが、排気弁12用の動弁機構14には、排気弁12の開閉時期を変更可能な排気VVT14aが、各々内蔵されている。吸気、排気VVT13a、14aは、いわゆる位相式の可変機構であり、吸気弁11、排気弁12の開時期および閉時期を同時にかつ同量だけ変更する。
シリンダヘッド4には、インジェクタ15(燃料噴射弁)及び点火プラグ16が組み付けられている。インジェクタ15は、燃料供給システム150から供給される燃料を燃焼室6内に直接噴射する。点火プラグ16は、インジェクタ15から燃焼室6に噴射された燃料と、吸気ポート9(9A、9B)を通して燃焼室6に導入された空気とが混合された混合気に点火する。シリンダヘッド4には、さらに、燃焼室6の圧力(筒内圧力)を検出する筒内圧センサSN3が設けられている。図2に示されているように、インジェクタ15は、燃焼室天井面6Uの径方向中心付近であって、ペントルーフの頂部付近に先端のヘッド部15Aが表出するように配置されている。また、点火プラグ16は、燃焼室天井面6Uにおけるペントルーフの斜面部であって、一対の吸気ポート9A、9B間において先端部(電極部)が表出するように配置されている。
インジェクタ15は、ヘッド部15Aに複数の噴孔15Bを備えた多噴孔型のインジェクタであり、当該複数の噴孔15Bから放射状に燃料を噴射することが可能である。図2中の符号Fの領域は、各噴孔15Bから噴射された燃料の噴霧を表している。ピストン5の冠面50には、その径方向中央領域をシリンダヘッド4とは反対側(下方)に凹没させてなるキャビティ51が形成されている。インジェクタ15のヘッド部15Aは、燃焼室6の径方向中心付近においてキャビティ51と対峙するように燃焼室天井面6Uに配置され、このキャビティ51に向けて噴孔15Bから直接燃料が噴射される。
噴孔15Bにはデポジットが堆積することがある。前記デポジットは、噴射された燃料が噴孔15B付近に付着し、その付着燃料が燃焼室6での燃焼によって焼き固められることによって生成される。デポジットの堆積によって噴孔15Bが詰まる、或いは噴孔15Bの開口が狭くなると、所要の燃料が燃焼室6に供給されなくなり、燃焼状態が悪化する。本実施形態では、エンジンの運転状態に基づいて噴孔15Bへのデポジット堆積量を推定し、そのデポジット堆積量が所定値以上となると、噴孔15Bから噴射させる燃料の燃圧を上昇させて前記デポジットを除去するクリーニングモードが実行される。この点は、後記で詳述する。
ピストン5のキャビティ51は、図2に示すように、ほぼ平坦な面からなる底部511と、底部511の側周縁から上方に向けて湾曲して立ち上がる側壁512とを含む。冠面50におけるキャビティ51よりも径方向外側には、燃焼室天井面6Uのペントルーフ形状に対応して上方に突出した稜線部513と、半円状の平坦面からなるスキッシュ部514とが形成されている(図3)。
インジェクタ15に燃料を供給する燃料供給システム150は、燃料タンク151、低圧燃料ポンプ152、高圧燃料ポンプ153(燃圧調整機構)、燃料レール154及びパージ通路155を含む。燃料タンク151は燃料を貯留するタンクである。低圧燃料ポンプ152は、インタンク式のポンプであり、燃料を燃料タンク151から汲み上げて高圧燃料ポンプ153へ送り出す。高圧燃料ポンプ153は、往復式のポンプであって、低圧燃料ポンプ152から送り込まれた燃料を昇圧して燃料レール154に供給する。燃料レール154は、各気筒2に備えられているインジェクタ15に燃料を分配する。パージ通路155は、燃料タンク151内で気化した燃料を回収し、吸気通路30に導入して燃焼させるための通路である。
高圧燃料ポンプ153は、インジェクタ15に供給される燃料の燃圧を調整する機構として機能する。高圧燃料ポンプ153は、プランジャーと燃圧調整用の電磁バルブとを含む。前記プランジャーは、排気弁12を駆動するカムシャフトに取り付けられたポンプカムに当接して駆動され、燃圧を高める。前記電磁バルブは、インジェクタ15に供給する燃料の燃圧が設定値となるように調整するバルブである。
吸気通路30は、吸気ポート9と連通するように、シリンダヘッド4の一側面に接続されている。吸気通路30の上流端から取り込まれた空気(新気)は、吸気通路30及び吸気ポート9を通じて燃焼室6に導入される。吸気通路30には、その上流側から順に、吸気中の異物を除去するエアクリーナ31と、吸気の流量を調整する開閉可能なスロットル弁32と、吸気を圧縮しつつ送り出す過給機33と、過給機33により圧縮された吸気を冷却するインタークーラ35とが設けられている。
吸気通路30の適所には、吸気の流量を検出するエアフローセンサSN4と、吸気の温度を検出する第1・第2吸気温センサSN5、SN7と、吸気の圧力を検出する第1・第2吸気圧センサSN6、SN8とが設けられている。エアフローセンサSN4及び第1吸気温センサSN5は、吸気通路30におけるエアクリーナ31とスロットル弁32との間の部位に設けられ、当該部位を通過する吸気の流量および温度を検出する。第1吸気圧センサSN6は、吸気通路30におけるスロットル弁32と過給機33との間であって、後述するEGR通路451の接続口よりも下流側の部位に設けられ、当該部位を通過する吸気の圧力を検出する。第2吸気温センサSN7は、吸気通路30における過給機33とインタークーラ35との間の部位に設けられ、当該部位を通過する吸気の温度を検出する。第2吸気圧センサSN8は、吸気通路30におけるインタークーラ35と吸気ポート9との間の吸気の圧力を検出する。
過給機33は、エンジン本体1と機械的に連係された機械式の過給機(スーパーチャージャ)である。過給機33には、締結と解放とを電気的に切り替えることが可能な電磁クラッチ34が付設されている。電磁クラッチ34が締結されると、エンジン本体1から過給機33に駆動力が伝達され、過給機33による吸気の過給が行われる。一方、電磁クラッチ34が解放されると、上記駆動力の伝達が遮断されて、過給機33による前記過給が停止される。
吸気通路30には、過給機33をバイパスして吸気を流通させるためのバイパス通路36が付設されている。バイパス通路36には、当該バイパス通路36を開閉可能なバイパス弁37が設けられている。バイパス通路36は、過給機33よりも上流側で吸気通路30から分岐し、インタークーラ35の下流側において吸気通路30に合流する合流部38を形成している。この合流部38は、図略のサージタンクの近傍に配置される。なお、バイパス通路36は、後述するEGR通路451と前記サージタンクとを接続する通路でもある。
排気通路40は、各気筒2の排気ポート10と排気マニホールド41を介して連通している。各燃焼室6で生成された既燃ガスは、排気ポート10、排気マニホールド41及び排気通路40を通じて外部に排出される。排気通路40には、排気ガスの流通方向における上流側、下流側に、各々上流触媒コンバータ42、下流触媒コンバータ43が設けられている。上流触媒コンバータ42には、三元触媒421及びGPF(ガソリン・パティキュレート・フィルタ)422が備えられている。三元触媒421は、排気通路40を流通する排気ガス中に含まれる有害成分(HC、CO、NOx)を捕集する。GPF422は、排気ガス中に含まれる煤に代表される粒子状物質を捕集する。下流触媒コンバータ43は、三元触媒やNOx触媒等の適宜の触媒を内蔵した触媒コンバータである。
排気通路40における上流触媒コンバータ42よりも上流側の部位には、排気ガス中に含まれる酸素の濃度を検出するリニアO2センサSN9が配置されている。リニアO2センサSN9は、酸素濃度の濃淡に応じて出力値がリニアに変化するセンサであり、その出力値に基づいて、混合気の空燃比を推定することが可能である。また、三元触媒421とGPF422との間には、排気中のNOx濃度を計測するNOxセンサSN10が配置されている。
外部EGR装置45は、排気通路40と吸気通路30とを接続するEGR通路451と、EGR通路451に設けられたEGRクーラ452及びEGR弁453とを有している。EGR通路451は、排気通路40における上流触媒コンバータ42よりも下流側の部位と、吸気通路30におけるスロットル弁32と過給機33との間の部位とを互いに接続している。EGRクーラ452は、EGR通路451を通して排気通路40から吸気通路30に還流される排気ガス(外部EGRガス)を、熱交換により冷却する。EGR弁453は、EGRクーラ452よりも下流側のEGR通路451に配置され、当該EGR通路451を流通する排気ガスの流量を調整する。
[制御系統]
続いて、上述したエンジンの制御系統について説明する。図4は、エンジンの制御系統を示すブロック図である。制御系統はECU20(制御ユニット)を備える。ECU20は、エンジンを統括的に制御するためのマイクロプロセッサであり、周知のCPU、ROM、RAM等から構成されている。
ECU20には各種センサによる検出信号が入力される。ECU20は、上述したクランク角センサSN1、水温センサSN2、筒内圧センサSN3、エアフローセンサSN4、第1・第2吸気温センサSN5,SN7、第1・第2吸気圧センサSN6,SN8、リニアO2センサSN9及びNOxセンサSN10と電気的に接続されている。これらのセンサによって検出された情報(つまりクランク角、エンジン回転速度、エンジン水温、筒内圧力、吸気流量、吸気温、吸気圧、排気ガスの酸素濃度、NOx濃度等)は、ECU20に逐次入力される。また、車両には、図略のアクセルペダルの開度を検出するアクセルセンサSN11が設けられている。このアクセルセンサSN11による検出信号も、ECU20に入力される。
ECU20は、上記各センサからの入力情報に基づいて種々の判定や演算等を実行しつつエンジンの各部を制御する。すなわち、ECU20は、吸気VVT13a、排気VVT14a、インジェクタ15、点火プラグ16、スワール弁17、スロットル弁32、電磁クラッチ34、バイパス弁37、EGR弁453及び高圧燃料ポンプ153等と電気的に接続されており、上記演算の結果等に基づいてこれらの機器にそれぞれ制御用の信号を出力する。
ECU20は、所定のプログラムが実行されることによって、全体制御部21、噴射制御部22(燃料噴射弁を制御する制御ユニット)、点火制御部23、吸気制御部24、EGR制御部25、燃圧制御部26(燃圧調整機構を制御する制御ユニット)、デポジット推定部27(デポジット推定ユニット)、燃料温度導出部28及び記憶部29を機能的に具備するように動作する。
全体制御部21は、エンジンの運転シーン等に応じてECU20の各制御部22~26、デポジット推定部27及び燃料温度導出部28を統括的に制御し、必要な演算及び制御を実行させる。
噴射制御部22は、インジェクタ15による燃料の噴射動作を制御する制御モジュールである。点火制御部23は、点火プラグ16による点火動作を制御する制御モジュールである。吸気制御部24は、燃焼室6に導入される吸気の流量や圧力を調整する制御モジュールであり、スロットル弁32及びバイパス弁37の各開度や電磁クラッチ34のON/OFFを制御する。EGR制御部25は、燃焼室6に導入されるEGRガスの量を調整する制御モジュールであり、吸気VVT13aおよび排気VVT14aの各動作やEGR弁453の開度を制御する。
燃圧制御部26は、高圧燃料ポンプ153の出力を制御することによって、インジェクタ15に供給される燃料の燃圧を調整する。燃圧制御部26は、エンジンの運転状態(エンジン負荷及びエンジン回転数)及び燃焼形態に応じて予め定められている基本燃圧マップ(図6、図7)を参照して、前記燃圧を設定する。また、燃圧制御部26は、インジェクタ15の噴孔15Bへのデポジット堆積量が所定値以上となると、デポジットを除去するクリーニングモードを実行させるべく、デポジット除去マップ(図8)を参照して前記燃圧を設定する。クリーニングモードでは、特定の運転領域において燃圧を上昇させるように高圧燃料ポンプ153を制御する。燃圧上昇によって、噴孔15Bの内面乃至は近傍に堆積したデポジットを噴射燃料にて剥がす、或いは削る動作が行われることになる。
デポジット推定部27は、エンジンの運転状態に基づいて、噴孔15Bへのデポジット堆積量を推定する処理を行う。デポジット推定部27は、単位時間(例えば100ms)当たりのデポジット堆積量である単位堆積量を運転状態に応じて求め、この単位堆積量を積算してデポジット堆積量を求める。燃圧制御部26は、デポジット推定部27が推定したデポジット堆積量が所定値以上となったときに、前記クリーニングモードを実行する。
デポジット堆積量は、基本的にはエンジンの運転時間によって決まる。但し、インジェクタ15の燃料噴射時期、燃圧、噴射量などによって前記単位堆積量は変動する。例えば、ピストン5が上死点に近い位置に燃料噴射時期が設定されると、噴射燃料のキャビティ51からの跳ね返りが生じる。この跳ね返りによる燃料の噴霧が噴孔15B付近へ付着し、これがデポジット堆積要因となる。逆に、ピストン5が下死点に近い位置に燃料噴射時期が設定された場合には前記燃料の跳ね返りが実質的に発生しないため、跳ね返り付着分を除くように補正して前記単位堆積量を導出することが妥当である。
また、エンジン本体1において燃圧が高く設定されている運転領域では、高圧で燃料が噴孔15Bから噴射されることから、デポジット堆積が生じにくくなる。他方、高燃圧設定時には、自ずと噴孔15Bに堆積したデポジットが除去されていることにもなり、むしろ原状への回復分(デポジットの除去分)をマイナスするように単位堆積量を補正することが妥当である。さらに、エンジン本体1において燃料噴射量が多く設定されている運転領域では、多量の燃料が噴孔15Bから噴射されることから、デポジット堆積が生じにくくなる。逆に、燃料噴射量が少なく設定されている運転期間ではデポジットが堆積し易い傾向が出る。従って、燃料噴射量に応じてデポジット堆積量の調整を図るように、単位堆積量をオフセット補正することが妥当である。以上を考慮して、デポジット推定部27には、前記単位堆積量の各々を、インジェクタ15の燃料噴射時期、燃圧、噴射量等に応じて補正した上で積算させることが望ましい。
燃料温度導出部28は、燃焼室6に供給される燃料の温度を求める処理を行う。具体的には燃料温度導出部28は、第2吸気温センサSN7が検出する吸気の温度と、水温センサSN2が検出するエンジン水温とから、燃料の温度を推定する処理を行う。なお、例えば燃料レール154に温度計を設置して燃料温度を計測させ、その計測値が燃料温度導出部28に入力される態様としても良い。なお、燃料温度が所定値よりも高い場合、前記クリーニングモードによる燃圧上昇は回避される。これは、燃料が高温化している状態において燃圧を上昇させると、さらに燃料が高温化し、当該燃料に気泡が発生するなどの不具合が発生することを防止するためである。
記憶部29は、エンジンの制御のための各種プログラム、設定値、パラメータなどが記憶される。この他、記憶部29は、図5に示した運転マップ、図6及び図7に示す基本燃圧マップ、図8に示すデポジット除去マップなどを記憶する。
[運転マップ]
図5(A)~(C)は、エンジンの運転領域を燃焼形態の相違により区分けした運転マップである。図5(A)~(C)では、エンジンの暖機の進行度合いとエンジンの回転速度/負荷とに応じた燃焼制御の相違が示されている。本実施形態では、エンジンの暖機が完了した温間時に用いられる第1運転マップQ1(図5(A))と、エンジンの暖機が途中まで進行した半暖機時に用いられる第2運転マップQ2(図5(B))と、エンジンが未暖機である冷間時に用いられる第3運転マップQ3(図5(C))とが用意されている。温間時の第1運転マップQ1には、燃焼形態の異なる第1、第2、第3、第4、第5領域A1、A2、A3、A4、A5が含まれており、半暖機時の第2運転マップQ2には、燃焼形態の異なる第6、第7、第8、第9領域B1、B2、B3、B4が含まれている。冷間時の第3運転マップQ3は、第10領域C1の一つからなる。
<温感時>
第1運転マップQ1において、第1領域A1は、エンジン負荷が低い(無負荷を含む)低負荷の領域から高速側の一部の領域を除いた低・中速/低負荷の領域である。第2領域A2は、第1領域A1よりも負荷が高い低・中速/中負荷の領域である。第4領域A4は、第2領域A2よりも負荷が高くかつ回転速度が低い低速/高負荷の領域である。第3領域A3は、第4領域A4よりも回転速度が高い中速/高負荷の領域である。第5領域A5は、第1~第4領域A1~A4のいずれよりも回転速度が高い高速領域である。
第1領域A1では、SI燃焼とCI燃焼とを組み合わせた部分圧縮着火燃焼(以下、これをSPCCI燃焼という)が実行される。SI燃焼とは、点火プラグ16から発生する火花により混合気に点火し、その点火点からその周囲へと燃焼領域を拡げていく火炎伝播により混合気を強制的に燃焼させる燃焼形態のことである。CI燃焼とは、ピストン5の圧縮により高温・高圧化された環境下で、混合気を自着火により燃焼させる燃焼形態のことである。これらSI燃焼とCI燃焼とを組み合わせたSPCCI燃焼とは、混合気が自着火する寸前の環境下で行われる火花点火により燃焼室6内の混合気の一部をSI燃焼させ、当該SI燃焼の後に(SI燃焼に伴うさらなる高温・高圧化により)燃焼室6内の他の混合気を自着火によりCI燃焼させる、という燃焼形態のことである。なお、「SPCCI」は「Spark Controlled Compression Ignition」の略である。
SPCCI燃焼は、SI燃焼時の熱発生よりもCI燃焼時の熱発生の方が急峻になるという性質がある。SPCCI燃焼による熱発生率の波形は、SI燃焼に対応する燃焼初期の立ち上がりの傾きが、その後のCI燃焼に対応して生じる立ち上がりの傾きよりも小さくなる。SI燃焼によって、燃焼室6内の温度および圧力が高まると、これに伴い未燃混合気が自着火し、CI燃焼が開始される。CI燃焼の開始後は、SI燃焼とCI燃焼とが並行して行われる。CI燃焼は、SI燃焼よりも混合気の燃焼速度が速いため、熱発生率は相対的に大きくなる。ただし、CI燃焼は、圧縮上死点の後に行われるため、熱発生率の波形の傾きが過大になることはない。すなわち、圧縮上死点を過ぎるとピストン5の下降によりモータリング圧力が低下するので、このことが熱発生率の上昇を抑制する結果、CI燃焼時の熱発生率が過大になることが回避される。このように、SPCCI燃焼では、SI燃焼の後にCI燃焼が行われるという性質上、燃焼騒音の指標となる熱発生率が過大になり難く、単純なCI燃焼(全ての燃料をCI燃焼させた場合)に比べて燃焼騒音を抑制することができる。
CI燃焼の終了に伴いSPCCI燃焼も終了する。CI燃焼はSI燃焼に比べて燃焼速度が速いので、単純なSI燃焼(全ての燃料をSI燃焼させた場合)に比べて燃焼終了時期を早めることができる。従って、SPCCI燃焼では、燃焼終了時期を膨張行程内において圧縮上死点に近づけることができる。これにより、SPCCI燃焼では、単純なSI燃焼に比べて燃費性能を向上させることができる。
第1領域A1では、リーンな環境で上記のSPCCI燃焼が行われる(SPCCI_λ>1)。すなわち、スロットル弁32の開度が、理論空燃比相当の空気量よりも多くの空気が吸気通路30を通じて燃焼室6に導入される開度に設定される。具体的には、ECU20は、吸気通路30を通じて燃焼室6に導入される空気(新気)と、インジェクタ15によって燃焼室6に噴射される燃料との重量比である空燃比(A/F)が、理論空燃比(14.7)よりも大きくなるように設定した状態で、燃焼室6内の混合気をSPCCI燃焼させる制御を実行する。
第1領域A1の多くの領域において、燃焼室6に既燃ガスを残留させる内部EGRが実行される。ECU20は、吸気VVT13a及び排気VVT14aを制御して、排気上死点を挟んで吸・排気弁11,12の双方が開かれるバルブオーバーラップが形成されるように吸・排気弁11,12を駆動し、排気上死点を過ぎるまで(吸気行程初期まで)排気弁12を開弁させる。これにより、排気ポート10から燃焼室6へと既燃ガスが引き戻されて、内部EGRが実現される。バルブオーバーラップの期間は、所望のSPCCI燃焼の波形を得るのに適した筒内温度が実現されるように設定される。
第2領域A2では、燃焼室6内の空燃比が理論空燃比に略一致する環境下で混合気をSPCCI燃焼させる制御が実行される(SPCCI_λ=1)。スロットル弁32の開度は、理論空燃比相当の空気量が吸気通路30を通じて燃焼室6に導入されるような開度に設定される。なお、第2領域A2では、EGR弁453が開弁されて外部EGRガスが燃焼室6に導入される。このため、第2領域A2では、燃焼室6内の全ガスと燃料との重量比であるガス空燃比(G/F)は、理論空燃比(14.7)よりも大きくなる。従って、第2領域A2での運転時には、G/Fが理論空燃比よりも大きくかつA/Fが理論空燃比に略一致するG/Fリーン環境を形成しつつ、混合気をSPCCI燃焼させる制御が実行される。EGR弁453の開度は、A/Fベースでは理論空燃比が実現される開度に設定される。
第3領域A3では、燃焼室6内のA/Fが理論空燃比よりもややリッチになる環境下で混合気をSPCCI燃焼させる制御が実行される(SPCCI_λ≦1)。中速・高負荷に対応するには相応の燃料噴射量が必要となるため、リッチ環境が設定される。一方、高負荷ではあるが低速の運転領域である第4領域A4では、A/Fが理論空燃比に略一致する環境下で混合気をSPCCI燃焼させる制御が実行される(SPCCI_λ=1)。第5領域A5では、比較的オーソドックスなSI燃焼が実行される。A/Fは、理論空燃比もしくはこれよりもややリッチな値に設定される(SI_λ≦1)。なお、これら領域A3~A5においても、A/FはEGR弁453の開度にて調整することができる。
<半暖機時>
半暖機時の第2運転マップQ2において、第6領域B1は、第1運転マップQ1における第1・第2領域A1,A2を併合した領域に対応している。第7領域B2、第8領域B3及び第9領域B4は、それぞれ第1運転マップQ1の第3領域A3、第4領域A4及び第5領域A5に対応している。
第6領域B1では、第1運転マップQ1の第2領域A2と同様に、燃焼室6内のA/Fが理論空燃比に略一致する環境下で混合気をSPCCI燃焼させる制御が実行される(SPCCI_λ=1)。第6領域B1の少なくとも一部の領域において、バルブオーバーラップ期間を設定して燃焼室6に既燃ガスを残留させる内部EGRが実行される。過給機33は、第6領域B1の比較的高負荷の領域と、比較的高速側の領域とでON状態とされ、それ以外の領域ではOFF状態とされる。
第7領域B2、第8領域B3及び第9領域B4は、それぞれ第1運転マップQ1の第3領域A3、第4領域A4及び第5領域A5と同様な制御が行われる。すなわち、第7領域B2では、燃焼室6内のA/Fが理論空燃比よりもややリッチになる環境下で混合気をSPCCI燃焼させる(SPCCI_λ≦1)。第8領域B3では、A/Fが理論空燃比に略一致する環境下で混合気をSPCCI燃焼させる(SPCCI_λ=1)。第9領域B4では、オーソドックスなSI燃焼が実行され、A/Fは、理論空燃比もしくはこれよりもややリッチな値に設定される(SI_λ≦1)。
<冷間時>
冷間時の第3運転マップQ3は、第10領域C1のみからなる。第10領域C1では、主に吸気行程中に噴射された燃料を空気と混合しつつSI燃焼させる制御が実行される。この第10領域C1での制御は、一般的なガソリンエンジンの燃焼制御と同様である。
なお、図5(A)及び(B)には、デポジット推定部27が燃料噴射時期(ピストン5の位置)に応じてデポジットの単位堆積量の補正を行う領域である、特定領域A11、B11が示されている。SPCCI_λ>1燃焼が行われる第1領域A1では、所要の燃料を吸気行程にて3回に分割して噴射する吸気3分割噴射が採用される。しかし、要求トルクが所定の閾値未満であるとき、3回目の噴射が圧縮行程であってピストンが上死点に近いタイミングで実行される。つまり、デポジットが相対的に堆積し易い状態となる。このようなパターン変更は、第1領域A1内の低負荷・低回転領域である特定領域A11において実行される。また、SPCCI_λ=1燃焼が行われる第6領域B1では、所要の燃料を吸気行程にて一括噴射するパターンがベーシックパターンとされる一方で、所定の低負荷領域では燃料の一部が圧縮行程であってピストンが上死点に近いタイミングで実行される。つまり、デポジットが相対的に堆積し易い状態となる。このようなパターン変更は、第6領域B1内の低負荷・低回転領域である特定領域B11において実行される。従って、デポジット推定部27は、上記特定領域A11、B11では、デポジットの単位堆積量が他の運転領域に比較して相対的に多くなるように補正する。
[燃圧マップの具体例]
既述の通り、燃圧制御部26は、運転状態に応じてインジェクタ15に供給される燃料の燃圧を設定する。燃圧の設定に際し燃圧制御部26は、記憶部29にアクセスし、エンジン負荷(燃料噴射量)とエンジン回転数とに関連付けて各々燃圧設定値が予め定められている燃圧マップを参照する。そして、燃圧制御部26は、燃圧マップから現状のエンジン負荷及びエンジン回転数に対応する燃圧値を読み出し、高圧燃料ポンプ153を制御して規定の燃圧を設定する。
図6は、SI燃焼及びSPCCI_λ=1燃焼において、インジェクタ15の燃圧設定の際に用いられる、基本燃圧マップの一例である。図6の縦軸はエンジン負荷、横軸はエンジン回転数(rpm)、燃圧の単位はMPaである。大略的に、低負荷~中負荷の領域において、エンジン回転数が低回転の領域では燃圧が低く設定(40MPa)され、高回転の領域では高く設定(60MPa)されている。一方、中負荷~高負荷の領域では、比較的燃圧が抑制されている(低回転域は30MPa、高回転域は40MPa)。これは、高圧燃料ポンプ153の機械負荷の増加に起因する燃費性能の悪化を回避するためである。既述の通り高圧燃料ポンプ153は、排気弁12を駆動するカムシャフトによって駆動されるため、エンジン本体1の補機損失となる。このため、中負荷~高負荷の領域では燃圧を低めに設定することによって、補機損失を抑制している。
図7は、SPCCI_λ>1燃焼において、インジェクタ15の燃圧設定の際に用いられる、基本燃圧マップの一例である。図7の縦軸はエンジン負荷に対応する燃料噴射量(mg)、横軸はエンジン回転数(rpm)、燃圧の単位はMPaである。このSPCCI_λ>1燃焼では、エンジン負荷及びエンジン回転数に拘わらず、燃圧は40MPaに設定されている。これは、リーン燃焼では燃料噴射量が少なく、さらに上述の通り所要の燃料を3分割して噴射することから、わざわざ補機損失を増加させてまで燃圧を上昇させる必要がないからである。
図8は、SI燃焼及びSPCCI_λ=1燃焼において、インジェクタ15のクリーニングモードが実行される際に用いられる、デポジット除去用の燃圧マップの一例である。上述の通り、燃圧制御部26は、インジェクタ15の噴孔15Bへのデポジット堆積量が所定値以上となると、当該デポジットを除去するクリーニングモードを実行する。クリーニングモードでは、燃圧を上昇させて、噴孔15B付近に堆積しているデポジットを、燃料の噴孔15Bからの吐出圧力で剥ぎ取る。このクリーニングモードの実行の際、燃圧制御部26は、図6に示す基本燃圧マップから図8に示すデポジット除去用燃圧マップに切り替えて、インジェクタ15の燃圧を設定する。
図8のデポジット除去用燃圧マップでは、低負荷~中負荷の領域(0.125~0.35/0.45)であって、エンジン回転数が低回転(500~3000rpm)の運転領域において、燃圧が前記基本燃圧マップでは40MPaであったものが60MPaに設定されている。つまり、当該運転領域では、クリーニングモードが実行される際には燃圧が上昇される。かかる燃圧上昇によって、噴孔15B付近のデポジットが除去される。
[燃圧の上昇が制限されるケース]
以上の通り、燃圧制御部26は、噴孔15Bへのデポジット堆積量が所定値以上となると、デポジット除去用燃圧マップを適用して燃圧を上昇させ、クリーニングモードを実行する。しかし、所定の条件下では、燃圧の上昇が制限される。燃圧上昇の制限態様としては、大別して、
(A)デポジット除去用燃圧マップを適用するクリーニングモード自体を制限する、
(B)デポジット除去用燃圧マップを適用するが、当該マップ上で燃圧の上昇を制限する領域を設定する、
という2つのケースが存在する。本実施形態では、上記ケース(A)の具体例として、
(A1)リーン燃焼が実行される場合、
(A2)燃料温度が高温である場合、
を例示する。また、上記ケース(B)の具体例として、
(B1)エンジン負荷が高負荷領域である場合、
(B2)エンジン回転数が高回転領域である場合、
を例示する。
上記の燃圧上昇の「制限」とは、燃圧の上昇を完全に「禁止」することの他、クリーニングモードにおける通常の燃圧の上昇度合いに対して燃圧の上昇度合いを小さくする「抑制」を含む。ケース(A1)及び(A2)では、「禁止」の場合には、たとえデポジット堆積量が所定値以上でも、クリーニングモードへの移行、つまりデポジット除去用燃圧マップの適用自体が禁止される。「抑制」の例としては、通常のデポジット除去用燃圧マップに対して、燃圧の上昇度合いが通常のデポジット除去用燃圧マップに比べて低く設定された、「抑制」用デポジット除去用燃圧マップを適用する態様を挙げることができる。ケース(B1)及び(B2)では、「禁止」の例としては、デポジット除去用燃圧マップの所定の運転領域については燃圧を基本燃圧マップと全く同一に設定する態様を挙げることができる。また「抑制」の例としては、前記所定の運転領域についての燃圧上昇度合いを、通常のデポジット除去用燃圧マップの値よりも小さく設定する態様を挙げることができる。
<A1;リーン燃焼時の制限>
燃圧制御部26は、燃焼室で生成される混合気の空燃比が理論空燃比よりもリーンに設定される場合には、前記燃圧の上昇を制限する。本実施形態において、図5(A)の第1領域A1では、空燃比が理論空燃比よりもリーンに設定されるSPCCI_λ>1燃焼が実行される。このSPCCI_λ>1燃焼の実行時には、燃圧制御部26はクリーニングモードのための燃圧上昇を禁止若しくは抑制する。これは、SPCCI_λ>1燃焼のようにリーンな混合気を生成して燃焼を行わせる状況において、インジェクタ15の燃圧を上昇させると、当該インジェクタ15からの燃料噴射量のリニアリティが確保できない傾向が生じるからである。この点を図9に基づいて説明する。
燃圧制御部26は、インジェクタ15に対して、噴孔15Bの開弁期間に対応するパルス幅を有する制御用パルスを与えて噴射動作を実行させる。インジェクタ15は、噴孔15Bを開閉する弁体を動作させる内部コイルに、パルス制御された電流を与えることで駆動される。噴孔15Bからの燃料噴射量は、制御用パルスのパルス幅(噴孔15Bを開弁させる期間)によって調整される。
図9(A)及び(B)は、インジェクタ15の制御用パルスのパルス幅W1、W2の例を示すタイムチャートである。図9(A)は、デューティ比が小さい制御用パルス、すなわち、パルス周期Tに対してパルスのHigh期間「H」に対応するパルス幅W1が比較的短い制御用パルスを示している。このような小パルス幅W1の制御用パルスがインジェクタ15に与えられた場合、噴孔15Bの開弁期間が短くなることから、燃料噴射量は少なくなる。一方、図9(B)は、デューティ比が大きい制御用パルス、すなわち、パルス周期Tに対してパルス幅W2が比較的長い制御用パルスを示している。このような大パルス幅W2の制御用パルスの場合、噴孔15Bの開弁期間が長くなることから、燃料噴射量も多くなる。
図9(C)は、インジェクタ15の制御用パルスのパルス幅と燃料噴射量との関係の一例を示すグラフである。汎用のインジェクタ15の特性として、制御用パルスのパルス幅が小さくなりすぎる領域では、燃料噴射量のリニアリティが低下する。つまり、噴孔15Bの開弁期間と噴射量とが比例しない傾向がある。図9(C)のグラフにおいては、パルス幅が700μs以上の領域では、パルス幅の増加に対して燃料噴射量はリニアに増加しており、両者間のリニアリティは高い。しかし、パルス幅が700μs未満の領域では、パルス幅の増加に対して燃料噴射量はリニアに増加しておらず、グラフには揺らぎが存在している。大略的には、パルス幅が700μs未満の領域が図9(A)に示す小パルス幅W1の領域、700μs以上の領域が図9(B)に示す大パルス幅W2の領域ということができる。
リーン燃焼の場合は、インジェクタ15からの燃料噴射量は比較的少量となるため、前記パルス幅は比較的小さい値に設定される。この状況において燃圧を上昇させるとなると、単位時間当たりの噴射量が増えてしまうため、その元々小さく設定されるパルス幅をより小さくして、噴孔15Bの開弁期間をより短くする必要がある。図9(C)に示した通り、パルス幅が小さ過ぎる領域では、燃料噴射量のリニアリティが低下し、噴孔15Bの開弁期間と噴射量とが比例しなくなる傾向がある。前記リニアリティが低下した場合、企図する混合気分布を燃焼室6に形成できなくなり、燃焼安定性が悪化するという不具合が生じる。
とりわけ本実施形態では、SPCCI_λ>1燃焼が適用される第1領域A1では、吸気3分割噴射が採用される。すなわち、目標トルクの達成に必要な量の燃料を3回に分けて噴射するため、1回当たりのパルス幅は元々小さいものである。従って、SPCCI_λ>1燃焼において燃圧を上昇させると、燃焼安定性が悪化し易い状況となってしまう。この点に鑑みて、SPCCI_λ>1燃焼の実行時にはクリーニングモードを禁止する設定、或いは少なくとも燃圧上昇を抑制する設定とすることが望ましい。以上に鑑み、本実施形態では、SPCCI_λ>1燃焼用のデポジット除去用燃圧マップは用意されていない。SPCCI_λ>1燃焼の実行時にクリーニングモードを禁止することで、筒内の混合気分布の乱れが抑止され、燃焼安定性を確保することができる。
<A2;燃料温度が高温時の制限>
燃圧制御部26は、燃料温度導出部28により導出された燃料温度が、予め設定された基準温度よりも高温である場合には、燃圧の上昇を制限する。エンジン本体1が高温化するなどして燃料供給システム150から供給される燃料の温度が上がりすぎると、当該燃料から気泡が発生することがある。その気泡がインジェクタ15に入り込むと、燃圧及び噴孔15Bの開弁期間に対応した燃料量を噴射できない場合が生じ得る(以下、これを「燃料障害」という)。当然ながら、燃料障害が発生すると、燃焼安定性を確保することができない。
高圧燃料ポンプ153によって燃圧を上昇させるほど、燃料温度も上昇する傾向となる。既に燃料温度が上昇している状態でクリーニングモードの実行のために燃圧を上昇させると、より燃料温度を上昇させてしまい、燃料障害の発生を促進してしまうことにもなりかねない。従って、燃圧制御部26は、燃料温度が予め定められた閾値よりも高く、さらに燃圧を上昇させると燃料障害の発生可能性を高めてしまうような場合には、たとえデポジット堆積量が所定値以上に堆積していても、クリーニングモードの実行を禁止若しくは抑制する。これにより、燃料障害が抑止され、燃焼安定性を確保することができる。
<B1;高負荷領域での制限>
燃圧制御部26は、エンジンの負荷領域を、相対的に負荷が高い高負荷領域と相対的に負荷が低い低負荷領域とに区分するとき、前記高負荷領域である場合には、燃圧の上昇を制限する。高圧燃料ポンプ153はエンジン本体1から機械的な駆動力与えられて動作するので、燃圧の上昇はエンジン本体1の機械負荷(補機損失)を増加させる。一般に、エンジン負荷が高負荷であるときには、単位時間当たりの燃料噴射量を増やすために、インジェクタ15の燃圧が高く設定される。このような高負荷時において、クリーニングモードの実行のためにさらに燃圧をさらに上昇させると、高圧燃料ポンプ153の機械負荷が一層増加し、結果的に燃費性能を悪化させる。
また、元々燃圧が高く設定される、及び/又は、燃料噴射量が多く設定される高負荷領域では、噴孔15Bに付着したデポジットのクリーニング効果が期待できる。つまり、高負荷領域では燃圧が高く、単位時間当たりの燃料噴射量が多くなり、自ずとデポジットを除去するクリーニング動作が実行されているとも言える。従って、燃圧制御部26は、高負荷領域の少なくとも一部(基本燃圧マップの所定範囲)では、デポジットのクリーニングのための燃圧上昇を制限する。これにより、高圧燃料ポンプ153の機械的な駆動抵抗を無用に増大させないようにすることができる。
図8に示すデポジット除去用燃圧マップでは、デポジットを除去するための燃圧がエンジン負荷に応じて予め定められている。このデポジット除去用燃圧マップにおいて、低負荷領域については図6に示したSI燃焼及びSPCCI_λ=1燃焼用の基本燃圧マップよりも燃圧が高く設定され、前記高負荷領域については基本燃圧マップと同一の燃圧に設定される。すなわち、デポジット除去用燃圧マップにおける、エンジン負荷が高負荷の領域(0.4/0.8~1.4)では、燃圧が基本燃圧マップと同じ燃圧に設定されている。詳しくは、前記高負荷領域のうち、エンジン回転数が低回転(500~2750rpm)の運転領域では、燃圧が基本燃圧マップと同じく30MPaのままに維持され、エンジン回転数が高回転(3000~6500rpm)の運転領域でも、燃圧が40MPaのままに維持されている。なお、低負荷~中負荷領域(0.125~0.35/0.45)の一部において、燃圧が基本燃圧マップに対して上昇されていることは既述の通りである。
また、図6の基本燃圧マップでは、設定される燃圧がエンジン負荷に応じて予め定められている。この基本燃圧マップの所定範囲、具体的にはエンジン負荷が0.125~0.55/0.7でエンジン回転数が1000~3000rpmの領域に着目する。当該所定領域においては、相対的に高負荷の領域の燃圧(60MPa)が相対的に低負荷の領域の燃圧(40MPa)に比べて高く設定されている。そして、図8のデポジット除去用燃圧マップでは、前記相対的に高負荷の領域については、燃圧が60MPaのままに維持されている。これは、そもそも当該運転領域では基本燃圧マップにおいて既に、デポジットを除去可能な60MPaという高燃圧が設定されており、これ以上は補機損失を増大させてまで燃圧を上昇させる必要がないからである。従って、燃圧制御部26は、デポジット堆積量が所定値以上となったときのエンジン負荷が前記高負荷の領域であるときは、燃圧の上昇を禁止していることになる。
<B2;高回転領域での制限>
燃圧制御部26は、エンジンの負荷領域を、相対的に回転数が高い高回転領域と相対的に回転数が低い低回転領域とに区分するとき、前記高回転領域である場合には、燃圧の上昇を制限する。一般に、エンジン回転数が高回転であるときには、噴孔15Bが開口しているトータル時間が長くなり、低回転の場合に比べて単位時間当たりの燃料噴射量は増加する。従って、燃圧を上昇させずとも、多量の燃料の吐出によって噴孔15Bのデポジットを除去することが可能であって、自ずとクリーニング動作が実行されているとも言える。それにも拘わらず、このような高回転時に、クリーニングモードの実行のために燃圧を上昇させることは、無用に高圧燃料ポンプ153の機械負荷を増加させることに繋がり、結果的に燃費性能を悪化させる。従って、燃圧制御部26は、高負荷領域では、デポジットのクリーニングのための燃圧上昇を制限する。
図8に示すデポジット除去用燃圧マップでは、デポジットを除去するための燃圧がエンジン回転数に応じて予め定められているとも言える。このデポジット除去用燃圧マップにおいて、低回転領域の一部(低負荷領域)については、図6に示したSI燃焼及びSPCCI_λ=1燃焼用の基本燃圧マップよりも燃圧が高く設定され、前記高負荷領域については基本燃圧マップと同一の燃圧に設定される。すなわち、デポジット除去用燃圧マップにおける、高回転領域(3250~6500rpm)では、燃圧が基本燃圧マップと同じ燃圧に設定されている。詳しくは、前記高回転領域のうち、エンジン負荷が相対的に低い運転領域(0.125~0.7)では、燃圧が基本燃圧マップと同じく60MPaのままに維持され、エンジン負荷が相対的に高い運転領域(0.8~1.4)でも、燃圧が40MPaのままに維持されている。なお、低回転領域(500~3000)の一部において、燃圧が基本燃圧マップに対して上昇されていることは既述の通りである。
また、図6の基本燃圧マップでは、設定される燃圧がエンジン回転数に応じて予め定められているとも言える。この基本燃圧マップの所定範囲、具体的にはエンジン負荷が0.125~0.35でエンジン回転数が500~6500rpmの領域に着目する。当該所定領域においては、高回転領域の燃圧(60MPa)が低回転領域の燃圧(40MPa)に比べて高く設定されている。そして、図8のデポジット除去用燃圧マップでは、高回転領域については、燃圧が60MPaのままに維持されている。これは、既述の通り、60MPaという高燃圧ならば、デポジットを除去可能だからである。従って、燃圧制御部26は、デポジット堆積量が所定値以上となったときのエンジン回転数が前記高回転領域であるときは、燃圧の上昇を禁止していることになる。
[燃圧切り替え制御フロー]
図10は、ECU20(図4)によるインジェクタ15の燃圧切り替え制御の一例を示すフローチャートである。ECU20は、図4に示す各センサSN1~SN11や他のセンサから各種信号を読み込み、エンジン本体1の運転状態に関する情報を取得する(ステップS1)。取得された情報に基づいて、現状の運転ポイントが図5(A)~(C)に示す運転マップQ1~Q3のどの領域に該当するかが特定される。
次いで、デポジット推定部27が、今回の処理周期における単位堆積量を運転状態に応じて求め、この単位堆積量を積算してデポジット堆積量を求める処理を行う(ステップS2)。デポジット推定部27は、運転時間と運転状態とで定まるデポジットの単位堆積量を、燃料噴射時期(ピストン5からの噴霧の跳ね返り度合い)、燃圧、噴射量によって定められている係数を用いて補正して、当該処理周期における前記単位堆積量を求める。
その後、燃圧制御部26は、現状の運転領域を判定する(ステップS3)。ここでは単純化のため、運転領域が、SI燃焼の領域(図5(C)の第10領域C1)か、SPCCI_λ=1燃焼の領域(図5(B)の第6領域B1)か、或いは、SPCCI_λ>1燃焼の領域(図5(A)の第1領域A1)かを判定するケースを示している。運転領域がSI燃焼又はSPCCI_λ=1燃焼が実行される運転領域ではない場合(ステップS3でNO)、つまり、SPCCI_λ>1燃焼が実行される運転領域である場合、燃圧制御部26は、図7に示したSPCCI_λ>1燃焼の基本燃圧マップを参照して、インジェクタ15の燃圧を設定する(ステップS4)。すなわち、SPCCI_λ>1燃焼の実行時には、上述の通り、燃料噴射量のリニアリティが低下の問題を考慮して、燃圧を上昇させるクリーニングモードは禁止される。
一方、運転領域がSI燃焼又はSPCCI_λ=1燃焼が実行される運転領域である場合(ステップS3でYES)、燃圧制御部26は、ステップS2でデポジット推定部27が求めたデポジット堆積量が所定の閾値Th1を超過しているか否かを判定する(ステップS5)。閾値Th1は、噴孔15Bからの燃料噴射特性を悪化させるようなデポジット堆積量に至る手前の適宜な値に設定される。デポジット堆積量が閾値Th1を超過していない場合(ステップS5でNO)、燃圧制御部26は、クリーニングモードを実行せず、図6に示したSI燃焼及びSPCCI_λ=1燃焼の基本燃圧マップを参照して、インジェクタ15の燃圧を設定する(ステップS7)。
デポジット堆積量が閾値Th1を超過している場合(ステップS5でYES)、燃圧制御部26は、今回の処理周期において、燃料温度導出部28が第2吸気温センサSN7の検出値と水温センサSN2の検出値とから求めた燃料温度を参照する(ステップS6)。燃料温度が所定の閾値Th2以上である場合(ステップS6でNO)、つまり燃料温度が相当の高温である場合、燃圧制御部26は、クリーニングモードを実行せず、SI燃焼及びSPCCI_λ=1燃焼の前記基本燃圧マップを参照して、インジェクタ15の燃圧を設定する(ステップS7)。これは、たとえデポジット堆積量が閾値Th1を超過しているような状態であっても、燃料が高温化している状態において燃圧を上昇させてしまうと、さらに燃料が高温化し、前記燃料障害が発生し得るからである。
これに対し、燃料温度が閾値Th2未満である場合(ステップS6でYES)、燃圧制御部26は、クリーニングモードを実行する。すなわち、参照する燃圧マップが前記基本燃圧マップから、図8に示したデポジット除去用燃圧マップに切り換えられる(ステップS8)。これにより、所定の運転領域(低負荷~中負荷の領域)に属する場合には、燃圧が基本燃圧マップよりも上昇され、噴孔15B付近のデポジットが除去されることになる。
[変形例]
以上、本発明の実施形態につき説明したが、本発明はこれに限定されるものではなく、種々の変形実施形態を取ることができる。
(1)上記実施形態では、図8のデポジット除去用燃圧マップにおいて、高回転の運転領域では燃圧を上昇させない態様を例示した。これは一例であり、比較的低負荷の領域であれば、高回転の運転領域においても、クリーニングモードの実行時に燃圧を上昇させるようにしても良い。
(2)上記実施形態では、SPCCI_λ>1燃焼の実行時にはクリーニングモードを実行させない例を示した。これに代えて、一時的に例えば燃焼形態をSPCCI_λ>1燃焼からSPCCI_λ=1燃焼に変更する等、リーン燃焼を燃料リッチ側に修正した上で、燃圧を上昇させるクリーニングモードを実行させるようにしても良い。
(3)上記実施形態では、燃料温度が閾値Th2以上である場合にはクリーニングモードを実行させない例を示した(図10のステップS6)。燃料温度の高温化を解消する手段(冷却装置等)が備えられている場合、つまり燃料温度が高温化しない対策が施されている車両である場合には、燃料温度を判定する処理を省くようにしても良い。